1 神武天皇(じんむ) |
2 綏靖天皇(すいぜい) |
3 安寧天皇(あんねい) |
4 懿德天皇(いとく) |
5 孝昭天皇(こうしょう) |
6 孝安天皇(こうあん) |
7 孝靈天皇(こうれい) |
8 孝元天皇(こうげん) |
9 開化天皇(かいか) |
10 崇神天皇(すじん) |
11 垂仁天皇(すいにん) |
12 景行天皇(けいこう) |
13 成務天皇(せいむ) |
14 仲哀天皇(ちゅうあい) |
15 應神天皇(おうじん) |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
神武東征(どげんか遷都如何) |
||
神倭 伊波禮毘古命。 〈自伊下 五字以音〉 |
神倭 伊波禮毘古 かむやまと いはれびこの命、 |
カムヤマト イハレ彦の命 (神武天皇)、 |
與其伊呂兄 〈伊呂二字以音〉 五瀬命 二柱。 |
その 同母兄いろせ 五瀬の命と 二柱、 |
兄君の イツセの命と お二方、 |
坐 高千穂宮而。 |
高千穗の宮に ましまして |
筑紫の高千穗の宮に おいでになつて |
議云。 | 議はかりたまはく、 | 御相談なさいますには、 |
坐何地者。 | 「いづれの地ところにまさば、 | 「何處の地におつたならば |
平聞看 天下之政。 |
天の下の政を平けく 聞きこしめさむ。 |
天下を泰平にすることが できるであろうか。 |
猶思東行。 |
なほ東のかたに、行かむ」 とのりたまひて、 |
やはりもつと東に行こうと思う」 と仰せられて、 |
即自日向發。 |
すなはち 日向ひむかより發たたして、 |
日向の國からお出になつて |
幸行筑紫。 |
筑紫に 幸いでましき。 |
九州の北方に おいでになりました。 |
故到 豐國宇沙之時。 |
かれ豐國の宇沙うさに 到りましし時に、 |
そこで豐後ぶんごのウサに おいでになりました時に、 |
其土人。 | その土人くにびと | その國の人の |
名 宇沙都比古。 宇沙都比賣 〈此十字以音〉 二人。 |
名は 宇沙都比古うさつひこ、 宇沙都比賣うさつひめ 二人、 |
ウサツ彦・ ウサツ姫 という二人が |
作 足一騰 宮而。 |
足一騰 あしひとつあがりの 宮を作りて、 |
足一つ 騰あがりの 宮を作つて、 |
獻 大御饗。 |
大御饗 おほみあへ 獻りき。 |
御馳走を 致しました。 |
自其地 遷移而。 |
其地そこより 遷りまして、 |
其處から お遷りになつて、 |
於筑紫之 岡田宮 一年坐。 |
竺紫つくしの 岡田の宮に 一年ましましき。 |
筑前の 岡田の宮に 一年おいでになり、 |
亦從其國 上幸而。 |
またその國より 上り幸でまして、 |
また其處から お上りになつて |
於阿岐國之 多祁理宮。 七年坐。 |
阿岐あきの國の 多祁理たけりの宮に 七年ましましき。 |
安藝の タケリの宮に 七年おいでになりました。 |
〈自多下 三字以音〉 |
||
亦從其國 遷上幸而。 |
またその國より 遷り上り幸でまして、 |
またその國から お遷りになつて、 |
於吉備之 高嶋宮。 八年坐。 |
吉備の 高島の宮に 八年ましましき。 |
備後びんごの 高島の宮に 八年おいでになりました。 |
速吸門(はよせえ・早よせ衛門) |
||
故從其國 上幸之時。 |
かれその國より 上り幸でます時に、 |
その國から 上のぼつておいでになる時に、 |
乘龜甲。 | 龜の甲せに乘りて、 | 龜の甲こうに乘つて |
爲釣乍。 | 釣しつつ | 釣をしながら |
打羽擧來人。 | 打ち羽振り來る人、 |
勢いよく 身體からだを振ふつて來る人に |
遇于 速吸門。 |
速吸はやすひの 門とに 遇ひき。 |
速吸はやすいの 海峽かいきようで 遇いました。 |
爾喚歸。 | ここに喚びよせて、 | そこで呼び寄せて、 |
問之 汝者誰也。 |
問ひたまはく、 「汝いましは誰ぞ」 と問はしければ、 |
「お前は誰か」 とお尋ねになりますと、 |
答曰 僕者國神。 |
答へて曰はく、 「僕あは國つ神なり」とまをしき。 |
「わたくしはこの土地にいる神です」 と申しました。 |
名宇豆毘古。 | ||
又問 汝者知 海道乎。 |
また問ひたまはく 「汝は海うみつ道ぢを知れりや」 と問はしければ、 |
また 「お前は海の道を知つているか」 とお尋ねになりますと |
答曰 能知。 |
答へて曰はく、 「能く知れり」とまをしき。 |
「よく知つております」 と申しました。 |
又問 從而仕奉乎。 |
また問ひたまはく 「從みともに仕へまつらむや」 と問はしければ、 |
また「供をして來るか」 と問いましたところ、 |
答曰仕奉。 |
答へて曰はく 「仕へまつらむ」とまをしき。 |
「お仕え致しましよう」 と申しました。 |
故爾 指度槁機。 |
かれここに 槁さをを指し度わたして、 |
そこで 棹さおをさし渡して |
引入其御船。 | その御船に引き入れて、 | 御船に引き入れて、 |
即賜名 號槁根津日子。 |
槁根津日子 さをねつひこ といふ名を賜ひき。 |
サヲネツ彦 という名を下さいました。 |
〈此者 倭國造等之祖〉 |
(こは 倭の國の造等が祖なり。) |
|
タテヅく |
||
故從其國 上行之時。 |
かれその國より 上り行いでます時に、 |
その國から 上つておいでになる時に、 |
經 浪速之 渡而。 |
浪速なみはやの 渡わたりを 經て、 |
難波なにわの 灣わんを 經て |
泊 青雲之白肩津。 |
青雲の白肩しらかたの津に 泊はてたまひき。 |
河内の白肩の津に 船をお泊とめになりました。 |
此時。 | この時に、 | この時に、 |
登美能 那賀須泥毘古。 〈自登下 九字以音〉 |
登美とみの 那賀須泥毘古 ながすねびこ、 |
大和の國の トミに住んでいる ナガスネ彦が |
興軍。 | 軍を興して、 | 軍を起して |
待向以戰。 | 待ち向へて戰ふ。 | 待ち向つて戰いましたから、 |
爾取所 入御船之楯 而下立。 |
ここに、 御船に入れたる楯を取りて、 下おり立ちたまひき。 |
御船に入れてある 楯を取つて 下り立たれました。 |
故號其地 謂楯津。 |
かれ其地そこに號けて 楯津たてづといふ。 |
そこでその土地を名づけて 楯津と言います。 |
於今者 云日下之蓼津也。 |
今には 日下くさかの蓼津たでづといふ。 |
今でも 日下くさかの蓼津たでつと 言いつております。 |
イツセの痛手(イッテー) |
||
於是與 登美毘古戰之時。 |
ここに 登美とみ毘古と戰ひたまひし時に、 |
かくて ナガスネ彦と戰われた時に、 |
五瀬命。 於御手。 |
五瀬いつせの命、 御手に |
イツセの命が 御手に |
負登美毘古之 痛矢串。 |
登美毘古が 痛矢串いたやぐしを負はしき。 |
ナガスネ彦の 矢の傷をお負いになりました。 |
故爾詔。 | かれここに詔りたまはく、 | そこで仰せられるのには |
吾者爲 日神之御子。 |
「吾は 日の神の御子として、 |
「自分は 日の神の御子として、 |
向日而戰不良。 | 日に向ひて戰ふことふさはず。 | 日に向つて戰うのはよろしくない。 |
故負 賤奴之痛手。 |
かれ賤奴やつこが痛手を負ひつ。 | そこで賤しい奴の傷を負つたのだ。 |
自今者。 行廻而。 |
今よは 行き廻めぐりて、 |
今から廻つて行つて |
背負日以撃 期而。 |
日を背に負ひて撃たむ」と、 期ちぎりたまひて、 |
日を背中にして撃とう」 と仰せられて、 |
自南方。 廻幸之時。 |
南の方より 廻り幸でます時に、 |
南の方から 廻つておいでになる時に、 |
到血沼海。 | 血沼ちぬの海に到りて、 |
和泉いずみの國の チヌの海に至つて |
洗其御手之血。 | その御手の血を洗ひたまひき。 | その御手の血をお洗いになりました。 |
故謂 血沼海也。 |
かれ血沼の海といふ。 | そこでチヌの海とは言うのです。 |
從其地 廻幸。 |
其地そこより 廻り幸でまして、 |
其處から 廻つておいでになつて、 |
到 紀國男之 水門而詔。 |
紀きの國の男をの 水門みなとに 到りまして、詔りたまはく、 |
紀伊きいの國の ヲの水門みなとに おいでになつて仰せられるには、 |
負賤奴之手 乎死。 |
「賤奴やつこが手を負ひてや、 命すぎなむ」 |
「賤しい奴のために 手傷を負つて死ぬのは 殘念である」 |
爲男建 而崩。 |
と男健をたけびして 崩かむあがりましき。 |
と叫ばれて お隱れになりました。 |
故號其水門。 謂男水門也。 |
かれその水門みなとに名づけて 男をの水門といふ。 |
それで其處を ヲの水門みなとと言います。 |
陵即在 紀國之 竈山也。 |
陵みはかは 紀の國の 竈山かまやまにあり。 |
御陵は 紀伊の國の 竈山かまやまにあります。 |
失神 |
||
故 神倭 伊波禮毘古命。 |
かれ 神倭 伊波禮毘古の命、 |
カムヤマト イハレ彦の命は、 |
從其地廻幸。 |
其地そこより 廻り幸でまして、 |
その土地から 廻つておいでになつて、 |
到熊野村之時。 | 熊野くまのの村に到りましし時に、 | 熊野においでになつた時に、 |
大熊。 髣髴 出入即失。 |
大きなる熊、 髣髴ほのかに 出で入りてすなはち失せぬ。 |
大きな熊が ぼうつと現れて、 消えてしまいました。 |
爾神倭 伊波禮毘古命。 焂忽爲遠延。 |
ここに神倭 伊波禮毘古の命 焂忽にはかにをえまし、 |
ここにカムヤマト イハレ彦の命は 俄に氣を失われ、 |
及御軍 皆遠延 而伏。 〈遠延二字以音〉 |
また御軍も 皆をえて 伏しき。 |
兵士どもも 皆氣を失つて 仆れてしまいました。 |
高倉下=高倉じい=高木の下降 |
||
此時。 熊野之 高倉下。 〈此者人名〉 |
この時に 熊野の 高倉下たかくらじ、 |
この時 熊野の タカクラジという者が |
齎一横刀。 | 一横刀たちをもちて、 | 一つの大刀をもつて |
到於 天神御子之伏地而。 獻之時。 |
天つ神の御子の 伏こやせる地ところに 到りて獻る時に、 |
天の神の御子の 臥しておいでになる處に 來て奉る時に、 |
天神御子 即寤起。 |
天つ神の御子、 すなはち寤さめ起ちて、 |
お寤さめになつて、 |
詔長寢乎。 |
「長寢ながいしつるかも」 と詔りたまひき。 |
「隨分寢たことだつた」 と仰せられました。 |
故受取 其横刀之時。 |
かれその横刀たちを 受け取りたまふ時に、 |
その大刀を お受け取りなさいました時に、 |
其熊野山之荒神。 |
その熊野の山の 荒あらぶる神 |
熊野の山の 惡い神たちが |
自皆爲切仆。 | おのづからみな切り仆たふさえき。 | 自然に皆切り仆されて、 |
爾其惑伏御軍。 悉寤起之。 |
ここにそのをえ伏せる御軍 悉に寤め起ちき。 |
かの正氣を失つた軍隊が 悉く寤さめました。 |
故天神御子。 | かれ天つ神の御子、 | そこで天の神の御子が |
問獲 其横刀之所由。 |
その横刀たちを獲つる ゆゑを問ひたまひしかば、 |
その大刀を獲た 仔細をお尋ねになりましたから、 |
高倉下答曰。 | 高倉下じ答へまをさく、 | タカクラジがお答え申し上げるには、 |
己夢云。 | 「おのが夢に、 | 「わたくしの夢に、 |
天照大神。 高木神。 二柱神之命以。 |
天照らす大神 高木の神 二柱の神の命もちて、 |
天照らす大神と 高木の神の お二方の御命令で、 |
召建御雷神 而詔。 |
建御雷たけみかづちの神を召よびて 詔りたまはく、 |
タケミカヅチの神を召して、 |
葦原中國者。 伊多玖 佐夜藝帝阿理那理。 〈此十一字以音〉 |
葦原の中つ國は いたく 騷さやぎてありなり。 |
葦原の中心の國は ひどく 騷いでいる。 |
我之御子等。 不平坐良志。 〈此二字以音〉 |
我が御子たち 不平やくさみますらし。 |
わたしの御子みこたちは 困つていらつしやるらしい。 |
其葦原中國者。 | その葦原の中つ國は、 | あの葦原の中心の國は |
專汝所 言向之國故。 |
もはら汝いましが 言向ことむけつる國なり。 |
もつぱらあなたが 平定した國である。 |
汝建御雷神 可降。 |
かれ汝 建御雷の神降あもらさね」 とのりたまひき。 |
だからお前 タケミカヅチの神、 降つて行けと仰せになりました。 |
爾答曰。 | ここに答へまをさく、 |
そこでタケミカヅチの神が お答え申し上げるには、 |
僕雖不降。 | 「僕やつこ降らずとも、 | わたくしが降りませんでも、 |
專有 平其國之横刀。 |
もはら その國を平ことむけし横刀あれば、 |
その時に國を平定した大刀が ありますから、 |
可降是刀。 | この刀たちを降さむ。 | これを降しましよう。 |
〈此刀名。 云佐士布都神。 亦名云甕布都神。 亦名云布都御魂。 此刀者。 坐石上神宮也〉 |
(この刀の名は 佐士布都の神といふ。 またの名は甕布都の神といふ、 またの名は布都の御魂。 この刀は 石上の神宮に坐す) |
この大刀の名は サジフツの神、 またの名はミカフツの神、 またの名はフツノミタマと言います。 今石上いそのかみ神宮にあります。 |
降此刀状者。 | この刀を降さむ状は、 | この大刀を降す方法は、 |
穿高倉下之 倉頂。 |
高倉下が 倉の頂むねを穿ちて、 |
タカクラジの 倉の屋根に穴をあけて |
自其墮入。 |
そこより墮し入れむ とまをしたまひき。 |
其處から墮し入れましよう と申しました。 |
「故 建御雷神教曰。 |
||
穿汝之倉頂。 | ||
以此刀堕入」 | ||
故 阿佐 米余玖 〈自阿下 五字以音〉 |
かれ 朝 目吉よく |
そこでわたくしに、 お前は朝 目が寤さめたら、 |
汝取持。 | 汝取り持ちて | この大刀を取つて |
獻天神御子。 |
天つ神の御子に獻れと、 のりたまひき。 |
天の神の御子に奉れと お教えなさいました。 |
故如夢教而。 | かれ夢の教のまにま、 | そこで夢の教えのままに、 |
旦見己倉者。 | 旦あしたにおのが倉を見しかば、 | 朝早く倉を見ますと |
信有横刀。 | 信まことに横刀たちありき。 | ほんとうに大刀がありました。 |
故以是 横刀而獻耳。 |
かれこの横刀をもちて獻らくのみ」 とまをしき。 |
依つてこの大刀を奉るのです」 と申しました。 |
八咫烏(やたがらす) |
||
於是亦。 高木大神之命以 覺白之。 |
ここにまた 高木の大神の命もちて、 覺さとし白したまはく、 |
ここにまた 高木の神の御命令で お教えになるには、 |
天神御子。 | 「天つ神の御子、 | 「天の神の御子よ、 |
自此於奧方 莫使入幸。 |
こよ奧つ方に な入りたまひそ。 |
これより奧には おはいりなさいますな。 |
荒神甚多。 | 荒ぶる神いと多さはにあり。 | 惡い神が澤山おります。 |
今自天。 遣八咫烏。 |
今天より 八咫烏やたがらすを 遣つかはさむ。 |
今天から 八咫烏やたがらすを よこしましよう。 |
故其八咫烏 引道。 |
かれその八咫烏 導きなむ。 |
その八咫烏が 導きするでしようから、 |
從其立後應幸行。 |
その立たむ後しりへより幸でまさね」 と、のりたまひき。 |
その後よりおいでなさい」 とお教え申しました。 |
うだのウガチ(違う歌) |
||
故隨其教覺。 | かれその御教みさとしのまにまに、 | はたして、その御教えの通り |
從其八咫烏之後 幸行者。 |
その八咫烏の後より 幸いでまししかば、 |
八咫烏の後から おいでになりますと、 |
到吉野河之 河尻時。 |
吉野えしの河の 河尻に到りましき。 |
吉野河の 下流に到りました。 |
作筌 有取魚人。 |
時に筌うへをうちて 魚な取る人あり。 |
時に河に筌うえを入いれて 魚を取る人があります。 |
爾天神御子。 | ここに天つ神の御子 | そこで天の神の御子が |
問汝者誰也。 |
「汝いましは誰そ」 と問はしければ、 |
「お前は誰ですか」 とお尋ねになると、 |
答曰 僕者國神。 名謂 贄持之子。 |
答へ白さく、 「僕あは國つ神 名は贄持にへもつの子」 とまをしき。 |
「わたくしは この土地にいる神で、 ニヘモツノコであります」 と申しました。 |
〈此者。 阿陀之鵜飼之祖〉 |
(こは阿陀の鵜養の祖なり) | これは阿陀の鵜飼の祖先です。 |
從其地 幸行者。 |
其地そこより 幸でまししかば、 |
それから おいでになると、 |
生尾人。 | 尾ある人 | 尾のある人が |
自井出來。 | 井より出で來。 | 井から出て來ました。 |
其井有光。 | その井光れり。 | その井は光つております。 |
爾問汝誰也。 |
「汝は誰そ」 と問はしければ、 |
「お前は誰ですか」 とお尋ねになりますと、 |
答曰 | 答へ白さく、 | |
僕者國神。 | 「僕は國つ神 | 「わたくしはこの土地にいる神、 |
名謂井氷鹿。 | 名は井氷鹿ゐひか」とまをしき。 | 名はヰヒカと申します」と申しました。 |
〈此者。吉野 首等祖也〉 |
(こは吉野の 首等が祖なり) |
これは吉野の 首等おびとらの祖先です。 |
即入其山之。 | すなはちその山に入りまししかば、 | そこでその山におはいりになりますと、 |
亦遇生尾人。 | また尾ある人に遇へり。 | また尾のある人に遇いました。 |
此人。 押分巖而出來。 |
この人 巖いはほを押し分けて出で來く。 |
この人は 巖を押し分けて出てきます。 |
爾問汝者誰也。 | 「汝は誰そ」と問はしければ、 | 「お前は誰ですか」とお尋ねになりますと、 |
答曰 | 答へ白さく、 | |
僕者國神。 | 「僕は國つ神 | 「わたくしはこの土地にいる神で、 |
名謂石押分之子。 | 名は石押分いはおしわくの子、 | イハオシワクであります。 |
今聞天神御子 幸行。 |
今天つ神の御子 幸いでますと聞きつ。 |
今天の神の御子が おいでになりますと聞きましたから、 |
故參向耳。 |
かれ、まゐ向へまつらくのみ」 とまをしき。 |
參り出て來ました」 と申しました。 |
〈此者。吉野國巣之祖〉 | (こは吉野の國巣が祖なり) | これは吉野の國栖くずの祖先です。 |
自其 地蹈穿越。 |
其地そこより 蹈み穿ち越えて、 |
それから 山坂を蹈み穿うがつて越えて |
幸宇陀。 | 宇陀うだに幸でましき。 | ウダにおいでになりました。 |
故曰宇陀之穿也。 | かれ宇陀うだの穿うがちといふ。 | 依つて宇陀うだのウガチと言います。 |
エウカシとオトウカシ |
||
故爾於宇陀。 | かれここに宇陀に、 | |
有 兄宇迦斯。 弟宇迦斯 二人。 |
兄宇迦斯えうかし 弟宇迦斯おとうかしと 二人あり。 |
この時に宇陀うだに エウカシ・ オトウカシという 二人ふたりがあります。 |
〈自宇以下 三字以音。 下效此。(也)〉 |
||
故先遣 八咫烏。 |
かれまづ 八咫烏を遣はして、 |
依つてまず 八咫烏やたがらすを遣つて、 |
問二人曰。 | 二人に問はしめたまはく、 | |
今天神御子 幸行。 |
「今、天つ神の御子 幸いでませり。 |
「今天の神の御子が おいでになりました。 |
汝等仕奉乎。 |
汝いましたち仕へまつらむや」 と問ひたまひき。 |
お前方はお仕え申し上げるか」 と問わしめました。 |
於是兄宇迦斯。 | ここに兄宇迦斯、 | しかるにエウカシは |
以鳴鏑待 射返其使。 |
鳴鏑なりかぶらもちて、 その使を待ち射返しき。 |
鏑矢かぶらやを以つて その使を射返しました。 |
故其鳴鏑所 落之地。 |
かれその鳴鏑の 落ちし地ところを、 |
その鏑矢の落ちた處を |
謂訶夫羅前也。 | 訶夫羅前かぶらざきといふ。 | カブラ埼さきと言います。 |
將待撃云而。 | 「待ち撃たむ」といひて、 | 「待つて撃とう」と言つて |
聚軍然 不得聚軍者。 |
軍いくさを聚めしかども、 軍をえ聚めざりしかば、 |
軍を集めましたが、 集め得ませんでしたから、 |
欺陽 仕奉而。 |
仕へまつらむと 欺陽いつはりて、 |
「お仕え申しましよう」と 僞つて、 |
作大殿。 | 大殿を作りて、 | 大殿を作つて |
於其殿内。 | その殿内とのぬちに | その殿の内に |
作押機待時。 | 押機おしを作りて待つ時に、 | 仕掛を作つて待ちました時に、 |
弟宇迦斯 先參向。 |
弟宇迦斯 おとうかしまづまゐ向へて、 |
オトウカシがまず出て來て、 |
拜曰。 | 拜をろがみてまをさく、 | 拜して、 |
僕兄兄宇迦斯。 | 「僕が兄兄宇迦斯、 | 「わたくしの兄のエウカシは、 |
射返 天神御子之使。 |
天つ神の御子の使を 射返し、 |
天の神の御子のお使を 射返し、 |
將爲待攻而。 聚軍 不得聚者。 |
待ち攻めむとして 軍を聚むれども、 え聚めざれば、 |
待ち攻めようとして 兵士を集めましたが 集め得ませんので、 |
作殿。 | 殿を作り、 | 御殿を作り |
其内張押機。 | その内に押機おしを張りて、 | その内に仕掛を作つて |
將待取。 | 待ち取らむとす、 | 待ち取ろうとしております。 |
故參向 顯白。 |
かれまゐ向へて 顯はしまをす」 とまをしき。 |
それで出て參りまして このことを申し上げます」 と申しました。 |
宇陀の血原(歌の力) |
||
爾大伴連等之祖。 道臣命。 |
ここに大伴おほともの連むらじ等が 祖道みちの臣おみの命、 |
そこで大伴おおともの連等むらじらの 祖先そせんのミチノオミの命、 |
久米直等之祖。 大久米命二人。 |
久米くめの直あたへ等が祖 大久米おほくめの命二人、 |
久米くめの直等あたえらの祖先の オホクメの命二人が |
召兄宇迦斯 罵詈云。 |
兄宇迦斯えうかしを召よびて、 罵のりていはく、 |
エウカシを呼んで 罵ののしつて言うには、 |
伊賀〈此二字以音〉 所作仕奉 於大殿内者。 |
「いが 作り仕へまつれる 大殿内とのぬちには、 |
「貴樣が 作つてお仕え申し上げる 御殿の内には、 |
意禮〈此二字以音〉 先入。 |
おれ まづ入りて、 |
自分が 先に入つて |
