玉鬘の和歌全21首(贈3、答17+1※)。
相手内訳:源氏11、蛍宮3、冷泉院2、玉鬘乳母※・兵部の君(乳母の娘)・右近・夕霧・柏木=6×1 ※蔵人少将(夕霧息子)?
玉鬘の特徴は徹底した受動性。自分から贈った三首は全て源氏への歌で、他の男には自分からは贈っていない。玉鬘は髭黒の妻となったが、髭黒が贈った二首に対し一度も歌を返していない。
※さらに通説によると玉鬘の和歌は20首(全集6・595~596p)だが、これに加え玉鬘巻冒頭339「岸し方も」を玉鬘の和歌とし21首とした。
これは玉鬘が筑紫に出発する際の「二人」の歌で、これを通説は玉鬘ではない姉妹とされてきたが、後の唱和343「行く先も」と明確にパラレルになっている(上の句の符合「来し方も行方も知らぬ沖に出でて」「行く先も見えぬ波路に舟出して」、共に唱和的舟歌)ことから、339「来し方も」も玉鬘の歌と認定でき、そうすると行き(玉鬘乳母、玉鬘)、帰り(玉鬘乳母娘、玉鬘)という対比になる。この符合で玉鬘巻出だしの舟歌を脇役姉妹の歌と認定することは不合理ではないか。象徴性を全く軽んじている。
なお、源氏没後の第三部・竹河612「今日ぞ知る」について、通説は中将のおもとという脇役女房の代作と認定してきたところ(旧大系:中将御許、新大系:中将の御許の代作であろう)、全集は「中将(原文ママ)が蔵人少将に同情しているわりにはそっけない。別の女房の作か」と疑問を呈しており、個人的には直後の「あな、いとほし。戯れにのみも取りなすかななど言へど、うるさがりて書き変へず」から、女主人の玉鬘と見る余地があると思うが、そうすると玉鬘の歌が第三部でここだけ出現することや、全体でも22首になり明石の君に並んでしまうことから、とりあえず含めなかったが悩ましい認定。
原文 (定家本) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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玉鬘(たまかずら) 4/14首※ |
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339 唱:答 |
来し方も 行方も知らぬ 沖に出でて あはれいづくに 君を恋ふらむ |
〔玉鬘乳母:太宰少弐の妻+玉鬘 ×姉妹(通説)〕 来た方角もこれから進む方角も分からない沖に出て ああどちらを向いて女君を恋い求めたらよいのでしょう |
343 唱:答 |
行く先も 見えぬ波路に 舟出して 風にまかする 身こそ浮きたれ |
〔兵部の君:太宰少弐の娘(全集)+玉鬘〕 行く先もわからない波路に舟出して 風まかせの身の上こそ頼りないことです |
346 答 |
初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ |
〔右近→〕昔のことは知りませんが、今日お逢いできた 嬉し涙でこの身まで流れてしまいそうです |
348 答 |
数ならぬ 三稜や何の 筋なれば 憂きにしもかく 根をとどめけむ |
〔源氏→〕物の数でもないこの身はどうして 三稜のようにこの世に生まれて来たのでしょう |
胡蝶 2/14首 |
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368 答 |
今さらに いかならむ世か 若竹の 生ひ始めけむ 根をば尋ねむ |
〔源氏→〕今さらどんな場合にわたしの 実の親を探したりしましょうか |
370 答 |
袖の香を よそふるからに 橘の 身さへはかなく なりもこそすれ |
〔源氏→〕懐かしい母君とそっくりだと思っていただくと わたしの身までが同じようにはかなくなってしまうかも知れません |
蛍 3/8首 |
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373 答 |
声はせで 身をのみ焦がす 蛍こそ 言ふよりまさる 思ひなるらめ |
〔蛍兵部卿宮→〕声には出さずひたすら身を焦がしている螢の方が 口に出すよりもっと深い思いでいるでしょう |
375 答 |
あらはれて いとど浅くも 見ゆるかな 菖蒲もわかず 泣かれける根の |
〔蛍兵部卿宮→〕きれいに見せていただきましてますます浅く見えました わけもなく泣かれるとおっしゃるあなたのお気持ちは |
