16 仁德天皇(にんとく) |
17 履中天皇(りちゅう) |
18 反正天皇(はんぜい) |
19 允恭天皇(いんぎょう) |
20 安康天皇(あんこう) |
21 雄略天皇(ゆうりゃく) |
22 清寧天皇(せいねい) |
23 顕宗天皇(けんぞう) |
24 仁賢天皇(にんけん) |
25 武烈天皇(ぶれつ) |
26 継体天皇(けいたい) |
27 安閑天皇(あんかん) |
28 宣化天皇(せんか) |
29 欽明天皇(きんめい) |
30 敏達天皇(びだつ) |
31 用明天皇(ようめい) |
32 崇峻天皇(すしゅん) |
33 推古天皇(すいこ) |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
后妃と御子(仁徳天皇) |
||
大雀命。 | 大雀おほさざきの命、 | オホサザキの命(仁徳天皇)、 |
坐難波之 高津宮。 |
難波の 高津の宮にましまして、 |
難波なにわの 高津たかつの宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
娶葛城之 曾都毘古之女。 石之日賣命 〈大后〉 |
葛城かづらきの 曾都毘古そつびこが女、 石いはの日賣ひめの命 大后に娶あひて、 |
葛城のソツ彦の女の 石いわの姫ひめの命(皇后)と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
大江之 伊邪本和氣命。 |
大江の 伊耶本和氣 いざほわけの命、 |
オホエノ イザホワケの命・ |
次 墨江之中津王。 |
次に 墨江すみのえの 中なかつ王みこ、 |
スミノエノ ナカツの王・ |
次 蝮之水齒別命。 |
次に 蝮たぢひの 水齒別みづはわけの命、 |
タヂヒノ ミヅハワケの命・ |
次 男淺津間 若子宿禰命。 |
次に男淺津間若子 をあさづま わくごの宿禰の命 |
ヲアサヅマ ワクゴノスクネの命の |
〈四柱〉 | 四柱。 | お四方です。 |
又娶上云。 日向之 諸縣君。 牛諸之女。 髮長比賣。 |
また上にいへる 日向ひむかの 諸縣むらがたの君 牛諸うしもろが女、 髮長比賣かみながひめに娶あひて、 |
また上にあげた ヒムカノ ムラガタの君 ウシモロの女の 髮長姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子みこは |
波多毘能大郎子。 〈自波下 四字以音。下效此〉 亦名大日下王。 |
波多毘 はたびの大郎子、 またの名は 大日下くさかの王、 |
ハタビの大郎子、 またの名は オホクサカの王・ |
次波多毘能若郎女。 亦名長日比賣命。 亦名若日下部命。 |
次に波多毘の若郎女わきいらつめ、 またの名は長目ながめ比賣の命、 またの名は若日下部の命 |
ハタビの若郎女、 またの名はナガメ姫の命、 またの名はワカクサカベの命の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又娶 庶妹 八田若郎女。 |
また庶妹ままいも 八田やたの若郎女に 娶ひ、 |
また庶妹 ヤタの若郎女と 結婚し、 |
又娶 庶妹 宇遲能若郎女。 |
また庶妹 宇遲の若郎女に 娶ひたまひき。 |
また庶妹 ウヂの若郎女と 結婚しました。 |
此之二柱。 無御子也。 |
(この二柱は、 御子まさざりき) |
このお二方は 御子がありません。 |
凡此 大雀天皇之御子等。 并六王。 |
およそこの 大雀の天皇の御子たち 并はせて六柱。 |
すべてこの 天皇の御子たち 合わせて六王ありました。 |
〈男王五柱。女王一柱〉 | (男王五柱、女王一柱) | 男王五人女王一人です。 |
故 伊邪本和氣命者。 治天下也。 |
かれ 伊耶本和氣の命は、 天の下治らしめしき。 |
この中、 イザホワケの命は 天下をお治めなさいました。 |
次 蝮之水齒別命。 亦。治天下。 |
次に 蝮の水齒別の命も 天の下治らしめしき。 |
次に タヂヒノミヅハワケの命も 天下をお治めなさいました。 |
次 男淺津間 若子宿禰命 亦。治天下也。 |
次に 男淺津間 若子の宿禰の命も 天の下治らしめしき。 |
次に ヲアサヅマ ワクゴノスクネの命も 天下をお治めなさいました。 |
此天皇之御世。 | この天皇の御世に、 | この天皇の御世に |
爲大后。 石之日賣命之 御名代。 定葛城部。 |
大后 石いはの比賣の命の 御名代みなしろとして、 葛城部かづらきべを定めたまひ、 |
皇后 石いわの姫ひめの命の 御名の記念として 葛城部をお定めになり、 |
亦爲太子。 伊邪本和氣命之 御名代。 定壬生部。 |
また太子 ひつぎのみこ 伊耶本和氣の命の御名代として、 壬生部にぶべを定めたまひ、 |
皇太子 イザホワケの命の 御名の記念として 壬生部をお定めになり、 |
亦爲水齒別命之 御名代。 定蝮部。 |
また水齒別の命の 御名代として、 蝮部たぢひべを定めたまひ、 |
またミヅハワケの命の 御名の記念として 蝮部たじひべをお定めになり、 |
亦爲大日下王之 御名代。 定大日下部。 |
また大日下の王の 御名代として、 大日下部を定めたまひ、 |
またオホクサカの王の 御名の記念として 大日下部おおくさかべをお定めになり、 |
爲若日下部王之 御名代。 定若日下部。 |
若日下部の王の 御名代として、 若日下部を定めたまひき。 |
ワカクサカベの王の 御名の記念として 若日下部をお定めになりました。 |
聖帝の世(仁徳に掛けた理想論:租税労役免除) |
||
又役秦人。 | また秦はた人を役えだてて、 |
この御世に大陸から來た 秦人はたびとを使つて、 |
作茨田堤。 | 茨田うまらたの堤と | 茨田うまらだの堤、 |
及茨田三宅。 | 茨田の三宅みやけとを作り、 | 茨田の御倉をお作りになり、 |
又作丸邇池。 | また丸邇わにの池、 | また丸邇わにの池、 |
依網池。 | 依網よさみの池を作り、 | 依網よさみの池をお作りになり、 |
又掘難波之堀江而。 | また難波の堀江を掘りて、 | また難波の堀江を掘つて |
通海。 | 海に通はし、 | 海に通わし、 |
又掘小椅江。 | また小椅をばしの江を掘り、 | また小椅おばしの江を掘り、 |
又定 墨江之津。 |
また墨江の津を 定めたまひき。 |
墨江すみのえの舟つきを お定めになりました。 |
於是天皇。 | ここに天皇、 | 或る時、天皇、 |
登高山 | 高山に登りて、 | 高山にお登りになつて、 |
見四方之國。 | 四方よもの國を見たまひて、 | 四方を御覽になつて |
詔之。 | 詔のりたまひしく、 | 仰せられますには、 |
於國中烟不發。 | 「國中くぬちに烟たたず、 | 「國内に烟が立つていない。 |
國皆貧窮。 | 國みな貧し。 | これは國がすべて貧しいからである。 |
故自今至三年。 | かれ今より三年に至るまで、 | それで今から三年の間 |
悉除 人民之課役。 |
悉に人民おほみたからの 課役みつきえだちを除ゆるせ」 とのりたまひき。 |
人民の租税勞役を すべて免せ」 と仰せられました。 |
是以大殿破壞。 |
ここを以ちて 大殿破やれ壞こぼれて、 |
この故に 宮殿が破壞して |
悉雖雨漏。 | 悉に雨漏れども、 | 雨が漏りますけれども |
都勿修理 | かつて修理をさめたまはず、 | 修繕なさいません。 |
以椷受其漏雨。 | 椷ひをもちてその漏る雨を受けて、 | 樋ひを掛けて漏る雨を受けて、 |
遷避于 不漏處。 |
漏らざる處に 遷り避さりましき。 |
漏らない處に お遷り遊ばされました。 |
後見國中。 | 後に國中くぬちを見たまへば、 | 後に國中を御覽になりますと、 |
於國滿烟。 | 國に烟滿ちたり。 | 國に烟が滿ちております。 |
故爲人民富。 |
かれ人民 富めりとおもほして、 |
そこで人民が 富んだとお思いになつて、 |
今 科課役。 |
今はと 課役科おほせたまひき。 |
始めて 租税勞役を命ぜられました。 |
是以 百姓之榮。 |
ここを以ちて、 百姓おほみたから榮えて |
それですから 人民が榮えて、 |
不苦 役使。 |
役使えだちに 苦まざりき。 |
勞役に出るのに 苦くるしみませんでした。 |
故稱其御世。 | かれその御世を稱へて | それでこの御世を稱えて |
謂聖帝世也。 | 聖帝ひじりの御世とまをす。 | 聖ひじりの御世と申します。 |
皇后の嫉妬編:石姫の妬み(女石=妬) |
||
其大后 石之日賣命。 |
その大后 石いはの日賣の命、 |
皇后 石の姫の命は |
甚多嫉妬。 |
いたく嫉妬うはなりねたみ したまひき。 |
非常に嫉妬なさいました。 |
故天皇所 使之妾者。 |
かれ天皇の 使はせる妾みめたちは、 |
それで天皇の お使いになつた女たちは |
不得臨宮中。 | 宮の中をもえ臨のぞかず、 | 宮の中にも入りません。 |
言立者。 | 言立てば、 | 事が起ると |
足母阿賀迦邇 嫉妬。 〈自母下 五字以音〉 |
足も 足掻あがかに 妬みたまひき。 |
足擦あしずりして お妬みなさいました。 |
黒姫への歌(くろざや) |
||
爾天皇。 | ここに天皇、 | しかるに天皇、 |
聞看。 吉備 海部直之女。 名黑日賣。 其容姿端正。 |
吉備きびの 海部あまべの直あたへが女、 名は黒日賣くろひめ それ容姿端正かほよしと 聞こしめして、 |
吉備きびの 海部あまべの直あたえの女、 黒姫くろひめという者が 美しいと お聞き遊ばされて、 |
喚上而使也。 | 喚上めさげて使ひたまひき。 | 喚めし上げてお使いなさいました。 |
然畏其大后之嫉。 |
然れども その大后の嫉みますを畏かしこみて、 |
しかしながら 皇后樣のお妬みになるのを畏れて |
逃下本國。 | 本つ國に逃げ下りき。 | 本國に逃げ下りました。 |
天皇坐高臺。 | 天皇、高臺どのにいまして、 | 天皇は高殿においで遊ばされて、 |
望瞻 其黑日賣之。 船出浮海以。 |
その黒日賣の 船出するを 望み見て |
黒姫の 船出するのを 御覽になつて、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌い遊ばされた御歌、 |
淤岐幣邇波 | 沖方へには | 沖おきの方ほうには |
袁夫泥都羅羅玖 | 小舟つららく。 | 小舟おぶねが續いている。 |
久漏邪夜能 | くろざやの | |
摩佐豆古和藝毛 | まさづこ吾妹わぎも、 | あれは愛いとしのあの子こが |
玖邇幣玖陀良須 | 國へ下らす。 | 國へ歸るのだ。 |
故大后。 | かれ大后 | 皇后樣は |
聞是之御歌。 | この御歌を聞かして、 | この歌をお聞きになつて |
大忿。 | いたく忿りまして、 | 非常にお怒りになつて、 |
遣人於大浦。 | 大浦に人を遣して、 | 船出の場所に人を遣つて、 |
追下而。 | 追ひ下して、 | 船から黒姫を追い下して |
自歩追去。 | 歩かちより追やらひたまひき。 | 歩かせて追いはらいました。 |
淡路では出会わじの歌 |
||
於是天皇。 | ここに天皇、 | ここに天皇は |
戀其黑日賣。 | その黒日賣に戀ひたまひて、 | 黒姫をお慕い遊ばされて、 |
欺大后。 | 大后を欺かして、のりたまはく、 | 皇后樣に欺いつわつて、 |
曰 欲見 淡道嶋而。 |
「淡道島あはぢしま 見たまはむとす」 とのりたまひて、 |
淡路島を 御覽になる と言われて、 |
幸行之時。 | 幸いでます時に、 | |
坐淡道嶋。 | 淡道島にいまして、 | 淡路島においでになつて |
遙望歌曰。 |
遙はろばろに望みさけまして、 歌よみしたまひしく、 |
遙にお眺めになつて お歌いになつた御歌、 |
淤志弖流夜 | おしてるや、 | 海の照り輝く |
那爾波能佐岐用 | 難波の埼よ | 難波の埼から |
伊傳多知弖 | 出で立ちて | 立ち出でて |
和賀久邇美禮婆 | わが國見れば、 | 國々を見やれば、 |
阿波志摩 | 粟島 | アハ島や |
淤能碁呂志摩 | 淤能碁呂島おのごろしま、 | オノゴロ島 |
阿遲摩佐能 | 檳榔あぢまさの | アヂマサの |
志麻母美由 | 島も見ゆ。 | 島も見える。 |
佐氣都志摩美由 | 佐氣都さけつ島見ゆ。 | サケツ島も見える。 |
その心は吉備(機微。遠回り) |
||
乃自其嶋傳而。 | すなはちその島より傳ひて、 | そこでその島から傳つて |
幸行吉備國。 | 吉備きびの國に幸でましき。 | 吉備の國においでになりました。 |
爾黑日賣。 | ここに黒日賣、 | そこで黒姫が |
令大坐 其國之山方地而。 |
その國の山縣やまがたの地ところに おほましまさしめて、 |
その國の山の御園に 御案内申し上げて、 |
獻大御飯。 | 大御飯みけ獻りき。 | 御食物を獻りました。 |
於是爲 煮大御羹。 |
ここに大御羮 おほみあつものを煮むとして、 |
そこで羮あつものを 獻ろうとして |
採其地之 菘菜時。 |
其地そこの 菘菜あをなを採つむ時に、 |
青菜を採つんでいる時に、 |
天皇。 到坐。 其孃子之採菘處。 |
天皇 その孃子の菘な採む處に 到りまして、 |
天皇が その孃子の青菜を採む處に おいでになつて、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌いになりました歌は、 |
夜麻賀多邇。 | 山縣がたに | 山の畑に |
麻祁流阿袁那母。 | 蒔ける菘あをなも、 | 蒔いた青菜も |
岐備比登登。 | 吉備人と | 吉備の人と |
等母邇斯都米婆。 | 共にし摘めば、 | 一緒に摘むと |
多怒斯久母阿流迦。 | 樂たのしくもあるか。 | 樂しいことだな。 |
黒姫の歌(あんたは誰の夫) |
||
天皇上幸之時。 |
天皇上り 幸いでます時に、 |
天皇が京に上つて おいでになります時に、 |
黑日賣獻御歌曰。 | 黒日賣、御歌、獻りて曰ひしく、 | 黒姫の獻つた歌は、 |
夜麻登幣邇 | 倭やまと方へに | 大和の方へ |
爾斯布岐阿宜弖 | 西風にし吹き上あげて、 | 西風が吹き上げて |
玖毛婆那禮 | 雲離ばなれ | 雲が離れるように |
曾岐袁理登母 | そき居をりとも、 | 離れていても |
和禮和須禮米夜 | 吾われ忘れめや。 | 忘れは致しません。 |
又歌曰。 | また歌ひて曰ひしく、 | また、 |
夜麻登幣邇 | 倭やまと方へに | 大和の方へ行くのは |
由玖波多賀都麻 | 往くは誰が夫つま。 | 誰方樣どなたさまでしよう。 |
許母理豆能 | 隱津こもりづの | 地の下の水のように、 |
志多用波閇都都 | 下よ延はへつつ | 心の底で物思いをして |
由久波多賀都麻 | 往くは誰が夫。 | 行くのは誰方樣どなたさまでしよう。 |
若郎女と密(御津で密会) |
||
自此後時。 | これより後、 | これより後に |
大后爲 將豐樂而。 |
大后 豐とよの樂あかりしたまはむとして、 |
皇后樣が 御宴をお開きになろうとして、 |
於採御綱柏。 | 御綱栢みつながしはを採りに、 | 柏かしわの葉を採りに |
幸行木國之間。 | 木の國に幸でましし間に、 | 紀伊の國においでになつた時に、 |
天皇。婚 八田若郎女。 |
天皇、 八田やたの若郎女わかいらつめに 婚あひましき。 |
天皇が ヤタの若郎女と結婚なさいました。 |
於是大后。 | ここに大后は、 | ここに皇后樣が |
御綱柏 積盈御船。 |
御綱栢を 御船に積み盈みてて |
柏の葉を 御船にいつぱいに積んで |
還幸之時。 | 還りいでます時に、 | お還りになる時に、 |
所驅使於水取司 | 水取もひとりの司に使はゆる、 | 水取の役所に使われる |
吉備國 兒嶋之仕丁。 |
吉備の國の 兒島の郡の仕丁よぼろ、 |
吉備の國の 兒島郡の仕丁しちようが |
是退己國。 | これおのが國に退まかるに、 | 自分の國に歸ろうとして、 |
於難波之大渡。 | 難波の大渡に、 | 難波の大渡おおわたりで |
遇所後 倉人女之船。 |
後れたる 倉人女くらびとめの船に 遇ひき。 |
遲れた 雜仕女ぞうしおんなの船に 遇いました。 |
乃語云。 | すなはち語りて曰はく、 | そこで語りますには |
天皇者。 | 「天皇は、 | 「天皇は |
此日婚 八田若郎女而。 |
このごろ 八田の若郎女に 娶ひまして |
このごろ ヤタの若郎女と 結婚なすつて、 |
晝夜戲遊。 | 晝夜よるひる戲れますを。 | 夜晝戲れておいでになります。 |
若大后。 | もし大后は | 皇后樣は |
不聞看此事乎。 | この事聞こしめさねかも、 | この事をお聞き遊ばさないので、 |
靜遊幸行。 |
しづかに遊びいでます」 と語りき。 |
しずかに遊んで おいでになるのでしよう」 と語りました。 |
爾其倉人女。 | ここにその倉人女、 | そこでその女が |
聞此語言。 | この語る言を聞きて、 | この語つた言葉を聞いて、 |
即追近御船。 | すなはち御船に追ひ近づきて、 | 御船に追いついて、 |
白之。 状具如仕丁之言。 |
その仕丁よぼろが言ひつるごと、 状ありさまをまをしき。 |
その仕丁の言いました通りに 有樣を申しました。 |
於是大后 大恨怒。 |
ここに大后 いたく恨み怒りまして、 |
そこで皇后樣が 非常に恨み、お怒りになつて、 |
載其御船之 御綱柏者。 |
その御船に載せたる 御綱栢は、 |
御船に載せた 柏かしわの葉を |
悉投棄於海。 | 悉に海に投げ棄うてたまひき。 | 悉く海に投げ棄てられました。 |
故號其地。 謂御津前也。 |
かれ其地そこに名づけて 御津みつの前さきといふ。 |
それで其處を 御津みつの埼と言うのです。 |
佐斯夫の歌(刺し夫) |
||
即不入坐 宮而。 |
すなはち宮に 入りまさずて、 |
そうして皇居に おはいりにならないで、 |
引避 其御船 泝於堀江。 |
その御船を 引き避よきて、 堀江に泝さかのぼらして、 |
船を曲げて 堀江に溯らせて、 |
隨河而。 | 河のまにまに、 | 河のままに |
上幸山代。 | 山代やましろに上りいでましき。 | 山城に上つておいでになりました。 |
此時歌曰。 | この時に歌よみしたまひしく、 | この時にお歌いになつた歌は、 |
都藝泥布夜 | つぎねふや | |
夜麻志呂賀波袁 | 山代やましろ河を | 山また山の山城川を |
迦波能煩理 | 川のぼり | 上流へと |
和賀能煩禮婆 | 吾がのぼれば、 | わたしが溯れば、 |
迦波能倍邇 | 河の邊べに | 河のほとりに |
淤斐陀弖流 | 生ひ立てる | 生い立つている |
佐斯夫袁 | 烏草樹さしぶを。 | サシブの木、 |
佐斯夫能紀 | 烏草樹さしぶの樹、 | そのサシブの木の |
斯賀斯多邇 | 其しが下に | その下に |
淤斐陀弖流 | 生ひ立てる | 生い立つている |
波毘呂 由都麻都婆岐 | 葉廣ゆつ眞椿まつばき、 | 葉の廣い椿の大樹、 |
斯賀波那能 弖理伊麻斯 | 其しが花の 照りいまし | その椿の花のように輝いており |
芝賀波能 比呂理伊麻須波 | 其しが葉の 廣ひろりいますは、 |
その椿の葉のように 廣らかにおいでになる |
淤富岐美呂迦母 | 大君ろかも。 | わが陛下です。 |
大和で若い男をつくるの歌 |
||
即自山代廻。 | すなはち山代より廻りて、 | それから山城から廻つて、 |
到坐那良山口。 | 那良の山口に到りまして、 | 奈良の山口においでになつて |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌いになつた歌、 |
都藝泥布夜 | つぎねふや | |
夜麻志呂賀波袁 | 山代河を | 山また山の山城川を |
美夜能煩理 | 宮上り | 御殿の方へと |
和賀能煩禮婆 | 吾がのぼれば、 | わたしが溯れば、 |
阿袁邇余志 | あをによし | うるわしの |
那良袁須疑 | 那良を過ぎ、 | 奈良山を過ぎ |
袁陀弖 | 小楯をだて | 青山の圍んでいる |
夜麻登袁須疑 | 倭やまとを過ぎ、 | 大和を過ぎ |
和賀美賀本斯久邇波 | 吾わが 見が欲し國は、 | わたしの見たいと思う處は、 |
迦豆良紀多迦美夜 | 葛城かづらき 高宮たかみや | 葛城かずらきの高臺の御殿、 |
和藝幣能阿多理 | 吾家わぎへのあたり。 | 故郷の家のあたりです。 |
如此歌而還。 | かく歌ひて還らして、 | かように歌つてお還りになつて、 |
暫入坐。 筒木韓人。 名奴理能美 之家也。 |
しまし 筒木つつきの韓から人、 名は奴理能美 ぬりのみが家に入りましき。 |
しばらく 筒木つつきの韓人の ヌリノミの家に おはいりになりました。 |
いけいけ鳥山の歌(御前がいけ) |
||
天皇。聞 看其大后。 自山代上幸而。 |
天皇、 その大后は 山代より上り幸でましぬと 聞こしめして |
天皇は 皇后樣が山城を通つて 上つておいでになつたと お聞き遊ばされて、 |
使舍人。 名謂鳥山人。 |
舍人名は 鳥山といふ人を使はして |
トリヤマという舍人とねりを お遣りになつて |
送御歌曰。 | 御歌を送りたまひしく、 |
歌をお送りなさいました。 その御歌は、 |
夜麻斯呂邇 | 山代に | 山城やましろに |
伊斯祁登理夜麻 | いしけ鳥山、 | 追おい附つけ、トリヤマよ。 |
伊斯祁伊斯祁 | いしけいしけ | 追い附け、追い附け。 |
阿賀波斯豆麻邇 | 吾あが愛はし妻づまに | 最愛の我が妻に |
伊斯岐阿波牟加母 | いしき遇はむかも。 | 追い附いて逢えるだろう。 |
大猪子の歌 |
||
又續遣 丸邇臣 口子而。 |
また續ぎて 丸邇わにの臣 口子くちこを遣して |
續つづいて 丸邇わにの臣おみ クチコを遣して、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | 御歌をお送りになりました。 |
美母呂能 | 御諸みもろの | ミモロ山の |
曾能多迦紀那流 | その高城たかきなる | 高臺たかだいにある |
意富韋古賀波良 | 大猪子おほゐこが原。 | オホヰコの原。 |
意富韋古賀 | 大猪子が | その名のような大豚おおぶたの |
波良邇阿流 | 腹にある、 | 腹にある |
岐毛牟加布 | 肝向ふ | 向き合つている臟腑きも、 |
許許呂袁陀邇迦 | 心をだにか | せめて心だけなりと |
阿比淤母波受阿良牟 | 相思おもはずあらむ。 | 思わないで居られようか。 |
大根白いの歌 |
||
又歌曰。 | また歌よみしたまひしく、 | またお歌い遊ばされました御歌、 |
都藝泥布 | つぎねふ | 山やままた山やまの |
夜麻志呂賣能 | 山代女の | 山城の女が |
許久波母知 | 木钁こくは持ち | 木の柄のついた鍬くわで |
宇知斯淤富泥 | 打ちし大根、 | 掘つた大根、 |
泥士漏能 | 根白 | その眞白まつしろな |
斯漏多陀牟岐 | 白腕しろただむき、 | 白い腕を |
麻迦受祁婆許曾 | 纏まかずけばこそ | 交かわさずに來たなら、 |
斯良受登母伊波米 | 知らずとも言はめ。 | 知らないとも云えようが。 |
青摺衣が紅色 |
||
故是 口子臣。 |
かれこの 口子くちこの臣おみ、 |
このクチコの臣が |
白此御歌之時。 | この御歌を白す時に、 | この御歌を申すおりしも |
大雨。 | 大雨降りき。 | 雨が非常に降つておりました。 |
爾不避其雨。 | ここにその雨をも避さらず、 | しかるにその雨をも避けず、 |
參伏前殿戶者。 | 前つ殿戸とのどにまゐ伏せば、 | 御殿の前の方に參り伏せば |
違出後戶。 | 後しりつ戸に違ひ出でたまひ、 |
入れ違つて 後うしろの方においでになり、 |
參伏後殿戶者。 | 後つ殿戸にまゐ伏せば、 | 御殿の後の方に參り伏せば |
違出前戶。 | 前つ戸に違ひ出でたまひき。 |
入れ違つて 前の方においでになりました。 |
爾匍匐進赴。 | かれ匍匐はひ進起しじまひて、 | それで匐はつて |
跪于庭中時。 | 庭中に跪ける時に、 | 庭の中に跪ひざまずいている時に、 |
水潦至腰。 | 水潦にはたづみ腰に至りき。 | 雨水がたまつて腰につきました。 |
其臣。 | その臣、 | その臣は |
服 著紅紐 青摺衣。 |
紅あかき紐ひも著けたる 青摺あをずりの衣きぬを 服きたりければ、 |
紅い紐をつけた 藍染あいぞめの衣を 著ておりましたから、 |
故水潦拂紅紐。 | 水潦紅き紐に觸りて、 | 水潦みずたまりが赤い紐に觸れて |
