原文 定家本 明融臨模本 |
現代語訳 (渋谷栄一) 各自要検討 |
注釈 【渋谷栄一】 各自要検討 |
---|---|---|
御子は、 かくてもいと御覧ぜまほしけれど、 |
御子は、 それでもとても御覧になっていたいが、 |
【かくても】 :「かくても」「かかるほど」は御子の母桐壺更衣の死とその服喪期間中をさす。 |
かかるほどにさぶらひたまふ、 | このような折に宮中に伺候しておられるのは、 | |
例なきことなれば、 | 先例のないことなので、 |
【例なきことなれば】 :延喜七年以後、七歳以下の子供は親の喪に服すに及ばないということになった。したがって、この物語は延喜七年以前を時代設定していることになる。 |
まかでたまひなむとす。 | 退出なさろうとする。 |
【まかでたまひなむとす】 :主語は御子。使役の助動詞「させ」はない。視点を帝から御子に移して叙述する。 |
何事かあらむとも思したらず、 | 何事があったのだろうかともお分かりにならず、 | |
さぶらふ人びとの泣きまどひ、 | お仕えする人々が泣き惑い、 | |
主上も御涙のひまなく流れおはしますを、 | 父主上もお涙が絶えずおこぼれあそばしているのを、 |
【主上も御涙のひまなく流れおはしますをあやしと見たてまつるを】 :「見たてまつる」という御子の視点と語り手の地の文とが融合した叙述で語られる。この前後の「流れおはしますを」や「わざなるを」とともに「を」は目的格を表す格助詞。これら三つの文章が語り手の評言「ましてあはれに言ふかひなし」に収束される。 |
あやしと見たてまつりたまへるを、 | 変だなと拝し上げなさっているのを、 | |
よろしきことにだに、 | 普通の場合でさえ、 |
【よろしきことにだに】 :「普通の親子の死別の場合でさえ」の意。以下に「まして」と呼応する。三歳の幼児ゆえ、母親の死去した意味を理解せず、いっそう悲しく何とも言いようがない、という、語り手の感情移入の込められた叙述。 |
かかる別れの悲しからぬはなきわざなるを、 | このような別れの悲しくないことはない次第なのを、 | |
ましてあはれに言ふかひなし。 | いっそうに悲しく何とも言いようがない。 |
【ましてあはれに言ふかひなし】 :「まして」は母を亡くした悲しみがわかれば、それなりに悲しいと言うこともできように、その悲しみさえわからないがゆえに、いっそう痛々しくも気の毒で、何とも言いようがない、という意。 |