左に國民文庫、右に群書類從。長さは2万字弱(原稿50枚弱。文庫本4分の1相当)で源氏の約50分の1。
独自に15段区分にしたが、歌は15首、天人が下りてきたのも十五夜(望月)。
しばしば冒頭が「かぐや姫の生い立ち」とされたり、もっと端的に、かぐやは竹から生まれたと説明されたりするが、かぐやは竹から生まれていない。月に父母がいると言って天人が迎えに来る、天人の王たる存在が下したと言う存在(いはく、汝をさなき人、聊なる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助にとて片時の程とて降しゝを)。
目次 | |
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1 | 今は昔(かぐや光を放つ) |
2 |
夜這い(やばい) |
3 | 無理難題(上下対構造 cf.六歌仙評) |
4 | 石作皇子(天竺の佛の御石の鉢) |
5 | 車持皇子(東海の蓬莱山の玉枝) |
6 | 阿倍御主人(唐土の火鼠の皮衣) |
7 | 大伴御行(龍の首の五色に光る玉) |
8 | 石上麻呂(燕のもたる子安貝) |
9 | 帝(帝、襲来。かぐや影になる) |
10 | 月見 |
11 | 徒労 |
12 | 降臨 |
13 | 汝幼き人 |
14 | 羽衣 |
15 | 不死の薬 |
PDF版 |
解釈の前提となる世界観 (天道を知らない・認めない=哀れ) |
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かぐやのモデル:小町。小町針という男達を断固拒絶する話。 よって名づけが秋田。 小町=衣通姫のりう(古今仮名序)=かぐや同様光を放つ姫。 なよ竹=なよなよ=あはれなるやうにてつよからず (仮名序) 著者は文屋。100%確実な根拠がある。後述及び「著者」参照 |
現状の解釈の問題点 主観と客観の混同(区別なく、70と50の違いを解釈できない) 一般と特殊の混同。本末転倒。局所を都合よく解す群盲象評す 本=竹取クラスの本。末=その影響を受けた本。からの還元論 竹取は物語の祖と紫に評され、竹取は当時の一般ではないし、 紫は貴族社会の一般的感覚の主でもない。だから絵合で争う。 「なよ竹の世々に古りにけること、をかしきふしもなけれど、 かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、 はるかに思ひのぼれる契り高く、 神代のことなめれば、 あさはかなる女、目及ばぬならむかし」 「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、 げに及ばぬことなれば、誰も知りがたし」 |
天人の描写は当時の一般認識ではない :地上の軍事力無力化・念動等の各種具体的能力 +帝をかしこしと思わずとする女+幼き翁+20年は片時 +上記源氏絵合での論評 |
かぐやが影になったこと:半透明化。物陰に隠れたではない 根拠:光を放つ体+天人の各種超常性描写。 かぐや最大の天人特性を完全無視した、俗人的解釈は誤り。 これは著者の表現の問題ではなく読者の読解力の問題 |
そこらのこがね:そこら辺の小金×黄金 沢山は地上目線 |
翁の年齢(70と50:自称と事実) 20年は片時(著者) |
かぐやの涙:本音(早く帰りたい)と建前 →竹取の中心的内容は、男達にたかられて徹底拒絶した内容。 |
よごと=夜毎(「朝ごと夕ごと」との対。直後の夜這い) |
勢猛 ×権勢ある富豪・長者・有力者という通説解釈 勢い=(成金の)自然の成行き。 猛=タケダケしい心。例えばナニエモンのような心。 根拠:「造麿まうでこ」といふに、猛く思ひつる造麿も、 物に醉ひたる心ちしてうつぶしに伏せり。 徒然1段(勢ひ猛にののしり)も同旨。勢いではなく猛が主。 |
文屋と小町:背後の作詞者と歌手。縫殿コンビ→小町針。 皮衣・羽衣(竹取) 若紫のすりごろも・狩衣・唐衣(伊勢) 苔の衣(大和物語168段)は文屋の歌。 |
和歌 及び 文章 番号 |
竹取物語 (國民文庫) |
竹とりの翁物語 (群書類從) |
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1.今は昔 |
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1 | 今は昔 | 今はむかし。 | |
2 | 竹取の翁といふものありけり。 | 竹とりの翁といふものありけり。 | |
3 |
野山にまじりて、竹をとりつゝ、 萬の事につかひけり。 |
野にまじりて竹をとりつゝ 萬の事につかひけり。 |
|
4 |
名をば讃岐造麿と なんいひける。 |
名をばさぬ(るイ)きの宮つこと なむいひける。 |
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5 |
その竹の中に、 本光る竹ひとすぢありけり。 |
其竹の中に 本光る竹なむ一すぢ有けり。 |
|
6 | 怪しがりて寄りて見るに、 | あやしがりて寄て見るに。 | |
7 | 筒の中ひかりたり。 | つゝの中ひかりたり。 | |
8 |
それを見れば、 三寸ばかりなる人いと美しうて居たり。 |
それを見れば 三寸ばかりなる人いとうつくしうてゐたり。 |
|
9 | 翁いふやう、 | 翁云やう。 | |
10 |
われ朝ごと夕ごとに見る、 竹の中におはするにて知りぬ、 |
我朝每夕每にみる 竹の中におはするにてしりぬ。 |
|
11 | 子になり給ふべき人なンめり。とて、 | 子になりたまふべき人なめりとて。 | |
12 | 手にうち入れて家にもてきぬ。 | 手に打入て家に(へイ)もちて來ぬ。 | |
13 | 妻の嫗にあづけて養はす。 | めの女にあづけてやしなはす。 | |
14 | 美しきこと限なし。 | うつくしき事限なし。 | |
15 |
いと幼ければ 籠に入れて養ふ。 |
いとおさなければ こ(はこイ、籠)に入てやしなふ。 |
|
16 | 竹取の翁 | 竹とりの・(翁イ)竹をとるに。 | |
17 | この子を見つけて後に、竹をとるに、 | 此子を見つけて後に竹とるに。 | |
18 | よ毎に、金ある竹を見つくること重りぬ。 | よごとにこがねある竹を見つくる事かさなりぬ。 | |
19 | かくて翁やう\/豐になりゆく。 | かくておきなやうやうゆかたになり行。 | |
20 |
この兒養ふほどに、 すく\/と大になりまさる。 |
この兒やしなふほどに すくすくとおほきになり增る。 |
|
21 |
三月ばかりになる程に、 よきほどなる人になりぬれば、 |
三月計の內に よきほどなる人になりぬれば。 |
|
22 | 髪上などさだして、 | かみあげなどさう(たイ)じて。 | |
23 | 髪上せさせ裳着(もぎ)す。 | かみあげさせも(裳)きす。 | |
24 | 帳(ちやう)の内よりも出さず、 | ちやうのうちよりもいださず。 | |
25 | いつきかしづき養ふほどに、 | いつきかしづきやしなふ。 | |
26 |
この兒のかたち 清(けう)らなること世になく、 |
此兒のかたちの けさう(けうらイ)なる事よになく。 |
|
27 | 家の内は暗き處なく光滿ちたり。 | 屋のうちは闇き所なく光滿たり。 | |
28 | 翁心地あしく苦しき時も、 | 翁心あしく候へし時も。 | |
29 | この子を見れば苦しき事も止みぬ。 | 此子をみればくるしき事もやみぬ。 | |
30 | 腹だたしきことも慰みけり。 | 腹だたしくあることもなぐさみけり。 | |
31 | 翁竹をとること久しくなりぬ。 | 翁竹をとる事久敷成ぬ。 | |
32 | 勢猛の者になりにけり。 | いきほひまう(猛)の物に成にけり。 | |
33 | この子いと大になりぬれば、 | 此子いと大きに成ぬれば。 | |
34 |
名をば 三室戸齋部秋田を呼びてつけさす。 |
なを みむろどいむべのあきたを喚てつけさす。 |
|
35 | 秋田なよ竹のかぐや姫とつけつ。 | あきたなよ竹のかくや姫とつけつれ。 | |
36 | このほど三日うちあげ遊ぶ。 | 此ほど三日打あげあそぶ。 | |
37 | 萬の遊をぞしける。 | 萬のあそびをぞしける。 | |
38 |
男女(をとこをうな)きらはず呼び集へて、 いとかしこくあそぶ。 |
男はうけきらはずよびつどへて かしこくあそぶ。 |
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2.夜這い |
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39 | 世界の男(をのこ)、 | 世かいのをのこ。 | |
40 |
貴なるも賤しきも、 いかでこのかぐや姫を得てしがな、 |
あてなるもいやしきも いかで此かぐや姫をえてしがな。 |
|
41 | 見てしがな。と、音に聞きめでて惑ふ。 | 見てしがなと音に聞愛てまどふ。 | |
42 |
その傍(あたり)の垣にも 家のとにも居(を)る人だに、 |
其あたりの垣にも 家の戶にもをる人だに。 |
|
43 | 容易(たはやす)く見るまじきものを、 | たはやすくみるまじき物を。 | |
44 | 夜は安きいもねず、 | 夜はやすきいもねず。 | |
45 |
闇の夜に出でても穴を抉(くじ)り、 こゝかしこより覗き垣間見惑ひあへり。 |
闇の夜にも こゝかしこよりのぞきかいまみまどひあへり。 |
|
46 | さる時よりなんよばひとはいひける。 | さる時よりなん夜ばひとは云ける。 | |
47 | 人の物ともせぬ處に惑ひありけども、 | 人も物ともせぬ所にまどひありけども。 | |
48 | 何の効(しるし)あるべくも見えず。 | 何のしるしあるベくも見えず。 | |
49 |
家の人どもに 物をだに言はんとていひかくれども、 |
家の人どもに 物をだにいはんとていひかくれども。 |
|
50 | ことゝもせず。 | ことともせず。 | |
51 | 傍を離れぬ公達、 | あたりをはなれぬきんだち。 | |
52 | 夜を明し日を暮す人多かり。 | 夜をあかし日をくらす人おほかり。 | |
53 | 愚なる人は、 | をろかなる人は。 | |
54 |
益(やう)なき歩行(ありき)は よしなかりけり。とて、來ずなりにけり。 |
ようなきありきは よしなかりけりとて こず成にけり。 |
|
55 | その中に猶いひけるは、 | その中になを云けるは。 | |
56 | 色好といはるゝかぎり五人、 | 色好みといはるゝ限五人。 | |
57 | 思ひ止む時なく夜晝來けり。 | 思ひやむ時なく夜ひる來けり。 | |
58 | その名 | 其名ども。 | |
59 | 一人は石作皇子、 | 石作りの御子。 | |
60 | 一人は車持(くらもち)皇子、 | くらもちの御子。 | |
61 | 一人は右大臣阿倍御主人(みうし)、 | 左大臣安倍のみむらじ。 | |
62 | 一人は大納言大伴御行、 | 大納言大とも(伴イ)のみゆき。 | |
63 | 一人は中納言石上(いそかみ)麿呂、 | 中納言いそのかみのもろたり(かイ)。 | |
64 | たゞこの人々なりけり。 | 此人々なりけり。 | |
65 | 世の中に多かる人をだに、 | 世中におほかる人をだに。 | |
66 | 少しもかたちよしと聞きては、 | すこしも形よしと聞ては。 | |
67 | 見まほしうする人々なりければ、 | 見まほしくする人ども(たちイ)也ければ。 | |
68 | かぐや姫を見まほしうして、 | かのかぐや姫をみまほしくて。 | |
69 | 物も食はず思ひつゝ、 | 物もくはず思ひつゝ。 | |
70 |
かの家に行きてたたずみありきけれども、 かひあるべくもあらず。 |
かの家に行てたゝずみありきけれども(イ无) かひあるべくもあらず。 |
|
71 | 文を書きてやれども、返事もせず、 | 文を書てやれども返事もせず。 | |
72 |
わび歌など書きて遣れども、 かへしもせず。 |
侘歌など書てをこすれども。 | |
73 | かひなし。と思へども、 | かひなしと思へど。 | |
74 | 十一月(しもつき)十二月のふりこほり、 | 霜月しはすの降氷。 | |
75 | 六月の照りはたゝくにもさはらず來けり。 | 水無月のてりはたゝくにもさはらずきたり。 | |
76 | この人々、或時は | 此人々ある時は。 | |
77 |
竹取を呼びいでて、娘を我にたべ。と 伏し拜み、手を摩りの給へど、 |
竹取を喚てむすめを我にたべと ふし拜み手をすりのたまへど。 |
|
78 | 己(おの)がなさぬ子なれば、 | をのがなさぬ子なれば。 | |
79 |
心にも從はずなんある。 といひて、月日を過す。 |
心にも隨はずなむある と云て月日を過す。 |
|
80 | かゝればこの人々、家に歸りて | かゝれば此人々家に歸りて。 | |
81 | 物を思ひ、祈祷(いのり)をし、願をたて、 | 物を思ひ祈りをし願をたつ。 | |
82 | 思やめんとすれども止むべくもあらず。 | 思ひやむべくもあらず。 | |
83 |
さりとも遂に男合せざらんやは。 と思ひて、頼をかけたり。 |
さりとも終に男あはせざらんやは とおもひて賴をかけたり。 |
|
84 | 強(あながち)に志を見えありく。 | あながちに心ざしをみえありく。 | |
85 | これを見つけて、 | 是を見つけて。 | |
86 | 翁かぐや姫にいふやう、 | 翁かぐや姫に云樣。 | |
87 | 我子の佛變化の人と申しながら、 | 我子のほとけへんげの人と申ながら。 | |
88 |
こゝら大さまで養ひ奉る 志疎(おろか)ならず。 |
こゝらおほきさまでやしなひたてまつる 志をろかならず。 |
|
89 |
翁の申さんこと聞き給ひてんや。 といへば、 |
翁の申さん事を聞給ひてんや といへば。 |
|
90 | かぐや姫、 | かぐや姫。 | |
91 |
何事をか宣はん事を 承らざらん。 |
何事をかのたまはむ事を(はイ) 承はらざらむ。 |
|
92 | 變化の者にて侍りけん身とも知らず、 | 變化の物にてはんべりけん身ともしらず。 | |
93 | 翁 | 翁。 | |
94 | 嬉しくも宣ふものかな。といふ。 | うれしくもの給ふ物かなと云。 | |
95 | 翁年七十(なゝそぢ)に餘りぬ。 | 翁年七十にあまりぬ。 | |
96 | 今日とも明日とも知らず。 | 今日ともあすともしらず。 | |
97 | この世の人は、 | 此世の人は。 | |
98 | 男は女にあふことをす。 | おとこは女に逢。 | |
99 | 女は男に合ふことをす。 | 女は男にあふ事をす。 | |
100 | その後なん門も廣くなり侍る。 | 其後なむ門もひろくもなり侍る。 | |
101 |
いかでかさる事なくては おはしまさん。 |
いかでかさる事なくては おはしまさむ(せんイ)。 |
|
102 | かぐや姫のいはく、 | かぐや姫のいはく。 | |
103 |
なでふさることかしはべらん。 といへば、 |
なむでうさる事かし侍らん と云ば。 |
|
104 | 變化の人といふとも、 | 變化の人といふとも。 | |
105 | 女の身もち給へり。 | 女の身持給へり。 | |
106 | 翁のあらん限は、 | 翁のあらんかぎりは。 | |
107 | かうてもいますかりなんかし。 | かうてもいますかりなんかし。 | |
108 | この人々の年月を經て、 | 此人々の年月を經て。 | |
109 |
かうのみいましつつ、 宣ふことを思ひ定めて、 |
かうのみいましつゝ のたまふ事をおもひ定て。 |
|
110 | 一人々々にあひ奉り給ひね。といへば、 | 獨々にあひ奉り給ひねといへば。 | |
111 | かぐや姫いはく、 | かぐや姫いはく。 | |
112 | よくもあらぬ容を、 | よくもあらぬ形を。 | |
113 |
深き心も知らで、 あだ心つきなば、 後悔しきこともあるべきを。 と思ふばかりなり。 |
ふかき心もしらで あだ心つきなば 後くやしき事も有ベきを と思ふばかり也。 |
|
114 | 世のかしこき人なりとも、 | 世の賢き人成とも。 | |
115 |
深き志を知らでは、あひ難し となん思ふ。といふ。 |
ふかき志をしらではあひがたし となひ思ふと云。 |
|
116 | 翁いはく、 | 翁いはく。 | |
117 | 思の如くものたまふかな。 | 思ひのごとくもの給ふかな。 | |
118 |
そも\/いかやうなる 志あらん人にかあはんと思す。 |
そもそもいかやうなる 志あらん人にはあはんとおぼす。 |
|
119 |
かばかり志疎ならぬ人々 にこそあンめれ。 |
かばかりの心ざしをろかならぬ人々 にこそあめれ。 |
|
120 | かぐや姫のいはく、 | かぐや姫のいはく。 | |
121 | 何ばかりの深きをか見んといはん。 | なにばかりのふかきをかみんといはむ。 | |
122 | いさゝかのことなり。 | いさゝかの事也。 | |
123 | 人の志ひとしかンなり。 | 人の心ざしひとしかんなり。 | |
124 | いかでか中に劣勝(おとりまさり)は知らん。 | いかでか中にをとりまさりはしらむ。 | |
125 |
五人の中にゆかしき物見せ給へらんに、 御志勝りたり。とて仕うまつらん。と、 |
五人のひとの中にゆかしき物みせ給へらんに 御志まさりたりとてつかふまつらんと。 |
|
126 |
そのおはすらん人々に 申(まを)し給へ。といふ。 |
そのおはすらん人々に 申給へといふ。 |
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127 | よきことなり。とうけつ。 | よき事なりとうけつ。 | |
3.無理難題 |
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128 | 日暮るゝほど、例の集りぬ。 | 日くるゝ程に例のあつまりぬ。 | |
人々 | |||
129 | 或は笛を吹き、 | あるひは笛を吹。 | |
130 | 或は歌をうたひ、 | 或はうたをうたひ。 | |
