目次
・あらすじ(大意)
・原文
・現代語訳(逐語解説)
色ゆるされたる
あひ知りたり いとかたは
人の見るをも知で
沓はとりて奥になげ入れ かくかたは
恋せじといふ祓の具 御手洗川
この帝 流し あまの刈る藻に
声はをかしう
見るべきにもあらで いざなはれ
注記
昔、後宮で色が許された女(帝から目をかけられていなかった女)がいた。
そこに在原なりける男が目をつけ言い寄り、拒絶されてもつきまとい、女が帝に陳情しやっとのことで流されたが、追放先からもつきまとってきた話。
これを一般には、女が拒絶しつつも、それは宮中での建前で、実は会いたい者同士と解するが違う。
このような見方は63段で「在五」が女を罵倒しながら、そこに謎のロマンを見出す一般の訳と同様。しかしそれらは道理に反した勝手な思い込み。
その根拠が、
例の、このみ曹司には、人の見るをも知でのぼりゐければ、この女思ひわびて里へゆく。
されば、何の、よきこととて思ひて、いき通ひければ、みな人聞きてわらひけり。つとめて主殿司の見るに、沓はとりて奥になげ入れてのぼりぬ
主殿司とは、後宮の管理人。後宮でのこのような描写で、著者・主人公とどうしてみなせる。著者で主人公は縫殿の六歌仙。それで何も問題ない。
(縫殿は、後宮の女官人事も担当。なのでここでも内部目線で記しているし、だから二条の后とも近かった)
み曹司とは、お馴染みの、ボンボンという意味。この表現で、周囲の冷笑にめげないとか、靴を奥にしまってなどと解するが、どうみても無理。
ただ極まった描写でしかない。宮中で作法を守ることは命。上記のような描写は宮中では死と同じ。この動物同然が、二条や伊勢と? ありえない。
つまり全て業平ありきのこじつけ。伊勢の占奪。だから二条がらみの恋愛云々も、全て幼稚な噂と、5段・6段で説明されている。
古今の認定こそ、その象徴。ちはやぶるの屏風の話もそう。屏風云々は古今の認定しか根拠がない。つまり自分達で証拠を作り出した。
そうしたのは、噂が先行し古今の撰者達も(ただし貫之は除く)、伊勢を業平の日記と勝手にみなしたから。
しかし何一つ根拠がない、肝心の部分で相容れない。だから一つだけでも変な話を紛れ込ませた。
そしてその一つだけの、これみよがしのルアーに、という構図。いや、むしろそれが最後の拠り所だったともいえる。
しかしどうあがいても、結局その内容は伊勢から離れられない。なぜなら、業平には歌の実力など何もないからだ。伊勢がなくなれば何もない。
伊勢ほどの実力があるなら、伊勢以外の歌が何一つ古今に収録されないのはおかしい。いやそもそも噂通りのバカなら和歌など詠める訳はない。
いや、詠めることもある、とか思えるのが、和歌を読めてない人達。
誰でも詠めるような内容しか読めていないから、簡単にそう思える。確かに普通のレベルならそうだ。しかし伊勢は違う。
男女 及び 和歌 |
定家本 |
武田本 (定家系) |
朱雀院塗籠本 (群書類従本) |
---|---|---|---|
第65段 在原なりける男 | |||
むかし、 | むかし、 | 昔。 | |
♀ | おほやけおぼしてつかう給ふ女の、 | おほやけおぼして、つかうたまふ女の、 | みかどの時めきつかはせ給ふ女。 |
色ゆるされたるありけり。 | いろゆるされたるありけり。 | 色ゆるされたる有けり。 | |
大御息所とて | おほみやすん所とて | あほみやす所とて | |
いますがりけるいとこなりけり。 | いますかりけるいとこなりけり。 | いまそかりけるが御いとこなりけり。 | |
殿上にさぶらひける | 殿上にさぶらひける | 殿上につかはせ給ひける。 | |
在原なりける男の、 | ありはらなりけるおとこの、 | ありはらなりける男。 | |
まだいと若かりけるを、 | まだいとわかゝりけるを、 | ||
この女あひ知りたりけり。 | この女あひしりたりけり。 | ||
男、女方ゆるされたりければ、 | おとこ、女がたゆるされたりければ、 | 女がたゆるされたりければ。 | |
