大和物語 和歌一覧 295首

登場人物 大和物語
和歌一覧
原文全文

 
 大和物語の和歌一覧295首。原文該当箇所と通じさせた。

 

 最初の和歌は伊勢の御。先頭が女性の歌は950年代本物語以前皆無で以降も女性作品にしかなく、日本初あるいは世界初の女性編纂歌集とみなしてよいと思う(全くの独自説だが文脈それ自体に多角的根拠があり、男性著者説は自説(文脈から離れた一般的評価)を積み重ねた推論に基づく)。


 伊勢の語の歌は二箇所しかないが、先頭と和歌最多段の先頭という枢要に出て、著者と無関係に見れない。

 このような構造的配置の存在を一切知らず、従って学者の誰もがページフッター部に示す古今集の構造的な先頭の配置も認知できないまま注釈文献を羅列し、冗長な観念論を展開してきた和歌解釈論は、一般人を煙に巻いて職域確保に走る貴族的自己満足論の域を出ない。

 大和物語の成立は950年頃とされ、この歌物語の影響は1000年頃の源氏物語にも色濃く出る。特に紫式部日記1でも出る女郎花と白露がセットにされる歌(29段)は和歌の骨太の理解として本物語では特に重要。手に入れた女の涙かな、と宴席でのたまった右大臣に眉をひそめた内容(よからぬは忘れにけり)。白露は(女の)涙とした端的によからぬとした先例を知ってか知らずか、紫式部の女郎花・白露で一夫多妻の道長の仏の如き恩恵とみなす、どこまでも男本位の観念論が幅を利かせている。
 

大和物語~和歌数の推移
1段 弘徽殿の壁 2
2段 旅寝の夢 1
3段 千々の色 3
4段 玉くしげ 1
5段 忍び音 1
6段 はかなき空 1
7段 あかぬ別れ 1
8段 一夜めぐりの君 2
9段 秋のはて 2
10段 昨日の淵 1
11段 住の江の松 2
12段 春の夜の夢 1
13段 泣く泣く忍ぶ 2
14段 池の玉藻 1
15段 夜の白玉 1
16段 忘れ草 2
17段 なびく尾花 2
18段 草の葉 1
19段 夕されば 2
20段 桂の皇女 1
21段 もりの下草 2
22段 染革の色 1
23段 山水の音 1
24段 君松山 1
25段 ちとせの松 1
26段 忍ぶ恋 1
27段 なほ憂き山 1
28段 霧の中 2
29段 をみなへし 1
30段 ふけゐの浦 1
31段 見果てぬ夢 1
32段 武蔵野の草 2
33段 常磐木 1
34段 この花 1
35段 大内山 1
36段 呉竹 1
37段 花咲く春 1
38段 消え行く帆 1
39段 朝顔の露 1
40段 ほたる 1
41段 源大納言 1
42段 庭の霜 2
43段 横川 2

 

44段 ぬれごろも 2
45段 心の闇 1
46段 いそのかみ 2
47段 奥山のもみぢ 1
48段 春日の影 1
49段 宿の菊 2
50段 木高き峰 1
51段 花の色 2
52段 深き心 1
53段 鹿の鳴く音 1
54段 帰らぬ旅 1
55段 限りと聞けど 1
56段 もと来し駒 2
57段 山里の住居 1
58段 黒塚 5
59段 うさは離れぬ 1
60段 燃ゆる思ひ 1
61段 藤の花 2
62段 宿世 2
63段 峰のあらし 1
64段 忘らるな 1
65段 玉すだれ 4
66段 いなおほせ鳥 1
67段 雨もる宿 1
68段 葉守の神 2
69段 狩ごろも 1
70段 やまもも 3
71段 山桜 2
72段 池の鏡 1
73段 待つとてさへも 1
74段 宿の桜 1
75段 越の白山 1
76段 川千鳥 1
77段 明石の浦 2
78段 うちつけに 1
79段 須磨の浦 1
80段 ふるさとの花 1
81段 忘れじと 1
82段 栗駒山 1
83段 わが守る床 1
84段 誓ひし命 1
85段 うつせ貝 1
86段 若菜つみ 2
87段 別れ路の雪 2

 

88段 紀の国の旅 2
89段 網代の氷魚 8
90段 あだ心 1
91段 扇の香 2
92段 師走のつごもり 3
93段 伊勢の海 1
94段 巣守 2
95段 越路の雪 1
96段 浪立つ浦 1
97段 月の面影 1
98段 形見の色 1
99段 小倉山 1
100段 季縄少将 1
101段 季縄少将② 1
102段 今日の別れ 1
103段 天の川 3
104段 露の身 2
105段 うぐひすの声 4
106段 荻の葉 10
107段 むかしの恋 1
108段 常夏 1
109段 牛の命 1
110段 ぬるる袖 1
111段 別れ路の川 1
112段 東の風 1
113段 井手の山吹 4
114段 たなばた 1
115段 秋の夜 2
116段 長き嘆き 1
117段 松虫の声 1
118段 浜の真砂 1
119段 死出の山 4
120段 梅の花 3
121段 笛竹 2
122段 かつがつの思ひ 2
123段 草葉の露 1
124段 さねかづら 2
125段 かささぎの橋 2
126段 水汲む女 1
127段 くれなゐの声 1
128段 さを鹿 1
129段 契りし月 1
130段 花すすき 1

