別天神(ことあまつかみ) |
神世七代(かみよななよ) |
天地開闢(イザナギとイザナミ) |
---|
・オノゴロ島:天浮橋 天沼矛 |
・国生み |
①廻逢い:天之御柱 八尋殿 水蛭子(ひるこ) 淡島 |
②島と国(アイラうンド):フトマニ |
・神生み ① ② ③ |
・迦具土(カグツチ) |
・黄泉の国 |
①後追い ②逃亡 ③対立 |
・禊祓① ② |
・三貴子:天照大御神 月讀命 建速須佐之男命 |
①誕生:左目 右目 鼻 |
②下命:天 夜 海 |
③須佐之男の第一次神逐 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
別天神(ことあまつかみ) |
||
天地 初發之時。 |
天地あめつちの 初發はじめの時、 |
昔、この世界の 一番始めの時に、 |
於高天原 成 神名。 |
高天たかまの原はらに 成りませる 神の名みなは、 |
天で 御出現になつた 神樣は、お名を |
天之 御中主神。 |
天あめの 御中主 みなかぬしの神。 |
アメノ ミナカヌシの神 といいました。 |
〈訓高下天云 阿麻。 下效此〉 |
||
次 高御產巢日神。 |
次に 高御産巣日 たかみむすびの神。 |
次の神樣は タカミムスビの神、 |
次 神產巢日神。 |
次に 神産巣日 かむむすびの神。 |
次の神樣は カムムスビの神、 |
此三柱神者。 | この三柱みはしらの神は、 | この御お三方かたは |
並獨神 成坐而。 |
みな獨神ひとりがみに 成りまして、 |
皆お獨で 御出現になつて、 |
隱身也。 |
身みみを 隱したまひき。 |
やがて形を お隱しなさいました。 |
次國稚 | 次に國稚わかく、 | 次に國ができたてで |
如浮 脂而。 |
浮うかべる 脂あぶらの如くして |
水に浮いた 脂のようであり、 |
久羅下那州 多陀用幣琉 之時。 |
水母くらげなす 漂ただよへる 時に、 |
水母くらげのように ふわふわ漂つている 時に、 |
〈琉字以上 十字以音〉 |
||
如葦牙 因萌騰 之物而。 |
葦牙あしかびのごと 萠もえ騰あがる 物に因りて |
泥の中から 葦あしが 芽めを出して來るような 勢いの物によつて |
成神名。 | 成りませる神の名は、 | 御出現になつた神樣は、 |
宇麻志 阿斯訶備 比古遲神。 |
宇摩志 阿斯訶備 比古遲 うまし あしかび ひこぢの神。 |
ウマシ アシカビ ヒコヂの神といい、 |
〈此神名以音〉 | ||
次。 天之 常立神。 |
次に 天あめの 常立とこたちの神。 |
次に アメノ トコタチの神といいました。 |
〈訓常云登許。 訓立云多知〉 |
||
此二柱神 亦獨神 成坐而。 |
この二柱ふたはしらの神も みな獨神 ひとりがみに成りまして、 |
この方々かたがたも 皆お獨で御出現になつて |
隱身也。 | 身みみを隱したまひき。 | 形をお隱しになりました。 |
上件 五柱神者。 |
上の件くだり、 五柱の神は |
以上の 五神は、 |
別天神。 |
別こと 天あまつ神かみ。 |
特別の 天の神樣です。 |
神世七代 |
||
次成神名。 |
次に成りませる 神の名は、 |
それから 次々に現われ出た神樣は、 |
國之常立神。 | 國の常立とこたちの神。 | クニノトコタチの神、 |
〈訓常立亦如上〉 | ||
次。 豐雲〈上〉野神。 |
次に 豐雲野 とよくものの神。 |
トヨクモノの神、 |
此二柱神亦 獨神成坐而。 |
この二柱の神も、 獨神に成りまして、 |
|
隱身也。 | 身を隱したまひき。 | |
次成 神名。 |
次に成りませる 神の名は、 |
|
宇比地邇〈上〉神。 |
宇比地邇 うひぢにの神。 |
ウヒヂニの神、 |
次。 妹須比智邇〈去〉神。 |
次に 妹須比智邇 いもすひぢにの神。 |
スヒヂニの女神、 |
〈此二神名以音〉 | ||
次 角杙神。 |
次に 角杙つのぐひの神。 |
ツノグヒの神、 |
次 妹活杙神。 〈二柱〉 |
次に 妹活杙 いもいくぐひの神 二柱。 |
イクグヒの女神、 |
次 意富斗能地神。 |
次に 意富斗能地 おほとのぢの神。 |
オホトノヂの神、 |
次 妹 大斗乃辨神。 |
次に 妹大斗乃辨 いもおほとのべの神。 |
オホトノベの女神、 |
〈此二神名亦以音〉 | ||
次 於母陀琉神。 |
次に 於母陀琉 おもだるの神。 |
オモダルの神、 |
次 妹 阿夜〈上〉訶志古泥神。 |
次に 妹いも 阿夜訶志古泥 あやかしこねの神。 |
アヤカシコネの女神、 |
〈此二神名皆以音〉 | ||
次 伊邪那岐神。 |
次に 伊耶那岐 いざなぎの神。 |
それから イザナギの神と |
次 妹 伊邪那美神。 |
次に 妹いも 伊耶那美 いざなみの神。 |
イザナミの女神とでした。 |
〈此二神名 亦以音如上〉 |
||
上件 自國之常立神以下。 |
上の件、 國の常立の神 より下しも、 |
この クニノトコタチの神から |
伊邪那美神 以前。 |
伊耶那美 いざなみの神 より前さきを、 |
イザナミの神までを |
并稱 神世七代。 |
并はせて 神世かみよ 七代ななよ とまをす。 |
神代七代 と申します。 |
〈上二柱。 | (上の二柱は、 |
そのうち始めの 御二方おふたかたは |
獨神 各云一代。 |
獨神 おのもおのも 一代とまをす。 |
お獨立ひとりだちであり、 |
次雙十神。 | 次に雙びます十神は | ウヒヂニの神から以下は |
各合 二神云一代也〉 |
おのもおのも 二神を合はせて 一代とまをす。) |
御二方で一代でありました。 |
天地開闢:伊邪那岐と伊邪那美 |
||
オノゴロ島 |
||
於是 天神諸命以。 |
ここに 天つ神 諸もろもろの命みこと以もちて、 |
そこで 天の神樣方の仰せで、 |
詔 伊邪那岐命 伊邪那美命 二柱神。 |
伊耶那岐いざなぎの命 伊耶那美いざなみの命 の二柱の神に詔のりたまひて、 |
イザナギの命みこと・ イザナミの命みこと 御二方 おふたかたに、 |
修理固成 是多陀用幣流之國。 |
この漂へる國を 修理をさめ固め成せと、 |
「この漂つている國を 整えてしつかりと作り固めよ」とて、 |
賜 天沼矛 而。 |
天あめの 沼矛ぬぼこを 賜ひて、 |
りつぱな 矛ほこを お授けになつて |
言依賜也。 | 言依ことよさしたまひき。 | 仰せつけられました。 |
故 二柱神立 |
かれ 二柱の神、 |
それで この御二方 おふたかたの神樣は |
天浮橋而。 〈訓立云多多志〉 |
天あめの 浮橋うきはしに立たして、 |
天からの 階段にお立ちになつて、 |
指下 其沼矛以 畫者。 |
その沼矛ぬぼこを 指さし下おろして 畫きたまひ、 |
その矛ほこを さしおろして 下の世界をかき廻され、 |
鹽 許袁呂 許袁呂邇 〈此七字以音〉 畫鳴 〈訓鳴云那志〉而。 |
鹽 こをろこをろに 畫き鳴なして、 |
海水を 音を立てて かき廻して |
引上時。 | 引き上げたまひし時に、 | 引きあげられた時に、 |
自其矛末 垂落之鹽。 |
その矛の末さきより 滴したたる鹽の |
矛の先から 滴したゝる海水が、 |
累積成嶋。 | 積りて成れる島は、 | 積つて島となりました。 |
是 淤能碁呂嶋。 |
淤能碁呂 おのごろ島なり。 |
これが オノゴロ島です。 |
〈自淤以下 四字以音〉 |
||
国生み①廻逢 |
||
於其嶋 天降坐而。 |
その島に 天降あもりまして、 |
その島に お降くだりになつて、 |
見立 天之御柱。 |
天あめの御柱みはしらを 見立て |
大きな柱を立て、 |
見立 八尋殿。 |
八尋殿やひろどのを 見立てたまひき。 |
大きな御殿ごてんを お建たてになりました。 |
於是 問其妹 伊邪那美命曰。 |
ここにその妹 伊耶那美いざなみの命に 問ひたまひしく、 |
そこで イザナギの命が、 イザナミの女神に |
汝身者 如何成。 |
「汝なが身は いかに成れる」 と問ひたまへば、 |
「あなたのからだは、 どんなふうにできていますか」と、 |
答曰 | 答へたまはく、 | お尋ねになりましたので、 |
吾身者 成成 不成合 處一處在。 |
「吾わが身は 成り成りて、 成り合はぬところ 一處あり」 とまをしたまひき。 |
「わたくしのからだは、 できあがつて、 でききらない所が 一か所あります」 とお答えになりました。 |
爾 伊邪那岐命 詔。 |
ここに 伊耶那岐いざなぎの命 詔のりたまひしく、 |
そこで イザナギの命の 仰せられるには |
我身者。 | 「我が身は | 「わたしのからだは、 |
成成而 成餘處 一處在。 |
成り成りて、 成り餘れるところ 一處あり。 |
できあがつて、 でき過ぎた所が 一か所ある。 |
故以 此吾身 成餘處。 |
故かれ この吾が身の 成り餘れる處を、 |
だから わたしの でき過ぎた所を |
刺塞汝身 不成合處 而。 |
汝が身の 成り合はぬ處に 刺し塞ふたぎて、 |
あなたの でききらない所にさして |
以爲 生成國土生 奈何。 |
國土くに生み成さむ と思ほすはいかに」 とのりたまへば、 |
國を生み出そうと思うが どうだろう」 と仰せられたので、 |
〈訓生云宇牟。下效此〉 | ||
伊邪那美命 答曰 然善。 |
伊耶那美いざなみの命 答へたまはく、 「しか善けむ」とまをしたまひき。 |
イザナミの命が 「それがいいでしよう」 とお答えになりました。 |
爾 伊邪那岐命。 |
ここに 伊耶那岐の命 |
そこで イザナギの命が |
詔 | 詔りたまひしく、 | |
然者 吾與汝 行廻逢 是天之御柱 |
「然らば 吾あと汝なと、 この天の御柱を 行き廻めぐりあひて、 |
「そんなら わたしとあなたが、 この太い柱を 廻りあつて、 |
而爲 美斗能 麻具波比。 〈此七字以音〉 |
美斗みとの 麻具波比まぐはひせむ」 |
結婚をしよう」 |
とのりたまひき。 | と仰せられて | |
如此云期。 | かく期ちぎりて、 | このように約束して |
乃詔 | すなはち詔りたまひしく、 | 仰せられるには |
汝者自右廻逢。 | 「汝は右より廻り逢へ、 | 「あなたは右からお廻りなさい。 |
我者自左廻逢。 |
我あは左より廻り逢はむ」 とのりたまひて、 |
わたしは左から廻つてあいましよう」 |
約竟 以廻時。 |
約ちぎり竟をへて 廻りたまふ時に、 |
と約束して お廻りになる時に、 |
伊邪那美命。 | 伊耶那美の命 | イザナミの命が |
先言 阿那邇夜志 愛〈上〉袁登古袁。 |
まづ 「あなにやし、 えをとこを」 とのりたまひ、 |
先に 「ほんとうにりつぱな 青年ですね」 といわれ、 |
〈此十字以音下效此〉 | ||
後伊邪那岐命 | 後に伊耶那岐の命 | その後あとでイザナギの命が |
言 阿那邇夜志 愛〈上〉袁登賣袁。 |
「あなにやし、 え娘子をとめを」 とのりたまひき。 |
「ほんとうに 美うつくしいお孃じようさんですね」 といわれました。 |
各言竟之後。 | おのもおのものりたまひ竟をへて後に、 | それぞれ言い終つてから、 |
告其妹曰 | その妹に告のりたまひしく、 | その女神に |
女人 先言不良。 |
「女人を みな先立さきだち言へるはふさはず」 とのりたまひき。 |
「女が 先に言つたのはよくない」 とおつしやいましたが、 |
雖然 久美度邇 〈此四字以音〉 興而。 |
然れども 隱處くみどに 興おこして |
しかし 結婚をして、 |
生子 水蛭子。 |
子みこ 水蛭子ひるこを 生みたまひき。 |
これによつて御子みこ 水蛭子ひるこを お生うみになりました。 |
此子者 入葦船而 流去。 |
この子は 葦船あしぶねに入れて 流し去やりつ。 |
この子は アシの船に乘せて 流してしまいました。 |
次生 淡嶋 |
次に淡島あはしまを 生みたまひき。 |
次に淡島あわしまを お生みになりました。 |
是亦 不入子之例。 |
こも 子の數に入らず。 |
これも 御子みこの數にははいりません。 |
国生み②島国 |
||
於是 二柱神 議云。 |
ここに 二柱の神 議はかりたまひて、 |
かくて 御二方で 御相談になつて、 |
今吾所 生之子不良。 |
「今、吾が 生める子ふさはず。 |
「今わたしたちの 生うんだ子こがよくない。 |
猶宜白 天神之御所。 |
なほうべ 天つ神の御所みもとに 白まをさな」とのりたまひて、 |
これは 天の神樣のところへ行つて 申しあげよう」と仰せられて、 |
即共參上。 |
すなはち 共に參まゐ上りて、 |
御一緒ごいつしよに 天に上のぼつて |
請 天神之命。 |
天つ神の命みことを 請ひたまひき。 |
天の神樣の 仰せをお受けになりました。 |
爾 天神之命以。 |
ここに 天つ神の命みこと以ちて、 |
そこで 天の神樣の御命令で |
布斗麻邇爾 〈上。此五字以音〉 |
太卜ふとまにに |
鹿の肩の骨をやく 占うらない方かたで |
ト相而詔之。 | 卜うらへてのりたまひしく、 | 占いをして仰せられるには、 |
因女先言 而不良。 |
「女をみなの先立ち言ひしに 因りてふさはず、 |
「それは女の方ほうが 先さきに物を言つたので 良くなかつたのです。 |
亦還降 改言。 |
また還り降あもりて 改め言へ」 とのりたまひき。 |
歸り降くだつて 改めて言い直したがよい」 と仰せられました。 |
故 爾反降。 |
かれ ここに降りまして、 |
そういうわけで、 また降つておいでになつて、 |
更往廻其 天之御柱 如先。 |
更に その天の御柱を 往き廻りたまふこと、 先の如くなりき。 |
またあの柱を 前のように お廻りになりました。 |
於是 伊邪那岐命。 |
ここに 伊耶那岐 いざなぎの命、 |
今度は イザナギの命みことが |
先言 阿那邇夜志 愛袁登賣袁。 |
まづ 「あなにやし、 えをとめを」 とのりたまひ、 |
まず 「ほんとうに美うつくしい お孃さんですね」 とおつしやつて、 |
後妹 伊邪那美命。 |
後に妹 伊耶那美 いざなみの命、 |
後に イザナミの命が |
言 阿那邇夜志 愛袁登古袁。 |
「あなにやし、 えをとこを」 とのりたまひき。 |
「ほんとうに りつぱな青年ですね」 と仰せられました。 |
如此言 竟而。 |
かくのりたまひ 竟へて、 |
かように 言い終つて |
御合。 | 御合みあひまして、 | 結婚をなさつて |
生子。 淡道之 穗之狹別嶋。 |
子みこ 淡道あはぢの 穗ほの狹別さわけの島 を生みたまひき。 |
御子の 淡路あわじの ホノサワケの島を お生みになりました。 |
〈訓別云和氣。 下效此〉 |
||
次生 伊豫之 二名嶋。 |
次に伊豫いよの 二名ふたなの島を 生みたまひき。 |
次に伊豫いよの 二名ふたなの島(四國) をお生うみになりました。 |
此嶋者 身一而 有面四。 |
この島は 身一つにして 面おも四つあり。 |
この島は 身み一つに 顏かおが四つあります。 |
每面有名。 | 面ごとに名あり。 | その顏ごとに名があります。 |
故伊豫國謂 愛〈上〉比賣。 〈此三字以音 下效此。(也)〉 |
かれ伊豫の國を 愛比賣 えひめといひ、 |
伊豫いよの國を エ姫ひめ といい、 |
讚岐國謂 飯依比古。 |
讚岐さぬきの國を 飯依比古 いひよりひこといひ、 |
讚岐さぬきの國を イヒヨリ彦ひこ といい、 |
粟國謂 大宜都比賣。 〈此四字以音〉 |
粟あはの國を、 大宜都比賣 おほげつひめといひ、 |
阿波あわの國を オホケツ姫 といい、 |
土左國謂 建依別。 |
土左とさの國を 建依別たけよりわけ といふ。 |
土佐とさの國を タケヨリワケ といいます。 |
次生 隱伎之 三子嶋。 |
次に 隱岐おきの 三子みつごの島を 生みたまひき。 |
次に 隱岐おきの 三子みつごの島を お生みなさいました。 |
亦名 天之忍許呂別。 〈許呂二字以音〉 |
またの名は 天あめの 忍許呂別おしころわけ。 |
この島は またの名を アメノオシコロワケ といいます。 |
次生 筑紫嶋。 |
次に 筑紫つくしの島を 生みたまひき。 |
次に 筑紫つくしの島(九州) をお生うみになりました。 |
此嶋亦 身一而 有面四。 |
この島も 身一つにして 面四つあり。 |
やはり 身み一つに 顏が四つあります。 |
每面 有名。 |
面ごとに 名あり。 |
顏ごとに 名がついております。 |
故筑紫國 謂白日別。 |
かれ筑紫の國を 白日別しらひわけといひ、 |
それで筑紫つくしの國を シラヒワケといい、 |
豐國謂 豐日別。 |
豐とよの國くにを 豐日別 とよひわけといひ、 |
豐とよの國を トヨヒワケといい、 |
肥國謂 建日向 日豐久士比泥別。 〈自久至泥以音〉 |
肥ひの國くにを 建日向 日豐久士比泥別 たけひむかひ とよくじひねわけといひ、 |
肥ひの國を タケヒムカヒ トヨクジヒネワケといい、 |
熊曾國謂 建日別 〈曾字以音〉 |
熊曾くまその國を 建日別 たけひわけといふ。 |
熊曾くまその國を タケヒワケといいます。 |
次生 伊伎嶋。 |
次に 伊岐いきの島を 生みたまひき。 |
次に 壹岐いきの島を お生みになりました。 |
亦名謂 天比登都柱。 〈自比至都以音 訓天如天〉 |
またの名は 天比登都柱 あめひとつはしらといふ。 |
この島はまたの名を 天一あめひとつ柱はしら といいます。 |
次生 津嶋。 |
次に 津島つしまを 生みたまひき。 |
次に 對馬つしまを お生みになりました。 |
亦名謂 天之 狹手依比賣。 |
またの名は 天あめの 狹手依比賣さでよりひめといふ。 |
またの名を アメノ サデヨリ姫といいます。 |
次生 佐度嶋。 |
次に 佐渡さどの島を生みたまひき。 |
次に 佐渡さどの島を お生みになりました。 |
次生 大倭 豐秋津嶋。 |
次に 大倭豐秋津 おほやまと とよあきつ島を生みたまひき。 |
次に 大倭豐秋津島 おおやまと とよあきつしま(本州) をお生みになりました。 |
亦名謂 天御 虛空 豐秋津根別。 |
またの名は 天あまつ 御虚空豐秋津根別 みそらとよあきつねわけ といふ。 |
またの名を アマツ ミソラ トヨアキツネワケ といいます。 |
故因此八嶋 先所生 |
かれこの八島の まづ生まれしに因りて、 |
この八つの島が まず生まれたので |
謂 大八嶋國。 |
大八島おほやしま國 といふ。 |
大八島國おおやしまぐに というのです。 |
然後 還坐之時。 |
然ありて後 還ります時に、 |
それから お還かえりになつた時に |
生 吉備兒嶋。 |
吉備きびの兒島こじまを 生みたまひき。 |
吉備きびの兒島こじまを お生みになりました。 |
亦名謂 建日方別。 |
またの名は 建日方別 たけひがたわけといふ。 |
またの名なを タケヒガタワケといいます。 |
次生 小豆嶋。 |
次に 小豆島あづきしまを 生みたまひき。 |
次に 小豆島あずきじまを お生みになりました。 |
亦名謂 大野手〈上〉比賣。 |
またの名は 大野手比賣 おほのでひめといふ。 |
またの名を オホノデ姫ひめといいます。 |
次生 大嶋。 |
次に 大島おほしまを 生みたまひき。 |
次に 大島を お生うみになりました。 |
亦名謂 大多麻〈上〉流別 〈自多至流以音〉 |
またの名は 大多麻流別 おほたまるわけといふ。 |
またの名を オホタマルワケといいます。 |
次生 女嶋。 |
次に 女島ひめじまを 生みたまひき。 |
次に 女島ひめじまを お生みになりました。 |
亦名謂 天一根。 〈訓天如天〉 |
またの名は 天一根 あめひとつねといふ。 |
またの名を 天あめ一つ根といいます。 |
次生 知訶嶋。 |
次に 知訶ちかの島を 生みたまひき。 |
次に チカの島を お生みになりました。 |
亦名謂 天之忍男。 |
またの名は 天あめの忍男おしをといふ。 |
またの名を アメノオシヲといいます。 |
次生 兩兒嶋。 |
次に 兩兒ふたごの島を 生みたまひき。 |
次に 兩兒ふたごの島を お生みになりました。 |
亦名謂 天兩屋。 |
またの名は 天あめの兩屋ふたやといふ。 |
またの名を アメフタヤといいます。 |
〈自吉備兒嶋 至天兩屋嶋 并六嶋〉 |
吉備の兒島より 天の兩屋の島まで 并はせて六島。 |
吉備の兒島から フタヤの島まで 合わせて六島です。 |
神生み① |
||
既 生國竟。 |
既に 國を生み竟をへて、 |
このように 國々を生み終つて、 |
更 生神。 |
更に 神を生みたまひき。 |
更さらに 神々をお生みになりました。 |
故生 神名 |
かれ生みたまふ 神の名は、 |
そのお生み遊ばされた 神樣の御おん名はまず |
大事忍男神。 |
大事忍男 おほことおしをの神。 |
オホコトオシヲの神、 |
次生 石土毘古神。 〈訓石云伊波。 亦毘古二字 以音下效此也〉 |
次に石土毘古 いはつちびこの神を 生みたまひ、 |
次に イハツチ彦の神、 |
次生 石巢比賣神。 |
次に石巣比賣 いはすひめの神を 生みたまひ、 |
次に イハス姫の神、 |
次生 大戶日別神。 |
次に大戸日別 おほとひわけの神を 生みたまひ、 |
次に オホトヒワケの神、 |
次生 天之 吹〈上〉男神。 |
次に天吹男 あめのふきをの神を 生みたまひ、 |
次に アメノフキヲの神、 |
次生 大屋毘古神。 |
次に大屋毘古 おほやびこの神を 生みたまひ、 |
次に オホヤ彦の神、 |
次生 風木津別之 忍男神。 〈訓風云加邪。 訓木以音〉 |
次に風木津別 かざもつわけの 忍男おしをの神を 生みたまひ、 |
次に カザモツワケノ オシヲの神を お生みになりました。 |
次生 海神名 大綿津見神。 |
次に海わたの神名は 大綿津見 おほわたつみの神を 生みたまひ、 |
次に海の神の オホワタツミの神を お生みになり、 |
次生 水戶神名 速秋津日子神。 |
次に水戸みなとの神名は 速秋津日子 はやあきつひこの神、 |
次に水戸の神の ハヤアキツ彦の神と |
次 妹 速秋津比賣神。 |
次に妹速秋津比賣 はやあきつひめの神を 生みたまひき。 |
ハヤアキツ姫の神とを お生みになりました。 |
〈自大事忍男神 至秋津比賣神 并十神〉 |
(大事忍男の神より 秋津比賣の神まで 并はせて十神。) |
オホコトオシヲの神から アキツ姫の神まで 合わせて十神です。 |
此 速秋津日子 速秋津比賣 二神。 |
この 速秋津日子 はやあきつひこ、 速秋津比賣 はやあきつひめの 二神ふたはしら、 |
この ハヤアキツ彦と ハヤアキツ姫の 御二方が |
因河海 持別而 生神名 |
河海によりて 持ち別けて 生みたまふ神の名は、 |
河と海とで それぞれに分けて お生みになつた神の名は、 |
沫那藝神。 〈那藝二字 以音下效此〉 |
沫那藝 あわなぎの神。 |
アワナギの神・ |
次 沫那美神。 〈那美二字 以音下效此〉 |
次に 沫那美 あわなみの神。 |
アワナミの神・ |
次 頰那藝神。 |
次に 頬那藝 つらなぎの神。 |
ツラナギの神・ |
次 頰那美神。 |
次に 頬那美 つらなみの神。 |
ツラナミの神・ |
次 天之水分神。 〈訓分云 久麻理。 下效此〉 |
次に 天あめの 水分みくまりの神。 |
アメノ ミクマリの神・ |
次 國之水分神。 |
次に 國くにの 水分みくまりの神。 |
クニノ ミクマリの神・ |
次 天之 久比奢母智神。 〈自久以下 五字以音 下效此〉 |
次に 天あめの 久比奢母智 くひざもちの神、 |
アメノ クヒザモチの神・ |
次 國之 久比奢母智神。 |
次に 國くにの 久比奢母智 くひざもちの神。 |
クニノ クヒザモチの神 であります。 |
〈自沫那藝神 至國之 久比奢母智神 并八神〉 |
(沫那藝の神より 國の 久比奢母智の神まで 并はせて八神。) |
アワナギの神から クニノ クヒザモチの神まで 合わせて八神です。 |
神生み② |
||
次生風神名 | 次に風の神名は | 次に風の神の |
志那都比古神。 〈此神名以音〉 |
志那都比古 しなつひこの神を 生みたまひ、 |
シナツ彦の神、 |
次生木神名 久久能智神。 〈此神名以音〉 |
次に木の神名は 久久能智 くくのちの神を 生みたまひ、 |
木の神の ククノチの神、 |
次生山神。 名大山〈上〉津見神。 |
次に山の神名は 大山津見 おほやまつみの神を 生みたまひ、 |
山の神の オホヤマツミの神、 |
次生 野神。 |
次に 野の神名は |
野の神の |
名 鹿屋野比賣神。 |
鹿屋野比賣 かやのひめの神を 生みたまひき。 |
カヤノ姫の神、 |
亦名謂 野椎神。 |
またの名は 野椎のづちの神 といふ。 |
またの名を ノヅチの神という神を お生みになりました。 |
〈自 志那都比古神 至野椎 并四神〉 |
(志那都比古の神より 野椎まで 并はせて四神。) |
シナツ彦の神から ノヅチまで 合わせて四神です。 |
此 大山津見神 野椎神 二神。 |
この 大山津見の神、 野椎の神の 二神ふたはしら、 |
この オホヤマツミの神と ノヅチの神とが |
因山野 持別而 生神名 |
山野によりて 持ち別けて 生みたまふ神の名は、 |
山と野とに分けて お生みになつた 神の名は、 |
天之狹土神。 〈訓土云豆知。 下效此〉 |
天の狹土さづちの神。 | アメノサヅチの神・ |
次國之狹土神。 | 次に國の狹土の神。 | クニノサヅチの神・ |
次天之狹霧神。 | 次に天の狹霧さぎりの神。 | アメノサギリの神・ |
次國之狹霧神。 | 次に國の狹霧の神。 | クニノサギリの神・ |
次天之闇戶神。 | 次に天の闇戸くらとの神。 | アメノクラドの神・ |
次國之闇戶神。 | 次に國の闇戸の神。 | クニノクラドの神・ |
次 大戶惑子神。 〈訓惑云麻刀比。 下效此〉 |
次に 大戸或子 おほとまどひこの神。 |
オホトマドヒコの神・ |
次 大戶惑女神。 |
次に 大戸或女 おほとまどひめの神。 |
オホトマドヒメの神 であります。 |
〈自天之狹土神 至大戶惑女神 并八神也〉 |
(天の狹土の神より 大戸或女の神まで 并はせて八神。) |
アメノサヅチの神から オホトマドヒメの神まで 合わせて八神です。 |
神生み③ |
||
次生 神名 |
次に生みたまふ 神の名は、 |
次にお生みになつた 神の名は |
鳥之 石楠船神 |
鳥の 石楠船 いはくすぶねの神、 |
トリノ イハクスブネの神、 |
亦名謂 天鳥船神。 |
またの名は 天の鳥船とりぶね といふ。 |
この神はまたの名を 天あめの鳥船とりふね といいます。 |
次生 大宜都比賣神。 〈此神名以音〉 |
次に 大宜都比賣 おほげつひめの神を 生みたまひ、 |
次に オホゲツ姫の神を お生みになり、 |
次生 火之 夜藝速男神。 〈夜藝二字以音〉 |
次に 火ほの 夜藝速男 やぎはやをの神を 生みたまひき。 |
次に ホノ ヤギハヤヲの神、 |
亦名謂 火之 炫毘古神。 |
またの名は 火ほの 炫毘古 かがびこの神といひ、 |
またの名を ホノ カガ彦の神、 |
亦名謂 火之 迦具土神。 〈加具二字以音〉 |
またの名は 火ほの 迦具土かぐつちの神といふ。 |
またの名を ホノ カグツチの神といいます。 |
因 生此子。 |
この子を 生みたまひしによりて、 |
この子こを お生みになつたために |
美蕃登 〈此三字以音〉 見炙而 病臥在。 |
御陰みほと やかえて 病やみ臥こやせり。 |
イザナミの命は 御陰みほとが燒かれて 御病氣になりました。 |
多具理邇 〈此四字以音〉 生神名。 |
たぐりに 生なりませる 神の名は |
その嘔吐へどで できた神の名は |
金山毘古神。 〈訓金云迦那。 下效此〉 |
金山毘古 かなやまびこの神。 |
カナヤマ彦の神と |
次金山毘賣神。 |
次に 金山毘賣 かなやまびめの神。 |
カナヤマ姫の神、 |
次於 屎成神名 |
次に 屎くそに成りませる 神の名は、 |
屎くそでできた 神の名は |
波邇夜須毘古神。 〈此神名以音〉 |
波邇夜須毘古 はにやすびこの神。 |
ハニヤス彦の神と |
次 波邇夜須毘賣神。 〈此神名亦以音〉 |
次に 波邇夜須毘賣 はにやすびめの神。 |
ハニヤス姫の神、 |
次於 尿成神名 |
次に 尿ゆまりに成りませる 神の名は |
小便でできた 神の名は |
彌都波能賣神。 |
彌都波能賣 みつはのめの神。 |
ミツハノメの神と |
次 和久產巢日神。 |
次に 和久産巣日 わくむすびの神。 |
ワクムスビの神です。 |
此神之子謂 豐宇氣毘賣神。 〈自宇以下 四字以音〉 |
この神の子は 豐宇氣毘賣 とようけびめの神といふ。 |
この神の子は トヨウケ姫の神 といいます。 |
故 伊邪那美神者。 |
かれ 伊耶那美いざなみの神は、 |
かような次第で イザナミの命は |
因生 火神。 |
火の神を 生みたまひしに因りて、 |
火の神を お生みになつたために |
遂 神避坐也。 |
遂に 神避かむさりたまひき。 |
遂ついに お隱かくれになりました。 |
〈自天鳥船 至豐宇氣毘賣神。 并八神〉 |
(天の鳥船より 豐宇氣毘賣の神まで 并はせて八神。) |
天の鳥船から トヨウケ姫の神まで 合わせて八神です。 |
凡 伊邪那岐 伊邪那美 二神。 |
およそ 伊耶那岐いざなぎ 伊耶那美の 二神、 |
すべて イザナギ・ イザナミの お二方の神が、 |
共所生嶋 壹拾肆嶋。 |
共に生みたまふ島 壹拾とをまり四島よしま、 |
共にお生みになつた 島の數は十四、 |
神 參拾伍神。 |
神 參拾みそぢまり 五神いつはしら。 |
神は 三十五神であります。 |
〈是伊邪那美神 | (こは伊耶那美の神、 | これはイザナミの神が |
未神避以前 所生。 |
いまだ神避りまさざりし前に 生みたまひき。 |
まだお隱れになりませんでした前に お生みになりました。 |
唯意能碁呂嶋者。 非所生。 |
ただ意能碁呂島は 生みたまへるにあらず、 |
ただオノゴロ島は お生みになつたのではありません。 |
亦 姪子與淡嶋 不入子之例也〉 |
また 蛭子と淡島とは 子の例に入らず。) |
また 水蛭子ひること淡島とは 子の中に入れません。 |
カグツチ |
||
故爾 伊邪那岐命 詔之。 |
かれここに 伊耶那岐の命の 詔のりたまはく、 |
そこで イザナギの命の 仰せられるには、 |
愛我那邇妹 命乎。 〈那邇二字 以音下效此〉 |
「愛うつくしき 我あが汝妹なにも の命を、 |
「わたしの 最愛の妻を |
謂易 子之一木乎。 |
子の一木ひとつけに 易かへつるかも」 とのりたまひて、 |
一人の子に 代えたのは殘念だ」 と仰せられて、 |
乃匍匐 御枕方。 |
御枕方みまくらべに 匍匐はらばひ |
イザナミの命の 枕の方や |
匍匐 御足方而。 |
御足方みあとべに 匍匐ひて、 |
足の方に 這はい臥ふして |
哭時。 | 哭なきたまふ時に、 | お泣なきになつた時に、 |
於御淚 所成神。 |
御涙に 成りませる神は、 |
涙で 出現した神は |
坐香山之 畝尾 木本。 |
香山かぐやまの 畝尾うねをの 木のもとにます、 |
香具山の 麓の小高い處の 木の下においでになる |
名 泣澤女神。 |
名は 泣澤女 なきさはめの神。 |
泣澤女 なきさわめの神です。 |
故 其所神避之 伊邪那美神者。 |
かれ その神避りたまひし 伊耶那美の神は、 |
この お隱れになつた イザナミの命は |
葬 出雲國與 伯伎國 堺 比婆之山也。 |
出雲の國と 伯伎ははきの國との 堺なる 比婆ひばの山に 葬をさめまつりき。 |
出雲いずもの國と 伯耆ほうきの國との 境にある 比婆ひばの山に お葬り申し上げました。 |
於是 伊邪那岐命。 |
ここに 伊耶那岐の命、 |
ここに イザナギの命は、 |
拔所 御佩之 十拳劔斬 其子 迦具土神之頸。 |
御佩みはかしの 十拳とつかの劒を拔きて、 その子 迦具土かぐつちの神の 頸くびを斬りたまひき。 |
お佩はきになつていた 長い劒を拔いて 御子みこの カグツチの神の 頸くびをお斬りになりました。 |
爾著 其御刀 前之血。 |
ここに その御刀みはかしの 前さきに著ける血、 |
その劒の先に ついた血が |
走就 湯津石村。 |
湯津石村 ゆついはむらに 走たばしりつきて |
清らかな巖いわおに 走りついて |
所成神名 石拆神。 |
成りませる神の名は、 石拆いはさくの神。 |
出現した神の名は、 イハサクの神、 |
次 根拆神。 |
次に 根拆 ねさくの神。 |
次に ネサクの神、 |
次 石筒之男神。 |
次に 石筒 いはづつの男をの神。 |
次に イハヅツノヲの神 であります。 |
〈三神〉 | ||
次著 御刀本血亦 走就 湯津石村。 |
次に 御刀の本に著ける血も、 湯津石村に 走りつきて |
次に その劒のもとの方についた血も、 巖に 走りついて |
所成神名。 | 成りませる神の名は、 | 出現した神の名は、 |
甕速日神。 |
甕速日 みかはやびの神。 |
ミカハヤビの神、 |
次 樋速日神。 |
次に樋速日 ひはやびの神。 |
次に ヒハヤビの神、 |
次 建御雷之男神。 |
次に 建御雷 たけみかづちの男をの神。 |
次に タケミカヅチノヲの神、 |
亦名 建布都神。 〈布都二字 以音下效此〉 |
またの名は 建布都 たけふつの神、 |
またの名を タケフツの神、 |
亦名 豐布都神。 〈三神〉 |
またの名は 豐布都 とよふつの神三神。 |
またの名を トヨフツの神 という神です。 |
次 集御刀之 手上血。 |
次に 御刀の手上たがみに 集まる血、 |
次に 劒の柄に 集まる血が |
自手俣 漏出。 |
手俣たなまたより 漏くき出でて |
手のまたから こぼれ出して |
所成神名。 〈訓漏云久伎〉 |
成りませる 神の名は、 |
出現した 神の名は |
闇淤加美神。 〈淤以下三字 以音下效此〉 |
闇淤加美 くらおかみの神。 |
クラオカミの神、 |
次 闇御津羽神。 |
次に 闇御津羽 くらみつはの神。 |
次に クラミツハの神 であります。 |
上件 | (上の件、 | 以上 |
自石拆神以下。 | 石拆の神より下、 | イハサクの神から |
闇御津羽神 以前。 |
闇御津羽の神 より前、 |
クラミツハの神まで |
并八神者。 | 并はせて八神は、 | 合わせて八神は、 |
因御刀所 生之神者也。 |
御刀に因りて 生りませる神なり。) |
御劒によつて 出現した神です。 |
所殺 迦具土神之於 |
殺さえたまひし 迦具土かぐつちの神の |
殺されなさいました カグツチの神の、 |
頭所 成神名。 |
頭に 成りませる神の名は、 |
頭に 出現した神の名は |
正鹿山〈上〉 津見神。 |
正鹿山津見 まさかやまつみの神。 |
マサカヤマ ツミの神、 |
次 於胸所 成神名。 |
次に 胸に 成りませる神の名は、 |
胸に 出現した神の名は |
淤縢山 津見神。 〈淤縢二字 以音〉 |
淤縢山津見 おとやまつみの神。 |
オトヤマ ツミの神、 |
次 於腹所 成神名。 |
次に 腹に 成りませる神の名は、 |
腹に 出現した神の名は |
奧山〈上〉 津見神。 |
奧山津見 おくやまつみの神。 |
オクヤマ ツミの神、 |
次 於陰所 成神名。 |
次に 陰ほとに 成りませる神の名は、 |
御陰みほとに 出現した神の名は |
闇山 津見神。 |
闇山津見 くらやまつみの神。 |
クラヤマ ツミの神、 |
次 於左手所 成神名。 |
次に 左の手に 成りませる神の名は、 |
左の手に 出現した神の名は |
志藝山 津見神。 |
志藝山津見 しぎやまつみの神。 |
シギヤマ ツミの神、 |
〈志藝二字 以音〉 |
||
次 於右手所 成神名。 |
次に 右の手に 成りませる神の名は、 |
右の手に 出現した神の名は |
羽山 津見神。 |
羽山津美 はやまつみの神。 |
ハヤマ ツミの神、 |
次 於左足所 成神名。 |
次に 左の足に 成りませる神の名は、 |
左の足に 出現した神の名は |
原山 津見神。 |
原山津見 はらやまつみの神。 |
ハラヤマ ツミの神、 |
次 於右足所 成神名。 |
次に 右の足に 成りませる神の名は、 |
右の足に 出現した神の名は |
戶山 津見神。 |
戸山津見 とやまつみの神。 |
トヤマ ツミの神であります。 |
〈自 正鹿山津見神。 |
(正鹿山津見の神より |
マサカヤマ ツミの神から |
至 戶山津見神。 |
戸山津見の神まで |
トヤマ ツミの神まで |
并八神〉 | 并はせて八神。) | 合わせて八神です。 |
故所斬之 刀名。 |
かれ斬りたまへる 刀の名は、 |
そこでお斬りになつた 劒の名は |
謂 天之尾羽張。 |
天の尾羽張をはばり といひ、 |
アメノヲハバリ といい、 |
亦名謂。 | またの名は | またの名は |
伊都之尾羽張 〈伊都二字以音〉 |
伊都いつの尾羽張 といふ。 |
イツノヲハバリ ともいいます。 |
黄泉①後追 |
||
於是 欲相見 其妹 伊邪那美命。 |
ここに その妹 伊耶那美の命を 相見まくおもほして、 |
イザナギの命は お隱れになつた 女神めがみに もう一度會いたいと思われて、 |
追往 黃泉國。 |
黄泉國 よもつくにに 追ひ往いでましき。 |
後あとを追つて 黄泉よみの國に 行かれました。 |
爾 自殿騰戶。 |
ここに 殿とのの縢くみ戸より |
そこで女神が 御殿の組んである戸から出て |
出向之時。 | 出で向へたまふ時に、 | お出迎えになつた時に、 |
伊邪那岐命。 | 伊耶那岐の命 | イザナギの命みことは、 |
語。 | 語らひて詔りたまひしく、 | |
詔之 愛我那邇妹命。 |
「愛うつくしき 我あが汝妹なにもの命、 |
「最愛の わたしの妻よ、 |
吾與汝 所作之國。 |
吾と汝と 作れる國、 |
あなたと 共に作つた國は |
未作竟。 | いまだ作り竟をへずあれば、 | まだ作り終らないから |
故可還。 |
還りまさね」 と詔りたまひき。 |
還つていらつしやい」 と仰せられました。 |
爾 伊邪那美命 答白。 |
ここに 伊耶那美の命の 答へたまはく、 |
しかるに イザナミの命みことが お答えになるには、 |
悔哉。 | 「悔くやしかも、 | 「それは殘念なことを致しました。 |
不速來。 | 速とく來まさず。 | 早くいらつしやらないので |
吾者爲 黃泉戶喫。 |
吾は 黄泉戸喫 よもつへぐひしつ。 |
わたくしは 黄泉よみの國の 食物を食たべてしまいました。 |
然 愛我那勢命。 〈那勢二字 以音下效此〉 |
然れども 愛しき我が汝 兄なせの命、 |
しかし あなた樣さまが |
入來坐之事 恐故。 |
入り來ませること 恐かしこし。 |
わざわざ おいで下さつたのですから、 |
欲還。 | かれ還りなむを。 |
何なんとかして 還りたいと思います。 |
且與 黃泉神 相論。 |
しまらく 黄泉神よもつかみと 論あげつらはむ。 |
黄泉よみの國の神樣に 相談をして參りましよう。 |
莫 視我。 |
我を な視たまひそ」と、 |
その間 わたくしを御覽になつては いけません」 |
如此白而 還入 其殿内之間。 |
かく白して、 その殿内とのぬちに 還り入りませるほど、 |
とお答えになつて、 御殿ごてんのうちに お入りになりましたが、 |
甚久 難待。 |
いと久しくて 待ちかねたまひき。 |
なかなか 出ておいでになりません。 |
黄泉②逃亡 |
||
故 刺左之 御美豆良 〈三字以音 下效此〉 |
かれ 左の御髻 みみづらに 刺させる |
あまり 待ち遠だつたので 左の耳のあたりに つかねた髮に 插さしていた |
湯津津間櫛之 男柱 一箇 取闕而。 |
湯津爪櫛 ゆつつまぐしの男柱 一箇ひとつ 取り闕かきて、 |
清らかな櫛の 太い齒を 一本 闕かいて |
燭 一火。 |
一ひとつ火び 燭ともして |
一本ぽん火びを 燭とぼして |
入見之時。 | 入り見たまふ時に、 | 入つて御覽になると |
宇士 多加禮 斗呂呂岐弖。 〈此十字以音〉 |
蛆うじ たかれ ころろぎて、 |
蛆うじが 湧わいて ごろごろと 鳴つており、 |
於頭者 大雷居。 |
頭には 大雷おほいかづち居り、 |
頭には 大きな雷が居、 |
於胸者 火雷居。 |
胸には 火ほの雷居り、 |
胸には 火の雷が居、 |
於腹者 黑雷居 |
腹には 黒雷居り、 |
腹には 黒い雷が居、 |
於陰者 拆雷居。 |
陰ほとには 拆さく雷居り、 |
陰には さかんな雷が居、 |
於左手者 若雷居。 |
左の手には 若わき雷居り、 |
左の手には 若い雷が居、 |
於右手者 土雷居。 |
右の手には 土つち雷居り、 |
右の手には 土の雷が居、 |
於左足者 鳴雷居。 |
左の足には 鳴なる雷居り、 |
左の足には 鳴る雷が居、 |
於右足者 伏雷居。 |
右の足には 伏ふし雷居り、 |
右の足には ねている雷が居て、 |
并 八雷神 成居。 |
并はせて 八くさの雷神 成り居りき。 |
合わせて 十種(訳文ママ)の雷が 出現していました。 |
於是 伊邪那岐命 見畏而。 |
ここに 伊耶那岐の命、 見み畏かしこみて |
そこで イザナギの命が 驚いて |
逃還之時。 | 逃げ還りたまふ時に、 | 逃げてお還りになる時に |
其妹 伊邪那美命。 |
その妹 伊耶那美の命、 |
イザナミの命は |
言 令見 辱吾。 |
「吾に 辱はぢ見せつ」 と言ひて、 |
「わたしに 辱はじをお見せになつた」 と言つて |
即遣 豫母都 志許賣。 〈此六字以音〉 |
すなはち 黄泉醜女 よもつしこめを 遣して |
黄泉よみの國の 魔女を 遣やつて |
令追。 | 追はしめき。 | 追おわせました。 |
爾 伊邪那岐命。 |
ここに 伊耶那岐の命、 |
よつて イザナギの命が |
取 黑御鬘 投棄。 |
黒御鬘 くろみかづらを 投げ棄うてたまひしかば、 |
御髮につけていた 黒い木の蔓つるの輪を 取つてお投げになつたので |
乃 生蒲子。 |
すなはち 蒲子えびかづら生なりき。 |
野葡萄のぶどうが 生はえてなりました。 |
是摭 食之間。 |
こを摭ひりひ 食はむ間に |
それを取つて たべている間に |
逃行。 | 逃げ行いでますを、 | 逃げておいでになるのを |
猶追。 | なほ追ひしかば、 | また追いかけましたから、 |
亦刺 其右御美豆良之 湯津津間櫛 引闕而。 |
また その右の御髻に刺させる 湯津爪櫛を 引き闕きて |
今度は 右の耳の邊につかねた髮に 插しておいでになつた 清らかな櫛の齒はを闕かいて |
投棄。 | 投げ棄うてたまへば、 | お投げになると |
乃 生笋。 |
すなはち 笋たかむな生なりき。 |
筍たけのこが生はえました。 |
是拔食之間。 | こを拔き食はむ間に、 | それを拔いてたべている間に |
逃行。 | 逃げ行でましき。 | お逃げになりました。 |
且後者。 | また後には | 後のちには |
於其 八雷神。 |
かの 八くさの雷神に、 |
あの女神の 身體中からだじゆうに生じた 雷の神たちに |
副 千五百之 黃泉軍。 |
千五百ちいほの 黄泉軍よもついくさを 副たぐへて |
澤山の 黄泉よみの國の魔軍を 副えて |
令追。 | 追はしめき。 | 追おわしめました。 |
爾 拔所御佩之 十拳劔而於 後手 布伎都都。 〈此四字以音〉 |
ここに 御佩みはかしの 十拳とつかの劒を拔きて、 後手しりへでに 振ふきつつ |
そこで さげておいでになる 長い劒を拔いて 後の方に 振りながら |
逃來。 | 逃げ來ませるを、 | 逃げておいでになるのを、 |
猶追 到黃泉比良 〈此二字以音〉 坂之坂本時。 |
なほ追ひて 黄泉比良坂 よもつひらさかの 坂本に到る時に、 |
なお追つて、 黄泉比良坂 よもつひらさかの 坂本さかもとまで來た時に、 |
取在 其坂本 桃子三箇。 |
その坂本なる 桃ももの子み 三つをとりて |
その坂本にあつた 桃の實みを 三つとつて |
待撃者。 | 持ち撃ちたまひしかば、 | お撃ちになつたから |
悉逃返也。 | 悉に逃げ返りき。 | 皆逃げて行きました。 |
爾 伊邪那岐命 告其 桃子。 |
ここに 伊耶那岐の命、 桃ももの子みに 告のりたまはく、 |
そこで イザナギの命は その桃の實に、 |
汝如 助吾。 |
「汝いまし、 吾を助けしがごと、 |
「お前が わたしを助けたように、 |
於 葦原中國 所有 宇都志伎 〈此四字以音〉 青人草之。 |
葦原の中つ國に あらゆる 現うつしき 青人草の、 |
この 葦原あしはらの中の國に 生活している 多くの人間たちが |
落苦瀨而。 | 苦うき瀬に落ちて、 | 苦しい目にあつて |
患惚時。 | 患惚たしなまむ時に | 苦しむ時に |
可助告。 | 助けてよ」とのりたまひて、 | 助けてくれ」と仰せになつて |
賜名號 意富加牟豆美命。 〈自意至美以音〉 |
意富加牟豆美 おほかむづみの命 といふ名を賜ひき。 |
オホ カムヅミの命 という名を下さいました。 |
黄泉③対立 |
||
最後 其妹 伊邪那美命。 |
最後いやはてに その妹 伊耶那美の命、 |
