平家物語の歌一覧、和歌100首(上下句の短連歌3含む)。今様等の他形式を含めると106。
伝本大別2種のうち、語り本系(のうち灌頂巻を含む一方流系諸本=覚一本=かくいちぼん)では和歌100首程度、読み本系(延慶本、長門本)では160~250首と違いがでる。ここでは語り本一方流系の米沢本(旧林泉文庫蔵『平家物語』)の和歌98首を原文とリンクさせ、これに流布する覚一本2首(巻第四)を補い100首とした。
連歌・漢詩・75調の今様等が合わせて9つ入るが、それらは前半の六巻までにしかない。12巻末尾の六代、灌頂巻の六道など、六は平家において要。
巻第一 |
||
---|---|---|
1 | 1 |
有明の 月も明かしの 浦風に 浪ばかりこそ よると見えしか |
2 | 2 |
雲居より ただもりきたる 月なれば おぼろげにては 言はじとぞ思ふ |
3 | 3 |
うきふしに しづみもやらで 河竹の よにためしなき 名をや流さん |
4 | 4 |
思ひきや うき身ながらに めぐりきて 同じ雲居の 月を見んとは |
5 | 今1 |
君をはじめて 見る折は 千代も経ぬべし 姫小松 御前の池なる 亀岡に 鶴こそ群れゐて 游ぶめれ |
6 | 5 |
もえ出づる もかるるも同じ 野辺の草 いづれか秋に あはではつべき |
7 | 今2 |
仏も昔は 凡夫なり 我等もつひには 仏なり いづれも仏性 具せる身を 隔つるのみこそ 悲しけれ |
8 | 6 |
桜花 賀茂の川風 うらむなよ ちるをばえこそ とどめざりけれ |
9 | 7 |
深山木の その梢とも 見えざりし 桜は花に あらはれにけり |
巻第二 |
||
10 | 8 |
みちのくの 阿古屋の松に 木がくれて いづべき月の 出でもやらぬか |
11 | 9 |
祈り来し 我が立つ杣の 引きかへて 人なき峰と なりやはてなむ |
12 | 10 |
つひにかく 背きはてける 世の中を とく捨てざりし ことぞ悔しき |
13 | 今3 |
よろづの仏の 願よりも 千手の誓ひぞ 頼もしき 枯れたる草木も 忽ちに 花咲き実生る とこそ聞け |
14 | 11 |
ちはやぶる 神に祈りの しげければ などか都へ 帰らざるべき |
15 | 12 |
薩摩方 沖の小島に 我ありと 親には告げよ 八重の潮風 |
16 | 13 |
思ひやれ しばしと思ふ 旅だにも なほふるさとは 恋しきものを |
巻第三 |
||
17 |
桃李不言春幾暮 煙霞無跡昔誰栖 (桃李言はず春幾くか暮れぬる、 煙霞跡無し昔誰か栖みけん) |
|
18 | 14 |
ふるさとの はなのものいふ よなりせば いかに昔の 事をとはまし |
19 | 15 |
ふるさとの 軒の板間に 苔むして 思ひしほどは もらぬ月かな |
巻第四 |
||
20 | 16 |
雲居より 落ちくる滝の 白糸に 契りを結ぶ 事ぞうれしき |
21 | 17 |
立ち帰る 名残もありの 浦なれば 神も恵を かくるしら波 |
22 | 18 |
千年へむ 君が齢に 藤波の 松の枝にも かかりぬるかな |
補 | 19 |
しらなみの 衣の袖を しぼりつゝ 君ゆへにこそ 立ちもまはれね |
補 | 20 |
おもひやれ 君が面かげ たつ浪の よせくるたびに ぬるゝたもとを |
23 | 21 |
恋しくば 来ても見よかし 身にそふる かげをばいかが はなちやるべき |
24 | 22 |
山法師 おりのべ衣 うすくして 恥をばえこそ かくさざりけれ |
25 | 23 |
おりのべを 一きれも得ぬ 我らさへ うす恥をかく 数に入るかな |
26 | 24 |
伊勢武者は みなひをどしの 鎧着て 宇治の網代に 懸かりぬるかな |
27 | 25 |
埋もれ木の 花さくことも なかりしに 身のなる果てぞ 悲しかりける |
28 | 26 |
人知れず 大内山の 山守は 木隠れてのみ 月を見るかな |
29 | 27 |
のぼるべき たよりなき身は 木の本に しゐを拾ひて 世を渡るかな |
