大和物語の和歌一覧295首。原文該当箇所と通じさせた。
最初の和歌は伊勢の御。先頭が女性の歌は950年代本物語以前皆無で以降も女性作品にしかなく、日本初あるいは世界初の女性編纂歌集とみなしてよいと思う(全くの独自説だが文脈それ自体に多角的根拠があり、男性著者説は自説(文脈から離れた一般的評価)を積み重ねた推論に基づく)。
伊勢の語の歌は二箇所しかないが、先頭と和歌最多段の先頭という枢要に出て、著者と無関係に見れない。
このような構造的配置の存在を一切知らず、従って学者の誰もがページフッター部に示す古今集の構造的な先頭の配置も認知できないまま注釈文献を羅列し、冗長な観念論を展開してきた和歌解釈論は、一般人を煙に巻いて職域確保に走る貴族的自己満足論の域を出ない。
大和物語の成立は950年頃とされ、この歌物語の影響は1000年頃の源氏物語にも色濃く出る。特に紫式部日記1でも出る女郎花と白露がセットにされる歌(29段)は和歌の骨太の理解として本物語では特に重要。手に入れた女の涙かな、と宴席でのたまった右大臣に眉をひそめた内容(よからぬは忘れにけり)。白露は(女の)涙とした端的によからぬとした先例を知ってか知らずか、紫式部の女郎花・白露で一夫多妻の道長の仏の如き恩恵とみなす、どこまでも男本位の観念論が幅を利かせている。
段 | 題 | 数 |
---|---|---|
1段 | 弘徽殿の壁 | 2 |
2段 | 旅寝の夢 | 1 |
3段 | 千々の色 | 3 |
4段 | 玉くしげ | 1 |
5段 | 忍び音 | 1 |
6段 | はかなき空 | 1 |
7段 | あかぬ別れ | 1 |
8段 | 一夜めぐりの君 | 2 |
9段 | 秋のはて | 2 |
10段 | 昨日の淵 | 1 |
11段 | 住の江の松 | 2 |
12段 | 春の夜の夢 | 1 |
13段 | 泣く泣く忍ぶ | 2 |
14段 | 池の玉藻 | 1 |
15段 | 夜の白玉 | 1 |
16段 | 忘れ草 | 2 |
17段 | なびく尾花 | 2 |
18段 | 草の葉 | 1 |
19段 | 夕されば | 2 |
20段 | 桂の皇女 | 1 |
21段 | もりの下草 | 2 |
22段 | 染革の色 | 1 |
23段 | 山水の音 | 1 |
24段 | 君松山 | 1 |
25段 | ちとせの松 | 1 |
26段 | 忍ぶ恋 | 1 |
27段 | なほ憂き山 | 1 |
28段 | 霧の中 | 2 |
29段 | をみなへし | 1 |
30段 | ふけゐの浦 | 1 |
31段 | 見果てぬ夢 | 1 |
32段 | 武蔵野の草 | 2 |
33段 | 常磐木 | 1 |
34段 | この花 | 1 |
35段 | 大内山 | 1 |
36段 | 呉竹 | 1 |
37段 | 花咲く春 | 1 |
38段 | 消え行く帆 | 1 |
39段 | 朝顔の露 | 1 |
40段 | ほたる | 1 |
41段 | 源大納言 | 1 |
42段 | 庭の霜 | 2 |
43段 | 横川 | 2 |
段 | 題 | 数 |
---|---|---|
44段 | ぬれごろも | 2 |
45段 | 心の闇 | 1 |
46段 | いそのかみ | 2 |
47段 | 奥山のもみぢ | 1 |
48段 | 春日の影 | 1 |
49段 | 宿の菊 | 2 |
50段 | 木高き峰 | 1 |
51段 | 花の色 | 2 |
52段 | 深き心 | 1 |
53段 | 鹿の鳴く音 | 1 |
54段 | 帰らぬ旅 | 1 |
55段 | 限りと聞けど | 1 |
56段 | もと来し駒 | 2 |
57段 | 山里の住居 | 1 |
58段 | 黒塚 | 5 |
59段 | うさは離れぬ | 1 |
60段 | 燃ゆる思ひ | 1 |
61段 | 藤の花 | 2 |
62段 | 宿世 | 2 |
63段 | 峰のあらし | 1 |
64段 | 忘らるな | 1 |
65段 | 玉すだれ | 4 |
66段 | いなおほせ鳥 | 1 |
67段 | 雨もる宿 | 1 |
68段 | 葉守の神 | 2 |
69段 | 狩ごろも | 1 |
70段 | やまもも | 3 |
71段 | 山桜 | 2 |
72段 | 池の鏡 | 1 |
73段 | 待つとてさへも | 1 |
74段 | 宿の桜 | 1 |
75段 | 越の白山 | 1 |
76段 | 川千鳥 | 1 |
77段 | 明石の浦 | 2 |
78段 | うちつけに | 1 |
79段 | 須磨の浦 | 1 |
80段 | ふるさとの花 | 1 |
81段 | 忘れじと | 1 |
82段 | 栗駒山 | 1 |
83段 | わが守る床 | 1 |
84段 | 誓ひし命 | 1 |
85段 | うつせ貝 | 1 |
86段 | 若菜つみ | 2 |
87段 | 別れ路の雪 | 2 |
段 | 題 | 数 |
---|---|---|
88段 | 紀の国の旅 | 2 |
89段 | 網代の氷魚 | 8 |
90段 | あだ心 | 1 |
91段 | 扇の香 | 2 |
92段 | 師走のつごもり | 3 |
93段 | 伊勢の海 | 1 |
94段 | 巣守 | 2 |
95段 | 越路の雪 | 1 |
96段 | 浪立つ浦 | 1 |
97段 | 月の面影 | 1 |
98段 | 形見の色 | 1 |
99段 | 小倉山 | 1 |
100段 | 季縄少将 | 1 |
101段 | 季縄少将② | 1 |
102段 | 今日の別れ | 1 |
103段 | 天の川 | 3 |
104段 | 露の身 | 2 |
105段 | うぐひすの声 | 4 |
106段 | 荻の葉 | 10 |
107段 | むかしの恋 | 1 |
108段 | 常夏 | 1 |
109段 | 牛の命 | 1 |
110段 | ぬるる袖 | 1 |
111段 | 別れ路の川 | 1 |
112段 | 東の風 | 1 |
113段 | 井手の山吹 | 4 |
114段 | たなばた | 1 |
115段 | 秋の夜 | 2 |
116段 | 長き嘆き | 1 |
117段 | 松虫の声 | 1 |
118段 | 浜の真砂 | 1 |
119段 | 死出の山 | 4 |
120段 | 梅の花 | 3 |
121段 | 笛竹 | 2 |
122段 | かつがつの思ひ | 2 |
123段 | 草葉の露 | 1 |
124段 | さねかづら | 2 |
125段 | かささぎの橋 | 2 |
126段 | 水汲む女 | 1 |
127段 | くれなゐの声 | 1 |
128段 | さを鹿 | 1 |
129段 | 契りし月 | 1 |
130段 | 花すすき | 1 |
段 | 題 | 数 |
---|---|---|