最後には 女神めがみ イザナミの命が |
身自 追來焉。 |
身みみづから 追ひ來ましき。 |
御自身で 追つておいでになつたので、 |
爾千引石。 | ここに千引の石いはを | 大きな巖石を |
引塞 其黃泉比良坂。 |
その 黄泉比良坂 よもつひらさかに 引き塞さへて、 |
その 黄泉比良坂 よもつひらさかに 塞ふさいで |
其石置中。 | その石を中に置きて、 | その石を中に置いて |
各對立而。 | おのもおのも對むき立たして、 | 兩方で對むかい合つて |
度事戶之時。 |
事戸ことどを 度わたす時に、 |
離別りべつの言葉を 交かわした時に、 |
伊邪那美命 言。 |
伊耶那美の命 のりたまはく、 |
イザナミの命が 仰せられるには、 |
愛我那勢命。 |
「愛うつくしき 我あが汝兄なせの命、 |
「あなたが |
爲如此者。 | かくしたまはば、 | こんなことをなされるなら、 |
汝國之人草。 | 汝いましの國の人草、 | わたしはあなたの國の人間を |
一日 絞殺 千頭。 |
一日ひとひに 千頭ちかしら 絞くびり殺さむ」 とのりたまひき。 |
一日に 千人も殺してしまいます」 といわれました。 |
爾。 | ここに | そこで |
伊邪那岐命詔。 |
伊耶那岐の命、 詔りたまはく、 |
イザナギの命は |
愛我那邇妹命。 | 「愛しき我が汝妹なにもの命、 | 「あんたが |
汝爲然者。 | 汝みまし然したまはば、 | そうなされるなら、 |
吾一日立 千五百 產屋。 |
吾あは一日に 千五百ちいほの 産屋うぶやを立てむ」 とのりたまひき。 |
わたしは一日に 千五百も 産屋うぶやを立てて見せる」 と仰せられました。 |
是以 一日必千人死。 |
ここを以ちて 一日にかならず千人ちたり死に、 |
こういう次第で 一日にかならず千人死に、 |
一日必千五百人 生也。 |
一日にかならず千五百人 なも生まるる。 |
一日にかならず千五百人 生まれるのです。 |
故號 其伊邪那美神命。 |
かれ その伊耶那美の命に 號なづけて |
かくして そのイザナミの命を |
謂 黃泉津大神。 |
黄泉津よもつ大神といふ。 |
黄泉津大神 よもつおおかみと申します。 |
亦云。 | また | また |
以其追斯伎斯 〈此三字以音〉而。 |
その追ひ及しきしをもちて、 | その追いかけたので、 |
號 道敷大神。 |
道敷ちしきの大神 ともいへり。 |
道及ちしきの大神 とも申すということです。 |
亦所塞 其黃泉坂之 石者。 |
また その黄泉よみの坂に 塞さはれる石は、 |
その 黄泉の坂に 塞ふさがつている巖石は |
號道反大神。 | 道反ちかへしの大神ともいひ、 | |
亦謂 塞坐 黃泉戶大神。 |
塞さへます 黄泉戸よみどの大神 ともいふ。 |
塞いでおいでになる 黄泉よみの入口の大神 と申します。 |
故其所謂 黃泉比良坂者。 |
かれそのいはゆる 黄泉比良坂 よもつひらさかは、 |
その 黄泉比良坂 よもつひらさかというのは、 |
今謂出雲國之 伊賦夜坂也。 |
今、出雲の國の 伊賦夜いぶや坂といふ。 |
今の出雲いずもの國の イブヤ坂ざかという坂です。 |
禊祓① |
||
是以 伊邪那伎 大神詔。 |
ここを以ちて 伊耶那岐の 大神の詔りたまひしく、 |
イザナギの命は 黄泉よみの國から お還りになつて、 |
吾者到於 伊那志許米〈上〉 志許米岐 〈此九字以音〉 穢國 而在祁理。 〈此二字以音〉 |
「吾あは いな醜しこめ 醜めき 穢きたなき國に 到りてありけり。 |
「わたしは 隨分 厭いやな 穢きたない國 に行つたことだつた。 |
故吾者 爲 御身之 禊而。 |
かれ吾は 御身おほみまの 禊はらへせむ」 とのりたまひて、 |
わたしは 禊みそぎを しようと思う」 と仰せられて、 |
到坐 竺紫日向之 橘小門之 阿波岐 〈此三字以音〉 原而。 |
竺紫つくしの 日向ひむかの 橘の 小門をどの 阿波岐あはぎ原に 到りまして、 |
筑紫つくしの 日向ひむかの 橘たちばなの 小門おどの アハギ原はらに おいでになつて |
禊祓也。 |
禊みそぎ祓はらへ たまひき。 |
禊みそぎを なさいました。 |
故於投棄 御杖所 成神名。 |
かれ 投げ棄うつる 御杖に成りませる 神の名は、 |
その 投げ棄てる杖によつて あらわれた神は |
衝立 船戶神。 |
衝つき立たつ 船戸ふなどの神。 |
衝つき立たつ フナドの神、 |
次於投棄 御帶所 成神名。 |
次に投げ棄つる 御帶に 成りませる神の名は、 |
投げ棄てる 帶で あらわれた神は |
道之 長乳齒神。 |
道みちの 長乳齒ながちはの神。 |
道の ナガチハの神、 |
次於投棄 御裳所 成神名。 |
次に投げ棄つる 御嚢みふくろに 成りませる神の名は、 |
投げ棄てる 袋で あらわれた神は |
時置師神。 | 時量師ときはかしの神。 | トキハカシの神、 |
次於投棄 御衣所 成神名。 |
次に投げ棄つる 御衣けしに 成りませる神の名は、 |
投げ棄てる 衣ころもで あらわれた神は |
和豆良比能 宇斯能神。 〈此神名以音〉 |
煩累わづらひの 大人うしの神。 |
煩累わずらいの 大人うしの神、 |
次於投棄 御褌所 成神名。 |
次に投げ棄つる 御褌はかまに 成りませる神の名は、 |
投げ棄てる 褌はかまで あらわれた神は |
道俣神。 | 道俣ちまたの神。 | チマタの神、 |
次於投棄 御冠所 成神名。 |
次に投げ棄つる 御冠みかがふりに 成りませる神の名は、 |
投げ棄てる 冠で あらわれた神は |
飽咋之 宇斯能神。 〈自宇以下 三字以音〉 |
飽咋あきぐひの 大人うしの神。 |
アキグヒの 大人の神、 |
次於投棄 | 次に投げ棄つる | 投げ棄てる |
左御手之 手纒所 成神名。 |
左の御手の 手纏たまきに 成りませる神の名は、 |
左の手につけた 腕卷で あらわれた神は |
奧疎神。 〈訓奧云於伎。 下效此。 訓疎云奢加留。 下效此〉 |
奧疎 おきざかるの神。 |
オキザカルの神と |
次 奧津 那藝佐毘古神。 〈自那以下五字 以音下效此〉 |
次に 奧津那藝佐毘古 おきつ なぎさびこの神。 |
オキツ ナギサビコの神と |
次 奧津 甲斐辨羅神。 〈自甲以下四字 以音下效此〉 |
次に 奧津 甲斐辨羅 かひべらの神。 |
オキツ カヒベラの神、 |
次於投棄 | 次に投げ棄つる | 投げ棄てる |
右御手之 手纒所 成神名。 |
右の御手の 手纏に 成りませる神の名は、 |
右の手につけた 腕卷で あらわれた神は |
邊疎神。 | 邊疎へざかるの神。 | ヘザカルの神と |
次 邊津 那藝佐毘古神。 |
次に 邊津 那藝佐毘古 へつ なぎさびこの神。 |
ヘツ ナギサビコの神と |
次 邊津 甲斐辨羅神。 |
次に 邊津 甲斐辨羅 へつ かひべらの神。 |
ヘツ カヒベラの神 とであります。 |
右件 | 右の件くだり、 | 以上 |
自船戶神以下。 | 船戸ふなどの神より下、 | フナドの神から |
邊津甲斐辨羅神 以前。 |
邊津甲斐辨羅の神 より前、 |
ヘツカヒベラの神 まで |
十二神者。 |
十二神 とをまりふたはしらは、 |
十二神は、 |
因脫 著身之物所 生神也。 |
身に著つけたる物を 脱ぎうてたまひしに因りて、 生なりませる神なり。 |
おからだにつけてあつた物を 投げ棄てられたので あらわれた神です。 |
禊祓② |
||
於是詔之 | ここに詔りたまはく、 | そこで、 |
上瀨者 瀨速。 |
「上かみつ瀬せは 瀬速し、 |
「上流の方は 瀬が速い、 |
下瀨者 瀨弱而。 |
下しもつ瀬は 弱し」と詔のりたまひて、 |
下流かりゆうの方は 瀬が弱い」と仰せられて、 |
初於 中瀨 随迦豆伎而。 |
初めて 中なかつ瀬に 降おり潛かづきて、 |
眞中の瀬に 下りて |
滌時。 | 滌ぎたまふ時に、 |
水中に 身をお洗いになつた時に |
所成坐神名 | 成りませる神の名は、 | あらわれた神は、 |
八十禍津日神。 〈訓禍云摩賀。 下效此〉 |
八十禍津日 やそまがつびの神。 |
ヤソマガツヒの神と |
次大禍津日神。 |
次に大禍津日 おほまがつひの神。 |
オホマガツヒの神とでした。 |
此二神者。 | この二神ふたはしらは、 | この二神は、 |
所到 其穢繁國 之時。 |
かの穢き 繁しき國に 到りたまひし時の、 |
あの穢い國に おいでになつた時の |
因汚垢而 所成神之者也。 |
汚垢けがれによりて 成りませる神なり。 |
汚垢けがれによつて あらわれた神です。 |
次 爲直其禍而 所成神名 |
次に その禍まがを直さむとして 成りませる神の名は、 |
次に その禍わざわいを直なおそうとして あらわれた神は、 |
神直毘神。 〈毘字以音 下效此〉 |
神直毘 かむなほびの神。 |
カムナホビの神と |
次 大直毘神。 |
次に 大直毘 おほなほびの神。 |
オホナホビの神と |
次 伊豆能賣神 〈并三神也。 伊以下 四字以音〉 |
次に 伊豆能賣 いづのめ。 |
イヅノメです。 |
次於 水底 滌時。 所成神名。 |
次に 水底みなそこに 滌ぎたまふ時に 成りませる神の名は、 |
次に 水底で お洗いになつた時に あらわれた神は |
底津綿〈上〉津見神。 |
底津綿津見 そこつわたつみの神。 |
ソコツワタツミの神と |
次底筒之男命。 |
次に底筒 そこづつの男をの命。 |
ソコヅツノヲの命、 |
於中滌時。 所成神名。 |
中に滌ぎたまふ時に 成りませる神の名は、 |
海中でお洗いになつた時に あらわれた神は |
中津綿〈上〉津見神。 |
中津綿津見 なかつわたつみの神。 |
ナカツワタツミの神と |
次中筒之男命。 |
次に中筒 なかづつの男をの命。 |
ナカヅツノヲの命、 |
於水上滌時。 所成神名。 |
水の上に滌ぎたまふ時に 成りませる神の名は、 |
水面でお洗いになつた時に あらわれた神は |
上津 綿〈上〉津見神。 〈訓上云宇閇〉 |
上津 綿津見 うはつわたつみの神。 |
ウハツワタツミの神と |
次上筒之男命。 |
次に上筒 うはづつの男をの命。 |
ウハヅツノヲの命です。 |
此三柱 綿津見神者。 |
この三柱の 綿津見の神は、 |
このうち御三方 おさんかたのワタツミの神は |
阿曇連等之 祖神以 伊都久神也。 〈伊以下 三字以音 下效此〉 |
阿曇あづみの 連むらじ等が 祖神おやがみと 齋いつく神なり。 |
安曇氏 あずみうじの 祖先神 そせんじんです。 |
故 阿曇連等者。 |
かれ 阿曇の連等は、 |
よつて 安曇の連むらじたちは、 |
其綿津見神之子。 | その綿津見の神の子 | そのワタツミの神の子、 |
宇都志 日金拆命之 子孫也。 〈宇都志三字以音〉 |
宇都志日金拆 うつし ひがなさくの命の 子孫のちなり。 |
ウツシ ヒガナサクの命の 子孫です。 |
其 | その | また、 |
底筒之男命 | 底筒の男の命、 | ソコヅツノヲの命・ |
中筒之男命 | 中筒の男の命、 | ナカヅツノヲの命・ |
上筒之男命 三柱神者。 |
上筒の男の命 三柱の神は、 |
ウハヅツノヲの命 御三方おさんかたは |
墨江之 三前大神也。 |
墨すみの江えの 三前の大神なり。 |
住吉神社 すみよしじんじやの 三座の神樣であります。 |
三貴子①誕生 |
||
於是 洗左御目時。 所成神名。 |
ここに 左の御目を 洗ひたまふ時に 成りませる神の名は、 |
かくて イザナギの命が 左の目を お洗いになつた時に 御出現ごしゆつげんになつた神は |
天照 大御神。 |
天照あまてらす 大御神おほみかみ。 |
天照あまてらす 大神おおみかみ、 |
次 洗右御目時。 所成神名。 |
次に 右の御目を 洗ひたまふ時に 成りませる神の名は、 |
右の目を お洗いになつた時に 御出現になつた神は |
月讀命。 | 月讀つくよみの命。 | 月讀つくよみの命、 |
次 洗御鼻時。 所成神名。 |
次に 御鼻を洗ひたまふ時に 成りませる神の名は、 |
鼻をお洗いになつた時に 御出現になつた神は |
建速 須佐之男命。 〈須佐二字以音〉 |
建速須佐 たけはや すさの男をの命。 |
タケハヤ スサノヲの命でありました。 |
右件 | 右の件、 | 以上 |
八十禍津日神 以下。 |
八十禍津日 やそまがつびの神より下、 |
ヤソマガツヒの神から |
速須佐之男命 以前。 |
速須佐はやすさの男をの命 より前、 |
ハヤスサノヲの命まで |
十四柱神者。 | 十柱の神は、 | 十神は、 |
因滌 御身所 生者也。 |
御身を 滌ぎたまひしに因りて 生あれませる神なり。 |
おからだを お洗いになつたので あらわれた神樣です。 |
三貴子②下命 |
||
此時 伊邪那伎命 大歡喜詔。 |
この時 伊耶那岐の命 大いたく歡ばして 詔りたまひしく、 |
イザナギの命は たいへんにお喜びになつて、 |
吾者 生生子而。 |
「吾は子を 生み生みて、 |
「わたしは 隨分ずいぶん 澤山たくさんの子こを生うんだが、 |
於生終。 | 生みの終はてに、 | 一番ばんしまいに |
得 三貴子。 |
三柱の貴子 うづみこを得たり」 と詔りたまひて、 |
三人の 貴い御子みこを得た」 と仰せられて、 |
即 | すなはち | |
其御頸珠之 玉緒母 |
その御頸珠 みくびたまの 玉の緒も |
頸くびに 掛けておいでになつた 玉の緒おを |
由良邇 〈此四字以音 下效此〉 取由良迦志而。 |
もゆらに 取りゆらかして、 |
ゆらゆらと 搖ゆらがして |
賜 天照大御神 而詔之。 |
天照らす大御神に 賜ひて 詔りたまはく、 |
天照あまてらす大神に お授けになつて、 |
汝命者。 所知高天原矣。 |
「汝が命は 高天の原を知らせ」と、 |
「あなたは 天をお治めなさい」 |
事依(而)賜也。 | 言依ことよさして賜ひき。 | と仰せられました。 |
故 其御頸珠名 |
かれ その御頸珠の名を、 |
この御頸おくびに掛かけた 珠たまの名を |
謂 御倉板擧之神。 〈訓板擧云多那〉 |
御倉板擧 みくらたなの神 といふ。 |
ミクラタナの神 と申します。 |
次詔 月讀命。 |
次に 月讀の命に詔りたまはく、 |
次に 月讀つくよみの命に、 |
汝命者。 所知夜之食國矣。 |
「汝が命は 夜よの食をす國を知らせ」と、 |
「あなたは 夜の世界をお治めなさい」 |
事依也。 〈訓食云袁須〉 |
言依さしたまひき。 | と仰せになり、 |
次詔 建速 須佐之男命。 |
次に 建速須佐 たけはやすさの男をの命に 詔りたまはく、 |
スサノヲの命には、 |
汝命者。 所知海原矣。 |
「汝が命は 海原を知らせ」と、 |
「海上を お治めなさい」 |
事依也。 | 言依さしたまひき。 | と仰せになりました。 |
第一次神逐 |
||
故。 各隨依 賜之命。 |
かれ おのもおのもよさし 賜へる命のまにま |
それで それぞれ 命ぜられたままに |
所知看之中。 | 知らしめす中に、 | 治められる中に、 |
速須佐之男命。 | 速須佐の男の命、 | スサノヲの命だけは |
不知所 命之國而。 |
依さしたまへる國を 知らさずて、 |
命ぜられた國を お治めなさらないで、 |
八拳須 至于心前。 |
八拳須 やつかひげ 心前むなさきに至るまで、 |
長い鬚ひげが 胸に垂れさがる 年頃になつても |
啼伊佐知伎也。 〈自伊下四字 以音下效此〉 |
啼きいさちき。 |
ただ 泣きわめいて おりました。 |
其泣状者。 | その泣く状さまは、 | その泣く有樣は |
青山 如枯山 泣枯。 |
青山は 枯山なす 泣き枯らし |
青山が 枯山になるまで 泣き枯らし、 |
河海者 悉泣乾。 |
河海うみかはは 悉ことごとに 泣き乾ほしき。 |
海や河は 泣く勢いで 泣きほしてしまいました。 |
是以 惡神之音。 |
ここを以ちて 惡あらぶる神の音なひ、 |
そういう次第ですから 亂暴な神の物音は |
如狹蠅 皆滿。 |
狹蠅さばへなす 皆滿みち、 |
夏の蠅が騷ぐように いつぱいになり、 |
萬物之妖 悉發。 |
萬の物の妖わざはひ 悉に發おこりき。 |
あらゆる物の妖わざわいが 悉く起りました。 |
故 伊邪那岐 大御神。 |
かれ 伊耶那岐の 大御神、 |
そこで イザナギの命が |
詔 速須佐之男命。 |
速須佐の男の命に 詔りたまはく、 |
スサノヲの命に 仰せられるには、 |
何由以汝。 | 「何とかも汝いましは | 「どういうわけであなたは |
不治所 事依之國而。 |
言依させる國を 治しらさずて、 |
命ぜられた國を 治めないで |
哭伊佐知流。 |
哭きいさちる」 とのりたまへば、 |
泣きわめいているのか」 といわれたので、 |
爾答白。 | 答へ白さく、 | スサノヲの命は、 |
僕者欲 罷妣國 根之堅洲國 故哭。 |
「僕あは 妣ははの國 根ねの堅洲かたす國に罷らむ とおもふがからに哭く」 とまをしたまひき。 |
「わたくしは 母上のおいでになる 黄泉よみの國に行きたい と思うので泣いております」 と申されました。 |
爾 伊邪那岐 大御神 |
ここに 伊耶那岐の 大御神、 |
そこで イザナギの命が |
大忿怒。 | 大いたく忿らして | 大變お怒りになつて、 |
詔 然者 汝不可 住此國。 |
詔りたまはく、 「然らば 汝はこの國には な住とどまりそ」 と詔りたまひて、 |
「それなら あなたはこの國には 住んではならない」 と仰せられて |
乃 神夜良比爾 夜良比賜也。 〈自夜以下七字以音〉 |
すなはち 神逐かむやらひに 逐やらひたまひき。 |
追いはらつてしまいました。 |
故。 其伊邪那岐 大神者。 |
かれ その伊耶那岐の 大神は、 |
このイザナギの命は、 |
坐 淡海之 多賀也。 |
淡路の 多賀たがに まします。 |
淡路の 多賀たがの社やしろに お鎭しずまりになつて おいでになります。 |
天照の受難 |
---|
・天照の武装(守り固める≠攻撃) |
八尺勾璁(やさかのまがたま=永遠の魂) |
・誓約 |
①天照 十拳劔 |
②須佐之男 八尺勾璁 取り替えようとする構図 |
③系譜 分霊(分わけ身タマ) |
・クソまきちらし |
・天の岩戸 |
・天安河原 |
・須佐之男の第二次神逐 |
オホゲツヒメ |
須佐之男の物語 |
・八俣大蛇(やまたのおろち) |
①クシナダ姫 |
②草薙の大刀:八鹽折の酒 十拳劔 |
③出雲国 ムラがるクモ すがすがしいスガの国 |
・須佐之男の系譜 八島士奴美神、大年神~大國主 |
天照の受難 |
||
---|---|---|
天照の武装(守り≠攻撃) |
||
故於是 速須佐之男命 言。 |
かれここに 速須佐の男の命、 言まをしたまはく、 |
そこで スサノヲの命が 仰せになるには、 |
然者。 | 「然らば | 「それなら |
請 天照大御神 將罷。 |
天照らす大御神に まをして 罷りなむ」と言まをして、 |
天照らす大神おおみかみに 申しあげて 黄泉よみの國に行きましよう」 |
乃參上天時。 | 天にまゐ上りたまふ時に、 |
と仰せられて 天にお上りになる時に、 |
山川悉動。 | 山川悉に動とよみ | 山や川が悉く鳴り騷ぎ |
國土皆震。 | 國土皆震ゆりき。 | 國土が皆振動しました。 |
爾 天照大御神 聞驚而。 |
ここに 天照らす大御神 聞き驚かして、 |
それですから 天照らす大神が 驚かれて、 |
詔 | 詔りたまはく、 | |
我那勢命之 上來由者。 |
「我が汝兄なせの命の 上り來ます由ゆゑは、 |
「わたしの弟おとうとが 天に上つて來られるわけは |
必不善心。 |
かならず 善うるはしき心ならじ。 |
立派な心で來るのでは ありますまい。 |
欲奪 我國耳。 |
我が國を奪はむと おもほさくのみ」 と詔りたまひて、 |
わたしの國を奪おうと 思つておられるのかも知れない」 と仰せられて、 |
即解御髮。 |
すなはち 御髮みかみを解きて、 |
髮をお解きになり、 |
纏 御美豆羅而。 |
御髻みみづらに 纏かして、 |
左右に分けて 耳のところに輪に お纏まきになり、 |
乃於左右 御美豆羅亦 |
左右の御髻にも、 |
その左右の 髮の輪にも、 |
於御鬘亦。 | 御鬘かづらにも、 |
頭に戴かれる 鬘かずらにも、 |
於左右御手。 | 左右の御手にも、 | 左右の御手にも、 |
各纒持 八尺 勾璁之 五百津之 美須麻流之珠 而。 |
みな 八尺やさかの 勾璁まがたまの 五百津いほつの 御統みすまるの珠を 纏き持たして、 |
皆 大きな 勾玉まがたまの 澤山ついている 玉の緒を 纏まき持たれて、 |
〈自美至流四字 以音下效此〉 |
||
曾毘良邇者 負千入之靫。 |
背そびらには 千入ちのりの 靫ゆきを負ひ、 |
背せには 矢が千本も入る 靱ゆぎを負われ、 |
〈訓入云能理。下效此。 自曾至邇者。以音〉 |
||
附 五百入之 靫。 |
平ひらには 五百入いほのりの 靫ゆきを附け、 |
胸にも 五百本入りの 靱をつけ、 |
亦臂 佩 伊都 〈此二字以音〉之 竹鞆而。 |
また臂ただむきには 稜威 いづの 高鞆たかともを 取り佩ばして、 |
また 威勢のよい 音を立てる鞆ともを お帶びになり、 |
弓腹 振立而。 |
弓腹ゆばら 振り立てて、 |
弓を 振り立てて力強く |
堅庭者。 | 堅庭は | 大庭を |
於向股 蹈那豆美。 〈三字以音〉 |
向股むかももに 蹈みなづみ、 |
お踏みつけになり、 |
如沫雪 蹶散而。 |
沫雪なす 蹶くゑ散はららかして、 |
泡雪あわゆきのように 大地を蹴散らかして |
伊都 〈二字以音〉之 男建 〈訓建云多祁夫〉 |
稜威の 男建 をたけび、 |
勢いよく 叫びの |
蹈建而。 | 蹈み建たけびて、 | 聲をお擧げになつて |
待問。 | 待ち問ひたまひしく、 | 待ち問われるのには、 |
何故 上來。 |
「何とかも 上り來ませる」 と問ひたまひき。 |
「どういうわけで 上のぼつて來こられたか」 とお尋ねになりました。 |
爾。 速須佐之男命 答白。 |
ここに 速須佐の男の命 答へ白したまはく、 |
そこで スサノヲの命の 申されるには、 |
僕者 無邪心。 |
「僕あは 邪きたなき心無し。 |
「わたくしは 穢きたない心はございません。 |
唯大御神之命以。 | ただ大御神の命もちて、 | ただ父上の仰せで |
問賜 僕之哭 伊佐知流之事故。 |
僕が哭き いさちる事を 問ひたまひければ、 |
わたくしが哭き わめいていることを お尋ねになりましたから、 |
白都良久。 〈三字以音〉 |
白しつらく、 | |
僕欲 往妣國以哭。 |
僕は 妣ははの國に往いなむとおもひて 哭くとまをししかば、 |
わたくしは 母上の國に行きたいと思つて 泣いております と申しましたところ、 |
爾大御神詔 汝者。 |
ここに大御神 汝みましは |
父上は |
不可在 此國 而。 |
この國に な住とどまりそ と詔りたまひて、 |
それではこの國に 住んではならない と仰せられて |
神夜良比 夜良比 賜故。 |
神逐かむやらひ 逐ひ賜ふ。 |
追い拂いましたので |
以爲請 將罷往之状。 |
かれ罷りなむとする状さまを まをさむとおもひて |
お暇乞いに |
參上耳。 | 參ゐ上りつらくのみ。 | 參りました。 |
無異心。 |
異けしき心無し」 とまをしたまひき。 |
變つた心は 持つておりません」 と申されました。 |
誓約①天照 |
||
爾 天照大御神 詔 |
ここに 天照らす大御神 詔りたまはく、 |
そこで 天照らす大神は、 |
然者 汝心之 清明。 |
「然らば 汝みましの心の 清明あかきは |
「それなら あなたの心の 正しいことは |
何以知。 |
いかにして知らむ」 とのりたまひしかば、 |
どうしたらわかるでしよう」 と仰せになつたので、 |
於是 速須佐之男命。 |
ここに 速須佐の男の命 答へたまはく、 |
スサノヲの命は、 |
答白 各 宇氣比而。 生子。 |
「おのもおのも 誓うけひて 子生まむ」 とまをしたまひき。 |
「誓約ちかいを立てて 子を生みましよう」 と申されました。 |
〈自宇以下 三字以音 下效此〉 |
||
故爾 | かれここに | よつて |
各中置 天安河而。 |
おのもおのも 天の安の河を 中に置きて |
天のヤスの河を 中に置いて |
宇氣布時。 | 誓うけふ時に、 | 誓約ちかいを立てる時に、 |
天照大御神。 | 天照らす大御神 | 天照らす大神は |
先 乞度 建速須佐之男命所 佩十拳劔。 |
まづ建速須佐の男の命の 佩はかせる 十拳とつかの劒つるぎを 乞ひ度わたして、 |
まずスサノヲの命の 佩はいている 長い劒を お取りになつて |
打折 三段而。 |
三段みきだに 打ち折りて、 |
三段に 打うち折つて、 |
奴那登母 母由良邇。 |
ぬなとももゆらに、 | 音もさらさらと |
〈此八字以音 下效此〉 |
||
振滌 天之眞名井而。 |
天あめの眞名井まなゐに 振り滌ぎて、 |
天の眞名井まないの 水で滌そそいで |
佐賀美邇 迦美而。 |
さ齧がみに 齧かみて、 |
囓かみに 囓かんで |
〈自佐下六字 以音下效此〉 |
||
於吹棄氣吹之 | 吹き棄つる氣吹いぶきの | 吹き棄てる息の |
狹霧所 成神御名。 |
狹霧さぎりに 成りませる神の御名は、 |
霧の中から あらわれた神の名は |
多紀理毘賣命。 〈此神名以音〉 |
多紀理毘賣 たぎりびめの命、 |
タギリヒメの命 |
亦御名謂 奧津嶋比賣命。 |
またの御名は 奧津島比賣 おきつしまひめの命といふ。 |
またの名は オキツシマ姫の命でした。 |
次 市寸嶋〈上〉比賣命。 |
次に 市寸島比賣 いちきしまひめの命、 |
次に イチキシマヒメの命 |
亦御名謂 狹依毘賣命。 |
またの御名は 狹依毘賣 さよりびめの命といふ。 |
またの名は サヨリビメの命、 |
次 多岐都比賣命。 〈三柱。 此神名以音〉 |
次に 多岐都比賣 たぎつひめの命 三柱。 |
次に タギツヒメの命の お三方でした。 |
誓約②須佐之男 |
||
速須佐之男命。 | 速須佐の男の命、 | 次にスサノヲの命が |
乞度天照大御神所 纒左御美豆良。 |
天照らす大御神の 左の御髻みみづらに纏まかせる |
天照らす大神の 左の御髮に纏まいておいでになつた |
八尺勾璁之 五百津之 美須麻流珠而。 |
八尺やさかの勾珠まがたまの 五百津いほつの 御統みすまるの珠を乞ひ度して、 |
大きな勾玉まがたまの 澤山ついている 玉の緒おをお請うけになつて、 |
奴那登母母由良爾。 | ぬなとももゆらに、 | 音もさらさらと |
振滌天之眞名井而。 | 天あめの眞名井に振り滌ぎて、 | 天の眞名井の水に滌そそいで |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓かみに囓かんで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の 狹霧に成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の 霧の中からあらわれた神は |
正勝吾勝勝速日 天之忍穗耳命。 |
正勝吾勝勝速日 まさかあかつかちはやび 天あめの忍穗耳おしほみみの命。 |
マサカアカツカチハヤビ アメノオシホミミの命、 |
亦乞度所纒 右御美豆良之珠而。 |
また 右の御髻に纏かせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 右の御髮の輪に 纏まかれていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の 狹霧に成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の 霧の中からあらわれた神は |
天之菩卑能命。 〈自菩下三字以音〉 |
天の菩卑ほひの命。 | アメノホヒの命、 |
亦乞度所纒 御鬘之珠而。 |
また 御鬘みかづらに纏かせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 鬘かずらに 纏いておいでになつていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の 狹霧に成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の 霧の中からあらわれた神は |
天津日子根命。 | 天津日子根あまつひこねの命。 | アマツヒコネの命、 |
又乞度所纏 左御手之珠而。 |
また 左の御手に纏まかせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 左の御手に お纏きになつていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の狹霧に 成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の霧の中から あらわれた神は |
活津日子根命。 | 活津日子根いくつひこねの命。 | イクツヒコネの命、 |
亦乞度所纒 右御手之珠而。 |
また 右の御手に纏かせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 右の御手に 纏いておいでになつていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の狹霧に 成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の霧の中から あらわれた神は |
熊野久須毘命。 | 熊野久須毘くまのくすびの命 | クマノクスビの命、 |
〈并五柱。 自久下三字以音〉 |
(并はせて五柱。) |
合わせて五方いつかたの 男神が御出現になりました。 |
誓約③系譜 |
||
於是 天照大御神。 |
ここに 天照らす大御神、 |
ここに 天照らす大神は |
告 速須佐之男命。 |
速須佐はやすさの男の命に 告のりたまはく、 |
スサノヲの命に 仰せになつて、 |
是後所生 五柱男子者。 |
「この後に生あれませる 五柱の男子ひこみこは、 |
「この後あとから生まれた 五人の男神は |
物實。 因我物所成。 |
物實ものざね 我が物に因りて成りませり。 |
わたしの身につけた珠によつて あらわれた神ですから |
故自吾子也。 | かれおのづから吾が子なり。 | 自然わたしの子です。 |
先所生之 三柱女子者。 |
先に生れませる 三柱の女子ひめみこは、 |
先に生まれた 三人の姫御子ひめみこは |
物實 因汝物所成。 |
物實 汝いましの物に因りて成りませり。 |
あなたの身につけたものによつて あらわれたのですから、 |
故乃汝子也。 | かれすなはち汝の子なり」と、 | やはりあなたの子です」 |
如此詔別也。 | かく詔のり別けたまひき。 | と仰せられました。 |
故其先所生之神。 | かれその先に生れませる神、 | その先にお生まれになつた神のうち |
多紀理毘賣命者。 |
多紀理毘賣 たきりびめの命は、 |
タギリヒメの命は、 |
坐胸形之 奧津宮。 |
胸形むなかたの 奧津おきつ宮にます。 |
九州の胸形むなかたの 沖つ宮においでになります。 |
次 市寸嶋比賣命者。 |
次に 市寸島比賣 いちきしまひめの命は |
次に イチキシマヒメの命は |
坐胸形之 中津宮。 |
胸形の 中津なかつ宮にます。 |
胸形の 中つ宮においでになります。 |
次田寸津比賣命者。 |
次に 田寸津比賣 たぎつひめの命は、 |
次に タギツヒメの命は |
坐胸形之 邊津宮。 |
胸形の 邊津へつ宮にます。 |
胸形の 邊へつ宮においでになります。 |
此三柱神者 胸形君等之 以伊都久 三前大神者也。 |
この三柱の神は、 胸形の君等が もち齋いつく 三前みまへの大神なり。 |
この三人の神は、 胸形の君たちが 大切にお祭りする 神樣であります。 |
故此後所生 五柱子之中。 |
かれこの後に生あれませる 五柱の子の中に、 |
そこでこの後でお生まれになつた 五人の子の中に、 |
天菩比命之子 建比良鳥命。 |
天の菩比ほひの命の子 建比良鳥 たけひらとりの命、 |
アメノホヒの命の子の タケヒラドリの命、 |
〈此出雲國造。 | こは出雲の國の造みやつこ、 |
これは 出雲の國の造みやつこ・ |
无邪志國造。 | 无耶志むざしの國の造、 | ムザシの國の造・ |
上菟上國造。 | 上かみつ菟上うなかみの國の造、 | カミツウナカミの國の造・ |
下菟上國造。 | 下しもつ菟上うなかみの國の造、 | シモツウナカミの國の造・ |
伊自牟國造。 | 伊自牟いじむの國の造、 | イジムの國の造・ |
津嶋縣直。 |
津島つしまの 縣あがたの直あたへ、 |
津島の 縣あがたの直あたえ・ |
遠江國造 等之祖也〉 |
遠江とほつあふみの國の造 等が祖おやなり。 |
遠江とおとおみの國の造 たちの祖先です。 |
次天津日子根命者。 | 次に天津日子根あまつひこねの命は、 | 次にアマツヒコネの命は、 |
〈凡川内國造。 | 凡川内おふしかふちの國の造、 | 凡川内おおしこうちの國の造・ |
額田部 湯坐連。 |
額田部ぬかたべの 湯坐ゆゑの連むらじ、 |
額田ぬかた部の 湯坐ゆえの連・ |
茨木國造。 | 木きの國の造、 | 木の國の造・ |
倭田中直。 | 倭やまとの田中の直あたへ、 | 倭やまとの田中の直あたえ・ |
山代國造。 | 山代やましろの國の造、 | 山代やましろの國の造・ |
馬來田國造。 | 馬來田うまくたの國の造、 | ウマクタの國の造・ |
道尻岐閇國造。 | 道みちの尻岐閇しりきべの國の造、 | 道ノシリキベの國の造・ |
周芳國造。 | 周芳すはの國の造、 | スハの國の造・ |
倭淹知造。 | 倭やまとの淹知あむちの造みやつこ、 | 倭のアムチの造・ |
高市縣主。 | 高市たけちの縣主あがたぬし、 | 高市たけちの縣主・ |
蒲生稻寸。 | 蒲生かまふの稻寸いなぎ、 | 蒲生かもうの稻寸いなき・ |
三枝部造 等之祖也〉 |
三枝部さきくさべの造 等が祖なり。 |
三枝部さきくさべの造 たちの祖先です。 |
クソまき |
||
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | そこでスサノヲの命は、 |
白于天照大御神。 | 天照らす大御神に白したまひしく、 | 天照らす大神に申されるには |
我心清明。 | 「我が心清明あかければ | 「わたくしの心が清らかだつたので、 |
故我所生子。 | 我が生める子 | わたくしの生うんだ子が |
得手弱女。 | 手弱女たわやめを得つ。 | 女だつたのです。 |
因此言者。 | これに因りて言はば、 | これに依よつて言えば |
自我勝云而 於勝佐備 〈此二字以音〉 |
おのづから我勝ちぬ」といひて、 勝さびに |
當然わたくしが勝つたのです」といつて、 勝つた勢いに任せて 亂暴を働きました。 |
離天照大御神之 營田之阿 〈此阿字以音〉埋其溝。 |
天照らす大御神の 營田みつくたの畔あ離ち、 その溝埋うみ、 |
天照らす大神が田を作つておられた その田の畔あぜを毀こわしたり 溝みぞを埋うめたりし、 |
亦其於聞看 大嘗之殿。 |
またその 大嘗にへ聞しめす殿に |
また 食事をなさる御殿に |
屎麻理 〈此二字以音〉散。 |
屎くそまり 散らしき。 |
屎くそをし 散らしました。 |
故。雖然爲。 | かれ然すれども、 |
このようなことを なさいましたけれども |
天照大御神者。 | 天照らす大御神は | 天照らす大神は |
登賀米受 而告。 |
咎めずて 告りたまはく、 |
お咎とがめにならないで、 仰せになるには、 |
如屎。 | 「屎くそなすは | 「屎くそのようなのは |
醉而 吐散登許曾。 〈此三字以音〉 |
醉ゑひて 吐き散らすとこそ |
酒に醉つて 吐はき散ちらすとて |
我那勢之命 爲如此。 |
我が汝兄なせの命 かくしつれ。 |
こんなになつたのでしよう。 |
又 離田之阿埋溝者。 |
また 田の畔あ離ち溝埋うむは、 |
それから 田の畔を毀し溝を埋めたのは |
地矣阿多良斯登許曾。 〈自阿以下七字以音〉 |
地ところを惜あたらしとこそ | 地面を惜しまれて |
我那勢之命爲如此登。 〈此一字以音〉 |
我が汝兄なせの命かくしつれ」 | このようになされたのです」 |
詔雖直。 | と詔り直したまへども、 | と善いようにと仰せられましたけれども、 |
猶其惡態 不止而轉。 |
なほその惡あらぶる態わざ 止まずてうたてあり。 |
その亂暴なしわざは 止やみませんでした。 |
天の岩戸 |
||
天照大御神。 | 天照らす大御神の | 天照らす大神が |
坐 忌服屋而。 |
忌服屋いみはたやに ましまして |
清らかな機織場はたおりばに おいでになつて |
令織 神御衣之時。 |
神御衣かむみそ 織らしめたまふ時に、 |
神樣の御衣服おめしものを 織らせておいでになる時に、 |
穿其服屋之頂。 | その服屋はたやの頂むねを穿ちて、 | その機織場の屋根に穴をあけて |
逆剥 天斑馬剥而。 |
天の斑馬むちこまを 逆剥さかはぎに剥ぎて |
斑駒まだらごまの 皮をむいて |
所墮入時。 | 墮し入るる時に、 | 墮おとし入れたので、 |
天衣織女見驚而。 | 天の衣織女みそおりめ見驚きて | 機織女はたおりめが驚いて |
於梭衝陰上 而死。 〈訓陰上云富登〉 |
梭ひに 陰上ほとを衝きて 死にき。 |
機織りに使う板で 陰ほとをついて 死んでしまいました。 |
故於是 天照大御神見畏。 |
かれここに 天照らす大御神見み畏かしこみて、 |
そこで 天照らす大神もこれを嫌つて、 |
閇天石屋戶而。 | 天の石屋戸いはやどを開きて | 天あめの岩屋戸いわやとをあけて |
刺許母理 〈此三字以音〉 坐也。 |
さし隱こもりましき。 | 中にお隱れになりました。 |
爾 高天原皆暗。 |
ここに 高天たかまの原皆暗く、 |
それですから 天がまつくらになり、 |
葦原中國悉闇。 |
葦原あしはらの中つ國 悉に闇し。 |
下の世界も ことごとく闇くらくなりました。 |
因此而常夜往。 | これに因りて、常夜とこよ往く。 | 永久に夜が續いて行つたのです。 |
於是萬神之聲者。 | ここに萬よろづの神の聲おとなひは、 | そこで多くの神々の騷ぐ聲は |
狹蠅那須 〈此二字以音〉 皆滿。 |
さ蠅ばへなす 滿ち、 |
夏の蠅のように いつぱいになり、 |
萬妖悉發。 |
萬の妖わざはひ 悉に發おこりき。 |
あらゆる妖わざわいが すべて起りました。 |
天安河原 |
||
是以 八百萬神。 |
ここを以ちて 八百萬の神、 |
こういう次第で 多くの神樣たちが |
於天安之河原。 | 天の安の河原に |
天の世界の 天あめのヤスの河の河原に |
神集集而。 〈訓集云都度比〉 |
神集かむつどひ 集つどひて、 |
お集まりになつて |
高御產巢日神之子 思金神〈訓金云加尼〉。 |
高御産巣日たかみむすびの神の子 思金おもひがねの神に |
タカミムスビの神の子の オモヒガネの神という神に |
令思而。 | 思はしめて、 | 考えさせて |
集常世 長鳴鳥。 |
常世とこよの 長鳴ながなき鳥を集つどへて |
まず海外の國から渡つて來た 長鳴鳥ながなきどりを集めて |
令鳴而。 | 鳴かしめて、 | 鳴かせました。 |
取 天安河之河上之 天堅石。 |
天の安の河の河上の 天の堅石かたしはを取り、 |
次に 天のヤスの河の河上にある 堅い巖いわおを取つて來、 |
取天金山之鐵而。 |
天の金山かなやまの 鐵まがねを取りて、 |
また天の金山かなやまの 鐵を取つて |
求鍛人 天津麻羅而 〈麻羅二字以音〉 |
鍛人かぬち 天津麻羅あまつまらを求まぎて、 |
鍛冶屋かじやの アマツマラという人を尋ね求め、 |
科伊斯許理度賣命。 〈自伊下六字以音〉 |
伊斯許理度賣 いしこりどめの命に科おほせて、 |
イシコリドメの命に命じて |
令作鏡。 | 鏡を作らしめ、 | 鏡を作らしめ、 |
科玉祖命。 | 玉の祖おやの命に科せて | タマノオヤの命に命じて |
令作 八尺勾之 五百津之 御須麻流之珠而。 |
八尺の勾まが璁の 五百津いほつの 御統みすまるの 珠を作らしめて |
大きな勾玉まがたまが 澤山ついている 玉の緒の 珠を作らしめ、 |
召天兒屋命 布刀玉命 〈布刀二字以音下效此〉 而。 |
天の兒屋こやねの 命布刀玉ふとだまの命を 召よびて、 |
アメノコヤネの命と フトダマの命とを 呼んで |
内拔天香山之 眞男鹿之肩拔而。 |
天の香山かぐやまの 眞男鹿さをしかの肩を 内拔うつぬきに拔きて、 |
天のカグ山の 男鹿おじかの肩骨を そつくり拔いて來て、 |
取天香山之 天之波波迦 〈此三字以音木名〉 而。 |
天の香山の 天の波波迦ははかを 取りて、 |
天のカグ山の ハハカの木を 取つて |
令占合麻迦那波而。 〈自麻下四字以音〉 |
占合うらへまかなはしめて、 |
その鹿しかの肩骨を燒やいて 占うらなわしめました。 |
天香山之 五百津眞賢木矣。 |
天の香山の 五百津の眞賢木まさかきを |
次に天のカグ山の 茂しげつた賢木さかきを |
根許士爾許士而。 〈自許下五字以音〉 |
根掘ねこじにこじて、 | 根掘ねこぎにこいで、 |
於上枝。 | 上枝ほつえに | 上うえの枝に |
取著八尺勾璁之 五百津之 御須麻流之玉。 |
八尺の勾璁の 五百津の 御統の玉を取り著つけ、 |
大きな勾玉まがたまの 澤山の 玉の緒を懸け、 |
於中枝 取繋八尺鏡。 〈訓八尺云八阿多〉 |
中つ枝に 八尺やたの鏡を取り繋かけ、 |
中の枝には 大きな鏡を懸け、 |
於下枝。 | 下枝しづえに | 下の枝には |
取垂白丹寸手 青丹寸手而。 〈訓垂云志殿〉 |
白和幣しろにぎて 青和幣あをにぎてを 取り垂しでて、 |
麻だの 楮こうぞの皮の晒さらしたの などをさげて、 |
此種種物者。 | この種種くさぐさの物は、 | |
布刀玉命。 | 布刀玉の命 | フトダマの命が |
布刀御幣登取持而。 | 太御幣ふとみてぐらと取り持ちて、 | これをささげ持ち、 |
天兒屋命。 | 天の兒屋の命 | アメノコヤネの命が |
布刀詔戶 言祷白而。 |
太祝詞ふとのりと 言祷ことほぎ白して、 |
莊重そうちような 祝詞のりとを唱となえ、 |
天手力男神。 | 天の手力男たぢからをの神、 | アメノタヂカラヲの神が |
隱立戶掖而。 |
戸の掖わきに 隱り立ちて、 |
岩戸いわとの陰かげに 隱れて立つており、 |
天宇受賣命。 | 天の宇受賣うずめの命、 | アメノウズメの命が |
手次繋 天香山之 天之日影而。 |
天の香山の 天の日影ひかげを 手次たすきに繋かけて、 |
天のカグ山の 日影蔓ひかげかずらを 手襁たすきに懸かけ、 |
爲鬘 天之眞拆而。 |
天の眞拆まさきを 鬘かづらとして、 |
眞拆まさきの蔓かずらを 鬘かずらとして、 |
手草結 天香山之 小竹葉而。 〈訓小竹云佐佐〉 |
天の香山の 小竹葉ささばを 手草たぐさに結ひて、 |
天のカグ山の 小竹ささの葉を 束たばねて 手に持ち、 |
於天之石屋戶 伏汙氣 〈此二字以音〉而。 |
天の石屋戸いはやどに 覆槽うけ伏せて |
天照らす大神のお隱れになつた 岩戸の前に 桶おけを覆ふせて |
蹈登杼呂許志。 〈此五字以音〉 |
蹈みとどろこし、 | 踏み鳴らし |
爲神懸而。 | 神懸かむがかりして、 | 神懸かみがかりして |
掛出胸乳。 | 胸乳むなちを掛き出で、 | |
裳緒忍 垂於番登也。 |
裳もの緒ひもを 陰ほとに押し垂りき。 |
裳の紐を 陰ほとに垂らしましたので、 |
爾高天原動而。 | ここに高天の原動とよみて | 天の世界が鳴りひびいて、 |
八百萬神 共咲。 |
八百萬の神 共に咲わらひき。 |
たくさんの神が、 いつしよに笑いました。 |
於是 天照大御神 以爲怪。 |
ここに 天照らす大御神 怪あやしとおもほして、 |
そこで 天照らす大神は 怪しいとお思いになつて、 |
細開天石屋戶而。 | 天の石屋戸を細ほそめに開きて | 天の岩戸を細目にあけて |
内告者。 | 内より告のりたまはく、 | 内から仰せになるには、 |
因吾隱坐而。 | 「吾あが隱こもりますに因りて、 | 「わたしが隱れているので |
以爲天原自闇。 | 天の原おのづから闇くらく、 | 天の世界は自然に闇く、 |
亦葦原中國 皆闇矣。 |
葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、 |
下の世界も 皆みな闇くらいでしようと思うのに、 |
何由以 天宇受賣者。 爲樂。 |
何なにとかも 天の宇受賣うずめは 樂あそびし、 |
どうして アメノウズメは 舞い遊び、 |
亦八百萬神諸咲。 |
また八百萬の神諸もろもろ咲わらふ」 とのりたまひき。 |