 

131段 鳴かぬうぐひす 1
132段 弓張り月 2
133段 泣くを見るこそ 1
134段 あはぬ夜も 1
135段 火取り 1
136段 つれづれ 1
137段 志賀山 1
138段 沼の下草 2
139段 芥川 2
140段 敷きかへず 4
141段 浪路 4
142段 命待つ間の 3
143段 在次君 1
144段 甲斐路 3
145段 浜千鳥 2
146段 玉淵がむすめ 1
147段 生田川 11
148段 葦刈 3
149段 沖つ白浪 1
150段 猿澤の池 2
151段 紅葉の錦 2
152段 いはで思ふ 1
153段 藤袴 2
154段 ゆふつけ鳥 2
155段 安積山 1
156段 姥捨 1
157段 馬槽 1
158段 鹿の声 1
159段 雲鳥の紋 1
160段 秋萩 4
161段 小塩の山 2
162段 忘れ草 1
163段 菊の根 1
164段 かざりちまき 1
165段 つひに行く道 2
166段 女車の人 2
167段 雉雁鴨 1
168段 僧正遍照 7
169段 井手をとめ
170段 青柳の糸 2
171段 くゆる思ひ 2
172段 打出の浜 1
173段 五条の女 4

 


 

1段 弘徽殿の壁

1 別るれど あひもをしまぬ ももしきを
 見ざらむことの なにか悲しき
2 身一つに あらぬばかりを おしなべて
 行きめぐりても などか見ざらむ
 
 

2段 旅寝の夢

3 ふるさとの 旅寝の夢に 見えつるは
 うらみやすらむ またととはねば
 
 

3段 千々の色

4 千々の色に いそぎし秋は 過ぎにけり
 今は時雨に 何を染めまし
5 かたかけの 舟にや乗れる 白浪の
 さわぐ時のみ 思ひ出づる君
6 青柳の 糸うちはへて のどかなる
 春日しもこそ 思ひ出でけれ
 
 

4段 玉くしげ

7 玉くしげ ふたとせ逢はぬ 君が身を
 あけながらやは あらむと思ひ
 
 

5段 忍び音

8 わびぬれば 今はと物を 思へども
 心に似ぬは 涙なりけり
 
 

6段 はかなき空

9 たぐへやる 我が魂を いかにして
 はかなき空に もて離るらむ
 
 

7段 あかぬ別れ

10 逢ふことは 今は限りと 思へども
 涙は絶えぬ ものにぞありける
 
 

8段 一夜めぐりの君

11 逢ふことの 方はさのみぞ ふたがらむ
 ひと夜めぐりの 君と思へば
12 大澤の 池の水くき 絶えぬとも
 なにか恨みむ さがのつらさは
 
 

9段 秋のはて

13 おほかたの 秋のはてだに 悲しきに
 今日はいかでか 君くらすらむ
14 あらばこそ はじめもはても 思ほえめ
 今日にも逢はで 消えにしものを
 
 

10段 昨日の淵

15 ふるさとを かはと見つつも 渡るかな
 淵瀬ありとは むべもいひけり
 
 

11段 住の江の松

16 住の江の 松ならなくに 久しくも
 君と寝ぬ夜の なりにけるかな
17 久しくは おもほえねども 住の江の
 松やふたたび 生ひかはるらむ
 
 

12段 春の夜の夢

18 あくといへば しづ心なき 春の夜の
 夢とや君を 夜のみは見む
 
 

13段 泣く泣く忍ぶ

19 思ひきや 過ぎにし人の 悲しきに
 君さへつらく ならむものとは
20 なき人を 君が聞かくに かけじとて
 泣く泣く忍ぶ ほどな恨みそ
 
 

14段 池の玉藻

21 あらたまの 年は経ねども 猿澤の
 池の玉藻は 見つべかりけり
 
 

15段 夜の白玉

22 数ならぬ 身におく夜の 白玉は
 光見えさす ものにぞありける
 
 

16段 忘れ草

23 春の野は はるけながらも 忘れ草
 生ふるは見ゆる ものにぞありける
24 春の野に 生ひじとぞ思ふ 忘れ草
 つらき心の 種しなければ
 
 

17段 なびく尾花

25 秋風に なびく尾花は 昔見し
 たもとに似てぞ 恋しかりける
26 たもととも しのばざらまし 秋風に
 なびく尾花の おどろかさずは
 
 

18段 草の葉

27 ふるさとと 荒れにし宿の 草の葉も
 君がためとぞ まづは摘みける
 
 

19段 夕されば

28 世に経れど 恋もせぬ 身の夕されば
 すずろに物の 悲しきやなぞ
29 夕ぐれに 物思ふ時は 神無月
 われも時雨に おとらざりけり
 
 