131段 | 鳴かぬうぐひす | 1 |
132段 | 弓張り月 | 2 |
133段 | 泣くを見るこそ | 1 |
134段 | あはぬ夜も | 1 |
135段 | 火取り | 1 |
136段 | つれづれ | 1 |
137段 | 志賀山 | 1 |
138段 | 沼の下草 | 2 |
139段 | 芥川 | 2 |
140段 | 敷きかへず | 4 |
141段 | 浪路 | 4 |
142段 | 命待つ間の | 3 |
143段 | 在次君 | 1 |
144段 | 甲斐路 | 3 |
145段 | 浜千鳥 | 2 |
146段 | 玉淵がむすめ | 1 |
147段 | 生田川 | 11 |
148段 | 葦刈 | 3 |
149段 | 沖つ白浪 | 1 |
150段 | 猿澤の池 | 2 |
151段 | 紅葉の錦 | 2 |
152段 | いはで思ふ | 1 |
153段 | 藤袴 | 2 |
154段 | ゆふつけ鳥 | 2 |
155段 | 安積山 | 1 |
156段 | 姥捨 | 1 |
157段 | 馬槽 | 1 |
158段 | 鹿の声 | 1 |
159段 | 雲鳥の紋 | 1 |
160段 | 秋萩 | 4 |
161段 | 小塩の山 | 2 |
162段 | 忘れ草 | 1 |
163段 | 菊の根 | 1 |
164段 | かざりちまき | 1 |
165段 | つひに行く道 | 2 |
166段 | 女車の人 | 2 |
167段 | 雉雁鴨 | 1 |
168段 | 僧正遍照 | 7 |
169段 | 井手をとめ | 欠 |
170段 | 青柳の糸 | 2 |
171段 | くゆる思ひ | 2 |
172段 | 打出の浜 | 1 |
173段 | 五条の女 | 4 |
1段 弘徽殿の壁 |
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---|---|
1 |
別るれど あひもをしまぬ ももしきを 見ざらむことの なにか悲しき |
2 |
身一つに あらぬばかりを おしなべて 行きめぐりても などか見ざらむ |
2段 旅寝の夢 |
|
3 |
ふるさとの 旅寝の夢に 見えつるは うらみやすらむ またととはねば |
3段 千々の色 |
|
4 |
千々の色に いそぎし秋は 過ぎにけり 今は時雨に 何を染めまし |
5 |
かたかけの 舟にや乗れる 白浪の さわぐ時のみ 思ひ出づる君 |
6 |
青柳の 糸うちはへて のどかなる 春日しもこそ 思ひ出でけれ |
4段 玉くしげ |
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7 |
玉くしげ ふたとせ逢はぬ 君が身を あけながらやは あらむと思ひし |
5段 忍び音 |
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8 |
わびぬれば 今はと物を 思へども 心に似ぬは 涙なりけり |
6段 はかなき空 |
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9 |
たぐへやる 我が魂を いかにして はかなき空に もて離るらむ |
7段 あかぬ別れ |
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10 |
逢ふことは 今は限りと 思へども 涙は絶えぬ ものにぞありける |
8段 一夜めぐりの君 |
|
11 |
逢ふことの 方はさのみぞ ふたがらむ ひと夜めぐりの 君と思へば |
12 |
大澤の 池の水くき 絶えぬとも なにか恨みむ さがのつらさは |
9段 秋のはて |
|
13 |
おほかたの 秋のはてだに 悲しきに 今日はいかでか 君くらすらむ |
14 |
あらばこそ はじめもはても 思ほえめ 今日にも逢はで 消えにしものを |
10段 昨日の淵 |
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15 |
ふるさとを かはと見つつも 渡るかな 淵瀬ありとは むべもいひけり |
11段 住の江の松 |
|
16 |
住の江の 松ならなくに 久しくも 君と寝ぬ夜の なりにけるかな |
17 |
久しくは おもほえねども 住の江の 松やふたたび 生ひかはるらむ |
12段 春の夜の夢 |
|
18 |
あくといへば しづ心なき 春の夜の 夢とや君を 夜のみは見む |
13段 泣く泣く忍ぶ |
|
19 |
思ひきや 過ぎにし人の 悲しきに 君さへつらく ならむものとは |
20 |
なき人を 君が聞かくに かけじとて 泣く泣く忍ぶ ほどな恨みそ |
14段 池の玉藻 |
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21 |
あらたまの 年は経ねども 猿澤の 池の玉藻は 見つべかりけり |
15段 夜の白玉 |
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22 |
数ならぬ 身におく夜の 白玉は 光見えさす ものにぞありける |
16段 忘れ草 |
|
23 |
春の野は はるけながらも 忘れ草 生ふるは見ゆる ものにぞありける |
24 |
春の野に 生ひじとぞ思ふ 忘れ草 つらき心の 種しなければ |
17段 なびく尾花 |
|
25 |
秋風に なびく尾花は 昔見し たもとに似てぞ 恋しかりける |
26 |
たもととも しのばざらまし 秋風に なびく尾花の おどろかさずは |
18段 草の葉 |
|
27 |
ふるさとと 荒れにし宿の 草の葉も 君がためとぞ まづは摘みける |
19段 夕されば |
|
28 |
世に経れど 恋もせぬ 身の夕されば すずろに物の 悲しきやなぞ |
29 |
夕ぐれに 物思ふ時は 神無月 われも時雨に おとらざりけり |
20段 桂の皇女 |
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30 |
久方の 空なる月の 身なりせば ゆくとも見えで 君は見てまし |
21段 もりの下草 |
|
31 |
柏木の もりの下草 老いぬとも 身をいたづらに なさずもあらなむ |
32 |
柏木の もりの下草 老いのよに かかる思ひは あらじとぞ思ふ |
22段 染革の色 |
|
33 |
あだ人の 頼めわたりし そめかはの 色の深さを 見でややみなむ |
23段 山水の音 |
|
34 |
せかなくに 絶えと絶えにし 山水の たれしのべとか 声を聞かせむ |
24段 君松山 |
|
35 |
ひぐらしに 君まつ山の ほととぎす とはぬ時にぞ 声もをしまぬ |