また多くの神は笑つているのですか」 と仰せられました。 |
爾天宇受賣。 | ここに天の宇受賣白さく、 | そこでアメノウズメの命が、 |
白言 益汝命而 貴神坐故 歡喜咲樂。 |
「汝命いましみことに勝まさりて 貴たふとき神いますが故に、 歡喜よろこび咲わらひ樂あそぶ」 と白しき。 |
「あなた樣に勝まさつて 尊い神樣がおいでになりますので 樂しく遊んでおります」 と申しました。 |
如此言之間。 | かく言ふ間に、 | かように申す間に |
天兒屋命 布刀玉命。 |
天の兒屋の命、 布刀玉の命、 |
アメノコヤネの命と フトダマの命とが、 |
指出其鏡。 | その鏡をさし出でて、 | かの鏡をさし出して |
示奉天照大御神之時。 | 天照らす大御神に見せまつる時に、 | 天照らす大神にお見せ申し上げる時に |
天照大御神 逾思奇而。 |
天照らす大御神 いよよ奇あやしと思ほして、 |
天照らす大神は いよいよ不思議にお思いになつて、 |
稍自戶出而。臨坐之時。 | やや戸より出でて臨みます時に、 | 少し戸からお出かけになる所を、 |
其所隱立之 天手力男神。 |
その隱かくり立てる 手力男の神、 |
隱れて立つておられた タヂカラヲの神が |
取其御手 引出。 |
その御手を取りて 引き出だしまつりき。 |
その御手を取つて 引き出し申し上げました。 |
即布刀玉命。 | すなはち布刀玉の命、 | そこでフトダマの命が |
以尻久米 〈此二字以音〉繩。 |
尻久米 しりくめ繩を |
そのうしろに 標繩しめなわを |
控度其御後方。 | その御後方みしりへに控ひき度して | 引き渡して、 |
白言。 | 白さく、 | |
從此以内 不得還入。 |
「ここより内にな 還り入りたまひそ」 とまをしき。 |
「これから内には お還り入り遊ばしますな」 と申しました。 |
故天照大御神 出坐之時。 |
かれ天照らす大御神の 出でます時に、 |
かくて天照らす大神が お出ましになつた時に、 |
高天原及葦原中國。 | 高天の原と葦原の中つ國と | 天も下の世界も |
自得照明。 | おのづから照り明りき。 | 自然と照り明るくなりました。 |
第二次神逐 |
||
於是八百萬神 共議而。 |
ここに八百萬の神 共に議はかりて、 |
ここで神樣たちが 相談をして |
於速須佐之男命。 | 速須佐の男の命に | スサノヲの命に |
負千位置戶。 | 千座ちくらの置戸おきどを負せ、 |
澤山の品物を出して 罪を償つぐなわしめ、 |
亦切鬚。 | また鬚ひげと手足の爪とを切り、 | また鬚ひげと |
及手足爪令拔而。 | 祓へしめて、 | 手足てあしの爪とを切つて |
神夜良比 夜良比岐。 |
神逐かむやらひ 逐ひき。 |
逐いはらいました。 |
オホゲツヒメ |
||
スサノヲの命は、 かようにして天の世界から逐おわれて、 下界げかいへ下くだつておいでになり、 |
||
又食物乞 大氣津比賣神。 |
また食物をしものを 大氣都比賣 おほげつひめの神に 乞ひたまひき。 |
まず食物を オホゲツ姫の神に お求めになりました。 |
爾大氣都比賣。 | ここに大氣都比賣、 | そこでオホゲツ姫が |
自鼻口及尻。 | 鼻口また尻より、 | 鼻や口また尻しりから |
種種味物取出而。 | 種種の味物ためつものを取り出でて、 | 色々の御馳走を出して |
種種作具而。 | 種種作り具へて進たてまつる時に、 | 色々お料理をしてさし上げました。 |
進時。 | この時に | |
速須佐之男命。 | 速須佐の男の命、 | スサノヲの命は |
立伺其態。 | その態しわざを立ち伺ひて、 | そのしわざをのぞいて見て |
以爲 穢汚而奉進。 |
穢汚きたなくして奉る とおもほして、 |
穢きたないことをして食べさせる とお思いになつて、 |
乃殺 其大宜津比賣神。 |
その大宜津比賣 おほげつひめの神を 殺したまひき。 |
そのオホゲツ姫の神を 殺してしまいました。 |
故所殺神於身 生物者。 |
かれ殺さえましし神の身に 生なれる物は、 |
殺された神の身體に 色々の物ができました。 |
於頭生蠶。 | 頭に蠶こ生り、 | 頭あたまに蠶かいこができ、 |
於二目生稻種。 | 二つの目に稻種いなだね生り、 | 二つの目に稻種いねだねができ、 |
於二耳生粟。 | 二つの耳に粟生り、 | 二つの耳にアワができ、 |
於鼻生小豆。 | 鼻に小豆あづき生り、 | 鼻にアズキができ、 |
於陰生麥。 | 陰ほとに麥生り、 | 股またの間あいだにムギができ、 |
於尻生大豆。 | 尻に大豆まめ生りき。 | 尻にマメが出來ました。 |
故是 神產巢日御祖命。 |
かれここに 神産巣日かむむすび 御祖みおやの命、 |
カムムスビの命が、 |
令取茲。 | こを取らしめて、 | これをお取りになつて |
成種。 | 種と成したまひき。 | 種となさいました。 |
須佐之男の物語 |
||
八俣大蛇・クシナダ姫 |
||
故所避追而。 | かれ避追やらはえて、 |
かくてスサノヲの命は 逐い拂われて |
降出雲國之 肥〈上〉河上 在鳥髮地。 |
出雲の國の肥の河上、 名は鳥髮とりかみといふ地ところに 降あもりましき。 |
出雲の國の肥ひの河上、 トリカミという所に お下りになりました。 |
此時 箸從其河流下。 |
この時に、 箸その河ゆ流れ下りき。 |
この時に 箸はしがその河から流れて來ました。 |
於是須佐之男命。 | ここに須佐の男の命、 | |
以爲人有其河上而。 | その河上に人ありとおもほして、 | それで河上に人が住んでいるとお思いになつて |
尋覓上往者。 | 求まぎ上り往でまししかば、 | 尋ねて上のぼつておいでになりますと、 |
老夫與 老女二人在而。 |
老夫おきなと 老女おみなと二人ありて、 |
老翁と 老女と二人があつて |
童女置中而泣。 | 童女をとめを中に置きて泣く。 | 少女を中において泣いております。 |
爾問賜之。 汝等者誰。 |
ここに「汝たちは誰そ」と 問ひたまひき。 |
そこで「あなたは誰だれですか」と お尋ねになつたので、 |
故其老夫。答言。 | かれその老夫、答へて言まをさく | その老翁が、 |
僕者國神。 大山〈上〉津見 神之子焉。 |
「僕あは國つ神 大山津見おほやまつみの 神の子なり。 |
「わたくしはこの國の神の オホヤマツミの 神の子で |
僕名謂足〈上〉名椎。 | 僕が名は足名椎あしなづちといひ | アシナヅチといい、 |
妻名謂手〈上〉名椎。 | 妻めが名は手名椎てなづちといひ、 | 妻の名はテナヅチ、 |
女名謂 櫛名田比賣。 |
女むすめが名は 櫛名田比賣 くしなだひめといふ」とまをしき。 |
娘の名は クシナダ姫といいます」と申しました。 |
亦問 汝哭由者何。 |
また「汝の哭く故は何ぞ」 と問ひたまひしかば、 |
また「あなたの泣くわけはどういう次第ですか」と お尋ねになつたので |
答白言。 | 答へ白さく | |
我之女者 自本在八稚女。 |
「我が女は もとより八稚女をとめありき。 |
「わたくしの女むすめは もとは八人ありました。 |
是高志之 八俣遠呂智。 〈此三字以音〉 |
ここに高志こしの 八俣やまたの大蛇をろち、 |
それをコシの 八俣やまたの大蛇が |
每年來喫。 | 年ごとに來て喫くふ。 | 毎年來て食たべてしまいます。 |
今其可來時故泣。 |
今その來べき時なれば泣く」 とまをしき。 |
今またそれの來る時期ですから泣いています」 と申しました。 |
爾問其形如何。 |
ここに「その形はいかに」 と問ひたまひしかば、 |
「その八俣の大蛇というのは どういう形をしているのですか」 とお尋ねになつたところ、 |
答白。 | ||
彼目如 赤加賀智而。 |
「そが目は 赤かがちの如くにして |
「その目めは 丹波酸漿たんばほおずきのように 眞赤まつかで、 |
身一有 八頭 八尾。 |
身一つに 八つの頭かしら 八つの尾あり。 |
身體一つに 頭が八つ、 尾が八つあります。 |
亦其身生 蘿及 檜榲。 |
またその身に 蘿こけまた 檜榲ひすぎ生ひ、 |
またその身體からだには 蘿こけだの檜ひのき・ 杉の類が生え、 |
其長度 谿八谷 峽八尾而。 |
その長たけ 谷たに八谷 峽を八尾をを度りて、 |
その長さは 谷たに八やつ 峰みね八やつをわたつて、 |
見其腹者。 | その腹を見れば、 | その腹を見れば |
悉常血爛也。 |
悉に常に血ち垂り 爛ただれたり」 とまをしき。 |
いつも血ちが垂れて 爛ただれております」 と申しました。 |
〈此謂赤加賀知者。 今酸醤者也〉 |
(ここに赤かがちと云へるは、 今の酸醤なり[酸醤なりはママ]) |
|
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | そこでスサノヲの命が |
詔其老夫。 | その老夫に詔りたまはく、 | その老翁に |
是汝之女者。 | 「これ汝いましが女ならば、 | 「これがあなたの女むすめさんならば |
奉於吾哉。 |
吾に奉らむや」 と詔りたまひしかば、 |
わたしにくれませんか」 と仰せになつたところ、 |
答白恐亦 不覺御名。 |
「恐けれど御名を知らず」 と答へまをしき。 |
「恐れ多いことですけれども、 あなたはどなた樣ですか」 と申しましたから、 |
爾答詔。 | ここに答へて詔りたまはく、 | |
吾者 天照大御神之 伊呂勢者也。 〈自伊下三字以音〉 |
「吾は 天照らす大御神の 弟いろせなり。 |
「わたしは 天照らす大神の 弟です。 |
故。今自天降坐也。 |
かれ今天より降りましつ」 とのりたまひき。 |
今天から下つて來た所です」 とお答えになりました。 |
爾。 足名椎。 手名椎神。 |
ここに 足名椎あしなづち 手名椎てなづちの神、 |
それで アシナヅチ・ テナヅチの神が |
白然坐者恐。 | 「然まさば恐かしこし、 | 「そうでしたら恐れ多いことです。 |
立奉。 |
奉らむ」 とまをしき。 |
女むすめをさし上げましよう」 と申しました。 |
草薙の大刀 |
||
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | 依つてスサノヲの命は |
乃於湯津爪櫛取成 其童女而。 |
その童女をとめを 湯津爪櫛ゆつつまぐしに取らして、 |
その孃子おとめを 櫛くしの形かたちに變えて |
刺御美豆良。 | 御髻みみづらに刺さして、 | 御髮おぐしにお刺さしになり、 |
告其 足名椎 手名椎神。 |
その 足名椎、 手名椎の神に告りたまはく、 |
その アシナヅチ・ テナヅチの神に仰せられるには、 |
汝等。 | 「汝等いましたち、 | 「あなたたち、 |
釀八鹽折之酒。 | 八鹽折やしほりの酒を釀かみ、 | ごく濃い酒を釀かもし、 |
且作廻垣。 | また垣を作り廻もとほし、 | また垣を作り廻して |
於其垣作八門。 | その垣に八つの門を作り、 | 八つの入口を作り、 |
每門結八佐受岐。 〈此三字以音〉 |
門ごとに 八つのさずきを結ゆひ、 |
入口毎に 八つの物を置く臺を作り、 |
每其佐受岐 置酒船而。 |
そのさずきごとに 酒船を置きて、 |
その臺毎に 酒の槽おけをおいて、 |
每船盛 其八鹽折酒 而待。 |
船ごとに その八鹽折の酒を盛りて 待たさね」とのりたまひき。 |
その濃い酒をいつぱい入れて 待つていらつしやい」と仰せになりました。 |
故隨告而。 | かれ告りたまへるまにまにして、 | そこで仰せられたままに |
如此設備待之時。 | かく設まけ備へて待つ時に、 | かように設けて待つている時に、 |
其八俣遠呂智。 | その八俣やまたの大蛇をろち、 | かの八俣の大蛇が |
信如言來。 | 信まことに言ひしがごと來つ。 | ほんとうに言つた通りに來ました。 |
乃 每船 垂入己頭。 飮其酒。 |
すなはち 船ごとに 己おのが頭を乘り入れて その酒を飮みき。 |
そこで 酒槽さかおけ毎に それぞれ首を乘り入れて 酒を飮みました。 |
於是飮醉。 留伏寢。 |
ここに飮み醉ひて留まり 伏し寢たり。 |
そうして醉つぱらつてとどまり 臥して寢てしまいました。 |
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | そこでスサノヲの命が |
拔其所御佩之 十拳劔。 |
その御佩みはかしの 十拳とつかの劒を拔きて、 |
お佩きになつていた 長い劒を拔いて |
切散其蛇者。 | その蛇を切り散はふりたまひしかば、 | その大蛇をお斬り散らしになつたので、 |
肥河 變血而流。 |
肥ひの河 血に變なりて流れき。 |
肥の河が 血になつて流れました。 |
故。切其中尾時。 |
かれその中の尾を 切りたまふ時に、 |
その大蛇の中の尾を お割きになる時に |
御刀之刄毀。 | 御刀みはかしの刃毀かけき。 | 劒の刃がすこし毀かけました。 |
爾思怪。 | ここに怪しと思ほして、 | これは怪しいとお思いになつて |
以御刀之前。 | 御刀の前さきもちて | 劒の先で割いて |
刺割而見者。 | 刺し割きて見そなはししかば、 | 御覽になりましたら、 |
在都牟刈之大刀。 | 都牟羽つむはの大刀あり。 | 鋭い大刀がありました。 |
故。取此大刀。 | かれこの大刀を取らして、 | この大刀をお取りになつて |
思異物而。 | 異けしき物ぞと思ほして、 | 不思議のものだとお思いになつて |
白上於 天照大御神也。 |
天照らす大御神に 白し上げたまひき。 |
天照らす大神に 獻上なさいました。 |
是者 草那藝之大刀也。 〈那藝二字以音〉 |
こは 草薙くさなぎの大刀なり。 |
これが 草薙の劒でございます。 |
出雲国 |
||
故。是以 其速須佐之男命。 |
かれここを以ちて その速須佐の男の命、 |
かくして スサノヲの命は、 |
宮可造作之地。 | 宮造るべき地ところを | 宮を造るべき處を |
求出雲國。 | 出雲の國に求まぎたまひき。 | 出雲の國でお求めになりました。 |
爾。到坐須賀 〈此二字以音下效此〉 |
ここに 須賀すがの地に到りまして |
そうして スガの處ところにおいでになつて |
地而詔之。 | 詔りたまはく、 | 仰せられるには、 |
吾來此地。 | 「吾此地ここに來て、 | 「わたしは此處ここに來て |
我御心 須賀須賀斯而。 |
我あが御心 清淨すがすがし」 と詔りたまひて、 |
心もちが 清々すがすがしい」 と仰せになつて、 |
其地作宮坐。 | 其地そこに宮作りてましましき。 | 其處そこに宮殿をお造りになりました。 |
故。其地者於 今云須賀也。 |
かれ其地そこをば 今に須賀といふ。 |
それで其處をば 今でもスガというのです。 |
茲大神 | この大神、 | この神が、 |
初作須賀宮之時。 | 初め須賀の宮作らしし時に、 | はじめスガの宮をお造りになつた時に、 |
自其地雲立騰。 | 其地そこより雲立ち騰りき。 | 其處から雲が立ちのぼりました。 |
爾作御歌。 | ここに御歌よみしたまひき。 | 依つて歌をお詠みになりましたが、 |
其歌曰。 | その歌、 | その歌は、 |
夜久毛多都。 伊豆毛夜幣賀岐。 都麻碁微爾。 夜幣賀岐都久流。 曾能夜幣賀岐袁 |
や雲立つ 出雲八重垣。 妻隱つまごみに 八重垣作る。 その八重垣を。 |
雲の叢むらがり起たつ 出雲いずもの國の宮殿。 妻と住むために 宮殿をつくるのだ。 その宮殿よ。 |
というのです。 | ||
於是喚 其足名椎神。 |
ここにその 足名椎の神を喚めして |
そこでかの アシナヅチ・ テナヅチの神をお呼よびになつて、 |
告言 汝者 任我宮之首。 |
告のりたまはく、 「汝いましをば 我が宮の首おびとに任まけむ」 と告りたまひ、 |
「あなたは わたしの宮の長となれ」 と仰せになり、 |
且負名號 稻田宮主 須賀之八耳神。 |
また名を 稻田いなだの宮主みやぬし 須賀すがの八耳やつみみの神 と負せたまひき。 |
名を イナダの宮主みやぬし スガノヤツミミの神 とおつけになりました。 |
須佐之男の系譜 |
||
故。其櫛名田比賣以。 | その櫛名田比賣くしなだひめを | そこでそのクシナダ姫と |
久美度邇起而。 | 隱處くみどに起して、 | 婚姻して |
所生神名。 | 生みませる神の名は、 | お生みになつた神樣は、 |
謂八嶋士奴美神。 〈自士下三字以音 下效此〉 |
八島士奴美 やしまじぬみの神。 |
ヤシマジヌミの神です。 |
又娶大山津見神之女。 | また大山津見の神の女むすめ | またオホヤマツミの神の女の |
名神大市比賣。 | 名は神大市かむおほち比賣に娶あひて | カムオホチ姫と結婚をして |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
大年神。 | 大年おほとしの神、 | オホトシの神、 |
次宇迦之御魂神。 〈二柱。宇迦二字以音〉 |
次に宇迦うかの御魂みたま二柱。 | 次にウカノミタマです。 |
兄八嶋士奴美神。 |
兄みあに 八島士奴美の神、 |
兄の ヤシマジヌミの神は |
娶大山津見神之女。 | 大山津見の神の女、 | オホヤマツミの神の女の |
名 木花知流 〈此二字以音〉比賣。 |
名は 木この花はな知流ちる比賣に 娶あひて |
木この花散はなちる姫と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
布波能母遲久奴須奴神。 |
布波能母遲久奴須奴 ふはのもぢくぬすぬの神。 |
フハノモヂクヌスヌの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶淤迦美神之女。 | 淤迦美おかみの神の女、 | オカミの神の女の |
名日河比賣生子。 |
名は日河ひかは比賣に 娶ひて生みませる子、 |
ヒカハ姫と 結婚して生んだ子が |
深淵之 水夜禮花神。 〈夜禮二字以音〉 |
深淵ふかふちの 水夜禮花みづやれはなの神。 |
フカブチノ ミヅヤレハナの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶天之 都度閇知泥〈上〉神。 〈自都下五字以音〉 |
天の都度閇知泥 つどへちねの神に 娶ひて |
アメノ ツドヘチネの神と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子が |
淤美豆奴神。 〈此神名以音〉 |
淤美豆奴おみづぬの神。 | オミヅヌの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶布怒豆怒神。 〈此神名以音〉之女。 |
布怒豆怒ふのづのの神の女、 | フノヅノの神の女の |
名 布帝耳〈上〉神 〈布帝二字以音〉生子。 |
名は 布帝耳ふてみみの神に 娶ひて生みませる子、 |
フテミミの神と 結婚して生んだ子が |
天之冬衣神。 | 天の冬衣ふゆぎぬの神、 | アメノフユギヌの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶刺國大〈上〉神之女。 | 刺國大さしくにおほの神の女、 | サシクニオホの神の女の |
名刺國若比賣 生子。 |
名は刺國若比賣に 娶ひて生みませる子、 |
サシクニワカ姫と 結婚して生んだ子が |
大國主神。 | 大國主の神。 | 大國主おおくにぬしの神です。 |
亦名謂 大穴牟遲神。 〈牟遲二字以音〉 |
またの名は 大穴牟遲 おほあなむぢの神といひ、 |
この大國主の神は またの名を オホアナムチの神とも |
亦名謂 葦原色許男神。 〈色許二字以音〉 |
またの名は 葦原色許男 あしはらしこをの神といひ、 |
アシハラシコヲの神とも |
亦名謂 八千矛神。 |
またの名は 八千矛 やちほこの神といひ、 |
ヤチホコの神とも |
亦名謂 宇都志國玉神。 〈宇都志三字以音〉 |
またの名は 宇都志國玉 うつしくにたまの神といひ、 |
ウツシクニダマの神 とも申します。 |
并有五名。 |
并はせて 五つの名あり。 |
合わせてお名前が 五つありました。 |
天照の受難 |
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---|---|---|
天照の武装(守り≠攻撃) |
||
故於是 速須佐之男命 言。 |
かれここに 速須佐の男の命、 言まをしたまはく、 |
そこで スサノヲの命が 仰せになるには、 |
然者。 | 「然らば | 「それなら |
請 天照大御神 將罷。 |
天照らす大御神に まをして 罷りなむ」と言まをして、 |
天照らす大神おおみかみに 申しあげて 黄泉よみの國に行きましよう」 |
乃參上天時。 | 天にまゐ上りたまふ時に、 |
と仰せられて 天にお上りになる時に、 |
山川悉動。 | 山川悉に動とよみ | 山や川が悉く鳴り騷ぎ |
國土皆震。 | 國土皆震ゆりき。 | 國土が皆振動しました。 |
爾 天照大御神 聞驚而。 |
ここに 天照らす大御神 聞き驚かして、 |
それですから 天照らす大神が 驚かれて、 |
詔 | 詔りたまはく、 | |
我那勢命之 上來由者。 |
「我が汝兄なせの命の 上り來ます由ゆゑは、 |
「わたしの弟おとうとが 天に上つて來られるわけは |
必不善心。 |
かならず 善うるはしき心ならじ。 |
立派な心で來るのでは ありますまい。 |
欲奪 我國耳。 |
我が國を奪はむと おもほさくのみ」 と詔りたまひて、 |
わたしの國を奪おうと 思つておられるのかも知れない」 と仰せられて、 |
即解御髮。 |
すなはち 御髮みかみを解きて、 |
髮をお解きになり、 |
纏 御美豆羅而。 |
御髻みみづらに 纏かして、 |
左右に分けて 耳のところに輪に お纏まきになり、 |
乃於左右 御美豆羅亦 |
左右の御髻にも、 |
その左右の 髮の輪にも、 |
於御鬘亦。 | 御鬘かづらにも、 |
頭に戴かれる 鬘かずらにも、 |
於左右御手。 | 左右の御手にも、 | 左右の御手にも、 |
各纒持 八尺 勾璁之 五百津之 美須麻流之珠 而。 |
みな 八尺やさかの 勾璁まがたまの 五百津いほつの 御統みすまるの珠を 纏き持たして、 |
皆 大きな 勾玉まがたまの 澤山ついている 玉の緒を 纏まき持たれて、 |
〈自美至流四字 以音下效此〉 |
||
曾毘良邇者 負千入之靫。 |
背そびらには 千入ちのりの 靫ゆきを負ひ、 |
背せには 矢が千本も入る 靱ゆぎを負われ、 |
〈訓入云能理。下效此。 自曾至邇者。以音〉 |
||
附 五百入之 靫。 |
平ひらには 五百入いほのりの 靫ゆきを附け、 |
胸にも 五百本入りの 靱をつけ、 |
亦臂 佩 伊都 〈此二字以音〉之 竹鞆而。 |
また臂ただむきには 稜威 いづの 高鞆たかともを 取り佩ばして、 |
また 威勢のよい 音を立てる鞆ともを お帶びになり、 |
弓腹 振立而。 |
弓腹ゆばら 振り立てて、 |
弓を 振り立てて力強く |
堅庭者。 | 堅庭は | 大庭を |
於向股 蹈那豆美。 〈三字以音〉 |
向股むかももに 蹈みなづみ、 |
お踏みつけになり、 |
如沫雪 蹶散而。 |
沫雪なす 蹶くゑ散はららかして、 |
泡雪あわゆきのように 大地を蹴散らかして |
伊都 〈二字以音〉之 男建 〈訓建云多祁夫〉 |
稜威の 男建 をたけび、 |
勢いよく 叫びの |
蹈建而。 | 蹈み建たけびて、 | 聲をお擧げになつて |
待問。 | 待ち問ひたまひしく、 | 待ち問われるのには、 |
何故 上來。 |
「何とかも 上り來ませる」 と問ひたまひき。 |
「どういうわけで 上のぼつて來こられたか」 とお尋ねになりました。 |
爾。 速須佐之男命 答白。 |
ここに 速須佐の男の命 答へ白したまはく、 |
そこで スサノヲの命の 申されるには、 |
僕者 無邪心。 |
「僕あは 邪きたなき心無し。 |
「わたくしは 穢きたない心はございません。 |
唯大御神之命以。 | ただ大御神の命もちて、 | ただ父上の仰せで |
問賜 僕之哭 伊佐知流之事故。 |
僕が哭き いさちる事を 問ひたまひければ、 |
わたくしが哭き わめいていることを お尋ねになりましたから、 |
白都良久。 〈三字以音〉 |
白しつらく、 | |
僕欲 往妣國以哭。 |
僕は 妣ははの國に往いなむとおもひて 哭くとまをししかば、 |
わたくしは 母上の國に行きたいと思つて 泣いております と申しましたところ、 |
爾大御神詔 汝者。 |
ここに大御神 汝みましは |
父上は |
不可在 此國 而。 |
この國に な住とどまりそ と詔りたまひて、 |
それではこの國に 住んではならない と仰せられて |
神夜良比 夜良比 賜故。 |
神逐かむやらひ 逐ひ賜ふ。 |
追い拂いましたので |
以爲請 將罷往之状。 |
かれ罷りなむとする状さまを まをさむとおもひて |
お暇乞いに |
參上耳。 | 參ゐ上りつらくのみ。 | 參りました。 |
無異心。 |
異けしき心無し」 とまをしたまひき。 |
變つた心は 持つておりません」 と申されました。 |
誓約①天照 |
||
爾 天照大御神 詔 |
ここに 天照らす大御神 詔りたまはく、 |
そこで 天照らす大神は、 |
然者 汝心之 清明。 |
「然らば 汝みましの心の 清明あかきは |
「それなら あなたの心の 正しいことは |
何以知。 |
いかにして知らむ」 とのりたまひしかば、 |
どうしたらわかるでしよう」 と仰せになつたので、 |
於是 速須佐之男命。 |
ここに 速須佐の男の命 答へたまはく、 |
スサノヲの命は、 |
答白 各 宇氣比而。 生子。 |
「おのもおのも 誓うけひて 子生まむ」 とまをしたまひき。 |
「誓約ちかいを立てて 子を生みましよう」 と申されました。 |
〈自宇以下 三字以音 下效此〉 |
||
故爾 | かれここに | よつて |
各中置 天安河而。 |
おのもおのも 天の安の河を 中に置きて |
天のヤスの河を 中に置いて |
宇氣布時。 | 誓うけふ時に、 | 誓約ちかいを立てる時に、 |
天照大御神。 | 天照らす大御神 | 天照らす大神は |
先 乞度 建速須佐之男命所 佩十拳劔。 |
まづ建速須佐の男の命の 佩はかせる 十拳とつかの劒つるぎを 乞ひ度わたして、 |
まずスサノヲの命の 佩はいている 長い劒を お取りになつて |
打折 三段而。 |
三段みきだに 打ち折りて、 |
三段に 打うち折つて、 |
奴那登母 母由良邇。 |
ぬなとももゆらに、 | 音もさらさらと |
〈此八字以音 下效此〉 |
||
振滌 天之眞名井而。 |
天あめの眞名井まなゐに 振り滌ぎて、 |
天の眞名井まないの 水で滌そそいで |
佐賀美邇 迦美而。 |
さ齧がみに 齧かみて、 |
囓かみに 囓かんで |
〈自佐下六字 以音下效此〉 |
||
於吹棄氣吹之 | 吹き棄つる氣吹いぶきの | 吹き棄てる息の |
狹霧所 成神御名。 |
狹霧さぎりに 成りませる神の御名は、 |
霧の中から あらわれた神の名は |
多紀理毘賣命。 〈此神名以音〉 |
多紀理毘賣 たぎりびめの命、 |
タギリヒメの命 |
亦御名謂 奧津嶋比賣命。 |
またの御名は 奧津島比賣 おきつしまひめの命といふ。 |
またの名は オキツシマ姫の命でした。 |
次 市寸嶋〈上〉比賣命。 |
次に 市寸島比賣 いちきしまひめの命、 |
次に イチキシマヒメの命 |
亦御名謂 狹依毘賣命。 |
またの御名は 狹依毘賣 さよりびめの命といふ。 |
またの名は サヨリビメの命、 |
次 多岐都比賣命。 〈三柱。 此神名以音〉 |
次に 多岐都比賣 たぎつひめの命 三柱。 |
次に タギツヒメの命の お三方でした。 |
誓約②須佐之男 |
||
速須佐之男命。 | 速須佐の男の命、 | 次にスサノヲの命が |
乞度天照大御神所 纒左御美豆良。 |
天照らす大御神の 左の御髻みみづらに纏まかせる |
天照らす大神の 左の御髮に纏まいておいでになつた |
八尺勾璁之 五百津之 美須麻流珠而。 |
八尺やさかの勾珠まがたまの 五百津いほつの 御統みすまるの珠を乞ひ度して、 |
大きな勾玉まがたまの 澤山ついている 玉の緒おをお請うけになつて、 |
奴那登母母由良爾。 | ぬなとももゆらに、 | 音もさらさらと |
振滌天之眞名井而。 | 天あめの眞名井に振り滌ぎて、 | 天の眞名井の水に滌そそいで |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓かみに囓かんで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の 狹霧に成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の 霧の中からあらわれた神は |
正勝吾勝勝速日 天之忍穗耳命。 |
正勝吾勝勝速日 まさかあかつかちはやび 天あめの忍穗耳おしほみみの命。 |
マサカアカツカチハヤビ アメノオシホミミの命、 |
亦乞度所纒 右御美豆良之珠而。 |
また 右の御髻に纏かせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 右の御髮の輪に 纏まかれていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の 狹霧に成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の 霧の中からあらわれた神は |
天之菩卑能命。 〈自菩下三字以音〉 |
天の菩卑ほひの命。 | アメノホヒの命、 |
亦乞度所纒 御鬘之珠而。 |
また 御鬘みかづらに纏かせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 鬘かずらに 纏いておいでになつていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の 狹霧に成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の 霧の中からあらわれた神は |
天津日子根命。 | 天津日子根あまつひこねの命。 | アマツヒコネの命、 |
又乞度所纏 左御手之珠而。 |
また 左の御手に纏まかせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 左の御手に お纏きになつていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の狹霧に 成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の霧の中から あらわれた神は |
活津日子根命。 | 活津日子根いくつひこねの命。 | イクツヒコネの命、 |
亦乞度所纒 右御手之珠而。 |
また 右の御手に纏かせる 珠を乞ひ度して、 |
次に 右の御手に 纏いておいでになつていた 珠をお請けになつて |
佐賀美邇迦美而。 | さ齧みに齧みて、 | 囓みに囓んで |
於吹棄氣吹之 狹霧所成神御名。 |
吹き棄つる氣吹の狹霧に 成りませる神の御名は、 |
吹き棄てる息の霧の中から あらわれた神は |
熊野久須毘命。 | 熊野久須毘くまのくすびの命 | クマノクスビの命、 |
〈并五柱。 自久下三字以音〉 |
(并はせて五柱。) |
合わせて五方いつかたの 男神が御出現になりました。 |
誓約③系譜 |
||
於是 天照大御神。 |
ここに 天照らす大御神、 |
ここに 天照らす大神は |
告 速須佐之男命。 |
速須佐はやすさの男の命に 告のりたまはく、 |
スサノヲの命に 仰せになつて、 |
是後所生 五柱男子者。 |
「この後に生あれませる 五柱の男子ひこみこは、 |
「この後あとから生まれた 五人の男神は |
物實。 因我物所成。 |
物實ものざね 我が物に因りて成りませり。 |
わたしの身につけた珠によつて あらわれた神ですから |
故自吾子也。 | かれおのづから吾が子なり。 | 自然わたしの子です。 |
先所生之 三柱女子者。 |
先に生れませる 三柱の女子ひめみこは、 |
先に生まれた 三人の姫御子ひめみこは |
物實 因汝物所成。 |
物實 汝いましの物に因りて成りませり。 |
あなたの身につけたものによつて あらわれたのですから、 |
故乃汝子也。 | かれすなはち汝の子なり」と、 | やはりあなたの子です」 |
如此詔別也。 | かく詔のり別けたまひき。 | と仰せられました。 |
故其先所生之神。 | かれその先に生れませる神、 | その先にお生まれになつた神のうち |
多紀理毘賣命者。 |
多紀理毘賣 たきりびめの命は、 |
タギリヒメの命は、 |
坐胸形之 奧津宮。 |
胸形むなかたの 奧津おきつ宮にます。 |
九州の胸形むなかたの 沖つ宮においでになります。 |
次 市寸嶋比賣命者。 |
次に 市寸島比賣 いちきしまひめの命は |
次に イチキシマヒメの命は |
坐胸形之 中津宮。 |
胸形の 中津なかつ宮にます。 |
胸形の 中つ宮においでになります。 |
次田寸津比賣命者。 |
次に 田寸津比賣 たぎつひめの命は、 |
次に タギツヒメの命は |
坐胸形之 邊津宮。 |
胸形の 邊津へつ宮にます。 |
胸形の 邊へつ宮においでになります。 |
此三柱神者 胸形君等之 以伊都久 三前大神者也。 |
この三柱の神は、 胸形の君等が もち齋いつく 三前みまへの大神なり。 |
この三人の神は、 胸形の君たちが 大切にお祭りする 神樣であります。 |
故此後所生 五柱子之中。 |
かれこの後に生あれませる 五柱の子の中に、 |
そこでこの後でお生まれになつた 五人の子の中に、 |
天菩比命之子 建比良鳥命。 |
天の菩比ほひの命の子 建比良鳥 たけひらとりの命、 |
アメノホヒの命の子の タケヒラドリの命、 |
〈此出雲國造。 | こは出雲の國の造みやつこ、 |
これは 出雲の國の造みやつこ・ |
无邪志國造。 | 无耶志むざしの國の造、 | ムザシの國の造・ |
上菟上國造。 | 上かみつ菟上うなかみの國の造、 | カミツウナカミの國の造・ |
下菟上國造。 | 下しもつ菟上うなかみの國の造、 | シモツウナカミの國の造・ |
伊自牟國造。 | 伊自牟いじむの國の造、 | イジムの國の造・ |
津嶋縣直。 |
津島つしまの 縣あがたの直あたへ、 |
津島の 縣あがたの直あたえ・ |
遠江國造 等之祖也〉 |
遠江とほつあふみの國の造 等が祖おやなり。 |
遠江とおとおみの國の造 たちの祖先です。 |
次天津日子根命者。 | 次に天津日子根あまつひこねの命は、 | 次にアマツヒコネの命は、 |
〈凡川内國造。 | 凡川内おふしかふちの國の造、 | 凡川内おおしこうちの國の造・ |
額田部 湯坐連。 |
額田部ぬかたべの 湯坐ゆゑの連むらじ、 |
額田ぬかた部の 湯坐ゆえの連・ |
茨木國造。 | 木きの國の造、 | 木の國の造・ |
倭田中直。 | 倭やまとの田中の直あたへ、 | 倭やまとの田中の直あたえ・ |
山代國造。 | 山代やましろの國の造、 | 山代やましろの國の造・ |
馬來田國造。 | 馬來田うまくたの國の造、 | ウマクタの國の造・ |
道尻岐閇國造。 | 道みちの尻岐閇しりきべの國の造、 | 道ノシリキベの國の造・ |
周芳國造。 | 周芳すはの國の造、 | スハの國の造・ |
倭淹知造。 | 倭やまとの淹知あむちの造みやつこ、 | 倭のアムチの造・ |
高市縣主。 | 高市たけちの縣主あがたぬし、 | 高市たけちの縣主・ |
蒲生稻寸。 | 蒲生かまふの稻寸いなぎ、 | 蒲生かもうの稻寸いなき・ |
三枝部造 等之祖也〉 |
三枝部さきくさべの造 等が祖なり。 |
三枝部さきくさべの造 たちの祖先です。 |
クソまき |
||
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | そこでスサノヲの命は、 |
白于天照大御神。 | 天照らす大御神に白したまひしく、 | 天照らす大神に申されるには |
我心清明。 | 「我が心清明あかければ | 「わたくしの心が清らかだつたので、 |
故我所生子。 | 我が生める子 | わたくしの生うんだ子が |
得手弱女。 | 手弱女たわやめを得つ。 | 女だつたのです。 |
因此言者。 | これに因りて言はば、 | これに依よつて言えば |
自我勝云而 於勝佐備 〈此二字以音〉 |
おのづから我勝ちぬ」といひて、 勝さびに |
當然わたくしが勝つたのです」といつて、 勝つた勢いに任せて 亂暴を働きました。 |
離天照大御神之 營田之阿 〈此阿字以音〉埋其溝。 |
天照らす大御神の 營田みつくたの畔あ離ち、 その溝埋うみ、 |
天照らす大神が田を作つておられた その田の畔あぜを毀こわしたり 溝みぞを埋うめたりし、 |
亦其於聞看 大嘗之殿。 |
またその 大嘗にへ聞しめす殿に |
また 食事をなさる御殿に |
屎麻理 〈此二字以音〉散。 |
屎くそまり 散らしき。 |
屎くそをし 散らしました。 |
故。雖然爲。 | かれ然すれども、 |
このようなことを なさいましたけれども |
天照大御神者。 | 天照らす大御神は | 天照らす大神は |
登賀米受 而告。 |
咎めずて 告りたまはく、 |
お咎とがめにならないで、 仰せになるには、 |
如屎。 | 「屎くそなすは | 「屎くそのようなのは |
醉而 吐散登許曾。 〈此三字以音〉 |
醉ゑひて 吐き散らすとこそ |
酒に醉つて 吐はき散ちらすとて |
我那勢之命 爲如此。 |
我が汝兄なせの命 かくしつれ。 |
こんなになつたのでしよう。 |
又 離田之阿埋溝者。 |
また 田の畔あ離ち溝埋うむは、 |
それから 田の畔を毀し溝を埋めたのは |
地矣阿多良斯登許曾。 〈自阿以下七字以音〉 |
地ところを惜あたらしとこそ | 地面を惜しまれて |
我那勢之命爲如此登。 〈此一字以音〉 |
我が汝兄なせの命かくしつれ」 | このようになされたのです」 |
詔雖直。 | と詔り直したまへども、 | と善いようにと仰せられましたけれども、 |
猶其惡態 不止而轉。 |
なほその惡あらぶる態わざ 止まずてうたてあり。 |
その亂暴なしわざは 止やみませんでした。 |
天の岩戸 |
||
天照大御神。 | 天照らす大御神の | 天照らす大神が |
坐 忌服屋而。 |
忌服屋いみはたやに ましまして |
清らかな機織場はたおりばに おいでになつて |
令織 神御衣之時。 |
神御衣かむみそ 織らしめたまふ時に、 |
神樣の御衣服おめしものを 織らせておいでになる時に、 |
穿其服屋之頂。 | その服屋はたやの頂むねを穿ちて、 | その機織場の屋根に穴をあけて |
逆剥 天斑馬剥而。 |
天の斑馬むちこまを 逆剥さかはぎに剥ぎて |
斑駒まだらごまの 皮をむいて |
所墮入時。 | 墮し入るる時に、 | 墮おとし入れたので、 |
天衣織女見驚而。 | 天の衣織女みそおりめ見驚きて | 機織女はたおりめが驚いて |
於梭衝陰上 而死。 〈訓陰上云富登〉 |
梭ひに 陰上ほとを衝きて 死にき。 |
機織りに使う板で 陰ほとをついて 死んでしまいました。 |
故於是 天照大御神見畏。 |
かれここに 天照らす大御神見み畏かしこみて、 |
そこで 天照らす大神もこれを嫌つて、 |
閇天石屋戶而。 | 天の石屋戸いはやどを開きて | 天あめの岩屋戸いわやとをあけて |
刺許母理 〈此三字以音〉 坐也。 |
さし隱こもりましき。 | 中にお隱れになりました。 |
爾 高天原皆暗。 |
ここに 高天たかまの原皆暗く、 |
それですから 天がまつくらになり、 |
葦原中國悉闇。 |
葦原あしはらの中つ國 悉に闇し。 |
下の世界も ことごとく闇くらくなりました。 |
因此而常夜往。 | これに因りて、常夜とこよ往く。 | 永久に夜が續いて行つたのです。 |
於是萬神之聲者。 | ここに萬よろづの神の聲おとなひは、 | そこで多くの神々の騷ぐ聲は |
狹蠅那須 〈此二字以音〉 皆滿。 |
さ蠅ばへなす 滿ち、 |
夏の蠅のように いつぱいになり、 |
萬妖悉發。 |
萬の妖わざはひ 悉に發おこりき。 |
あらゆる妖わざわいが すべて起りました。 |
天安河原 |
||
是以 八百萬神。 |
ここを以ちて 八百萬の神、 |
こういう次第で 多くの神樣たちが |
於天安之河原。 | 天の安の河原に |
天の世界の 天あめのヤスの河の河原に |
神集集而。 〈訓集云都度比〉 |
神集かむつどひ 集つどひて、 |
お集まりになつて |
高御產巢日神之子 思金神〈訓金云加尼〉。 |
高御産巣日たかみむすびの神の子 思金おもひがねの神に |
タカミムスビの神の子の オモヒガネの神という神に |
令思而。 | 思はしめて、 | 考えさせて |
集常世 長鳴鳥。 |
常世とこよの 長鳴ながなき鳥を集つどへて |
まず海外の國から渡つて來た 長鳴鳥ながなきどりを集めて |
令鳴而。 | 鳴かしめて、 | 鳴かせました。 |
取 天安河之河上之 天堅石。 |
天の安の河の河上の 天の堅石かたしはを取り、 |
次に 天のヤスの河の河上にある 堅い巖いわおを取つて來、 |
取天金山之鐵而。 |
天の金山かなやまの 鐵まがねを取りて、 |
また天の金山かなやまの 鐵を取つて |
求鍛人 天津麻羅而 〈麻羅二字以音〉 |
鍛人かぬち 天津麻羅あまつまらを求まぎて、 |
鍛冶屋かじやの アマツマラという人を尋ね求め、 |
科伊斯許理度賣命。 〈自伊下六字以音〉 |
伊斯許理度賣 いしこりどめの命に科おほせて、 |
イシコリドメの命に命じて |
令作鏡。 | 鏡を作らしめ、 | 鏡を作らしめ、 |
科玉祖命。 | 玉の祖おやの命に科せて | タマノオヤの命に命じて |
令作 八尺勾之 五百津之 御須麻流之珠而。 |
八尺の勾まが璁の 五百津いほつの 御統みすまるの 珠を作らしめて |
大きな勾玉まがたまが 澤山ついている 玉の緒の 珠を作らしめ、 |
召天兒屋命 布刀玉命 〈布刀二字以音下效此〉 而。 |
天の兒屋こやねの 命布刀玉ふとだまの命を 召よびて、 |
アメノコヤネの命と フトダマの命とを 呼んで |
内拔天香山之 眞男鹿之肩拔而。 |
天の香山かぐやまの 眞男鹿さをしかの肩を 内拔うつぬきに拔きて、 |
天のカグ山の 男鹿おじかの肩骨を そつくり拔いて來て、 |
取天香山之 天之波波迦 〈此三字以音木名〉 而。 |
天の香山の 天の波波迦ははかを 取りて、 |
天のカグ山の ハハカの木を 取つて |
令占合麻迦那波而。 〈自麻下四字以音〉 |
占合うらへまかなはしめて、 |
その鹿しかの肩骨を燒やいて 占うらなわしめました。 |
天香山之 五百津眞賢木矣。 |
天の香山の 五百津の眞賢木まさかきを |
次に天のカグ山の 茂しげつた賢木さかきを |
根許士爾許士而。 〈自許下五字以音〉 |
根掘ねこじにこじて、 | 根掘ねこぎにこいで、 |
於上枝。 | 上枝ほつえに | 上うえの枝に |
取著八尺勾璁之 五百津之 御須麻流之玉。 |
八尺の勾璁の 五百津の 御統の玉を取り著つけ、 |
大きな勾玉まがたまの 澤山の 玉の緒を懸け、 |
於中枝 取繋八尺鏡。 〈訓八尺云八阿多〉 |
中つ枝に 八尺やたの鏡を取り繋かけ、 |
中の枝には 大きな鏡を懸け、 |
於下枝。 | 下枝しづえに | 下の枝には |
取垂白丹寸手 青丹寸手而。 〈訓垂云志殿〉 |
白和幣しろにぎて 青和幣あをにぎてを 取り垂しでて、 |
麻だの 楮こうぞの皮の晒さらしたの などをさげて、 |
此種種物者。 | この種種くさぐさの物は、 | |
布刀玉命。 | 布刀玉の命 | フトダマの命が |
布刀御幣登取持而。 | 太御幣ふとみてぐらと取り持ちて、 | これをささげ持ち、 |
天兒屋命。 | 天の兒屋の命 | アメノコヤネの命が |
布刀詔戶 言祷白而。 |
太祝詞ふとのりと 言祷ことほぎ白して、 |
莊重そうちような 祝詞のりとを唱となえ、 |
天手力男神。 | 天の手力男たぢからをの神、 | アメノタヂカラヲの神が |
隱立戶掖而。 |
戸の掖わきに 隱り立ちて、 |
岩戸いわとの陰かげに 隱れて立つており、 |
天宇受賣命。 | 天の宇受賣うずめの命、 | アメノウズメの命が |
手次繋 天香山之 天之日影而。 |
天の香山の 天の日影ひかげを 手次たすきに繋かけて、 |
天のカグ山の 日影蔓ひかげかずらを 手襁たすきに懸かけ、 |
爲鬘 天之眞拆而。 |
天の眞拆まさきを 鬘かづらとして、 |
眞拆まさきの蔓かずらを 鬘かずらとして、 |
手草結 天香山之 小竹葉而。 〈訓小竹云佐佐〉 |
天の香山の 小竹葉ささばを 手草たぐさに結ひて、 |
天のカグ山の 小竹ささの葉を 束たばねて 手に持ち、 |
於天之石屋戶 伏汙氣 〈此二字以音〉而。 |
天の石屋戸いはやどに 覆槽うけ伏せて |