明白其將爲 仕奉之状而。 |
その仕へまつらむとする状を 明し白せ」といひて、 |
お仕え申そうとする樣を あきらかにせよ」と言つて、 |
即握 横刀之手上。 |
横刀たちの手上たがみ 握とりしばり、 |
刀の柄つかを 掴つかみ |
矛由氣 〈此二字以音〉 矢刺而。 |
矛 ほこゆけ 矢刺して、 |
矛ほこを さしあて 矢をつがえて |
追入之時。 | 追ひ入るる時に、 | 追い入れる時に、 |
乃己所作 押見打而死。 |
すなはちおのが作れる 押機おしに打たれて死にき。 |
自分の張つて置いた 仕掛に打たれて死にました。 |
爾即控出 斬散。 |
ここに控ひき出して 斬り散はふりき。 |
そこで引き出して、 斬り散らしました。 |
故其地謂 宇陀之 血原也。 |
かれ其地そこを 宇陀の 血原といふ。 |
その土地を 宇陀うだの 血原ちはらと言います。 |
久米歌(くえない歌) |
||
然而。 其弟宇迦斯之 獻大饗者。 |
然して その弟宇迦斯おとうかしが 獻れる大饗おほみあへをば、 |
そうしてそのオトウカシが 獻上した御馳走を |
悉賜其御軍。 | 悉にその御軍みいくさに賜ひき。 | 悉く軍隊に賜わりました。 |
此時歌曰。 |
この時、 御歌よみしたまひしく、 |
その時に 歌をお詠みになりました。それは、 |
宇陀能 多加紀爾 | 宇陀の 高城たかきに | 宇陀の 高臺たかだいで |
志藝和那波留 | 鴫羂しぎわな張る。 | シギの網あみを張る。 |
和賀麻都夜 志藝波佐夜良受 | 我わが待つや 鴫は障さやらず、 | わたしが待まつているシギは懸からないで |
伊須久波斯 久治良佐夜流 | いすくはし 鷹くぢら障さやる。 | 思いも寄らないタカが懸かつた。 |
古那美賀 那許波佐婆 | 前妻こなみが 菜な乞はさば、 | 古妻ふるづまが食物を乞うたら |
多知曾婆能 微能那祁久袁 | たちそばの 實の無なけくを | ソバノキの實のように |
許紀志斐惠泥 | こきしひゑね。 | 少しばかりを削つてやれ。 |
宇波那理賀 那許婆佐婆 | 後妻うはなりが 菜乞はさば、 | 新しい妻が食物を乞うたら |
伊知佐加紀 微能意富祁久袁 | いちさかき實みの大けくを | イチサカキの實のように |
許紀陀斐惠泥 | こきだひゑね | 澤山に削つてやれ。 |
疊疊〈音引〉志夜胡志夜 | ええ、しやこしや。 | ええ |
此者伊碁能布曾。 〈此五字以音〉 |
こは いのごふぞ。 | やつつけるぞ。 |
阿阿〈音引〉志夜胡志夜。 | ああ、しやこしや。 | ああ |
此者嘲咲者也 | こは 嘲咲あざわらふぞ。 | よい氣味きみだ。 |
故其 弟宇迦斯。 |
かれその 弟宇迦斯、 |
その オトウカシは |
〈此者。宇陀 水取等之祖也〉 |
こは宇陀の 水取もひとり等が祖なり。 |
宇陀の 水取もひとり等の祖先です。 |
うちてしやまんの歌 |
||
自其地幸行。 | 其地そこより幸でまして、 | 次に、 |
到忍坂 大室之時。 |
忍坂おさかの 大室に到りたまふ時に、 |
忍坂おさかの 大室おおむろにおいでになつた時に、 |
生尾土雲 〈訓云具毛〉 八十建。 |
尾ある土雲 八十建 やそたける、 |
尾のある穴居の人 八十人の武士が |
在其室 待伊那流。 〈此三字以音〉 |
その室にありて 待ちいなる。 |
その室にあつて 威張いばつております。 |
故爾 天神御子之命以。 |
かれここに 天つ神の御子の命もちて、 |
そこで 天の神の御子の御命令で |
饗賜 八十建。 |
御饗みあへを 八十建やそたけるに賜ひき。 |
お料理を賜わり、 |
於是 宛八十建。 設八十膳夫。 |
ここに 八十建に宛てて、 八十膳夫かしはでを設まけて、 |
八十人の武士に當てて 八十人の料理人を用意して、 |
毎人佩刀。 誨其膳夫等曰。 |
人ごとに刀たち佩けて その膳夫かしはでどもに、 誨へたまはく、 |
その人毎に大刀を佩はかして、 その料理人どもに |
聞歌之者。 | 「歌を聞かば、 | 「歌を聞いたならば |
一時共斬。 |
一時もろともに斬れ」 とのりたまひき。 |
一緒に立つて武士を斬れ」 とお教えなさいました。 |
故明 將打其土雲之歌 曰。 |
かれその土雲を 打たむとすることを 明あかして歌よみしたまひしく、 |
その穴居の人を 撃とうとすることを 示した歌は、 |
意佐加能 意富牟盧夜爾 | 忍坂おさかの 大室屋に | 忍坂おさかの大きな土室つちむろに |
比登佐波爾 岐伊理袁理 | 人多さはに 來き入り居り。 | 大勢の人が入り込んだ。 |
比登佐波爾 伊理袁理登母 | 人多に 入り居りとも、 | よしや大勢の人がはいつていても |
美都美都斯 久米能古賀 | みつみつし 久米の子が、 | 威勢のよい久米くめの人々が |
久夫都都伊 伊斯都都伊母知 | 頭椎くぶつつい 石椎いしつついもち | 瘤大刀こぶたちの石大刀いしたちでもつて |
宇知弖斯夜麻牟 | 撃ちてしやまむ。 | やつつけてしまうぞ。 |
美都美都斯 久米能古良賀 | みつみつし 久米の子らが、 | 威勢のよい久米の人々が |
久夫都都伊 伊斯都都伊母知 | 頭椎い 石椎いもち | 瘤大刀の石大刀でもつて |
伊麻宇多婆余良斯 | 今撃たば善よらし。 | そら今撃つがよいぞ。 |
如此歌而。 | かく歌ひて、 | かように歌つて、 |
拔刀。 一時打殺也。 |
刀を拔きて、 一時に打ち殺しつ。 |
刀を拔いて 一時に打ち殺してしまいました。 |
うちてし野蛮の歌 |
||
然後 將撃 登美毘古之時。 |
然ありて後に、 登美毘古を 撃ちたまはむとする時、 |
その後、 ナガスネ彦を お撃ちになろうとした時に、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌いになつた歌は、 |
美都美都斯 | みつみつし | 威勢のよい |
久米能古良賀 | 久米の子らが | 久米の人々の |
阿波布爾波 | 粟生あはふには | アワの畑はたけには |
賀美良比登母登 | 臭韮かみら一莖もと、 | 臭いニラが一本ぽん生はえている。 |
曾泥賀母登 | そねが莖もと | その根ねのもとに、 |
曾泥米都那藝弖 | そね芽め繋つなぎて | その芽めをくつつけて |
宇知弖志夜麻牟 | 撃ちてしやまむ。 | やつつけてしまうぞ。 |
又歌曰。 | また、歌よみしたまひしく、 | また、 |
美都美都斯。 | みつみつし | 威勢のよい |
久米能古良賀。 | 久米の子らが | 久米の人々の |
加岐母登爾。 | 垣下もとに | 垣本かきもとに |
宇惠志波士加美。 | 植うゑし山椒はじかみ、 | 植えたサンシヨウ、 |
久知比比久。 | 口ひひく | 口がひりひりして |
和禮波和須禮士。 | 吾われは忘れじ。 | 恨みを忘れかねる。 |
宇知弖斯夜麻牟。 | 撃ちてしやまむ。 | やつつけてしまうぞ。 |
うちてし野蛮の神風の歌 |
||
又歌曰。 | また、歌よみしたまひしく、 | また、 |
加牟加是能 | 神風かむかぜの | 神風かみかぜの吹く |
伊勢能宇美能 | 伊勢の海の | 伊勢の海の |
意斐志爾 | 大石おひしに | 大きな石に |
波比母登富呂布 | はひもとほろふ | 這い廻まわつている |
志多陀美能 | 細螺しただみの、 | 細螺しただみのように |
伊波比母登富理 | いはひもとほり | 這い廻つて |
宇知弖志夜麻牟 | 撃ちてしやまむ。 | やつつけてしまうぞ。 |
又撃 兄師木。 弟師木之時。 |
また 兄師木えしき 弟師木おとしきを 撃ちたまふ時に、 |
また、 エシキ、 オトシキを お撃ちになりました時に、 |
御軍暫疲。 | 御軍暫しまし疲れたり。 | 御軍の兵士たちが、少し疲れました。 |
爾歌曰。 | ここに歌よみしたまひしく、 | そこでお歌い遊ばされたお歌、 |
多多那米弖。 | 楯並たたなめて | 楯たてを竝ならべて射いる、 |
伊那佐能夜麻能。 | 伊那佐いなさの山の | そのイナサの山の |
許能麻用母。 | 樹この間よも | 樹この間まから |
伊由岐麻毛良比。 | い行きまもらひ | 行き見守つて |
多多加閇婆。 | 戰へば | 戰爭いくさをすると |
和禮波夜惠奴。 | 吾われはや飢ゑぬ。 | 腹が減へつた。 |
志麻都登理。 | 島つ鳥 | 島しまにいる |
宇〈上〉加比賀登母。 | 鵜養うかひが徒とも、 | 鵜うを養かう人々よ |
伊麻須氣爾許泥。 | 今助すけに來ね。 | すぐ助けに來てください。 |
最後に トミのナガスネ彦をお撃うちになりました。 |
||
ウマシマヂの命(生ましまじ) |
||
故爾 邇藝速日命。 |
かれここに 邇藝速日 にぎはやびの命 |
時にニギハヤビの命が |
參赴。 | まゐ赴むきて、 | 天の神の御子のもとに參つて |
白於天神御子。 | 天つ神の御子にまをさく、 | 申し上げるには、 |
聞天神御子。 天降坐故。 |
「天つ神の御子 天降あもりましぬと聞きしかば、 |
「天の神の御子が 天からお降りになつたと聞きましたから、 |
追參降來。 | 追ひてまゐ降り來つ」とまをして、 | 後を追つて降つて參りました」と申し上げて、 |
即獻天津瑞以。 仕奉也。 |
天つ瑞しるしを獻りて 仕へまつりき。 |
天から持つて來た寶物を捧げて お仕え申しました。 |
故 邇藝速日命。 |
かれ邇藝速日 にぎはやびの命、 |
このニギハヤビの命が |
娶 登美毘古之妹。 登美夜毘賣。生子 |
登美毘古が妹 登美夜毘賣 とみやびめに 娶ひて生める子、 |
ナガスネ彦の 妹トミヤ姫と結婚して 生んだ子が |
宇摩志麻遲命。 |
宇摩志麻遲 うましまぢの命。 |
ウマシマヂの命で、 |
〈此者。 物部連。 穂積臣。 婇臣祖也〉故如此。 |
(こは 物部の連、 穗積の臣、 婇臣が祖なり) |
これが 物部もののべの連・ 穗積の臣・ 采女うねめの臣等の祖先です。 |
言向平和 荒夫琉神等。 〈夫琉二字以音〉 |
かれかくのごと、 荒ぶる神どもを 言向ことむけやはし、 |
そこでかようにして 亂暴な神たちを 平定し、 |
退撥 不伏之人等而。 |
伏まつろはぬ人どもを 退そけ撥はらひて、 |
服從しない人どもを 追い撥はらつて、 |
坐畝火之 白檮原宮。 |
畝火うねびの 白檮原かしはらの宮にましまして、 |
畝傍うねびの 橿原かしはらの宮において |
治天下也。 | 天の下治しらしめしき。 | 天下をお治めになりました。 |
ホトホト困った名 |
||
故坐 日向時。 |
かれ日向に ましましし時に、 |
はじめ日向ひうがの國に おいでになつた時に、 |
娶阿多之 小椅君妹。 |
阿多あたの 小椅をばしの君が妹、 |
阿多あたの 小椅おばしの君の妹の |
名阿比良比賣。 〈自阿以下 五字以音〉 |
名は阿比良 あひら比賣に娶ひて、 |
アヒラ姫という方と結婚して、 |
生子。 | 生みませる子、 | |
多藝志美美命。 | 多藝志美美たぎしみみの命、 | タギシミミの命・ |
次岐須美美命。 | 次に岐須美美きすみみの命、 | キスミミの命と |
二柱坐也。 | 二柱ませり。 | お二方の御子がありました。 |
然更求 爲大后之美人時。 |
然れども更に、 大后おほぎさきとせむ美人をとめを 求まぎたまふ時に、 |
しかし更に 皇后となさるべき孃子おとめを お求めになつた時に、 |
大久米命曰。 | 大久米の命まをさく、 | オホクメの命の申しますには、 |
此間有媛女。 是謂神御子。 |
「ここに媛女をとめあり。 こを神の御子なりといふ。 |
「神の御子と傳える 孃子があります。 |
其所以謂 神御子者。 |
それ神の御子と いふ所以ゆゑは、 |
そのわけは |
三嶋 湟咋之女。 |
三島の 湟咋みぞくひが女、 |
三嶋みしまの ミゾクヒの娘むすめの |
名 勢夜陀多良比賣。 |
名は勢夜陀多良 せやだたら比賣、 |
セヤダタラ姫という方が |
其容姿麗美。 | それ容姿麗かほよかりければ、 | 非常に美しかつたので、 |
故美和之 大物主神。 |
美和の 大物主の神、 |
三輪みわの オホモノヌシの神が |
見感而。 | 見感めでて、 | これを見て、 |
其美人。 爲大便之時。 |
その美人をとめの 大便くそまる時に、 |
その孃子が 厠かわやにいる時に、 |
化丹塗矢。 | 丹塗にぬり矢になりて、 | 赤く塗つた矢になつて |
自其爲大便之 溝流下。 |
その大便まる溝より、 流れ下りて、 |
その河を流れて來ました。 |
突其美人之 富登。 〈此二字以音。 下效此〉 |
その美人の 富登 ほとを突きき。 |
|
爾其美人驚而。 | ここにその美人驚きて、 | その孃子が驚いて |
立走 伊須須岐伎。 〈此五字以音〉 |
立ち走り いすすぎき。 |
|
乃將來其矢。 | すなはちその矢を持ち來て、 |
その矢を持つて來て |
置於床邊。 | 床の邊に置きしかば、 | 床の邊ほとりに置きましたところ、 |
忽成麗壯夫。 | 忽に麗しき壯夫をとこに成りぬ。 | たちまちに美しい男になつて、 |
即娶 其美人。 生子。 |
すなはちその美人に娶ひて 生める子、 |
その孃子と結婚して 生んだ子が |
名謂 富登多多良 伊須須岐比賣命。 |
名は 富登多多良伊須須岐比賣 ほとたたら いすすきひめの命、 |
ホトタタラ イススキ姫であります。 |
亦名謂 比賣多多良 伊須氣余理比賣。 |
またの名は 比賣多多良 伊須氣余理比賣 ひめたたら いすけよりひめといふ。 |
後にこの方は名を ヒメタタラ イスケヨリ姫と改めました。 |
〈是者。 惡其富登云事。 後改名者也〉 |
(こは その富登といふ事を惡みて、 後に改へつる名なり) |
これは そのホトという事を嫌つて、 後に改めたのです。 |
故是以 謂神御子也。 |
かれここを以ちて 神の御子とはいふ」 とまをしき。 |
そういう次第で、 神の御子と申すのです」 と申し上げました。 |
七乙女 |
||
於是七媛女。 | ここに七媛女をとめ、 | ある時七人の孃子が |
遊行於 高佐士野。 〈佐士二字以音〉 |
高佐士野 たかさじのに遊べるに、 |
大和の タカサジ野で遊んでいる時に、 |
伊須氣余理比賣 在其中。 |
伊須氣余理比賣 いすけよりひめその中にありき。 |
このイスケヨリ姫も 混まじつていました。 |
爾大久米命。 | ここに大久米の命、 | そこでオホクメの命が、 |
見其伊須氣余理比賣而。 | その伊須氣余理比賣を見て、 | そのイスケヨリ姫を見て、 |
以歌白於天皇曰。 | 歌もちて天皇にまをさく、 | 歌で天皇に申し上げるには、 |
夜麻登能 | 倭やまとの | 大和の國の |
多加佐士怒袁 | 高佐士野を | タカサジ野のを |
那那由久 | 七なな行く | 七人行く |
袁登賣杼母 | 媛女をとめども、 | 孃子おとめたち、 |
多禮袁志摩加牟 | 誰をしまかむ。 | その中の誰をお召しになります。 |
爾 伊須氣 余理比賣者。 |
ここに 伊須氣 余理比賣は、 |
この イスケヨリ姫は、 |
立其媛女等 之前。 |
その媛女どもの 前さきに立てり。 |
その時に孃子たちの 前さきに立つておりました。 |
乃天皇見 其媛女等而。 |
すなはち天皇、 その媛女どもを見て、 |
天皇は その孃子たちを御覽になつて、 |
御心知 伊須氣余理比賣 立於最前。 |
御心に 伊須氣余理比賣の 最前いやさきに立てることを知らして、 |
御心に イスケヨリ姫が 一番前さきに立つていることを知られて、 |
以歌答曰。 | 歌もちて答へたまひしく、 | お歌でお答えになりますには、 |
加都賀都母 | かつがつも | まあまあ |
伊夜佐岐陀弖流 | いや先立てる | 一番先に立つている娘こを |
延袁斯麻加牟 | 愛えをしまかむ。 | 妻にしましようよ。 |
入墨の秘密(黥・ケイ≒刑) |
||
爾大久米命。 | ここに大久米の命、 | ここにオホクメの命が、 |
以天皇之命。 | 天皇の命を、 | 天皇の仰せを |
詔其 伊須氣余理比賣之時。 |
その伊須氣余理比賣に 詔のる時に、 |
そのイスケヨリ姫に傳えました時に、 |
見其大久米命 黥 利目而。 |
その大久米の命の 黥さける 利目とめを見て、 |
姫はオホクメの命の 眼の裂目さけめに 黥いれずみをしているのを見て |
思奇歌曰。 |
奇あやしと思ひて、 歌ひたまひしく、 |
不思議に思つて、 |
阿米都都 | 天地あめつつ | 天地間てんちかんの |
知杼理麻斯登登 | ちどりましとと |
千人にん勝まさりの 勇士ゆうしだというに、 |
那杼佐祁流斗米 | など黥さける利目とめ。 |
どうして目めに 黥いれずみをしているのです。 |
と歌いましたから、 | ||
爾大久米命 答歌曰。 |
ここに大久米の命、 答へ歌ひて曰ひしく、 |
オホクメの命が答えて歌うには、 |
袁登賣爾 | 媛女に | お孃さんに |
多陀爾阿波牟登 | 直ただに逢はむと | すぐに逢おうと思つて |
和加佐祁流斗米 | 吾わが黥ける利目とめ | 目に黥いれずみをしております。 |
と歌いました。 | ||
故其孃子。 | かれその孃子をとめ、 | かくてその孃子は |
白之仕奉也。 | 「仕へまつらむ」とまをしき。 | 「お仕え申しあげましよう」と申しました。 |
サヰ河(サギか) |
||
於是其 伊須氣余理比賣命 之家。 |
ここにその 伊須氣余理比賣の命の家は、 |
その イスケヨリ姫のお家は |
在狹井河之上。 | 狹井さゐ河の上うへにあり。 | サヰ河のほとりにありました。 |
天皇幸行 其伊須氣余理比賣 之許。 |
天皇、 その伊須氣余理比賣のもとに 幸いでまして、 |
この姫のもとに おいでになつて |
一宿御寢坐也。 | 一夜御寢みねしたまひき。 | 一夜お寢やすみになりました。 |
〈其河謂 佐韋河由者。 |
(その河を 佐韋河といふ由は、 |
その河をサヰ河というわけは、 |
於其河邊 山由理草 多在。 |
その河の邊に、 山百合草 多くあり。 |
河のほとりに 山百合やまゆり草が 澤山ありましたから、 |
故取其 山由理草之名。 |
かれその 山百合草の名を取りて、 |
その名を取つて |
號佐韋河也。 | 佐韋河と名づく。 | 名づけたのです。 |
山由理草之 本名云佐韋也〉 |
山百合草の 本の名佐韋といひき) |
山百合草のもとの名は サヰと言つたのです。 |
後其 伊須氣余理比賣。 |
後にその 伊須氣余理比賣いすけよりひめ、 |
後にその姫が |
參入宮内之時。 | 宮内おほみやぬちにまゐりし時に、 | 宮中に參上した時に、 |
天皇御歌曰。 | 天皇、御歌よみしたまひしく、 | 天皇のお詠みになつた歌は、 |
阿斯波良能 | 葦原の | アシ原の |
志祁志岐袁夜邇 | しけしき小屋をやに | アシの繁つた小屋に |
須賀多多美 | 菅疊すがたたみ | スゲの蓆むしろを |
伊夜佐夜斯岐弖 | いや清さや敷きて、 | 清らかに敷いて、 |
和賀布多理泥斯 | わが二人寢し。 | 二人ふたりで寢たことだつたね。 |
然而 阿禮坐之御子名。 |
然して 生あれませる御子の名は、 |
かくして お生まれになつた御子は、 |
日子八井命。 | 日子八井ひこやゐの命、 | ヒコヤヰの命・ |
次神八井耳命。 |
次に神八井耳 かむやゐみみの命、 |
カムヤヰミミの命・ |
次神沼河耳命。 |
次に神沼河耳 かむななかはみみの命 |
カムヌナカハミミの命の |
〈三柱〉 | 三柱。 | お三方です。 |
サヤギヌ |
||
故天皇崩後。 | かれ天皇崩かむあがりまして後に、 | 天皇がお隱れになつてから、 |
其庶兄 當藝志美美命。 |
その庶兄まませ 當藝志美美 たぎしみみの命、 |
その庶兄ままあにの タギシミミの命が、 |
娶其嫡后 伊須氣余理比賣之時。 |
その嫡后おほぎさき 伊須氣余理比賣に娶あへる時に、 |
皇后の イスケヨリ姫と結婚した時に、 |
將殺 其三弟而。 |
その三柱の弟おとみこたちを 殺しせむとして、 |
三人の弟たちを 殺ころそうとして |
謀之間。 | 謀るほどに、 | 謀はかつたので、 |
其御祖 伊須氣余理比賣 患苦而。 |
その御祖みおや 伊須氣余理比賣、 患苦うれへまして、 |
母君ははぎみの イスケヨリ姫が 御心配になつて、 |
以歌。 令知 其御子等。 歌曰。 |
歌もちて その御子たちに 知らしめむとして 歌よみしたまひしく、 |
歌で この事を御子たちに お知らせになりました。 その歌は、 |
佐韋賀波用 | 狹井河よ | サヰ河の方から |
久毛多知和多理 | 雲起ちわたり | 雲が立ち起つて、 |
宇泥備夜麻 | 畝火山 | 畝傍うねび山の |
許能波佐夜藝奴 | 木の葉さやぎぬ。 | 樹の葉が騷いでいる。 |
加是布加牟登須 | 風吹かむとす。 | 風が吹き出しますよ。 |
又歌曰。 | また歌よみしたまひしく、 | |
宇泥備夜麻 | 畝火山 | 畝傍山は |
比流波久毛登韋 | 晝は雲とゐ、 | 晝は雲が動き、 |
由布佐禮婆 | 夕されば | 夕暮になれば |
加是布加牟登曾 | 風吹かむとぞ | 風が吹き出そうとして |
許能波佐夜牙流 | 木の葉さやげる。 | 樹の葉が騷いでいる。 |
謀殺 |
||
於是 其御子聞知而。 |
ここに その御子たち聞き知りて、 |
そこで 御子たちがお聞きになつて、 |
驚乃 爲將殺 當藝志美美之時。 |
驚きて 當藝志美美を 殺しせむとしたまふ時に、 |
驚いて タギシミミを 殺そうとなさいました時に、 |
神沼河耳命。 | 神沼河耳の命、 | カムヌナカハミミの命が、 |
曰其兄 神八井耳命。 |
その兄いろせ 神八井耳の命にまをしたまはく、 |
兄君の カムヤヰミミの命に、 |
那泥。 〈此二字以音〉 汝命。 |
「なね 汝なが命、 |
「あなたは |
持兵入而。 | 兵つはものを持ちて入りて、 | 武器を持つてはいつて |
殺 當藝志美美。 |
當藝志美美を殺せたまへ」 とまをしたまひき。 |
タギシミミをお殺しなさいませ」 と申しました。 |