30 | 28 | ほととぎす 名をも雲居に あぐるかな |
31 | 連1 | ゆみはり月の いるに任せて |
32 | 29 | 五月闇 名をあらはせる 今宵かな |
33 | 連2 | たそかれ時も 過ぎぬと思ふに |
巻第五 |
||
34 | 30 |
百年を 四かへりまでに 過ぎ来にし おたぎの里の 荒れや果てなん |
35 | 31 |
開き出づる 花の都を ふり捨てて 風ふく原の 末ぞあやふき |
36 | 32 |
待つ宵の ふけゆく鐘の 声聞けば 帰る朝の 鳥はものかは |
37 | 今4 |
ふるき都を きてみれば 浅茅が原とぞ 荒れにける 月の光は 隈なくて 秋風のみぞ 身にはしむ |
38 | 33 |
ものかはと 君が言ひけん 鳥の音の 今朝しもなどか 悲しかるらん |
39 | 34 |
待たばこそ ふけゆく鐘も つらからめ あかぬ別れの 鳥の音ぞうき |
40 | 曲1 |
七尺の 屏風は 高くとも 躍らばなどか 越えざらん 一条の 羅綾は 強くとも 曳かばなどか 絶えざらん |
41 | 35 |
あづま路の 草ばを分けん 袖よりも たたぬ袂の 露ぞこぼるる |
42 | 36 |
別れ路を 何かなげかん 越えてゆく 関も昔の あとと思へば |
43 | 37 |
ひらやなる 宗盛いかに 騒ぐらん 柱と頼む 亮を落として |
44 | 38 |
富士川の 瀬々の岩こす 水よりも 早くも落つる 伊勢へいじかな |
45 | 39 |
富士川に 鎧は捨てつ 墨染めの 衣ただきよ 後の世のため |
46 | 40 |
忠清は 逃げの馬にぞ 乗りてける 上総しりがひ かけてかひなし |
巻第六 |
||
47 | 41 |
聞くたびに めづらしければ 不如帰 いつもは 常の心地こそすれ |
48 | 42 |
常に見し 君が御幸を けふとへば かへらぬ旅と 聞くぞ悲しき |
49 | 43 |
雲の上に 行くすゑ遠く 見し月の 光消えぬと 聞くぞ悲しき |
50 | 44 |
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで |
51 | 45 |
思ひかね 心はそらに 陸奥の ちかの塩竃 ちかきかひなし |
52 | 46 |
玉章を いまは手にだに とらじとや さこそ心に 思ひ捨つとも |
53 | 47 | いもが子は はふほどにこそ なりにけれ |
54 | 連3 | ただもりとりて やしなひにせよ |
55 | 48 |
夜なきすと ただもりたてよ 末の代に きよくさかふる こともこそあれ |
巻第七 |
||
56 | 49 |
ちはやぶる 神に祈りの かなへばや しるくも色の あらはれにけり |
57 | 50 |
平らかに 花咲く宿も 年経れば 西へ傾く 月とこそ見れ |
58 | 51 |
いかにせん 藤の末葉の 枯れゆくを ただ春の日に まかせてやみん |
59 | 52 |
さざ浪や 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな |
60 | 53 |
あかずして 別るる君が 名残をば 後の形見に つつみてぞおく |
61 | 54 |
呉竹の 筧の水は かはれども なほすみあかぬ 宮の中かな |
62 | 55 |
あはれなり 老木若木も 山桜 おくれ先だち 花は残らじ |
63 | 56 |
旅衣 よなよな袖を かた敷きて 思へば我は 遠くゆきなん |
64 | 57 |
はかなしな 主は雲居に 別るれば 宿は煙と 立ちのぼるかな |
65 | 58 |
故郷を 焼野の原と かへりみて 末も煙の 波路をぞ行く |
巻第八 |
||
66 | 59 |
一声は 思ひ出でなほ ほととぎす 老その森の 夜半の昔を |
67 | 60 |
籠の内も なほうらやまし 山がらの 身のほど隠す 夕顔の宿 |
68 | 61 |
住み馴れし ふるき都の 恋しさは 神も昔に 思ひしるらむ |
69 | 62 |