青皆變紅色。 | 青みな紅あけになりぬ。 | 青が皆赤くなりました。 |
爾 口子臣之妹。 口日賣。 |
ここに 口子の臣が妹 口比賣くちひめ、 |
そのクチコの臣の 妹のクチ姫は |
仕奉大后。 | 大后に仕へまつれり。 | 皇后樣にお仕えしておりましたので、 |
故是 口日賣歌曰。 |
かれその 口比賣くちひめ歌ひて曰ひしく、 |
この クチ姫が歌いました歌、 |
夜麻志呂能 | 山代の | 山城やましろの |
都都紀能美夜邇 | 筒木の宮に | 筒木つつきの宮みやで |
母能麻袁須 | 物申す | 申し上げている |
阿賀勢能岐美波 | 吾あが兄せの君は、 | 兄上を見ると、 |
那美多具麻志母 | 涙ぐましも。 | 涙ぐまれて參ります。 |
爾太后問 其所由之時。 |
ここに大后、 その故を問ひたまふ時に |
そこで皇后樣が そのわけをお尋ねになる時に、 |
答白。 | 答へて曰さく、 | |
僕之兄口子臣也。 |
「僕が兄口子の臣なり」 とまをしき。 |
「あれはわたくしの兄の クチコの臣でございます」 と申し上げました。 |
三色の蟲(三食の虫) |
||
於是口子臣。 | ここに口子の臣、 | そこでクチコの臣、 |
亦其妹口比賣。 | またその妹口比賣、 | その妹のクチ姫、 |
及奴理能美。 | また奴理能美ぬりのみ、 | またヌリノミが |
三人議而。 | 三人議はかりて、 | 三人して相談して |
令奏天皇云。 | 天皇に奏まをさしめて曰さく、 | 天皇に申し上げましたことは、 |
大后幸行所以者。 | 「大后の幸でませる故は、 | 「皇后樣のおいで遊ばされたわけは、 |
奴理能美之所養虫。 | 奴理能美が養かへる蟲、 | ヌリノミの飼つている蟲が、 |
一度爲匐虫。 | 一度は匐はふ蟲になり、 | 一度は這はう蟲になり、 |
一度爲殻。 | 一度は殼かひこになり、 | 一度は殼からになり、 |
一度爲飛鳥。 | 一度は飛ぶ鳥になりて、 | 一度は飛ぶ鳥になつて、 |
有變三色之 奇虫。 |
三色くさに變かはる 奇あやしき蟲あり。 |
三色に變る めずらしい蟲があります。 |
看行此虫而。 | この蟲を看そなはしに、 | この蟲を御覽になるために |
入坐耳。 | 入りませるのみ。 | おはいりなされたのでございます。 |
更無異心。 | 更に異けしき心まさず」 | 別に變つたお心はございません」 |
如此奏時。 | とかく奏す時に、 | とかように申しました時に、 |
天皇詔。 | 天皇、 | 天皇は |
然者吾。 | 「然らば吾あれも奇しと思へば、 | 「それでは |
思奇異故欲見行。 |
見に行かな」 と詔りたまひて、 |
わたしも不思議に思うから見に行こう」 と仰せられて、 |
自大宮上幸行。 | 大宮より上り幸でまして、 | 大宮から上つておいでになつて、 |
入坐奴理能美之家時。 | 奴理能美が家に入ります時に、 | ヌリノミの家におはいりになつた時に、 |
其奴理能美。 | その奴理能美、 | ヌリノミが |
己所養之三種虫。 | おのが養へる三種の蟲を、 | 自分の飼つている三色に變る蟲を |
獻於大后。 | 大后に獻りき。 | 皇后樣に獻りました。 |
大根さわさわの歌 |
||
爾天皇。 | ここに天皇、 | そこで天皇が |
御立 其大后所坐殿戶。 |
その大后のませる 殿戸に御立みたちしたまひて、 |
その皇后樣のおいでになる 御殿の戸にお立ちになつて、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌い遊ばされた御歌、 |
都藝泥布 | つぎねふ | 山また山の |
夜麻斯呂賣能 | 山代女の | 山城の女が |
許久波母知 | 木钁こくは持もち | 木の柄のついた鍬で |
宇知斯意富泥 | 打ちし大根、 | 掘つた大根、 |
佐和佐和爾 | さわさわに | そのようにざわざわと |
那賀伊幣勢許曾 | 汝なが言へせこそ、 | あなたが云うので、 |
宇知和多須 | うち渡す | 見渡される |
夜賀波延那須 | やがは枝えなす | 樹の茂みのように |
岐伊理麻韋久禮 | 來き入り參ゐ來れ。 | 賑にぎやかにやつて來たのです。 |
此天皇與大后 所歌之六歌者。 |
この天皇と大后と 歌よみしたまへる六歌は、 |
この天皇と皇后樣と お歌いになつた六首の歌は、 |
志都歌之歌返也。 | 志都しつ歌の歌ひ返しなり。 | 靜歌の歌い返しでございます。 |
すげーはらの歌 |
||
天皇。 | 天皇、 | 天皇、 |
戀 八田若郎女。 |
八田やたの 若郎女わかいらつめに 戀ひたまひて、 |
ヤタの若郎女を お慕いになつて |
賜遣御歌。 | 御歌を遣したまひき。 | 歌をお遣しになりました。 |
其歌曰。 | その御歌、 | その御歌は、 |
夜多能 | 八田の | ヤタの |
比登母登須宜波 | 一本菅ひともとすげは、 | 一本菅は、 |
古母多受 | 子持たず | 子を持たずに |
多知迦阿禮那牟 | 立ちか荒れなむ。 | 荒れてしまうだろうが、 |
阿多良須賀波良 | あたら菅原すがはら。 | 惜しい菅原だ。 |
許登袁許曾 | 言ことをこそ | 言葉でこそ |
須宜波良登伊波米 | 菅原すげはらと言はめ。 | 菅原というが、 |
阿多良須賀志賣 | あたら清すがし女め。 | 惜しい清らかな女だ。 |
認知の歌 |
||
爾八田若郎女 答歌曰。 |
ここに八田の若郎女、 答へ歌よみしたまひしく、 |
ヤタの若郎女の お返しの御歌は、 |
夜多能 | 八田の | 八田やたの |
比登母登須宜波 | 一本菅は | 一本菅いつぽんすげは |
比登理袁理登母 | 獨居りとも。 | ひとりで居りましても、 |
意富岐彌斯 | 天皇おほきみし | 陛下が |
與斯登岐許佐婆 | よしと聞こさば | 良いと仰せになるなら、 |
比登理袁理登母 | 獨居りとも。 | ひとりでおりましても。 |
故爲八田 若郎女之 御名代。 |
かれ八田の 若郎女の 御名代として、 |
|
定八田部也。 | 八田部やたべを定めたまひき。 | |
女鳥王(メトリ王)めとられる |
||
亦天皇。 | また天皇、 | また天皇は、 |
以其弟 速總別王。 爲媒而。 |
その弟 速總別の王を 媒なかだちとして、 |
弟の ハヤブサワケの王を 媒人なこうどとして |
乞 庶妹 女鳥王。 |
庶妹ままいも 女鳥めとりの王を 乞ひたまひき。 |
メトリの王を お求めになりました。 |
爾女鳥王。 | ここに女鳥の王、 | しかるにメトリの王が |
語 速總別王曰。 |
速總別の王に 語りて曰はく、 |
ハヤブサワケの王に 言われますには、 |
因大后之強。 | 「大后の強おずきに因りて、 | 「皇后樣を憚かつて、 |
不治賜 八田若郎女。 |
八田の若郎女を 治めたまはず。 |
ヤタの若郎女をも お召しになりませんのですから、 |
故思不仕奉。 | かれ仕へまつらじと思ふ。 | わたくしもお仕え申しますまい。 |
吾爲 汝命之妻。 |
吾あは 汝が命の妻めにならむ」 といひて、 |
わたくしは あなた樣の妻になろうと思います」 と言つて |
即相婚。 | すなはち婚あひましつ。 | 結婚なさいました。 |
それおれの?歌 |
||
是以 速總別王。 不復奏。 |
ここを以ちて 速總別の王 復奏かへりごとまをさざりき。 |
それですから ハヤブサワケの王は 御返事申しませんでした。 |
爾天皇。 | ここに天皇、 | ここに天皇は |
直幸 女鳥王之 所坐而。 |
直ただに 女鳥の王の います所にいでまして、 |
直接に メトリの王の おいでになる處に行かれて、 |
坐其殿戶之閾上。 |
その殿戸の 閾しきみの上にいましき。 |
その戸口の 閾しきいの上においでになりました。 |
於是女鳥王。 坐機而 織服。 |
ここに女鳥の王 機はたにまして、 服みそ織りたまふ。 |
その時メトリの王は 機はたにいて 織物を織つておいでになりました。 |
爾天皇歌曰。 | ここに天皇、歌よみしたまひしく、 | 天皇のお歌いになりました御歌は、 |
賣杼理能 | 女鳥の | メトリの女王の |
和賀意富岐美能 | 吾が王おほきみの | |
淤呂須波多 | 織おろす機はた、 | 織つていらつしやる機はたは、 |
他賀多泥呂迦母 | 誰たが料たねろかも。 | 誰の料でしようかね。 |
ちゃう(鳥)の歌 |
||
女鳥王答歌曰。 | 女鳥の王、答へ歌ひたまひしく、 | メトリの王の御返事の歌、 |
多迦由久夜 | 高行くや | 大空おおぞら高たかく飛とぶ |
波夜夫佐和氣能 | 速總別の | ハヤブサワケの王の |
美淤須比賀泥 | みおすひがね。 | お羽織の料です。 |
故天皇。 | かれ天皇、 | それで天皇は |
知其情。 | その心を知らして、 | その心を御承知になつて、 |
還入於宮。 | 宮に還り入りましき。 | 宮にお還りになりました。 |
とったれの歌 |
||
此時。 | この時、 | この後に |
其夫速總別王。 到來之時。 |
その夫ひこぢ速總別の王の 來れる時に、 |
ハヤブサワケの王が 來ました時に、 |
其妻 女鳥王歌曰。 |
その妻みめ 女鳥の王の歌ひたまひしく、 |
メトリの王の お歌いになつた歌は、 |
比婆理波 | 雲雀ひばりは | 雲雀は |
阿米邇迦氣流 | 天あめに翔かける。 | 天に飛び翔ります。 |
多迦由玖夜 | 高行くや | 大空高く飛ぶ |
波夜夫佐和氣 | 速總別、 | ハヤブサワケの王樣、 |
佐邪岐登良佐泥 | 鷦鷯さざき取らさね。 | サザキをお取り遊ばせ。 |
天皇聞此歌。 | 天皇この歌を聞かして、 | 天皇はこの歌をお聞きになつて、 |
即興軍欲殺。 |
軍を興して、 殺とりたまはむとす。 |
兵士を遣わして お殺しになろうとしました。 |
君と一緒ならの歌 |
||
爾 速總別王。 女鳥王。 共逃退而。 |
ここに 速總別の王、 女鳥の王、 共に逃れ退きて、 |
そこで ハヤブサワケの王と メトリの王と、 共に逃げ去つて、 |
騰于 倉椅山。 |
倉椅山くらはしやまに 騰あがりましき。 |
クラハシ山に 登りました。 |
於是 速總別王 歌曰。 |
ここに 速總別の王 歌ひたまひしく、 |
そこで ハヤブサワケの王が 歌いました歌、 |
波斯多弖能。 | 梯立ての | 梯子はしごを立てたような、 |
久良波斯夜麻袁。 | 倉椅山を | クラハシ山が |
佐賀志美登。 | 嶮さがしみと | 嶮けわしいので、 |
伊波迦伎加泥弖。 | 岩かきかねて | 岩に取り附きかねて、 |
和賀弖登良須母。 | 吾わが手取らすも。 | わたしの手をお取りになる。 |
又歌曰。 | また歌ひたまひしく、 | また、 |
波斯多弖能。 | 梯立ての | 梯子はしごを立てたような |
久良波斯夜麻波。 | 倉椅山は | クラハシ山は |
佐賀斯祁杼。 | 嶮しけど、 | 嶮しいけれど、 |
伊毛登能爐禮波。 | 妹と登れば | わが妻と登れば |
佐賀斯玖母阿良受。 | 嶮しくもあらず。 | 嶮しいとも思いません。 |
故自其地逃亡。 | かれそこより逃れて、 | それから逃げて、 |
到宇陀之 蘇邇時。 |
宇陀うだの 蘇邇そにに到りましし時に、 |
宇陀うだの ソニという處に行き到りました時に、 |
御軍追到 而殺也。 |
御軍追ひ到りて、 殺しせまつりき。 |
兵士が追つて來て 殺してしまいました。 |
玉とった将軍→死刑 |
||
其將軍 山部大楯連。 |
その將軍いくさのきみ 山部やまべの大楯おほたての連むらじ、 |
その時に將軍 山部の大楯おおだてが、 |
取其女鳥王。 | その女鳥の王の、 | メトリの王の |
所纒御手之 玉釧而。 |
御手に纏まかせる 玉釧たまくしろを取りて、 |
御手に纏まいておいでになつた 玉の腕飾を取つて、 |
與己妻。 | おのが妻めに與へき。 | 自分の妻に與えました。 |
此時之後。 | この時の後、 | その後に |
將爲豐樂之時。 | 豐の樂あかりしたまはむとする時に、 | 御宴が開かれようとした時に、 |
氏氏之女等。 皆朝參。 |
氏氏の女ども みな朝參みかどまゐりす。 |
氏々の女どもが 皆朝廷に參りました。 |
爾大楯連之妻。 | ここに大楯の連が妻、 | その時大楯の妻は |
以其王之玉釧。 纒于己手 而參赴。 |
その王の玉釧を、 おのが手に纏まきて まゐ赴むけり。 |
かのメトリの王の玉の腕飾を 自分の手に纏いて 參りました。 |
於是 大后石之日賣命。 |
ここに 大后石いはの日賣の命、 |
そこで 皇后石いわの姫の命が、 |
自取 大御酒柏。 |
みづから 大御酒の栢かしはを取らして、 |
お手ずから 御酒みきの柏かしわの葉を お取りになつて、 |
賜諸氏氏之女等。 | 諸もろもろ氏氏の女どもに賜ひき。 | 氏々の女どもに與えられました。 |
爾大后。 | ここに大后、 | 皇后樣は |
見知 其玉釧。 |
その玉釧を 見知りたまひて、 |
その腕飾を 見知つておいでになつて、 |
不賜 御酒柏。 |
御酒の栢を 賜はずて、 |
大楯の妻には 御酒の柏の葉を お授けにならないで |
乃引退。 | すなはち引き退そけて、 | お引きになつて、 |
召出 其夫大楯連以。 詔之。 |
その夫 大楯の連を召し出でて、 詔りたまはく、 |
夫の 大楯を召し出して 仰せられましたことは、 |
其王等。 | 「その王たち、 | 「あのメトリの王たちは |
因无禮而 退賜。 |
禮ゐやなきに因りて 退けたまへる、 |
無禮でしたから、 お退けになつたので、 |
是者無異事耳。 | こは異けしき事無きのみ。 | 別の事ではありません。 |
夫之奴乎。 | それの奴や、 | しかるにその奴やつは |
所纒己君之 御手 玉釧。 |
おのが君の 御手に纏かせる 玉釧を、 |
自分の君の 御手に纏いておいでになつた 玉の腕飾を、 |
於膚温 剥持來。 |
膚もあたたけきに 剥ぎ持ち來て、 |
膚はだも温あたたかいうちに 剥ぎ取つて持つて來て、 |
即與己妻。 |
おのが妻に與へつること」 と詔りたまひて、 |
自分の妻に與えたのです」 と仰せられて、 |
乃給死刑也。 | 死刑ころすつみに行ひたまひき。 | 死刑に行われました。 |
カリの卵(その心は=命も思いのママ) |
||
亦一時。 | またある時、 | また或る時、 |
天皇爲 將豐樂而。 |
天皇 豐の樂あかりしたまはむとして、 |
天皇が 御宴をお開きになろうとして、 |
幸行 日女嶋之時。 |
日女ひめ島に 幸でましし時に、 |
姫島ひめじまに おいでになつた時に、 |
於其嶋雁生卵。 | その島に雁かり卵こ生みたり。 | その島に雁が卵を生みました。 |
爾召 建内宿禰命。 |
ここに 建内の宿禰の命を召して、 |
依つて タケシウチの宿禰を召して、 |
以歌問 雁生卵之状。 |
歌もちて、 雁の卵生める状を 問はしたまひき。 |
歌をもつて 雁の卵を生んだ樣を お尋ねになりました。 |
其歌曰。 | その御歌、 | その御歌は、 |
多麻岐波流 | たまきはる | |
宇知能阿曾 | 内の朝臣あそ、 | わが大臣よ、 |
那許曾波 | 汝なこそは | あなたは |
余能那賀比登 | 世の長人ながひと、 | 世にも長壽の人だ。 |
蘇良美都 | そらみつ | |
夜麻登能久邇爾 | 日本やまとの國に | この日本の國に |
加理古牟登岐久夜 | 雁子こ産むと 聞くや。 |
雁が子を生んだのを 聞いたことがあるか。 |
於是建内宿禰。 | ここに建内の宿禰、 | ここにタケシウチの宿禰は |
以歌語白。 | 歌もちて語りて白さく、 | 歌をもつて語りました。 |
多迦比迦流 比能美古 | 高光る 日の御子、 | 高く光り輝く日の御子樣、 |
宇倍志許曾 斗比多麻閇 | 諾うべしこそ 問ひたまへ。 | よくこそお尋ねくださいました。 |
麻許曾邇 斗比多麻閇 | まこそに 問ひたまへ。 | まことにもお尋ねくださいました。 |
阿禮許曾波 余能那賀比登 | 吾あれこそは 世の長人、 |
わたくしこそは この世の長壽の人間ですが、 |
蘇良美都 夜麻登能久邇爾 | そらみつ 日本の國に | この日本の國に |
加理古牟登 伊麻陀岐加受 | 雁かり子こ産むと いまだ聞かず。 |
雁が子を生んだとは まだ聞いておりません。 |
如此白而。 | かく白して、 | かように申して、 |
被給御琴。 | 御琴を賜はりて、 | お琴を戴いて續けて歌いました。 |
歌曰。 | 歌ひて曰ひしく、 | |
那賀美古夜 | 汝なが王みこや | 陛下へいかが |
都毘邇斯良牟登 | 終に知らむと、 | 初はじめてお聞き遊ばしますために |
加理波古牟良斯 | 雁は子産らし。 | 雁は子を生むのでございましよう。 |
と歌ひき。 | ||
此者。 本岐歌之片歌也。 |
こは 壽歌ほきうたの片歌なり。 |
これは 壽歌ほぎうたの片歌かたうたです。 |
カラの船歌(その心はどこにでもある) |
||
此之御世。 | この御世に、 | この御世に |
免寸河之西。 | 兔寸うき河の西の方に、 | ウキ河の西の方に |
有一高樹。 | 高樹たかきあり。 | 高い樹がありました。 |
其樹之影。 | その樹の影、 | その樹の影は、 |
當旦日者。 | 朝日に當れば、 | 朝日に當れば |
逮淡道嶋。 | 淡道あはぢ島におよび、 | 淡路島に到り、 |
當夕日者。 | 夕日に當れば、 | 夕日に當れば |
越高安山。 | 高安山を越えき。 | 河内の高安山を越えました。 |
故切是樹 以作船。 |
かれこの樹を切りて、 船に作れるに、 |
そこでこの樹を切つて 船に作りましたところ、 |
甚捷行之船也。 | いと捷とく行く船なりけり。 | 非常に早はやく行く船でした。 |
時號其船。 謂枯野。 |
時にその船に名づけて 枯野からのといふ。 |
その船の名は カラノといいました。 |
故以是船。 | かれこの船を以ちて、 | それでこの船で、 |
旦夕 酌淡道嶋之寒泉。 |
旦夕あさよひに 淡道島の寒泉しみづを酌みて、 |
朝夕に 淡路島の清水を汲んで |
獻大御水也。 | 大御水もひ獻る。 | 御料の水と致しました。 |
茲船破壞以 燒鹽。 |
この船の壞やぶれたるもちて、 鹽を燒き、 |
この船が壞こわれましてから、 鹽を燒き、 |
取其燒遺木。 | その燒け遺のこりの木を取りて、 | その燒け殘つた木を取つて |
作琴。 | 琴に作るに、 | 琴に作りましたところ、 |
其音響七里。 | その音七里ななさとに聞ゆ。 | その音が七郷に聞えました。 |
爾歌曰。 | ここに歌よみて曰ひしく、 | それで歌に、 |
加良怒袁 | 枯野からぬを | 船ふねのカラノで |
志本爾夜岐 | 鹽に燒き、 | 鹽を燒いて、 |
斯賀阿麻理 | 其しが餘あまり | その餘りを |
許登爾都久理 | 琴に造り、 | 琴に作つて、 |
賀岐比久夜 | 掻き彈くや | 彈きなせば、 |
由良能斗能 | 由良ゆらの門との | 鳴るユラの海峽の |
斗那賀能伊久理爾 | 門中となかの 海石いくりに | 海中の岩に |
布禮多都 | 振れ立つ | 觸れて立つている |
那豆能紀能 | 浸漬なづの木の、 | 海の木のように |
佐夜佐夜 | さやさや。 | さやさやと鳴なり響く。 |
と歌いました。 | ||
此者。 志都歌之 歌返也。 |
こは 志都歌の 歌ひ返しなり。 |
これは 靜歌しずうたの 歌うたい返かえしです。 |
最期(仁徳天皇) |
||
此天皇。 御年捌拾參歲。 |
この天皇の 御年八十三歳やそぢあまりみつ。 |
この天皇は御年八十三歳、 |
(丁卯の年 八月十五日崩りたまひき) |
丁卯ひのとうの年の 八月十五日にお隱れなさいました。 |
|
御陵在 毛受之耳〈上〉原也。 |
御陵は 毛受もずの耳原みみはらにあり。 |
御陵は 毛受もずの耳原にあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
后妃と御子(履中天皇) |
||
伊邪本和氣命。 |
子みこ 伊耶本和氣 いざほわけの王、 |
御子の イザホワケの王 (履中天皇)、 |
坐 伊波禮之 若櫻宮。 |
伊波禮いはれの 若櫻わかざくらの宮に ましまして、 |
大和のイハレの 若櫻わかざくらの宮に おいでになつて、 |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
娶葛城之 曾都毘古之子。 葦田宿禰之女。 名黑比賣命。 |
葛城かづらきの 曾都毘古そつびこの子、 葦田あしだの宿禰が女、 名は黒比賣くろひめの命に娶ひて、 |
葛城かずらきの ソツ彦の子この アシダの宿禰の女の 黒姫くろひめの命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生うみになつた御子みこは、 |
市邊之 忍齒王。 |
市いちの邊べの 忍齒おしはの王、 |
市いちの邊べの オシハの王・ |
次御馬王。 | 次に御馬みまの王、 | ミマの王・ |
次妹青海郎女。 亦名 飯豐郎女。 |
次に妹青海あをみの郎女、 またの名は 飯豐いひとよの郎女 |
アヲミの郎女いらつめ、 又の名は イヒトヨの郎女の |
〈三柱〉 | 三柱。 | お三方かたです。 |
墨江中王による宮放火 |
||
本坐 難波宮之時。 |
もと 難波の宮にましましし時に、 |
はじめ 難波の宮においでになつた時に、 |
坐大嘗而。 | 大嘗おほにへにいまして、 | 大嘗の祭を遊ばされて、 |
爲豐明之時。 | 豐の明あかりしたまふ時に、 | |
於大御酒 宇良宜而。 |
大御酒に うらげて、 |
御酒みきに お浮かれになつて、 |
大御寢也。 | 大御寢おほみねましき。 | お寢やすみなさいました。 |
爾其弟 墨江中王。 |
ここにその弟 墨江すみのえの中つ王、 |
ここにスミノエノ ナカツ王が |
欲取天皇以。 | 天皇を取りまつらむとして、 | 惡い心を起して、 |
火著大殿。 | 大殿に火を著けたり。 | 大殿に火をつけました。 |
阿知直(アチチ)による(夜)救出 |
||
於是 倭漢直之祖。 |
ここに 倭やまとの漢あやの直あたへの祖、 |
この時に 大和の漢あやの直あたえの祖先の |
阿知直。 | 阿知あちの直、 | アチの直あたえが、 |
盜出而。 | 盜み出でて、 | 天皇をひそかに盜み出して、 |
乘御馬。 | 御馬に乘せまつりて、 | お馬にお乘せ申し上げて |
令幸於倭。 | 倭やまとにいでまさしめき。 | 大和にお連れ申し上げました。 |
故到于 多遲比野而。 |
かれ 多遲比野たぢひのに到りて、 |
そこで河内の タヂヒ野においでになつて、 |
寤詔 此間者何處。 |
寤めまして詔りたまはく、 「此處ここは何處いづくぞ」 と詔りたまひき。 |
目がお寤さめになつて 「此處は何處だ」 と仰せられましたから、 |
爾阿知直白。 | ここに阿知の直白さく、 | アチの直が申しますには、 |
墨江中王。 | 「墨江の中つ王、 | 「スミノエノナカツ王が |
火著大殿。 | 大殿に火を著けたまへり。 | 大殿に火をつけましたので |
故率 逃於倭。 |
かれ率ゐまつりて、 倭に逃のがるるなり」 とまをしき。 |
お連れ申して 大和に逃げて行くのです」 と申しました。 |
屏風(も持ってこいよ)の歌 |
||
爾天皇歌曰。 | ここに天皇歌よみしたまひしく、 | そこで天皇がお歌いになつた御歌、 |
多遲比怒邇 | 丹比野たぢひのに | タヂヒ野で |
泥牟登斯理勢婆 | 寢むと知りせば、 | 寢ようと知つたなら |
多都碁母母 | 防壁たつごもも | 屏風をも |
母知弖許麻志母能 | 持ちて來ましもの。 | 持つて來たものを。 |
泥牟登斯理勢婆 | 寢むと知りせば。 | 寢ようと知つたなら。 |
あれ燃えてるのウチじゃんの歌 |
||
到於 波邇賦坂。 |
波邇賦 はにふ坂に到りまして、 |
ハニフ坂においでになつて、 |
望見難波宮。 | 難波の宮を見放さけたまひしかば、 | 難波の宮を遠望なさいましたところ、 |
其火猶炳。 | その火なほ炳もえたり。 | 火がまだ燃えておりました。 |
爾天皇亦歌曰。 | ここにまた歌よみしたまひしく、 | そこでお歌いになつた御歌、 |
波邇布邪迦 | 波邇布はにふ坂 | ハニフ坂に |
和賀多知美禮婆 | 吾が立ち見れば、 | わたしが立つて見れば、 |
迦藝漏肥能 | かぎろひの | 盛んに |
毛由流伊幣牟良 | 燃ゆる家群むら、 | 燃える家々は |
都麻賀伊幣能阿多理 | 妻つまが家いへのあたり。 | 妻が家のあたりだ。 |
ある女人の歌 |
||