天照らす大神のお隱れになつた 岩戸の前に 桶おけを覆ふせて |
蹈登杼呂許志。 〈此五字以音〉 |
蹈みとどろこし、 | 踏み鳴らし |
爲神懸而。 | 神懸かむがかりして、 | 神懸かみがかりして |
掛出胸乳。 | 胸乳むなちを掛き出で、 | |
裳緒忍 垂於番登也。 |
裳もの緒ひもを 陰ほとに押し垂りき。 |
裳の紐を 陰ほとに垂らしましたので、 |
爾高天原動而。 | ここに高天の原動とよみて | 天の世界が鳴りひびいて、 |
八百萬神 共咲。 |
八百萬の神 共に咲わらひき。 |
たくさんの神が、 いつしよに笑いました。 |
於是 天照大御神 以爲怪。 |
ここに 天照らす大御神 怪あやしとおもほして、 |
そこで 天照らす大神は 怪しいとお思いになつて、 |
細開天石屋戶而。 | 天の石屋戸を細ほそめに開きて | 天の岩戸を細目にあけて |
内告者。 | 内より告のりたまはく、 | 内から仰せになるには、 |
因吾隱坐而。 | 「吾あが隱こもりますに因りて、 | 「わたしが隱れているので |
以爲天原自闇。 | 天の原おのづから闇くらく、 | 天の世界は自然に闇く、 |
亦葦原中國 皆闇矣。 |
葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、 |
下の世界も 皆みな闇くらいでしようと思うのに、 |
何由以 天宇受賣者。 爲樂。 |
何なにとかも 天の宇受賣うずめは 樂あそびし、 |
どうして アメノウズメは 舞い遊び、 |
亦八百萬神諸咲。 |
また八百萬の神諸もろもろ咲わらふ」 とのりたまひき。 |
また多くの神は笑つているのですか」 と仰せられました。 |
爾天宇受賣。 | ここに天の宇受賣白さく、 | そこでアメノウズメの命が、 |
白言 益汝命而 貴神坐故 歡喜咲樂。 |
「汝命いましみことに勝まさりて 貴たふとき神いますが故に、 歡喜よろこび咲わらひ樂あそぶ」 と白しき。 |
「あなた樣に勝まさつて 尊い神樣がおいでになりますので 樂しく遊んでおります」 と申しました。 |
如此言之間。 | かく言ふ間に、 | かように申す間に |
天兒屋命 布刀玉命。 |
天の兒屋の命、 布刀玉の命、 |
アメノコヤネの命と フトダマの命とが、 |
指出其鏡。 | その鏡をさし出でて、 | かの鏡をさし出して |
示奉天照大御神之時。 | 天照らす大御神に見せまつる時に、 | 天照らす大神にお見せ申し上げる時に |
天照大御神 逾思奇而。 |
天照らす大御神 いよよ奇あやしと思ほして、 |
天照らす大神は いよいよ不思議にお思いになつて、 |
稍自戶出而。臨坐之時。 | やや戸より出でて臨みます時に、 | 少し戸からお出かけになる所を、 |
其所隱立之 天手力男神。 |
その隱かくり立てる 手力男の神、 |
隱れて立つておられた タヂカラヲの神が |
取其御手 引出。 |
その御手を取りて 引き出だしまつりき。 |
その御手を取つて 引き出し申し上げました。 |
即布刀玉命。 | すなはち布刀玉の命、 | そこでフトダマの命が |
以尻久米 〈此二字以音〉繩。 |
尻久米 しりくめ繩を |
そのうしろに 標繩しめなわを |
控度其御後方。 | その御後方みしりへに控ひき度して | 引き渡して、 |
白言。 | 白さく、 | |
從此以内 不得還入。 |
「ここより内にな 還り入りたまひそ」 とまをしき。 |
「これから内には お還り入り遊ばしますな」 と申しました。 |
故天照大御神 出坐之時。 |
かれ天照らす大御神の 出でます時に、 |
かくて天照らす大神が お出ましになつた時に、 |
高天原及葦原中國。 | 高天の原と葦原の中つ國と | 天も下の世界も |
自得照明。 | おのづから照り明りき。 | 自然と照り明るくなりました。 |
第二次神逐 |
||
於是八百萬神 共議而。 |
ここに八百萬の神 共に議はかりて、 |
ここで神樣たちが 相談をして |
於速須佐之男命。 | 速須佐の男の命に | スサノヲの命に |
負千位置戶。 | 千座ちくらの置戸おきどを負せ、 |
澤山の品物を出して 罪を償つぐなわしめ、 |
亦切鬚。 | また鬚ひげと手足の爪とを切り、 | また鬚ひげと |
及手足爪令拔而。 | 祓へしめて、 | 手足てあしの爪とを切つて |
神夜良比 夜良比岐。 |
神逐かむやらひ 逐ひき。 |
逐いはらいました。 |
オホゲツヒメ |
||
スサノヲの命は、 かようにして天の世界から逐おわれて、 下界げかいへ下くだつておいでになり、 |
||
又食物乞 大氣津比賣神。 |
また食物をしものを 大氣都比賣 おほげつひめの神に 乞ひたまひき。 |
まず食物を オホゲツ姫の神に お求めになりました。 |
爾大氣都比賣。 | ここに大氣都比賣、 | そこでオホゲツ姫が |
自鼻口及尻。 | 鼻口また尻より、 | 鼻や口また尻しりから |
種種味物取出而。 | 種種の味物ためつものを取り出でて、 | 色々の御馳走を出して |
種種作具而。 | 種種作り具へて進たてまつる時に、 | 色々お料理をしてさし上げました。 |
進時。 | この時に | |
速須佐之男命。 | 速須佐の男の命、 | スサノヲの命は |
立伺其態。 | その態しわざを立ち伺ひて、 | そのしわざをのぞいて見て |
以爲 穢汚而奉進。 |
穢汚きたなくして奉る とおもほして、 |
穢きたないことをして食べさせる とお思いになつて、 |
乃殺 其大宜津比賣神。 |
その大宜津比賣 おほげつひめの神を 殺したまひき。 |
そのオホゲツ姫の神を 殺してしまいました。 |
故所殺神於身 生物者。 |
かれ殺さえましし神の身に 生なれる物は、 |
殺された神の身體に 色々の物ができました。 |
於頭生蠶。 | 頭に蠶こ生り、 | 頭あたまに蠶かいこができ、 |
於二目生稻種。 | 二つの目に稻種いなだね生り、 | 二つの目に稻種いねだねができ、 |
於二耳生粟。 | 二つの耳に粟生り、 | 二つの耳にアワができ、 |
於鼻生小豆。 | 鼻に小豆あづき生り、 | 鼻にアズキができ、 |
於陰生麥。 | 陰ほとに麥生り、 | 股またの間あいだにムギができ、 |
於尻生大豆。 | 尻に大豆まめ生りき。 | 尻にマメが出來ました。 |
故是 神產巢日御祖命。 |
かれここに 神産巣日かむむすび 御祖みおやの命、 |
カムムスビの命が、 |
令取茲。 | こを取らしめて、 | これをお取りになつて |
成種。 | 種と成したまひき。 | 種となさいました。 |
須佐之男の物語 |
||
八俣大蛇 |
||
故所避追而。 | かれ避追やらはえて、 |
かくてスサノヲの命は 逐い拂われて |
降出雲國之 肥〈上〉河上 在鳥髮地。 |
出雲の國の肥の河上、 名は鳥髮とりかみといふ地ところに 降あもりましき。 |
出雲の國の肥ひの河上、 トリカミという所に お下りになりました。 |
此時 箸從其河流下。 |
この時に、 箸その河ゆ流れ下りき。 |
この時に 箸はしがその河から流れて來ました。 |
於是須佐之男命。 | ここに須佐の男の命、 | |
以爲人有其河上而。 | その河上に人ありとおもほして、 | それで河上に人が住んでいるとお思いになつて |
尋覓上往者。 | 求まぎ上り往でまししかば、 | 尋ねて上のぼつておいでになりますと、 |
老夫與 老女二人在而。 |
老夫おきなと 老女おみなと二人ありて、 |
老翁と 老女と二人があつて |
童女置中而泣。 | 童女をとめを中に置きて泣く。 | 少女を中において泣いております。 |
爾問賜之。 汝等者誰。 |
ここに「汝たちは誰そ」と 問ひたまひき。 |
そこで「あなたは誰だれですか」と お尋ねになつたので、 |
故其老夫。答言。 | かれその老夫、答へて言まをさく | その老翁が、 |
僕者國神。 大山〈上〉津見 神之子焉。 |
「僕あは國つ神 大山津見おほやまつみの 神の子なり。 |
「わたくしはこの國の神の オホヤマツミの 神の子で |
僕名謂足〈上〉名椎。 | 僕が名は足名椎あしなづちといひ | アシナヅチといい、 |
妻名謂手〈上〉名椎。 | 妻めが名は手名椎てなづちといひ、 | 妻の名はテナヅチ、 |
女名謂 櫛名田比賣。 |
女むすめが名は 櫛名田比賣 くしなだひめといふ」とまをしき。 |
娘の名は クシナダ姫といいます」と申しました。 |
亦問 汝哭由者何。 |
また「汝の哭く故は何ぞ」 と問ひたまひしかば、 |
また「あなたの泣くわけはどういう次第ですか」と お尋ねになつたので |
答白言。 | 答へ白さく | |
我之女者 自本在八稚女。 |
「我が女は もとより八稚女をとめありき。 |
「わたくしの女むすめは もとは八人ありました。 |
是高志之 八俣遠呂智。 〈此三字以音〉 |
ここに高志こしの 八俣やまたの大蛇をろち、 |
それをコシの 八俣やまたの大蛇が |
每年來喫。 | 年ごとに來て喫くふ。 | 毎年來て食たべてしまいます。 |
今其可來時故泣。 |
今その來べき時なれば泣く」 とまをしき。 |
今またそれの來る時期ですから泣いています」 と申しました。 |
爾問其形如何。 |
ここに「その形はいかに」 と問ひたまひしかば、 |
「その八俣の大蛇というのは どういう形をしているのですか」 とお尋ねになつたところ、 |
答白。 | ||
彼目如 赤加賀智而。 |
「そが目は 赤かがちの如くにして |
「その目めは 丹波酸漿たんばほおずきのように 眞赤まつかで、 |
身一有 八頭 八尾。 |
身一つに 八つの頭かしら 八つの尾あり。 |
身體一つに 頭が八つ、 尾が八つあります。 |
亦其身生 蘿及 檜榲。 |
またその身に 蘿こけまた 檜榲ひすぎ生ひ、 |
またその身體からだには 蘿こけだの檜ひのき・ 杉の類が生え、 |
其長度 谿八谷 峽八尾而。 |
その長たけ 谷たに八谷 峽を八尾をを度りて、 |
その長さは 谷たに八やつ 峰みね八やつをわたつて、 |
見其腹者。 | その腹を見れば、 | その腹を見れば |
悉常血爛也。 |
悉に常に血ち垂り 爛ただれたり」 とまをしき。 |
いつも血ちが垂れて 爛ただれております」 と申しました。 |
〈此謂赤加賀知者。 今酸醤者也〉 |
(ここに赤かがちと云へるは、 今の酸醤なり[酸醤なりはママ]) |
|
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | そこでスサノヲの命が |
詔其老夫。 | その老夫に詔りたまはく、 | その老翁に |
是汝之女者。 | 「これ汝いましが女ならば、 | 「これがあなたの女むすめさんならば |
奉於吾哉。 |
吾に奉らむや」 と詔りたまひしかば、 |
わたしにくれませんか」 と仰せになつたところ、 |
答白恐亦 不覺御名。 |
「恐けれど御名を知らず」 と答へまをしき。 |
「恐れ多いことですけれども、 あなたはどなた樣ですか」 と申しましたから、 |
爾答詔。 | ここに答へて詔りたまはく、 | |
吾者 天照大御神之 伊呂勢者也。 〈自伊下三字以音〉 |
「吾は 天照らす大御神の 弟いろせなり。 |
「わたしは 天照らす大神の 弟です。 |
故。今自天降坐也。 |
かれ今天より降りましつ」 とのりたまひき。 |
今天から下つて來た所です」 とお答えになりました。 |
爾。 足名椎。 手名椎神。 |
ここに 足名椎あしなづち 手名椎てなづちの神、 |
それで アシナヅチ・ テナヅチの神が |
白然坐者恐。 | 「然まさば恐かしこし、 | 「そうでしたら恐れ多いことです。 |
立奉。 |
奉らむ」 とまをしき。 |
女むすめをさし上げましよう」 と申しました。 |
草薙の大刀 |
||
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | 依つてスサノヲの命は |
乃於湯津爪櫛取成 其童女而。 |
その童女をとめを 湯津爪櫛ゆつつまぐしに取らして、 |
その孃子おとめを 櫛くしの形かたちに變えて |
刺御美豆良。 | 御髻みみづらに刺さして、 | 御髮おぐしにお刺さしになり、 |
告其 足名椎 手名椎神。 |
その 足名椎、 手名椎の神に告りたまはく、 |
その アシナヅチ・ テナヅチの神に仰せられるには、 |
汝等。 | 「汝等いましたち、 | 「あなたたち、 |
釀八鹽折之酒。 | 八鹽折やしほりの酒を釀かみ、 | ごく濃い酒を釀かもし、 |
且作廻垣。 | また垣を作り廻もとほし、 | また垣を作り廻して |
於其垣作八門。 | その垣に八つの門を作り、 | 八つの入口を作り、 |
每門結八佐受岐。 〈此三字以音〉 |
門ごとに 八つのさずきを結ゆひ、 |
入口毎に 八つの物を置く臺を作り、 |
每其佐受岐 置酒船而。 |
そのさずきごとに 酒船を置きて、 |
その臺毎に 酒の槽おけをおいて、 |
每船盛 其八鹽折酒 而待。 |
船ごとに その八鹽折の酒を盛りて 待たさね」とのりたまひき。 |
その濃い酒をいつぱい入れて 待つていらつしやい」と仰せになりました。 |
故隨告而。 | かれ告りたまへるまにまにして、 | そこで仰せられたままに |
如此設備待之時。 | かく設まけ備へて待つ時に、 | かように設けて待つている時に、 |
其八俣遠呂智。 | その八俣やまたの大蛇をろち、 | かの八俣の大蛇が |
信如言來。 | 信まことに言ひしがごと來つ。 | ほんとうに言つた通りに來ました。 |
乃 每船 垂入己頭。 飮其酒。 |
すなはち 船ごとに 己おのが頭を乘り入れて その酒を飮みき。 |
そこで 酒槽さかおけ毎に それぞれ首を乘り入れて 酒を飮みました。 |
於是飮醉。 留伏寢。 |
ここに飮み醉ひて留まり 伏し寢たり。 |
そうして醉つぱらつてとどまり 臥して寢てしまいました。 |
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | そこでスサノヲの命が |
拔其所御佩之 十拳劔。 |
その御佩みはかしの 十拳とつかの劒を拔きて、 |
お佩きになつていた 長い劒を拔いて |
切散其蛇者。 | その蛇を切り散はふりたまひしかば、 | その大蛇をお斬り散らしになつたので、 |
肥河 變血而流。 |
肥ひの河 血に變なりて流れき。 |
肥の河が 血になつて流れました。 |
故。切其中尾時。 |
かれその中の尾を 切りたまふ時に、 |
その大蛇の中の尾を お割きになる時に |
御刀之刄毀。 | 御刀みはかしの刃毀かけき。 | 劒の刃がすこし毀かけました。 |
爾思怪。 | ここに怪しと思ほして、 | これは怪しいとお思いになつて |
以御刀之前。 | 御刀の前さきもちて | 劒の先で割いて |
刺割而見者。 | 刺し割きて見そなはししかば、 | 御覽になりましたら、 |
在都牟刈之大刀。 | 都牟羽つむはの大刀あり。 | 鋭い大刀がありました。 |
故。取此大刀。 | かれこの大刀を取らして、 | この大刀をお取りになつて |
思異物而。 | 異けしき物ぞと思ほして、 | 不思議のものだとお思いになつて |
白上於 天照大御神也。 |
天照らす大御神に 白し上げたまひき。 |
天照らす大神に 獻上なさいました。 |
是者 草那藝之大刀也。 〈那藝二字以音〉 |
こは 草薙くさなぎの大刀なり。 |
これが 草薙の劒でございます。 |
出雲国 |
||
故。是以 其速須佐之男命。 |
かれここを以ちて その速須佐の男の命、 |
かくして スサノヲの命は、 |
宮可造作之地。 | 宮造るべき地ところを | 宮を造るべき處を |
求出雲國。 | 出雲の國に求まぎたまひき。 | 出雲の國でお求めになりました。 |
爾。到坐須賀 〈此二字以音下效此〉 |
ここに 須賀すがの地に到りまして |
そうして スガの處ところにおいでになつて |
地而詔之。 | 詔りたまはく、 | 仰せられるには、 |
吾來此地。 | 「吾此地ここに來て、 | 「わたしは此處ここに來て |
我御心 須賀須賀斯而。 |
我あが御心 清淨すがすがし」 と詔りたまひて、 |
心もちが 清々すがすがしい」 と仰せになつて、 |
其地作宮坐。 | 其地そこに宮作りてましましき。 | 其處そこに宮殿をお造りになりました。 |
故。其地者於 今云須賀也。 |
かれ其地そこをば 今に須賀といふ。 |
それで其處をば 今でもスガというのです。 |
茲大神 | この大神、 | この神が、 |
初作須賀宮之時。 | 初め須賀の宮作らしし時に、 | はじめスガの宮をお造りになつた時に、 |
自其地雲立騰。 | 其地そこより雲立ち騰りき。 | 其處から雲が立ちのぼりました。 |
爾作御歌。 | ここに御歌よみしたまひき。 | 依つて歌をお詠みになりましたが、 |
其歌曰。 | その歌、 | その歌は、 |
夜久毛多都。 伊豆毛夜幣賀岐。 都麻碁微爾。 夜幣賀岐都久流。 曾能夜幣賀岐袁 |
や雲立つ 出雲八重垣。 妻隱つまごみに 八重垣作る。 その八重垣を。 |
雲の叢むらがり起たつ 出雲いずもの國の宮殿。 妻と住むために 宮殿をつくるのだ。 その宮殿よ。 |
というのです。 | ||
於是喚 其足名椎神。 |
ここにその 足名椎の神を喚めして |
そこでかの アシナヅチ・ テナヅチの神をお呼よびになつて、 |
告言 汝者 任我宮之首。 |
告のりたまはく、 「汝いましをば 我が宮の首おびとに任まけむ」 と告りたまひ、 |
「あなたは わたしの宮の長となれ」 と仰せになり、 |
且負名號 稻田宮主 須賀之八耳神。 |
また名を 稻田いなだの宮主みやぬし 須賀すがの八耳やつみみの神 と負せたまひき。 |
名を イナダの宮主みやぬし スガノヤツミミの神 とおつけになりました。 |
スサノオの系譜 |
||
故。其櫛名田比賣以。 | その櫛名田比賣くしなだひめを | そこでそのクシナダ姫と |
久美度邇起而。 | 隱處くみどに起して、 | 婚姻して |
所生神名。 | 生みませる神の名は、 | お生みになつた神樣は、 |
謂八嶋士奴美神。 〈自士下三字以音 下效此〉 |
八島士奴美 やしまじぬみの神。 |
ヤシマジヌミの神です。 |
又娶大山津見神之女。 | また大山津見の神の女むすめ | またオホヤマツミの神の女の |
名神大市比賣。 | 名は神大市かむおほち比賣に娶あひて | カムオホチ姫と結婚をして |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
大年神。 | 大年おほとしの神、 | オホトシの神、 |
次宇迦之御魂神。 〈二柱。宇迦二字以音〉 |
次に宇迦うかの御魂みたま二柱。 | 次にウカノミタマです。 |
兄八嶋士奴美神。 |
兄みあに 八島士奴美の神、 |
兄の ヤシマジヌミの神は |
娶大山津見神之女。 | 大山津見の神の女、 | オホヤマツミの神の女の |
名 木花知流 〈此二字以音〉比賣。 |
名は 木この花はな知流ちる比賣に 娶あひて |
木この花散はなちる姫と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
布波能母遲久奴須奴神。 |
布波能母遲久奴須奴 ふはのもぢくぬすぬの神。 |
フハノモヂクヌスヌの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶淤迦美神之女。 | 淤迦美おかみの神の女、 | オカミの神の女の |
名日河比賣生子。 |
名は日河ひかは比賣に 娶ひて生みませる子、 |
ヒカハ姫と 結婚して生んだ子が |
深淵之 水夜禮花神。 〈夜禮二字以音〉 |
深淵ふかふちの 水夜禮花みづやれはなの神。 |
フカブチノ ミヅヤレハナの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶天之 都度閇知泥〈上〉神。 〈自都下五字以音〉 |
天の都度閇知泥 つどへちねの神に 娶ひて |
アメノ ツドヘチネの神と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子が |
淤美豆奴神。 〈此神名以音〉 |
淤美豆奴おみづぬの神。 | オミヅヌの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶布怒豆怒神。 〈此神名以音〉之女。 |
布怒豆怒ふのづのの神の女、 | フノヅノの神の女の |
名 布帝耳〈上〉神 〈布帝二字以音〉生子。 |
名は 布帝耳ふてみみの神に 娶ひて生みませる子、 |
フテミミの神と 結婚して生んだ子が |
天之冬衣神。 | 天の冬衣ふゆぎぬの神、 | アメノフユギヌの神です。 |
此神。 | この神 | この神が |
娶刺國大〈上〉神之女。 | 刺國大さしくにおほの神の女、 | サシクニオホの神の女の |
名刺國若比賣 生子。 |
名は刺國若比賣に 娶ひて生みませる子、 |
サシクニワカ姫と 結婚して生んだ子が |
大國主神。 | 大國主の神。 | 大國主おおくにぬしの神です。 |
亦名謂 大穴牟遲神。 〈牟遲二字以音〉 |
またの名は 大穴牟遲 おほあなむぢの神といひ、 |
この大國主の神は またの名を オホアナムチの神とも |
亦名謂 葦原色許男神。 〈色許二字以音〉 |
またの名は 葦原色許男 あしはらしこをの神といひ、 |
アシハラシコヲの神とも |
亦名謂 八千矛神。 |
またの名は 八千矛 やちほこの神といひ、 |
ヤチホコの神とも |
亦名謂 宇都志國玉神。 〈宇都志三字以音〉 |
またの名は 宇都志國玉 うつしくにたまの神といひ、 |
ウツシクニダマの神 とも申します。 |
并有五名。 |
并はせて 五つの名あり。 |
合わせてお名前が 五つありました。 |
因幡の白兎とヤガミ姫(≒天照) |
---|
・因幡の白兎 |
ヤケドの兎神 ヤガミ姫の化身≒天照 和邇=渡来人。を経た天神の受肉(天降) |
・八十神の大国主迫害① |
ヤソ神は渡来の神、迫害=国つ的視点 転がる火石≒カルマ 低い精神作用 |
スサノオとスセリ姫 |
・八十神の迫害②(木の国)木の俣から逃亡 |
・根の堅州国(見えない根本原因。つまり) |
・スサノオの歓迎(迫害のこと) |
・スセリ姫の愛(スサノオの女性性) |
・逃亡とスサノオの承認(お墨付き) |
・ヤガミ姫の恐れ(別れ) |
八千矛の歌(神語)かみがたり=神用語 |
・八千矛神(大国主)の歌 |
・ヌナカハ姫の歌 |
・スセリ姫への歌 |
・スセリ姫の歌 |
・大国主の系譜 |
国堅め(≒根の国) |
・少名毘古那の神 |
カミムスビ≒天照の手の俣から落ちた神 これと伴で、つまり木の俣、根の国の暗示 手から落ちたとは、手に負えない意 |
・御諸山の神(木の国) |
・大年神からの系譜 |
大年神=スサノオの子。 つまりスサノオの因縁解消せず承継の意 |
因幡の白兎とヤガミ姫 |
||
---|---|---|
因幡の白兎 |
||
故。 此大國主神之兄弟。 |
かれ この大國主の神の兄弟はらから |
この大國主の命の兄弟は、 |
八十神坐。 | 八十やそ神ましき。 | 澤山おいでになりました。 |
然皆國者 避於 大國主神。 |
然れども みな國は大國主の神に 避さりまつりき。 |
しかし 國は皆大國主の命に お讓り申しました。 |
所以避者。 | 避りし所以ゆゑは、 | お讓り申し上げたわけは、 |
其八十神。各。 | その八十神おのもおのも | その大勢の神が皆みな |
有欲婚 稻羽之 八上比賣之心 共行稻羽時。 |
稻羽いなばの 八上やかみ比賣を 婚よばはむとする心ありて、 共に稻羽に行きし時に、 |
因幡いなばの ヤガミ姫ひめと 結婚しようという心があつて、 一緒に因幡いなばに行きました。 |
於 大穴牟遲神 負帒。 |
大穴牟遲 おほあなむぢの神に 帒ふくろを負せ、 |
時に大國主の命に 袋を負わせ |
爲從者。 | 從者ともびととして | 從者として |
率往。 | 率ゐて往きき。 | 連れて行きました。 |
於是到 氣多之前時。 |
ここに 氣多けたの前さきに到りし時に、 |
そして ケタの埼に行きました時に |
裸菟伏也。 | 裸あかはだなる菟うさぎ伏せり。 | 裸になつた兎が伏しておりました。 |
爾八十神謂 其菟云。 |
ここに八十神 その菟に謂ひて云はく、 |
大勢の神が その兎に言いましたには、 |
汝將爲者。 | 「汝いまし爲せまくは、 | 「お前は |
浴此海鹽。 | この海鹽うしほを浴み、 | この海水を浴びて |
當風吹而。 | 風の吹くに當りて、 | 風の吹くのに當つて |
伏高山尾上。 |
高山の尾の上に伏せ」 といひき。 |
高山の尾上おのえに寢ているとよい」 と言いました。 |
故。其菟。 | かれその菟、 | それでこの兎が |
從八十神之 教而伏。 |
八十神の 教のまにまにして伏しつ。 |
大勢の神の 教えた通りにして寢ておりました。 |
爾其鹽隨乾。 | ここにその鹽の乾くまにまに、 | ところがその海水の乾かわくままに |
其身皮 悉風見吹拆。 |
その身の皮 悉に風に吹き拆さかえき。 |
身の皮が 悉く風に吹き拆さかれたから |
故痛苦泣伏者。 | かれ痛みて泣き伏せれば、 | 痛んで泣き伏しておりますと、 |
最後之來 大穴牟遲神。 |
最後いやはてに來ましし 大穴牟遲の神、 |
最後に來た 大國主の命が |
見其菟言 | その菟を見て、 | その兎を見て、 |
何由汝泣伏。 |
「何とかも汝が泣き伏せる」 とのりたまひしに、 |
「何なんだつて泣き伏しているのですか」 とお尋ねになつたので、 |
菟答言。 | 菟答へて言さく | 兎が申しますよう、 |
僕在淤岐嶋。 | 「僕あれ、淤岐おきの島にありて、 | 「わたくしは隱岐おきの島にいて |
雖欲度此地。 |
この地くにに度らまく ほりすれども、 |
この國に渡りたいと 思つていましたけれども |
無度因。 | 度らむ因よしなかりしかば、 | 渡るすべがございませんでしたから、 |
故。欺 海和邇 〈此二字以音 下效此〉言。 |
海の鰐を 欺きて 言はく、 |
海の鰐わにを 欺あざむいて 言いましたのは、 |
吾與汝。 | 吾われと汝いましと | わたしはあなたと |
競欲計 族之多小。 |
競ひて 族やからの多き少きを計らむ。 |
どちらが一族ぞくが多いか 競くらべて見ましよう。 |
故汝者。 | かれ汝は | あなたは |
隨其族在悉率來。 | その族のありの悉ことごと率ゐて來て、 | 一族を悉く連れて來て |
自此嶋至于氣多前。 | この島より氣多けたの前さきまで、 | この島からケタの埼さきまで |
皆列伏度。 | みな列なみ伏し度れ。 | 皆竝んで伏していらつしやい。 |
爾吾蹈其上。 | ここに吾その上を蹈みて | わたしはその上を蹈んで |
走乍讀度。 | 走りつつ讀み度らむ。 | 走りながら勘定をして、 |
於是知 與吾族孰多。 |
ここに吾が族といづれか多き といふことを知らむと、 |
わたしの一族とどちらが多いか ということを知りましよう |
如此言者。 | かく言ひしかば、 | と言いましたから、 |
見欺而。 | 欺かえて | 欺かれて |
列伏之時。 | 列なみ伏せる時に、 | 竝んで伏している時に、 |
吾蹈其上。 | 吾その上を蹈みて | わたくしはその上を蹈んで |
讀度來。 | 讀み度り來て、 | 渡つて來て、 |
今將下地時。 | 今地つちに下りむとする時に、 | 今土におりようとする時に、 |
吾云汝者 我見欺。 |
吾、汝いましは 我に欺かえつと |
お前はわたしに欺だまされたと |
言竟。 | 言ひ畢をはれば、 | 言うか言わない時に、 |
即伏最端和邇。 | すなはち最端いやはてに伏せる鰐、 | 一番端はしに伏していた鰐わにが |
捕我。 | 我あれを捕へて、 | わたくしを捕つかまえて |
悉剥我衣服。 | 悉に我が衣服きものを剥ぎき。 | すつかり着物きものを剥はいでしまいました。 |
因此泣患者。 |
これに因りて 泣き患へしかば、 |
それで困こまつて 泣いて悲しんでおりましたところ、 |
先行 八十神之命以。 |
先だちて行でましし 八十神の命もちて |
先においでになつた 大勢の神樣が、 |
誨告。 | 誨をしへたまはく、 | |
浴海鹽 當風伏。 |
海鹽うしほを浴みて、 風に當りて伏せと のりたまひき。 |
海水を浴びて 風に當つて寢ておれと お教えになりましたから |
故爲如教者。 | かれ教のごとせしかば、 | その教えの通りにしましたところ |
我身悉傷。 |
我あが身 悉に傷そこなはえつ」 とまをしき。 |
すつかり身體からだをこわしました」 と申しました。 |
於是大穴牟遲神。 | ここに大穴牟遲の神、 | そこで大國主の命は、 |
教告其菟。 | その菟に教へてのりたまはく、 | その兎にお教え遊ばされるには、 |
今急往此水門。 | 「今急とくこの水門みなとに往きて、 | 「いそいであの水門に往つて、 |
以水洗汝身。 | 水もちて汝が身を洗ひて、 | 水で身體を洗つて |
即取 其水門之蒲黃。 |
すなはち その水門の蒲かまの黄はなを取りて、 |
その 水門の蒲がまの花粉を取つて、 |
敷散而。 | 敷き散して、 | 敷き散らして |
輾轉其上者。 | その上に輾こい轉まろびなば、 | その上に輾ころがり廻まわつたなら、 |
汝身如本膚 必差。 |
汝が身本の膚はだのごと、 かならず差いえなむ」 とのりたまひき。 |
お前の身はもとの膚はだのように きつと治るだろう」 とお教えになりました。 |
故爲如教。 | かれ教のごとせしかば、 | 依つて教えた通りにしましたから、 |
其身如本也。 | その身本の如くになりき。 | その身はもとの通りになりました。 |
此 稻羽之素菟 者也。 |
こは 稻羽いなばの素菟しろうさぎ といふものなり。 |
これが 因幡いなばの白兎 というものです。 |
於今者謂 菟神也。 |
今には 菟神といふ。 |
今では 兎神といつております。 |
故其菟白 大穴牟遲神。 |
かれその菟、 大穴牟遲の神に白さく、 |
そこで兎が喜んで 大國主の命に申しましたことには、 |
此八十神者。 | 「この八十神は、 | 「あの大勢の神は |
必不得八上比賣。 | かならず八上やがみ比賣を得じ。 | きつとヤガミ姫を得られないでしよう。 |
雖負帒。 | 帒ふくろを負ひたまへども、 | 袋を背負つておられても、 |
汝命獲之。 |
汝が命ぞ獲たまはむ」 とまをしき。 |
きつとあなたが得るでしよう」 と申しました。 |
八十神の迫害① |
||
於是八上比賣。 | ここに八上やがみ比賣、 | 兎の言つた通り、ヤガミ姫は |
答八十神。 | 八十神に答へて言はく、 | 大勢の神に答えて |
言吾者不聞 汝等之言。 |
「吾は汝たちの言を聞かじ、 | 「わたくしはあなたたちの言う事は聞きません。 |
將嫁 大穴牟遲神。 |
大穴牟遲の神に 嫁あはむ」といひき。 |
大國主の命と 結婚しようと思います」と言いました。 |
故。爾八十神怒。 | かれここに八十神忿いかりて、 | そこで大勢の神が怒つて、 |
欲殺大穴牟遲神。 | 大穴牟遲の神を殺さむと | 大國主の命を殺そうと |
共議而。 | あひ議はかりて、 | 相談して |
至伯岐國之 手間山本云。 |
伯伎ははきの國の 手間てまの山本に至りて云はく、 |
伯耆ほうきの國の テマの山本に行つて言いますには、 |
赤猪在此山。 | 「この山に赤猪あかゐあり、 | 「この山には赤い猪いのししがいる。 |
故和禮 〈此二字以音〉 共追 下者。 |
かれ我 どち追ひ 下しなば、 |
わたしたちが 追い 下くだすから |
汝待取。 | 汝待ち取れ。 | お前が待ちうけて捕えろ。 |
若不待取者。 | もし待ち取らずは、 | もしそうしないと、 |
必將殺汝云而。 | かならず汝を殺さむ」といひて、 | きつとお前を殺してしまう」と言つて、 |
以火燒似猪大石而。 | 火もちて猪に似たる大石を燒きて、 | 猪いのししに似ている大きな石を火で燒いて |
轉落。 | 轉まろばし落しき。 | 轉ころがし落しました。 |
爾追下取時。 | ここに追ひ下し取る時に、 | そこで追い下して取ろうとする時に、 |
即於 其石所燒著 而死。 |
すなはち その石に燒き著つかえて 死うせたまひき。 |
その石に燒きつかれて 死んでしまいました。 |
爾 其御祖命 哭患而。 |
ここに その御祖みおやの命 哭き患へて、 |
そこで 母の神が 泣き悲しんで、 |
參上于天。 | 天にまゐ上のぼりて、 | 天に上つて行つて |
請神產巢日之命時。 |
神産巣日かむむすびの命に 請まをしたまふ時に、 |
カムムスビの神のもとに 參りましたので、 |
乃 遣𧏛貝比賣 與蛤貝比賣。 |
𧏛貝きさがひ比賣と 蛤貝うむがひ比賣とを 遣りて、 |
赤貝姫あかがいひめと 蛤貝姫はまぐりひめとを 遣やつて |
令作活。 | 作り活かさしめたまひき。 | 生き還らしめなさいました。 |
爾𧏛貝比賣 岐佐宜〈此三字以音〉 集而。 |
ここに𧏛貝比賣 きさげ 集めて、 |
それで赤貝姫が 汁しるを搾しぼり 集あつめ、 |
蛤貝比賣 持人而。 |
蛤貝比賣 待ち承うけて、 |
蛤貝姫が これを受けて |
塗 母乳汁者。 |
母おもの乳汁ちしると 塗りしかば、 |
母の乳汁として 塗りましたから、 |
成麗壯夫 〈訓壯夫。 云袁等古〉而。 |
麗うるはしき 壯夫 をとこになりて |
りつぱな男になつて |
出遊行。 | 出であるきき。 | 出歩であるくようになりました。 |
八十神の迫害②木の国 |
||
於是八十神見。 | ここに八十神見て | これをまた大勢の神が見て |
且欺 率入山而。 |
また欺きて、 山に率ゐて入りて、 |
欺あざむいて 山に連れて行つて、 |
切伏大樹。 | 大樹を切り伏せ、 | 大きな樹を切り伏せて |
茹矢。 | 茹矢ひめやを | 楔子くさびを |
打立其木。 | その木に打ち立て、 | 打つておいて、 |
令入其中。 | その中に入らしめて、 | その中に大國主の命をはいらせて、 |
即打離 其冰目矢而。 |
すなはちその氷目矢ひめやを 打ち離ちて、 |
楔子くさびを 打つて放つて |
拷殺也。 | 拷うち殺しき。 | 打ち殺してしまいました。 |
爾亦 其御祖命 哭乍求者。 |
ここにまた その御祖、 哭きつつ求まぎしかば、 |
そこでまた 母の神が 泣きながら搜したので、 |
得見。 | すなはち見得て、 | 見つけ出して |
即折其木 而取出活。 |
その木を拆さきて、 取り出で活して、 |
その木を拆さいて 取り出して生いかして、 |
告其子言 | その子に告りて言はく、 | その子に仰せられるには、 |
汝者有此間者。 | 「汝ここにあらば、 | 「お前がここにいると |
遂爲八十神 所滅。 |
遂に八十神に 滅ころさえなむ」といひて、 |
しまいには大勢の神に 殺ころされるだろう」と仰せられて、 |
乃速遣於 木國之 大屋毘古神之御所。 |
木の國の 大屋毘古おほやびこの神の御所みもとに 違へ遣りたまひき。 |
紀伊の國の オホヤ彦の神のもとに 逃がしてやりました。 |
爾八十神 覓追臻而。 |
ここに八十神 覓まぎ追ひ臻いたりて、 |
そこで大勢の神が 求めて追つて來て、 |
矢刺乞時。 | 矢刺して乞ふ時に、 | 矢をつがえて乞う時に、 |
自木俣 漏逃而去。 |
木の俣またより 漏くき逃れて去いにき。 |
木の俣またから ぬけて逃げて行きました。 |
根の堅州国 |
||
御祖命 | 御祖の命、 | そこで母の神が |
告子云可參向 | 子に告りていはく、 | 「これは、 |
須佐能男命 所坐之 根堅州國。 |
「須佐の男の命の まします 根ねの堅州かたす國にまゐ向きてば、 |
スサノヲの命の おいでになる 黄泉の國に行つたなら、 |
必其大神 議也。 |
かならずその大神 議はかりたまひなむ」 とのりたまひき。 |
きつと よい謀はかりごとをして下さるでしよう」 と仰せられました。 |
故隨詔命而。 | かれ詔命みことのまにまにして | そこでお言葉のままに、 |
參到 須佐之男命之 御所者。 |
須佐の男の命の 御所みもとに 參ゐ到りしかば、 |
スサノヲの命の 御所おんもとに 參りましたから、 |
其女 須勢理毘賣出見。 |
その女須勢理毘賣 すせりびめ出で見て、 |
その御女おんむすめの スセリ姫ひめが出て見て |
爲目合而。相婚。 | 目合まぐはひして婚あひまして、 | おあいになつて、 |
還入。 白其父言 |
還り入りて その父に白して言さく、 |
それから還つて 父君に申しますには、 |
甚麗神來。 |
「いと麗しき神來ましつ」 とまをしき。 |
「大變りつぱな神樣がおいでになりました」 と申されました。 |
スサノオの歓迎(迫害) |
||
爾其大神出見而。 | ここにその大神出で見て、 | そこでその大神が出て見て、 |
告此者謂之 葦原色許男。 |
「こは葦原色許男 あしはらしこをの命といふぞ」 とのりたまひて、 |
「これは アシハラシコヲの命だ」 とおつしやつて、 |
即喚入而。 | すなはち喚び入れて、 | 呼よび入れて |
令寢其蛇室。 | その蛇へみの室むろやに寢しめたまひき。 | 蛇のいる室むろに寢させました。 |
於是其妻 須勢理毘賣命。 |
ここにその妻みめ 須勢理毘賣すせりびめの命、 |
そこでスセリ姫の命が |
以蛇比禮〈二字以音〉 授其夫云 |
蛇のひれを その夫に授けて、 |
蛇の領巾ひれを その夫に與えて言われたことは、 |
其蛇將咋。 | 「その蛇咋くはむとせば、 | 「その蛇が食おうとしたなら、 |
以此比禮 三擧打撥。 |
このひれを 三たび擧ふりて打ち撥はらひたまへ」 とまをしたまひき。 |
この領巾ひれを 三度振つて打ち撥はらいなさい」 と言いました。 |
故如教者。 | かれ教のごとせしかば、 |
それで大國主の命は、 教えられた通りにしましたから、 |
蛇自靜故。 | 蛇おのづから靜まりぬ。 | 蛇が自然に靜まつたので |
平寢出之。 | かれ平やすく寢て出でましき。 | 安らかに寢てお出になりました。 |
亦來日夜者。 | また來る日の夜は、 | また次の日の夜は |
入呉公與蜂室。 |
呉公むかでと蜂との 室むろやに入れたまひしを、 |
呉公むかでと蜂はちとの 室むろにお入れになりましたのを、 |
且授呉公蜂之比禮。 | また呉公むかで蜂のひれを授けて、 | また呉公と蜂の領巾を與えて |
教如先故。 | 先のごと教へしかば、 | 前のようにお教えになりましたから |
平出之。 | 平やすく出でたまひき。 | 安らかに寢てお出になりました。 |
亦鳴鏑射入 大野之中。 |
また鳴鏑なりかぶらを 大野の中に射入れて、 |
次には鏑矢かぶらやを 大野原の中に射て入れて、 |
令採其矢。 | その矢を採らしめたまひき。 | その矢を採とらしめ、 |
故入其野時。 | かれその野に入りましし時に、 | その野におはいりになつた時に |
即以火 廻燒其野。 |
すなはち火もちて その野を燒き廻らしつ。 |
火をもつて その野を燒き圍みました。 |
於是不知所 出之間。 |
ここに出づる所を 知らざる間に、 |
そこで出る所を 知らないで困つている時に、 |
鼠來云。 | 鼠來ていはく、 | 鼠が來て言いますには、 |
内者富良富良〈此四字以音〉 外者須夫須夫〈此四字以音〉 如此言故。 |
「内はほらほら、 外とはすぶすぶ」と、 かく言ひければ、 |
「内うちはほらほら、 外そとはすぶすぶ」と言いました。 こう言いましたから |
蹈其處者。 | 其處そこを踏みしかば、 | そこを踏んで |
落隱入之間。 | 落ち隱り入りし間に、 | 落ちて隱れておりました間に、 |
火者燒過。 | 火は燒け過ぎき。 | 火は燒けて過ぎました。 |
爾其鼠。 | ここにその鼠、 | そこでその鼠が |
咋持 其鳴鏑。 |
その鳴鏑なりかぶらを 咋くひて |
その鏑矢を 食わえ |
出來而奉也。 | 出で來て奉りき。 | 出して來て奉りました。 |
其矢羽者。 | その矢の羽は、 | その矢の羽はねは |
其鼠子等 皆喫也。 |
その鼠の子ども みな喫ひたりき。 |
鼠の子どもが 皆食べてしまいました。 |
スセリ姫の愛 |
||
於是其妻 須世理毘賣者。 |
ここにその妻みめ 須世理毘賣すせりびめは、 |
かくてお妃きさきの スセリ姫ひめは |
持喪具而。 | 喪はふりつ具ものを持ちて | 葬式の道具を持つて |
哭來。 | 哭きつつ來まし、 | 泣きながらおいでになり、 |
其父大神者。 | その父の大神は、 | その父の大神は |
思已死訖。 | すでに死うせぬと思ほして、 | もう死んだとお思いになつて |
出立其野。 | その野に出でたたしき。 | その野においでになると、 |
爾持其矢以 奉之時。 |
ここにその矢を持ちて 奉りし時に、 |
大國主の命はその矢を持つて 奉りましたので、 |
率入家而。 | 家に率て入りて、 | 家に連れて行つて |
喚入八田間大室而。 | 八田間やたまの大室に喚び入れて、 | 大きな室に呼び入れて、 |
令取 其頭之虱。 |
その頭かしらの虱しらみを 取らしめたまひき。 |
頭の虱しらみを 取らせました。 |
故爾見其頭者。 | かれその頭を見れば、 | そこでその頭を見ると |
呉公多在。 | 呉公むかで多さはにあり。 | 呉公むかでがいつぱいおります。 |
於是其妻。 | ここにその妻、 | この時にお妃が |
以牟久木實與 赤土。 |
椋むくの木の實と 赤土はにとを取りて、 |
椋むくの木の實と 赤土とを |
授其夫。 | その夫に授けつ。 | 夫君に與えましたから、 |
故咋破其木實。 | かれその木の實を咋ひ破り、 | その木の實を咋くい破やぶり |
含赤土。 | 赤土はにを含ふくみて | 赤土を口に含んで |
唾出者。 | 唾つばき出だしたまへば、 | 吐き出されると、 |
其大神。 | その大神、 | その大神は |
以爲咋破呉公。 | 呉公むかでを咋ひ破りて | 呉公を咋くい破つて |
唾出而。 | 唾き出だすとおもほして、 | 吐き出すとお思いになつて、 |
於心思愛 而寢。 |
心に愛はしとおもほして 寢みねしたまひき。 |
御心に感心にお思いになつて 寢ておしまいになりました。 |
逃亡と承認 |
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爾握其大神之髮。 | ここにその神の髮を握とりて、 | そこでその大神の髮を握とつて |
其室每椽 結著而。 |
その室の椽たりきごとに 結ひ著けて、 |
その室の屋根のたる木ごとに 結いつけて、 |
五百引石。 | 五百引いほびきの石いはを、 | 大きな巖を |
取塞其室戶。 | その室の戸に取り塞さへて、 | その室の戸口に塞いで、 |
負其妻 須世理毘賣。 |
その妻みめ 須世理毘賣を負ひて、 |
お妃の スセリ姫を背負せおつて、 |
即取持其大神之 生大刀與生弓矢。 |
すなはちその大神の 生大刀いくたちと生弓矢いくゆみや |
その大神の寶物の 大刀たち弓矢ゆみや、 |
及其天詔琴而。 | またその天の沼琴ぬごとを取り持ちて、 | また美しい琴を持つて |
逃出之時。 | 逃げ出でます時に、 | 逃げておいでになる時に、 |
其天沼琴拂樹而。 | その天の沼琴樹に拂ふれて | その琴が樹にさわつて |
地動鳴。 | 地動鳴なりとよみき。 | 音を立てました。 |
故。其所 寢大神。 |
かれその 寢みねしたまへりし大神、 |
そこで 寢ておいでになつた大神が |
聞驚而。 | 聞き驚かして、 | 聞いてお驚きになつて |
引仆其室。 | その室を引き仆たふしたまひき。 | その室を引き仆してしまいました。 |
然解結椽髮 之間。 |
然れども椽に結へる 髮を解かす間に |
しかしたる木に結びつけてある 髮を解いておいでになる間に |
遠逃。 | 遠く逃げたまひき。 | 遠く逃げてしまいました。 |
故爾 追至 黃泉比良坂。 |
かれここに 黄泉比良坂 よもつひらさかに 追ひ至りまして、 |
そこで 黄泉比良坂 よもつひらさかまで 追つておいでになつて、 |
遙望。 | 遙はるかに望みさけて、 | 遠くに見て |
呼。謂 大穴牟遲神曰。 |
大穴牟遲おほあなむぢの神を 呼ばひてのりたまはく、 |
大國主の命を 呼んで仰せになつたには、 |
其汝所持之 生大刀。 生弓矢以而。 |
「その汝が持てる 生大刀 生弓矢もちて |
「そのお前の持つている 大刀や 弓矢を以つて、 |
汝庶兄弟者。 | 汝が庶兄弟あにおとどもをば、 | 大勢の神をば |
追伏坂之御尾。 | 坂の御尾に追ひ伏せ、 | 坂の上に追い伏せ |
亦追撥河之瀨而。 | また河の瀬に追ひ撥はらひて、 | 河の瀬せに追い撥はらつて、 |
意禮〈二字以音〉 爲大國主神。 |
おれ 大國主の神となり、 |
自分で 大國主の命となつて |
亦爲 宇都志國玉神而。 |
また宇都志國玉 うつしくにたまの神となりて、 |
|
其我之女 須世理毘賣。 |
