源氏物語 41帖 幻:あらすじ・目次・原文対訳

御法 源氏物語
第二部
第41帖
匂兵部卿

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 
 

 幻のあらすじ

 光源氏52歳の正月から十二月の晦日までの一年間。

 紫の上が世を去り、また新しい年がめぐってきた。新春の光を見ても悲しさは改まらず、源氏は年賀の客にも会わずに引きこもっている。そして紫の上に仕えていた女房たちを話相手に、後悔と懺悔の日々を過ごしていた。明石の中宮は紫の上が可愛がっていた三の宮(匂宮)を源氏の慰めに残し宮中に帰る。

 蛍兵部卿宮〔源氏の弟〕が訪ねてきて、かつて催した香合で紫の上が合わせた香を回想して褒め称えた。それと同時に、「どうという取り柄がない妻を亡くしても、悲しみは尽きぬもの…ましてやあのような…」と自分の妻を亡くした時の記憶がよみがえり、更に涙ぐむ宮。源氏は(そうだった、宮も北の方を亡くされていたのだ…)と心中を思いやる。宮は北の方を早くに亡くし、かつては玉鬘に思いを寄せていたが、のちに髭黒の娘・真木柱と結婚したのだ。彼女が住む式部卿宮の屋敷へ婿として通っていたが、夫婦仲はあまりうまくいっていない様子で、足が遠のいているという噂を聞いていた源氏。(ましてや宮は、未だに北の方を忘れかねているのだ…)お互いのつらい現実に、さらに悲しみがこみ上げる源氏だった。

 春が深まるにつれ、春を愛した故人への思いは募る。しかし女三宮明石の御方のもとを訪れても、紫の上を失った悲しみが深まるだけだった。

 四月、花散里から衣替えの衣装と歌が届けられる。

 五月雨の頃、夕霧〔源氏と葵の子〕に紫の上の一周忌の手配を頼む。八月の命日には、生前に紫の上が発願していた極楽曼荼羅の供養を営んだ。

 年が明けたら出家〔〕を果たす考えの源氏は、身辺を整理しはじめる。その途中、須磨にいたころに届いた紫の上の手紙の束が出てきた。墨の色も今書いたかのように美しく、寂寥の念はひとしおだが、すべて破って燃やしてしまう。

 十二月、六条院で行われた御仏名の席で、源氏は久しぶりに公に姿を現した。その姿は「光る君」と愛でられた頃よりも一層美しく光り輝いており、昔を知る僧並びに出席した貴族たちは涙を流した。

 晦日、追儺にはしゃぎまわる三の宮を見るのもこれが最後と思う。源氏は最後の新年を迎えるための準備をした。

 もの思ふと過ぐる月日も知らぬ間に年もわが世も今日や尽きぬる

(以上Wikipedia幻(源氏物語)より。色づけと〔〕は本ページ)

 注:ここで出家とされているが、前の巻の紫と後の八の宮と同じで、寺に入る意味ではない。次巻冒頭で「光隠れたまひにし」=お隠れになったといっても、物理的に隠れたのではないことと同じである。隠居と掛けた死亡のこと。雲隠れというのもずれている。猫が隠れて死ぬのと同じ。
 本巻でも端的に「世を去りたまふ」とある。これを出家とするのは字義上無理すぎる。今まで本意を遂げるとか、道に入るとぼかされてきたが、「世を去」で出家とするのは無理。
 それなら死ぬ前提で話が進まない。朱雀院は出家後も元気に出現する。微妙な言葉は、全体を見ないとその意味は確定できない。ごく一部を見て決め打ちして微妙にずらされた文脈の文言に強引に代入しまくるのが、古文読解のお決まり。
 

目次
和歌抜粋内訳#幻(26首:別ページ)
主要登場人物
 
第41帖 幻
 光る源氏の准太上天皇時代
 五十二歳春から十二月までの物語
 
第一章 光る源氏の物語
 紫の上追悼の春の物語
 第一段 紫の上のいない春を迎える
 第二段 雪の朝帰りの思い出
 第三段 中納言の君らを相手に述懐
 第四段 源氏、面会謝絶して独居
 第五段 春深まりゆく寂しさ
 第六段 女三の宮の方に出かける
 第七段 明石の御方に立ち寄る
 第八段 明石の御方に悲しみを語る
 
第二章 光る源氏の物語
 紫の上追悼の夏の物語
 第一段 花散里や中将の君らと和歌を詠み交わす
 第二段 五月雨の夜、夕霧来訪
 第三段 ほととぎすの鳴き声に故人を偲ぶ
 第四段 蛍の飛ぶ姿に故人を偲ぶ
 
第三章 光る源氏の物語
 紫の上追悼の秋冬の物語
 第一段 紫の上の一周忌法要
 第二段 源氏、出家を決意
 第三段 源氏、手紙を焼く
 第四段 源氏、出家の準備
 出典
 校訂
 

主要登場人物

 

光る源氏(ひかるげんじ)
五十一歳
呼称:ナシ
蛍兵部卿宮(ほたるひょうぶきょうのみや)
源氏の弟
呼称:兵部卿宮・宮
女三の宮(おんなさんのみや)
源氏の正妻
呼称:入道の宮・宮
匂宮(におうのみや)
今上帝の第三親王
呼称:三の宮・若宮・味や・君
明石の中宮(あかしのちゅうぐう)
今上帝の后
呼称:后の宮
明石の御方(あかしのおおんかた)
源氏の妻
呼称:明石・女
花散里(はなちるさと)
源氏の妻
呼称:夏の御方
夕霧(ゆうぎり)
源氏の長男
呼称:大将の君・大将・大将殿

 
 以上の内容は、全て以下の原文のリンクを参照。文面はそのままで表記を若干整えた。
 
 
 

原文対訳

和歌 定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
 
 
 

第一章 光る源氏の物語 紫の上追悼の春の物語

 
 

第一段 紫の上のいない春を迎える

 
   春の光を見たまふにつけても、いとどくれ惑ひたるやうにのみ、御心ひとつは、悲しさの改まるべくもあらぬに、外には、例のやうに人びと参りたまひなどすれど、御心地悩ましきさまにもてなしたまひて、御簾の内にのみおはします。
 兵部卿宮渡りたまへるにぞ、ただうちとけたる方にて対面したまはむとて、御消息聞こえたまふ。
 
 春の光を御覧になるにつけても、ますます涙にくれ心も乱れるようにばかりで、お心ひとつは、悲しみが改まりようもないので、外には、例年のように人びとが年賀に参ったりするが、ご気分のすぐれないように振る舞いなさって、御簾の内にばかりいらっしゃる。
 兵部卿宮がお越しになったので、ほんの内々のお部屋でお会いなさろうとして、その旨お伝え申し上げなさる。
 
 

564
 「わが宿は 花もてはやす 人もなし
 何にか春の たづね来つらむ」
 「わたしの家には花を喜ぶ人もいませんのに
  どうして春が訪ねて来たのでしょう」
 
   宮、うち涙ぐみたまひて、  宮、ちょっと涙ぐみなさって、
 

565
 「香をとめて 来つるかひなく おほかたの
 花のたよりと 言ひやなすべき」
 「梅の香を求めて来たかいもなく
  ありきたりの花見とおっしゃるのですか」
 
   紅梅の下に歩み出でたまへる御さまの、いとなつかしきにぞ、これより他に見はやすべき人なくや、と見たまへる。
 花はほのかに開けさしつつ、をかしきほどの匂ひなり。
 御遊びもなく、例に変りたること多かり。
 
 紅梅の下に歩いていらっしゃったご様子が、大変優しくお似合いなので、この方以外に賞美する人もいないのではないか、とお見えになる。
 花はわずかに咲きかけて、風情あるころの美しさである。
 管弦のお遊びもなく、いつもの年と違ったことが多かった。
 
   女房なども、年ごろ経にけるは、墨染の色こまやかにて着つつ、悲しさも改めがたく、思ひさますべき世なく恋ひきこゆるに、絶えて、御方々にも渡りたまはず。
 紛れなく見たてまつるを慰めにて、馴れ仕うまつれる年ごろ、まめやかに御心とどめてなどはあらざりしかど、時々は見放たぬやうに思したりつる人びとも、なかなか、かかる寂しき御一人寝になりては、いとおほぞうにもてなしたまひて、夜の御宿直などにも、これかれとあまたを、御座のあたり引きさけつつ、さぶらはせたまふ。
 
