紫の上の和歌全23首(贈10、答9、独詠2、唱和2)。贈歌が多く能動的女性と言える(絶対数では最大。割合で上回るのは六条御息所のみ)。
相手内訳:源氏16.1、(斎宮・独詠)2 (朱雀院・明石・花散里)1 (明石姫君・中務の君=紫付女房)0.1、唱和を0.1とした。
源氏と最も歌を詠む女性。しかし巻最多は須磨・若菜上・御法各3首がせいぜいで薄く広い(明石の君は明石巻6首、浮舟は対照的に厚く短く浮舟巻13首)。
紫上が源氏以外に詠んだ斎宮・明石・花散里は著者が重きを置いた特別な女性と言える。斎宮=梅壺は絵合筆頭に伊勢物語との架橋を象徴している(独自)。
最後そこにしか出てこない明石姫君(養女)と源氏との唱和で締めくくられるのは、子を産めなかったことが大きいという表現だろう。
原文 (定家本) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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若紫 1/25首 |
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69 答 |
かこつべき ゆゑを知らねば おぼつかな いかなる草の ゆかりなるらむ |
〔源氏→〕 恨み言を言われる理由が分かりません わたしはどのような方のゆかりなのでしょう |
葵 1/24首 |
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111 答 |
千尋とも いかでか知らむ 定めなく 満ち干る潮の のどけからぬに |
〔源氏→〕千尋も深い愛情を誓われてもどうして分りましょう 満ちたり干いたり定めない潮のようなあなたですもの |
賢木(さかき) 1/33首 |
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151 答 |
風吹けば まづぞ乱るる 色変はる 浅茅が露に かかるささがに |
〔源氏→〕風が吹くとまっ先に乱れて色変わりするはかない浅茅生の露の上に 糸をかけてそれを頼りに生きている蜘蛛のようなわたしですから |
須磨 3/48首 |
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173 答 |
別れても 影だにとまる ものならば 鏡を見ても 慰めてまし |
〔源氏→〕お別れしてもせめて影だけでもとどまっていてくれるものならば 鏡を見て慰めることもできましょうに |
186 答 |
惜しからぬ 命に代へて 目の前の 別れをしばし とどめてしがな |
〔源氏→〕惜しくもないわたしの命に代えて、今のこの 別れを少しの間でも引きとどめて置きたいものです |
193 贈:独 |
浦人の 潮くむ袖に 比べ見よ 波路へだつる 夜の衣を |
〔源氏←〕あなたのお袖とお比べになってみてください 遠く波路を隔てた都で独り袖を濡らしている夜の衣と |
明石 2/30首 |
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218 贈:独 |
浦風や いかに吹くらむ 思ひやる 袖うち濡らし 波間なきころ |
〔源氏←〕須磨の浦ではどんなに激しく風が吹いていることでしょう 心配で袖を涙で濡らしている今日このごろです |
232 答 |
うらなくも 思ひけるかな 契りしを 松より波は 越えじものぞと |
〔源氏→〕固い約束をしましたので、何の疑いもなく信じておりました 末の松山のように、心変わりはないものと |
澪標(みおつくし) 1/17首 |
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252 贈 |
思ふどち なびく方には あらずとも われぞ煙に 先立ちなまし |
〔源氏←〕愛しあっている同士が同じ方向になびいているのとは違って わたしは先に煙となって死んでしまいたい |
絵合(えあわせ) 1/9首 |
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276 贈 |
一人ゐて 嘆きしよりは 海人の住む かたをかくてぞ 見るべかりける |
〔源氏←〕独り都に残って嘆いていた時よりも、海人が住んでいる 干潟を絵に描いていたほうがよかったわ |
薄雲(うすぐも) 1/10首 |
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303 贈 |
舟とむる 遠方人の なくはこそ 明日帰り来む 夫と待ち見め |
〔源氏←〕あなたをお引き止めするあちらの方がいらっしゃらないのなら 明日帰ってくるあなたと思ってお待ちいたしましょうが |
朝顔 1/13首 |
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318 贈 |
氷閉ぢ 石間の水は 行きなやみ 空澄む月の 影ぞ流るる |
〔源氏←〕氷に閉じこめられた石間の遣水は流れかねているが 空に澄む月の光はとどこおりなく西へ流れて行く |
乙女/少女 1/16首 |
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337 答 |
風に散る 紅葉は軽し 春の色を 岩根の松に かけてこそ見め |
〔斎宮→〕風に散ってしまう紅葉は心軽いものです、春の変わらない色を この岩にどっしりと根をはった松の常磐の緑を御覧になってほしいものです |
初音 1/6首 |
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353 答 |
曇りなき 池の鏡に よろづ代を すむべき影ぞ しるく見えける |
〔源氏→〕一点の曇りのない池の鏡に幾久しくここに 住んで行くわたしたちの影がはっきりと映っています |
胡蝶 1/14首 |
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364 贈 |
花園の 胡蝶をさへや 下草に 秋待つ虫は うとく見るらむ |
〔斎宮←〕花園の胡蝶までを下草に隠れて 秋を待っている松虫はつまらないと思うのでしょうか |
若菜上 3/24首 |
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463 独 |
目に近く 移れば変はる 世の中を 行く末遠く 頼みけるかな |
〔+源氏〕眼のあたりに変われば変わる二人の仲でしたのに 行く末長くとあてにしていましたとは |
468 答 |
背く世の うしろめたくは さりがたき ほだしをしひて かけな離れそ |
〔朱雀院→〕お捨て去りになったこの世が御心配ならば 離れがたいお方を無理に離れたりなさいますな |
473 独 |
身に近く 秋や来ぬらむ 見るままに 青葉の山も 移ろひにけり |
〔+源氏〕身近に秋が来たのかしら、見ているうちに 青葉の山のあなたも心の色が変わってきたことです |
若菜下 2/18首 |
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487 唱 |
住の江の 松に夜深く 置く霜は 神の掛けたる 木綿鬘かも |
〔紫上+明石姫君+中務の君=紫付女房〕住吉の浜の松に夜深く置く霜は 神様が掛けた木綿鬘でしょうか |
495 贈 |
消え止まる ほどやは経べき たまさかに 蓮の露の かかるばかりを |
〔源氏←〕露が消え残っている間だけでも生きられましょうか たまたま蓮の露がこうしてあるほどの命ですから |
御法(みのり) 3/12首 |
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552 贈 |
惜しからぬ この身ながらも かぎりとて 薪尽きなむ ことの悲しさ |
〔明石←〕惜しくもないこの身ですが、これを最後として 薪【命の火種】の尽きることを思うと悲しうございます |
554 贈 |
絶えぬべき 御法ながらぞ 頼まるる 世々にと結ぶ 中の契りを |
〔花散里←〕これが最後と思われます法会ですが、頼もしく思われます 生々世々にかけてと結んだあなたとの縁を |
556 唱 |
おくと見る ほどぞはかなき ともすれば 風に乱るる 萩のうは露 |
〔紫上+源氏+明石姫組〕起きていると見えますのも暫くの間のこと ややもすれば風に吹き乱れる萩の上露のようなわたしの命です |