20段 桂の皇女

30 久方の 空なる月の 身なりせば
 ゆくとも見えで 君は見てまし
 
 

21段 もりの下草

31 柏木の もりの下草 老いぬとも
 身をいたづらに なさずもあらなむ
32 柏木の もりの下草 老いのよに
 かかる思ひは あらじとぞ思ふ
 
 

22段 染革の色

33 あだ人の 頼めわたりし そめかはの
 色の深さを 見でややみなむ
 
 

23段 山水の音

34 せかなくに 絶えと絶えにし 山水の
 たれしのべとか 声を聞かせむ
 
 

24段 君松山

35 ひぐらしに 君まつ山の ほととぎす
 とはぬ時にぞ 声もをしまぬ
 
 

25段 ちとせの松

36 ぬしもなき 宿に枯れたる 松見れば
 千代すぎにける 心地こそすれ
 
 

26段 忍ぶ恋

37 それをだに 思ふこととて わが宿を
 見きとないひそ 人の聞かくに
 
 

27段 なほ憂き山

38 いまはわれ いづちゆかまし 山にても
 世の憂きことは なほも絶えぬか
 
 

28段 霧の中

39 朝霧の なかに君ます ものならば
 晴るるまにまに うれしからまし
40 ことならば 晴れずもあらなむ 秋霧の
 まぎれに見えぬ 君と思はむ
 
 

29段 をみなへし

41 をみなへし 折る手にかかる 白露は
 むかしの今日に あらぬ涙か
 
 

30段 ふけゐの浦

42 沖つ風 ふけゐの浦に 立つ浪の
 なごりにさへや われはしづまむ
 
 

31段 見果てぬ夢

43 よそながら 思ひしよりも 夏の夜の
 見はてぬ夢ぞ はかなかりける
 
 

32段 武蔵野の草

44 あはれてふ 人もあるべく むさし野の
 草とだにこそ 生ふべかりけれ
45 時雨のみ 降る山里の 木の下は
 をる人からや もりすぎぬらむ
 
 

33段 常磐木

46 立ち寄らむ 木のもともなき つたの身は
 ときはながらに 秋ぞかなしき
 
 

34段 この花

47 色ぞとは おもほえずとも この花は
 時につけつつ 思ひ出でなむ
 
 

35段 大内山

48 白雲の ここのへに立つ 峰なれば
 大内山と いふにぞありける
 
 

36段 呉竹

49 呉竹の よよのみやこと 聞くからに
 君はちとせの うたがひもなし
 
 

37段 花咲く春

50 かく咲ける 花もこそあれ わがために
 おなじ春とや いふべかりける
 
 

38段 消え行く帆

51 たまさかに とふ人あらば わたの原
 嘆きほにあげて いぬとこたへよ
 
 

39段 朝顔の露

52 おく露の ほどをも待たぬ 朝顔は
 見ずぞなかなか あるべかりける
 
 

40段 ほたる

53 つつめども かくれぬものは 夏虫の
 身よりあまれる 思ひなりけり
 
 

41段 源大納言

54 いひつつも 世ははかなきを かたみには
 あはれといかで 君に見えまし
 
 

42段 庭の霜

55 里はいふ 山にはさわぐ 白雲の
 空にはかなき 身とやなりなむ
56 朝ぼらけ わが身は庭の しもながら
 なにを種にて 心生ひけむ
 
 

43段 横川

57 まがきする ひだのたくみの たつき音の
 あなかしがまし なぞや世の中
58 なにばかり 深くもあらず 世の常の
 比叡の外山と 見るばかりなり
 
 

44段 ぬれごろも

59 のぼりゆく 山の雲居の 遠ければ
 日もちかくなる ものにぞありける
60 のがるとも たれか着ざらむ ぬれごろも
 あめのしたにし すまむかぎりは
 
 

45段 心の闇

61 人の親は 心はやみに あらねども
 子を思ふ道に まどひぬるかな
 
 

46段 いそのかみ

62 うちとけて 君は寝つらむ われはしも
 露のおきゐて 恋にあかしつ
63 白露の おきふしたれを 恋ひつらむ
 われは聞きおはず いそのかみにて
 
 

47段 奥山のもみぢ

64 おく山に 心をいれて たづねずは
 ふかきもみぢの 色を見ましや
 
 

48段 春日の影

65 大空を わたる春日の 影なれや
 よそにのみして のどけかるらむ
 
 

49段 宿の菊

66 ゆきて見ぬ 人のためにと 思はずは
 たれか折らまし わが宿の菊
67 わが宿に 色をりとむる 君なくは
 よそにもきくの 花を見ましや
 
 

50段 木高き峰

68 雲ならで 木高き 峰にゐるものは
 憂き世をそむく わが身なりけり
 
 

51段 花の色

69 おなじ枝を わきてしもおく 秋なれば
 光もつらく おもほゆるかな
70 花の色を 見ても知りなむ 初霜の
 心わきては おかじとぞ思ふ
 
 

52段 深き心

71 わたつみの ふかき心は おきながら
 恨みられぬる ものにぞありける
 
 