 女房なども、長年仕えて来た者は、墨染の色の濃いのを着て、悲しみも慰めがたく、いつまでも諦めきれずにお慕い申し上げるが、全然、ご夫人方にもお渡りにならない。
 それをいつも目の前に拝するのを慰めとして、親しくお仕えしていた今まで、本気でお心をかけてということはなかったけれど、時々は見放さないようにお思いになっていた女房たちも、かえって、このような寂しいお独り寝になってからは、ごくあっさりとお扱いになって、夜の御宿直などにも、この人あの人と大勢を、ご座所から引き離し引き離しして、伺候させなさる。
 
 
 

第二段 雪の朝帰りの思い出

 
   つれづれなるままに、いにしへの物語などしたまふ折々もあり。
 名残なき御聖心の深くなりゆくにつけても、さしもあり果つまじかりけることにつけつつ、中ごろ、もの恨めしう思したるけしきの、時々見えたまひしなどを思し出づるに、
 所在ないままに、昔の思い出話などをなさる時々もある。
 昔の好色心の名残もなく仏道一途のお心が深くなってゆくにつけても、長続きしそうもなかった恋愛事につけても、ひと頃、何やら恨めしそうであった様子が、時々お見えになったことなどをお思い出しになると、
   「などて、戯れにても、またまめやかに心苦しきことにつけても、さやうなる心を見えたてまつりけむ。
 なに事もらうらうじくおはせし御心ばへなりしかば、人の深き心もいとよう見知りたまひながら、怨じ果てたまふことはなかりしかど、一わたりづつは、いかならむとすらむ」
 「どうして、一時の戯れであるにせよ、また真実おいたわしかったことにつけても、あのような心をお見せ申したのだろう。
 どのようなことにもよく練られたお方であったので、自分の心底もとてもよくご存知でありながら、心底お恨みになることはなかったが、それぞれ一通りは、どのようになるのだろう」
   と思したりしを、すこしにても心を乱りたまひけむことの、いとほしう悔しうおぼえたまふさま、胸よりもあまる心地したまふ。
 その折のことの心を知り、今も近う仕うまつる人びとは、ほのぼの聞こえ出づるもあり。
 
 とご心配なさっていたのを、わずかであってもお心をお乱しなさったことが、おいたわしく悔やまれなさる様子は、胸一つに収めきれないような気がなさる。
 その当時の事情を知っていて、今でもお側近くに仕えている女房たちは、ぽつりぽつりと口に出して申す者もいる。
 
   入道の宮の渡りはじめたまへりしほど、その折はしも、色にはさらに出だしたまはざりしかど、ことにふれつつ、あぢきなのわざやと、思ひたまへりしけしきのあはれなりし中にも、雪降りたりし暁に立ちやすらひて、わが身も冷え入るやうにおぼえて、空のけしき激しかりしに、いとなつかしうおいらかなるものから、袖のいたう泣き濡らしたまへりけるをひき隠し、せめて紛らはしたまへりしほどの用意などを、夜もすがら、「夢にても、またはいかならむ世にか」と、思し続けらる。
 
 入道の宮がご降嫁なさった当初、その当座は、顔色にも全然お出しにならなかったが、何かにつけて、情けないことよと、思っていらっしゃった様子がお気の毒であった中でも、雪が降った早朝に室外にたたずんで、自分の身も冷えきったように思われて、空模様がすごかった時に、とてもやさしくおっとりとしていらっしゃる一方で、袖がたいそう泣き濡れていらっしゃったのを引き隠し、無理して紛らわしていらっしゃった時のたしなみの深さなどを、一晩中、「夢であっても、もう一度いつになたら会えるだろうか」と、自然とお思い続けられる。
 
   曙にしも、曹司に下るる女房なるべし、  夜明けに、折も折、曹司に下りる女房であろう、
   「いみじうも積もりにける雪かな」  「ひどく積もった雪ですこと」
   と言ふ声を聞きつけたまへる、ただその折の心地するに、御かたはらの寂しきも、いふかたなく悲し。
 
 と言う声をお聞きつけになって、ちょうどその時の気がするが、側にいらっしゃらない寂しさも、言いようもなく悲しい。
 
 

566
 「憂き世には 雪消えなむと 思ひつつ
 思ひの外に なほぞほどふる」
 「つらいこの世からは姿を消してしまいたいと思いながらも
  心外にもまだ月日を送っていることだ」
 
 
 

第三段 中納言の君らを相手に述懐

 
   例の、紛らはしには、御手水召して行ひしたまふ。
 埋みたる火起こし出でて、御火桶参らす。
 中納言の君、中将の君など、御前近くて御物語聞こゆ。
 
 いつもの、気の紛らわしには、御手水をお使いになって勤行をなさる。
 埋もれている炭火をかき起こして、御火桶を差し上げる。
 中納言の君、中将の君などは、御前近くでお話申し上げる。
 
   「独り寝常よりも寂しかりつる夜のさまかな。
 かくてもいとよく思ひ澄ましつべかりける世を、はかなくもかかづらひけるかな」
 「独り寝がいつもより寂しかった夜であったよ。
 このように独り住みでも殊勝に過ごせた世なのに、つまらなく俗世にかかわって来たことよ」
   と、うちながめたまふ。
 「我さへうち捨てては、この人びとの、いとど嘆きわびむことの、あはれにいとほしかるべき」など、見わたしたまふ。
 忍びやかにうち行ひつつ、経など読みたまへる御声を、よろしう思はむことにてだに涙とまるまじきを、まして、袖のしがらみせきあへぬまであはれに、明け暮れ見たてまつる人びとの心地、尽きせず思ひきこゆ。
 
 と、物思いに沈みこみなさる。
 「自分までが出家したら、この女房たちが、ますます嘆き悲しむだろうことが、いじらしくかわいそうだろう」などと思って、見渡しなさる。
 ひっそりと勤行をしながら、経などを読んでいらっしゃるお声を、並一通り聞く時でさえ涙がとまらないのに、まして今は、袖のしがらみも止めかねるほど悲しくて、朝晩拝し上げる女房たちの気持ちは、限りなく悲しくお思い申し上げる。
 
   「この世につけては、飽かず思ふべきこと、をさをさあるまじう、高き身には生まれながら、また人よりことに、口惜しき契りにもありけるかな、と思ふこと絶えず。
 世のはかなく憂きを知らすべく、仏などのおきてたまへる身なるべし。
 それをしひて知らぬ顔にながらふれば、かく今はの夕べ近き末に、いみじきことのとぢめを見つるに、宿世のほども、みづからの心の際も、残りなく見果てて、心やすきに、今なむ露のほだしなくなりにたるを、これかれ、かくて、ありしよりけに目馴らす人びとの、今はとて行き別れむほどこそ、今一際の心乱れぬべけれ。
 いとはかなしかし。
 悪ろかりける心のほどかな」
 「現世の果報という点では、物足りなく思うことは、全然なく、高い身分には生まれたが、また誰よりも格別に、残念な運命であったなあ、と思うことがしょっちゅうだ。
 世の中のはかなくつらさを悟らせるべく、仏などがそういう運命をお授けになった身の上なのだろう。
 それを無理して知らない顔をして生き永らえて来たので、このように人生の終焉近くに、大変な悲しみの極みにあったのだから、宿世のつたなさも、自分の限界もすっかり残らず見届けてしまった、その安心感から、今は全然心残りもなくなったが、あの人この人、こうして、以前から親しくなった女房たちが、今を限りに別れ別れになってしまうことが、もう一段と心が乱れるに違いないだろう。
 まことにはかないことだ。
 諦めの悪い心だな」
   とて、御目おしのごひ隠したまふに、紛れず、やがてこぼるる御涙を、見たてまつる人びと、ましてせきとめむかたなし。
 さて、うち捨てられたてまつりなむが憂はしさを、おのおのうち出でまほしけれど、さもえ聞こえず、むせかへりてやみぬ。
 
 と言って、お涙を拭い隠しなさるが、ごまかしきれず、そのままこぼれるお涙を、拝する女房たちは、それ以上に止めようもない。
 そうして、お見捨てられ申すだろうことのつらさを、それぞれ口に出したく思うが、そのように申すことはできず、涙に咽んでしまった。
 
   かくのみ嘆き明かしたまへる曙、ながめ暮らしたまへる夕暮などの、しめやかなる折々は、かのおしなべてには思したらざりし人びとを、御前近くて、かやうの御物語などをしたまふ。
 
 こうしてばかり嘆き明かしていらっしゃる早朝、物思いに沈んで暮らしていらっしゃる夕暮などの、ひっそりとした折々には、あの並々にはお思いでなかった女房たちを、お側近くにお召しになって、あのような話などをなさる。
 
