更級日記の和歌一覧。90首。うち連歌1(47-48)。リンクで原文の該当箇所に通じさせた。
蜻蛉日記311首、和泉式部日記は147首に比して少なく、絶対数で見れば、和歌最盛期は過ぎたことを窺わせる。
紫式部日記は18首だが、宮中のことを記した公的日記で、蜻蛉や和泉のような純粋な私的生活を記したものではないが、本日記では宮仕えの内容が含まれ、かつその部分は13首であり、内容でも歌数でも紫式部日記的な要素を持つと言える。本日記にも源氏・源氏とあり無関係ではないだろう。
さらに、道綱母・和泉式部・紫式部はいずれも百人一首に入選しているが、本日記は定家の写本があるにもかかわらず、百人一首に入選していない。
字余りがやたら目についたことも関係あるかどうか。
第1部 上洛 | |
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1 |
朽ちもせぬ この川柱 のこらずは 昔のあとを いかで知らまし |
2 |
まどろまじ 今宵ならでは いつか見む くろとの浜の あきの夜の月 |
3 |
嵐こそ 吹き来ざりけれ 宮路山 まだもみぢ葉の ちらでのこれる |
第2部 家居 | |
4 |
頼めしを なほや待つべき 霜枯れし 梅をも春は 忘れざりけり |
5 |
なほ頼め 梅の立ち枝は 契りおかぬ 思ひのほかの 人も訪ふなり |
6 |
散る花も また来む春は 見もやせむ やがて別れし 人ぞこひしき |
7 |
とりべ山 たにに煙の もえ立たば はかなく見えし われと知らなむ |
8 |
時ならず ふる雪かとぞ ながめまし 花たちばなの 薫らざりせば |
9 |
いづくにも 劣らじものを わが宿の 世をあきはつる けしきばかりは |
10 |
さくと待ち 散りぬとなげく 春はただ わが宿がほに 花を見るかな |
11 |
あかざりし 宿の桜を 春くれて 散りがたにしも 一目みしかな |
12 |
ちぎりけむ 昔の今日の ゆかしさに 天の川波 うち出でつるかな |
13 |
立ち出づる 天の川辺の ゆかしさに 常はゆゆしき ことも忘れぬ |
14 |
笛の音の ただ秋風と 聞こゆるに などをぎの葉の そよと答へぬ |
15 |
をぎの葉の 答ふるまでも 吹き寄らで ただに過ぎぬる 笛の音ぞ憂き |
16 |
匂ひくる 隣の風を 身にしめて ありし軒端の 梅ぞこひしき |
17 |
うづもれぬ かばねを何に たづねけむ 苔の下には 身こそなりけれ |
18 |
ふるさとに かくこそ人は 帰りけれ あはれいかなる 別れなりけむ |
19 |
かき流す あとはつららに とぢてけり なにを忘れぬ かたみとか見む |
20 |
なぐさむる かたもなぎさの 浜千鳥 なにかうき世に あともとどめむ |
21 |
昇りけむ 野辺は煙も なかりけむ いづこをはかと たづねてか見し |
22 |
そこはかと 知りてゆかねど 先に立つ 涙ぞ道の しるべなりける |
23 |
住みなれぬ 野辺の笹原 あとはかも なくなくいかに たづねわびけむ |
24 |
見しままに もえし煙は つきにしを いかがたづねし 野辺の笹原 |
25 |
雪降りて まれの人めも たえぬらむ 吉野の山の みねのかけみち |
26 |
あくる待つ 鐘の声にも 夢さめて 秋のもも夜の 心地せしかな |
27 |
暁を なにに待ちけむ 思ふこと なるとも聞かぬ 鐘の音ゆゑ |
28 |
たたくとも 誰かくひなの くれぬるに 山路を深く たづねてはこむ |
29 |
奥山の 石間の水を むすびあげ てあかぬものとは 今のみや知る |
30 |
山の井の しづくににごる 水よりも こはなほあかぬ 心地こそすれ |
31 |
山の端に 入日の影は 入りはてて 心細くぞ ながめやられし |
32 |
誰に見せ たれに聞かせむ 山里の この暁も をちかへる音も |
33 |
都には 待つらむものを ほととぎす 今日ひねもすに 鳴き暮らすかな |
34 |
山深く 誰か思ひは おこすべき 月見る人は 多からめども |
35 |
深き夜に 月見るをりは 知らねども まづ山里ぞ 思ひやらるる |
36 |
秋の夜の つかこひかぬる 鹿の音は 遠山にこそ 聞くべかりけれ |
37 |
まだ人め 知らぬ山辺の 松風も 音してかへる ものとこそ聞け |
38 |
思ひ知る 人に見せばや 山里の 秋の夜深き 有明の月 |
39 |
苗代の 水かげばかり 見えし田の かりはつるまで 長居しにけり |
40 |
水さへぞ すみたえにける 木の葉ちる あらしの山の 心細さに |