53段 鹿の鳴く音

72 秋の野を わくらむ鹿も わがごとや
 しげきさはりに 音をばなくらむ
 
 

54段 帰らぬ旅

73 しをりして ゆく旅なれど かりそめの
 命知らねば かへりしもせじ
 
 

55段 限りと聞けど

74 いま来むと いひてわかれし 人なれば
 かぎりと聞けど なほぞ待たるる
 
 

56段 もと来し駒

75 夕されば 道も見えねど ふるさとは
 もと来し駒に まかせてぞゆく
76 駒にこそ まかせたりけれ はかなくも
 心の来ると 思ひけるかな
 
 

57段 山里の住居

77 をちこちの 人目まれなる 山里に
 家居せむとは おもひきや君
 
 

58段 黒塚

78 みちのくの 安達が原の 黒塚に
 鬼こもれりと 聞くはまことか
79 花ざかり すぎもやすると かはづなく
 井手の山吹 うしろめたしも
80 大空の 雲のかよひ路 見てしかな
 とりのみゆけば あとはかもなし
81 塩竃の 浦にはあまや 絶えにけむ
 などすなどりの 見ゆる時なき
82 年を経て ぬれわたりつる 衣手を
 今日の涙に くちやしぬらむ
 
 

59段 うさは離れぬ

83 忘るや といでて来しかど いづくにも
 うさははなれぬ ものにぞありける
 
 

60段 燃ゆる思ひ

84 君を思ひ なまなまし身を やく時は
 けぶりおほかる ものにぞありける
 
 

61段 藤の花

85 世の中の あさき瀬に のみなりゆけば
 昨日のふぢの 花とこそ見れ
86 藤の花 色のあさくも 見ゆるかな
 うつろひにける 名残なるべし
 
 

62段 宿世

87 思ふてふ 心はことに ありけるを
 むかしの人に なにをいひけむ
88 ゆくすゑの 宿世を知らぬ 心には
 君にかぎりの 身とぞいひける
 
 

63段 峰のあらし

89 さもこそは 峰の嵐は 荒からめ
 なびきし枝を うらみてぞ来し
 
 

64段 忘らるな

90 忘らるな 忘れやしぬる 春がすみ
 今朝たちながら 契りつること
 
 

65段 玉すだれ

91 玉だれの 内とかくるは いとどしく
 かげを見せじと 思ふなりけり
92 嘆きのみ しげきみ山の ほととぎす
 木がくれゐても 音をのみぞなく
93 死ねとてや とりもあへずは やらはるる
 いといきがたき 心地こそすれ
94 われはさは 雪降る空に 消えねとや
 たちかへれども あけぬ板戸は
 
 

66段 いなおほせ鳥

95 さ夜ふけて いなおほせ鳥の なきけるを
 君がたたくと 思ひけるかな
 
 

67段 雨もる宿

96 君を思ふ ひまなく宿と 思へども
 今宵の雨は もらぬ間ぞなき
 
 

68段 葉守の神

97 わが宿を いつかは君が ならし葉の
 ならし顔には 折りにおこする
98 柏木に 葉守の神の ましけるを
 知らでぞ折りし たたりなさるな
 
 

69段 狩ごろも

99 宵々の 恋しさまさる 狩ごろも
 心づくしの ものにぞありける
 
 

70段 やまもも

100 みちのくの 安達の山も もろともに
 こえばわかれの 悲しからじを
101 賀茂川の 瀬にふす鮎の いをとりて
 寝でこそあかせ 夢に見えつや
102 篠塚の うまやうまやと 待ちわびし
 君はむなしく なりぞしにける
 
 

71段 山桜

103 咲きにほひ 風待つほどの 山ざくら
 人の世よりは 久しかりけり
104 春々の 花は散るとも 咲きぬべし
 またあひがたき 人の世ぞ憂き
 
 

72段 池の鏡

105 池はなほ むかしながらの 鏡にて
 影見し君が なきぞかなしき
 
 

73段 待つとてさへも

106 わかるべき こともあるものを ひねもすに
 待つとてさへも 嘆きつるかな
 
 

74段 宿の桜

107 宿近く うつして植ゑし かひもなく
 まちどほにのみ 見ゆる花かな
 
 

75段 越の白山

108 君がゆく 越の白山 知らずとも
 ゆくのまにまに あとはたづねむ
 
 

76段 川千鳥

109 今宵こそ 涙の川に 入るちどり
 なきてかへると 君は知らずや
 
 

77段 明石の浦

110 長き夜を あかしの浦に 焼く塩の
 けぶりは空に 立ちやのぼらぬ
111 竹取が よよに泣きつつ とどめけむ
 君は君にと 今宵しもゆく
 
 

78段 うちつけに

112 うちつけに まどふ心と 聞くからに
 なぐさめやすく おもほゆるかな
 
 

79段 須磨の浦

113 こりずまの 浦にかづかむ うきみるは
 浪さわがしく ありこそはせめ
 
 

80段 ふるさとの花

114 来て見れど 心もゆかず ふるさとの
 昔ながらの 花は散れども
 
 