故到幸大坂 山口之時。 |
かれ大坂の 山口に到りましし時に、 |
かくて二上山ふたかみやまの 大坂の 山口においでになりました時に、 |
遇一女人。 | 女人をみな遇へり。 | 一人の女が來ました。 |
其女人白之。 | その女人の白さく、 | その女の申しますには、 |
持兵人等。 | 「兵つはものを持てる人ども、 | 「武器を持つた人たちが |
多塞茲山。 | 多さはにこの山を塞さへたれば、 | 大勢この山を塞いでおります。 |
自當岐麻道。 | 當岐麻道たぎまぢより廻りて、 | 當麻路たぎまじから廻つて、 |
廻應越幸。 |
越え幸でますべし」 とまをしき。 |
越えておいでなさいませ」 と申し上げました。 |
爾天皇歌曰。 | ここに天皇歌よみしたまひしく、 | 依つて天皇の歌われました御歌は、 |
於富佐迦邇。 | 大坂に | 大坂で |
阿布夜袁登賣袁。 | 遇ふや孃子をとめを。 | 逢あつた孃子おとめ。 |
美知斗閇婆。 | 道問へば | 道を問えば |
多陀邇波能良受。 | 直ただには告のらず、 | 眞直まつすぐにとはいわないで |
當藝麻知袁能流。 | 當岐麻路たぎまぢを告る。 | 當麻路たぎまじを教えた。 |
兄弟殺し令(天皇→水齒別→墨江中王) |
||
故上幸。 | かれ上り幸でまして、 | それから上つておいでになつて、 |
坐石上神宮也。 |
石いその上かみの宮に ましましき。 |
石いその上かみの神宮に おいで遊ばされました。 |
於是其 伊呂弟 水齒別命。 |
ここにその 同母弟いろせ 水齒別みづはわけの命、 |
ここに 皇弟 ミヅハワケの命が |
參赴令謁。 |
まゐ赴むきて まをさしめたまひき。 |
天皇の御許おんもとに おいでになりました。 |
爾天皇令詔。 |
ここに天皇 詔りたまはく、 |
天皇が 臣下に言わしめられますには、 |
吾疑汝命 若與墨江中王。 同心乎。 故不相言。 |
「吾、汝が命の、 もし墨江すみのえの中なかつ王と 同おやじ心ならむかと疑ふ。 かれ語らはじ」 とのりたまひしかば、 |
「わたしはあなたが スミノエノナカツ王と 同じ心であろうかと思うので、 物を言うまい」 と仰せられたから、 |
答白。 | 答へて曰さく、 | |
僕者 無穢邪心。 |
「僕は 穢きたなき心なし。 |
「わたくしは 穢きたない心はございません。 |
亦不同 墨江中王。 |
墨江の中つ王と 同おやじくはあらず」と、 答へ白したまひき。 |
スミノエノナカツ王と 同じ心でもございません」 とお答え申し上げました。 |
亦令詔。 | また詔らしめたまはく、 | また言わしめられますには、 |
然者。 | 「然らば、 | 「それなら |
今還下而。 | 今還り下りて、 | 今還つて行つて、 |
殺墨江中王而。 | 墨江の中つ王を殺して、 | スミノエノナカツ王を殺して |
上來。 | 上のぼり來ませ。 | 上つておいでなさい。 |
彼時吾必相言。 |
その時に、吾あれかならず語らはむ」 とのりたまひき。 |
その時にはきつとお話をしよう」 と仰せられました。 |
そそのかされたソバカリ(墨江家臣の隼人) |
||
故即 還下難波。 |
かれすなはち 難波に還り下りまして、 |
依つて 難波に還つておいでになりました。 |
欺所 近習 墨江中王之隼人。 名曾婆加理。 |
墨江の中つ王に近く事つかへまつる 隼人はやびと、 名は曾婆加里そばかりを 欺きてのりたまはく、 |
スミノエノナカツ王に近く仕えている ソバカリという隼人はやとを 欺あざむいて、 |
云若汝從吾言者。 | 「もし汝、吾が言ふことに從はば、 | 「もしお前がわたしの言うことをきいたら、 |
吾爲天皇。 | 吾天皇となり、 | わたしが天皇となり、 |
汝作大臣。 | 汝を大臣おほおみになして、 | お前を大臣にして、 |
治天下那何。 |
天の下治らさむとおもふは如何に」 とのりたまひき。 |
天下を治めようと思うが、どうだ」 と仰せられました。 |
曾婆訶理。 答白 隨命。 |
曾婆訶里答へて白さく 「命のまにま」 と白しき。 |
ソバカリは 「仰せのとおりに致しましよう」 と申しました。 |
爾多祿給 其隼人。 |
ここにその隼人に 物多さはに賜ひてのりたまはく、 |
依つてその隼人に 澤山物をやつて、 |
曰然者 殺汝王也。 |
「然らば汝の王を殺とりまつれ」 とのりたまひき。 |
「それならお前の王をお殺し申せ」 と仰せられました。 |
於是 曾婆訶理。 |
ここに 曾婆訶里、 |
ここに ソバカリは、 |
竊伺。 己王入厠。 |
己が王の 厠に入りませるを伺ひて、 |
自分の王が 厠にはいつておられるのを伺つて、 |
以矛刺而殺也。 | 矛ほこもちて刺して殺しせまつりき。 | 矛ほこで刺し殺しました。 |
哀れなソバカリ |
||
故率曾婆訶理。 | かれ曾婆訶里を率ゐて、 | それでソバカリを連れて |
上幸於倭之時。 | 倭やまとに上り幸でます時に、 | 大和に上つておいでになる時に、 |
到大坂山口。 | 大坂の山口に到りて、 | 大坂の山口においでになつて |
以爲。 | 思ほさく、 | お考えになるには、 |
曾婆訶理。 | 曾婆訶里、 | ソバカリは |
爲吾雖有大功。 | 吾がために大き功いさをあれども、 | 自分のためには大きな功績があるが、 |
既殺己君。 | 既におのが君を殺せまつれるは、 | 自分の君を殺したのは |
是不義。 | 不義きたなきわざなり。 | 不義である。 |
然不賽其功。 | 然れどもその功に報いずは、 | しかしその功績に報じないでは |
可謂無信。 | 信まこと無しといふべし。 | 信を失うであろう。 |
既行其信。 | 既にその信を行はば、 | しかも約束のとおりに行つたら、 |
還 惶其情。 |
かへりて その心を恐かしこしとおもふ。 |
かえつて その心が恐しい。 |
故雖報其功。 | かれその功に報ゆとも、 | 依つてその功績には報じても |
滅其正身。 |
その正身ただみを滅しなむ と思ほしき。 |
その本人を殺してしまおうと お思いになりました。 |
飛鳥の由来(隼人×発つのは明日か) |
||
是以 詔曾婆訶理。 |
ここをもちて 曾婆訶里に詔りたまはく、 |
かくて ソバカリに仰せられますには、 |
今日留此間而。 | 「今日は此處ここに留まりて、 | 「今日は此處に留まつて、 |
先給大臣位。 | まづ大臣の位を賜ひて、 | まずお前に大臣の位を賜わつて、 |
明日上幸。 | 明日上りまさむ」とのりたまひて、 | 明日大和に上ることにしよう」と仰せられて、 |
留其山口。 | その山口に留まりて、 | その山口に留まつて |
即造假宮。 | すなはち假かり宮を造りて、 | 假宮を造つて |
忽爲豐樂。 | 俄に豐の樂あかりして、 | 急に酒宴をして、 |
乃於其隼人。 賜大臣位。 |
その隼人に大臣の位を賜ひて、 | その隼人に大臣の位を賜わつて |
百官令拜。 |
百官つかさづかさをして 拜をろがましめたまふに、 |
百官をして これを拜ましめたので、 |
隼人歡喜。 | 隼人歡びて、 | 隼人が喜んで |
以爲遂志。 | 志遂げぬと思ひき。 | 志成つたと思つていました。 |
爾詔其隼人。 | ここにその隼人に詔りたまはく、 | そこでその隼人に |
今日與大臣。 飮同盞酒。 |
「今日大臣と 同おやじ盞うきの酒を飮まむとす」 と詔りたまひて、 |
「今日は大臣と共に 一つ酒盞の酒を飮もう」 と仰せられて、 |
共飮之時。 | 共に飮む時に、 | 共にお飮みになる時に、 |
隱面大鋺。 | 面おもを隱す大鋺まりに | 顏を隱す大きな椀に |
盛其進酒。 | その進たてまつれる酒を盛りき。 | その進める酒を盛りました。 |
於是王子先飮。 | ここに王子みこまづ飮みたまひて、 | そこで王子がまずお飮みになつて、 |
隼人後飮。 | 隼人後に飮む。 | 隼人が後に飮みます。 |
故其隼人飮時。 | かれその隼人の飮む時に、 | その隼人の飮む時に |
大鋺覆面。 | 大鋺、面を覆ひたり。 | 大きな椀が顏を覆いました。 |
爾取出置席下之劍。 |
ここに席むしろの下に置ける 劒たちを取り出でて、 |
そこで座の下にお置きになつた 大刀を取り出して、 |
斬其隼人之頸。 | その隼人が首を斬りたまひき。 | その隼人の首をお斬りなさいました。 |
乃明日上幸。 |
すなはち明日くるつひ、 上り幸でましき。 |
かようにして明くる日に 上つておいでになりました。 |
故號其地。 謂近飛鳥也。 |
かれ其地そこに名づけて 近ちかつ飛鳥あすかといふ。 |
依つて其處を 近つ飛鳥あすかと名づけます。 |
上到于倭。 | 倭やまとに上り到りまして | 大和に上つておいでになつて |
詔之。 | 詔りたまはく、 | 仰せられますには、 |
今日留此間。 | 「今日は此處に留まりて、 | 「今日は此處に留まつて |
爲祓禊而。 | 祓禊はらへして、 | 禊祓はらいをして、 |
明日參出。 | 明日まゐ出でて、 | 明日出て |
將拜神宮。 |
神宮かむみやを拜まむ」 とのりたまひき。 |
神宮に參拜しましよう」 と仰せられました。 |
故號其地謂 遠飛鳥也。 |
かれ其地そこに名づけて 遠つ飛鳥といふ。 |
それで其處を 遠つ飛鳥と名づけました。 |
石上神宮参拝と報償(殺のお礼×参り) |
||
故參出 石上神宮。 |
かれ石いその上かみの 神宮にまゐでて、 |
かくて石いその上かみの 神宮に參つて、 |
令奏天皇。 政既平訖 參上侍之。 |
天皇に 「政既に平ことむけ訖へて まゐ上り侍さもらふ」 とまをさしめたまひき。 |
天皇に 「すべて平定し終つて 參りました」 と奏上致しました。 |
爾召入而。 相語也。 |
ここに召し入れて 語らひたまひき。 |
依つて召し入れて 語られました。 |
天皇。 | 天皇、 | ここにおいて、 |
於是以阿知直。 | ここに阿知の直を、 | 天皇がアチの直あたえを |
始任 藏官。 |
始めて藏くらの官つかさに 任まけたまひ、 |
大藏の 役人になされ、 |
亦給粮地。 | また粮地たどころを賜ひき。 | また領地をも賜わりました。 |
亦此御世。 | またこの御世に、 | またこの御世に |
於若櫻部臣等。 賜若櫻部名。 |
若櫻部わかさくらべの臣等に、 若櫻部といふ名を賜ひ、 |
若櫻部の臣等に 若櫻部という名を賜わり、 |
又比賣陀君等。 賜姓 謂比賣陀之君也。 |
また比賣陀ひめだの君等に、 比賣陀の君といふ 姓かばねを賜ひき。 |
比賣陀ひめだの君等に 比賣陀の君という 稱號を賜わりました。 |
亦定 伊波禮部也。 |
また伊波禮部いはれべを 定めたまひき。 |
また伊波禮部を お定めなさいました。 |
最期(履中天皇) |
||
天皇之 御年。陸拾肆歲。 |
天皇の 御年六十四歳むそぢあまりよつ |
天皇は 御年六十四歳、 |
(壬申の年 正月三日崩りたまひき) |
壬申みずのえさるの年の 正月三日にお隱れになりました。 |
|
御陵在毛受也。 | 御陵は毛受もずにあり。 | 御陵はモズにあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
水齒別命。 |
弟いろと 水齒別 みづはわけの命、 |
弟の ミヅハワケの命 (反正天皇)、 |
坐多治比之 柴垣宮。 |
多治比たぢひの 柴垣しばかきの宮にましまして、 |
河内の多治比たじひの 柴垣しばがきの宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 御身之長。 九尺二寸半。 |
天皇、 御身みみの長たけ 九尺二寸半 ここのさかまりふたきいつきだ。 |
天皇は 御身のたけが 九尺二寸半、 |
御齒 長一寸廣二分。 |
御齒の 長さ一寸き、廣さ二分きだ。 |
御齒の 長さが一寸、廣さ二分、 |
上下等齊。 | 上下等しく齊ととのひて、 | 上下同じように齊そろつて |
既如貫珠。 | 既に珠を貫ぬけるが如くなりき。 | 珠をつらぬいたようでございました。 |
天皇。娶 丸邇之 許碁登臣之女。 都怒郎女。 |
天皇、 丸邇わにの 許碁登こごとの臣が女、 都怒つのの郎女に娶ひて、 |
天皇は ワニのコゴトの臣の女の ツノの郎女と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
甲斐郎女。 | 甲斐かひの郎女、 | カヒの郎女・ |
次都夫良郎女。 | 次に都夫良つぶらの郎女 | ツブラの郎女の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又娶 同臣之女。 弟比賣。 |
また同おやじ臣が女、 弟比賣に 娶ひて、 |
また同じ臣の女の 弟姫と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
財王。 | 財たからの王、 | タカラの王・ |
次多訶辨郎女。 | 次に多訶辨たかべの郎女、 | タカベの郎女で |
并四王也。 | 并はせて四柱ましき。 | 合わせて四王おいでになります。 |
天皇之 御年。陸拾歲。 |
天皇 御年六十歳むそぢ。 |
天皇は 御年六十歳、 |
(丁丑の年 七月に崩りたまひき) |
丁丑ひのとうしの年の 七月にお隱れになりました。 |
|
御陵在 毛受野也。 |
御陵は 毛受野もずのにありと言へり。 |
御陵は モズ野にあるということです。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
男淺津間 若子宿禰命。 |
弟男淺津間 をあさづまの 若子わくごの宿禰の王、 |
弟の ヲアサヅマ ワクゴノスクネの王(允恭天皇)、 |
坐遠飛鳥宮。 | 遠つ飛鳥あすかの宮にましまして、 |
大和の 遠つ飛鳥の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
娶 意富本杼王之妹。 忍坂之 大中津比賣命。 |
意富本杼 おほほどの王が妹、 忍坂おさかの 大中津おほなかつ比賣の命 に娶ひて、 |
オホホドの王の妹の オサカノ オホナカツ姫の命と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子みこは、 |
木梨之輕王。 | 木梨きなしの輕かるの王、 | キナシノカルの王・ |
次長田大郎女。 | 次に長田の大郎女おほいらつめ、 | ヲサダの大郎女・ |
次境之黑日子王。 | 次に境さかひの黒日子の王、 | サカヒノクロヒコの王・ |
次穴穂命。 | 次に穴穗あなほの命、 | アナホの命・ |
次輕大郎女。 | 次に輕の大郎女、 | カルの大郎女・ |
亦名 衣通郎女。 |
またの御名は 衣通そとほしの郎女、 |
(カルの大郎女は またの名を 衣通そとおしの郎女 |
〈御名所。 以負衣通王者。 |
(御名は 衣通の王と負はせる所以は、 |
と申しますのは、 |
其身之光。 自衣通出也〉 |
その御身の光 衣より出づればなり。) |
その御身の光が 衣を通して出ましたからでございます。) |
次八瓜之白日子王。 | 次に八瓜やつりの白日子の王、 | ヤツリノシロヒコの王・ |
次大長谷命。 | 次に大長谷はつせの命、 | オホハツセの命・ |
次橘大郎女。 | 次に橘たちばなの大郎女、 | タチバナの大郎女・ |
次酒見郎女。 | 次に酒見さかみの郎女 | サカミの郎女 |
〈九柱〉 | 九柱。 | の九王です。 |
凡天皇之御子等。 | およそ天皇の御子たち、 | |
九柱。 | 九柱。 | |
〈男王五。女王四〉 | (男王五柱、女王四柱。) | 男王五人女王四人です。 |
此九王之中。 | この九柱の中に、 | |
穴穂命者。 治天下也。 |
穴穗の命は、 天の下治らしめしき。 |
このうちアナホの命は 天下をお治めなさいました。 |
次大長谷命。 治天下也。 |
次に大長谷の命も、 天の下治らしめしき。 |
次にオホハツセの命も 天下をお治めなさいました。 |
八十一の船 |
||
天皇。 初爲將所知 天津日繼之時。 |
天皇 初め天つ日繼 知らしめさむとせし時に、 |
初はじめ天皇てんのう、 帝位に お即つきになろうとしました時に |
天皇辭而。 | 辭いなびまして、 | 御辭退遊ばされて |
詔之。 | 詔りたまひしく | |
我者。 有一長病。 |
「我は 長き病しあれば、 |
「わたしは 長い病氣があるから |
不得所知日繼。 |
日繼をえ知らさじ」と 詔りたまひき。 |
帝位に即つくことができない」 と仰せられました。 |
然大后始而。 | 然れども大后より始めて、 | しかし皇后樣をはじめ |
諸卿等。 | 諸卿まへつぎみたち | 臣下たちも |
因堅奏而乃。 | 堅く奏すに因りて、 | 堅くお願い申しましたので、 |
治天下。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此時。 | この時、 | この時に |
新良國主。 | 新羅しらぎの國主こにきし、 | 新羅の國主が |
貢進。 御調 八十一艘。 |
御調物みつぎもの 八十一艘やそまりひとふね 獻りき。 |
御調物みつぎものの 船八十一艘を 獻りました。 |
爾御調之大使。 | ここに御調の大使、 | その御調の大使は |
名云 金波鎭 漢紀武。 |
名は 金波鎭漢紀武 こみはちに かにきむといふ。 |
名なを 金波鎭漢紀武 こみぱちに かにきむと言いました。 |
此人 深知藥方。 |
この人 藥の方みちを深く知れり。 |
この人が 藥の處方をよく知つておりましたので、 |
故治差。 帝皇之御病。 |
かれ天皇が御病を 治めまつりき。 |
天皇の御病氣を お癒し申し上げました。 |
八十友緒氏姓 |
||
於是天皇。 | ここに天皇、 | ここに天皇が |
愁 天下。 氏氏名名人等之。 氏姓 忤過而。 |
天の下の 氏氏名名の人どもの、 氏姓かばねが 忤たがひ過あやまてることを 愁へまして、 |
天下の 氏々の人々の、 氏姓うじかばねの 誤あやまつているのを お歎きになつて、 |
於味白檮之。 言八十禍津日前。 |
味白檮うまかしの 言八十禍津日 ことやそまがつひの前さきに、 |
大和のウマカシの 言八十禍津日 ことやそまがつひの埼さきに |
居玖訶瓮而。 〈玖訶二字以音〉 |
玖訶瓮くかべを据ゑて、 | クカ瓮べを据えて、 |
定賜天下之。 八十友緒 氏姓也。 |
天の下の 八十伴やそともの緒をの 氏姓を定めたまひき。 |
天下の臣民たちの 氏姓をお定めになりました。 |
又爲木梨之 輕太子 御名代。 |
また木梨きなしの 輕かるの太子 ひつぎのみこの御名代として、 |
またキナシノカルの太子の 御名の記念として |
定輕部。 | 輕部かるべを定め、 | 輕部をお定めになり、 |
爲大后御名代。 | 大后の御名代として、 | 皇后樣の御名の記念として |
定刑部。 | 刑部おさかべを定め、 | 刑部おさかべをお定めになり、 |
爲大后之弟。 田井中比賣 御名代。 |
大后の弟 田井たゐの中なかつ比賣の 御名代として、 |
皇后樣の妹の タヰノナカツ姫の 御名の記念として |
定河部也。 | 河部かはべを定めたまひき。 | 河部をお定めになりました。 |
最期(允恭天皇) |
||
天皇。 御年。 漆拾捌歲。 |
天皇 御年 七十八歳ななそぢまりやつ。 |
天皇 御年 七十八歳、 |
(甲午の年 正月十五日崩りたまひき。) |
甲午きのえうまの年の 正月十五日にお隱れになりました。 |
|
御陵在 河内之 惠賀 長枝也。 |
御陵は 河内かふちの 惠賀ゑがの 長枝ながえにあり。 |
御陵は 河内の 惠賀えがの 長枝にあります。 |
志良宜(しらげ)歌 |
||
天皇 崩之後。 |
天皇 崩りまして後、 |
天皇が お隱かくれになつてから後のちに、 |
定 木梨之輕太子。 所知日繼。 |
木梨の輕の太子、 日繼知らしめすに 定まりて、 |
キナシノカルの太子が 帝位におつきになるに 定まつておりましたが、 |
未即位之間。 |
いまだ位に 即つきたまはざりしほどに、 |
まだ位に おつきにならないうちに |
奸其伊呂妹 輕大郎女而。 歌曰。 |
その同母妹いろも 輕の大郎女に奸たはけて、 歌よみしたまひしく、 |
妹のカルの大郎女に 戲れて お歌いになつた歌、 |
阿志比紀能 | あしひきの | |
夜麻陀袁豆久理 | 山田をつくり | 山田を作つて、 |
夜麻陀加美 | 山高だかみ | 山が高いので |
斯多備袁和志勢 | 下樋びをわしせ、 | 地の下に樋ひを通わせ、 |
志多杼比爾 | 下どひに | そのように心の中で |
和賀登布伊毛袁 | 吾わがとふ妹を、 | わたしの問い寄る妻、 |
斯多那岐爾 | 下泣きに | 心の中で |
和賀那久都麻袁 | 吾が泣く妻を、 | わたしの泣いている妻を、 |
許存許曾婆 | 昨夜こぞこそは | 昨夜こそは |
夜須久波陀布禮 | 安やすく肌觸れ。 | 我が手に入れたのだ。 |
此者。 志良宜歌也。 |
こは 志良宜しらげ歌なり。 |
これは 志良宜歌しらげうたです。 |
夷振(ひなぶり)之上歌 |
||
又歌曰。 | また歌よみしたまひしく、 | また、 |
佐佐波爾 | 笹葉ささはに | 笹ささの葉はに |
宇都夜阿良禮能 | うつや霰の、 | 霰あられが音おとを立たてる。 |
多志陀志爾 | たしだしに | そのようにしつかりと |
韋泥弖牟能知波 | 率寢ゐねてむ後のちは | 共に寢た上は、 |
比登波加由登母 | 人は離かゆとも。 | よしや君きみは別わかれても。 |
宇流波斯登 | うるはしと | いとしの妻と |
佐泥斯佐泥弖婆 | さ寢ねしさ寢てば | 寢たならば、 |
加理許母能 | 刈薦ごもの | 刈り取つた薦草こもくさのように |
美陀禮婆美陀禮 | 亂れば亂れ。 | 亂れるなら亂れてもよい。 |
佐泥斯佐泥弖婆 | さ寢しさ寢てば。 | 寢てからはどうともなれ。 |
此者。 夷振之上歌也。 |
こは夷振ひなぶりの 上歌あげうたなり。 |
これは夷振ひなぶりの 上歌あげうたです。 |
輕箭穴穂箭(かるやあなほや) |
||
是以 百官及。 |
ここを以ちて 百ももの官つかさまた、 |
そこで 官吏を始めとして |
天下人等。 | 天の下の人ども、 | 天下の人たち、 |
背輕太子而。 | みな輕の太子に背きて、 | カルの太子に背いて |
歸穴穂御子。 | 穴穗ほの御子みこに歸よりぬ。 | アナホの御子に心を寄せました。 |
爾輕太子畏而。 | ここに輕の太子畏みて、 | 依つてカルの太子が畏れて |
逃入 大前小前 宿禰大臣之家而。 |
大前おほまえ 小前をまへの 宿禰の大臣おほおみの家に 逃れ入りて、 |
大前小前 おおまえおまえの 宿禰の大臣の家へ 逃げ入つて、 |
備作兵器。 | 兵つはものを備へ作りたまひき。 | 兵器を作り備えました。 |
〈爾時所作矢者。 | (その時に作れる矢は、 | その時に作つた矢は |
銅其箭之内。 | その箭の同を銅にしたり。 | その矢の筒を銅にしました。 |
故号其矢謂 輕箭也〉 |
かれその矢を 輕箭といふ。) |
その矢を カル箭やといいます。 |
穴穂御子亦。 | 穴穗あなほの御子も | アナホの御子も |
作兵器。 | 兵つはものを作りたまひき。 | 兵器をお作りになりました。 |
〈此王子 所作之矢者。 |
(その王子の 作れる矢は、 |
その王の お作りになつた矢は |
即 今時之矢者也。 |
今時の矢なり。 | 今の矢です。 |
是謂穴穂箭也〉 | そを穴穗箭といふ。) | これをアナホ箭やといいます。 |
加那斗加宜(かなとかげ)の歌 |
||
於是穴穂御子。 興軍 圍 大前小前 宿禰之家。 |
穴穗の御子みこ 軍を興して、 大前小前の 宿禰の家を 圍かくみたまひき。 |
ここにアナホの御子が 軍を起して 大前小前の 宿禰の家を 圍みました。 |
爾到其 門時。 |
ここにその 門かなとに到りましし時に |
そしてその 門に到りました時に |
零大氷雨。 | 大氷雨ひさめ降りき。 | 大雨が降りました。 |
故歌曰。 | かれ歌よみしたまひしく、 | そこで歌われました歌、 |
意富麻幣 | 大前 | 大前 |
袁麻幣須久泥賀 | 小前宿禰が | 小前宿禰の |
加那斗加宜 | かな門陰とかげ | 家の門のかげに |
加久余理許泥 | かく寄より來こね。 | お立ち寄りなさい。 |
阿米多知夜米牟 | 雨立ち止やめむ。 | 雨をやませて行きましよう。 |
宮人振(みやひとぶり)の歌 |
||
爾其 大前小前宿禰。 |
ここにその 大前小前の宿禰、 |
