竹取物語~原文全文・比較対照

和歌一覧 竹取物語
原文全文
今は昔

 
 左に國民文庫、右に群書類從。長さは2万字弱(原稿50枚弱。文庫本4分の1相当)で源氏の約50分の1。
 独自に15段区分にしたが、歌は15首、天人が下りてきたのも十五夜(望月)。 

 

 しばしば冒頭が「かぐや姫の生い立ち」とされたり、もっと端的に、かぐやは竹から生まれたと説明されたりするが、かぐやは竹から生まれていない。月に父母がいると言って天人が迎えに来る、天人の王たる存在が下したと言う存在(いはく、汝をさなき人、聊なる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助にとて片時の程とて降しゝを)。

 

目次
1 今は昔(かぐや光を放つ)
2

夜這い(やばい)

3 無理難題(上下対構造 cf.六歌仙評)
4 石作皇子(天竺の佛の御石の鉢)
5 車持皇子(東海の蓬莱山の玉枝)
6 阿倍御主人(唐土の火鼠の皮衣)
7 大伴御行(龍の首の五色に光る玉)
8 石上麻呂(燕のもたる子安貝)
9 (帝、襲来。かぐや影になる)
10 月見
11 徒労
12 降臨
13 汝幼き人
14 羽衣
15 不死の薬
  PDF版
解釈の前提となる世界観
(天道を知らない・認めない=哀れ)
かぐやのモデル:小町小町針という男達を断固拒絶する話。
よって名づけが秋田。
小町=衣通姫のりう(古今仮名序)=かぐや同様光を放つ姫。
なよ竹=なよなよ=あはれなるやうにてつよからず (仮名序)
著者は文屋。100%確実な根拠がある。後述及び「著者」参照
現状の解釈の問題点
主観と客観の混同(区別なく、70と50の違いを解釈できない)
一般と特殊の混同。本末転倒。局所を都合よく解す群盲象評す
本=竹取クラスの本。末=その影響を受けた本。からの還元論
竹取は物語の祖と紫に評され、竹取は当時の一般ではないし、
紫は貴族社会の一般的感覚の主でもない。だから絵合で争う。
「なよ竹の世々に古りにけること、をかしきふしもなけれど、
かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、
はるかに思ひのぼれる契り高く、
神代のことなめれば、
あさはかなる女、目及ばぬならむかし」
「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、
げに及ばぬことなれば、誰も知りがたし
天人の描写は当時の一般認識ではない
:地上の軍事力無力化・念動等の各種具体的能力
+帝をかしこしと思わずとする女+幼き翁+20年は片時
+上記源氏絵合での論評
かぐやが影になったこと:半透明化。物陰に隠れたではない
根拠:光を放つ体+天人の各種超常性描写。
かぐや最大の天人特性を完全無視した、俗人的解釈は誤り。
これは著者の表現の問題ではなく読者の読解力の問題
そこらのこがね:そこら辺の小金×黄金 沢山は地上目線
翁の年齢(70と50:自称と事実) 20年は片時(著者)
かぐやの涙:本音(早く帰りたい)と建前
→竹取の中心的内容は、男達にたかられて徹底拒絶した内容。
よごと=夜毎(「朝ごと夕ごと」との対。直後の夜這い)
勢猛 ×権勢ある富豪・長者・有力者という通説解釈
勢い=(成金の)自然の成行き。
猛=タケダケしい心。例えばナニエモンのような心。
根拠:「造麿まうでこ」といふに、猛く思ひつる造麿も、
物に醉ひたる心ちしてうつぶしに伏せり。
徒然1段(勢ひ猛にののしり)も同旨。勢いではなく猛が主。
文屋と小町:背後の作詞者と歌手。縫殿コンビ→小町針。
皮衣・羽衣(竹取)
若紫のすりごろも・狩衣・唐衣(伊勢)
苔の衣(大和物語168段)は文屋の歌。

 

原文全文

和歌
及び
文章
番号
竹取物語
(國民文庫)
竹とりの翁物語
(群書類從)
 

1.今は昔

 
 
1  今は昔  今はむかし。
2 竹取の翁といふものありけり。 竹とりの翁といふものありけり。
3 野山にまじりて、竹をとりつゝ、
萬の事につかひけり。
野にまじりて竹をとりつゝ
萬の事につかひけり。
4 名をば讃岐造麿と
なんいひける。
名をばさぬ(るイ)きの宮つこと
なむいひける。
 
5 その竹の中に、
本光る竹ひとすぢありけり。
其竹の中に
本光る竹なむ一すぢ有けり。
6 怪しがりて寄りて見るに、 あやしがりて寄て見るに。
7 筒の中ひかりたり。 つゝの中ひかりたり。
 
8 それを見れば、
三寸ばかりなる人いと美しうて居たり。
それを見れば
三寸ばかりなる人いとうつくしうてゐたり。
9 翁いふやう、 翁云やう。
10 われ朝ごと夕ごとに見る、
竹の中におはするにて知りぬ、
我朝每夕每にみる
竹の中におはするにてしりぬ。
11 子になり給ふべき人なンめり。とて、 子になりたまふべき人なめりとて。
12 手にうち入れて家にもてきぬ。 手に打入て家に(へイ)もちて來ぬ。
 
13 妻の嫗にあづけて養はす。 めの女にあづけてやしなはす。
14 美しきこと限なし。 うつくしき事限なし。
15 いと幼ければ
籠に入れて養ふ。
いとおさなければ
こ(はこイ、籠)に入てやしなふ。
 
16 竹取の翁 竹とりの・(翁イ)竹をとるに。
17 この子を見つけて後に、竹をとるに、 此子を見つけて後に竹とるに。
18 よ毎に、金ある竹を見つくること重りぬ。 よごとにこがねある竹を見つくる事かさなりぬ。
19 かくて翁やう\/豐になりゆく。 かくておきなやうやうゆかたになり行。
 
20 この兒養ふほどに、
すく\/と大になりまさる。
この兒やしなふほどに
すくすくとおほきになり增る。
21 三月ばかりになる程に、
よきほどなる人になりぬれば、
三月計の內に
よきほどなる人になりぬれば。
22 髪上などさだして、 かみあげなどさう(たイ)じて。
23 髪上せさせ裳着(もぎ)す。 かみあげさせも(裳)きす。
 
24 帳(ちやう)の内よりも出さず、 ちやうのうちよりもいださず。
25 いつきかしづき養ふほどに、 いつきかしづきやしなふ。
26 この兒のかたち
清(けう)らなること世になく、
此兒のかたちの
けさう(けうらイ)なる事よになく。
27 家の内は暗き處なく光滿ちたり。 屋のうちは闇き所なく光滿たり。
 
28 翁心地あしく苦しき時も、 翁心あしく候へし時も。
29 この子を見れば苦しき事も止みぬ。 此子をみればくるしき事もやみぬ。
30 腹だたしきことも慰みけり。 腹だたしくあることもなぐさみけり。
31 翁竹をとること久しくなりぬ。 翁竹をとる事久敷成ぬ。
32 勢猛の者になりにけり。 いきほひまう(猛)の物に成にけり。
 
33 この子いと大になりぬれば、 此子いと大きに成ぬれば。
34 名をば
三室戸齋部秋田を呼びてつけさす。
なを
みむろどいむべのあきたを喚てつけさす。
35 秋田なよ竹のかぐや姫とつけつ。 あきたなよ竹のかくや姫とつけつれ。
36 このほど三日うちあげ遊ぶ。 此ほど三日打あげあそぶ。
37 萬の遊をぞしける。 萬のあそびをぞしける。
38 男女(をとこをうな)きらはず呼び集へて、
いとかしこくあそぶ。
男はうけきらはずよびつどへて
かしこくあそぶ。
 
 

2.夜這い

 
 
39 世界の男(をのこ)、 世かいのをのこ。
40 貴なるも賤しきも、
いかでこのかぐや姫を得てしがな、
あてなるもいやしきも
いかで此かぐや姫をえてしがな。
41 見てしがな。と、音に聞きめでて惑ふ。 見てしがなと音に聞愛てまどふ。
 
42 その傍(あたり)の垣にも
家のとにも居(を)る人だに、
其あたりの垣にも
家の戶にもをる人だに。
43 容易(たはやす)く見るまじきものを、 たはやすくみるまじき物を。
44 夜は安きいもねず、 夜はやすきいもねず。
45 闇の夜に出でても穴を抉(くじ)り、
こゝかしこより覗き垣間見惑ひあへり。
闇の夜にも
こゝかしこよりのぞきかいまみまどひあへり。
46 さる時よりなんよばひとはいひける。 さる時よりなん夜ばひとは云ける。
 
47 人の物ともせぬ處に惑ひありけども、 人も物ともせぬ所にまどひありけども。
48 何の効(しるし)あるべくも見えず。 何のしるしあるベくも見えず。
49 家の人どもに
物をだに言はんとていひかくれども、
家の人どもに
物をだにいはんとていひかくれども。
50 ことゝもせず。 ことともせず。
 
51 傍を離れぬ公達、 あたりをはなれぬきんだち。
52 夜を明し日を暮す人多かり。 夜をあかし日をくらす人おほかり。
53 愚なる人は、 をろかなる人は。
54 益(やう)なき歩行(ありき)は
よしなかりけり。とて、來ずなりにけり。
ようなきありきは
よしなかりけりとて こず成にけり。
 
55 その中に猶いひけるは、 その中になを云けるは。
56 色好といはるゝかぎり五人、 色好みといはるゝ限五人。
57 思ひ止む時なく夜晝來けり。 思ひやむ時なく夜ひる來けり。
58 その名 其名ども。
59 一人は石作皇子、 石作りの御子。
60 一人は車持(くらもち)皇子、 くらもちの御子。
61 一人は右大臣阿倍御主人(みうし)、 左大臣安倍のみむらじ。
62 一人は大納言大伴御行、 大納言大とも(伴イ)のみゆき。
63 一人は中納言石上(いそかみ)麿呂、 中納言いそのかみのもろたり(かイ)。
64 たゞこの人々なりけり。 此人々なりけり。
 
65 世の中に多かる人をだに、 世中におほかる人をだに。
66 少しもかたちよしと聞きては、 すこしも形よしと聞ては。
67 見まほしうする人々なりければ、 見まほしくする人ども(たちイ)也ければ。
68 かぐや姫を見まほしうして、 かのかぐや姫をみまほしくて。
69 物も食はず思ひつゝ、 物もくはず思ひつゝ。
70 かの家に行きてたたずみありきけれども、
かひあるべくもあらず。
かの家に行てたゝずみありきけれども(イ无)
かひあるべくもあらず。
71 文を書きてやれども、返事もせず、 文を書てやれども返事もせず。
72 わび歌など書きて遣れども、
かへしもせず。
侘歌など書てをこすれども。
73 かひなし。と思へども、 かひなしと思へど。
74 十一月(しもつき)十二月のふりこほり、 霜月しはすの降氷。
75 六月の照りはたゝくにもさはらず來けり。 水無月のてりはたゝくにもさはらずきたり。
 
76 この人々、或時は 此人々ある時は。
77 竹取を呼びいでて、娘を我にたべ。と
伏し拜み、手を摩りの給へど、
竹取を喚てむすめを我にたべと
ふし拜み手をすりのたまへど。
78 己(おの)がなさぬ子なれば、 をのがなさぬ子なれば。
79 心にも從はずなんある。
といひて、月日を過す。
心にも隨はずなむある
と云て月日を過す。
 
80 かゝればこの人々、家に歸りて かゝれば此人々家に歸りて。
81 物を思ひ、祈祷(いのり)をし、願をたて、 物を思ひ祈りをし願をたつ。
82 思やめんとすれども止むべくもあらず。 思ひやむべくもあらず。
 
83 さりとも遂に男合せざらんやは。
と思ひて、頼をかけたり。
さりとも終に男あはせざらんやは
とおもひて賴をかけたり。
84 強(あながち)に志を見えありく。 あながちに心ざしをみえありく。
 
85 これを見つけて、 是を見つけて。
86 翁かぐや姫にいふやう、 翁かぐや姫に云樣。
87 我子の佛變化の人と申しながら、 我子のほとけへんげの人と申ながら。
88 こゝら大さまで養ひ奉る
志疎(おろか)ならず。
こゝらおほきさまでやしなひたてまつる
志をろかならず。
89 翁の申さんこと聞き給ひてんや。
といへば、
翁の申さん事を聞給ひてんや
といへば。
 
90 かぐや姫、 かぐや姫。
91 何事をか宣はん事を
承らざらん。
何事をかのたまはむ事を(はイ)
承はらざらむ。
92 變化の者にて侍りけん身とも知らず、 變化の物にてはんべりけん身ともしらず。
 
93 翁。
94 嬉しくも宣ふものかな。といふ。 うれしくもの給ふ物かなと云。
95 翁年七十(なゝそぢ)に餘りぬ。 翁年七十にあまりぬ。
96 今日とも明日とも知らず。 今日ともあすともしらず。
97 この世の人は、 此世の人は。
98 男は女にあふことをす。 おとこは女に逢。
99 女は男に合ふことをす。 女は男にあふ事をす。
100 その後なん門も廣くなり侍る。 其後なむ門もひろくもなり侍る。
101 いかでかさる事なくては
おはしまさん。
いかでかさる事なくては
おはしまさむ(せんイ)。
 
102 かぐや姫のいはく、 かぐや姫のいはく。
103 なでふさることかしはべらん。
といへば、
なむでうさる事かし侍らん
と云ば。
 
104 變化の人といふとも、 變化の人といふとも。
105 女の身もち給へり。 女の身持給へり。
106 翁のあらん限は、 翁のあらんかぎりは。
107 かうてもいますかりなんかし。 かうてもいますかりなんかし。
108 この人々の年月を經て、 此人々の年月を經て。
109 かうのみいましつつ、
宣ふことを思ひ定めて、
かうのみいましつゝ
のたまふ事をおもひ定て。
110 一人々々にあひ奉り給ひね。といへば、 獨々にあひ奉り給ひねといへば。
 
111 かぐや姫いはく、 かぐや姫いはく。
112 よくもあらぬ容を、 よくもあらぬ形を。
113 深き心も知らで、
あだ心つきなば、
後悔しきこともあるべきを。
と思ふばかりなり。
ふかき心もしらで
あだ心つきなば
後くやしき事も有ベきを
と思ふばかり也。
114 世のかしこき人なりとも、 世の賢き人成とも。
115 深き志を知らでは、あひ難し
となん思ふ。といふ。
ふかき志をしらではあひがたし
となひ思ふと云。
 
116 翁いはく、 翁いはく。
117 思の如くものたまふかな。 思ひのごとくもの給ふかな。
118 そも\/いかやうなる
志あらん人にかあはんと思す。
そもそもいかやうなる
志あらん人にはあはんとおぼす。
119 かばかり志疎ならぬ人々
にこそあンめれ。
かばかりの心ざしをろかならぬ人々
にこそあめれ。
 
120 かぐや姫のいはく、 かぐや姫のいはく。
121 何ばかりの深きをか見んといはん。 なにばかりのふかきをかみんといはむ。
122 いさゝかのことなり。 いさゝかの事也。
123 人の志ひとしかンなり。 人の心ざしひとしかんなり。
124 いかでか中に劣勝(おとりまさり)は知らん。 いかでか中にをとりまさりはしらむ。
125 五人の中にゆかしき物見せ給へらんに、
御志勝りたり。とて仕うまつらん。と、
五人のひとの中にゆかしき物みせ給へらんに
御志まさりたりとてつかふまつらんと。
126 そのおはすらん人々に
申(まを)し給へ。といふ。
そのおはすらん人々に
申給へといふ。
127 よきことなり。とうけつ。 よき事なりとうけつ。
 
 

3.無理難題

 
 
128 日暮るゝほど、例の集りぬ。 日くるゝ程に例のあつまりぬ。
  人々  
129 或は笛を吹き、 あるひは笛を吹。
130 或は歌をうたひ、 或はうたをうたひ。
131 或は唱歌をし、 或は琵琶しやうか(唱歌)をし。
132 或はうそを吹き、
扇をならしなどするに、
あるひはうそ・(をイ)ふき
あふぎをならしなどするに。
133 翁出でていはく、 翁出ていはく。
134 辱くもきたなげなる所に、
年月を經て物し給ふこと、
忝もきたなげなる所に
年月を經てものし給ふ事。
135 極まりたるかしこまりを申す。 きはまりたるかしこまりと申す。
136 翁の命今日明日とも知らぬを、 翁の命今日明日ともしらぬを。
137 かくのたまふ君達(きみたち)にも、 かくの給ふ君達にも。
138 よく思ひ定めて仕うまつれ。と申せば、
深き御心をしらではとなん申す。
さ申すも理なり。
よく思ひ定てつかふまつれと