女のある所に来てむかひをりければ、 | 女のある所にきて、むかひをりければ、 | 女のある所にいきて。むかひをりければ。 | |
女、いとかたはなり。身も滅ぶなむ。 | 女、いとかたはなり、身もほろびなむ、 | 女いとかたはなり。身もほろびなん。 | |
かくなせそといひければ、 | かくなせそ、といひければ、 | かくなせそといひければ。 | |
♪ 118 |
思ふには 忍ぶることぞ負けにける |
おもふには しのぶることぞまけにける |
思ふには 忍ふることそ負にける |
逢ふにしかへば さもあらばあれ |
あふにしかへば さもあらばあれ |
逢にしかへは さもあらはあれ |
|
といひて、曹司におり給へれば、 | といひて、ざうしにおりたまへれば、 | といひて。さうしにおりたまへば。 | |
例の、このみ曹司には、 | れいのこのみざうしには、 | いとゞさうしには。 | |
人の見るをも知でのぼりゐければ、 | 人の見るをもしらでのぼりゐければ、 | 人の見るをもしのばでのぼりゐければ。 | |
この女思ひわびて里へゆく。 | この女、おもひわびてさとへゆく。 | 此女思ひわびてさとへゆきければ。 | |
されば、何の、よきこととて思ひて、 | されば、なにのよき事と思ひて、 | なにのよきこととおもひて | |
いき通ひければ、 | いきかよひければ、 | ゆきかよふに。 | |
みな人聞きてわらひけり。 | みなひときゝてわらひけり。 | みな人きゝてわらひけり。 | |
つとめて | つとめて、 | つとめて | |
主殿司の見るに、 | とのもづかさの見るに、 | とのも(とのもり一本)づかさの見るに。 | |
沓はとりて奥になげ入れてのぼりぬ。 | くつはとりて、おくになげいれてのぼりぬ。 | くつはとりておくになげいれてのぼりゐて。 | |
かくかたはにしつゝありわたるに、 | かくかたはにしつゝありわたるに、 | かくかたはにしつゝありわたるよ。 | |
身もいたづらになりぬべければ | 身もいたづらになりぬべければ、 | 身もいたづらになりぬべければ。 | |
つひに滅びぬべしとて、 | つゐにほろびぬべしとて、 | つゐにほろびぬベしとて。 | |
この男、 | このおとこ、 | この男 | |
いかにせむ。 | いかにせむ、 | いかにせん。 | |
我がかゝる心やめ給へとて | わがかゝるこゝろやめたまへと、 | わかゝる[がかゝるイ]心やめ給へと。 | |
ほとけ神にも申しけれど、 | ほとけ神にも申けれど、 | ほとけ神にも申けれど。 | |
いやまさりにのみ覚えつつ、 | いやまさりにのみおぼえつゝ、 | いやまさりつゝおぼえつゝ。 | |
なほわりなく | なをわりなく | なをわりなく | |
恋しうのみ覚えければ、 | こひしうのみおぼえければ、 | こひしきことのみおぼえければ。 | |
陰陽師、巫よびて、 | おむやうじ、かむなぎよびて、 | かんなぎをんやうじして。 | |
恋せじといふ祓の具して | こひせじといふはらへのぐして | こひせじといふみそぎのぐして | |
なむいきける。 | なむいきける。 | なんいきける。 | |
祓へけるまゝに、 | はらへけるまゝに、 | はらへけるまゝに | |
いとど悲しきこと数まさりて、 | いとかなしきことかずまさりて、 | いとゞかなしきことのみかずまさりて。 | |
ありしよりけに恋しくのみ覚えければ、 | ありしよりけにこひしくのみおぼえければ | ありしよりけに戀しくのみおぼえければ。 | |
♪ 119 |
恋せじと 御手洗川にせしみそぎ |
恋せじと みたらしがはにせしみそぎ |
戀せしと みたらし河にせしみそき |
神はうけずも なりにけるかな |
神はうけずも なりにけるかな |
神はうけすも 成にける哉(けらしも古今) |
|
といひてなむ往にける。 | といひてなむいにける。 | といひてなんきにける。 | |