ここにその 大前小前の宿禰が、 |
擧手打膝。 |
手を擧げ、 膝を打ち、 |
手を擧げ膝を打つて |
儛訶那傳 〈自訶下 三字以音〉 |
舞ひかなで、 | 舞い奏かなで、 |
歌參來。 | 歌ひまゐ來く。 | 歌つて參ります。 |
其歌曰。 | その歌、 | その歌は、 |
美夜比登能 | 宮人の | 宮人の |
阿由比能古須受 | 足結あゆひの小鈴こすず。 | 足に附けた小鈴が |
淤知爾岐登 | 落ちにきと | 落ちてしまつたと |
美夜比登登余牟 | 宮人とよむ。 | 騷いでおります。 |
佐斗毘登母由米 | 里人もゆめ。 |
里人さとびとも そんなに騷がないでください。 |
此歌者。 | この歌は | この歌は |
宮人振也。 | 宮人曲みやひとぶりなり。 | 宮人曲みやびとぶりです。 |
天田振の歌 |
||
如此歌參歸。 | かく歌ひまゐ來て、 | かように歌いながらやつて來て |
白之。 | 白さく、 | 申しますには、 |
我天皇之御子。 | 「我あが天皇おほきみの御子、 | 「わたしの御子樣、 |
於伊呂兄王 無及兵。 |
同母兄いろせの御子を な殺しせたまひそ。 |
そのようにお攻めなされますな。 |
若及兵者。 | もし殺せたまはば、 | もしお攻めになると |
必人咲。 | かならず人咲わらはむ。 | 人が笑うでしよう。 |
僕捕以貢進。 |
僕あれ捕へて獻らむ」 とまをしき。 |
わたくしが捕えて獻りましよう」 と申しました。 |
爾解兵退坐。 |
ここに軍を罷やめて 退そきましき。 |
そこで軍を罷やめて 去りました。 |
故大前小前宿禰。 | かれ大前小前の宿禰、 | かくて大前小前の宿禰が |
捕其輕太子。 | その輕の太子を捕へて、 | カルの太子を捕えて |
率參出以貢進。 | 率ゐてまゐ出て獻りき。 | 出て參りました。 |
其太子。 | その太子、 | その太子が |
被捕歌曰。 | 捕はれて歌よみしたまひしく、 | 捕われて歌われた歌は、 |
阿麻陀牟 | 天飛だむ | 空そら飛とぶ雁かり、 |
加流乃袁登賣 | 輕の孃子、 | そのカルのお孃さん。 |
伊多那加婆 | いた泣かば | あんまり泣くと |
比登斯理奴倍志 | 人知りぬべし。 | 人が氣づくでしよう。 |
波佐能夜麻能 | 波佐はさの山の | それでハサの山の |
波斗能 | 鳩の、 | 鳩のように |
斯多那岐爾那久 | 下泣きに泣く。 | 忍び泣きに泣いています。 |
又歌曰。 | また歌よみしたまひしく、 | また歌われた歌は、 |
阿麻陀牟 | 天飛あまだむ | 空飛ぶ雁かり、 |
加流袁登賣 | 輕孃子かるをとめ、 | そのカルのお孃さん、 |
志多多爾母 | したたにも | しつかりと |
余理泥弖登富禮 | 倚り寢ねてとほれ。 | 寄つて寢ていらつしやい |
加流袁登賣杼母 | 輕孃子ども。 | カルのお孃さん。 |
故其輕太子者。 | かれその輕の太子をば、 | かくてそのカルの太子を |
流於伊余湯也。 | 伊余いよの湯ゆに放ちまつりき。 | 伊豫いよの國の温泉に流しました。 |
亦將流之時。 | また放たえたまはむとせし時に、 | その流されようとする時に |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | 歌われた歌は、 |
阿麻登夫 | 天飛あまとぶ | 空を飛ぶ |
登理母都加比曾 | 鳥も使ぞ。 | 鳥も使です。 |
多豆賀泥能 | 鶴たづが音ねの | 鶴の聲が |
岐許延牟登岐波 | 聞えむ時は、 | 聞えるおりは、 |
和賀那斗波佐泥 | 吾わが名問はさね。 | わたしの事をお尋ねなさい。 |
此三歌者。 | この三歌は、 | この三首の歌は |
天田振也。 | 天田振あまだぶりなり。 | 天田振あまだぶりです。 |
夷振之片下の歌 |
||
又歌曰。 | また歌よみしたまひしく、 | また歌われた歌は、 |
意富岐美袁 | 大君を | わたしを |
斯麻爾波夫良婆 | 島に放はぶらば、 | 島に放逐ほうちくしたら |
布那阿麻理 | 船ふな餘り | 船の片隅に乘つて |
伊賀幣理許牟叙 | い歸がへりこむぞ。 | 歸つて來よう。 |
和賀多多彌由米 | 吾わが疊ゆめ。 |
わたしの座席は しつかりと護つていてくれ。 |
許登袁許曾 | 言をこそ | 言葉でこそ |
多多美登伊波米 | 疊と言はめ。 | 座席とはいうのだが、 |
和賀都麻波由米 | 吾が妻はゆめ。 |
わたしの妻を 護つていてくれというのだ。 |
此歌者。 | この歌は、 | この歌は |
夷振之 片下也。 |
夷振ひなぶりの 片下かたおろしなり。 |
夷振ひなぶりの 片下かたおろしです。 |
衣通王の歌 |
||
其衣通王。 | その衣通そとほしの王、 | その時に衣通しの王が |
獻歌。 | 歌獻りき。 | 歌を獻りました。 |
其歌曰。 | その歌、 | その歌は、 |
那都久佐能 | 夏草の | 夏の草は萎なえます。 |
阿比泥能波麻能 | あひねの濱の | そのあいねの濱の |
加岐加比爾 | 蠣貝かきかひに | 蠣かきの貝殼に |
阿斯布麻須那 | 足踏ますな。 | 足をお蹈みなさいますな。 |
阿加斯弖杼富禮 | 明あかしてとほれ。 | 夜が明けてからいらつしやい。 |
山多豆の歌 |
||
故後亦 不堪戀慕而。 |
かれ後にまた 戀慕しのひに堪へかねて、 |
後に 戀しさに堪えかねて |
追往時。 | 追ひいでましし時、 | 追つておいでになつて |
歌曰。 | 歌ひたまひしく、 | お歌いになりました歌、 |
岐美賀由岐。 | 君が行き | おいで遊ばしてから |
氣那賀久那理奴。 | け長くなりぬ。 | 日數が多くなりました。 |
夜麻多豆能。 | 山たづの | ニワトコの木のように、 |
牟加閇袁由加牟。 | 迎むかへを行かむ。 | お迎えに參りましよう。 |
麻都爾波麻多士。 | 待つには待たじ。 | お待ちしてはおりますまい。 |
〈此云山多豆者。 | (ここに山たづといへるは、 | |
是今造木者也〉 | 今の造木なり) | |
読歌(黄泉歌) |
||
故追到之時。 |
かれ追ひ 到りましし時に、 |
かくて追つて おいでになりました時に、 |
待懷而歌曰。 |
待ち懷おもひて、 歌ひたまひしく、 |
太子がお待ちになつて 歌われた歌、 |
許母理久能 | 隱國こもりくの | 隱れ國の |
波都世能夜麻能 | 泊瀬はつせの山の | 泊瀬の山の |
意富袁爾波 波多波理陀弖 | 大尾おほをには 幡はた張はり立て | 大きい高みには旗をおし立て |
佐袁袁爾波 波多波理陀弖 | さ小尾ををには 幡張り立て | 小さい高みには旗をおし立て、 |
意富袁爾斯 那加佐陀賣流 | 大尾おほをよし ながさだめる | おおよそにあなたの思い定めている |
淤母比豆麻阿波禮 | 思ひ妻あはれ。 | 心盡しの妻こそは、ああ。 |
都久由美能 許夜流許夜理母 | 槻つく弓の伏こやる伏りも、 | あの槻つき弓のように伏すにしても |
阿豆佐由美 多弖理多弖理母 | 梓弓立てり立てりも、 | 梓あずさの弓のように立つにしても |
能知母登理美流 | 後も取り見る | 後も出會う |
意母比豆麻阿波禮 | 思ひ妻あはれ。 | 心盡しの妻は、ああ。 |
又歌曰。 | また歌ひたまひしく、 | またお歌い遊ばされた歌は、 |
許母理久能 | 隱國こもりくの | 隱れ國の |
波都勢能賀波能 | 泊瀬はつせの川の | 泊瀬の川の |
加美都勢爾 伊久比袁宇知 | 上かみつ瀬せに 齋杙いくひを打ち、 | 上流の瀬には清らかな柱を立て |
斯毛都勢爾 麻久比袁宇知 | 下しもつ瀬に ま杙くひを打ち、 | 下流の瀬にはりつぱな柱を立て、 |
伊久比爾波 加賀美袁加氣 | 齋杙いくひには 鏡を掛け、 | 清らかな柱には鏡を懸け |
麻久比爾波 麻多麻袁加氣 | ま杙には ま玉を掛け、 | りつぱな柱には玉を懸け、 |
麻多麻那須 阿賀母布伊毛 | ま玉なす 吾あが思もふ妹、 | 玉のようにわたしの思つている女、 |
加賀美那須 阿賀母布都麻 | 鏡なす 吾あが思もふ妻、 | 鏡のようにわたしの思つている妻、 |
阿理登伊波婆許曾爾 | ありと いはばこそよ、 | その人がいると言うのなら |
伊幣爾母由加米 | 家にも行かめ。 | 家にも行きましよう、 |
久爾袁母斯怒波米 | 國をも偲しのはめ。 | 故郷をも慕いましよう。 |
如此歌。 | かく歌ひて、 | かように歌つて、 |
即共 自死。 |
すなはち共に みづから死せたまひき。 |
ともに お隱れになりました。 |
故此二歌者。 | かれこの二歌は | それでこの二つの歌は |
讀歌也。 | 讀歌なり。 | 讀歌よみうたでございます。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
穴穂御子。 |
御子 穴穗あなほの御子、 |
御子の アナホの御子(安康天皇)、 |
坐石上之穴穂宮。 |
石いその上かみの 穴穗の宮にましまして |
石いその上かみの 穴穗の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
大日下王への使(根臣=ねのおみ) |
||
天皇。 | 天皇、 | 天皇は、 |
爲伊呂弟 大長谷 王子而。 |
同母弟いろせ 大長谷はつせの 王子のために、 |
弟の オホハツセの 王子のために、 |
坂本 臣等之祖。 |
坂本さかもとの 臣おみ等が祖おや |
坂本の 臣たちの祖先の |
根臣。 | 根ねの臣を、 | ネの臣を、 |
遣大日下王 之許。 |
大日下おほくさかの王の もとに遣して、 |
オホクサカの王の もとに遣わして、 |
令詔者。 | 詔らしめたまひしくは、 | 仰せられましたことは |
汝命之妹。 | 「汝が命の妹 | 「あなたの妹の |
若日下王。 | 若日下わかくさかの王を、 | ワカクサカの王を、 |
欲婚 大長谷王子。 |
大長谷の王子に 合はせむとす。 |
オホハツセの王と 結婚させようと思うから |
故可貢。 |
かれ獻るべし」 とのりたまひき。 |
さしあげるように」 と仰せられました。 |
爾大日下王。 | ここに大日下の王 | そこでオホクサカの王は、 |
四拜白之。 | 四たび拜みて白さく、 | 四度拜禮して |
若疑有 如此大命。 |
「けだしかかる 大命おほみこともあらむと思ひて、 |
「おそらくはこのような 御命令もあろうかと思いまして、 |
故。 | かれ、 | それで |
不出外以置也。 | 外とにも出さずて置きつ。 | 外にも出さないでおきました。 |
是恐。 | こは恐し。 | まことに恐れ多いことです。 |
隨大命奉進。 |
大命のまにまに獻らむ」 とまをしたまひき。 |
御命令の通りさしあげましよう」 と申しました。 |
然言以白事。 | 然れども言こともちて白す事は、 | しかし言葉で申すのは |
其思无禮。 | それ禮ゐやなしと思ひて、 | 無禮だと思つて、 |
即爲 其妹之禮物。 |
すなはち その妹の禮物ゐやじろとして、 |
その妹の贈物として、 |
令持押木之 玉縵而 貢獻。 |
押木の 玉縵たまかづらを持たしめて、 獻りき。 |
大きな木の 玉の飾りを持たせて 獻りました。 |
根臣の謀り(大日下討たれる) |
||
根臣。 即盜取 其禮物之 玉縵。 |
根の臣 すなはちその禮物ゐやじろの 玉縵たまかづらを 盜み取りて、 |
ネの臣は その贈物の 玉の飾りを 盜み取つて、 |
讒 大日下王曰。 |
大日下の王を 讒よこしまつりて曰さく、 |
オホクサカの王を 讒言していうには、 |
大日下王者。 | 「大日下の王は | 「オホクサカの王は |
不受勅命。 | 大命を受けたまはずて、 | 御命令を受けないで、 |
曰己妹乎。 | おのが妹や、 | 自分の妹は |
爲等族之 下席而。 |
等ひとし族うからの 下席したむしろにならむといひて、 |
同じほどの一族の 敷物になろうかと言つて、 |
取横刀之手上 而怒歟。 |
大刀の手上たがみ取とりしばりて、 怒りましつ」とまをしき。 |
大刀の柄つかをにぎつて 怒りました」と申しました。 |
故天皇。 | かれ天皇 | それで天皇は |
大怒。 | いたく怒りまして、 | 非常にお怒りになつて、 |
殺 大日下王而。 |
大日下の王を 殺して、 |
オホクサカの王を 殺して、 |
取持來。 其王之嫡妻。 長田大郎女。 爲皇后。 |
その王の嫡妻むかひめ 長田ながたの大郎女を 取り持ち來て、 皇后おほぎさきとしたまひき。 |
その王の正妻の ナガタの大郎女を取つて 皇后になさいました。 |
目弱王(大日下の子) |
||
自此以後。 | これより後に、 | それから後に、 |
天皇。 | 天皇 | 天皇が |
坐神牀而。 | 神牀かむとこにましまして、 | 神を祭つて |
晝寢。 | 晝寢みねしたまひき。 | 晝お寢やすみになりました。 |
爾語其后。 | ここにその后に語らひて、 | ここにその皇后に物語をして |
曰。 汝有所思乎。 |
「汝いまし思ほすことありや」 とのりたまひければ、 |
「あなたは思うことがありますか」 と仰せられましたので、 |
答曰。 被天皇之 敦澤。 何有所思。 |
答へて曰さく 「天皇おほきみの 敦き澤めぐみを被かがふりて、 何か思ふことあらむ」とまをしたまひき。 |
「陛下の あついお惠みをいただきまして 何の思うことがございましよう」 とお答えなさいました。 |
於是。 | ここに | ここに |
其大后先子。 | その大后の先さきの子 | その皇后樣の先の御子の |
目弱王。 | 目弱まよわの王、 | マヨワの王が |
是年七歲。 | これ年七歳になりしが、 | 今年七歳でしたが、 |
是王。 | この王、 | この王が、 |
當于其時而。 | その時に當りて、 | その時に |
遊其殿下。 | その殿の下に遊べり。 | その御殿の下で遊んでおりました。 |
爾天皇。 | ここに天皇、 | そこで天皇は、 |
不知 其少王。 遊殿下以。 |
その少わかき王みこの 殿の下に遊べることを 知らしめさずて、 |
その子が 御殿の下で遊んでいることを 御承知なさらないで、 |
詔 吾恆有所思。 |
大后に詔りたまはく、 「吾は恆に思ほすことあり。 |
皇后樣に仰せられるには 「わたしはいつも思うことがある。 |
何者。 | 何なぞといへば、 | それは何かというと、 |
汝之子目弱王。 | 汝いましの子目弱の王、 | あなたの子のマヨワの王が |
成人之時。 | 人となりたらむ時、 | 成長した時に、 |
知吾殺 其父王者。 |
吾が その父王を殺せしことを知らば、 |
わたしが その父の王を殺したことを知つたら、 |
還爲有邪心乎。 |
還りて邪きたなき心あらむか」 とのりたまひき。 |
わるい心を起すだろう」 と仰せられました。 |
目弱王による天皇暗殺 |
||
於是。 | ここに | そこで |
所遊其殿下 目弱王。 |
その殿の下に遊べる 目弱の王、 |
その御殿の下で遊んでいた マヨワの王が、 |
聞取此言。 | この言みことを聞き取りて、 | このお言葉を聞き取つて、 |
便竊伺。 | すなはち竊に | ひそかに |
天皇之 御寢。 |
天皇の 御寢みねませるを 伺ひて、 |
天皇の お寢やすみになつているのを 伺つて、 |
取其傍大刀。 | その傍かたへなる大刀を取りて、 | そばにあつた大刀を取つて、 |
乃打斬。 其天皇之頸。 |
その天皇の頸を うち斬りまつりて、 |
天皇のお頸くびをお斬り申して |
逃入 都夫良意富美 之家也。 |
都夫良意富美 つぶらおほみが 家に逃れ入りましき。 |
ツブラオホミの 家に逃げてはいりました。 |
天皇。 御年。伍拾陸歲。 |
天皇、 御年五十六歳いそぢまりむつ。 |
天皇は 御年五十六歳、 |
御陵在 菅原之 伏見岡也。 |
御陵は 菅原すがはらの 伏見ふしみの岡をかにあり。 |
御陵は 菅原の 伏見の岡にあります。 |
大長谷王怒る:黑日子王を殺 |
||
爾大長谷王子。 | ここに大長谷の王、 | ここにオホハツセの王は、 |
當時 童男。 |
その時 かみ童男おぐなにましけるが、 |
その時 少年でおいでになりましたが、 |
即聞此事以。 | すなはちこの事を聞かして、 | この事をお聞きになつて、 |
慷愾忿怒。 | 慨うれたみ怒りまして、 | 腹を立ててお怒りになつて、 |
乃到 其兄。 黑日子王之許。 曰。 |
その兄いろせ 黒日子の もとに到りて、 |
その兄の クロヒコの王の もとに行つて、 |
人取天皇。 | 「人ありて天皇を取りまつれり。 | 「人が天皇を殺しました。 |
爲那何。 |
いかにかもせむ」 とまをしたまひき。 |
どうしましよう」 と言いました。 |
然其黑日子王。 | 然れどもその黒日子の王、 | しかしそのクロヒコの王は |
不驚而。 | 驚かずて、 | 驚かないで、 |
有怠緩之心。 | 怠緩おほろかにおもほせり。 | なおざりに思つていました。 |
於是大長谷王。 | ここに大長谷の王、 | そこでオホハツセの王が、 |
詈其兄。 | その兄を詈のりて、 | その兄を罵つて |
言一爲天皇。 | 「一つには天皇にまし、 | 「一方では天皇でおいでになり、 |
一爲兄弟。 | 一つには兄弟はらからにますを、 | 一方では兄弟でおいでになるのに、 |
何無恃心。 | 何ぞは恃もしき心もなく、 | どうしてたのもしい心もなく |
聞殺 其兄。 |
その兄を 殺とりまつれることを聞きつつ、 |
その兄の 殺されたことを聞きながら |
不驚而怠乎。 |
驚きもせずて、 怠おほろかに坐せる」といひて、 |
驚きもしないで ぼんやりしていらつしやる」と言つて、 |
即握其衿控出。 | その衣矜くびを取りて控ひき出でて、 | 着物の襟をつかんで引き出して |
拔刀打殺。 | 刀たちを拔きてうち殺したまひき。 | 刀を拔いて殺してしまいました。 |
大長谷王怒る②:白日子王も殺 |
||
亦到 其兄。 白日子王而。 |
またその兄 白日子しろひこの王に 到りまして、 |
またその兄の シロヒコの王のところに 行つて、 |
告状 如前。 |
状ありさまを告げまをしたまひしに、 | 樣子をお話なさいましたが、 |
緩亦如 |
前のごと 緩おほろかに 思ほししかば、 |
前のように なおざりに お思いになつておりましたから、 |
黑日子王。 | 黒日子の王のごと、 | クロヒコの王のように、 |
即握 其衿以。 |
すなはちその衣衿を取りて、 | その着物の襟をつかんで、 |
引率來。 到 小治田。 |
引き率ゐて、 小治田をはりだに 來到きたりて、 |
引きつれて 小治田おはりだに 來て |
掘穴而 隨立埋者。 |
穴を掘りて、 立ちながらに埋みしかば、 |
穴を掘つて 立つたままに埋めましたから、 |
至埋腰時。 | 腰を埋む時に到りて、 | 腰を埋める時になつて、 |
兩目走拔 而死。 |
二つの目、走り拔けて 死うせたまひき。 |
兩眼が飛び出して 死んでしまいました。 |
ツブラオミ家(目弱王子の逃げた先) |
||
亦興軍。 | また軍を興して、 | また軍を起して |
圍 都夫良 意美之家。 |
都夫良意美 つぶらおみが家を 圍かくみたまひき。 |
ツブラ オホミの家を お圍みになりました。 |
爾興軍 待戰。 |
ここに軍を興して 待ち戰ひて、 |
そこで軍を起して 待ち戰つて、 |
射出之矢。 如葦來散。 |
射出づる矢 葦あしの如く來散りき。 |
射出した矢が 葦のように飛んで來ました。 |
於是 大長谷王。 |
ここに 大長谷の王、 |
ここに オホハツセの王は、 |
以矛爲杖。 | 矛を杖として、 | 矛ほこを杖として、 |
臨其内詔。 |
その内を臨みて 詔りたまはく、 |
その内をのぞいて 仰せられますには |
我所相言之 孃子者。 |
「我が語らへる 孃子は、 |
「わたしが話をした 孃子は、 |
若有此家乎。 |
もしこの家にありや」 とのりたまひき。 |
もしやこの家にいるか」 と仰せられました。 |
爾 都夫良意美。 |
ここに都夫良意美、 | そこでツブラオホミが、 |
聞此詔命。 | この詔命おほみことを聞きて、 | この仰せを聞いて、 |
自參出。 | みづからまゐ出でて、 | 自分で出て來て、 |
解所佩兵而。 | 佩ける兵つはものを解きて、 | 帶びていた武器を解いて、 |
八度拜。 | 八度拜をろがみて、 | 八度も禮拜して |
白者。 | 白しつらくは、 | 申しましたことは |
先日。 所問賜之 女子。 |
「先に 問ひたまへる 女子むすめ |
「先に お尋ねにあずかりました 女むすめの |
訶良比賣者 侍。 |
訶良から比賣は、 侍さもらはむ。 |
カラ姫は さしあげましよう。 |
亦副 五處之屯宅以獻。 |
また 五處の屯倉みやけを 副へて獻らむ |
また 五か處のお倉を つけて獻りましよう。 |
〈所謂五村屯宅者。 今葛城之五村苑人也〉 |
(いはゆる五處の屯倉は、 今の葛城の五村の苑人なり。) |
|
然 其正身。 所以不參向者。 |
然れども その正身ただみ まゐ向かざる故は、 |
しかし わたくし自身の 參りませんわけは、 |
自往古至今時。 | 古むかしより今に至るまで、 | 昔から今まで、 |
聞 臣連。 隱於王宮。 |
臣連の、 王の宮に隱こもることは 聞けど、 |
臣下が 王の御殿に隱れたことは 聞きますけれども、 |
未聞 王子。 隱於臣家。 |
王子みこの 臣やつこの家に隱りませることは いまだ聞かず。 |
王子が 臣下の家にお隱れになつたことは、 まだ聞いたことがありません。 |
是以思。 | ここを以ちて思ふに、 | そこで思いますに、 |
賎奴 意富美者。 |
賤奴やつこ 意富美は、 |
わたくし オホミは、 |
雖竭力戰。 | 力をつくして戰ふとも、 | 力を盡して戰つても、 |
更無可勝。 |
更に え勝つましじ。 |
決して お勝ち申すことはできますまい。 |
然恃己。 | 然れどもおのれを恃みて、 | しかしわたくしを頼んで、 |
入坐于隨家。 | 陋いやしき家に | いやしい家に |
之王子者。 | 入りませる王子は、 | おはいりになつた王子は、 |
死而不棄。 | 命いのち死ぬとも棄てまつらじ」 | 死んでもお棄て申しません」と、 |
如此白而。 | とかく白して、 | このように申して、 |
亦取其兵。 | またその兵を取りて、 | またその武器を取つて、 |
還入以戰。 | 還り入りて戰ひき。 | 還りはいつて戰いました。 |
王子と家臣の最期 |
||
爾力窮。 | ここに窮まり、 | そうして力窮まり |
矢盡。 | 矢も盡きしかば、 | 矢も盡きましたので、 |
白其王子。 | その王子に白さく、 | その王子に申しますには |
僕者手悉傷。 | 「僕は痛手負ひぬ。 | 「わたくしは負傷いたしました。 |
矢亦盡。 | 矢も盡きぬ。 | 矢も無くなりました。 |
今不得戰。 | 今はえ戰はじ。 | もう戰うことができません。 |
如何。 | 如何にせむ」とまをししかば、 | どうしましよう」と申しましたから、 |
其王子。 | その王子 | その王子が、 |
答詔。 | 答へて詔りたまはく、 | お答えになつて、 |
然者。 更無可爲。 |
「然らば 更にせむ術すべなし。 |
「それなら もう致し方がない。 |
今殺吾。 |
今は吾を殺しせよ」 とのりたまひき。 |
わたしを殺してください」 と仰せられました。 |
故以刀 刺殺其王子。 |
かれ刀もちて その王子を刺し殺せまつりて、 |
そこで刀で 王子をさし殺して、 |
乃切己頸 以死也。 |
すなはちおのが頸を切りて 死にき。 |
自分の頸を切つて 死にました。 |
カラフクロの言(謎の予言) |
||
自茲以後。 | これより後、 | それから後に、 |
淡海之 佐佐紀 山君之祖。 |
淡海の 佐佐紀ささきの 山やまの君が祖おや、 |
近江の 佐々紀ささきの 山の君の祖先の |
名韓帒白。 | 名は韓帒からふくろ白さく、 | カラフクロが申しますには、 |
淡海之 久多 〈此二字以音〉 綿之蚊屋野。 |
「淡海の 久多綿くたわたの 蚊屋野かやのに、 |
「近江の クタワタの カヤ野に |
多在猪鹿。 | 猪鹿しし多さはにあり。 | 鹿が澤山おります。 |
其立足者。 | その立てる足は、 | その立つている足は |
如荻原。 | 荻すすき原の如く、 | 薄原すすきはらのようであり、 |
指擧角者。 | 指擧ささげたる角つのは、 | 頂いている角は |
如枯樹。 |
枯松からまつの如し」 とまをしき。 |
