源氏物語・手習(てならい)巻の和歌28首を抜粋一覧化し、現代語訳と歌い手を併記、原文対訳の該当部と通じさせた。
内訳:12(浮舟)、8(中将=妹尼の娘婿)、7(妹尼=横川僧都の妹)、1(薫=頭中将の孫)※最初と最後
即答 | 7首 | 40字未満 |
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応答 | 9首 | 40~100字未満 |
対応 | 9首 | ~400~1000字+対応関係文言 |
単体 | 3首 | 単一独詠・直近非対応 |
※分類について和歌一覧・総論部分参照。
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上下の句に分割したバージョン。見やすさに応じて。
なお、付属の訳はあくまで通説的理解の一例なので、訳が原文から離れたり対応していない場合、より精度の高い訳を検討されたい。
原文 (定家本校訂) |
現代語訳 (渋谷栄一) |
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767 独 |
身を投げし 涙の川の 早き瀬を しがらみかけて 誰れか止めし |
〔八宮三女:通称浮舟〕涙ながらに身を投げた あの川の 早い流れを 堰き止めて 誰がわたしを救い上げたのでしょう |
768 独 |
我かくて 憂き世の中に めぐるとも 誰れかは知らむ 月の都に |
〔浮舟〕わたしがこのように 嫌なこの世に 生きているとも 誰が知ろうか、 あの月が照らしている都の人で |
769 贈 |
あだし野の 風になびくな 女郎花 我しめ結はむ 道遠くとも |
〔中将:妹尼の娘婿→浮舟〕浮気な 風に靡くなよ、 女郎花 わたしのものとなっておくれ、 道は遠いけれども |
770 代答 |
移し植ゑて 思ひ乱れぬ 女郎花 憂き世を背く 草の庵に |
〔妹尼:横川僧都の妹〕ここに移し植えて 困ってしまいました 女郎花です 嫌な世の中を逃れた この草庵で |
771 贈 |
松虫の 声を訪ねて 来つれども また萩原の 露に惑ひぬ |
〔中将→浮舟〕松虫の 声を尋ねて 来ましたが 再び萩原の 露に迷ってしまいました |
772 代答 |
秋の野の 露分け来たる 狩衣 葎茂れる 宿にかこつな |
〔妹尼〕秋の野原の 露を分けて来たため 濡れた狩衣は 葎の茂った わが宿のせいになさいますな |
773 代贈 |
深き夜の 月をあはれと 見ぬ人や 山の端近き 宿に泊らぬ |
〔妹尼代作(浮舟)〕夜更けの 月をしみじみと 御覧にならない方が 山の端に近い この宿にお泊まりになりませんか |
774 答 |
山の端に 入るまで月を 眺め見む 閨の板間も しるしありやと |
〔中将→浮舟〕山の端に 隠れるまで月を 眺ましょう その効あって お目にかかれようかと |
775 贈 |
忘られぬ 昔のことも 笛竹の つらきふしにも 音ぞ泣かれける |
〔中将〕忘れられない 昔の人のことや つれない人のことにつけ 声を立てて泣いてしまいました |
776 答 |
笛の音に 昔のことも 偲ばれて 帰りしほども 袖ぞ濡れにし |
〔妹尼〕笛の音に 昔のことも 偲ばれまして お帰りになった後も 袖が濡れました |
777 独 |
はかなくて 世に古川の 憂き瀬には 尋ねも行かじ 二本の杉 |
〔浮舟〕はかないままに この世に つらい思いをして生きているわが身はあの古川に 尋ねて行くことはいたしません、 二本の杉のある |
778 答:独 |
古川の 杉のもとだち 知らねども 過ぎにし人に よそへてぞ見る |
〔妹尼〕あなたの昔の人のことは 存じませんが わたしはあなたを亡くなった娘と 思っております |
779 独 |
心には 秋の夕べを 分かねども 眺むる袖に 露ぞ乱るる |
〔浮舟〕わたしには 秋の情趣も 分からないが 物思いに耽るわが袖に 露がこぼれ落ちる |
780 贈 |
山里の 秋の夜深き あはれをも もの思ふ人は 思ひこそ知れ |
〔中将〕山里の 秋の夜更けの 情趣を 物思いなさる方は ご存知でしょう |
781 答 |
憂きものと 思ひも知らで 過ぐす身を もの思ふ人と 人は知りけり |
〔浮舟〕情けない 身の上とも分からずに 暮らしているわたしを 物思う人だと 他人が分かるのですね |
782 独 |
なきものに 身をも人をも 思ひつつ 捨ててし世をぞ さらに捨てつる |
〔浮舟〕死のうと わが身をも人をも 思いながら 捨てた世を さらにまた捨てたのだ |
783 独 |
限りぞと 思ひなりにし 世の中を 返す返すも 背きぬるかな |
〔浮舟〕最期と 思い決めた 世の中を 繰り返し 背くことになったわ |
784 贈 |
岸遠く 漕ぎ離るらむ 海人舟に 乗り遅れじと 急がるるかな |
〔中将〕岸から遠くに 漕ぎ離れて行く 海人舟に わたしも乗り後れまいと 急がれる気がします |
785 答 |
心こそ 憂き世の岸を 離るれど 行方も知らぬ 海人の浮木を |
〔浮舟〕心は 厭わしい世の中を 離れたが その行く方もわからず 漂っている海人の浮木です |
786 贈 |
木枯らしの 吹きにし山の 麓には 立ち隠すべき 蔭だにぞなき |
〔妹尼〕木枯らしが 吹いた山の 麓では もう姿を隠す 場所さえありません |
787 答 |
待つ人も あらじと思ふ 山里の 梢を見つつ なほぞ過ぎ憂き |
〔中将〕待っている人も いないと思う 山里の 梢を見ながらも やはり素通りしにくいのです |
788 贈:独 |
おほかたの 世を背きける 君なれど 厭ふによせて 身こそつらけれ |
〔中将→浮舟〕一般の 俗世間をお捨てになった あなた様ですが わたしをお厭いなさるのにつけ、 つらく存じられます |
789 独 |
かきくらす 野山の雪を 眺めても 降りにしことぞ 今日も悲しき |
〔浮舟〕降りしきる 野山の雪を 眺めていても 昔のことが 今日も悲しく思い出される |
790 贈 |
山里の 雪間の若菜 摘みはやし なほ生ひ先の 頼まるるかな |
〔妹尼〕山里の 雪の間に生えた若菜を 摘み祝っては やはりあなたの将来が 期待されます |
791 答 |
雪深き 野辺の若菜も 今よりは 君がためにぞ 年も摘むべき |
〔浮舟〕雪の深い 野辺の若菜も 今日からは あなた様のために 長寿を祈って摘みましょう |
792 独 |
袖触れし 人こそ見えね 花の香の それかと匂ふ 春のあけぼの |
〔浮舟〕袖を触れ合った 人の姿は見えないが、 花の香が あの人の香と同じように匂って来る、 春の夜明けよ |
793 独 |
見し人は 影も止まらぬ 水の上に 落ち添ふ涙 いとどせきあへず |
〔薫〕あの人は 跡形もとどめず、 身を投げたその川の面にいっしょに 落ちるわたしの涙が ますます止めがたいことよ |
794 独 |
尼衣 変はれる身にや ありし世の 形見に袖を かけて偲ばむ |
〔浮舟〕尼衣に 変わった身の上で、 昔の 形見としてこの華やかな衣装を身に つけて、今さら昔を偲ぼうか |