131 | 或は唱歌をし、 | 或は琵琶しやうか(唱歌)をし。 | |
132 |
或はうそを吹き、 扇をならしなどするに、 |
あるひはうそ・(をイ)ふき あふぎをならしなどするに。 |
|
133 | 翁出でていはく、 | 翁出ていはく。 | |
134 |
辱くもきたなげなる所に、 年月を經て物し給ふこと、 |
忝もきたなげなる所に 年月を經てものし給ふ事。 |
|
135 | 極まりたるかしこまりを申す。 | きはまりたるかしこまりと申す。 | |
136 | 翁の命今日明日とも知らぬを、 | 翁の命今日明日ともしらぬを。 | |
137 | かくのたまふ君達(きみたち)にも、 | かくの給ふ君達にも。 | |
138 |
よく思ひ定めて仕うまつれ。と申せば、 深き御心をしらではとなん申す。 さ申すも理なり。 |
よく思ひ定てつかふまつれと 申も理なり。 |
|
139 | いづれ劣勝おはしまさねば、 | いづれもをとり增りおはしまさねば。 | |
140 |
ゆかしきもの見せ給へらんに、 御(おん)志のほどは見ゆべし。 |
御志の程はみゆべし。 |
|
141 | 仕うまつらんことは、 | つかふまつらん事は。 | |
142 | それになむ定むべき。といふ。 | それになむ定むべきといへば。 | |
143 | これ善きことなり。 | 是よき事なり。 | |
144 | 人の恨もあるまじ。といへば、 | 人の御恨も有まじと云。 | |
145 | 五人の人々もよきことなり。といへば、 | 五人の人々もよき事也といへば。 | |
146 | 翁入りていふ。 | 翁入て云。 | |
147 | かぐや姫、 | かぐや姫。 | |
148 |
石作皇子には、 天竺に佛の御(み)石の鉢といふものあり。 |
石作の御子には ・(天竺にイ)佛の御いしのはちと云物あり。 |
|
149 | それをとりて給へ。といふ。 | それをとりて給へと云。 | |
150 | 車持皇子には、 | 倉もちの御子には。 | |
151 |
東(ひんがし)の海に 蓬莱といふ山あンなり。 |
東の海に 蓬萊と云山あり。 |
|
152 |
それに白銀を根とし、黄金を莖とし、 白玉を實としてたてる木あり。 |
それにしろがねを根として金をくきとし 白き玉をみとし・(てイ)たてる木あり。 |
|
153 | それ一枝折りて給はらん。といふ。 | それを一えだおりて給はらんと云。 | |
154 | 今一人には、 | 今獨には。 | |
155 |
唐土にある、 火鼠の裘(かはごろも)を給へ。 |
もろこしにある 火鼠の革ぎぬをたまへ。 |
|
156 | 大伴大納言には、 | 大とも(伴イ)の大納言には。 | |
157 | 龍(たつ)の首に五色に光る玉あり。 | 龍のくびに五色に光る玉あり。 | |
158 | それをとりて給へ。 | それをとりて給へ。 | |
159 | 石上中納言には、 | 磯の上の中納言には。 | |
160 |
燕(つばくらめ)のもたる 子安貝一つとりて給へ。といふ。 |
つばくらめのもたる こやすのかひ一つ(イ无)とりて給へといふ。 |
|
161 | 翁 | 翁。 | |
162 | 難きことゞもにこそあンなれ。 | かたき事どもにこそあなれ。 | |
163 | この國にある物にもあらず。 | 此國に有物にはあらず。 | |
164 | かく難き事をばいかに申さん。といふ。 | かく難事をばいかに申さんといふ。 | |
165 | かぐや姫、 | かぐや姫。 | |
166 | 何か難からん。といへば、 | なにかかたからんといへば。 | |
167 | 翁、 | 翁。 | |
168 | とまれかくまれ申さん。とて、出でて | とまれかくまれ申さんとて出て。 | |
169 |
かくなん、聞ゆるやうに見せ給へ。 といへば、 |
かくなむきこゆるやうに見たまへ といへば。 |
|
170 | 皇子達上達部聞きて、 | 御子たち上だちめ聞て。 | |
171 |
おいらかに、あたりよりだになありきそ。 とやは宣はぬ。 |
おいらかにあたりよりだになありきそ とやはのたまはぬといひて。 |
|
172 | といひて、うんじて皆歸りぬ。 | うむじてみな歸ぬ。 | |
4.石作皇子 |
|||
173 | 猶この女見では、 | なを此女みでは。 | |
174 | 世にあるまじき心ちのしければ、 | 世にあるまじき心ちしければ。 | |
175 |
天竺にあるものも持てこぬものかは。 と、思ひめぐらして、 |
天竺にある物ももてこぬものかは と思ひめぐらして。 |
|
176 |
石作皇子は 心のしたくみある人にて、 |
いしづくりの御子は 心のしたくある人にて。 |
|
177 | 天竺に二つとなき鉢を、 | 天竺に二つとなきはちを。 | |
178 |
百千萬里の程行きたりとも いかでか取るべき。と思ひて、 |
百千萬里のほどいきたりとも いかで・(かイ)とるベきと思ひて。 |
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179 | かぐや姫の許には、 | かぐや姫のもとには。 | |
180 |
今日なん天竺へ石の鉢とりにまかる。 と聞かせて、 |
今日なん天竺へ石のはちとにまかる と聞せて。 |
|
181 |
三年ばかり經て、大和國 十市郡(とをちのこほり)にある山寺に、 |
三年計大和國 とをちの郡に有山寺に。 |
|
182 |
賓頭盧(びんづる)の前なる鉢の ひた黑に煤つきたるをとりて、 |
びむづるの前なるはちの ひたぐろに墨付たるを取て。 |
|
183 | 錦の袋に入れて、 | 錦の袋に入て。 | |
184 | 作花の枝につけて、 | つくり花の枝につけて。 | |
185 | かぐや姫の家にもて來て見せければ、 | かぐや姫の家にもて來て見せければ。 | |
186 | かぐや姫あやしがりて見るに、 | かぐや姫あやしがりてみれば。 | |
187 | 鉢の中に文あり。 | はちの中にふみ有。 | |
188 | ひろげて見れば、 | ひろげて見れば。 | |
♪1 189 |
海山の みちにこゝろを つくしはて |
海山の 道にこゝろを つくしはて |
|
みいしの鉢の なみだながれき |
な[みイ]いしの鉢の なみた流れき |
||
190 | かぐや姫、光やある。と見るに、 | かぐや姫光や有とみるに。 | |
191 | 螢ばかりのひかりだになし。 | 螢ばかりのひかりだになし。 | |
♪2 192 |
おく露の ひかりをだにも やどさまし |
置露の 光をたにも やとさまし |
|
小倉山にて なにもとめけむ |
をくら山にて なにもとめけむ |
||
193 | とてかへしいだすを、 | とて返し出すを。 | |
194 | 鉢を門に棄てゝ、 | はちを門にすてゝ。 | |
195 | この歌のかへしをす。 | 此歌の返しをす。 | |
♪3 196 |
しら山に あへば光の うするかと |
しら山に あへは光の うするかと |
|
はちを棄てゝも たのまるゝかな |
鉢をすてゝも 賴まるゝかな |
||
197 | とよみて入れたり。 | とよみて入たり。 | |
198 | かぐや姫返しもせずなりぬ。 | かぐや姫返しもせずなりぬ。 | |
199 | 耳にも聞き入れざりければ、 | みゝにも聞入ざりければ。 | |
200 | いひ煩ひて歸りぬ。 | いひわづらひて歸りぬ。 | |
201 |
かれ鉢を棄てゝ またいひけるよりぞ、 |
かのはちをすてゝ 又云けるによりぞ。 |
|
202 |
面なき事をば はぢをすつとはいひける。 |
おもなき事をば はちをすつとはいひける。 |
|
5.車持皇子 |
|||
203 | 車持皇子は | 倉もちの御子は。 | |
204 | 心たばかりある人にて、 | 心たばかりある人にて。 | |
205 | 公には、 | おほやけには。 | |
206 |
筑紫の國に湯あみに罷らん。 とて、暇申して、 |
つくしの國にゆあみにまからん とていとま申して。 |
|
207 | かぐや姫の家には、 | かぐや姫の家には。 | |
208 |
玉の枝とりになんまかる。 といはせて下り給ふに、 |
玉のえだとりになむまかる といはせてくだり給ふに。 |
|
209 |
仕うまつるべき人々、 皆難波まで御おくりしけり。 |
つかふまつるべき人々 皆難波まで御送りしける。 |
|
210 |
皇子いと忍びて。と宣はせて、 人も數多率ておはしまさず、 |
御子いと忍びてのたまはせて 人もあまたゐておはしまさず。 |
|
211 | 近う仕うまつる限して出で給ひぬ。 | ちかうつかうまつる限りしていで給ひ。 | |
212 |
御おくりの人々、 見奉り送りて歸りぬ。 |
御送りの人々 見たてまつり送りて歸りぬ。 |
|
213 |
おはしましぬ。 と人には見え給ひて、 三日許ありて漕ぎ歸り給ひぬ。 |
おはしましぬ と人にみえ給ひて 三日ばかりありて漕かへり給ひぬ。 |
|
214 |
かねて事皆仰せたりければ、 その時一の工匠(たくみ)なりける 内匠(うちたくみ) 六人を召しとりて、 |
かねてことみなおほせたりければ 其時ひとつ(一のイ)寶なりける かぢ[內イ]だくみ 六人をめしとりて。 |
|
215 |
容易(たはやす)く人より くまじき家を作りて、 |
たはやすく人より くまじき家つくり[家をつくりてイ]。 |
|
216 | 構を三重にしこめて、 | かまどをみへにしこめて。 | |
217 |
工匠等を入れ給ひつゝ、 皇子も同じ所に籠り給ひて、 |
たくみらを入給ひつゝ 御子も同じ所にこもり給ひて。 |
|
218 | しらせ給ひつるかぎり | しらせ給ひたるかぎり。 | |
219 |
十六そをかみにくどをあけて、 玉の枝をつくり給ふ。 |
十六そをかみにくどをあけて 玉のえだを作り給ふ。 |
|
220 |
かぐや姫のたまふやうに、 違はずつくり出でつ。 |
かぐや姫のたまふやうに たがはず作り出づ。 |
|
221 | いとかしこくたばかりて、 | いとかしこくたばかりて。 | |
222 | 難波に密(みそか)にもて出でぬ。 | 難波にみそかにもて出ぬ。 | |
223 |
船に乘りて歸り來にけり。と、 殿に告げやりて、 いといたく苦しげなるさまして居給へり。 |
船に乘てかへり來にけりと とのにつげやりて いといたくくるしがりたるさましてゐたまへり。 |
|
224 | 迎に人多く參りたり。 | むかへに人多く參りたり。 | |
225 |
玉の枝をば長櫃に入れて、 物覆ひてもちて參る。 |
玉のえだをばながびつに入て 物おほひて持てまいる。 |
|
226 | いつか聞きけん、 | いつか聞けむ。 | |
227 | 車持皇子は、 | くらもちの御子は。 | |
228 |
優曇華の花持ちて 上り給へり。とのゝしりけり。 |
うどんぐゑの花もちて のぼりたまへりとのゝしりけり。 |
|
229 |
これをかぐや姫聞きて、 我はこの皇子にまけぬべし。 と、胸つぶれて思ひけり。 |
是をかぐや姫聞て 我は此御子にまけぬべし と胸つぶれて思ひけり。 |
|
230 | かゝるほどに門(もん)を叩きて、 | かゝるほどに門をたゝきて。 | |
231 | 車持皇子おはしたり。と告ぐ。 | 倉持の御子おはしたりとつぐ。 | |
232 |
旅の御姿ながら おはしましたり。といへば、 |
旅の御姿ながら おはしましたりといへば。 |
|
233 | 逢ひ奉る。 | あひたてまつる。 | |
234 | 皇子のたまはく、 | 御子のたまはく。 | |
235 |
命を捨てゝ かの玉の枝持てきたり。とて、 |
命をすてゝ かの玉のえだもちて來りとて。 |
|
236 | かぐや姫に見せ奉り給へ。といへば、 | かぐや姫に見せ奉り給へといへば。 | |
237 | 翁もちて入りたり。 | 翁持て入たり。 | |
238 | この玉の枝に文をぞつけたりける。 | 此玉のえだにふみぞつけたりける。 | |
♪4 239 |
いたづらに 身はなしつとも 玉の枝を |
徒に 身はなしつとも 玉のえた(をイ) |
|
手をらでさらに 歸らざらまし |
たをらて更に かへらさらまし |
||
240 |
これをもあはれと見て居をるに、 竹取の翁走り入りていはく、 |
是をも哀とも見てをるに 竹とりの翁走入ていはく。 |
|
241 |
この皇子に申し給ひし 蓬莱の玉の枝を、 |
此御子に申給ひし 蓬萊の玉のえだを。 |
|
242 | 一つの所もあやしき處なく、 | ひとつの所あやしき所なく。 | |
243 | あやまたずもておはしませり。 | あやまたずもておはしませり。 | |
244 |
何をもちてか、 とかく申すべきにあらず。 |
何をもちて・[かイ] とかく申べきにあらず。 |
|
245 | 旅の御姿ながら、 | 旅御姿ながら。 | |
246 |
我御家へも 寄り給はずしておはしましたり。 |
我家へも よりたまはずしておはしましたり。 |
|
247 |
はやこの皇子に あひ仕うまつり給へ。といふに、 |
はや此御子に あひつかうまつり給へといふに。 |
|
248 | 物もいはず頬杖(つらづゑ)をつきて、 | 物もいはでつらづえ・(をイ)付て。 | |
249 | いみじく歎かしげに思ひたり。 | いみじくなげかしげに思ひたり。 | |
250 |
この皇子 今さら何かといふべからず。 といふまゝに、 |
御子 今何かと云べからず と云まゝに。 |
|
251 | 縁にはひのぼり給ひぬ。 | 緣にはひのぼり給ぬ。 | |
252 | 翁ことわりに思ふ。 | 翁理と思ひ。 | |
253 | この國に見えぬ玉の枝なり。 | 此國にみえぬ玉の枝也。 | |
254 | この度はいかでかいなびまをさん。 | 此度はいかでかいなび申さん。 | |
255 |
人ざまもよき人におはす。 などいひ居たり。 |
人樣もよき人におはす など云ゐたり。 |
|
256 | かぐや姫のいふやう、 | かぐや姫の云やうは(イ无)。 | |
257 |
親ののたまふことを、 ひたぶるに いなび申さんことのいとほしさに、 |
親のたまふ事を ひたぶるに いなび申さん事のいとをしさに。 |
|
258 |
得難きものを、 かくあさましくもてくることを ねたく思ひ、 |
取がたき物を かくあさましくもてきたる事を ねたくおもひ |
|
259 | ・[侍るといへど。なほイ]。 | ||
260 | 翁は閨の内しつらひなどす。 | 翁は閨の內しつらひなどす。 | |
261 | 翁皇子に申すやう、 | 翁御子に申やう。 | |
262 | いかなる所にかこの木はさぶらひけん。 | いかなる所にか此木は候けん。 | |
263 | 怪しく麗しくめでたきものにも。と申す。 | あやしくうるはしくめでたきものにもと申。 | |
264 | 皇子答こたへての給はく、 | 御子こたへての給く。 | |
265 |
前一昨年(さをとゝし)の 二月(きさらぎ)の十日頃に、 難波より船に乘りて、海中にいでて、 |
さをとゝしの きさらぎの十日頃に 難波より船に乘て海の中に出て。 |
|
266 | 行かん方も知らず覺えしかど、 | ゆかんかたもしらず覺しかど。 | |
267 |
思ふこと成らでは、 世の中に生きて何かせん。 と思ひしかば、 |
思ふ事ならで 世中にいきて何かせん と思ひしかば。 |
|
268 | たゞ空しき風に任せてありく。 | たゞむなしき風にまかせてありく。 | |
269 | 命死なばいかゞはせん。 | 命しなばいかゞはせん。 | |
270 | 生きてあらん限はかくありきて、 | いきてあらん限かくありきて。 | |
271 |
蓬莱といふらん山に逢ふや。と、 浪にたゞよひ漕ぎありきて、 |
蓬萊といふらむ山にあふやと 海に漕たゞよひありきて。 |
|
272 | 我國の内を離れてありき廻りしに、 | 我國のうちを離てありき廻まかイりしに。 | |
273 |
或時は浪荒れつゝ海の底にも入りぬべく、 或時は風につけて 知らぬ國にふき寄せられて、 |
ある時はなみ荒つゝ海の底に入ぬべく 或時は風につけて しらぬ國に吹よせられて。 |
|
274 | 鬼のやうなるものいで來て殺さんとしき。 | 鬼のやうなるもの出來て殺さんとす。 | |
275 |
或時には來し方行末も知らず、 海にまぎれんとしき。 |
ある時はこしかた行末もしらず 海にまぎれむとしき。 |
|
276 |
或時にはかて盡きて、 草の根を食物としき。 |
或時にはかてつきて 草の根をくひものとす。 |
|
277 |
或時はいはん方なく むくつけなるもの來て、 食ひかゝらんとしき。 |
ある時はいはんかたなく むくつけ[つけげイ]なるものきて くひかゝらんとしき。 |
|
278 | 或時には海の貝をとりて、命をつぐ。 | ある時は海の貝をとりて命をつぐ。 | |
279 |
旅の空に助くべき人もなき所に、 いろ\/の病をして、 |
旅の空にたすけ給ふべき人もなき所に 色々のやまひをして。 |
|
280 | 行方すらも覺えず、 | 行方空も[すらもイ]おぼえず。 | |
281 |
船の行くに任せて、 海に漂ひて、 五百日(いほか)といふ辰の時許に、 |
船の行にまかせて 海にたゞよひて 五百日といふ辰の時ばかりに。 |
|
282 | 海の中に遙に山見ゆ。 | 海の中に纔に山みゆ。 | |
283 | 舟のうちをなんせめて見る。 | 舟のうちをなんせめてみる。 | |
284 |
海の上に漂へる山 いと大きにてあり。 |
海の上にたゞよへる山 いとおほきにて有。 |
|
285 | 其山の樣高くうるはし。 | 其山のさま高くうるはし。 | |
286 |
是や我覓むる山ならん。 と思へど、 |
これや我救る[もとむるイ]山ならん と思ひて。 |
|
287 | さすがに畏(おそろ)しく覺えて、 | さすがにおそろしくおぼえて。 | |
288 |
山の圍(めぐり)を指し廻らして、 二三日(ふつかみか)許見ありくに、 天人(あまびと)の粧したる女、 山の中より出で來て、 銀の金鋺をもて 水を汲みありく。 |
山のめぐりをさしめぐらして ニ三日ばかりみありくに 天人の粧ひしたる女 山の中より出來て 銀のかなまるをもちて 水をくみありく。 |