枯松かれまつのようでございます」 と申しました。 |
市辺の忍齒(おしは)王の発言:(未明に)まだ覚めないか |
||
此時 相率 市邊之 忍齒王。 |
この時 市の邊べの 忍齒おしはの王を 相率あともひて、 |
この時に イチノベノ オシハの王を 伴なつて |
幸行淡海。 | 淡海にいでまして、 | 近江においでになり、 |
到其野者。 | その野に到りまししかば、 | その野においでになつたので、 |
各異作 假宮 而宿。 |
おのもおのも異ことに 假宮を作りて、 宿りましき。 |
それぞれ別に 假宮を作つて、 お宿りになりました。 |
爾明旦。 | ここに明くる旦、 | 翌朝まだ |
未日出之時。 | いまだ日も出でぬ時に、 | 日も出ない時に、 |
忍齒王。 | 忍齒の王、 | オシハの王が |
以平心。 | 平つねの御心もちて、 | 何心なく |
隨乘御馬。 | 御馬みまに乘りながら、 | お馬にお乘りになつて、 |
到立 大長谷王 假宮之傍而。 |
大長谷の王の 假宮の傍に 到りまして、 |
オホハツセの王の 假宮の傍に お立ちになつて、 |
詔其 大長谷王 子之御伴人。 |
その大長谷の王子の 御伴人みともびとに 詔りたまはく、 |
オホハツセの王の お伴の人に 仰せられますには、 |
未寤坐。 |
「いまだも 寤めまさぬか。 |
「まだ お目寤ざめになりませんか。 |
早可白也。 | 早く白すべし。 | 早く申し上げるがよい。 |
夜既曙訖。 | 夜は既に曙あけぬ。 | 夜はもう明けました。 |
可幸猟庭。 |
獵庭かりにはにいでますべし」 とのりたまひて |
獵場においでなさいませ」 と仰せられて、 |
乃進馬出行。 | 馬を進めて出で行きぬ。 | 馬を進めておいでになりました。 |
忍齒王射殺さる(大長谷王に) |
||
爾侍 其大長谷王之 御所人等。 |
ここに大長谷の王の 御許みもとに 侍ふ人ども、 |
そこで そのオホハツセの王の お側の人たちが、 |
白宇多弖 物云王子。 〈宇多弖 三字以音〉 |
「うたて 物いふ御子なれば、 |
「變つた事を いう御子ですから、 |
故應愼。 | 御心したまへ。 | お氣をつけ遊ばせ。 |
亦宜堅 御身。 |
また御身をも 堅めたまふべし」 とまをしき。 |
御身おんみをも お堅めになるがよいでしよう」 と申しました。 |
即衣中服甲。 |
すなはち衣みその中に 甲よろひを服けし、 |
それでお召物の中に 甲よろいをおつけになり、 |
取佩弓矢。 | 弓矢を佩おばして、 | 弓矢をお佩おびになつて、 |
乘馬出行。 | 馬に乘りて出で行きて、 | 馬に乘つておいでになつて、 |
倏忽之間。 | 忽の間に | たちまちの間に |
自馬往雙。 | 馬より往き雙ならびて、 | 馬上でお竝びになつて、 |
拔矢。 | 矢を拔きて、 | 矢を拔いて |
射落其忍齒王。 | その忍齒の王を射落して、 | そのオシハの王を射殺して、 |
乃亦切其身。 | またその身みみを切りて、 | またその身を切つて、 |
入於馬樎。 | 馬樎ぶねに入れて、 | 馬の桶に入れて |
與土等埋。 | 土と等しく埋みき。 | 土と共に埋めました。 |
オホケとオケ逃げる(オシハの子) |
||
於是。 市邊王之 王子等。 |
ここに 市の邊の王の 王子たち、 |
それで そのオシハの王の 子の |
意富祁王。 | 意祁おけの王、 | オケの王・ |
袁祁王 | 袁祁をけの王 | ヲケの王の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二人は、 |
聞此亂而 | この亂を聞かして、 | この騷ぎをお聞きになつて |
逃去。 | 逃げ去りましき。 | 逃げておいでになりました。 |
粮(メシ)の恨み(仕込み) |
||
故到山代 苅羽井。 |
かれ山代やましろの 苅羽井かりはゐに到りまして、 |
かくて山城の カリハヰにおいでになつて、 |
食 御粮之時。 |
御粮かれひ きこしめす時に、 |
乾飯ほしいを おあがりになる時に、 |
面黥 老人來。 |
面め黥さける 老人來て |
顏に黥いれずみをした 老人が來て |
奪其粮。 | その御粮かれひを奪とりき。 | その乾飯を奪い取りました。 |
爾其二王。 | ここにその二柱の王、 | その時にお二人の王子が、 |
言不惜粮。 | 「粮は惜まず。 | 「乾飯は惜しくもないが、 |
然。汝者誰人。 |
然れども汝いましは誰そ」 とのりたまへば、 |
お前は誰だ」 と仰せになると、 |
答曰。 我者。 山代之猪甘也。 |
答へて曰さく、 「我あは山代の 豕甘ゐかひなり」とまをしき。 |
「わたしは 山城の豚飼ぶたかいです」 と申しました。 |
故逃 渡玖須婆之河。 |
かれ 玖須婆くすばの河を 逃れ渡りて、 |
かくて クスバの河を逃げ渡つて、 |
至針間國。 | 針間はりまの國に至りまし、 | 播磨はりまの國においでになり、 |
入其國人。 名志自牟之 家。 |
その國人名は 志自牟しじむが 家に入りまして、 |
その國の人民の シジムという者の 家におはいりになつて、 |
隱身。 | 身を隱して、 | 身を隱して |
役於 馬甘。 牛甘也。 |
馬甘うまかひ 牛甘うしかひに 役つかはえたまひき。 |
馬飼うまかい 牛飼うしかいとして 使われておいでになりました。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
宮と系譜・事績 |
||
大長谷 若建命。 |
大長谷の 若建わかたけの命、 |
オホハツセノ ワカタケの命(雄略天皇)、 |
坐。 長谷朝倉宮。 |
長谷はつせの 朝倉あさくらの宮にましまして、 |
大和の長谷はつせの 朝倉の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
天皇。 娶大日下王之妹。 若日下部王。 |
天皇、 大日下の王が妹、 若日下部の王に娶あひましき。 |
天皇は オホクサカの王の妹の ワカクサカベの王と結婚しました。 |
〈无子〉 | (子ましまさず。) | 御子はございません。 |
又娶 都夫良意富美之女。 韓比賣生御子。 |
また都夫良意富美が女、 韓比賣からひめに娶あひて、 生みませる御子、 |
またツブラオホミの女の カラ姫と結婚して お生みになつた御子は、 |
白髮命。 | 白髮しらがの命、 | シラガの命・ |
次妹 若帶比賣命。 |
次に妹いも 若帶わかたらし比賣の命 |
ワカタラシの命 |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
故爲 白髮太子之 御名代。 |
かれ白髮の太子みこの みことの御名代みなしろとして、 |
そこでシラガの太子の 御名の記念として |
定白髮部。 | 白髮部しらがべを定め、 | 白髮部しらがべをお定めになり、 |
又定 長谷部 舍人。 |
また 長谷部はつせべの 舍人とねりを定め、 |
また 長谷部はつせべの舍人、 |
又定 河瀬舍人也。 |
また河瀬の 舍人を定めたまひき。 |
河瀬の舍人を お定めになりました。 |
此時。 | この時に | この御世に |
呉人參渡來。 | 呉人くれびとまゐ渡り來つ。 |
大陸から 呉人くれびとが渡つて參りました。 |
其呉人。 | その呉人を | その呉人を |
安置於呉原。 | 呉原くれはらに置きたまひき。 | 置きましたので |
故號其地。 | かれ其地そこに名づけて | |
謂呉原也。 | 呉原といふ。 | 呉原くれはらというのです。 |
屋上の堅魚(カツオ) |
||
初大后。 | 初め大后、 | 初め皇后樣が |
坐日下之時。 | 日下にいましける時、 |
河内の 日下くさかにおいでになつた時に、 |
自日下之 直越道。 |
日下の 直越ただこえの道より、 |
天皇が日下の 直越ただごえの道を通つて |
幸行河内。 | 河内に出いでましき。 | 河内においでになりました。 |
爾登山上。 | ここに山の上に登りまして、 | 依つて山の上にお登りになつて |
望國内者。 | 國内を見放さけたまひしかば、 | 國内を御覽になりますと、 |
有上堅魚。 作舍屋之家。 |
堅魚かつをを上げて 舍屋やを作れる家あり。 |
屋根の上に高く飾り木をあげて 作つた家があります。 |
天皇。 令問其家云。 |
天皇 その家を問はしめたまひしく、 |
天皇が、 お尋ねになりますには |
其上堅魚 作舍者。誰家。 |
「その堅魚かつをを上げて 作れる舍は、誰が家ぞ」 と問ひたまひしかば、 |
「あの高く木をあげて 作つた家は誰の家か」 と仰せられましたから、 |
答白。 志幾之 大縣主家。 |
答へて曰さく、 「志幾しきの 大縣主おほあがたぬしが家なり」 と白しき。 |
お伴の人が 「シキの村長の家でございます」 と申しました。 |
爾天皇詔者。 | ここに天皇詔りたまはく、 | そこで天皇が仰せになるには、 |
奴乎。 己家。 似天皇之 御舍而造。 |
「奴や、 おのが家を、 天皇おほきみの 御舍みあらかに似せて造れり」 とのりたまひて、 |
「あの奴やつは 自分の家を 天皇の 宮殿に似せて造つている」 と仰せられて、 |
即遣人。 | すなはち人を遣して、 | 人を遣わして |
令燒其家之時。 | その家を燒かしめたまふ時に、 | その家をお燒かせになります時に、 |
其大縣主懼畏。 | その大縣主、懼おぢ畏かしこみて、 | 村長が畏れ入つて |
稽首白。 | 稽首のみ白さく、 | 拜禮して申しますには、 |
奴有者。 | 「奴にあれば、 | 「奴のことでありますので、 |
隨奴不覺而。 | 奴ながら覺さとらずて、 | 分を知らずに |
過作。 | 過ち作れるが、 | 過つて作りました。 |
甚畏。 | いと畏きこと」とまをしき。 | 畏れ入りました」と申しました。 |
犬献上 |
||
故獻 能美之御幣物。 〈能美二字以音〉 |
かれ 稽首のみの 御幣物ゐやじりを獻る。 |
そこで 獻上物を致しました。 |
布縶白犬。 |
白き犬に 布を縶かけて、 |
白い犬に 布を縶かけて |
著鈴而。 | 鈴を著けて、 | 鈴をつけて、 |
己族 名謂腰佩人。 |
おのが族やから、 名は腰佩こしはきといふ人に、 |
一族の コシハキという人に |
令取犬繩 以獻上。 |
犬の繩つなを取らしめて 獻上りき。 |
犬の繩を取らせて 獻上しました。 |
故令止 其著火。 |
かれその火著くることを 止めたまひき。 |
依つてその火をつけることを おやめなさいました。 |
即幸行。 其若日下部王之 許。 |
すなはち その若日下部の王の 御許みもとにいでまして、 |
そこで そのワカクサカベの王の 御許おんもとにおいでになつて、 |
賜入其犬。 | その犬を賜ひ入れて、 | その犬をお贈りになつて |
令詔。 | 詔らしめたまはく、 | 仰せられますには、 |
是物者。 | 「この物は、 | 「この物は |
今日得道之 奇物。 |
今日道に得つる 奇めづらしき物なり。 |
今日道で得た めずらしい物だ。 |
故 都摩杼比 〈此四字以音〉 之物云 而賜入也。 |
かれ 妻問つまどひの物」 といひて、 賜ひ入れき。 |
贈物としてあげましよう」 と言つて、 くださいました。 |
日下部の歌(下根付かず) |
||
於是 若日下部王。 |
ここに 若日下部の王、 |
この時に ワカクサカベの王が |
令奏天皇。 | 天皇に奏まをさしめたまはく、 | 申し上げますには、 |
背日 幸行之事。 |
「日に背そむきて いでますこと、 |
「日を背中にして おいでになることは |
甚恐。 | いと恐し。 | 畏れ多いことでございます。 |
故己 直參上而仕奉。 |
かれおのれ 直ただにまゐ上りて仕へまつらむ」 とまをさしめたまひき。 |
依つてわたくしが 參上してお仕え申しましよう」 と申しました。 |
是以。 還上坐於宮之時。 |
ここを以ちて 宮に還り上ります時に、 |
かくして 皇居にお還りになる時に、 |
行立 其山之坂上 歌曰。 |
その山の坂の上に 行き立たして、 歌よみしたまひしく、 |
その山の坂の上に お立ちになつて、 お歌いになりました御歌、 |
久佐加辨能 | 日下部の | |
許知能夜麻登 | 此方こちの山と | この日下部くさかべの山と |
多多美許母 | 疊薦たたみこも | |
幣具理能夜麻能 | 平群へぐりの山の、 | 向うの平群へぐりの山との |
許知碁知能 | 此方此方こちごちの | あちこちの |
夜麻能賀比爾 | 山の峽かひに | 山のあいだに |
多知邪加由流 | 立ち榮ざかゆる | 繁つている |
波毘呂久麻加斯 | 葉廣はびろ熊白檮くまかし、 | 廣葉のりつぱなカシの樹、 |
母登爾波 | 本には | その樹の根もとには |
伊久美陀氣淤斐 | いくみ竹だけ生ひ、 | 繁つた竹が生え、 |
須惠幣爾波 | 末すゑへは | 末の方には |
多斯美陀氣淤斐 | たしみ竹生ひ、 | しつかりした竹が生え、 |
伊久美陀氣 | いくみ竹 | その繁つた竹のように |
伊久美波泥受 | いくみは寢ず、 | 繁くも寢ず |
多斯美陀氣 | たしみ竹 | しつかりした竹のように |
多斯爾波韋泥受 | たしには率宿ゐねず、 | しかとも寢ず |
能知母久美泥牟 | 後もくみ寢む | 後にも寢ようと思う |
曾能淤母比豆麻 | その思妻、 | 心づくしの妻は、 |
阿波禮 | あはれ。 | ああ。 |
即 令持此歌 而返使也。 |
すなはち この歌を持たしめして、 返し使はしき。 |
この歌を その姫の許に持たせて お遣りになりました。 |
赤猪子(あかいこ) |
||
亦一時。 | またある時 | また或る時、 |
天皇遊行。 | 天皇いでまして、 | |
到於 美和河之時。 |
美和河みわがはに 到ります時に、 |
三輪河に お遊びにおいでになりました時に、 |
河邊。 | 河の邊に | 河のほとりに |
有洗衣童女。 | 衣きぬ洗ふ童女をとめあり。 | 衣を洗う孃子がおりました。 |
其容姿甚麗。 | それ顏いと好かりき。 | 美しい人でしたので、 |
天皇。 問其童女。 汝者誰子。 |
天皇その童女に、 「汝いましは誰が子ぞ」 と問はしければ、 |
天皇がその孃子に 「あなたは誰ですか」と お尋ねになりましたから、 |
答白。 | 答へて白さく | 「わたくしは |
己名。 謂 引田部 赤猪子。 |
「おのが名は 引田部ひけたべの 赤猪子あかゐことまをす」 と白しき。 |
引田部ひけたべの 赤猪子あかいこと申します」 と申しました。 |
爾令詔者。 | ここに詔らしめたまひしくは | そこで仰せられますには、 |
汝不嫁夫。 | 「汝いまし、嫁とつがずてあれ。 | 「あなたは嫁に行かないでおれ。 |
今將喚而。 | 今召さむぞ」とのりたまひて、 | お召しになるぞ」と仰せられて、 |
還坐於宮。 | 宮に還りましつ。 | 宮にお還りになりました。 |
八十年経過 |
||
故其赤猪子。 | かれその赤猪子、 | そこでその赤猪子が |
仰待天皇之命。 | 天皇の命を仰ぎ待ちて、 | 天皇の仰せをお待ちして |
既經八十歲。 | 既に八十歳やそとせを經たり。 | 八十年經ました。 |
於是赤猪子以爲。 | ここに赤猪子 | ここに赤猪子が思いますには、 |
望命之間。 | 「命みことを仰ぎ待ちつる間に、 | 「仰せ言を仰ぎ待つていた間に |
已經多年。 | 已に多あまたの年を經て、 | 多くの年月を經て |
姿體痩萎。 |
姿體かほかたち痩やさかみ 萎かじけてあれば、 |
容貌もやせ衰えたから、 |
更無所恃。 | 更に恃むところなし。 | もはや恃むところがありません。 |
然非顯 待情。 |
然れども待ちつる心を 顯はしまをさずては、 |
しかし待つておりました心を 顯しませんでは |
不忍於悒而。 | 悒いぶせきに忍あへじ」と思ひて、 | 心憂くていられない」と思つて、 |
令持 百取之 机代物。 |
百取ももとりの 机代つくゑしろの物を 持たしめて、 |
澤山の 獻上物を 持たせて |
參出貢獻。 | まゐ出で獻りき。 | 參り出て獻りました。 |
然天皇。 | 然れども天皇、 | しかるに天皇は |
既忘。 先所命之事。 |
先に詔りたまひし事をば、 既に忘らして、 |
先に仰せになつたことを とくにお忘れになつて、 |
問其赤猪子曰。 | その赤猪子に問ひてのりたまはく、 | その赤猪子に仰せられますには、 |
汝者誰老女。 | 「汝いましは誰しの老女おみなぞ。 | 「お前は何處のお婆さんか。 |
何由以參來。 |
何とかもまゐ來つる」 と問はしければ、 |
どういうわけで出て參つたか」 とお尋ねになりましたから、 |
爾赤猪子答白。 | ここに赤猪子答へて白さく、 | 赤猪子が申しますには |
其年其月。 | 「それの年のそれの月に、 | 「昔、何年何月に |
被天皇之命。 | 天皇が命を被かがふりて、 | 天皇の仰せを被つて、 |
仰待大命。 | 大命を仰ぎ待ちて、 | 今日まで御命令をお待ちして、 |
至于今日。 | 今日に至るまで | |
經八十歲。 | 八十歳やそとせを經たり。 | 八十年を經ました。 |
今容姿既耆。 | 今は容姿既に老いて、 | 今、もう衰えて |
更無所恃。 | 更に恃むところなし。 | 更に恃むところがございません。 |
然 顯白 己志以。 |
然れども、 おのが志を 顯はし白さむとして、 |
しかし わたくしの志を 顯し申し上げようとして |
參出耳。 |
まゐ出でつらくのみ」 とまをしき。 |
參り出たのでございます」 と申しました。 |
志都歌①②ゆゆしき歌 |
||
於是。 天皇大驚曰 |
ここに 天皇、いたく驚かして、 |
そこで 天皇が非常にお驚きになつて、 |
吾 既忘先事。 |
「吾は 既に先の事を忘れたり。 |
「わたしは とくに先の事を忘れてしまつた。 |
然汝守志 待命。 |
然れども汝いまし志を守り 命を待ちて、 |
それだのにお前が志を變えずに 命令を待つて、 |
徒過盛年。 | 徒に盛の年を過ぐししこと、 | むだに盛んな年を過したことは |
是甚愛悲。 | これいと愛悲かなし」とのりたまひて、 | 氣の毒だ」と仰せられて、 |
心裏欲婚。 |
御心のうちに召さむと 欲おもほせども、 |
お召しになりたくは お思いになりましたけれども、 |
憚其極老。 |
そのいたく老いぬるを 悼みたまひて、 |
非常に年寄つているのを おくやみになつて、 |
不得 成婚而。 |
え召さずて、 | お召しになり得ずに |
賜御歌。 | 御歌を賜ひき。 | 歌をくださいました。 |
其歌曰。 | その御歌、 | その御歌は、 |
美母呂能 | 御諸みもろの | 御諸みもろ山の |
伊都加斯賀母登 | 嚴白檮いつかしがもと、 | 御神木のカシの樹のもと、 |
賀斯賀母登 由由斯伎加母 | 白檮かしがもと ゆゆしきかも。 | そのカシのもとのように憚られるなあ、 |
加志波良袁登賣 | 白檮原かしはら孃子をとめ。 | カシ原はらのお孃さん。 |
又歌曰。 | また歌よみしたまひしく、 | またお歌いになりました御歌は、 |
比氣多能 | 引田ひけたの | 引田ひけたの |
和加久流須婆良 | 若栗栖原くるすばら、 | 若い栗の木の原のように |
和加久閇爾 | 若くへに | 若いうちに |
韋泥弖麻斯母能 | 率寢ゐねてましもの。 | 結婚したらよかつた。 |
淤伊爾祁流加母 | 老いにけるかも。 | 年を取つてしまつたなあ。 |
志都歌③④クサカエの歌(盛りを返せ・老い返せ) |
||
爾赤猪子之 泣涙。 |
ここに赤猪子が 泣く涙、 |
かくて赤猪子の 泣く涙に、 |
悉濕。 其所服之 丹摺袖。 |
その服けせる 丹摺にすりの袖を 悉ことごとに濕らしつ。 |
著ておりました 赤く染めた袖が すつかり濡れました。 |
答其大御歌 而歌曰。 |
その大御歌に答へて 曰ひしく、 |
そうして天皇の御歌にお答え 申し上げた歌、 |
美母呂爾 | 御諸に | 御諸山に |
都久夜多麻加岐 | 築つくや玉垣たまかき、 | 玉垣を築いて、 |
都岐阿麻斯 | 築つきあまし | 築き殘して |
多爾加母余良牟 | 誰たにかも依らむ。 | 誰に頼みましよう。 |
加微能美夜比登 | 神の宮人。 | お社の神主さん。 |
又歌曰。 | また歌ひて曰ひしく、 | また歌いました歌、 |
久佐迦延能 | 日下江くさかえの | 日下江くさかえの |
伊理延能波知須 | 入江の蓮はちす、 | 入江に蓮はすが生えています。 |
波那婆知須 | 花蓮はなばちす | その蓮の花のような |
微能佐加理毘登 | 身の盛人、 | 若盛りの方は |
登母志岐呂加母 | ともしきろかも。 | うらやましいことでございます。 |
爾 多祿給 其老女以。 |
ここに その老女おみなに 物多さはに給ひて、 |
そこで その老女に 物を澤山に賜わつて、 |
返遣也。 | 返し遣りたまひき。 | お歸しになりました。 |
故此四歌。 | かれこの四歌は | この四首の歌は |
志都歌也。 | 志都歌なり。 | 靜歌しずうたです。 |
吉野の舞子の歌 |
||
天皇。 | 天皇 | 天皇が |
幸行吉野宮之時。 | 吉野えしのの宮にいでましし時、 | 吉野の宮においでになりました時に、 |
吉野川之濱。 | 吉野川の邊に、 | 吉野川のほとりに |
有童女。 其形姿美麗。 |
童女をとめあり、 それ形姿美麗かほよかりき。 |
美しい孃子がおりました。 |
故婚是童女而。 | かれこの童女を召して、 | そこでこの孃子を召して |
還坐於宮。 | 宮に還りましき。 | 宮にお還りになりました。 |
後更亦 幸行吉野之時。 |
後に更に 吉野えしのにいでましし時に、 |
後に更に 吉野においでになりました時に、 |
留 其童女之所遇。 |
その童女の遇ひし所に 留まりまして、 |
その孃子に遇いました處に お留まりになつて、 |
於其處立 大御呉床而。 |
其處そこに 大御呉床あぐらを立てて、 |
其處に お椅子を立てて、 |
坐其御呉床。 | その御呉床にましまして、 | そのお椅子においでになつて |
彈御琴。 | 御琴を彈かして、 | 琴をお彈きになり、 |
令爲儛其孃子。 | その童女に儛はしめたまひき。 | その孃子に舞まわしめられました。 |
爾因 其孃子之好儛。 |
ここに その童女の好く儛へるに因りて、 |
その孃子は好く舞いましたので、 |
作御歌。 | 御歌よみしたまひき。 | 歌をお詠みになりました。 |
其歌曰。 | その御歌、 | その御歌は、 |
阿具良韋能 | 呉床座あぐらゐの | 椅子にいる |
加微能美弖母知 | 神の御手もち | 神樣が御手みてずから |
比久許登爾 | 彈く琴に | 彈かれる琴に |
麻比須流袁美那 | 舞する女をみな、 | 舞を舞う女は |
登許余爾母加母 | 常世とこよにもがも。 | 永久にいてほしいことだな。 |
アキズの歌(飽きない食い合い) |
||
即幸 阿岐豆野而。 |
すなはち 阿岐豆野あきづのにいでまして、 |
それから 吉野のアキヅ野においでになつて |
御猟之時。 | 御獵したまふ時に、 | 獵をなさいます時に、 |
天皇。 坐御呉床。 |
天皇、 御呉床にましましき。 |
天皇が お椅子においでになると、 |
爾虻 咋御腕。 |
ここに、虻あむ、 御腕ただむきを咋くひけるを、 |
虻あぶが 御腕を咋くいましたのを、 |
即蜻蛉來。 咋其虻而飛。 〈訓蜻蛉云阿岐豆〉 |
すなはち蜻蛉あきづ來て、 その虻あむを咋くひて、 飛とびき。 |
蜻蛉とんぼが來て その虻を咋つて 飛んで行きました。 |
於是作御歌。 | ここに御歌よみしたまへる、 | そこで歌をお詠みになりました。 |
其歌曰。 | その御歌、 | その御歌は、 |
美延斯怒能 | み吉野えしのの | 吉野の |
袁牟漏賀多氣爾 | 袁牟漏をむろが嶽たけに | ヲムロが嶽たけに |
志斯布須登 | 猪鹿しし伏すと、 | 猪ししがいると |
多禮曾 | 誰たれぞ | 陛下に申し上げたのは誰か。 |
意富麻幣爾麻袁須 | 大前に申す。 | |
夜須美斯志 | やすみしし | 天下を知ろしめす |
和賀淤富岐美能 | 吾わが大君の | 天皇は |
斯志麻都登 | 猪鹿しし待つと | 猪を待つと |
阿具良爾伊麻志 | 呉床あぐらにいまし、 | 椅子に御座ぎよざ遊ばされ |
斯漏多閇能 | 白栲しろたへの | 白い織物の |
蘇弖岐蘇那布 | 袖そで著具きそなふ | お袖で裝うておられる |
多古牟良爾 | 手腓たこむらに | 御手の肉に |