故持兵入以。 | かれ兵つはものを持ちて、 | そこで武器を持つて |
將殺之時。 | 入りて殺しせむとする時に、 | 殺そうとされた時に、 |
手足 和那那岐弖 〈此五字以音〉 不得殺。 |
手足 わななきて え殺せたまはず。 |
手足が 震えて 殺すことができませんでした。 |
故爾其弟 神沼河耳命。 |
かれここに その弟いろと 神沼河耳の命、 |
そこで 弟のカムヌナカハミミの命が |
乞取 其兄所持之兵。 |
その兄の持てる 兵つはものを乞ひ取りて、 |
兄君の持つておられる 武器を乞い取つて、 |
入殺 當藝志美美。 |
入りて 當藝志美美を殺しせたまひき。 |
はいつて タギシミミを殺しました。 |
故亦稱其御名。 |
かれまた その御名をたたへて、 |
そこでまた 御名みなを讚たたえて |
謂 建沼河耳命。 |
建沼河耳 たけぬなかはみみの命 とまをす。 |
タケヌナカハミミの命 と申し上げます。 |
忌人 |
||
爾神八井命。 | ここに神八井耳の命、 | かくてカムヤヰミミの命が |
讓弟 建沼河耳命曰。 |
弟建沼河耳の命に 讓りてまをしたまはく、 |
弟のタケヌナカハミミの命に 國を讓つて申されるには、 |
吾者不能殺仇。 | 「吾あは仇をえ殺せず、 | 「わたしは仇を殺すことができません。 |
汝命 既得殺仇。 |
汝なが命は 既にえ殺せたまひぬ。 |
それをあなたが 殺しておしまいになりました。 |
故吾雖兄。 | かれ吾は兄なれども、 | ですからわたしは兄であつても、 |
不宜爲上。 | 上かみとあるべからず。 | 上にいることはできません。 |
是以汝命爲上。 | ここを以ちて汝が命、上とまして、 | あなたが天皇になつて |
治天下。 | 天の下治しらしめせ。 | 天下をお治め遊ばせ。 |
僕者扶汝命。 | 僕やつこは汝が命を扶たすけて、 | わたしはあなたを助けて |
爲忌人而。 | 忌人いはひびととなりて | 祭をする人として |
仕奉也。 | 仕へまつらむ」とまをしたまひき。 | お仕え申しましよう」と申しました。 |
系譜 |
||
故其 日子八井命者。 |
かれその 日子八井の命は、 |
そこでその ヒコヤヰの命は、 |
〈茨田連。 手嶋連之祖〉 |
茨田うまらたの連、 手島の連が祖。 |
茨田うまらたの連むらじ・ 手島の連の祖先です。 |
神八井耳命者。 | 神八井耳の命は、 | カムヤヰミミの命は、 |
〈意富臣。 | 意富おほの臣四、 | 意富おおの臣おみ・ |
小子部連。 | 小子部ちひさこべの連、 | 小子部ちいさこべの連・ |
坂合部連。 | 坂合部の連、 | 坂合部の連・ |
火君。 | 火の君、 | 火の君・ |
大分君。 | 大分おほきたの君、 | 大分おおきたの君・ |
阿蘇君。 | 阿蘇の君、 | 阿蘇あその君・ |
筑紫三家連。 | 筑紫の三家みやけの連、 | 筑紫の三家みやけの連・ |
雀部臣。 | 雀部さざきべの臣、 | 雀部さざきべの臣・ |
雀部造。 | 雀部の造、 | 雀部の造みやつこ・ |
小長谷造。 | 小長谷をはつせの造、 | 小長谷おはつせの造・ |
都祁直。 | 都祁つげの直、 | 都祁つげの直あたえ・ |
伊余國造。 | 伊余の國の造、 | 伊余いよの國の造・ |
科野國造。 | 科野しなのの國の造、 | 科野しなのの國の造・ |
道奧石城國造。 | 道の奧の石城いはきの國の造、 | 道の奧の石城いわきの國の造・ |
常道仲國造。 | 常道ひたちの仲の國の造、 | 常道ひたちの仲の國の造・ |
長狹國造。 | 長狹の國の造、 | 長狹ながさの國の造・ |
伊勢船木直。 | 伊勢の船木の直、 | 伊勢の船木ふなきの直・ |
尾張丹波臣。 | 尾張の丹波にはの臣、 | 尾張の丹羽にわの臣・ |
嶋田臣等之祖也〉 | 島田の臣等が祖なり。 | 島田の臣等の祖先です。 |
神沼河耳命者。 | 神沼河耳の命は | カムヌナカハミミの命は、 |
治天下也。 | 天の下治しらしめしき。 | 天下をお治めになりました。 |
最期(神武天皇) |
||
凡此 神倭伊波禮毘古天皇。 |
およそこの 神倭伊波禮毘古の天皇、 |
すべてこの カムヤマトイハレ彦の天皇は、 |
御年。壹佰參拾漆歳。 |
御年一百三十七歳 ももちまりみそまりななつ、 |
御歳おとし百三十七歳、 |
御陵在 畝火山之北方 白檮尾上也。 |
御陵みはかは 畝火山の北の方 白檮かしの尾の上にあり。 |
御陵は 畝傍山の北の方の 白檮かしの尾おの上えにあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
綏靖天皇 |
||
神沼河耳命。 | 神沼河耳の命、 |
カムヌナカハミミの命 (綏靖天皇すいせいてんのう)、 |
坐葛城 高岡宮。 |
葛城かづらきの 高岡たかをかの宮にましまして、 |
大和の國の葛城かずらきの 高岡の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治しらしめしき。 | 天下をお治め遊ばされました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
娶師木縣主之祖。 | 師木の縣主の祖、 | シキの縣主あがたぬしの祖先の |
河俣毘賣。 | 河俣かはまた毘賣に娶あひて、 | カハマタ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
師木津日子 玉手見命。 |
師木津日子玉手見 しきつひこたまでみの命 |
シキツ彦 タマデミの命 |
〈一柱〉 | 一柱。 | お一方です。 |
天皇 御年肆拾伍歳。 |
天皇、 御年四十五歳よそぢあまりいつつ、 |
天皇は 御年四十五歳、 |
御陵在 衝田岡也。 |
御陵は 衝田つきだの岡にあり。 |
御陵は 衝田つきだの岡にあります。 |
安寧天皇 |
||
師木津日子 玉手見命。 |
師木津日子 玉手見の命、 |
シキツ彦 タマデミの命(安寧天皇)、 |
坐片鹽浮穴宮。 |
片鹽かたしほの 浮穴うきあなの宮にましまして、 |
大和の片鹽かたしおの 浮穴うきあなの宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 娶河俣毘賣之兄。 縣主殿延之女。 阿久斗比賣。 |
この天皇、 河俣かはまた毘賣の兄 縣主波延はえが女、 阿久斗あくと比賣に娶あひて、 |
この天皇は カハマタ姫の兄の 縣主あがたぬしハエの女の アクト姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
常根津日子 伊呂泥命。 〈自伊下三字以音〉 |
常根津日子伊呂泥 とこねつひこいろねの命、 |
トコネツ彦 イロネの命・ |
次大倭日子 鉏友命。 |
次に大倭日子鉏友 おほやまとひこすきともの命、 |
オホヤマト彦 スキトモの命・ |
次師木津日子命。 | 次に師木津日子しきつひこの命。 | シキツ彦の命のお三方です。 |
此天皇之御子等。 | この天皇の御子等たち | この天皇の御子たち |
并三柱之中。 | 并せて、三柱の中、 | 合わせてお三方の中、 |
大倭日子 鉏友命者。 |
大倭日子 鉏友の命は、 |
オホヤマト彦 スキトモの命は、 |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めになりました。 |
次 師木津日子命。之子 |
次に 師木津日子の命の御子 |
次に シキツ彦の命の御子が |
二王坐。 | 二柱ます。 | お二方あつて、 |
一子者。 | 一柱の子孫は、 | お一方の子孫は、 |
〈伊賀須知之稻置。 那婆理之稻置。 三野之稻置之祖〉 |
伊賀の須知の稻置いなき、 那婆理の稻置、 三野の稻置が祖なり。 |
伊賀の須知の稻置いなき・ 那婆理なはりの稻置・ 三野の稻置の祖先です。 |
一子。 和知都美命者。 |
一柱の御子 和知都美 わちつみの命は、 |
お一方の御子 ワチツミの命は |
坐淡道之御井宮。 |
淡道あはぢの 御井みゐの宮にましき。 |
淡路の 御井みいの宮においでになり、 |
故此王。 有二女。 |
かれこの王みこ、 女むすめ二柱ましき。 |
姫宮が お二方おありになりました。 |
兄名 蝿伊呂泥。 |
兄いろねの名は 繩伊呂泥 はへいろね、 |
その姉君あねぎみは ハヘイロネ、 |
亦名 意富夜麻 登久邇阿禮比賣命。 |
またの名は 意富夜麻登久邇阿禮 おほやまとくにあれ比賣の命、 |
またの名は オホヤマトクニアレ姫の命、 |
弟名 蝿伊呂杼也。 |
弟いろとの名は 繩伊呂杼 はへいろとどなり。 |
妹君は ハヘイロドです。 |
天皇。 御年肆拾玖歳。 |
天皇、御年四拾九歳 よそぢあまりここのつ、 |
この天皇の 御年四十九歳、 |
御陵在 畝火山之 美富登也。 |
御陵は 畝火山の 美富登みほとにあり。 |
御陵は 畝傍山の ミホトにあります。 |
懿德天皇 |
||
大倭 日子鉏友命。 |
大倭日子鉏友 おほやまと ひこすきともの命、 |
オホヤマト彦 スキトモの命 (懿徳天皇)、 |
坐 輕之境岡宮。 |
輕かるの 境岡さかひをかの宮に ましまして、 |
大和の輕かるの 境岡さかいおかの宮に おいでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶 師木縣主之祖。 賦登麻和訶比賣命。 亦名 飯日比賣命。 |
この天皇、 師木の縣主の祖、 賦登麻和訶ふとまわか比賣の命、 またの名は 飯日いひひ比賣の命に娶ひて、 |
この天皇は シキの縣主あがたぬしの祖先 フトマワカ姫の命、 またの名は イヒヒ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
御眞津日子 訶惠志泥命。 〈自訶下四字以音〉 |
御眞津日子訶惠志泥 みまつひこかゑしねの命、 |
ミマツ彦 カヱシネの命と |
次 多藝志比古命。 〈二柱〉 |
次に 多藝志比古 たぎしひこの命 二柱。 |
タギシ彦の命と お二方です。 |
故 御眞津日子 訶惠志泥命者。 |
かれ御眞津日子訶惠志泥 みまつひこ かゑしねの命は、 |
この ミマツ彦 カヱシネの命は |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
次 當藝志比古命者。 |
次に 當藝志比古の命は、 |
次にタギシ彦の命は、 |
〈血沼之別。 多遲麻之竹別。 葦井之 稻置之祖〉 |
血沼の別、 多遲麻の竹の別、 葦井の 稻置が祖なり。 |
血沼ちぬの別わけ・ 多遲麻たじまの竹の別・ 葦井あしいの 稻置いなきの祖先です。 |
天皇。 御年肆拾伍歳。 |
天皇、 御年四十五歳よそぢあまりいつつ、 |
天皇は御年 四十五歳、 |
御陵在 畝火山之 眞名子谷上也。 |
御陵は 畝火山の眞名子谷 まなごだにの上にあり。 |
御陵は 畝傍山の マナゴ谷の上にあります。 |
孝昭天皇 |
||
御眞津日子 訶惠志泥命。 |
御眞津日子訶惠志泥 みまつひこかゑしねの命、 |
ミマツ彦 カヱシネの命(孝昭天皇)、 |
坐葛城 掖上宮。 |
葛城の 掖上わきがみの宮にましまして、 |
大和の葛城の 掖上わきがみの宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 娶尾張連之祖。 奧津余曾之妹。 名余曾多本毘賣命。 |
この天皇、 尾張の連むらじの祖、 奧津余曾おきつよそが妹、 名は余曾多本毘賣よそたほびめの命に娶ひて、 |
この天皇は 尾張おわりの連の祖先の オキツヨソの妹 ヨソタホ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
天押帶日子命。 | 天押帶日子あめおしたらしひこの命、 | アメオシタラシ彦の命と |
次大倭帶日子 國押人命。 |
次に大倭帶日子國押人 おほやまとたらしひこくにおしびとの命 |
オホヤマトタラシ彦 クニオシビトの命と |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
故弟。 帶日子國 忍人命者。 |
かれ弟いろと 帶日子國押人 たらしひこくに おしびとの命は、 |
この オホヤマトタラシ彦 クニオシビトの命は |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
兄 天押帶日子命者。 |
兄いろせ 天押帶日子 あめおしたらしひこの命は、 |
兄のアメオシタラシ彦の命は、 |
〈春日臣。 | 春日の臣、 | 春日の臣・ |
大宅臣。 | 大宅の臣、 | 大宅おおやけの臣・ |
粟田臣。 | 粟田の臣、 | 粟田の臣・ |
小野臣。 | 小野の臣、 | 小野の臣・ |
柿本臣。 | 柿本の臣、 | 柿本の臣・ |
壹比韋臣。 | 壹比韋の臣、 | 壹比韋いちひいの臣・ |
大坂臣。 | 大坂の臣、 | 大坂の臣・ |
阿那臣。 | 阿那の臣、 | 阿那の臣・ |
多紀臣。 | 多紀の臣、 | 多紀たきの臣・ |
羽栗臣。 | 羽栗の臣、 | 羽栗の臣・ |
知多臣。 | 知多の臣、 | 知多の臣・ |
牟邪臣。 | 牟耶の臣、 | 牟耶むざの臣・ |
都怒山臣。 | 都怒山の臣、 | 都怒つの山の臣・ |
伊勢飯高君。 | 伊勢の飯高の君、 | 伊勢の飯高の君・ |
壹師君。 | 壹師の君、 | 壹師の君・ |
近淡海國造之祖也〉 | 近つ淡海の國の造が祖なり。 | 近つ淡海の國の造の祖先です。 |
天皇 御年玖拾參歳。 |
天皇、 御年九十三歳ここのそぢまりみつ、 |
天皇は 御年九十三歳、 |
御陵在 掖上 博多山上也。 |
御陵は 掖上の 博多はかた山の上三にあり。 |
御陵は 掖上の 博多はかた山の上にあります。 |
孝安天皇 |
||
大倭帶日子 國押人命。 |
大倭帶日子國押人 おほやまとたらしひこ くにおしびとの命、 |
オホヤマトタラシ彦 クニオシビトの命 (孝安天皇)、 |
坐葛城室之 秋津嶋宮。 |
葛城の室むろの 秋津島あきづしまの宮にましまして、 |
大和の葛城の室の 秋津島の宮においでになつて |
治天下也此天皇。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
娶姪 忍鹿比賣命。 |
この天皇、 姪忍鹿おしが比賣の命に娶ひて、 |
この天皇は 姪めいのオシカ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
大吉備諸進命。 |
大吉備おほきびの 諸進もろすすの命、 |
オホキビノ モロススの命と |
次大倭根子日子 賦斗邇命。 |
次に大倭根子日子賦斗邇 おほやまとねこひこ ふとにの命 |
オホヤマトネコ彦 フトニの命と |
〈二柱。 自賦下三字以音〉 |
二柱。 | お二方です。 |
故大倭根子日子 賦斗邇命者。 |
かれ大倭根子日子賦斗邇 おほやまとねこひこふとにの命は、 |
このオホヤマトネコ彦 フトニの命は |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
天皇。 御年壹佰貳拾參歳。 |
天皇、 御年一百二十三歳ももちあまりはたちみつ、 |
天皇は 御年百二十三歳、 |
御陵在玉手岡上也。 | 御陵は玉手たまての岡の上へにあり。 | 御陵は玉手の岡の上にあります。 |
孝靈天皇 |
||
大倭根子日子 賦斗邇命。 |
大倭根子日子賦斗邇 おほやまとねこひこふとにの命、 |
オホヤマトネコ彦 フトニの命(孝靈天皇)、 |
坐黒田廬戸宮。 |
黒田くろだの 廬戸いほどの宮にましまして、 |
大和の黒田の 廬戸いおとの宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶 十市縣主之祖。 大目之女。 名細比賣命。 |
この天皇、 十市とをちの縣主の祖、 大目おほめが女、 名は細くはし比賣の命に娶ひて、 |
この天皇、 トヲチの縣主の祖先の オホメの女の クハシ姫の命と結婚して |
生御子。 大倭根子日子 國玖琉命。 〈一柱。 玖琉二字以音〉 |
生みませる御子、 大倭根子日子國玖琉 おほやまとねこひこくにくるの命 一柱。 |
お生みになつた御子は、 オホヤマトネコ彦 クニクルの命 お一方です。 |
又娶 春日之 千千速眞若比賣。 |
また春日かすがの 千千速眞若 ちぢはやまわか比賣に娶ひて、 |
また春日かすがの チチハヤマワカ姫と結婚して |
生御子 千千速比賣命。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 千千速ちぢはや比賣の命 一柱。 |
お生みになつた御子は、 チチハヤ姫の命 お一方です。 |
又娶 意富夜麻登 玖邇阿禮比賣命。 |
また 意富夜麻登玖邇阿禮 おほやまと くにあれ比賣の命に娶ひて、 |
オホヤマト クニアレ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
夜麻登 登母母曾毘賣命。 |
夜麻登登母母曾毘賣 やまと とももそびめの命、 |
ヤマト トモモソ姫の命・ |
次 日子刺肩別命。 |
次に日子刺肩別 ひこさしかたわけの命、 |
ヒコサシ カタワケの命・ |
次 比古伊 佐勢理毘古命。 |
次に比古伊佐勢理毘古 ひこいさせりびこの命、 |
ヒコイ サセリ彦の命、 |
亦名 大吉備津日子命。 |
またの名は 大吉備津日子 おほきびつひこの命、 |
またの名は オホキビツ彦の命・ |
次 倭 飛羽矢若屋比賣。 |
次に 倭飛羽矢若屋 やまととびはやわかや比賣 |
ヤマト トビハヤワカヤ姫の |
〈四柱〉 | 四柱。 | お四方です。 |
又娶 其阿禮比賣命之弟。 蠅伊呂杼。 |
またその 阿禮あれ比賣の命の弟、 繩伊呂杼はへいろどに娶ひて、 |
またそのアレ姫の命の 妹ハヘイロドと結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
日子寤間命。 |
日子寤間 ひこさめまの命、 |
ヒコサメマの命と |
次 若日子建 吉備津日子命。 |
次に 若日子建吉備津日子 わかひこたけきびつひこの命 |
ワカヒコタケキビツ彦の命と |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
此天皇之御子等。 并八柱。 |
この天皇の御子たち、 并はせて八柱ませり。 |
この天皇の御子みこは 合わせて八人にんおいでになりました。 |
〈男王五。女王三〉 | (男王五柱、女王三柱) | 男王五人、女王三人です。 |
故 大倭根子日子 國玖琉命者。 |
かれ 大倭根子日子國玖琉 おほやまとねこひこくにくるの命は、 |
そこで オホヤマトネコ彦 クニクルの命は |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
大吉備津日子命。 |
大吉備津日子 おほきびつひこの命と |
オホキビツ彦の命と |
與 若建吉備津日子命。 |
若建吉備津日子 わかたけきびつひこの命とは、 |
ワカタケキビツ彦の命とは、 |
二柱相副而。 | 二柱相副たぐはして、 | お二方で |
於針間 氷河之前。 |
針間はりまの 氷ひの河かはの前さきに |
播磨はりまの 氷ひの河かわの埼さきに |
居忌瓮而。 | 忌瓮いはひべを居すゑて、 |
忌瓮いわいべを据すえて 神かみを祭まつり、 |
針間爲道口 | 針間を道の口として、 | 播磨からはいつて |
以言向和 吉備國也。 |
吉備の國を 言向ことむけ和やはしたまひき。 |
吉備きびの國を平定されました。 |
故此 大吉備津日子命者。 〈吉備上道臣之祖也〉 |
かれこの 大吉備津日子の命は、 吉備の上つ道の臣が祖なり。 |
この オホキビツ彦の命は、 吉備の上の道の臣の祖先です。 |
次若日子建 吉備津日子命者。 〈吉備 下道臣。笠臣祖〉 |
次に若日子建 吉備津日子の命は、 吉備の 下つ道の臣、笠の臣が祖なり。 |
次にワカヒコタケ キビツ彦の命は、 吉備の 下の道の臣・笠の臣の祖先です。 |
次日子寤間命者。 〈針間 牛鹿臣之祖也〉 |
次に日子寤間 ひこさめまの命は、 針間はりまの 牛鹿の臣が祖なり。 |
次にヒコサメマの命は、 播磨の 牛鹿うしかの臣の祖先です。 |
次 日子刺肩別命者。 |
次に日子刺肩別 ひこさしかたわけの命は、 |
次にヒコサシカタワケの命は、 |
〈高志之利波臣。 | 高志こしの利波となみの臣、 | 高志こしの利波となみの臣・ |
豐國之國前臣。 | 豐國の國前の臣、 | 豐國の國前さきの臣・ |
五百原君。 | 五百原の君、 | 五百原の君・ |
角鹿海直之祖也〉 | 角鹿つぬがの濟の直が祖なり。 | 角鹿の濟わたりの直の祖先です。 |
天皇。 御年壹佰陸歳。 |
天皇、 御年一百六歳ももちまりむつ、 |
天皇は 御年百六歳、 |
御陵在片岡馬坂上也。 | 御陵は片岡の馬坂うまさかの上にあり。 | 御陵は片岡の馬坂うまさかの上にあります。 |
孝元天皇 |
||
大倭根子日子 國玖琉命。 |
大倭根子日子國玖琉 おほやまとねこ ひこくにくるの命、 |
オホヤマトネコ彦 クニクルの命 (孝元天皇)、 |
坐輕之 堺原宮。 |
輕かるの 堺原さかひはらの宮に ましまして、 |
大和の輕の 堺原さかいはらの宮に おいでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 | この天皇、 | この天皇は |
娶穂積臣等之祖。 | 穗積ほづみの臣等が祖、 | 穗積ほずみの臣等の祖先の |
内色許男命妹 〈色許二字以音 下效此〉。 |
内色許男うつしこをの命が妹、 | ウツシコヲの命の妹の |
内色許賣命。 | 内色許賣うつしこめの命に娶ひて、 | ウツシコメの命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