その我が女 須世理毘賣を |
そのわたしの女むすめの スセリ姫を |
爲嫡妻而。 | 嫡妻むかひめとして、 | 正妻として、 |
於宇迦能山 〈三字以音〉之山本。 |
宇迦うかの山の山本に、 | ウカの山の山本に |
於底津石根。 | 底津石根そこついはねに | 大磐石だいばんじやくの上に |
宮柱布刀斯理 〈此四字以音〉 |
宮柱太しり、 | 宮柱を太く立て、 |
於高天原。 | 高天の原に | 大空に高く |
冰椽多迦斯理 〈此四字以音〉而居。 |
氷椽ひぎ高しりて 居れ。 |
棟木むなぎを上げて 住めよ、 |
是奴也。 | この奴やつこ」とのりたまひき。 | この奴やつめ」と仰せられました。 |
故持其大刀。弓。 | かれその大刀弓を持ちて、 | そこでその大刀弓を持つて |
追避其八十神之時。 | その八十神を追ひ避さくる時に、 | かの大勢の神を追い撥はらう時に、 |
每坂御尾追伏。 | 坂の御尾ごとに追ひ伏せ、 | 坂の上毎に追い伏せ |
每河瀨追撥而。 | 河の瀬ごとに追ひ撥ひて | 河の瀬毎に追い撥はらつて |
始作國也。 | 國作り始めたまひき。 | 國を作り始めなさいました。 |
ヤガミ姫の恐れ |
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故其八上比賣者。 | かれその八上比賣は | かのヤガミ姫ひめは |
如先期美刀 阿多波志都。 〈此七字以音〉 |
先の期ちぎりのごとみと あたはしつ。 |
前の約束通りに 婚姻なさいました。 |
故其八上比賣者。 | かれその八上比賣は、 | そのヤガミ姫を |
雖率來。 | 率ゐて來ましつれども、 | 連つれておいでになりましたけれども、 |
畏其嫡妻 須世理毘賣而。 |
その嫡妻むかひめ 須世理毘賣を畏かしこみて、 |
お妃きさきの スセリ姫を恐れて |
其所生子者。 | その生める子をば、 | 生んだ子を |
刺狹木俣而返。 | 木の俣またに刺し挾みて返りましき。 | 木の俣またにさし挾んでお歸りになりました。 |
故。名其子云 木俣神。 |
かれその子に名づけて 木の俣の神といふ、 |
ですからその子の名を 木の俣の神と申します。 |
亦名謂御井神也。 | またの名は御井みゐの神といふ。 | またの名は御井みいの神とも申します。 |
八千矛の歌 |
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---|---|---|
此八千矛神。 | この八千矛やちほこの神、 | このヤチホコの神(大國主の命)が、 |
將婚高志國之 沼河比賣 幸行之時。 |
高志こしの國の 沼河比賣ぬなかはひめを 婚よばはむとして幸いでます時に、 |
越の國のヌナカハ姫と 結婚しようとしておいでになりました時に、 |
到其沼河比賣之家。 | その沼河比賣の家に到りて | そのヌナカハ姫の家に行いつて |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お詠みになりました歌は、 |
夜知富許能 迦微能美許登波 | 八千矛やちほこの 神の命は | ヤチホコの 神樣は |
夜斯麻久爾 都麻麻岐迦泥弖 | 八島國 妻求まぎかねて | 方々の國で 妻を求めかねて |
登富登富斯 故志能久邇邇 | 遠遠し 高志こしの國に | 遠い遠い 越こしの國に |
佐加志賣遠 阿理登岐加志弖 | 賢さかし女めを ありと聞かして | 賢かしこい女がいると聞き |
久波志賣遠 阿理登伎許志弖 | 麗くはし女めを ありと聞きこして | 美しい女がいると聞いて |
佐用婆比邇 阿理多多斯 | さ婚よばひに あり立たし | 結婚にお出でましになり |
用婆比邇 阿理迦用婆勢 | 婚ひに あり通はせ、 | 結婚にお通かよいになり、 |
多知賀遠母 伊麻陀登加受弖 | 大刀が緒も いまだ解かずて、 | 大刀たちの緒おもまだ解かず |
淤須比遠母 伊麻陀登加泥婆 | 襲おすひをも いまだ解かね、 | 羽織はおりをもまだ脱ぬがずに、 |
遠登賣能 那須夜伊多斗遠 | 孃子をとめの 寢なすや板戸を | 娘さんの眠つておられる板戸を |
淤曾夫良比 和何多多勢禮婆 | 押おそぶらひ 吾わが立たせれば、 | 押しゆすぶり立つていると |
比許豆良比 和何多多勢禮婆 | 引こづらひ 吾わが立たせれば、 | 引き試みて立つていると、 |
阿遠夜麻邇 奴延波那伎奴。 | 青山に ぬえは鳴きぬ。 | 青い山ではヌエが鳴いている。 |
佐怒都登理 岐藝斯波登與牟 | さ野のつ鳥 雉子きぎしは響とよむ。 | 野の鳥の雉きじは叫んでいる。 |
爾波都登理 迦祁波那久 | 庭つ鳥 鷄かけは鳴く。 | 庭先でニワトリも鳴いている。 |
宇禮多久母 那久那留登理加 | うれたくも 鳴くなる鳥か。 | 腹が立つさまに鳴く鳥だな |
許能登理母 宇知夜米許世泥 | この鳥も うち止やめこせね。 | こんな鳥はやつつけてしまえ。 |
伊斯多布夜 阿麻波勢豆加比 | いしたふや 天馳使あまはせづかひ、 | 下におります走り使をする者の |
許登能加多理其登母 許遠婆 | 事の語りごとも こをば。 | 事ことの語かたり傳つたえはかようでございます。 |
ヌナカハ姫の歌 |
||
爾其 沼河日賣。 |
ここにその 沼河日賣 ぬなかはひめ、 |
そこで、その ヌナカハ姫が、 |
未開戶。 | いまだ戸を開ひらかずて | まだ戸を開あけないで、 |
自内歌曰。 | 内より歌よみしたまひしく、 | 家の内で歌いました歌は、 |
夜知富許能 迦微能美許等 | 八千矛やちほこの神の命 | ヤチホコの神樣、 |
奴延久佐能 賣邇志阿禮婆 | ぬえくさの 女めにしあれば、 | 萎しおれた草のような女のことですから |
和何許許呂 宇良須能登理叙 | 吾わが心 浦渚うらすの鳥ぞ。 | わたくしの心は 漂う水鳥、 |
伊麻許曾婆 和杼理邇阿良米 | 今こそは 吾わ鳥にあらめ。 | 今いまこそわたくし鳥どりでも |
能知波 那杼理爾阿良牟遠 | 後は 汝鳥などりにあらむを、 | 後のちにはあなたの鳥になりましよう。 |
伊能知波 那志勢多麻比曾 | 命は な死しせたまひそ。 | 命いのち長ながくお生いき遊あそばしませ。 |
伊斯多布夜 阿麻波世豆迦比 | いしたふや 天馳使、 | 下におります走り使をする者の |
許登能 加多理碁登母 | 事の語りごとも | 事ことの語かたり傳つたえは |
許遠婆 | こをば。 | かようでございます。 |
阿遠夜麻邇 比賀迦久良婆 | 青山に 日が隱らば、 | 青い山やまに日ひが隱かくれたら |
奴婆多麻能 用波伊傳那牟 | ぬばたまの 夜は出でなむ。 | 眞暗まつくらな夜よになりましよう。 |
阿佐比能 恵美佐加延岐弖 | 朝日の 咲ゑみ榮え來て、 | 朝のお日樣ひさまのようににこやかに來て |
多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 | たくづのの 白き腕ただむき | コウゾの綱のような白い腕、 |
阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 | 沫雪の わかやる胸を | 泡雪のような若々しい胸を |
曾陀多岐 多多岐麻那賀理 | そ叩だたき 叩きまながり | そつと叩いて手をとりかわし |
麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 | 眞玉手 玉手差し纏まき | 玉のような手をまわして |
毛毛那賀爾 伊波那佐牟遠 | 股もも長に 寢いは宿なさむを。 | 足を伸のばしてお休みなさいましようもの。 |
阿夜爾 那古斐支許志 | あやに な戀ひきこし。 | そんなにわびしい思おもいをなさいますな。 |
夜知富許能 迦微能美許登 | 八千矛の 神の命。 | ヤチホコの神樣かみさま。 |
許登能 迦多理碁登母 | 事の語りごとも | 事ことの語かたり傳つたえは、 |
許遠婆 | こをば。 | かようでございます。 |
故其夜者。 不合而。 |
かれその夜は 合はさずて、 |
それで、その夜は お會あいにならないで、 |
明日夜 爲御合也。 |
明日くるつひの夜 御合みあひしたまひき。 |
翌晩 お會あいなさいました。 |
スセリ姫への歌 |
||
又其神之嫡后 須勢理毘賣命。 |
またその神の嫡后おほぎさき 須勢理毘賣すせりびめの命、 |
またその神のお妃きさき スセリ姫の命は、 |
甚爲嫉妬。 |
いたく嫉妬うはなり ねたみしたまひき。 |
大變たいへん嫉妬深し つとぶかい方かたでございました。 |
故其日子遲神 和備弖。〈三字以音〉 |
かれその日子ひこぢの神 侘わびて、 |
それを夫おつとの君は 心憂うく思つて、 |
自出雲。 | 出雲より | 出雲から |
將上坐倭國而。 | 倭やまとの國に上りまさむとして、 | 大和の國にお上りになろうとして、 |
束裝立時。 | 裝束よそひし立たす時に、 | お支度遊ばされました時に、 |
片御手者。繋御馬之鞍。 | 片御手は御馬みまの鞍に繋かけ、 | 片手は馬の鞍に懸け、 |
片御足蹈入其御鐙而。 | 片御足はその御鐙みあぶみに蹈み入れて、 | 片足はその鐙あぶみに蹈み入れて、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌うたい遊ばされた歌は、 |
奴婆多麻能 久路岐美祁斯遠 | ぬばたまの 黒き御衣みけしを | カラスオウギ色いろの黒い御衣服おめしものを |
麻都夫佐爾 登理與曾比 | まつぶさに 取り裝よそひ | 十分に身につけて、 |
淤岐都登理 牟那美流登岐 | 奧おきつ鳥 胸むな見る時、 | 水鳥のように胸を見る時、 |
波多多藝母 許禮婆布佐波受 | 羽はたたぎも これは宜ふさはず、 | 羽敲はたたきも似合わしくない、 |
幣都那美 曾邇奴岐宇弖 | 邊へつ浪 そに脱き棄うて、 | 波うち寄せるそこに脱ぎ棄て、 |
蘇邇杼理能 阿遠岐美祁斯遠 | そにどりの 青き御衣みけしを | 翡翠色ひすいいろの青い御衣服おめしものを |
麻都夫佐邇 登理與曾比 | まつぶさに 取り裝ひ | 十分に身につけて |
於岐都登理 牟那美流登岐 | 奧つ鳥 胸見る時、 | 水鳥のように胸を見る時、 |
波多多藝母 許母布佐波受 | 羽たたぎも こも宜ふさはず、 | 羽敲はたたきもこれも似合わしくない、 |
幣都那美 曾邇奴棄宇弖 | 邊つ浪 そに脱き棄うて、 | 波うち寄せるそこに脱ぎ棄て、 |
夜麻賀多爾 麻岐斯 | 山縣に 蒔まきし | 山畑やまはたに蒔まいた |
阿多泥都岐 | あたねつき | 茜草あかねぐさを舂ついて |
曾米紀賀斯流邇 | 染そめ木が汁しるに | 染料の木の汁で |
斯米許呂母遠 | 染衣しめごろもを | 染めた衣服を |
麻都夫佐邇 登理與曾比 | まつぶさに 取り裝ひ | 十分に身につけて、 |
淤岐都登理 牟那美流登岐 | 奧つ鳥 胸見る時、 | 水鳥のように胸を見る時、 |
波多多藝母 許斯與呂志 | 羽たたぎも 此こしよろし。 | 羽敲はたたきもこれはよろしい。 |
伊刀古夜能 伊毛能美許等 | いとこやの 妹の命、 | 睦むつましのわが妻よ、 |
牟良登理能 和賀牟禮伊那婆 | 群むら鳥の 吾わが群れ往いなば、 | 鳥の群むれのようにわたしが群れて行つたら、 |
比氣登理能 和賀比氣伊那婆 | 引け鳥の 吾が引け往なば、 | 引いて行ゆく鳥のようにわたしが引いて行つたら、 |
那迦士登波 那波伊布登母 | 泣かじとは 汝なは言ふとも、 | 泣かないとあなたは云つても、 |
夜麻登能 比登母登須須岐 | 山跡やまとの 一本ひともとすすき | 山地やまぢに立つ一本薄いつぽんすすきのように、 |
宇那加夫斯 那賀那加佐麻久 | 項うな傾かぶし 汝が泣かさまく | うなだれてあなたはお泣きになつて、 |
阿佐阿米能 疑理邇多多牟敍 | 朝雨の さ霧に立たたむぞ。 | 朝の雨の霧に立つようだろう。 |
和加久佐能 都麻能美許登 | 若草の 嬬つまの命。 | 若草のようなわが妻よ。 |
許登能 加多理碁登母 | 事の 語りごとも | 事ことの語かたり傳つたえは、 |
許遠婆 | こをば。 | かようでございます。 |
スセリ姫の歌 |
||
爾其后。 | ここにその后きささ | そこで、そのお妃きさきが、 |
取大御酒坏。 | 大御酒杯さかづきを取らして、 | 酒盃さかずきをお取りになり、 |
立依指擧而。 | 立ち依り指擧ささげて、 | 立ち寄り捧げて、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌いになつた歌、 |
夜知富許能 加微能美許登夜 | 八千矛の 神の命や、 | ヤチホコの神樣かみさま、 |
阿賀淤富久邇奴斯。 | 吾あが大國主。 | わたくしの大國主樣おおくにぬしさま。 |
那許曾波 遠邇伊麻世婆 | 汝なこそは 男をにいませば、 | あなたこそ男ですから |
宇知微流 斯麻能佐岐耶岐 | うち廻みる 島の埼埼 | 廻つている岬々みさきみさきに |
加岐微流 伊蘇能佐岐淤知受 | かき廻みる 磯の埼おちず、 | 廻つている埼さきごとに |
和加久佐能 都麻母多勢良米 | 若草の 嬬つま持たせらめ。 | 若草のような方をお持ちになりましよう。 |
阿波母與 賣邇斯阿禮婆 | 吾あはもよ 女めにしあれば、 | わたくしは女おんなのことですから |
那遠岐弖 遠波那志 | 汝なを除きて 男をは無し。 | あなた以外に男は無く |
那遠岐弖 都麻波那斯 | 汝なを除て 夫つまは無し。 | あなた以外に夫おつとはございません。 |
阿夜加岐能 布波夜賀斯多爾 | 文垣あやかきの ふはやが下に、 | ふわりと垂たれた織物おりものの下で、 |
牟斯夫須麻 爾古夜賀斯多爾 | 蒸被むしぶすま 柔にこやが下に、 | 暖あたたかい衾ふすまの柔やわらかい下したで、 |
多久夫須麻 佐夜具賀斯多爾 | たくぶすま さやぐが下に、 | 白しろい衾ふすまのさやさやと鳴なる下したで、 |
阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 | 沫雪あわゆきの わかやる胸を | 泡雪あわゆきのような若々しい胸を |
多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 | たくづのの 白き臂ただむき | コウゾの綱のような白い腕で、 |
曾陀多岐 多多岐麻那賀理 | そ叩だたき 叩きまながり | そつと叩いて手をさしかわし |
麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 | ま玉手 玉手差し纏まき | 玉のような手を廻して |
毛毛那賀邇 伊遠斯那世 | 股長ももながに 寢いをしなせ。 | 足をのばしてお休み遊ばせ。 |
登與美岐 多弖麻都良世 | 豐御酒とよみき たてまつらせ。 | おいしいお酒さけをお上あがり遊あそばせ。 |
如此歌。 | かく歌ひて、 | そこで |
即爲 宇伎由比〈四字以音〉而。 |
すなはち 盞うき結ゆひして、 |
盃さかずきを取とり交かわして、 |
宇那賀氣理弖。 〈六字以音〉 |
項懸うながけりて、 | 手てを懸かけ合あつて、 |
至今鎭坐也。 | 今に至るまで鎭ります。 | 今日までも鎭しずまつておいでになります。 |
此謂之 神語也。 |
こを 神語かむがたりといふ。 |
これらの歌は 神語かむがたりと申す歌曲かきよくです。 |
大国主の系譜 |
||
---|---|---|
故此大國主神。 | かれこの大國主の神、 | この大國主の神が、 |
娶、坐胸形 奧津宮神。 |
むなかたの 奧津宮おきつみやにます神、 |
むなかたの 沖つ宮においでになる |
多紀理毘賣命。 | 多紀理毘賣の命に | タギリ姫の命と |
生子。 | 娶あひて生みませる子、 | 結婚して生んだ子は |
阿遲〈二字以音〉鉏 高日子根神。 |
阿遲鉏高日子根 あぢすきたかひこねの神。 |
アヂスキ タカヒコネの神、 |
次妹高比賣命。 | 次に妹高比賣たかひめの命。 | 次にタカ姫の命、 |
亦名。 | またの名は | またの名は |
下光比賣命。 | 下光したてる比賣ひめの命。 | シタテル姫の命であります。 |
此之 阿遲鉏高日子根神者。 |
この 阿遲鉏高日子根の神は、 |
この アヂスキタカヒコネの神は、 |
今謂 迦毛大御神 者也。 |
今 迦毛かもの大御神 といふ神なり。 |
今 カモの大御神 と申す神樣であります。 |
大國主神。 | 大國主の神、 | 大國主の神が、 |
亦娶 神屋楯比賣命 生子。 |
また 神屋楯かむやたて比賣の命に 娶ひて生みませる子、 |
また カムヤタテ姫の命と 結婚して生んだ子は、 |
事代主神。 | 事代ことしろ主の神。 | コトシロヌシの神です。 |
亦娶 八嶋牟遲能神之女 〈自牟下三字以音〉 鳥耳神。 |
また 八島牟遲やしまむぢの神の女 鳥取とりとりの神に 娶ひて |
また ヤシマムチの神の女むすめの トリトリの神と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
鳥鳴海神。 〈訓鳴云那留〉 |
鳥鳴海とりなるみの神。 | トリナルミの神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶、 日名照 額田毘道 男伊許知邇神。 〈田下毘。 又自伊下至邇。 皆以音〉 |
日名照 額田毘道 男伊許知邇 ひなてり ぬかたびち をいこちにの神 に娶ひて |
ヒナテリ ヌカダビチ ヲイコチニの神と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
國忍富神。 | 國忍富くにおしとみの神。 | クニオシトミの神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶、葦那陀迦神。 〈自那下三字以音〉 |
葦那陀迦 あしなだかの神 |
アシナダカの神、 |
亦名 八河江比賣。 |
またの名は 八河江比賣 やがはえひめに娶ひて |
またの名は ヤガハエ姫と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
速甕之 多氣佐波夜遲奴美神。 〈自多下八字以音〉 |
連甕 つらみかの 多氣佐波夜遲奴美 たけさはやぢぬみの神。 |
ツラミカノ タケサハヤヂヌミの神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶天之甕主神之女。 | 天の甕主みかぬしの神の女 | アメノミカヌシの神の女の |
前玉比賣。 | 前玉比賣さきたまひめに娶ひて | サキタマ姫と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
甕主日子神。 | 甕主日子みかぬしひこの神。 | ミカヌシ彦の神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶、淤加美神之女。 | 淤加美おかみの神の女 | オカミの神の女の |
比那良志毘賣。 〈此神名以音〉 |
比那良志ひならし毘賣に 娶ひて |
ヒナラシ姫と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
多比理岐志麻流美神。 〈此神名以音〉 |
多比理岐志麻美 たひりきしまみの神。 |
タヒリキシマミの神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶、比比羅木之 其花麻豆美神之女。 〈木上三字。 花下三字以音〉 |
比比羅木 ひひらぎの その花麻豆美 はなまづみの神の女 |
ヒヒラギの ソノハナマヅミの神の 女の |
活玉前玉比賣神。 |
活玉前玉 いくたまさきたま比賣の神に 娶ひて |
イクタマサキタマ姫の神と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
美呂浪神。 〈美呂二字以音〉 |
美呂浪 みろなみの神。 |
ミロナミの神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶、敷山主神之女。 | 敷山主しきやまぬしの神の女 | シキヤマヌシの神の女の |
青沼馬沼押比賣。 |
青沼馬沼押 あをぬまぬおし比賣に娶ひて |
アヲヌマヌオシ姫と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
布忍富鳥鳴海神。 |
布忍富鳥鳴海 ぬのおしとみとりなるみの神。 |
ヌノオシトミトリナルミの神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶、若昼女神。 |
若晝女 わかひるめの神に娶ひて |
ワカヒルメの神と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
天日腹大科度美神。 〈度美二字以音〉 |
天の 日腹大科度美 ひばらおほしなどみの神。 |
アメノ ヒバラ オホシナドミの神です。 |
此神。 | この神、 | この神が |
娶、天狹霧神之女。 | 天の狹霧さぎりの神の女 | アメノサギリの神の女の |
遠津待根神。 |
遠津待根 とほつまちねの神に娶ひて |
トホツマチネの神と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
遠津山岬多良斯神。 |
遠津山岬多良斯 とほつやまざきたらしの神。 |
トホツヤマザキタラシの神です。 |
右件 | 右の件くだり、 | 以上 |
自八嶋士奴美神以下。 |
八島士奴美 やしまじぬみの神より下、 |
ヤシマジヌミの神から |
遠津山岬帶神以前。 | 遠津山岬帶たらしの神より前、 | トホツヤマザキタラシの神までを |
稱十七世神。 | 十七世とをまりななよの神といふ。 | 十七代の神と申します。 |
国堅め |
||
少名毘古那の神 |
||
故大國主神。 | かれ大國主の神、 | そこで大國主の命が |
坐、出雲之御大之 御前時。 |
出雲の御大みほの 御前みさきにいます時に、 |
出雲いずもの御大みほの 御埼みさきにおいでになつた時に、 |
自波穗。 | 波の穗より、 | 波なみの上うえを |
乘 天之羅摩船而。 |
天の羅摩かがみの船に 乘りて、 |
蔓芋つるいものさやを割わつて 船にして |
内剥 鵝皮剥。 |
鵝ひむしの皮を 内剥うつはぎに剥ぎて |
蛾がの皮を そつくり剥はいで |
爲衣服。 | 衣服みけしにして、 | 著物きものにして |
有歸來神。 | 歸より來る神あり。 | 寄よつて來る神樣があります。 |
爾雖問其名。 | ここにその名を問はせども | その名を聞きましたけれども |
不答。 | 答へず、 | 答えません。 |
且雖問 所從之諸神。 |
また所從みともの神たちに 問はせども、 |
また御從者おともの神たちに お尋ねになつたけれども |
皆白不知。 | みな知らずと白まをしき。 | 皆知りませんでした。 |
爾多邇具久白言。 〈自多下四字以音〉 |
ここに多邇具久 たにぐく白して言まをさく、 |
ところが ひきがえるが言いうことには、 |
此者 久延毘古 必知之。 |
「こは 久延毘古くえびこぞ かならず知りたらむ」 と白ししかば、 |
「これは クエ彦が きつと知つているでしよう」 と申しましたから、 |
即召久延毘古。 | すなはち久延毘古を召して | そのクエ彦を呼んで |
問時。 | 問ひたまふ時に答へて白さく、 | お尋ねになると、 |
答白此者 神產巢日 神之御子。 |
「こは 神産巣日かむむすびの 神の御子 |
「これは カムムスビの 神の御子みこで |
少名毘古那神。 〈自毘下三字以音〉 |
少名毘古那 すくなびこなの神なり」 と白しき。 |
スクナビコナの神です」 と申しました。 |
故爾 白上於 神產巢日 御祖命者。 |
かれここに 神産巣日 御祖みおやの命に 白し上げしかば、 |
依つて カムムスビの神に 申し上げたところ、 |
答告。 | ||
此者實我子也。 | 「こは實まことに我が子なり。 | 「ほんとにわたしの子だ。 |
於子之中。 | 子の中に、 | 子どもの中でも |
自我手俣 久岐斯子也。 〈自久下三字以音〉 |
我が手俣たなまたより 漏くきし子なり。 |
わたしの手の股またから こぼれて落ちた子どもです。 |
故與汝 葦原色許男命。 |
かれ汝いまし 葦原色許男 あしはらしこをの命と |
あなた アシハラシコヲの命と |
爲兄弟而。 | 兄弟はらからとなりて、 | 兄弟となつて |
作堅其國。 |
その國作り堅めよ」 とのりたまひき。 |
この國を作り堅めなさい」 と仰せられました。 |
故自爾。 | かれそれより、 | それでそれから |
大穴牟遲。 | 大穴牟遲と | 大國主と |
與少名毘古那。 | 少名毘古那と | スクナビコナと |
二柱神相並。 | 二柱の神相並びて、 | お二人が竝んで |
作堅此國。 | この國作り堅めたまひき。 | この國を作り堅めたのです。 |
然後者。 | 然ありて後には、 | 後には |
其少名毘古那神者。 | その少名毘古那の神は、 | そのスクナビコナの神は、 |
度于 常世國也。 |
常世とこよの國に 度りましき。 |
海のあちらへ 渡つて行つてしまいました。 |
故顯白其 少名毘古那神。 |
かれその少名毘古那の神を 顯し白しし、 |
このスクナビコナの神のことを 申し上げた |
所謂久延毘古者。 | いはゆる久延毘古くえびこは、 | クエ彦というのは、 |
於今者山田之 曾富騰者也。 |
今には山田の 曾富騰そほどといふものなり。 |
今いう山田の 案山子かかしのことです。 |
此神者。 | この神は、 | この神は |
足雖不行。 | 足はあるかねども、 | 足は歩あるきませんが、 |
盡知 天下之事神也。 |
天の下の事を 盡ことごとに知れる神なり。 |
天下のことを すつかり知つている神樣です。 |
御諸山の神 |
||
於是大國主神 愁而。告 |
ここに大國主の神 愁へて告りたまはく、 |
そこで大國主の命が 心憂く思つて仰せられたことは、 |
吾獨 何能 得作此國。 |
「吾獨して、 如何いかにかもよく この國をえ作らむ。 |
「わたしはひとりでは どのようにして この國を作り得ましよう。 |
孰神與 吾能相作此國耶。 |
いづれの神とともに、 吾あはよくこの國を相作つくらむ」 とのりたまひき。 |
どの神樣と一緒に わたしはこの國を作りましようか」 と仰せられました。 |
是時。 | この時に | この時に |
有光海。 | 海を光てらして | 海上を照らして |
依來之神。 | 依り來る神あり。 | 寄つて來る神樣があります。 |
其神言。 | その神の言のりたまはく、 | その神の仰せられることには、 |
能治我前者。 | 「我あが前みまへをよく治めば、 | 「わたしに對してよくお祭をしたら、 |
吾能共與相作成。 | 吾あれよくともどもに相作り成さむ。 | わたしが一緒になつて國を作りましよう。 |
若不然者。 | もし然あらずは、 | そうしなければ |
國難成。 |
國成り難がたけむ」 とのりたまひき。 |
國はできにくいでしよう」 と仰せられました。 |
爾大國主神曰。 | ここに大國主の神まをしたまはく、 | そこで大國主の命が申されたことには、 |
然者 治奉之状奈何。 |
「然らば 治めまつらむ状さまはいかに」 とまをしたまひしかば |
「それなら どのようにしてお祭を致しましよう」 と申されましたら、 |
答言。 | 答へてのりたまはく、 | |
吾者。 | 「吾あをば | 「わたしを |
伊都岐奉于 倭之青垣 東山上。 |
倭やまとの青垣あをかきの 東の山の上へに 齋いつきまつれ」とのりたまひき。 |
大和の國の青々と取り圍んでいる 東の山の上に お祭りなさい」と仰せられました。 |
此者 坐御諸山上神也。 |
こは 御諸みもろの山の上にます神なり。 |
これは 御諸みもろの山においでになる神樣です。 |
大年神からの系譜 |
||
故其大年神。 | かれその大年の神、 | オホトシの神が、 |
娶神活須毘神之女。 | 神活須毘かむいくすびの神の女 | カムイクスビの神の女の |
伊怒比賣。 | 伊怒いの比賣に | イノ姫と |
生子。 | 娶ひて生みませる子、 | 結婚して生んだ子は、 |
大國御魂神。 | 大國御魂おほくにみたまの神。 | オホクニミタマの神、 |
次韓神。 | 次に韓からの神。 | 次にカラの神、 |
次曾富理神。 | 次に曾富理そほりの神。 | 次にソホリの神、 |
次白日神。 | 次に白日しらひの神。 | 次にシラヒの神、 |
次聖神。〈五神〉 | 次に聖ひじりの神五神。 | 次にヒジリの神の五神です。 |
又娶 香用比賣。 〈此神名以音〉 |
又 香用かぐよ比賣に 娶ひて |
また カグヨ姫と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
大香山戶臣神。 |
大香山戸臣 おほかぐやまとみの神。 |
オホカグヤマトミの神、 |
次御年神。 〈二柱〉 |
次に御年みとしの神 二柱。 |
次にミトシの神の 二神です。 |
又娶 天知 迦流美豆比賣。 〈訓天如天。 亦自知下 六字以音〉 |
また 天知 あめしる 迦流美豆 かるみづ比賣に |
また アメシル カルミヅ姫と |
生子。 | 娶ひて生みませる子、 | 結婚して生んだ子は |
奧津日子神。 | 奧津日子おきつひこの神。 | オキツ彦の神、 |
次奧津比賣命。 | 次に奧津比賣おきつひめの命、 | 次にオキツ姫の命、 |
亦名。 | またの名は | またの名は |
大戶比賣神。 | 大戸比賣おほへひめの神。 | オホヘ姫の神です。 |
此者 諸人以拜 竈神者也。 |
こは 諸人のもち拜いつく 竈かまどの神なり。 |
これは 皆樣の祭つている 竈かまどの神であります。 |
次大山〈上〉咋神。 | 次に大山咋おほやまくひの神。 | 次にオホヤマクヒの神、 |
亦名。 | またの名は | またの名は |
山末之大主神。 | 末すゑの大主おほぬしの神。 | スヱノオホヌシの神です。 |
此神者。 | この神は | これは |
坐近淡海國之 日枝山。 |
近つ淡海あふみの國の 日枝ひえの山にます。 |
近江の國の 比叡山ひえいざんにおいでになり、 |
亦坐 葛野之松尾。 |
また 葛野かづのの松の尾にます、 |
また カヅノの松の尾においでになる |
用鳴鏑神者也。 |
鳴鏑なりかぶらを 用もちたまふ神なり。 |
鏑矢かぶらやを お持ちになつている神樣であります。 |
次庭津日神。 | 次に庭津日にはつひの神。 | 次にニハツヒの神、 |
次阿須波神。 〈此神名以音〉 |
次に阿須波あすはの神。 | 次にアスハの神、 |
次波比岐神。 〈此神名以音〉 |
次に波比岐はひきの神。 | 次にハヒキの神、 |
次香山戶臣神。 | 次に香山戸臣かぐやまとみの神。 | 次にカグヤマトミの神、 |
次羽山戶神。 | 次に羽山戸はやまとの神。 | 次にハヤマトの神、 |
次庭高津日神。 | 次に庭にはの高津日たかつひの神。 | 次にニハノタカツヒの神、 |
次大土神。 | 次に大土おほつちの神。 | 次にオホツチの神、 |
亦名。 | またの名は | またの名は |
土之御祖神。 〈九神〉 |
土つちの御祖みおやの神 (九神)。 |
ツチノミオヤの神の 九神です。 |
上件大年神之子。 | 上の件、大年の神の子、 | 以上オホトシの神の子の |
自大國御魂神以下。 | 大國御魂の神より下、 | オホクニミタマの神から |
大土神以前。 | 大土の神より前、 | オホツチの神まで |
并十六神。 | 并せて十六神とをまりむはしら。 | 合わせて十六神です。 |
羽山戶神。 | 羽山戸の神、 | さてハヤマトの神が、 |
娶 大氣都比賣神 〈自氣下 四字以音〉生子。 |
大氣都比賣 おほげつひめの神に 娶ひて 生みませる子、 |
オホゲツ姫の神と 結婚して 生んだ子は、 |
若山咋神。 | 若山咋わかやまくひの神。 | ワカヤマクヒの神、 |
次若年神。 | 次に若年の神。 | 次にワカトシの神、 |
次妹 若沙那賣神。 〈自沙下三字以音〉 |
次に妹 若沙那賣 わかさなめの神。 |
次に女神の ワカサナメの神、 |
次彌豆麻岐神。 〈自彌下四字音〉 |
次に彌豆麻岐 みづまきの神。 |
次に ミヅマキの神、 |
次夏高津日神。 |
次に夏の高津日 たかつひの神。 |
次に ナツノタカツヒの神、 |
亦名。 夏之賣神。 |
またの名は 夏の賣めの神。 |
またの名は ナツノメの神、 |
次秋毘賣神。 |
次に秋毘賣 あきびめの神。 |
次に アキ姫の神、 |
次久久年神。 〈久久 二字以音〉 |
次に久久年 くくとしの神。 |
次に ククトシの神、 |
次久久紀 若室葛根神。 〈久久紀 三字以音〉 |
次に久久紀 若室葛根 くくきわかむろ つなねの神。 |
次に ククキ ワカムロ ツナネの神です。 |
上件 | 上の件、 | 以上 |
羽山戶神之子。 | 羽山戸の神の子、 | ハヤマトの神の子の |
自若山咋神以下。 | 若山咋の神より下、 | ワカヤマクヒの神から |
若室葛根以前。 | 若室葛根の神より前、 | ワカムロツナネの神まで |
并八神。 | 并はせて八神。 | 合わせて八神です。 |
命が害われる話(堕落と反逆) |
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・天忍穗耳命(オシホミミの命)聞かず(できず) |
地を収めるよう天照の天命下降 しかし地は騒いでいると還って来た |
・天菩比神(アメノホヒカミ)還らず |
天菩比≒天若日。名前≒前の名 今度は高御產巢と天照の命。二神合わせ造化三神 八百万の議も経、天命の絶対権威性を強調 しかし大國主に媚附き三年たって帰還せず=地縛 大国主は地上の統治権力者。政治家達。文脈わかりますか |
・天若日子(アメノワカヒコ)反逆 |
次に下されたが、さらに堕ちる存在。 天菩比が戻らない時点で天若日には難儀だが復活を期した 天の波波矢:(天照からの)破魔矢のお守り しかし大国主の下照姫と一緒になり八年帰らず |
・雉名鳴女(キジナナキメ→キキシナナキメ) |
天の伝令。天若日子に報告を求めた。 |
・天佐具売(あめのさぐめ。△探女) |
天若日子を補佐して具えている女。雇われソバメ。 名が後述の商売の泣女と掛かっている。 雉の黙殺を進言→天若日子が射殺 |
・還矢の本(もと。由来) |
血の矢が高木神=タカムスビに届き、事情を悟る 矢を返し、それが天若日子の胸中に当たり死亡 これは中立の神が作動させている法則の比喩 天御中主≒高木神≒タカムスビ タカム≒アダム イブ≒イセ |
・哭女(なきめ) |
天若日子の葬儀。雉の泣役女(キジのナキメ) ウソ・サギも出し、偽りを強調 悲シンダと思った直後、八日八夜遊びました 天の家族も悲しみ地に降った(受肉)直後遊ぶ これが地上。物心つけば天など認めない |
・神度剣(かむどのつるぎ、大量:おおばかり) |
しんどけ(ん) おおばか(り)のかみばかり |
・タカヒコネの歌 |
国譲り:建御雷神が実力を示す |
・建御雷神(たけみかづちのかみ) |
・剣の逆刺立 十掬劔(トツカ剣=長剣) |
・天の逆手 事代主神(ことしろぬしのかみ) |
天の逆手=中の指立(ファッ!? のサイン) |
・建御名方神(たけみなかたのかみ) |
・国譲り |
・天の眞魚咋(まなぐひ) |
命が害われる話(堕落と反逆) |
||
---|---|---|
天忍穗耳命 |
||
天照大御神之 命以。 |
天照らす大御神の 命もちて、 |
天照らす大神の お言葉で、 |
豐葦原之 千秋 長五百秋之 水穗國者。 |
「豐葦原の 千秋ちあきの 長五百秋ながいほあきの 水穗みづほの國は、 |
「葦原あしはらの 水穗みずほの國くには |
我御子。 | 我が御子 | 我わが御子みこの |
正勝吾勝勝速日 天忍穗耳命之 所知國。 |
正勝吾勝勝速日 まさかあかつかちはやひ 天の忍穗耳おしほみみの命の 知らさむ國」と、 |
マサカアカツカチハヤヒ アメノオシホミミの命の お治め遊あそばすべき國である」 |
言因賜而。 | 言依ことよさしたまひて、 | と仰せられて、 |
天降也。 | 天降あまくだしたまひき。 | 天からお降くだしになりました。 |
於是 天忍穗耳命。 |
ここに 天の忍穗耳の命、 |
そこで オシホミミの命が |
於 天浮橋多多志 〈此三字以音〉 而詔之。 |
天の浮橋に立たして 詔りたまひしく、 |
天からの階段に お立ちになつて 御覽ごらんになり、 |
豐葦原之 千秋長五百秋之 水穗國者。 |
「豐葦原の 千秋の長五百秋の 水穗の國は、 |
「葦原の 水穗の國は |
伊多久 佐夜藝弖 〈此七字以音〉 有祁理 〈此二字以音 下效此〉 |
いたく さやぎて ありなり」 |
ひどく さわいで いる」 |
告而。 | と告のりたまひて、 | と仰せられて、 |
更還上。 | 更に還り上りて、 | またお還りになつて |
請于 天照大神。 |
天照らす大御神に まをしたまひき。 |
天照らす大神に 申されました。 |
天菩比神 |
||
爾 高御產巢日神。 |
ここに 高御産巣日 たかみむすびの神、 |
そこで タカミムスビの神、 |
天照大御神之命以。 | 天照らす大御神の命もちて、 | 天照らす大神の御命令で |
於天安河之河原。 | 天の安の河の河原に | 天のヤスの河の河原に |
神集 八百萬神集而。 |
八百萬の神を 神集かむつどへに集へて、 |
多くの神を お集めになつて、 |
思金神令思而 詔。 |
思金の神に思はしめて 詔りたまひしく、 |
オモヒガネの神に思わしめて 仰せになつたことには、 |
此葦原中國者。 | 「この葦原の中つ國は、 | 「この葦原の中心の國は |
我御子之所知國。 | 我が御子の知らさむ國と、 | わたしの御子みこの治むべき國と |
言依所賜之國也。 | 言依さしたまへる國なり。 | 定めた國である。 |
故以爲於此國 道速振 荒振國神等之 多在。 |
かれこの國に ちはやぶる 荒ぶる國つ神どもの 多さはなると思ほすは、 |
それだのにこの國に 暴威を振う 亂暴な土著どちやくの神が 多くあると思われるが、 |
是使何神而。 | いづれの神を使はしてか | どの神を遣つかわして |
將言趣。 |
言趣ことむけなむ」 とのりたまひき。 |
これを平定すべきであろうか」 と仰せになりました。 |
爾思金神。 | ここに思金の神 | そこでオモヒガネの神 |
及八百萬神議。 | また八百萬の神等たち議りて | 及び多くの神たちが相談して、 |
白之。 | 白さく、 | |
天菩比神。 | 「天の菩比ほひの神、 | 「ホヒの神を |
是可遣。 |
これ遣はすべし」 とまをしき。 |
遣やつたらよろしいでございましよう」 と申しました。 |
故遣 天菩比神者。 |
かれ 天の菩比の神を 遣はししかば、 |
そこで ホヒの神を 遣つかわしたところ、 |
乃媚附 大國主神。 |
大國主の神に 媚びつきて、 |
この神は大國主の命に 諂へつらい著ついて |
至于三年。 | 三年に至るまで | 三年たつても |
不復奏。 | 復奏かへりごとまをさざりき。 | 御返事申し上げませんでした。 |
天若日子 |
||
是以 高御產巢日神。 |
ここを以ちて 高御産巣日の神、 |
このような次第で タカミムスビの神 |
天照大御神。 | 天照らす大御神、 | 天照らす大神が |
亦問諸神等。 | また諸の神たちに問ひたまはく、 | また多くの神たちにお尋ねになつて、 |
所遣 葦原中國之 天菩比神。 |
「葦原の 中つ國に遣はせる 天の菩比の神、 |
「葦原の中心の國に 遣つかわした ホヒの神が |
久不復奏。 | 久しく復奏かへりごとまをさず、 | 久しく返事をしないが、 |
亦使何神之吉。 |
またいづれの神を使はしてば吉えけむ」 と告りたまひき。 |
またどの神を遣つたらよいだろうか」 と仰せられました。 |
爾思金神答白。 | ここに思金の神答へて白さく、 | そこでオモヒガネの神が申されるには、 |
可遣 天津國玉神之子。 天若日子。 |
「天津國玉あまつくにだまの神の子 天若日子あめわかひこを 遣はすべし」とまをしき。 |
「アマツクニダマの神の子の 天若日子あめわかひこを 遣やりましよう」と申しました。 |
故爾以 天之麻迦古弓。 〈自麻下三字以音〉 |
かれここに 天あめの麻迦古弓まかこゆみ |
そこで りつぱな弓矢ゆみやを |
天之波波 〈此二字以音〉矢。 |
天の波波矢ははやを | |
賜天若日子 而遣。 |
天若日子に賜ひて 遣はしき。 |
天若日子 あめわかひこに賜わつて 遣つかわしました。 |
於是天若日子。 | ここに天若日子、 | しかるに天若日子は |
降到其國。 | その國に降り到りて、 | その國に降りついて |
即娶 大國主神之女。 |
すなはち 大國主の神の女 |
大國主の命の女むすめの |
下照比賣。 | 下照したてる比賣ひめに娶あひ、 | 下照したてる姫ひめを妻とし、 |
亦慮獲其國。 | またその國を獲むと慮おもひて、 | またその國を獲ようと思つて、 |
至于八年 不復奏。 |
八年に至るまで 復奏かへりごとまをさざりき。 |
八年たつても 御返事申し上げませんでした。 |
雉名鳴女 |
||
故爾 天照大御神。 |
かれここに 天照らす大御神、 |
そこで 天照らす大神、 |
高御產巢日神。 | 高御産巣日の神、 | タカミムスビの神が |
亦問 諸神等。 |
また 諸の神かみたちに問ひたまはく、 |
大勢の神に お尋ねになつたのには、 |
天若日子。 | 「天若日子 | 「天若日子が |
久不復奏。 | 久しく復奏かへりごとまをさず、 | 久しく返事をしないが、 |
又遣曷 神以問 天若日子之。 淹留所由。 |
またいづれの神を遣はして、 天若日子が 久しく留まれる所由よしを問はむ」 とのりたまひき。 |
どの神を遣して 天若日子の 留まつている仔細を尋ねさせようか」 とお尋ねになりました。 |
於是諸神 及思金神。 |
ここに諸の神たち また思金の神答へて |
そこで大勢の神たち またオモヒガネの神が |
答白。 | 白さく、 | 申しますには、 |
可遣 雉名鳴女時。 |
「雉子きぎし名な鳴女なきめを 遣はさむ」とまをす時に、 |
「キジの名鳴女ななきめを 遣やりましよう」 |
詔之。 | 詔りたまはく、 | と申しました。 |
そこでそのキジに、 | ||
汝行。 | 「汝いまし行きて | 「お前が行いつて |
問天若日子状者。 | 天若日子に問はむ状は、 | 天若日子に尋ねるには、 |
汝所以使 葦原中國者。 |
汝を葦原の中つ國に遣はせる 所以ゆゑは、 |
あなたを 葦原の中心の國に遣したわけは |
言趣和 其國之 荒振神等之者也。 |
その國の 荒ぶる神たちを 言趣ことむけ平やはせとなり。 |
その國の 亂暴な神たちを 平定せよというためです。 |
何至于八年。 | 何ぞ八年になるまで、 | 何故に八年たつても |
不復奏。 |
復奏まをさざると問へ」 とのりたまひき。 |
御返事申し上げないのかと問え」 と仰せられました。 |
天佐具売(あめのさぐめ。△探女) |
||
故爾鳴女。 | かれここに鳴女なきめ、 | そこでキジの鳴女なきめが |
自天降到。 | 天より降おり到りて、 | 天から降つて來て、 |
居天若日子之門 湯津楓上而。 |
天若日子が門なる 湯津桂ゆつかつらの上に居て、 |
天若日子の門にある 貴い桂かつらの木の上にいて |
言委曲如 天神之詔命。 |
委曲まつぶさに 天つ神の詔命おほみことのごと言ひき。 |
詳しく 天の神の仰せの通りに言いました。 |
爾天佐具賣。 〈此三字以音〉 |
ここに 天あめの佐具賣さぐめ、 |
ここに 天の探女さぐめという女がいて、 |
聞此鳥言而。 | この鳥の言ふことを聞きて、 | このキジの言うことを聞いて |
語天若日子言。 | 天若日子に語りて、 | 天若日子に |
此鳥者。 | 「この鳥は | 「この鳥は |
其鳴音甚惡。 | その鳴く音こゑいと惡し。 | 鳴く聲がよくありませんから |
故可射殺云進。 |
かれみづから射たまへ」 といひ進めければ、 |
射殺しておしまいなさい」 と勸めましたから、 |
即天若日子。 | 天若日子、 | 天若日子は |
持 天神所賜 天之波士弓。 天之加久矢。 |
天つ神の賜へる 天の波士弓はじゆみ 天の加久矢かくやを もちて、 |
天の神の下さつた りつぱな弓矢を もつて |
射殺 其雉。 |
その雉子きぎしを 射殺しつ。 |
そのキジを 射殺しました。 |
爾其矢。 | ここにその矢 | ところがその矢が |