申も理なり。
 
139 いづれ劣勝おはしまさねば、 いづれもをとり增りおはしまさねば。
140 ゆかしきもの見せ給へらんに、
御(おん)志のほどは見ゆべし。

御志の程はみゆべし。
141 仕うまつらんことは、 つかふまつらん事は。
142 それになむ定むべき。といふ。 それになむ定むべきといへば。
143 これ善きことなり。 是よき事なり。
144 人の恨もあるまじ。といへば、 人の御恨も有まじと云。
145 五人の人々もよきことなり。といへば、 五人の人々もよき事也といへば。
146 翁入りていふ。 翁入て云。
 
147 かぐや姫、 かぐや姫。
148 石作皇子には、
天竺に佛の御(み)石の鉢といふものあり。
石作の御子には
・(天竺にイ)佛の御いしのはちと云物あり。
149 それをとりて給へ。といふ。 それをとりて給へと云。
 
150 車持皇子には、 倉もちの御子には。
151 東(ひんがし)の海に
蓬莱といふ山あンなり。
東の海に
蓬萊と云山あり。
152 それに白銀を根とし、黄金を莖とし、
白玉を實としてたてる木あり。
それにしろがねを根として金をくきとし
白き玉をみとし・(てイ)たてる木あり。
153 それ一枝折りて給はらん。といふ。 それを一えだおりて給はらんと云。
 
154 今一人には、 今獨には。
155 唐土にある、
火鼠の裘(かはごろも)を給へ。
もろこしにある
火鼠の革ぎぬをたまへ。
 
156 大伴大納言には、 大とも(伴イ)の大納言には。
157 龍(たつ)の首に五色に光る玉あり。 龍のくびに五色に光る玉あり。
158 それをとりて給へ。 それをとりて給へ。
 
159 石上中納言には、 磯の上の中納言には。
160 燕(つばくらめ)のもたる
子安貝一つとりて給へ。といふ。
つばくらめのもたる
こやすのかひ一つ(イ无)とりて給へといふ。
 
161 翁。
162 難きことゞもにこそあンなれ。 かたき事どもにこそあなれ。
163 この國にある物にもあらず。 此國に有物にはあらず。
164 かく難き事をばいかに申さん。といふ。 かく難事をばいかに申さんといふ。
 
165 かぐや姫、 かぐや姫。
166 何か難からん。といへば、 なにかかたからんといへば。
 
167 翁、 翁。
168 とまれかくまれ申さん。とて、出でて とまれかくまれ申さんとて出て。
169 かくなん、聞ゆるやうに見せ給へ。
といへば、
かくなむきこゆるやうに見たまへ
といへば。
170 皇子達上達部聞きて、 御子たち上だちめ聞て。
171 おいらかに、あたりよりだになありきそ。
とやは宣はぬ。
おいらかにあたりよりだになありきそ
とやはのたまはぬといひて。
172 といひて、うんじて皆歸りぬ。 うむじてみな歸ぬ。
 
 

4.石作皇子

 
 
173 猶この女見では、 なを此女みでは。
174 世にあるまじき心ちのしければ、 世にあるまじき心ちしければ。
175 天竺にあるものも持てこぬものかは。
と、思ひめぐらして、
天竺にある物ももてこぬものかは
と思ひめぐらして。
 
176 石作皇子は
心のしたくみある人にて、
いしづくりの御子は
心のしたくある人にて。
177 天竺に二つとなき鉢を、 天竺に二つとなきはちを。
178 百千萬里の程行きたりとも
いかでか取るべき。と思ひて、
百千萬里のほどいきたりとも
いかで・(かイ)とるベきと思ひて。
179 かぐや姫の許には、 かぐや姫のもとには。
180 今日なん天竺へ石の鉢とりにまかる。
と聞かせて、
今日なん天竺へ石のはちとにまかる
と聞せて。
181 三年ばかり經て、大和國
十市郡(とをちのこほり)にある山寺に、
三年計大和國
とをちの郡に有山寺に。
182 賓頭盧(びんづる)の前なる鉢の
ひた黑に煤つきたるをとりて、
びむづるの前なるはちの
ひたぐろに墨付たるを取て。
183 錦の袋に入れて、 錦の袋に入て。
184 作花の枝につけて、 つくり花の枝につけて。
185 かぐや姫の家にもて來て見せければ、 かぐや姫の家にもて來て見せければ。
186 かぐや姫あやしがりて見るに、 かぐや姫あやしがりてみれば。
187 鉢の中に文あり。 はちの中にふみ有。
188 ひろげて見れば、 ひろげて見れば。
 
♪1
189
海山の
みちにこゝろを
つくしはて
海山の
道にこゝろを
つくしはて
 みいしの鉢の
 なみだながれき
 な[みイ]いしの鉢の
 なみた流れき
 
190 かぐや姫、光やある。と見るに、 かぐや姫光や有とみるに。
191 螢ばかりのひかりだになし。 螢ばかりのひかりだになし。
 
♪2
192
おく露の
ひかりをだにも
やどさまし
置露の
光をたにも
やとさまし
 小倉山にて
 なにもとめけむ
 をくら山にて
 なにもとめけむ
 
193 とてかへしいだすを、 とて返し出すを。
194 鉢を門に棄てゝ、 はちを門にすてゝ。
195 この歌のかへしをす。 此歌の返しをす。
 
♪3
196
しら山に
あへば光の
うするかと
しら山に
あへは光の
うするかと
 はちを棄てゝも
 たのまるゝかな
 鉢をすてゝも
 賴まるゝかな
 
197 とよみて入れたり。 とよみて入たり。
198 かぐや姫返しもせずなりぬ。 かぐや姫返しもせずなりぬ。
199 耳にも聞き入れざりければ、 みゝにも聞入ざりければ。
200 いひ煩ひて歸りぬ。 いひわづらひて歸りぬ。
201 かれ鉢を棄てゝ
またいひけるよりぞ、
かのはちをすてゝ
又云けるによりぞ。
202 面なき事をば
はぢをすつとはいひける。
おもなき事をば
はちをすつとはいひける。 
 
 

5.車持皇子

 
 
203 車持皇子は 倉もちの御子は。
204 心たばかりある人にて、 心たばかりある人にて。
205 公には、 おほやけには。
206 筑紫の國に湯あみに罷らん。
とて、暇申して、
つくしの國にゆあみにまからん
とていとま申して。
207 かぐや姫の家には、 かぐや姫の家には。
208 玉の枝とりになんまかる。
といはせて下り給ふに、
玉のえだとりになむまかる
といはせてくだり給ふに。
209 仕うまつるべき人々、
皆難波まで御おくりしけり。
つかふまつるべき人々
皆難波まで御送りしける。
 
210 皇子いと忍びて。と宣はせて、
人も數多率ておはしまさず、
御子いと忍びてのたまはせて
人もあまたゐておはしまさず。
211 近う仕うまつる限して出で給ひぬ。 ちかうつかうまつる限りしていで給ひ。
212 御おくりの人々、
見奉り送りて歸りぬ。
御送りの人々
見たてまつり送りて歸りぬ。
213 おはしましぬ。
と人には見え給ひて、
三日許ありて漕ぎ歸り給ひぬ。
おはしましぬ
と人にみえ給ひて
三日ばかりありて漕かへり給ひぬ。
 
214 かねて事皆仰せたりければ、
その時一の工匠(たくみ)なりける
内匠(うちたくみ)
六人を召しとりて、
かねてことみなおほせたりければ
其時ひとつ(一のイ)寶なりける
かぢ[內イ]だくみ
六人をめしとりて。
215 容易(たはやす)く人より
くまじき家を作りて、
たはやすく人より
くまじき家つくり[家をつくりてイ]。
216 構を三重にしこめて、 かまどをみへにしこめて。
217 工匠等を入れ給ひつゝ、
皇子も同じ所に籠り給ひて、
たくみらを入給ひつゝ
御子も同じ所にこもり給ひて。
218 しらせ給ひつるかぎり しらせ給ひたるかぎり。
219 十六そをかみにくどをあけて、
玉の枝をつくり給ふ。
十六そをかみにくどをあけて
玉のえだを作り給ふ。
220 かぐや姫のたまふやうに、
違はずつくり出でつ。
かぐや姫のたまふやうに
たがはず作り出づ。
221 いとかしこくたばかりて、 いとかしこくたばかりて。
222 難波に密(みそか)にもて出でぬ。 難波にみそかにもて出ぬ。
 
223 船に乘りて歸り來にけり。と、
殿に告げやりて、
いといたく苦しげなるさまして居給へり。
船に乘てかへり來にけりと
とのにつげやりて
いといたくくるしがりたるさましてゐたまへり。
 
224 迎に人多く參りたり。 むかへに人多く參りたり。
225 玉の枝をば長櫃に入れて、
物覆ひてもちて參る。
玉のえだをばながびつに入て
物おほひて持てまいる。
226 いつか聞きけん、 いつか聞けむ。
227 車持皇子は、 くらもちの御子は。
228 優曇華の花持ちて
上り給へり。とのゝしりけり。
うどんぐゑの花もちて
のぼりたまへりとのゝしりけり。
 
229 これをかぐや姫聞きて、
我はこの皇子にまけぬべし。
と、胸つぶれて思ひけり。
是をかぐや姫聞て
我は此御子にまけぬべし
と胸つぶれて思ひけり。
 
230 かゝるほどに門(もん)を叩きて、 かゝるほどに門をたゝきて。
231 車持皇子おはしたり。と告ぐ。 倉持の御子おはしたりとつぐ。
232 旅の御姿ながら
おはしましたり。といへば、
旅の御姿ながら
おはしましたりといへば。
233 逢ひ奉る。 あひたてまつる。
234 皇子のたまはく、 御子のたまはく。
235 命を捨てゝ
かの玉の枝持てきたり。とて、
命をすてゝ
かの玉のえだもちて來りとて。
236 かぐや姫に見せ奉り給へ。といへば、 かぐや姫に見せ奉り給へといへば。
237 翁もちて入りたり。 翁持て入たり。
 
238 この玉の枝に文をぞつけたりける。 此玉のえだにふみぞつけたりける。
 
♪4
239
いたづらに
身はなしつとも
玉の枝を
徒に
身はなしつとも
玉のえた(をイ)
 手をらでさらに
 歸らざらまし
 たをらて更に
 かへらさらまし
 
240 これをもあはれと見て居をるに、
竹取の翁走り入りていはく、
是をも哀とも見てをるに
竹とりの翁走入ていはく。
241 この皇子に申し給ひし
蓬莱の玉の枝を、
此御子に申給ひし
蓬萊の玉のえだを。
242 一つの所もあやしき處なく、 ひとつの所あやしき所なく。
243 あやまたずもておはしませり。 あやまたずもておはしませり。
244 何をもちてか、
とかく申すべきにあらず。
何をもちて・[かイ]
とかく申べきにあらず。
245 旅の御姿ながら、 旅御姿ながら。
246 我御家へも
寄り給はずしておはしましたり。
我家へも
よりたまはずしておはしましたり。
247 はやこの皇子に
あひ仕うまつり給へ。といふに、
はや此御子に
あひつかうまつり給へといふに。
248 物もいはず頬杖(つらづゑ)をつきて、 物もいはでつらづえ・(をイ)付て。
249 いみじく歎かしげに思ひたり。 いみじくなげかしげに思ひたり。
 
250 この皇子
今さら何かといふべからず。
といふまゝに、
御子
今何かと云べからず
と云まゝに。
251 縁にはひのぼり給ひぬ。 緣にはひのぼり給ぬ。
252 翁ことわりに思ふ。 翁理と思ひ。
253 この國に見えぬ玉の枝なり。 此國にみえぬ玉の枝也。
254 この度はいかでかいなびまをさん。 此度はいかでかいなび申さん。
255 人ざまもよき人におはす。
などいひ居たり。
人樣もよき人におはす
など云ゐたり。
 
256 かぐや姫のいふやう、 かぐや姫の云やうは(イ无)。
257 親ののたまふことを、
ひたぶるに
いなび申さんことのいとほしさに、
親のたまふ事を
ひたぶるに
いなび申さん事のいとをしさに。
258 得難きものを、
かくあさましくもてくることを
ねたく思ひ、
取がたき物を
かくあさましくもてきたる事を
ねたくおもひ
259   ・[侍るといへど。なほイ]。
260 翁は閨の内しつらひなどす。 翁は閨の內しつらひなどす。
 
261 翁皇子に申すやう、 翁御子に申やう。
262 いかなる所にかこの木はさぶらひけん。 いかなる所にか此木は候けん。
263 怪しく麗しくめでたきものにも。と申す。 あやしくうるはしくめでたきものにもと申。
264 皇子答こたへての給はく、 御子こたへての給く。
265 前一昨年(さをとゝし)の
二月(きさらぎ)の十日頃に、
難波より船に乘りて、海中にいでて、
さをとゝしの
きさらぎの十日頃に
難波より船に乘て海の中に出て。
266 行かん方も知らず覺えしかど、 ゆかんかたもしらず覺しかど。
267 思ふこと成らでは、
世の中に生きて何かせん。
と思ひしかば、
思ふ事ならで
世中にいきて何かせん
と思ひしかば。
268 たゞ空しき風に任せてありく。 たゞむなしき風にまかせてありく。
269 命死なばいかゞはせん。 命しなばいかゞはせん。
270 生きてあらん限はかくありきて、 いきてあらん限かくありきて。
271 蓬莱といふらん山に逢ふや。と、
浪にたゞよひ漕ぎありきて、
蓬萊といふらむ山にあふやと
海に漕たゞよひありきて。
272 我國の内を離れてありき廻りしに、 我國のうちを離てありき廻まかイりしに。
273 或時は浪荒れつゝ海の底にも入りぬべく、
或時は風につけて
知らぬ國にふき寄せられて、
ある時はなみ荒つゝ海の底に入ぬべく
或時は風につけて
しらぬ國に吹よせられて。
274 鬼のやうなるものいで來て殺さんとしき。 鬼のやうなるもの出來て殺さんとす。
275 或時には來し方行末も知らず、
海にまぎれんとしき。
ある時はこしかた行末もしらず
海にまぎれむとしき。
276 或時にはかて盡きて、
草の根を食物としき。
或時にはかてつきて
草の根をくひものとす。
277 或時はいはん方なく
むくつけなるもの來て、
食ひかゝらんとしき。
ある時はいはんかたなく
むくつけ[つけげイ]なるものきて
くひかゝらんとしき。
278 或時には海の貝をとりて、命をつぐ。 ある時は海の貝をとりて命をつぐ。
279 旅の空に助くべき人もなき所に、
いろ\/の病をして、
旅の空にたすけ給ふべき人もなき所に
色々のやまひをして。
280 行方すらも覺えず、 行方空も[すらもイ]おぼえず。
281 船の行くに任せて、
海に漂ひて、
五百日(いほか)といふ辰の時許に、
船の行にまかせて
海にたゞよひて
五百日といふ辰の時ばかりに。
282 海の中に遙に山見ゆ。 海の中に纔に山みゆ。
283 舟のうちをなんせめて見る。 舟のうちをなんせめてみる。
284 海の上に漂へる山
いと大きにてあり。
海の上にたゞよへる山
いとおほきにて有。
285 其山の樣高くうるはし。 其山のさま高くうるはし。
286 是や我覓むる山ならん。
と思へど、
これや我救る[もとむるイ]山ならん
と思ひて。
287 さすがに畏(おそろ)しく覺えて、 さすがにおそろしくおぼえて。
288 山の圍(めぐり)を指し廻らして、
二三日(ふつかみか)許見ありくに、
天人(あまびと)の粧したる女、
山の中より出で來て、
銀の金鋺をもて
水を汲みありく。
山のめぐりをさしめぐらして
ニ三日ばかりみありくに
天人の粧ひしたる女
山の中より出來て
銀のかなまるをもちて
水をくみありく。
289 これを見て船よりおりて、 是を見て船よりおりて。
290 この山の名を何とか申す。と問ふに、 此山の名を何とか申ととふ。
291 女答へて曰く、 女こたへていはく。
292 これは蓬莱の山なり。と答ふ。 是は蓬萊の山なりと答。
293 是を聞くに嬉しき事限なし。 是を聞に嬉しき事限なし。
294 この女に、かく宣ふは誰ぞ。と問ふ。 此女かくの給ふは誰そととふ。
295 我名はほうかんるり。といひて、 我な・[はイ]ほうかんるりと云て。
296 ふと山の中に入りぬ。 ふと山の中に入ぬ。
297 その山を見るに、
更に登るべきやうなし。
其山を見るに
更にのぼるべきやうなし。
298 その山のそばつらを廻れば、 其山の岨ひらをめぐりければ。
299 世の中になき花の木どもたてり。 世中になき花の木どもたてり。
300 金銀瑠璃色の水
流れいでたり。
金銀瑠璃色の水
山よりながれ出たり。
301 それにはいろ\/の玉の橋わたせり。 それには色々の玉の橋わたせり。
302 そのあたり照り輝く木どもたてり。 そのあたりに照輝く木どもたてり。
303 その中に
このとりて持てまうできたりしは、
其內に
このとりてもちてまうできたりしは。
304 いとわろかりしかども、 いとわろかりしかども。
305 のたまひしに違はましかば。とて、 の給ひしにたがはましかばと。
306 この花を折りてまうできたるなり。 此花を折てまうで來る也。
307 山は限なくおもしろし。 山は限なく面白し。
308 世に譬ふべきにあらざりしかど、 世にたとふべきにあらざりしかど。
309 この枝を折りてしかば、 此枝を折てしかば。
310 さらに心もとなくて、 更に心もとなくて。
311 船に乘りて追風ふきて、 舟に乘て追手の風吹て。
312 四百餘日になんまうで來にし。 四百よ日になん詣きにし。
313 大願(だいぐわん)の力にや、 大願・[のイ]力にや。
314 難波より
昨日なん都にまうで來つる。
難波より
昨日なん都に詣きつる。
315 さらに潮にぬれたる衣(ころも)を
だに脱ぎかへなでなん、まうで來つる。
との給へば、
更に鹽に雰たる衣を
だに脫かへなでなん詣來つる
とのたまへば。
 
