源氏物語・総角(あげまき)巻の和歌31首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。
内訳:12(薫=柏木の子)、7(匂宮=今上三宮)、5(八宮長女=通称大君)、4(八宮次女=中の君)、1×3(宰相の中将、衛門督、宮大夫)※最初と最後
即答 | 16首 | 40字未満 |
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応答 | 3首 | 40~100字未満 |
対応 | 8首 | ~400~1000字+対応関係文言 |
単体 | 4首 | 単一独詠・直近非対応 |
※分類について和歌一覧・総論部分参照。
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上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
原文 (定家本校訂) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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653 贈 |
あげまきに 長き契りを 結びこめ 同じ所に 縒りも会はなむ |
〔薫〕総角に 末長い契りを 結びこめて 一緒になって 会いたいものです |
654 答 |
ぬきもあへず もろき涙の 玉の緒に 長き契りを いかが結ばむ |
〔八宮長女:通称大君〕貫き止めることもできない もろい涙の 玉の緒に 末長い契りを どうして結ぶことができましょう |
655 贈 |
山里の あはれ知らるる 声々に とりあつめたる 朝ぼらけかな |
〔薫〕山里の 情趣が思い知られます 鳥の声々に あれこれと思いがいっぱいになる 朝け方ですね |
656 答 |
鳥の音も 聞こえぬ山と 思ひしを 世の憂きことは 訪ね来にけり |
〔八宮長女:女君〕鳥の声も 聞こえない山里と 思っていましたが 人の世の辛さは 後を追って来るものですね |
657 贈 |
おなじ枝を 分きて染めける 山姫に いづれか深き 色と問はばや |
〔薫〕同じ枝を 分けて染めた 山姫を どちらが深い 色と尋ねましょうか |
658 答 |
山姫の 染むる心は わかねども 移ろふ方や 深きなるらむ |
〔八宮長女〕山姫が 染め分ける心は わかりませんが 色変わりしたほうに 深い思いを寄せているのでしょう |
659 贈 |
女郎花 咲ける大野を ふせぎつつ 心せばくや しめを結ふらむ |
〔匂宮:今上三宮〕女郎花が 咲いている大野に 人を入れまいと どうして心狭く 縄を張り廻らしなさるのか |
660 答 |
霧深き 朝の原の 女郎花 心を寄せて 見る人ぞ見る |
〔薫〕霧の深い 朝の原の 女郎花は 深い心を寄せて 知る人だけが見るのです |
661 贈 |
しるべせし 我やかへりて 惑ふべき 心もゆかぬ 明けぐれの道 |
〔薫〕道案内をした わたしがかえって 迷ってしまいそうです 満ち足りない気持ちで帰る 明け方の暗い道を |
662 答 |
かたがたに くらす心を 思ひやれ 人やりならぬ 道に惑はば |
〔八宮長女:通称大君〕それぞれに 思い悩むわたしの気持ちを 思ってみてください 自分勝手に 道にお迷いならば |
663 贈:独 |
世の常に 思ひやすらむ 露深き 道の笹原 分けて来つるも |
〔匂宮→八宮次女:中君〕世にありふれたことと 思っていらっしゃるのでしょうか 露の深い 道の笹原を 分けて来たのですが |
664 贈 |
小夜衣 着て馴れきとは 言はずとも かことばかりは かけずしもあらじ |
〔薫〕小夜衣を 着て親しくなったとは 言いませんが いいがかりくらいは つけないでもありません |
665 答 |
隔てなき 心ばかりは 通ふとも 馴れし袖とは かけじとぞ思ふ |