81段 忘れじと

115 忘れじと 頼めし人は ありと聞く
 いひし言の葉 いづちいにけむ
 
 

82段 栗駒山

116 栗駒の 山に朝たつ 雉よりも
 かりにはあはじと 思ひしものを
 
 

83段 わが守る床

117 思ふ人 雨と降りくる ものならば
 わがもる床は かへさざらまし
 
 

84段 誓ひし命

118 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
 人の命の 惜しくもあるかな
 
 

85段 うつせ貝

119 よし思へ 海人のひろはぬ うつせ貝
 むなしき名をば 立つべしや君
 
 

86段 若菜つみ

120 今日よりは 荻のやけ 原かき分けて
 若菜つみにと たれをさそはむ
121 片岡に わらびもえずは たづねつつ
 心やりにや 若菜つままし
 
 

87段 別れ路の雪

122 山里に われをとどめて わかれぢの
 ゆくのまにまに 深くなるらむ
123 山里に 通ふこころも 絶えぬべし
 ゆくもとまるも こころぼそさに
 
 

88段 紀の国の旅

124 紀の国の むろのこほりに ゆく人は
 風の寒さも 思ひ知られじ
125 紀の国の むろのこほりに ゆきながら
 君とふすまの なきぞわびしき
 
 

89段 網代の氷魚

126 これならぬ ことをもおほく たがふれば
 恨みむ方も なくぞわびしき
127 いかでなほ 網代の氷魚に こととはむ
 何によりてか われを問はぬと
128 網代より ほかには氷魚の よるものか
 知らずは宇治の 人に問へかし
129 あけぬとて 急ぎもぞする 逢坂の
 きり立ちぬとも 人に聞かすな
130 いかにして われは消えなむ 白露の
 かへりてのちの ものは思はじ
131 垣ほなる 君が朝顔 見てしかな
 かへりてのちは ものや思ふと
132 心をし 君にとどめて 来にしかば
 もの思ふことは われにやあるらむ
133 たましひは をかしきことも なかりけり
 よろづの物は からにぞありける
 
 

90段 あだ心

134 たかくとも なににかはせむ くれ竹の
 ひと夜ふた夜の あだのふしをば
 
 

91段 扇の香

135 ゆゆしとて 忌むとも今は かひもあらじ
 憂きをばこれに 思ひ寄せてむ
136 ゆゆしとて 忌みけるものを わがために
 なしといはぬは たがつらきなり
 
 

92段 師走のつごもり

137 もの思ふ と月日のゆくも 知らぬまに
 今年は今日に はてぬとか聞く
138 いかにして かく思ふてふ ことをだに
 人づてならで 君に聞かせむ
139 今日そへに 暮れざらめやはと 思へども
 たへぬは人の 心なりけり
 
 

93段 伊勢の海

140 伊勢の海の 千尋の浜に ひろふとも
 今はかひなく おもほゆるかな
 
 

94段 巣守

141 なき人の 巣守にだにも なるべきを
 いまはとかへる 今日の悲しさ
142 巣守にと 思ふ心は とどむれど
 かひあるべくも なしとこそ聞け
 
 

95段 越路の雪

143 白山に 降りにしゆきの あとたえて
 いまはこしぢの 人も通はず
 
 

96段 浪立つ浦

144 浪の立つ かたも知らねど わたつみの
 うらやましくも おもほゆるかな
 
 

97段 月の面影

145 かくれにし 月はめぐりて いでくれど
 影にも人は 見えずぞありける
 
 

98段 形見の色

146 ぬぐをのみ 悲しと思ひし なき人の
 かたみの色は またもありけり
 
 

99段 小倉山

147 小倉山 峰のもみぢ 葉心あらば
 いまひとたびの みゆき待たなむ
 
 

100段 季縄少将

148 散りぬれば くやしきものを 大井川
 岸の山吹 今日さかりなり
 
 

101段 季縄少将②

149 くやしくぞ のちにあはむと 契りける
 今日をかぎりと いはましものを
 
 

102段 今日の別れ

150 ゆく人は そのかみ来むと いふものを
 心細しや 今日のわかれは
 
 

103段 天の川

151 ももしきの 袂のかずは 見しかども
 わきて思ひの 色ぞこひしき
152 あまの川 空なるものと 聞きしかど
 わが目のまへの 涙なりけり
153 世をわぶる 涙ながれて はやくとも
 あまの川には さやはなるべき
 
 

104段 露の身

154 恋しさに 死ぬる命を 思ひいでて
 問ふ人あらば なしとこたへよ
155 からにだに われ来たりてへ 露の身の
 消えばともにと 契りおきてき
 
 

105段 うぐひすの声

156 すみぞめの くらまの山に 入る人は
 たどるたどるも かへり来ななむ
157 からくして 思ひわするる 恋しさを
 うたて鳴きつる うぐひすの声
158 さても君 わすれけりかし うぐひすの
 鳴くをりのみや 思ひいづべき
159 わがために つらき人をば おきながら
 なにの罪なき 世をや恨みむ
 
 