41 |
契りおきし 花の盛りを つげぬかな 春やまだ来ぬ 花やにほはぬ |
42 |
竹の葉の そよぐ夜毎に 寝さめして 何ともなきに 物ぞ悲しき |
43 |
いづことも 露のあはれは わかれじを あさぢが原の 秋ぞ悲しき |
44 |
あさくらや 今は雲居に 聞くものを なほ木のまろが 名のりをやする |
45 |
思ふこと 心にかなふ 身なりせば 秋の別れを ふかく知らまし |
46 |
かけてこそ 思はざりしか この世にて しばしも君に 別るべしとは |
47 | 花見に行くと 君を見るかな |
48 | 千ぐさなる 心ならひに 秋の野の |
49 |
秋をいかに 思ひ出づらむ 冬深み 嵐にまどふ 荻の枯葉は |
50 |
とどめおきて 我がごと物や 思ひけむ 見るに悲しき こしのびの森 |
51 |
こしのびを 聞くにつけても 止めおきし ちちぶの山の つらきあづまぢ |
52 |
涙さへ ふりはへつつぞ 思ひやる 嵐ふくらむ 冬の山里 |
53 |
わけてとふ 心のほどの 見ゆるかな 木かげをぐらき 夏のしげりを |
54 |
かかる世も ありけるものを 限りとて 君に別れし 秋はいかにぞ |
55 |
思ふこと かなはずなぞと いとひこし 命のほども 今ぞうれしき |
56 |
思ひ出でて 人こそとはね 山里の まがきの荻に 秋風は吹く |
第3部 宮仕え | |
57 |
年はくれ 夜はあけ方の 月影の 袖にうつれる 程ぞはかなき |
58 |
いくちたび 水の田ぜりを つみしかば 思ひしことの つゆもかなはぬ |
59 |
天のとを 雲ゐながらも よそに見て 昔のあとを こふる月かな |
60 |
月もなく 花も見ざりし 冬の夜の 心にしみて 恋しきやなぞ |
61 |
さえし衣の 氷は袖に まだとけで 冬の夜ながら 音をこそは泣け |
62 |
わがごとぞ 水の浮寝に あかしつつ うは毛の霜を はらひわぶなる |
63 |
まして思へ 水のかりねの ほどだにぞ 上毛の霜を はらひわびける |
64 |
冬枯の しののをすすき 袖たゆみ まねきもよせじ 風にまかせむ |
65 |
浅緑 花もひとつに 霞みつつ おぼろに見ゆる 春の夜の月 |
66 |
こよひより のちの命の もしもあらば さは春の夜を かたみと思はむ |
67 |
人はみな 春に心を 寄せつめり われのみや見む 秋の夜の月 |
68 |
なにさまで 思ひ出でけむ なほざりの この葉にかけし 時雨ばかりを |
69 |
かしまみて なるとの浦に こがれ出づる 心はえきや 磯のあま人 |
第4部 物詣で | |
70 |
逢坂の 関のせき 風吹く声は 昔聞きしに かはらざりけり |
71 |
音にのみ 聞き渡り来し 宇治川の あじろの浪も 今日ぞかぞふる |
72 |
奥山の 紅葉の錦 ほかよりも いかにしぐれて 深く染めけむ |
73 |
谷川の 流は雨と 聞ゆれど ほかよりけなる 有明の月 |
74 |
初瀬川 たちかへりつつ たづぬれば 杉のしるしも この度や見む |
75 |
ゆくへなき 旅の空にも おくれぬは 都にて見し 有明の月 |
第5部 晩年 | |
76 |
絶えざりし 思ひも今は 絶えにけり 越のわたりの 雪の深さに |
77 |
白川の 雪の下なる さざれ石の 中のおもひは 消えむものかは |
78 |
里遠み あまり奥なる 山路には 花見にとても 人来ざりけり |
79 |
しげかりし うき世の事も 忘られず 入りあひの鐘の 心細さに |
80 |
袖濡るる 荒磯波と 知りながら ともにかづきを せしぞ恋しき |
81 |
荒磯は あされど何の かひなくて うしほに濡るる あまの袖かな |
82 |
みるめおふる 浦にあらずば 荒磯の 浪間かぞふる あまもあらじを |
83 |
夢さめて 寝覚の床の 浮くばかり 恋ひきとつげよ 西へ行く月 |
84 |
いかにいひ 何にたとへて 語らまし 秋の夕の 住吉の浦 |
85 |
あるる海に 風より先に 舟出して いしづの浪と 消えなましかば |
86 |
月もいでで やみに暮れたる をばすてに なにとてこよひ 尋ね来つらむ |
87 |
今は世に あらじものとや 思ふらむ あはれ泣く泣く なほこそはふれ |
88 |
ひまもなき 涙にくもる こころにも あかしと見ゆる 月の影かな |
89 |
しげりゆく よもぎが露に そぼちつつ 人にとはれぬ 音をのみぞ泣く |
90 |
世のつねの 宿のよもぎを 思ひやれ そむきはてたる 庭の草むら |