自雉胸通而。 | 雉子の胸より通りて | キジの胸から通りぬけて |
逆射上。 | 逆さかさまに射上げて、 | 逆樣に射上げられて |
逮坐天安河之河原。 | 天の安の河の河原にまします | 天のヤスの河の河原においでになる |
天照大御神。 | 天照らす大御神 | 天照らす大神 |
高木神之 御所。 |
高木たかぎの神の 御所みもとに逮いたりき。 |
高木たかぎの神の 御許おんもとに到りました。 |
是高木神者。 | この高木の神は、 | この高木の神というのは |
高御產巢日神之 別名。 |
高御産巣日の神の 別またの名みななり。 |
タカミムスビの神の 別の名です。 |
還矢の本(もと) |
||
故高木神。 | かれ高木の神、 | その高木の神が |
取其矢見者。 | その矢を取らして見そなはせば、 | 弓矢を取つて御覽になると |
血著其矢羽。 | その矢の羽に血著きたり。 | 矢の羽に血がついております。 |
於是高木神。 | ここに高木の神告りたまはく、 | そこで高木の神が |
告之 此矢者。 所賜天若日子之矢 即示 諸神等詔者。 |
「この矢は 天若日子に賜へる矢ぞ」 と告りたまひて、 諸の神たちに示みせて 詔りたまはく、 |
「この矢は 天若日子に與えた矢である」 と仰せになつて、 多くの神たちに見せて 仰せられるには、 |
或 天若日子不誤命。 |
「もし 天若日子、命みことを誤たがへず、 |
「もし 天若日子が命令通りに |
爲射惡神之矢之 至者。 |
惡あらぶる神を射つる矢の 到れるならば、 |
亂暴な神を射た矢が 來たのなら、 |
不中天若日子。 | 天若日子にな中あたりそ。 | 天若日子に當ることなかれ。 |
或有邪心者。 | もし邪きたなき心あらば、 |
そうでなくて もし不屆ふとどきな心があるなら |
天若日子。 | 天若日子 | 天若日子は |
於此矢 麻賀禮。 〈此三字以音〉 |
この矢に まがれ」 |
この矢で 死んでしまえ」 |
云而。 | とのりたまひて、 | と仰せられて、 |
取其矢。 | その矢を取らして、 | その矢をお取りになつて、 |
自其矢穴 衝返下者。 |
その矢の穴より 衝き返し下したまひしかば、 |
その矢の飛んで來た穴から 衝き返してお下しになりましたら、 |
中天若日子。 寢朝床之 高胸坂。 |
天若日子が、 朝床に寢たる 高胸坂たかむなさかに中りて |
天若日子が 朝床あさどこに寢ている 胸の上に當つて |
以死。 | 死にき。 | 死にました。 |
〈此還矢之本也〉 | (こは還矢の本なり。) | |
亦其雉不還。 | またその雉子きぎし還らず。 | かくしてキジは還つて參りませんから、 |
故於今諺。 曰雉之頓使 是也。 |
かれ今に諺に 雉子の頓使ひたづかひといふ本 これなり。 |
今でも諺ことわざに 「行いつたきりのキジのお使」 というのです。 |
哭女(なきめ) |
||
故 天若日子之妻。 |
かれ 天若日子が妻め |
それで 天若日子の妻、 |
下照比賣之哭聲。 | 下照したてる比賣ひめの哭なく聲、 | 下照したてる姫のお泣きになる聲が |
與風響到天。 | 風のむた響きて天に到りき。 | 風のまにまに響いて天に聞えました。 |
於是在天。 | ここに天なる | そこで天にいた |
天若日子之父。 | 天若日子が父 | 天若日子の父の |
天津國玉神。 |
天津國玉 あまつくにたまの神、 |
アマツクニダマの神、 |
及其 妻子聞而。 |
またその 妻子めこども聞きて、 |
また天若日子の もとの妻子たちが聞いて、 |
降來哭悲。 | 降り來て哭き悲みて、 | 下りて來て泣き悲しんで、 |
乃於其處作喪屋而。 | 其處に喪屋もやを作りて、 | そこに葬式の家を作つて、 |
河雁爲 岐佐理持。 〈自岐下三字以音〉 |
河鴈を 岐佐理持 きさりもちとし、 |
ガンを 死人の食物を持つ役とし、 |
鷺爲 掃持。 |
鷺さぎを 掃持ははきもちとし、 |
サギを 箒ほうきを持つ役とし、 |
翠鳥爲 御食人。 |
翠鳥そにどりを 御食人みけびととし、 |
カワセミを 御料理人とし、 |
雀爲 碓女。 |
雀を 碓女うすめとし、 |
スズメを 碓うすを舂つく女とし、 |
雉爲 哭女。 |
雉子を 哭女なきめとし、 |
キジを 泣く役の女として、 |
如此行定而。 | かく行ひ定めて、 | かように定めて |
日八日 夜八夜 遊也。 |
日八日やか 夜八夜やよを 遊びたりき。 |
八日 八夜というもの 遊んでさわぎました。 |
神度剣(かむどのつるぎ) |
||
此時。 | この時 | この時 |
阿遲志貴 高日子根神。 〈自阿下 四字以音〉 |
阿遲志貴 高日子根 あぢしき たかひこねの神 |
アヂシキ タカヒコネの神が |
到而。 | 到きまして、 | おいでになつて、 |
弔天若日子 之喪時。 |
天若日子が 喪もを弔ひたまふ時に、 |
天若日子の亡なくなつたのを 弔問される時に、 |
自天降到 天若日子之父。 |
天より降おり到れる 天若日子が父、 |
天から降つて來た 天若日子の父や |
亦其妻。 | またその妻 | 妻が |
皆哭云。 | みな哭きて、 | 皆泣いて、 |
我子者 不死有祁理。 〈此二字以音 下效此〉 |
「我が子は 死なずてありけり」 |
「わたしの子は 死ななかつた」 |
我君者不死 坐祁理云。 |
「我が君は死なずて ましけり」といひて、 |
「わたしの夫おつとは 死ななかつたのだ」と言つて |
取懸手足而。 | 手足に取り懸かりて、 | 手足に取りすがつて |
哭悲也。 | 哭き悲みき。 | 泣き悲しみました。 |
其過所以者。 | その過あやまてる所以ゆゑは、 | かように間違えた次第は |
此二柱神之容姿。 | この二柱の神の容姿かたち | この御二方の神のお姿が |
甚能相似。 | いと能く似のれり。 | 非常によく似ていたからです。 |
故是以過也。 | かれここを以ちて過てるなり。 | それで間違えたのでした。 |
於是 阿遲志貴 高日子根神。 |
ここに 阿遲志貴 高日子根の神、 |
ここに アヂシキ タカヒコネの神が |
大怒曰。 | いたく怒りていはく、 | 非常に怒つて言われるには、 |
我者愛友故 弔來耳。 |
「我は愛うるはしき友なれこそ 弔ひ來つらくのみ。 |
「わたしは親友だから 弔問に來たのだ。 |
何吾 比穢死人 云而。 |
何ぞは吾を、 穢き死しに人に比そふる」 といひて、 |
何だつてわたしを 穢きたない死人に比くらべるのか」 と言つて、 |
拔所御佩之 十掬劔。 |
御佩みはかしの 十掬つかの劒を拔きて、 |
お佩はきになつている 長い劒を拔いて |
切伏其喪屋。 | その喪屋もやを切り伏せ、 | その葬式の家を切り伏せ、 |
以足蹶離遣。 | 足もちて蹶くゑ離ち遣りき。 | 足で蹴飛とばしてしまいました。 |
此者 在美濃國 藍見河之河上。 喪山之者也。 |
こは 美濃の國の 藍見あゐみ河の河上なる 喪山もやまといふ山なり。 |
それは 美濃の國の アヰミ河の河上の 喪山もやまという山になりました。 |
其持所切 大刀名。 謂大量。 |
その持ちて切れる 大刀の名は 大量おほばかりといふ。 |
その持つて切きつた 大刀たちの名は オホバカリといい、 |
亦名謂 神度劔。 〈度字以音〉 |
またの名は 神度かむどの劒といふ。 |
また カンドの劒ともいいます。 |
タカヒコネの歌 |
||
---|---|---|
故 阿治志貴高日子根神者。 |
かれ 阿治志貴高日子根の神は、 |
そこで アヂシキタカヒコネの神が |
忿而飛去之時。 | 忿いかりて飛び去りたまふ時に、 | 怒つて飛び去つた時に、 |
其伊呂妹 高比賣命。 |
その同母妹いろも 高比賣たかひめの命、 |
その妹の 下照る姫が |
思顯其御名。 | その御名を顯さむと思ほして | 兄君のお名前を顯そうと思つて |
故歌曰。 | 歌ひたまひしく、 | 歌つた歌は、 |
阿米那流夜 淤登多那婆多能 | 天なるや 弟棚機おとたなばたの | 天の世界の 若わかい織姫おりひめの |
宇那賀世流 多麻能美須麻流 | うながせる 玉の御統みすまる、 | 首くびに懸けている 珠たまの飾かざり |
美須麻流能 阿那陀麻波夜 | 御統に あな玉はや。 | その珠の飾りの 大きい珠のような方 |
美多邇 布多和多良須 | み谷たに 二ふたわたらす | 谷たに 二ふたつ一度にお渡りになる |
阿治志貴 多迦比古泥能迦微曾也 |
阿遲志貴高日子根 あぢしきたかひこねの神ぞ。 |
アヂシキ タカヒコネの神でございます。 |
と歌いました。 | ||
此歌者夷振也。 | この歌は夷振ひなぶりなり。 | この歌は夷振ひなぶりです。 |
建御雷神の実力 |
||
---|---|---|
建御雷神(たけみかづちのかみ) |
||
於是 天照大御神詔之。 |
ここに 天照らす大御神の詔りたまはく、 |
かように天若日子もだめだつたので、 天照らす大神の仰せになるには、 |
亦遣曷神者吉。 |
「またいづれの神を遣はして吉えけむ」 とのりたまひき。 |
「またどの神を遣したらよかろう」 と仰せになりました。 |
爾思金神。 | ここに思金の神 | そこでオモヒガネの神 |
及諸神白之。 | また諸の神たち白さく、 | また多くの神たちの申されるには、 |
坐 天安河 河上之 天石屋。 |
「天の安の河の 河上の 天の石屋いはや にます、 |
「天のヤス河の 河上の 天の石屋いわや においでになる |
名伊都之 尾羽張神。 〈伊都二字以音〉 |
名は 伊都いつの 尾羽張をはばりの神、 |
アメノ ヲハバリの神が |
是可遣。 | これ遣はすべし。 | よろしいでしよう。 |
若亦非此神者。 | もしまたこの神ならずは、 | もしこの神でなくば、 |
其神之子。 | その神の子 | その神の子の |
建御雷之男神。 | 建御雷たけみかづちの男をの神、 | タケミカヅチの神を |
此應遣。 | これ遣はすべし。 | 遣すべきでしよう。 |
且其 天尾羽張神者。 |
またその 天の尾羽張の神は、 |
ヲハバリの神は |
逆塞上 天安河之水而。 |
天の安の河の水を 逆さかさまに塞せきあげて、 |
ヤスの河の水を 逆樣さかさまに塞せきあげて |
塞道居 | 道を塞き居れば、 | 道を塞いでおりますから、 |
故他神不得行。 | 他あだし神はえ行かじ。 | 他の神では行かれますまい。 |
故別遣 天迦久神 可問。 |
かれ別ことに 天の迦久かくの神を遣はして 問ふべし」 とまをしき。 |
特にアメノカクの神を遣して ヲハバリの神に 尋ねさせなければなりますまい」 と申しました。 |
故爾使 天迦久神。 |
かれここに 天の迦久の神を使はして、 |
依つて カクの神を遣して |
問 天尾羽張神之時。 |
天の尾羽張の神に 問ひたまふ時に |
尋ねた時に、 |
答白 恐之仕奉。 |
答へ白さく、 「恐かしこし、仕へまつらむ。 |
「謹しんでお仕え申しましよう。 |
然於此道者。 | 然れどもこの道には、 | しかし |
僕子 建御雷神 可遣乃貢進。 |
僕あが子 建御雷の神を 遣はすべし」とまをして、 貢進たてまつりき。 |
わたくしの子の タケミカヅチの神を 遣しましよう」と申して 奉りました。 |
爾 天鳥船神 副建御雷神 而遣。 |
ここに 天の鳥船の神を 建御雷の神に副へて 遣はす。 |
そこで アメノトリフネの神を タケミカヅチの神に副えて 遣されました。 |
剣の逆刺立 |
||
是以 此二神。 |
ここを以ちて この二神ふたはしらのかみ、 |
そこで このお二方の神が |
降到出雲國 伊那佐之小濱而。 〈伊那佐三字以音〉 |
出雲の國の 伊耶佐いざさの 小濱をはまに降り到りて、 |
出雲の國の イザサの 小濱おはまに降りついて、 |
拔十掬劔。 | 十掬とつかの劒を拔きて | 長い劒を拔いて |
逆刺立 于浪穗。 |
浪の穗に 逆に刺し立てて、 |
波の上に 逆樣に刺さし立てて、 |
趺坐 其劔前。 |
その劒の前さきに 趺あぐみ坐ゐて、 |
その劒のきつさきに 安座あぐらをかいて |
問 其大國主神言。 |
その大國主の神に 問ひたまひしく、 |
大國主の命に お尋ねになるには、 |
天照大御神。 | 「天照らす大御神 | 「天照らす大神、 |
高木神之命以。 | 高木の神の命もちて | 高木の神の仰せ言で |
問使之。 | 問の使せり。 | 問の使に來ました。 |
汝之宇志波祁流 〈此五字以音〉 葦原中國者。 |
汝なが領うしはける 葦原の中つ國に、 |
あなたの領している 葦原の中心の國は |
我御子之 所知國。 |
我あが御子の 知らさむ國と |
我が御子の 治むべき國であると |
言依賜。 | 言よさしたまへり。 | 御命令がありました。 |
故汝心奈何。 |
かれ汝が心いかに」 と問ひたまひき。 |
あなたの心はどうですか」 とお尋ねになりましたから、 |
爾答白之。 | ここに答へ白さく、 | 答えて申しますには |
僕者不得白。 | 「僕あはえ白さじ。 | 「わたくしは何とも申しません。 |
我子 八重言代主神。 |
我が子 八重言代主やへことしろぬしの神 |
わたくしの子の コトシロヌシの神が |
是可白然。 爲鳥遊取魚而。 |
これ白すべし。然れども 鳥の遊漁あそびすなどりして、 |
御返事申し上ぐべきですが、 鳥や魚の獵をしに |
往御大之前。 | 御大みほの前さきに往きて、 | ミホの埼さきに行いつておつて |
未還來。 |
いまだ還り來ず」 とまをしき。 |
まだ還つて參りません」 と申しました。 |
天の逆手 事代主神(ことしろぬしのかみ) |
||
故爾遣 天鳥船神。 |
かれここに 天の鳥船の神を遣はして、 |
依つて アメノトリフネの神を遣して |
徴來八重事代主神而。 | 八重事代主の神を徴めし來て、 | コトシロヌシの神を呼んで來て |
問賜之時。 | 問ひたまふ時に、 | お尋ねになつた時に、 |
語其父大神言。 | その父の大神に語りて、 | その父の神樣に |
恐之。 | 「恐かしこし。 | 「この國は謹しんで |
此國者 立奉 天神之御子。 |
この國は 天つ神の御子に 獻たてまつりたまへ」といひて、 |
天の神の御子に 獻上なさいませ」と言つて、 |
即蹈傾其船而。 | その船を蹈み傾けて、 | その船を踏み傾けて、 |
天逆手矣。 | 天の逆手さかてを | 逆樣さかさまに手をうつて |
於青柴垣 打成而隱也。 〈訓柴云布斯〉 |
青柴垣 あをふしがきにうち成して、 隱りたまひき。 |
青々とした神籬ひもろぎを 作り成して その中に隱れてお鎭まりになりました。 |
建御名方神(たけみなかたのかみ) |
||
故爾問 其大國主神。 |
かれここに その大國主の神に 問ひたまはく、 |
そこで 大國主の命に お尋ねになつたのは、 |
今汝子。 | 「今汝が子 | 「今あなたの子の |
事代主神。 | 事代主の神 | コトシロヌシの神は |
如此白訖。 | かく白しぬ。 | かように申しました。 |
亦有可白子乎。 |
また白すべき子ありや」 ととひたまひき。 |
また申すべき子がありますか」 と問われました。 |
於是亦白之。 | ここにまた白さく、 | そこで大國主の命は |
亦我子有 建御名方神。 |
「また我が子 建御名方たけみなかたの神あり。 |
「またわたくしの子に タケミナカタの神があります。 |
除此者無也。 | これを除おきては無し」と、 | これ以外にはございません」 |
如此白之間。 | かく白したまふほどに、 | と申される時に、 |
其建御名方神。 | その建御名方の神、 | タケミナカタの神が |
千引石 擎手末而來。 |
千引の石を 手末たなすゑにささげて來て、 |
大きな石を 手の上にさし上げて來て、 |
言誰來我國而。 | 「誰たそ我が國に來て、 | 「誰だ、わしの國に來て |
忍忍如此物言。 | 忍しのび忍びかく物言ふ。 | 内緒話をしているのは。 |
然欲爲力競。 | 然らば力競べせむ。 | さあ、力くらべをしよう。 |
故我先欲 取其御手。 |
かれ我あれまづ その御手を取らむ」といひき。 |
わしが先に その手を掴つかむぞ」と言いました。 |
故令取 其御手者。 |
かれその御手を取らしむれば、 | そこでその手を取らせますと、 |
即取成立氷。 | すなはち立氷たちびに取り成し、 | 立つている氷のようであり、 |
亦取成劔刄。 | また劒刃つるぎはに取り成しつ。 | 劒の刃のようでありました。 |
故爾 懼而退居。 |
かれここに 懼おそりて退そき居り。 |
そこで 恐れて退いております。 |
爾欲取 其建御名方神之手。 |
ここに その建御名方の神の手を取らむと |
今度は タケミナカタの神の手を取ろう |
乞歸而取者。 | 乞ひ歸わたして取れば、 | と言つてこれを取ると、 |
如取若葦。 | 若葦を取るがごと、 | 若いアシを掴むように |
搤㧗而 投離者。 |
つかみ批ひしぎて、 投げ離ちたまひしかば、 |
掴みひしいで、 投げうたれたので |
即逃去。 | すなはち逃げ去いにき。 | 逃げて行きました。 |
故追往而。 | かれ追ひ往きて、 | それを追つて |
迫到 科野國之 州羽海。 |
科野しなのの國の 洲羽すはの海に 迫せめ到りて、 |
信濃の國の 諏訪すわの湖みずうみに 追い攻めて、 |
將殺時。 | 殺さむとしたまふ時に、 | 殺そうとなさつた時に、 |
建御名方神白。 | 建御名方の神白さく、 | タケミナカタの神の申されますには、 |
恐。 | 「恐かしこし、 | 「恐れ多いことです。 |
莫殺我。 | 我あをな殺したまひそ。 | わたくしをお殺しなさいますな。 |
除此地者。 | この地ところを除おきては、 | この地以外には |
不行他處。 | 他あだし處ところに行かじ。 | 他の土地には參りますまい。 |
亦不違我父 大國主神之命。 |
また我が父 大國主の神の命に違はじ。 |
またわたくしの父 大國主の命の言葉に背きますまい。 |
不違 八重事代主神之言。 |
八重事代主の神の言みことに 違はじ。 |
|
此葦原中國者。 | この葦原の中つ國は、 | この葦原の中心の國は |
隨 天神御子之命 獻。 |
天つ神の御子の命の まにまに獻らむ」 とまをしき。 |
天の神の御子みこの 仰せにまかせて獻上致しましよう」 と申しました。 |
国譲り |
||
故更且還來。 | かれ更にまた還り來て、 | そこで更に還つて來て |
問其大國主神。 |
その大國主の神に 問ひたまひしく、 |
その大國主の命に 問われたことには、 |
汝子等。 | 「汝が子ども | 「あなたの子ども |
事代主神。 | 事代主の神、 | コトシロヌシの神・ |
建御名方神二神者。 | 建御名方の神二神ふたはしらは、 | タケミナカタの神お二方は、 |
隨天神御子之命。 | 天つ神の御子の命のまにまに | 天の神の御子の仰せに |
勿違白訖。 | 違はじと白しぬ。 | 背そむきませんと申しました。 |
故汝心奈何。 |
かれ汝なが心いかに」 と問ひたまひき。 |
あなたの心はどうですか」 と問いました。 |
爾答白之。 | ここに答へ白さく、 | そこでお答え申しますには、 |
僕子等 二神隨白。 |
「僕あが子ども 二神の白せるまにまに、 |
「わたくしの子ども 二人の申した通りに |
僕之不違。 | 僕あも違はじ。 | わたくしも違いません。 |
此葦原中國者。 | この葦原の中つ國は、 | この葦原の中心の國は |
隨命既獻也。 | 命のまにまに既に獻りぬ。 | 仰せの通り獻上致しましよう。 |
唯僕住所者。 | ただ僕が住所すみかは、 | ただわたくしの住所を |
如天神御子之。 | 天つ神の御子の、 | 天の御子みこの |
天津日繼所知之。 | 天つ日繼知らしめさむ | 帝位に |
登陀流 〈此三字以音 下效此〉 |
富足とだる | お登りになる |
天之御巢而。 | 天の御巣みすの如、 | 壯大な御殿の通りに、 |
於底津石根。 | 底つ石根に | 大磐石に |
宮柱布斗斯理。 〈此四字以音〉 |
宮柱太しり、 | 柱を太く立て |
於高天原。 | 高天の原に | 大空に |
氷木 多迦斯理 〈多迦斯理 四字以音〉而。 |
氷木ひぎ 高しりて |
棟木むなぎを 高くあげて |
治賜者。 | 治めたまはば、 | お作り下さるならば、 |
僕者於 百不足 八十坰手 隱而侍。 |
僕あは 百もも足らず 八十坰手やそくまでに 隱りて侍さもらはむ。 |
わたくしは 所々の隅に 隱れておりましよう。 |
亦僕子等 百八十神者。 |
また僕が子ども 百八十神ももやそがみは |
またわたくしの子どもの 多くの神は |
即八重事代主神。 | 八重事代主の神を | コトシロヌシの神を |
爲神之御尾前而 仕奉者。 |
御尾前さきとして 仕へまつらば、 |
導みちびきとして お仕え申しましたなら、 |
違神者非也。 | 違ふ神はあらじ」と、 | 背そむく神はございますまい」と、 |
天の眞魚咋まなぐひ |
||
如此之白而。 | かく白して | かように申して |
乃隠也。 | ||
故随白而。 | ||
於出雲國之 多藝志之小濱。 〈多藝志三字以音〉 |
出雲の國の 多藝志たぎしの 小濱をばまに、 |
出雲の國の タギシの 小濱おはまに |
造天之御舍而。 | 天の御舍みあらかを造りて、 | りつぱな宮殿を造つて、 |
水戶神之孫。 | 水戸みなとの神の孫ひこ | 水戸みなとの神の子孫の |
櫛八玉神。 | 櫛八玉くしやたまの神 | クシヤタマの神を |
爲膳夫。 | 膳夫かしはでとなりて、 | 料理役として |
獻天御饗之時。 | 天つ御饗みあへ獻る時に、 | 御馳走をさし上げた時に、 |
祷白而。 | 祷ほぎ白して、 | 咒言を唱えて |
櫛八玉神 化鵜。 |
櫛八玉の神 鵜に化なりて、 |
クシヤタマの神が 鵜うになつて |
入海底。 | 海わたの底に入りて、 | 海底に入つて、 |
咋出底之波邇。 〈此二字以音〉 |
底の埴はこを 咋くひあがり出でて、 |
底の埴土はにつちを 咋くわえ出て |
作天八十毘良迦 〈此三字以音〉而。 |
天の八十平瓮びらかを 作りて、 |
澤山の神聖なお皿を 作つて、 |
鎌 海布之柄。 |
海布めの柄からを 鎌かりて |
また海草の幹みきを 刈り取つて來て |
作燧臼。 | 燧臼ひきりうすに作り、 | 燧臼ひうちうすと |
以海蓴之柄。 | 海蓴こもの柄を | |
作燧杵而。 | 燧杵ひきりぎねに作りて、 | 燧杵ひうちきねを作つて、 |
鑚出火 云。 |
火を鑽きり出でて まをさく、 |
これを擦すつて火をつくり出して 唱言となえごとを申したことは、 |
是我所燧火者、 | 「この我が燧きれる火は、 | 「今わたくしの作る火は |
於高天原者、 | 高天の原には、 | 大空高く |
神產巢日 御祖命之、 |
神産巣日御祖 かむむすび みおやの命の |
カムムスビの命の |
登陀流天之 新巢之凝烟 〈訓凝姻云州須〉之。 |
富足とだる天の 新巣にひすの 凝烟すすの |
富み榮える 新しい宮居の 煤すすの |
八拳垂摩弖燒擧。 〈麻弖二字以音〉 |
八拳やつか垂るまで 燒たき擧げ、 |
長く垂たれ下さがるように 燒たき上あげ、 |
地下者。 | 地つちの下は、 | 地の下は |
於底津石根 燒凝而。 |
底つ石根に 燒き凝こらして、 |
底の巖に 堅く燒き固まらして、 |
栲繩之 千尋繩打延、 |
栲繩たくなはの 千尋繩うち延はへ、 |
コウゾの 長い綱を延ばして |
爲釣海人之。 | 釣する海人あまが、 | 釣をする海人あまの |
口大之 尾翼鱸。 〈訓鱸云須受岐〉 |
口大の 尾翼鱸をはたすずき |
釣り上げた大きな 鱸すずきを |
佐和佐和邇 〈此五字以音〉 控依騰而。 |
さわさわに 控ひきよせ騰あげて、 |
さらさらと 引き寄せあげて、 |
打竹之 登遠遠 登遠遠邇 〈此七字以音〉 |
拆さき竹の とをを とををに、 |
机つくえも たわむまでに |
獻 天之眞魚咋也。 |
天の眞魚咋まなぐひ 獻る」 とまをしき。 |
りつぱなお料理を 獻上致しましよう」 と申しました。 |
故建御雷神。 | かれ建御雷の神 | かくしてタケミカヅチの神が |
返參上。 | 返りまゐ上りて、 | 天に還つて上つて |
復奏。 | ||
言向和平 葦原中國 之状。 |
葦原の中つ國を 言向ことむけ平やはしし 状をまをしき。 |
葦原の中心の國を 平定した 有樣を申し上げました。 |
天孫降臨・ニニギとサクヤの物語 |
---|
・ニニギの命 |
・猿田毘古神 |
・三種の神器 |
・天孫降臨(原語=天降=受肉) |
・猿女の君(肉体の性質) |
・天のウズメ(天宇受賣命=天命を受けた女性) |
・木花之佐久夜毘賣 |
・石長比賣 |
・昨夜の孕み=佐久夜の恨み |
サクヤのことを拒絶され、傷心あまって焼身 戸無八尋殿の入口を土で塞ぎ火を放って産む だから、産後産屋を焼く風習の説明ではない そんな所で産みようがない海用がない山の姫 次は海の八尋和邇の姫の話 しかしワニもウミにいるか(いない) |
ホデリとホオリの物語(逆上で逆下・さがした) |
・火照と火遠理 |
・海佐知山佐知 |
・サシカエ(幸カエ) |
・カエサジ(カエがきかないというが聞かない) |
・鹽椎神 |
・綿津見神之宮 |
・豊玉毘賣命 |
・三年滞在 |
・大きいな嘆き=大胆 |
・鯛の喉(居タイ。帰りたくない→カエサジ?) |
・探下逆鉤針(探した鉤=逆下針) |
・佐比持神(一尋和邇・幸持ち) |
・兄の下僕化 |
・豊玉毘賣の出産 |
・八尋和邇(ウミの道を塞いで返ったワニ) |
・あえずの命(波限建鵜葺草葺不合命) |
鵜=海辺りの水鳥 海のものとも山のものとも |
・玉依毘賣への歌(≒豊玉の妹に放り投げた) |
・ホオリの葬り |
・あえずの命の系譜 |
天孫降臨・ニニギのサクヤの物語 |
||
---|---|---|
ニニギの命 |
||
爾 天照大御神。 |
ここに 天照らす大御神 |
そこで 天照らす大神、 |
高木神之命以。 | 高木の神の命もちて、 | 高木の神のお言葉で、 |
詔太子 | 太子ひつぎのみこ | 太子 |
正勝吾勝勝速日 天忍穗耳命。 |
正勝吾勝勝速日まさかあかつかちはやび 天の忍穗耳おしほみみの命に 詔のりたまはく、 |
オシホミミの命に 仰せになるには、 |
今平訖 葦原中國之白。 |
「今葦原の中つ國を 平ことむけ訖をへぬと白す。 |
「今葦原の中心の國は 平定し終つたと申すことである。 |
故隨言依賜。 | かれ言よさし賜へるまにまに、 | それ故、申しつけた通りに |
降坐而知看。 |
降りまして知らしめせ」 とのりたまひき。 |
降つて行つてお治めなされるがよい」 と仰おおせになりました。 |
爾其太子 正勝吾勝勝速日 天忍穗耳命 答白。 |
ここにその太子 正勝吾勝勝速日 天の忍穗耳の命 答へ白さく、 |
そこで太子 オシホミミの命が 仰せになるには、 |
僕者 | 「僕あは、 | 「わたくしは |
將降 裝束之間。 |
降りなむ 裝束よそひせし間ほどに、 |
降おりようとして 支度したくをしております間あいだに |
子生出。 | 子生あれましつ。 | 子が生まれました。 |
名 天邇岐志 國邇岐志 〈自邇至志以音〉 天津 日高日子番能 邇邇藝命。 |
名は 天邇岐志 國邇岐志 あめにぎし くににぎし 天あまつ 日高日子番ひこひこほの 邇邇藝ににぎの命、 |
名は アメニギシ クニニギシ アマツ ヒコヒコホノ ニニギの命と申します。 |
此子應降也。 |
この子を降すべし」 とまをしたまひき。 |
この子を降したいと思います」 と申しました。 |
此御子者。 | この御子は、 | この御子みこは |
御合高木神之女。 | 高木の神の女 |
オシホミミの命が 高木の神の女むすめ |
萬幡 豐秋津師比賣命。 |
萬幡豐秋津師比賣 よろづはた とよあきつしひめの命に |
ヨロヅハタ トヨアキツシ姫の命と |
生子。 | 娶あひて生みませる子、 | 結婚されてお生うみになつた子が |
天火明命。 | 天の火明ほあかりの命、 | アメノホアカリの命・ |
次 日子番能 邇邇藝命 〈二柱〉也。 |
次に 日子番ひこほの 邇邇藝ににぎの命 二柱にます。 |
ヒコホノ ニニギの命の お二方なのでした。 |
是以隨白之。 |
ここを以ちて 白したまふまにまに、 |
かようなわけで 申されたままに |
科詔 日子番能邇邇藝命。 |
日子番の邇邇藝の命に 詔みこと科おほせて、 |
ヒコホノニニギの命に 仰せ言があつて、 |
此豐葦原水穗國者。 | 「この豐葦原の水穗の國は、 | 「この葦原の水穗の國は |
汝將知國。 | 汝いましの知しらさむ國なりと |
あなたの治むべき國である と命令するのである。 |
言依賜。 | ことよさしたまふ。 | 依よつて |
故隨命以可天降。 |
かれ命のまにまに天降あもりますべし」 とのりたまひき。 |
命令の通りにお降りなさい」 と仰せられました。 |
猿田毘古神 |
||
爾 日子番能 邇邇藝命。 |
ここに 日子番の 邇邇藝の命、 |
ここに ヒコホノ ニニギの命が |
將天降之時。 | 天降あもりまさむとする時に、 | 天からお降くだりになろうとする時に、 |
居天之八衢而。 | 天の八衢やちまたに居て、 | 道の眞中まんなかにいて |
上光高天原。 | 上は高天の原を光てらし | 上は天を照てらし、 |
下光葦原中國之神。 | 下は葦原の中つ國を光らす神 | 下したは葦原の中心の國を照らす神が |
於是有。 | ここにあり。 | おります。 |
故爾 天照大御神。 |
かれここに 天照らす大御神 |
そこで天照らす大神・ |
高木神之命以。 | 高木の神の命もちて、 | 高木の神の御命令で、 |
詔 天宇受賣神。 |
天の宇受賣うずめの神に 詔りたまはく、 |
アメノウズメの神に 仰せられるには、 |
汝者雖有 手弱女人。 |
「汝いましは 手弱女人たわやめなれども、 |
「あなたは 女ではあるが |
與伊牟迦布神。 〈自伊至布以音〉 |
い向むかふ神と | 出會つた神に |
面勝神。 | 面勝おもかつ神なり。 | 向き合つて勝つ神である。 |
故專汝往將問者。 | かれもはら汝往きて問はまくは、 | だからあなたが往つて尋ねることは、 |
吾御子爲 天降之道。 |
吾あが御子の 天降あもりまさむとする道に、 |
我が御子みこの お降くだりなろうとする道を |
誰如 此而居。 |
誰そかくて居ると問へ」 とのりたまひき。 |
かようにしているのは 誰であるかと問え」と仰せになりました。 |
故問賜之時。 | かれ問ひたまふ時に、 | そこで問われる時に |
答白。 | 答へ白さく、 | 答え申されるには、 |
僕者國神。 | 「僕は國つ神、 | 「わたくしは國の神で |
名猿田毘古神也。 | 名は猿田さるだ毘古の神なり。 | サルタ彦の神という者です。 |
所以出居者。 | 出で居る所以ゆゑは、 | |
聞天神御子 天降坐 故仕奉御前而。 |
天つ神の御子 天降りますと聞きしかば、 御前みさきに仕へまつらむとして、 |
天の神の御子みこが お降りになると聞きましたので、 御前みまえにお仕え申そうとして |
參向之侍。 | まゐ向ひ侍さもらふ」とまをしき。 | 出迎えております」と申しました。 |
三種の神器 |
||
爾 天兒屋命。 |
ここに 天あめの兒屋こやねの命、 |
かくて アメノコヤネの命・ |
布刀玉命。 | 布刀玉ふとだまの命、 | フトダマの命・ |
天宇受賣命。 | 天の宇受賣の命、 | アメノウズメの命・ |
伊斯許理度賣命。 | 伊斯許理度賣いしこりどめの命、 | イシコリドメの命・ |
玉祖命。 | 玉たまの祖おやの命、 | タマノオヤの命、 |
并五伴緒矣。 | 并せて五伴いつともの緒をを | 合わせて五部族の神を |
支加而。 | 支あかち加へて、 | 副えて |
天降也。 | 天降あもらしめたまひき。 | 天から降らせ申しました。 |
於是副賜 其遠岐斯 〈此三字以音〉 |
ここに その招をぎし |
この時に 先さきに天あめの石戸いわとの前で 天照らす大神をお迎えした |
八尺勾璁鏡。 | 八尺やさかの勾璁まがたま、鏡、 | 大きな勾玉まがたま、鏡 |
及草那藝劔。 | また草薙くさなぎの劒、 | また草薙くさなぎの劒、 |
亦常世思金神。 | また常世とこよの思金の神、 | 及びオモヒガネの神・ |
手力男神。 | 手力男たぢからをの神、 | タヂカラヲの神・ |
天石門別神 而詔者。 |
天の石門別いはとわけの神を 副へ賜ひて詔のりたまはくは、 |
アメノイハトワケの神を お副そえになつて仰せになるには、 |
此之鏡者。 | 「これの鏡は、 | 「この鏡こそは |
專爲我御魂而。 | もはら我あが御魂として、 | もつぱらわたしの魂たましいとして、 |
如拜吾前。 | 吾が御前を拜いつくがごと、 | わたしの前を祭るように |
伊都岐奉。 | 齋いつきまつれ。 | お祭り申し上げよ。 |
次思金神者。 | 次に思金の神は、 | 次つぎにオモヒガネの神は |
取持前事。 | 前みまへの事ことを取り持ちて、 | わたしの御子みこの治められる |
爲政。 |
政まつりごとまをしたまへ」 とのりたまひき。 |
種々いろいろのことを取り扱つて お仕え申せ」と仰せられました。 |
此二柱神者。 | この二柱の神は、 | この二神は |
拜祭 佐久久斯侶。 伊須受能宮。 〈自佐至能以音〉 |
拆く釧くしろ 五十鈴いすずの宮に 拜いつき祭る。 |
伊勢神宮に お祭り申し上げております。 |
次登由宇氣神。 此者坐外宮之 度相神者也。 |
次に登由宇氣とゆうけの神、 こは外とつ宮の 度相わたらひにます神なり。 |
なお伊勢神宮の外宮げくうには トヨウケの神を祭つてあります。 |
次天石戶別神。 | 次に天の石戸別いはとわけの神、 | 次にアメノイハトワケの神は |
亦名謂櫛石窓神。 | またの名はくしいはまどの神といひ、 | またの名はクシイハマドの神、 |
亦名謂豐石窓神。 | またの名は豐とよいはまどの神といふ。 | またトヨイハマドの神といい、 |
此神者。 | この神は | この神は |
御門之神也。 | 御門みかどの神なり。 | 御門の神です。 |
次手力男神者。 | 次に手力男の神は、 | タヂカラヲの神は |
坐佐那那縣也。 | 佐那さなの縣あがたにませり。 | サナの地においでになります。 |
故其 天兒屋命者。 〈中臣連等之祖〉 |
かれその 天の兒屋の命は、 中臣の連等が祖。 |
このアメノコヤネの命は 中臣なかとみの連等むらじらの祖先、 |
布刀玉命者。 〈忌部首等之祖〉 |
布刀玉の命は、 忌部の首等おびとらが祖。 |
フトダマの命は 忌部いみべの首等おびとらの祖先、 |
天宇受賣命者。 〈猿女君等之祖〉 |
天の宇受賣の命は 猿女さるめの君等が祖。 |
ウズメの命は 猿女さるめの君等きみらの祖先、 |
伊斯許理度賣命者。 〈作鏡連等之祖〉 |
伊斯許理度賣の命は、 鏡作の連等が祖。 |
イシコリドメの命は 鏡作かがみつくりの連等の祖先、 |
玉祖命者。 〈玉祖連等之祖〉 |
玉の祖の命は、 玉の祖の連等が祖なり。 |
タマノオヤの命は 玉祖たまのおやの連等の祖先であります。 |
天孫降臨 |
||
故爾(詔) 天津日子番能 邇邇藝命(而)。 |
かれここに 天の日子番の 邇邇藝の命、 |
そこで アマツヒコホノ ニニギの命に仰せになつて、 |
離天之石位。 | 天の石位いはくらを離れ、 | 天上の御座を離れ、 |
押分 天之八重多那 〈此二字以音〉 雲而。 |
天の八重多那雲 やへたなぐも を押し分けて、 |
八重やえ立つ雲を 押し分けて |
伊都能知 和岐知 和岐弖。 〈自伊以下 十字以音〉 |
稜威いつの道ち 別き道 別きて、 |
勢いよく 道を押し分け、 |
於天浮橋。 | 天の浮橋に、 | 天からの階段によつて、 |
宇岐士摩理。 | 浮きじまり、 |
下の世界に 浮洲うきすがあり、 |
蘇理 多多斯弖。 〈自宇以下 十一字亦以音〉 |
そり たたして、 |
それに お立たちになつて、 |
天降坐于 竺紫日向之。 高千穗之 久士布流多氣。 〈自久以下 六字以音〉 |
竺紫つくしの 日向ひむかの 高千穗の 靈くじふる峰たけに 天降あもりましき。 |
遂ついに筑紫つくしの 東方とうほうなる 高千穗たかちほの 尊い峰に お降くだり申さしめました。 |
故爾天忍日命。 |
かれここに 天の忍日おしひの命 |
ここに アメノオシヒの命と |
天津久米命。 | 天あまつ久米くめの命 | アマツクメの命と |
二人。 | 二人ふたり、 | 二人が |
取負 天之石靫。 |
天の石靫いはゆきを 取り負ひ、 |
石の靫ゆきを負い、 |
取佩 頭椎之大刀。 |
頭椎くぶつちの 大刀を取り佩き、 |
頭あたまが瘤こぶになつている 大刀たちを佩はいて、 |
取持 天之波士弓。 |
天の波士弓はじゆみ を取り持ち、 |
強い弓を持ち |
手挾 天之眞鹿兒矢。 |
天の眞鹿兒矢まかごや を手挾たばさみ、 |
立派な矢を挾んで、 |
立御前而 仕奉。 |
御前みさきに立ちて 仕へまつりき。 |
御前みまえに立つて お仕え申しました。 |
故其天忍日命。 〈此者。 大伴連等之祖〉 |
かれその天の忍日の命、 こは大伴おほともの 連むらじ等が祖。 |
このアメノオシヒの命は 大伴おおともの 連等むらじらの祖先、 |
天津久米命。 〈此者 久米直等之祖也〉 |
天つ久米の命、 こは久米の直等が祖なり。 |
アマツクメの命は 久米くめの直等あたえらの 祖先であります。 |
於是詔之。 | ここに詔りたまはく、 | ここに仰せになるには |
此地者向韓國。 | 「此地ここは韓國に向ひ | 「この處は海外に向つて、 |
眞來通 笠紗之御前而。 |
笠紗かささの御前みさきに ま來通りて、 |
カササの御埼みさきに 行ゆき通つて、 |
朝日之直刺國。 | 朝日の直ただ刺さす國、 | 朝日の照り輝かがやく國、 |
夕日之日照國也。 | 夕日の日照ひでる國なり。 | 夕日の輝かがやく國である。 |
故此地 甚吉地。 |
かれ此地ここぞ いと吉き地ところ」 |
此處こそは たいへん吉い處ところである」 |
詔而。 | と詔りたまひて、 | と仰せられて、 |
於底津石根。 | 底つ石根に | 地の下したの石根いわねに |
宮柱布斗斯理。 | 宮柱太しり、 | 宮柱を壯大そうだいに立て、 |
於高天原。 | 高天の原に | 天上に |
氷椽多迦斯理 而坐也。 |
氷椽ひぎ高しりて ましましき。 |
千木ちぎを高く上げて 宮殿を御造營遊ばされました。 |
猿女の君 |
||
故爾詔 天宇受賣命。 |
かれここに 天の宇受賣の命に 詔りたまはく、 |
ここに アメノウズメの命に 仰せられるには、 |
此立御前所 仕奉。 |
「この御前に立ちて 仕へまつれる |
「この御前に立つて お仕え申し上げた |
猿田毘古大神者。 | 猿田さるた毘古の大神は、 | サルタ彦の大神を、 |
專所顯申之汝。 送奉。 |
もはら顯し申せる汝 いまし送りまつれ。 |
顯し申し上げたあなたが お送り申せ。 |
亦其神御名者。 | またその神の御名は、 | またその神のお名前は |
汝負仕奉。 |
汝いまし負ひて仕へまつれ」 とのりたまひき。 |
あなたが受けてお仕え申せ」 と仰せられました。 |
是以 猿女君等。 |
ここを以ちて 猿女さるめの君等、 |
この故に 猿女さるめの君等は |
負其 猿田毘古之 男神名而。 |
その猿田毘古の 男神の名を 負ひて、 |
そのサルタ彦の 男神の名を 繼いで |
女呼 猿女君之事 是也。 |
女をみなを 猿女の君と 呼ぶ事これなり。 |
女を 猿女の君 というのです。 |
故其 猿田毘古神。 |
かれ その猿田毘古の神、 |
そのサルタ彦の神は |
坐阿邪訶 〈此三字 以音地名〉時。 |
阿耶訶 あざかに 坐しし時に、 |
アザカに おいでになつた時に、 |
爲漁而。 | 漁すなどりして、 | 漁すなどりをして |
於比良夫貝。 〈自比至夫以音〉 |
比良夫ひらぶ貝に | ヒラブ貝に |
其手見咋合而。 | その手を咋ひ合はさえて | 手を咋くい合わされて |
沈溺海鹽。 | 海水うしほに溺れたまひき。 | 海水に溺れました。 |
故其沈居 底之時名。 |
かれその底に 沈み居たまふ時の名を、 |
その海底に 沈んでおられる時の名を |
謂底度久御魂。 〈度久 二字以音〉 |
底そこどく御魂みたまといひ、 | 底につく御魂みたまと申し、 |
其海水之 都夫多都時名。 |
その海水の つぶたつ時の名を、 |
海水に つぶつぶと泡が立つ時の名を |
謂 都夫多都 御魂。 〈自都下四字以音〉 |
つぶ立つ 御魂みたまといひ、 |
粒立つぶたつ 御魂と申し、 |
其阿和佐久時名。 | その沫あわ咲く時の名を、 | 水面に出て泡が開く時の名を |
謂阿和佐久御魂。 〈自阿至久以音〉 |
あわ咲く御魂みたまといふ。 | 泡咲あわさく御魂と申します。 |
天のウズメ(天宇受賣命=天命を受けた女性) |
||
於是送 猿田毘古神而。 |
ここに 猿田毘古の神を送りて、 |
ウズメの命は サルタ彦の神を送つてから |
還到。 | 還り到りて、 | 還つて來て、 |
乃悉追聚 鰭廣物 鰭狹物以。 問言 |
すなはち悉に 鰭はたの廣物 鰭の狹さ物を 追ひ聚めて問ひて曰はく、 |
悉く 大小樣々の 魚どもを集めて、 |
汝者 天神御子 仕奉耶 之時。 |
「汝いましは 天つ神の御子に 仕へまつらむや」 と問ふ時に、 |
「お前たちは 天の神の御子に お仕え申し上げるか、どうですか」 と問う時に、 |
諸魚。 皆仕奉 白之中。 |
諸の魚どもみな 「仕へまつらむ」 とまをす中に、 |
魚どもは皆 「お仕え申しましよう」 と申しました中に、 |
海鼠 不白。 |
海鼠こ 白さず。 |
海鼠なまこだけが 申しませんでした。 |
爾天宇受賣命。 | ここに天の宇受賣の命、 | そこでウズメの命が |
謂海鼠。 | 海鼠こに謂ひて、 | 海鼠に言うには、 |
云此口乎。 不答之口而。 |
「この口や 答へせぬ口」といひて、 |
「この口は 返事をしない口か」と言つて |
以紐小刀。 | 紐小刀ひもがたな以ちて | 小刀かたなで |
拆其口。 | その口を拆さきき。 | その口を裂さきました。 |
故於今 海鼠口拆也。 |
かれ今に 海鼠の口拆さけたり。 |
それで今でも 海鼠の口は裂けております。 |
是以 御世。 |
ここを以ちて、 御世みよみよ、 |
かようの次第で、 御世みよごとに |
嶋之 速贄 獻之時。 |
島の 速贄はやにへ 獻る時に、 |
志摩しまの國から 魚類の貢物みつぎものを 獻たてまつる時に |
給 猿女君等也。 |
猿女の君等に 給ふなり。 |
猿女の君等に 下くだされるのです。 |
木花之佐久夜毘賣 |
||
於是 天津 日高日子番能 邇邇藝能命。 |
ここに 天あまつ 日高日子番ひこひこほの 邇邇藝ににぎの命、 |
さて ヒコホノ ニニギの命は、 |
於笠紗御前。 | 笠紗かささの御前みさきに、 | カササの御埼みさきで |
遇麗美人。 |
麗かほよき美人をとめに 遇ひたまひき。 |
美しい孃子おとめに お遇いになつて、 |
爾問誰女。 |
ここに、 「誰が女ぞ」と問ひたまへば、 |
「どなたの女子むすめごですか」 とお尋ねになりました。 |
答白之。 | 答へ白さく、 | |
大山津見神之女。 |
「大山津見 おほやまつみの神の女、 |
そこで「わたくしは オホヤマツミの神の女むすめの |
名神阿多都比賣。 〈此神名以音〉 |
名は神阿多都 かむあたつ比賣。 |
|
亦名謂 木花之 佐久夜毘賣。 〈此五字以音〉 |
またの名は 木この花はなの 佐久夜さくや毘賣とまをす」 とまをしたまひき。 |
木この花の 咲さくや姫です」 と申しました。 |
又問 有汝之兄弟乎。 |
また「汝が兄弟はらからありや」 と問ひたまへば |
また「兄弟がありますか」 とお尋ねになつたところ、 |
答白 我姉 石長比賣在也。 |
答へ白さく、 「我が姉 石長いはなが比賣あり」 とまをしたまひき。 |
「姉に 石長姫いわながひめがあります」 と申し上げました。 |
爾詔。 | ここに詔りたまはく、 | 依つて仰せられるには、 |
吾欲目合汝 奈何。 |
「吾、汝に目合まぐはひせむ と思ふはいかに」 とのりたまへば |
「あなたと結婚けつこんをしたい と思うが、どうですか」 と仰せられますと、 |
答白 僕不得白。 |
答へ白さく、 「僕あはえ白さじ。 |
「わたくしは何とも申し上げられません。 |
僕父 大山津見神 將白。 |
僕が父 大山津見の神ぞ白さむ」 とまをしたまひき。 |
父の オホヤマツミの神が申し上げるでしよう」 と申しました。 |
石長比賣 | ||
故乞遣 其父 大山津見神之時。 |
かれその父 大山津見の神に 乞ひに遣はしし時に、 |
依つてその父 オホヤマツミの神に お求めになると、 |
大歡喜而。 | いたく歡喜よろこびて、 | 非常に喜んで |