106段 荻の葉

160 荻の葉の そよぐごとにぞ 恨みつる
 風にうつりて つらき心を
161 あさくこそ 人は見るらめ 関川の
 絶ゆる心は あらじとぞ思ふ
162 関川の 岩間をくぐる みづあさみ
 絶えぬべくのみ 見ゆる心を
163 夜な夜なに いづと見しかど はかなくて
 入りにし月と いひてやみなむ
164 忘らるる 身はわれからの あやまちに
 なしてだにこそ 君を恨みね
165 ゆゆしくも おもほゆるかな 人ごとに
 うとまれにける 世にこそありけれ
166 忘らるる ときはの山の 音をぞなく
 秋野の虫の 声にみだれて
167 なくなれど おぼつかなくぞ おもほゆる
 声聞くことの 今はなければ
168 雲居にて よをふるころは さみだれの
 あめのしたにぞ 生けるかひなき
169 ふればこそ 声も雲居に 聞こえけめ
 いとどはるけき 心地のみして
 
 

107段 むかしの恋

170 あふことの 願ふばかりに なりぬれば
 ただにかへしし 時ぞ恋しき
 
 

108段 常夏

171 かりそめに 君がふし見し 常夏の
 ねもかれにしを いかで咲きけむ
 
 

109段 牛の命

172 わが乗りし ことをうしとや 消えにけむ
 草にかかれる 露の命は
 
 

110段 ぬるる袖

173 大空は くもらずながら 神無月
 年のふるにも 袖はぬれけり
 
 

111段 別れ路の川

174 この世には かくてもやみぬ 別れ路の
 淵瀬をたれに 問ひてわたらむ
 
 

112段 東の風

175 こち風は 今日ひぐらしに 吹くめれど
 雨もよにはた よにもあらじな
 
 

113段 井手の山吹

176 むかし着て なれしをすれる 衣手を
 あなめづらしと よそに見しかな
177 もろともに 井手の里こそ 恋しけれ
 ひとりをり憂き 山吹の花
178 大空も ただならぬかな 神無月
 われのみしたに しぐると思へば
179 あふことの なみの下草 みがくれて
 しづ心なく 音こそ泣かるれ
 
 

114段 たなばた

180 袖をしも かさざりしかど 七夕の
 あかぬわかれに ひちにけるかな
 
 

115段 秋の夜

181 秋の夜を 待てと頼めし 言の葉
 今もかかれる 露のはかなさ
182 秋もこず 露もおかねど 言の葉
 わがためにこそ 色かはりけれ
 
 

116段 長き嘆き

183 長けくも 頼みけるかな 世の中を
 袖に涙の かかる身をもて
 
 

117段 松虫の声

184 露しげみ 草のたもとを 枕にて
 君まつむしの 音をのみぞなく
 
 

118段 浜の真砂

185 むかしより 思ふ心は ありそ海
 の浜のまさごは かずも知られず
 
 

119段 死出の山

186 からくして 惜しみとめたる 命もて
 あふことをさへ やまむとやする
187 もろともに いざとはいはで 死出の山
 などかはひとり こえむとはせし
188 あかつきは なくゆふつけの わび声に
 おとらぬ音をぞ なきてかへりし
189 あかつきの ねざめの耳に 聞きしかど
 鳥よりほかの 声はせざりき
 
 

120段 梅の花

190 おそくとく つひに咲きける 梅の花
 たが植ゑおきし 種にかあるらむ
191 いかでかく 年きりもせぬ 種もがな
 荒れゆく庭の かげと頼まむ
192 花ざかり 春は見に来む 年きりも
 せずといふ種は 生ひぬとか聞く
 
 

121段 笛竹

193 笛竹の ひと夜も君と 寝ぬ時は
 ちぐさの声に 音こそ泣かるれ
194 ちぢの音は ことばのふきか 笛竹の
 こちくの声も 聞こえこなくに
 
 

122段 かつがつの思ひ

195 あひ見ては わかるることの なかりせば
 かつがつものは 思はざらまし
196 いかなれば かつがつものを 思ふらむ
 なごりもなくぞ われは悲しき
 
 

123段 草葉の露

197 草の葉に かかれるつゆの 身なればや
 心うごくに 涙おつらむ
 
 

124段 さねかづら

198 春の野に みどりにはへる さねかづら
 わが君ざねと 頼むいかにぞ
199 ゆくすゑの 宿世も知らず わがむかし
 契りしことは おもほゆや君
 
 

125段 かささぎの橋

200 かささぎの わたせる橋の 霜の上を
 夜半にふみわけ ことさらにこそ
201 わが宿の ひとむらすすき うら若み
 むすび時にには まだしかりけり
 
 

126段 水汲む女

202 むばたまの わが黒髪は 白川の
 みづはくむまで なりにけるかな
 
 

127段 くれなゐの声

203 鹿の音は いくらばかりの くれなゐぞ
 ふりいづるからに 山のそむらむ
 
 

128段 さを鹿

204 わたつみの なかにぞ立てる さを鹿は
 秋の山辺や そこに見ゆらむ
 
 