25段 ちとせの松 |
|
36 |
ぬしもなき 宿に枯れたる 松見れば 千代すぎにける 心地こそすれ |
26段 忍ぶ恋 |
|
37 |
それをだに 思ふこととて わが宿を 見きとないひそ 人の聞かくに |
27段 なほ憂き山 |
|
38 |
いまはわれ いづちゆかまし 山にても 世の憂きことは なほも絶えぬか |
28段 霧の中 |
|
39 |
朝霧の なかに君ます ものならば 晴るるまにまに うれしからまし |
40 |
ことならば 晴れずもあらなむ 秋霧の まぎれに見えぬ 君と思はむ |
29段 をみなへし |
|
41 |
をみなへし 折る手にかかる 白露は むかしの今日に あらぬ涙か |
30段 ふけゐの浦 |
|
42 |
沖つ風 ふけゐの浦に 立つ浪の なごりにさへや われはしづまむ |
31段 見果てぬ夢 |
|
43 |
よそながら 思ひしよりも 夏の夜の 見はてぬ夢ぞ はかなかりける |
32段 武蔵野の草 |
|
44 |
あはれてふ 人もあるべく むさし野の 草とだにこそ 生ふべかりけれ |
45 |
時雨のみ 降る山里の 木の下は をる人からや もりすぎぬらむ |
33段 常磐木 |
|
46 |
立ち寄らむ 木のもともなき つたの身は ときはながらに 秋ぞかなしき |
34段 この花 |
|
47 |
色ぞとは おもほえずとも この花は 時につけつつ 思ひ出でなむ |
35段 大内山 |
|
48 |
白雲の ここのへに立つ 峰なれば 大内山と いふにぞありける |
36段 呉竹 |
|
49 |
呉竹の よよのみやこと 聞くからに 君はちとせの うたがひもなし |
37段 花咲く春 |
|
50 |
かく咲ける 花もこそあれ わがために おなじ春とや いふべかりける |
38段 消え行く帆 |
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51 |
たまさかに とふ人あらば わたの原 嘆きほにあげて いぬとこたへよ |
39段 朝顔の露 |
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52 |
おく露の ほどをも待たぬ 朝顔は 見ずぞなかなか あるべかりける |
40段 ほたる |
|
53 |
つつめども かくれぬものは 夏虫の 身よりあまれる 思ひなりけり |
41段 源大納言 |
|
54 |
いひつつも 世ははかなきを かたみには あはれといかで 君に見えまし |
42段 庭の霜 |
|
55 |
里はいふ 山にはさわぐ 白雲の 空にはかなき 身とやなりなむ |
56 |
朝ぼらけ わが身は庭の しもながら なにを種にて 心生ひけむ |
43段 横川 |
|
57 |
まがきする ひだのたくみの たつき音の あなかしがまし なぞや世の中 |
58 |
なにばかり 深くもあらず 世の常の 比叡の外山と 見るばかりなり |
44段 ぬれごろも |
|
59 |
のぼりゆく 山の雲居の 遠ければ 日もちかくなる ものにぞありける |
60 |
のがるとも たれか着ざらむ ぬれごろも あめのしたにし すまむかぎりは |
45段 心の闇 |
|
61 |
人の親は 心はやみに あらねども 子を思ふ道に まどひぬるかな |
46段 いそのかみ |
|
62 |
うちとけて 君は寝つらむ われはしも 露のおきゐて 恋にあかしつ |
63 |
白露の おきふしたれを 恋ひつらむ われは聞きおはず いそのかみにて |
47段 奥山のもみぢ |
|
64 |
おく山に 心をいれて たづねずは ふかきもみぢの 色を見ましや |
48段 春日の影 |
|
65 |
大空を わたる春日の 影なれや よそにのみして のどけかるらむ |
49段 宿の菊 |
|
66 |
ゆきて見ぬ 人のためにと 思はずは たれか折らまし わが宿の菊 |
67 |
わが宿に 色をりとむる 君なくは よそにもきくの 花を見ましや |
50段 木高き峰 |
|
68 |
雲ならで 木高き 峰にゐるものは 憂き世をそむく わが身なりけり |
51段 花の色 |
|
69 |
おなじ枝を わきてしもおく 秋なれば 光もつらく おもほゆるかな |
70 |
花の色を 見ても知りなむ 初霜の 心わきては おかじとぞ思ふ |
52段 深き心 |
|
71 |
わたつみの ふかき心は おきながら 恨みられぬる ものにぞありける |
53段 鹿の鳴く音 |
|
72 |
秋の野を わくらむ鹿も わがごとや しげきさはりに 音をばなくらむ |
54段 帰らぬ旅 |
|
73 |
しをりして ゆく旅なれど かりそめの 命知らねば かへりしもせじ |
55段 限りと聞けど |
|
74 |
いま来むと いひてわかれし 人なれば かぎりと聞けど なほぞ待たるる |
56段 もと来し駒 |
|
75 |
夕されば 道も見えねど ふるさとは もと来し駒に まかせてぞゆく |
76 |
駒にこそ まかせたりけれ はかなくも 心の来ると 思ひけるかな |
57段 山里の住居 |
|
77 |
をちこちの 人目まれなる 山里に 家居せむとは おもひきや君 |
58段 黒塚 |
|
78 |
みちのくの 安達が原の 黒塚に 鬼こもれりと 聞くはまことか |
79 |
花ざかり すぎもやすると かはづなく 井手の山吹 うしろめたしも |
80 |
大空の 雲のかよひ路 見てしかな とりのみゆけば あとはかもなし |
81 |
塩竃の 浦にはあまや 絶えにけむ などすなどりの 見ゆる時なき |
82 |
年を経て ぬれわたりつる 衣手を 今日の涙に くちやしぬらむ |
59段 うさは離れぬ |
|
83 |
忘るや といでて来しかど いづくにも うさははなれぬ ものにぞありける |
60段 燃ゆる思ひ |
|
84 |
君を思ひ なまなまし身を やく時は けぶりおほかる ものにぞありける |
61段 藤の花 |
|
85 |
世の中の あさき瀬に のみなりゆけば 昨日のふぢの 花とこそ見れ |
86 |
藤の花 色のあさくも 見ゆるかな うつろひにける 名残なるべし |
62段 宿世 |
|
87 |
思ふてふ 心はことに ありけるを むかしの人に なにをいひけむ |
88 |
ゆくすゑの 宿世を知らぬ 心には 君にかぎりの 身とぞいひける |
63段 峰のあらし |
|
89 |
さもこそは 峰の嵐は 荒からめ なびきし枝を うらみてぞ来し |
64段 忘らるな |
|
90 |
忘らるな 忘れやしぬる 春がすみ 今朝たちながら 契りつること |
65段 玉すだれ |
|
91 |
玉だれの 内とかくるは いとどしく かげを見せじと 思ふなりけり |
92 |
嘆きのみ しげきみ山の ほととぎす 木がくれゐても 音をのみぞなく |