316 翁聞きて、うち歎きてよめる、 翁聞て打歎てよめる。
 
♪5
317
呉竹の
よゝのたけとり
野山にも
吳竹の
よゝの竹とり
野山にも
 さやはわびしき
 ふしをのみ見し
 さやは侘しき
 ふしをのみ見し
 
318 これを皇子聞きて、 是を御子聞て。
319 こゝらの日頃
思ひわび侍りつる心は、
こゝらの日頃
思ひ侘侍りつる心・[はイ]。
320 今日なんおちゐぬる。 今日なら[イ无]むおちゐぬる。
321 との給ひて、かへし、 との給ひて返し。
 
♪6
322
わが袂
けふかわければ
わびしさの
わか袂
けふかはけれは
侘しさの
 ちくさのかずも
 忘られぬべし
 千種のかすも
 忘られぬへし
 
323 との給ふ。 との給ひ。
 
324 かゝるほどに、
男(をとこ)ども
六人連ねて庭にいできたり。
かゝる程に
男・[どもイ]
六人つらねて庭に出來たり。
325 一人の男、 一人・(のイ)おとこ。
326 文挾(ふばさみ)に
文をはさみてまをす。
ふばさみに
文を挿て申。
 
327 作物所(つくもどころ)の
寮(つかさ)のたくみ
漢部(あやべ)内麿まをさく、
つくもどころ
つかさのたくみ
あやべのうちまろ申さく。
328 玉の木を作りて
仕うまつりしこと、
玉の木を作り
つかふまつりし事。
329 心を碎きて、 五穀を斷て。
330 千餘日に
力を盡したること少からず。
千餘日に
力をつくしたる事すくなからず。
331 しかるに祿いまだ賜はらず。 然るに錄[マヽ]いまだ給はらず。
332 これを賜はり分ちて、
けごに賜はせん。
といひてさゝげたり。
是給はりてわろき
けごにたまはせん
と云てさゝげたり。
 
333 竹取の翁、
この工匠等が申すことは
竹とり
此工等が申事を[はイ]。
334 何事ぞ。とかたぶきをり。 何事ぞとかたぶきおり。
335 皇子は我にもあらぬけしきにて、 御子は我にもあらぬけしきにて。
336 肝消えぬべき心ちして居給へり。 肝消ぬベき心ちしてゐ給へり。
 
337 これをかぐや姫聞きて、 是をかぐや姫聞て。
338 この奉る文をとれ。
といひて見れば、
此奉る文をとれ
と云てみれば。
339 文に申しけるやう、 ふみに申けるやう。
 
340 皇子の君 御子のきみ。
341
千餘日賤しき工匠等と諸共に、
同じ所に隱れ居給ひて、
千日いやしき匠等ともろともに
同じ所に隱ゐたまひて。
342 かしこき玉の枝を作らせ給ひて、 かしこき玉の枝をつくらせ給ひて。
343 官(つかさ)も賜はらん。
と仰せ給ひき。
司もたまは・(らイ)ん
と仰給ひき。
344 これをこの頃案ずるに、 是を・[このイ]頃あんずるに。
345 御つかひとおはしますべき、
かぐや姫の要じ給ふべき
なりけり。と承りて、
御つかひとおはしますべき
かぐや姫のえうし給ふべき
成けりと承て。
346 この宮より賜はらんと申して 此宮よりたまはらんと申て。
347 給はるべきなり。
といふを聞きて、
給るべきなり
と云を聞て。
 
348 かぐや姫、
暮るゝまゝに
思ひわびつる心地ゑみ榮えて、
かぐや姫の
くるゝまゝに
忍ひ侘つる心ちわらひさかへて。
349 翁を呼びとりていふやう、 翁をよびとりて云やう。
350 誠に蓬莱の木かとこそ思ひつれ、 誠蓬萊の木とこそ思ひつれ。
351 かくあさましき
虚事にてありければ、
かくあさましき
空事にてありけれ・(はイ)。
352 はや疾くかへし給へ。といへば、 はや返し給へといへば。
 
353 翁こたふ、 翁こたふ。
354 さだかに造らせたるもの
と聞きつれば、
さすが[だかイ]につくらせたる物
と聞つれば。
355 かへさんこといと易し。
とうなづきをり。
返さん事いとやすし
とうなづきおり。
 
356 かぐや姫の心ゆきはてゝ、 かぐや姫の心行果て。
357 ありつる歌のかへし、 ありつる歌のかへし。
 
♪7
358
まことかと
聞きて見つれば
ことの葉を
まことかと
聞てみつれは
言の葉を
 飾れる玉の
 枝にぞありける
 飾れる玉の
 枝にそ有ける
 
359 といひて、玉の枝もかへしつ。 と云て玉のえだも返しつ。
 
360 竹取の翁 竹取の翁。
361 さばかり語らひつるが、 さばかりかたらひつるが。
362 さすがに覺えて眠(ねぶ)りをり。 さすがに覺てねぶりをり。
363 皇子はたつもはした 御子は立もはした。
364 居るもはしたにて居給へり。 ゐるもはしたにてゐ給へり。
365 日の暮れぬればすべ出で給ひぬ。 日の暮ぬればすベり出給ひぬ。
 
366 かのうれへせし工匠等をば、 かのうれへせしたくみをば。
367 かぐや姫呼びすゑて、 かぐや姫よびすへて。
368 嬉しき人どもなり。といひて、 うれしき人どもなりといひて。
369 祿いと多くとらせ給ふ。 錄[マヽ]ども(いとイ)多くとらせ給ふ。
 
370 工匠等いみじく喜びて、
思ひつるやうにもあるかな。
といひて、
たくみらいみじく喜て
思ひつるやうにも有哉
と云て歸る。
371 かへる道にて、車持皇子 道にてくらもちの御子。
372 血の流るゝまで
ちようぜさせ給ふ。
ちのながるゝまで
ちやうぜさせ給ふ。
373 祿得しかひもなく ろくえしかひもなく。
374 皆とり捨てさせ給ひてければ、 みな取すてさせ給ひてければ。
375 逃げうせにけり。 迯うせにけり。
 
376 かくてこの皇子、 かくて此御子は。
377 一生の恥
これに過ぐるはあらじ。
一しやうのはぢ
是にすぐるはあらじ。
378 女をえずなりぬるのみにあらず、 女を得ず成ぬるのみにあらず。
379 天の下の人の
見思はんことの
恥かしき事。との給ひて、
天下の人の
見思はん事の
はづかしき事との給ひて。
380 たゞ一所深き山へ入り給ひぬ。 たゞ一所ふかき山へ入給ひぬ。
 
381 宮司候ふ人々、
皆手を分ちて
求め奉れども、
宮司さぶらひし人々
みなてを分ちて
もとめたてまつれども。
382 御薨(みまかり)もやし
たまひけん、
御しにもやし
給ひけん。
383 え見つけ奉らずなりぬ。 えみつけ奉らず成にけり[ぬイ]。
 
384 皇子の御供に
隱し給はんとて、
[みこの御供に
かくし給はんとて。
385 年頃見え給はざりけるなりけり。 年比見え給はざりけるなり。]
386 是をなん
たまさかるとはいひ始めける。
是をなん
たまかざ[さかイ]るとはいひはじめける。
 
 

6.阿倍御主人

 
 
387 右大臣阿倍御主人は 左大臣安倍のみむらじは。
388 財(たから)豐に
家廣き人にぞおはしける。
寶ゆたかに
家廣き人にぞおはしける。
 
389 その年わたりける唐土船の
王卿(わうけい)といふものゝ許に、
文を書きて、
其年きたりけるもろこし船の
わうけいといふ人のもとに
文を書て。
390 火鼠の裘といふなるもの
買ひておこせよ。とて、
火ねづみの皮といふなる物
買ておこせよとて。
391 仕うまつる人の中に心たしかなるを選びて、 つかふまつる人の中に心たしかなるを撰て。
392 小野房守といふ人をつけてつかはす。 小野房盛と云人をつけてつかはす。
393 もていたりて、かの浦に居をる
王卿に金をとらす。
もていたりてかのうらにをる
わうけいに金をとらす。
 
394 王卿文をひろげて見て、返事かく。 わうけい文をひろげて見て返事かく。
395 火鼠の裘 火鼠の皮衣。
396 我國になきものなり。 此國になき物也。
397 おとには聞けども 音にはきけども。
398 いまだ見ぬものなり。 いまだ見ずさぶらふ物也。
399 世にあるものならば、 世にある物ならば。
400 この國にももてまうで來なまし。 此國にももて詣來なまし。
401 いと難きあきなひなり。 いとかたき商也。
402 しかれども
もし天竺にたまさかにもて渡りなば、
然ども
若天ぢくに逅にもて渡りなば。
403 もし長者のあたりに
とぶらひ求めんに、
若ちやうじやのあたりに
とぶらひもとめんに。
404 なきものならば、 なき物ならば。
405 使に添へて金返し奉らん。といへり。 使に添てかねをば返し奉らんといへり。
 
406 かの唐土船來けり。 彼唐ぶねきけり。
407 小野房守まうで來て 小野房盛詣きて。
408 まうのぼるといふことを聞きて、 まうのぼると云事を聞て。
409 あゆみとうする馬をもちて あゆみとく(うイ)するむまをもちて。
410 走らせ迎へさせ給ふ はしらせむかへさせ給ふ。
411 時に、馬に乘りて、 時に馬に乘て。
412 筑紫よりたゞ七日(なぬか)に
上りまうできたり。
筑紫より唯七日に
のぼりまふで來り。
 
413 文を見るに 文をみるに。
414 いはく、 いはく。
415 火鼠の裘 火ねずみの革衣。
416 辛うじて、人を出して求めて奉る。 からうじて人を出して取て奉る。
417 今の世にも昔の世にも、 今のよにも昔の世にも。
418 この皮は容易(たやす)くなきものなりけり。 此皮はたはやすくなき物也けり。
419 昔かしこき天竺のひじり、 昔賢き天竺の聖。
420 この國にもて渡りて侍りける、 此國にもてわたりて侍りける。
421 西の山寺にありと聞き及びて、公に申して、 西の山寺にありと聞及ておほやけに申て。
422 辛うじて買ひとりて奉る。 からうじてかい取て奉る。
 
423 價の金少しと、 あたひの金すくなしと。
424 國司使に申しゝかば、 こくし使に申しかば。
425 王卿が物加へて買ひたり。 わうけいが物くはへてかひたり。
426 今金五十兩たまはるべし。 今金五十兩たまはらん。
427 船の歸らんにつけてたび送れ。 舟のかへらんにつけてたび送れ。
428 もし金賜はぬものならば、 若金たまはぬ物ならば。
429 裘の質かへしたべ。 皮衣のしち返したベ。
 
430 といへることを見て、 といへる事をみて。
431 何おほす。 なにおぼす。
432 今金少しのことにこそあンなれ。 いま金少の事に[にてイ]こそあ[なイ]めれ。
433 必ず送るべき物にこそあンなれ。 [かならず送るベき物にこそあなれ。]
434 嬉しくしておこせたるかな。とて、 うれしくしてをこせたる哉とて。
435 唐土の方に向ひて伏し拜み給ふ。 唐のかたにむかひてふし拜み給ふ。
 
436 この裘入れたる箱を見れば、 此革衣入たる箱をみれば。
437 種々のうるはしき瑠璃を
いろへて作れり。
草々のうるはしきるりを
色へてつくれり。
 
438 裘を見れば
紺青(こんじやう)の色なり。
皮衣を見れば
こんじやうの色也。
439 毛の末には
金の光輝きたり。
毛のすゑには
こがねの光しさゝり(きイ、やきイ)たり。
 
440 げに寳と見え、
うるはしきこと比ぶべきものなし。
寶とみえ
うるはしき事幷ぶべきものなし。
441 火に燒けぬことよりも、 火に燒ぬ事よりも。
442 清(けう)らなることならびなし。 けうらなる事双なし。
 
443 むべかぐや姫の
このもしがり給ふにこそありけれ。
との給ひて、
うベかぐや姫
このもしがり給ふにこそありけれ
との給ひて。
444 あなかしこ。とて、 あなかしことて。
445 箱に入れ給ひて、
物の枝につけて、
箱に入たまひて
ものの枝に付て。
446 御身の假粧(けさう)いといたくして、 御身のけさう(化粧)いといたくして。
447 やがてとまりなんものぞとおぼして、 やがてとまりなむ物ぞとおぼして。
448 歌よみ加へて持ちていましたり。 歌讀くはへてもちていましたり。
449 その歌は、 其歌は。
 
♪8
450
かぎりなき
おもひに燒けぬ
かはごろも
かきりなき
思ひにやけぬ
かは衣
 袂かわきて
 今日こそはきめ
 袂かはきて
 今こそはきめ
 
451   と云り。
452 家の門かどにもて至りて立てり。 家の門にもていたりてたてり。
 
453 竹取いで來て 竹取出きて。
454 とり入れて、かぐや姫に見す。 取入てかぐや姫に見す。
455 かぐや姫 かぐや姫の。
456 かの裘を見ていはく、 皮衣をみて云く。
457 うるはしき皮なンめり。 うるはしき皮・[きぬイ]なめり。
458 わきてまことの皮ならんとも知らず。 わきて誠の皮ならんともしらず。
 
459 竹取答へていはく、 竹とりこたへていはく。
460 とまれかくまれ とまれかくまれ。
461 まづ請じ入れ奉らん。 先しやうじ入奉らん。
462 世の中に見えぬ裘のさまなれば、 世中にみえぬ皮衣のさまなれば。
463 是をまことゝ思ひ給ひね。 これを・[まこと]と思ひ給ね。
464 人ないたくわびさせ給ひそ。といひて、 人ないたく佗させ・[奉らせ]たまひそと云て。
465 呼びすゑたてまつれり。 よびすへ泰れり。
466 かく呼びすゑて、 かくよびすへて。
467 この度は必ずあはん。と、
嫗の心にも思ひをり。
此たび必あはんと
女の心にも思ひをり。
 
468 この翁は、
かぐや姫のやもめなるを歎かしければ、
翁は
かぐや姫のやもめなるをなげかしければ。
469 よき人にあはせん。と思ひはかれども、 よき人にあはせむと思ひはかれど。
470 切に否。といふことなれば、 せちにいなといふ事なれば。
471 えしひぬはことわりなり。 えしゐぬはことはりなり。
 
472 かぐや姫翁にいはく、 かぐや姫翁にいはく。
473 この裘は火に燒かんに、 此皮ぎぬは火にやかんに。
474 燒けずはこそ實ならめと思ひて、 燒ずばこそまことならめと思ひて。
475 人のいふことにもまけめ。 人の云事にもまけめ。
476 世になきものなれば、 世になき物なれば。
477 それを實と疑なく思はん。
との給ひて、
それをまこととうたがひなく思はん
との給ひて。
478 なほこれを燒きて見ん。といふ。 猶是をやきてこゝろみむといふ。
 