大毘古命。 | 大毘古おほびこの命、 | 大彦おおびこの命・ |
次 少名日子 建猪心命。 |
次に少名日子建猪心 すくなひこ たけゐごころの命、 |
スクナヒコ タケヰココロの命・ |
次 若倭根子日子 大毘毘命。 |
次に若倭根子日子大毘毘 わかやまとねこひこ おほびびの命 |
ワカヤマトネコ彦 オホビビの命の |
〈三柱〉 | 三柱。 | お三方です。 |
又娶 内色許男命之女。 |
また内色許男 うつしこをの命が女、 |
また ウツシコヲの命の女の |
伊賀迦色許賣命。 |
伊迦賀色許賣 いかがしこめの命に娶ひて、 |
イカガシコメの命と 結婚して |
生御子 比古布都押之信命。 〈自比至都以音〉 |
生みませる御子、 比古布都押 ひこふつおしの信まことの命一柱。 |
お生みになつた御子は ヒコフツオシノマコトの命 お一方です。 |
又娶 河内青玉之女。 名波邇夜須毘賣。 |
また 河内の青玉あをたまが女、 名は波邇夜須 はにやす毘賣に娶ひて、 |
また 河内のアヲタマの女の ハニヤス姫と結婚して |
生御子 建波邇夜須毘古命。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 建波邇夜須毘古 たけはにやすびこの命 一柱。 |
お生みになつた御子は タケハニヤス彦の命 お一方です。 |
此天皇之御子等。 并五柱。 |
この天皇の御子たち、 并はせて五柱ませり。 |
この天皇の御子たち 合わせてお五方いつかたおいでになります。 |
故 若倭根子日子 大毘毘命者。 治天下也。 |
かれ 若倭根子日子大毘毘 わかやまとねこひこ おほびびの命は、 天の下治らしめしき。 |
このうち ワカヤマトネコ彦 オホビビの命は 天下をお治めなさいました。 |
其兄大毘古命之子。 建沼河別命者。 〈阿倍臣等之祖〉 |
その兄大毘古おほびこの命の子、 建沼河別 たけぬなかはわけの命は、 阿部の臣等が祖なり。 |
その兄、大彦の命の子 タケヌナカハワケの命は 阿部の臣等の祖先です。 |
次 比古伊那許志別命。 〈自比至士六字以音。 |
次に比古伊那許士別 ひこいなこじわけの命、 |
次に ヒコイナコジワケの命は |
此者。膳臣之祖也〉 | こは膳の臣が祖なり。 | 膳かしわでの臣の祖先です。 |
比古布都押之 信命。 |
比古布都押 ひこふつおしの 信まことの命、 |
ヒコフツオシノ マコトの命が、 |
娶尾張連等之祖。 意富那毘之妹。 〈那毘二字以音〉 葛城之 高千那毘賣。 |
尾張をはりの連むらじ等が祖、 意富那毘 おほなびが妹、 葛城かづらきの 高千那毘賣たかちなびめに娶ひて、 |
尾張おわりの連の祖先の オホナビの妹の 葛城かずらきの タカチナ姫と結婚して |
生子。 味師内宿禰。 〈此者。 山代内臣之祖也〉 |
生みませる子、 味師内うましうちの宿禰すくね、 こは 山代の内の臣が祖なり。 |
生んだ子は ウマシウチの宿禰すくね、 これは山代 やましろの内の臣の祖先です。 |
又娶 木國造之祖。 宇豆比古之妹。 山下影日賣。 |
また 木きの國くにの造みやつこが祖、 宇豆比古うづひこが妹、 山下影やましたかげ日賣に娶ひて、 |
また 木の國くにの造みやつこの祖先の ウヅ彦の妹の ヤマシタカゲ姫と結婚して |
生子 建内宿禰。 |
生みませる子、 建内たけしうちの宿禰すくね。 |
生んだ子は タケシウチの宿禰です。 |
此建内宿禰之子。 并九。 〈男七。女二〉 |
この建内の宿禰の子、 并はせて九人ここのたり (男七柱、女二柱) |
このタケシウチの宿禰の子は 合わせて九人にんあります。 男七人女二人です。 |
宿禰 |
||
波多八代宿禰者。 | 波多の八代の宿禰は、 |
その ハタノヤシロの宿禰は |
〈波多臣。 | 波多の臣、 | 波多の臣・ |
林臣。 | 林の臣、 | 林の臣・ |
波美臣。 | 波美の臣、 | 波美の臣・ |
星川臣。 | 星川の臣、 | 星川の臣・ |
淡海臣。 | 淡海の臣、 | 淡海の臣・ |
長谷部君之祖也〉 | 長谷部の君が祖なり。 | 長谷部の君の祖先です。 |
次 許勢 小柄宿禰者。 |
次に 許勢こせの 小柄をからの宿禰は、 |
コセノヲカラの宿禰は |
〈許勢臣。 | 許勢の臣、 | 許勢の臣・ |
雀部臣。 | 雀部の臣、 | 雀部の臣・ |
輕部臣之祖也〉 | 輕部の臣が祖なり。 | 輕部の臣の祖先です。 |
次蘇賀 石河宿禰者。 |
次に 蘇賀そがの 石河いしかはの宿禰すくねは、 |
ソガノ イシカハの宿禰は |
〈蘇我臣。 | 蘇我の臣、 | 蘇我の臣・ |
川邊臣。 | 川邊の臣、 | 川邊の臣・ |
田中臣。 | 田中の臣、 | 田中の臣・ |
高向臣。 | 高向の臣、 | 高向たかむくの臣・ |
小治田臣。 | 小治田の臣、 | 小治田おはりだの臣・ |
櫻井臣。 | 櫻井の臣、 | 櫻井の臣・ |
岸田臣等之祖也〉 | 岸田の臣等が祖なり。 | 岸田の臣等の祖先です。 |
次平群 都久宿禰者。 |
次に平群へぐりの 都久つくの宿禰は、 |
ヘグリノ ツクの宿禰すくねは、 |
〈平群臣。 | 平群の臣、 | 平群の臣・ |
佐和良臣。 | 佐和良の臣、 | 佐和良の臣・ |
馬御樴連等祖也〉 | 馬の御樴みくひの連等が祖なり。 | 馬の御樴みくひの連等が祖なり。 |
次木角宿禰者。 | 次に木きの角つのの宿禰は、 | キノツノの宿禰すくねは、 |
〈木臣。 | 木の臣、 | 木の臣・ |
都奴臣。 | 都奴の臣、 | 都奴の臣・ |
坂本臣之祖〉 | 坂本の臣等が祖なり。 | 坂本の臣の祖先です。 |
次久米能 摩伊刀比賣。 |
次に久米くめの 摩伊刀まいと比賣、 |
次に クメノマイト姫・ |
次怒能伊呂比賣。 | 次に怒のの伊呂いろ比賣、 | ノノイロ姫です。 |
次葛城 長江曾都毘古者。 |
次に葛城かづらきの 長江ながえの曾都そつ毘古は、 |
葛城かずらきの 長江ながえのソツ彦は、 |
〈玉手臣。 | 玉手の臣、 | 玉手の臣・ |
的臣。 | 的の臣、 | 的いくはの臣・ |
生江臣。 | 生江の臣、 | 生江の臣・ |
阿藝那臣等之祖也〉 | 阿藝那の臣等が祖なり。 | 阿藝那あきなの臣等の祖先です。 |
又若子宿禰。 | また若子わくごの宿禰は、 | 次に若子わくごの宿禰すくねは、 |
〈江野財臣之祖〉 | 江野の財の臣が祖なり。 | 江野の財の臣の祖先です。 |
此天皇。 御年伍拾漆歳。 |
この天皇、 御年五十七歳いそぢあまりななつ、 |
この天皇は御年五十七歳、 |
御陵在 劔池之 中岡上也。 |
御陵は 劒つるぎの池いけの 中なかの岡をかの上にあり。 |
御陵ごりようは 劒の池の 中の岡の上にあります。 |
開化天皇 |
||
若倭根子日子 大毘毘命。 |
若倭根子日子大毘毘 わかやまとねこひこ おほびびの命、 |
ワカヤマトネコ彦 オホビビの命(開化天皇)、 |
坐春日之 伊邪河宮。 |
春日かすがの 伊耶河いざかはの宮 にましまして、 |
大和の春日の イザ河の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶 旦波之 大縣主。 名由碁理之女。 竹野比賣。 |
この天皇、 旦波たにはの 大縣主おほあがたぬし、 名は由碁理ゆごりが女むすめ、 竹野たかの比賣に娶ひて、 |
この天皇は、 丹波たんばの 大縣主おおあがたぬし ユゴリの女の タカノ姫と結婚して |
生御子。 比古由牟須美命。 〈一柱。 此王名以音〉 |
生みませる御子、 比古由牟須美 ひこゆむすみの命一柱。 |
お生みになつた御子は ヒコユムスミの命 お一方です。 |
又娶 庶母 伊迦賀色許賣命。 |
また 庶母みままはは 伊迦賀色許賣 いかがしこめの命に娶ひて、 |
また イカガシコメの命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
御眞木入日子 印惠命。 〈印惠二字以音〉 |
御眞木入日子印惠 みまきいりひこ いにゑの命、 |
ミマキイリ彦 イニヱの命と |
次御眞津比賣命。 〈二柱〉 |
次に御眞津みまつ比賣の命 二柱。 |
ミマツ姫の命との お二方です。 |
又娶 丸邇臣之祖。 日子國 意祁都命之妹。 意祁都比賣命。 〈意祁都三字以音〉 |
また 丸邇わにの臣の祖、 日子國意祁都 ひこくにおけつの命が妹、 意祁都おけつ比賣の命に 娶ひて、 |
また 丸邇わにの臣の祖先の ヒコクニオケツの命の妹の オケツ姫の命と 結婚して |
生御子。 日子坐王。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 日子坐ひこいますの王 一柱。 |
お生みになつた御子は ヒコイマスの王みこ お一方です。 |
又娶 葛城之 垂見宿禰之女。 鸇比賣。 |
また葛城かづらきの 垂見たるみの宿禰が女、 鸇わし比賣に娶ひて |
また葛城かずらきの タルミの宿禰の女の ワシ姫と結婚して |
生御子 建豐 波豆羅和氣王。 〈一柱。 自波下五字以音〉 |
生みませる御子、 建豐波豆羅和氣 たけとよ はつらわけの王 一柱。 |
お生みになつた御子は タケトヨ ハツラワケの王 お一方です。 |
此天皇之御子等。 并五柱。 〈男王四。女王一〉 |
この天皇の御子たち、 并はせて五柱 (男王四柱、女王一柱) |
合わせて五人 おいでになりました。 |
故 御眞木入日子 印惠命者。 治天下也。 |
かれ 御眞木入日子印惠 みまきいりひこ いにゑの命は、 天の下治らしめしき。 |
このうち ミマキイリ彦 イニヱの命は 天下をお治めなさいました。 |
其兄 比古由牟須美 王之子。 |
その兄みこのかみ 比古由牟須美 ひこゆむすみの 王の御子、 |
その兄 ヒコユムスミの 王の御子は、 |
大筒木垂根王。 |
大筒木垂根 おほつつきたりねの王、 |
オホツツキタリネの王と |
次讚岐垂根王。 〈二王。 讚岐二字以音〉 |
次に讚岐垂根 さぬきたりねの王 二柱。 |
サヌキタリネの王と お二方で、 |
此二王之女。 五柱坐也。 |
この二柱の王の女、 五柱ましき。 |
この二王の女は 五人ありました。 |
次日子坐王。娶 山代之 荏名津比賣。 亦名 苅幡戸辨。 〈此一字以音〉 |
次に 日子坐ひこいますの王、 山代やましろの 荏名津えなつ比賣、 またの名は 苅幡戸辨かりはたとべ に娶ひて |
次にヒコイマスの王が 山代やましろの エナツ姫、 またの名は カリハタトベ と結婚して |
生子。 大俣王。次 小俣王。次 志夫美宿禰王。 〈三柱〉 |
生みませる子、 大俣おほまたの王、次に 小俣をまたの王、次に 志夫美しぶみの宿禰すくねの王 三柱。 |
生んだ子は オホマタの王と ヲマタの王と シブミの宿禰の王と お三方です。 |
又娶 春日 建國勝戸賣之女。 名沙本之 大闇見戸賣。 |
また春日かすがの 建國勝戸賣 たけくにかつとめが女、 名は沙本さほの 大闇見戸賣おほくらみとめに娶ひて、 |
またこの王が春日の タケクニカツトメの女の サホの オホクラミトメと結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子が |
沙本毘古王。 | 沙本毘古さほびこの王、 | サホ彦の王・ |
次袁邪本王。 | 次に袁耶本をざほの王、 | ヲザホの王・ |
次沙本毘賣命。 亦名佐波遲比賣。 |
次に沙本さほ毘賣の命、 またの名は佐波遲さはぢ比賣、 |
サホ姫の命・ (サホ姫の命は またの名はサハヂ姫で、 |
〈此沙本毘賣命者。 爲伊久米天皇之后。 |
(この沙本毘賣の命は 伊久米三の天皇の 后となりたまへり。) |
この方は イクメ天皇の 皇后樣におなりになりました) |
自沙本毘古以下 三王名皆以音〉 |
||
次室毘古王。 〈四柱〉 |
次に室毘古むろびこの王 四柱。 |
ムロビコの王の お四方です。 |
又娶 近淡海之 御上 祝以伊都玖。 〈此三字以音〉 |
また近ちかつ 淡海あふみの 御上みかみの 祝はふりがもち いつく、 |
また近江の國の 御上みかみ山の 神職がお祭する |
天之御影神之女。 息長水依比賣。 |
天あめの御影みかげの神が女、 息長おきながの 水依みづより比賣に娶ひて、 |
アメノミカゲの神の女 オキナガノミヅヨリ姫と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は |
丹波 比古多多須 美知能宇斯王。 〈此王名以音〉 |
丹波たにはの 比古多多須美知能宇斯 ひこたたすみちのうしの王、 |
丹波ノ ヒコタタス ミチノウシの王・ |
次 水穂眞若王。 |
次に 水穗みづほの 眞若まわかの王、 |
ミヅホノ マワカの王・ |
次 神大根王。 亦名 八瓜 入日子王。 |
次に 神大根 かむおほねの王、 またの名は 八瓜やつりの 入日子いりひこの王、 |
カムオホネの王、 またの名は ヤツリの イリビコの王・ |
次 水穂 五百依比賣。 |
次に水穗みづほの 五百依いほより比賣、 |
ミヅホノ イホヨリ姫・ |
次御井津比賣。 | 次に御井津みゐつ比賣 | ミヰツ姫の |
〈五柱〉 | 五柱。 | 五人です。 |
又娶 其母弟。 袁祁都比賣命。 |
またその母の弟 袁祁都をけつ比賣の命に 娶ひて、 |
また母の妹 オケツ姫と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は |
山代之 大筒木 眞若王。 |
山代やましろの 大筒木おほつつきの 眞若まわかの王、 |
山代の オホツツキの マワカの王・ |
次比古意須王。 | 次に比古意須ひこおすの王、 | ヒコオスの王・ |
次伊理泥王。 | 次に伊理泥いりねの王 | イリネの王の |
〈三柱。此二王名以音〉 | 三柱。 | 三人です。 |
凡日子坐王之子。 并十一王。 |
およそ日子坐ひこいますの王の子、 并はせて十五王とをまりいつはしら。 |
すべてヒコイマスの王の御子は 合わせて十五人ありました。 |
故兄 大俣王之子。 |
かれ兄このかみ 大俣おほまたの王の子、 |
兄のオホマタの王の子は |
曙立王。 | 曙立あけたつの王、 | アケタツの王・ |
次菟上王。 | 次に菟上うがかみの王 | ウナガミの王の |
〈二柱〉 | 二柱。 | 二人です。 |
此曙立王者。 〈伊勢之品遲部君。 伊勢之佐那造之祖〉 |
この曙立あけたつの王は、 伊勢の品遲ほむぢ部、 伊勢の佐那の造が祖なり。 |
このアケタツの王は、 伊勢の品遲部ほんじべ・ 伊勢の佐那の造の祖先です。 |
次菟上王者。 〈比賣陀君之祖〉 |
菟上うながみの王は、 比賣陀の君が祖なり。 |
ウナガミの王は、 比賣陀の君の祖先です。 |
次小俣王者。 〈當麻勾君之祖〉 |
次に小俣をまたの王は 當麻の勾の君が祖なり。 |
次にヲマタの王は 當麻たぎまの 勾まがりの君の祖先です。 |
次志夫美 宿禰王者。 〈佐佐君之祖也〉 |
次に 志夫美しぶみの 宿禰すくねの王は 佐佐の君が祖なり。 |
次にシブミの宿禰の王は 佐佐の君の祖先です。 |
次沙本毘古王者。 〈日下部連。 甲斐國造之祖〉 |
次に沙本毘古さほびこの王は、 日下部の連、 甲斐の國の造が祖なり。 |
次にサホ彦の王は 日下部くさかべの連・ 甲斐の國の造の祖先です。 |
次袁邪本王者。 〈葛野之別。 近淡海蚊野之別祖也〉 |
次に袁耶本をざほの王は、 葛野の別、 近つ淡海の 蚊野の別が祖なり。 |
次にヲザホの王は 葛野かずのの別・ 近つ淡海の 蚊野かやの別の祖先です。 |
次室毘古王者。 〈若狹之耳別之祖〉 |
次に室毘古むろびこの王は、 若狹の耳の別が祖なり。 |
次にムロビコの王は 若狹の耳の別の祖先です。 |
其美知能宇志王。 娶 丹波之 河上之摩須 郎女。 |
その美知能宇志 みちのうしの王、 丹波たにはの 河上の摩須ますの 郎女いらつめに娶ひて、 |
そのミチノウシの王が 丹波の 河上のマスの 郎女いらつめと 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は |
比婆須比賣命。 | 比婆須ひばす比賣の命、 | ヒバス姫の命・ |
次眞砥野比賣命。 | 次に眞砥野まとの比賣の命、 | マトノ姫の命・ |
次弟比賣命。 | 次に弟おと比賣の命、 | オト姫の命・ |
次朝廷別王。 | 次に朝廷別みかどわけの王 | ミカドワケの王の |
〈四柱〉 | 四柱。 | 四人です。 |
此朝廷別王者。 〈三川之穂別之祖〉 |
この朝廷別 みかどわけの王は、 三川の穗の別が祖なり。 |
このミカドワケの王は、 三川の穗の別の祖先です。 |
此美知能宇斯王之弟。 水穂眞若王者。 〈近淡海之安直之祖〉 |
この美知能宇斯みちのうしの王の弟、 水穗みづほの眞若まわかの王は、 近つ淡海の安の直が祖なり。 |
このミチノウシの王の弟 ミヅホノマワカの王は 近つ淡海の安の直の祖先です。 |
次神大根王者。 〈三野國之 本巣國造。 長幡部連之祖〉 |
次に神大根かむおほねの王は、 三野の國の造、 本巣の國の造、 長幡部の連が祖なり。 |
次にカムオホネの王は 三野の國の造・ 本巣もとすの國の造・ 長幡部ながはたべの連の祖先です。 |
次山代之 大筒木眞若王。娶 同母弟伊理泥王之女。 丹波能 阿治佐波毘賣。 |
次に山代やましろの 大筒木眞若 おほつつきまわかの王、 同母弟いろせ伊理泥いりねの王が女、 丹波の 阿治佐波あぢさは毘賣に娶ひて、 |
その山代やましろの オホツツキマワカの王は 弟君イリネの王の女の 丹波たんばの アヂサハ姫と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ御子は、 |
迦邇米雷王。 〈迦邇米三字以音〉 |
迦邇米雷 かにめいかづちの王、 |
カニメイカヅチの王です。 |
此王。 娶丹波之 遠津臣之女。 名高材比賣。 |
この王、 丹波たにはの 遠津とほつの臣が女、 名は高材たかき比賣に娶ひて、 |
この王が 丹波たんばの 遠津の臣の女の タカキ姫と結婚して |
生子。 息長宿禰王。 |
生みませる子、 息長おきながの宿禰の王、 |
生んだ御子は オキナガの宿禰の王です。 |
此王娶 葛城之 高額比賣。 |
この王、 葛城かづらきの 高額たかぬか比賣に娶ひて、 |
この王が 葛城のタカヌカ姫と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ御子が |
息長帶比賣命。 | 息長帶おきながたらし比賣の命、 | オキナガタラシ姫の命・ |
次虚空津比賣命。 | 次に虚空津そらつ比賣の命、 | ソラツ姫の命・ |
次息長日子王。 | 次に息長日子おきながひこの王 | オキナガ彦の王の |
〈三柱。 | 三柱。 | 三人です。 |
此王者。 吉備品遲君。 針間阿宗君之祖〉 |
この王は 吉備の品遲の君、 針間の阿宗の君が祖なり。 |
このオキナガ彦の王は、 吉備の品遲ほむじの君・ 播磨の阿宗の君の祖先です。 |
又息長宿禰王。 |
また息長おきながの宿禰の王、 | またオキナガの宿禰の王が、 |
娶 河俣 稻依毘賣。 |
河俣かはまたの 稻依いなより毘賣に 娶ひて、 |
カハマタノ イナヨリ姫と 結婚して |
生子。 大多牟坂王。 〈多牟二字以音。 此者。 多遲摩國造之祖也〉 |
生みませる子、 大多牟坂 おほたむさかの王、 こは 多遲摩の國の造が祖なり。 |
生んだ子が オホタムサカの王で、 この方は 但馬たじまの國の造の祖先です。 |
上所謂。 建豐 波豆羅和氣王者。 |
上かみにいへる 建豐波豆羅和氣 たけとよはづらわけの王は |
上に出た タケトヨ ハヅラワケの王は、 |
〈道守臣。 | 道守の臣、 | 道守の臣・ |
忍海部造。 | 忍海部の造、 | 忍海部の造・ |
御名部造。 | 御名部の造、 | 御名部の造・ |
稻羽忍海部。 | 稻羽の忍海部、 | 稻羽の忍海部・ |
丹波之竹野別。 | 丹波の竹野の別、 | 丹波の竹野の別・ |
依網之阿毘古等之祖也〉 | 依網の阿毘古等が祖なり。 | 依網よさみの阿毘古等の祖先です。 |
天皇 御年陸拾參歳。 |
天皇、 御年六十三歳むそぢまりみつ、 |
この天皇は 御年六十三歳、 |
御陵在伊邪河之坂上也。 | 御陵は伊耶河いざかはの坂の上七にあり。 | 御陵はイザ河の坂の上にあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
后妃と御子 |
||
御眞木入日子 印惠命。 |
御眞木入日子印惠 みまきいりひこ いにゑの命、 |
イマキイリ彦 イニヱの命 (崇神天皇)、 |
坐師木水垣宮。 |
師木しきの 水垣みづかきの宮にましまして、 |
大和の師木しきの 水垣の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶 木國造。 名荒河刀辨之女。 〈刀辨二字以音〉 遠津年魚目 目微比賣。 |
この天皇、 木の國の造、 名は荒河戸辨 あらかはとべが女、 遠津年魚目目微比賣 とほつあゆめ まくはしひめに娶ひて、 |
この天皇は、 木の國の造の アラカハトベの女の トホツアユメ マクハシ姫と結婚して |
ごま2014 | ||
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
豐木入日子命。 | 豐木入日子とよきいりひこの命、 | トヨキイリ彦の命と |
次豐鉏入日賣命。 |
次に豐鉏入日賣 とよすきいりひめの命 |
トヨスキイリ姫の命 |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又娶 尾張連之祖。 意富阿麻比賣。 |
また尾張をはりの連が祖 意富阿麻おほあま比賣に 娶ひて、 |
また尾張の連の祖先の オホアマ姫と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
大入杵命。 | 大入杵おほいりきの命、 | オホイリキの命・ |