   中将の君とてさぶらふは、まだ小さくより見たまひ馴れにしを、いと忍びつつ見たまひ過ぐさずやありけむ、いとかたはらいたきことに思ひて、馴れきこえざりけるを、かく亡せたまひて後は、その方にはあらず、人よりもらうたきものに心とどめたまへりし方ざまにも、かの御形見の筋につけてぞ、あはれに思ほしける。
 心ばせ容貌などもめやすくて、うなゐ松におぼえたるけはひ、ただならましよりは、らうらうじと思ほす。
 
 中将の君といって伺候する女房は、まだ小さい時からお側近くに置いていらっしゃったのだが、ごく人目に隠れては何度かお見過ごしになれなかったことがあったのであろうか、まことに心苦しいことに思って、親しみ申し上げなかったのに、このようにお亡くなりになってから後は、色めいた相手としてではなく、他の女房よりもかわいい女房だと心をかけていらっしゃった人としても、あの方の形見の人として、しみじみとお思いになっていらっしゃった。
 気立てや器量なども難がなくて、うない松に思える感じが、何でもなかっただろうよりは、気が利いているとお思いになる。
 
 
 

第四段 源氏、面会謝絶して独居

 
   疎き人にはさらに見えたまはず。
 上達部なども、むつましき御兄弟の宮たちなど、常に参りたまへれど、対面したまふことをさをさなし。
 
 疎遠な人の前にはまったくお見えにならない。
 上達部なども、親しいご兄弟の宮たちなど、いつも参上なさったが、お会いなさることはめったにない。
 
   「人に向かはむほどばかりは、さかしく思ひしづめ、心収めむと思ふとも、月ごろにほけにたらむ身のありさま、かたくなしきひがことまじりて、末の世の人にもて悩まれむ、後の名さへうたてあるべし。
 思ひほれてなむ人にも見えざむなる、と言はれむも、同じことなれど、なほ音に聞きて思ひやることのかたはなるよりも、見苦しきことの目に見るは、こよなく際まさりてをこなり」
 「人に会う時だけは、しっかりと落ち着いて冷静にいようと思っても、幾月も茫然としている身の有様、愚かな間違い事があったりして、晩年が他人から迷惑がられるのでは、死後の評判までが嫌なことであろう。
 惚けて人前に出ないらしい、と言われるようなことも、同じことだが、やはり噂を聞いて想像することの不十分さよりも、見苦しいことが目に入るのは、この上なく格段にばからしいことだ」
   と思せば、大将の君などにだに、御簾隔ててぞ対面したまひける。
 かく、心変りしたまへるやうに、人の言ひ伝ふべきころほひをだに思ひのどめてこそはと、念じ過ぐしたまひつつ、憂き世をも背きやりたまはず。
 御方々にまれにもうちほのめきたまふにつけては、まづいとせきがたき涙の雨のみ降りまされば、いとわりなくて、いづ方にもおぼつかなきさまにて過ぐしたまふ。
 
 とお思いになると、大将の君などに対してでさえ、御簾を隔ててお会いになるのであった。
 このように、人柄が変わりなさったようだと、人が噂するにちがいない時期だけでもじっと心を静めていなければと、我慢して過ごしていらっしゃる一方で、憂き世をお捨てになりきれない。
 ご夫人方にまれにちょっとお顔出しなさるにつけても、まっさきに止めどなく涙ばかりが一層こぼれるので、まことに具合が悪くて、どの方にも御無沙汰がちにお過ごしになる。
 
   后の宮は、内裏に参らせたまひて、三の宮をぞ、さうざうしき御慰めには、おはしまさせたまひける。
 
 后の宮は、内裏にお帰りあそばして、三の宮を、寂しさのお慰めとしてお置きあそばしていらっしゃるのであった。
 
   「婆ののたまひしかば」  「お祖母様がおっしゃったから」
   とて、対の御前の紅梅は、いと取り分きて後見ありきたまふを、いとあはれと見たてまつりたまふ。
 
 と言って、対の前の紅梅は、特別大事にお世話なさっているのも、とてもしみじみと拝見なさる。
 
   如月になれば、花の木どもの盛りなるも、まだしきも、梢をかしう霞みわたれるに、かの御形見の紅梅に、鴬のはなやかに鳴き出でたれば、立ち出でて御覧ず。
 
 二月になると、梅の木々が花盛りになったのも、まだ蕾なのも、梢が美しく一面に霞んでいるところに、あの御形見の紅梅に、鴬が陽気に鳴き出したので、立ち出て御覧になる。
 
 

567
 「植ゑて見し 花のあるじも なき宿に
 知らず顔にて 来ゐる鴬」
 「植えて眺めた花の主人もいない宿に
  知らない顔をして来て鳴いている鴬よ」
 
   と、うそぶき歩かせたまふ。
 
 と、口ずさみながらお歩きなさる。
 
 
 

第五段 春深まりゆく寂しさ

 
   春深くなりゆくままに、御前のありさま、いにしへに変らぬを、めでたまふ方にはあらねど、静心なく、何ごとにつけても胸いたう思さるれば、おほかたこの世の外のやうに、鳥の音も聞こえざらむ山の末ゆかしうのみ、いとどなりまさりたまふ。
 
 春が深くなって行くにつれて、御前の様子は、昔と変わらないのを、花を賞美なさるのではないが、心は落ち着かず、何事につけても胸が痛く思わずにはいらっしゃれないので、だいたいこの世を離れたように、鳥の声も聞こえない山奥ばかりが、ますます恋しくなって行かれる。
 
   山吹などの、心地よげに咲き乱れたるも、うちつけに露けくのみ見なされたまふ。
 他の花は、一重散りて、八重咲く花桜盛り過ぎて、樺桜は開け、藤は後れて色づきなどこそはすめるを、その遅く疾き花の心をよく分きて、いろいろを尽くし植ゑおきたまひしかば、時を忘れず匂ひ満ちたるに、若宮、
 山吹などが、気持ちよさそうに咲き乱れているのも、思わず涙の露に濡れているかとばかり見えておしまいになる。
 他の花は、一重が散って、八重に咲く桜花が盛りを過ぎて、樺桜は開いて、藤は後れて色づいたりするらしいのを、その遅咲き早咲きの花の性質をよく理解して、いろいろと植えてお置きになったので、花の時期を忘れず匂い満ちているので、若宮は、
   「まろが桜は咲きにけり。
 いかで久しく散らさじ。
 木のめぐりに帳を立てて、帷子を上げずは、風もえ吹き寄らじ」
 「わたしの桜は咲いた。
 何とかいつまでも散らすまい。
 木の回りに帳を立てて、帷子を上げなかったら、風も近寄って来まい」
   と、かしこう思ひ得たり、と思ひてのたまふ顔のいとうつくしきにも、うち笑まれたまひぬ。
 
 と、よいことを考えた、と思っておっしゃる顔がとてもかわいらしいので、ふとほほ笑まれなさった。
 
   「覆ふばかりの袖求めけむ人よりは、いとかしこう思し寄りたまへりしかし」など、この宮ばかりをぞもてあそびに見たてまつりたまふ。
 
 「大空を覆うほどの袖を求めた人よりは、とてもよいことをお思いつきになった」などと、この宮だけをお遊び相手とお思い申してしていらっしゃる。
 
   「君に馴れきこえむことも残り少なしや。
 命といふもの、今しばしかかづらふべくとも、対面はえあらじかし」
 「あなたとお親しみ申していられるのも残り少なくなりましたよ。
 寿命というものは、もう暫くこの世に留まっていても、お会いすることはあるまい」
   とて、例の、涙ぐみたまへれば、いとものしと思して、  とおっしゃって、いつものように、涙ぐみなさると、とても嫌だとお思いになって、
   「婆ののたまひしことを、まがまがしうのたまふ」  「お祖母様がおっしゃったことを、縁起でもなくおっしゃいます」
   とて、伏目になりて、御衣の袖を引きまさぐりなどしつつ、紛らはしおはす。
 
 と言って、伏目になって、お召し物の袖をもてあそびなどしながら、紛らしていらっしゃる。
 
   隅の間の高欄におしかかりて、御前の庭をも、御簾の内をも、見わたして眺めたまふ。
 女房なども、かの御形見の色変へぬもあり、例の色あひなるも、綾などはなやかにはあらず。
 みづからの御直衣も、色は世の常なれど、ことさらやつして、無紋をたてまつれり。
 御しつらひなども、いとおろそかにことそぎて、寂しく心細げにしめやかなれば、
 隅の間の高欄に寄りかかって、御前の庭を、また御簾の中をも、見渡して物思いに沈んでいらっしゃる。
 女房なども、あの御形見の喪服の色を変えない者もおり、通常の色合いの者も、綾などは派手なのではない。
 ご自身のお直衣も、色は普通の物であるが、特別に質素にして、無紋をお召しになっていた。
 お部屋飾りなどもたいそう簡略に省いて、寂しく何となく頼りなさそうにひっそりとしているので、
 