この帝は | このみかどは | このみかどは。 | |
顔かたちよくおはしまして、 | かほかたちよくおはしまして、 | 御かほかたちよくおはしまして。 | |
仏の御名を、御心に入れて、 | ほとけの御なを御心にいれて、 | 曉には佛の御名を心にいれて。 | |
御声はいと尊くて申し給ふを聞きて、 | 御こゑはいとたうとくて申たまふをきゝて、 | 御聲はいとたうとくて申給ふを聞て。 | |
女はいたう泣きけり。 | 女はいたうなきけり。 | 此女はいたうなげきけり。 | |
かゝる君に仕うまつらで、 | かゝるきみにつかうまつらで、 | かゝる君につかうまつらで。 | |
宿世つたなく悲しきこと、 | すくせつたなくかなしきこと、 | すぐせつたなうかなしきこと。 | |
この男にほだされてとてなむ泣きにける。 | このおとこにほだされてとてなむなきける。 | 此男にほだされてと思ひてなんなきける。 | |
かゝるほどに帝聞しめして、 | かゝるほどに、みかどきこしめしつけて、 | かゝるほどに。みかどきこしめしつけて。 | |
この男をば流しつかはしてければ、 | このおとこをば、ながしつかはしてければ、 | 此男ながしつかはしければ。 | |
この女のいとこの御息所、 | この女のいとこのみやすどころ、 | あの女をば。 | |
女をばまかでさせて、 | 女をばまかでさせて、 | いとこの宮す所まかでさせて。 | |
蔵に籠めてしをり給うければ、 | くらにこめてしおりたまふければ、 | とののくらにこめてしほり給ひければ。 | |
蔵に籠りて泣く。 | くらにこもりてなく。 | くらにこもりて。なく〳〵。 | |
♪ 120 |
あまの刈る 藻にすむ虫の我からと |
あまのかる もにすむゝしのわれからと |
蜑のかる もにすむ虫の我からと |
音をこそなかめ 世をばうらみじ |
ねをこそなかめ 世をばうらみじ |
ねを社なかめ 世をは恨みし |
|
と泣きれば、 | となきをれば、 | となきをれば。 | |
この男、 | このおとこは、 | 此男は | |
人の国より夜ごとに来つゝ、 | 人のくにより夜ごとにきつゝ、 | 人の國より夜ごとにきつゝ。 | |
笛をいとおもしろく吹きて、 | ふえをいとおもしろくふきて、 | 笛いとおもしろくふきて。 | |
声はをかしうてぞ、あはれにうたひける。 | こゑはおかしうてぞあはれにうたひける。 | 聲はいとおかしくてうたをぞうたひける。 | |
かゝれば、この女は蔵に籠りながら、 | かゝれば、この女はくらにこもりながら、 | 此女くらにこもりながら。 | |
それにぞあなるとは聞けど、 | それにぞあなるとはきけど、 | そこにぞあなりとはきゝけれど。 | |
あひ見るべきにもあらでなむありける。 | あひ見るべきにもあらでなむありける。 | 逢見るベきにもあらで。かくなん。 | |
♪ 121 |
さりともと 思ふらむこそ悲しけれ |
さりともと 思ふらむこそかなしけれ |
さり共と 思ふらん社悲しけれ |
あるにもあらぬ 身を知らずして |
あるにもあらぬ 身をしらずして |
有にもあらぬ 身をはしらすて |
|
と思ひをり。 | とおもひをり。 | とおもひをり。 | |
男は女しあはねば、 | おとこは女しあはねば、 | おとこは女しあはねば。 | |
かくしありきつゝ | かくしありきつゝ、 | かくしありきつゝ | |
人の国にありきてかくうたふ。 | 人のくにゝありきてかくうたふ。 | うたふ。 | |
♪ 122 |
いたづらに 行きては来ぬるものゆゑに |
いたづらに ゆきてはきぬるものゆへに |
徒に 行てはかへる物ゆへに |
見まくほしさに いざなはれつゝ |
見まくほしさに いざなはれつゝ |
見まくほしさに いさなはれつゝ |
|
水尾の御時 | 水のおの御時 |
水のおの御時の事 (ニ條のきさきともこのことは一本) |