93 |
死ねとてや とりもあへずは やらはるる いといきがたき 心地こそすれ |
94 |
われはさは 雪降る空に 消えねとや たちかへれども あけぬ板戸は |
66段 いなおほせ鳥 |
|
95 |
さ夜ふけて いなおほせ鳥の なきけるを 君がたたくと 思ひけるかな |
67段 雨もる宿 |
|
96 |
君を思ふ ひまなく宿と 思へども 今宵の雨は もらぬ間ぞなき |
68段 葉守の神 |
|
97 |
わが宿を いつかは君が ならし葉の ならし顔には 折りにおこする |
98 |
柏木に 葉守の神の ましけるを 知らでぞ折りし たたりなさるな |
69段 狩ごろも |
|
99 |
宵々の 恋しさまさる 狩ごろも 心づくしの ものにぞありける |
70段 やまもも |
|
100 |
みちのくの 安達の山も もろともに こえばわかれの 悲しからじを |
101 |
賀茂川の 瀬にふす鮎の いをとりて 寝でこそあかせ 夢に見えつや |
102 |
篠塚の うまやうまやと 待ちわびし 君はむなしく なりぞしにける |
71段 山桜 |
|
103 |
咲きにほひ 風待つほどの 山ざくら 人の世よりは 久しかりけり |
104 |
春々の 花は散るとも 咲きぬべし またあひがたき 人の世ぞ憂き |
72段 池の鏡 |
|
105 |
池はなほ むかしながらの 鏡にて 影見し君が なきぞかなしき |
73段 待つとてさへも |
|
106 |
わかるべき こともあるものを ひねもすに 待つとてさへも 嘆きつるかな |
74段 宿の桜 |
|
107 |
宿近く うつして植ゑし かひもなく まちどほにのみ 見ゆる花かな |
75段 越の白山 |
|
108 |
君がゆく 越の白山 知らずとも ゆくのまにまに あとはたづねむ |
76段 川千鳥 |
|
109 |
今宵こそ 涙の川に 入るちどり なきてかへると 君は知らずや |
77段 明石の浦 |
|
110 |
長き夜を あかしの浦に 焼く塩の けぶりは空に 立ちやのぼらぬ |
111 |
竹取が よよに泣きつつ とどめけむ 君は君にと 今宵しもゆく |
78段 うちつけに |
|
112 |
うちつけに まどふ心と 聞くからに なぐさめやすく おもほゆるかな |
79段 須磨の浦 |
|
113 |
こりずまの 浦にかづかむ うきみるは 浪さわがしく ありこそはせめ |
80段 ふるさとの花 |
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114 |
来て見れど 心もゆかず ふるさとの 昔ながらの 花は散れども |
81段 忘れじと |
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115 |
忘れじと 頼めし人は ありと聞く いひし言の葉 いづちいにけむ |
82段 栗駒山 |
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116 |
栗駒の 山に朝たつ 雉よりも かりにはあはじと 思ひしものを |
83段 わが守る床 |
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117 |
思ふ人 雨と降りくる ものならば わがもる床は かへさざらまし |
84段 誓ひし命 |
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118 |
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな |
85段 うつせ貝 |
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119 |
よし思へ 海人のひろはぬ うつせ貝 むなしき名をば 立つべしや君 |
86段 若菜つみ |
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120 |
今日よりは 荻のやけ 原かき分けて 若菜つみにと たれをさそはむ |
121 |
片岡に わらびもえずは たづねつつ 心やりにや 若菜つままし |
87段 別れ路の雪 |
|
122 |
山里に われをとどめて わかれぢの ゆくのまにまに 深くなるらむ |
123 |
山里に 通ふこころも 絶えぬべし ゆくもとまるも こころぼそさに |
88段 紀の国の旅 |
|
124 |
紀の国の むろのこほりに ゆく人は 風の寒さも 思ひ知られじ |
125 |
紀の国の むろのこほりに ゆきながら 君とふすまの なきぞわびしき |
89段 網代の氷魚 |
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126 |
これならぬ ことをもおほく たがふれば 恨みむ方も なくぞわびしき |
127 |
いかでなほ 網代の氷魚に こととはむ 何によりてか われを問はぬと |
128 |
網代より ほかには氷魚の よるものか 知らずは宇治の 人に問へかし |
129 |
あけぬとて 急ぎもぞする 逢坂の きり立ちぬとも 人に聞かすな |
130 |
いかにして われは消えなむ 白露の かへりてのちの ものは思はじ |
131 |
垣ほなる 君が朝顔 見てしかな かへりてのちは ものや思ふと |
132 |
心をし 君にとどめて 来にしかば もの思ふことは われにやあるらむ |
133 |
たましひは をかしきことも なかりけり よろづの物は からにぞありける |
90段 あだ心 |
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134 |
たかくとも なににかはせむ くれ竹の ひと夜ふた夜の あだのふしをば |
91段 扇の香 |
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135 |
ゆゆしとて 忌むとも今は かひもあらじ 憂きをばこれに 思ひ寄せてむ |
136 |
ゆゆしとて 忌みけるものを わがために なしといはぬは たがつらきなり |
92段 師走のつごもり |
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137 |
もの思ふ と月日のゆくも 知らぬまに 今年は今日に はてぬとか聞く |
138 |
いかにして かく思ふてふ ことをだに 人づてならで 君に聞かせむ |
139 |
今日そへに 暮れざらめやはと 思へども たへぬは人の 心なりけり |
93段 伊勢の海 |