479 翁それさもいはれたり。といひて、 おきなそれさもいはれたりといひて。
480 大臣(おとゞ)にかくなん申す。といふ。 大臣にかくなん申と云。
481 大臣答へていはく、 大臣こたへていはく。
482 この皮は唐土にもなかりけるを、 此革は唐にもなかりし[けるイ]と[をイ]。
483 辛うじて求め尋ね得たるなり。 からうじて取尋[求イ]えたる也。
484 何なにの疑かあらん。 何の疑あらん。
485 さは申すとも、 左は申とも。
486 はや燒きて見給へ。といへば、 はや燒て見給へといへば。
 
487 火の中にうちくべて燒かせ給ふに、 火のうちに打くベてやかせ給ふに。
488 めら\/と燒けぬ。 めら〳〵とやけぬ。
489 さればこそ異物の皮なりけり。といふ。 さればこそこともの皮也けりといふ。
490 大臣これを見給ひて、 大臣是を見給ひて。
491 御顔は草の葉の色して居給へり。 ・[御イ]かほは草の葉の色してゐたまへり。
 
492 かぐや姫は
あなうれし。と喜びて居たり。
かぐや姫は
あなうれしとよろこびていたり。
493 かのよみ給へる歌のかへし、 かのよみ給ひけるうたの返し。
494 箱に入れてかへす。 箱に入てかへす。
 
♪9
495
なごりなく
もゆと知りせば
かは衣
餘波なく
もゆとしりせは
皮衣
 おもひの外に
 おきて見ましを
 おもひのほかに
 置て見ましを
 
496 とぞありける。 とぞ有ける。
497 されば歸りいましにけり。 されば歸りいましにけり。
 
498 世の人々、 よの人々。
499 安倍大臣は
火鼠の裘をもていまして、
あべの大臣
火鼠の皮ぎぬもていまして。
500 かぐや姫にすみ給ふとな。 かぐや姫にすみ給ふとな。
501 こゝにやいます。など問ふ。 こゝにやいますなどとふ。
502 或人のいはく、 ある人のいはく。
503 裘は火にくべて燒きたりしかば、 皮は火にくべてやきたりしかば。
504 めら\/と燒けにしかば、 めら〳〵とやけにしかば。
505 かぐや姫逢ひ給はず。といひければ、 かぐや姫逢給ずと云ければ。
506 これを聞きてぞ、 是を聞てぞ。
507 とげなきものをば
あへなしとはいひける。
とげなき物をば
あへなしと・(はイ)云ける。
 
 

7.大伴御行

 
 
508 大伴御行の大納言は、 大友(伴イ)の御ゆきの大納言は。
509 我家にありとある人を召し集めての給はく、 我家に有とある人めしあつめての給はく。
510 龍(たつ)の首に
五色の光ある玉あンなり。
龍の首に
五色の光ある玉あなり。
511 それをとり奉りたらん人には、 それとりてたてまつりたらん人には。
512 願はんことをかなへん。
との給ふ。
ねがはん事をかなへん
とのたまふ。
 
513 男(をのこ)ども
仰の事を承りて申さく、
男ども
仰の事を承て申さく。
514 仰のことはいとも尊(たふと)し。 仰の事はいともたうとし。
515 たゞしこの玉容易(たはやす)くえとらじを、 但此玉たはやすくえとらじを。
516 况や龍の首の玉は
いかゞとらん。と申しあへり。
いはんや龍の首の玉は
いかゞとらむと申あへり。
 
517 大納言のたまふ、 大納言のたまふ。
518 君の使といはんものは、 てん[きみイ]の使といはんものは。
519 命を捨てゝも
己(おの)が君の仰事をば
命をすてゝも
をのが君の仰ごとをば。
520 かなへん。
とこそ思ふべけれ。
かなへん
とこそおもは[ふイ]べけれ。
521 この國になき
天竺唐土の物にもあらず、
此國になき
天竺唐の物にもあらず。
522 この國の海山より
龍はおりのぼるものなり。
此國の海山より
龍はおりのぼるもの也。
523 いかに思ひてか いかに思ひてか。
524 汝等難きものと申すべき。 なんぢらかたき物と申べき。
 
525 男ども申すやう、 をのこども申やう。
526 さらばいかゞはせん。 さらばいかがはせむ。
527 難きものなりとも、 かたき事(ものイ)成とも。
528 仰事に從ひてもとめにまからん。と申す。 仰ごとに隨てもとめにまからむと申に。
 
529 大納言見笑ひて、 大納言見わらひて。
530 汝等君の使と名を流しつ。 なんぢらが君の使と名をながしつ。
531 君の仰事をばいかゞは背くべき。
との給ひて、
君のおほせごとをば如何は背くべき
との給ひて。
532 龍の首の玉とりにとて出したて給ふ。 龍の首の玉取にとて出し立給ふ。
 
533 この人々の 此人々の。
534 道の糧・食物に、 みちのかてくひ物に。
535 殿のうちの絹 とののうちのきぬ。
536 ・綿 わた。
537 ・錢など ぜに(銭)など。
538 あるかぎりとり出でそへて遣はす。 ある限取出てそへてつかはす。
 
539 この人々ども、歸るまでいもひをして
我は居らん。
此人どもの歸るまでいもゐをして
我はをらん。
540 この玉とり得では家に歸りくな。
との給はせけり。
此玉取えでは家にかへりくな
とのたまはせけり。
 
541 おの\/仰承りて罷りいでぬ。 各仰承て罷ぬ。
542 龍の首の玉とり得ずは歸りくな。
との給へば、
たつのかしらの玉とりえずばかへりくな
とのたまへば。
543 いづちも\/
足のむきたらんかたへいなんとす。
いづちも〳〵
足のむきたらんかたへゆか(いなイ)んとす。
544 かゝるすき事をし給ふことゝそしりあへり。 かゝるすき事をし給ふ事と誹りあへり。
 
545 賜はせたる物は
おの\/分けつゝとり、
たまはら[イ无]せたる物
各分つゝとる。
546 或あるは己が家にこもりゐ、 或はをのが家に籠り居。
547 或はおのがゆかまほしき所へいぬ。 或はをのがゆかまほしき所へいぬ。
548 親・君と申すとも、
かくつきなきことを仰せ給ふこと。と、
親君と申とも
かくつきなき事をの(仰イ)給ふ事と。
549 ことゆかぬものゆゑ、 ことゆかぬ・[ものイ]ゆへ。
550 大納言を謗りあひたり。 大納言をそしりあひたり。
 
551 かぐや姫すゑんには、 かぐや姫すへんには。
552 例のやうには見にくし。との給ひて、 れいやうには見にくしとの給ひて。
553 麗しき屋をつくり給ひて、 うるはしき屋を作り給ひて。
554 漆を塗り、 うるしをぬり。
555 蒔繪をし、いろへしたまひて、 蒔繪し給ひて。
556 屋の上には糸を染めて
いろ\/に葺かせて、
屋のうへにはいとをそめて
いろ〳〵ふかせて。
557 内々のしつらひには、 內々のしつらひには。
558 いふべくもあらぬ綾織物に繪を書きて、
間ごとにはりたり。
いふべくもあらぬ綾織物に繪を書て
まごと(間每)にはりたり。
 
559 もとの妻どもは去りて、 もとのめどもは。
560 かぐや姫を必ずあはん。とまうけして、 かぐや姫を必あはんまふけして。
561 獨明し暮したまふ。 獨明しくらし給ふ。
 
562 遣しゝ人は夜晝待ち給ふに、 つかひし人は夜晝待給ふに。
563 年越ゆるまで音もせず、 年越るまで音もせず。
564 心もとながりて、 心もとなく(かりイ)て。
565 いと忍びて、 いと忍て。
566 たゞ舍人二人召繼として ただ舍人二人召付として。
567 やつれ給ひて、 やつれ給ひ・[てイ]。
568 難波の邊(ほとり)におはしまして、
問ひ給ふことは、
難波の邊におはしまして
問給ふ事は。
569 大伴大納言の人や、 大友(伴イ)の大納言どのの人や。
570 船に乘りて龍殺して、 ふねに乘て龍ころして。
571 そが首の玉とれるとや聞く。 其首の玉とれるとや聞と。
572 と問はするに、 とはするに。
 
573 船人答へていはく、 舟人こたへていはく。
574 怪しきことかな。と笑ひて、 あやしき事哉とわらひて。
575 さるわざする船もなし。と答ふるに、 さるわざするふねもなしと答るに。
 
576 をぢなきことする船人にもあるかな。 おぢなき事する船人にもある哉。
577 え知らでかくいふ。とおぼして、 得しらでかく云とおぼして。
578 我弓の力は、 我ゆみの力は。
579 龍あらば
ふと射殺して首の玉はとりてん。
龍あらば
ふといころして首の玉は(いイ)とりてん。
580 遲く來るやつばらを待たじ。との給ひて、 をそくくるやつばらをまたじとの給ひて。
 
581 船に乘りて、
海ごとにありき給ふに、
船にのりて
海ごとにありき給ふに。
582 いと遠くて、 いと遠くて。
583 筑紫の方の海に漕ぎいで給ひぬ。 筑紫のかたの海に漕出給ひぬ。
 
584 いかゞしけん、 いかゞしけむ。
585 はやき風吹きて、 はやき風吹て。
586 世界くらがりて、 世界くらがりて。
587 船を吹きもてありく。 船を吹もてありく。
588 いづれの方とも知らず、 いづれのかたともしらず。
589 船を海中にまかり入りぬべくふき廻して、 舟を海中にまかり入ぬべく吹まはして。
590 浪は船にうちかけつゝまき入れ、 波は船に打かけつゝまき入。
591 神は落ちかゝるやうに閃きかゝるに、 神はおちかゝるやうにひらめきかゝるに。
592 大納言は惑ひて、 大納言はまどひて。
593 まだかゝるわびしきめハ見ず。 まだかゝる佗しさめ・[はイ]みず。
594 いかならんとするぞ。との給ふ。 いかならんとするぞとのたまふ。
 
595 楫取答へてまをす、 梶とりこたへて申。
596 こゝら船に乘りてまかりありくに、 こゝら舟にのりてまかりありくに。
597 まだかくわびしきめを見ず。 まだかく侘しきめを見ず。
598 御(み)船海の底に入らずは
神落ちかゝりぬべし。
御船海のそこにいらば
神おちかゝりぬべし。
599 もしさいはひに神の助けあらば、
南海にふかれおはしぬべし。
もし幸に神のたすけあらば
南海にふかれおはしぬベし。
600 うたてある
主(しう)の御(み)許に
仕へ奉(まつ)りて、
うたてある
主のみもとに
つかふまつりて。
601 すゞろなる死(しに)を
すべかンめるかな。
とて、楫取なく。
すゞろなるしにを
すベかめるかな
とかぢとりなく。
 
602 大納言これを聞きての給はく、 大納言是を聞ての給く。
603 船に乘りては
楫取の申すことをこそ
高き山ともたのめ。
船に乘ては
梶とりの申ことをこそ
高き山ともたのめ。
604 などかくたのもしげなきことを申すぞ。
と、あをへどをつきての給ふ。
などかくたのもしげなき事を申ぞ
とあをへどをつきての給ふ。
 
605 楫取答へてまをす、 かぢ取答て申。
606 神ならねば
何業をか仕(つかうまつ)らん。
神ならねば
何わざをかつかふまつらむ。
607 風吹き浪はげしけれども、 風吹波はげしけれども。
608 神さへいたゞきに
落ちかゝるやうなるは、
神さへいたゞきに
おちかゝるやうなるは。
609 龍を殺さんと
求め給ひさぶらへばかくあンなり。
辰を殺さんと
救[求イ]給ふ故にある也。
610 はやても龍の吹かするなり。 はやても龍のふかするなり。
611 はや神に祈り給へ。といへば、 はや神にいのり給へといふ。
 
612 よきことなり。とて、 よき事也とて。
613 楫取の御(おん)神聞しめせ。 梶とりの御神きこしめせ。
614 をぢなく心幼く をと[ちイ]なく心おさなく。
615 龍を殺さんと思ひけり。 龍をころさむと思ひけり。
616 今より後は 今より後は。
617 毛一筋をだに
動し奉らじ。と、
けのすぢ(ゑイ)一すぢをだに
うごかしたてまつらじと。
618 祝詞(よごと)をはなちて、 よごとをはなちて。
619 立居なく\/呼ばひ給ふこと、 たちゐなく〳〵よばひ給ふこと。
620 千度(ちたび)ばかり
申し給ふけにやあらん、
千度ばかり
申給ふけにやあらん。
621 やう\/神なりやみぬ。 漸々神なりやみ。
622 少しあかりて、 すこし光て。
623 風はなほはやく吹く。 風は猶はやく吹。
 
624 楫取のいはく、 梶取のいはく。
625 これは龍のしわざにこそありけれ。 是はたつのしわざにこそありけれ。
626 この吹く風はよき方の風なり。 此吹風はよき方の風也。
627 あしき方の風にはあらず。 惡敷かたのかぜにはあらず。
628 よき方に赴きて吹くなり。といへども、 よき方へおもむきて吹なりといへども。
629 大納言は是を聞き入れ給はず。 大納言は是を聞入給はず。
630 三四日(みかよか)ありて
吹き返しよせたり。
三四日ふきて
吹かへしよせたり。
631 濱を見れば、
播磨の明石の濱なりけり。
濱をみれば
播磨のあかしの濱なり鳧。
632 大納言
南海の濱に吹き寄せられたるにやあらん。
と思ひて、
大納言
南海の濱に吹よせられたるにやあらむ
とおもひて。
633 息つき伏し給へり。 いきつきふし給へり。
634 船にある男ども
國に告げたれば、
國の司まうで訪ふにも、
舟にある男ども
國につきたれども
國の司まうでとぶらふにも。
635 えおきあがり給はで、 えおきあがり給はで。
636 船底にふし給へり。 ふなぞこに臥たまへり。
637 松原に御み筵敷きておろし奉る。 松原に御むしろ敷ておろし奉る。
638 その時にぞ
南海にあらざりけり。と思ひて、
其時にぞ
南海にあらざりけりとおもひて。
639 辛うじて起き上り給へるを見れば、 からうじておきあがりたまへるを見れば。
640 風いとおもき人にて、 風いとおもき人にて。
641 腹いとふくれ、 はらいとふくれ。
642 こなたかなたの目には、 こなたかなたの目には。
643 李を二つつけたるやうなり。 すもゝを二つつけたる樣也。
644 これを見奉りてぞ、
國の司もほゝゑみたる。
是をみたてまつりてぞ
國の司もほゝえみたる。
 
645 國に仰せ給ひて、
腰輿(たごし)作らせたまひて、
國におほせ給ひて
たごしつくらせ給ひて。
646 によぶ\/になはれて 漸々[によふ〳〵イ]になはれたまひて。
647 家に入り給ひぬるを、 家に入たまひぬるを。
648 いかで聞きけん、 いかでか聞けん。
649 遣しゝ男ども參りて申すやう、 つかはしし男どもまいりて申やう。
650 龍の首の玉をえとらざりしかばなん、 龍のくびの玉をえとらざらしかば。
651 殿へもえ參らざりし。 南海へもまいらざりし。
652 玉のとり難かりしことを
知り給へればなん、
玉の取がたかりし事を
しり給へればなん。
653 勘當あらじ。
とて參りつる。と申す。
かむだうあらじ
とて參つると申。
 
654 大納言起き出でての給はく、 大納言起出のたまはく。
655 汝等よくもて來ずなりぬ。 なむぢらよくもてこずなりぬ。
656 龍は鳴神の類にてこそありけれ。 たつはなる神のるいにこそ有けれ。
657 それが玉をとらんとて、 それが玉をとらむとて。
658 そこらの人々の
害せられなんとしけり。
そこらの人々の
がいせられむとしけり。
659 まして龍を捕へたらましかば、 ましてたつをとらへたらましかば。
660 またこともなく
我は害せられなまし。
又とこ[ことイ]もなく
我はがいせられなまし。
661 よく捕へずなりにけり。 よくとらへずやみ(なり)にける(りイ)。
 
662 かぐや姫てふ大盜人のやつが、 かぐや姫てふおほ盜人のやつが。
663 人を殺さんとするなりけり。 人をこるさむとする也けり。
664 家のあたりだに今は通らじ。 家のあたりだに今はとをらじ。
665 男どもゝなありきそ。とて、 男どももなありきそとて。
666 家に少し殘りたりけるものどもは、 家に少殘りたりける物どもは。
667 龍の玉とらぬものどもにたびつ。 龍の玉をとらぬものどもにたびつ。
 