|
なるべし。 | なるべし。 | なるべし。 | |
大御息所も染殿の后なり。 | おほみやすん所もそめどのゝきさきなり。 | おほみやす所とは。そめどのの后なり。 | |
五条の后とも。 | 五条のきさきとも。 | ||
むかし、おほやけおぼしてつかう給ふ女の、色ゆるされたるありけり。
大御息所とていますがりけるいとこなりけり。
むかし
おほやけおぼしてつかう給ふ女の
宮でめかけとして仕える(つまり後宮の)女の
おほやけ 【公】
:①朝廷。②天皇。
ここではどちらも含む。
おぼし 【覚し・思し】
:思われる。
ここでは①の②が目をかける。それを包んで「おぼし」。メカケはえぐいので。
おぼしてつかう:一般的な思し召しの召しを「つかう」にかけて省略。
つまり、天皇・宮中・朝廷を全然あげないフラットな表現。竹取同様の。
一般ではこれを地位が高いからとみるが違う。そういう人々は自らの序列の源泉を貶めまい。
さらに、後段の帝に対する大袈裟な表現はただの儀礼でしているということ。
色ゆるされたるありけり
所帯もちを許されたものがいた。
これは、目はかけられていなかった(メカケ以前)ということをトンチで言い換えた表現。
素朴に考え、後宮の女性が自由恋愛を許されることはない。帝の面子丸つぶれ。
放置しているなら事実上そういうこと、という攻めた表現。
「男、女方ゆるされたり」とリンクしているので、つまり業平も無資格なのに放置されていただけ。
大御息所とて
さりとて普通の女御ではなく、天皇の母の
いますがりけるいとこなりけり
いとこであった。
(それなりの立場。つまり小町のように押されて飛ぶ存在ではない。それでも里に戻ったが。)
殿上にさぶらひける在原なりける男の、まだいと若かりけるを、
この女あひ知りたりけり。
殿上にさぶらひける
殿上に仕えている
殿上
:形式面で、四位五位で特別な人のいる所。
地下→殿上→上達部。つまり貴族では中以下。並。
在原なりける男の
在原とかいう(業ける)男の
なりひらと、なりけるをかけている。
まだいと若かりけるを
まだとても若い時分、
この女あひ知りたりけり
この女を知ってしまった。
(前の文脈から、こいつに「目をつけられてしまった」)
「あひ」は思い合っているという意味ではなく強調の意味。「あひ知り」で「知りあい」じゃないって。あいやコイツ知ってもうたがな。
一般の訳は外では抵抗しつつ実は思い合っていると見るから、支離滅裂になる。俺は何をしても構わないと思う狂気の話なのに。63段も同様。
この「あひ知りたり」の一つだけで、以降の99.9%拒絶の記述にもかかわらず、思い合っている・好き同士なんだと思い込む。
恋させようとする儀式(呪術)しているでしょう(竹取・車持皇子も同様)。
それを「自分を恋させないようにする儀式」と解する。は? 俺でも恋をとめれないッ!ってミサワかよ。さすが惚れさせ脳は違うわ。勘違いだけどな。
男、女方ゆるされたりければ、女のある所に来てむかひをりければ、
女、いとかたはなり。身も滅ぶなむ。かくなせそといひければ、
思ふには 忍ぶることぞ負けにける
逢ふにしかへば さもあらばあれ
といひて、曹司におり給へれば、
男、女方ゆるされたりければ
男が女所に入ることを許されたので
(「女の色ゆるされたる」と合わせて、許されてはいない。それが放置=黙認されているという皮肉。
いや許してなどいない! じゃあやめさせろよ、そういう皮肉をきかせた流れ。)
女のある所に来てむかひをりければ
女のいる所に出向いて来たので、
女、いとかたはなり
女が、これかたわ(こいつ誰? 差し障るわ)。
かたは 【片端】
①不完全。欠落。
②身体障害
③不都合。不体裁。
暗語。というよりそういうキワどい言葉。
続いてもう一度出てくるので意図的。「かくかたはにしつゝありわたる」
身も滅ぶなむ、かくなせそといひければ
身が滅ぶから、こういうことはするな(侵入するな)。
(おまえが居ていいところではない、わかるか?)