副其姉 石長比賣。 |
その姉 石長いはなが比賣を副へて、 |
姉の 石長姫いわながひめを副えて、 |
令持百取 机代之物 奉出。 |
百取ももとりの 机代つくゑしろの物を 持たしめて奉り出だしき。 |
澤山の 獻上物を持たせて 奉たてまつりました。 |
故爾其姉者。 | かれここにその姉は、 | ところがその姉は |
因甚凶醜。 | いと醜みにくきに因りて、 | 大變醜かつたので |
見畏而返送。 | 見畏かしこみて、返し送りたまひて、 | 恐れて返し送つて、 |
唯留其弟 木花之 佐久夜毘賣以。 |
ただその弟おと 木この花はなの 佐久夜さくや賣毘を留めて、 |
妹の 木の花の 咲くや姫だけを留とめて |
一宿爲婚。 | 一宿ひとよ婚みとあたはしつ。 | 一夜お寢やすみになりました。 |
爾大山津見神。 | ここに大山津見の神、 | しかるにオホヤマツミの神は |
因返 石長比賣而。 |
石長いはなが比賣を 返したまへるに因りて、 |
石長姫を お返し遊ばされたのによつて、 |
大恥。 | いたく恥ぢて、 | 非常に恥じて |
白送言。 | 白し送りて言まをさく、 | 申し送られたことは、 |
我之女 二並立奉由者。 |
「我あが女 二人ふたり竝べたてまつれる由ゆゑは、 |
「わたくしが 二人を竝べて奉つたわけは、 |
使石長比賣者。 | 石長比賣を使はしては、 | 石長姫をお使いになると、 |
天神御子之命。 | 天つ神の御子の命みいのちは、 | 天の神の御子みこの御壽命は |
雖雨零風吹。 | 雪零ふり風吹くとも、 | 雪が降り風が吹いても |
恆如石而。 | 恆に石いはの如く、 | 永久に石のように |
常堅 不動坐。 |
常磐ときはに堅磐かきはに 動きなくましまさむ。 |
堅實に おいでになるであろう。 |
亦使 木花之 佐久夜毘賣者。 |
また 木この花はなの 佐久夜さくや毘賣を使はしては、 |
また 木の花の 咲くや姫をお使いになれば、 |
如木花之榮。 |
木の花の榮ゆるがごと 榮えまさむと、 |
木の花の榮えるように 榮えるであろうと |
榮坐宇氣比弖 〈自宇下 四字以音〉 貢進。 |
誓うけひて 貢進たてまつりき。 |
誓言をたてて 奉りました。 |
此令返 石長比賣而。 |
ここに今 石長いはなが比賣を返さしめて、 |
しかるに今 石長姫を返して |
獨留 木花之佐久夜毘賣故。 |
木この花はなの佐久夜さくや毘賣を ひとり留めたまひつれば、 |
木の花の咲くや姫を 一人お留めなすつたから、 |
天神御子之御壽者。 | 天つ神の御子の御壽みいのちは、 | 天の神の御子の御壽命は、 |
木花之 阿摩比能微 〈此五字以音〉坐。 |
木の花の あまひのみ ましまさむとす」とまをしき。 |
木の花のように もろくおいでなさる ことでしよう」と申しました。 |
故是以至于今。 | かれここを以ちて今に至るまで、 | こういう次第で、 |
天皇命等之御命 不長也。 |
天皇すめらみことたちの御命 長くまさざるなり。 |
今日に至るまで天皇の御壽命が 長くないのです。 |
昨夜の孕み=佐久夜の恨み |
||
故後 木花之 佐久夜毘賣。 |
かれ後に 木この花はなの 佐久夜さくや毘賣、 |
かくして後に 木の花の 咲くや姫が參り出て申すには、 |
參出白。 | まゐ出て白さく、 | |
妾妊身。 |
「妾あは 妊はらみて、 |
「わたくしは 姙娠にんしんしまして、 |
今臨產時。 | 今産こうむ時になりぬ。 | 今子を産む時になりました。 |
是天神之御子。 | こは天つ神の御子、 | これは天の神の御子ですから、 |
私不可產。 |
私ひそかに 産みまつるべきにあらず。 |
勝手にお生み 申し上あぐべきではございません。 |
故請。 |
かれ請まをす」 とまをしたまひき。 |
そこでこの事を申し上げます」 と申されました。 |
爾詔。 | ここに詔りたまはく、 | そこで命が仰せになつて言うには、 |
佐久夜毘賣。 | 「佐久夜毘賣、 | 「咲くや姫よ、 |
一宿哉妊。 | 一宿ひとよにや妊める。 | 一夜で姙はらんだと言うが、 |
是非我子。 | こは我が子にあらじ。 | |
必國神之子。 |
かならず國つ神の子にあらむ」 とのりたまひき。 |
國の神の子ではないか」 と仰せになつたから、 |
爾答白。 | ここに答へ白さく、 | |
吾妊之子。 | 「吾が妊める子、 | 「わたくしの姙んでいる子が |
若國神之子者。 | もし國つ神の子ならば、 | 國の神の子ならば、 |
產不幸。 | 産こうむ時幸さきくあらじ。 | 生む時に無事でないでしよう。 |
若天神之 御子者幸。 |
もし天つ神の御子にまさば、 幸くあらむ」とまをして、 |
もし天の神の御子でありましたら、 無事でありましよう」と申して、 |
即作無戶八尋殿。 | すなはち戸無し八尋殿を作りて、 | 戸口の無い大きな家を作つて |
入其殿内。 | その殿内とのぬちに入りて、 | その家の中におはいりになり、 |
以土塗塞而。 | 土はにもちて塗り塞ふたぎて、 | 粘土ねばつちですつかり塗りふさいで、 |
方產時。 | 産む時にあたりて、 | お生みになる時に當つて |
以火著其殿 而產也。 |
その殿に火を著けて 産みたまひき。 |
その家に火をつけて お生みになりました。 |
ホデリとホオリの物語 |
||
火照と火遠理 |
||
故其火盛燒時 | かれその火の盛りに燃もゆる時に、 | その火が眞盛まつさかりに燃える時に |
所生之子名火照命。 〈此者隼人阿多君之祖〉 |
生あれませる子の名は、 火照ほでりの命 (こは隼人阿多の君の祖なり) |
お生まれになつた御子は ホデリの命で、 これは隼人等はやとらの祖先です。 |
次生子名火須勢理命。 〈須勢理三字以音〉 |
次に生れませる子の名は 火須勢理ほすせりの命、 |
次にお生まれになつた御子は ホスセリの命、 |
次生子御名 火遠理命。 |
次に生れませる子の御名は 火遠理ほをりの命、 |
次にお生まれになつた御子は ホヲリの命、 |
亦名 天津日高日子 穗穗手見命。 |
またの名は 天あまつ日高日子ひこひこ 穗穗出見ほほでみの命 |
またの名は アマツヒコヒコ ホホデミの命でございます。 |
〈三柱〉 | 三柱。 | |
海佐知と山佐知 |
||
故火照命者。 | かれ火照ほでりの命は、 |
ニニギの命の御子のうち、 ホデリの命は |
爲海佐知毘古 〈此四字以音 下效此〉而。 |
海佐知 うみさち毘古として、 |
海幸彦 うみさちびことして、 |
取 鰭廣物。 鰭狹物。 |
鰭はたの廣物 鰭の狹さ物を取り、 |
海のさまざまの魚を お取りになり、 |
火遠理命者。 | 火遠理ほをりの命は | ホヲリの命は |
爲山佐知毘古 而。 |
山佐知 やまさち毘古として、 |
山幸彦として |
取 毛麁物 毛柔物。 |
毛の麁あら物 毛の柔にこ物を 取りたまひき。 |
山に住む 鳥獸の類を お取りになりました。 |
サシカエ(幸替え) |
||
爾火遠理命。 | ここに火遠理ほをりの命、 | ところでホヲリの命が |
謂其兄 火照命。 |
その兄いろせ 火照ほでりの命に、 |
兄君 ホデリの命に、 |
各相易 佐知欲用。 |
「おのもおのも 幸易かへて用ゐむ」 と謂いひて、 |
「お互に道具えものを 取り易かえて使つて見よう」 と言つて、 |
三度雖乞。 | 三度乞はししかども、 | 三度乞われたけれども |
不許。 | 許さざりき。 | 承知しませんでした。 |
然遂 纔得相易。 |
然れども遂に わづかにえ易へたまひき。 |
しかし最後にようやく 取り易えることを承諾しました。 |
爾火遠理命。 | ここに火遠理ほをりの命、 | そこでホヲリの命が |
以海佐知 釣魚。 |
海幸をもちて 魚な釣らすに、 |
釣道具を持つて 魚をお釣りになるのに、 |
都不得魚。 | ふつに一つの魚だに得ず、 | 遂に一つも得られません。 |
亦其鉤 失海。 |
またその鉤つりばりをも 海に失ひたまひき。 |
その鉤はりまでも 海に失つてしまいました。 |
カエサジ |
||
於是其兄火照命。 | ここにその兄いろせ火照の命 | ここにその兄のホデリの命が |
乞其鉤曰。 | その鉤を乞ひて、 | その鉤を乞うて、 |
山佐知母。己之佐知佐知。 | 「山幸もおのが幸幸。 | 「山幸やまさちも自分の幸さちだ。 |
海佐知母。已之佐知佐知。 | 海幸もおのが幸幸。 | 海幸うみさちも自分の幸さちだ。 |
今各謂返佐知之時。 〈佐知二字以音〉 |
今はおのもおのも幸返さむ」 といふ時に、 |
やはりお互に幸さちを返そう」 と言う時に、 |
其弟 火遠理命答曰。 |
その弟いろと 火遠理の命答へて曰はく、 |
弟の ホヲリの命が仰せられるには、 |
汝鉤者。 | 「汝みましの鉤は、 | 「あなたの鉤は |
釣魚 不得一魚。 |
魚釣りしに 一つの魚だに得ずて、 |
魚を釣りましたが、 一つも得られないで |
遂失海。 |
遂に海に失ひつ」 とまをしたまへども、 |
遂に海でなくしてしまいました」 と仰せられますけれども、 |
然其兄 強乞徴。 |
その兄 強あながちに 乞ひ徴はたりき。 |
なおしいて 乞い徴はたりました。 |
故其弟 | かれその弟、 | そこで弟が |
破御佩之十拳劔。 | 御佩しの十拳の劒を破りて、 | お佩びになつている長い劒を破つて、 |
作五百鉤。 | 五百鉤いほはりを作りて、 | 五百の鉤を作つて |
雖償不取。 | 償つぐのひたまへども、取らず、 | 償つぐなわれるけれども取りません。 |
亦作一千鉤。 | また一千鉤ちはりを作りて、 | また千の鉤を作つて |
雖償不受。 | 償ひたまへども、受けずして、 | 償われるけれども受けないで、 |
云 「猶欲得其正本鉤」 |
「なほその本の鉤を得む」 といひき。 |
「やはりもとの鉤をよこせ」 と言いました。 |
鹽椎神 |
||
於是其弟。 | ここにその弟、 | そこでその弟が |
泣患居 海邊之時。 |
泣き患へて 海邊うみべたにいましし時に、 |
海邊に出て 泣き患うれえておられた時に、 |
鹽椎神 來問曰。 |
鹽椎しほつちの神 來て問ひて曰はく、 |
シホツチの神が 來て尋ねるには、 |
何 虛空津日高之 泣患所由。 |
「何いかにぞ 虚空津日高そらつひこの 泣き患へたまふ所由ゆゑは」 と問へば、 |
「貴い御子樣みこさまの 御心配なすつていらつしやるのは どういうわけですか」 と問いますと、 |
答言。 | 答へたまはく、 | 答えられるには、 |
我與兄易鉤而。 | 「我、兄と鉤つりばりを易へて、 | 「わたしは兄と鉤を易えて |
失其鉤。 | その鉤を失ひつ。 | 鉤をなくしました。 |
是乞其鉤 故雖償多鉤 不受。 |
ここにその鉤を乞へば、 多あまたの鉤を償へども、 受けずて、 |
しかるに鉤を求めますから 多くの鉤を償つぐないましたけれども 受けないで、 |
云猶欲得 其本鉤。 |
なほその本の鉤を得むといふ。 | もとの鉤をよこせと言います。 |
故泣患之。 |
かれ泣き患ふ」 とのりたまひき。 |
それで泣き悲しむのです」 と仰せられました。 |
綿津見神之宮 |
||
爾鹽椎神。 | ここに鹽椎の神、 | そこでシホツチの神が |
云我爲汝命。 | 「我、汝が命のために、 | 「わたくしが今あなたのために |
作善議。 |
善き議たばかりせむ」 といひて、 |
謀はかりごとを廻めぐらしましよう」 と言つて、 |
即造 无間勝間之 小船。 |
すなはち 間まなし勝間かつまの 小船を造りて、 |
隙間すきまの無い籠の 小船を造つて、 |
載其船以 教曰。 |
その船に載せまつりて、 教へてまをさく、 |
その船にお乘せ申し上げて 教えて言うには、 |
我押流 其船者。 |
「我、この船を 押し流さば、 |
「わたしがその船を 押し流しますから、 |
差暫往。 | やや暫しましいでまさば、 | すこしいらつしやい。 |
將有味御路。 | 御路みちあらむ。 | 道みちがありますから、 |
乃乘其道 往者。 |
すなはちその道に 乘りていでましなば、 |
その道の 通りにおいでになると、 |
如魚鱗所 造之宮室。 |
魚鱗いろこのごと 造れる宮室みや、 |
魚の鱗うろこのように 造つてある宮があります。 |
其綿津見神之宮 者也。 |
それ綿津見 わたつみの神の宮なり。 |
それが 海神の宮です。 |
到 其神御門者。 |
その神の御門に 到りたまはば、 |
その御門ごもんの處に おいでになると、 |
傍之井上 有湯津香木。 |
傍の井の上に 湯津香木ゆつかつらあらむ。 |
傍そばの井の上に りつぱな桂の木がありましよう。 |
故坐其木上者。 | かれその木の上にましまさば、 | その木の上においでになると、 |
其海神之女。 | その海わたの神の女、 | 海神の女が |
見相議者也。 〈訓香木云加都良〉 |
見て議はからむものぞ」 と教へまつりき。 |
見て何とか致しましよう」と、 お教え申し上げました。 |
豐玉毘賣命 |
||
故隨教少行。 |
かれ教へしまにまに、 少し行いでましけるに、 |
依よつて教えた通り、 すこしおいでになりましたところ、 |
備如其言。 | つぶさにその言の如くなりき。 | すべて言つた通りでしたから、 |
即登其香木 以坐。 |
すなはちその香木に 登りてまします。 |
その桂の木に 登つておいでになりました。 |
爾海神之女。 | ここに海わたの神の女 | ここに海神の女むすめの |
豐玉毘賣之 從婢。 |
豐玉毘賣とよたまびめの 從婢まかだち、 |
トヨタマ姫の 侍女が |
持玉器 將酌水之時。 |
玉器たまもひを持ちて、 水酌まむとする時に、 |
玉の器を持つて、 水を汲くもうとする時に、 |
於井有光。 | 井に光かげあり。 | 井に光がさしました。 |
仰見者。 | 仰ぎ見れば、 | 仰いで見ると |
有麗壯夫。 〈訓壯夫云 遠登古。 下效此〉 |
麗うるはしき 壯夫 をとこあり。 |
りつぱな男がおります。 |
以爲甚異奇。 | いと奇あやしとおもひき。 | 不思議に思つていますと、 |
爾火遠理命。 | ここに火遠理の命、 | ホヲリの命が、 |
見其婢。 | その婢まかだちを見て、 | その侍女に、 |
乞欲得水。 | 「水をたまへ」と乞ひたまふ。 | 「水を下さい」と言われました。 |
婢乃酌水。 | 婢すなはち水を酌みて、 | 侍女がそこで水を汲くんで |
入玉器 貢進。 |
玉器たまもひに入れて 貢進たてまつる。 |
器に入れてあげました。 |
爾不飮水。 | ここに水をば飮まさずして、 | しかるに水をお飮みにならないで、 |
解御頸之璵。 |
御頸の 璵たまを解かして、 |
頸くびにお繋けになつていた 珠をお解きになつて |
含口。 | 口に含(ふふ)みて | 口に含んで |
唾入 其玉器。 |
その玉器に 唾つばき入いれたまひき。 |
その器に お吐き入れなさいました。 |
於是其 璵著器。 |
ここに その璵器もひに著きて、 |
しかるに その珠が器について、 |
婢不得離璵。 |
婢璵を え離たず、 |
女が珠を 離すことが出來ませんでしたので、 |
故璵任著以。 | かれ著きながらにして | ついたままに |
進豐玉毘賣命。 | 豐玉毘賣の命に進りき。 | トヨタマ姫にさし上げました。 |
爾見其璵。 | ここにその璵を見て | そこでトヨタマ姫が珠を見て、 |
問婢曰。 | 婢に問ひて曰く、 | 女に |
若人有 門外哉。 |
「もし門かどの外とに人ありや」 と問ひしかば、 |
「門の外に人がいますか」 と尋ねられましたから、 |
答曰。 | 答へて曰はく、 | |
有人坐。 我井上香木之上。 |
「我が井の上の香木の上に 人います。 |
「井の上の桂の上に 人がおいでになります。 |
甚麗壯夫也。 | いと麗しき壯夫なり。 | それは大變りつぱな男でいらつしやいます。 |
益我王而甚貴。 | 我が王にも益りていと貴し。 | 王樣にも勝まさつて尊いお方です。 |
故其人。 | かれその人 | その人が |
乞水故。 | 水を乞はしつ。 | 水を求めましたので、 |
奉水者。 | かれ水を奉りしかば、 | さし上げましたところ、 |
不飮水。 | 水を飮まさずて、 | 水をお飮みにならないで、 |
唾入此璵。 | この璵を唾き入れつ。 | この珠を吐き入れましたが、 |
是不得離故。 | これえ離たざれば、 | 離せませんので |
任入 將來而獻。 |
入れしまにま 將もち來て獻る」 とまをしき。 |
入れたままに 持つて來てさし上げたのです」 と申しました。 |
三年滞在 |
||
爾豐玉毘賣命 思奇。 |
ここに豐玉毘賣の命、 奇しと思ほして、 |
そこでトヨタマ姫が 不思議にお思いになつて、 |
出見。 | 出で見て | 出て見て |
乃見感。 | 見感めでて、 | 感心して、 |
目合而。 | 目合まぐはひして、 | そこで顏を見合つて、 |
白其父曰。 | その父に、白して曰はく、 | 父に |
吾門有麗人。 |
「吾が門に麗しき人あり」 とまをしたまひき。 |
「門の前にりつぱな方がおります」 と申しました。 |
爾海神自出見。 | ここに海わたの神みづから出で見て、 | そこで海神が自分で出て見て、 |
云此人者。 | 「この人は、 | 「これは |
天津日高之御子。 | 天つ日高の御子、 | 貴い御子樣だ」と言つて、 |
虛空津日高矣。 | 虚空つ日高なり」といひて、 | |
即於内率入而。 | すなはち内に率て入れまつりて、 | 内にお連れ申し上げて、 |
美智皮之 疊敷八重。 |
海驢みちの皮の 疊八重を敷き、 |
海驢あじかの皮 八枚を敷き、 |
亦絁疊八重。 | また絁きぬ疊八重を | その上に絹きぬの敷物を八枚 |
敷其上。 | その上に敷きて、 | 敷いて、 |
坐其上而。 | その上に坐ませまつりて、 | 御案内申し上げ、 |
具百取 机代物。 |
百取の 机代つくゑしろの物を具へて、 |
澤山の 獻上物を具えて |
爲御饗。 | 御饗みあへして、 | 御馳走して、 |
即令婚 其女豐玉毘賣。 |
その女豐玉とよたま毘賣に 婚あはせまつりき。 |
やがてその女トヨタマ姫を 差し上げました。 |
故至三年 | かれ三年に至るまで、 | そこで三年になるまで、 |
住其國。 | その國に住みたまひき。 | その國に留まりました。 |
大きいな嘆き=大胆 |
||
於是 火遠理命。 |
ここに 火遠理の命、 |
ここに ホヲリの命は |
思其初事而。 | その初めの事を思ほして、 | 初めの事をお思いになつて |
大一歎。 | 大きなる歎なげき一つしたまひき。 | 大きな溜息をなさいました。 |
故豐玉毘賣命。 | かれ豐玉とよたま毘賣の命、 | そこでトヨタマ姫が |
聞其歎以。 | その歎を聞かして、 | これをお聞きになつて |
白其父言。 | その父に白して言はく、 | その父に申しますには、 |
三年雖住。 | 「三年住みたまへども、 |
「あの方は 三年お住みになつていますが、 |
恆 無歎。 |
恆は 歎かすことも無かりしに、 |
いつも お歎きになることもありませんですのに、 |
今夜 爲大一歎。 |
今夜こよひ 大きなる歎一つしたまひつるは、 |
今夜 大きな溜息を一つなさいましたのは |
若有何由故。 |
けだしいかなる由かあらむ」 とまをしき。 |
何か仔細がありましようか」 と申しましたから、 |
其父大神。 | かれ、その父の大神、 | その父の神樣が |
問其聟夫曰。 | その聟の夫に問ひて曰はく、 | 聟の君に問われるには、 |
今旦聞 我女之語。 |
「今旦けさ 我が女の語るを聞けば、 |
「今朝 わたくしの女の語るのを聞けば、 |
云三年雖坐。 | 三年坐しませども、 | 三年おいでになるけれども |
恆無歎。 | 恆は歎かすことも無かりしに、 | いつもお歎きになることも無かつたのに、 |
今夜爲大歎。 |
今夜大きなる歎したまひつ とまをす。 |
今夜大きな溜息を一つなさいました と申しました。 |
若有由哉。 | けだし故ありや。 | 何かわけがありますか。 |
亦到 此間之 由奈何。 |
また此間ここに來ませる 由はいかに」 と問ひまつりき。 |
また此處においでになつた 仔細はどういう事ですか」 とお尋ね申しました。 |
爾語其大神。 | ここにその大神に語りて、 | 依つてその大神に |
備如其兄罰失 鉤之状。 |
つぶさにその兄の失せにし 鉤を徴はたれる状の如語りたまひき。 |
詳しく、兄が無くなつた 鉤はりを請求する有樣を語りました。 |
鯛の喉=居タイ(帰りたくない) |
||
是以海神。 | ここを以ちて海の神、 | そこで海の神が |
悉召集 海之大小魚。 |
悉に鰭の廣物鰭の狹物を 召び集へて問ひて曰はく、 |
海中の魚を 大小となく悉く集めて、 |
問曰。 若有取此鉤魚乎。 |
「もしこの鉤を取れる魚ありや」 と問ひき。 |
「もしこの鉤を取つた魚があるか」 と問いました。 |
故 諸魚白之。 |
かれ 諸の魚ども白さく、 |
ところが その多くの魚どもが申しますには、 |
頃者。 | 「このごろ | 「この頃 |
赤海鯽魚。 | 赤海鯽魚たひぞ、 | 鯛たいが |
於喉鯁。 | 喉のみとに鯁のぎありて、 | 喉のどに骨をたてて |
物不得食愁言故。 | 物え食はずと愁へ言へる。 | 物が食えないと言つております。 |
必是取。 |
かれかならずこれが取りつらむ」 とまをしき。 |
きつとこれが取つたのでしよう」 と申しました。 |
探下逆鉤針(探した鉤=逆下針) |
||
於是探 赤海鯽魚之喉者。 |
ここに赤海鯽魚の喉を 探りしかば、 |
そこで鯛の喉を 探りましたところ、 |
有鉤。 | 鉤あり。 | 鉤があります。 |
即取出而。 | すなはち取り出でて | そこで取り出して |
清洗。 | 清洗すすぎて、 | 洗つて |
奉火遠理命之時。 | 火遠理の命に奉る時に、 | ホヲリの命に獻りました時に、 |
其綿津見大神。 | その綿津見の大神 | 海神が |
誨曰之。 | 誨をしへて曰さく、 | お教え申し上げて言うのに、 |
以此鉤。 | 「この鉤を | 「この鉤を |
給其兄時。 | その兄に給ふ時に、 | 兄樣にあげる時には、 |
言状者。 | のりたまはむ状は、 | |
此鉤者。 | この鉤は、 | この鉤は |
淤煩鉤。 | 淤煩鉤おばち、 |
貧乏鉤 びんぼうばりの 悲しみ鉤ばりだ |
須須鉤。 | 須須鉤すすち、 | |
貧鉤。 | 貧鉤まぢち、 | |
宇流鉤。 | 宇流鉤うるち | |
云而。 | といひて、 | と言つて、 |
〈於煩及 須須亦 宇流 六字以音〉 |
||
於後手賜。 |
後手しりへでに 賜へ。 |
うしろ向きに おあげなさい。 |
然而。 | 然して | そして |
其兄 作高田者。 |
その兄 高田あげだを作らば、 |
兄樣が 高い所に田を作つたら、 |
汝命 營下田。 |
汝が命は 下田くぼだを營つくりたまへ。 |
あなたは 低い所に田をお作りなさい。 |
其兄 作下田者。 |
その兄 下田を作らば、 |
兄樣が 低い所に田を作つたら、 |
汝命 營高田。 |
汝が命は 高田を營りたまへ。 |
あなたは 高い所に田をお作りなさい。 |
爲然者。 | 然したまはば、 | そうなすつたら |
吾 掌水故 三年之間。 |
吾 水を掌しれば、 三年の間に |
わたくしが 水を掌つかさどつておりますから、 三年の間に |
必其兄貧窮。 | かならずその兄貧しくなりなむ。 | きつと兄樣が貧しくなるでしよう。 |
若恨怨 其爲然之事而。 |
もしそれ 然したまふ事を恨みて |
もし このようなことを恨んで |
攻戰者。 | 攻め戰はば、 | 攻め戰つたら、 |
出鹽盈珠 而溺。 |
鹽しほ盈みつ珠たまを 出して溺らし、 |
潮しおの滿みちる珠を 出して溺らせ、 |
若其 愁請者。 |
もしそれ 愁へまをさば、 |
もし 大變にあやまつて來たら、 |
出鹽乾珠 而活。 |
鹽しほ乾ふる珠たまを 出して活いかし、 |
潮しおの乾ひる珠を 出して生かし、 |
如此令 惚苦云。 |
かく惚苦たしなめたまへ」 とまをして、 |
こうしてお苦しめなさい」 と申して、 |
授 鹽盈珠。 |
鹽盈つ珠 | 潮の滿ちる珠 |
鹽乾珠。 | 鹽乾る珠 | 潮の乾る珠、 |
并兩箇。 |
并せて兩箇ふたつを 授けまつりて、 |
合わせて二つを お授け申し上げて、 |
即悉 召集和邇魚 問曰。 |
すなはち悉に 鰐どもをよび集へて、 問ひて曰はく、 |
悉く 鰐わにどもを呼び集め 尋ねて言うには、 |
今天津日高之御子。 | 「今天つ日高の御子 | 「今天の神の御子の |
虛空津日高。 | 虚空つ日高、 | 日ひの御子樣みこさまが |
爲將出幸 上國。 |
上うはつ國くにに 幸いでまさむとす。 |
上の國に おいでになろうとするのだが、 |
誰者。 | 誰は | お前たちは |
幾日送奉而。 | 幾日に送りまつりて、 | 幾日にお送り申し上げて |
覆奏。 | 覆かへりごと奏まをさむ」と問ひき。 | 御返事するか」と尋ねました。 |
佐比持神=一尋和邇 |
||
故各隨己 身之尋長。 |
かれおのもおのもおのが 身の尋長たけのまにまに、 |
そこでそれぞれに 自分の身の長さのままに |
限日而白之中。 | 日を限りて白す中に、 | 日數を限つて申す中に、 |
一尋和邇。 | 一尋鰐白さく、 | 一丈の鰐わにが |
白僕者 一日送。 |
「僕あは 一日に送りまつりて、 |
「わたくしが 一日にお送り申し上げて |
即還來。 | やがて還り來なむ」とまをしき。 | 還つて參りましよう」と申しました。 |
故爾告其 一尋和邇。 |
かれここにその 一尋鰐に告りたまはく、 |
依つてその 一丈の鰐に |
然者 汝送奉。 |
「然らば 汝送りまつれ。 |
「それならば お前がお送り申し上げよ。 |
若渡海中時。 | もし海わた中を渡る時に、 | 海中を渡る時に |
無令惶畏。 | な惶畏かしこませまつりそ」とのりて、 | こわがらせ申すな」と言つて、 |
即載 其和邇之頸。 |
すなはちその鰐の頸に 載せまつりて、 |
その鰐の頸に お乘せ申し上げて |
送出。 | 送り出しまつりき。 | 送り出しました。 |
故如期。 | かれ期ちぎりしがごと | はたして約束通り |
一日之内 送奉也。 |
一日の内に 送りまつりき。 |
一日に お送り申し上げました。 |
其和邇 將返之時。 |
その鰐 返りなむとする時に、 |
その鰐が 還ろうとした時に、 |
解所 佩之紐小刀。 |
佩かせる紐小刀を 解かして、 |
紐の附いている小刀を お解きになつて、 |
著其頸 而返。 |
その頸に著けて 返したまひき。 |
その鰐の頸につけて お返しになりました。 |
故其一尋和邇者。 | かれその一尋鰐は、 | そこでその一丈の鰐をば、 |
於今謂 佐比持神也。 |
今に佐比持 さひもちの神といふ。 |
今でも サヒモチの神と言つております。 |
兄の下僕化 |
||
是以備如 海神之 教言。 |
ここを以ちてつぶさに 海わたの神の 教へし言の如、 |
かくして悉く 海神の 教えた通りにして |
與其鉤。 | その鉤を與へたまひき。 | 鉤を返されました。 |
故自爾以後。 | かれそれより後、 | そこでこれより |
稍兪貧。 | いよよ貧しくなりて、 | いよいよ貧しくなつて |
更起荒心 迫來。 |
更に荒き心を起して 迫め來く。 |
更に荒い心を起して 攻めて來ます。 |
將攻之時。 | 攻めむとする時は、 | 攻めようとする時は |
出鹽盈珠而令溺。 | 鹽盈つ珠を出して溺らし、 | 潮の盈ちる珠を出して溺らせ、 |
其愁請者。 | それ愁へまをせば、 | あやまつてくる時は |
出鹽乾珠而救。 | 鹽乾る珠を出して救ひ、 | 潮の乾る珠を出して救い、 |
如此令惚苦之時。 | かく惚苦たしなめたまひし時に、 | 苦しめました時に、 |
稽首白。 | 稽首のみ白さく、 | おじぎをして言うには、 |
僕者自今以後。 | 「僕あは今よ以後のち、 | 「わたくしは今から後、 |
爲汝命之 晝夜 守護人而 仕奉。 |
汝が命の 晝夜よるひるの 守護人まもりびととなりて 仕へまつらむ」 とまをしき。 |
あなた樣の 晝夜の 護衞兵となつて お仕え申し上げましよう」 と申しました。 |
故至今。 | かれ今に至るまで、 | そこで今に至るまで |
其溺時之。 | その溺れし時の |
隼人はやとは その溺れた時の |
種種之態不絶。 | 種種の態わざ、 | しわざを演じて |
仕奉也。 | 絶えず仕へまつるなり。 | お仕え申し上げるのです。 |
豐玉毘賣の出産 |
||
於是海神之女。 | ここに海わたの神の女 | ここに海神の女、 |
豐玉毘賣命。 | 豐玉とよたま毘賣の命、 | トヨタマ姫の命が |
自參出 白之。 |
みづからまゐ出て 白さく、 |
御自身で出ておいでになつて 申しますには、 |
妾已 妊身。 |
「妾あれ すでに妊めるを、 |
「わたくしは以前から 姙娠にんしんしておりますが、 |
今臨產時。 | 今産こうむ時になりぬ。 | 今御子を産むべき時になりました。 |
此念。 | こを念ふに、 | これを思うに |
天神之御子。 | 天つ神の御子、 | 天の神の御子を |
不可 生海原。 |
海原に生みまつるべきに あらず、 |
海中でお生うみ申し上ぐべきでは ございませんから |
故參出到也。 |
かれまゐ出きつ」 とまをしき。 |
出て參りました」 と申し上げました。 |
爾即 於其海邊 波限。 |
ここにすなはち その海邊の 波限なぎさに、 |
そこで その海邊の 波際なぎさに |
以鵜羽 爲葺草。 |
鵜の羽を 葺草かやにして、 |
鵜うの羽を 屋根にして |
造產殿。 | 産殿うぶやを造りき。 | 産室を造りましたが、 |
於是其產殿。 | ここにその産殿うぶや、 | その産室が |
未葺合。 | いまだ葺き合へねば、 | まだ葺き終らないのに、 |
不忍 御腹之急。 |
御腹の急ときに 忍あへざりければ、 |
御子が 生まれそうになりましたから、 |
故入坐產殿。 | 産殿に入りましき。 | 産室におはいりになりました。 |
爾將方產之時。 | ここに産みます時にあたりて、 | その時 |
白其日子言。 | その日子ひこぢに白して言はく、 | 夫の君に申されて言うには |
凡佗國人者。 | 「およそ他あだし國の人は、 | 「すべて他國の者は |
臨產時。 | 産こうむ時になりては、 | 子を産む時になれば、 |
以本國之形 產生。 |
本もとつ國の形になりて 生むなり。 |
その本國の形になつて 産むのです。 |
故妾 今以本身爲 產。 |
かれ、妾も 今本もとの身になりて 産まむとす。 |
それでわたくしも もとの身になつて 産もうと思いますが、 |
願勿見妾。 |
願はくは妾をな見たまひそ」 とまをしたまひき。 |
わたくしを御覽遊ばしますな」 と申されました。 |
八尋和邇 | ||
於是思奇 其言。 |
ここにその言を 奇しと思ほして、 |
ところがその言葉を 不思議に思われて、 |
竊伺 其方產者。 |
そのまさに産みますを 伺見かきまみたまへば、 |
今盛んに子をお産みになる 最中さいちゆうに 覗のぞいて御覽になると、 |
化八尋和邇而。 | 八尋鰐になりて、 | 八丈もある長い鰐になつて |
匍匐委蛇。 | 匍匐はひもこよひき。 | 匐はいのたくつておりました。 |
即見驚畏而。 | すなはち見驚き畏みて、 | そこで畏れ驚いて |
遁退。 | 遁げ退そきたまひき。 | 遁げ退きなさいました。 |
爾 豐玉毘賣命。 |
ここに 豐玉とよたま毘賣の命、 |
しかるに トヨタマ姫の命は |
知 其伺見之事。 |
その伺見かきまみたまひし事を 知りて、 |
窺見のぞきみなさつた事を お知りになつて、 |
以爲心恥。 | うら恥やさしとおもほして、 | 恥かしい事にお思いになつて |
乃生置其御子而。 |
その御子を生み置きて 白さく、 |
御子を産み置いて |
白妾 恆通海道。 |
「妾あれ、 恆は海道うみつぢを通して、 |
「わたくしは 常に海の道を通つて |
欲往來。 | 通はむと思ひき。 | 通かよおうと思つておりましたが、 |
然。 伺見 吾形。 |
然れども 吾が形を 伺見かきまみたまひしが、 |
わたくしの形を 覗のぞいて御覽になつたのは |
是甚怍。 | いと怍はづかしきこと」とまをして、 | 恥かしいことです」と申して、 |
之即塞海坂 而返入。 |
すなはち海坂うなさかを塞せきて、 返り入りたまひき。 |
海の道をふさいで 歸つておしまいになりました。 |
あえずの命 |
||
是以名 其所產之御子。 |
ここを以ちて その産うみませる御子に名づけて、 |
そこで お産うまれになつた御子の名を |
謂 天津 日高日子 波限建 鵜葺草葺不合命。 |
天あまつ 日高日子ひこひこ 波限建なぎさたけ 鵜葺草葺合 うがやふきあへずの命 とまをす。 |
アマツ ヒコヒコ ナギサタケ ウガヤフキアヘズの命 と申し上げます。 |
〈訓波限云那藝佐。 訓葺草云加夜〉 |
天孫降臨・ニニギのサクヤの物語 |
||
---|---|---|
ニニギの命 |
||
爾 天照大御神。 |
ここに 天照らす大御神 |
そこで 天照らす大神、 |
高木神之命以。 | 高木の神の命もちて、 | 高木の神のお言葉で、 |
詔太子 | 太子ひつぎのみこ | 太子 |
正勝吾勝勝速日 天忍穗耳命。 |
正勝吾勝勝速日まさかあかつかちはやび 天の忍穗耳おしほみみの命に 詔のりたまはく、 |
オシホミミの命に 仰せになるには、 |
今平訖 葦原中國之白。 |
「今葦原の中つ國を 平ことむけ訖をへぬと白す。 |
「今葦原の中心の國は 平定し終つたと申すことである。 |
故隨言依賜。 | かれ言よさし賜へるまにまに、 | それ故、申しつけた通りに |
降坐而知看。 |
降りまして知らしめせ」 とのりたまひき。 |
降つて行つてお治めなされるがよい」 と仰おおせになりました。 |
爾其太子 正勝吾勝勝速日 天忍穗耳命 答白。 |
ここにその太子 正勝吾勝勝速日 天の忍穗耳の命 答へ白さく、 |
そこで太子 オシホミミの命が 仰せになるには、 |
僕者 | 「僕あは、 | 「わたくしは |
將降 裝束之間。 |
降りなむ 裝束よそひせし間ほどに、 |
降おりようとして 支度したくをしております間あいだに |
子生出。 | 子生あれましつ。 | 子が生まれました。 |
名 天邇岐志 國邇岐志 〈自邇至志以音〉 天津 日高日子番能 邇邇藝命。 |
名は 天邇岐志 國邇岐志 あめにぎし くににぎし 天あまつ 日高日子番ひこひこほの 邇邇藝ににぎの命、 |
名は アメニギシ クニニギシ アマツ ヒコヒコホノ ニニギの命と申します。 |
此子應降也。 |
この子を降すべし」 とまをしたまひき。 |
この子を降したいと思います」 と申しました。 |
此御子者。 | この御子は、 | この御子みこは |
御合高木神之女。 | 高木の神の女 |
オシホミミの命が 高木の神の女むすめ |
萬幡 豐秋津師比賣命。 |
萬幡豐秋津師比賣 よろづはた とよあきつしひめの命に |
ヨロヅハタ トヨアキツシ姫の命と |
生子。 | 娶あひて生みませる子、 | 結婚されてお生うみになつた子が |
天火明命。 | 天の火明ほあかりの命、 | アメノホアカリの命・ |
次 日子番能 邇邇藝命 〈二柱〉也。 |
次に 日子番ひこほの 邇邇藝ににぎの命 二柱にます。 |
ヒコホノ ニニギの命の お二方なのでした。 |
是以隨白之。 |
ここを以ちて 白したまふまにまに、 |
かようなわけで 申されたままに |
科詔 日子番能邇邇藝命。 |
日子番の邇邇藝の命に 詔みこと科おほせて、 |
ヒコホノニニギの命に 仰せ言があつて、 |
此豐葦原水穗國者。 | 「この豐葦原の水穗の國は、 | 「この葦原の水穗の國は |
汝將知國。 | 汝いましの知しらさむ國なりと |
あなたの治むべき國である と命令するのである。 |
言依賜。 | ことよさしたまふ。 | 依よつて |
故隨命以可天降。 |
かれ命のまにまに天降あもりますべし」 とのりたまひき。 |
命令の通りにお降りなさい」 と仰せられました。 |
猿田毘古神 |
||
爾 日子番能 邇邇藝命。 |
ここに 日子番の 邇邇藝の命、 |
ここに ヒコホノ ニニギの命が |
將天降之時。 | 天降あもりまさむとする時に、 | 天からお降くだりになろうとする時に、 |
居天之八衢而。 | 天の八衢やちまたに居て、 | 道の眞中まんなかにいて |
上光高天原。 | 上は高天の原を光てらし | 上は天を照てらし、 |
下光葦原中國之神。 | 下は葦原の中つ國を光らす神 | 下したは葦原の中心の國を照らす神が |
於是有。 | ここにあり。 | おります。 |
故爾 天照大御神。 |
かれここに 天照らす大御神 |
そこで天照らす大神・ |
高木神之命以。 | 高木の神の命もちて、 | 高木の神の御命令で、 |
詔 天宇受賣神。 |
天の宇受賣うずめの神に 詔りたまはく、 |
アメノウズメの神に 仰せられるには、 |
汝者雖有 手弱女人。 |
「汝いましは 手弱女人たわやめなれども、 |
「あなたは 女ではあるが |
與伊牟迦布神。 〈自伊至布以音〉 |
い向むかふ神と | 出會つた神に |
面勝神。 | 面勝おもかつ神なり。 | 向き合つて勝つ神である。 |
故專汝往將問者。 | かれもはら汝往きて問はまくは、 | だからあなたが往つて尋ねることは、 |
吾御子爲 天降之道。 |
吾あが御子の 天降あもりまさむとする道に、 |
我が御子みこの お降くだりなろうとする道を |
誰如 此而居。 |
誰そかくて居ると問へ」 とのりたまひき。 |
かようにしているのは 誰であるかと問え」と仰せになりました。 |
故問賜之時。 | かれ問ひたまふ時に、 | そこで問われる時に |
答白。 | 答へ白さく、 | 答え申されるには、 |
僕者國神。 | 「僕は國つ神、 | 「わたくしは國の神で |
名猿田毘古神也。 | 名は猿田さるだ毘古の神なり。 | サルタ彦の神という者です。 |
所以出居者。 | 出で居る所以ゆゑは、 | |
聞天神御子 天降坐 故仕奉御前而。 |
天つ神の御子 天降りますと聞きしかば、 御前みさきに仕へまつらむとして、 |
天の神の御子みこが お降りになると聞きましたので、 御前みまえにお仕え申そうとして |
參向之侍。 | まゐ向ひ侍さもらふ」とまをしき。 | 出迎えております」と申しました。 |
三種の神器 |
||
爾 天兒屋命。 |
ここに 天あめの兒屋こやねの命、 |
かくて アメノコヤネの命・ |
布刀玉命。 | 布刀玉ふとだまの命、 | フトダマの命・ |
天宇受賣命。 | 天の宇受賣の命、 | アメノウズメの命・ |
伊斯許理度賣命。 | 伊斯許理度賣いしこりどめの命、 | イシコリドメの命・ |
玉祖命。 | 玉たまの祖おやの命、 | タマノオヤの命、 |
并五伴緒矣。 | 并せて五伴いつともの緒をを | 合わせて五部族の神を |
支加而。 | 支あかち加へて、 | 副えて |
天降也。 | 天降あもらしめたまひき。 | 天から降らせ申しました。 |
於是副賜 其遠岐斯 〈此三字以音〉 |
ここに その招をぎし |
この時に 先さきに天あめの石戸いわとの前で 天照らす大神をお迎えした |
八尺勾璁鏡。 | 八尺やさかの勾璁まがたま、鏡、 | 大きな勾玉まがたま、鏡 |
及草那藝劔。 | また草薙くさなぎの劒、 | また草薙くさなぎの劒、 |
亦常世思金神。 | また常世とこよの思金の神、 | 及びオモヒガネの神・ |
手力男神。 | 手力男たぢからをの神、 | タヂカラヲの神・ |
天石門別神 而詔者。 |
天の石門別いはとわけの神を 副へ賜ひて詔のりたまはくは、 |
アメノイハトワケの神を お副そえになつて仰せになるには、 |
此之鏡者。 | 「これの鏡は、 | 「この鏡こそは |
專爲我御魂而。 | もはら我あが御魂として、 | もつぱらわたしの魂たましいとして、 |
如拜吾前。 | 吾が御前を拜いつくがごと、 | わたしの前を祭るように |
伊都岐奉。 | 齋いつきまつれ。 | お祭り申し上げよ。 |
次思金神者。 | 次に思金の神は、 | 次つぎにオモヒガネの神は |
取持前事。 | 前みまへの事ことを取り持ちて、 | わたしの御子みこの治められる |
爲政。 |
政まつりごとまをしたまへ」 とのりたまひき。 |
種々いろいろのことを取り扱つて お仕え申せ」と仰せられました。 |
此二柱神者。 | この二柱の神は、 | この二神は |
拜祭 佐久久斯侶。 伊須受能宮。 〈自佐至能以音〉 |
拆く釧くしろ 五十鈴いすずの宮に 拜いつき祭る。 |
伊勢神宮に お祭り申し上げております。 |
次登由宇氣神。 此者坐外宮之 度相神者也。 |
次に登由宇氣とゆうけの神、 こは外とつ宮の 度相わたらひにます神なり。 |
なお伊勢神宮の外宮げくうには トヨウケの神を祭つてあります。 |
次天石戶別神。 | 次に天の石戸別いはとわけの神、 | 次にアメノイハトワケの神は |
亦名謂櫛石窓神。 | またの名はくしいはまどの神といひ、 | またの名はクシイハマドの神、 |
亦名謂豐石窓神。 | またの名は豐とよいはまどの神といふ。 | またトヨイハマドの神といい、 |
此神者。 | この神は | この神は |
御門之神也。 | 御門みかどの神なり。 | 御門の神です。 |
次手力男神者。 | 次に手力男の神は、 | タヂカラヲの神は |
坐佐那那縣也。 | 佐那さなの縣あがたにませり。 | サナの地においでになります。 |
故其 天兒屋命者。 〈中臣連等之祖〉 |
かれその 天の兒屋の命は、 中臣の連等が祖。 |
このアメノコヤネの命は 中臣なかとみの連等むらじらの祖先、 |
布刀玉命者。 〈忌部首等之祖〉 |
布刀玉の命は、 忌部の首等おびとらが祖。 |
フトダマの命は 忌部いみべの首等おびとらの祖先、 |
天宇受賣命者。 〈猿女君等之祖〉 |
天の宇受賣の命は 猿女さるめの君等が祖。 |
ウズメの命は 猿女さるめの君等きみらの祖先、 |
伊斯許理度賣命者。 〈作鏡連等之祖〉 |
伊斯許理度賣の命は、 鏡作の連等が祖。 |
イシコリドメの命は 鏡作かがみつくりの連等の祖先、 |
玉祖命者。 〈玉祖連等之祖〉 |
玉の祖の命は、 玉の祖の連等が祖なり。 |
タマノオヤの命は 玉祖たまのおやの連等の祖先であります。 |
天孫降臨 |
||
故爾(詔) 天津日子番能 邇邇藝命(而)。 |
かれここに 天の日子番の 邇邇藝の命、 |
そこで アマツヒコホノ ニニギの命に仰せになつて、 |
離天之石位。 | 天の石位いはくらを離れ、 | 天上の御座を離れ、 |
押分 天之八重多那 〈此二字以音〉 雲而。 |
天の八重多那雲 やへたなぐも を押し分けて、 |
八重やえ立つ雲を 押し分けて |
伊都能知 和岐知 和岐弖。 〈自伊以下 十字以音〉 |
稜威いつの道ち 別き道 別きて、 |
勢いよく 道を押し分け、 |
於天浮橋。 | 天の浮橋に、 | 天からの階段によつて、 |
宇岐士摩理。 | 浮きじまり、 |
下の世界に 浮洲うきすがあり、 |
蘇理 多多斯弖。 〈自宇以下 十一字亦以音〉 |
そり たたして、 |
それに お立たちになつて、 |
天降坐于 竺紫日向之。 高千穗之 久士布流多氣。 〈自久以下 六字以音〉 |
竺紫つくしの 日向ひむかの 高千穗の 靈くじふる峰たけに 天降あもりましき。 |
遂ついに筑紫つくしの 東方とうほうなる 高千穗たかちほの 尊い峰に お降くだり申さしめました。 |
故爾天忍日命。 |
かれここに 天の忍日おしひの命 |
ここに アメノオシヒの命と |
天津久米命。 | 天あまつ久米くめの命 | アマツクメの命と |
二人。 | 二人ふたり、 | 二人が |
取負 天之石靫。 |
天の石靫いはゆきを 取り負ひ、 |
石の靫ゆきを負い、 |
取佩 頭椎之大刀。 |
頭椎くぶつちの 大刀を取り佩き、 |
頭あたまが瘤こぶになつている 大刀たちを佩はいて、 |
取持 天之波士弓。 |
天の波士弓はじゆみ を取り持ち、 |
強い弓を持ち |
手挾 天之眞鹿兒矢。 |
天の眞鹿兒矢まかごや を手挾たばさみ、 |
立派な矢を挾んで、 |
立御前而 仕奉。 |
御前みさきに立ちて 仕へまつりき。 |
御前みまえに立つて お仕え申しました。 |
故其天忍日命。 〈此者。 大伴連等之祖〉 |
かれその天の忍日の命、 こは大伴おほともの 連むらじ等が祖。 |
このアメノオシヒの命は 大伴おおともの 連等むらじらの祖先、 |
天津久米命。 〈此者 久米直等之祖也〉 |
天つ久米の命、 こは久米の直等が祖なり。 |
アマツクメの命は 久米くめの直等あたえらの 祖先であります。 |
於是詔之。 | ここに詔りたまはく、 | ここに仰せになるには |
