段 | 冒頭 |
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1 | 十日のまだほのぼの |
2 | 殿よりはじめ |
3 | 日一日 |
4 | 御もののけども |
5 | 月ごろそこらさぶらひつる |
6 | 陰陽師とて |
7 | 御誦経の使 |
8 | 御帳の東面は |
9 | 西には |
10 | 南には |
11 | 北の御障子と |
12 | 裳の裾、衣の袖 |
原文 (黒川本) |
現代語訳 (渋谷栄一) 〈適宜当サイトで改め〉 |
注釈 【渋谷栄一】 〈適宜当サイトで補注〉 |
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1 |
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十日の、 まだほのぼのとするに、 御しつらひ 変はる。 |
九月十日の、 まだ夜明けがほのぼのと 明けそめるころに、 御座所のしつらいが 浄白に模様替えになる。 |
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白き御帳に 移らせたまふ。 |
白木の御帳台に お入りになる。 |
【御帳】-御帳台。 |
2 |
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殿よりはじめ たてまつりて、 |
殿をおはじめ 申して、 |
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君達、 | 御子息たちや、 | 【君達】-道長の子息たち。頼通十七歳、教通十三歳など。 |
四位五位ども | 他の四位や五位たちが | 【四位五位】-道長の家司たち。中宮権大進橘為義、甲斐守藤原惟憲、前武蔵守藤原惟風、散位藤原季随、中宮亮近江守源高雅、下野権守藤原公則、美作介藤原泰通、多米国平、平重義、丹波奉親等(『全注釈』)。 |
たち騒ぎて、 | 慌ただしく働いて、 | |
御帳の帷子かけ、 | 御帳台に垂絹を掛けたり、 | |
御座ども 持てちがふほど、 |
御寝具類を 次々と持ち運んだりしている間は、 |
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いと騒がし。 | とても落ち着かない。 | |
3 |
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日一日、 | 中宮様は一日中、 | |
いと心もとなげに | とても不安そうに | |
起き臥し | 起きたり臥したり | |
暮らさせたまひつ。 |
なさりながら お過ごしなさった。 |
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4 |
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御もののけども |
中宮様についている もののけどもを |
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駆り移し、 | 憑坐に駆り移し、 | |
限りなく | 調伏しようとこの上なく | |
騒ぎののしる。 | 声を上げて祈り立てる。 | |
5 |
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月ごろ、 | ここ数月来、 | |
そこら さぶらひつる |
大勢 仕えていた |
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殿のうちの 僧をば、 |
邸内の 僧侶たちは、 |
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さらにもいはず、 | 言うまでもなく、 | |
山々寺々を尋ねて、 | 山々や寺々を尋ね求めて、 | |
験者といふかぎりは | 修験者という修験者は | |
残るなく参り集ひ、 | 一人残らず参集して、 | |
三世の仏も | 三世の仏様も | 【三世の仏】-前世・現世・来世の仏。 |
いかに 翔り たまふらむ |
どんなに 空を翔け回って いらっしゃろうか |
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と思ひやらる。 | と思わずにはいられない。 | |
6 |
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陰陽師とて、 | 陰陽師とても、 | |
世にあるかぎり | ありとあらゆる者たちを | |
召し集めて、 | 呼び集めて、 | |
八百万の神も、 | 八百万の神々も、 | |
耳ふりたてぬ はあらじ |
耳をふり立てて 聞かないことはない |
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と見えきこゆ。 | とお見受け申した。 | |
7 |
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御誦経の使、 | 御誦経の使者が、 | |
立ち騒ぎ 暮らし、 |
一日中 次々と出立する騒ぎのうちに、 |
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その夜も明けぬ。 | その夜も明けた。 | |
8 |
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御帳の 東面は、 |
御帳台の 東面の間には、 |
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内裏の女房 | 主上付きの女房たちが | |
参り集ひてさぶらふ。 | 参集して伺候する。 | |
9 |
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西には、 | 西面の間では、 | |
御 もののけ移りたる 人びと、 |
中宮様の もののけが移った 憑坐たちが、 |
|
御屏風一よろひを | 御屏風一具をもって | |
引きつぼね、 | 引き囲み、 | |
局口には | その囲みの入口には | |
几帳を立てつつ、 | 几帳を立てて、 | |
験者 あづかりあづかり |
修験者たちが 憑坐一人ひとりを担当して |
|
ののしりゐたり。 | 祈祷の声を上げていた。 | |
10 |
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南には、 | 南面の間には、 | |
やむごとなき 僧正、僧都、 |
高僧の 僧正や僧都たちが、 |
【やむごとなき僧正、僧都】-僧正雅慶・権僧正勝算・大僧都慶円・権大僧都済信・同定澄・権少僧都院源・前権少僧都明救等(『全注釈』)。 |
重りゐて、 | 重なるように並みいて、 | |
不動尊の 生きたまへる かたちをも |
不動明王の 生きておられる 容貌を |
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呼び出で現はし つべう、 |
呼び出し てしまいそうなまでに、 |
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頼みみ 恨みみ、 |
祈願したり また恨んだりして、 |
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声みな 涸れわたりにたる、 |
みな声を 一様に涸らしているのが、 |
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いといみじう 聞こゆ。 |
〈とても激しく〉 聞こえる。 |
×たいそう尊く(渋谷・全集) |
〈ここでの文脈は、さわがし・ののしり・声みな枯れ渡り・ものぞおぼえぬ、と一貫してうるさく訳がわからない文脈で突如尊くなる根拠がない。
「いみじ」は程度が甚だしい・凄い(凄く)・ひどい(酷く)の意で、素晴らしい・恐ろしいは派生。そういう定義は拡大解釈で本来ではない。常に一般概念から考え、通るならその意味。適当に限定しない。ちなみに「いみじくも」は「何とも凄く」〉 |
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11 |
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北の 御障子と 御帳とのはさま、 |
北の 御障子と 御帳台との間の、 |
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いと狹きほどに、 | とても狹いところに、 | |
四十余人ぞ、 | 女房四十人余りが、 | |
後に数ふれば |
後から数えて わかったのだが、 |
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ゐたりける。 | 詰めていたのであった。 | |
いささか みじろぎもせられず、 |
少しも 身動きできず、 |
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気あがりて | のぼせあがって | |
ものぞおぼえぬや。 |
何も考えることができない ありさまであったことよ。 |
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今、 | 今ごろ、 | |
里より参る人びとは、 | 里から参上した女房たちは、 | |
なかなか ゐこめられず。 |
せっかく上がったのに かえって邪魔者扱いで、 室内に入ることもできなかった。 |
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12 |
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裳の裾、 衣の袖、 |
裳の裾や 衣の袖などが |
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ゆくらむかた も知らず、 |
どこに行ったのか もわからず、 |
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さるべき おとななどは、 |
しかるべき 年輩の女房などは、 |
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忍びて泣き |
中宮様の身を案じて 忍び泣きして、 |
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まどふ。 | おろおろしている。 |