思ふには忍ぶることぞ負けにける
おまえは自分の思うことも耐えられないようだが、
逢ふにしかへば さもあらばあれ
おまえのような者に会うことはもっと耐えられない
といひて、曹司におり給へれば
とこのボン(坊)には難しいこと言って部屋に下がったが、
曹司 :
①宮中の女官などの部屋。
②まだ独立しない貴族の子弟。
ここでは、①部屋に下がること、②後述のボン(ボン)に言葉を下すことを掛けている。
おり給ふ(下り給う)
:言葉を与える(下す)の簡易形。
これは、63段で在五が「けぢめみせぬ心」(分別がつけれないこと)であったことを受けている。
例の、このみ曹司には、人の見るをも知でのぼりゐければ、
この女思ひわびて里へゆく。
されば、何の、よきこととて思ひて、いき通ひければ、みな人聞きてわらひけり。
例のこのみ曹司には
例のこの御曹司(ボンボン)は
人の見るをも知でのぼりゐければ
人目を憚らず女方(加えて先の女の部屋)に昇ってきたので
この一文だけでも、主人公ではないことが確定。みやびの要素がみじんもない(初段参照)。常軌を逸した野放しの野獣。
そして業平説の人々は、初段も同様に、衝動の抑制がきかない話とみなしながら、それをみやびと解する。
この女思ひわびて里へゆく
この女思い余って実家へ戻った。
わび:気がめいること。
されば何のよきこととて思ひて
それを何を良いと思ったのか(あろうことか)
いき通ひければ
その先にまで通ったので
みな人聞きてわらひけり
みな人が聞いてこれを笑った。
これはボンの真剣な恋愛に対する無理解・冷笑ではない。恋愛の記述などない。
作法も弁えないおかしさを笑っている。宮中で最低限の作法も守れないのは、人以前(ケダモノ)。それが以下の記述。
つとめて主殿司の見るに、沓はとりて奥になげ入れてのぼりぬ。
つとめて主殿司の見るに
朝早く主殿司が見れば、
つとめて
:早朝。勤め(任務)とかけて。
主殿司(とのもづかさ・とのもりづかさ)
:後宮の清掃、照明の管理などを掌った。後宮十二司。
したがって、ここで男が昇る先は、殿上一般ではない。後宮。
沓はとりて奥になげ入れてのぼりぬ
靴をとって、奥に投げ入れて(朝から後宮に)昇ってきた。
「奥にしまいこんで」などではない。投げている。なぜこういう所が全部無視されるどころか、真逆に捻じ曲げられるのか。
だからありえないんだって、こいつは。
朝帰りしたその体で後宮にも上がりこんでくる、頭のおかしさ。わかります?