次八坂之入日子命。 | 次に八坂やさかの入日子いりひこの命、 | ヤサカノイリ彦の命・ |
次沼名木之入日賣命。 | 次に沼名木ぬなきの入日賣の命、 | ヌナキノイリ姫の命・ |
次十市之入日賣命。 | 次に十市とをちの入日賣の命 | トホチノイリ姫の命の |
〈四柱〉 | 四柱。 | お四方です。 |
又娶 大毘古命之女。 御眞津比賣命。 |
また大毘古おほびこの命が女、 御眞津みまつ比賣の命に 娶ひて、 |
また大彦おおびこの命の女の ミマツ姫の命と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
伊玖米入日子 伊沙知命。 〈伊玖米伊沙知 六字以音〉 |
伊玖米入日子 伊沙知 いくめいりひこ いさちの命、 |
イクメイリ彦 イサチの命・ |
次伊邪能眞若命。 〈自伊至能以音〉 |
次に伊耶いざの眞若まわかの命、 | イザノマワカの命・ |
次國片比賣命。 | 次に國片くにかた比賣の命、 | クニカタ姫の命・ |
次千千都久 〈此二字以音〉 和比賣命。 |
次に千千都久和 ちぢつくやまと比賣の命、 |
チヂツクヤマト姫の命・ |
次伊賀比賣命。 | 次に伊賀いが比賣の命、 | イガ姫の命・ |
次倭日子命。 | 次に倭日子やまとひこの命。 | ヤマト彦の命の |
〈六柱〉 | 六柱 | お六方です。 |
此天皇之御子等。 并十二柱。 〈男王七。女王五也〉 |
この天皇の御子たち、 并せて十二柱 (男王七、女王五なり) |
この天皇の御子たちは 合わせて十二王おいでになりました。 男王七人女王五人です。 |
故 伊久米伊理毘古 伊佐知命者。 治天下也。 |
かれ 伊久米伊理毘古伊佐知 いくめいりびこいさちの命は、 天の下治らしめしき。 |
そのうち イクメイリ彦 イサチの命は 天下をお治めなさいました。 |
次豐木 入日子命者。 〈上毛野君。 下毛野君等之祖也〉 |
次に豐木入日子 とよきいりひこの命は、 上つ毛野、 下つ毛野の君等が祖なり。 |
次にトヨキイリ彦の命は、 上毛野かみつけの・ 下毛野の君等の祖先です。 |
妹豐鉏比賣命。 〈拜祭 伊勢大神之宮也〉 |
妹豐鉏とよすき比賣の命は 伊勢の大神の宮を 拜いつき祭りたまひき。 |
妹のトヨスキ姫の命は 伊勢の大神宮を お祭りになりました。 |
次大入杵命者。 〈能登臣之祖也〉 |
次に大入杵おほいりきの命は、 能登の臣が祖なり。 |
次にオホイリキの命は 能登の臣の祖先です。 |
次倭日子命。 〈此王之時。 始而於陵立人垣〉 |
次に倭日子やまとひこの命は、 この王の時に 始めて陵に人垣を立てたり。 |
次にヤマト彦の命は、 この王の時に始めて 陵墓に人の垣を立てました。 |
御諸山の大物主による疫病 |
||
此天皇之御世。 | この天皇の御世に | この天皇の御世に、 |
疫病多起。 | 「役病えやみ多さはに起り、 | 流行病が盛んに起つて、 |
人民死爲盡。 | 人民おほみたから盡きなむとしき。 | 人民がほとんど盡きようとしました。 |
爾天皇愁歎而。 | ここに天皇愁歎うれへたまひて、 | ここに天皇は、御憂慮遊ばされて、 |
坐神牀之夜。 | 神牀かむとこにましましける夜に、 | 神を祭つてお寢やすみになつた晩に、 |
大物主大神。 | 大物主おほものぬしの大神おほかみ、 | オホモノヌシの大神が |
顯於御夢曰。 | 御夢に顯はれてのりたまひしく、 | 御夢に顯れて仰せになるには、 |
是者 我之御心。 |
「こは 我あが御心なり。 |
「かように病氣がはやるのは わたしの心である。 |
故以 意富多多泥古而。 |
かれ意富多多泥古 おほたたねこをもちて、 |
これは オホタタネコをもつて |
令祭我御前者。 | 我が御前に祭らしめたまはば、 | わたしを祭らしめたならば、 |
神氣不起。 | 神の氣け起らず、 | 神のたたりが起らずに |
國安平。 |
國も安平やすらかならむ」 とのりたまひき。 |
國も平和になるだろう」 と仰せられました。 |
是以 驛使 班于四方。 |
ここを以ちて、 驛使はゆまづかひを 四方よもに班あかちて、 |
そこで 急使を 四方に出して |
求謂 意富多多泥古 人之時。 |
意富多多泥古 おほたたねこといふ人を 求むる時に、 |
オホタタネコという人を 求めた時に、 |
於河内之美努村。 見得其人 貢進。 |
河内の美努みのの村に その人を見得て、 貢たてまつりき。 |
河内の國のミノの村で その人を探し出して 奉りました。 |
爾天皇。 問賜之。 汝者誰子也。 |
ここに天皇問ひたまはく、 「汝いましは誰が子ぞ」 と問ひたまひき。 |
そこで天皇は 「お前は誰の子であるか」 とお尋ねになりましたから、 |
答曰。 | 答へて白さく | 答えて言いますには |
僕者。 | 「僕あは | |
大物主大神。娶 陶津耳命之女。 活玉依毘賣。 生子。 名櫛御方命之子。 飯肩巣見命之子。 建甕槌命之子。 |
大物主の大神、 陶津耳すゑつみみの命が女、 活玉依いくたまより毘賣に娶ひて 生みませる子、 名は櫛御方くしみかたの命の子、 飯肩巣見いひがたすみの命の子、 建甕槌たけみかづちの命の子、 |
「オホモノヌシの神が スヱツミミの命の女の イクタマヨリ姫と結婚して 生んだ子は クシミカタの命です。 その子がイヒカタスミの命、 その子がタケミカヅチの命、 |
僕意 富多多泥古白。 |
僕やつこ 意富多多泥古」とまをしき。 |
その子がわたくし オホタタネコでございます」と申しました。 |
於是天皇 大歡以。 |
ここに天皇 いたく歡びたまひて、 |
そこで天皇が 非常にお歡よろこびになつて |
詔之。 | 詔りたまはく、 | 仰せられるには、 |
天下平。 | 「天の下平ぎ、 | 「天下が平ぎ |
人民榮。 |
人民おほみたから榮えなむ」 とのりたまひて、 |
人民が榮えるであろう」 と仰せられて、 |
即以 意富多多泥古命。 爲神主而。 |
すなはち 意富多多泥古の命を、 神主かむぬしとして、 |
このオホタタネコを 神主かんぬしとして |
於御諸山。 | 御諸山に、 | ミモロ山で |
拜祭。 意富美和之大神前。 |
意富美和おほみわの大神の御前を 拜いつき祭りたまひき。 |
オホモノヌシの神を お祭り申し上げました。 |
又仰 伊迦賀色許男命。 |
また伊迦賀色許男 いかがしこをの命に仰せて、 |
イカガシコヲの命に命じて |
作天之 八十毘羅訶。 〈此三字以音(也)〉 |
天の八十平瓮 やそひらかを作り、 |
祭に使う皿を 澤山作り、 |
定奉。 天神 地祇之社。 |
天つ神 地くにつ祇かみの社を 定めまつりたまひき。 |
天地の神々の社を お定め申しました。 |
又於宇陀 墨坂神。 |
また宇陀うだの 墨坂すみさかの神に、 |
また宇陀うだの 墨坂すみさかの神に |
祭赤色 楯矛。 |
赤色の 楯矛たてほこを祭り、 |
赤い色の 楯たて矛ほこを獻り、 |
又於大坂神。 | また大坂おほさかの神に、 | 大坂の神に |
祭黒色楯矛。 | 墨色の楯矛を祭り、 | 墨の色の楯矛を獻り、 |
又於 坂之御尾神。 |
また 坂さかの御尾みをの神、 |
また坂の上の神や |
及河瀬神。 | 河かはの瀬せの神までに、 | 河の瀬の神に至るまでに |
悉無遺忘。 | 悉に遺忘おつることなく | 悉く殘るところなく |
以奉幣帛也。 | 幣帛ぬさまつりたまひき。 | 幣帛へいはくを獻りました。 |
因此而。 疫氣悉息。 |
これに因りて 役えの氣け悉に息やみて、 |
これによつて 疫病えきびようが止んで |
國家安平也。 | 國家みかど安平やすらぎき。 | 國家が平安になりました。 |
ミワの由来 |
||
此謂 意富多多泥古人。 所以知神子者。 |
この 意富多多泥古といふ人を、 神の子と知れる所以ゆゑは、 |
この オホタタネコを 神の子と知つた次第は、 |
上所云 活玉依毘賣。 |
上にいへる活玉依 いくたまより毘賣、 |
上に述べた イクタマヨリ姫は |
其容姿端正。 | それ顏好かりき。 | 美しいお方でありました。 |
於是有神壯夫。 其形姿威儀。 於時無比。 夜半之時。 焂忽到來。 |
ここに壯夫をとこありて、 その形姿かたち威儀よそほひ 時に比たぐひ無きが、 夜半さよなかの時に たちまち來たり。 |
ところが形姿かたち 威儀いぎ竝ならびなき 一人の男が 夜中に たちまち來ました。 |
故相感。 共婚 供住之間。 |
かれ相感めでて 共婚まぐはひして、 住めるほどに、 |
そこで互に愛めでて 結婚して 住んでいるうちに、 |
未經幾時。 其美人妊身。 |
いまだ幾何いくだもあらねば、 その美人をとめ姙はらみぬ。 |
何程もないのに その孃子おとめが姙はらみました。 |
爾父母 恠其妊身之事。 |
ここに父母、 その姙はらめる事を怪みて、 |
そこで父母が 姙娠にんしんしたことを怪しんで、 |
問其女曰。 | その女に問ひて曰はく、 | その女に、 |
汝者自妊。 | 「汝いましはおのづから姙はらめり。 | 「お前は自然しぜんに姙娠にんしんした。 |
無夫 何由妊身乎。 |
夫ひこぢ無きに いかにかも姙はらめる」と問ひしかば、 |
夫が無いのに どうして姙娠したのか」と尋ねましたから、 |
答曰。 | 答へて曰はく、 | 答えて言うには |
有麗美壯夫。 不知其姓名。 |
「麗うるはしき壯夫をとこの、 その名も知らぬが、 |
「名も知らない りつぱな男が |
毎夕到來。 共住之間。 |
夕よごとに來りて 住めるほどに、 |
夜毎に來て 住むほどに、 |
自然懷妊。 |
おのづからに姙はらみぬ」 といひき。 |
自然しぜんに姙はらみました」 と言いました。 |
是以其父母。 | ここを以ちてその父母、 | そこでその父母が、 |
欲知其人。 | その人を知らむと欲おもひて、 | その人を知りたいと思つて、 |
誨 其女曰。 |
その女に 誨をしへつらくは、 |
その女に 教えましたのは、 |
以赤土 散床前。 |
「赤土はにを 床の邊に散らし、 |
「赤土を 床のほとりに散らし |
以閇蘇 〈此二字以音〉 紡麻貫針。 |
卷子紡麻 へそをを 針に貫ぬきて、 |
麻絲を 針に貫いてその |
刺其衣襴。 |
その衣の襴すそに刺せ」 と誨をしへき。 |
着物きものの裾に刺せ」 と教えました。 |
故如教而。 | かれ教へしが如して、 | 依つて教えた通りにして、 |
旦時見者。 | 旦時あしたに見れば、 | 朝になつて見れば、 |
所著針麻者。 | 針をつけたる麻をは、 | 針をつけた麻は |
自戸之鉤穴 控通而出。 |
戸の鉤穴かぎあなより 控ひき通りて出で、 |
戸の鉤穴かぎあなから 貫け通つて、 |
唯遺麻者。 | ただ遺のこれる麻をは、 | 殘つた麻は |
三勾耳。 | 三勾みわのみなりき。 | ただ三輪だけでした。 |
爾即知 自鉤穴出之状而。 |
ここにすなはち 鉤穴より出でし状を知りて、 |
そこで 鉤穴から出たことを知つて |
從糸尋行者。 | 絲のまにまに尋ね行きしかば、 | 絲をたよりに尋ねて行きましたら、 |
至美和山而。 | 美和山に至りて、 | 三輪山に行つて |
留神社。 | 神の社に留まりき。 | 神の社に留まりました。 |
故知 其神子。 |
かれその神の御子なり とは知りぬ。 |
そこで神の御子である とは知つたのです。 |
故因其麻之 三勾遺而。 |
かれその麻をの 三勾みわ遺のこれるによりて、 |
その麻の 三輪殘つたのによつて |
名其地謂 美和也。 |
其地そこに名づけて 美和みわといふなり。 |
其處を三輪と言うのです。 |
〈此意 富多多泥古命者。 |
この 意富多多泥古の命は、 |
この オホタタネコの命は、 |
神君。 | 神みわの君、 | 神みわの君・ |
鴨君之祖〉 | 鴨の君が祖なり。 | 鴨の君の祖先です。 |
東方派兵 |
||
又此之御世。 | またこの御世に、 | またこの御世に |
大毘古命者。 遣高志道。 |
大毘古おほびこの命を 高志こしの道みちに遣し、 |
大彦の命をば 越こしの道に遣し、 |
其子 建沼河別命者。 |
その子 建沼河別 たけぬなかはわけの命を |
その子の タケヌナカハワケの命を |
遣東方 十二道而。 |
東ひむがしの方 十二とをまりふた道に遣して、 |
東方の 諸國に遣して |
令和平 其麻都漏波奴 〈自麻下五字以音〉 人等。 |
その服まつろはぬ 人どもを 言向け和やはさしめ、 |
從わない人々を 平定せしめ、 |
又日子坐王者。 |
また日子坐 ひこいますの王みこをば、 |
またヒコイマスの王を |
遣旦波國。 | 旦波たにはの國に遣して、 | 丹波の國に遣して |
令殺 玖賀耳之御笠。 〈此人名者也。 玖賀二字以音〉 |
玖賀耳くがみみの 御笠みかさ (こは人の名なり) を殺とらしめたまひき。 |
クガミミの ミカサ という人を 討たしめました。 |
少女の歌 |
||
故大毘古命。 | かれ大毘古おほびこの命、 | その大彦の命が |
罷往於 高志國之時。 |
高志こしの國に 罷り往いでます時に、 |
越の國に おいでになる時に、 |
服腰裳 少女。 |
腰裳こしも服けせる 少女をとめ、 |
裳もを穿はいた女が |
立山代之 幣羅坂而 |
山代の 幣羅坂へらさかに立ちて、 |
山城やましろの ヘラ坂に立つて |
歌曰。 | 歌よみして曰ひしく、 | 歌つて言うには、 |
古波夜 | ||
美麻紀伊理毘古波夜 | 御眞木入日子みまきいりびこはや、 | 御眞木入日子さまは、 |
美麻紀伊理毘古波夜 | 御眞木入日子はや、 | |
意能賀袁袁 | おのが命をを | 御自分の命を |
奴須美斯勢牟登 | 竊ぬすみ殺しせむと、 | 人知れず殺そうと、 |
斯理都斗用 伊由岐多賀比 | 後しりつ戸とよ い行き違たがひ | 背後うしろの入口から行き違ちがい |
麻幣都斗用 伊由岐多賀比 | 前まへつ戸よ い行き違ひ | 前の入口から行き違い |
宇迦迦波久 斯良爾登 | 窺はく 知らにと、 | 窺のぞいているのも知らないで、 |
美麻紀伊理毘古波夜 | 御眞木入日子はや。 | 御眞木入日子さまは。 |
と歌ひき。 | と歌いました。 | |
於是 大毘古命。 |
ここに 大毘古おほびこの命、 |
そこで 大彦の命が |
思怪 返馬。 |
怪しと思ひて、 馬を返して、 |
怪しいことを言うと思つて、 馬を返してその孃子に、 |
問少女曰。 | その少女に問ひて曰はく、 | |
汝所謂之言。 何言。 |
「汝いましがいへる言は、 いかに言ふぞ」と問ひしかば、 |
「あなたの言うことは どういうことですか」と尋ねましたら、 |
爾少女。答曰。 吾勿言。 唯爲詠歌耳。 |
少女答へて曰はく、 「吾あは言ふこともなし。 ただ歌よみしつらくのみ」といひて、 |
「わたくしは何も申しません。 ただ歌を歌つただけです」と答えて、 |
即不見 其所如而。 忽失。 |
その行く方へも見えずして 忽に失せぬ。 |
行く方も見せずに 消えてしまいました。 |
故大毘古命。 | かれ大毘古の命、 | 依つて大彦の命は |
更還參上。 | 更に還りまゐ上りて、 | 更に還つて |
請於天皇時。 | 天皇にまをす時に、 | 天皇に申し上げた時に、 |
天皇答詔之。 | 天皇答へて詔りたまはく、 | 仰せられるには、 |
此者爲。 在山代國。 我之庶兄 建波邇安王。 〈波邇二字以音〉 起邪心之 表耳。 |
「こは 山代の國なる 我が庶兄まませ、 建波邇安 たけはにやすの王の、 邪きたなき心を起せる 表しるしならむ。 |
「これは思うに、 山城の國に赴任した タケハニヤスの王が 惡い心を起した しるしでありましよう。 |
伯父。 | 伯父、 | 伯父上、 |
興軍 宜行。 |
軍を興して、 行かさね」 とのりたまひて、 |
軍を興して 行つていらつしやい」 と仰せになつて、 |
即副 丸邇臣之祖。 日子國夫玖命 而遣時。 |
丸邇わにの臣おみの祖、 日子國夫玖 ひこくにぶくの命を副へて、 |
丸邇わにの臣の祖先の ヒコクニブクの命を 副えてお遣しになりました、 |
即於 丸邇坂。 |
遣す時に、 すなはち丸邇坂わにさかに |
その時に 丸邇坂わにさかに |
居忌瓮而。 |
忌瓮いはひべを居すゑて、 |
清淨な瓶を据えてお祭をして |
罷往。 | 罷り往いでましき。 | 行きました。 |
於是到 山代之 和訶羅河時。 |
ここに 山代の 和訶羅わから河に 到れる時に、 |
さて山城の ワカラ河に 行きました時に、 |
其 建波邇安王。 興軍待遮。 |
その 建波邇安の王、 軍を興して、待ち遮り、 |
果して タケハニヤスの王が 軍を興して待つており、 |
各中 挾河而。 對立相挑。 |
おのもおのも 河を中にはさみて、 對むき立ちて相挑いどみき。 |
互に河を挾んで 對むかい立つて 挑いどみ合いました。 |
故號其地。 謂伊杼美。 〈今謂 伊豆美也〉 |
かれ其地そこに名づけて、 伊杼美いどみといふ。 (今は 伊豆美といふ) |
それで其處の名を イドミというのです。 今では イヅミと言つております。 |
クソバカマ(クソバカマン達) |
||
爾 日子國夫玖命。 乞云 其廂人。 先忌矢可彈。 |
ここに 日子國夫玖ひこくにぶくの命、 「其方そなたの人 まづ忌矢いはひやを放て」 と乞ひいひき。 |
ここに ヒコクニブクの命が 「まず、そちらから 清め矢を放て」 と言いますと、 |
爾其 建波爾安王 雖射。 不得中。 |
ここにその 建波邇安の王 射つれども え中てず。 |
タケハニヤスの王が 射ましたけれども、 中あてることができませんでした。 |
於是 國夫玖命彈矢者。 即射建波爾安王 而死。 |
ここに 國夫玖くにぶくの命の放つ矢は、 建波邇安の王を射て 死ころしき。 |
しかるに ヒコクニブクの命の放つた矢は タケハニヤスの王に射中いあてて 死にましたので、 |
故其軍 悉破而逃散。 |
かれその軍、 悉に破れて逃げ散あらけぬ。 |
その軍が 悉く破れて逃げ散りました。 |
爾追迫 其逃軍。 |
ここにその逃ぐる軍を 追ひ迫せめて、 |
依つて逃げる軍を 追い攻めて、 |
到 久須婆之度時。 |
久須婆くすばの 渡わたりに到りし時に、 |
クスバの渡しに 行きました時に、 |
皆被迫窘而。 | みな迫めらえ窘たしなみて、 | 皆攻め苦しめられたので |
屎出 懸於褌。 |
屎くそ出でて、 褌はかまに懸かりき。 |
屎くそが出て 褌はかまにかかりました。 |
故號其地謂 屎褌。 |
かれ其地そこに名づけて 屎褌くそはかまといふ。 |
そこで其處の名を クソバカマというのですが、 |
今者謂久須婆。 | (今は久須婆といふ) | 今はクスバと言つております。 |
又遮其逃軍以 斬者。 |
またその逃ぐる軍を遮りて 斬りしかば、 |
またその逃げる軍を待ち受けて 斬りましたから、 |
如鵜浮於河。 | 鵜のごと河に浮きき。 | 鵜うのように河に浮きました。 |
故號其河謂 鵜河也。 |
かれその河に名づけて、 鵜河といふ。 |
依つてその河を 鵜河うがわといいます。 |
亦 斬波布理 其軍士故。 |
また その軍士いくさびとを 斬り屠はふりき。 |
また その兵士を 斬り屠ほおりましたから、 |
號其地。謂 波布理曾能。 〈自波下五字以音〉 |
かれ、其地に名づけて 波布理曾能 はふりそのといふ。 |
其處の名を ハフリゾノといいます。 |
会津でアエズ(これ以上下らないで) |
||
如此平訖。 | かく平ことむけ訖へて、 | かように平定し終つて、 |
參上 覆奏。 |
まゐ上りて 覆かへりごと奏まをしき。 |
朝廷に參つて 御返事申し上げました。 |
故大毘古命者。 | かれ大毘古おほびこの命は、 | かくて大彦の命は |
隨先命而。 | 先の命のまにまに、 | 前の命令通りに |
罷行高志國。 | 高志こしの國に罷り行いでましき。 | 越の國にまいりました。 |
爾自東方所遣 建沼河別。 |
ここに東の方より遣しし 建沼河別 たけぬなかはわけ、 |
ここに東の方から遣わされた タケヌナカハワケの命は、 |
與其父大毘古共。 | その父大毘古おほびこと共に、 | その父の大彦の命と |
往遇于相津。 | 相津あひづに往き遇ひき。 | 會津あいずで行き遇いましたから、 |
故其地謂相津也。 | かれ其地そこを相津あひづといふ。 | 其處を會津あいずというのです。 |
ミマキのミマカリ |
||
是以 各和平所 遣之國政 而覆奏。 |
ここを以ちて おのもおのも遣さえし國の 政を和やはし言向けて、 覆かへりごと奏まをしき。 |
ここにおいて、 それぞれに遣わされた國の 政を終えて 御返事申し上げました。 |
爾天下太平。 | ここに天の下平ぎ、 | かくして天下が平かになり、 |
人民富榮。 | 人民おほみたから富み榮えき。 | 人民は富み榮えました。 |
於是初 令貢 男弓端之調。 女手末之調。 |
ここに初めて 男をとこの弓端ゆはずの調みつき、 女をみなの手末たなすゑの調を 貢たてまつらしめたまひき。 |
ここにはじめて 男の弓矢で得た獲物や 女の手藝の品々を 貢たてまつらしめました。 |
故稱其御世。 | かれその御世を稱たたへて、 | そこでその御世を讚たたえて |
謂所知 初國之 御眞木天皇也。 |
初はつ國知らしし、 御眞木みまきの天皇とまをす。 |
初めての國をお治めになつた ミマキの天皇と申し上げます。 |
又是之御世。 作依網池。 |
またこの御世に、 依網よさみの池を作り、 |
またこの御世に 依網よさみの池を作り、 |
亦作輕之 酒折池也。 |
また輕かるの 酒折さかをりの池を作りき。 |
また輕かるの 酒折さかおりの池を作りました。 |
最期(崇神天皇) |
||
天皇。 御歳壹 佰陸拾捌歳。 |
天皇、 御歳一百六十八歳 ももぢあまりむそぢやつ、 |
天皇は 御年百六十八歳、 |
(戊寅の年の 十二月に崩りたまひき) |
戊寅つちのえとらの年の 十二月にお隱れになりました。 |
|
御陵在 山邊道 勾之岡上也。 |
御陵は、 山やまの邊べの道みちの 勾まがりの岡をかの上へにあり。 |