668 これを聞きて、 是を聞て。
669 離れ給ひしもとのうへは、 はなれ給ひしもとの上は。
670 腹をきりて笑ひ給ふ。 はらをきりて(斷腸)わらひ給ふ。
671 糸をふかせてつくりし屋は、 いとをふかせつくりし屋は。
672 鳶烏の巣に
皆咋(く)ひもていにけり。
とびからすの巢に
みなくひもていにけり。
673 世界の人のいひけるは、 世界の人いひけるは。
674 大伴の大納言は、 大とも(伴イ)の大納言は。
675 龍の玉やとりておはしたる。 龍の首の玉や取ておはしたる。
676 いなさもあらず。 いなさもあらず。
677 御眼(おんまなこ)二つに
李のやうなる玉をぞ
添へていましたる。
といひければ、
みまなこ二つに
すもゝのやうなる玉を・[ぞイ]
そへていましたる
といひければ。
678 あなたへがた。といひけるよりぞ、 あなたへがたといひけるよりぞ。
679 世にあはぬ事をば、
あなたへがたとはいひ始めける。
世にあはぬ事をば
・[あなイ]堪がたとはいひはじめける。
 
 

8.石上麻呂

 
 
680 中納言
石上麻呂は、
中納言
磯のかみのまろたり[もろたかイ]は。
681 家につかはるゝ男どもの許に、 家につかはるゝをのこどものもとに。
682 燕(つばくらめ)の
巣くひたらば告げよ。
との給ふを、うけたまはりて、
つばくらめの
すくひたらばつげよ
との給ふを承て。
 
683 何の料にかあらん。と申す。 何の用にかあらむと申。
684 答へての給ふやう、 こたへての給ふやう。
685 燕のもたる子安貝
とらん料なり。との給ふ。
つばくらめのもたるこやすの(イ无)かひ
をとらんれうなりとの給ふ。
 
686 男ども答へて申す、 をのこどもこたへて申。
687 燕を
數多殺して見るにだにも、
腹になきものなり。
つばくらめを
あまたころしてみるにだにも
腹になき物也。
688 たゞし子産む時
なんいかでかいだすらん、
たゞし子うむ時
なんいかでかいだすらん。
689 はら\/と はう〳〵かと申。
690 人だに見れば失せぬ。と申す。 人だにみればうせぬと申。
 
691 又人のまをすやう、 又人申やう。
692 大炊寮(おほゐづかさ)の
飯炊ぐ屋の棟の
おほいづかさの
いひかしぐ屋のむねに[のイ]。
693 つくの穴毎に
燕は巣くひ侍り。
つくのあなごとに
つばくらめは巢をくひ侍る。
694 それにまめならん男どもを
ゐてまかりて、
それにまめならんをのこどもを
ゐてまかりて。
695 あぐらをゆひて上げて
窺はせんに、
あぐらをゆひあげて
うかゞはせんに。
696 そこらの燕子
うまざらんやは。
そこらのつばくらめを
うまざらむやは。
697 さてこそとらしめ給はめ。と申す。 扨こそとらしめ給はめと申。
 
698 中納言喜び給ひて、 中納言よろこびたまひて。
699 をかしき事にもあるかな。 おかしき事にも有哉。
700 もともえ知らざりけり。 尤えしらざりけり。
701 興あること申したり。との給ひて、 けうある事申たりとの給ひて。
702 まめなる男ども
二十人ばかり遣して、
まめなるをのこども
廿人ばかりつかはして。
703 あなゝひに上げすゑられたり。 あなゝひにあげすへられたり。
 
704 殿より使ひまなく給はせて、 とのより使隙なくたまはせて。
705 子安貝とりたるか。
と問はせ給ふ。
こやすの[イ无]かひとりたるか
ととはせ給ふ。
706 燕も
人の數多のぼり居たるにおぢて、
つばくらめも
人あまたのぼりゐたるにおぢて。
707 巣にのぼりこず。 すにものぼりこず。
708 かゝるよしの御返事を申しければ、 かゝるよしの御返事を申たれば。
709 聞き給ひて、 聞給ひて。
710 いかゞすべき。
と思しめし煩ふに、
如何すべき
とおぼしめし煩ふに。
 
711 かの寮の官人(くわんじん)
くらつ麿と申す翁申すやう、
彼つかさのくわん人
くらつまろと申翁申やう。
712 子安貝
とらんと思しめさば、
こやすの(イ无)かひ
とらむとおぼしめさば。
713 たばかり申さん。とて、 たばかり申さむとて。
714 御前に參りたれば、 御前に參たれば。
715 中納言
額を合せてむかひ給へり。
中納言
額を合てむかひゐたまへり。
716 くらつ麿が申すやう、 くらつまろが申やう。
717 この燕の子安貝は、 此燕めこやすのかひは。
718 惡しくたばかりてとらせ給ふなり。 あしくたばかりてとらせ給ふ也。
719 さてはえとらせ給はじ。 扨はえとらさ(イ无)せたまはじ。
720 あなゝひにおどろ\/しく、
二十人の人ののぼりて侍れば、
あなゝひにおどろおどろしく
廿人のひと〴〵ののぼりて侍るなれば。
721 あれて寄りまうで來ずなん。 あれてよりまうでこず・[なりイ]。
722 せさせ給ふべきやうは、 せさせ給ふべきやうは。
723 このあななひを毀ちて、
人皆退きて、
此あなゝひをこぼちて
人みなしりぞきて。
724 まめならん人一人を
荒籠(あらこ)に載せすゑて、
まめならむ人を
あらこにのせすへて。
725 綱をかまへて、鳥の子産まん間に
綱を釣りあげさせて、
つなをかまへて鳥のこうまん間に
つなをつりあげさせて。
726 ふと子安貝をとらせ給はんなん ふとこやすの[イ无]かひをとらせ給なん。
727 よかるべき。と申す。 よき事なる[ばよかるイ]ベきと申。
 
728 中納言の給ふやう、 中納言の給ふやう。
729 いとよきことなり。とて、 いとよき事なりとて。
730 あなゝひを毀ちて、 あなゝひをこぼし。
731 人皆歸りまうできぬ。 人みなかへりまうできぬ。
 
732 中納言くらつ麿にの給はく、 中納言くらつまろにの給はく。
733 燕はいかなる時にか
子を産むと知りて、
人をばあぐべき。とのたまふ。
つばくらめはいかなる時にか
子うむとしりて
人をばあぐべきとのたまふ。
 
734 くらつ麿申すやう、 くらつまろ申やう。
735 燕は子うまんとする時は、 つばくらめ子うまむとする時は。
736 尾をさゝげて
七度廻りて
なん産み落すめる。
おをさ・[さイ]げて
七度めぐりて
なんうみおとすめる。
737 さて七度廻らんをりひき上げて、
そのをり子安貝はとらせ給へ。と申す。
扨七度めぐらんおり
ひきあげてそのおり
こやすの(イ无)貝はとらせたまへと申。
 
738 中納言喜び給ひて、 中納言喜て。
739 萬の人にも知らせ給はで、
みそかに寮にいまして、
よろづの人にもしらせ給はで
みそかにつかさにいまして。
740 男どもの中に交りて、 をのこどもの中にまじりて。
741 夜を晝になしてとらしめ給ふ。 夜をひるになしてとらしめ給ふ。
742 くらつ麿かく申すを、
いといたく喜び給ひての給ふ、
くらつまろかく申を
いといたく喜ての給ふ。
743 こゝに使はるゝ人にもなきに、
願をかなふることの嬉しさ。
と宣ひて、
こゝにつかはるゝ人にもなきに
ねがひをかなふることのうれしさ
との給ひて。
744 御衣(おんぞ)ぬぎてかづけ給ひつ。 御ぞぬぎてかづけ給つ。
745 更に夜さりこの寮にまうでこ。
とのたまひて遣しつ。
さらによさり此司にまうでこ
との給ひてつかはしつ。
746 日暮れぬれば、
かの寮におはして見給ふに、
誠に燕巣作れり。
日暮ぬれば
かのつかさにおはして見給ふに
誠につばくらめ巢つくれり。
 
747 くらつ麿申すやうに、 くらつまろ申やう・[にイ]。
748 尾をさゝげて廻るに、 おうけて[をさゝげイ]めぐるに。
749 荒籠に人を載せて
釣りあげさせて、
燕の巣に手をさし入れさせて探るに、
あらこに人をのぼせて
つりあげさせて
つばくらめの巢に手をさし入させてさぐるに。
750 物もなし。と申すに、 物もなしと申に。
751 中納言
惡しく探ればなきなり。と腹だちて、
誰ばかりおぼえんに。とて、
中納言
あしくさぐればなきなりと腹立て
たればかりおぼふらんにとて。
752 我のぼりて探らん。とのたまひて、 われのぼりてさぐらむとの給ひて。
 
753 籠にのりてつられ登りて
窺ひ給へるに、
籠に入てつられのぼりて
うかゞひ給へるに。
754 燕尾をさゝげて
いたく廻るに合せて、
つばくらめ尾をさげ[さゝげイ]て
いたくめぐりけるにあはせて。
755 手を捧げて探り給ふに、 手をさゝげてさぐり給ふに。
756 手にひらめるものさはる時に、 ・[手にイ]ひらめる物さはりけるとき。
757 われ物握りたり。 我物にぎりたり。
758 今はおろしてよ。 今はおろしてよ。
759 翁しえたり。との給ひて、 おきなしえたたり[イ无]との給ひて。
760 集りて疾くおろさん。とて、
綱をひきすぐして、
綱絶ゆる、即
あつまりてとくおろさんとて
綱を引すぐして
つなたゆるとき[すなはちにイ]に。
761 やしまの鼎の上に
のけざまに落ち給へり。
やしまのかなへのうへに
のけざまにおちたまへり。
 
762 人々あさましがりて、 人々あさましがりて。
763 寄りて抱へ奉れり。 寄てかゝへたてまつれり。
764 御目はしらめにてふし給へり。 御目はしらめにてふし給へり。
765 人々御(み)口に水を掬ひ入れ奉る。 人々水をすくひ入たてまつれり。
 
766 辛うじて息いで給へるに、 からうじていき出給るに。
767 また鼎の上より、 又かなへの上より。
768 手とり足とりしてさげおろし奉る。 てとりあしとりしてさげおろし奉る。
769 辛うじて
御(み)心地はいかゞおぼさるゝ。
と問へば、
からうじて
御心ちはいかゞおぼさるゝ
ととへば。
770 息の下にて、 息の下にて。
771 ものは少し覺ゆれど 物はすこしおぼゆれど。
772 腰なん動かれぬ。 こしなむうごかれぬ。
773 されど子安貝をふと握りもたれば
嬉しく覺ゆるなり。
されどこやすのかひをふとにぎりもたれば
嬉敷おぼゆれ[ゆるなりイ]。
774 まづ脂燭さしてこ。 まづしそくさしてこ。
775 この貝顔(かひがほ)みん。と、
御ぐしもたげて御手をひろげ給へるに、
このかひがほ(貝面)見むと
御ぐしもたげ御手をひろげ給へるに。
776 燕のまりおける
古糞を握り給へるなりけり。
つばくらめのまりおける
ふるくそをにぎり給へるなりけり。
 
777 それを見給ひて、 それをみ給ひて。
778 あなかひなのわざや。
との給ひけるよりぞ、
あなかひなのわざや
との給ひけるよりぞ。
779 思ふに違ふこと
をば、かひなしとはいひける。
思ふにたがふ事
をばかひなしといひける。
 
780 かひにもあらず。と見給ひけるに、 かひにもあらずと見給ひけるに。
781 御こゝちも違ひて、 御心ちもたがひて。
782 唐櫃の蓋に入れられ給ふべくもあらず、 からびつのふたに入られ給ふべくもあらず。
783 御腰は折れにけり。 御こしはおれにけり。
 
784 中納言は
いはけたるわざして、病むことを
中納言は
はら[いはイ]はげたるわざしてやむことを。
785 人に聞かせじとし給ひけれど、 人にきかせじとしたまひけれど。
786 それを病にていと弱くなり給ひにけり。 それをやまひにていとよはく成たまひけり。
787 貝をえとらずなりにけるよりも、 かひをもとらずなりにける[よりも。
788 人の聞き笑はんことを、 人の聞き笑はん]事を。
789 日にそへて思ひ給ひければ、 日に添て思ひ給ひければ。
790 たゞに病み死ぬるよりも、
人ぎき恥(はづか)しく覺え給ふなりけり。
たゞにやみしぬるよりも
人聞媿敷おぼえ給ふ成けり。
 
791 これをかぐや姫聞きて 是をかぐや姫聞て。
792 とぶらひにやる歌、 とぶらひにやる歌。
 
♪10
793
年を經て
浪立ちよらぬ
すみのえの
年をへて
浪立よらぬ
すみのえの
 まつかひなしと
 聞くはまことか
 まつかひなしと
 きくは誠か
 
794 とあるをよみて聞かす。 とあるをよみてきかす。
 
795 いと弱き心地に頭もたげて、 いとよはき心にかしらもたげて。
796 人に紙もたせて、 人にかみをもたせて。
797 苦しき心地に辛うじてかき給ふ。 くるしき心ちにからうじて書給ふ。
 
♪11
798
かひはかく
ありけるものを
わびはてゝ
かひはなく
有ける物を
わひはてゝ
 死ぬる命を
 すくひやはせぬ
 しぬる命を
 救ひやはせぬ
 
799 と書きはてゝ絶え入り給ひぬ。 と書はてゝたえ入給ひぬ。
 
800 これを聞きて、 是を聞て。
801 かぐや姫少し哀(あはれ)とおぼしけり。 かぐや姫少哀とおぼしけり。
802 それよりなん少し嬉しきことをば、
かひありとはいひける。
それよりなん少嬉しきことを
ばかひあるとはいひけり。
 
 

9.帝

 
 
803 さてかぐや姫かたち
世に似ずめでたきことを、
扨かぐや姫かたちの
世ににずめでたき事を。
804 帝聞しめして、 御門聞しめして。
805 内侍中臣のふさ子にの給ふ、 ないしなかとみのふさこにの給。
806 多くの人の身を徒になして
あはざンなるかぐや姫は、
多くの人の身を徒になして
あはざなる[イ无]かぐや姫は。
807 いかばかりの女ぞ。と、
罷りて見て參れ。との給ふ。
いかばかりの女ぞと
・(まかりてイ)見てまいれとの給ふ。
 
808 ふさ子承りてまかれり。 ふさこ承てまかれり。
809 竹取の家に 竹取の家に。
810 畏まりて請じ入れてあへり。 畏てしやうじ入てあへり。
 
811 嫗に内侍のたまふ、 女にないしの給。
812 仰ごとに、 仰ごとに。
813 かぐや姫の容いうにおはすとなり。 かぐや姫のかたちいうにおはすなり。
814 能く見て參るべきよしの給はせつるに
なん參りつる。といへば、
よくみてまいるべきよしの給はせつるに
なむまいりつるといへば。
815 さらばかくと申し侍らん。といひて入りぬ。 さらばかくと申侍らんといひて入ぬ。
 
816 かぐや姫に、 かぐや姫に。
817 はやかの御使に對面し給へ。といへば、 はやかの御使に對面し給へといへば。
 
818 かぐや姫、 かぐや姫。
819 よき容にもあらず。 よきかたちにもあらず。
820 いかでか見まみゆべき。といへば、 いかでか見ゆべきといへば。
821 うたてもの給ふかな。 うたてもの給ふ物哉。
822 帝の御(み)使をば
いかでか疎にせん。といへば、
帝の御使をば
いかでかをろかにせむといへば。
823 かぐや姫答ふるやう、 かぐや姫こたふるやう。
824 帝の召しての給はんこと 御門のめしての給はん事。
825 かしこしとも思はず。といひて、 かしこしともおもはずといひて。
826 更に見ゆべくもあらず。 更にみゆべくもあらず。
 
827 うめる子のやうにはあれど、 うめるこの樣にあれど。
828 いと心恥しげに
疎(おろそか)なるやうにいひければ、
いと心はづかしげに
疎かなるやうにいひければ。
829 心のまゝにもえ責めず。 心の儘にもえせめず。
 
830 嫗、内侍の許にかへり出でて、 女ないしのもとにかへり出て。
831 口をしくこの幼き者は
こはく侍るものにて、
口惜き此おさなきものは
こはく侍る物にて。
832 對面すまじき。と申す。 たいめんすまじきと申。
 