つまり正気ではないの。こいつは。
かくかたはにしつゝありわたるに、
身もいたづらになりぬべければつひに滅びぬべしとて、
かくかたはにしつゝありわたるに
このような「かたは」の差し障る状態で動き回って
身もいたづらになりぬべければ
身も耐えられず死にそうになったので、
いたずらになり
:この物語では、女の自死(24段・梓弓)を暗示する特有の言葉。
つひに滅びぬべしとて
終に身も滅ぶべしといって。
ここで主体が明示されていないが、本来これは男が思うべき内容なのに、そうではないと続く文脈で示している。
つまり、このような馬鹿げた畜生に通われるという恥辱に耐えられない、誇り高い女の苦悩。
終に身も滅ぶなどと省みれるなら、靴など放りなげんだろ。だから全部ずれているんだって。頭の回路が。
なんで、自分の心をやめさせようと仏頼み?になるわけ? ばかでしょ。いや、ばかなんだけども、そういう筋はありえない。
なんでそうやって大丈夫・大丈夫なように見るかなあ。だからこの男、女から全身全霊で拒絶されてるんだって。どこに肯定できる要素の記述があるの。
この男、いかにせむ。
我がかゝる心やめ給へとてほとけ神にも申しけれど、
いやまさりにのみ覚えつつ、なほわりなく恋しうのみ覚えければ、
陰陽師、巫よびて、恋せじといふ祓の具してなむいきける。
この男いかにせむ
この男はどうしたか
我がかゝる心やめ給へとて
俺がそのような思い煩いをやめさせたるといって
ほとけ神にも申しけれど
仏や神などにも(つまり滅茶苦茶)願ったが、
(このような神仏の逆転が、序の弁えがないということ)
いやまさりにのみ覚えつつ
ますます思いがつのるように思われて
いやまさる 【弥増さる】
:否が応にも、ますますつのる。
なほわりなく恋しうのみ覚えければ
なお滅茶苦茶に道理を弁えず、なお恋しく思われたので、
わりなし:
①むやみやたら。道理に合わない。分別がない。無理やり。
②何とも耐え難い。たまらなく辛い。言いようがない。苦しい。
③仕方がない。どうしようもない。
④ひどい。甚だしい。この上ない。
これら全ての意味を包含している。63段の「けぢめみせぬ心」。
陰陽師巫よびて恋せじといふ祓の具して
俺に恋させよという祓(狂気の呪術)の準備(仕込み)をして
祓の具:儀式の備え。文脈から道具とする意味はない。
祓:本来清めという意味だが、陰陽師なので呪術・呪い。
陰陽師は呪術に限らんというのは違う。「おん」の音の意味を知らんだけ。
なむいきける
なお向かったのであった。
いやだから、その行動が死を招いているというギャグ。
行かなければすむのに、ばかすぎてそれもわからん。
祓へけるまゝに、いとど悲しきこと数まさりて、
ありしよりけに恋しくのみ覚えければ、
恋せじと 御手洗川にせしみそぎ
神はうけずも なりにけるかな
といひてなむ往にける。
祓へけるまゝに
祓いをしているうちに(自分もゴミとして払われるかと、ばかなりにもうっすら気づいて)
いとど悲しきこと数まさりて
とても悲しくなり
ありしよりけに恋しくのみ覚えければ
かつてより(?)恋しく思われたので(だから違うって!)
ありしよりけ
:ありし時より、かつてより。
「け」は気・あるいは日(時)という意味。
→年月の重みを出すための言葉だが、ここでは、重みが全くない軽薄な奴が格好つけて、うそぶいているという表現。
恋せじと御手洗川にせしみそぎ
恋させんと手洗川でする禊
「せじ」は、させん→させむという意志のこと。
古文ではままあるが、否定か真逆の強い意志かは、文脈から判断しなければならない。なんでバラバラに見るの。
ここで恋させないという祈祷は全く意味不明なので違う。なんでそうなる。
清めているようで最悪の不浄にいるというギャグ。ガ○ジス川みたいなもの。
神はうけずもなりにけるかな
神は応えてくれんのか~
なぜ俺の気持ちをわからない? は?