379 答 |
古き跡を 訪ぬれどげに なかりけり この世にかかる 親の心は |
〔源氏→〕昔の本を捜して読んでみましたが、おっしゃるとおり ありませんでした。この世にこのような親心の人は |
常夏 1/4首 |
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381 答 |
山賤の 垣ほに生ひし 撫子の もとの根ざしを 誰れか尋ねむ |
〔源氏→〕山家の賤しい垣根に生えた撫子のような わたしの母親など誰が尋ねたりしましょうか |
篝火(かがりび) 1/2首 |
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385 答 |
行方なき 空に消ちてよ 篝火の たよりにたぐふ 煙とならば |
〔源氏→〕果てしない空に消して下さいませ 篝火とともに立ち上る煙とおっしゃるならば |
野分(のわき) 1/4首 |
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387 贈 |
吹き乱る 風のけしきに 女郎花 しをれしぬべき 心地こそすれ |
〔源氏←〕吹き乱す風のせいで女郎花は 萎れてしまいそうな気持ちがいたします |
行幸(みゆき) 1/9首 |
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392 贈 |
うちきらし 朝ぐもりせし 行幸には さやかに空の 光やは見し |
〔源氏←〕雪が散らついて朝の間の行幸では はっきりと日の光は見えませんでした |
藤袴 3/8首 |
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400 答 |
尋ぬるに はるけき野辺の 露ならば 薄紫や かことならまし |
〔夕霧→〕尋ねてみて遥かに遠い野辺の露だったならば 薄紫のご縁とは言いがかりでしょう |
402 答 |
惑ひける 道をば知らず 妹背山 たどたどしくぞ 誰も踏み見し |
〔柏木→〕事情をご存知なかったとは知らず どうしてよいか分からないお手紙を拝見しました |
406 答 |
心もて 光に向かふ 葵だに 朝おく霜を おのれやは消つ |
〔蛍宮→〕自分から光に向かう葵でさえ 朝置いた霜を自分から消しましょうか |
真木柱(まきばしら) 4/21首 |
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408 答 |
みつせ川 渡らぬさきに いかでなほ 涙の澪の 泡と消えなむ |
〔源氏→〕三途の川を渡らない前に何とかしてやはり 涙の流れに浮かぶ泡のように消えてしまいたいものです |
418 答 |
いかならむ 色とも知らぬ 紫を 心してこそ 人は染めけれ |
〔冷泉院→〕どのようなお気持ちからとも存じませんでした この紫の色は、深いお情けから下さったものなのですね |
420 答 |
香ばかりは 風にもつてよ 花の枝に 立ち並ぶべき 匂ひなくとも |
〔冷泉院→〕香りだけは風におことづけください 美しい花の枝に並ぶべくもないわたしですが |
422 答 |
眺めする 軒の雫に 袖ぬれて うたかた人を 偲ばざらめや |
〔源氏→〕物思いに耽りながら軒の雫に袖を濡らして どうしてあなた様のことを思わずにいられましょうか |
若菜上 1/24首 |
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461 贈 |
若葉さす 野辺の小松を 引き連れて もとの岩根を 祈る今日かな |
〔源氏←〕若葉が芽ぐむ野辺の小松を引き連れて 育てて下さった元の岩根を祝う今日の子の日ですこと |
竹河 0/24首※ |
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612 代答 |
今日ぞ知る 空を眺むる けしきにて 花に心を 移しけりとも |
〔蔵人少将←(→大君)玉鬘?:大君母 ?「中将のおもとの代作であろう」(新大系。集成同旨)全集「別の女房の作か」「大君の侍女」〕 今日こそ分かりました、空を眺めているようなふりをして 花に心を奪われていらしたのだと |