568
 「今はとて 荒らしや果てむ 亡き人の
 心とどめし 春の垣根を」
 「いよいよ出家するとなるとすっかり荒れ果ててしまうのだろうか
  亡き人が心をこめて作った春の庭も」
 
   人やりならず悲しう思さるる。
 
 自分ながら悲しく思われなさる。
 
 
 

第六段 女三の宮の方に出かける

 
   いとつれづれなれば、入道の宮の御方に渡りたまふに、若宮も人に抱かれておはしまして、こなたの若君と走り遊び、花惜しみたまふ心ばへども深からず、いといはけなし。
 
 とても所在ないので、入道の宮のお部屋にお越しになると、若宮も女房に抱かれておいでになっていて、こちらの若君と走り回って遊び、花を惜しみなさるお気持ちは深くなく、とても幼い。
 
   宮は、仏の御前にて、経をぞ読みたまひける。
 何ばかり深う思しとれる御道心にもあらざりしかども、この世に恨めしく御心乱るることもおはせず、のどやかなるままに、紛れなく行ひたまひて、一方に思ひ離れたまへるも、いとうらやましく、「かくあさへたまへる女の御心ざしにだに後れぬること」と口惜しう思さる。
 
 宮は、仏の御前で、お経を読んでいらっしゃるのであった。
 何ほども深くお悟りになった御道心ではなかったが、この現世に対して恨みに思ってお気持ちの乱れることはおありでなく、のんびりとしたお暮らしのまま、気を散らさずに勤行なさって、仏道一筋にこの世を思い離れていらっしゃるのも、まことに羨ましく、「このような思慮深くない女の御志にさえ後れを取ったこと」と残念に思われなさる。
 
   閼伽の花の、夕映えしていとおもしろく見ゆれば、  閼伽の花が、夕日に映えてとても美しく見えるので、
   「春に心寄せたりし人なくて、花の色もすさまじくのみ見なさるるを、仏の御飾りにてこそ見るべかりけれ」とのたまひて、「対の前の山吹こそ、なほ世に見えぬ花のさまなれ。
 房の大きさなどよ。
 品高くなどはおきてざりける花にやあらむ、はなやかににぎははしき方は、いとおもしろきものになむありける。
 植ゑし人なき春とも知らず顔にて、常よりも匂ひかさねたるこそ、あはれにはべれ」
 「春に心を寄せた人もいなくなって、花の色も殺風景なばかりに見られるが、仏のお飾りとして見るべきであった」とおっしゃって、「対の前の山吹は、やはりめったに見られない花の様子ですね。
 房の大きいことですね。
 上品に咲こうなどとは考えていない花なのでしょうか、はなやかでにぎやかな面では、とても美しい花です。
 植えた人のいない春とも知らないで、いつもの年より美しさを増しているのには、しみじみとした思いがしますね」
   とのたまふ。
 御いらへに、
 とおっしゃる。
 お返事に、
   「谷には春も」  「谷には春も無縁です」
   と、何心もなく聞こえたまふを、「ことしもこそあれ、心憂くも」と思さるるにつけても、「まづ、かやうのはかなきことにつけては、そのことのさらでもありなむかし、と思ふに、違ふふしなくてもやみにしかな」と、いはけなかりしほどよりの御ありさまを、「いで、何ごとぞやありし」と思し出づるには、まづ、その折かの折、かどかどしうらうらうじう、匂ひ多かりし心ざま、もてなし、言の葉のみ思ひ続けられたまふに、例の涙もろさは、ふとこぼれ出でぬるもいと苦し。
 
 と、何気なく申し上げなさるのを、「他に言いようもあろうに、不愉快な」とお思いなさるにつけても、「まずは、このようなちょっとしたことにおいては、これこれのことではそうではなくあってほしい、と思うことに、反したことはついぞなかったな」と、幼かった時からのご様子を、「いったい、何の不足があったろうか」とお思い出しになると、まず、あの時この時の、才気があり行き届いていて、奥ゆかしく情味豊かな人柄、態度、言葉づかいばかりが自然と思い出されなさると、いつもの涙もろさのこととて、ついこぼれ出すのもとてもつらい。
 
 
 

第七段 明石の御方に立ち寄る

 
   夕暮の霞たどたどしく、をかしきほどなれば、やがて明石の御方に渡りたまへり。
 久しうさしものぞきたまはぬに、おぼえなき折なれば、うち驚かるれど、さまようけはひ心にくくもてつけて、「なほこそ人にはまさりたれ」と見たまふにつけては、またかうざまにはあらで、「かれはさまことにこそ、ゆゑよしをももてなしたまへりしか」と、思し比べらるるにも、面影に恋しう、悲しさのみまされば、「いかにして慰むべき心ぞ」と、いと比べ苦しう、こなたにては、のどやかに昔物語などしたまふ。
 
 夕暮の霞がたちこめて、趣のあるころなので、そのまま明石の御方にお渡りになった。
 久しくお立ち寄りにならなかったので、思いも寄らない時だったので、ちょっと驚きはするが、体裁よく奥ゆかしく振る舞って、「やはり他の人より優れている」と御覧になるにつけては、またこのようにではなく、「あの方は格別に、教養や趣味もお振る舞いになっていた」と、ついお比べになられると、面影に浮かんで恋しく、悲しさばかりがつのるので、「どのようにして慰めたらよい心か」と、とても比較がつらくて、こちらでは、のんびりと昔話などをなさる。
 
   「人をあはれと心とどめむは、いと悪ろかべきことと、いにしへより思ひ得て、すべていかなる方にも、この世に執とまるべきことなく、心づかひをせしに、おほかたの世につけて、身のいたづらにはふれぬべかりしころほひなど、とざまかうざまに思ひめぐらししに、命をもみづから捨てつべく、野山の末にはふらかさむに、ことなる障りあるまじくなむ思ひなりしを、末の世に、今は限りのほど近き身にてしも、あるまじきほだし多うかかづらひて、今まで過ぐしてけるが、心弱うも、もどかしきこと」  「女をいとしいと思いつめるのは、実に悪いはずのことだと、昔から知っていながら、すべてどのような事柄にも、現世に執着が残らないようにと、配慮して来たが、普通の世間から見て、むなしく零落してしまいそうだったころなど、あれやこれやと思案したが、命をも自分から捨ててしまおうと、野山の果てにさすらえさせても、格別に差支えなく思うほどになったが、晩年に、最期が近くなった身の上で、持たなくてよい係累に多くかかずらって、今まで過ごしてきたが、意志が弱くて、愚かしいことよ」
   など、さして一つ筋の悲しさにのみはのたまはねど、思したるさまのことわりに心苦しきを、いとほしう見たてまつりて、  などと、それと名指して一人の悲しみばかりにはおっしゃらないが、お胸の内はさぞかしとお気の毒なので、おいたわしく拝して、
   「おほかたの人目に、何ばかり惜しげなき人だに、心のうちのほだし、おのづから多うはべるなるを、ましていかでかは心やすくも思し捨てむ。
 さやうにあさへたることは、かへりて軽々しきもどかしさなども立ち出でて、なかなかなることなどはべるを、思したつほど、鈍きやうにはべらむや、つひに澄み果てさせたまふ方、深うはべらむと、思ひやられはべりてこそ。
 
 「世間一般の目からは、さほど惜しくなさそうな人でさえ、心の中の執着、自然と多くございますものですが、ましてどうしてやすやすとお思い捨てになることができましょうか。
 そのような浅はかな出家は、かえって軽はずみなと非難されることも出てきて、なまじ出家しないほうがよいでしょうが、ご決心が、つきかねるようでいらっしゃるほうが、結局は澄みきった御境地に、至られましょうと、想像されます。
 
   いにしへの例などを聞きはべるにつけても、心におどろかれ、思ふより違ふふしありて、世を厭ふついでになるとか。
 それはなほ悪るきこととこそ。
 なほ、しばし思しのどめさせたまひて、宮たちなどもおとなびさせたまひて、まことに動きなかるべき御ありさまに、見たてまつりなさせたまはむまでは、乱れなくはべらむこそ、心やすくも、うれしくもはべるべけれ」
 昔の例などをお聞きいたしますにつけても、心が動揺したり、思いのままにならないことがあって、世を厭うきっかけになったとか。
 それはやはりよくないことと申します。
 やはり、もう暫くごゆっくりあそばして、宮たちなどがご成人あそばして、ほんとうにゆるぎない地位を拝見あそばされるまでは、変わったことがございませんのが、安心で嬉しうもございましょう」
   など、いとおとなびて聞こえたるけしき、いとめやすし。
 