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140 |
伊勢の海の 千尋の浜に ひろふとも 今はかひなく おもほゆるかな |
94段 巣守 |
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141 |
なき人の 巣守にだにも なるべきを いまはとかへる 今日の悲しさ |
142 |
巣守にと 思ふ心は とどむれど かひあるべくも なしとこそ聞け |
95段 越路の雪 |
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143 |
白山に 降りにしゆきの あとたえて いまはこしぢの 人も通はず |
96段 浪立つ浦 |
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144 |
浪の立つ かたも知らねど わたつみの うらやましくも おもほゆるかな |
97段 月の面影 |
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145 |
かくれにし 月はめぐりて いでくれど 影にも人は 見えずぞありける |
98段 形見の色 |
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146 |
ぬぐをのみ 悲しと思ひし なき人の かたみの色は またもありけり |
99段 小倉山 |
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147 |
小倉山 峰のもみぢ 葉心あらば いまひとたびの みゆき待たなむ |
100段 季縄少将 |
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148 |
散りぬれば くやしきものを 大井川 岸の山吹 今日さかりなり |
101段 季縄少将② |
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149 |
くやしくぞ のちにあはむと 契りける 今日をかぎりと いはましものを |
102段 今日の別れ |
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150 |
ゆく人は そのかみ来むと いふものを 心細しや 今日のわかれは |
103段 天の川 |
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151 |
ももしきの 袂のかずは 見しかども わきて思ひの 色ぞこひしき |
152 |
あまの川 空なるものと 聞きしかど わが目のまへの 涙なりけり |
153 |
世をわぶる 涙ながれて はやくとも あまの川には さやはなるべき |
104段 露の身 |
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154 |
恋しさに 死ぬる命を 思ひいでて 問ふ人あらば なしとこたへよ |
155 |
からにだに われ来たりてへ 露の身の 消えばともにと 契りおきてき |
105段 うぐひすの声 |
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156 |
すみぞめの くらまの山に 入る人は たどるたどるも かへり来ななむ |
157 |
からくして 思ひわするる 恋しさを うたて鳴きつる うぐひすの声 |
158 |
さても君 わすれけりかし うぐひすの 鳴くをりのみや 思ひいづべき |
159 |
わがために つらき人をば おきながら なにの罪なき 世をや恨みむ |
106段 荻の葉 |
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160 |
荻の葉の そよぐごとにぞ 恨みつる 風にうつりて つらき心を |
161 |
あさくこそ 人は見るらめ 関川の 絶ゆる心は あらじとぞ思ふ |
162 |
関川の 岩間をくぐる みづあさみ 絶えぬべくのみ 見ゆる心を |
163 |
夜な夜なに いづと見しかど はかなくて 入りにし月と いひてやみなむ |
164 |
忘らるる 身はわれからの あやまちに なしてだにこそ 君を恨みね |
165 |
ゆゆしくも おもほゆるかな 人ごとに うとまれにける 世にこそありけれ |
166 |
忘らるる ときはの山の 音をぞなく 秋野の虫の 声にみだれて |
167 |
なくなれど おぼつかなくぞ おもほゆる 声聞くことの 今はなければ |
168 |
雲居にて よをふるころは さみだれの あめのしたにぞ 生けるかひなき |
169 |
ふればこそ 声も雲居に 聞こえけめ いとどはるけき 心地のみして |
107段 むかしの恋 |
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170 |
あふことの 願ふばかりに なりぬれば ただにかへしし 時ぞ恋しき |
108段 常夏 |
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171 |
かりそめに 君がふし見し 常夏の ねもかれにしを いかで咲きけむ |
109段 牛の命 |
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172 |
わが乗りし ことをうしとや 消えにけむ 草にかかれる 露の命は |
110段 ぬるる袖 |
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173 |
大空は くもらずながら 神無月 年のふるにも 袖はぬれけり |
111段 別れ路の川 |
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174 |
この世には かくてもやみぬ 別れ路の 淵瀬をたれに 問ひてわたらむ |
112段 東の風 |
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175 |
こち風は 今日ひぐらしに 吹くめれど 雨もよにはた よにもあらじな |
113段 井手の山吹 |
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176 |
むかし着て なれしをすれる 衣手を あなめづらしと よそに見しかな |
177 |
もろともに 井手の里こそ 恋しけれ ひとりをり憂き 山吹の花 |
178 |
大空も ただならぬかな 神無月 われのみしたに しぐると思へば |