御陵は山の邊の道の 勾まがりの岡の上にあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
后妃と御子 |
||
伊久米伊理毘古 伊佐知命。 |
伊久米伊理毘古伊佐知 いくめいりびこいさちの命、 |
イクメイリ彦 イサチの命(垂仁天皇)、 |
坐師木玉垣宮。 |
師木しきの 玉垣たまがきの宮にましまして、 |
大和の師木しきの 玉垣の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶。 沙本毘古命之妹。 佐波遲比賣命。 |
この天皇、 沙本毘古さほびこの命が妹、 佐波遲さはぢ比賣の命に娶ひて、 |
この天皇、 サホ彦の命の妹の サハヂ姫の命と結婚して |
生御子。 品牟都和氣命。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 品牟都和氣ほむつわけの命 一柱。 |
お生うみになつた御子みこは ホムツワケの命 お一方です。 |
又娶。 旦波比古多多須 美知宇斯王之女。 氷羽州比賣命。 |
また旦波たにはの 比古多多須美知能宇斯 ひこたたすみちのうしの王が女、 氷羽州ひばす比賣の命に娶ひて、 |
また丹波たんばの ヒコタタス ミチノウシの王の女の ヒバス姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
印色之 入日子命。 〈印色二字以音〉 |
印色いにしきの 入日子いりひこの命、 |
イニシキノ イリ彦の命・ |
次大帶日子 淤斯呂和氣命。 〈自淤至氣 五字以音〉 |
次に大帶日子 淤斯呂和氣 おほたらしひこ おしろわけの命、 |
オホタラシ彦 オシロワケの命・ |
次大中津日子命。 |
次に大中津日子 おほなかつひこの命、 |
オホナカツ彦の命・ |
次倭比賣命。 | 次に倭やまと比賣の命、 | ヤマト姫の命・ |
次若木入日子命。 |
次に若木わかきの 入日子いりひこの命 |
ワカキノイリ彦の命の |
〈五柱〉 | 五柱。 | お五方です。 |
又娶。 其氷羽州比賣命之弟。 沼羽田之入毘賣命。 |
またその 氷羽州ひばす比賣の命が弟、 沼羽田ぬばたの 入いり毘賣の命に娶ひて、 |
またそのヒバス姫の命の妹、 ヌバタノイリ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
沼帶別命。 | 沼帶別ぬたらしわけの命、 | ヌタラシワケの命・ |
次伊賀帶日子命 |
次に伊賀帶日子 いがたらしひこの命 |
イガタラシ彦の命の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又娶 其沼羽田之 入日賣命之弟。 阿邪美能 伊理毘賣命。 〈此女王名以音〉 |
またその 沼羽田ぬばたの 入いり日賣の命が弟、 阿耶美あざみの 伊理いり毘賣の命に娶ひて、 |
またその ヌバタノ イリ姫の命の妹の アザミノ イリ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
伊許婆夜和氣命。 |
伊許婆夜和氣 いこばやわけの命、 |
イコバヤワケの命・ |
次 阿邪美都 比賣命。 |
次に、 阿耶美都 あざみつ比賣の命 |
アザミツ姫の命の |
〈二柱。 此二王名以音〉 |
二柱。 | お二方です。 |
大筒木カグヤ姫の系譜 |
||
又娶 大筒木垂根王之女。 迦具夜比賣命。 |
また 大筒木垂根 おほつつきたりねの王が女、 迦具夜かぐや比賣の命に娶ひて、 |
また オホツツキタリネの王の女の カグヤ姫の命と結婚して |
生御子。 袁邪辨王。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 袁那辨 をなべの王一柱。 |
お生みになつた御子は ヲナベの王 お一方です。 |
又娶 山代大國之 淵之女。 苅羽田刀辨。 〈此二字以音〉 |
また 山代の大國おほくにの 淵ふちが女、 苅羽田刀辨 かりばたとべに娶ひて、 |
また 山代やましろの大國おおくにの フチの女の カリバタトベと結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
落別王。 | 落別おちわけの王、 | オチワケの王・ |
次 五十日帶日子王。 |
次に 五十日帶日子 いかたらしひこの王、 |
イカタラシ彦の王・ |
次 伊登志別王。 〈伊登志 三字以音〉 |
次に 伊登志別 いとしわけの王 三柱。 |
イトシワケの王の お三方です。 |
又娶 其大國之淵之女。 弟苅羽田刀辨。 |
また その大國おほくにの淵ふちが女、 弟苅羽田刀辨 おとかりばたとべに娶ひて、 |
またその大國のフチの女の オトカリバタトベと結婚して、 |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
石衝別王。 | 石衝別いはつくわけの王、 | イハツクワケの王・ |
次石衝毘賣命。 亦名 布多遲能 伊理毘賣命。 |
次に石衝いはつく毘賣の命、 またの名は 布多遲ふたぢの 伊理いり毘賣の命 |
イハツク姫の命 またの名は フタヂノ イリ姫の命の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
凡此天皇之御子等。 十六王。 |
およそこの天皇の御子等、 十六王とをまりむはしらませり。 |
すべてこの天皇の皇子たちは 十六王おいでになりました。 |
〈男王十三。女王三〉 | (男王十三柱、女王三柱) | 男王十三人、女王三人です。 |
故大帶日子 淤斯呂和氣命者。 治天下也。 |
かれ 大帶日子淤斯呂和氣 おほたらしひこ おしろわけの命は、 天の下治らしめしき。 |
その中で オホタラシ彦 オシロワケの命は、 天下をお治めなさいました。 |
〈御身長。 一丈二寸。 御脛長四尺一寸也〉 |
(御身のたけ一丈二寸、 御脛の長さ四尺一寸ましき) |
御身おみの長さ一丈二寸、 御脛おんはぎの長さ四尺一寸ございました。 |
次 印色 入日子命者。 |
次に 印色いにしきの 入日子いりひこの命は、 |
次にイニシキノ イリ彦の命は、 |
作血沼池。 | 血沼ちぬの池を作り、 | 血沼ちぬの池・ |
又作狹山池。 | また狹山さやまの池を作り、 | 狹山さやまの池を作り、 |
又作日下之 高津池。 |
また日下くさかの 高津たかつの池を作りたまひき。 |
また日下くさかの 高津たかつの池をお作りになりました。 |
又坐 鳥取之 河上宮。 |
また 鳥取ととりの 河上の宮にましまして、 |
また 鳥取ととりの 河上かわかみの宮においでになつて |
令作 横刀壹仟口。 |
横刀たち壹仟口ちぢを 作らしめたまひき。 |
大刀一千振ふりを お作りになつて、 |
是奉納 石上神宮。 |
こを石いその上かみの神宮に 納めまつる。 |
これを石上いそのかみの神宮じんぐうに お納おさめなさいました。 |
即坐其宮。 定河上部也。 |
すなはちその宮にましまして、 河上部を定めたまひき。 |
そこでその宮においでになつて 河上部をお定めになりました。 |
次大中津日子命者。 |
次に大中津日子 おほなかつひこの命は、 |
次にオホナカツ彦の命は、 |
〈山邊之別。 | 山邊の別、 | 山邊の別・ |
三枝之別。 | 三枝の別、 | 三枝さきくさの別・ |
稻木之別。 | 稻木の別、 | 稻木の別・ |
阿太之別。 | 阿太の別、 | 阿太の別・ |
尾張國之三野別。 | 尾張の國の三野の別、 | 尾張の國の三野の別・ |
吉備之石无別。 | 吉備の石旡なしの別、 | 吉備の石无いわなしの別・ |
許呂母之別。 | 許呂母の別、 | 許呂母ころもの別・ |
高巣鹿之別。 | 高巣鹿の別、 | 高巣鹿たかすかの別・ |
飛鳥君。 | 飛鳥の君、 | 飛鳥の君・ |
牟禮之別等祖也〉 | 牟禮の別等が祖なり。 | 牟禮の別等の祖先です。 |
次倭比賣命者。 〈拜祭 伊勢大神宮也〉 |
次に倭やまと比賣の命は、 伊勢の大神の宮を 拜いつき祭りたまひき。 |
次にヤマト姫の命は 伊勢の大神宮を お祭りなさいました。 |
次伊許婆夜和氣王者。 〈沙本穴太部之 別祖也〉 |
次に伊許婆夜和氣 いこばやわけの王は、 沙本の穴本あなほ部の 別が祖なり。 |
次にイコバヤワケの王は、 沙本の穴本部あなほべの 別の祖先です。 |
次阿邪美都比賣命者。 〈嫁稻瀬毘古王〉 |
次に阿耶美都あざみつ比賣の命は、 稻瀬毘古の王に嫁あひましき。 |
次にアザミツ姫の命は、 イナセ彦の王に嫁ぎました。 |
次落別王者。 | 次に落別おちわけの王は、 | 次にオチワケの王は、 |
〈小月之山君。 三川之衣君之祖也〉 |
小目の山の君、 三川の衣の君が祖なり。 |
小目おめの山の君・ 三川の衣の君の祖先です。 |
次五十日帶日子王者。 | 次に五い十日帶日子かたらしひこの王は、 | 次にイカタラシ彦の王は、 |
〈春日山君。 | 春日の山の君、 | 春日の山の君・ |
高志池君。 | 高志の池の君、 | 高志こしの池の君・ |
春日部君之祖〉 | 春日部の君が祖なり。 | 春日部の君の祖先です。 |
次伊登志和氣王者。 〈因無子而。 爲子代。定伊都部〉 |
次に伊登志和氣いとしわけの王は、 子なきに因りて、 子代として、伊登志部を定めき。 |
次にイトシワケの王は、 子がありませんでしたので、 子の代りとして伊登志部を定めました。 |
次石衝別王者。 〈羽咋君。 三尾君之祖〉 |
次に石衝別 いはつくわけの王は、 羽咋はくひの君、 三尾の君が祖なり。 |
次にイハツクワケの王は 羽咋はくいの君・ 三尾の君の祖先です。 |
次布多遲能 伊理毘賣命者。 〈爲倭建命之后〉 |
次に 布多遲ふたぢの 伊理いり毘賣の命は、 倭建の命の后となりたまひき。 |
次に フタヂノ イリ姫の命は ヤマトタケルの命の妃きさきになりました。 |
サホ彦サホ姫の兄妹物語 |
||
此天皇。 | この天皇、 | この天皇、 |
以沙本毘賣 爲后之時。 |
沙本さほ毘賣を 后としたまひし時に、 |
サホ姫を皇后になさいました時に、 |
沙本毘賣命之兄。 | 沙本さほ毘賣の命の兄いろせ、 | サホ姫の命の兄の |
沙本毘古王。 | 沙本毘古さほびこの王、 | サホ彦の王が |
問其伊呂妹曰。 | その同母妹いろもに問ひて曰はく、 | 妹に向つて |
孰愛 夫與兄歟。 |
「夫せと兄いろせとは いづれか愛はしき」 と問ひしかば、 |
「夫と兄とは どちらが大事であるか」 と問いましたから、 |
答曰 愛兄。 |
答へて曰はく 「兄を愛しとおもふ」 と答へたまひき。 |
「兄が大事です」 とお答えになりました。 |
爾沙本毘古王 謀曰。 |
ここに沙本毘古さほびこの王、 謀りて曰はく、 |
そこでサホ彦の王が 謀をたくらんで、 |
汝寔思愛我者。 |
「汝みましまことに 我あれを愛しと思ほさば、 |
「あなたがほんとうに わたしを大事にお思いになるなら、 |
將吾與汝治天下而。 | 吾と汝と天の下治らさむとす」といひて、 | あなたとわたしとで天下を治めよう」と言つて、 |
即作 八鹽折之 紐小刀。 |
すなはち八鹽折やしほりの 紐小刀ひもがたなを作りて、 |
色濃く染めた 紐のついている小刀を 作つて、 |
授其妹曰。 |
その妹いろもに授けて 曰はく、 |
その妹に授けて、 |
以此小刀 刺殺 天皇之寢。 |
「この小刀もちて、 天皇の寢みねしたまふを 刺し殺しせまつれ」といふ。 |
「この刀で 天皇の眠つておいでになるところを お刺し申せ」と言いました。 |
涙と蛇の夢 |
||
故天皇。 | かれ天皇、 | しかるに天皇は |
不知其之謀而。 | その謀を知しらしめさずて、 | その謀をお知り遊ばされず、 |
枕其后之御膝。 | その后の御膝を枕まきて、 | 皇后の膝を枕として |
爲御寢坐也。 | 御寢したまひき。 | お寢やすみになりました。 |
爾其后。 | ここにその后、 | そこでその皇后は |
以紐小刀。 | 紐小刀もちて、 | 紐のついた小刀をもつて |
爲刺 其天皇之御頸。 |
その天皇の御頸おほみくびを 刺しまつらむとして、 |
天皇のお頸くびを お刺ししようとして、 |
三度擧而。 | 三度擧ふりたまひしかども、 | 三度振りましたけれども、 |
不忍哀情。 |
哀かなしとおもふ情に え忍あへずして、 |
哀かなしい情に堪えないで |
不能刺頸而。 | 御頸をえ刺しまつらずて、 | お頸をお刺し申さないで、 |
泣涙 落溢 於御面。 |
泣く涙、 御面おほみおもに 落ち溢あふれき。 |
お泣きになる涙が 天皇のお顏の上に 落ち流れました。 |
乃天皇驚起。 | 天皇驚き起ちたまひて、 | そこで天皇が驚いてお起ちになつて、 |
問其后曰。 | その后に問ひてのりたまはく、 | 皇后にお尋ねになるには、 |
吾見異夢。 | 「吾あは異けしき夢いめを見つ。 | 「わたしは不思議な夢を見た。 |
從沙本方 暴雨零來。 |
沙本さほの方かたより、 暴雨はやさめの零ふり來て、 |
サホの方から俄雨が降つて來て、 |
急洽吾面。 | 急にはかに吾が面を沾ぬらしつ。 | 急に顏を沾ぬらした。 |
又錦色小蛇。 | また錦色の小蛇へみ、 | また錦色にしきいろの小蛇が |
纒繞我頸。 | 我が頸に纏まつはりつ。 | わたしの頸くびに纏まといついた。 |
如此之夢。 | かかる夢は、 | こういう夢は |
是有何表也。 |
こは何の表しるしにあらむ」 とのりたまひき。 |
何のあらわれだろうか」 とお尋ねになりました。 |
自白 |
||
爾其后 | ここにその后、 | そこでその皇后が |
以爲不應爭。 | 爭ふべくもあらじとおもほして、 | 隱しきれないと思つて |
即白天皇言。 | すなはち天皇に白して言さく、 | 天皇に申し上げるには、 |
妾兄 沙本毘古王。 |
「妾が兄 沙本毘古さほびこの王、 |
「わたくしの兄の サホ彦の王が |
問妾曰。 孰愛夫與兄。 |
妾に、 夫と兄とはいづれか愛はしきと問ひき。 |
わたくしに、 夫と兄とはどちらが大事かと尋ねました。 |
是不勝面問 |
ここに え面勝たずて、 |
目の前で尋ねましたので、 |
故妾答曰 愛兄歟。 |
かれ妾、 兄を愛しとおもふと答へ曰へば、 |
仕方しかたがなくて、 兄が大事ですと答えましたところ、 |
爾誂妾曰。 | ここに妾に誂あとらへて曰はく、 | わたくしに註文して、 |
吾與汝共。 治天下。 |
吾と汝と 天の下を治らさむ。 |
自分とお前とで 天下を治めるから、 |
故當殺 天皇云而。 |
かれ天皇を 殺しせまつれといひて、 |
天皇を お殺し申せと言つて、 |
作八鹽折之 紐小刀。 授妾。 |
八鹽折やしほりの 紐小刀を作りて 妾に授けつ。 |
色濃く染めた 紐をつけた小刀を作つて わたくしに渡しました。 |
是以欲刺。 御頸。 |
ここを以ちて 御頸を刺しまつらむとして、 |
そこでお頸をお刺し申そうとして |
雖三度擧。 | 三度擧ふりしかども、 | 三度振りましたけれども、 |
哀情忽起。 | 哀しとおもふ情忽に起りて、 | 哀かなしみの情がたちまちに起つて |
不得刺頸而。 | 頸をえ刺しまつらずて、 | お刺し申すことができないで、 |
泣涙落。 | 泣く涙の落ちて、 | 泣きました涙が |
洽於御面。 | 御面を沾らしつ。 | お顏を沾ぬらしました。 |
必有是表焉。 |
かならずこの表しるしにあらむ」 とまをしたまひき。 |
きつとこのあらわれでございましよう」 と申しました。 |
サホ姫の真意 |
||
爾天皇。 詔之。 |
ここに天皇 詔りたまはく、 |
そこで天皇は |
吾 殆見 欺乎。 |
「吾は ほとほとに 欺かえつるかも」 とのりたまひて、 |
「わたしは あぶなく 欺あざむかれるところだつた」 と仰せになつて、 |
乃興軍 撃沙本毘古王之時。 |
軍を興して、 沙本毘古さほびこの王を撃うちたまふ時に、 |
軍を起して サホ彦の王をお撃ちになる時、 |
其王作 稻城以 待戰。 |
その王 稻城いなぎを作りて、 待ち戰ひき。 |
その王が 稻の城を作つて 待つて戰いました。 |
此時 沙本毘賣命。 |
この時 沙本毘賣さほびめの命、 |
この時、 サホ姫の命は |
不得忍其兄。 | その兄にえ忍あへずして、 | 堪え得ないで、 |
自後門逃出而。 | 後しりつ門より逃れ出でて、 | 後の門から逃げて |
納其之稻城。 | その稻城いなぎに納いりましき。 | その城におはいりになりました。 |
此時 其后妊身。 |
この時に その后姙はらみましき。 |
この時に その皇后は姙娠 にんしんしておいでになり、 |
於是天皇。 | ここに天皇、 | |
不忍 其后懷妊 |
その后の、懷姙みませるに 忍へず、 |
|
及愛重 | また愛重めぐみたまへることも、 | またお愛し遊ばされていることが |
至于三年。 | 三年になりにければ、 | もう三年も經つていたので、 |
故廻其軍。 | その軍を廻かへして | 軍を返して、 |
不急攻迫。 | 急すむやけくも攻めたまはざりき。 | 俄にお攻めになりませんでした。 |
如此逗留之間。 | かく逗留とどこほる間に、 | かように延びている間に |
其所妊之御子 既産。 |
その姙はらめる御子 既に産あれましぬ。 |
御子がお生まれになりました。 |
故出其御子。 | かれその御子を出して、 | そこでその御子を出して |
置稻城外。 | 稻城いなぎの外に置きまつりて、 | 城の外において、 |
令白天皇。 | 天皇に白さしめたまはく、 | 天皇に申し上げますには、 |
若此御子矣。 | 「もしこの御子を、 | 「もしこの御子をば |
天皇之御子所 思看者。 可治賜。 |
天皇の御子と思ほしめさば、 治めたまふべし」 とまをしたまひき。 |
天皇の御子と思しめすならば お育て遊ばせ」 と申さしめました。 |
そこところえず |
||
於是天皇。 | ここに天皇詔のりたまはく、 | ここで天皇は |
(詔)雖怨其兄。 | 「その兄を怨きらひたまへども、 | 「兄には恨みがあるが、 |
猶不得忍愛其后。 |
なほその后を愛しとおもふにえ忍へず」 とのりたまひて、 |
皇后に對する愛は變らない」 と仰せられて、 |
故即有 得后之心。 |
后を得むと おもふ心ましき。 |
皇后を得られようとする 御心がありました。 |
是以 選聚 軍士之中。 力士 輕捷而。 |
ここを以ちて 軍士いくさびとの中に 力士ちからびとの 輕捷はやきを 選り聚つどへて、 |
そこで 軍隊の中から 敏捷な人を 選り集めて |
宣者。 | 宣りたまはくは、 | 仰せになるには、 |
取其御子之時。 | 「その御子を取らむ時に、 | 「その御子を取る時に |
乃掠取 其母王。 |
その母王ははみこをも 掠かそひ取れ。 |
その母君をも 奪い取れ。 |
或髮或手。 | 御髮にもあれ、御手にもあれ、 | 御髮でも御手でも |
當隨取獲而。 | 取り獲むまにまに、 | 掴まえ次第に掴んで |
掬以控出。 |
掬つかみて控ひき出でよ」 とのりたまひき。 |
引き出し申せ」 と仰せられました。 |
爾其后。 | ここにその后、 | しかるに皇后は |
豫知其情。 |
あらかじめ その御心を知りたまひて、 |
あらかじめ 天皇の御心の程をお知りになつて、 |
悉剃其髮。 | 悉にその髮を剃りて、 | 悉く髮をお剃りになり、 |
以髮覆其頭。 | その髮もちてその頭を覆ひ、 | その髮でお頭を覆おおい、 |
亦腐玉緒。 | また玉の緒を腐くたして、 | また玉の緒を腐らせて |
三重纒手。 | 御手に三重纏まかし、 | 御手に三重お纏きになり、 |
且以酒腐御衣。 | また酒もちて御衣みけしを腐して、 | また酒でお召物を腐らせて、 |
如全衣服。 |
全き衣みそのごと 服けせり。 |
完全なお召物のようにして 著ておいでになりました。 |
如此設備而。 | かく設け備へて、 | かように準備をして |
抱其御子。 | その御子を抱うだきて、 | 御子をお抱きになつて |
刺出城外。 | 城の外にさし出でたまひき。 | 城の外にお出になりました。 |
爾其力士等。 | ここにその力士ちからびとども、 | そこで力士たちが |
取其御子。 | その御子を取りまつりて、 | その御子をお取り申し上げて、 |
即握其御祖。 |
すなはちその御祖みおやを 握とりまつらむとす。 |
その母君をも お取り申そうとして、 |
爾。 | ここに | |
握其御髮者。 | その御髮を握とれば、 | 御髮を取れば |
御髮自落。 | 御髮おのづから落ち、 | 御髮がぬけ落ち、 |
握其御手者。 | その御手を握とれば、 | 御手を握れば |
玉緒且絶。 | 玉の緒また絶え、 | 玉の緒が絶え、 |
握其御衣者。 | その御衣みけしを握とれば、 | お召物を握れば |
御衣便破。 | 御衣すなはち破れつ。 | お召物が破れました。 |
是以 取獲其御子。 |
ここを以ちて その御子を取り獲て、 |
こういう次第で 御子を取ることはできましたが、 |
不得其御祖。 |
その御祖おやをば えとりまつらざりき。 |
母君を 取ることができませんでした。 |
故其軍士等。 | かれその軍士ども、 | その兵士たちが |
還來奏言。 | 還り來て、奏まをして言さく、 | 還つて來て申しましたには、 |
御髮自落。 | 「御髮おのづから落ち、 | 「御髮が自然に落ち、 |
御衣易破。 | 御衣破れ易く、 | お召物は破れ易く、 |
亦所纒 御手之玉緒。 便絶故。 |
御手に纏まかせる 玉の緒も すなはち絶えぬ。 |
御手に纏いておいでになる 玉の緒も 切れましたので、 |
不獲御祖。 | かれ御祖を獲まつらず、 | 母君をばお取り申しません。 |
取得御子。 | 御子を取り得まつりき」とまをす。 | 御子は取つて參りました」と申しました。 |
爾天皇。 | ここに天皇 | そこで天皇は |
悔恨而。 | 悔い恨みたまひて、 | 非常に殘念がつて、 |