 などと、とても思慮深く申し上げた様子、本当に申し分がない。
 
 
 

第八段 明石の御方に悲しみを語る

 
   「さまで思ひのどめむ心深さこそ、浅きに劣りぬべけれ」  「そこまで思慮深くためらい過ぎては、浅薄な出家にも劣ろう」
   などのたまひて、昔よりものを思ふことなど語り出でたまふ中に、  などとおっしゃって、昔から悲しい思いをし続けてきたことなどを話し出される中で、
   「故后の宮の崩れたまへりし春なむ、花の色を見ても、まことに心あらばとおぼえし。
 それは、おほかたの世につけて、をかしかりし御ありさまを、幼くより見たてまつりしみて、さるとぢめの悲しさも、人よりことにおぼえしなり。
 
 「故后の宮が御崩御なさった春が、花の美しさを見ても、本当に、花に心があったならばと思われました。
 そのわけは、世間一般につけて、誰が見ても素晴らしかったご様子を、幼い時から拝見し続けてきたので、そういうご臨終の悲しさも、誰より格別に思われたのです。
 
   みづから取り分く心ざしにも、もののあはれはよらぬわざなり。
 年経ぬる人に後れて、心収めむ方なく忘れがたきも、ただかかる仲の悲しさのみにはあらず。
 幼きほどより生ほしたてしありさま、もろともに老いぬる末の世にうち捨てられて、わが身も人の身も、思ひ続けらるる悲しさの、堪へがたきになむ。
 すべて、もののあはれも、ゆゑあることも、をかしき筋も、広う思ひめぐらす方、方々添ふことの、浅からずなるになむありける」
 自分が特別に愛情をもったための、悲しみとは限らないものです。
 長年連れ添った人に先立たれて、諦めようもなく忘れられないのも、ただこのような夫婦仲の悲しさだけではありません。
 幼い時から育て上げた様子や、一緒に年老いた晩年に先立たれて、自分の身の上も相手の身の上も、次々と思い出が浮かんでくる悲しさが、堪えられないのです。
 すべて、心を打つ感動も、意味あることも、風流な面も、広く思い出すところの、あれこれが多く加わっていくのが、悲しみを深めるものなのでした」
   など、夜更くるまで、昔今の御物語に、「かくても明かしつべき夜を」と思しながら、帰りたまふを、女もものあはれに思ふべし。
 わが御心にも、「あやしうもなりにける心のほどかな」と、思し知らる。
 
 などと、夜が更けるまで、昔や今のお話で、こ「うして明かしてもよい夜だ」とお思いになりながらも、お帰りになるのを、女も物悲しく思うことであろう。
 ご自身でも、「不思議なふうになってしまった心だな」と、思わずにはいらっしゃれない。
 
   さてもまた、例の御行ひに、夜中になりてぞ、昼の御座に、いとかりそめに寄り臥したまふ。
 つとめて、御文たてまつりたまふに、
 お帰りになっても、またいつものご勤行で、夜半になってから、昼のご座所に、ほんのかりそめに横におなりになる。
 翌朝、お手紙を差し上げなさるに、
 

569
 「なくなくも 帰りにしかな 仮の世は
 いづこもつひの 常世ならぬに」
 「泣きながら帰ってきたことです、この仮の世は
  どこもかしこも永遠の住まいではないので」
 
   昨夜の御ありさまは恨めしげなりしかど、いとかく、あらぬさまに思しほれたる御けしきの心苦しさに、身の上はさしおかれて、涙ぐまれたまふ。
 
 昨夜のご様子は恨めしげに思ったが、とてもこんなに、まるで違った方のように茫然としていらしたご様子がお気の毒なので、自分のことは忘れて、つい涙ぐまれなさる。
 
 

570
 「雁がゐし 苗代水の 絶えしより
 映りし花の 影をだに見ず」
 「雁がいた苗代水がなくなってからは
  そこに映っていた花の影さえ見ることができません」
 
   古りがたくよしある書きざまにも、なまめざましきものに思したりしを、末の世には、かたみに心ばせを見知るどちにて、うしろやすき方にはうち頼むべく、思ひ交はしたまひながら、またさりとて、ひたぶるにはたうちとけず、ゆゑありてもてなしたまへりし心おきてを、「人はさしも見知らざりきかし」など思し出づ。
 
 いつ見ても相変わらず味わいのある書きぶりを見るにつけても、何となく目障りなとお思いであったが、晩年には、お互いに心を交わし合う仲となって、安心な相手としては信頼できるよう、互いに思い合いなさりながら、またそうかといってまるきり許し合うのではなく、奥ゆかしく振る舞っていらしたお心遣いを、「他人はそこまで知らなかったであろう」などと、お思い出しになる。
 
   せめてさうざうしき時は、かやうにただおほかたに、うちほのめきたまふ折々もあり。
 昔の御ありさまには、名残なくなりにたるべし。
 
 たまらなく寂しい時には、このようにただ一通りに、お顔をお見せになることもある。
 昔のご様子とはすっかり変わってしまったのであろう。
 
 
 

第二章 光る源氏の物語 紫の上追悼の夏の物語

 
 

第一段 花散里や中将の君らと和歌を詠み交わす

 
   夏の御方より、御衣更の御装束たてまつりたまふとて、  夏の御方から、お衣更のご装束を差し上げなさるとあって、
 

571
 「夏衣 裁ち替へてける 今日ばかり
 古き思ひも すすみやはせぬ」
 「夏の衣に着替えた今日だけは
  昔の思いも思い出しませんでしょうか」
 
   御返し、  お返事、
 

572
 「羽衣の 薄きに変はる 今日よりは
 空蝉の世ぞ いとど悲しき」
 「羽衣のように薄い着物に変わる今日からは
  はかない世の中がますます悲しく思われます」
 
   祭の日、いとつれづれにて、「今日は物見るとて、人びと心地よげならむかし」とて、御社のありさまなど思しやる。
 
 賀茂祭の日、とても所在ないので、「今日は見物しようとして、女房たちは気持ちよさそうだろう」と思って、御社の様子などをご想像なさる。
 
   「女房など、いかにさうざうしからむ。
 里に忍びて出でて見よかし」などのたまふ。
 
 「女房などは、どんなに手持ち無沙汰だろう。
 そっと里下がりして見て来なさい」などとおしゃる。
 
   中将の君の、東面にうたた寝したるを、歩みおはして見たまへば、いとささやかにをかしきさまして、起き上がりたり。
 つらつきはなやかに、匂ひたる顔をもて隠して、すこしふくだみたる髪のかかりなど、をかしげなり。
 紅の黄ばみたる気添ひたる袴、萱草色の単衣、いと濃き鈍色に黒きなど、うるはしからず重なりて、裳、唐衣も脱ぎすべしたりけるを、とかく引きかけなどするに、葵をかたはらに置きたりけるを寄りて取りたまひて、
 中将の君が、東表の間でうたた寝しているのを、歩いていらっしゃって御覧になると、とても小柄で美しい様子で起き上がった。
 顔の表情は明るくて、美しい顔をちょっと隠して、少しほつれた髪のかかっている具合など、見事である。
 紅の黄色味を帯びた袴に、萱草色の単衣、たいそう濃い鈍色の袿に黒い表着など、きちんとではなく重着して、裳や、唐衣も脱いでいたが、あれこれ着掛けなどするが、葵を側に置いてあったのを側によってお取りになって、
   「いかにとかや。
 この名こそ忘れにけれ」とのたまへば、
 「何と言ったかね。
 この名前を忘れてしまった」とおっしゃると、
 

573
 「さもこそは よるべの水に 水草ゐめ
 今日のかざしよ 名さへ忘るる」
 「いかにもよるべの水も古くなって水草が生えていましょう
  今日の插頭の名前さえ忘れておしまいになるとは」
 
   と、恥ぢらひて聞こゆ。
 げにと、いとほしくて、
 と、恥じらいながら申し上げる。
 なるほどと、お気の毒なので、
 

574
 「おほかたは 思ひ捨ててし 世なれども
 葵はなほや 摘みをかすべき」
 「だいたいは執着を捨ててしまったこの世ではあるが
  この葵はやはり摘んでしまいそうだ」
 
   など、一人ばかりをば思し放たぬけしきなり。
 
 などと、一人だけはお思い捨てにならない様子である。
 
 
 

第二段 五月雨の夜、夕霧来訪

 
   五月雨は、いとど眺めくらしたまふより他のことなく、さうざうしきに、十余日の月はなやかにさし出でたる雲間のめづらしきに、大将の君御前にさぶらひたまふ。
 
 五月雨の時は、ますます物思いに沈んでお暮らしになるより他のことなく、物寂しいところに、十日過ぎの月が明るくさし出た雲間が珍しいので、大将の君が御前に伺候なさっている。
 
