原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | 依つてスサノヲの命は |
乃於湯津爪櫛取成 其童女而。 |
その童女をとめを 湯津爪櫛ゆつつまぐしに取らして、 |
その孃子おとめを 櫛くしの形かたちに變えて |
刺御美豆良。 | 御髻みみづらに刺さして、 | 御髮おぐしにお刺さしになり、 |
告其 足名椎 手名椎神。 |
その 足名椎、 手名椎の神に告りたまはく、 |
その アシナヅチ・ テナヅチの神に仰せられるには、 |
汝等。 | 「汝等いましたち、 | 「あなたたち、 |
釀八鹽折之酒。 | 八鹽折やしほりの酒を釀かみ、 | ごく濃い酒を釀かもし、 |
且作廻垣。 | また垣を作り廻もとほし、 | また垣を作り廻して |
於其垣作八門。 | その垣に八つの門を作り、 | 八つの入口を作り、 |
每門結八佐受岐。 〈此三字以音〉 |
門ごとに 八つのさずきを結ゆひ、 |
入口毎に 八つの物を置く臺を作り、 |
每其佐受岐 置酒船而。 |
そのさずきごとに 酒船を置きて、 |
その臺毎に 酒の槽おけをおいて、 |
每船盛 其八鹽折酒 而待。 |
船ごとに その八鹽折の酒を盛りて 待たさね」とのりたまひき。 |
その濃い酒をいつぱい入れて 待つていらつしやい」と仰せになりました。 |
故隨告而。 | かれ告りたまへるまにまにして、 | そこで仰せられたままに |
如此設備待之時。 | かく設まけ備へて待つ時に、 | かように設けて待つている時に、 |
其八俣遠呂智。 | その八俣やまたの大蛇をろち、 | かの八俣の大蛇が |
信如言來。 | 信まことに言ひしがごと來つ。 | ほんとうに言つた通りに來ました。 |
乃 每船 垂入己頭。 飮其酒。 |
すなはち 船ごとに 己おのが頭を乘り入れて その酒を飮みき。 |
そこで 酒槽さかおけ毎に それぞれ首を乘り入れて 酒を飮みました。 |
於是飮醉。 留伏寢。 |
ここに飮み醉ひて留まり 伏し寢たり。 |
そうして醉つぱらつてとどまり 臥して寢てしまいました。 |
爾速須佐之男命。 | ここに速須佐の男の命、 | そこでスサノヲの命が |
拔其所御佩之 十拳劔。 |
その御佩みはかしの 十拳とつかの劒を拔きて、 |
お佩きになつていた 長い劒を拔いて |
切散其蛇者。 | その蛇を切り散はふりたまひしかば、 | その大蛇をお斬り散らしになつたので、 |
肥河 變血而流。 |
肥ひの河 血に變なりて流れき。 |
肥の河が 血になつて流れました。 |
故。切其中尾時。 |
かれその中の尾を 切りたまふ時に、 |
その大蛇の中の尾を お割きになる時に |
御刀之刄毀。 | 御刀みはかしの刃毀かけき。 | 劒の刃がすこし毀かけました。 |
爾思怪。 | ここに怪しと思ほして、 | これは怪しいとお思いになつて |
以御刀之前。 | 御刀の前さきもちて | 劒の先で割いて |
刺割而見者。 | 刺し割きて見そなはししかば、 | 御覽になりましたら、 |
在都牟刈之大刀。 | 都牟羽つむはの大刀あり。 | 鋭い大刀がありました。 |
故。取此大刀。 | かれこの大刀を取らして、 | この大刀をお取りになつて |
思異物而。 | 異けしき物ぞと思ほして、 | 不思議のものだとお思いになつて |
白上於 天照大御神也。 |
天照らす大御神に 白し上げたまひき。 |
天照らす大神に 獻上なさいました。 |
是者 草那藝之大刀也。 〈那藝二字以音〉 |
こは 草薙くさなぎの大刀なり。 |
これが 草薙の劒でございます。 |
ヤマタ大蛇から剣が出てきたのは、八幡とかかりヤマトの製鉄(タタラのタタリ)。続く因幡はその補強材料。ちなみに古事記は大和に朝廷がある時に書かれている。
足名椎・手名椎はタタラ鍛冶。
巳の内の剣で、己の身内に飲み込んでいる痛み、酒を飲んで忘れて寝る。
肥の河が血になりとは、人が傷つきすぎて体験を肥やしに糧にしきれない。
蛇から出た剣、というわけで邪剣。
この視点は渡来のもの(太安万侶はどこから見ても渡来系の名)。古事記は徹底して野蛮な権力暴力とそれを皮肉る滑稽(おかしさ)と弱者の悲しみとこれらをやわらげる歌の心で描かれ、公の正史としての日本書紀は翼賛で書かれる。
尊あはれに思し召し、この少女をゆつつま櫛にとりなし、御髪にさしかくさせ給ひ、八の舟に酒を入れ、美女の姿をつくつて、たかき岡に立つ。
その影酒にうつれり、大蛇人と思つてその影をあくまでのんで、酔ひ臥したりけるを、尊はき給へる十つかの剣を抜いて、大蛇をくだくだに切り給ふ。
その中に一の尾にいたつて切れず。尊あやりと思し召し、たてさまにわつて御覧ずれば、一の霊剣あり。これをとつて、天照大神に奉り給ふ。
「これは昔、高天原にて我が落としたりし剣なり」とぞ宣ひける。
大蛇の尾の中にありける時は、村雲常におほひければ、あまの村雲の剣とぞ申しける。御神これを見て、あめの宮の御宝とし給ふ。