此地者向韓國。 | 「此地ここは韓國に向ひ | 「この處は海外に向つて、 |
眞來通 笠紗之御前而。 |
笠紗かささの御前みさきに ま來通りて、 |
カササの御埼みさきに 行ゆき通つて、 |
朝日之直刺國。 | 朝日の直ただ刺さす國、 | 朝日の照り輝かがやく國、 |
夕日之日照國也。 | 夕日の日照ひでる國なり。 | 夕日の輝かがやく國である。 |
故此地 甚吉地。 |
かれ此地ここぞ いと吉き地ところ」 |
此處こそは たいへん吉い處ところである」 |
詔而。 | と詔りたまひて、 | と仰せられて、 |
於底津石根。 | 底つ石根に | 地の下したの石根いわねに |
宮柱布斗斯理。 | 宮柱太しり、 | 宮柱を壯大そうだいに立て、 |
於高天原。 | 高天の原に | 天上に |
氷椽多迦斯理 而坐也。 |
氷椽ひぎ高しりて ましましき。 |
千木ちぎを高く上げて 宮殿を御造營遊ばされました。 |
猿女の君 |
||
故爾詔 天宇受賣命。 |
かれここに 天の宇受賣の命に 詔りたまはく、 |
ここに アメノウズメの命に 仰せられるには、 |
此立御前所 仕奉。 |
「この御前に立ちて 仕へまつれる |
「この御前に立つて お仕え申し上げた |
猿田毘古大神者。 | 猿田さるた毘古の大神は、 | サルタ彦の大神を、 |
專所顯申之汝。 送奉。 |
もはら顯し申せる汝 いまし送りまつれ。 |
顯し申し上げたあなたが お送り申せ。 |
亦其神御名者。 | またその神の御名は、 | またその神のお名前は |
汝負仕奉。 |
汝いまし負ひて仕へまつれ」 とのりたまひき。 |
あなたが受けてお仕え申せ」 と仰せられました。 |
是以 猿女君等。 |
ここを以ちて 猿女さるめの君等、 |
この故に 猿女さるめの君等は |
負其 猿田毘古之 男神名而。 |
その猿田毘古の 男神の名を 負ひて、 |
そのサルタ彦の 男神の名を 繼いで |
女呼 猿女君之事 是也。 |
女をみなを 猿女の君と 呼ぶ事これなり。 |
女を 猿女の君 というのです。 |
故其 猿田毘古神。 |
かれ その猿田毘古の神、 |
そのサルタ彦の神は |
坐阿邪訶 〈此三字 以音地名〉時。 |
阿耶訶 あざかに 坐しし時に、 |
アザカに おいでになつた時に、 |
爲漁而。 | 漁すなどりして、 | 漁すなどりをして |
於比良夫貝。 〈自比至夫以音〉 |
比良夫ひらぶ貝に | ヒラブ貝に |
其手見咋合而。 | その手を咋ひ合はさえて | 手を咋くい合わされて |
沈溺海鹽。 | 海水うしほに溺れたまひき。 | 海水に溺れました。 |
故其沈居 底之時名。 |
かれその底に 沈み居たまふ時の名を、 |
その海底に 沈んでおられる時の名を |
謂底度久御魂。 〈度久 二字以音〉 |
底そこどく御魂みたまといひ、 | 底につく御魂みたまと申し、 |
其海水之 都夫多都時名。 |
その海水の つぶたつ時の名を、 |
海水に つぶつぶと泡が立つ時の名を |
謂 都夫多都 御魂。 〈自都下四字以音〉 |
つぶ立つ 御魂みたまといひ、 |
粒立つぶたつ 御魂と申し、 |
其阿和佐久時名。 | その沫あわ咲く時の名を、 | 水面に出て泡が開く時の名を |
謂阿和佐久御魂。 〈自阿至久以音〉 |
あわ咲く御魂みたまといふ。 | 泡咲あわさく御魂と申します。 |
天宇受賣命(天のウズメ) |
||
於是送 猿田毘古神而。 |
ここに 猿田毘古の神を送りて、 |
ウズメの命は サルタ彦の神を送つてから |
還到。 | 還り到りて、 | 還つて來て、 |
乃悉追聚 鰭廣物 鰭狹物以。 問言 |
すなはち悉に 鰭はたの廣物 鰭の狹さ物を 追ひ聚めて問ひて曰はく、 |
悉く 大小樣々の 魚どもを集めて、 |
汝者 天神御子 仕奉耶 之時。 |
「汝いましは 天つ神の御子に 仕へまつらむや」 と問ふ時に、 |
「お前たちは 天の神の御子に お仕え申し上げるか、どうですか」 と問う時に、 |
諸魚。 皆仕奉 白之中。 |
諸の魚どもみな 「仕へまつらむ」 とまをす中に、 |
魚どもは皆 「お仕え申しましよう」 と申しました中に、 |
海鼠 不白。 |
海鼠こ 白さず。 |
海鼠なまこだけが 申しませんでした。 |
爾天宇受賣命。 | ここに天の宇受賣の命、 | そこでウズメの命が |
謂海鼠。 | 海鼠こに謂ひて、 | 海鼠に言うには、 |
云此口乎。 不答之口而。 |
「この口や 答へせぬ口」といひて、 |
「この口は 返事をしない口か」と言つて |
以紐小刀。 | 紐小刀ひもがたな以ちて | 小刀かたなで |
拆其口。 | その口を拆さきき。 | その口を裂さきました。 |
故於今 海鼠口拆也。 |
かれ今に 海鼠の口拆さけたり。 |
それで今でも 海鼠の口は裂けております。 |
是以 御世。 |
ここを以ちて、 御世みよみよ、 |
かようの次第で、 御世みよごとに |
嶋之 速贄 獻之時。 |
島の 速贄はやにへ 獻る時に、 |
志摩しまの國から 魚類の貢物みつぎものを 獻たてまつる時に |
給 猿女君等也。 |
猿女の君等に 給ふなり。 |
猿女の君等に 下くだされるのです。 |
木花之佐久夜毘賣 |
||
於是 天津 日高日子番能 邇邇藝能命。 |
ここに 天あまつ 日高日子番ひこひこほの 邇邇藝ににぎの命、 |
さて ヒコホノ ニニギの命は、 |
於笠紗御前。 | 笠紗かささの御前みさきに、 | カササの御埼みさきで |
遇麗美人。 |
麗かほよき美人をとめに 遇ひたまひき。 |
美しい孃子おとめに お遇いになつて、 |
爾問誰女。 |
ここに、 「誰が女ぞ」と問ひたまへば、 |
「どなたの女子むすめごですか」 とお尋ねになりました。 |
答白之。 | 答へ白さく、 | |
大山津見神之女。 |
「大山津見 おほやまつみの神の女、 |
そこで「わたくしは オホヤマツミの神の女むすめの |
名神阿多都比賣。 〈此神名以音〉 |
名は神阿多都 かむあたつ比賣。 |
|
亦名謂 木花之 佐久夜毘賣。 〈此五字以音〉 |
またの名は 木この花はなの 佐久夜さくや毘賣とまをす」 とまをしたまひき。 |
木この花の 咲さくや姫です」 と申しました。 |
又問 有汝之兄弟乎。 |
また「汝が兄弟はらからありや」 と問ひたまへば |
また「兄弟がありますか」 とお尋ねになつたところ、 |
答白 我姉 石長比賣在也。 |
答へ白さく、 「我が姉 石長いはなが比賣あり」 とまをしたまひき。 |
「姉に 石長姫いわながひめがあります」 と申し上げました。 |
爾詔。 | ここに詔りたまはく、 | 依つて仰せられるには、 |
吾欲目合汝 奈何。 |
「吾、汝に目合まぐはひせむ と思ふはいかに」 とのりたまへば |
「あなたと結婚けつこんをしたい と思うが、どうですか」 と仰せられますと、 |
答白 僕不得白。 |
答へ白さく、 「僕あはえ白さじ。 |
「わたくしは何とも申し上げられません。 |
僕父 大山津見神 將白。 |
僕が父 大山津見の神ぞ白さむ」 とまをしたまひき。 |
父の オホヤマツミの神が申し上げるでしよう」 と申しました。 |
石長比賣 | ||
故乞遣 其父 大山津見神之時。 |
かれその父 大山津見の神に 乞ひに遣はしし時に、 |
依つてその父 オホヤマツミの神に お求めになると、 |
大歡喜而。 | いたく歡喜よろこびて、 | 非常に喜んで |
副其姉 石長比賣。 |
その姉 石長いはなが比賣を副へて、 |
姉の 石長姫いわながひめを副えて、 |
令持百取 机代之物 奉出。 |
百取ももとりの 机代つくゑしろの物を 持たしめて奉り出だしき。 |
澤山の 獻上物を持たせて 奉たてまつりました。 |
故爾其姉者。 | かれここにその姉は、 | ところがその姉は |
因甚凶醜。 | いと醜みにくきに因りて、 | 大變醜かつたので |
見畏而返送。 | 見畏かしこみて、返し送りたまひて、 | 恐れて返し送つて、 |
唯留其弟 木花之 佐久夜毘賣以。 |
ただその弟おと 木この花はなの 佐久夜さくや賣毘を留めて、 |
妹の 木の花の 咲くや姫だけを留とめて |
一宿爲婚。 | 一宿ひとよ婚みとあたはしつ。 | 一夜お寢やすみになりました。 |
爾大山津見神。 | ここに大山津見の神、 | しかるにオホヤマツミの神は |
因返 石長比賣而。 |
石長いはなが比賣を 返したまへるに因りて、 |
石長姫を お返し遊ばされたのによつて、 |
大恥。 | いたく恥ぢて、 | 非常に恥じて |
白送言。 | 白し送りて言まをさく、 | 申し送られたことは、 |
我之女 二並立奉由者。 |
「我あが女 二人ふたり竝べたてまつれる由ゆゑは、 |
「わたくしが 二人を竝べて奉つたわけは、 |
使石長比賣者。 | 石長比賣を使はしては、 | 石長姫をお使いになると、 |
天神御子之命。 | 天つ神の御子の命みいのちは、 | 天の神の御子みこの御壽命は |
雖雨零風吹。 | 雪零ふり風吹くとも、 | 雪が降り風が吹いても |
恆如石而。 | 恆に石いはの如く、 | 永久に石のように |
常堅 不動坐。 |
常磐ときはに堅磐かきはに 動きなくましまさむ。 |
堅實に おいでになるであろう。 |
亦使 木花之 佐久夜毘賣者。 |
また 木この花はなの 佐久夜さくや毘賣を使はしては、 |
また 木の花の 咲くや姫をお使いになれば、 |
如木花之榮。 |
木の花の榮ゆるがごと 榮えまさむと、 |
木の花の榮えるように 榮えるであろうと |
榮坐宇氣比弖 〈自宇下 四字以音〉 貢進。 |
誓うけひて 貢進たてまつりき。 |
誓言をたてて 奉りました。 |
此令返 石長比賣而。 |
ここに今 石長いはなが比賣を返さしめて、 |
しかるに今 石長姫を返して |
獨留 木花之佐久夜毘賣故。 |
木この花はなの佐久夜さくや毘賣を ひとり留めたまひつれば、 |
木の花の咲くや姫を 一人お留めなすつたから、 |
天神御子之御壽者。 | 天つ神の御子の御壽みいのちは、 | 天の神の御子の御壽命は、 |
木花之 阿摩比能微 〈此五字以音〉坐。 |
木の花の あまひのみ ましまさむとす」とまをしき。 |
木の花のように もろくおいでなさる ことでしよう」と申しました。 |
故是以至于今。 | かれここを以ちて今に至るまで、 | こういう次第で、 |
天皇命等之御命 不長也。 |
天皇すめらみことたちの御命 長くまさざるなり。 |
今日に至るまで天皇の御壽命が 長くないのです。 |
昨夜の孕み |
||
故後 木花之 佐久夜毘賣。 |
かれ後に 木この花はなの 佐久夜さくや毘賣、 |
かくして後に 木の花の 咲くや姫が參り出て申すには、 |
參出白。 | まゐ出て白さく、 | |
妾妊身。 |
「妾あは 妊はらみて、 |
「わたくしは 姙娠にんしんしまして、 |
今臨產時。 | 今産こうむ時になりぬ。 | 今子を産む時になりました。 |
是天神之御子。 | こは天つ神の御子、 | これは天の神の御子ですから、 |
私不可產。 |
私ひそかに 産みまつるべきにあらず。 |
勝手にお生み 申し上あぐべきではございません。 |
故請。 |
かれ請まをす」 とまをしたまひき。 |
そこでこの事を申し上げます」 と申されました。 |
爾詔。 | ここに詔りたまはく、 | そこで命が仰せになつて言うには、 |
佐久夜毘賣。 | 「佐久夜毘賣、 | 「咲くや姫よ、 |
一宿哉妊。 | 一宿ひとよにや妊める。 | 一夜で姙はらんだと言うが、 |
是非我子。 | こは我が子にあらじ。 | |
必國神之子。 |
かならず國つ神の子にあらむ」 とのりたまひき。 |
國の神の子ではないか」 と仰せになつたから、 |
爾答白。 | ここに答へ白さく、 | |
吾妊之子。 | 「吾が妊める子、 | 「わたくしの姙んでいる子が |
若國神之子者。 | もし國つ神の子ならば、 | 國の神の子ならば、 |
產不幸。 | 産こうむ時幸さきくあらじ。 | 生む時に無事でないでしよう。 |
若天神之 御子者幸。 |
もし天つ神の御子にまさば、 幸くあらむ」とまをして、 |
もし天の神の御子でありましたら、 無事でありましよう」と申して、 |
即作無戶八尋殿。 | すなはち戸無し八尋殿を作りて、 | 戸口の無い大きな家を作つて |
入其殿内。 | その殿内とのぬちに入りて、 | その家の中におはいりになり、 |
以土塗塞而。 | 土はにもちて塗り塞ふたぎて、 | 粘土ねばつちですつかり塗りふさいで、 |
方產時。 | 産む時にあたりて、 | お生みになる時に當つて |
以火著其殿 而產也。 |
その殿に火を著けて 産みたまひき。 |
その家に火をつけて お生みになりました。 |
ホデリとホオリの物語 |
||
火照と火遠理 |
||
故其火盛燒時 | かれその火の盛りに燃もゆる時に、 | その火が眞盛まつさかりに燃える時に |
所生之子名火照命。 〈此者隼人阿多君之祖〉 |
生あれませる子の名は、 火照ほでりの命 (こは隼人阿多の君の祖なり) |
お生まれになつた御子は ホデリの命で、 これは隼人等はやとらの祖先です。 |
次生子名火須勢理命。 〈須勢理三字以音〉 |
次に生れませる子の名は 火須勢理ほすせりの命、 |
次にお生まれになつた御子は ホスセリの命、 |
次生子御名 火遠理命。 |
次に生れませる子の御名は 火遠理ほをりの命、 |
次にお生まれになつた御子は ホヲリの命、 |
亦名 天津日高日子 穗穗手見命。 |
またの名は 天あまつ日高日子ひこひこ 穗穗出見ほほでみの命 |
またの名は アマツヒコヒコ ホホデミの命でございます。 |
〈三柱〉 | 三柱。 | |
海佐知と山佐知 |
||
故火照命者。 | かれ火照ほでりの命は、 |
ニニギの命の御子のうち、 ホデリの命は |
爲海佐知毘古 〈此四字以音 下效此〉而。 |
海佐知 うみさち毘古として、 |
海幸彦 うみさちびことして、 |
取 鰭廣物。 鰭狹物。 |
鰭はたの廣物 鰭の狹さ物を取り、 |
海のさまざまの魚を お取りになり、 |
火遠理命者。 | 火遠理ほをりの命は | ホヲリの命は |
爲山佐知毘古 而。 |
山佐知 やまさち毘古として、 |
山幸彦として |
取 毛麁物 毛柔物。 |
毛の麁あら物 毛の柔にこ物を 取りたまひき。 |
山に住む 鳥獸の類を お取りになりました。 |
サシカエ(幸替え) |
||
爾火遠理命。 | ここに火遠理ほをりの命、 | ところでホヲリの命が |
謂其兄 火照命。 |
その兄いろせ 火照ほでりの命に、 |
兄君 ホデリの命に、 |
各相易 佐知欲用。 |
「おのもおのも 幸易かへて用ゐむ」 と謂いひて、 |
「お互に道具えものを 取り易かえて使つて見よう」 と言つて、 |
三度雖乞。 | 三度乞はししかども、 | 三度乞われたけれども |
不許。 | 許さざりき。 | 承知しませんでした。 |
然遂 纔得相易。 |
然れども遂に わづかにえ易へたまひき。 |
しかし最後にようやく 取り易えることを承諾しました。 |
爾火遠理命。 | ここに火遠理ほをりの命、 | そこでホヲリの命が |
以海佐知 釣魚。 |
海幸をもちて 魚な釣らすに、 |
釣道具を持つて 魚をお釣りになるのに、 |
都不得魚。 | ふつに一つの魚だに得ず、 | 遂に一つも得られません。 |
亦其鉤 失海。 |
またその鉤つりばりをも 海に失ひたまひき。 |
その鉤はりまでも 海に失つてしまいました。 |
カエサジ |
||
於是其兄火照命。 | ここにその兄いろせ火照の命 | ここにその兄のホデリの命が |
乞其鉤曰。 | その鉤を乞ひて、 | その鉤を乞うて、 |
山佐知母。己之佐知佐知。 | 「山幸もおのが幸幸。 | 「山幸やまさちも自分の幸さちだ。 |
海佐知母。已之佐知佐知。 | 海幸もおのが幸幸。 | 海幸うみさちも自分の幸さちだ。 |
今各謂返佐知之時。 〈佐知二字以音〉 |
今はおのもおのも幸返さむ」 といふ時に、 |
やはりお互に幸さちを返そう」 と言う時に、 |
其弟 火遠理命答曰。 |
その弟いろと 火遠理の命答へて曰はく、 |
弟の ホヲリの命が仰せられるには、 |
汝鉤者。 | 「汝みましの鉤は、 | 「あなたの鉤は |
釣魚 不得一魚。 |
魚釣りしに 一つの魚だに得ずて、 |
魚を釣りましたが、 一つも得られないで |
遂失海。 |
遂に海に失ひつ」 とまをしたまへども、 |
遂に海でなくしてしまいました」 と仰せられますけれども、 |
然其兄 強乞徴。 |
その兄 強あながちに 乞ひ徴はたりき。 |
なおしいて 乞い徴はたりました。 |
故其弟 | かれその弟、 | そこで弟が |
破御佩之十拳劔。 | 御佩しの十拳の劒を破りて、 | お佩びになつている長い劒を破つて、 |
作五百鉤。 | 五百鉤いほはりを作りて、 | 五百の鉤を作つて |
雖償不取。 | 償つぐのひたまへども、取らず、 | 償つぐなわれるけれども取りません。 |
亦作一千鉤。 | また一千鉤ちはりを作りて、 | また千の鉤を作つて |
雖償不受。 | 償ひたまへども、受けずして、 | 償われるけれども受けないで、 |
云 「猶欲得其正本鉤」 |
「なほその本の鉤を得む」 といひき。 |
「やはりもとの鉤をよこせ」 と言いました。 |
鹽椎神 |
||
於是其弟。 | ここにその弟、 | そこでその弟が |
泣患居 海邊之時。 |
泣き患へて 海邊うみべたにいましし時に、 |
海邊に出て 泣き患うれえておられた時に、 |
鹽椎神 來問曰。 |
鹽椎しほつちの神 來て問ひて曰はく、 |
シホツチの神が 來て尋ねるには、 |
何 虛空津日高之 泣患所由。 |
「何いかにぞ 虚空津日高そらつひこの 泣き患へたまふ所由ゆゑは」 と問へば、 |
「貴い御子樣みこさまの 御心配なすつていらつしやるのは どういうわけですか」 と問いますと、 |
答言。 | 答へたまはく、 | 答えられるには、 |
我與兄易鉤而。 | 「我、兄と鉤つりばりを易へて、 | 「わたしは兄と鉤を易えて |
失其鉤。 | その鉤を失ひつ。 | 鉤をなくしました。 |
是乞其鉤 故雖償多鉤 不受。 |
ここにその鉤を乞へば、 多あまたの鉤を償へども、 受けずて、 |
しかるに鉤を求めますから 多くの鉤を償つぐないましたけれども 受けないで、 |
云猶欲得 其本鉤。 |
なほその本の鉤を得むといふ。 | もとの鉤をよこせと言います。 |
故泣患之。 |
かれ泣き患ふ」 とのりたまひき。 |
それで泣き悲しむのです」 と仰せられました。 |
綿津見の宮 |
||
爾鹽椎神。 | ここに鹽椎の神、 | そこでシホツチの神が |
云我爲汝命。 | 「我、汝が命のために、 | 「わたくしが今あなたのために |
作善議。 |
善き議たばかりせむ」 といひて、 |
謀はかりごとを廻めぐらしましよう」 と言つて、 |
即造 无間勝間之 小船。 |
すなはち 間まなし勝間かつまの 小船を造りて、 |
隙間すきまの無い籠の 小船を造つて、 |
載其船以 教曰。 |
その船に載せまつりて、 教へてまをさく、 |
その船にお乘せ申し上げて 教えて言うには、 |
我押流 其船者。 |
「我、この船を 押し流さば、 |
「わたしがその船を 押し流しますから、 |
差暫往。 | やや暫しましいでまさば、 | すこしいらつしやい。 |
將有味御路。 | 御路みちあらむ。 | 道みちがありますから、 |
乃乘其道 往者。 |
すなはちその道に 乘りていでましなば、 |
その道の 通りにおいでになると、 |
如魚鱗所 造之宮室。 |
魚鱗いろこのごと 造れる宮室みや、 |
魚の鱗うろこのように 造つてある宮があります。 |
其綿津見神之宮 者也。 |
それ綿津見 わたつみの神の宮なり。 |
それが 海神の宮です。 |
到 其神御門者。 |
その神の御門に 到りたまはば、 |
その御門ごもんの處に おいでになると、 |
傍之井上 有湯津香木。 |
傍の井の上に 湯津香木ゆつかつらあらむ。 |
傍そばの井の上に りつぱな桂の木がありましよう。 |
故坐其木上者。 | かれその木の上にましまさば、 | その木の上においでになると、 |
其海神之女。 | その海わたの神の女、 | 海神の女が |
見相議者也。 〈訓香木云加都良〉 |
見て議はからむものぞ」 と教へまつりき。 |
見て何とか致しましよう」と、 お教え申し上げました。 |
豐玉毘賣命 |
||
故隨教少行。 |
かれ教へしまにまに、 少し行いでましけるに、 |
依よつて教えた通り、 すこしおいでになりましたところ、 |
備如其言。 | つぶさにその言の如くなりき。 | すべて言つた通りでしたから、 |
即登其香木 以坐。 |
すなはちその香木に 登りてまします。 |
その桂の木に 登つておいでになりました。 |
爾海神之女。 | ここに海わたの神の女 | ここに海神の女むすめの |
豐玉毘賣之 從婢。 |
豐玉毘賣とよたまびめの 從婢まかだち、 |
トヨタマ姫の 侍女が |
持玉器 將酌水之時。 |
玉器たまもひを持ちて、 水酌まむとする時に、 |
玉の器を持つて、 水を汲くもうとする時に、 |
於井有光。 | 井に光かげあり。 | 井に光がさしました。 |
仰見者。 | 仰ぎ見れば、 | 仰いで見ると |
有麗壯夫。 〈訓壯夫云 遠登古。 下效此〉 |
麗うるはしき 壯夫 をとこあり。 |
りつぱな男がおります。 |
以爲甚異奇。 | いと奇あやしとおもひき。 | 不思議に思つていますと、 |
爾火遠理命。 | ここに火遠理の命、 | ホヲリの命が、 |
見其婢。 | その婢まかだちを見て、 | その侍女に、 |
乞欲得水。 | 「水をたまへ」と乞ひたまふ。 | 「水を下さい」と言われました。 |
婢乃酌水。 | 婢すなはち水を酌みて、 | 侍女がそこで水を汲くんで |
入玉器 貢進。 |
玉器たまもひに入れて 貢進たてまつる。 |
器に入れてあげました。 |
爾不飮水。 | ここに水をば飮まさずして、 | しかるに水をお飮みにならないで、 |
解御頸之璵。 |
御頸の 璵たまを解かして、 |
頸くびにお繋けになつていた 珠をお解きになつて |
含口。 | 口に含(ふふ)みて | 口に含んで |
唾入 其玉器。 |
その玉器に 唾つばき入いれたまひき。 |
その器に お吐き入れなさいました。 |
於是其 璵著器。 |
ここに その璵器もひに著きて、 |
しかるに その珠が器について、 |
婢不得離璵。 |
婢璵を え離たず、 |
女が珠を 離すことが出來ませんでしたので、 |
故璵任著以。 | かれ著きながらにして | ついたままに |
進豐玉毘賣命。 | 豐玉毘賣の命に進りき。 | トヨタマ姫にさし上げました。 |
爾見其璵。 | ここにその璵を見て | そこでトヨタマ姫が珠を見て、 |
問婢曰。 | 婢に問ひて曰く、 | 女に |
若人有 門外哉。 |
「もし門かどの外とに人ありや」 と問ひしかば、 |
「門の外に人がいますか」 と尋ねられましたから、 |
答曰。 | 答へて曰はく、 | |
有人坐。 我井上香木之上。 |
「我が井の上の香木の上に 人います。 |
「井の上の桂の上に 人がおいでになります。 |
甚麗壯夫也。 | いと麗しき壯夫なり。 | それは大變りつぱな男でいらつしやいます。 |
益我王而甚貴。 | 我が王にも益りていと貴し。 | 王樣にも勝まさつて尊いお方です。 |
故其人。 | かれその人 | その人が |
乞水故。 | 水を乞はしつ。 | 水を求めましたので、 |
奉水者。 | かれ水を奉りしかば、 | さし上げましたところ、 |
不飮水。 | 水を飮まさずて、 | 水をお飮みにならないで、 |
唾入此璵。 | この璵を唾き入れつ。 | この珠を吐き入れましたが、 |
是不得離故。 | これえ離たざれば、 | 離せませんので |
任入 將來而獻。 |
入れしまにま 將もち來て獻る」 とまをしき。 |
入れたままに 持つて來てさし上げたのです」 と申しました。 |
三年滞在 |
||
爾豐玉毘賣命 思奇。 |
ここに豐玉毘賣の命、 奇しと思ほして、 |
そこでトヨタマ姫が 不思議にお思いになつて、 |
出見。 | 出で見て | 出て見て |
乃見感。 | 見感めでて、 | 感心して、 |
目合而。 | 目合まぐはひして、 | そこで顏を見合つて、 |
白其父曰。 | その父に、白して曰はく、 | 父に |
吾門有麗人。 |
「吾が門に麗しき人あり」 とまをしたまひき。 |
「門の前にりつぱな方がおります」 と申しました。 |
爾海神自出見。 | ここに海わたの神みづから出で見て、 | そこで海神が自分で出て見て、 |
云此人者。 | 「この人は、 | 「これは |
天津日高之御子。 | 天つ日高の御子、 | 貴い御子樣だ」と言つて、 |
虛空津日高矣。 | 虚空つ日高なり」といひて、 | |
即於内率入而。 | すなはち内に率て入れまつりて、 | 内にお連れ申し上げて、 |
美智皮之 疊敷八重。 |
海驢みちの皮の 疊八重を敷き、 |
海驢あじかの皮 八枚を敷き、 |
亦絁疊八重。 | また絁きぬ疊八重を | その上に絹きぬの敷物を八枚 |
敷其上。 | その上に敷きて、 | 敷いて、 |
坐其上而。 | その上に坐ませまつりて、 | 御案内申し上げ、 |
具百取 机代物。 |
百取の 机代つくゑしろの物を具へて、 |
澤山の 獻上物を具えて |
爲御饗。 | 御饗みあへして、 | 御馳走して、 |
即令婚 其女豐玉毘賣。 |
その女豐玉とよたま毘賣に 婚あはせまつりき。 |
やがてその女トヨタマ姫を 差し上げました。 |
故至三年 | かれ三年に至るまで、 | そこで三年になるまで、 |
住其國。 | その國に住みたまひき。 | その國に留まりました。 |
大きいな嘆き=大胆 |
||
於是 火遠理命。 |
ここに 火遠理の命、 |
ここに ホヲリの命は |
思其初事而。 | その初めの事を思ほして、 | 初めの事をお思いになつて |
大一歎。 | 大きなる歎なげき一つしたまひき。 | 大きな溜息をなさいました。 |
故豐玉毘賣命。 | かれ豐玉とよたま毘賣の命、 | そこでトヨタマ姫が |
聞其歎以。 | その歎を聞かして、 | これをお聞きになつて |
白其父言。 | その父に白して言はく、 | その父に申しますには、 |
三年雖住。 | 「三年住みたまへども、 |
「あの方は 三年お住みになつていますが、 |
恆 無歎。 |
恆は 歎かすことも無かりしに、 |
いつも お歎きになることもありませんですのに、 |
今夜 爲大一歎。 |
今夜こよひ 大きなる歎一つしたまひつるは、 |
今夜 大きな溜息を一つなさいましたのは |
若有何由故。 |
けだしいかなる由かあらむ」 とまをしき。 |
何か仔細がありましようか」 と申しましたから、 |
其父大神。 | かれ、その父の大神、 | その父の神樣が |
問其聟夫曰。 | その聟の夫に問ひて曰はく、 | 聟の君に問われるには、 |
今旦聞 我女之語。 |
「今旦けさ 我が女の語るを聞けば、 |
「今朝 わたくしの女の語るのを聞けば、 |
云三年雖坐。 | 三年坐しませども、 | 三年おいでになるけれども |
恆無歎。 | 恆は歎かすことも無かりしに、 | いつもお歎きになることも無かつたのに、 |
今夜爲大歎。 |
今夜大きなる歎したまひつ とまをす。 |
今夜大きな溜息を一つなさいました と申しました。 |
若有由哉。 | けだし故ありや。 | 何かわけがありますか。 |
亦到 此間之 由奈何。 |
また此間ここに來ませる 由はいかに」 と問ひまつりき。 |
また此處においでになつた 仔細はどういう事ですか」 とお尋ね申しました。 |
爾語其大神。 | ここにその大神に語りて、 | 依つてその大神に |
備如其兄罰失 鉤之状。 |
つぶさにその兄の失せにし 鉤を徴はたれる状の如語りたまひき。 |
詳しく、兄が無くなつた 鉤はりを請求する有樣を語りました。 |
鯛の喉=居タイ(帰りたくない) |
||
是以海神。 | ここを以ちて海の神、 | そこで海の神が |
悉召集 海之大小魚。 |
悉に鰭の廣物鰭の狹物を 召び集へて問ひて曰はく、 |
海中の魚を 大小となく悉く集めて、 |
問曰。 若有取此鉤魚乎。 |
「もしこの鉤を取れる魚ありや」 と問ひき。 |
「もしこの鉤を取つた魚があるか」 と問いました。 |
故 諸魚白之。 |
かれ 諸の魚ども白さく、 |
ところが その多くの魚どもが申しますには、 |
頃者。 | 「このごろ | 「この頃 |
赤海鯽魚。 | 赤海鯽魚たひぞ、 | 鯛たいが |
於喉鯁。 | 喉のみとに鯁のぎありて、 | 喉のどに骨をたてて |
物不得食愁言故。 | 物え食はずと愁へ言へる。 | 物が食えないと言つております。 |
必是取。 |
かれかならずこれが取りつらむ」 とまをしき。 |
きつとこれが取つたのでしよう」 と申しました。 |
探した鉤=逆下針 |
||
於是探 赤海鯽魚之喉者。 |
ここに赤海鯽魚の喉を 探りしかば、 |
そこで鯛の喉を 探りましたところ、 |
有鉤。 | 鉤あり。 | 鉤があります。 |
即取出而。 | すなはち取り出でて | そこで取り出して |
清洗。 | 清洗すすぎて、 | 洗つて |
奉火遠理命之時。 | 火遠理の命に奉る時に、 | ホヲリの命に獻りました時に、 |
其綿津見大神。 | その綿津見の大神 | 海神が |
誨曰之。 | 誨をしへて曰さく、 | お教え申し上げて言うのに、 |
以此鉤。 | 「この鉤を | 「この鉤を |
給其兄時。 | その兄に給ふ時に、 | 兄樣にあげる時には、 |
言状者。 | のりたまはむ状は、 | |
此鉤者。 | この鉤は、 | この鉤は |
淤煩鉤。 | 淤煩鉤おばち、 |
貧乏鉤 びんぼうばりの 悲しみ鉤ばりだ |
須須鉤。 | 須須鉤すすち、 | |
貧鉤。 | 貧鉤まぢち、 | |
宇流鉤。 | 宇流鉤うるち | |
云而。 | といひて、 | と言つて、 |
〈於煩及 須須亦 宇流 六字以音〉 |
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於後手賜。 |
後手しりへでに 賜へ。 |
うしろ向きに おあげなさい。 |
然而。 | 然して | そして |
其兄 作高田者。 |
その兄 高田あげだを作らば、 |
兄樣が 高い所に田を作つたら、 |
汝命 營下田。 |
汝が命は 下田くぼだを營つくりたまへ。 |
あなたは 低い所に田をお作りなさい。 |
其兄 作下田者。 |
その兄 下田を作らば、 |
兄樣が 低い所に田を作つたら、 |
汝命 營高田。 |
汝が命は 高田を營りたまへ。 |
あなたは 高い所に田をお作りなさい。 |
爲然者。 | 然したまはば、 | そうなすつたら |
吾 掌水故 三年之間。 |
吾 水を掌しれば、 三年の間に |
わたくしが 水を掌つかさどつておりますから、 三年の間に |
必其兄貧窮。 | かならずその兄貧しくなりなむ。 | きつと兄樣が貧しくなるでしよう。 |
若恨怨 其爲然之事而。 |
もしそれ 然したまふ事を恨みて |
もし このようなことを恨んで |
攻戰者。 | 攻め戰はば、 | 攻め戰つたら、 |
出鹽盈珠 而溺。 |
鹽しほ盈みつ珠たまを 出して溺らし、 |
潮しおの滿みちる珠を 出して溺らせ、 |
若其 愁請者。 |
もしそれ 愁へまをさば、 |
もし 大變にあやまつて來たら、 |
出鹽乾珠 而活。 |
鹽しほ乾ふる珠たまを 出して活いかし、 |
潮しおの乾ひる珠を 出して生かし、 |
如此令 惚苦云。 |
かく惚苦たしなめたまへ」 とまをして、 |
こうしてお苦しめなさい」 と申して、 |
授 鹽盈珠。 |
鹽盈つ珠 | 潮の滿ちる珠 |
鹽乾珠。 | 鹽乾る珠 | 潮の乾る珠、 |
并兩箇。 |
并せて兩箇ふたつを 授けまつりて、 |
合わせて二つを お授け申し上げて、 |
即悉 召集和邇魚 問曰。 |
すなはち悉に 鰐どもをよび集へて、 問ひて曰はく、 |
悉く 鰐わにどもを呼び集め 尋ねて言うには、 |
今天津日高之御子。 | 「今天つ日高の御子 | 「今天の神の御子の |
虛空津日高。 | 虚空つ日高、 | 日ひの御子樣みこさまが |
爲將出幸 上國。 |
上うはつ國くにに 幸いでまさむとす。 |
上の國に おいでになろうとするのだが、 |
誰者。 | 誰は | お前たちは |
幾日送奉而。 | 幾日に送りまつりて、 | 幾日にお送り申し上げて |
覆奏。 | 覆かへりごと奏まをさむ」と問ひき。 | 御返事するか」と尋ねました。 |
佐比持神=一尋和邇 |
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故各隨己 身之尋長。 |
かれおのもおのもおのが 身の尋長たけのまにまに、 |
そこでそれぞれに 自分の身の長さのままに |
限日而白之中。 | 日を限りて白す中に、 | 日數を限つて申す中に、 |
一尋和邇。 | 一尋鰐白さく、 | 一丈の鰐わにが |
白僕者 一日送。 |
「僕あは 一日に送りまつりて、 |
「わたくしが 一日にお送り申し上げて |
即還來。 | やがて還り來なむ」とまをしき。 | 還つて參りましよう」と申しました。 |
故爾告其 一尋和邇。 |
かれここにその 一尋鰐に告りたまはく、 |
依つてその 一丈の鰐に |
然者 汝送奉。 |
「然らば 汝送りまつれ。 |
「それならば お前がお送り申し上げよ。 |
若渡海中時。 | もし海わた中を渡る時に、 | 海中を渡る時に |
無令惶畏。 | な惶畏かしこませまつりそ」とのりて、 | こわがらせ申すな」と言つて、 |
即載 其和邇之頸。 |
すなはちその鰐の頸に 載せまつりて、 |
その鰐の頸に お乘せ申し上げて |
送出。 | 送り出しまつりき。 | 送り出しました。 |
故如期。 | かれ期ちぎりしがごと | はたして約束通り |
一日之内 送奉也。 |
一日の内に 送りまつりき。 |
一日に お送り申し上げました。 |
其和邇 將返之時。 |
その鰐 返りなむとする時に、 |
その鰐が 還ろうとした時に、 |
解所 佩之紐小刀。 |
佩かせる紐小刀を 解かして、 |
紐の附いている小刀を お解きになつて、 |
著其頸 而返。 |
その頸に著けて 返したまひき。 |
その鰐の頸につけて お返しになりました。 |
故其一尋和邇者。 | かれその一尋鰐は、 | そこでその一丈の鰐をば、 |
於今謂 佐比持神也。 |
今に佐比持 さひもちの神といふ。 |
今でも サヒモチの神と言つております。 |
兄の下僕化 |
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是以備如 海神之 教言。 |
ここを以ちてつぶさに 海わたの神の 教へし言の如、 |
かくして悉く 海神の 教えた通りにして |
與其鉤。 | その鉤を與へたまひき。 | 鉤を返されました。 |
故自爾以後。 | かれそれより後、 | そこでこれより |
稍兪貧。 | いよよ貧しくなりて、 | いよいよ貧しくなつて |
更起荒心 迫來。 |
更に荒き心を起して 迫め來く。 |
更に荒い心を起して 攻めて來ます。 |
將攻之時。 | 攻めむとする時は、 | 攻めようとする時は |
出鹽盈珠而令溺。 | 鹽盈つ珠を出して溺らし、 | 潮の盈ちる珠を出して溺らせ、 |
其愁請者。 | それ愁へまをせば、 | あやまつてくる時は |
出鹽乾珠而救。 | 鹽乾る珠を出して救ひ、 | 潮の乾る珠を出して救い、 |
如此令惚苦之時。 | かく惚苦たしなめたまひし時に、 | 苦しめました時に、 |
稽首白。 | 稽首のみ白さく、 | おじぎをして言うには、 |
僕者自今以後。 | 「僕あは今よ以後のち、 | 「わたくしは今から後、 |
爲汝命之 晝夜 守護人而 仕奉。 |
汝が命の 晝夜よるひるの 守護人まもりびととなりて 仕へまつらむ」 とまをしき。 |
あなた樣の 晝夜の 護衞兵となつて お仕え申し上げましよう」 と申しました。 |
故至今。 | かれ今に至るまで、 | そこで今に至るまで |
其溺時之。 | その溺れし時の |
隼人はやとは その溺れた時の |
種種之態不絶。 | 種種の態わざ、 | しわざを演じて |
仕奉也。 | 絶えず仕へまつるなり。 | お仕え申し上げるのです。 |
豐玉毘賣の出産 |
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於是海神之女。 | ここに海わたの神の女 | ここに海神の女、 |
豐玉毘賣命。 | 豐玉とよたま毘賣の命、 | トヨタマ姫の命が |
自參出 白之。 |
みづからまゐ出て 白さく、 |
御自身で出ておいでになつて 申しますには、 |
妾已 妊身。 |
「妾あれ すでに妊めるを、 |
「わたくしは以前から 姙娠にんしんしておりますが、 |
今臨產時。 | 今産こうむ時になりぬ。 | 今御子を産むべき時になりました。 |
此念。 | こを念ふに、 | これを思うに |
天神之御子。 | 天つ神の御子、 | 天の神の御子を |
不可 生海原。 |
海原に生みまつるべきに あらず、 |
海中でお生うみ申し上ぐべきでは ございませんから |
故參出到也。 |
かれまゐ出きつ」 とまをしき。 |
出て參りました」 と申し上げました。 |
爾即 於其海邊 波限。 |
ここにすなはち その海邊の 波限なぎさに、 |
そこで その海邊の 波際なぎさに |
以鵜羽 爲葺草。 |
鵜の羽を 葺草かやにして、 |
鵜うの羽を 屋根にして |
造產殿。 | 産殿うぶやを造りき。 | 産室を造りましたが、 |
於是其產殿。 | ここにその産殿うぶや、 | その産室が |
未葺合。 | いまだ葺き合へねば、 | まだ葺き終らないのに、 |
不忍 御腹之急。 |
御腹の急ときに 忍あへざりければ、 |
御子が 生まれそうになりましたから、 |
故入坐產殿。 | 産殿に入りましき。 | 産室におはいりになりました。 |
爾將方產之時。 | ここに産みます時にあたりて、 | その時 |
白其日子言。 | その日子ひこぢに白して言はく、 | 夫の君に申されて言うには |
凡佗國人者。 | 「およそ他あだし國の人は、 | 「すべて他國の者は |
臨產時。 | 産こうむ時になりては、 | 子を産む時になれば、 |
以本國之形 產生。 |
本もとつ國の形になりて 生むなり。 |
その本國の形になつて 産むのです。 |
故妾 今以本身爲 產。 |
かれ、妾も 今本もとの身になりて 産まむとす。 |
それでわたくしも もとの身になつて 産もうと思いますが、 |
願勿見妾。 |
願はくは妾をな見たまひそ」 とまをしたまひき。 |
わたくしを御覽遊ばしますな」 と申されました。 |
八尋和邇 | ||
於是思奇 其言。 |
ここにその言を 奇しと思ほして、 |
ところがその言葉を 不思議に思われて、 |
竊伺 其方產者。 |
そのまさに産みますを 伺見かきまみたまへば、 |
今盛んに子をお産みになる 最中さいちゆうに 覗のぞいて御覽になると、 |
化八尋和邇而。 | 八尋鰐になりて、 | 八丈もある長い鰐になつて |
匍匐委蛇。 | 匍匐はひもこよひき。 | 匐はいのたくつておりました。 |
即見驚畏而。 | すなはち見驚き畏みて、 | そこで畏れ驚いて |
遁退。 | 遁げ退そきたまひき。 | 遁げ退きなさいました。 |
爾 豐玉毘賣命。 |
ここに 豐玉とよたま毘賣の命、 |
しかるに トヨタマ姫の命は |
知 其伺見之事。 |
その伺見かきまみたまひし事を 知りて、 |
窺見のぞきみなさつた事を お知りになつて、 |
以爲心恥。 | うら恥やさしとおもほして、 | 恥かしい事にお思いになつて |
乃生置其御子而。 |
その御子を生み置きて 白さく、 |
御子を産み置いて |
白妾 恆通海道。 |
「妾あれ、 恆は海道うみつぢを通して、 |
「わたくしは 常に海の道を通つて |
欲往來。 | 通はむと思ひき。 | 通かよおうと思つておりましたが、 |
然。 伺見 吾形。 |
然れども 吾が形を 伺見かきまみたまひしが、 |
わたくしの形を 覗のぞいて御覽になつたのは |
是甚怍。 | いと怍はづかしきこと」とまをして、 | 恥かしいことです」と申して、 |
之即塞海坂 而返入。 |
すなはち海坂うなさかを塞せきて、 返り入りたまひき。 |
海の道をふさいで 歸つておしまいになりました。 |
あえずの命 |
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是以名 其所產之御子。 |
ここを以ちて その産うみませる御子に名づけて、 |
そこで お産うまれになつた御子の名を |
謂 天津 日高日子 波限建 鵜葺草葺不合命。 |
天あまつ 日高日子ひこひこ 波限建なぎさたけ 鵜葺草葺合 うがやふきあへずの命 とまをす。 |
アマツ ヒコヒコ ナギサタケ ウガヤフキアヘズの命 と申し上げます。 |
〈訓波限云那藝佐。 訓葺草云加夜〉 |
玉依毘賣への歌 |
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---|---|---|
然後者。 | 然れども後には、 | しかしながら後には |
雖恨 其伺情。 |
その伺見かきまみたまひし 御心を恨みつつも、 |
窺見のぞきみなさつた 御心を恨みながらも |
不忍 戀心。 |
戀こふる心に え忍あへずして、 |
戀しさに お堪えなさらないで、 |
因治養 其御子之縁。 |
その御子を 養ひたしまつる縁よしに因りて、 |
その御子を 御養育申し上げるために、 |
附 其弟 玉依毘賣而。 |
その弟いろと 玉依毘賣に 附けて、 |
その妹の タマヨリ姫を差しあげ、 それに附けて |
獻歌之。 | 歌獻りたまひき。 | 歌を差しあげました。 |
其歌曰。 | その歌、 | その歌は、 |
阿加陀麻波 袁佐閇比迦禮杼 | 赤玉は 緒さへ光ひかれど、 | 赤い玉は 緒おまでも光りますが、 |
斯良多麻能 岐美何余曾比斯 | 白玉の 君が裝よそひし | 白玉のような 君のお姿は |
多布斗久阿理祁理 | 貴くありけり。 | 貴たつといことです。 |
爾其 比古遲。 〈三字以音〉 |
かれその 日子 ひこぢ |
そこでその 夫の君が |
答歌曰。 | 答へ歌よみしたまひしく、 | お答えなさいました歌は、 |
意岐都登理 加毛度久斯麻邇 | 奧おきつ鳥 鴨著どく島に | 水鳥みずとりの鴨かもが 降おり著つく島で |
和賀韋泥斯 伊毛波和須禮士 | 我が率寢ゐねし 妹は忘れじ。 | 契ちぎりを結んだ 私の妻は忘れられない。 |
余能許登碁登邇 | 世の盡ことごとに。 | 世の終りまでも。 |
ホオリの葬り |
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---|---|---|
故 日子 穗穗手見命者。 |
かれ 日子 穗穗出見の命は、 |
この ヒコ ホホデミの命は |
坐高千穗宮。 | 高千穗の宮に | 高千穗の宮に |
伍佰捌拾歳。 |
五百八拾歳 いほちまりや そとせましましき。 |
五百八十年 おいでなさいました。 |
御陵者。 | 御陵はかは | 御陵ごりようは |
即在其 高千穗 山之西也。 |
その高千穗の 山の西にあり。 |
その高千穗の 山の西にあります。 |
あえずの命の系譜 |
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是天津 日高日子 波限建 鵜葺草葺 不合命。 |
この天つ 日高日子 波限建 鵜葺草葺 合へずの命、 |
アマツ ヒコヒコ ナギサタケ ウガヤフキ アヘズの命は、 |
娶其姨。 玉依毘賣命。 |
その姨みをば 玉依毘賣の命に娶ひて、 |
叔母の タマヨリ姫と結婚して |
生御子名。 | 生みませる御子の名は、 | お生みになつた御子の名は、 |
五瀨命。 | 五瀬の命、 | イツセの命・ |
次 稻氷命。 |
次に稻氷 いなひの命、 |
イナヒの命・ |
次 御毛沼命。 |
次に御毛沼 みけぬの命、 |
ミケヌの命・ |
次 若御毛沼命。 |
次に若御毛沼 わかみけぬの命、 |
ワカミケヌの命、 |
亦名 豐御毛沼命。 |
またの名は 豐御毛沼 とよみけぬの命、 |
またの名は トヨミケヌの命、 |
亦名 神倭 伊波禮毘古命。 |
またの名は 神倭 伊波禮毘古 かむやまと いはれびこの命 |
またの名は カムヤマト イハレ彦の命の |
〈四柱〉 | 四柱。 | 四人です。 |
故 御毛沼命者。 |
かれ 御毛沼の命は、 |
ミケヌの命は |
跳波穗。 | 波の穗を跳ふみて、 | 波の高みを蹈んで |
渡坐于 常世國。 |
常世の國に 渡りまし、 |
海外の國へと お渡りになり、 |
稻氷命者。 | 稻氷の命は、 | イナヒの命は |
爲妣國而。 | 妣ははの國として、 | 母の國として |
入坐 海原也。 |
海原に 入りましき。 |
海原に おはいりになりました。 |