「この事を帝きこしめして」から、「胸痛きことなしたまひそ。麗しき姿したる使にもさはらじ」まで。
文章 番号 |
竹取物語 (國民文庫) |
竹とりの翁物語 (群書類從) |
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〔1033〕 | この事を帝きこしめして、 | 此事を御門聞食て。 |
〔1034〕 | 竹取が家に御使つかはさせ給ふ。 | 竹とりが家に御使つかはさせ給ふ。 |
〔1035〕 |
御使に竹取いで逢ひて、 泣くこと限なし。 |
御使にたけとり出合て なく事限なし。 |
〔1036〕 | この事を歎くに、 | 此事をなげくに。 |
〔1037〕 |
髪も白く腰も屈り 目もたゞれにけり。 |
髮も白くこしもかゞまり 目もたゞれにけり。 |
〔1038〕 |
翁今年は 五十許なりけれども、 |
おきな今年は 五[八イ]十ばかりなりしかども。 |
〔1039〕 |
「物思には片時に なん老(おい)になりにける。」と見ゆ。 |
物思にはかた時に なむ老になりにけるとみゆ。 |
〔1040〕 | 御使仰事とて翁にいはく、 | 御使仰ごととて翁にいはく。 |
〔1041〕 |
「いと心苦しく物思ふなるは、 誠にか。」と仰せ給ふ。 |
いと心ぐるしく物思ふなるは まことにかと仰給ふ。 |
〔1042〕 | 竹取なく\/申す、 | 竹取なく〳〵申。 |
〔1043〕 | 「このもちになん、 | 此十五日になむ。 |
〔1044〕 |
月の都より かぐや姫の迎にまうでくなる。 |
月の宮古より かぐや姫のむかひにまうでくなり。 |
〔1045〕 | たふとく問はせ給ふ。 | たうとくとはせ給。 |
〔1046〕 | このもちには人々たまはりて、 | 此十五日・[にイ]は人々給りて。 |
〔1047〕 | 月の都の人まうで來ば | 月の宮古の人々まうでこば。 |
〔1048〕 | 捕へさせん。」と申す。 | とらへさせむと申。 |
〔1049〕 | 御使かへり參りて、 | 御使かへりまいりて。 |
〔1050〕 | 翁のありさま申して、 | 翁のあり樣申て。 |
〔1051〕 |
奏しつる事ども申すを 聞し召しての給ふ、 |
奏しつる事ども申を 聞召ての給ふ。 |
〔1052〕 |
「一目見給ひし 御心にだに忘れ給はぬに、 |
一目給ひし 御心にだにわすれ給はぬに。 |
〔1053〕 |
明暮見馴れたるかぐや姫を やりてはいかゞ思ふべき。」 |
明暮みなれたるかぐや姫を やりていかがおもふべき。 |
〔1054〕 | かの十五日(もちのひ)司々に仰せて、 | 此十五日司々に仰て。 |
〔1055〕 |
勅使には少將高野(たかの)大國 といふ人をさして、 |
勅使せうしやう葛(高イ)野のおほくに といふ人をさして。 |
〔1056〕 |
六衞のつかさ合せて、 二千人の人を竹取が家につかはす。 |
六ゑのつかさ合て 二千人の人を竹とりが家につかはす。 |
〔1057〕 | 家に罷りて | 家にまかりて。 |
〔1058〕 | 築地の上に千人、 | ついぢの上に千人。 |
〔1059〕 | 屋の上に千人、 | 屋の上に千人。 |
〔1060〕 | 家の人々いと多かりけるに合はせて、 | 家の人々いとおほくありけるにあはせて。 |
〔1061〕 | あける隙もなく守らす。 | あける隙もなくまもらす。 |
〔1062〕 | この守る人々も弓矢を帶して居り。 | 此守る人々も弓矢をたいして。 |
〔1063〕 | 母屋の内には女どもを番にすゑて守らす。 | おもやの內には女ども番にをりて守す。 |
〔1064〕 |
嫗塗籠の内に かぐや姫を抱きて居り。 |
女ぬりごめの內に かぐや姫をいだかへてをり。 |
〔1065〕 | 翁も塗籠の戸をさして戸口に居り。 | 翁もぬりごめの戶をさして戶口にをり。 |
〔1066〕 | 翁のいはく、 | 翁いはく。 |
〔1067〕 | 「かばかり守る所に、 | かばかり守る所に。 |
〔1068〕 | 天(あめ)の人にもまけんや。」といひて、 | 天の人にもまけむやといひて。 |
〔1069〕 | 屋の上に居をる人々に曰く、 | 屋の上にをる人々にいはく。 |
〔1070〕 | 「つゆも物空にかけらば | 露も物空にかけらば。 |
〔1071〕 | ふと射殺し給へ。」 | ふといころし給へ。 |
〔1072〕 | 守る人々のいはく、 | 守る人々のいはく。 |
〔1073〕 |
「かばかりして守る所に、 蝙蝠(かはほり)一つだにあらば、 |
かばかりして守る所に かはか[ほイ]り一だにあらば。 |
〔1074〕 |
まづ射殺して 外にさらさんと思ひ侍る。」といふ。 |
先いころして ほかにさらさむとおもひ侍ると云。 |
〔1075〕 | 翁これを聞きて、 | 翁これを聞て。 |