|
289 | これを見て船よりおりて、 | 是を見て船よりおりて。 | |
290 | この山の名を何とか申す。と問ふに、 | 此山の名を何とか申ととふ。 | |
291 | 女答へて曰く、 | 女こたへていはく。 | |
292 | これは蓬莱の山なり。と答ふ。 | 是は蓬萊の山なりと答。 | |
293 | 是を聞くに嬉しき事限なし。 | 是を聞に嬉しき事限なし。 | |
294 | この女に、かく宣ふは誰ぞ。と問ふ。 | 此女かくの給ふは誰そととふ。 | |
295 | 我名はほうかんるり。といひて、 | 我な・[はイ]ほうかんるりと云て。 | |
296 | ふと山の中に入りぬ。 | ふと山の中に入ぬ。 | |
297 |
その山を見るに、 更に登るべきやうなし。 |
其山を見るに 更にのぼるべきやうなし。 |
|
298 | その山のそばつらを廻れば、 | 其山の岨ひらをめぐりければ。 | |
299 | 世の中になき花の木どもたてり。 | 世中になき花の木どもたてり。 | |
300 |
金銀瑠璃色の水 流れいでたり。 |
金銀瑠璃色の水 山よりながれ出たり。 |
|
301 | それにはいろ\/の玉の橋わたせり。 | それには色々の玉の橋わたせり。 | |
302 | そのあたり照り輝く木どもたてり。 | そのあたりに照輝く木どもたてり。 | |
303 |
その中に このとりて持てまうできたりしは、 |
其內に このとりてもちてまうできたりしは。 |
|
304 | いとわろかりしかども、 | いとわろかりしかども。 | |
305 | のたまひしに違はましかば。とて、 | の給ひしにたがはましかばと。 | |
306 | この花を折りてまうできたるなり。 | 此花を折てまうで來る也。 | |
307 | 山は限なくおもしろし。 | 山は限なく面白し。 | |
308 | 世に譬ふべきにあらざりしかど、 | 世にたとふべきにあらざりしかど。 | |
309 | この枝を折りてしかば、 | 此枝を折てしかば。 | |
310 | さらに心もとなくて、 | 更に心もとなくて。 | |
311 | 船に乘りて追風ふきて、 | 舟に乘て追手の風吹て。 | |
312 | 四百餘日になんまうで來にし。 | 四百よ日になん詣きにし。 | |
313 | 大願(だいぐわん)の力にや、 | 大願・[のイ]力にや。 | |
314 |
難波より 昨日なん都にまうで來つる。 |
難波より 昨日なん都に詣きつる。 |
|
315 |
さらに潮にぬれたる衣(ころも)を だに脱ぎかへなでなん、まうで來つる。 との給へば、 |
更に鹽に雰たる衣を だに脫かへなでなん詣來つる とのたまへば。 |
|
316 | 翁聞きて、うち歎きてよめる、 | 翁聞て打歎てよめる。 | |
♪5 317 |
呉竹の よゝのたけとり 野山にも |
吳竹の よゝの竹とり 野山にも |
|
さやはわびしき ふしをのみ見し |
さやは侘しき ふしをのみ見し |
||
318 | これを皇子聞きて、 | 是を御子聞て。 | |
319 |
こゝらの日頃 思ひわび侍りつる心は、 |
こゝらの日頃 思ひ侘侍りつる心・[はイ]。 |
|
320 | 今日なんおちゐぬる。 | 今日なら[イ无]むおちゐぬる。 | |
321 | との給ひて、かへし、 | との給ひて返し。 | |
♪6 322 |
わが袂 けふかわければ わびしさの |
わか袂 けふかはけれは 侘しさの |
|
ちくさのかずも 忘られぬべし |
千種のかすも 忘られぬへし |
||
323 | との給ふ。 | との給ひ。 | |
324 |
かゝるほどに、 男(をとこ)ども 六人連ねて庭にいできたり。 |
かゝる程に 男・[どもイ] 六人つらねて庭に出來たり。 |
|
325 | 一人の男、 | 一人・(のイ)おとこ。 | |
326 |
文挾(ふばさみ)に 文をはさみてまをす。 |
ふばさみに 文を挿て申。 |
|
327 |
作物所(つくもどころ)の 寮(つかさ)のたくみ 漢部(あやべ)内麿まをさく、 |
つくもどころ つかさのたくみ あやべのうちまろ申さく。 |
|
328 |
玉の木を作りて 仕うまつりしこと、 |
玉の木を作り つかふまつりし事。 |
|
329 | 心を碎きて、 | 五穀を斷て。 | |
330 |
千餘日に 力を盡したること少からず。 |
千餘日に 力をつくしたる事すくなからず。 |
|
331 | しかるに祿いまだ賜はらず。 | 然るに錄[マヽ]いまだ給はらず。 | |
332 |
これを賜はり分ちて、 けごに賜はせん。 といひてさゝげたり。 |
是給はりてわろき けごにたまはせん と云てさゝげたり。 |
|
333 |
竹取の翁、 この工匠等が申すことは |
竹とり 此工等が申事を[はイ]。 |
|
334 | 何事ぞ。とかたぶきをり。 | 何事ぞとかたぶきおり。 | |
335 | 皇子は我にもあらぬけしきにて、 | 御子は我にもあらぬけしきにて。 | |
336 | 肝消えぬべき心ちして居給へり。 | 肝消ぬベき心ちしてゐ給へり。 | |
337 | これをかぐや姫聞きて、 | 是をかぐや姫聞て。 | |
338 |
この奉る文をとれ。 といひて見れば、 |
此奉る文をとれ と云てみれば。 |
|
339 | 文に申しけるやう、 | ふみに申けるやう。 | |
340 | 皇子の君 | 御子のきみ。 | |
341 |
千餘日賤しき工匠等と諸共に、 同じ所に隱れ居給ひて、 |
千日いやしき匠等ともろともに 同じ所に隱ゐたまひて。 |
|
342 | かしこき玉の枝を作らせ給ひて、 | かしこき玉の枝をつくらせ給ひて。 | |
343 |
官(つかさ)も賜はらん。 と仰せ給ひき。 |
司もたまは・(らイ)ん と仰給ひき。 |
|
344 | これをこの頃案ずるに、 | 是を・[このイ]頃あんずるに。 | |
345 |
御つかひとおはしますべき、 かぐや姫の要じ給ふべき なりけり。と承りて、 |
御つかひとおはしますべき かぐや姫のえうし給ふべき 成けりと承て。 |
|
346 | この宮より賜はらんと申して | 此宮よりたまはらんと申て。 | |
347 |
給はるべきなり。 といふを聞きて、 |
給るべきなり と云を聞て。 |
|
348 |
かぐや姫、 暮るゝまゝに 思ひわびつる心地ゑみ榮えて、 |
かぐや姫の くるゝまゝに 忍ひ侘つる心ちわらひさかへて。 |
|
349 | 翁を呼びとりていふやう、 | 翁をよびとりて云やう。 | |
350 | 誠に蓬莱の木かとこそ思ひつれ、 | 誠蓬萊の木とこそ思ひつれ。 | |
351 |
かくあさましき 虚事にてありければ、 |
かくあさましき 空事にてありけれ・(はイ)。 |
|
352 | はや疾くかへし給へ。といへば、 | はや返し給へといへば。 | |
353 | 翁こたふ、 | 翁こたふ。 | |
354 |
さだかに造らせたるもの と聞きつれば、 |
さすが[だかイ]につくらせたる物 と聞つれば。 |
|
355 |
かへさんこといと易し。 とうなづきをり。 |
返さん事いとやすし とうなづきおり。 |
|
356 | かぐや姫の心ゆきはてゝ、 | かぐや姫の心行果て。 | |
357 | ありつる歌のかへし、 | ありつる歌のかへし。 | |
♪7 358 |
まことかと 聞きて見つれば ことの葉を |
まことかと 聞てみつれは 言の葉を |
|
飾れる玉の 枝にぞありける |
飾れる玉の 枝にそ有ける |
||
359 | といひて、玉の枝もかへしつ。 | と云て玉のえだも返しつ。 | |
360 | 竹取の翁 | 竹取の翁。 | |
361 | さばかり語らひつるが、 | さばかりかたらひつるが。 | |
362 | さすがに覺えて眠(ねぶ)りをり。 | さすがに覺てねぶりをり。 | |
363 | 皇子はたつもはした | 御子は立もはした。 | |
364 | 居るもはしたにて居給へり。 | ゐるもはしたにてゐ給へり。 | |
365 | 日の暮れぬればすべ出で給ひぬ。 | 日の暮ぬればすベり出給ひぬ。 | |
366 | かのうれへせし工匠等をば、 | かのうれへせしたくみをば。 | |
367 | かぐや姫呼びすゑて、 | かぐや姫よびすへて。 | |
368 | 嬉しき人どもなり。といひて、 | うれしき人どもなりといひて。 | |
369 | 祿いと多くとらせ給ふ。 | 錄[マヽ]ども(いとイ)多くとらせ給ふ。 | |
370 |
工匠等いみじく喜びて、 思ひつるやうにもあるかな。 といひて、 |
たくみらいみじく喜て 思ひつるやうにも有哉 と云て歸る。 |
|
371 | かへる道にて、車持皇子 | 道にてくらもちの御子。 | |
372 |
血の流るゝまで ちようぜさせ給ふ。 |
ちのながるゝまで ちやうぜさせ給ふ。 |
|
373 | 祿得しかひもなく | ろくえしかひもなく。 | |
374 | 皆とり捨てさせ給ひてければ、 | みな取すてさせ給ひてければ。 | |
375 | 逃げうせにけり。 | 迯うせにけり。 | |
376 | かくてこの皇子、 | かくて此御子は。 | |
377 |
一生の恥 これに過ぐるはあらじ。 |
一しやうのはぢ 是にすぐるはあらじ。 |
|
378 | 女をえずなりぬるのみにあらず、 | 女を得ず成ぬるのみにあらず。 | |
379 |
天の下の人の 見思はんことの 恥かしき事。との給ひて、 |
天下の人の 見思はん事の はづかしき事との給ひて。 |
|
380 | たゞ一所深き山へ入り給ひぬ。 | たゞ一所ふかき山へ入給ひぬ。 | |
381 |
宮司候ふ人々、 皆手を分ちて 求め奉れども、 |
宮司さぶらひし人々 みなてを分ちて もとめたてまつれども。 |
|
382 |
御薨(みまかり)もやし たまひけん、 |
御しにもやし 給ひけん。 |
|
383 | え見つけ奉らずなりぬ。 | えみつけ奉らず成にけり[ぬイ]。 | |
384 |
皇子の御供に 隱し給はんとて、 |
[みこの御供に かくし給はんとて。 |
|
385 | 年頃見え給はざりけるなりけり。 | 年比見え給はざりけるなり。] | |
386 |
是をなん たまさかるとはいひ始めける。 |
是をなん たまかざ[さかイ]るとはいひはじめける。 |
|
6.阿倍御主人 |
|||
387 | 右大臣阿倍御主人は | 左大臣安倍のみむらじは。 | |
388 |
財(たから)豐に 家廣き人にぞおはしける。 |
寶ゆたかに 家廣き人にぞおはしける。 |
|
389 |
その年わたりける唐土船の 王卿(わうけい)といふものゝ許に、 文を書きて、 |
其年きたりけるもろこし船の わうけいといふ人のもとに 文を書て。 |
|
390 |
火鼠の裘といふなるもの 買ひておこせよ。とて、 |
火ねづみの皮といふなる物 買ておこせよとて。 |
|
391 | 仕うまつる人の中に心たしかなるを選びて、 | つかふまつる人の中に心たしかなるを撰て。 | |
392 | 小野房守といふ人をつけてつかはす。 | 小野房盛と云人をつけてつかはす。 | |
393 |
もていたりて、かの浦に居をる 王卿に金をとらす。 |
もていたりてかのうらにをる わうけいに金をとらす。 |
|
394 | 王卿文をひろげて見て、返事かく。 | わうけい文をひろげて見て返事かく。 | |
395 | 火鼠の裘 | 火鼠の皮衣。 | |
396 | 我國になきものなり。 | 此國になき物也。 | |
397 | おとには聞けども | 音にはきけども。 | |
398 | いまだ見ぬものなり。 | いまだ見ずさぶらふ物也。 | |
399 | 世にあるものならば、 | 世にある物ならば。 | |
400 | この國にももてまうで來なまし。 | 此國にももて詣來なまし。 | |
401 | いと難きあきなひなり。 | いとかたき商也。 | |
402 |
しかれども もし天竺にたまさかにもて渡りなば、 |
然ども 若天ぢくに逅にもて渡りなば。 |
|
403 |
もし長者のあたりに とぶらひ求めんに、 |
若ちやうじやのあたりに とぶらひもとめんに。 |
|
404 | なきものならば、 | なき物ならば。 | |
405 | 使に添へて金返し奉らん。といへり。 | 使に添てかねをば返し奉らんといへり。 | |
406 | かの唐土船來けり。 | 彼唐ぶねきけり。 | |
407 | 小野房守まうで來て | 小野房盛詣きて。 | |
408 | まうのぼるといふことを聞きて、 | まうのぼると云事を聞て。 | |
409 | あゆみとうする馬をもちて | あゆみとく(うイ)するむまをもちて。 | |
410 | 走らせ迎へさせ給ふ | はしらせむかへさせ給ふ。 | |
411 | 時に、馬に乘りて、 | 時に馬に乘て。 | |
412 |
筑紫よりたゞ七日(なぬか)に 上りまうできたり。 |
筑紫より唯七日に のぼりまふで來り。 |
|
413 | 文を見るに | 文をみるに。 | |
414 | いはく、 | いはく。 | |
415 | 火鼠の裘 | 火ねずみの革衣。 | |
416 | 辛うじて、人を出して求めて奉る。 | からうじて人を出して取て奉る。 | |
417 | 今の世にも昔の世にも、 | 今のよにも昔の世にも。 | |
418 | この皮は容易(たやす)くなきものなりけり。 | 此皮はたはやすくなき物也けり。 | |
419 | 昔かしこき天竺のひじり、 | 昔賢き天竺の聖。 | |
420 | この國にもて渡りて侍りける、 | 此國にもてわたりて侍りける。 | |
421 | 西の山寺にありと聞き及びて、公に申して、 | 西の山寺にありと聞及ておほやけに申て。 | |
422 | 辛うじて買ひとりて奉る。 | からうじてかい取て奉る。 | |
423 | 價の金少しと、 | あたひの金すくなしと。 | |
424 | 國司使に申しゝかば、 | こくし使に申しかば。 | |
425 | 王卿が物加へて買ひたり。 | わうけいが物くはへてかひたり。 | |
426 | 今金五十兩たまはるべし。 | 今金五十兩たまはらん。 | |
427 | 船の歸らんにつけてたび送れ。 | 舟のかへらんにつけてたび送れ。 | |
428 | もし金賜はぬものならば、 | 若金たまはぬ物ならば。 | |
429 | 裘の質かへしたべ。 | 皮衣のしち返したベ。 | |
430 | といへることを見て、 | といへる事をみて。 | |
431 | 何おほす。 | なにおぼす。 | |
432 | 今金少しのことにこそあンなれ。 | いま金少の事に[にてイ]こそあ[なイ]めれ。 | |
433 | 必ず送るべき物にこそあンなれ。 | [かならず送るベき物にこそあなれ。] | |
434 | 嬉しくしておこせたるかな。とて、 | うれしくしてをこせたる哉とて。 | |
435 | 唐土の方に向ひて伏し拜み給ふ。 | 唐のかたにむかひてふし拜み給ふ。 | |
436 | この裘入れたる箱を見れば、 | 此革衣入たる箱をみれば。 | |
437 |
種々のうるはしき瑠璃を いろへて作れり。 |
草々のうるはしきるりを 色へてつくれり。 |
|
438 |
裘を見れば 紺青(こんじやう)の色なり。 |
皮衣を見れば こんじやうの色也。 |
|
439 |
毛の末には 金の光輝きたり。 |
毛のすゑには こがねの光しさゝり(きイ、やきイ)たり。 |
|
440 |
げに寳と見え、 うるはしきこと比ぶべきものなし。 |
寶とみえ うるはしき事幷ぶべきものなし。 |
|
441 | 火に燒けぬことよりも、 | 火に燒ぬ事よりも。 | |
442 | 清(けう)らなることならびなし。 | けうらなる事双なし。 | |
443 |
むべかぐや姫の このもしがり給ふにこそありけれ。 との給ひて、 |
うベかぐや姫 このもしがり給ふにこそありけれ との給ひて。 |
|
444 | あなかしこ。とて、 | あなかしことて。 | |
445 |
箱に入れ給ひて、 物の枝につけて、 |
箱に入たまひて ものの枝に付て。 |
|
446 | 御身の假粧(けさう)いといたくして、 | 御身のけさう(化粧)いといたくして。 | |
447 | やがてとまりなんものぞとおぼして、 | やがてとまりなむ物ぞとおぼして。 | |
448 | 歌よみ加へて持ちていましたり。 | 歌讀くはへてもちていましたり。 | |
449 | その歌は、 | 其歌は。 | |
♪8 450 |
かぎりなき おもひに燒けぬ かはごろも |
かきりなき 思ひにやけぬ かは衣 |
|
袂かわきて 今日こそはきめ |
袂かはきて 今こそはきめ |
||
451 | と云り。 | ||
452 | 家の門かどにもて至りて立てり。 | 家の門にもていたりてたてり。 | |
453 | 竹取いで來て | 竹取出きて。 | |
454 | とり入れて、かぐや姫に見す。 | 取入てかぐや姫に見す。 | |
455 | かぐや姫 | かぐや姫の。 | |
456 | かの裘を見ていはく、 | 皮衣をみて云く。 | |
457 | うるはしき皮なンめり。 | うるはしき皮・[きぬイ]なめり。 | |
458 | わきてまことの皮ならんとも知らず。 | わきて誠の皮ならんともしらず。 | |
459 | 竹取答へていはく、 | 竹とりこたへていはく。 | |
460 | とまれかくまれ | とまれかくまれ。 | |
461 | まづ請じ入れ奉らん。 | 先しやうじ入奉らん。 | |
462 | 世の中に見えぬ裘のさまなれば、 | 世中にみえぬ皮衣のさまなれば。 | |
463 | 是をまことゝ思ひ給ひね。 | これを・[まこと]と思ひ給ね。 | |
464 | 人ないたくわびさせ給ひそ。といひて、 | 人ないたく佗させ・[奉らせ]たまひそと云て。 | |
465 | 呼びすゑたてまつれり。 | よびすへ泰れり。 | |
466 | かく呼びすゑて、 | かくよびすへて。 | |
467 |
この度は必ずあはん。と、 嫗の心にも思ひをり。 |
此たび必あはんと 女の心にも思ひをり。 |
|
468 |
この翁は、 かぐや姫のやもめなるを歎かしければ、 |
翁は かぐや姫のやもめなるをなげかしければ。 |
|