惡作玉人等。 | 玉作りし人どもを惡にくまして、 | 玉を作つた人たちをお憎しみになつて、 |
皆奪其地。 | その地ところをみな奪とりたまひき。 | その領地を皆お奪とりになりました。 |
故諺曰 不得地玉作 也。 |
かれ諺ことわざに、 地ところ得ぬ玉作り といふなり。 |
それで諺ことわざに、 「處ところを得ない玉作たまつくりだ」 というのです。 |
遺言 |
||
亦天皇。 | また天皇、 | また天皇が |
命詔其后。 | その后に命詔みことのりしたまはく、 | その皇后に仰せられるには、 |
言凡子名。 | 「およそ子の名は、 | 「すべて子この名は |
必母名。 | かならず母の名づくるを、 | 母が附けるものであるが、 |
何稱 是子之御名。 |
この子の御名を、何とかいはむ」 と詔りたまひき。 |
この御子の名前を何としたらよかろうか」 と仰せられました。 |
爾答白。 | ここに答へて白さく、 | そこでお答え申し上げるには、 |
今當火燒 稻城之時而。 火中所生。 |
「今火の 稻城いなぎを燒く時に、 火ほ中に生あれましつ。 |
「今稻の城を燒く時に 炎の中でお生まれになりましたから、 |
故其御名 宜稱 本牟智和氣 御子。 |
かれその御名は、 本牟智和氣 ほむちわけの御子みこ とまをすべし」 とまをしたまひき。 |
その御子のお名前は ホムチワケの御子と お附け申しましよう」 と申しました。 |
又命詔。 何爲日足奉。 |
また命詔したまはく 「いかにして日足ひたしまつらむ」 とのりたまへば、 |
また 「どのようにしてお育て申そうか」 と仰せられましたところ、 |
答白。 | 答へて白さく、 | |
取御母。 | 「御母みおもを取り、 | 「乳母を定め |
定 大湯坐。 若湯坐。 |
大湯坐おほゆゑ、 若湯坐わかゆゑを 定めて、 |
御養育掛りを きめて |
宜日足奉。 | 日足しまつるべし」とまをしたまひき。 | 御養育申し上げましよう」と申しました。 |
故隨其后白以。 日足奉也。 |
かれその后のまをしたまひしまにまに、 日足ひたしまつりき。 |
依つてその皇后の申されたように お育て申しました。 |
又問其后曰。 | またその后に問ひたまはく、 | またその皇后に |
汝所堅之 美豆能 小佩者誰解。 〈美豆能三字 以音。(也)〉 |
「汝みましの堅めし 瑞みづの 小佩をひもは、誰かも解かむ」 |
「あなたの結び堅めた 衣の紐は誰が解くべきであるか」 |
とのりたまひしかば、 | とお尋ねになりましたから、 | |
答白。 | 答へて白さく、 | |
旦波 比古多多須美智 宇斯王之女。 |
「旦波たにはの 比古多多須美智能宇斯 ひこたたすみちの うしの王みこが女、 |
「丹波の ヒコタタスミチノ ウシの王の女の |
名 兄比賣。 弟比賣。 |
名は 兄比賣えひめ 弟比賣おとひめ、 |
兄姫えひめ・ 弟姫おとひめという |
茲二女王。 | この二柱の女王ひめみこ、 | 二人の女王は、 |
淨公民故。 | 淨き公民おほみたからにませば、 | 淨らかな民でありますから |
宜使也。 | 使ひたまふべし」とまをしたまひき。 | お使い遊ばしませ」と申しました。 |
然遂 殺其沙本比古王。 |
然ありて遂に その沙本比古さほひこの王を 殺とりたまへるに、 |
かくて遂に そのサホ彦の王を 討たれた時に、 |
其伊呂妹 亦從也。 |
その同母妹いろもも 從ひたまひき。 |
皇后も 共にお隱れになりました。 |
幼稚なホムチのワケ=あぎ(アレ・いえません) |
||
故率遊 其御子之 状者。 |
かれその御子を 率ゐて 遊ぶ状さまは、 |
かくてその御子を お連れ申し上げて 遊ぶ有樣は、 |
在於 尾張之相津。 |
尾張の相津なる | 尾張の相津にあつた |
二俣榲。 | 二俣榲ふたまたすぎを | 二俣ふたまたの杉をもつて |
作 二俣小舟而。 |
二俣小舟ふたまたをぶねに 作りて、 |
二俣の小舟を 作つて、 |
持上來以。 | 持ち上り來て、 | 持ち上つて來て、 |
浮 倭之市師池。 輕池。 |
倭やまとの 市師いちしの池 輕かるの池に浮けて、 |
大和の 市師いちしの池、 輕かるの池に浮べて |
率遊其御子。 | その御子を率ゐて遊びき。 | 遊びました。 |
然是御子 | 然るにこの御子、 | この御子は、 |
八拳鬚 至于心前。 |
八拳鬚心前 つかひげ むなさきに至るまでに |
長い鬢が 胸の前に至るまでも |
眞事登波受。 〈此三字以音〉 |
ま言こととはず。 | 物をしかと仰せられません。 |
故今 聞高往 鵠之音。 |
かれ今、 高往く 鵠たづが音を聞かして、 |
ただ大空を 鶴が鳴き渡つたのを お聞きになつて |
始爲 阿藝登比。 〈自阿下 四字以音〉 |
始めて あぎとひ たまひき。 |
始めて 「あぎ」と 言われました。 |
追い回り |
||
爾遣 山邊之 大鶙。 〈此者人名〉 |
ここに 山邊やまべの 大鶙おほたか (こは人の名なり)を遣して、 |
そこで 山邊やまべの オホタカという人を 遣つて、 |
令取其鳥。 | その鳥を取らしめき。 | その鳥を取らせました。 |
故是人 追尋其鵠。 |
かれこの人、 その鵠を追ひ尋ねて、 |
ここにその人が 鳥を追い尋ねて |
自木國 到針間國。 |
木きの國より 針間はりまの國に到り、 |
紀の國から 播磨の國に至り、 |
亦追越 稻羽國。 |
また追ひて 稻羽いなばの國に越え、 |
追つて 因幡いなばの國に越えて行き、 |
即到 旦波國。 多遲麻國。 |
すなはち 旦波たにはの國 多遲麻たぢまの國に到り、 |
丹波の國・ 但馬の國に行き、 |
追廻東方。 | 東の方に追ひ廻りて、 | 東の方に追い廻つて |
到近淡海國。 | 近ちかつ淡海あふみの國に到り、 | 近江の國に至り、 |
乃越三野國。 | 三野みのの國に越え、 | 美濃の國に越え、 |
自尾張國傳以。 | 尾張をはりの國より傳ひて | 尾張の國から傳わつて |
追科野國。 | 科野しなのの國に追ひ、 | 信濃の國に追い、 |
遂追到 高志國而。 |
遂に 高志こしの國に追ひ到りて、 |
遂に 越こしの國に行つて、 |
於和那美之 水門張網。 |
和那美わなみの 水門みなとに網を張り、 |
ワナミの水門みなとで 罠わなを張つて |
取其鳥而。 | その鳥を取りて、 | その鳥を取つて |
持上獻。 | 持ち上りて獻りき。 | 持つて來て獻りました。 |
故號其水門。 | かれその水門に名づけて | そこでその水門みなとを |
謂和那美之 水門也。 |
和那美わなみの 水門みなとといふなり。 |
ワナミの 水門とはいうのです。 |
出雲の祟りの夢 |
||
亦見其鳥者。 | またその鳥を見たまへば、 | さてその鳥を御覽になつて、 |
於思物言而。 | 物言はむと思ほして、 | 物を言おうとお思いになるが、 |
如思爾勿言事。 |
思ほすがごと言ひたまふ事 なかりき。 |
思い通りに言われることは ありませんでした。 |
於是 天皇患賜而。 |
ここに天皇患へたまひて、 |
そこで天皇が 御心配遊ばされて |
御寢之時。 | 御寢みねませる時に、 | お寢やすみになつている時に、 |
覺于御夢曰。 | 御夢に覺さとしてのりたまはく、 | 御夢に神のおさとしをお得になりました。 |
修理我宮 如天皇之 御舍者。 |
「我が宮を、 天皇おほきみの 御舍みあらかのごと 修理をさめたまはば、 |
それは「わたしの御殿を 天皇の 宮殿のように 造つたなら、 |
御子 必眞事 登波牟。 〈自登下 三字以音〉 |
御子 かならずま言ごと とはむ」 |
御子が きつと物を言うだろう」と、 |
如此覺時。 | とかく覺したまふ時に、 | かように夢に御覽になつて、 |
布斗摩邇邇 占相而。 |
太卜ふとまにに 占うらへて、 |
そこで太卜ふとまにの法で 占いをして、 |
求何神之心。 |
「いづれの神の御心ぞ」 と求むるに、 |
これはどの神の御心であろうか と求めたところ、 |
爾祟。 | ここに祟たたりたまふは、 | その祟たたりは |
出雲大神之御心。 | 出雲いづもの大神の御心なり。 | 出雲の大神の御心でした。 |
故其御子令 拜其大神宮。 將遣之時。 |
かれその御子を、 その大神の宮を 拜をろがましめに 遣したまはむとする時に、 |
依つてその御子をして その大神の宮を拜ましめに お遣りになろうとする時に、 |
令副誰人者吉。 |
誰を副たぐへしめば 吉えけむとうらなふに、 |
誰を副えたら よかろうかと占いましたら、 |
爾曙立王 食ト。 |
ここに曙立あけたつの王 卜うらに食あへり。 |
アケタツの王が 占いに合いました。 |
故科 曙立王。 |
かれ曙立あけたつの王に 科おほせて、 |
依つてアケタツの王に 仰せて |
令宇氣比白。 〈宇氣比三字以音〉 |
うけひ 白さしむらく、 |
誓言を 申さしめなさいました。 |
因拜此大神。 誠有驗者。 |
「この大神を拜むによりて、 誠まことに驗しるしあらば、 |
「この大神を拜むことによつて 誠にその驗があるならば、 |
住是鷺巣 池之樹鷺乎。 宇氣比落。 |
この鷺さぎの巣すの 池の樹に住める鷺を、 うけひ落ちよ」と、 |
この鷺の巣の 池の樹に住んでいる鷺が 我が誓によつて落ちよ」 |
如此詔之時。 | かく詔りたまふ時に、 | かように仰せられた時に |
宇氣比 其鷺墮地死。 |
うけひて その鷺地つちに墮ちて死にき。 |
その鷺が池に落ちて死にました。 |
又詔之 宇氣比活(爾)者。 |
また「うけひ活け」と詔りたまひき。 ここにうけひしかば、 |
また「活きよ」と 誓をお立てになりましたら |
更活。 | 更に活きぬ。 | 活きました。 |
又在甜白檮 之前 |
また甜白檮あまがしの 前さきなる |
またアマカシの 埼さきの |
葉廣熊白檮。 |
葉廣熊白檮 はびろくまがしを |
廣葉のりつぱなカシの木を |
令宇氣比枯。 亦令宇氣比生。 |
うけひ枯らし、 またうけひ生かしめき。 |
誓を立てて枯らしたり 活かしたりしました。 |
爾名賜。 其曙立王。 謂倭者 師木登美 豐朝倉 曙立王。 〈登美二字以音〉 |
ここに その曙立あけたつの王に、 倭やまとは 師木しきの登美とみの 豐朝倉とよあさくらの 曙立あけたつの王といふ名を賜ひき。 |
それでアケタツの王に、 「大和は師木しき、 登美とみの 豐朝倉とよあさくらの アケタツの王」 という名前を下さいました。 |
木戸が吉戸と |
||
即 曙立王。 菟上王。 二王。 |
すなはち 曙立あけたつの王 菟上うながみの王 二王ふたばしらを、 |
かようにして アケタツの王と ウナガミの王と お二方を |
副其御子 遣時。 |
その御子に副へて 遣しし時に、 |
その御子に副えて お遣しになる時に、 |
自那良戸。 | 那良戸ならどよりは | 奈良の道から行つたならば、 |
遇跛盲。 |
跛あしなへ、 盲めしひ遇はむ。 |
跛ちんばだの 盲めくらだのに遇うだろう。 |
自大坂戸 亦遇跛盲。 |
大阪戸よりも 跛あしなへ、盲めしひ遇はむ。 |
二上ふたかみ山の 大阪の道から行つても 跛や盲に遇うだろう。 |
唯木戸 是腋月之吉戸 ト而。 |
ただ木戸ぞ 掖戸わきどの吉き戸 と卜へて、 |
ただ 紀伊きいの道こそは 幸先さいさきのよい道である と占うらなつて |
出行之時。 | いでましし時に、 | 出ておいでになつた時に、 |
毎到坐地。 | 到ります地ところごとに | 到る處毎に |
定 品遲部也。 |
品遲部ほむぢべを 定めたまひき。 |
品遲部ほむじべの人民を お定めになりました。 |
夢の展開 |
||
故到於出雲。 | かれ出雲いづもに到りまして、 | かくて出雲の國においでになつて、 |
拜訖大神。 | 大神おほかみを拜み訖をへて、 | 出雲の大神を拜み終つて |
還上之時。 | 還り上ります時に、 | 還り上つておいでになる時に、 |
肥河之中。 | 肥ひの河の中に | 肥ひの河の中に |
作黒巣橋。 | 黒樔くろすの橋を作り、 | 黒木の橋を作り、 |
仕奉假宮 而坐。 |
假宮を仕へ奉まつりて、 坐まさしめき。 |
假の御殿を造つて お迎えしました。 |
爾 出雲國 造之祖。 |
ここに 出雲いづもの國くにの 造みやつこの祖、 |
ここに 出雲の 臣の祖先の |
名岐比佐都美。 |
名は岐比佐都美 きひさつみ、 |
キヒサツミという者が、 |
餝青葉山而。 | 青葉の山を餝かざりて、 | 青葉の作り物を飾り立てて |
立其河下。 | その河下に立てて、 | その河下にも立てて |
將獻 大御食之時。 |
大御食おほみあへ 獻らむとする時に、 |
御食物を 獻ろうとした時に、 |
其御子詔言。 | その御子詔りたまはく、 | その御子が仰せられるには、 |
是於河下。 | 「この河下に | 「この河の下に |
如青葉山者。 | 青葉の山なせるは、 | 青葉が山の姿をしているのは、 |
見山非山。 | 山と見えて山にあらず。 | 山かと見れば山ではないようだ。 |
若坐出雲之 石〓[石+司]之 曾宮。 |
もし出雲いづもの いはくまの 曾その宮にます、 |
これは出雲の いわくまの 曾その宮に |
葦原色許男大神 以伊都玖之 祝大廷乎。 問賜也。 |
葦原色許男 あしはらしこをの大神を もち齋いつく 祝はふりが大庭にはか」 と問ひたまひき。 |
お鎭まりになつている アシハラシコヲの大神を お祭り申し上げる 神主の祭壇であるか」 と仰せられました。 |
爾所 遣御伴王等。 |
ここに 御供に遣さえたる 王みこたち、 |
そこで お伴に遣された 王たちが |
聞歡 見喜而。 |
聞き歡び 見喜びて、 |
聞いて歡び、 見て喜んで、 |
御子者。 坐檳榔之 長穂宮而。 |
御子は 檳榔あぢまさの 長穗ながほの宮に ませまつりて、 |
御子を 檳榔あじまさの 長穗ながほの宮に 御案内して、 |
貢上 驛使。 |
驛使 はゆまづかひを たてまつりき。 |
急使を奉つて 天皇に奏上致しました。 |
蛇と一宿(ヘビでも人やど!) |
||
爾其御子。 | ここにその御子、 | そこでその御子が |
一宿婚 肥長比賣。 |
肥長ひなが比賣に 一宿ひとよ婚ひたまひき。 |
一夜 ヒナガ姫と 結婚なさいました。 |
故竊伺 其美人者。 蛇也。 |
かれその美人をとめを 竊伺かきまみたまへば、 蛇をろちなり。 |
その時に孃子を 伺のぞいて御覽になると 大蛇でした。 |
即見畏遁逃。 |
すなはち見畏みて 遁げたまひき。 |
そこで見て畏れて 遁げました。 |
爾其肥長比賣 患光海原。 自船追來。 |
ここにその肥長ひなが比賣 患うれへて、 海原を光てらして 船より追ひ來く。 |
ここにそのヒナガ姫は 心憂く思つて、 海上を光らして 船に乘つて追つて來るので |
故益。 見畏以。 |
かれ、ますます見畏みて | いよいよ畏れられて、 |
自山多和。 〈此二字以音〉 |
山のたわより | 山の峠とうげから |
引越御船。 | 御船を引き越して、 | 御船を引き越させて |
逃上行也。 | 逃げ上りいでましつ。 | 逃げて上つておいでになりました。 |
於是覆奏言。 | ここに覆奏かへりごとまをさく、 | そこで御返事申し上げることには、 |
因拜大神。 | 「大神を拜みたまへるに因りて、 | 「出雲の大神を拜みましたによつて、 |
大御子物詔故。 | 大御子おほみこ物もの詔のりたまひつ。 | 大御子が物を仰せになりますから |
參上來。 | かれまゐ上り來つ」とまをしき。 | 上京して參りました」と申し上げました。 |
故天皇歡喜。 | かれ天皇歡ばして、 | そこで天皇がお歡びになつて、 |
即返菟上王。 | すなはち菟上うながみの王を返して、 | ウナガミの王を返して |
令造神宮。 | 神宮を造らしめたまひき。 | 神宮を造らしめました。 |
於是天皇。 | ここに天皇、 | そこで天皇は、 |
因其御子。 | その御子に因りて | その御子のために |
定 鳥取部。 |
鳥取部ととりべ、 | 鳥取部・ |
鳥甘部。 | 鳥甘とりかひ、 | 鳥甘とりかい・ |
品遲部。 | 品遲部ほむぢべ、 | 品遲部ほむじべ・ |
大湯坐。 | 大湯坐おほゆゑ、 | 大湯坐おおゆえ・ |
若湯坐。 |
若湯坐わかゆゑを 定めたまひき。 |
若湯坐をお定めになりました。 |
さがりオチ(自○未遂) |
||
又隨 其后之白。 |
またその后の白したまひし まにまに、 |
天皇はまたその皇后サホ姫の 申し上げたままに、 |
喚上 美知能宇斯王之女等。 |
美知能宇斯 みちのうしの王の女たち、 |
ミチノウシの王の娘たちの |
比婆須比賣命。 | 比婆須ひばす比賣の命、 | ヒバス姫の命・ |
次弟比賣命。 | 次に弟おと比賣の命、 | 弟おと姫の命・ |
次歌凝比賣命。 | 次に歌凝うたこり比賣の命、 | ウタコリ姫の命・ |
次圓野比賣命。 | 次に圓野まとの比賣の命、 | マトノ姫の命の |
并四柱。 |
并はせて四柱を 喚上めさげたまひき。 |
四人を お召しになりました。 |
然留 比婆須比賣命。 弟比賣命 二柱而。 |
然れども 比婆須ひばす比賣の命、 弟比賣おとひめの命、 二柱を留めて、 |
しかるに ヒバス姫の命・ 弟姫の命の お二方ふたかたはお留めになりましたが、 |
其弟王二柱者。 | その弟王おとみこ二柱は、 | 妹のお二方は |
因甚凶醜。 | いと醜きに因りて | 醜かつたので、 |
返送本土。 |
本もとつ土くにに 返し送りたまひき。 |
故郷に 返し送られました。 |
於是圓野比賣 慚言。 |
ここに圓野まとの比賣 慚やさしみて |
そこでマトノ姫が耻はじて、 |
同兄弟之中。 | 「同兄弟はらからの中に、 | 「同じ姉妹の中で |
以姿醜被還之事。 |
姿醜みにくきによりて、 還さゆる事、 |
顏が醜いによつて 返されることは、 |
聞於隣里。 | 隣里ちかきさとに聞えむは、 | 近所に聞えても |
是甚慚而。 | いと慚やさしきこと」といひて、 | 耻はずかしい」と言つて、 |
到山代國之 相樂時。 |
山代の國の 相樂さがらかに到りし時に、 |
山城の國の 相樂さがらかに行きました時に |
取懸樹枝而 欲死。 |
樹の枝に取り懸さがりて、 死なむとしき。 |
木の枝に懸かつて 死のうとなさいました。 |
故號其地謂 懸木。 |
かれ其地そこに名づけて、 懸木さがりきといひしを、 |
そこで其處の名を 懸木さがりきと言いましたのを |
今云相樂。 | 今は相樂さがらかといふ。 | 今は相樂さがらかと言うのです。 |
又到弟國之時。 | また弟國おとくにに到りし時に、 | また弟國おとくにに行きました時に |
遂墮峻淵而死。 | 遂に峻ふかき淵に墮ちて、死にき。 | 遂に峻けわしい淵に墮ちて死にました。 |
故號其地。 | かれ其地そこに名づけて、 | そこでその地の名を |
謂墮國。 | 墮國おちくにといひしを、 | 墮國おちくにと言いましたが、 |
今云弟國也。 | 今は弟國といふなり。 | 今では弟國おとくにと言うのです。 |
時じくのかくの木の実=橘=ミカン=未完 |
||
又天皇。 | また天皇、 | また天皇、 |
以三宅連等之祖。 | 三宅みやけの連むらじ等が祖、 | 三宅の連等の祖先の |
名多遲麻毛理。 | 名は多遲摩毛理たぢまもりを、 | タヂマモリを |
遣常世國。 | 常世とこよの國に遣して、 | 常世とこよの國に遣して、 |
令求 登岐士玖能 迦玖能木實。 〈自登下八字以音〉 |
時じくの 香かくの 木この實みを 求めしめたまひき。 |
時じくの 香かぐの 木の實を 求めさせなさいました。 |
故 多遲摩毛理。 |
かれ 多遲摩毛理 たぢまもり、 |
依つて タヂマモリが |
遂到其國。 | 遂にその國に到りて、 | 遂にその國に到つて |
採其木實。 | その木の實を採りて、 | その木を採つて、 |
以縵八縵。 矛八矛。 |
縵八縵かげやかげ 矛八矛ほこやほこを、 |
蔓つるの形になつているもの八本、 矛ほこの形になつているもの八本を |
將來之間。 | 將もち來つる間に、 | 持つて參りましたところ、 |
天皇既崩。 | 天皇既に崩かむあがりましき。 | 天皇はすでにお隱れになつておりました。 |
爾多遲摩毛理。 | ここに多遲摩毛理たぢまもり、 | そこでタヂマモリは |
分 縵四縵。 矛四矛。 |
縵四縵 矛四矛 かげよかげ ほこよほこを分けて、 |
蔓つる四本 矛ほこ四本を分けて |
獻于大后。 | 大后に獻り、 | 皇后樣に獻り、 |
以 縵四縵。 矛四矛。 |
縵四縵 矛四矛 かげよかげ ほこよほこを、 |
蔓四本 矛四本を |
獻置天皇之 御陵戸而。 |
天皇の御陵の戸に 獻り置きて、 |
天皇の御陵のほとりに獻つて、 |
擎其木實。 | その木の實を擎ささげて、 | それを捧げて |
叫哭以白。 | 叫び哭おらびて白さく、 | 叫び泣いて、 |
常世國之。 登岐士玖能 迦玖能木實。 持參上侍。 |
「常世の國の 時じくの香かくの木この實みを 持ちまゐ上りて侍さもらふ」 とまをして |
「常世の國の 時じくの香かぐの木の實を 持つて參上致しました」 と申して、 |
遂叫哭死也。 | 遂に哭おらび死にき。 | 遂に叫び死にました。 |
其登岐士玖能 迦玖能木實者。 是今橘者也。 |
その時じくの 香かくの木の實は 今の橘なり。 |
その時じくの 香の木の實というのは、 今のタチバナのことです。 |
最期(垂仁天皇) |
||
此天皇。 | この天皇、 | この天皇は |
御年 壹佰伍拾參歳。 |
御年一百五十三歳 ももちまりいそぢみつ、 |
御年百五十三歳、 |
御陵在 菅原之 御立野中也。 |
御陵は 菅原すがはらの 御立野みたちのの中にあり。 |
御陵は 菅原の 御立野みたちのの中にあります。 |
又其 大后 比婆須比賣命之時。 |
またその 大后おほきさき 比婆須ひばす比賣の命の時、 |
またその 皇后 ヒバス姫の命の時に、 |
定石祝作。 | 石祝作いしきつくりを定め、 | 石棺作りをお定めになり、 |