→「ほとけ神」? は? 坊のボス(帝=清和)より下かよ。
といひてなむ往にける
とい言って、なお(追い払われに)行ったのであった。
この帝は顔かたちよくおはしまして、仏の御名を、御心に入れて、御声はいと尊くて申し給ふを聞きて、
女はいたう泣きけり。
かゝる君に仕うまつらで、宿世つたなく悲しきこと、この男にほだされてとてなむ泣きにける。
この帝は
この帝:子の帝。末尾の注記(水尾)から清和天皇。ただし末尾の記述は説明的なので著者のものではない可能性が高い。
在位850-876(9歳-27歳)。
業:825-880なので、大体30頃の話。「まだいと若かりける」なので20代後半だと、帝は中坊あたりの年。
この帝は業平と同じで、何にもわからないボン。だから業平も野放し。ナニが良いのか悪いのかもわからないから放置。
だからそれを知ろうとして出家したと(坊には重荷)。
しかし残念ながら、良いも悪いもない・識別するな、などという無明(けじめのない心。63段)が坊の真骨頂なのだが。
顔かたちよくおはしまして
お世辞(口上)。
仏の御名を御心に入れて
著者にとって、仏(坊≒帝)は良い意味ではない。竹取でも同様。つまり同じ人。
この時代に限らず、この価値観はよほどでないとありえない。ましてこの時代。
冒頭でおほやけ=天皇に敬語を用いず、ここで上げているのは対外的な礼儀は弁えているという当然の表明。ただのバカの反抗ではない。業平のような。
御声はいと尊くて申し給ふを聞きて
(口上)
女はいたう泣きけり
声を聞いて泣いた。
声が尊いからではなく、陳情(泣き)が耳に入るよう泣いた。つまり泣きを入れた。
かゝる君に仕うまつらで
このような素晴らしい君に仕えられないで
(口上)
宿世つたなく悲しきこと
あ~私の宿命も未熟で悲しいもの
つたなく【拙く】
: 愚か。劣って。未熟。
この男にほだされてとて
この哀れな男にほだされるほど哀れでと、
ほだされ【絆され】
:(人情に)からまれ自由が束縛される。
なむ泣きにける
(聞こえるように)いたく泣く。
かゝるほどに帝聞しめして、この男をば流しつかはしてければ、
この女のいとこの御息所、
女をばまかでさせて、蔵に籠めてしをり給うければ、蔵に籠りて泣く。
かゝるほどに帝聞しめして
そうこうしたのが帝の耳に入って
(つまり泣きが奏功し、聞き入れて)
この男をば流しつかはしてければ
この男を流したので、
流し:左遷ではなく流罪。
流罪といっても近場もある。なので自力で戻ってきた。
女官へのつきまとい(ストーカー)の罪ならその位(少々の追放)。
この女のいとこの御息所
この女のいとこの天皇のめかけが、
冒頭の「大」御息所と区別している。以下の文脈で。
女をばまかでさせて
この女を追い出し(業平の追放とリンクさせ)
まかる 【罷る】
:退出する。
蔵に籠めてしをり給うければ
蔵にとじこめたので、
これは天皇に泣きを入れ動かしたから。
そうしていいのは自分だけという示威行為。
蔵に籠りて泣く
蔵にこもって泣いた。
あまの刈る 藻にすむ虫の我からと
音をこそなかめ 世をばうらみじ
と泣きれば、
※この歌は古今807で「藤原直子」によるとされるが、
①「あまのかる」は万葉に一つもないこと、
②伊勢にもう一つ「あまのかるもに」があること(57段)、
③古今にはこの他もう1つ「あまのかるもに」があり読人不知であること
以上より「あまのかるもに」は著者の編み出した言葉で、この歌も伊勢の著者によると解する。
なにより、7文字のところ5+2で配置していることから、普通ではない。
あまの刈る 藻にすむ虫の我からと
海女の刈る 喪に住む虫の我かなと
海藻につくような虫につかれる哀れな私
割れ殻? どういうこと?? おもしろい見方ね。しかし、掛けることそれ自体に意味があるわけではない。
音をこそなかめ 世をばうらみじ
(この寄生虫、ネだやしにしたい)
と泣きれば
と泣いて、今度は泣きを入れる相手もいないかと思いきや、
この男、人の国より夜ごとに来つゝ、
笛をいとおもしろく吹きて、声はをかしうてぞ、あはれにうたひける。
この男
キタッ 寄生虫。
人の国より夜ごとに来つゝ
追放先の国より夜毎に来て、
(どんだけ)
笛をいとおもしろく吹きて
笛などおもろく吹いて
声はをかしうてぞあはれにうたひける
声もおかしくて、実に哀れで無様な様子で歌っていた。
声が美しい? ないない。ありえない。今までの文脈全部虫?