833 内侍、 ないし。
834 必ず見奉りて參れ。と、
仰事ありつるものを、
必見たてまつりてまいれと
おほせごとありつるものを。
835 見奉らでは
いかでか歸り參らん。
見たてまつらでは
いかでかかへりまいらん。
836 國王の仰事を、 國王の仰ごとを。
837 まさに世に住み給はん人の
承り給はではありなんや。
まさに世にすみたまはむ人の
承り給はでありなんや。
838 いはれぬことなし給ひそ。と、 いはれぬ事なし給ひそと。
839 詞はづかしくいひければ、 言葉はづかしくいひければ。
 
840 これを聞きて、 是を聞て。
841 ましてかぐや姫きくべくもあらず。 ましてかぐや姫聞べくもあらず。
842 國王の仰事を背かば 國王の仰事を背かば。
843 はや殺し給ひてよかし。といふ。 はやころし給ひてよかしといふ。
 
844 この内侍歸り參りて、このよしを奏す。 此內侍歸りまいりて此由をそうす。
845 帝聞しめして、 御門聞食て。
846 多くの人を殺してける心ぞかし。
との給ひて、
多くの人をころしてける心ぞかし
との給てやみにける。
847 止みにけれど、猶思しおはしまして、 されど猶思しおはして。
848 この女(をうな)のたばかりにやまけん。
と思しめして、
竹取の翁を召して仰せたまふ、
此女のたばかりにやまけむ
とおもほして
仰給ふ。
849 汝が持て侍るかぐや姫を奉れ。 なんぢがもちてはんべるかぐや姫奉れ。
850 顔容よしと聞しめして、
御使をたびしかど、
かほかたちよしと聞食て
御使をたびしかど。
851 かひなく見えずなりにけり。 かひなく見えず成にけり。
852 かくたい\〃/しくやはならはすべき。
と仰せらる。
かくたい〴〵しくやはならはすべき
と仰らる。
853 翁畏まりて御返事申すやう、 翁かしこまりて御かへり事申樣。
854 この女の童は、 此めのわらはは。
855 絶えて宮仕(つかう)
奉まつるべくもあらず侍るを、
たえて宮づかへ
仕べくもあらず侍るを。
856 もてわづらひ侍り。 もてわづらひ侍る。
857 さりとも罷りて仰せ給はん。と奏す。 さりともまかりて仰給はんと奏す。
 
858 是を聞し召して仰せ給ふやう、 是を聞召て仰給ふやう。
859 などか翁の手におほしたてたらんものを、
心に任せざらん。
などか翁の手におほしたてたらん物を
心にまかせざらむ。
860 この女(め)もし奉りたるものならば、 此女もし奉りたる物ならば。
861 翁に冠(かうぶり)をなどかたばせざらん。 翁にかふむり・[をイ]などかたばせざらん。
 
862 翁喜びて家に歸りて、 翁喜て家に歸りて。
863 かぐや姫にかたらふやう、 かぐや姫にかたらふやう。
864 かくなん帝の仰せ給へる。 かくなむ帝の仰給へる。
865 なほやは仕う奉り給はぬ。といへば、 なをやはつかふまつり給はぬといへば。
 
866 かぐや姫答へて曰く、 かぐや姫答ていはく。
867 もはらさやうの宮仕(つかう)奉まつらじ
と思ふを、
もはらさやうの宮づかへつかふまつらじ
と思ふを。
868 強ひて仕う奉らせ給はゞ
消え失せなん。
しゐてつかふまつらせたまはゞ
消うせなむず。
869 御(み)司冠つかう奉りて
死ぬばかりなり。
みつかさかふぶりつかふまつりて
しぬばかり也。
 
870 翁いらふるやう、 翁いらふるやう。
871 なしたまひそ。 なし給そ。
872 官(つかさ)冠も、
我子を見奉らでは何にかはせん。
つかさかふぶりも
我こを見たてまつらでは何にかせむ。
873 さはありとも さはありとも。
874 などか宮仕をし給はざらん。 などか宮づかへをしたまはざらん。
875 死に給ふやうやはあるべき。といふ。 しに給ふべきやうやあるべきと云。
 
876 なほそらごとか。と、仕う奉らせて なをそらごとかとつかまつらせて。
877 死なずやあると見給へ。 しなずやあるとみたまへ。
878 數多の人の志疎(おろか)ならざりしを、 あまたの人の志をろかならざりしを。
879 空しくなしてしこそあれ、 むなしくなしてしこそあれ。
880 昨日今日帝のの給はんことにつかん、 きのふ今日帝の宣はん事につかむ。
881 人ぎきやさし。といへば、 人聞やさしといへば。
 
882 翁答へて曰く、 翁こたへていはく。
883 天の下の事はとありともかゝりとも、 天下の事はとありともかゝりとも。
884 御(おん)命の危きこそ
大なるさはりなれ。
身(御イ)命のあやうさこそ
大きなるさはりなれば。
885 猶仕う奉るまじきことを
參りて申さん。とて、
なをかうつかふまつるまじき事を
まいりて申さむとて。
 
886 參りて申すやう、 まいりて申樣。
887 仰の事のかしこさに、 仰ごとのかしこさに。
888 かの童を參らせん
とて仕う奉れば、
かのわらはをまいらせむ
とてつかふまつれば。
889 宮仕に出したてなば死ぬべし。とまをす。 宮仕に出奉候はゞしぬベしと申。
890 造麿が手にうませたる子にてもあらず、 宮つこまろがてにうませたるこにてあらず。
891 昔山にて見つけたる。 昔山にて見つけたる。
892 かゝれば心ばせも世の人に似ずぞ侍る。
と奏せさす。
かゝれば心操もよの人ににずぞ侍る
と奏せさす。
 
893 帝おほせ給はく、 御門仰給はく。
894 造麿が家は山本近かンなり。 宮つこまろが家は山本ちかくなり。
895 御(み)狩の行幸(みゆき)し給はん
やうにて見てんや。とのたまはす。
御狩行幸し給はん
やうにて見てむやとのたまはす。
 
896 造麿が申すやう、 宮つこまろが申樣。
897 いとよきことなり。 いとよき事也。
898 何か心もなくて侍らんに、 何か心もなくて侍らむに。
899 ふと行幸して御覽ぜられなん。
と奏すれば、
ふと御幸して御覽ぜられなん
と奏すれば。
 
900 帝俄に日を定めて、御狩にいで給ひて、 御門俄に日を定て御狩に出給ひて。
901 かぐや姫の家に入り給ひて見給ふに、
光滿ちてけうらにて居たる人あり。
かぐや姫の家に入給ふて見給ふに
光みちてけうらにてゐたる人あり。
902 これならん。とおぼして、
近くよらせ給ふに、
是ならんと思して。
 
903 逃げて入る、袖を捕へ給へば、 にげて入袖をとりてをさへ給へば。
904 おもてをふたぎて候へど、 面をふたぎて候へど。
905 初よく御覽じつれば、 始よく御覽じつれば。
906 類なくおぼえさせ給ひて、 たぐひなくめでたくおぼえさせ給ひて。
907 許さじとす。とて ゆるさじとすとて。
908 率ておはしまさんとするに、 ゐておはしまさむとするに。
 
909 かぐや姫答へて奏す、 かぐや姫こたへてそうす。
910 おのが身は をのが身は。
911 この國に生れて侍らばこそ仕へ給はめ、 此國に生れて侍らばこそつかひ給はめ。
912 いとゐておはし難くや侍らん。と奏す。 いとゐておはしましがたくや侍らんとそうす。
 
913 御門。
914 などかさあらん。 などかさあらん。
915 猶率ておはしまさん。とて、 なをゐておはしまさむとて。
916 御(おん)輿を寄せたまふに、 御こしをよせ給ふに。
917 このかぐや姫きと影になりぬ。 此かぐや姫きとかげになりぬ。
 
918 はかなく、口をし。とおぼして、 はかなく口惜とおぼして。
919 げにたゞ人にはあらざりけり。とおぼして、 げにたゞ人にあらざりけりとおぼして。
920 さらば御供には率ていかじ。 さらば御ともにはゐていかじ。
921 もとの御かたちとなり給ひね。 もとの御かたちとなり給ひね。
922 それを見てだに歸りなん。と仰せらるれば、 それをみてだにかへりなんと仰らるれば。
923 かぐや姫もとのかたちになりぬ。 かぐや姫もとのかたちに成ぬ。
 
924 帝なほめでたく思し召さるゝこと
せきとめがたし。
御門猶めでたくおぼしめさるゝ事
せきとめがたし。
925 かく見せつる造麿を悦びたまふ。 かくみせつる宮つこまろを悅給ふ。
 
926 さて仕うまつる百官の人々に、
あるじいかめしう仕う奉る。
扨つかふまつる百官人に
あるじいかめしうつかふまつる。
927 帝かぐや姫を留めて歸り給はんことを、
飽かず口をしくおぼしけれど、
御門かぐや姫をとゞめて歸りたまはむ事を
あかずくちおしくおぼしけれど。
928 たましひを留めたる心地して
なん歸らせ給ひける。
魂をとゞめたる心ちして
なむかへらせ給ひける。
 
929 御(おん)輿に奉りて後に、 御こしにたてまつりて後に。
930 かぐや姫に、 かぐや姫に。
 
♪12
931
かへるさの
みゆき物うく
おもほえて
かへるさの
御幸物うく
おもほえて
 そむきてとまる
 かぐや姫ゆゑ
 背てとまる
 かくや姫ゆへ
 
932 御返事を、 御返り事。
 
♪13
933
葎はふ
下にもとしは
經ぬる身の
むくらはふ
下にもとしは
へぬる身の
 なにかはたまの
 うてなをもみむ
 何かは玉の
 臺をは(もイ)見む
 
934 これを帝御覽じて、 これを御門御覽じて。
935 いとゞ歸り給はんそらもなくおぼさる。 いと[かイ]ゞ歸り給はむ空もなくおぼさる。
 
936 御心は
更に立ち歸るべくもおぼされざりけれど、
御心は
更に立かへるべくもおぼされざりけれど。
937 さりとて夜を明し給ふべきにもあらねば、 去とて夜をあかし給ふべきにもあらねば。
938 歸らせ給ひぬ。 かへらせ給ひぬ。
 
939 常に仕う奉る人を見給ふに、 常につかふまつる人をみ給ふに。
940 かぐや姫の傍(かたはら)に
寄るべくだにあらざりけり。
かぐや姫の傍に
よるべくだにあらざりけり。
941 こと人よりはけうらなり。
とおぼしける人の、
こと人よりもけうらなり
とおぼしける人の。
942 かれに思しあはすれば かれにおぼしあはすれば。
943 人にもあらず。 人にもあらず。
944 かぐや姫のみ御心にかゝりて、 かぐや姫のみ御心にかゝりて。
945 たゞ一人過したまふ。 唯獨すご(みイ)し給ふ。
 
946 よしなくて御方々にもわたり給はず、 よしなくて御かた〴〵にもわたり給はず。
947 かぐや姫の御(おん)許にぞ
御文を書きて通はさせ給ふ。
かぐや姫の御もとにぞ
御文を書てかよはさせ給ふ。
948 御返事さすがに憎からず
聞えかはし給ひて、
御かへりさすがににくからず
きこえかはし給ひて。
949 おもしろき木草につけても、 おもしろき木草につけても。
950 御歌を詠みてつかはす。 御歌を讀てつかはす。
 
 

10.月見

 
 
951 かやうにて、 かやうにて。
952 御心を互に慰め給ふほどに、 御心を互に慰め給ふほどに。
953 三年ばかりありて、 三年計有て。
954 春の初より、かぐや姫
月のおもしろう出でたるを見て、
春の初よりかぐや姫
月の面白う出たるをみて。
955 常よりも物思ひたるさまなり。 常よりも物おもひたるさまなり。
 
956 ある人の ある人の。
957 月の顔見るは忌むこと。ゝ
制しけれども、
月のかほみるはいむ事と
せいしけれども。
958 ともすれば ともすれば。
959 ひとまには
月を見ていみじく泣き給ふ。
人まには[もイ]
月をみていみじく啼給ふ。
 
960 七月(ふみづき)のもちの月にいで居て、 七月十五日の月にいでゐて。
961 切に物思へるけしきなり。 せちに物おもへるけしきなり。
962 近く使はるゝ人々、 近くつかはるゝ人。
963 竹取の翁に告げていはく、 竹取の翁につげていはく。
964 かぐや姫
例も月をあはれがり給ひけれども、
かぐや姫
例も月を哀がり給けれども。
965 この頃となりては ・[このイ]頃と成ては。
966 たゞ事にも侍らざンめり。 たゞ事にも侍らざめり。
967 いみじく思し歎くことあるべし。 いみじくおぼしなげく事あるべし。
968 よく\/見奉らせ給へ。
といふを聞きて、
よく〳〵見たてまつれ(らせイ)給へ
といふを聞て。
969 かぐや姫にいふやう、 かぐや姫にいふ樣。
970 なでふ心ちすれば、 なんでう心ちすれば。
971 かく物を思ひたるさまにて
月を見給ふぞ。
かく物をおもひたる樣にて
月を見給ふぞ。
972 うましき世に。といふ。 うましき世にと云。
 
973 かぐや姫、 かぐや姫。
974 月を見れば
世の中こゝろぼそくあはれに侍り。
見れば
世間心細く哀に侍る。
975 なでふ物をか歎き侍るべき。といふ。 なでう物をか歎き侍るべきと云。
 
976 かぐや姫のある所に至りて見れば、
なほ物思へるけしきなり。
かぐや姫の有所に到てみれば
猶物おもへるけしきなり。
977 これを見て、 是を見て。
978 あが佛何事を思ひ給ふぞ。 あがほとけなに事・[をイ]思ひ給ぞ。
979 思すらんこと何事ぞ。といへば、 おぼすらむ事何事ぞといへば。
980 思ふこともなし。 思ふ事もなし。
981 物なん心細く覺ゆる。といへば、 物なん心ぼそくおぼゆるといへば。
 
982 翁、 翁。
983 月な見給ひそ。 月なみ給そ。
984 これを見給へば
物思すけしきはあるぞ。といへば、
是を見給へば
物おぼすけしきはあるぞといへば。
985 いかでか月を見ずにはあらん。とて、 いかで月を見ではあらむとて。
986 なほ月出づれば、いで居つゝ歎き思へり。 猶月出れば出居つゝ歎きおもへり。
 
987 夕暗(ゆふやみ)には物思はぬ氣色なり。 夕闇には物おもはぬけしき也。
988 月の程になりぬれば、 月の程に成ぬれば。
989 猶時々はうち歎きなきなどす。 猶時々は打歎きなきなどす。
990 是をつかふものども、
猶物思すことあるべし。とさゝやけど、
是をつかふものども
猶物おぼす事あるべしとさゝやけど。
991 親を始めて何事とも知らず。 おやを始て何事ともしらず。
 
992 八月(はつき)十五日(もち)ばかりの
月にいで居て、
かぐや姫いといたく泣き給ふ。
八月十五日計の
月に出居て
かぐや姫いといたくなき給ふ。
993 人めも今はつゝみ給はず泣き給ふ。 人めも今はつゝみ給はず。
994 これを見て、 これをみて。
995 親どもゝ何事ぞ。と問ひさわぐ。 おやども何事ぞととひさはぐ。
 
996 かぐや姫なく\/いふ、 かぐや姫なく〳〵云。
997 さき\/も申さんと思ひしかども、 さき〴〵も申さむと思ひしかども。
998 かならず心惑はし給はんものぞ。
と思ひて、今まで過し侍りつるなり。
必心まどは(ひイ)したまはん物ぞ
と思ひて今迄すごし侍りつる也。
999 さのみやは。とてうち出で侍りぬるぞ。 さのみやはとて打出侍ぬるぞ。
1000 おのが身はこの國の人にもあらず、 をのが身は此國の人にもあらず。
1001 月の都の人なり。 月の宮古の人也。
1002 それを昔の契なりける
によりてなん、
それをなんむかしのちぎりなりける
によりなむ。
1003 この世界にはまうで來りける。 此世界にはまうできたりける。
1004 今は歸るべきになりにければ、
この月の十五日に、
かのもとの國より迎に人々まうでこんず。
今は歸るべきに成にければ
此月の十五日に
かの國よりむかへに人々まうでこんず。
1005 さらずまかりぬべければ、 さらばまかりぬべければ。
1006 思し歎かんが悲しきことを、 おぼしなげかむが悲しき事を。
1007 この春より思ひ歎き侍るなり。
といひて、いみじく泣く。
此春より思ひなげき侍るなり
と云ていみ敷なくを。
 
