冒頭「伊予介といひしは、故院崩れさせたまひて、またの年、常陸になりて」から始まる源氏物語・関屋の原文。要所で原文対訳に通じさせた。
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源氏物語 原文目次 本巻冒頭、他巻へのジャンプにご活用下さい |
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1 桐壺 |
2 帚木 |
3 空蝉 |
4 夕顔 |
5 若紫 |
6 末摘花 |
7 紅葉賀 |
8 花宴 |
9 葵 |
10 賢木 |
11 花散里 |
12 須磨 |
13 明石 |
14 澪標 |
15 蓬生 |
16 関屋 |
17 絵合 |
18 松風 |
19 薄雲 |
20 朝顔 |
21 乙女 |
22 玉鬘 |
23 初音 |
24 胡蝶 |
25 蛍 |
26 常夏 |
27 篝火 |
28 野分 |
29 行幸 |
30 藤袴 |
31 真木柱 |
32 梅枝 |
33 藤裏葉 |
34 若菜上 |
35 若菜下 |
36 柏木 |
37 横笛 |
38 鈴虫 |
39 夕霧 |
40 御法 |
41 幻 |
42 匂兵部卿 |
43 紅梅 |
44 竹河 |
45 橋姫 |
46 椎本 |
47 総角 |
48 早蕨 |
49 宿木 |
50 東屋 |
51 浮舟 |
52 蜻蛉 |
53 手習 |
54 夢浮橋 |
※以上全て定家本系。
重視される順に、定家(自筆)本、明融(臨模)本、大島本。
詳しくは、上位ページの源氏物語・写本理論の概要を参照。
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伊予介といひしは、故院崩れさせたまひて、またの年、常陸になりて下りしかば、かの帚木もいざなはれにけり。須磨の御旅居も遥かに聞きて、人知れず思ひやりきこえぬにしもあらざりしかど、伝へ聞こゆべきよすがだになくて、筑波嶺の山を吹き越す風も、浮きたる心地して、いささかの伝へだになくて、年月かさなりにけり。限れることもなかりし御旅居なれど、京に帰り住みたまひて、またの年の秋ぞ、常陸は上りける。
関入る日しも、この殿、石山に御願果しに詣でたまひけり。京より、かの紀伊守などいひし子ども、迎へに来たる人びと、「この殿かく詣でたまふべし」と告げければ、「道のほど騒がしかりなむものぞ」とて、まだ暁より急ぎけるを、女車多く、所狭うゆるぎ来るに、日たけぬ。
打出の浜来るほどに、「殿は、粟田山越えたまひぬ」とて、御前の人びと、道もさりあへず来込みぬれば、関山に皆下りゐて、ここかしこの杉の下に車どもかき下ろし、木隠れに居かしこまりて過ぐしたてまつる。車など、かたへは後らかし、先に立てなどしたれど、なほ、類広く見ゆ。
車十ばかりぞ、袖口、物の色あひなども、漏り出でて見えたる、田舎びず、よしありて、斎宮の御下りなにぞやうの折の物見車思し出でらる。殿も、かく世に栄え出でたまふめづらしさに、数もなき御前ども、皆目とどめたり。
九月晦日なれば、紅葉の色々こきまぜ、霜枯れの草むらむらをかしう見えわたるに、関屋より、さとくづれ出でたる旅姿どもの、色々の襖のつきづきしき縫物、括り染めのさまも、さるかたにをかしう見ゆ。御車は簾下ろしたまひて、かの昔の小君、今、右衛門佐なるを召し寄せて、
「今日の御関迎へは、え思ひ捨てたまはじ」
などのたまふ御心のうち、いとあはれに思し出づること多かれど、おほぞうにてかひなし。女も、人知れず昔のこと忘れねば、とりかへして、ものあはれなり。
「行くと来とせき止めがたき涙をや
絶えぬ清水と人は見るらむ
え知りたまはじかし」と思ふに、いとかひなし。
石山より出でたまふ御迎へに右衛門佐参りてぞ、まかり過ぎしかしこまりなど申す。昔、童にて、いとむつましうらうたきものにしたまひしかば、かうぶりなど得しまで、この御徳に隠れたりしを、おぼえぬ世の騷ぎありしころ、ものの聞こえに憚りて、常陸に下りしをぞ、すこし心置きて年ごろは思しけれど、色にも出だしたまはず、昔のやうにこそあらねど、なほ親しき家人のうちには数へたまひけり。
紀伊守といひしも、今は河内守にぞなりにける。その弟の右近将監解けて御供に下りしをぞ、とりわきてなし出でたまひければ、それにぞ誰も思ひ知りて、「などてすこしも、世に従ふ心をつかひけむ」など、思ひ出でける。
佐召し寄せて、御消息あり。「今は思し忘れぬべきことを、心長くもおはするかな」と思ひゐたり。
「一日は、契り知られしを、さは思し知りけむや。
わくらばに行き逢ふ道を頼みしも
なほかひなしや潮ならぬ海
関守の、さもうらやましく、めざましかりしかな」
とあり。
「年ごろのとだえも、うひうひしくなりにけれど、心にはいつとなく、ただ今の心地するならひになむ。好き好きしう、いとど憎まれむや」
とて、賜へれば、かたじけなくて持て行きて、
「なほ、聞こえたまへ。昔にはすこし思しのくことあらむと思ひたまふるに、同じやうなる御心のなつかしさなむ、いとどありがたき。すさびごとぞ用なきことと思へど、えこそすくよかに聞こえ返さね。女にては、負けきこえたまへらむに、罪ゆるされぬべし」
など言ふ。今は、ましていと恥づかしう、よろづのこと、うひうひしき心地すれど、めづらしきにや、え忍ばれざりけむ、
「逢坂の関やいかなる関なれば
しげき嘆きの仲を分くらむ
夢のやうになむ」
と聞こえたり。あはれもつらさも、忘れぬふしと思し置かれたる人なれば、折々は、なほ、のたまひ動かしけり。
かかるほどに、この常陸守、老いの積もりにや、悩ましくのみして、もの心細かりければ、子どもに、ただこの君の御ことをのみ言ひ置きて、
「よろづのこと、ただこの御心にのみ任せて、ありつる世に変はらで仕うまつれ」
とのみ、明け暮れ言ひけり。
女君、「心憂き宿世ありて、この人にさへ後れて、いかなるさまにはふれ惑ふべきにかあらむ」と思ひ嘆きたまふを見るに、
「命の限りあるものなれば、惜しみ止むべき方もなし。いかでか、この人の御ために残し置く魂もがな。わが子どもの心も知らぬを」
と、うしろめたう悲しきことに、言ひ思へど、心にえ止めぬものにて、亡せぬ。
しばしこそ、「さのたまひしものを」など、情けつくれど、うはべこそあれ、つらきこと多かり。とあるもかかるも世の道理なれば、身一つの憂きことにて、嘆き明かし暮らす。ただ、この河内守のみぞ、昔より好き心ありて、すこし情けがりける。
「あはれにのたまひ置きし、数ならずとも、思し疎までのたまはせよ」
など追従し寄りて、いとあさましき心の見えければ、
「憂き宿世ある身にて、かく生きとまりて、果て果ては、めづらしきことどもを聞き添ふるかな」と、人知れず思ひ知りて、人にさなむとも知らせで、尼になりにけり。
ある人びと、いふかひなしと、思ひ嘆く。守も、いとつらう、
「おのれを厭ひたまふほどに。残りの御齢は多くものしたまふらむ。いかでか過ぐしたまふべき」
などぞ、あいなのさかしらやなどぞ、はべるめる。