前段からの続き。
男が(世のためすべきことがあると)女のもとから離れて、なお忘れられない女が「ほったらかされて恨んでいるが、なお恋しい」と、よこしてきた。
男はそれを見て、恨むのも当然と思い「いつも心は一つ。流れる川にも流されないと思っている」と言いながらも、
やはり言葉だけではだめだと思い、その夜、会いに行った。
その時、古(いにしえ)から遠い未来に至るまでのことを、言い伝え、こう言った。
「秋の夜、千夜を一夜になぞらえて、八千夜も一緒に寝れば、飽きちゃうでしょう」
その心は、秋なのにアキちゃうねん。どう?
女がそれに返し、
「(やーね、何ばかなことを言ってるの?)でもその言葉で、少しは泣くのもやめれるかな」
その心は、泣くは泣くでも嬉し涙がいいねって。
そうして、古から続く二人の間柄よりも、なお一層愛おしく思われ、(前よりは)会いに行くようになった。
なお、「古から続く(古よりも)」とは、二人が生きている時間よりも前のことを言っている。
だから幼馴染として生まれてきて思いあっている(次段)。
男女 及び 和歌 |
定家本 |
武田本 (定家系) |
朱雀院塗籠本 (群書類従本) |
---|---|---|---|
第22段 千夜を一夜 | |||
むかし、はかなくて絶えにけるなか、 | むかし、はかなくてたえにけるなか、 | むかしはかなくてたえにける中。 | |
♀ | なほや忘れざりけむ、女のもとより、 | 猶やわすれざりけむ、女のもとより、 | をか[なをやイ]わすれざりけん女のもとより。 |
♪ 43 |
憂きながら 人をばえしも忘れねば |
うきながら 人をばえしもわすれねば |
うきなから 人をはえしも忘ねは |
かつ恨みつゝ なほぞ恋しき |
かつうらみつゝ 猶ぞこひしき |
かつ恨つゝ 猶そ戀しき |
|
といへりければ、 | といへりければ、 | といひければ。 | |
さればよといひて、 | さればよといひて、 | さればよと思ひて。 | |
男、 | おとこ、 | ||
♪ 44 |
あひ見ては 心ひとつをかは島の |
あひ見ては 心ひとつをかはしまの |
あひはみて 心ひとつをかはしまの |
水の流れて 絶えじとぞ思ふ |
水のながれて たえじとぞ思 |
水の流て 絕しとそ思ふ |
|
とはいいけれど、その夜いにけり。 | とはいひけれど、そのよいにけり。 | とはいひけれど。その夜いにけり。 | |
いにしへゆくさきのことどもなどいひて、 | いにしへゆくさきのことゞもなどいひて、 | いにしへゆくさきの事どもぞおもふ。 | |
♪ 45 |
秋の夜の 千夜を一夜になずらへて |
秋の夜の ちよをひと夜になずらへて |
秋のよの ちよを一夜に準へて |
八千夜し寝ばや 飽く時のあらむ |
やちよしねばや あく時のあらむ |
やちよしねはや 飽由のあらん |
|
返し、 | 返し、 | 返し。 | |
♪ 46 |
秋の夜の 千夜を一夜になせりとも |
あきの夜の ちよをひとよになせりとも |
秋夜の 千夜を一よになせりとも |
ことば残りて 鳥や鳴きなむ |
ことばのこりて とりやなきなむ |
ことは殘て 鳥や鳴なん |
|
いにしへよりもあはれにてなむ通ひける。 | いにしへよりもあはれにてなむかよひける。 | いにしへよりも哀にてなむかよひける。 | |
むかし、はかなくて絶えにけるなか、
なほや忘れざりけむ、女のもとより、
憂きながら 人をばえしも 忘れねば
かつ恨みつゝ なほぞ恋しき
といへりければ、
むかし、はかなくて絶えにけるなか、
むかし、はかなく連絡が途絶えていた仲の
(はかなし【果無し・果敢無し・儚し】
:前段では、実を結ばない玉葛とかけ、果無しだったが、ここは儚しでいいだろう。
つまり現代通りの意味。消えてなくなりやすい。もろくて長続きしない。
「なか」は、中(時間)と、仲をかけている。)
なほや忘れざりけむ、女のもとより、
それでも忘れられない、女のもとから
(文が送られてきた)
憂きながら
憂いているが、
(これは男が世の中を憂い出て行ったことへの当てつけ。前段参照。
うい:【憂い】
思うようにならず、つらい。せつない。鬱だ。
人をばえしも 忘れねば
そうさせた人を、どうしても忘れられないので、
→人+を(ば)+えしも+忘れ+ね+ば
「をば」の「ば」は強調。
「えしも」とは、どうしても。
「よーできん」と同じ。できないこと。
→「え」=得、「し」=する、「も」=反語。
「忘れねば」:ここでは、忘れられない
末尾の「ば」は「をば」とかけ強調で韻を踏む。
かつ恨みつゝ
かつ恨みつ
(なお恨みつつ、しかし、
→なおを補うのは続く言葉から当然。なおかつ。前後はできる限り、つなげて読み込む)
なほぞ恋しき
なおまだ恋しい。
といへりければ、
と言ってきたので、
さればよといひて、男、
あひ見ては 心ひとつを かは島の
水の流れて 絶えじとぞ思ふ
とはいいけれど、その夜いにけり。
さればよといひて、
そうだよなあと言って、
(「それみたことか」とかいう趣旨の一般の訳は、ありえない。この物語も著者の品格も著しく害う。みやびでもない)
(ここでは、恨んでいるということを、そうだよなと言っている。
恋しいというのは双方にとってあまりに当然のことなので。