469 | よき人にあはせん。と思ひはかれども、 | よき人にあはせむと思ひはかれど。 | |
470 | 切に否。といふことなれば、 | せちにいなといふ事なれば。 | |
471 | えしひぬはことわりなり。 | えしゐぬはことはりなり。 | |
472 | かぐや姫翁にいはく、 | かぐや姫翁にいはく。 | |
473 | この裘は火に燒かんに、 | 此皮ぎぬは火にやかんに。 | |
474 | 燒けずはこそ實ならめと思ひて、 | 燒ずばこそまことならめと思ひて。 | |
475 | 人のいふことにもまけめ。 | 人の云事にもまけめ。 | |
476 | 世になきものなれば、 | 世になき物なれば。 | |
477 |
それを實と疑なく思はん。 との給ひて、 |
それをまこととうたがひなく思はん との給ひて。 |
|
478 | なほこれを燒きて見ん。といふ。 | 猶是をやきてこゝろみむといふ。 | |
479 | 翁それさもいはれたり。といひて、 | おきなそれさもいはれたりといひて。 | |
480 | 大臣(おとゞ)にかくなん申す。といふ。 | 大臣にかくなん申と云。 | |
481 | 大臣答へていはく、 | 大臣こたへていはく。 | |
482 | この皮は唐土にもなかりけるを、 | 此革は唐にもなかりし[けるイ]と[をイ]。 | |
483 | 辛うじて求め尋ね得たるなり。 | からうじて取尋[求イ]えたる也。 | |
484 | 何なにの疑かあらん。 | 何の疑あらん。 | |
485 | さは申すとも、 | 左は申とも。 | |
486 | はや燒きて見給へ。といへば、 | はや燒て見給へといへば。 | |
487 | 火の中にうちくべて燒かせ給ふに、 | 火のうちに打くベてやかせ給ふに。 | |
488 | めら\/と燒けぬ。 | めら〳〵とやけぬ。 | |
489 | さればこそ異物の皮なりけり。といふ。 | さればこそこともの皮也けりといふ。 | |
490 | 大臣これを見給ひて、 | 大臣是を見給ひて。 | |
491 | 御顔は草の葉の色して居給へり。 | ・[御イ]かほは草の葉の色してゐたまへり。 | |
492 |
かぐや姫は あなうれし。と喜びて居たり。 |
かぐや姫は あなうれしとよろこびていたり。 |
|
493 | かのよみ給へる歌のかへし、 | かのよみ給ひけるうたの返し。 | |
494 | 箱に入れてかへす。 | 箱に入てかへす。 | |
♪9 495 |
なごりなく もゆと知りせば かは衣 |
餘波なく もゆとしりせは 皮衣 |
|
おもひの外に おきて見ましを |
おもひのほかに 置て見ましを |
||
496 | とぞありける。 | とぞ有ける。 | |
497 | されば歸りいましにけり。 | されば歸りいましにけり。 | |
498 | 世の人々、 | よの人々。 | |
499 |
安倍大臣は 火鼠の裘をもていまして、 |
あべの大臣 火鼠の皮ぎぬもていまして。 |
|
500 | かぐや姫にすみ給ふとな。 | かぐや姫にすみ給ふとな。 | |
501 | こゝにやいます。など問ふ。 | こゝにやいますなどとふ。 | |
502 | 或人のいはく、 | ある人のいはく。 | |
503 | 裘は火にくべて燒きたりしかば、 | 皮は火にくべてやきたりしかば。 | |
504 | めら\/と燒けにしかば、 | めら〳〵とやけにしかば。 | |
505 | かぐや姫逢ひ給はず。といひければ、 | かぐや姫逢給ずと云ければ。 | |
506 | これを聞きてぞ、 | 是を聞てぞ。 | |
507 |
とげなきものをば あへなしとはいひける。 |
とげなき物をば あへなしと・(はイ)云ける。 |
|
7.大伴御行 |
|||
508 | 大伴御行の大納言は、 | 大友(伴イ)の御ゆきの大納言は。 | |
509 | 我家にありとある人を召し集めての給はく、 | 我家に有とある人めしあつめての給はく。 | |
510 |
龍(たつ)の首に 五色の光ある玉あンなり。 |
龍の首に 五色の光ある玉あなり。 |
|
511 | それをとり奉りたらん人には、 | それとりてたてまつりたらん人には。 | |
512 |
願はんことをかなへん。 との給ふ。 |
ねがはん事をかなへん とのたまふ。 |
|
513 |
男(をのこ)ども 仰の事を承りて申さく、 |
男ども 仰の事を承て申さく。 |
|
514 | 仰のことはいとも尊(たふと)し。 | 仰の事はいともたうとし。 | |
515 | たゞしこの玉容易(たはやす)くえとらじを、 | 但此玉たはやすくえとらじを。 | |
516 |
况や龍の首の玉は いかゞとらん。と申しあへり。 |
いはんや龍の首の玉は いかゞとらむと申あへり。 |
|
517 | 大納言のたまふ、 | 大納言のたまふ。 | |
518 | 君の使といはんものは、 | てん[きみイ]の使といはんものは。 | |
519 |
命を捨てゝも 己(おの)が君の仰事をば |
命をすてゝも をのが君の仰ごとをば。 |
|
520 |
かなへん。 とこそ思ふべけれ。 |
かなへん とこそおもは[ふイ]べけれ。 |
|
521 |
この國になき 天竺唐土の物にもあらず、 |
此國になき 天竺唐の物にもあらず。 |
|
522 |
この國の海山より 龍はおりのぼるものなり。 |
此國の海山より 龍はおりのぼるもの也。 |
|
523 | いかに思ひてか | いかに思ひてか。 | |
524 | 汝等難きものと申すべき。 | なんぢらかたき物と申べき。 | |
525 | 男ども申すやう、 | をのこども申やう。 | |
526 | さらばいかゞはせん。 | さらばいかがはせむ。 | |
527 | 難きものなりとも、 | かたき事(ものイ)成とも。 | |
528 | 仰事に從ひてもとめにまからん。と申す。 | 仰ごとに隨てもとめにまからむと申に。 | |
529 | 大納言見笑ひて、 | 大納言見わらひて。 | |
530 | 汝等君の使と名を流しつ。 | なんぢらが君の使と名をながしつ。 | |
531 |
君の仰事をばいかゞは背くべき。 との給ひて、 |
君のおほせごとをば如何は背くべき との給ひて。 |
|
532 | 龍の首の玉とりにとて出したて給ふ。 | 龍の首の玉取にとて出し立給ふ。 | |
533 | この人々の | 此人々の。 | |
534 | 道の糧・食物に、 | みちのかてくひ物に。 | |
535 | 殿のうちの絹 | とののうちのきぬ。 | |
536 | ・綿 | わた。 | |
537 | ・錢など | ぜに(銭)など。 | |
538 | あるかぎりとり出でそへて遣はす。 | ある限取出てそへてつかはす。 | |
539 |
この人々ども、歸るまでいもひをして 我は居らん。 |
此人どもの歸るまでいもゐをして 我はをらん。 |
|
540 |
この玉とり得では家に歸りくな。 との給はせけり。 |
此玉取えでは家にかへりくな とのたまはせけり。 |
|
541 | おの\/仰承りて罷りいでぬ。 | 各仰承て罷ぬ。 | |
542 |
龍の首の玉とり得ずは歸りくな。 との給へば、 |
たつのかしらの玉とりえずばかへりくな とのたまへば。 |
|
543 |
いづちも\/ 足のむきたらんかたへいなんとす。 |
いづちも〳〵 足のむきたらんかたへゆか(いなイ)んとす。 |
|
544 | かゝるすき事をし給ふことゝそしりあへり。 | かゝるすき事をし給ふ事と誹りあへり。 | |
545 |
賜はせたる物は おの\/分けつゝとり、 |
たまはら[イ无]せたる物 各分つゝとる。 |
|
546 | 或あるは己が家にこもりゐ、 | 或はをのが家に籠り居。 | |
547 | 或はおのがゆかまほしき所へいぬ。 | 或はをのがゆかまほしき所へいぬ。 | |
548 |
親・君と申すとも、 かくつきなきことを仰せ給ふこと。と、 |
親君と申とも かくつきなき事をの(仰イ)給ふ事と。 |
|
549 | ことゆかぬものゆゑ、 | ことゆかぬ・[ものイ]ゆへ。 | |
550 | 大納言を謗りあひたり。 | 大納言をそしりあひたり。 | |
551 | かぐや姫すゑんには、 | かぐや姫すへんには。 | |
552 | 例のやうには見にくし。との給ひて、 | れいやうには見にくしとの給ひて。 | |
553 | 麗しき屋をつくり給ひて、 | うるはしき屋を作り給ひて。 | |
554 | 漆を塗り、 | うるしをぬり。 | |
555 | 蒔繪をし、いろへしたまひて、 | 蒔繪し給ひて。 | |
556 |
屋の上には糸を染めて いろ\/に葺かせて、 |
屋のうへにはいとをそめて いろ〳〵ふかせて。 |
|
557 | 内々のしつらひには、 | 內々のしつらひには。 | |
558 |
いふべくもあらぬ綾織物に繪を書きて、 間ごとにはりたり。 |
いふべくもあらぬ綾織物に繪を書て まごと(間每)にはりたり。 |
|
559 | もとの妻どもは去りて、 | もとのめどもは。 | |
560 | かぐや姫を必ずあはん。とまうけして、 | かぐや姫を必あはんまふけして。 | |
561 | 獨明し暮したまふ。 | 獨明しくらし給ふ。 | |
562 | 遣しゝ人は夜晝待ち給ふに、 | つかひし人は夜晝待給ふに。 | |
563 | 年越ゆるまで音もせず、 | 年越るまで音もせず。 | |
564 | 心もとながりて、 | 心もとなく(かりイ)て。 | |
565 | いと忍びて、 | いと忍て。 | |
566 | たゞ舍人二人召繼として | ただ舍人二人召付として。 | |
567 | やつれ給ひて、 | やつれ給ひ・[てイ]。 | |
568 |
難波の邊(ほとり)におはしまして、 問ひ給ふことは、 |
難波の邊におはしまして 問給ふ事は。 |
|
569 | 大伴大納言の人や、 | 大友(伴イ)の大納言どのの人や。 | |
570 | 船に乘りて龍殺して、 | ふねに乘て龍ころして。 | |
571 | そが首の玉とれるとや聞く。 | 其首の玉とれるとや聞と。 | |
572 | と問はするに、 | とはするに。 | |
573 | 船人答へていはく、 | 舟人こたへていはく。 | |
574 | 怪しきことかな。と笑ひて、 | あやしき事哉とわらひて。 | |
575 | さるわざする船もなし。と答ふるに、 | さるわざするふねもなしと答るに。 | |
576 | をぢなきことする船人にもあるかな。 | おぢなき事する船人にもある哉。 | |
577 | え知らでかくいふ。とおぼして、 | 得しらでかく云とおぼして。 | |
578 | 我弓の力は、 | 我ゆみの力は。 | |
579 |
龍あらば ふと射殺して首の玉はとりてん。 |
龍あらば ふといころして首の玉は(いイ)とりてん。 |
|
580 | 遲く來るやつばらを待たじ。との給ひて、 | をそくくるやつばらをまたじとの給ひて。 | |
581 |
船に乘りて、 海ごとにありき給ふに、 |
船にのりて 海ごとにありき給ふに。 |
|
582 | いと遠くて、 | いと遠くて。 | |
583 | 筑紫の方の海に漕ぎいで給ひぬ。 | 筑紫のかたの海に漕出給ひぬ。 | |
584 | いかゞしけん、 | いかゞしけむ。 | |
585 | はやき風吹きて、 | はやき風吹て。 | |
586 | 世界くらがりて、 | 世界くらがりて。 | |
587 | 船を吹きもてありく。 | 船を吹もてありく。 | |
588 | いづれの方とも知らず、 | いづれのかたともしらず。 | |
589 | 船を海中にまかり入りぬべくふき廻して、 | 舟を海中にまかり入ぬべく吹まはして。 | |
590 | 浪は船にうちかけつゝまき入れ、 | 波は船に打かけつゝまき入。 | |
591 | 神は落ちかゝるやうに閃きかゝるに、 | 神はおちかゝるやうにひらめきかゝるに。 | |
592 | 大納言は惑ひて、 | 大納言はまどひて。 | |
593 | まだかゝるわびしきめハ見ず。 | まだかゝる佗しさめ・[はイ]みず。 | |
594 | いかならんとするぞ。との給ふ。 | いかならんとするぞとのたまふ。 | |
595 | 楫取答へてまをす、 | 梶とりこたへて申。 | |
596 | こゝら船に乘りてまかりありくに、 | こゝら舟にのりてまかりありくに。 | |
597 | まだかくわびしきめを見ず。 | まだかく侘しきめを見ず。 | |
598 |
御(み)船海の底に入らずは 神落ちかゝりぬべし。 |
御船海のそこにいらば 神おちかゝりぬべし。 |
|
599 |
もしさいはひに神の助けあらば、 南海にふかれおはしぬべし。 |
もし幸に神のたすけあらば 南海にふかれおはしぬベし。 |
|
600 |
うたてある 主(しう)の御(み)許に 仕へ奉(まつ)りて、 |
うたてある 主のみもとに つかふまつりて。 |
|
601 |
すゞろなる死(しに)を すべかンめるかな。 とて、楫取なく。 |
すゞろなるしにを すベかめるかな とかぢとりなく。 |
|
602 | 大納言これを聞きての給はく、 | 大納言是を聞ての給く。 | |
603 |
船に乘りては 楫取の申すことをこそ 高き山ともたのめ。 |
船に乘ては 梶とりの申ことをこそ 高き山ともたのめ。 |
|
604 |
などかくたのもしげなきことを申すぞ。 と、あをへどをつきての給ふ。 |
などかくたのもしげなき事を申ぞ とあをへどをつきての給ふ。 |
|
605 | 楫取答へてまをす、 | かぢ取答て申。 | |
606 |
神ならねば 何業をか仕(つかうまつ)らん。 |
神ならねば 何わざをかつかふまつらむ。 |
|
607 | 風吹き浪はげしけれども、 | 風吹波はげしけれども。 | |
608 |
神さへいたゞきに 落ちかゝるやうなるは、 |
神さへいたゞきに おちかゝるやうなるは。 |
|
609 |
龍を殺さんと 求め給ひさぶらへばかくあンなり。 |
辰を殺さんと 救[求イ]給ふ故にある也。 |
|
610 | はやても龍の吹かするなり。 | はやても龍のふかするなり。 | |
611 | はや神に祈り給へ。といへば、 | はや神にいのり給へといふ。 | |
612 | よきことなり。とて、 | よき事也とて。 | |
613 | 楫取の御(おん)神聞しめせ。 | 梶とりの御神きこしめせ。 | |
614 | をぢなく心幼く | をと[ちイ]なく心おさなく。 | |
615 | 龍を殺さんと思ひけり。 | 龍をころさむと思ひけり。 | |
616 | 今より後は | 今より後は。 | |
617 |
毛一筋をだに 動し奉らじ。と、 |
けのすぢ(ゑイ)一すぢをだに うごかしたてまつらじと。 |
|
618 | 祝詞(よごと)をはなちて、 | よごとをはなちて。 | |
619 | 立居なく\/呼ばひ給ふこと、 | たちゐなく〳〵よばひ給ふこと。 | |
620 |
千度(ちたび)ばかり 申し給ふけにやあらん、 |
千度ばかり 申給ふけにやあらん。 |
|
621 | やう\/神なりやみぬ。 | 漸々神なりやみ。 | |
622 | 少しあかりて、 | すこし光て。 | |
623 | 風はなほはやく吹く。 | 風は猶はやく吹。 | |
624 | 楫取のいはく、 | 梶取のいはく。 | |
625 | これは龍のしわざにこそありけれ。 | 是はたつのしわざにこそありけれ。 | |
626 | この吹く風はよき方の風なり。 | 此吹風はよき方の風也。 | |
627 | あしき方の風にはあらず。 | 惡敷かたのかぜにはあらず。 | |
628 | よき方に赴きて吹くなり。といへども、 | よき方へおもむきて吹なりといへども。 | |
629 | 大納言は是を聞き入れ給はず。 | 大納言は是を聞入給はず。 | |
630 |
三四日(みかよか)ありて 吹き返しよせたり。 |
三四日ふきて 吹かへしよせたり。 |
|
631 |
濱を見れば、 播磨の明石の濱なりけり。 |
濱をみれば 播磨のあかしの濱なり鳧。 |
|
632 |
大納言 南海の濱に吹き寄せられたるにやあらん。 と思ひて、 |
大納言 南海の濱に吹よせられたるにやあらむ とおもひて。 |
|
633 | 息つき伏し給へり。 | いきつきふし給へり。 | |
634 |
船にある男ども 國に告げたれば、 國の司まうで訪ふにも、 |
舟にある男ども 國につきたれども 國の司まうでとぶらふにも。 |
|
635 | えおきあがり給はで、 | えおきあがり給はで。 | |
636 | 船底にふし給へり。 | ふなぞこに臥たまへり。 | |
637 | 松原に御み筵敷きておろし奉る。 | 松原に御むしろ敷ておろし奉る。 | |
638 |
その時にぞ 南海にあらざりけり。と思ひて、 |
其時にぞ 南海にあらざりけりとおもひて。 |
|
639 | 辛うじて起き上り給へるを見れば、 | からうじておきあがりたまへるを見れば。 | |
640 | 風いとおもき人にて、 | 風いとおもき人にて。 | |
641 | 腹いとふくれ、 | はらいとふくれ。 | |
642 | こなたかなたの目には、 | こなたかなたの目には。 | |
643 | 李を二つつけたるやうなり。 | すもゝを二つつけたる樣也。 | |
644 |
これを見奉りてぞ、 國の司もほゝゑみたる。 |
是をみたてまつりてぞ 國の司もほゝえみたる。 |
|
645 |
國に仰せ給ひて、 腰輿(たごし)作らせたまひて、 |
國におほせ給ひて たごしつくらせ給ひて。 |
|
646 | によぶ\/になはれて | 漸々[によふ〳〵イ]になはれたまひて。 | |
647 | 家に入り給ひぬるを、 | 家に入たまひぬるを。 | |
648 | いかで聞きけん、 | いかでか聞けん。 | |
649 | 遣しゝ男ども參りて申すやう、 | つかはしし男どもまいりて申やう。 | |
650 | 龍の首の玉をえとらざりしかばなん、 | 龍のくびの玉をえとらざらしかば。 | |
651 | 殿へもえ參らざりし。 | 南海へもまいらざりし。 | |
652 |
玉のとり難かりしことを 知り給へればなん、 |
玉の取がたかりし事を しり給へればなん。 |
|
653 |