129段 契りし月

205 人を待つ 宿はくらくぞ なりにける
 契りし月の うちに見えねば
 
 

130段 花すすき

206 秋風の 心やつらき 花すすき
 吹きくるかたを まづそむくらむ
 
 

131段 鳴かぬうぐひす

207 春はただ 昨日ばかりを うぐひすの
 かぎれるごとも 鳴かぬ今日かな
 
 

132段 弓張り月

208 照る月を 弓張りと しもいふことは
 山べをさして いればなりけり
209 白雲の このかたにしも おりゐるは
 天つ風こそ 吹きてきつらし
 
 

133段 泣くを見るこそ

210 思ふらむ 心のうちは 知らねども
 泣くを見るこそ 悲しかりけれ
 
 

134段 あはぬ夜も

211 あかでのみ 経ればなるべし あはぬ夜も
 あふ夜も人を あはれとぞ思ふ
 
 

135段 火取り

212 たき物の くゆる心は ありしかど
 ひとりはたえて 寝られざりけり
 
 

136段 つれづれ

213 さわぐなる うちにもものは 思ふなり
 わがつれづれを なににたとへむ
 
 

137段 志賀山

214 かりにのみ 来る君待つと ふりいでつつ
 鳴くしが山は 秋ぞ悲しき
 
 

138段 沼の下草

215 かくれ沼の 底の下草 みがくれて
 知られぬ恋は くるしかりけり
216 みがくれに かくるばかりの 下草は
 長からじとも おもほゆるかな
 
 

139段 芥川

217 人をとく あくた川てふ 津の国の
 なにはたがはぬ 君にぞありける
218 来ぬ人を まつの葉に ふる白雪の
 消えこそかへれ あはぬ思ひに
 
 

140段 敷きかへず

219 敷きかへず ありしながらに 草枕
 塵のみぞゐる 払ふ人なみ
220 草枕 塵払ひには からころも
 袂ゆたかに たつを待てかし
221 唐衣 たつを待つ 間のほどこそは
 わがしきたへの 塵も積らめ
222 御狩する くりこま山の 鹿よりも
 独寝る身(夜)ぞ わびしかりける
 
 

141段 浪路

223 夜はにいでて 月だに見ずは あふことを
 知らずがほにも いはましものを
224 花すすき 君がかたにぞ なびくめる
 思はぬ山の 風はふけども
225 身を憂しと 思ふ心の こりねばや
 人をあはれと 思ひそむらむ
226 ふたり来し 道とも見えぬ 浪の上を
 思ひかけでも かへすめるかな
 
 

142段 命待つ間の

227 ありはてぬ 命待つまの ほどばかり
 憂きことしげく 嘆かずもがな
228 かかる香の 秋もはからず にほひせば
 春恋してふ ながめせましや
229 思へども かひなかるべみ しのぶれば
 つれなきともや 人の見るらむ
 
 

143段 在次君

230 忘れなむと 思ふ心の 悲しきは
 憂きも憂からぬ ものにぞありける
 
 

144段 甲斐路

231 わたつうみと 人や見るらむ あふことの
 なみだをふさに 泣きつめつれば
232 いつはとは わかねどたえて 秋の夜ぞ
 身のわびしさは 知りまさりける
233 かりそめの ゆきひぢとぞ 思ひしを
 いまはかぎりの 門出なりける
 
 

145段 浜千鳥

234 浜千鳥 とびゆくかぎり ありければ
 雲立つ山を あはとこそ見れ
235 命だに 心にかなふ ものならば
 なにかわかれの 悲しからまし
 
 

146段 玉淵がむすめ

236 あさみどり かひある春に あひぬれば
 霞ならねど 立ちのぼりけり
 
 

147段 生田川

237 すみわびぬ わが身投げてむ 津の国の
 生田の川の 名のみなりけり
238 かげとのみ 水のしたにて あひ見れど
 魂なきからは かひなかりけり
239 かぎりなく ふかくしづめる わが魂は
 浮きたる人に 見えむものかは
240 いづこにか 魂をもとめむ わたつみの
 ここかしことも おもほえなくに
241 つかのまも もろともにとぞ 契りける
 あふとは人に 見えぬものから
242 かちまけも なくてや果てむ 君により
 思ひくらぶの 山はこゆとも
243 あふことの かたみに恋ふる なよ竹の
 たちわづらふと 聞くぞ悲しき
244 身を投げて あはむと人に 契らねど
 うき身は水に かげをならべつ
245 おなじえに すみはうれしき なかなれど
 などわれとのみ 契らざりけむ
246 うかりける わがみなそこを おほかたは
 かかる契りの なからましかば
247 われとのみ 契らずながら おなじえに
 すむはうれしき みぎはとぞ思ふ
 
 

148段 葦刈

248 ひとりして いかにせましと わびつれば
 そよとも前の 荻ぞ答ふる
249 君なくて あしかりけりと 思ふにも
 いとど難波の 浦ぞすみ憂き
250 あしからじ とてこそ人の わかれけめ
 なにか難波の 浦もすみ憂き
 
 

