♪♀中興の近江介がむすめ
♪浄蔵大徳(62段の祈祷師。三善清行の八男)
♪♪思ふ人
中興の近江介がむすめ、
もののけにわづらひて、
浄蔵大徳を験者にしけるほどに、人とかくいひけり。
なほしも、はたあらざりけり。
しのびてあり経て、人のものいひなども、うたてあり。
なほ世にあり経じと思ひて、失せにけり。
鞍馬といふ所にこもりて、いみじう行ひをり。
さすがに、いと恋しうおぼえけり。
京を思ひやりつつ、よろづのこと、いとあはれにおぼえて行ひけり。
泣く泣くうちふして、かたはらを見れば、文なむ見えける。
なぞの文ぞと思ひとりて見れば、このわが思ふ人の文なり。
書けることは、
♪156
すみぞめの くらまの山に 入る人は
たどるたどるも かへり来ななむ
と書けり。
いとあやしく、たれしておこせつらむと思ひをり。
もて来べきたよりもおぼえず、いとあやしかりければ、
またひとり、まどひ来にけり。
さて、おこせたりける。
♪157
からくして 思ひわするる 恋しさを
うたて鳴きつる うぐひすの声
返し、
♪158
さても君 わすれけりかし うぐひすの
鳴くをりのみや 思ひいづべき
となむいへりける。
また、浄蔵大徳、
♪159
わがために つらき人をば おきながら
なにの罪なき 世をや恨みむ
ともいひけり。
この女は、になくかしづきて、
みこたち、上達部よばひ給へど、
帝に奉らむとてあはせざりけれど、
このこといできにければ、親も見ずなりにけり。