原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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故 刺左之 御美豆良 〈三字以音 下效此〉 |
かれ 左の御髻 みみづらに 刺させる |
あまり 待ち遠だつたので 左の耳のあたりに つかねた髮に 插さしていた |
湯津津間櫛之 男柱 一箇 取闕而。 |
湯津爪櫛 ゆつつまぐしの男柱 一箇ひとつ 取り闕かきて、 |
清らかな櫛の 太い齒を 一本 闕かいて |
燭 一火。 |
一ひとつ火び 燭ともして |
一本ぽん火びを 燭とぼして |
入見之時。 | 入り見たまふ時に、 | 入つて御覽になると |
宇士 多加禮 斗呂呂岐弖。 〈此十字以音〉 |
蛆うじ たかれ ころろぎて、 |
蛆うじが 湧わいて ごろごろと 鳴つており、 |
於頭者 大雷居。 |
頭には 大雷おほいかづち居り、 |
頭には 大きな雷が居、 |
於胸者 火雷居。 |
胸には 火ほの雷居り、 |
胸には 火の雷が居、 |
於腹者 黑雷居 |
腹には 黒雷居り、 |
腹には 黒い雷が居、 |
於陰者 拆雷居。 |
陰ほとには 拆さく雷居り、 |
陰には さかんな雷が居、 |
於左手者 若雷居。 |
左の手には 若わき雷居り、 |
左の手には 若い雷が居、 |
於右手者 土雷居。 |
右の手には 土つち雷居り、 |
右の手には 土の雷が居、 |
於左足者 鳴雷居。 |
左の足には 鳴なる雷居り、 |
左の足には 鳴る雷が居、 |
於右足者 伏雷居。 |
右の足には 伏ふし雷居り、 |
右の足には ねている雷が居て、 |
并 八雷神 成居。 |
并はせて 八くさの雷神 成り居りき。 |
合わせて 十種(訳文ママ)の雷が 出現していました。 |
於是 伊邪那岐命 見畏而。 |
ここに 伊耶那岐の命、 見み畏かしこみて |
そこで イザナギの命が 驚いて |
逃還之時。 | 逃げ還りたまふ時に、 | 逃げてお還りになる時に |
其妹 伊邪那美命。 |
その妹 伊耶那美の命、 |
イザナミの命は |
言 令見 辱吾。 |
「吾に 辱はぢ見せつ」 と言ひて、 |
「わたしに 辱はじをお見せになつた」 と言つて |
即遣 豫母都 志許賣。 〈此六字以音〉 |
すなはち 黄泉醜女 よもつしこめを 遣して |
黄泉よみの國の 魔女を 遣やつて |
令追。 | 追はしめき。 | 追おわせました。 |
爾 伊邪那岐命。 |
ここに 伊耶那岐の命、 |
よつて イザナギの命が |
取 黑御鬘 投棄。 |
黒御鬘 くろみかづらを 投げ棄うてたまひしかば、 |
御髮につけていた 黒い木の蔓つるの輪を 取つてお投げになつたので |
乃 生蒲子。 |
すなはち 蒲子えびかづら生なりき。 |
野葡萄のぶどうが 生はえてなりました。 |
是摭 食之間。 |
こを摭ひりひ 食はむ間に |
それを取つて たべている間に |
逃行。 | 逃げ行いでますを、 | 逃げておいでになるのを |
猶追。 | なほ追ひしかば、 | また追いかけましたから、 |
亦刺 其右御美豆良之 湯津津間櫛 引闕而。 |
また その右の御髻に刺させる 湯津爪櫛を 引き闕きて |
今度は 右の耳の邊につかねた髮に 插しておいでになつた 清らかな櫛の齒はを闕かいて |
投棄。 | 投げ棄うてたまへば、 | お投げになると |
乃 生笋。 |
すなはち 笋たかむな生なりき。 |
筍たけのこが生はえました。 |
是拔食之間。 | こを拔き食はむ間に、 | それを拔いてたべている間に |
逃行。 | 逃げ行でましき。 | お逃げになりました。 |
且後者。 | また後には | 後のちには |
於其 八雷神。 |
かの 八くさの雷神に、 |
あの女神の 身體中からだじゆうに生じた 雷の神たちに |
副 千五百之 黃泉軍。 |
千五百ちいほの 黄泉軍よもついくさを 副たぐへて |
澤山の 黄泉よみの國の魔軍を 副えて |
令追。 | 追はしめき。 | 追おわしめました。 |
爾 拔所御佩之 十拳劔而於 後手 布伎都都。 〈此四字以音〉 |
ここに 御佩みはかしの 十拳とつかの劒を拔きて、 後手しりへでに 振ふきつつ |
そこで さげておいでになる 長い劒を拔いて 後の方に 振りながら |
逃來。 | 逃げ來ませるを、 | 逃げておいでになるのを、 |
猶追 到黃泉比良 〈此二字以音〉 坂之坂本時。 |
なほ追ひて 黄泉比良坂 よもつひらさかの 坂本に到る時に、 |
なお追つて、 黄泉比良坂 よもつひらさかの 坂本さかもとまで來た時に、 |
取在 其坂本 桃子三箇。 |
その坂本なる 桃ももの子み 三つをとりて |
その坂本にあつた 桃の實みを 三つとつて |
待撃者。 | 持ち撃ちたまひしかば、 | お撃ちになつたから |
悉逃返也。 | 悉に逃げ返りき。 | 皆逃げて行きました。 |
爾 伊邪那岐命 告其 桃子。 |
ここに 伊耶那岐の命、 桃ももの子みに 告のりたまはく、 |
そこで イザナギの命は その桃の實に、 |
汝如 助吾。 |
「汝いまし、 吾を助けしがごと、 |
「お前が わたしを助けたように、 |
於 葦原中國 所有 宇都志伎 〈此四字以音〉 青人草之。 |
葦原の中つ國に あらゆる 現うつしき 青人草の、 |
この 葦原あしはらの中の國に 生活している 多くの人間たちが |
落苦瀨而。 | 苦うき瀬に落ちて、 | 苦しい目にあつて |
患惚時。 | 患惚たしなまむ時に | 苦しむ時に |
可助告。 | 助けてよ」とのりたまひて、 | 助けてくれ」と仰せになつて |
賜名號 意富加牟豆美命。 〈自意至美以音〉 |
意富加牟豆美 おほかむづみの命 といふ名を賜ひき。 |
オホ カムヅミの命 という名を下さいました。 |