149段 沖つ白浪

251 風吹けば 沖つしらなみ たつた山
 夜半にや君が ひとりこゆらむ
 
 

150段 猿澤の池

252 わぎもこが ねくたれ髪を 猿澤の
 池の玉藻と 見るぞかなしき
253 猿澤の 池もつらしな わぎもこが
 玉藻かづかば 水ぞひなまし
 
 

151段 紅葉の錦

254 龍田川 もみぢ葉流る 神なびの
 みむろの山に しぐれ降るらし
255 龍田川 もみぢ乱れて 流るめり
 わたらば錦 なかや絶えなむ
 
 

152段 いはで思ふ

256 いはで思ふぞ いふにまされる
 
 

153段 藤袴

257 みな人の その香にめづる ふじばかま
 君のみためと 手折りたる今日
258 折る人の 心にかよふ ふじばかま
 むべ色ことに にほひたりけり
 
 

154段 ゆふつけ鳥

259 たがみそぎ ゆふつけどりか 唐衣
 たつたの山に をりはへてなく
260 龍田川 岩根をさして ゆく水の
 ゆくへも知らぬ わがごとやなく
 
 

155段 安積山

261 あさか山 影さへ見ゆる 山の井の
 浅くは人を 思ふものかは
 
 

156段 姥捨

262 わが心 なぐさめかねつ 更級
 姥捨山に 照る月を見て
 
 

157段 馬槽

263 ふねもいぬ まかぢも見えじ 今日よりは
 うき世の中を いかでわたらむ
 
 

158段 鹿の声

264 われもしか なきてぞ人に 恋ひられし
 今こそよそに 声をのみ聞け
 
 

159段 雲鳥の紋

265 雲鳥の あやの色をも おもほえず
 人をあひ見で 年の経ぬれば
 
 

160段 秋萩

266 萩を 色どる風の 吹きぬれば
 人の心も うたがはれけり
267 の野を 色どる風は 吹きぬとも
 心はかれじ 草葉ならねば
268 大幣に なりぬ人の 悲しきは
 よるせともなく しかぞなくなる
269 なかるとも なにとか見えむ 手にとりて
 ひきけむ人ぞ 幣と知るらむ
 
 

161段 小塩の山

270 思ひあらば むぐらの宿に 寝もしなむ
 ひじき物には 袖をしつつも
271 大原や 小塩の山も 今日こそは
 神代のことを おもひいづらめ
 
 

162段 忘れ草

272 忘れ草 生ふる野辺とは 見るらめど
 こはしのぶなり のちも頼まむ
 
 

163段 菊の根

273 植ゑし植ゑば 秋なき時や 咲かざらむ
 花こそ散らめ 根さへ枯れめや
 
 

164段 かざりちまき

274 あやめ刈り 君は沼にぞ まどひける
 われは野にいでて かるぞわびしき
 
 

165段 つひに行く道

275 つれづれと いとど心の わびしきに
 けふはとはずて 暮らしてむとや
276 つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど
 きのふけふとは 思はざりしを
 
 

166段 女車の人

277 見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しきは
 あやなく今日や ながめ暮らさむ
278 見も見ずも たれと知りてか 恋ひらるる
 おぼつかなみの 今日のながめや
 
 

167段 雉雁鴨

279 いなやきじ 人にならせる かりごろも
 わが身にふれば 憂きかもぞつく
 
 

168段 僧正遍照

280 人心 うしみつ今は 頼まじよ
 夢に見ゆやと ねぞすぎにける
281 みな人は 花の衣に なりぬなり
 苔のたもとよ かはきだにせよ
282 かぎりなき 雲ゐのよそに わかるとも
 人を心に おくらさめやは
283 岩のうへに 旅寝をすれば いと寒し
 苔の衣を われにかさなむ
284 世をそむく 苔の衣は ただひとへ
 かさねばうとし いざふたり寝む
285 折りつれば たぶさにけがる たてながら
 三世の仏に 花たまつる
286 白雲の やどる峰にぞ おくれぬる
 思ひのほかに ある世なりけり
 
 

169段 井手をとめ

 
 

170段 青柳の糸

287 青柳の 糸ならねども 春風の
 吹けばかたよる わが身なりけり
288 いささめに 吹く風にやは なびくべき
 野分すぐしし 君にやはあらぬ
 
 

171段 くゆる思ひ

289 人知れぬ 心のうちに もゆる火は
 煙もたたで くゆりこそすれ
290 富士の嶺の 絶えぬ思ひも あるものを
 くゆるはつらき 心なりけり
 
 

172段 打出の浜

291 ささら浪 まもなく岸を 洗ふめり
 なぎさ清くは 君とまれとか
 
 

173段 五条の女

292 蓬生ひて 荒れたる宿を 鴬の
 人来と鳴くや たれとか待たむ
293 来たれども 言ひしなれねば 鴬の
 君に告げよと 教へてぞ鳴く
294 君がため 衣の裾を ぬらしつつ
 春の野に出でて つめる若菜ぞ
295 霜雪の ふる屋のもとに ひとり寝の
 うつぶしぞめの あさのけさなり