昔男が、陸奥の国(東北)を当てもなく歩いていたところ、京の人を珍しいと思ったか(多義的。多く含みがある)、女が声をかけてきた。
「中々だね。どう? しぬほどの恋してなんぼでしょ?」というようなことを言っている。何とも「あはれ」(哀れ、そしてその通り)と思いそして、寝た。
男が深夜に出立しようとすると、女が(起きて)「私はこんなバカだけど、また来てかわいがってね、今度は今回できなかったことをしよう」というので。
「その気があれば、私はそのうち京に行くが、一緒にくるか? ただし金はもっていない」旨のことを言ったら、女は喜び「おもひけらし」と言った。
話はここまで。最後の思いは女のみ知るところだが、反応を見た男としては、世知辛いと思った(つまり恋の話ではなく身請けと思われたと思った)。
女が自らを「くたかけ(バカ鶏=三歩で忘れるほどばか)」というのは、相手が伊勢の著者だから、話しぶりから程度がわかったということだろう。
(なお、このような表現は女がしたわけではなく、著者が歌として昇華したものと見るべき。その証拠に、前の玉の緒の歌は万葉からの翻案である)
この段で男はすぐに寝ているが、2段での寝ない描写、好きな子には万葉を用いることから(23-24段)、相当惹かれたのだと思う(それが玉の緒)。
かたや女の反応は、明らかにいつもの男とは違うというもの。しかしそれすら、男に機嫌をとる習性からなのか、男には区別できないのであった。
(なお、この男は業平ではない。なぜなら、それ自体くたかけという評判だから)
男女 及び 和歌 |
定家本 |
武田本 (定家系) |
朱雀院塗籠本 (群書類従本) |
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第14段 陸奥の国 栗原の(あねはの松) くたかけ | |||
♂ | むかし、男、 | むかし、おとこ、 | むかし男。 |
陸奥の国にすゞろに行きいたりけり。 | みちのくにゝ、すゞろにゆきいたりにけり。 | みちのくにに。すゞろにいたりにけり。 | |
そこなる女、 | そこなる女、 | そこなる女。 | |
京のひとはめづらかにおぼへけむ、 | 京の人はめづらかにやおぼえけむ、 | 京の人をば。めづらやかにかおもひけん。 | |
せちに思へる心なむありける。 | せちにおもへる心なむありける。 | せちにおもへるけしきなん見えける。 | |
さてかの女、 | さてかの女、 | さてかの女。 | |
♪ 20 |
なかなかに 恋に死なずは桑子にぞ |
なかなかに こひにしなずはくはこにぞ |
中々に 戀にしなすはくはこにそ |
なるべかりける 玉の緒ばかり |
なるべかりける たまのをばかり |
なるへかりける 玉のを計り |
|
歌さへぞ、ひなびたりける。 | うたさへぞひなびたりける。 | うたさへぞひがめりける。 | |
さすがにあはれとや思ひけむ、 | さすがにあはれとやおもひけむ、 | さすがにあはれとやおもひけん。 | |
いきてねにけり。 | いきてねにけり。 | いきてねにけり。 | |
夜ふかくいでにければ、女、 | 夜ふかくいでにけれは、女 | 夜ふかく出にければ女。 | |
♪ 21 |
夜も明けば きつにはめなでくた鶏の |
夜もあけば きつにはめなでくたかけの |
夜も明は きつにはめなてくたかけの |
まだきに鳴きて せなをやりつる |
まだきになきて せなをやりつる |
またきに鳴て せなをやりつる |
|
といへるに、男、京へなむまかるとて、 | といへるに、おとこ、京へなむまかるとて、 | といひけり。おとこ京へなんまかるとて。 | |
♪ 22 |
栗原の あねはの松の人ならば |
くりはらの あねはの松の人ならば |
栗原の あねはの松の人ならは |
都のつとに いざといはましを |
宮このつとに いざといはましを |
都のつとに いさといはまし |
|
といへりければ、 | といへりければ、 | といへりければ。 | |
よろこぼひて、 | よろこぼひて、 | よろこびて | |
おもひけらしとぞいひ居りける。 | おもひけらし、とぞいひをりける | 思ひけり〳〵とぞいひける。 | |
むかし、男、陸奥の国にすゞろに行きいたりけり。
そこなる女、京のひとはめづらかにおぼへけむ、
せちに思へる心なむありける。
むかし、男
むかし、男が
陸奥の国にすゞろに行きいたりけり。
陸奥の国に、当てもなく行き至った。
(陸奥:現在の東北地方の太平洋側全部。
すずろ:漫ろ。漫然という意味。)
そこなる女、
そこの女が
京のひとはめづらかにおぼへけむ、
京の人を(もの)珍しく思ったようで、
(①男の謙遜。②身なりが周りと違う。→③あら良い男 ③’(金持ちかしら)と、思ったかという分析。
身なりといっても、著者は人目を忍ぶのが習性なので、派手だからではなく小綺麗(現代的なシンプル)にしていたから、逆に目を引いたと。
それを裏づける表現が、次段の「えびす心」。これは田舎の野暮さを表す言葉とされるが、エビスはこれみよがしにコテコテ派手にする外見だろう。
ここであえて「京」と出したのは、そういうことを良しとしない価値観を象徴させている。実際の京はともかく、ポリシーとして。
そして、①で包んだ男自体の個性が、女にはどれほどか、かなり大きいのではないか、そう思わないと以下の展開にはならない)
せちに思へる心なむありける。
セチ(?)に思う心であった。
(世知:一般には、世渡りの知恵?という、何やらよくわからない意味で解釈されているが、
世知辛いを暗示していると見るべき。でないと意味が通らない。
辛いことを辛いと書いても辛くなる。だから書かない。)
つまり、切に、世知辛いなあと思った。(切に=とても=からい×辛い)
誰が? 男。
なぜ? 以下の文脈で。
このように先に結論だけ書いて、その後、具体的な理由を書くのは著者の特徴の一つ(例えば、10段)。
その仕事の一つの特徴(判事)。
さてかの女、
なかなかに 恋に死なずは 桑子にぞ
なるべかりける 玉の緒ばかり
歌さへぞ、ひなびたりける。
※この歌は万葉に準じる。
なかなかに 恋に死なずは 桑子にぞ なるべかりける 玉の緒ばかり
(伊勢)
なかなかに 人とあらずは 桑子にも ならましものを 玉の緒ばかり
(万葉集12/3086)
何がいいたいかというと、恋に死なずば人にあらず。
さてかの女、
さて、この女が(歌うには)
なかなかに
中々に
(お兄さん、なかなかだね)
恋に死なずは
こっちに来てシないなら、
桑子にぞ なるべかりける
必ずカイコ→後悔するだろう(?)
