♪♪兼盛(平兼盛:三十六歌仙)
♀閑院の三のみこの御むすこ=むすめ(争いあり。[源重之(全集)or源兼信(全訳注)]の娘)
♀黒塚のあるじ=恒忠の君の妻(未詳)
おなじ兼盛、
陸奥国にて、閑院の三のみこの御むすこにありける人、黒塚といふ所にすみけり、
そのむすめどもに、おこせたりける。
♪78
みちのくの 安達が原の 黒塚に
鬼こもれりと 聞くはまことか
といひたりけり。
かくて、
「そのむすめをえむ」といひければ、
親、
「まだいと若くなむある。
いまさるべからむをりにを」
といひければ、
京にいくとて、山吹につけて、
♪79
花ざかり すぎもやすると かはづなく
井手の山吹 うしろめたしも
といひけり。
かくて、名取の御湯といふことを、
恒忠の君の妻、詠みたりけるといふなむ、
この黒塚のあるじなりける。
♪80
大空の 雲のかよひ路 見てしかな
とりのみゆけば あとはかもなし
となむよみたりけるを
兼盛のおほきみ聞きて、おなじ所を、
♪81
塩竃の 浦にはあまや 絶えにけむ
などすなどりの 見ゆる時なき
となむよみける。
さて、この心かけしむすめ、
こと男して、京にのぼりたりければ、
聞きて、兼盛、
「のぼりものし給ふなるを告げ給はせで」
といひたりければ、
「井手の山吹うしろめたしも」といへりける文を、
「これなむ陸奥国のつと」とておこせたりければ、
男、
♪82
年を経て ぬれわたりつる 衣手を
今日の涙に くちやしぬらむ
といへりける。