〔1076〕 | たのもしがり居り。 | たのもしがりをり。 |
〔1077〕 | これを聞きてかぐや姫は、 | 是を閒てかぐや姫は。 |
〔1078〕 |
「鎖し籠めて守り戰ふべきし たくみをしたりとも、 |
さしこめてまもりたゝかふべきし たくみをしたりとも。 |
〔1079〕 | あの國の人をえ戰はぬなり。 | あの國の人えたゝかはぬ也。 |
〔1080〕 | 弓矢して射られじ。 | 弓やしていられじ。 |
〔1081〕 | かくさしこめてありとも、 | かくさしこめてありとも。 |
〔1082〕 | かの國の人こば皆あきなんとす。 | かの國の人こば皆あきなんとす。 |
〔1083〕 | 相戰はんとすとも、 | 相たゝかはんとするとも。 |
〔1084〕 | かの國の人來なば、 | かの國の人きなば。 |
〔1085〕 | 猛き心つかふ人よもあらじ。」 | たけき心つかふ人もよもあらじ。 |
〔1086〕 | 翁のいふやう、 | 翁のいふやう。 |
〔1087〕 | 「御(おん)迎へにこん人をば、 | 御むかへにこむ人をば。 |
〔1088〕 | 長き爪して眼をつかみつぶさん。 | ながきつめしてまなこをつかみつぶさん。 |
〔1089〕 | さが髪をとりてかなぐり落さん。 | とさ[イ无]かがみをとりてかなぐりおとさむ。 |
〔1090〕 | さが尻をかき出でて、 | さかしりをかきいでて。 |
〔1091〕 | こゝらのおほやけ人に見せて | こゝらのおほやけ人に見せて。 |
〔1092〕 | 耻見せん。」と腹だちをり。 | はぢをみせむと腹立おる。 |
〔1093〕 | かぐや姫いはく、 | かぐや姫云。 |
〔1094〕 | 「聲高になの給ひそ。 | こは高になの給ひそ。 |
〔1095〕 |
屋の上に居る人どもの聞くに、 いとまさなし。 |
屋のうへにをる人共の聞に いとまさなし。 |
〔1096〕 | いますかりつる志どもを、思ひも知らで | いますかりつる志をおもひもしらで。 |
〔1097〕 | 罷りなんずることの口をしう侍りけり。 | まかりなむずることのロ惜う侍りけり。 |
〔1098〕 | 『長き契のなかりければ、 | ながき契のなかりければ。 |
〔1099〕 |
程なく罷りぬべきなンめり。』 と思ふが悲しく侍るなり。 |
程なくまかりぬべきなめり とおもひかなしく侍る也。 |
〔1100〕 |
親たちのかへりみを いさゝかだに仕う奉らで、 |
親達のかへりみを 聊だにつかまつらで。 |
〔1101〕 | 罷らん道も安くもあるまじきに、 | まからむ道もやすくもあるまじきに。 |
〔1102〕 |
月頃もいで居て、 今年ばかりの暇を申しつれど、 |
ひごろもいでゐて 今年計の暇を申つれど。 |
〔1103〕 |
更に許されぬによりてなん かく思ひ歎き侍る。 |
更にゆるされぬによりてなむ かく思ひなげき侍る。 |
〔1104〕 | 御心をのみ惑はして去りなんことの、 | 御心をのみまどはしてさりなん事の。 |
〔1105〕 | 悲しく堪へがたく侍るなり。 | かなしく堪がたく侍る也。 |
〔1106〕 | かの都の人は | かの都の人は。 |
〔1107〕 |
いとけうらにて、 老いもせずなん。思ふこともなく侍るなり。 |
いとけうらに おいもせずなむ思ふこともなく侍也。 |
〔1108〕 |
さる所へまからんずるも いみじくも侍らず。 |
さる所へまからむずるも いみじくも侍らず。 |
〔1109〕 |
老い衰へ給へるさまを 見奉らざらんこそ戀しからめ。」 といひて泣く。 |
老おとろへたまへる樣を 見たてまつらざらんこそ戀しからめ といひて・[なくイ]。 |
〔1110〕 | 翁、「胸痛きことなしたまひそ。 | 翁胸に[イ无]いたきことなし給ひそ。 |
〔1111〕 |
麗しき姿したる使にもさはらじ。」 とねたみをり。 |
うるはしき姿したる使にもさか(はイ)らじ とねたみをり。 |
①翁年七十(なゝそぢ)に餘りぬ〔97〕
②翁今年は五十許なりけれども〔本章1038〕
この二つの記述に対し、矛盾やうっかり間違いとする説が、学説として通用していることに驚かされるが、
①は会話中の翁の自称(もう耄碌したという誇張)で、②は客観的事実・種明かしとしての描写(独自)。
この20年の違いが、後ほど「翁答へて申す、かぐや姫を養ひ奉ること二十年あまりになりぬ。片時との給ふに怪しくなり侍りぬ」と、天人の20年片時発言に対し翁が20年を片時というのはおかしいと異を唱えるおかしさの伏線となる。翁は20年を言葉一つで異なるように発言していたのに。
従来と次元が違う解釈だろう。学説に類説はないと断言できる。2020年にここに記したが、2024年7月現在でも取り入れるような情報収集力はないだろう。しかし2020年というのは因縁を感じるが、宇宙基準だと刹那未満の一瞬であることは間違いない。