基本的に「あはれ」「おかし」は見下している。
それをみやびというのは(京の)言葉をしらん大勢の人々。わかりませんか? いや~あはれですなあ。あ、ほめてるほめてる。
だから、ここでの「おもしろく」「をかしう」「あはれ」とは、頭がおかしくて(狂って)憐れだといっている。
そう書くのは野蛮でしょ、だから包んで優しく戒めている。
しかしそうしたら、それでいいんだとプレイボーイなんだと言い続けるが、違う。
かゝれば、この女は蔵に籠りながら、それにぞあなるとは聞けど、
あひ見るべきにもあらでなむありける。
さりともと 思ふらむこそ悲しけれ
あるにもあらぬ 身を知らずして
と思ひをり。
かゝればこの女は蔵に籠りながら
さすれば、この女は蔵にこもりながら、
それにぞあなるとは聞けど
それを聞いて、ああアイツ来よったわと思ったが
あひ見るべきにもあらでなむありける
今は見ないですんでいるようになった。
(これ不幸中の幸い。冒頭の「あひ」は会うというより強調。)
さりともと 思ふらむこそ 悲しけれ
とはいえ、こんなことで喜んでいることが悲しい
あるにもあらぬ 身を知らずして
あってもなくても 同じ身=境遇の人なんて他にいますか?
(表に出ても隠れなければならないのに、なんで犯罪者のこいつは自由に出歩いてるの)
と思ひをり
と思っていた。
男は女しあはねば、
かくしありきつゝ人の国にありきてかくうたふ。
いたづらに 行きては来ぬるものゆゑに
見まくほしさに いざなはれつゝ
男は女しあはねば
男は女に会えずに
かくしありきつゝ
こうしてばかみたいに歩きつつ
人の国にありきてかくうたふ
戻っていって、こう歌った。
いたづらに 行きては来ぬるものゆゑに
いたずらに、行っては帰ってきてからに
見まくほしさに いざなはれつゝ
ますます見ま欲しくなった。だからそうしたるわw(悲劇)
見まくほしさ
:見まう(来)+(増す)+欲しさ
いざなはれつつ
:いざ+な(する)+はれ(あはれ)+(と思い)つつ
はなれ(離れ)ではない。一番最後なので意図している。
水尾の御時なるべし。
大御息所も染殿の后なり。五条の后とも。
水尾の御時なるべし
水尾=清和天皇。水尾の地に入ったのは880年とされ業平が死んだ年。
つまり記述の位置からして、ここだけかなり遅い時期に書き加えられた。
著者が完成後にここだけ注記したとも見れるが、だとすれば、帝に判断能力がなくてこの事態が放置されたことを示すためだろう。
つまり、業平の後宮での狼藉の泣きが入るまでの放置と、示しのなさで全然ききめがなく、被害者が蔵に籠められる事態をいかんともしないこと。
あまり早く書くと、人生を棒にふる可能性があったからしなかった。
大御息所も染殿の后なり
藤原明子。
五条の后とも