   花橘の、月影にいときはやかに見ゆる薫りも、追風なつかしければ、千代を馴らせる声もせなむ、と待たるるほどに、にはかに立ち出づる村雲のけしき、いとあやにくにて、いとおどろおどろしう降り来る雨に添ひて、さと吹く風に灯籠も吹きまどはして、空暗き心地するに、「窓を打つ声」など、めづらしからぬ古言を、うち誦じたまへるも、折からにや、妹が垣根におとなはせまほしき御声なり。
 
 花橘が、月光にたいそうくっきりと見える薫りも、その追い風がやさしい感じなので、花橘にほととぎすの千年も馴れ親しんでいる声を聞かせて欲しい、と待っているうちに、急にたち出た村雲の様子が、まったくあいにくなことで、とてもざあざあ降ってくる雨に加わって、さっと吹く風に燈籠も吹き消して、空も暗い感じがするので、「窓を打つ声」などと、珍しくもない古詩を口ずさみなさるのも、折からか、妻の家に聞かせてやりたいようなお声である。
 
   「独り住みは、ことに変ることなけれど、あやしうさうざうしくこそありけれ。
 深き山住みせむにも、かくて身を馴らはしたらむは、こよなう心澄みぬべきわざなりけり」などのたまひて、「女房、ここに、くだものなど参らせよ。
 男ども召さむもことことしきほどなり」などのたまふ。
 
 「独り住みは、格別に変わったことはないが、妙に物寂しい感じがする。
 深い山住みをするにも、こうして身を馴らすのは、この上なく心が澄みきることであった」などとおっしゃって、「女房よ、こちらに、お菓子などを差し上げよ。
 男たちを召し寄せるのも大げさな感じである」などとおっしゃる。
 
   心には、ただ空を眺めたまふ御けしきの、尽きせず心苦しければ、「かくのみ思し紛れずは、御行ひにも心澄ましたまはむこと難くや」と、見たてまつりたまふ。
 「ほのかに見し御面影だに忘れがたし。
 ましてことわりぞかし」と、思ひゐたまへり。
 
 心中には、ただ空を眺めていらっしゃるご様子が、どこまでもおいたわしいので、「こんなにまでお忘れになれないのでは、ご勤行にもお心をお澄しになることも難しいのでないか」と、拝見なさる。
 「かすかに見た御面影でさえ忘れ難い。
 まして無理もないことだ」と、思っていらっしゃった。
 
 
 

第三段 ほととぎすの鳴き声に故人を偲ぶ

 
   「昨日今日と思ひたまふるほどに、御果てもやうやう近うなりはべりにけり。
 いかやうにかおきて思しめすらむ」
 「昨日今日と思っておりましたうちに、ご一周忌もだんだん近くなってまいりました。
 どのようにあそばすお積もりでいらっしゃいましょうか」
   と申したまへば、  とお尋ね申し上げなさると、
   「何ばかり、世の常ならぬことをかはものせむ。
 かの心ざしおかれたる極楽の曼陀羅など、このたびなむ供養ずべき。
 経などもあまたありけるを、なにがし僧都、皆その心くはしく聞きおきたなれば、また加へてすべきことどもも、かの僧都の言はむに従ひてなむものすべき」などのたまふ。
 
 「何ほども、世間並み以上のことをしようとは思わない。
 あの望んでおかれた極楽の曼陀羅など、今回は供養しよう。
 経などもたくさんあったが、某僧都が、すべてその事情を詳しく聞きおいたそうだから、それに加えてしなければならない事柄も、あの僧都が言うことに従って催そう」などとおっしゃる。
 
   「かやうのこと、もとよりとりたてて思しおきてけるは、うしろやすきわざなれど、この世にはかりそめの御契りなりけりと見たまふには、形見といふばかりとどめきこえたまへる人だにものしたまはぬこそ、口惜しうはべれ」  「このようなことは、ご生前から特別にお考え置きになっていたことは、来世のため安心なことですが、この世にはかりそめのご縁であったとお思いなりますのは、お形見と言えるようにお残し申されるお子様さえいらっしゃなかったのが、残念なことでございます」
   と申したまへば、  と申し上げなさると、
   「それは、仮ならず、命長き人びとにも、さやうなることのおほかた少なかりける。
 みづからの口惜しさにこそ。
 そこにこそは、門は広げたまはめ」などのたまふ。
 
 「それは、縁浅からず、寿命の長い人びとでも、そのようなことはだいたいが少なかった。
 自分自身の拙さなのだ。
 そなたこそ、家門を広げなさい」などとおっしゃる。
 
   何ごとにつけても、忍びがたき御心弱さのつつましくて、過ぎにしこといたうものたまひ出でぬに、待たれつる山ほととぎすのほのかにうち鳴きたるも、「いかに知りてか」と、聞く人ただならず。
 
 どのような事につけても、堪えきれないお心の弱さが恥ずかしくて、過ぎ去ったことをたいして口にお出しにならないが、待っていた時鳥がかすかにちょっと鳴いたのも、「どのようにして知ってか」と、聞く人は落ち着かない。
 
 

575
 「亡き人を 偲ぶる宵の 村雨に
 濡れてや来つる 山ほととぎす」
 「亡き人を偲ぶ今宵の村雨に
  濡れて来たのか、山時鳥よ」
 
   とて、いとど空を眺めたまふ。
 大将、
 と言って、ますます空を眺めなさる。
 大将、
 

576
 「ほととぎす 君につてなむ ふるさとの
 花橘は 今ぞ盛りと」
 「時鳥よ、あなたに言伝てしたい
  古里の橘の花は今が盛りですよと」
 
   女房など、多く言ひ集めたれど、とどめつ。
 大将の君は、やがて御宿直にさぶらひたまふ。
 寂しき御一人寝の心苦しければ、時々かやうにさぶらひたまふに、おはせし世は、いと気遠かりし御座のあたりの、いたうも立ち離れぬなどにつけても、思ひ出でらるることも多かり。
 
 女房なども、たくさん詠んだが、省略した。
 大将の君は、そのままお泊まりになる。
 寂しいお独り寝がおいたわしいので、時々このように伺候なさるが、生きていらっしゃった当時は、とても近づきにくかったご座所の近辺に、たいして遠く離れていないことなどにつけても、思い出される事柄が多かった。
 
 
 

第四段 蛍の飛ぶ姿に故人を偲ぶ

 
   いと暑きころ、涼しき方にて眺めたまふに、池の蓮の盛りなるを見たまふに、「いかに多かる」など、まづ思し出でらるるに、ほれぼれしくて、つくづくとおはするほどに、日も暮れにけり。
 ひぐらしの声はなやかなるに、御前の撫子の夕映えを、一人のみ見たまふは、げにぞかひなかりける。
 
 たいそう暑いころ、涼しい所で物思いに耽っていらっしゃる折、池の蓮の花が盛りなのを御覧になると、「なんと多い涙か」などと、何より先に思い出されるので、茫然として、つくねんとしていらっしゃるうちに、日も暮れてしまった。
 蜩の声がにぎやかなので、御前の撫子が夕日に映えた様子を、独りだけで御覧になるのは、本当に甲斐のないことであった。
 
 

577
 「つれづれと わが泣き暮らす 夏の日を
 かことがましき 虫の声かな」
 「することもなく涙とともに日を送っている夏の日を
  わたしのせいみたいに鳴いている蜩の声だ」
 
   蛍のいと多う飛び交ふも、「夕殿に蛍飛んで」と、例の、古事もかかる筋にのみ口馴れたまへり。
 
 螢がとても数多く飛び交っているのも、「夕べの殿に螢が飛んで」と、いつもの、古い詩もこうした方面にばかり口馴れていらっしゃった。
 
 

578
 「夜を知る 蛍を見ても 悲しきは
 時ぞともなき 思ひなりけり」
 「夜になったことを知って光る螢を見ても悲しいのは
  昼夜となく燃える亡き人を恋うる思いであった」
 
 
 

第三章 光る源氏の物語 紫の上追悼の秋冬の物語

 
 

第一段 紫の上の一周忌法要

 
   七月七日も、例に変りたること多く、御遊びなどもしたまはで、つれづれに眺め暮らしたまひて、星逢ひ見る人もなし。
 まだ夜深う、一所起きたまひて、妻戸押し開けたまへるに、前栽の露いとしげく、渡殿の戸よりとほりて見わたさるれば、出でたまひて、
 七月七日も、いつもと変わったことが多く、管弦のお遊びなどもなさらず、何もせずに一日中物思いに耽ってお過ごしになって、星合の空を見る人もいない。
 まだ夜は深く、独りお起きになって、妻戸を押し開けなさると、前栽の露がとてもびっしょりと置いて、渡殿の戸から通して見渡されるので、お出になって、
 