阿牟加岐都岐 | 虻あむ掻き著き、 | 虻が取りつき |
曾能阿牟袁 | その虻を | その虻を |
阿岐豆波夜具比 | 蜻蛉あきづ早咋くひ、 | 蜻蛉とんぼがはやく食い、 |
加久能碁登 | かくのごと | かようにして |
那爾於波牟登 | 名に負はむと、 | 名を持とうと、 |
蘇良美都 | そらみつ | |
夜麻登能久爾袁 | 倭やまとの國を | この大和の國を |
阿岐豆志麻登布 | 蜻蛉島あきづしまとふ。 | 蜻蛉島あきづしまというのだ。 |
故自其時。 | かれその時より、 | その時からして、 |
號其野。 | その野に名づけて | その野を |
謂阿岐豆野也。 | 阿岐豆野あきづのといふ。 | アキヅ野というのです。 |
葛城山の大猪歌 |
||
又一時天皇。 登幸 葛城之山上。 |
またある時、天皇 葛城かづらきの山の上に 登り幸でましき。 |
また或る時、天皇が 葛城山の上に お登りになりました。 |
爾大猪出。 | ここに大きなる猪出でたり。 | ところが大きい猪が出ました。 |
即天皇。 以鳴鏑。 射其猪之時。 |
すなはち天皇 鳴鏑なりかぶらをもちて その猪を射たまふ時に、 |
天皇が 鏑矢かぶらやをもつて その猪をお射になります時に、 |
其猪怒而。 | その猪怒りて、 | 猪が怒つて |
宇多岐依來。 〈宇多岐 三字以音〉 |
うたき 依り來。 |
大きな口をあけて 寄つて來ます。 |
故天皇。 | かれ天皇、 | 天皇は、 |
畏其宇多岐。 | そのうたきを畏みて、 | そのくいつきそうなのを畏れて、 |
登坐榛上。 | 榛はりの木の上に登りましき。 | ハンの木の上にお登りになりました。 |
爾歌曰。 | ここに御歌よみしたまひしく、 | そこでお歌いになりました御歌、 |
夜須美斯志 | やすみしし | 天下を知ろしめす |
和賀意富岐美能 | 吾わが大君の | 天皇の |
阿蘇婆志斯 | 遊ばしし | お射になりました |
志斯能夜美斯志能 | 猪の、病猪やみししの | 猪の手負い猪の |
宇多岐加斯古美 | うたき畏み、 | くいつくのを恐れて |
和賀爾宜能煩理斯 | わが逃げ登りし、 | わたしの逃げ登つた |
阿理袁能 | あり岡をの | 岡の上の |
波理能紀能延陀 | 榛はりの木の枝。 | ハンの木の枝よ。 |
一言主大神(鏡の作用・鏡の神・還矢の本) |
||
又一時。 | またある時、天皇 | また或る時、天皇が |
登幸 葛城山之時。 |
葛城山に 登りいでます時に、 |
葛城山に 登つておいでになる時に、 |
百官人等。 | 百官つかさつかさの人ども、 | 百官の人々は |
悉 給著 紅紐之 青摺衣服。 |
悉ことごとに 紅あかき紐ひも著けたる 青摺の衣きぬを 給はりて著きたり。 |
悉く 紅い紐をつけた 青摺あおずりの衣を 給わつて著ておりました。 |
彼時。 | その時に | その時に |
有其自所 向之山尾。 |
その向ひの山の尾より、 | 向うの山の尾根づたいに |
登山上人。 | 山の上に登る人あり。 | 登る人があります。 |
既等 天皇之鹵簿。 |
既に 天皇の鹵簿みゆきのつらに等しく、 |
ちようど 天皇の御行列のようであり、 |
亦其裝束之状。 | またその束裝よそひのさま、 | その裝束の樣も |
及人衆。 | また人どもも、 | また人たちも |
相似不傾。 | 相似て別れず。 | よく似てわけられません。 |
爾天皇。 | ここに天皇 | そこで天皇が |
望 令問曰。 |
見放さけたまひて、 問はしめたまはく、 |
御覽遊ばされて お尋ねになるには、 |
於茲倭國。 | 「この倭やまとの國に、 | 「この日本の國に、 |
除吾 亦無王。 |
吾あれを除おきて また君は無きを。 |
わたしを除いては 君主はないのであるが、 |
今誰人如此而行。 |
今誰人かかくて行く」 と問はしめたまひしかば、 |
かような形で行くのは誰であるか」 と問わしめられましたから、 |
即答曰之状亦。 | すなはち答へまをせるさまも、 | 答え申す状もまた |
如天皇之命。 | 天皇の命みことの如くなりき。 | 天皇の仰せの通りでありました。 |
於是天皇。 | ここに天皇 | そこで天皇が |
大忿而 矢刺。 |
いたく忿いかりて、 矢刺したまひ、 |
非常にお怒りになつて 弓に矢を番つがえ、 |
百官人等。 | 百官の人どもも、 | 百官の人々も |
悉矢刺爾。 | 悉に矢刺しければ、 | 悉く矢を番えましたから、 |
其人等亦 皆矢刺。 |
ここにその人どもも みな矢刺せり。 |
向うの人たちも 皆矢を番えました。 |
故天皇。 | かれ天皇 | そこで天皇が |
亦問曰。 | また問ひたまはく、 | またお尋ねになるには、 |
然告其名。 | 「その名を告のらさね。 | 「それなら名を名のれ。 |
爾各告名而 彈矢。 |
ここに名を告りて、 矢放たむ」とのりたまふ。 |
おのおの名を名のつて 矢を放とう」と仰せられました。 |
於是答曰。 | ここに答へてのりたまはく、 | そこでお答え申しますには、 |
吾先見問。 | 「吾あれまづ問はえたれば、 | 「わたしは先に問われたから |
故吾先爲名告。 | 吾まづ名告りせむ。 | 先に名のりをしよう。 |
吾者。 | 吾あは | わたしは |
雖惡事而一言。 | 惡まが事も一言、 | 惡い事も一言、 |
雖善事而一言。 | 善事よごとも一言、 | よい事も一言、 |
言離之神。 | 言離ことさかの神、 | 言い分ける神である |
葛城之 一言主大神者也。 |
葛城かづらきの 一言主ひとことぬしの大神なり」 とのりたまひき。 |
葛城の 一言主ひとことぬしの大神だ」 と仰せられました。 |
現実の神に雄略屈服 |
||
天皇。 於是惶畏而白。 |
天皇ここに 畏みて白したまはく、 |
そこで天皇が 畏かしこまつて仰せられますには、 |
恐我大神。 | 「恐し、我が大神、 | 「畏れ多い事です。わが大神よ。 |
有宇都志意美者。 〈自宇下五字以音〉 |
現うつしおみまさむとは、 |
かように 現實の形をお持ちになろうとは |
不覺白而。 | 覺しらざりき」と白して、 | 思いませんでした」と申されて、 |
大御刀。 及弓矢始而。 |
大御刀 また弓矢を始めて、 |
御大刀 また弓矢を始めて、 |
脱百官人等。 所服衣服以。 |
百官の人どもの 服けせる衣服きものを脱がしめて、 |
百官の人どもの 著ております衣服を脱がしめて、 |
拜獻。 | 拜み獻りき。 | 拜んで獻りました。 |
爾其一言主大神。 | ここにその一言主の大神、 | そこでその一言主の大神も |
手打 受其捧物。 |
手打ちて その捧物ささげものを受けたまひき。 |
手を打つて その贈物を受けられました。 |
故天皇之還幸時。 | かれ天皇の還りいでます時、 | かくて天皇のお還りになる時に、 |
其大神。 | その大神、 | その大神は |
深山末。 | 山の末はにいはみて、 | 山の末に集まつて、 |
於長谷 山口送奉。 |
長谷の 山口に送りまつりき。 |
長谷はつせの 山口までお送り申し上げました。 |
故是 一言主之大神者。 |
かれこの一言主の大神は、 | この一言主の大神は |
彼時所顯也。 | その時に顯れたまへるなり。 | その時に御出現になつたのです。 |
金鉏岡の歌:金でスキにする歌 |
||
又天皇。 | また天皇、 | また天皇、 |
婚 丸邇之 佐都紀臣之女。 袁杼比賣。 |
丸邇わにの 佐都紀さつきの臣が女、 袁杼をど比賣を 婚よばひに、 |
丸邇わにの サツキの臣の女の ヲド姫と 結婚をしに |
幸行于 春日之時。 |
春日に いでましし時、 |
春日に おいでになりました時に、 |
媛女逢道。 | 媛女をとめ、道に逢ひて、 | その孃子が道で逢つて、 |
即見幸行而。 | すなはち幸行いでましを見て、 | おでましを見て |
逃隱岡邊。 | 岡邊をかびに逃げ隱りき。 | 岡邊に逃げ隱れました。 |
故作御歌。 | かれ御歌よみしたまへる、 | そこで歌をお詠みになりました。 |
其歌曰。 | その御歌、 | その御歌は、 |
袁登賣能 | 孃子をとめの | お孃さんの |
伊加久流袁加袁 | い隱かくる岡を | 隱れる岡を |
加那須岐母 | 金鉏かなすきも | じようぶな鉏すきが |
伊本知母賀母 | 五百箇いほちもがも。 | 澤山あつたらよいなあ、 |
須岐波奴流母能 | 鉏すき撥はぬるもの。 | 鋤すき撥はらつてしまうものを。 |
故號其岡。 | かれその岡に名づけて、 | そこでその岡を |
謂金鉏岡也。 | 金鉏かなすきの岡といふ。 | 金鉏かなすきの岡と名づけました。 |
三重の采女 |
||
又天皇。 | また天皇、 | また天皇が |
坐 長谷之 百枝槻下。 |
長谷の 百枝槻ももえつきの下に ましまして、 |
長谷の 槻の大樹の下に おいでになつて |
爲豐樂之時。 | 豐の樂あかりきこしめしし時に、 | 御酒宴を遊ばされました時に、 |
伊勢國之 三重婇。 |
伊勢の國の 三重の婇うねめ |
伊勢の國の 三重から出た采女うねめが |
指擧 大御盞 以獻。 |
大御盞おほみさかづきを 捧げて 獻りき。 |
酒盃さかずきを 捧げて 獻りました。 |
爾其 百枝槻葉落 浮於大御盞。 |
ここにその 百枝槻の葉落ちて、 大御盞に浮びき。 |
然るにその 槻の大樹の葉が落ちて 酒盃に浮びました。 |
其婇 不知 落葉 浮於盞。 |
その婇 落葉の 御盞みさかづきに浮べるを 知らずて、 |
采女は 落葉が 酒盃に浮んだのを 知らないで |
猶獻 大御酒。 |
なほ大御酒 獻りけるに、 |
大御酒おおみきを 獻りましたところ、 |
天皇。 | 天皇、 | 天皇は |
看行。 其浮盞之葉。 |
その御盞に浮べる葉を 看そなはして、 |
その酒盃に浮んでいる葉を 御覽になつて、 |
打伏其婇。 | その婇を打ち伏せ、 | その采女を打ち伏せ |
以刀刺充其頸。 | 御佩刀はかしをその頸に刺し當てて、 | 御刀をその頸に刺し當てて |
將斬之時。 | 斬らむとしたまふ時に、 | お斬り遊ばそうとする時に、 |
天語①:みなコロコロしてます |
||
其婇 白天皇。 |
その婇 天皇に白して曰さく、 |
その采女が 天皇に申し上げますには |
曰莫殺吾身。 | 「吾が身をな殺したまひそ。 | 「わたくしをお殺しなさいますな。 |
有應白事。 | 白すべき事あり」とまをして、 | 申すべき事がございます」と言つて、 |
即歌曰。 | すなはち歌ひて曰ひしく、 | 歌いました歌、 |
麻岐牟久能 | 纏向まきむくの | 纏向まきむくの |
比志呂乃美夜波 | 日代ひしろの宮は、 | 日代ひしろの宮は |
阿佐比能 比傳流美夜 | 朝日の 日照でる宮。 | 朝日の照り渡る宮、 |
由布比能 比賀氣流美夜 | 夕日の 日陰がける宮。 | 夕日の光のさす宮、 |
多氣能泥能 泥陀流美夜 | 竹の根の 根足ねだる宮。 | 竹の根のみちている宮、 |
許能泥能 泥婆布美夜 | 木この根ねの 根蔓ねばふ宮。 | 木の根の廣がつている宮です。 |
夜本爾余志 | 八百土やほによし | 多くの土を築き堅めた宮で、 |
伊岐豆岐能美夜 | い杵築きづきの宮。 | りつぱな材木の檜ひのきの御殿です。 |
麻紀佐久 | ま木きさく | |
比能美加度 | 日の御門、 | |
爾比那閇夜爾 | 新嘗屋にひなへやに | その新酒をおあがりになる御殿に |
淤斐陀弖流 | 生ひ立だてる | 生い立つている |
毛毛陀流 都紀賀延波 | 百足だる 槻つきが枝えは、 | 一杯に繁つた槻の樹の枝は、 |
本都延波 阿米袁淤幣理 | 上ほつ枝えは 天を負おへり。 | 上の枝は天を背おつています。 |
那加都延波 阿豆麻袁淤幣理 | 中つ枝は 東あづまを負へり。 | 中の枝は東國を背おつています。 |
志豆延波 比那袁於幣理 | 下枝しづえは 鄙ひなを負へり。 | 下の枝は田舍いなかを背おつています。 |
本都延能 延能宇良婆波 | 上ほつ枝えの 枝えの末葉うらばは | その上の枝の枝先の葉は |
那加都延爾 淤知布良婆閇 | 中つ枝に 落ち觸らばへ、 | 中の枝に落ちて觸れ合い、 |
那加都延能 延能宇良婆波 | 中つ枝の 枝の末葉は | 中の枝の枝先の葉は |
斯毛都延爾 淤知布良婆閇 | 下しもつ枝に 落ち觸らばへ、 | 下の枝に落ちて觸れ合い、 |
斯豆延能 延能宇良婆波 | 下しづ枝の 枝の末葉は | 下の枝の枝先の葉は、 |
阿理岐奴能 美幣能古賀 | あり衣ぎぬの 三重の子が | 衣服を三重に著る、 |
佐佐賀世流 | 捧ささがせる |
その三重から來た子の 捧げている |
美豆多麻宇岐爾 | 瑞玉盃みづたまうきに | りつぱな酒盃さかずきに |
宇岐志阿夫良 | 浮きし脂あぶら | 浮いた脂あぶらのように |
淤知那豆佐比 | 落ちなづさひ、 | 落ち漬つかつて、 |
美那許袁呂許袁呂爾 | 水みなこをろこをろに、 | 水音もころころと、 |
許斯母 | こしも | これは |
阿夜爾加志古志 | あやにかしこし。 | 誠に恐れ多いことでございます。 |
多加比加流 比能美古 | 高光る日の御子。 | 尊い日の御子樣。 |
許登能 | 事の | 事の |
加多理碁登母 | 語りごとも | 語り傳えは |
許袁婆 | こをば。 | かようでございます。 |
故獻此歌者。 | かれこの歌を獻りしかば、 | この歌を獻りましたから、 |
赦其罪也。 | その罪を赦したまひき。 | その罪をお赦しになりました。 |
天語②:高光る日の御子 |
||
爾大后歌。 | ここに大后の歌よみしたまへる、 | そこで皇后樣のお歌いになりました |
其歌曰。 | その御歌、 | 御歌は、 |
夜麻登能 許能多氣知爾 | 倭やまとの この高市たけちに | 大和の國の この高町で |
古陀加流 伊知能都加佐 | 小高こだかる 市いちの高處つかさ、 | 小高くある 市の高臺の、 |
爾比那閇夜爾 | 新嘗屋にひなへやに | 新酒をおあがりになる御殿に |
淤斐陀弖流 | 生ひ立だてる | 生い立つている |
波毘呂 由都麻都婆岐 | 葉廣はびろ ゆつま椿つばき、 | 廣葉の清らかな椿の樹、 |
曾賀波能 比呂理伊麻志 | そが葉の 廣りいまし、 | その葉のように廣らかにおいで遊ばされ |
曾能波那能 弖理伊麻須 | その花の 照りいます | その花のように輝いておいで遊ばされる |
多加比加流 比能美古爾 | 高光る 日の御子に、 | 尊い日の御子樣に |
登余美岐 多弖麻都良勢 | 豐御酒とよみき 獻らせ。 | 御酒をさしあげなさい。 |
許登能 | 事の | 事の |
加多理碁登母 | 語りごとも | 語り傳えは |
許袁婆 | こをば。 | かようでございます。 |
天語③:ももしきの由来 |
||
即天皇 歌曰。 |
すなはち天皇 歌よみしたまひしく、 |
天皇の お歌いになりました御歌は、 |
毛毛志記能 | ももしきの | |
淤富美夜比登波 | 大宮人おほみやひとは、 | 宮廷に仕える人々は、 |
宇豆良登理 | 鶉鳥うづらとり | 鶉うずらのように |
比禮登理加氣弖 | 領布ひれ取り掛けて | 頭巾ひれを懸けて、 |
麻那婆志良 | 鶺鴒まなばしら | 鶺鴒せきれいのように |
袁由岐阿閇 | 尾行き合へ | 尾を振り合つて |
爾波須受米 | 庭雀にはすずめ、 | 雀のように |
宇受須麻理韋弖 | うずすまり居て | 前に進んでいて |
祁布母加母 | 今日もかも | 今日もまた |
佐加美豆久良斯 | 酒さかみづくらし。 | 酒宴をしているもようだ。 |
多加比加流 | 高光る | りつぱな |
比能美夜比登 | 日の宮人。 | 宮廷の人々。 |
許登能 | 事の | 事の |
加多理碁登母 | 語りごとも | 語り傳えは |
許袁婆 | こをば。 | かようでございます。 |
此三歌者。 | この三歌は、 | この三首の歌は |
天語歌也。 | 天語あまがたり歌なり。 | 天語歌あまがたりうたです。 |
宇岐歌 |
||
故於此豐樂。 | かれ豐とよの樂あかりに、 | その御酒宴に |
譽其三重婇而。 | その三重の婇を譽めて、 | 三重の采女を譽めて、 |
給多祿也。 | 物多さはに給ひき。 | 物を澤山にくださいました。 |
是豐樂之日。 | この豐の樂の日、 | この御酒宴の日に、 |
亦春日之袁杼比賣。 | また春日の袁杼比賣をどひめが | また春日のヲド姫が |
獻大御酒之時。 | 大御酒獻りし時に、 | 御酒を獻りました時に、 |
天皇歌曰。 | 天皇の歌ひたまひしく、 | 天皇のお歌いになりました歌は、 |
美那曾曾久 | 水灌みなそそく | 水みずのしたたるような |
淤美能袁登賣 | 臣おみの孃子をとめ、 | そのお孃さんが、 |
本陀理登良須母 | ほだり取らすも。 | 銚子ちようしを持つていらつしやる。 |
本陀理斗理 | ほだり取り | 銚子を持つなら |
加多久斗良勢 | 堅く取らせ。 | しつかり持つていらつしやい。 |
斯多賀多久 | 下堅したがたく | 力ちからを入れて |
夜賀多久斗良勢 | 彌堅やがたく取らせ。 | しつかりと持つていらつしやい。 |
本陀理斗良須古 | ほだり取らす子。 | 銚子を持つていらつしやるお孃さん。 |
此者。 宇岐歌也。 |
こは 宇岐うき歌なり。 |
これは 宇岐歌うきうたです。 |
志都歌 |
||
爾袁杼比賣獻歌。 | ここに袁杼比賣、歌獻りき。 | ここにヲド姫の獻りました歌は、 |
其歌曰。 | その歌、 | |
夜須美斯志 | やすみしし | 天下を知ろしめす |
和賀淤富岐美能 | 吾が大君の | 天皇の |
阿佐斗爾波 伊余理陀多志 | 朝戸あさとには い倚り立だたし、 | 朝戸にはお倚より立ち遊ばされ |
由布斗爾波 伊余理陀多須 | 夕戸には い倚り立だたす | 夕戸ゆうどにはお倚り立ち遊ばされる |
和岐豆岐賀斯多能 | 脇几わきづきが 下の | 脇息きようそくの下の |
伊多爾母賀 | 板にもが。 | 板にでもなりたいものです。 |
阿世袁 | 吾兄あせを。 | あなた。 |
此者志都歌也。 | こは志都しづ歌なり。 | これは志都歌しずうたです。 |
最期(雄略天皇) |
||
天皇。 御年。 壹佰貳拾肆歲。 |
天皇、 御年、 一百二十四歳 ももちまりはたちよつ。 |
天皇は 御年 百二十四歳、 |
(己巳の年 八月九日崩りたまひき。) |
己巳つちのとみの年の 八月九日にお隱れになりました。 |
|
御御陵在 河内之 多治比 高鸇也。 |
御陵は 河内かふちの 多治比たぢひの 高鸇たかわしにあり。 |
御陵は 河内の 多治比たじひの 高鸇たかわしにあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
白髮 大倭根子命。 |
御子、白髮しらがの 大倭根子 おほやまとねこの命、 |
御子の シラガノ オホヤマトネコの命(清寧天皇)、 |
坐 伊波禮之 甕栗宮。 |
伊波禮いはれの 甕栗みかくりの宮に ましまして、 |
大和の磐余いわれの 甕栗みかくりの宮に おいでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇は |
無皇后。 | 皇后ましまさず、 | 皇后がおありでなく、 |
亦無御子。 | 御子もましまさざりき。 | 御子もございませんでした。 |
故御名代 定白髮部。 |
かれ御名代として、 白髮部しらがべを定めたまひき。 |
それで御名の記念として 白髮部をお定めになりました。 |
跡継ぎ探し |
||
故天皇 崩後。 |
かれ天皇 崩かむあがりまして後、 |
そこで天皇が お隱かくれになりました後に、 |
無可 治天下之王也。 |
天の下治らすべき 御子ましまさず。 |
天下をお治めなさるべき 御子がありませんので、 |
於是。 問 日繼所知之王也。 |
ここに 日繼知らしめさむ 御子を問ひて、 |
帝位につくべき 御子を尋ねて、 |
市邊 忍齒別王之妹。 忍海郎女。 |
市の邊の 忍齒別おしはわけの王の妹、 忍海おしぬみの郎女、 |
イチノベノ オシハワケの王の妹の オシヌミの郎女、 |
亦名 飯豐王。 |
またの名は 飯豐いひとよの王、 |
またの名はイヒトヨの王が、 |
坐 葛城忍海之 高木角刺宮也。 |
葛城の忍海の 高木の 角刺つのさしの宮に ましましき。 |
葛城かずらきのオシヌミの 高木たかぎの ツノサシの宮に おいでになりました。 |
人民シジムの家の二人の少年 |
||
爾山部連 小楯。 |
ここに山部やまべの連むらじ 小楯をたて、 |
ここに山部やまべの連 小楯おだてが |
任針間國之 宰時。 |
針間はりまの國の 宰みこともちに任よさされし時に、 |
播磨の國の 長官に任命されました時に、 |
到其國之人民。 | その國の人民おほみたから | この國の人民の |
名志自牟之 新室樂。 |
名は志自牟しじむが 新室に到りて樂うたげしき。 |
シジムの家の 新築祝いに參りました。 |
於是。 盛樂。 酒酣。 |
ここに 盛さかりに樂うたげて 酒酣なかばなるに、 |
そこで 盛んに遊んで、 酒酣たけなわな時に |
以次第 皆儛。 |
次第つぎてをもちて みな儛ひき。 |
順次に 皆舞いました。 |
故 燒火少子二口。 |
かれ 火燒たきの小子わらは二人、 |
その時に 火焚ひたきの少年が二人 |
居竈傍。 | 竈かまどの傍へに居たる、 | 竈かまどの傍におりました。 |
おまえがまえ(前/舞え) |
||
令儛 其少子等。 |
その小子どもに 儛はしむ。 |
依つてその少年たちに 舞わしめますに、 |
爾其一少子。 | ここにその一人の小子、 | 一人の少年が |
曰。 汝兄先儛。 |
「汝兄なせまづ儛ひたまへ」 といへば、 |
「兄上、まずお舞まいなさい」 というと、 |
其兄亦。 | その兄も、 | 兄も |
曰 汝弟先儛。 |
「汝弟なおとまづ儛ひたまへ」 といひき。 |
「お前がまず舞まいなさい」 と言いました。 |
如此相讓之時。 | かく相讓る時に、 | かように讓り合つているので、 |
其會人等。 | その會つどへる人ども、 | その集まつている人たちが |
咲其相讓之状。 | その讓れる状さまを咲わらひき。 | 讓り合う有樣を笑いました。 |
爾遂兄儛訖。 | ここに遂に兄儛ひ訖りて、 | 遂に兄がまず舞い、 |
次弟將儛時。 | 次に弟儛はむとする時に、 | 次に弟が舞おうとする時に |
爲詠曰。 | 詠ながめごとしたまひつらく、 | 詠じました言葉は、 |
物部之。 | 物ものの部ふの、 | 武士である |
我夫子之。 | わが夫子せこが、 | わが君の |
取佩。 | 取り佩はける、 | お佩きになつている |
於大刀之手上。 | 大刀の手上たがみに、 | 大刀の柄つかに、 |
丹畫著。 | 丹書にかき著け、 | 赤い模樣を畫き、 |
其緒者。 | その緒には、 | その大刀の緒には |
載赤幡。 | 赤幡あかはたを裁ち、 | 赤い織物を裁たつて附け、 |
立赤幡。 | 赤幡たちて見れば、 | 立つて見やれば、 |
見者五十隱。 | い隱る、 | 向うに隱れる |
山三尾之。 | 山の御尾の、 | 山の尾の上の |
竹矣。 「本」訶岐 〈此二字以音〉 苅。 |
竹を 掻き 苅り、 |
竹を 刈り 取つて、 |
末 押縻魚簀。 |
末 押し靡かすなす、 |
その竹の末を 押し靡なびかせるように、 |
如調 八絃琴。 |
八絃やつをの琴を 調しらべたるごと、 |
八絃の琴を 調べたように、 |
所治賜天下。 | 天の下治しらし給たびし、 | 天下をお治めなされた |
伊邪本和氣。 | 伊耶本和氣いざほわけの | イザホワケの |
天皇之御子。 | 天皇の御子、 | 天皇の皇子の |
市邊之。 | 市の邊の | イチノベノ |
押齒王之。 | 押齒の王みこの、 | オシハの王の御子みこです。 |
奴末。 | 奴やつこ、御末みすゑ。 | わたくしは。 |
とのりたまひつ。 | と述べましたから、 | |
假宮造営 |
||
爾即 小楯連聞驚而。 |
ここにすなはち 小楯の連聞き驚きて、 |
小楯が 聞いて驚いて |
自床墮轉而。 | 床とこより墮ち轉まろびて、 | 座席から落ちころんで、 |
追出其室人等。 | その室の人どもを追ひ出して、 | その家にいる人たちを追い出して、 |
其二柱王子。 | その二柱の御子を、 | そのお二人の御子を |
坐左右膝上。 |
左右ひだりみぎりの 膝の上へに坐ませまつりて、 |
左右の 膝の上にお据え申し上げ、 |