1008 翁こはなでふことをの給ふぞ。 翁こはなでうことの給ふぞ。
1009 竹の中より見つけきこえたりしかど、 竹の中よりみつけきこえたりしかど。
1010 菜種の大(おほき)さおはせしを、 なたねの大きさにおはせしを。
1011 我丈たち並ぶまで養ひ奉りたる
我子を、何人か迎へ聞えん。
わがたけ立ならぶまでやしなひ奉りたる
わが子を何人かむかへきこえむ。
1012 まさに許さんや。といひて、 まさにゆるさむやといひて。
1013 我こそ死なめ。とて、
泣きのゝしること
我こそしなめとて
啼訇ること。
1014 いと堪へがたげなり。 いとたへがたげなり。  
 
1015 かぐや姫のいはく、 かぐや姫の云。
1016 月の都の人にて父母ちゝはゝあり。 月の古の人にてちゝはゝあり。
1017 片時の間(ま)とて
かの國よりまうでこしかども、
片時の間とて
かの國よりまうでこしかども。
1018 かくこの國には
數多の年を經ぬるになんありける。
かく此國には
あまたの年を經ぬるになむありける。
1019 かの國の父母の事もおぼえず。 かの國のちゝはゝのこともおぼえず。
1020 こゝにはかく久しく遊び聞えて
ならひ奉れり。
こゝにはかく久敷あそび聞えて
ならひ奉れり。
1021 いみじからん心地もせず、 いみじからむ心ちもせず。
1022 悲しくのみなんある。 かなしくのみある。
1023 されど己が心ならず罷りなんとする。
といひて、諸共にいみじう泣く。
されどをのが心ならずまかりなんとする
といひてもろともにいみじうなく。
 
1024 つかはるゝ人々も つかはるゝ人々も。
1025 年頃ならひて、 年頃ならひて。
1026 立ち別れなんことを、 たち別なむ事を。
1027 心ばへなどあてやかに
美しかりつることを見ならひて、
こゝろばへなどあてやかに
美しかりける事をみならひて。
1028 戀しからんことの堪へがたく、 こひしからん事の堪がたく。
1029 湯水も飮まれず、 ゆ水のまれず。
1030 同じ心に歎しがりけり。 おなじ心になげかしがりけり。
 
 

11.徒労

 
 
1031 この事を帝きこしめして、 此事を御門聞食て。
1032 竹取が家に御使つかはさせ給ふ。 竹とりが家に御使つかはさせ給ふ。
1033 御使に竹取いで逢ひて、
泣くこと限なし。
御使にたけとり出合て
なく事限なし。
1034 この事を歎くに、 此事をなげくに。
1035 髪も白く腰も屈り
目もたゞれにけり。
髮も白くこしもかゞまり
目もたゞれにけり。
1036 翁今年は
五十許なりけれども、
おきな今年は
五[八イ]十ばかりなりしかども。
1037 物思には片時に
なん老(おい)になりにける。と見ゆ。
物思にはかた時に
なむ老になりにけるとみゆ。
 
1038 御使仰事とて翁にいはく、 御使仰ごととて翁にいはく。
1039 いと心苦しく物思ふなるは、
誠にか。と仰せ給ふ。
いと心ぐるしく物思ふなるは
まことにかと仰給ふ。
 
1040 竹取なく\/申す、 竹取なく〳〵申。
1041 このもちになん、 此十五日になむ。
1042 月の都より
かぐや姫の迎にまうでくなる。
月の宮古より
かぐや姫のむかひにまうでくなり。
1043 たふとく問はせ給ふ。 たうとくとはせ給。
1044 このもちには人々たまはりて、 此十五日・[にイ]は人々給りて。
1045 月の都の人まうで來ば 月の宮古の人々まうでこば。
1046 捕へさせん。と申す。 とらへさせむと申。
1047 御使かへり參りて、 御使かへりまいりて。
1048 翁のありさま申して、 翁のあり樣申て。
1049 奏しつる事ども申すを
聞し召しての給ふ、
奏しつる事ども申を
聞召ての給ふ。
1050 一目見給ひし
御心にだに忘れ給はぬに、
一目給ひし
御心にだにわすれ給はぬに。
1051 明暮見馴れたるかぐや姫を
やりてはいかゞ思ふべき。
明暮みなれたるかぐや姫を
やりていかがおもふべき。
 
1052 かの十五日(もちのひ)司々に仰せて、 此十五日司々に仰て。
1053 勅使には少將高野(たかの)大國
といふ人をさして、
勅使せうしやう葛(高イ)野のおほくに
といふ人をさして。
1054 六衞のつかさ合せて、
二千人の人を竹取が家につかはす。
六ゑのつかさ合て
二千人の人を竹とりが家につかはす。
 
1055 家に罷りて 家にまかりて。
1056 築地の上に千人、 ついぢの上に千人。
1057 屋の上に千人、 屋の上に千人。
1058 家の人々いと多かりけるに合はせて、 家の人々いとおほくありけるにあはせて。
1059 あける隙もなく守らす。 あける隙もなくまもらす。
1060 この守る人々も弓矢を帶して居り。 此守る人々も弓矢をたいして。
1061 母屋の内には女どもを番にすゑて守らす。 おもやの內には女ども番にをりて守す。
1062 嫗塗籠の内に
かぐや姫を抱きて居り。
女ぬりごめの內に
かぐや姫をいだかへてをり。
 
1063 翁も塗籠の戸をさして戸口に居り。 翁もぬりごめの戶をさして戶口にをり。
1064 翁のいはく、 翁いはく。
1065 かばかり守る所に、 かばかり守る所に。
1066 天(あめ)の人にもまけんや。といひて、 天の人にもまけむやといひて。
1067 屋の上に居をる人々に曰く、 屋の上にをる人々にいはく。
1068 つゆも物空にかけらば 露も物空にかけらば。
1069 ふと射殺し給へ。 ふといころし給へ。
 
1070 守る人々のいはく、 守る人々のいはく。
1071 かばかりして守る所に、
蝙蝠(かはほり)一つだにあらば、
かばかりして守る所に
かはか[ほイ]り一だにあらば。
1072 まづ射殺して
外にさらさんと思ひ侍る。といふ。
先いころして
ほかにさらさむとおもひ侍ると云。
1073 翁これを聞きて、 翁これを聞て。
1074 たのもしがり居り。 たのもしがりをり。
 
1075 これを聞きてかぐや姫は、 是を閒てかぐや姫は。
1076 鎖し籠めて守り戰ふべきし
たくみをしたりとも、
さしこめてまもりたゝかふべきし
たくみをしたりとも。
1077 あの國の人をえ戰はぬなり。 あの國の人えたゝかはぬ也。
1078 弓矢して射られじ。 弓やしていられじ。
1079 かくさしこめてありとも、 かくさしこめてありとも。
1080 かの國の人こば皆あきなんとす。 かの國の人こば皆あきなんとす。
1081 相戰はんとすとも、 相たゝかはんとするとも。
1082 かの國の人來なば、 かの國の人きなば。
1083 猛き心つかふ人よもあらじ。 たけき心つかふ人もよもあらじ。
 
1084 翁のいふやう、 翁のいふやう。
1085 御(おん)迎へにこん人をば、 御むかへにこむ人をば。
1086 長き爪して眼をつかみつぶさん。 ながきつめしてまなこをつかみつぶさん。
1087 さが髪をとりてかなぐり落さん。 とさ[イ无]かがみをとりてかなぐりおとさむ。
1088 さが尻をかき出でて、 さかしりをかきいでて。
1089 こゝらのおほやけ人に見せて こゝらのおほやけ人に見せて。
1090 耻見せん。と腹だちをり。 はぢをみせむと腹立おる。
 
1091 かぐや姫いはく、 かぐや姫云。
1092 聲高になの給ひそ。 こは高になの給ひそ。
1093 屋の上に居る人どもの聞くに、いとまさなし。 屋のうへにをる人共の聞にいとまさなし。
1094 いますかりつる志どもを、思ひも知らで いますかりつる志をおもひもしらで。
1095 罷りなんずることの口をしう侍りけり。 まかりなむずることのロ惜う侍りけり。
1096 長き契のなかりければ、 ながき契のなかりければ。
1097 程なく罷りぬべきなンめり。
と思ふが悲しく侍るなり。
程なくまかりぬべきなめり
とおもひかなしく侍る也。
1098 親たちのかへりみを
いさゝかだに仕う奉らで、
親達のかへりみを
聊だにつかまつらで。
1099 罷らん道も安くもあるまじきに、 まからむ道もやすくもあるまじきに。
1100 月頃もいで居て、
今年ばかりの暇を申しつれど、
ひごろもいでゐて
今年計の暇を申つれど。
1101 更に許されぬによりてなん
かく思ひ歎き侍る。
更にゆるされぬによりてなむ
かく思ひなげき侍る。
1102 御心をのみ惑はして去りなんことの、 御心をのみまどはしてさりなん事の。
1103 悲しく堪へがたく侍るなり。 かなしく堪がたく侍る也。
1104 かの都の人は かの都の人は。
1105 いとけうらにて、
老いもせずなん。思ふこともなく侍るなり。
いとけうらに
おいもせずなむ思ふこともなく侍也。
 
1106 さる所へまからんずるもいみじくも侍らず。 さる所へまからむずるもいみじくも侍らず。
1107 老い衰へ給へるさまを
見奉らざらんこそ戀しからめ。
といひて泣く。
老おとろへたまへる樣を
見たてまつらざらんこそ戀しからめ
といひて・[なくイ]。
 
1108 翁、胸痛きことなしたまひそ。 翁胸に[イ无]いたきことなし給ひそ。
1109 麗しき姿したる使にもさはらじ。
とねたみをり。
うるはしき姿したる使にもさか(はイ)らじ
とねたみをり。
 
 

12.降臨

 
 
1110 かゝる程に宵うちすぎて、 かゝる程に宵打過て。
1111 子の時ばかりに、 ねの時ばかりに。
1112 家のあたり
晝のあかさにも過ぎて光りたり。
家のあたり
ひるのあかさにも過て光たり。
1113 望月のあかさを十合せたるばかりにて、
ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。
もち月のあかさ十合たる計にて
有人の毛のあなさへ見ゆるほどなり。
1114 大空より、人雲に乘りておりきて、 大空より人雲に乘ており來て。
1115 地(つち)より五尺ばかりあがりたる程に
立ち連ねたり。
つちより五尺計あがりたるほどに
たちつらねたり。
 
1116 これを見て、内外(うちと)なる人の心ども、 是をみて內外なる人の心ども。
1117 物におそはるゝやうにて、 物におそはるゝやうにして。
1118 相戰はん心もなかりけり。 あひたゝかはむ心もなかりけり。
1119 辛うじて からうじて。
1120 思ひ起して、 思ひおこして。
1121 弓矢をとりたてんとすれども、 弓矢を取たてむとすれども。
1122 手に力もなくなりて、
痿(な)え屈(かゞま)りたる中(うち)に、
手に力もなく
成てなへかゞ・[まイ]りたる中に。
1123 心さかしき者、
ねんじて射んとすれども、
心ざしさかしきもの
ねんじていむとすれども。
1124 外ざまへいきければ、 ほかざまへいきければ。
1125 あれも戰はで、 あれもたゝかはで。
1126 心地たゞしれにしれて守りあへり。 こゝちたゞしれにしれて守あへり。
 
1127 立てる人どもは、
裝束(さうぞく)の清らなること物にも似ず。
たてる人共は
さうぞくのきよらなること物にもにず。
1128 飛車(とぶくるま)一つ具したり。 とぶ飛車ひとつぐしたり。
1129 羅蓋さしたり。 らがい(羅蓋)さしたり。
 
 

13.汝幼き人

 
 
1130 その中に王とおぼしき人、 その中にわうとおぼしき人。
1131 家に造麿まうでこ。といふに、 いへに宮つこまろまふでこといふに。
1132 猛く思ひつる造麿も、 たけく思ひつる宮つこまろも。
1133 物に醉ひたる心ちして
うつぶしに伏せり。
物におそひ[ゑひイ]たる心ちして
うつぶしにふせり。
 
1134 いはく、 いはく。
1135 汝をさなき人、 汝おさなき人。
1136 聊なる功徳を翁つくりけるによりて、 いさゝかなるくどくを翁つくりけるによりて。
1137 汝が助にとて 汝がたすけにとて。
1138 片時の程とて降しゝを、 片時の程とてくだしゝを。
1139 そこらの年頃そこらの金賜ひて、 そこの年比そこらのこがねたまひて。
1140 身をかへたるが如くなりにたり。 みをかへたるがごと・[くイ]なりにけり。
1141 かぐや姫は、罪をつくり給へりければ、 かぐや姫はつみをつくり給へりければ。
1142 かく賤しきおのれが許に
しばしおはしつるなり。
かくいやしきをの・[れイ]がもとに
しばしおはしつる也。
1143 罪のかぎりはてぬれば、
かく迎ふるを、翁は泣き歎く、
つみの限はてぬれば
かくむかふるを翁はなきなげく。
1144 あたはぬことなり。 あたはぬ事也。
1145 はや返し奉れ。といふ。 はやいだ(かへイ)し奉れと云。
 
1146 翁答へて申す、 翁こたへて申。
1147 かぐや姫を養ひ奉ること
二十年あまりになりぬ。
かぐや姫を養奉る事
廿餘年に成ぬ。
1148 片時との給ふに
怪しくなり侍りぬ。
かた時との給ふに
あやしくなり侍りぬ。
1149 また他處(ことどころ)に
かぐや姫と申す人ぞ
おはしますらん。といふ。
又こと所に
かぐや姫と申人ぞ
おはしますらんと云。
1150 こゝにおはするかぐや姫は、
重き病をし給へば
え出でおはしますまじ。と申せば、
爱におはするかぐや姫は
おもき病をしたまへば
えいでおはすまじと申せば。
 
1151 その返事はなくて、 その返事はなくて。
1152 屋の上に飛車をよせて、 屋のうへにとぶ車よせて。
1153 いざかぐや姫、 いざかぐや姫。
1154 穢き所に
いかでか久しくおはせん。といふ。
きたなき所に
いかでか久しくおはせむと云。
1155 立て籠めたる所の戸
即たゞあきにあきぬ。
たてこめたる所の戶
則たゞあきにあきぬ。
1156 格子どもゝ人はなくして開きぬ。 かうしどもも人はなくしてあきぬ。
 
1157 嫗抱きて居たるかぐや姫
外(と)にいでぬ。
女いだきてゐたるかぐや姫
とに出ぬ。
1158 えとゞむまじければ、 えとゞむまじければ。
1159 たゞさし仰ぎて泣きをり。 たゞさしあふぎてなきをり。
1160 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、 竹取心まどひてなきふせる所によりて。
1161 かぐや姫いふ、 かぐや姫云。
1162 こゝにも心にもあらでかくまかるに、
昇らんをだに見送り給へ。といへども、
こゝにも心にもあらでかくまかり
のぼらんをだに見をくり給へといへども。
 
1163 何しに悲しきに見送り奉らん。 なにしに悲しきにみ送りたてまつらむ。
1164 我をばいかにせよとて、
棄てゝは昇り給ふぞ。
我をばいかにせよとて
捨てはのぼり給ふぞ。
1165 具して率ておはせね。と、
泣きて伏せれば、
ぐしてゐておはせねと
啼てふせれば。
1166 御心惑ひぬ。 御心まどひぬ。
 
1167 文を書きおきてまからん。 ふみをかき置てまからむ。
1168 戀しからんをり\/、とり出でて見給へ。
とて、うち泣きて書くことばは、
戀しからん折々とり出てみ給へ
とて打なきてかく。
1169   ことばは。
 
1170 この國に生れぬるとならば、 この國にむまれぬるとならば。
1171 歎かせ奉らぬ程まで侍るべきを、
侍らで過ぎ別れぬること、
返す\〃/本意なくこそ覺え侍れ。
なげかせ奉らぬほどまで
侍らですぎ別侍(ぬイ)るこそ
かへすがへすほいなくこそおぼえ侍れ。
 
1172 脱ぎおく衣(きぬ)をかたみと見給へ。 ぬぎをくきぬをかたみとみ給へ。
1173 月の出でたらん夜は見おこせ給へ。 月の出たらむ夜は見をこせ給へ。
1174 見すて奉りてまかる 見すて奉りてまかる。
1175 空よりもおちぬべき心ちす。と、かきおく。 そらよりもおちぬべき心ちするとかきをく。
 
 

14.羽衣

 
 
1176 天人(あまびと)の中にもたせたる箱あり。 天人のなかにもたせたるはこあり。
1177 天(あま)の羽衣入れり。 天の羽衣いれり。
1178 又あるは不死の藥入れり。 また有はふしの藥入り。
 