579
 「七夕の 逢ふ瀬は雲の よそに見て
 別れの庭に 露ぞおきそふ」
 「七夕の逢瀬は雲の上の別世界のことと見て
  その後朝の別れの庭の露に悲しみの涙を添えることよ」
 
   風の音さへただならずなりゆくころしも、御法事の営みにて、ついたちころは紛らはしげなり。
 「今まで経にける月日よ」と思すにも、あきれて明かし暮らしたまふ。
 
 風の音までがたまらないものになってゆくころ、御法事の準備で、上旬ころは気が紛れるようである。
 「今まで生きて来た月日よ」とお思いになるにつけても、あきれる思いで暮らしていらっしゃる。
 
   御正日には、上下の人びと皆斎して、かの曼陀羅など、今日ぞ供養ぜさせたまふ。
 例の宵の御行ひに、御手水など参らする中将の君の扇に、
 御命日には、上下の人びとがみな精進して、あの曼陀羅などを、今日ご供養あそばす。
 いつもの宵のご勤行に、御手水を差し上げる中将の君の扇に、
 

580
 「君恋ふる 涙は際も なきものを
 今日をば何の 果てといふらむ」
 「ご主人様を慕う涙は際限もないものですが
  今日は何の果ての日と言うのでしょう」
 
   と書きつけたるを、取りて見たまひて、  と書きつけてあるのを、手に取って御覧になって、
 

581
 「人恋ふる わが身も末に なりゆけど
 残り多かる 涙なりけり」
 「人を恋い慕うわが余命も少なくなったが
  残り多い涙であることよ」
 
   と、書き添へたまふ。
 
 と、書き加えなさる。
 
   九月になりて、九日、綿おほひたる菊を御覧じて、  九月になって、九日、綿被いした菊を御覧になって、
 

582
 「もろともに おきゐし菊の 白露も
 一人袂に かかる秋かな」
 「一緒に起きて置いた菊のきせ綿の朝露も
  今年の秋はわたし独りの袂にかかることだ」
 
 
 

第二段 源氏、出家を決意

 
   神無月には、おほかたも時雨がちなるころ、いとど眺めたまひて、夕暮の空のけしきも、えもいはぬ心細さに、「降りしかど」と独りごちおはす。
 雲居を渡る雁の翼も、うらやましくまぼられたまふ。
 
 神無月には、一般に時雨がちなころとて、ますます物思いに沈みなさって、夕暮の空の様子にも、何ともいえない心細さゆえ、「いつも時雨は降ったが」と独り口ずさんでいらっしゃる。
 雲居を渡ってゆく雁の翼も、羨ましく見つめられなさる。
 
 

583
 「大空を かよふ幻 夢にだに
 見えこぬ魂の 行方たづねよ」

〔源氏〕「大空を飛びゆく幻術士よ、夢の中にさえ
現れない亡き人の魂の行く方を探してくれ」

 
   何ごとにつけても、紛れずのみ、月日に添へて思さる。
 
 どのような事につけても、気の紛れることのないばかりで、月日につれて悲しく思わずにはいらっしゃれない。
 
   五節などいひて、世の中そこはかとなく今めかしげなるころ、大将殿の君たち、童殿上したまへる率て参りたまへり。
 同じほどにて、二人いとうつくしきさまなり。
 御叔父の頭中将、蔵人少将など、小忌にて、青摺の姿ども、きよげにめやすくて、皆うち続き、もてかしづきつつ、もろともに参りたまふ。
 思ふことなげなるさまどもを見たまふに、いにしへ、あやしかりし日蔭の折、さすがに思し出でらるべし。
 
 五節などといって、世の中がどことなくはなやかに浮き立っているころ、大将殿のご子息たち、童殿上なさって参上なさった。
 同じくらいの年齢で、二人とてもかわいらしい姿である。
 御叔父の頭中将や、蔵人少将などは、小忌衣で、青摺の姿がさっぱりして感じよくて、みな引き続いて、お世話しながら一緒に参上なさる。
 何の物思いもなさそうな様子を御覧になると、昔、心ときめくことのあった五節の折、何といってもお思い出されるであろう。
 
 

584
 「宮人は 豊明といそぐ 今日
 日影も知らで 暮らしつるかな」
〔源氏〕「宮人が豊明の節会に夢中になっている今日
わたしは日の光〔影〕も知らないで暮らしてしまったな」
 
   「今年をばかくて忍び過ぐしつれば、今は」と、世を去りたまふべきほど近く思しまうくるに、あはれなること、尽きせず。
 やうやうさるべきことども、御心のうちに思し続けて、さぶらふ人びとにも、ほどほどにつけて、物賜ひなど、おどろおどろしく、今なむ限りとしなしたまはねど、近くさぶらふ人びとは、御本意遂げたまふべきけしきと見たてまつるままに、年の暮れゆくも心細く、悲しきこと限りなし。
 
 「今年をこうしてひっそりと過ごして来たので、これまで」と、ご出家なさるべき時を近々にご予定なさるにつけ、しみじみとした悲しみ、尽きない。
 だんだんとしかるべき事柄を、ご心中にお思い続けなさって、伺候する女房たちにも、身分身分に応じて、お形見分けなど、大げさに、これを最後とはなさらないが、近く伺候する女房たちは、ご出家の本願をお遂げになる様子だと拝見するにつれて、年が暮れてゆくのも心細く、悲しい気持ちは限りがない。
 
 
 

第三段 源氏、手紙を焼く

 
   落ちとまりてかたはなるべき人の御文ども、破れば惜し、と思されけるにや、すこしづつ残したまへりけるを、もののついでに御覧じつけて、破らせたまひなどするに、かの須磨のころほひ、所々よりたてまつれたまひけるもある中に、かの御手なるは、ことに結ひ合はせてぞありける。
 
 後に残っては見苦しいような女の人からのお手紙は、破っては惜しい、とお思いになってか、少しずつ残していらっしゃったのを、何かの機会に御覧になって、破り捨てさせなさるなどすると、あの須磨にいたころ、あちらこちらから差し上げさせなさったものもある中で、あの方のご筆跡の手紙は、特別に一つに結んであったのであった。
 
   みづからしおきたまひけることなれど、「久しうなりける世のこと」と思すに、ただ今のやうなる墨つきなど、「げに千年の形見にしつべかりけるを、見ずなりぬべきよ」と思せば、かひなくて、疎からぬ人びと、二、三人ばかり、御前にて破らせたまふ。
 
 ご自身でなさっておいたことだが、「遠い昔のことになった」とお思いになるが、たった今書いたような墨跡などが、「なるほど千年の形見にできそうだが、見ることもなくなってしまうものよ」とお思いになると、何にもならないので、気心の知れた女房、二、三人ほどに、御前で破らせなさる。
 
   いと、かからぬほどのことにてだに、過ぎにし人の跡と見るはあはれなるを、ましていとどかきくらし、それとも見分かれぬまで、降りおつる御涙の水茎に流れ添ふを、人もあまり心弱しと見たてまつるべきが、かたはらいたうはしたなければ、押しやりたまひて、  ほんとうに、このようなことでなくさえ、亡くなった人の筆跡と思うと胸が痛くなるのに、ましてますます涙にくれて、どれがどれとも見分けられないほど、流れ出るお涙の跡が文字の上を流れるのを、女房もあまりに意気地がないと拝見するにちがいないのが、見ていられなく体裁悪いので、手紙を押しやりなさって、
 

585
 「死出の山 越えにし人を 慕ふとて
 跡を見つつも なほ惑ふかな」
 「死出の山を越えてしまった人を恋い慕って行こうとして
  その跡を見ながらもやはり悲しみにくれまどうことだ」
 
   さぶらふ人びとも、まほにはえ引き広げねど、それとほのぼの見ゆるに、心惑ひどもおろかならず。
 この世ながら遠からぬ御別れのほどを、いみじと思しけるままに書いたまへる言の葉、げにその折よりもせきあへぬ悲しさ、やらむかたなし。
 いとうたて、今ひときはの御心惑ひも、女々しく人悪るくなりぬべければ、よくも見たまはで、こまやかに書きたまへるかたはらに、
 伺候する女房たちも、まともには広げられないが、その筆跡とわずかに分かるので、心動かされることも並々でない。
 この世にありながらそう遠くでなかったお別れの間中を、ひどく悲しいとお思いのままお書きになった和歌、なるほどその時よりも堪えがたい悲しみは、慰めようもない。
 まことに情けなく、もう一段とお心まどいも、女々しく体裁悪くなってしまいそうなので、よくも御覧にならず、心をこめてお書きになっている側に、
 

