♪♀大納言の娘
内舎人
昔、大納言の、娘いとうつくしうて持ち給うたりけるを、
帝に奉らむとて、かしづき給ひけるを、
殿に近う仕うまつりける内舎人にてありける人、いかでか見けむ、この娘を見てけり。
顔かたち、いとうつくしげなるを見て、
よろづのことおぼえず、心にかかりて、夜昼いとわびしく、病になりておぼえければ、
「せちに聞こえさすべきことなむある」
と言ひわたりければ、
「あやし、なにごとぞ」
と言ひて出でたりけるを、
さる心まうけして、ゆくりなくかき抱きて、馬に乗せて、
陸奥国へ、夜ともいはず、昼ともいはず、逃げて往にけり。
安積の郡、安積山といふ所に庵を作りて、この女をすゑて、
里に出でて物などは求めて来つつ食はせて、年月を経てありへけり。
この男往ぬれば、ただひとり物も食はで山中にゐたれば、かぎりなくわびしかりけり。
かかるほどに、はらみにけり。
この男、物求めに出でにけるままに、三四日来ざりければ、
待ちわびて立ち出でて、山の井に行きて影を見れば、わがありしかたちにもあらず、あやしきやうになりにけり。
鏡もなければ、顔のなりたらむやうも知らでありけるに、にはかに見れば、いと恐ろしげなりたりけるを、いとはづかしと思ひけり。
さて、よみたりける。
♪261
あさか山 影さへ見ゆる 山の井の
浅くは人を 思ふものかは
とよみて、木に書きつけて、庵に来て死にけり。
男、物など求めて持て来て、死にて臥せりければ、いとあさましと思ひけり。
山の井なりける歌を見て帰り来て、これを思ひ死にに、かたはらに臥せりて死にけり。
世の古ごとになむありける。