→前段、前々段。「むかし、男をんな、 いとかしこく思ひかはしてこと心なかりけり」
しかしそれにあぐらをかき梓弓の事態になった。
別の言い方では、そんなことで揺らがないと思っていた。ある意味では揺らいでいなかったが)
男、
男(曰く)、
あひ見ては
こうして互いに(文を)みては、
(あひ
①【合ひ・会ひ・逢ひ】 あうこと。対面。
② 【相】
-①ともに。いっしょに。
-②互いに。
-③たしかに。まさに。語調を整え、強調したり改まった態度などを示す。
ここでは、最後の②③をメインに、全ての意味を包含する。
心ひとつをかは島の
心を一つにあい交わし
水の流れて
水の流れでも
絶えじとぞ思ふ
絶えない、絶え間ないと思う。
(つまりその心は、時の流れでも流されない、揺るがない愛だと)
とはいいけれど、その夜いにけり。
とは言ったものの、(やはり文だけではだめだ、言葉だけではだめだと)その夜会いに行った。
いにしへゆくさきのことどもなどいひて、
秋の夜の 千夜を一夜に なずらへて
八千夜し寝ばや 飽く時のあらむ
いにしへ、ゆくさきの、ことども、
古のことから、これから行く先のこと、子供のことなど様々なこと、
(ゆくさき 【行く先】
①進んで行く先。目的地。前途。(空間)
②今後の成り行き。将来。(時間)
一般の辞書では、上記の伊勢の記述の解釈を根拠に②と定義する。
ただし、ここでは古と対比させているので、遠い(一つの生をこえた)将来のことを言っている。
そのような時間の描写に付随して、そのために男が物理的に行く先の話とみるといいだろう。
それが梓弓の段でいう「わがせしがごと」。だからその解釈が微妙におかしなことになる(以下の理由で)。
なお、ここで突如、古(いにしへ)が出てくる。
これは文字通り、一つの人生の範囲を超えている時間。文字の意味を軽んじてはいけない。
といっても普通の感覚ではそう読むのはまず無理だが、それは特別な古代の智恵だから。
それが伊勢の初段のように、しばしば古を出す。
普通の歌と古典の歌は全く別物(神事)。時間がたてば古典になるのとは違う。
同様に古今集仮名序でも古を知る心という意味。
つまり、その著者・貫之は古の心を伝えられた(貫之が伊勢の著者という意味ではない)。それが相まって特別になっている。
そして、そういうことが常識などではないことは現代と同じ。形になったから常識というのはあまりに単純。突出したから残っている。
だから伊勢(+竹取)の著者は別格。
複数人? 読めていないだけ。
著者が全く不明とされ錯綜するのは、一般の感覚とかけ離れているから。器が違う。
前段から、女の子も「いと賢く」少なくとも万葉の言葉を繰っているのは、そういう智恵による。
つまり二人ともただの一般人ではない)
などいひて、(△ぞおもふ)
などを言い伝えて、
秋の夜の
千夜を一夜に なずらへて
→アラビアンナイト。だからいにしえ。
千夜一夜物語は、9世紀頃に原型ができたとされるが(つまり伊勢と同時期)、それ自体各国の説話の集合体。
この著者(むかし、男)は、しばしば女性に物語を聞かせる描写がある(53段・あひがたき女、95段・彦星)。
この時代、語りはその土地の長などがするもの。凡人に語るほどの知識はない。
そして竹取物語には天竺などの話がポンポン出てくるように、この時代における普通の認識の広さではない。
帝の狼藉を記し、帝など畏しと思わずと表現する。現代でそういう人を想像されたい。凡庸な感覚ではない。
つまり貴族・皇族などでは当然ありえないし、しかも内部の情況(特に宮中の女事情)に詳しいのだから、外部の坊主でもない。
それがつまり伊勢の主人公。二条内部のことを記す宮仕えする男。
田舎から出てきて、宮仕えし、二条の后に詳しい男。普通ではない。だから、誰の想像も及ばない(興味があれば、初段等の解説を参照してほしい)。
そして伊勢と竹取は双方並び立つとされるのだから、同一人物。先頭に共通する際立った独自の特徴語句からも、別に見る必要が全くない。
八千夜し 寝ばや
八千代に寝れば
(夜と代をかけている。
やちよ 【八千代】
:八千年。極めて長い年月。永遠。
加えて「八千夜し寝ばや」で、永遠の間、体を幾度も経ながらという意味。
そして知識を継続させる。それが古代の智恵。それが竹取でいう不死の薬。
飽く時のあらむ
(そうすれば)きっと飽きてしまうだろう?
(だから、この短い時間の一瞬を大事にして、精一杯愛し合おう)
返し、
秋の夜の 千夜を一夜に なせりとも
ことば残りて 鳥や鳴きなむ
いにしへよりもあはれにてなむ通ひける。
返し、
秋の夜の
(同一の枕詞。つまり枕を一緒にした時の言葉。ピロー。だから上の文脈。)
千夜を一夜に なせりとも
ことば残りて
鳥や鳴きなむ
(??)
いにしへよりもあはれにて、なむ通ひける。
(それを聞いて)古よりも、いと愛おしく思い、(それまでよりは)通うようになった。
ここでの古とは、上述のように、文字通り、その二人の生での話ではない。
それが例えば、古今集仮名序で小町を「古の衣通姫のりうなり」という意味。
最後の、言葉残りて鳥がなくとは、残っているとなくを対比させ、さらに鳴くを泣くにつなげて、「なきなむ」を「泣く泣く」と読む。
泣く泣くにかかる言葉は、承知して。
本当に、可愛い子だこと。
そして、こうして言葉は残り続ける。