586
 「かきつめて 見るもかひなし 藻塩草
 同じ雲居の 煙とをなれ」
 「かき集めて見るのも甲斐がない、この手紙も
  本人と同じく雲居の煙となりなさい」
 
   と書きつけて、皆焼かせたまふ。
 
 と書きつけて、みなお焼かせになる。
 
 
 

第四段 源氏、出家の準備

 
   「御仏名も、今年ばかりにこそは」と思せばにや、常よりもことに、錫杖の声々などあはれに思さる。
 行く末ながきことを請ひ願ふも、仏の聞きたまはむこと、かたはらいたし。
 
 「御仏名も、今年限りだ」とお思いになればであろうか、例年よりも格別に、錫杖の声々などがしみじみと思われなさる。
 行く末長い将来を請い願うのも、仏が何とお聞きになろうかと、耳が痛い。
 
   雪いたう降りて、まめやかに積もりにけり。
 導師のまかづるを、御前に召して、盃など、常の作法よりもさし分かせたまひて、ことに禄など賜はす。
 年ごろ久しく参り、朝廷にも仕うまつりて、御覧じ馴れたる御導師の、頭はやうやう色変はりてさぶらふも、あはれに思さる。
 例の、宮たち、上達部など、あまた参りたまへり。
 
 雪がたいそう降って、たくさん積もった。
 導師が退出するのを、御前にお召しになって、盃など、平常の作法よりも格別になさって、特に禄などを下賜なさる。
 長年久しく参上し、朝廷にもお仕えして、よくご存知になられている御導師が、頭はだんだん白髪に変わって伺候しているのも、しみじみとお思われなさる。
 いつもの、親王たち、上達部などが、大勢参上なさった。
 
   梅の花の、わづかにけしきばみはじめて雪にもてはやされたるほど、をかしきを、御遊びなどもありぬべけれど、なほ今年までは、ものの音もむせびぬべき心地したまへば、時によりたるもの、うち誦じなどばかりぞせさせたまふ。
 
 梅の花が、わずかにほころびはじめて雪に引き立てられているのが、美しいので、音楽のお遊びなどもあるはずなのだが、やはり今年までは、楽の音にもむせび泣きしてしまいそうな気がなさるので、折に合うものを、口ずさむ程度におさせなさる。
 
   まことや、導師の盃のついでに、  そう言えば、導師にお盃を賜る時に、
 

587
 「春までの 命も知らず 雪のうちに
 色づく梅を 今日かざしてむ」
 「春までの命もあるかどうか分からないから
  雪の中に色づいた紅梅を今日は插頭にしよう」
 
   御返し、  お返事は、
 

588
 「千世の春 見るべき花と 祈りおきて
 わが身ぞ雪と ともにふりぬる」
 「千代の春を見るべくあなたの長寿を祈りおきましたが
  わが身は降る雪とともに年ふりました」
 
   人びと多く詠みおきたれど、もらしつ。
 
 人々も数多く詠みおいたが、省略した。
 
   その日ぞ、出でたまへる。
 御容貌、昔の御光にもまた多く添ひて、ありがたくめでたく見えたまふを、この古りぬる齢の僧は、あいなう涙もとどめざりけり。
 
 この日、初めて人前にお出になった。
 ご器量、昔のご威光にもまた一段と増して、素晴らしく見事にお見えになるのを、この年とった老齢の僧は、無性に涙を抑えられないのであった。
 
   年暮れぬと思すも、心細きに、若宮の、  年が暮れてしまったとお思いになるにつけ、心細いので、若宮が、
   「儺やらはむに、音高かるべきこと、何わざをせさせむ」  「追儺をするのに、高い音を立てるには、どうしたらよいでしょう」
   と、走りありきたまふも、「をかしき御ありさまを見ざらむこと」と、よろづに忍びがたし。
 
 と言って、走り回っていらっしゃるのも、「かわいいご様子を見なくなることだ」と、何につけ堪えがたい。
 
 

589
 「もの思ふと 過ぐる月日も 知らぬまに
 年もわが世も 今日や尽きぬる」
 「物思いしながら過ごし月日のたつのも知らない間に
  今年も自分の寿命も今日が最後になったか」
 
   朔日のほどのこと、「常よりことなるべく」と、おきてさせたまふ。
 親王たち、大臣の御引出物、品々の禄どもなど、何となう思しまうけて、とぞ。
 
 元日の日のことを、「例年より格別に」と、お命じあそばす。
 親王方、大臣への御引出物や、人々への禄などを、またとなくご用意なさって、とあった。
 
 
 

【出典】

 
  出典1 涙川落つる水上早ければせきかねつるぞ袖のしがらみ(拾遺集恋四-八七六 紀貫之)(戻)  
  出典2 墨染の君が袂は雲なれや絶えず涙の雨とのみふる(古今集哀傷-八四三 壬生忠岑)(戻)  
  出典3 久方の光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ(古今集春下-八四 紀友則)(戻)  
  出典4 飛ぶ鳥の声も聞こえぬ奥山の深き心を人は知らなむ(古今集恋一-五三五 読人しらず)(戻)  
  出典5 大空に覆ふばかりの袖もがな春咲く花を風にまかせじ(後撰集春中-六四 読人しらず)(戻)  
  出典6 光なき谷には春もよそなれば咲きてとく散る物思ひもなし(古今集雑下-九六七 清原深養父)(戻)  
  出典7 深草の野辺の桜し心あらば今年ばかりは墨染に咲け(古今集哀傷-八三二 上野岑雄)(戻)  
  出典8 色変へぬ花橘にほととぎす千代をならせる声聞こゆなり(後撰集夏-一八六 読人しらず)(戻)  
  出典9 秋夜長 夜長無眠天不明 耿耿残灯背壁影 蕭蕭暗雨打窓声(白氏文集-一三一「上陽白髪人」)(戻)  
  出典10 大空は恋しき人の形見かは物思ふごとに眺めらるらむ(古今集恋四-七四三 酒井人真)(戻)  
  出典11 いにしへのこと語らへばほととぎすいかに知りてか古声のする(古今六帖五-二八〇四)(戻)  
  出典12 悲しさぞまさりにまさる人の身にいかに多かる涙なりけり(古今六帖四-二四七九)(戻)  
  出典13 我のみやあはれと思はむきりぎりす鳴く夕影の大和撫子(古今集秋上-二四四 素性法師)(戻)  
  出典14 夕殿蛍飛思悄然 秋灯挑尽未能眠(白氏文集十二-五九六「長恨歌」)(戻)  
  出典15 蒹葭水暗蛍夜知 楊柳風高雁送秋(和漢朗詠集上-一八七 許渾)(戻)  
  出典16 人の身もならはしものを今までにかくても経ぬるものにぞありける(源氏釈所引-出典未詳)身を憂しと思ふに消えぬものなればかくても経ぬる世にこそありけれ(古今集恋五-八〇六 読人しらず)(戻)  
  出典17 神無月いつも時雨は降りしかどかく袖ひたす折はなかりき(源氏釈所引-出典未詳)(戻)  
  出典18 破れば惜し破らねば人に見えぬべし泣く泣くもなほ返すまされり(後撰集雑二-一一四三 元良親王)(戻)  
  出典19 かひなしと思ひなけちそ水茎の跡ぞ千歳の形見ともなる(古今六帖五-三三七九)(戻)  
  出典20 物思ふと過ぐる月日も知らぬ間に今年は今日に果てぬとか聞く(後撰集冬-五〇六 藤原敦忠)(戻)  
 
 

【校訂】

 
  備考--(/) ミセケチ--$ 抹消--# 補入--+ 傍書--= ナゾリ--& 独自異文等--* 朱筆--<朱> 不明--△  
  校訂1 その--(/+そ)の(戻)  
  校訂2 ひき隠し--ひきかへ(へ/$く)し(戻)  
  校訂3 帷子--かたら(ら/$<朱>)ひ(ひ/+ら<朱>)(戻)  
  校訂4 あさへ--あまへ(あまへ/=あさへイ)(戻)  
  校訂5 はべるなる--侍(侍/+な<朱>)る(戻)  
  校訂6 あさへ--あ△(△/#さ)へ(へ/&へ)(戻)  
  校訂7 たまへる--給つ(つ/$へ<朱>)(戻)  
  校訂8 とほりて--とおも(おも/$をり<朱>)て(戻)  
  校訂9 小忌にて--をみにい(い/$<朱>)て(戻)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。