勘當あらじ。 とて參りつる。と申す。 |
かむだうあらじ とて參つると申。 |
|
654 | 大納言起き出でての給はく、 | 大納言起出のたまはく。 | |
655 | 汝等よくもて來ずなりぬ。 | なむぢらよくもてこずなりぬ。 | |
656 | 龍は鳴神の類にてこそありけれ。 | たつはなる神のるいにこそ有けれ。 | |
657 | それが玉をとらんとて、 | それが玉をとらむとて。 | |
658 |
そこらの人々の 害せられなんとしけり。 |
そこらの人々の がいせられむとしけり。 |
|
659 | まして龍を捕へたらましかば、 | ましてたつをとらへたらましかば。 | |
660 |
またこともなく 我は害せられなまし。 |
又とこ[ことイ]もなく 我はがいせられなまし。 |
|
661 | よく捕へずなりにけり。 | よくとらへずやみ(なり)にける(りイ)。 | |
662 | かぐや姫てふ大盜人のやつが、 | かぐや姫てふおほ盜人のやつが。 | |
663 | 人を殺さんとするなりけり。 | 人をこるさむとする也けり。 | |
664 | 家のあたりだに今は通らじ。 | 家のあたりだに今はとをらじ。 | |
665 | 男どもゝなありきそ。とて、 | 男どももなありきそとて。 | |
666 | 家に少し殘りたりけるものどもは、 | 家に少殘りたりける物どもは。 | |
667 | 龍の玉とらぬものどもにたびつ。 | 龍の玉をとらぬものどもにたびつ。 | |
668 | これを聞きて、 | 是を聞て。 | |
669 | 離れ給ひしもとのうへは、 | はなれ給ひしもとの上は。 | |
670 | 腹をきりて笑ひ給ふ。 | はらをきりて(斷腸)わらひ給ふ。 | |
671 | 糸をふかせてつくりし屋は、 | いとをふかせつくりし屋は。 | |
672 |
鳶烏の巣に 皆咋(く)ひもていにけり。 |
とびからすの巢に みなくひもていにけり。 |
|
673 | 世界の人のいひけるは、 | 世界の人いひけるは。 | |
674 | 大伴の大納言は、 | 大とも(伴イ)の大納言は。 | |
675 | 龍の玉やとりておはしたる。 | 龍の首の玉や取ておはしたる。 | |
676 | いなさもあらず。 | いなさもあらず。 | |
677 |
御眼(おんまなこ)二つに 李のやうなる玉をぞ 添へていましたる。 といひければ、 |
みまなこ二つに すもゝのやうなる玉を・[ぞイ] そへていましたる といひければ。 |
|
678 | あなたへがた。といひけるよりぞ、 | あなたへがたといひけるよりぞ。 | |
679 |
世にあはぬ事をば、 あなたへがたとはいひ始めける。 |
世にあはぬ事をば ・[あなイ]堪がたとはいひはじめける。 |
|
8.石上麻呂 |
|||
680 |
中納言 石上麻呂は、 |
中納言 磯のかみのまろたり[もろたかイ]は。 |
|
681 | 家につかはるゝ男どもの許に、 | 家につかはるゝをのこどものもとに。 | |
682 |
燕(つばくらめ)の 巣くひたらば告げよ。 との給ふを、うけたまはりて、 |
つばくらめの すくひたらばつげよ との給ふを承て。 |
|
683 | 何の料にかあらん。と申す。 | 何の用にかあらむと申。 | |
684 | 答へての給ふやう、 | こたへての給ふやう。 | |
685 |
燕のもたる子安貝 とらん料なり。との給ふ。 |
つばくらめのもたるこやすの(イ无)かひ をとらんれうなりとの給ふ。 |
|
686 | 男ども答へて申す、 | をのこどもこたへて申。 | |
687 |
燕を 數多殺して見るにだにも、 腹になきものなり。 |
つばくらめを あまたころしてみるにだにも 腹になき物也。 |
|
688 |
たゞし子産む時 なんいかでかいだすらん、 |
たゞし子うむ時 なんいかでかいだすらん。 |
|
689 | はら\/と | はう〳〵かと申。 | |
690 | 人だに見れば失せぬ。と申す。 | 人だにみればうせぬと申。 | |
691 | 又人のまをすやう、 | 又人申やう。 | |
692 |
大炊寮(おほゐづかさ)の 飯炊ぐ屋の棟の |
おほいづかさの いひかしぐ屋のむねに[のイ]。 |
|
693 |
つくの穴毎に 燕は巣くひ侍り。 |
つくのあなごとに つばくらめは巢をくひ侍る。 |
|
694 |
それにまめならん男どもを ゐてまかりて、 |
それにまめならんをのこどもを ゐてまかりて。 |
|
695 |
あぐらをゆひて上げて 窺はせんに、 |
あぐらをゆひあげて うかゞはせんに。 |
|
696 |
そこらの燕子 うまざらんやは。 |
そこらのつばくらめを うまざらむやは。 |
|
697 | さてこそとらしめ給はめ。と申す。 | 扨こそとらしめ給はめと申。 | |
698 | 中納言喜び給ひて、 | 中納言よろこびたまひて。 | |
699 | をかしき事にもあるかな。 | おかしき事にも有哉。 | |
700 | もともえ知らざりけり。 | 尤えしらざりけり。 | |
701 | 興あること申したり。との給ひて、 | けうある事申たりとの給ひて。 | |
702 |
まめなる男ども 二十人ばかり遣して、 |
まめなるをのこども 廿人ばかりつかはして。 |
|
703 | あなゝひに上げすゑられたり。 | あなゝひにあげすへられたり。 | |
704 | 殿より使ひまなく給はせて、 | とのより使隙なくたまはせて。 | |
705 |
子安貝とりたるか。 と問はせ給ふ。 |
こやすの[イ无]かひとりたるか ととはせ給ふ。 |
|
706 |
燕も 人の數多のぼり居たるにおぢて、 |
つばくらめも 人あまたのぼりゐたるにおぢて。 |
|
707 | 巣にのぼりこず。 | すにものぼりこず。 | |
708 | かゝるよしの御返事を申しければ、 | かゝるよしの御返事を申たれば。 | |
709 | 聞き給ひて、 | 聞給ひて。 | |
710 |
いかゞすべき。 と思しめし煩ふに、 |
如何すべき とおぼしめし煩ふに。 |
|
711 |
かの寮の官人(くわんじん) くらつ麿と申す翁申すやう、 |
彼つかさのくわん人 くらつまろと申翁申やう。 |
|
712 |
子安貝 とらんと思しめさば、 |
こやすの(イ无)かひ とらむとおぼしめさば。 |
|
713 | たばかり申さん。とて、 | たばかり申さむとて。 | |
714 | 御前に參りたれば、 | 御前に參たれば。 | |
715 |
中納言 額を合せてむかひ給へり。 |
中納言 額を合てむかひゐたまへり。 |
|
716 | くらつ麿が申すやう、 | くらつまろが申やう。 | |
717 | この燕の子安貝は、 | 此燕めこやすのかひは。 | |
718 | 惡しくたばかりてとらせ給ふなり。 | あしくたばかりてとらせ給ふ也。 | |
719 | さてはえとらせ給はじ。 | 扨はえとらさ(イ无)せたまはじ。 | |
720 |
あなゝひにおどろ\/しく、 二十人の人ののぼりて侍れば、 |
あなゝひにおどろおどろしく 廿人のひと〴〵ののぼりて侍るなれば。 |
|
721 | あれて寄りまうで來ずなん。 | あれてよりまうでこず・[なりイ]。 | |
722 | せさせ給ふべきやうは、 | せさせ給ふべきやうは。 | |
723 |
このあななひを毀ちて、 人皆退きて、 |
此あなゝひをこぼちて 人みなしりぞきて。 |
|
724 |
まめならん人一人を 荒籠(あらこ)に載せすゑて、 |
まめならむ人を あらこにのせすへて。 |
|
725 |
綱をかまへて、鳥の子産まん間に 綱を釣りあげさせて、 |
つなをかまへて鳥のこうまん間に つなをつりあげさせて。 |
|
726 | ふと子安貝をとらせ給はんなん | ふとこやすの[イ无]かひをとらせ給なん。 | |
727 | よかるべき。と申す。 | よき事なる[ばよかるイ]ベきと申。 | |
728 | 中納言の給ふやう、 | 中納言の給ふやう。 | |
729 | いとよきことなり。とて、 | いとよき事なりとて。 | |
730 | あなゝひを毀ちて、 | あなゝひをこぼし。 | |
731 | 人皆歸りまうできぬ。 | 人みなかへりまうできぬ。 | |
732 | 中納言くらつ麿にの給はく、 | 中納言くらつまろにの給はく。 | |
733 |
燕はいかなる時にか 子を産むと知りて、 人をばあぐべき。とのたまふ。 |
つばくらめはいかなる時にか 子うむとしりて 人をばあぐべきとのたまふ。 |
|
734 | くらつ麿申すやう、 | くらつまろ申やう。 | |
735 | 燕は子うまんとする時は、 | つばくらめ子うまむとする時は。 | |
736 |
尾をさゝげて 七度廻りて なん産み落すめる。 |
おをさ・[さイ]げて 七度めぐりて なんうみおとすめる。 |
|
737 |
さて七度廻らんをりひき上げて、 そのをり子安貝はとらせ給へ。と申す。 |
扨七度めぐらんおり ひきあげてそのおり こやすの(イ无)貝はとらせたまへと申。 |
|
738 | 中納言喜び給ひて、 | 中納言喜て。 | |
739 |
萬の人にも知らせ給はで、 みそかに寮にいまして、 |
よろづの人にもしらせ給はで みそかにつかさにいまして。 |
|
740 | 男どもの中に交りて、 | をのこどもの中にまじりて。 | |
741 | 夜を晝になしてとらしめ給ふ。 | 夜をひるになしてとらしめ給ふ。 | |
742 |
くらつ麿かく申すを、 いといたく喜び給ひての給ふ、 |
くらつまろかく申を いといたく喜ての給ふ。 |
|
743 |
こゝに使はるゝ人にもなきに、 願をかなふることの嬉しさ。 と宣ひて、 |
こゝにつかはるゝ人にもなきに ねがひをかなふることのうれしさ との給ひて。 |
|
744 | 御衣(おんぞ)ぬぎてかづけ給ひつ。 | 御ぞぬぎてかづけ給つ。 | |
745 |
更に夜さりこの寮にまうでこ。 とのたまひて遣しつ。 |
さらによさり此司にまうでこ との給ひてつかはしつ。 |
|
746 |
日暮れぬれば、 かの寮におはして見給ふに、 誠に燕巣作れり。 |
日暮ぬれば かのつかさにおはして見給ふに 誠につばくらめ巢つくれり。 |
|
747 | くらつ麿申すやうに、 | くらつまろ申やう・[にイ]。 | |
748 | 尾をさゝげて廻るに、 | おうけて[をさゝげイ]めぐるに。 | |
749 |
荒籠に人を載せて 釣りあげさせて、 燕の巣に手をさし入れさせて探るに、 |
あらこに人をのぼせて つりあげさせて つばくらめの巢に手をさし入させてさぐるに。 |
|
750 | 物もなし。と申すに、 | 物もなしと申に。 | |
751 |
中納言 惡しく探ればなきなり。と腹だちて、 誰ばかりおぼえんに。とて、 |
中納言 あしくさぐればなきなりと腹立て たればかりおぼふらんにとて。 |
|
752 | 我のぼりて探らん。とのたまひて、 | われのぼりてさぐらむとの給ひて。 | |
753 |
籠にのりてつられ登りて 窺ひ給へるに、 |
籠に入てつられのぼりて うかゞひ給へるに。 |
|
754 |
燕尾をさゝげて いたく廻るに合せて、 |
つばくらめ尾をさげ[さゝげイ]て いたくめぐりけるにあはせて。 |
|
755 | 手を捧げて探り給ふに、 | 手をさゝげてさぐり給ふに。 | |
756 | 手にひらめるものさはる時に、 | ・[手にイ]ひらめる物さはりけるとき。 | |
757 | われ物握りたり。 | 我物にぎりたり。 | |
758 | 今はおろしてよ。 | 今はおろしてよ。 | |
759 | 翁しえたり。との給ひて、 | おきなしえたたり[イ无]との給ひて。 | |
760 |
集りて疾くおろさん。とて、 綱をひきすぐして、 綱絶ゆる、即 |
あつまりてとくおろさんとて 綱を引すぐして つなたゆるとき[すなはちにイ]に。 |
|
761 |
やしまの鼎の上に のけざまに落ち給へり。 |
やしまのかなへのうへに のけざまにおちたまへり。 |
|
762 | 人々あさましがりて、 | 人々あさましがりて。 | |
763 | 寄りて抱へ奉れり。 | 寄てかゝへたてまつれり。 | |
764 | 御目はしらめにてふし給へり。 | 御目はしらめにてふし給へり。 | |
765 | 人々御(み)口に水を掬ひ入れ奉る。 | 人々水をすくひ入たてまつれり。 | |
766 | 辛うじて息いで給へるに、 | からうじていき出給るに。 | |
767 | また鼎の上より、 | 又かなへの上より。 | |
768 | 手とり足とりしてさげおろし奉る。 | てとりあしとりしてさげおろし奉る。 | |
769 |
辛うじて 御(み)心地はいかゞおぼさるゝ。 と問へば、 |
からうじて 御心ちはいかゞおぼさるゝ ととへば。 |
|
770 | 息の下にて、 | 息の下にて。 | |
771 | ものは少し覺ゆれど | 物はすこしおぼゆれど。 | |
772 | 腰なん動かれぬ。 | こしなむうごかれぬ。 | |
773 |
されど子安貝をふと握りもたれば 嬉しく覺ゆるなり。 |
されどこやすのかひをふとにぎりもたれば 嬉敷おぼゆれ[ゆるなりイ]。 |
|
774 | まづ脂燭さしてこ。 | まづしそくさしてこ。 | |
775 |
この貝顔(かひがほ)みん。と、 御ぐしもたげて御手をひろげ給へるに、 |
このかひがほ(貝面)見むと 御ぐしもたげ御手をひろげ給へるに。 |
|
776 |
燕のまりおける 古糞を握り給へるなりけり。 |
つばくらめのまりおける ふるくそをにぎり給へるなりけり。 |
|
777 | それを見給ひて、 | それをみ給ひて。 | |
778 |
あなかひなのわざや。 との給ひけるよりぞ、 |
あなかひなのわざや との給ひけるよりぞ。 |
|
779 |
思ふに違ふこと をば、かひなしとはいひける。 |
思ふにたがふ事 をばかひなしといひける。 |
|
780 | かひにもあらず。と見給ひけるに、 | かひにもあらずと見給ひけるに。 | |
781 | 御こゝちも違ひて、 | 御心ちもたがひて。 | |
782 | 唐櫃の蓋に入れられ給ふべくもあらず、 | からびつのふたに入られ給ふべくもあらず。 | |
783 | 御腰は折れにけり。 | 御こしはおれにけり。 | |
784 |
中納言は いはけたるわざして、病むことを |
中納言は はら[いはイ]はげたるわざしてやむことを。 |
|
785 | 人に聞かせじとし給ひけれど、 | 人にきかせじとしたまひけれど。 | |
786 | それを病にていと弱くなり給ひにけり。 | それをやまひにていとよはく成たまひけり。 | |
787 | 貝をえとらずなりにけるよりも、 | かひをもとらずなりにける[よりも。 | |
788 | 人の聞き笑はんことを、 | 人の聞き笑はん]事を。 | |
789 | 日にそへて思ひ給ひければ、 | 日に添て思ひ給ひければ。 | |
790 |
たゞに病み死ぬるよりも、 人ぎき恥(はづか)しく覺え給ふなりけり。 |
たゞにやみしぬるよりも 人聞媿敷おぼえ給ふ成けり。 |
|
791 | これをかぐや姫聞きて | 是をかぐや姫聞て。 | |
792 | とぶらひにやる歌、 | とぶらひにやる歌。 | |
♪10 793 |
年を經て 浪立ちよらぬ すみのえの |
年をへて 浪立よらぬ すみのえの |
|
まつかひなしと 聞くはまことか |
まつかひなしと きくは誠か |
||
794 | とあるをよみて聞かす。 | とあるをよみてきかす。 | |
795 | いと弱き心地に頭もたげて、 | いとよはき心にかしらもたげて。 | |
796 | 人に紙もたせて、 | 人にかみをもたせて。 | |
797 | 苦しき心地に辛うじてかき給ふ。 | くるしき心ちにからうじて書給ふ。 | |
♪11 798 |
かひはかく ありけるものを わびはてゝ |
かひはなく 有ける物を わひはてゝ |
|
死ぬる命を すくひやはせぬ |
しぬる命を 救ひやはせぬ |
||
799 | と書きはてゝ絶え入り給ひぬ。 | と書はてゝたえ入給ひぬ。 | |
800 | これを聞きて、 | 是を聞て。 | |
801 | かぐや姫少し哀(あはれ)とおぼしけり。 | かぐや姫少哀とおぼしけり。 | |
802 |
それよりなん少し嬉しきことをば、 かひありとはいひける。 |
それよりなん少嬉しきことを ばかひあるとはいひけり。 |
|
9.帝 |
|||
803 |
さてかぐや姫かたち 世に似ずめでたきことを、 |
扨かぐや姫かたちの 世ににずめでたき事を。 |
|
804 | 帝聞しめして、 | 御門聞しめして。 | |
805 | 内侍中臣のふさ子にの給ふ、 | ないしなかとみのふさこにの給。 | |
806 |
多くの人の身を徒になして あはざンなるかぐや姫は、 |
多くの人の身を徒になして あはざなる[イ无]かぐや姫は。 |
|
807 |
いかばかりの女ぞ。と、 罷りて見て參れ。との給ふ。 |
いかばかりの女ぞと ・(まかりてイ)見てまいれとの給ふ。 |
|
808 | ふさ子承りてまかれり。 | ふさこ承てまかれり。 | |
809 | 竹取の家に | 竹取の家に。 | |
810 | 畏まりて請じ入れてあへり。 | 畏てしやうじ入てあへり。 | |
811 | 嫗に内侍のたまふ、 | 女にないしの給。 | |
812 | 仰ごとに、 | 仰ごとに。 | |
813 | かぐや姫の容いうにおはすとなり。 | かぐや姫のかたちいうにおはすなり。 | |
814 |
能く見て參るべきよしの給はせつるに なん參りつる。といへば、 |
よくみてまいるべきよしの給はせつるに なむまいりつるといへば。 |
|
815 | さらばかくと申し侍らん。といひて入りぬ。 | さらばかくと申侍らんといひて入ぬ。 | |
816 | かぐや姫に、 | かぐや姫に。 | |
817 | はやかの御使に對面し給へ。といへば、 | はやかの御使に對面し給へといへば。 | |
818 | かぐや姫、 | かぐや姫。 | |
819 | よき容にもあらず。 | よきかたちにもあらず。 | |
820 | いかでか見まみゆべき。といへば、 | いかでか見ゆべきといへば。 | |
821 | うたてもの給ふかな。 | うたてもの給ふ物哉。 | |
