原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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黒日子殺 |
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爾大長谷王子。 | ここに大長谷の王、 | ここにオホハツセの王は、 |
當時 童男。 |
その時 かみ童男おぐなにましけるが、 |
その時 少年でおいでになりましたが、 |
即聞此事以。 | すなはちこの事を聞かして、 | この事をお聞きになつて、 |
慷愾忿怒。 | 慨うれたみ怒りまして、 | 腹を立ててお怒りになつて、 |
乃到 其兄。 黑日子王之許。 曰。 |
その兄いろせ 黒日子の もとに到りて、 |
その兄の クロヒコの王の もとに行つて、 |
人取天皇。 | 「人ありて天皇を取りまつれり。 | 「人が天皇を殺しました。 |
爲那何。 |
いかにかもせむ」 とまをしたまひき。 |
どうしましよう」 と言いました。 |
然其黑日子王。 | 然れどもその黒日子の王、 | しかしそのクロヒコの王は |
不驚而。 | 驚かずて、 | 驚かないで、 |
有怠緩之心。 | 怠緩おほろかにおもほせり。 | なおざりに思つていました。 |
於是大長谷王。 | ここに大長谷の王、 | そこでオホハツセの王が、 |
詈其兄。 | その兄を詈のりて、 | その兄を罵つて |
言一爲天皇。 | 「一つには天皇にまし、 | 「一方では天皇でおいでになり、 |
一爲兄弟。 | 一つには兄弟はらからにますを、 | 一方では兄弟でおいでになるのに、 |
何無恃心。 | 何ぞは恃もしき心もなく、 | どうしてたのもしい心もなく |
聞殺 其兄。 |
その兄を 殺とりまつれることを聞きつつ、 |
その兄の 殺されたことを聞きながら |
不驚而怠乎。 |
驚きもせずて、 怠おほろかに坐せる」といひて、 |
驚きもしないで ぼんやりしていらつしやる」と言つて、 |
即握其衿控出。 | その衣矜くびを取りて控ひき出でて、 | 着物の襟をつかんで引き出して |
拔刀打殺。 | 刀たちを拔きてうち殺したまひき。 | 刀を拔いて殺してしまいました。 |
白日子殺 |
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亦到 其兄。 白日子王而。 |
またその兄 白日子しろひこの王に 到りまして、 |
またその兄の シロヒコの王のところに 行つて、 |
告状 如前。 |
状ありさまを告げまをしたまひしに、 | 樣子をお話なさいましたが、 |
緩亦如 |
前のごと 緩おほろかに 思ほししかば、 |
前のように なおざりに お思いになつておりましたから、 |
黑日子王。 | 黒日子の王のごと、 | クロヒコの王のように、 |
即握 其衿以。 |
すなはちその衣衿を取りて、 | その着物の襟をつかんで、 |
引率來。 到 小治田。 |
引き率ゐて、 小治田をはりだに 來到きたりて、 |
引きつれて 小治田おはりだに 來て |
掘穴而 隨立埋者。 |
穴を掘りて、 立ちながらに埋みしかば、 |
穴を掘つて 立つたままに埋めましたから、 |
至埋腰時。 | 腰を埋む時に到りて、 | 腰を埋める時になつて、 |
兩目走拔 而死。 |
二つの目、走り拔けて 死うせたまひき。 |
兩眼が飛び出して 死んでしまいました。 |