原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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爾其后。 | ここにその后きささ | そこで、そのお妃きさきが、 |
取大御酒坏。 | 大御酒杯さかづきを取らして、 | 酒盃さかずきをお取りになり、 |
立依指擧而。 | 立ち依り指擧ささげて、 | 立ち寄り捧げて、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌いになつた歌、 |
夜知富許能 加微能美許登夜 | 八千矛の 神の命や、 | ヤチホコの神樣かみさま、 |
阿賀淤富久邇奴斯。 | 吾あが大國主。 | わたくしの大國主樣おおくにぬしさま。 |
那許曾波 遠邇伊麻世婆 | 汝なこそは 男をにいませば、 | あなたこそ男ですから |
宇知微流 斯麻能佐岐耶岐 | うち廻みる 島の埼埼 | 廻つている岬々みさきみさきに |
加岐微流 伊蘇能佐岐淤知受 | かき廻みる 磯の埼おちず、 | 廻つている埼さきごとに |
和加久佐能 都麻母多勢良米 | 若草の 嬬つま持たせらめ。 | 若草のような方をお持ちになりましよう。 |
阿波母與 賣邇斯阿禮婆 | 吾あはもよ 女めにしあれば、 | わたくしは女おんなのことですから |
那遠岐弖 遠波那志 | 汝なを除きて 男をは無し。 | あなた以外に男は無く |
那遠岐弖 都麻波那斯 | 汝なを除て 夫つまは無し。 | あなた以外に夫おつとはございません。 |
阿夜加岐能 布波夜賀斯多爾 | 文垣あやかきの ふはやが下に、 | ふわりと垂たれた織物おりものの下で、 |
牟斯夫須麻 爾古夜賀斯多爾 | 蒸被むしぶすま 柔にこやが下に、 | 暖あたたかい衾ふすまの柔やわらかい下したで、 |
多久夫須麻 佐夜具賀斯多爾 | たくぶすま さやぐが下に、 | 白しろい衾ふすまのさやさやと鳴なる下したで、 |
阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 | 沫雪あわゆきの わかやる胸を | 泡雪あわゆきのような若々しい胸を |
多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 | たくづのの 白き臂ただむき | コウゾの綱のような白い腕で、 |
曾陀多岐 多多岐麻那賀理 | そ叩だたき 叩きまながり | そつと叩いて手をさしかわし |
麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 | ま玉手 玉手差し纏まき | 玉のような手を廻して |
毛毛那賀邇 伊遠斯那世 | 股長ももながに 寢いをしなせ。 | 足をのばしてお休み遊ばせ。 |
登與美岐 多弖麻都良世 | 豐御酒とよみき たてまつらせ。 | おいしいお酒さけをお上あがり遊あそばせ。 |
如此歌。 | かく歌ひて、 | そこで |
即爲 宇伎由比〈四字以音〉而。 |
すなはち 盞うき結ゆひして、 |
盃さかずきを取とり交かわして、 |
宇那賀氣理弖。 〈六字以音〉 |
項懸うながけりて、 | 手てを懸かけ合あつて、 |
至今鎭坐也。 | 今に至るまで鎭ります。 | 今日までも鎭しずまつておいでになります。 |
此謂之 神語也。 |
こを 神語かむがたりといふ。 |
これらの歌は 神語かむがたりと申す歌曲かきよくです。 |