822 |
帝の御(み)使をば いかでか疎にせん。といへば、 |
帝の御使をば いかでかをろかにせむといへば。 |
|
823 | かぐや姫答ふるやう、 | かぐや姫こたふるやう。 | |
824 | 帝の召しての給はんこと | 御門のめしての給はん事。 | |
825 | かしこしとも思はず。といひて、 | かしこしともおもはずといひて。 | |
826 | 更に見ゆべくもあらず。 | 更にみゆべくもあらず。 | |
827 | うめる子のやうにはあれど、 | うめるこの樣にあれど。 | |
828 |
いと心恥しげに 疎(おろそか)なるやうにいひければ、 |
いと心はづかしげに 疎かなるやうにいひければ。 |
|
829 | 心のまゝにもえ責めず。 | 心の儘にもえせめず。 | |
830 | 嫗、内侍の許にかへり出でて、 | 女ないしのもとにかへり出て。 | |
831 |
口をしくこの幼き者は こはく侍るものにて、 |
口惜き此おさなきものは こはく侍る物にて。 |
|
832 | 對面すまじき。と申す。 | たいめんすまじきと申。 | |
833 | 内侍、 | ないし。 | |
834 |
必ず見奉りて參れ。と、 仰事ありつるものを、 |
必見たてまつりてまいれと おほせごとありつるものを。 |
|
835 |
見奉らでは いかでか歸り參らん。 |
見たてまつらでは いかでかかへりまいらん。 |
|
836 | 國王の仰事を、 | 國王の仰ごとを。 | |
837 |
まさに世に住み給はん人の 承り給はではありなんや。 |
まさに世にすみたまはむ人の 承り給はでありなんや。 |
|
838 | いはれぬことなし給ひそ。と、 | いはれぬ事なし給ひそと。 | |
839 | 詞はづかしくいひければ、 | 言葉はづかしくいひければ。 | |
840 | これを聞きて、 | 是を聞て。 | |
841 | ましてかぐや姫きくべくもあらず。 | ましてかぐや姫聞べくもあらず。 | |
842 | 國王の仰事を背かば | 國王の仰事を背かば。 | |
843 | はや殺し給ひてよかし。といふ。 | はやころし給ひてよかしといふ。 | |
844 | この内侍歸り參りて、このよしを奏す。 | 此內侍歸りまいりて此由をそうす。 | |
845 | 帝聞しめして、 | 御門聞食て。 | |
846 |
多くの人を殺してける心ぞかし。 との給ひて、 |
多くの人をころしてける心ぞかし との給てやみにける。 |
|
847 | 止みにけれど、猶思しおはしまして、 | されど猶思しおはして。 | |
848 |
この女(をうな)のたばかりにやまけん。 と思しめして、 竹取の翁を召して仰せたまふ、 |
此女のたばかりにやまけむ とおもほして 仰給ふ。 |
|
849 | 汝が持て侍るかぐや姫を奉れ。 | なんぢがもちてはんべるかぐや姫奉れ。 | |
850 |
顔容よしと聞しめして、 御使をたびしかど、 |
かほかたちよしと聞食て 御使をたびしかど。 |
|
851 | かひなく見えずなりにけり。 | かひなく見えず成にけり。 | |
852 |
かくたい\〃/しくやはならはすべき。 と仰せらる。 |
かくたい〴〵しくやはならはすべき と仰らる。 |
|
853 | 翁畏まりて御返事申すやう、 | 翁かしこまりて御かへり事申樣。 | |
854 | この女の童は、 | 此めのわらはは。 | |
855 |
絶えて宮仕(つかう) 奉まつるべくもあらず侍るを、 |
たえて宮づかへ 仕べくもあらず侍るを。 |
|
856 | もてわづらひ侍り。 | もてわづらひ侍る。 | |
857 | さりとも罷りて仰せ給はん。と奏す。 | さりともまかりて仰給はんと奏す。 | |
858 | 是を聞し召して仰せ給ふやう、 | 是を聞召て仰給ふやう。 | |
859 |
などか翁の手におほしたてたらんものを、 心に任せざらん。 |
などか翁の手におほしたてたらん物を 心にまかせざらむ。 |
|
860 | この女(め)もし奉りたるものならば、 | 此女もし奉りたる物ならば。 | |
861 | 翁に冠(かうぶり)をなどかたばせざらん。 | 翁にかふむり・[をイ]などかたばせざらん。 | |
862 | 翁喜びて家に歸りて、 | 翁喜て家に歸りて。 | |
863 | かぐや姫にかたらふやう、 | かぐや姫にかたらふやう。 | |
864 | かくなん帝の仰せ給へる。 | かくなむ帝の仰給へる。 | |
865 | なほやは仕う奉り給はぬ。といへば、 | なをやはつかふまつり給はぬといへば。 | |
866 | かぐや姫答へて曰く、 | かぐや姫答ていはく。 | |
867 |
もはらさやうの宮仕(つかう)奉まつらじ と思ふを、 |
もはらさやうの宮づかへつかふまつらじ と思ふを。 |
|
868 |
強ひて仕う奉らせ給はゞ 消え失せなん。 |
しゐてつかふまつらせたまはゞ 消うせなむず。 |
|
869 |
御(み)司冠つかう奉りて 死ぬばかりなり。 |
みつかさかふぶりつかふまつりて しぬばかり也。 |
|
870 | 翁いらふるやう、 | 翁いらふるやう。 | |
871 | なしたまひそ。 | なし給そ。 | |
872 |
官(つかさ)冠も、 我子を見奉らでは何にかはせん。 |
つかさかふぶりも 我こを見たてまつらでは何にかせむ。 |
|
873 | さはありとも | さはありとも。 | |
874 | などか宮仕をし給はざらん。 | などか宮づかへをしたまはざらん。 | |
875 | 死に給ふやうやはあるべき。といふ。 | しに給ふべきやうやあるべきと云。 | |
876 | なほそらごとか。と、仕う奉らせて | なをそらごとかとつかまつらせて。 | |
877 | 死なずやあると見給へ。 | しなずやあるとみたまへ。 | |
878 | 數多の人の志疎(おろか)ならざりしを、 | あまたの人の志をろかならざりしを。 | |
879 | 空しくなしてしこそあれ、 | むなしくなしてしこそあれ。 | |
880 | 昨日今日帝のの給はんことにつかん、 | きのふ今日帝の宣はん事につかむ。 | |
881 | 人ぎきやさし。といへば、 | 人聞やさしといへば。 | |
882 | 翁答へて曰く、 | 翁こたへていはく。 | |
883 | 天の下の事はとありともかゝりとも、 | 天下の事はとありともかゝりとも。 | |
884 |
御(おん)命の危きこそ 大なるさはりなれ。 |
身(御イ)命のあやうさこそ 大きなるさはりなれば。 |
|
885 |
猶仕う奉るまじきことを 參りて申さん。とて、 |
なをかうつかふまつるまじき事を まいりて申さむとて。 |
|
886 | 參りて申すやう、 | まいりて申樣。 | |
887 | 仰の事のかしこさに、 | 仰ごとのかしこさに。 | |
888 |
かの童を參らせん とて仕う奉れば、 |
かのわらはをまいらせむ とてつかふまつれば。 |
|
889 | 宮仕に出したてなば死ぬべし。とまをす。 | 宮仕に出奉候はゞしぬベしと申。 | |
890 | 造麿が手にうませたる子にてもあらず、 | 宮つこまろがてにうませたるこにてあらず。 | |
891 | 昔山にて見つけたる。 | 昔山にて見つけたる。 | |
892 |
かゝれば心ばせも世の人に似ずぞ侍る。 と奏せさす。 |
かゝれば心操もよの人ににずぞ侍る と奏せさす。 |
|
893 | 帝おほせ給はく、 | 御門仰給はく。 | |
894 | 造麿が家は山本近かンなり。 | 宮つこまろが家は山本ちかくなり。 | |
895 |
御(み)狩の行幸(みゆき)し給はん やうにて見てんや。とのたまはす。 |
御狩行幸し給はん やうにて見てむやとのたまはす。 |
|
896 | 造麿が申すやう、 | 宮つこまろが申樣。 | |
897 | いとよきことなり。 | いとよき事也。 | |
898 | 何か心もなくて侍らんに、 | 何か心もなくて侍らむに。 | |
899 |
ふと行幸して御覽ぜられなん。 と奏すれば、 |
ふと御幸して御覽ぜられなん と奏すれば。 |
|
900 | 帝俄に日を定めて、御狩にいで給ひて、 | 御門俄に日を定て御狩に出給ひて。 | |
901 |
かぐや姫の家に入り給ひて見給ふに、 光滿ちてけうらにて居たる人あり。 |
かぐや姫の家に入給ふて見給ふに 光みちてけうらにてゐたる人あり。 |
|
902 |
これならん。とおぼして、 近くよらせ給ふに、 |
是ならんと思して。 | |
903 | 逃げて入る、袖を捕へ給へば、 | にげて入袖をとりてをさへ給へば。 | |
904 | おもてをふたぎて候へど、 | 面をふたぎて候へど。 | |
905 | 初よく御覽じつれば、 | 始よく御覽じつれば。 | |
906 | 類なくおぼえさせ給ひて、 | たぐひなくめでたくおぼえさせ給ひて。 | |
907 | 許さじとす。とて | ゆるさじとすとて。 | |
908 | 率ておはしまさんとするに、 | ゐておはしまさむとするに。 | |
909 | かぐや姫答へて奏す、 | かぐや姫こたへてそうす。 | |
910 | おのが身は | をのが身は。 | |
911 | この國に生れて侍らばこそ仕へ給はめ、 | 此國に生れて侍らばこそつかひ給はめ。 | |
912 | いとゐておはし難くや侍らん。と奏す。 | いとゐておはしましがたくや侍らんとそうす。 | |
913 | 帝 | 御門。 | |
914 | などかさあらん。 | などかさあらん。 | |
915 | 猶率ておはしまさん。とて、 | なをゐておはしまさむとて。 | |
916 | 御(おん)輿を寄せたまふに、 | 御こしをよせ給ふに。 | |
917 | このかぐや姫きと影になりぬ。 | 此かぐや姫きとかげになりぬ。 | |
918 | はかなく、口をし。とおぼして、 | はかなく口惜とおぼして。 | |
919 | げにたゞ人にはあらざりけり。とおぼして、 | げにたゞ人にあらざりけりとおぼして。 | |
920 | さらば御供には率ていかじ。 | さらば御ともにはゐていかじ。 | |
921 | もとの御かたちとなり給ひね。 | もとの御かたちとなり給ひね。 | |
922 | それを見てだに歸りなん。と仰せらるれば、 | それをみてだにかへりなんと仰らるれば。 | |
923 | かぐや姫もとのかたちになりぬ。 | かぐや姫もとのかたちに成ぬ。 | |
924 |
帝なほめでたく思し召さるゝこと せきとめがたし。 |
御門猶めでたくおぼしめさるゝ事 せきとめがたし。 |
|
925 | かく見せつる造麿を悦びたまふ。 | かくみせつる宮つこまろを悅給ふ。 | |
926 |
さて仕うまつる百官の人々に、 あるじいかめしう仕う奉る。 |
扨つかふまつる百官人に あるじいかめしうつかふまつる。 |
|
927 |
帝かぐや姫を留めて歸り給はんことを、 飽かず口をしくおぼしけれど、 |
御門かぐや姫をとゞめて歸りたまはむ事を あかずくちおしくおぼしけれど。 |
|
928 |
たましひを留めたる心地して なん歸らせ給ひける。 |
魂をとゞめたる心ちして なむかへらせ給ひける。 |
|
929 | 御(おん)輿に奉りて後に、 | 御こしにたてまつりて後に。 | |
930 | かぐや姫に、 | かぐや姫に。 | |
♪12 931 |
かへるさの みゆき物うく おもほえて |
かへるさの 御幸物うく おもほえて |
|
そむきてとまる かぐや姫ゆゑ |
背てとまる かくや姫ゆへ |
||
932 | 御返事を、 | 御返り事。 | |
♪13 933 |
葎はふ 下にもとしは 經ぬる身の |
むくらはふ 下にもとしは へぬる身の |
|
なにかはたまの うてなをもみむ |
何かは玉の 臺をは(もイ)見む |
||
934 | これを帝御覽じて、 | これを御門御覽じて。 | |
935 | いとゞ歸り給はんそらもなくおぼさる。 | いと[かイ]ゞ歸り給はむ空もなくおぼさる。 | |
936 |
御心は 更に立ち歸るべくもおぼされざりけれど、 |
御心は 更に立かへるべくもおぼされざりけれど。 |
|
937 | さりとて夜を明し給ふべきにもあらねば、 | 去とて夜をあかし給ふべきにもあらねば。 | |
938 | 歸らせ給ひぬ。 | かへらせ給ひぬ。 | |
939 | 常に仕う奉る人を見給ふに、 | 常につかふまつる人をみ給ふに。 | |
940 |
かぐや姫の傍(かたはら)に 寄るべくだにあらざりけり。 |
かぐや姫の傍に よるべくだにあらざりけり。 |
|
941 |
こと人よりはけうらなり。 とおぼしける人の、 |
こと人よりもけうらなり とおぼしける人の。 |
|
942 | かれに思しあはすれば | かれにおぼしあはすれば。 | |
943 | 人にもあらず。 | 人にもあらず。 | |
944 | かぐや姫のみ御心にかゝりて、 | かぐや姫のみ御心にかゝりて。 | |
945 | たゞ一人過したまふ。 | 唯獨すご(みイ)し給ふ。 | |
946 | よしなくて御方々にもわたり給はず、 | よしなくて御かた〴〵にもわたり給はず。 | |
947 |
かぐや姫の御(おん)許にぞ 御文を書きて通はさせ給ふ。 |
かぐや姫の御もとにぞ 御文を書てかよはさせ給ふ。 |
|
948 |
御返事さすがに憎からず 聞えかはし給ひて、 |
御かへりさすがににくからず きこえかはし給ひて。 |
|
949 | おもしろき木草につけても、 | おもしろき木草につけても。 | |
950 | 御歌を詠みてつかはす。 | 御歌を讀てつかはす。 | |
10.月見 |
|||
951 | かやうにて、 | かやうにて。 | |
952 | 御心を互に慰め給ふほどに、 | 御心を互に慰め給ふほどに。 | |
953 | 三年ばかりありて、 | 三年計有て。 | |
954 |
春の初より、かぐや姫 月のおもしろう出でたるを見て、 |
春の初よりかぐや姫 月の面白う出たるをみて。 |
|
955 | 常よりも物思ひたるさまなり。 | 常よりも物おもひたるさまなり。 | |
956 | ある人の | ある人の。 | |
957 |
月の顔見るは忌むこと。ゝ 制しけれども、 |
月のかほみるはいむ事と せいしけれども。 |
|
958 | ともすれば | ともすれば。 | |
959 |
ひとまには 月を見ていみじく泣き給ふ。 |
人まには[もイ] 月をみていみじく啼給ふ。 |
|
960 | 七月(ふみづき)のもちの月にいで居て、 | 七月十五日の月にいでゐて。 | |
961 | 切に物思へるけしきなり。 | せちに物おもへるけしきなり。 | |
962 | 近く使はるゝ人々、 | 近くつかはるゝ人。 | |
963 | 竹取の翁に告げていはく、 | 竹取の翁につげていはく。 | |
964 |
かぐや姫 例も月をあはれがり給ひけれども、 |
かぐや姫 例も月を哀がり給けれども。 |
|
965 | この頃となりては | ・[このイ]頃と成ては。 | |
966 | たゞ事にも侍らざンめり。 | たゞ事にも侍らざめり。 | |
967 | いみじく思し歎くことあるべし。 | いみじくおぼしなげく事あるべし。 | |
968 |
よく\/見奉らせ給へ。 といふを聞きて、 |
よく〳〵見たてまつれ(らせイ)給へ といふを聞て。 |
|
969 | かぐや姫にいふやう、 | かぐや姫にいふ樣。 | |
970 | なでふ心ちすれば、 | なんでう心ちすれば。 | |
971 |
かく物を思ひたるさまにて 月を見給ふぞ。 |
かく物をおもひたる樣にて 月を見給ふぞ。 |
|
972 | うましき世に。といふ。 | うましき世にと云。 | |
973 | かぐや姫、 | かぐや姫。 | |
974 |
月を見れば 世の中こゝろぼそくあはれに侍り。 |
見れば 世間心細く哀に侍る。 |
|
975 | なでふ物をか歎き侍るべき。といふ。 | なでう物をか歎き侍るべきと云。 | |
976 |
かぐや姫のある所に至りて見れば、 なほ物思へるけしきなり。 |
かぐや姫の有所に到てみれば 猶物おもへるけしきなり。 |
|
977 | これを見て、 | 是を見て。 | |
978 | あが佛何事を思ひ給ふぞ。 | あがほとけなに事・[をイ]思ひ給ぞ。 | |
979 | 思すらんこと何事ぞ。といへば、 | おぼすらむ事何事ぞといへば。 | |
980 | 思ふこともなし。 | 思ふ事もなし。 | |
981 | 物なん心細く覺ゆる。といへば、 | 物なん心ぼそくおぼゆるといへば。 | |
982 | 翁、 | 翁。 | |
983 | 月な見給ひそ。 | 月なみ給そ。 | |
984 |
これを見給へば 物思すけしきはあるぞ。といへば、 |
是を見給へば 物おぼすけしきはあるぞといへば。 |
|
985 | いかでか月を見ずにはあらん。とて、 | いかで月を見ではあらむとて。 | |
986 | なほ月出づれば、いで居つゝ歎き思へり。 | 猶月出れば出居つゝ歎きおもへり。 | |
987 | 夕暗(ゆふやみ)には物思はぬ氣色なり。 | 夕闇には物おもはぬけしき也。 | |
988 | 月の程になりぬれば、 | 月の程に成ぬれば。 | |
989 | 猶時々はうち歎きなきなどす。 | 猶時々は打歎きなきなどす。 | |
990 |
是をつかふものども、 猶物思すことあるべし。とさゝやけど、 |
是をつかふものども 猶物おぼす事あるべしとさゝやけど。 |
|
991 | 親を始めて何事とも知らず。 | おやを始て何事ともしらず。 | |
992 |
八月(はつき)十五日(もち)ばかりの 月にいで居て、 かぐや姫いといたく泣き給ふ。 |
八月十五日計の 月に出居て かぐや姫いといたくなき給ふ。 |
|
993 | 人めも今はつゝみ給はず泣き給ふ。 | 人めも今はつゝみ給はず。 | |
994 | これを見て、 | これをみて。 | |
995 | 親どもゝ何事ぞ。と問ひさわぐ。 | おやども何事ぞととひさはぐ。 | |
996 | かぐや姫なく\/いふ、 | かぐや姫なく〳〵云。 | |
997 | さき\/も申さんと思ひしかども、 | さき〴〵も申さむと思ひしかども。 | |
998 |
