(旧)大系:301段
新大系:282段、新編全集:282段
(以上全て三巻本系列本。しかし後二本の構成は2/3が一致せず混乱を招くので、以後は最も索引性に優れ三巻本理論の根本たる『(旧)大系』に準拠すべきと思う)
(旧)全集=能因本:280段
三月ばかり、物忌しにとて、かりそめなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどのはかばかしからぬ中に、柳といひて、例のやうになまめかしはあらず、ひろく見えてにくげなるを、「あらぬものなめり」といへど、「かかるもあり」などいふに、
♪28
さかしらに 柳の眉の ひろごりて
春のおもてを 伏する宿かな
とこそ見ゆれ。
その頃、またおなじ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれまさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどしも、仰せごとのあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君いとをかしげに書い給へり。
♪29
いかにして 過ぎにしかたを 過ぐしけむ
くらしわづらふ 昨日今日かな
となむ。私(わたくし)には、「今日しも千年の心地するに、あかつきにはとく」とあり。この君の宣ひたらむだにをかしかるべきに、まして、仰せごとのさまはおろかならぬ心地すれば、
♪30
雲の上も くらしかねける 春の日を
所がらとも ながめつるかな
私(わたくし)には、「今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」とて、あかつきにまゐりたれば、「昨日の返し、『かねける』いとにくし。いみじうそしりき」と仰せらる、いとわびし。まことにさることなり。