世の中の うさには神も なきものを 心づくしに なに祈るらん |
70 | 63 |
さりともと 思ふ心も 虫の音も 弱り果てぬる 秋の暮れかな |
71 | 64 |
月を見し 去年の今夜の 友のみや 都に我を 思ひ出づらん |
72 | 65 |
恋しとよ 去年のこよひの 夜もすがら 契りし人の 思ひ出でられて |
73 | 66 |
わけてこし 野辺の露とも 消えずして 思はぬ里の 月を見るかな |
巻第九 |
||
74 | 67 |
今日までも あればあるかの 我が身かは 夢のうちにも 夢を見るかな |
75 | 68 |
人知れず そなたをしのぶ 心をば かたぶく月に たぐへてぞやる |
76 | 69 |
もののふの とり伝へたる 梓弓 ひいては人の かへすものかは |
77 | 70 |
ゆき暮れて 木のしたかげを 宿とせば 花やこよひの あるじならまし |
78 | 71 |
わが恋は ほそ谷川の まろき橋 ふみかへされて 濡るる袖かな |
79 | 72 |
ただ頼め ほそ谷川の まろき橋 ふみかへしては 落ちざらめやは |
巻第十 |
||
80 | 73 |
いづくとも 知らぬあふせの 藻塩草 かきおく跡を かたみともみよ |
81 | 74 |
涙川 うき名を流す 身なりとも いまひとたびの 逢瀬ともがな |
82 | 75 |
君ゆゑに 我もうき名を 流すとも そこのみくづと ともになりなん |
83 | 76 |
逢ふことも 露の命も もろともに 今宵ばかりや 限りなるらん |
84 | 77 |
限りとて たち別るれば 露の身の 君より先に 消えぬべきかな |
85 | 78 |
旅の空 はにふの小屋の いぶせさに ふる里いかに 恋ひしかるらむ |
86 | 79 |
故郷も 恋ひしくもなし 旅の空 都もつひの すみかならねば |
87 | 80 |
いかにせん 都の春も をしけれど なれし吾妻の 花や散るらん |
88 | 81 |
をしからぬ 命なれども 今日までに つれなき甲斐の 白根をも見つ |
89 | 82 |
そるまでは 恨みしかども 梓弓 まことの道に 入るぞうれしき |
90 | 83 |
そるとても 何か恨みん 梓弓 ひきとどむべき 心ならねば |
91 | 84 |
君すめば ここも雲居の 月なれど なほ恋しきは 都なりけり |
巻第十一 |
||
92 | 85 |
ながむれば ぬるる袂に 宿りけり 月よ雲居の 物語りせよ |
93 | 86 |
雲の上に 見しにかはらぬ 月影の すむにつけても ものぞかなしき |
94 | 87 |
我が身こそ あかしの浦に 旅寝せめ 同じ波にも 宿る月かな |
95 | 88 |
八雲たつ 出雲八重がき つまごめに 八重がきつくる その八重垣を |
96 | 89 |
都をば 今日を限りの せき水に また逢坂の かげやうつさん |
巻第十二 |
||
97 | 90 |
せきかねて 涙のかかる 唐衣 のちの形見に ぬぎぞかへぬる |
98 | 91 |
ぬぎかふる 衣も今は 何かせむ 今日を限りの 形見と思へば |
99 | 92 |
帰りこん 事はかた田に 引く網の 目にもたまらぬ 我が涙かな |
灌頂巻 |
||
100 | 93 |
ほととぎす 花橘の 香をとめて 鳴くは昔の 人や恋ひしき |
101 | 94 |
岩根ふみ 誰かはとはん 楢の葉の そよぐは鹿の 渡るなりけり |
102 | 95 |
池水に 汀の桜 散りしきて 波の花こそ 盛りなりけれ |
103 | 96 |
思ひきや 深山の奥に すまひして 雲居の月を よそに見んとは |
104 | 97 |
このごろは いつ習ひてか わが心 大宮人の 恋しかるらん |
105 | 98 |
いにしへも 夢になりにし 事なれば 柴のあみ戸も ひさしからじな |
106 | 99 |
いにしへは 月にたとへし 君なれど その光なき 深山辺の里 |
107 | 100 |
いざさらば 涙くらべん ほととぎす 我もうき世に 音をのみぞ泣く |