かならず心惑はし給はんものぞ。 と思ひて、今まで過し侍りつるなり。 |
必心まどは(ひイ)したまはん物ぞ と思ひて今迄すごし侍りつる也。 |
|
999 | さのみやは。とてうち出で侍りぬるぞ。 | さのみやはとて打出侍ぬるぞ。 | |
1000 | おのが身はこの國の人にもあらず、 | をのが身は此國の人にもあらず。 | |
1001 | 月の都の人なり。 | 月の宮古の人也。 | |
1002 |
それを昔の契なりける によりてなん、 |
それをなんむかしのちぎりなりける によりなむ。 |
|
1003 | この世界にはまうで來りける。 | 此世界にはまうできたりける。 | |
1004 |
今は歸るべきになりにければ、 この月の十五日に、 かのもとの國より迎に人々まうでこんず。 |
今は歸るべきに成にければ 此月の十五日に かの國よりむかへに人々まうでこんず。 |
|
1005 | さらずまかりぬべければ、 | さらばまかりぬべければ。 | |
1006 | 思し歎かんが悲しきことを、 | おぼしなげかむが悲しき事を。 | |
1007 |
この春より思ひ歎き侍るなり。 といひて、いみじく泣く。 |
此春より思ひなげき侍るなり と云ていみ敷なくを。 |
|
1008 | 翁こはなでふことをの給ふぞ。 | 翁こはなでうことの給ふぞ。 | |
1009 | 竹の中より見つけきこえたりしかど、 | 竹の中よりみつけきこえたりしかど。 | |
1010 | 菜種の大(おほき)さおはせしを、 | なたねの大きさにおはせしを。 | |
1011 |
我丈たち並ぶまで養ひ奉りたる 我子を、何人か迎へ聞えん。 |
わがたけ立ならぶまでやしなひ奉りたる わが子を何人かむかへきこえむ。 |
|
1012 | まさに許さんや。といひて、 | まさにゆるさむやといひて。 | |
1013 |
我こそ死なめ。とて、 泣きのゝしること |
我こそしなめとて 啼訇ること。 |
|
1014 | いと堪へがたげなり。 | いとたへがたげなり。 | |
1015 | かぐや姫のいはく、 | かぐや姫の云。 | |
1016 | 月の都の人にて父母ちゝはゝあり。 | 月の古の人にてちゝはゝあり。 | |
1017 |
片時の間(ま)とて かの國よりまうでこしかども、 |
片時の間とて かの國よりまうでこしかども。 |
|
1018 |
かくこの國には 數多の年を經ぬるになんありける。 |
かく此國には あまたの年を經ぬるになむありける。 |
|
1019 | かの國の父母の事もおぼえず。 | かの國のちゝはゝのこともおぼえず。 | |
1020 |
こゝにはかく久しく遊び聞えて ならひ奉れり。 |
こゝにはかく久敷あそび聞えて ならひ奉れり。 |
|
1021 | いみじからん心地もせず、 | いみじからむ心ちもせず。 | |
1022 | 悲しくのみなんある。 | かなしくのみある。 | |
1023 |
されど己が心ならず罷りなんとする。 といひて、諸共にいみじう泣く。 |
されどをのが心ならずまかりなんとする といひてもろともにいみじうなく。 |
|
1024 | つかはるゝ人々も | つかはるゝ人々も。 | |
1025 | 年頃ならひて、 | 年頃ならひて。 | |
1026 | 立ち別れなんことを、 | たち別なむ事を。 | |
1027 |
心ばへなどあてやかに 美しかりつることを見ならひて、 |
こゝろばへなどあてやかに 美しかりける事をみならひて。 |
|
1028 | 戀しからんことの堪へがたく、 | こひしからん事の堪がたく。 | |
1029 | 湯水も飮まれず、 | ゆ水のまれず。 | |
1030 | 同じ心に歎しがりけり。 | おなじ心になげかしがりけり。 | |
11.徒労 |
|||
1031 | この事を帝きこしめして、 | 此事を御門聞食て。 | |
1032 | 竹取が家に御使つかはさせ給ふ。 | 竹とりが家に御使つかはさせ給ふ。 | |
1033 |
御使に竹取いで逢ひて、 泣くこと限なし。 |
御使にたけとり出合て なく事限なし。 |
|
1034 | この事を歎くに、 | 此事をなげくに。 | |
1035 |
髪も白く腰も屈り 目もたゞれにけり。 |
髮も白くこしもかゞまり 目もたゞれにけり。 |
|
1036 |
翁今年は 五十許なりけれども、 |
おきな今年は 五[八イ]十ばかりなりしかども。 |
|
1037 |
物思には片時に なん老(おい)になりにける。と見ゆ。 |
物思にはかた時に なむ老になりにけるとみゆ。 |
|
1038 | 御使仰事とて翁にいはく、 | 御使仰ごととて翁にいはく。 | |
1039 |
いと心苦しく物思ふなるは、 誠にか。と仰せ給ふ。 |
いと心ぐるしく物思ふなるは まことにかと仰給ふ。 |
|
1040 | 竹取なく\/申す、 | 竹取なく〳〵申。 | |
1041 | このもちになん、 | 此十五日になむ。 | |
1042 |
月の都より かぐや姫の迎にまうでくなる。 |
月の宮古より かぐや姫のむかひにまうでくなり。 |
|
1043 | たふとく問はせ給ふ。 | たうとくとはせ給。 | |
1044 | このもちには人々たまはりて、 | 此十五日・[にイ]は人々給りて。 | |
1045 | 月の都の人まうで來ば | 月の宮古の人々まうでこば。 | |
1046 | 捕へさせん。と申す。 | とらへさせむと申。 | |
1047 | 御使かへり參りて、 | 御使かへりまいりて。 | |
1048 | 翁のありさま申して、 | 翁のあり樣申て。 | |
1049 |
奏しつる事ども申すを 聞し召しての給ふ、 |
奏しつる事ども申を 聞召ての給ふ。 |
|
1050 |
一目見給ひし 御心にだに忘れ給はぬに、 |
一目給ひし 御心にだにわすれ給はぬに。 |
|
1051 |
明暮見馴れたるかぐや姫を やりてはいかゞ思ふべき。 |
明暮みなれたるかぐや姫を やりていかがおもふべき。 |
|
1052 | かの十五日(もちのひ)司々に仰せて、 | 此十五日司々に仰て。 | |
1053 |
勅使には少將高野(たかの)大國 といふ人をさして、 |
勅使せうしやう葛(高イ)野のおほくに といふ人をさして。 |
|
1054 |
六衞のつかさ合せて、 二千人の人を竹取が家につかはす。 |
六ゑのつかさ合て 二千人の人を竹とりが家につかはす。 |
|
1055 | 家に罷りて | 家にまかりて。 | |
1056 | 築地の上に千人、 | ついぢの上に千人。 | |
1057 | 屋の上に千人、 | 屋の上に千人。 | |
1058 | 家の人々いと多かりけるに合はせて、 | 家の人々いとおほくありけるにあはせて。 | |
1059 | あける隙もなく守らす。 | あける隙もなくまもらす。 | |
1060 | この守る人々も弓矢を帶して居り。 | 此守る人々も弓矢をたいして。 | |
1061 | 母屋の内には女どもを番にすゑて守らす。 | おもやの內には女ども番にをりて守す。 | |
1062 |
嫗塗籠の内に かぐや姫を抱きて居り。 |
女ぬりごめの內に かぐや姫をいだかへてをり。 |
|
1063 | 翁も塗籠の戸をさして戸口に居り。 | 翁もぬりごめの戶をさして戶口にをり。 | |
1064 | 翁のいはく、 | 翁いはく。 | |
1065 | かばかり守る所に、 | かばかり守る所に。 | |
1066 | 天(あめ)の人にもまけんや。といひて、 | 天の人にもまけむやといひて。 | |
1067 | 屋の上に居をる人々に曰く、 | 屋の上にをる人々にいはく。 | |
1068 | つゆも物空にかけらば | 露も物空にかけらば。 | |
1069 | ふと射殺し給へ。 | ふといころし給へ。 | |
1070 | 守る人々のいはく、 | 守る人々のいはく。 | |
1071 |
かばかりして守る所に、 蝙蝠(かはほり)一つだにあらば、 |
かばかりして守る所に かはか[ほイ]り一だにあらば。 |
|
1072 |
まづ射殺して 外にさらさんと思ひ侍る。といふ。 |
先いころして ほかにさらさむとおもひ侍ると云。 |
|
1073 | 翁これを聞きて、 | 翁これを聞て。 | |
1074 | たのもしがり居り。 | たのもしがりをり。 | |
1075 | これを聞きてかぐや姫は、 | 是を閒てかぐや姫は。 | |
1076 |
鎖し籠めて守り戰ふべきし たくみをしたりとも、 |
さしこめてまもりたゝかふべきし たくみをしたりとも。 |
|
1077 | あの國の人をえ戰はぬなり。 | あの國の人えたゝかはぬ也。 | |
1078 | 弓矢して射られじ。 | 弓やしていられじ。 | |
1079 | かくさしこめてありとも、 | かくさしこめてありとも。 | |
1080 | かの國の人こば皆あきなんとす。 | かの國の人こば皆あきなんとす。 | |
1081 | 相戰はんとすとも、 | 相たゝかはんとするとも。 | |
1082 | かの國の人來なば、 | かの國の人きなば。 | |
1083 | 猛き心つかふ人よもあらじ。 | たけき心つかふ人もよもあらじ。 | |
1084 | 翁のいふやう、 | 翁のいふやう。 | |
1085 | 御(おん)迎へにこん人をば、 | 御むかへにこむ人をば。 | |
1086 | 長き爪して眼をつかみつぶさん。 | ながきつめしてまなこをつかみつぶさん。 | |
1087 | さが髪をとりてかなぐり落さん。 | とさ[イ无]かがみをとりてかなぐりおとさむ。 | |
1088 | さが尻をかき出でて、 | さかしりをかきいでて。 | |
1089 | こゝらのおほやけ人に見せて | こゝらのおほやけ人に見せて。 | |
1090 | 耻見せん。と腹だちをり。 | はぢをみせむと腹立おる。 | |
1091 | かぐや姫いはく、 | かぐや姫云。 | |
1092 | 聲高になの給ひそ。 | こは高になの給ひそ。 | |
1093 | 屋の上に居る人どもの聞くに、いとまさなし。 | 屋のうへにをる人共の聞にいとまさなし。 | |
1094 | いますかりつる志どもを、思ひも知らで | いますかりつる志をおもひもしらで。 | |
1095 | 罷りなんずることの口をしう侍りけり。 | まかりなむずることのロ惜う侍りけり。 | |
1096 | 長き契のなかりければ、 | ながき契のなかりければ。 | |
1097 |
程なく罷りぬべきなンめり。 と思ふが悲しく侍るなり。 |
程なくまかりぬべきなめり とおもひかなしく侍る也。 |
|
1098 |
親たちのかへりみを いさゝかだに仕う奉らで、 |
親達のかへりみを 聊だにつかまつらで。 |
|
1099 | 罷らん道も安くもあるまじきに、 | まからむ道もやすくもあるまじきに。 | |
1100 |
月頃もいで居て、 今年ばかりの暇を申しつれど、 |
ひごろもいでゐて 今年計の暇を申つれど。 |
|
1101 |
更に許されぬによりてなん かく思ひ歎き侍る。 |
更にゆるされぬによりてなむ かく思ひなげき侍る。 |
|
1102 | 御心をのみ惑はして去りなんことの、 | 御心をのみまどはしてさりなん事の。 | |
1103 | 悲しく堪へがたく侍るなり。 | かなしく堪がたく侍る也。 | |
1104 | かの都の人は | かの都の人は。 | |
1105 |
いとけうらにて、 老いもせずなん。思ふこともなく侍るなり。 |
いとけうらに おいもせずなむ思ふこともなく侍也。 |
|
1106 | さる所へまからんずるもいみじくも侍らず。 | さる所へまからむずるもいみじくも侍らず。 | |
1107 |
老い衰へ給へるさまを 見奉らざらんこそ戀しからめ。 といひて泣く。 |
老おとろへたまへる樣を 見たてまつらざらんこそ戀しからめ といひて・[なくイ]。 |
|
1108 | 翁、胸痛きことなしたまひそ。 | 翁胸に[イ无]いたきことなし給ひそ。 | |
1109 |
麗しき姿したる使にもさはらじ。 とねたみをり。 |
うるはしき姿したる使にもさか(はイ)らじ とねたみをり。 |
|
12.降臨 |
|||
1110 | かゝる程に宵うちすぎて、 | かゝる程に宵打過て。 | |
1111 | 子の時ばかりに、 | ねの時ばかりに。 | |
1112 |
家のあたり 晝のあかさにも過ぎて光りたり。 |
家のあたり ひるのあかさにも過て光たり。 |
|
1113 |
望月のあかさを十合せたるばかりにて、 ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。 |
もち月のあかさ十合たる計にて 有人の毛のあなさへ見ゆるほどなり。 |
|
1114 | 大空より、人雲に乘りておりきて、 | 大空より人雲に乘ており來て。 | |
1115 |
地(つち)より五尺ばかりあがりたる程に 立ち連ねたり。 |
つちより五尺計あがりたるほどに たちつらねたり。 |
|
1116 | これを見て、内外(うちと)なる人の心ども、 | 是をみて內外なる人の心ども。 | |
1117 | 物におそはるゝやうにて、 | 物におそはるゝやうにして。 | |
1118 | 相戰はん心もなかりけり。 | あひたゝかはむ心もなかりけり。 | |
1119 | 辛うじて | からうじて。 | |
1120 | 思ひ起して、 | 思ひおこして。 | |
1121 | 弓矢をとりたてんとすれども、 | 弓矢を取たてむとすれども。 | |
1122 |
手に力もなくなりて、 痿(な)え屈(かゞま)りたる中(うち)に、 |
手に力もなく 成てなへかゞ・[まイ]りたる中に。 |
|
1123 |
心さかしき者、 ねんじて射んとすれども、 |
心ざしさかしきもの ねんじていむとすれども。 |
|
1124 | 外ざまへいきければ、 | ほかざまへいきければ。 | |
1125 | あれも戰はで、 | あれもたゝかはで。 | |
1126 | 心地たゞしれにしれて守りあへり。 | こゝちたゞしれにしれて守あへり。 | |
1127 |
立てる人どもは、 裝束(さうぞく)の清らなること物にも似ず。 |
たてる人共は さうぞくのきよらなること物にもにず。 |
|
1128 | 飛車(とぶくるま)一つ具したり。 | とぶ飛車ひとつぐしたり。 | |
1129 | 羅蓋さしたり。 | らがい(羅蓋)さしたり。 | |
13.汝幼き人 |
|||
1130 | その中に王とおぼしき人、 | その中にわうとおぼしき人。 | |
1131 | 家に造麿まうでこ。といふに、 | いへに宮つこまろまふでこといふに。 | |
1132 | 猛く思ひつる造麿も、 | たけく思ひつる宮つこまろも。 | |
1133 |
物に醉ひたる心ちして うつぶしに伏せり。 |
物におそひ[ゑひイ]たる心ちして うつぶしにふせり。 |
|
1134 | いはく、 | いはく。 | |
1135 | 汝をさなき人、 | 汝おさなき人。 | |
1136 | 聊なる功徳を翁つくりけるによりて、 | いさゝかなるくどくを翁つくりけるによりて。 | |
1137 | 汝が助にとて | 汝がたすけにとて。 | |
1138 | 片時の程とて降しゝを、 | 片時の程とてくだしゝを。 | |
1139 | そこらの年頃そこらの金賜ひて、 | そこの年比そこらのこがねたまひて。 | |
1140 | 身をかへたるが如くなりにたり。 | みをかへたるがごと・[くイ]なりにけり。 | |
1141 | かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、 | かぐや姫はつみをつくり給へりければ。 | |
1142 |
かく賤しきおのれが許に しばしおはしつるなり。 |
かくいやしきをの・[れイ]がもとに しばしおはしつる也。 |
|
1143 |
罪のかぎりはてぬれば、 かく迎ふるを、翁は泣き歎く、 |
つみの限はてぬれば かくむかふるを翁はなきなげく。 |
|
1144 | あたはぬことなり。 | あたはぬ事也。 | |
1145 | はや返し奉れ。といふ。 | はやいだ(かへイ)し奉れと云。 | |
1146 | 翁答へて申す、 | 翁こたへて申。 | |
1147 |
かぐや姫を養ひ奉ること 二十年あまりになりぬ。 |
かぐや姫を養奉る事 廿餘年に成ぬ。 |
|
1148 |
片時との給ふに 怪しくなり侍りぬ。 |
かた時との給ふに あやしくなり侍りぬ。 |
|
1149 |
また他處(ことどころ)に かぐや姫と申す人ぞ おはしますらん。といふ。 |
又こと所に かぐや姫と申人ぞ おはしますらんと云。 |
|
1150 |
こゝにおはするかぐや姫は、 重き病をし給へば え出でおはしますまじ。と申せば、 |
爱におはするかぐや姫は おもき病をしたまへば えいでおはすまじと申せば。 |
|
1151 | その返事はなくて、 | その返事はなくて。 | |
1152 | 屋の上に飛車をよせて、 | 屋のうへにとぶ車よせて。 | |
1153 | いざかぐや姫、 | いざかぐや姫。 | |
1154 |
穢き所に いかでか久しくおはせん。といふ。 |
きたなき所に いかでか久しくおはせむと云。 |
|
1155 |
立て籠めたる所の戸 即たゞあきにあきぬ。 |
たてこめたる所の戶 則たゞあきにあきぬ。 |
|
1156 | 格子どもゝ人はなくして開きぬ。 | かうしどもも人はなくしてあきぬ。 | |
1157 |
嫗抱きて居たるかぐや姫 外(と)にいでぬ。 |
女いだきてゐたるかぐや姫 とに出ぬ。 |
|
1158 | えとゞむまじければ、 | えとゞむまじければ。 | |
1159 | たゞさし仰ぎて泣きをり。 | たゞさしあふぎてなきをり。 | |
1160 | 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、 | 竹取心まどひてなきふせる所によりて。 | |
1161 | かぐや姫いふ、 | かぐや姫云。 | |
1162 |
こゝにも心にもあらでかくまかるに、 昇らんをだに見送り給へ。といへども、 |
こゝにも心にもあらでかくまかり のぼらんをだに見をくり給へといへども。 |
|