泣悲而。 | 泣き悲みて、 | 泣き悲しんで |
集人民作假宮。 | 人民どもを集へて、 | 民どもを集めて |
坐置 其假宮而。 |
假宮を作りて、 その假宮に坐ませまつり置きて、 |
假宮を作つて、 その假宮にお住ませ申し上げて |
貢上驛使。 | 驛使はゆまづかひ上りき。 | 急使を奉りました。 |
於是。 其姨飯豐王。 |
ここに その御姨をば飯豐いひとよの王、 |
そこで その伯母樣のイヒトヨの王が |
聞歡而。 | 聞き歡ばして、 | お喜びになつて、 |
令上於宮。 | 宮に上のぼらしめたまひき。 | 宮に上らしめなさいました。 |
歌垣(歌合戦) |
||
故將 治天下之間。 |
かれ 天の下 治らしめさむとせしほどに、 |
そこで 天下を お治めなされようとしたほどに、 |
平群臣之祖。 | 平群へぐりの臣が祖おや、 | 平群へぐりの臣の祖先の |
名志毘臣。 | 名は志毘しびの臣、 | シビの臣が、 |
立于歌垣。 | 歌垣うたがきに立ちて、 | 歌垣の場で、 |
取其袁祁命。 | その袁祁をけの命の | そのヲケの命の |
將婚之 美人手。 |
婚よばはむとする 美人をとめの手を取りつ。 |
結婚なされようとする 孃子の手を取りました。 |
其孃子者。 | その孃子は、 | その孃子は |
菟田首等之女。 | 菟田うだの首おびと等が女、 | 菟田うだの長の女の |
名者大魚也。 | 名は大魚おほをといへり、 | オホヲという者です。 |
爾袁祁命亦立 歌垣。 |
ここに袁祁の命も 歌垣に立たしき。 |
そこでヲケの命も 歌垣にお立ちになりました。 |
於是。 志毘臣歌曰。 |
ここに 志毘の臣歌ひて曰ひしく、 |
ここに シビが歌いますには、 |
意富美夜能 | 大宮の | 御殿の |
袁登都波多傳 | をとつ端手はたで | ちいさい方の出張りは、 |
須美加多夫祁理 | 隅すみ傾かたぶけり。 | 隅が曲つている。 |
如此歌而。 | かく歌ひて、 | かく歌つて、 |
乞其歌末之時。 | その歌の末を乞ふ時に、 | その歌の末句を乞う時に、 |
袁祁命歌曰。 | 袁祁の命歌ひたまひしく、 | ヲケの命のお歌いになりますには、 |
意富多久美 | 大匠おほたくみ | 大工が |
袁遲那美許曾 | 拙劣をぢなみこそ | 下手へただつたので |
須美加多夫祁禮 | 隅傾けれ。 | 隅が曲つているのだ。 |
シビの柴垣が荒れとるの歌 |
||
爾志毘臣。 | ここに志毘の臣、 | シビが |
亦歌曰。 | また歌ひて曰ひしく、 | また歌いますには、 |
意富岐美能 | 大君の | 王子樣の |
許許呂袁由良美 | 心をゆらみ、 | 御心がのんびりしていて、 |
淤美能古能 | 臣の子の | 臣下の |
夜幣能斯婆加岐 | 八重の柴垣 | 幾重にも圍つた柴垣に |
伊理多多受阿理 | 入り立たずあり。 | 入り立たずにおられます。 |
於是。 王子。 |
ここに 王子 |
ここに 王子が |
亦歌曰。 | また歌ひたまひしく、 | また歌いますには、 |
斯本勢能。 | 潮瀬しほぜの | 潮の寄る瀬の |
那袁理袁美禮婆。 | 波折なをりを見れば、 | 浪の碎けるところを見れば |
阿蘇毘久流。 | 遊び來る | 遊んでいる |
志毘賀波多傳爾。 | 鮪しびが端手はたでに | シビ魚の傍に |
都麻多弖理美由。 | 妻立てり見ゆ。 | 妻が立つているのが見える。 |
爾志毘臣。 | ここに志毘の臣、 | シビが |
愈怒歌曰。 | いよよ忿りて歌ひて曰ひしく、 | いよいよ怒いかつて歌いますには、 |
意富岐美能 | 大君の | 王子樣の |
美古能志婆加岐 | 王みこの柴垣、 | 作つた柴垣は、 |
夜布士麻理 | 八節結やふじまり | 節だらけに |
斯麻理母登本斯 | 結しまりもとほし | 結び廻してあつて、 |
岐禮牟志婆加岐 | 截きれむ柴垣。 | 切れる柴垣の |
夜氣牟志婆加岐 | 燒けむ柴垣。 | 燒ける柴垣です。 |
爾王子。 | ここに王子 | ここに王子が |
亦歌曰。 | また歌ひたまひしく、 | また歌いますには、 |
意布袁余志。 | 大魚おふをよし | 大おおきい魚の |
斯毘都久阿麻余。 | 鮪しび衝つく海人あまよ、 | 鮪しびを突く海人よ、 |
斯賀阿禮婆。 | 其しがあれば | その魚が荒れたら |
宇良胡本斯祁牟。 | うら戀こほしけむ。 | 心戀しいだろう。 |
志毘都久志毘。 | 鮪衝く鮪。 | 鮪しびを突く鮪しびの臣おみよ。 |
シビしばかれる(柴枯れる) |
||
如此歌而。 | かく歌ひて、 | かように歌つて |
鬪明 各退。 |
鬪かがひ明して、 おのもおのも散あらけましつ。 |
歌を掛け合い、 夜をあかして別れました。 |
明旦之時。 | 明くる旦時あした、 | 翌朝、 |
意富祁命。 | 意祁おけの命、 | オケの命・ |
袁祁命。 | 袁祁をけの命 | ヲケの命 |
二柱議云。 | 二柱議はかりたまはく、 | お二方が御相談なさいますには、 |
凡朝廷人等者。 | 「およそ朝廷みかどの人どもは、 | 「すべて朝廷の人たちは、 |
旦參赴於朝廷。 | 旦あしたには朝廷に參り、 | 朝は朝廷に參り、 |
晝集於志毘門。 | 晝は志毘が門かどに集つどふ。 | 晝はシビの家に集まります。 |
亦今者 志毘必寢。 |
また今は 志毘かならず寢ねたらむ。 |
そこで今は シビがきつと寢ねているでしよう。 |
亦其門無人。 | その門に人も無けむ。 | その門には人もいないでしよう。 |
故非今。 | かれ今ならずは、 | 今でなくては |
者難可謀。 | 謀り難けむ」とはかりて、 | 謀り難いでしよう」と相談されて、 |
即興軍。 | すなはち軍を興して、 | 軍を興して |
圍志毘臣之家。 | 志毘の臣が家を圍かくみて、 | シビの家を圍んで |
乃殺也。 | 殺とりたまひき。 | お撃ちになりました。 |
弟に譲位 |
||
於是。 二柱王子等。 |
ここに 二柱の御子たち、 |
ここで お二方ふたかたの御子たちが |
各相 讓天下。 |
おのもおのも 天の下を讓りたまひき。 |
互に 天下をお讓りになつて、 |
意祁命。 | 意富祁おほけの命、 | オケの命が、 |
讓其弟。 袁祁命曰。 |
その弟袁祁の命に 讓りてのりたまはく、 |
その弟ヲケの命に お讓り遊ばされましたには、 |
住於針間 志自牟家時。 |
「針間はりまの 志自牟しじむが家に住みし時に、 |
「播磨の國の シジムの家に住んでおつた時に、 |
汝命不顯名者。 | 汝なが命名を顯はさざらませば、 | あなたが名を顯わさなかつたなら |
更非臨 天下之君。 |
更に天の下知らさむ君とは ならざらまし。 |
天下を治める君主とは ならなかつたでしよう。 |
是既 汝命之功。 |
これ既に 汝なが命の功いさをなり。 |
これは あなた樣のお手柄であります。 |
故吾 雖兄。 |
かれ吾、 兄にはあれども、 |
ですから、 わたくしは兄ではありますが、 |
猶汝命。 | なほ汝が命 | あなたが |
先治天下而。 |
まづ天の下を治らしめせ」 とのりたまひて、 |
まず天下をお治めなさい」 と言つて、 |
堅讓。 | 堅く讓りたまひき。 | 堅くお讓りなさいました。 |
故不得辭而。 | かれえ辭いなみたまはずて、 | それでやむことを得ないで、 |
袁祁命。 | 袁祁の命、 | ヲケの命が |
先治天下也。 | まづ天の下治らしめしき。 | まず天下をお治めなさいました。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
伊弉本別 いざほわけの王の御子、 |
イザホワケの天皇の御子、 | |
市の邊の忍齒の王の御子、 | イチノベノオシハの王の御子の | |
袁祁之 石巣別命。 |
袁祁をけの 石巣別いはすわけの命、 |
ヲケノ イハスワケの命(顯宗天皇)、 |
坐近飛鳥宮。 | 近つ飛鳥の宮にましまして、 |
河内かわちの國の 飛鳥あすかの宮においで遊ばされて、 |
治天下 捌歲也。 |
八歳やとせ 天の下治らしめしき。 |
八年 天下をお治めなさいました。 |
天皇。 | この天皇、 | この天皇は、 |
娶 石木王之女。 難波王。 |
石木いはきの王の女 難波の王に娶ひしかども、 |
イハキの王の女の ナニハの王と結婚しましたが、 |
无子也。 | 御子ましまさざりき。 | 御子みこはありませんでした。 |
置目の老媼(おきめのおみな) |
||
此天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
求其父王。 | その父王 | 父君 |
市邊王之御骨時。 |
市の邊の王の 御骨みかばねを求まぎたまふ時に、 |
イチノベの王の 御骨をお求めになりました時に、 |
在淡海國。 | 淡海あふみの國なる | 近江の國の |
賤老媼。 參出白。 |
賤しき老媼おみな まゐ出て白さく、 |
賤いやしい老婆が 參つて申しますには、 |
王子御骨所埋者。 | 「王子の御骨を埋みし所は、 | 「王子の御骨を埋めました所は、 |
專吾能知。 | もはら吾よく知れり。 | わたくしがよく知つております。 |
亦以 其御齒可知。 |
またその御齒もちて知るべし」 とまをしき。 |
またそのお齒でも知られましよう」 と申しました。 |
〈御齒者。 如三技 押齒坐也〉 |
(御齒は 三枝なす 押齒に坐しき。) |
オシハの王子のお齒は 三つの枝の出た 大きい齒でございました。 |
爾起民。 | ここに民を起たてて、 | そこで人民を催して、 |
掘土。 | 土を掘りて、 | 土を掘つて、 |
求其御骨。 | その御骨を求ぎて、 | その御骨を求めて、 |
即獲其御骨而。 | すなはちその御骨を獲て、 | これを得て |
於其蚊屋野之 東山。 |
その蚊屋野の 東ひむかしの山に、 |
カヤ野の 東の山に |
作御陵葬。 | 御陵作りて葬をさめまつりて、 | 御陵を作つてお葬り申し上げて、 |
以韓帒之子等。 | 韓帒からふくろが子どもに、 | かのカラフクロの子どもに |
令守其陵。 | その御陵を守らしめたまひき。 | これを守らしめました。 |
(然後 | 然ありて後に、 | 後には |
持上 其御骨也) |
その御骨を 持ち上のぼりたまひき。 |
その御骨を 持ち上のぼりなさいました。 |
故還上坐而。 | かれ還り上りまして、 | かくて還り上られて、 |
召其老媼。 | その老媼を召して、 | その老婆を召して、 |
譽其不失見 置知其地以。 |
その見失はず、 さだかに その地を知れりしことを譽めて、 |
場所を忘れずに 見ておいたことを譽めて、 |
賜名號 置目老媼。 |
置目おきめの老媼おみな といふ名を賜ひき。 |
置目おきめの老媼ばば という名をくださいました。 |
仍召入宮内。 | よりて宮の内に召し入れて、 | かくて宮の内に召し入れて |
敦廣慈賜。 | 敦あつく廣く惠みたまふ。 | 敦あつくお惠みなさいました。 |
故其老媼所 住屋者。 |
かれその老媼の住む屋をば、 | その老婆の住む家を |
近作宮邊。 | 宮の邊へ近く作りて、 | 宮の邊近くに作つて、 |
毎日必召。 | 日ごとにかならず召す。 | 毎日きまつてお召しになりました。 |
故鐸懸大殿戶。 | かれ大殿の戸に鐸ぬりてを掛けて、 | そこで宮殿の戸に鈴を掛けて、 |
欲召其老媼之時。 | その老媼を召したまふ時は、 | その老婆を召そうとする時は |
必引鳴其鐸。 |
かならずその鐸ぬりてを 引き鳴らしたまひき。 |
きつとその鈴を お引き鳴らしなさいました。 |
老き女の歌 |
||
爾作御歌。 | ここに御歌よみしたまへる、 | そこでお歌をお詠みなさいました。 |
其歌曰。 | その歌、 | その御歌は、 |
阿佐遲波良 | 淺茅原 | 茅草ちぐさの低い原や |
袁陀爾袁須疑弖 | 小谷をだにを過ぎて、 | 小谷を過ぎて |
毛毛豆多布 | 百傳ふ | |
奴弖由良久母 | 鐸ぬて搖ゆらくも。 | 鈴のゆれて鳴る音がする。 |
於岐米久良斯母 | 置目來くらしも。 | 置目がやつて來るのだな。 |
於是置目老媼。 | ここに置目の老媼、 | ここに置目が |
白僕 甚耆老。 |
「僕 いたく老いにたれば、 |
「わたくしは 大變年をとりましたから |
欲退本國。 |
本つ國に退まからむとおもふ」 とまをしき。 |
本國に歸りたいと思います」 と申しました。 |
故隨白退時。 | かれ白せるまにまに、 |
依つて申す通りに お遣わしになる時に、 |
天皇見送。 | 退まかりし時に天皇見送りて | 天皇がお見送りになつて、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌いなさいました歌は、 |
意岐米母夜 | 置目もや | 置目よ、 |
阿布美能於岐米 | 淡海の置目、 | あの近江の置目よ、 |
阿須用理波 | 明日よりは | 明日からは |
美夜麻賀久理弖 | み山隱がくりて | 山に隱れてしまつて |
美延受加母阿良牟 | 見えずかもあらむ。 | 見えなくなるだろうかね。 |
志米須の地(乾飯のシメシ) |
||
初天皇。 | 初め天皇、 | 初め天皇が |
逢難 逃時。 |
難わざはひに逢ひて、 逃げましし時に、 |
災難に逢つて 逃げておいでになつた時に、 |
求 奪其御粮 猪甘老人。 |
その御粮かれひを奪とりし 猪甘ゐかひの老人おきなを 求まぎたまひき。 |
その乾飯ほしいを奪つた 豚飼ぶたかいの老人を お求めになりました。 |
是得求。 | ここに求ぎ得て、 | そこで求め得ましたのを |
喚上而。 | 喚び上げて、 | 喚び出して |
斬於 飛鳥河之河原。 |
飛鳥河の河原に 斬りて、 |
飛鳥河の河原で 斬つて、 |
皆斷其族之 膝筋。 |
みなその族やからどもの 膝の筋を斷ちたまひき。 |
またその一族どもの 膝の筋をお切りになりました。 |
是以至今。 | ここを以ちて今に至るまで、 | それで今に至るまで |
其子孫上於倭之日。 | その子孫こども倭に上る日、 | その子孫が大和に上る日には |
必自 跛也。 |
かならずおのづから 跛あしなへくなり。 |
きつと びつこになるのです。 |
故 能見志米岐。 其老所在。 〈志米岐 三字以音〉 |
かれ その老の所在ありかを 能く見しめき。 |
その老人の所在を よく御覽になりましたから、 |
故其地謂 志米須也。 |
かれ其處そこを 志米須しめすといふ。 |
其處を シメスといいます。 |
いかさまに(如何様に) |
||
天皇。 | 天皇、 | 天皇、 |
深怨 殺其父王之 大長谷天皇。 |
その父王を殺したまひし 大長谷おほはつせの天皇を 深く怨みまつりて、 |
その父君をお殺しになつた オホハツセの天皇を 深くお怨み申し上げて、 |
欲報 其靈。 |
その御靈に 報いむと 思ほしき。 |
天皇の御靈に 仇を報いようと お思いになりました。 |
故欲毀 其大長谷天皇之 御陵而。 |
かれ その大長谷の天皇の 御陵を毀やぶらむと 思ほして、 |
依つて そのオホハツセの天皇の 御陵を毀やぶろうと お思いになつて |
遣人之時。 | 人を遣す時に、 | 人を遣わしました時に、 |
其伊呂兄。 意意祁命 奏言。 |
その同母兄いろせ 意祁おけの命 奏して言まをさく、 |
兄君の オケの命の 申されますには、 |
破壞是御陵。 | 「この御陵を壞らむには、 | 「この御陵を破壞するには |
不可遣他人。 | 他あだし人を遣すべからず。 | 他の人を遣つてはいけません。 |
專僕自行。 | もはら僕みづから行きて、 | わたくしが自分で行つて |
如天皇之御心。 | 大君の御心のごと | 陛下の御心の通りに |
破壞以參出。 |
壞やぶりてまゐ出む」 とまをしたまひき。 |
毀して參りましよう」 と申し上げました。 |
爾天皇詔。 | ここに天皇、 | そこで天皇は、 |
然隨命 宜幸行。 |
「然らば 命のまにまにいでませ」 と詔りたまひき。 |
「それならば、 お言葉通りに行つていらつしやい」 と仰せられました。 |
是以意祁命。 | ここを以ちて意祁おけの命、 | そこでオケの命が |
自下幸而。 | みづから下りいでまして、 | 御自身で下つておいでになつて、 |
少掘 其御陵之傍。 |
その御陵の傍かたへを 少し掘りて |
御陵の傍を 少し掘つて |
還上。 | 還り上らして、 | 還つてお上りになつて、 |
復奏言。 | 復奏かへりごとして言まをさく、 | |
既掘壞也。 |
「既に掘り壞りぬ」 とまをしたまひき。 |
「すつかり掘り壞やぶりました」 と申されました。 |
爾天皇。 | ここに天皇、 | そこで天皇が |
異 其早 還上而。 |
その早く 還り上りませることを 怪みまして、 |
その早く 還つてお上りになつたことを 怪しんで、 |
詔。 如何破壞。 |
「如何いかさまに壞りたまひつる」 と詔りたまへば、 |
「どのようにお壞りなさいましたか」 と仰せられましたから、 |
答白。 | 答へて白さく、 | |
少掘其陵之傍土。 |
「その御陵の傍の土を少し掘りつ」 とまをしたまひき。 |
「御陵の傍の土を少し掘りました」 と申しました。 |
御陵の堀 |
||
天皇詔之。 | 天皇詔りたまはく、 | 天皇の仰せられますには、 |
欲報 父王之仇。 |
「父王ちちみこの仇を 報いまつらむと思へば、 |
「父上の仇を 報ずるようにと思いますので、 |
必悉破壞 其陵。 |
かならずその御陵を 悉ことごとに壞りなむを。 |
かならずあの御陵を 悉くこわすべきであるのを、 |
何 少掘乎。 |
何とかも 少しく掘りたまひつる」 と詔りたまひしかば、 |
どうして 少しお掘りになつたのですか」 と仰せられましたから、 |
答曰。 | 答へて曰さく、 | 申されますには |
所以爲然者。 | 「然しつる故は、 | 「かようにしましたわけは、 |
父王之怨。 | 父王の仇を、 | 父上の仇を |
欲報 其靈。 |
その御靈に 報いむと思ほすは、 |
その御靈に 報いようとお思いになるのは |
是誠理也。 | 誠に理ことわりなり。 | 誠に道理であります。 |
然其 大長谷天皇者。 |
然れどもその 大長谷の天皇は、 |
しかし オホハツセの天皇は、 |
雖爲父之怨。 | 父の仇にはあれども、 | 父上の仇ではありますけれども、 |
還爲 我之從父。 |
還りては 我が從父をぢにまし、 |
一面は 叔父でもあり、 |
亦治天下之 天皇。 |
また天の下治らしめしし 天皇にますを、 |
また天下をお治めなさつた 天皇でありますのを、 |
是今單取 父仇之志。 |
今單ひとへに 父の仇といふ志を取りて、 |
今もつぱら 父の仇という事ばかりを取つて、 |
悉破治 天下之 天皇陵者。 |
天の下治らしめしし 天皇の御陵を 悉に壞りなば、 |
天下をお治めなさいました 天皇の御陵を 悉く壞しましたなら、 |
後人 必誹謗。 |
後の人 かならず誹そしりまつらむ。 |
後の世の人が きつとお誹り申し上げるでしよう。 |
唯父王之仇。 | ただ、父王の仇は、 | しかし父上の仇は |
不可非報。 | 報いずはあるべからず。 | 報いないではいられません。 |
故少掘 其陵邊。 |
かれその御陵の邊を 少しく掘りつ。 |
それであの御陵の邊を 少し掘りましたから、 |
既以是恥。 | 既にかく恥かしめまつれば、 | |
足 示後世。 |
後の世に示すにも 足りなむ」と、 |
これで後の世に示すにも 足りましよう」 |
如此奏者。 | かくまをしたまひしかば、 | とかように申しましたから、 |
天皇答詔之。 | 天皇、答へ詔りたまはく、 | 天皇は |
是亦大理。 | 「こもいと理なり。 | 「それも道理です。 |
如命可也。 |
命みことの如くて可よし」 と詔りたまひき。 |
お言葉の通りでよろしい」 と仰せられました。 |
故天皇 崩。 |
かれ天皇 崩りまして、 |
かくて天皇が お隱かくれになつてから、 |
即意祁命。 | すなはち意富祁おほけの命、 | オケの命が、 |
知天津日繼。 | 天つ日繼知らしめき。 | 帝位にお即つきになりました。 |
最期(顯宗天皇) |
||
天皇。 御年。 參拾捌歲。 |
天皇、 御年 三十八歳みそぢまりやつ、 |
御年三十八歳、 |
治天下 八歲。 |
八歳やとせ 天の下治らしめしき。 |
八年間 天下をお治めなさいました。 |
御陵在 片岡之 石坏 岡上也。 |
御陵は 片岡の 石坏いはつきの 岡の上にあり。 |
御陵は 片岡の 石坏いわつきの 岡の上にあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
袁祁の王の兄、 | ヲケの王の兄の | |
意意祁命。 | 意富祁おほけの王、 | オホケの王(仁賢天皇)、 |
坐石上廣高宮。 |
石いその上かみの 廣高の宮にましまして、 |
大和の石いその上かみの 廣高の宮においでになつて、 |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
天皇。娶 大長谷 若建天皇之御子。 春日大郎女。 |
天皇、 大長谷の 若建わかたけの天皇の御子、 春日の大郎女に娶ひて、 |
天皇は オホハツセノ ワカタケの天皇の御子、 春日の大郎女と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
高木郎女。 | 高木の郎女、 | タカギの郎女・ |
次財郎女。 | 次に財たからの郎女、 | タカラの郎女・ |
次久須毘郎女。 | 次に久須毘くすびの郎女、 | クスビの郎女・ |
次手白髮郎女。 | 次に手白髮たしらがの郎女、 | タシラガの郎女・ |
次小長谷 若雀命。 |
次に小長谷をはつせの 若雀わかさざきの命、 |
ヲハツセノ ワカサザキの命・ |
次眞若王。 | 次に眞若まわかの王。 | マワカの王です。 |
又娶 丸邇 日爪臣之女。 糠若子郎女。 |
また 丸邇わにの 日爪ひのつまの臣が女、 糠ぬかの若子わくごの郎女に 娶ひて、 |
また ワニノ ヒノツマの臣の女、 ヌカノワクゴの郎女と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
春日山田郎女。 | 春日の小田をだの郎女。 | カスガノヲダの郎女です。 |
此天皇之御子。 并七柱。 |
この天皇の御子たち、 并せて、七柱。 |
天皇の御子たち 七人おいでになる |
此之中。 | この中、 | 中に、 |
小長谷若雀命者。 治天下也。 |
小長谷の若雀の命は 天の下治らしめしき。 |
ヲハツセノワカサザキの命は 天下をお治めなさいました。 |
小長谷 若雀命。 |
小長谷の 若雀の命、 |
ヲハツセノ ワカサザキの命(武烈天皇)、 |
坐長谷之 列木宮。 |
長谷の 列木なみきの宮にましまして、 |
大和の長谷はつせの 列木なみきの宮においでになつて、 |
治天下捌歲也。 | 八歳天の下治らしめしき。 | 八年天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇は |
无太子。 | 太子ひつぎのみこましまさず。 | 御子がおいでになりません。 |
故爲御子代。 | かれ御子代として、 | そこで御子の代りとして |
定 小長谷部也。 |
小長谷部をはつせべを 定めたまひき。 |
小長谷部おはつせべを お定めになりました。 |
御陵在 片岡之 石坏岡也。 |
御陵は 片岡の 石坏いはつきの岡にあり。 |
御陵は 片岡の 石坏いわつきの岡にあります。 |
天皇既崩。 | 天皇既に崩りまして、 | 天皇がお隱れになつて、 |
無 可知日續之王。 |
日續知らしめすべき 王ましまさず。 |
天下を治むべき 王子がありませんので、 |
故 品太天皇 五世之孫。 |
かれ 品太ほむだの天皇 五世いつつぎの孫みこ、 |
ホムダの天皇の 五世の孫、 |
袁本杼命。 | 袁本杼をほどの命を | ヲホドの命を |
自近淡海國。 | 近つ淡海の國より | 近江の國から |
令上坐而。 | 上りまさしめて、 | 上らしめて、 |
合於手白髮命。 | 手白髮たしらがの命に合はせて、 | タシラガの命と結婚をおさせ申して、 |
授奉天下也。 | 天の下を授けまつりき。 | 天下をお授け申しました。 |
袁本杼命。 |
品太ほむだの王の五世の孫 袁本杼をほどの命、 |
ホムダの王の五世の孫の ヲホドの命(繼體天皇)、 |
坐 伊波禮之 玉穂宮。 |
伊波禮いはれの 玉穗たまほの宮に ましまして、 |