179 |
あふことの なみの下草 みがくれて しづ心なく 音こそ泣かるれ |
114段 たなばた |
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180 |
袖をしも かさざりしかど 七夕の あかぬわかれに ひちにけるかな |
115段 秋の夜 |
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181 |
秋の夜を 待てと頼めし 言の葉に 今もかかれる 露のはかなさ |
182 |
秋もこず 露もおかねど 言の葉は わがためにこそ 色かはりけれ |
116段 長き嘆き |
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183 |
長けくも 頼みけるかな 世の中を 袖に涙の かかる身をもて |
117段 松虫の声 |
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184 |
露しげみ 草のたもとを 枕にて 君まつむしの 音をのみぞなく |
118段 浜の真砂 |
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185 |
むかしより 思ふ心は ありそ海 の浜のまさごは かずも知られず |
119段 死出の山 |
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186 |
からくして 惜しみとめたる 命もて あふことをさへ やまむとやする |
187 |
もろともに いざとはいはで 死出の山 などかはひとり こえむとはせし |
188 |
あかつきは なくゆふつけの わび声に おとらぬ音をぞ なきてかへりし |
189 |
あかつきの ねざめの耳に 聞きしかど 鳥よりほかの 声はせざりき |
120段 梅の花 |
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190 |
おそくとく つひに咲きける 梅の花 たが植ゑおきし 種にかあるらむ |
191 |
いかでかく 年きりもせぬ 種もがな 荒れゆく庭の かげと頼まむ |
192 |
花ざかり 春は見に来む 年きりも せずといふ種は 生ひぬとか聞く |
121段 笛竹 |
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193 |
笛竹の ひと夜も君と 寝ぬ時は ちぐさの声に 音こそ泣かるれ |
194 |
ちぢの音は ことばのふきか 笛竹の こちくの声も 聞こえこなくに |
122段 かつがつの思ひ |
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195 |
あひ見ては わかるることの なかりせば かつがつものは 思はざらまし |
196 |
いかなれば かつがつものを 思ふらむ なごりもなくぞ われは悲しき |
123段 草葉の露 |
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197 |
草の葉に かかれるつゆの 身なればや 心うごくに 涙おつらむ |
124段 さねかづら |
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198 |
春の野に みどりにはへる さねかづら わが君ざねと 頼むいかにぞ |
199 |
ゆくすゑの 宿世も知らず わがむかし 契りしことは おもほゆや君 |
125段 かささぎの橋 |
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200 |
かささぎの わたせる橋の 霜の上を 夜半にふみわけ ことさらにこそ |
201 |
わが宿の ひとむらすすき うら若み むすび時にには まだしかりけり |
126段 水汲む女 |
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202 |
むばたまの わが黒髪は 白川の みづはくむまで なりにけるかな |
127段 くれなゐの声 |
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203 |
鹿の音は いくらばかりの くれなゐぞ ふりいづるからに 山のそむらむ |
128段 さを鹿 |
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204 |
わたつみの なかにぞ立てる さを鹿は 秋の山辺や そこに見ゆらむ |
129段 契りし月 |
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205 |
人を待つ 宿はくらくぞ なりにける 契りし月の うちに見えねば |
130段 花すすき |
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206 |
秋風の 心やつらき 花すすき 吹きくるかたを まづそむくらむ |
131段 鳴かぬうぐひす |
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207 |
春はただ 昨日ばかりを うぐひすの かぎれるごとも 鳴かぬ今日かな |
132段 弓張り月 |
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208 |
照る月を 弓張りと しもいふことは 山べをさして いればなりけり |
209 |
白雲の このかたにしも おりゐるは 天つ風こそ 吹きてきつらし |
133段 泣くを見るこそ |
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210 |
思ふらむ 心のうちは 知らねども 泣くを見るこそ 悲しかりけれ |
134段 あはぬ夜も |
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211 |
あかでのみ 経ればなるべし あはぬ夜も あふ夜も人を あはれとぞ思ふ |
135段 火取り |
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212 |
たき物の くゆる心は ありしかど ひとりはたえて 寝られざりけり |
136段 つれづれ |
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213 |