(桑子=蚕→買い子?)
玉の緒ばかり(△玉のを計り)
もうこれは運命の糸でしょ
玉の緒:魂の糸(意図)、運命の糸。蚕の糸とかけあわせ。
→この言葉は、この物語では頻出。超重要単語。ここでま~す。
ばかり:だけ(限定)。
歌さへぞ、ひなびたりける。
という歌でさえも、ひなびている。
(ひなび(鄙):田舎っぽい。)
会ってすぐに「運命じゃん!」というから。
さすがにあはれとや思ひけむ、いきてねにけり。
さすがにあはれとや思ひけむ、
さすがにあはれ(なんともそうだよな)と思って
(さすがに:現代と同じ(文脈に依存)。
あはれ:口ではえもいわれぬ・憚られる感情。哀れ、可哀想、哀愁、切ない。
そういう気持ちを誘った。それで、)
いきてねにけり。
行って寝た。
(つまりそうやって誘われたから。そして寝た動機は、あはれ=哀れ・可哀想・可愛そうと思ったから。
中々だと言ってるのだから、それが愛想かはともかく、それならせめて可愛がろう・愛そう・優しくしようと思った。それが可愛想(=哀れでふびん)。
しかし、ただ誘われたから寝たわけではなく、可愛いと思っていることは文字の通り。誰でも良くないことは、2段で示される。)
夜ふかくいでにければ、女、
夜も明けば きつにはめなで くた鶏の
まだきに鳴きて せなをやりつる
といへるに、
夜ふかくいでにければ、女、
夜深くに、出立しようとすれば、女が(言うには)、
(寝るは、スリープではないという確認。
これが冒頭の「行き至り」という、めずらかな言葉にかかる。
至り=致。文字の形)
夜も明けば
夜も明ければ、
(れがないが)
きつにはめなで くた鶏(かけ)の
来ても可愛がられない このばかどりに
くたかけ(腐鶏):ばかどり。ののしり言葉。
まだきに鳴きて
また来てね
せなをやりつる
あなたがしてない(なき)ことを「やり」ましょう。
(せな(兄な・夫な):あなた)
といへるに、
というのに、
男、京へなむまかるとて、
栗原の あねはの松の 人ならば
都のつとに いざといはましを
といへりければ、
男、京へなむまかるとて、
男は、(今日)京へ参ると言って(歌うには)
(まかる(罷る):退出・おいとま・行く・参る。)
栗原の あねはの松の 人ならば
??
(※宮城県栗原市に、金成姉歯という地区がある。したがって、この段の話はそこら辺。
金成と言っていない→人は金ナリと思わず、居ない時も待てるなら。人買い・身請けなどと思わないなら。
なぜ男がそんなことを言い出したのかというと、「恋に死なずは」という表現が心に残っていた。もしできるならその状況を提供しようと)
都のつとに
都にこのまま
(つと:
副詞:そのまま・ずっと・じっと。さっと・急に。
名詞:包んだ土産。土地の土産。)
いざといはましを
一緒に行こうか
といへりければ、
と言ったらば、
よろこぼひて、おもひけらしとぞいひ居りける。
よろこぼひて、
とても喜んで、
(よろこぼふ (喜ぼふ・悦ぼふ):すっかり喜ぶ。しきりに喜ぶ。うれしがる)
おもひけらしとぞいひ居りける。
「思った通り(? 願ったり叶ったり?)」と言っていたのだった。
(けらし:
①〔過去の根拠に基づく推定〕…たらしい。…たようだ。
②〔過去の詠嘆〕…たのだなあ。…たなあ。)
女がまた来てというから、(金はないけど)一緒に行くかと言ったら喜んでいるのだが、そのセリフがどうにも打算的に思われた。
「おもひけらし」とは何なのか釈然としない。これが世知辛さ。それが最初の段落の「せちに思へる心なむありける。」
本当に死ぬほどの恋をしようとは、思っていないか。しかし普通ならそうだよなと。
確かに好んでくれているようだが、それを生活の糧のために言うのがならわしなら、そう簡単に抜けるものではないよな、と悲しく思った。
そして、この釈然としない女の気持ちを確かめようとしたのが、次の段。
そうしたら、この段以上に喜んでいる様子(かぎりなくめでたし)ではあったが。