大和の磐余いわれの 玉穗の宮に おいでになつて、 |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
天皇。娶 三尾君等祖。 名若比賣。 |
天皇 三尾みをの君等が祖、 名は若比賣に娶ひて、 |
この天皇、 三尾みおの君等の祖先の ワカ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
大郎子。 | 大郎子おほいらつこ、 | 大郎子・ |
次出雲郎女。 | 次に出雲の郎女 | イヅモの郎女の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方ふたかたです。 |
又娶 尾張連等之祖。 凡連之妹。 目子郎女。 |
また尾張の連等が祖、 凡おほしの連が妹、 目子の郎女に 娶ひて、 |
また尾張の連等の祖先の オホシの連の妹の メコの郎女と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
廣國押建金日命。 |
廣國押建金日 ひろくにおしたけかなひの命、 |
ヒロクニオシタケカナヒの命・ |
次建小 廣國押楯命。 |
次に 建小たけを 廣國押楯の命 |
タケヲ ヒロクニオシタテの命の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又娶 意富祁天皇之御子。 手白髮命。 〈是大后也〉 |
また 意富祁おほけの天皇の御子、 手白髮の命(こは大后にます) に娶ひて、 |
また オホケの天皇の御子の タシラガの命を皇后として |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
天國押波流岐 廣庭命。 〈波流岐三字以音。 一柱〉 |
天國押波流岐廣庭 あめくにおしはるき ひろにはの命 一柱。 |
アメクニオシハルキ ヒロニハの命 お一方です。 |
又娶 息長 眞手王之女。 麻組郎女。 |
また 息長おきながの 眞手まての王が女、 麻組をくみの郎女に娶ひて、 |
また オキナガノ マテの王の女の ヲクミの郎女と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
佐佐宜郎女。 〈一柱〉 |
佐佐宜ささげの郎女 一柱。 |
ササゲの郎女 お一方です。 |
又娶 坂田大俣王之女。 黑比賣。 |
また 坂田の大俣おほまたの王が女、 黒比賣に娶ひて、 |
また サカタノオホマタの女の クロ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
神前郎女。 | 神前かむさきの郎女、 | カムザキの郎女・ |
次田郎女。 | ||
次「馬來」田郎女。 | ||
<「三柱」> | ||
「又娶 茨田連小望之女。 關比賣。 |
||
生御子。 | ||
茨田大郎女。」 | 次に茨田うまらたの郎女、 | ウマラタの郎女・ |
次白坂 活日(子)郎女。 |
次に白坂しらさかの 活目いくめ子の郎女、 |
シラサカノ イクメコの郎女、 |
次小野郎女。 亦名 長目比賣。 |
次に小野をのの郎女、 またの名は 長目ながめ比賣 |
ヲノの郎女 またの名は ナガメ姫の |
〈三柱〉 | 四柱。 | お四方です。 |
又娶 三尾君 加多夫之妹。 倭比賣。 |
また三尾みをの君 加多夫かたぶが妹、 倭やまと比賣に 娶ひて、 |
また三尾の君 カタブの妹の ヤマト姫と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
大郎女。 | 大郎女、 | 大郎女・ |
次丸高王。 | 次に丸高まろたかの王、 | マロタカの王・ |
次耳〈上〉王。 | 次に耳みみの王、 | ミミの王・ |
次赤比賣郎女。 | 次に赤比賣の郎女 | アカ姫の郎女 |
〈四柱〉 | 四柱。 | のお四方です。 |
又娶 阿倍之 波延比賣。 |
また阿部の 波延はえ比賣に 娶ひて、 |
また 阿部の ハエ姫と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
若屋郎女。 | 若屋わかやの郎女、 | ワカヤの郎女・ |
次都夫良郎女。 | 次に都夫良つぶらの郎女、 | ツブラの郎女・ |
次阿豆王。 | 次に阿豆あづの王 | アヅの王 |
〈三柱〉 | 三柱。 | のお三方です。 |
此天皇之御子等。 | この天皇の御子たち、 | この天皇の御子たちは |
并十九王。 |
并せて十九王 とをまりここのはしら。 |
合わせて十九王 おいでになりました。 |
〈男七。女十二〉 |
(男王七柱、 女王十二柱。) |
男王七人 女王十二人です。 |
此之中。 天國 押波流岐 廣庭命者。 治天下。 |
この中、 天國 押波流岐 廣庭の命は、 天の下治らしめしき。 |
この中に アメクニ オシハルキ ヒロニハの命は 天下をお治めなさいました。 |
次 廣國 押建金日命。 治天下。 |
次に 廣國 押建金日の命も 天の下治らしめしき。 |
次に ヒロクニ オシタケカナヒの命も 天下をお治めなさいました。 |
次 建小 廣國押楯命。 治天下。 |
次に 建小 廣國押楯の命も 天の下治らしめしき。 |
次に タケヲ ヒロクニオシタテの命も 天下をお治めなさいました。 |
次佐佐宜王者。 拜伊勢神宮也。 |
次に佐佐宜の王は、 伊勢の神宮を いつきまつりたまひき。 |
次にササゲの王は 伊勢の神宮を お祭りなさいました。 |
此御世。 | この御世に、 | この御世に |
竺紫君 石井。 |
竺紫つくしの君 石井いはゐ、 |
筑紫の君 石井が |
不從天皇之命而。 | 天皇の命に從はずして | 皇命に從したがわないで、 |
多无禮。 | 禮ゐや無きこと多かりき。 | 無禮な事が多くありました。 |
故遣 物部 荒甲之 大連。 |
かれ 物部もののべの 荒甲あらかひの 大連おほむらじ、 |
そこで 物部もののべの 荒甲あらかいの 大連、 |
大伴之 金村 連二人而。 |
大伴おほともの 金村かなむらの 連二人を遣はして、 |
大伴おおともの 金村かなむらの 連の兩名を遣わして、 |
殺石井也。 | 石井を殺らしめたまひき。 | 石井を殺させました。 |
天皇 御年。肆拾參歲。 |
天皇、 御年四十三歳よそぢまりみつ。 |
天皇は 御年四十三歳、 |
(丁未の年 四月九日崩りたまひき) |
丁未ひのとひつじの年の 四月九日にお隱れになりました。 |
|
御陵者 三嶋之藍(御陵)也。 |
御陵は 三島の藍の陵なり。 |
御陵は 三島の藍あいの陵みささぎです。 |
廣國 押建金日命。 |
御子 廣國押建金日 ひろくに おしたけかなひの王、 |
御子の ヒロクニ オシタケカナヒの王 (安閑天皇)、 |
坐 勾之 金箸宮。 |
勾まがりの 金箸かなはしの宮に ましまして、 |
大和の勾まがりの 金箸かなはしの宮に おいでになつて、 |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇 無御子也。 |
この天皇、 御子ましまさざりき。 |
この天皇は 御子がございませんでした。 |
(乙卯の年 三月十三日崩りたまひき) |
乙卯きのとうの年の 三月十三日にお隱れになりました。 |
|
御陵在 河内之 古市高屋村也。 |
御陵は 河内の古市ふるちの 高屋の村にあり。 |
御陵は 河内の古市の 高屋の村にあります。 |
建小 廣國押楯命。 |
弟いろと 建小廣國押楯 たけを ひろくにおしたての命、 |
弟の タケヲ ヒロクニオシタテの命 (宣化天皇)、 |
坐 檜埛之 廬入野宮。 |
檜埛ひのくまの 廬入野いほりのの宮に ましまして、 |
大和の檜隈ひのくまの 廬入野いおりのの宮に おいでになつて、 |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
天皇。 娶 意意祁天皇之御子。 橘之中比賣命。 |
天皇、 意祁おけの天皇の御子、 橘の中比賣の命に 娶ひて、 |
天皇は オケの天皇の御子の タチバナのナカツヒメの命と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
石比賣命。 〈訓石如石。 下效此〉 |
石比賣 いしひめの命、 |
石姫いしひめの命・ |
次小石比賣命。 | 次に小石比賣の命、 | 小石こいし姫の命・ |
次倉之若江王。 | 次に倉の若江の王、 | クラノワカエの王です。 |
又娶 川内之 若子比賣。 |
また 河内かふちの 若子わくご比賣に娶ひて、 |
また 川内かわちの ワクゴ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
火穂王。 | 火ほの穗ほの王、 | ホノホの王・ |
次惠波王。 | 次に惠波ゑはの王。 | ヱハの王で、 |
此天皇之御子等 并五王。 |
この天皇の御子たち 并せて五王いつはしら。 |
この天皇の御子たちは 合わせて五王、 |
〈男三。女二〉 | (男王三柱、女王二柱) | 男王三人、女王二人です。 |
故火穂王者。 〈志比陀君之祖〉 |
かれ火の穗の王は、 志比陀の君が祖なり三。 |
そのホノホの王は 志比陀の君の祖先、 |
惠波王者。 〈韋那君。 多治比君之祖也〉 |
惠波の王は、 韋那の君、 多治比の君が祖なり。 |
ヱハの王は 韋那いなの君・ 多治比の君の祖先です。 |
天國 押波流岐 廣庭天皇。 |
弟 天國押波流岐廣庭 あめくに おしはるき ひろにはの天皇、 |
弟の アメクニ オシハルキ ヒロニハの天皇 (欽明天皇)、 |
坐師木嶋 大宮。 |
師木島しきしまの 大宮にましまして、 |
大和の師木島しきしまの 大宮においでになつて、 |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
娶 檜脾天皇之御子。 石比賣命。 |
檜ひのくまの天皇の御子、 石比賣の命に 娶ひて、 |
ヒノクマの天皇の御子、 石姫いしひめの命と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
八田王。 | 八田やたの王、 | ヤタの王・ |
次沼名倉 太玉敷命。 |
次に沼名倉太玉敷 ぬなくらふとたましきの命、 |
ヌナクラ フトタマシキの命・ |
次笠縫王。 | 次に笠縫かさぬひの王 | カサヌヒの王 |
〈三柱〉 | 三柱。 | のお三方です。 |
又娶 其弟 小石比賣命。 |
またその弟 小石比賣の命に 娶ひて、 |
またその妹の 小石こいし姫の命と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
上王。 〈一柱〉 |
上かみの王 一柱。 |
カミの王 お一方、 |
又娶 春日之 日爪臣之女。 糠子郎女。 |
また春日の 日爪ひつまの臣が女、 糠子ぬかこの郎女に 娶ひて、 |
また春日の ヒノツマの女の ヌカコの郎女と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
春日山田郎女。 | 春日の山田の郎女、 | 春日の山田の郎女・ |
次麻呂古王。 | 次に麻呂古まろこの王、 | マロコの王・ |
次宗賀之倉王。 | 次に宗賀そがの倉の王 | ソガノクラの王 |
〈三柱〉 | 三柱。 | のお三方です。 |
又娶 宗賀之稻目 宿禰大臣之女。 岐多斯比賣。 |
また 宗賀の稻目いなめの 宿禰の大臣が女、 岐多斯きたし比賣に娶ひて、 |
またソガのイナメの 宿禰の大臣の女の キタシ姫と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
橘之豐日命。 | 橘の豐日の命、 | タチバナノトヨヒの命・ |
次妹石埛王。 | 次に妹石埛いはくまの王、 | イハクマの王・ |
次足取王。 | 次に足取あとりの王、 | アトリの王・ |
次豐御氣 炊屋比賣命。 |
次に豐御氣炊屋 とよみけかしぎや比賣の命、 |
トヨミケ カシギヤ姫の命・ |
次亦麻呂古王。 | 次にまた麻呂古の王、 | またマロコの王・ |
次大宅王。 | 次に大宅おほやけの王、 | オホヤケの王・ |
次伊美賀古王。 | 次に伊美賀古いみがこの王、 | イミガコの王・ |
次山代王。 | 次に山代の王、 | ヤマシロの王・ |
次妹大伴王。 | 次に妹大伴おほともの王、 | オホトモの王・ |
次櫻井之玄王。 |
次に櫻井の 玄ゆみはりの王、 |
サクラヰノ ユミハリの王・ |
次麻奴王。 | 次に麻怒まのの王、 | マノの王・ |
次橘 本之若子王。 |
次に橘の 本の若子わくごの王、 |
タチバナノ モトノワクゴの王・ |
次泥杼王。 | 次に泥杼ねどの王 | ネドの王 |
〈十三柱〉 | (十三柱) | の十三方でした。 |
又娶 岐多志比賣命之姨。 小兄比賣。 |
また 岐多志比賣の命が姨をば、 小兄をえ比賣に娶ひて、 |
また キタシ姫の命の叔母の ヲエ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
馬木王。 | 馬木うまきの王、 | ウマキの王・ |
次葛城王。 | 次に葛城の王、 | カヅラキの王・ |
次間人 穴太部王。 |
次に間人はしひとの 穴太部あなほべの王、 |
ハシヒトノ アナホベの王・ |
次三枝部 穴太部王。 亦名 須賣伊呂杼。 |
次に三枝部さきくさべの 穴太部の王、 またの名は 須賣伊呂杼すめいろど、 |
サキクサベノ アナホベの王、 またの名は スメイロト・ |
次長谷部若雀命。 |
次に長谷部はつせべの 若雀わかさざきの命 |
ハツセベノ ワカサザキの命 |
〈五柱〉 | 五柱。 | のお五方です。 |
凡此天皇之御子等。 并廿五王。 |
およそこの天皇の御子たち 并はせて 二十五王はたちまりいつはしら、 |
すべてこの天皇の御子たち 合わせて 二十五王おいでになりました。 |
此之中。 | この中、 | この中で |
沼名倉 太玉敷命者。 治天下。 |
沼名倉 太玉敷の命は、 天の下治らしめしき。 |
ヌナクラ フトタマシキの命は 天下をお治めなさいました。 |
次橘之豐日命。 治天下。 |
次に橘の 豐日の命も、 天の下治らしめしき。 |
次にタチバナノ トヨヒの命・ |
次豐御氣 炊屋比賣命。 治天下。 |
次に豐御氣 炊屋比賣の命も、 天の下治らしめしき。 |
トヨミケ カシギヤ姫の命・ |
次長谷部之 若雀命。 治天下也。 |
次に長谷部の 若雀の命も、 天の下治らしめしき。 |
ハツセベノ ワカサザキの命も、 みな天下をお治めなさいました。 |
并四王 治天下也。 |
并せて四王よはしら 天の下治らしめしき。 |
すべて四王、 天下をお治めなさいました。 |
沼名倉 太玉敷命。 |
御子 沼名倉太玉敷 ぬなくらふとたましきの命、 |
御子の ヌナクラ フトタマシキの命(敏達天皇)、 |
坐他田宮。 | 他をさ田の宮にましまして、 |
大和の 他田おさだの宮においでになつて、 |
治天下 壹拾肆歲也。 |
一十四歳とをまりよとせ、 天の下治らしめしき。 |
十四年 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇は |
娶 庶妹。 豐御食 炊屋比賣命。 |
庶妹ままいも 豐御食炊屋 とよみけかしぎや比賣の命に 娶ひて、 |
庶妹 トヨミケ カシギヤ姫の命と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
靜貝王。亦名 貝鮹王。 |
靜貝しづかひの王、またの名は 貝鮹かひだこの王、 |
シヅカヒの王、またの名は カヒダコの王・ |
次竹田王。亦名 小貝王。 |
次に竹田の王、またの名は 小貝をがひの王、 |
タケダの王、またの名は ヲカヒの王・ |
次小治田王。 | 次に小治田をはりだの王、 | ヲハリダの王・ |
次葛城王。 | 次に葛城の王、 | カヅラキの王・ |
次宇毛理王。 | 次に宇毛理うもりの王、 | ウモリの王・ |
次小張王。 | 次に小張をはりの王、 | ヲハリの王・ |
次多米王。 | 次に多米ための王、 | タメの王・ |
次櫻井玄王。 |
次に櫻井の 玄ゆみはりの王 |
サクラヰノ ユミハリの王 |
〈八柱〉 | 八柱。 | のお八方です。 |
又娶 伊勢 大鹿首之女。 小熊子郎女。 |
また伊勢の 大鹿おほかの首おびとが女、 小熊をくま子の郎女に 娶ひて、 |
また伊勢の オホカの首おびとの女の ヲクマコの郎女と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
布斗比賣命。 | 布斗ふと比賣の命、 | フト姫の命・ |
次寶王。亦名 糠代比賣王。 |
次に寶の王、またの名は 糠代ぬかで比賣の王 |
タカラの王、またの名は ヌカデ姫の王 |
〈二柱〉 | 二柱。 | のお二方です。 |
又娶 息長眞手王之女。 比呂比賣命。 |
また 息長眞手 おきながまての王が女、 比呂ひろ比賣の命に娶ひて、 |
また オキナガノ マテの王の女の ヒロ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
忍坂 日子人太子。 亦名 麻呂古王。 |
忍坂おさかの 日子人ひこひとの 太子みこのみこと、 またの名は 麻呂古の王、 |
オサカノ ヒコヒトの太子、 またの名は マロコの王・ |
次坂騰王。 | 次に坂騰のぼりの王、 | サカノボリの王・ |
次宇遲王。 | 次に宇遲うぢの王 | ウヂの王 |
〈三柱〉 | 三柱。 | のお三方です。 |
又娶 春日 中若子之女。 老女子郎女。 |
また春日の 中なかつ若子わくごが女、 老女子おみなこの郎女に 娶ひて、 |
また春日の ナカツワクゴの王の女の オミナコの郎女と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 |
お生みになつた御子は |
難波王。 | 難波の王、 | ナニハの王・ |
次桑田王。 | 次に桑田の王、 | クハタの王・ |
次春日王。 | 次に春日の王、 | カスガの王・ |
次大俣王。 | 次に大俣おほまたの王 | オホマタの王 |
〈四柱〉 | 四柱。 | のお四方です。 |
此天皇之御子等。 | この天皇の御子たち | この天皇の御子たち |
并十七王之中。 |
并せて十七王 とをまりななはしらの中に、 |
合わせて十七王 おいでになつた中に、 |
日子人太子。 | 日子人の太子、 | ヒコヒトの太子は |
娶 庶妹田村王。 亦名 糠代比賣命。 |
庶妹ままいも田村の王、 またの名は 糠代ぬかで比賣の命に娶ひて、 |
庶妹タムラの王、 またの名は ヌカデ姫の命と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子が、 |
坐岡本宮。 治天下之天皇。 |
岡本の宮にましまして、 天の下治らしめしし天皇、 |
岡本の宮においでになつて 天下をお治めなさいました天皇 (舒明天皇)・ |
次中津王。 | 次に中つ王、 | ナカツ王・ |
次多良王。 | 次に多良たらの王 | タラの王 |
〈三柱〉 | 三柱。 | のお三方です。 |
又娶 漢王之妹。 大俣王。 |
また 漢あやの王が妹、 大俣の王に娶ひて、 |
また アヤの王の妹の オホマタの王と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
智奴王。 | 智奴ちぬの王、 | チヌの王、 |
次妹桑田王。 | 次に妹桑田の王 | クハタの女王 |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又娶 庶妹 玄王。 |
また庶妹 玄ゆみはりの王に 娶ひて、 |
また庶妹 ユミハリの王と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
山代王。 | 山代やましろの王、 | ヤマシロの王・ |
次笠縫王。 | 次に笠縫の王 | カサヌヒの王 |
〈二柱〉 | 二柱。 | のお二方です。 |
并七王。 | 并はせて七王ななはしら。 | 合わせて七王です。 |
(甲辰の年 四月六日崩りたまひき) |
天皇は 甲辰きのえたつの年の 四月六日にお隱れになりました。 |
|
御陵在 川内 科長也。 |
御陵は 川内の 科長しながにあり。 |
御陵は 河内かわちの 科長しながにあります。 |
橘豐日命。 |
弟 橘の豐日とよひの命、 |
弟の タチバナノトヨヒの命(用明天皇)、 |
坐池邊宮。 | 池の邊の宮にましまして、 |
大和の 池の邊の宮においでになつて、 |
治天下參歲。 | 三歳天の下治らしめしき。 | 三年天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶 稻目宿禰大臣之女。 意富藝多志比賣。 |
この天皇、 稻目いなめの大臣が女、 意富藝多志 おほぎたし比賣に娶ひて、 |
この天皇は 蘇我そがの 稻目いなめの大臣の女の オホギタシ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
多米王。 〈一柱〉 |
多米ための王 一柱。 |
タメの王お一方です。 |
又娶 庶妹 間人 穴太部王。 |
また庶妹 間人の 穴太部あなほべの王に 娶ひて、 |
庶妹 ハシヒトノ アナホベの王と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
上宮之 厩戶 豐聰耳命。 |
上うへの宮の 厩戸うまやどの 豐聰耳とよとみみの命、 |
上の宮の ウマヤドノ トヨトミミの命・ |
次久米王。 | 次に久米くめの王、 | クメの王・ |
次植栗王。 | 次に植栗ゑくりの王、 | ヱクリの王・ |
次茨田王。 | 次に茨田うまらたの王 | ウマラタの王 |
〈四柱〉 | 四柱。 | お四方です。 |
又娶 當麻之 倉首比呂之女。 飯女之子。 |
また 當麻たぎまの 倉首比呂くらびとひろが女、 飯いひの子に娶ひて、 |
また 當麻たぎまの倉の首 ヒロの女の イヒの子と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
當麻王。 | 當麻の王、 | タギマの王、 |
次妹 須加志呂古郎女。 |
次に妹いも 須賀志呂古すがしろこの郎女 |
スガシロコの郎女 |
二柱。 | のお二方です。 | |
此天皇。 | この天皇 | この天皇は |
(丁未の年 四月十五日崩りたまひき) |
丁未ひのとひつじの年の 四月十五日にお隱れなさいました。 |
|
御陵在 石寸 掖上。 |
御陵は 石寸いはれの 池の上にありしを、 |
御陵は 初めは磐余いわれの 掖上わきがみにありましたが |
後遷 科長中陵也。 |
後に科長の中の陵に 遷しまつりき。 |
後に科長しながの中の陵に お遷うつし申し上げました。 |
長谷部 若雀天皇。 |
弟 長谷部はつせべの 若雀わかさざきの天皇、 |
弟の ハツセベノ ワカサザキの天皇(崇峻天皇)、 |
坐倉椅 柴垣宮。 |
倉椅くらはしの 柴垣しばかきの宮にましまして、 |
大和の倉椅くらはしの 柴垣の宮においでになつて、 |
治天下 肆歲。 |
四歳よとせ天の下治らしめしき。 | 四年天下をお治めなさいました。 |
(壬子の年 十一月十三日崩りたまひき) |
壬子みずのえねの年の 十一月十三日にお隱れなさいました。 |
|
御陵在 倉椅岡上也。 |
御陵は 椅くらはしの岡の上にあり。 |
御陵は 倉椅の岡の上にあります。 |
豐御食 炊屋比賣命。 |
妹いも 豐御食炊屋 とよみけかしぎや比賣の命、 |
妹の トヨミケカシギヤ姫の命 (推古天皇)、 |
坐小治田宮。 | 小治田をはりだの宮にましまして、 |
大和の 小治田の宮においでになつて、 |
治天下 參拾漆歲。 |
三十七歳 みそとせまりななとせ 天の下治らしめしき。 |
三十七年 天下をお治めなさいました。 |
(戊子の年 三月十五日 癸丑の日 崩りたまひき) |
戊子つちのえねの年の 三月十五日 癸丑みずのとうしの日に お隱れなさいました。 |
|
御陵在 大野岡上。 |
御陵は 大野の岡の上にありしを、 |
御陵は 初めは大野の岡の上にありましたが、 |
後遷 科長大陵也。 |
後に 科長しながの大陵に遷しまつりき。 |
後に 科長の大陵にお遷し申し上げました。 |