さわぐなる うちにもものは 思ふなり わがつれづれを なににたとへむ |
137段 志賀山 |
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214 |
かりにのみ 来る君待つと ふりいでつつ 鳴くしが山は 秋ぞ悲しき |
138段 沼の下草 |
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215 |
かくれ沼の 底の下草 みがくれて 知られぬ恋は くるしかりけり |
216 |
みがくれに かくるばかりの 下草は 長からじとも おもほゆるかな |
139段 芥川 |
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217 |
人をとく あくた川てふ 津の国の なにはたがはぬ 君にぞありける |
218 |
来ぬ人を まつの葉に ふる白雪の 消えこそかへれ あはぬ思ひに |
140段 敷きかへず |
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219 |
敷きかへず ありしながらに 草枕 塵のみぞゐる 払ふ人なみ |
220 |
草枕 塵払ひには からころも 袂ゆたかに たつを待てかし |
221 |
唐衣 たつを待つ 間のほどこそは わがしきたへの 塵も積らめ |
222 |
御狩する くりこま山の 鹿よりも 独寝る身(夜)ぞ わびしかりける |
141段 浪路 |
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223 |
夜はにいでて 月だに見ずは あふことを 知らずがほにも いはましものを |
224 |
花すすき 君がかたにぞ なびくめる 思はぬ山の 風はふけども |
225 |
身を憂しと 思ふ心の こりねばや 人をあはれと 思ひそむらむ |
226 |
ふたり来し 道とも見えぬ 浪の上を 思ひかけでも かへすめるかな |
142段 命待つ間の |
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227 |
ありはてぬ 命待つまの ほどばかり 憂きことしげく 嘆かずもがな |
228 |
かかる香の 秋もはからず にほひせば 春恋してふ ながめせましや |
229 |
思へども かひなかるべみ しのぶれば つれなきともや 人の見るらむ |
143段 在次君 |
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230 |
忘れなむと 思ふ心の 悲しきは 憂きも憂からぬ ものにぞありける |
144段 甲斐路 |
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231 |
わたつうみと 人や見るらむ あふことの なみだをふさに 泣きつめつれば |
232 |
いつはとは わかねどたえて 秋の夜ぞ 身のわびしさは 知りまさりける |
233 |
かりそめの ゆきひぢとぞ 思ひしを いまはかぎりの 門出なりける |
145段 浜千鳥 |
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234 |
浜千鳥 とびゆくかぎり ありければ 雲立つ山を あはとこそ見れ |
235 |
命だに 心にかなふ ものならば なにかわかれの 悲しからまし |
146段 玉淵がむすめ |
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236 |
あさみどり かひある春に あひぬれば 霞ならねど 立ちのぼりけり |
147段 生田川 |
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237 |
すみわびぬ わが身投げてむ 津の国の 生田の川の 名のみなりけり |
238 |
かげとのみ 水のしたにて あひ見れど 魂なきからは かひなかりけり |
239 |
かぎりなく ふかくしづめる わが魂は 浮きたる人に 見えむものかは |
240 |
いづこにか 魂をもとめむ わたつみの ここかしことも おもほえなくに |
241 |
つかのまも もろともにとぞ 契りける あふとは人に 見えぬものから |
242 |
かちまけも なくてや果てむ 君により 思ひくらぶの 山はこゆとも |
243 |
あふことの かたみに恋ふる なよ竹の たちわづらふと 聞くぞ悲しき |
244 |
身を投げて あはむと人に 契らねど うき身は水に かげをならべつ |
245 |
おなじえに すみはうれしき なかなれど などわれとのみ 契らざりけむ |
246 |
うかりける わがみなそこを おほかたは かかる契りの なからましかば |
247 |
われとのみ 契らずながら おなじえに すむはうれしき みぎはとぞ思ふ |
148段 葦刈 |
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248 |
ひとりして いかにせましと わびつれば そよとも前の 荻ぞ答ふる |
249 |
君なくて あしかりけりと 思ふにも いとど難波の 浦ぞすみ憂き |
250 |
あしからじ とてこそ人の わかれけめ なにか難波の 浦もすみ憂き |
149段 沖つ白浪 |
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251 |
風吹けば 沖つしらなみ たつた山 夜半にや君が ひとりこゆらむ |
150段 猿澤の池 |
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252 |
わぎもこが ねくたれ髪を 猿澤の 池の玉藻と 見るぞかなしき |
253 |
猿澤の 池もつらしな わぎもこが 玉藻かづかば 水ぞひなまし |
151段 紅葉の錦 |
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254 |
龍田川 もみぢ葉流る 神なびの みむろの山に しぐれ降るらし |
255 |
龍田川 もみぢ乱れて 流るめり わたらば錦 なかや絶えなむ |
152段 いはで思ふ |
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256 | いはで思ふぞ いふにまされる |
153段 藤袴 |
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257 |
みな人の その香にめづる ふじばかま 君のみためと 手折りたる今日 |