1179 ひとりの天人いふ、 ひとりの天人いふ。
1180 壺なる御(み)藥たてまつれ。 つぼなる御藥たてまつれ。
1181 きたなき所のもの食(きこ)しめしたれば、
御心地あしからんものぞ。
とて、持てよりたれば、
きたなき所の物きこしめしたれば
御心ちあしからむ物ぞ
とてもてよりたれば。
 
1182 聊甞め給ひて、 聊なめ給て。
1183 少しかたみとて、
脱ぎおく衣に包まんとすれば、
すこしかたみとて
ぬぎ置給ふきぬにつゝまんとすれば。
1184 ある天人つゝませず、 有天人つゝませず。
1185 御衣(みぞ)をとり出でてきせんとす。 みぞをとり出てきせんとす。
 
1186 その時にかぐや姫 そのときにかぐや姫。
1187 しばし待て。といひて、 しばしまてと云。
1188 衣着つる人は
心ことになるなり。
きぬきせつる人は
心ことになるなりと云。
1189 物一言いひおくべき事あり。
といひて文かく。
物一こといひをくべきこと有け
といひてふみかく。
 
1190 天人おそし。と心もとながり給ふ。 天人をそしと心もとながり給ふ。
1191 かぐや姫 かぐや姫。
1192 物知らぬことなの給ひそ。
とて、いみじく靜かに
ものしらぬことなの給そ
とていみじくしづかに。
1193 おほやけに御み文奉り給ふ。 おほやけに御文たてまつり給ふ。
1194 あわてぬさまなり。 あはてぬさま也。
 
1195 かく數多の人をたまひて
留めさせ給へど、
かくあまたの人を給て
とゞめさせ給へど。
1196 許さぬ迎まうできて、
とり率て罷りぬれば、
ゆるさぬむかひまふで來て
とり出[ゐてイ]まかりぬれば。
1197 口をしく悲しきこと、 くちおしくかなしき事。
1198 宮仕つかう奉らずなりぬるも、 宮づかへつかふまつらずなりぬるも。
1199 かくわづらはしき身にて侍れば、 かくわづらはしきみにて侍れば。
1200 心得ずおぼしめしつらめども、
心強く承らずなりにしこと、
心えずおぼしめされつらめども
心づよく承はらずなりにしこと。
1201 なめげなるものに思し召し
止められぬるなん、
なめげなるものにおぼしめし
留られぬるなむ。
1202 心にとまり侍りぬる。とて、 心にとまり侍りぬとて。
 
♪14
1203
今はとて
天のはごろも
きるをりぞ
今はとて
天の羽衣
きるおりそ
 君をあはれと
 おもひいでぬる
 君をあはれと
 おもひいてける
 
1204 とて、壺の藥そへて、 とてつぼのくすりそへて。
1205 頭中將を呼び寄せて
奉らす。
とうのちうじやうをよびよせて
たてまつらす。
1206 中將に天人とりて傳ふ。 中將に天人とりてつたふ。
1207 中將とりつれば、 中將とりつれば。
1208 頭中將を呼び寄せて奉らす。 ふと天の羽衣打きせ奉りつれば。
1209 翁をいとほし悲しと
思しつる事も失せぬ。
翁をいとをしかなしと
おぼしつることもうせぬ。
 
1210 この衣着つる人は
物思もなくなりにければ、車に乘りて
此きぬきつる人は
物おもひなくなりにければ車に乘て。
1211 百人許天人具して昇りぬ。 百人ばかり天人ぐしてのぼりぬ。
 
 

15.不死の薬

 
 
1212 その後 そののち。
1213 翁・嫗、血の涙を流して
惑へどかひなし。
翁女ちのなみだをながして
まどひけれどかひなし。
 
1214 あの書きおきし文を
讀みて聞かせけれど、
あの書をきし文を
よみてきかせけれど。
1215 何せんにか命も惜しからん。 何せむにか命もおしからむ。
1216 誰が爲にか何事もようもなし。
とて、藥もくはず、
たがためにかなに事もようもなし
とて藥もくはず。
1217 やがておきもあがらず病みふせり。 やがておきもあがらずやみふせり。
 
1218 中將人々引具して歸り參りて、 中將人々引ぐして歸まいりて。
1219 かぐや姫をえ戰ひ留めず
なりぬる事を
かぐや姫をえたゝかひとゞめず
なりぬることを。
1220 こま\〃/と奏す。 こま〴〵とそうす。
1221 藥の壺に御文そへて參らす。 藥のつぼに御ふみそへてまいらす。
 
1222 展げて御覽じて、 ひろげて御覽じて。
1223 いたく哀れがらせ給ひて、 いといたくあはれがらせたまひて。
1224 物もきこしめさず、 ものもきこしめさず。
1225 御遊等などもなかりけり。 御あそびなどもなかりけり。
 
1226 大臣・上達部(かんだちめ)を召して、 大じむかんだちめをめして。
1227 何(いづれ)の山か天に近き。
ととはせ給ふに、
いづれの山かてんにちかき
ととはせ給ふに。
 
1228 或人奏す、 ある人そうす。
1229 駿河の國にある山なん、 するがの國にあるなるやまなん。
1230 この都も近く 此みやこもちかく。
1231 天も近く侍る。と奏す。 天もちかくはむべるとそうす。
 
1232 是をきかせ給ひて、 これをきかせ給ひて。
 
♪15
1233
あふことも
涙にうかぶ
わが身には
逢事も
なみたに浮ふ
わか身には
 しなぬくすりも
 何にかはせむ
 しなぬ藥も
 なにゝかはせむ
 
1234 かの奉る
不死の藥の壺に、
御文具して
かのたてまつる
ふしの藥にまたつぼ[のつぼに
御文イ]ぐして。
1235 御使に賜はす。 御つかひにたまはす。
 
1236 勅使には ちよくしには。
1237 調岩笠(つきのいはかさ)
といふ人を召して、
月のいはがさ
といふ人をめして。
1238 駿河の國にあンなる
山の巓いたゞきに
もて行くべきよし仰せ給ふ。
するがの國にあなる
山のいたゞきに
もてつ[ゆイ]くべきよしおほせ給ふ。
 
1239 峰にてすべきやう
教へさせたもふ(*ママ)。
岑にてすべきやう
をしへさせ給ふ。
1240 御文 御ふみ。
1241 ・不死の藥の壺 ふしのくすりのつぼ。
1242 ならべて、火をつけてもやすべき
よし仰せ給ふ。
ならべて火をつけてもやすべき
よしおほせ給ふ。
 
1243 そのよし承りて、 そのよしうけたまはりて。
1244 兵士(つはもの)どもあまた具して
山へ登りけるよりなん、
つはものどもあまたぐして
山へのぼりけるよりなむ。
1245 その山をふしの山とは名づけゝる。 そのやまをふじのやまとなづけける。
1246 その煙いまだ雲の中へたち昇る
とぞいひ傳へたる。
そのけぶりいまだ雲の中へたちのぼる
とぞいひつたへけ(たイ)る。
 

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竹取物語
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解釈の前提となる世界観

 
 
 竹取物語は、万葉16巻の竹取翁の参照は当然の前提とし、小町針という言い寄る男を断固拒絶する逸話を素材にしている。

 かぐやのモデルは小町。それに掛け名づけが秋田。古今仮名序で小町を衣通姫(光を放つ古事記の姫)のりうという。つまり905年の古今以前の成立。
 著者は文屋。縫殿の同僚。小町に近い記録を古今で唯一持つ後宮に仕えた男。だからそのような女側目線で描く。

 この認定は竹取の記述に基づくだけではなく多角的根拠があることで、仮説レベルではなく証明できる。総論の作者を参照。
 そのように見ないで、天皇を頂点とした貴族社会を最終的に礼賛していると思うから、文言と文脈を無視した曲解を繰り返さないと筋を維持できなくなる。
 
 主人公が美しい女性、そして幼稚な最高権力者達、この超越的知性の視点が後の女達の抑圧された意識を解放した。

 つまりおかしいと思う自分がおかしいのではないと分かった。だから大和冒頭から伊勢の御が宇多院をなじる落書きを弘徽殿にし、蜻蛉は無難に夫への不満を発散し、紫もしつこい男を拒絶する話を描いた。この女性達が日本の伝統的とされる女性の態度に照らし、どれだけ異質な集団かということを考えると、竹取の影響力の大きさがわかる。この内容で教科書にのり続ける異質さ。もちろん帝をかしこしと思わずという部分はカット。
 
 

現状の解釈の問題点:主観と客観、一般と特殊、原因と結果の混同

 
 以下、現状の解釈の問題点を、その論理的重要度の順に列挙しよう。
 
 

天人の描写は当時の一般認識ではない

 
・竹取の天人の描写が、当時の一般認識ということを前提にして問いかける教科書の設問は誤りである。

 なぜなら、まず別格の古典作品であること(まして源氏の模作の多さに比し、竹取の地上を圧倒する諸々の具体的な能力描写に追随するものはない)、帝もかしこしと思わずと女性のかぐやに言わせること(この態度が当時の一般という根拠は全くない)、加えて、源氏の絵合で「「かくや姫のこの世の濁りにも穢れず、はるかに思ひのぼれる契り高く、神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」と言ふ。右は、「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし」」とされているからである。
 
 

かぐやが影になったこと:半透明化

 
かぐやがさっと影になった(きと影になりぬ)とは、文字通り影状態、つまり半透明化したことで(マトリックスのリローデッド状態)、教科書の注釈にある物陰に隠れたことではありえない。直後の「かぐや姫もとのかたちになりぬ」からも、光を放ち宙に浮き念動を用いる天人の超常性の描写からも、字義に忠実に解するしかない。なぜそこまで必死に曲解して地球人目線にしようとするのか理解に苦しむが、これがバイアスというものである。宇宙人は可能性としては存在するとしつつ、その証拠が提出された時の反応。映像の信頼性やUFOの定義解釈に持ち込み、最も素直な帰結は受け入れない。自分達が劣後していると認められない。自分達の根本的な問題と向き合えない社会なのに、なお宇宙最高と思える。これが「はじめより我はと思ひ上がりたまへる御方がた」。だから紫は別格だった。思い上がりを気位が高いと曲げる通説も、思い上がりで気位が高いと思える人のバイアス。
 
 

そこらのこがね:そこら辺の小金×黄金

 
・近時はこのように解されなくなったかもしれないが、「そこらのこがね」の「そこら」とは文字通りそこら辺という意味で(「そこらの燕子」も同様)、沢山のという良い意味ではない。「こがね(黄金)」は小金に掛けるのが文脈から確実な解釈。

「そこら」を沢山とする解釈は、文脈を完全に無視している。
 この「そこら」は天人の発言であり、天人の価値観は地上の尺度には全く服していない20年を片時とし、50歳の翁を汝幼き人と言わせ、それを地上人の翁は理解できないという発言をする)。「片時の程」と並べた「そこらの年頃」からも「そこら」は、少しの・そこそこの・という意味である。
 客観的には大したこととされるかもしれないが、主観的には全然大したことがないと思っている、そういう表現。
 
 

翁の年齢(主観と客観・自称と事実)

 
翁が自称70で、実際は50という記述は、主観と客観の区別・事実と評価を区別した記述である。

 70が50になっているから、著者のうっかり間違いとか、幼稚な矛盾なのではない。これと同じ趣旨の言葉が、竹取を象徴する「今は昔」。伊勢を象徴する明らかに主観の「むかし男」。そしてこれらの記述が判事の経歴をもつ文屋、その著者性を裏付ける根拠の一つにもなる。

 うっかり間違いとか矛盾とかいう視点は、それなりの書物で流布していることから、現状の学者達の解釈水準を表している。つまり書証の見方、伝聞法則、事実認定法(事実と評価の峻別)を知らず、古典を専ら主観的に、文言と文脈から簡単に離れて、思い込みで解釈認定している。

 このような一般的解釈認識レベルと、竹取に内在するレベルの差を表したのが、上記の源氏の絵合での「神代のことなめれば、あさはかなる女、目及ばぬならむかし」「かぐや姫ののぼりけむ雲居は、げに、及ばぬことなれば、誰も知りがたし」という紫の評価である。
 
 

かぐやの涙:帰りたい=こんな所にいたくない

 
かぐやが月を見て泣いたのは、地上の有様を嘆いたからであり、地上が恋しいからではない。直前の文脈には5人の貴族や帝が次々襲来して断固拒絶した文脈しかない。これが竹取の最も厚い中核である。この文脈を無視して地上が恋しくて離れがたいという解釈は曲解としかいえない。かぐやの発言は、本音を言わない京的にも普通の作法であり(不可能な難題こそ断り文句、と気づけない揶揄)、本音は天人が端的に言っている(いざかぐや姫、穢き所にいかでか久しくおはせん→こんな所に少しでも長くいるのは、片時もいるのは耐え難い。意図的な時間の相対化)。そしてかぐやは天人であり、そのような感覚をもっている(かぐや姫答ふるやう、帝の召しての給はんことかしこしとも思はず。といひて)。

 

 時間の流れが主観(意識スピード)により相対的ということは客観的に言える。それが時空と重力の理論、相対性理論で言われること。それで光を放ち、重力を超越している。

 
 

よごと=夜毎

 
・教科書では「節をへだてて、よごとに」金ある竹を見つくるとされ、「よごと」とは竹と竹の間のことなどとされるが、それは捏造に基づく曲解である。以下の2つの写本では、いずれも「節をへだてて」は存在しない。「よ毎・よごと」とは、素直な字義と、続く勢猛の文脈からして、夜毎のこととしか解しえない。金に目がくらんで、夜にまで山に入って竹をとってタケダケしくなった。このような解釈は一般ではない。よって「節をへだてて」のフレーズは、「よごと」を無難に通すための付加(改竄)であり、以下の写本が欠落させたと見ることはできない。仮に元々あったとしても竹の節と掛けて時節と解する。それが全体で一貫した解釈。
 
 

勢猛

 
・勢猛とは、勢いよく竹(金)をとりまくり、いきおい(自然の成り行きで)猛(タケダケしい成金)になったという意味で、金に目がくらんだ盲ともかけているだろう。つまり原語は「まう」とも見れる。有力者とかいう注釈は、勢を勢力の意味にのみ解し、かつ猛を完全に無視している。

・つまり竹取は漢文的文体である。仮名の始祖たる作品がこうであり(女性の作という見立ては現状まずない)、また古今の女性の歌の割合は7%、10首以上が男12・女2(小町と伊勢の御)という客観的事実から、仮名が当初から女手というのは客観的な根拠がない。紫や清少納言の1000年前後からその様相を呈したとしても、905年の古今前後はそうではない。そして古今仮名序で小町が衣通姫(光を放つ姫)のりうとし、貫之が竹取の主人公を考察したことを暗示しているから、竹取は古今以前である。
 
 

文屋と小町:作詞者と歌手(唐衣・苔の衣)

 
・小町は文屋の歌手(作者参照)。そう見れば、上記の古今の男女の歌の割合と人物の割合も完全一致する。これが客観的事実に符合する見立ての強さ。つまり女性の多作者は実質伊勢の御一人で、それが大和の作者と見るのが順当である(大和初段の伊勢の御は署名がわり)。そこに記された後半の六歌仙時代の苔の衣の逸話は、小町を立て背後で文屋が歌を詠んだ話・後宮へのみやげ話と見れ(そうでないと小町の歌に欲情して一緒に寝ようと返した遍照が、いざ寝場所を求めて会おうとしたのに逃げる意味がない)、これが竹取の構図でもある。小町と近い客観的記録と客観的情況を持つのは縫殿で卑官の文屋のみ。だから伊勢と竹取は諸々の衣を扱って影響力を持っているのである(羽衣・狩衣・唐衣)。それを当時の貴族社会の一般と見ることに何の根拠もないことは、最上段のポイントで述べた。伊勢初段の源融のものとされる陸奥の歌も地下の翁(昔男)の代作。その根拠が伊勢81段で、六条河原屋敷の宴会の最後に突如地べたを這って出現して親王達に講義する謎の翁。伊勢最初の歌は「春日野の若紫のすりごろも」、伊勢41段(紫・上の衣)とあいまって、伊勢竹取源氏は三位一体の物語である。
 無名の伊勢の昔男が光る君で、竹取のかぐやの小町がかがやく日の宮こと藤壺。主人公の息子の夕霧は朝康で、主人公のライバル中将の息子の柏木は業平の子の棟梁。こじつけでも何でもないだろう。先帝の妾で主人公と通じた六条御息所は二条の后で、早世した葵は筒井筒と梓弓の幼馴染の妻。