1163 | 何しに悲しきに見送り奉らん。 | なにしに悲しきにみ送りたてまつらむ。 | |
1164 |
我をばいかにせよとて、 棄てゝは昇り給ふぞ。 |
我をばいかにせよとて 捨てはのぼり給ふぞ。 |
|
1165 |
具して率ておはせね。と、 泣きて伏せれば、 |
ぐしてゐておはせねと 啼てふせれば。 |
|
1166 | 御心惑ひぬ。 | 御心まどひぬ。 | |
1167 | 文を書きおきてまからん。 | ふみをかき置てまからむ。 | |
1168 |
戀しからんをり\/、とり出でて見給へ。 とて、うち泣きて書くことばは、 |
戀しからん折々とり出てみ給へ とて打なきてかく。 |
|
1169 | ことばは。 | ||
1170 | この國に生れぬるとならば、 | この國にむまれぬるとならば。 | |
1171 |
歎かせ奉らぬ程まで侍るべきを、 侍らで過ぎ別れぬること、 返す\〃/本意なくこそ覺え侍れ。 |
なげかせ奉らぬほどまで 侍らですぎ別侍(ぬイ)るこそ かへすがへすほいなくこそおぼえ侍れ。 |
|
1172 | 脱ぎおく衣(きぬ)をかたみと見給へ。 | ぬぎをくきぬをかたみとみ給へ。 | |
1173 | 月の出でたらん夜は見おこせ給へ。 | 月の出たらむ夜は見をこせ給へ。 | |
1174 | 見すて奉りてまかる | 見すて奉りてまかる。 | |
1175 | 空よりもおちぬべき心ちす。と、かきおく。 | そらよりもおちぬべき心ちするとかきをく。 | |
14.羽衣 |
|||
1176 | 天人(あまびと)の中にもたせたる箱あり。 | 天人のなかにもたせたるはこあり。 | |
1177 | 天(あま)の羽衣入れり。 | 天の羽衣いれり。 | |
1178 | 又あるは不死の藥入れり。 | また有はふしの藥入り。 | |
1179 | ひとりの天人いふ、 | ひとりの天人いふ。 | |
1180 | 壺なる御(み)藥たてまつれ。 | つぼなる御藥たてまつれ。 | |
1181 |
きたなき所のもの食(きこ)しめしたれば、 御心地あしからんものぞ。 とて、持てよりたれば、 |
きたなき所の物きこしめしたれば 御心ちあしからむ物ぞ とてもてよりたれば。 |
|
1182 | 聊甞め給ひて、 | 聊なめ給て。 | |
1183 |
少しかたみとて、 脱ぎおく衣に包まんとすれば、 |
すこしかたみとて ぬぎ置給ふきぬにつゝまんとすれば。 |
|
1184 | ある天人つゝませず、 | 有天人つゝませず。 | |
1185 | 御衣(みぞ)をとり出でてきせんとす。 | みぞをとり出てきせんとす。 | |
1186 | その時にかぐや姫 | そのときにかぐや姫。 | |
1187 | しばし待て。といひて、 | しばしまてと云。 | |
1188 |
衣着つる人は 心ことになるなり。 |
きぬきせつる人は 心ことになるなりと云。 |
|
1189 |
物一言いひおくべき事あり。 といひて文かく。 |
物一こといひをくべきこと有け といひてふみかく。 |
|
1190 | 天人おそし。と心もとながり給ふ。 | 天人をそしと心もとながり給ふ。 | |
1191 | かぐや姫 | かぐや姫。 | |
1192 |
物知らぬことなの給ひそ。 とて、いみじく靜かに |
ものしらぬことなの給そ とていみじくしづかに。 |
|
1193 | おほやけに御み文奉り給ふ。 | おほやけに御文たてまつり給ふ。 | |
1194 | あわてぬさまなり。 | あはてぬさま也。 | |
1195 |
かく數多の人をたまひて 留めさせ給へど、 |
かくあまたの人を給て とゞめさせ給へど。 |
|
1196 |
許さぬ迎まうできて、 とり率て罷りぬれば、 |
ゆるさぬむかひまふで來て とり出[ゐてイ]まかりぬれば。 |
|
1197 | 口をしく悲しきこと、 | くちおしくかなしき事。 | |
1198 | 宮仕つかう奉らずなりぬるも、 | 宮づかへつかふまつらずなりぬるも。 | |
1199 | かくわづらはしき身にて侍れば、 | かくわづらはしきみにて侍れば。 | |
1200 |
心得ずおぼしめしつらめども、 心強く承らずなりにしこと、 |
心えずおぼしめされつらめども 心づよく承はらずなりにしこと。 |
|
1201 |
なめげなるものに思し召し 止められぬるなん、 |
なめげなるものにおぼしめし 留られぬるなむ。 |
|
1202 | 心にとまり侍りぬる。とて、 | 心にとまり侍りぬとて。 | |
♪14 1203 |
今はとて 天のはごろも きるをりぞ |
今はとて 天の羽衣 きるおりそ |
|
君をあはれと おもひいでぬる |
君をあはれと おもひいてける |
||
1204 | とて、壺の藥そへて、 | とてつぼのくすりそへて。 | |
1205 |
頭中將を呼び寄せて 奉らす。 |
とうのちうじやうをよびよせて たてまつらす。 |
|
1206 | 中將に天人とりて傳ふ。 | 中將に天人とりてつたふ。 | |
1207 | 中將とりつれば、 | 中將とりつれば。 | |
1208 | 頭中將を呼び寄せて奉らす。 | ふと天の羽衣打きせ奉りつれば。 | |
1209 |
翁をいとほし悲しと 思しつる事も失せぬ。 |
翁をいとをしかなしと おぼしつることもうせぬ。 |
|
1210 |
この衣着つる人は 物思もなくなりにければ、車に乘りて |
此きぬきつる人は 物おもひなくなりにければ車に乘て。 |
|
1211 | 百人許天人具して昇りぬ。 | 百人ばかり天人ぐしてのぼりぬ。 | |
15.不死の薬 |
|||
1212 | その後 | そののち。 | |
1213 |
翁・嫗、血の涙を流して 惑へどかひなし。 |
翁女ちのなみだをながして まどひけれどかひなし。 |
|
1214 |
あの書きおきし文を 讀みて聞かせけれど、 |
あの書をきし文を よみてきかせけれど。 |
|
1215 | 何せんにか命も惜しからん。 | 何せむにか命もおしからむ。 | |
1216 |
誰が爲にか何事もようもなし。 とて、藥もくはず、 |
たがためにかなに事もようもなし とて藥もくはず。 |
|
1217 | やがておきもあがらず病みふせり。 | やがておきもあがらずやみふせり。 | |
1218 | 中將人々引具して歸り參りて、 | 中將人々引ぐして歸まいりて。 | |
1219 |
かぐや姫をえ戰ひ留めず なりぬる事を |
かぐや姫をえたゝかひとゞめず なりぬることを。 |
|
1220 | こま\〃/と奏す。 | こま〴〵とそうす。 | |
1221 | 藥の壺に御文そへて參らす。 | 藥のつぼに御ふみそへてまいらす。 | |
1222 | 展げて御覽じて、 | ひろげて御覽じて。 | |
1223 | いたく哀れがらせ給ひて、 | いといたくあはれがらせたまひて。 | |
1224 | 物もきこしめさず、 | ものもきこしめさず。 | |
1225 | 御遊等などもなかりけり。 | 御あそびなどもなかりけり。 | |
1226 | 大臣・上達部(かんだちめ)を召して、 | 大じむかんだちめをめして。 | |
1227 |
何(いづれ)の山か天に近き。 ととはせ給ふに、 |
いづれの山かてんにちかき ととはせ給ふに。 |
|
1228 | 或人奏す、 | ある人そうす。 | |
1229 | 駿河の國にある山なん、 | するがの國にあるなるやまなん。 | |
1230 | この都も近く | 此みやこもちかく。 | |
1231 | 天も近く侍る。と奏す。 | 天もちかくはむべるとそうす。 | |
1232 | 是をきかせ給ひて、 | これをきかせ給ひて。 | |
♪15 1233 |
あふことも 涙にうかぶ わが身には |
逢事も なみたに浮ふ わか身には |
|
しなぬくすりも 何にかはせむ |
しなぬ藥も なにゝかはせむ |
||
1234 |
かの奉る 不死の藥の壺に、 御文具して |
かのたてまつる ふしの藥にまたつぼ[のつぼに 御文イ]ぐして。 |
|
1235 | 御使に賜はす。 | 御つかひにたまはす。 | |
1236 | 勅使には | ちよくしには。 | |
1237 |
調岩笠(つきのいはかさ) といふ人を召して、 |
月のいはがさ といふ人をめして。 |
|
1238 |
駿河の國にあンなる 山の巓いたゞきに もて行くべきよし仰せ給ふ。 |
するがの國にあなる 山のいたゞきに もてつ[ゆイ]くべきよしおほせ給ふ。 |
|
1239 |
峰にてすべきやう 教へさせたもふ(*ママ)。 |
岑にてすべきやう をしへさせ給ふ。 |
|
1240 | 御文 | 御ふみ。 | |
1241 | ・不死の藥の壺 | ふしのくすりのつぼ。 | |
1242 |
ならべて、火をつけてもやすべき よし仰せ給ふ。 |
ならべて火をつけてもやすべき よしおほせ給ふ。 |
|
1243 | そのよし承りて、 | そのよしうけたまはりて。 | |
1244 |
兵士(つはもの)どもあまた具して 山へ登りけるよりなん、 |
つはものどもあまたぐして 山へのぼりけるよりなむ。 |
|
1245 | その山をふしの山とは名づけゝる。 | そのやまをふじのやまとなづけける。 | |
1246 |
その煙いまだ雲の中へたち昇る とぞいひ傳へたる。 |
そのけぶりいまだ雲の中へたちのぼる とぞいひつたへけ(たイ)る。 |
|
竹取物語は、万葉16巻の竹取翁の参照は当然の前提とし、小町針という言い寄る男を断固拒絶する逸話を素材にしている。
かぐやのモデルは小町。それに掛け名づけが秋田。古今仮名序で小町を衣通姫(光を放つ古事記の姫)のりうという。つまり905年の古今以前の成立。
著者は文屋。縫殿の同僚。小町に近い記録を古今で唯一持つ後宮に仕えた男。だからそのような女側目線で描く。
この認定は竹取の記述に基づくだけではなく多角的根拠があることで、仮説レベルではなく証明できる。総論の作者を参照。
そのように見ないで、天皇を頂点とした貴族社会を最終的に礼賛していると思うから、文言と文脈を無視した曲解を繰り返さないと筋を維持できなくなる。
主人公が美しい女性、そして幼稚な最高権力者達、この超越的知性の視点が後の女達の抑圧された意識を解放した。
つまりおかしいと思う自分がおかしいのではないと分かった。だから大和冒頭から伊勢の御が宇多院をなじる落書きを弘徽殿にし、蜻蛉は無難に夫への不満を発散し、紫もしつこい男を拒絶する話を描いた。この女性達が日本の伝統的とされる女性の態度に照らし、どれだけ異質な集団かということを考えると、竹取の影響力の大きさがわかる。この内容で教科書にのり続ける異質さ。もちろん帝をかしこしと思わずという部分はカット。
以下、現状の解釈の問題点を、その論理的重要度の順に列挙しよう。
・竹取の天人の描写が、当時の一般認識ということを前提にして問いかける教科書の設問は誤りである。
なぜなら、まず別格の古典作品であること(まして源氏の模作の多さに比し、竹取の地上を圧倒する諸々の具体的な能力描写に追随するものはない)、帝もかしこしと思わずと女性のかぐやに言わせること(この態度が当時の一般という根拠は全くない)、加えて、源氏の絵合で「「かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、はるかに思ひのぼれる契り高く、神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」と言ふ。右は、「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし」」とされているからである。
・かぐやがさっと影になった(きと影になりぬ)とは、文字通り影状態、つまり半透明化したことで(マトリックスのリローデッド状態)、教科書の注釈にある物陰に隠れたことではありえない。直後の「かぐや姫もとのかたちになりぬ」からも、光を放ち宙に浮き念動を用いる天人の超常性の描写からも、字義に忠実に解するしかない。なぜそこまで必死に曲解して地球人目線にしようとするのか理解に苦しむが、これがバイアスというものである。宇宙人は可能性としては存在するとしつつ、その証拠が提出された時の反応。映像の信頼性やUFOの定義解釈に持ち込み、最も素直な帰結は受け入れない。自分達が劣後していると認められない。自分達の根本的な問題と向き合えない社会なのに、なお宇宙最高と思える。これが「はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた」。だから紫は別格だった。思い上がりを気位が高いと曲げる通説も、思い上がりで気位が高いと思える人のバイアス。
・近時はこのように解されなくなったかもしれないが、「そこらのこがね」の「そこら」とは文字通りそこら辺という意味で(「そこらの燕子」も同様)、沢山のという良い意味ではない。「こがね(黄金)」は小金に掛けるのが文脈から確実な解釈。
「そこら」を沢山とする解釈は、文脈を完全に無視している。
この「そこら」は天人の発言であり、天人の価値観は地上の尺度には全く服していない(20年を片時とし、50歳の翁を汝幼き人と言わせ、それを地上人の翁は理解できないという発言をする)。「片時の程」と並べた「そこらの年頃」からも「そこら」は、少しの・そこそこの・という意味である。
客観的には大したこととされるかもしれないが、主観的には全然大したことがないと思っている、そういう表現。
・翁が自称70で、実際は50という記述は、主観と客観の区別・事実と評価を区別した記述である。
70が50になっているから、著者のうっかり間違いとか、幼稚な矛盾なのではない。これと同じ趣旨の言葉が、竹取を象徴する「今は昔」。伊勢を象徴する明らかに主観の「むかし男」。そしてこれらの記述が判事の経歴をもつ文屋、その著者性を裏付ける根拠の一つにもなる。
うっかり間違いとか矛盾とかいう視点は、それなりの書物で流布していることから、現状の学者達の解釈水準を表している。つまり書証の見方、伝聞法則、事実認定法(事実と評価の峻別)を知らず、古典を専ら主観的に、文言と文脈から簡単に離れて、思い込みで解釈認定している。
このような一般的解釈認識レベルと、竹取に内在するレベルの差を表したのが、上記の源氏の絵合での「神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし」という紫の評価である。
・かぐやが月を見て泣いたのは、地上の有様を嘆いたからであり、地上が恋しいからではない。直前の文脈には5人の貴族や帝が次々襲来して断固拒絶した文脈しかない。これが竹取の最も厚い中核である。この文脈を無視して地上が恋しくて離れがたいという解釈は曲解としかいえない。かぐやの発言は、本音を言わない京的にも普通の作法であり(不可能な難題こそ断り文句、と気づけない揶揄)、本音は天人が端的に言っている(いざかぐや姫、穢き所にいかでか久しくおはせん→こんな所に少しでも長くいるのは、片時もいるのは耐え難い。意図的な時間の相対化)。そしてかぐやは天人であり、そのような感覚をもっている(かぐや姫答ふるやう、帝の召しての給はんことかしこしとも思はず。といひて)。
時間の流れが主観(意識スピード)により相対的ということは客観的に言える。それが時空と重力の理論、相対性理論で言われること。それで光を放ち、重力を超越している。
・教科書では「節をへだてて、よごとに」金ある竹を見つくるとされ、「よごと」とは竹と竹の間のことなどとされるが、それは捏造に基づく曲解である。以下の2つの写本では、いずれも「節をへだてて」は存在しない。「よ毎・よごと」とは、素直な字義と、続く勢猛の文脈からして、夜毎のこととしか解しえない。金に目がくらんで、夜にまで山に入って竹をとってタケダケしくなった。このような解釈は一般ではない。よって「節をへだてて」のフレーズは、「よごと」を無難に通すための付加(改竄)であり、以下の写本が欠落させたと見ることはできない。仮に元々あったとしても竹の節と掛けて時節と解する。それが全体で一貫した解釈。
・勢猛とは、勢いよく竹(金)をとりまくり、いきおい(自然の成り行きで)猛(タケダケしい成金)になったという意味で、金に目がくらんだ盲ともかけているだろう。つまり原語は「まう」とも見れる。有力者とかいう注釈は、勢を勢力の意味にのみ解し、かつ猛を完全に無視している。
・つまり竹取は漢文的文体である。仮名の始祖たる作品がこうであり(女性の作という見立ては現状まずない)、また古今の女性の歌の割合は7%、10首以上が男12・女2(小町と伊勢の御)という客観的事実から、仮名が当初から女手というのは客観的な根拠がない。紫や清少納言の1000年前後からその様相を呈したとしても、905年の古今前後はそうではない。そして古今仮名序で小町が衣通姫(光を放つ姫)のりうとし、貫之が竹取の主人公を考察したことを暗示しているから、竹取は古今以前である。
・小町は文屋の歌手(作者参照)。そう見れば、上記の古今の男女の歌の割合と人物の割合も完全一致する。これが客観的事実に符合する見立ての強さ。つまり女性の多作者は実質伊勢の御一人で、それが大和の作者と見るのが順当である(大和初段の伊勢の御は署名がわり)。そこに記された後半の六歌仙時代の苔の衣の逸話は、小町を立て背後で文屋が歌を詠んだ話・後宮へのみやげ話と見れ(そうでないと小町の歌に欲情して一緒に寝ようと返した遍照が、いざ寝場所を求めて会おうとしたのに逃げる意味がない)、これが竹取の構図でもある。小町と近い客観的記録と客観的情況を持つのは縫殿で卑官の文屋のみ。だから伊勢と竹取は諸々の衣を扱って影響力を持っているのである(羽衣・狩衣・唐衣)。それを当時の貴族社会の一般と見ることに何の根拠もないことは、最上段のポイントで述べた。伊勢初段の源融のものとされる陸奥の歌も地下の翁(昔男)の代作。その根拠が伊勢81段で、六条河原屋敷の宴会の最後に突如地べたを這って出現して親王達に講義する謎の翁。伊勢最初の歌は「春日野の若紫のすりごろも」、伊勢41段(紫・上の衣)とあいまって、伊勢竹取源氏は三位一体の物語である。
無名の伊勢の昔男が光る君で、竹取のかぐやの小町がかがやく日の宮こと藤壺。主人公の息子の夕霧は朝康で、主人公のライバル中将の息子の柏木は業平の子の棟梁。こじつけでも何でもないだろう。先帝の妾で主人公と通じた六条御息所は二条の后で、早世した葵は筒井筒と梓弓の幼馴染の妻。