〔八宮長女:通称大君〕隔てない 心だけは 通い合いましょうとも 馴れ親しんだ仲などとは おっしゃらないでください |
666 贈 |
中絶えむ ものならなくに 橋姫の 片敷く袖や 夜半に濡らさむ |
〔匂宮〕中が切れようと するのでないのに あなたは 独り敷く袖は 夜半に濡らすことだろう |
667 答 |
絶えせじの わが頼みにや 宇治橋の 遥けきなかを 待ちわたるべき |
〔八宮次女:中君〕切れないようにと わたしは信じては 宇治橋の 遥かな仲を ずっとお待ち申しましょう |
668 唱 |
いつぞやも 花の盛りに 一目見し 木のもとさへや 秋は寂しき |
〔宰相の中将=蔵人少将(全集):夕霧の子〕 いつだったか 花の盛りに 一目見た 木のもとまでが 秋はお寂しいことでしょう |
669 唱 |
桜こそ 思ひ知らすれ 咲き匂ふ 花も紅葉も 常ならぬ世を |
〔薫〕桜は知っているでしょう 咲き匂う 花も紅葉も 常ならぬこの世を |
670 唱 |
いづこより 秋は行きけむ 山里の 紅葉の蔭は 過ぎ憂きものを |
〔衛門督:脇役〕どこから 秋は去って行くのでしょう 山里の 紅葉の蔭は 立ち去りにくいのに |
671 唱 |
見し人も なき山里の 岩垣に 心長くも 這へる葛かな |
〔宮大夫:脇役〕お目にかかったことのある方も 亡くなった山里の 岩垣に 気の長く 這いかかっている蔦よ |
672 唱 |
秋はてて 寂しさまさる 木のもとを 吹きな過ぐしそ 峰の松風 |
〔匂宮〕秋が終わって 寂しさがまさる 木のもとを あまり烈しく吹きなさるな、 峰の松風よ |
673 贈:独 |
若草の ね見むものとは 思はねど むすぼほれたる 心地こそすれ |
〔匂宮→女一の宮〕若草のように 美しいあなたと共寝をしてみようとは 思いませんが 悩ましく晴れ晴れしない 気がします |
674 贈 |
眺むるは 同じ雲居を いかなれば おぼつかなさを 添ふる時雨ぞ |
〔匂宮〕眺めているのは 同じ空なのに どうしてこうも 会いたい気持ちを つのらせる時雨なのか |
675 答 |
霰降る 深山の里は 朝夕に 眺むる空も かきくらしつつ |
〔八宮次女:中君〕霰が降る 深山の里は 朝夕に 眺める空も かき曇っております |
676 贈 |
霜さゆる 汀の千鳥 うちわびて 鳴く音悲しき 朝ぼらけかな |
〔薫〕霜が冷たく凍る 汀の千鳥が 堪えかねて寂しく 鳴く声が悲しい、 明け方ですね |
677 答 |
暁の 霜うち払ひ 鳴く千鳥 もの思ふ人の 心をや知る |
〔八宮次女:中君〕明け方の 霜を払って 鳴く千鳥も 悲しんでいる人の 心が分かるのでしょうか |
678 独 |
かき曇り 日かげも見えぬ 奥山に 心をくらす ころにもあるかな |
〔薫〕かき曇って 日の光も見えない 奥山で 心を暗くする 今日このごろだ |
679 独 |
くれなゐに 落つる涙も かひなきは 形見の色を 染めぬなりけり |
〔薫〕紅色に 落ちる涙が 何にもならないのは 形見の喪服の色を 染めないことだ |
680 独 |
おくれじと 空ゆく月を 慕ふかな つひに住むべき この世ならねば |
〔薫〕後れまいと 空を行く月が 慕われる いつまでも住んでいられない この世なので |
681 独 |
恋ひわびて 死ぬる薬の ゆかしきに 雪の山にや 跡を消なまし |
〔薫〕恋いわびて 死ぬ薬が 欲しいゆえに 雪の山に分け入って 跡を晦ましてしまいたい |
682 贈 |
来し方を 思ひ出づるも はかなきを 行く末かけて なに頼むらむ |
〔八宮次女:中君〕過ぎ去ったことを 思い出しても 頼りないのに 将来まで どうして当てになりましょう |
683 答 |
行く末を 短きものと 思ひなば 目の前にだに 背かざらなむ |
〔匂宮〕将来が 短いものと 思ったら せめてわたしの前だけでも 背かないでほしい |