258 |
折る人の 心にかよふ ふじばかま むべ色ことに にほひたりけり |
154段 ゆふつけ鳥 |
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259 |
たがみそぎ ゆふつけどりか 唐衣 たつたの山に をりはへてなく |
260 |
龍田川 岩根をさして ゆく水の ゆくへも知らぬ わがごとやなく |
155段 安積山 |
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261 |
あさか山 影さへ見ゆる 山の井の 浅くは人を 思ふものかは |
156段 姥捨 |
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262 |
わが心 なぐさめかねつ 更級や 姥捨山に 照る月を見て |
157段 馬槽 |
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263 |
ふねもいぬ まかぢも見えじ 今日よりは うき世の中を いかでわたらむ |
158段 鹿の声 |
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264 |
われもしか なきてぞ人に 恋ひられし 今こそよそに 声をのみ聞け |
159段 雲鳥の紋 |
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265 |
雲鳥の あやの色をも おもほえず 人をあひ見で 年の経ぬれば |
160段 秋萩 |
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266 |
秋萩を 色どる風の 吹きぬれば 人の心も うたがはれけり |
267 |
秋の野を 色どる風は 吹きぬとも 心はかれじ 草葉ならねば |
268 |
大幣に なりぬ人の 悲しきは よるせともなく しかぞなくなる |
269 |
なかるとも なにとか見えむ 手にとりて ひきけむ人ぞ 幣と知るらむ |
161段 小塩の山 |
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270 |
思ひあらば むぐらの宿に 寝もしなむ ひじき物には 袖をしつつも |
271 |
大原や 小塩の山も 今日こそは 神代のことを おもひいづらめ |
162段 忘れ草 |
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272 |
忘れ草 生ふる野辺とは 見るらめど こはしのぶなり のちも頼まむ |
163段 菊の根 |
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273 |
植ゑし植ゑば 秋なき時や 咲かざらむ 花こそ散らめ 根さへ枯れめや |
164段 かざりちまき |
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274 |
あやめ刈り 君は沼にぞ まどひける われは野にいでて かるぞわびしき |
165段 つひに行く道 |
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275 |
つれづれと いとど心の わびしきに けふはとはずて 暮らしてむとや |
276 |
つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど きのふけふとは 思はざりしを |
166段 女車の人 |
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277 |
見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しきは あやなく今日や ながめ暮らさむ |
278 |
見も見ずも たれと知りてか 恋ひらるる おぼつかなみの 今日のながめや |
167段 雉雁鴨 |
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279 |
いなやきじ 人にならせる かりごろも わが身にふれば 憂きかもぞつく |
168段 僧正遍照 |
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280 |
人心 うしみつ今は 頼まじよ 夢に見ゆやと ねぞすぎにける |
281 |
みな人は 花の衣に なりぬなり 苔のたもとよ かはきだにせよ |
282 |
かぎりなき 雲ゐのよそに わかるとも 人を心に おくらさめやは |
283 |
岩のうへに 旅寝をすれば いと寒し 苔の衣を われにかさなむ |
284 |
世をそむく 苔の衣は ただひとへ かさねばうとし いざふたり寝む |
285 |
折りつれば たぶさにけがる たてながら 三世の仏に 花たまつる |
286 |
白雲の やどる峰にぞ おくれぬる 思ひのほかに ある世なりけり |
169段 井手をとめ |
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170段 青柳の糸 |
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287 |
青柳の 糸ならねども 春風の 吹けばかたよる わが身なりけり |
288 |
いささめに 吹く風にやは なびくべき 野分すぐしし 君にやはあらぬ |
171段 くゆる思ひ |
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289 |
人知れぬ 心のうちに もゆる火は 煙もたたで くゆりこそすれ |
290 |
富士の嶺の 絶えぬ思ひも あるものを くゆるはつらき 心なりけり |
172段 打出の浜 |
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291 |
ささら浪 まもなく岸を 洗ふめり なぎさ清くは 君とまれとか |
173段 五条の女 |
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292 |
蓬生ひて 荒れたる宿を 鴬の 人来と鳴くや たれとか待たむ |
293 |
来たれども 言ひしなれねば 鴬の 君に告げよと 教へてぞ鳴く |
294 |
君がため 衣の裾を ぬらしつつ 春の野に出でて つめる若菜ぞ |
295 |
霜雪の ふる屋のもとに ひとり寝の うつぶしぞめの あさのけさなり |