又定土師部。 |
また土師部はにしべを 定めたまひき。 |
また土師部はにしべを お定めになりました。 |
此后者。 葬 狹木之 寺間陵也。 |
この后は 狹木さきの 寺間てらまの陵に 葬をさめまつりき。 |
この皇后は 狹木さきの 寺間てらまの陵に お葬り申しあげました。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
后妃と御子 |
||
大帶日子 淤斯呂和氣天皇。 |
大帶日子淤斯呂和氣 おほたらしひこ おしろわけの天皇、 |
オホタラシ彦 オシロワケの天皇 (景行天皇)、 |
坐纒向之 日代宮。 |
纏向まきむくの 日代ひしろの宮にましまして、 |
大和の纏向まきむくの 日代ひしろの宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶 吉備臣等之祖。 若建 吉備津日子之女。 名 針間之 伊那毘能 大郎女。 |
この天皇、 吉備きびの臣等の祖、 若建吉備津日子 わかたけきびつひこが女、 名は 針間はりまの 伊那毘いなびの 大郎女おほいらつめに娶ひて、 |
この天皇、 吉備きびの臣等の祖先の ワカタケ キビツ彦の女の 播磨はりまの イナビの 大郎女おおいらつめと結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
櫛角別王。 | 櫛角別くしつのわけの王、 | クシツノワケの王・ |
次大碓命。 | 次に大碓おほうすの命、 | オホウスの命・ |
次小碓命。 亦名 倭男具那命。 〈具那二字以音〉 |
次に小碓をうすの命、 またの名は 倭男具那やまとをぐなの命、 |
ヲウスの命 またの名は ヤマトヲグナの命・ |
次倭根子命。 | 次に倭根子やまとねこの命、 | ヤマトネコの命・ |
次神櫛王。 | 次に神櫛かむくしの王 | カムクシの王の |
〈五柱〉 | 五柱。 | 五王です。 |
又娶 八尺 入日子命之女。 八坂之 入日賣命。 |
また八尺やさかの 入日子いりひこの命が女、 八坂やさかの 入日賣いりひめの命に娶ひて、 |
ヤサカノ イリ彦の命の女むすめ ヤサカノ イリ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
若帶日子命。 |
若帶日子 わかたらしひこの命、 |
ワカタラシ彦の命・ |
次 五百木之 入日子命。 |
次に 五百木いほきの 入日子いりひこの命、 |
イホキノイリ彦の命・ |
次押別命。 | 次に押別おしわけの命、 | オシワケの命・ |
次 五百木之 入日賣命。 |
次に 五百木いほきの 入いり日賣の命、 |
イホキノイリ姫の命です。 |
又妾之子。 | またの妾みめの御子、 | またの妾の御子は、 |
豐戸別王。 | 豐戸別とよとわけの王、 | トヨトワケの王・ |
次沼代郎女。 | 次に沼代ぬなしろの郎女いらつめ、 | ヌナシロの郎女、 |
又妾之子。 | またの妾みめの御子、 | またの妾の御子は、 |
沼名木郎女。 | 沼名木ぬなきの郎女いらつめ、 | ヌナキの郎女・ |
次香余理比賣命。 | 次に香余理かぐより比賣の命、 | カグヨリ姫の命・ |
次若木之入日子王。 |
次に若木わかきの 入日子いりひこの王、 |
ワカキノイリ彦の王・ |
次吉備之兄日子王。 | 次に吉備の兄日子えひこの王、 | キビノエ彦の王・ |
次高木比賣命。 | 次に高木比賣の命、 | タカギ姫の命・ |
次弟比賣命。 | 次に弟比賣おとひめの命。 | オト姫の命です。 |
又娶。 日向之 美波迦斯毘賣。 |
また 日向ひむかの 美波迦斯毘賣 みはかしびめに娶ひて、 |
また日向の ミハカシ姫と結婚して |
生御子。 豐國別王。 |
生みませる御子、 豐國別とよくにわけの王。 |
お生みになつた御子は、 トヨクニワケの王です。 |
又娶 伊那毘能 大郎女之弟。 伊那毘能 若郎女。 〈自伊下四字以音〉 |
また 伊那毘いなびの 大郎女おほいらつめの弟、 伊那毘の 若郎女わかいらつめに娶ひて、 |
また イナビの大郎女の妹、 イナビの若郎女と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
眞若王。 | 眞若まわかの王、 | マワカの王・ |
次日子人之 大兄王。 |
次に日子人ひこひとの 大兄おほえの王。 |
ヒコヒトノ オホエの王です。 |
又娶 倭建命之曾孫。 名須賣伊呂 大中日子王 〈自須至呂 四字以音〉之女。 訶具漏比賣。 |
また 倭建やまとたけるの命の 曾孫みひひこ 名は須賣伊呂大中 すめいろおほなかつ 日子ひこの王が女、 訶具漏かぐろ比賣に娶ひて |
また ヤマトタケルの命の 曾孫の スメイロ オホナカツ彦の王の女の カグロ姫と結婚して |
生御子。 大枝王。 |
生みませる御子、 大枝おほえの王。 |
お生みになつた御子は、 オホエの王です。 |
三太子とその他 |
||
凡此大帶日子 天皇之御子等。 |
およそこの 大帶日子おほたらしひこの 天皇の御子たち、 |
すべて天皇の 御子たちは、 |
所録 廿一王。 |
録しるせるは 廿一王はたちまりひとはしら、 |
記したのは 二十一王、 |
不入記 五十九王。 |
記さざる 五十九王いそぢまりここのはしら、 |
記さないのは 五十九王、 |
并 八十王 之中。 |
并はせて 八十王はしら います中に、 |
合わせて 八十の御子みこが おいでになりました中に、 |
若帶日子命。 | 若帶日子の命と | ワカタラシ彦の命と |
與倭建命。 | 倭建やまとたけるの命、 | ヤマトタケルの命と |
亦。五百木之 入日子命。 |
また五百木いほきの 入日子いりひこの命と、 |
イホキノイリ彦の命と、 |
此三王。 負太子之名。 |
この三王みはしらは 太子ひつぎのみこの名を負はし、 |
このお三方は、 皇太子と申す御名を負われ、 |
自其餘 七十七王者。 |
それより餘ほか 七十七王 ななまりななはしらのみこは、 |
他の七十七王は |
悉別賜。 國國之國造。 亦和氣。及稻置。 縣主也。 |
悉に國國の國の造、 また別わけ、稻置いなぎ、 縣主あがたぬし七に別け賜ひき。 |
悉く諸國の國の造みやつこ・ 別わけ・稻置いなき・ 縣主あがたぬし等として お分け遊ばされました。 |
故 若帶日子命者。 治天下也。 |
かれ若帶日子 わかたらしひこの命は、 天の下治らしめしき。 |
そこでワカタラシ彦の命は 天下をお治めなさいました。 |
小碓命者。 | 小碓をうすの命は、 | ヲウスの命は |
平東西之荒神。 | 東西の荒ぶる神、 | 東西の亂暴な神、 |
及不伏人等也。 |
また伏まつろはぬ人どもを 平ことむけたまひき。 |
また服從しない人たちを 平定遊ばされました。 |
次櫛角別王者。 | 次に櫛角別くしつのわけの王は、 | 次にクシツノワケの王は、 |
〈茨田下連等之祖〉 | 茨田の下の連等が祖なり。 | 茨田の下の連等の祖先です。 |
次大碓命者。 | 次に大碓おほうすの命は | 次にオホウスの命は、 |
〈守君。 大田君。 嶋田君之祖〉 |
守の君、 太田の君、 島田の君が祖なり。 |
守の君・ 太田の君・ 島田の君の祖先です。 |
次神櫛王者。 | 次に神櫛かむくしの王は、 | 次にカムクシの王は |
〈木國之酒部阿比古。 | 木の國の酒部の阿比古、 | 木の國の酒部の阿比古・ |
宇陀酒部之祖〉 | 宇陀の酒部が祖なり。 | 宇陀の酒部の祖先です。 |
次豐國別王者。 | 次に豐國別とよくにわけの王は、 | 次にトヨクニワケの王は、 |
〈日向國造之祖〉 | 日向の國の造が祖なり。 | 日向の國の造の祖先です。 |
兄姫と弟姫(エヒメとオトヒメ) |
||
於是天皇。 | ここに天皇、 | ここに天皇は、 |
聞看定 三野國造之祖。 神大根王之女。 名 兄比賣。 弟比賣二孃子。 其容姿麗美而。 |
三野みのの國の造の祖、 大根おほねの王八が女、 名は 兄比賣えひめ 弟比賣おとひめ二孃子ふたをとめ、 それ容姿麗美かほよしと きこしめし定めて、 |
三野の國の造の祖先の オホネの王の女の 兄姫えひめ 弟姫おとひめの 二人の孃子が美しいということを お聞きになつて、 |
遣其御子 大碓命以喚上。 |
その御子 大碓おほうすの命を遣して、 喚めし上げたまひき。 |
その御子の オホウスの命を遣わして、 お召しになりました。 |
故其所遣 大碓命。 |
かれその遣さえたる 大碓の命、 |
しかるにその遣わされた オホウスの命が |
勿召上而。 | 召し上げずて、 | 召しあげないで、 |
即己自 婚其孃子。 |
すなはちおのれみづから その二孃子に婚ひて、 |
自分が その二人の孃子と結婚して、 |
更求他女人。 | 更に他あだし女をみなを求まぎて、 | 更に別の女を求めて、 |
詐名其孃女 而貢上。 |
その孃子と詐り名づけて 貢上たてまつりき。 |
その孃子だと僞つて 獻りました。 |
於是天皇。 | ここに天皇 | そこで天皇は、 |
知其他嬢。 |
それ他あだし女を みななることを知らしめして、 |
それが別の女であることを お知りになつて、 |
恒令經長眼。 | 恆に長眼を經しめ、 | いつも見守らせるだけで、 |
亦勿婚 而惚也。 |
また婚あひもせずて、 惚たしなめたまひき。 |
結婚をしないで 苦しめられました。 |
故其大碓命。 | かれその大碓おほうすの命、 | それでそのオホウスの命が |
娶 兄比賣。生子。 押黒之兄日子王。 |
兄比賣えひめに娶ひて 生みませる子、 押黒おしくろの兄日子の王。 |
兄姫と結婚して 生んだ子が オシクロのエ彦の王で、 |
〈此者。三野之 宇泥須和氣之祖〉 |
こは三野の 宇泥須和氣が祖なり。 |
これは三野の 宇泥須うねすの別の祖先です。 |
亦娶 弟比賣。生子。 押黒弟日子王。 |
また弟比賣に娶ひて 生みませる子、 押黒の弟日子の王。 |
また弟姫と結婚して 生んだ子は、 オシクロのオト彦の王で、 |
〈此者。 牟宜都君等之祖〉 |
こは 牟宜都の君等が祖なり。 |
これは 牟宜都むげつの君等の祖先です。 |
此之御世。 | この御世に | この御世に |
定 田部。 |
田部たべを定め、 |
田部を お定めになり、 |
又定 東之淡水門。 |
また東あづまの 淡あはの水門みなとを定め、 |
また東國の 安房の水門みなとをお定めになり、 |
又定 膳之大伴部。 |
また膳かしはでの 大伴部おほともべを定め、 |
また膳かしわでの 大伴部をお定めになり、 |
又定 倭屯家。 |
また倭やまとの 屯家みやけを定めたまひ、 |
また大和の 役所をお定めになり、 |
又作坂手池。 | また坂手さかての池を作りて、 | また坂手の池を作つて |
即竹植 其堤也。 |
すなはちその堤に 竹を植ゑしめたまひき。 |
その堤に 竹を植えさせなさいました。 |
野蛮で猛 |
||
天皇詔 小碓命。 |
天皇、 小碓をうすの命に詔りたまはく、 |
天皇が ヲウスの命に仰せられるには |
何汝兄。 | 「何とかも汝みましの兄いろせ、 | 「お前の兄はどうして |
於朝夕之 大御食不參出來。 |
朝あした夕ゆふべの 大御食おほみけにまゐ出來でこざる。 |
朝夕の 御食事に出て來ないのだ。 |
專汝 泥疑 教覺。 |
もはら汝 みましねぎ 教へ覺せ」 と詔りたまひき。 |
お前が 引き受けて 教え申せ」 と仰せられました。 |
〈泥疑二字以音。 下效此〉 |
||
如此詔以後。 | かく詔りたまひて後、 | かように仰せられて |
至于五日。 | 五日に至るまでに、 | 五日たつても |
猶不參出。 | なほまゐ出でず。 | やはり出て來ませんでした。 |
爾天皇 問賜小碓命。 |
ここに天皇、 小碓の命に問ひたまはく、 |
そこで、天皇が ヲウスの命にお尋ねになるには |
何汝兄。 久不參出。 |
「何ぞ汝の兄 久しくまゐ出來ざる。 |
「どうしてお前の兄が 永い間出て來ないのだ。 |
若有未誨乎。 |
もしいまだ誨をしへずありや」 と問ひたまひしかば、 |
もしやまだ教えないのか」 とお尋ねになつたので、 |
答白。 | 答へて白さく、 | お答えしていうには |
既爲泥疑也。 | 「既にねぎつ」とまをしたまひき。 | 「もう教えました」と申しました。 |
又詔。 如何 泥疑之。 |
また「いかにか ねぎつる」 と詔りたまひしかば、 |
また「どのように 教えたのか」 と仰せられましたので、 |
答白。 | 答へて白さく、 | お答えして |
朝署 入廁之時。 |
「朝署あさけに 厠に入りし時、 |
「朝早く 厠かわやにおはいりになつた時に、 |
持捕 搤㧗而。 |
待ち捕へ 搤つかみ批ひしぎて、 |
待つていてつかまえて つかみひしいで、 |
引闕其枝。 |
その枝を 引き闕かきて、 |
手足を折つて |
裹薦 投棄。 |
薦こもにつつみて 投げ棄うてつ」 とまをしたまひき。 |
薦こもにつつんで 投げすてました」 と申しました。 |
熊襲襲撃 |
||
於是天皇。 | ここに天皇、 | そこで天皇は、 |
惶其御子之。 建荒之情而。 |
その御子の 建く荒き情を惶かしこみて、 |
その御子の 亂暴な心を恐れて |
詔之。 | 詔りたまひしく、 | 仰せられるには |
西方有 熊曾建二人。 |
「西の方に 熊曾建くまそたける二人あり。 |
「西の方に クマソタケル二人がある。 |
是不伏 无禮人等。 |
これ伏まつろはず、 禮旡ゐやなき人どもなり。 |
これが服從しない 無禮の人たちだ。 |
故取其人等。 |
かれその人どもを取れ」 とのりたまひて、 |
だからその人たちを殺せ」 と仰せられました。 |
而遣。 | 遣したまひき。 | |
當此之時。 | この時に當りて、 | この時に、 |
其御髮 結額也。 |
その御髮みかみを 額ぬかに結はせり。 |
その御髮を 額で結つておいでになりました。 |
爾小碓命。 | ここに小碓をうすの命、 | そこでヲウスの命は、 |
給其 姨倭比賣命之 御衣御裳。 |
その姨みをば 倭比賣やまとひめの命の 御衣みそ 御裳みもを給はり、 |
叔母樣の ヤマト姫の命の お衣裳をいただき、 |
以小劔 納于御懷而 幸行。 |
劒たちを 御懷ふところに納いれて いでましき。 |
劒を 懷にいれて おいでになりました。 |
故到于 熊曾建之家 見者。 |
かれ 熊曾建くまそたけるが 家に到りて 見たまへば、 |
そこで クマソタケルの 家に行つて 御覽になりますと、 |
於其家邊。 | その家の邊に、 | その家のあたりに、 |
軍圍三重。 | 軍いくさ三重に圍み、 | 軍隊が三重に圍んで守り、 |
作室以居。 | 室を作りて居たり。 | 室むろを作つて居ました。 |
於是 言動爲 御室樂。 |
ここに 御室樂みむろうたげせむと 言ひ動とよみて、 |
そこで 新築の祝をしようと 言い騷いで、 |
設備食物。 | 食をし物を設まけ備へたり。 | 食物を準備しました。 |
故遊行 其傍。 |
かれその傍あたりを 遊行あるきて、 |
依つてその近所を 歩いて |
待其樂日。 |
その樂うたげする日を 待ちたまひき。 |
宴會をする日を 待つておいでになりました。 |
女装で武装(懐刀) |
||
爾臨其樂日。 | ここにその樂の日になりて、 | いよいよ宴會の日になつて、 |
如童女之髮。 梳垂。 其結御髮。 |
童女をとめの髮のごと その結はせる髮を 梳けづり垂れ、 |
結つておいでになる髮を 孃子の髮のように 梳けずり下げ、 |
服其姨之 御衣 御裳。 |
その姨みをばの 御衣みそ 御裳みもを服けして、 |
叔母樣の お衣裳をお著つけになつて |
既成童女之姿。 | 既に童女の姿になりて、 | 孃子の姿になつて |
交立女人之中。 | 女人をみなの中に交り立ちて、 | 女どもの中にまじり立つて、 |
入坐其室内。 | その室内むろぬちに入ります。 | その室の中におはいりになりました。 |
爾熊曾建 兄弟二人。 |
ここに熊曾建くまそたける 兄弟二人、 |
ここにクマソタケルの 兄弟二人が、 |
見感其孃子。 | その孃子を見感めでて、 | その孃子を見て感心して、 |
坐於己中而。 | おのが中に坐ませて、 | 自分たちの中にいさせて |
盛樂。 | 盛に樂うたげつ。 | 盛んに遊んでおりました。 |
故臨其酣時。 | かれその酣たけなはなる時になりて、 | その宴の盛んになつた時に、 |
自懷出劔。 | 御懷より劒を出だし、 | 命は懷から劒を出し、 |
取熊曾之 衣衿。 |
熊曾くまそが 衣の矜くびを取りて、 |
クマソタケルの 衣の襟を取つて |
以劔自 其胸刺通之時。 |
劒もちて その胸より刺し通したまふ時に、 |
劒をもつて その胸からお刺し通し遊ばされる時に、 |
其弟建。 | その弟おと建たける | その弟のタケルが |
見畏逃出。 | 見畏みて逃げ出でき。 | 見て畏れて逃げ出しました。 |
乃 追至 其室之 椅本。 |
すなはち その室の 椅はしの本に 追ひ至りて、 |
そこで その室の 階段のもとに 追つて行つて、 |
取其背。 | 背の皮を取り | 背の皮をつかんで |
以劔自尻刺通。 | 劒を尻より刺し通したまひき。 | うしろから劒で刺し通しました。 |
熊襲の名を襲名 |
||
爾其熊曾建 白言。 |
ここにその熊曾建 白して曰さく、 |
ここにそのクマソタケルが 申しますには、 |
莫動其刀。 | 「その刀をな動かしたまひそ。 | 「そのお刀をお動かし遊ばしますな。 |
僕有白言。 |
僕やつこ白すべきことあり」 とまをす。 |
申し上げることがございます」 と言いました。 |
爾暫許押伏。 | ここに暫しまし許して押し伏せつ。 | そこでしばらく押し伏せておいでになりました。 |
於是白言。 | ここに白して言さく、 | |
汝命者誰。 |
「汝なが命は誰そ」 と白ししかば、 |
「あなた樣さまはどなたでいらつしやいますか」 と申しましたから、 |
爾詔。 | ||
吾者 坐纒向之 日代宮。 |
「吾あは 纏向まきむくの 日代ひしろの宮にましまして、 |
「わたしは 纏向まきむくの 日代ひしろの宮においで遊ばされて |
所知 大八嶋國。 |
大八島國おほやしまぐに 知しらしめす、 |
天下を お治めなされる |
大帶日子 淤斯呂和氣天皇 之御子。 |
大帶日子淤斯呂和氣 おほたらしひこ おしろわけの天皇 の御子、 |
オホタラシ彦 オシロワケの天皇の 御子の |
名倭男具那王 者也。 |
名は倭男具那 やまとをぐなの王なり。 |
ヤマトヲグナの王という者だ。 |
意禮熊曾建二人。 | おれ熊曾建二人、 | お前たちクマソタケル二人が |
不 無禮聞看而。 |
伏まつろはず、 禮ゐやなしと聞こしめして、 |
服從しないで 無禮だとお聞きなされて、 |
取殺意禮詔 而遣。 |
おれを取り殺とれと詔りたまひて、 遣せり」 とのりたまひき。 |
征伐せよと仰せになつて、 お遣わしになつたのだ」 と仰せられました。 |
野○度:熊襲建<倭建 |
||
爾其熊曾建白。 | ここにその熊曾建白さく、 | そこでそのクマソタケルが、 |
信然也。 | 「信に然しからむ。 | 「ほんとうにそうでございましよう。 |
於西方。 | 西の方に | 西の方に |
除吾二人。 | 吾二人を除おきては、 | 我々二人を除いては |
無建強人。 | 建たけく強こはき人無し。 | 武勇の人間はありません。 |
然於大倭國。 | 然れども大倭おほやまとの國に、 | しかるに大和の國には |
益吾二人而。 | 吾二人にまして | 我々にまさつた |
建男者坐祁理。 | 建たけき男は坐いましけり。 | 強い方がおいでになつたのです。 |
是以。 吾獻御名。 |
ここを以ちて吾、 御名を獻らむ。 |
それでは お名前を獻上致しましよう。 |
自今以後。 | 今よ後、 | 今からは |
應稱 倭建御子。 |
倭建やまとたけるの御子と 稱へまをさむ」とまをしき。 |
ヤマトタケルの御子と 申されるがよい」と申しました。 |
是事白訖。 | この事白まをし訖へつれば、 | かように申し終つて、 |
即如熟苽 振折而。 |
すなはち 熟苽ほぞちのごと、 振り拆さきて |
熟した瓜を 裂くように裂き |
殺也。 | 殺したまひき。 | 殺しておしまいになりました。 |
故自其時。 | かれその時より御名を稱へて、 | その時からお名前を |
稱御名謂倭建命。 | 倭建やまとたけるの命とまをす。 | ヤマトタケルの命と申し上げるのです。 |
然而。 | 然ありて | そうして |
還上之時。 | 還り上ります時に、 | 還つておいでになつた時に、 |
山神河神。 | 山の神河の神 | 山の神・河の神、 |
及穴戸神。 | また穴戸あなどの神を | また海峽の神を |
皆言向和而 參上。 |
みな言向け和やはして まゐ上りたまひき。 |
皆平定して 都にお上りになりました。 |
出雲建の悲劇(手がつけられない) |
||
即 入坐出雲國。 |
すなはち 出雲の國に入りまして、 |
そこで 出雲の國におはいりになつて、 |
欲殺 其出雲建而。 |
その出雲いづもの國の建たけるを 殺とらむとおもほして、 |
そのイヅモタケルを 撃うとうとお思いになつて、 |
到即結友。 |
到りまして、 すなはち結交うるはしみしたまひき。 |
おいでになつて、 交りをお結びになりました。 |
故竊以赤檮。 |
かれ竊に 赤檮いちひのきもちて、 |
まずひそかに 赤檮いちいのきで |
作詐刀。 | 詐刀こだちを作りて、 | 刀の形を作つて |
爲御佩。 | 御佩はかしとして、 | これをお佩びになり、 |
共 沐肥河。 |
共に 肥の河に沐かはあみしき。 |
イヅモタケルとともに 肥ひの河に水浴をなさいました。 |
爾倭建命。 | ここに倭建やまとたけるの命、 | そこでヤマトタケルの命が |
自河先上。 | 河よりまづ上あがりまして、 | 河からまずお上りになつて、 |
取佩 出雲建之 解置横刀而。 |
出雲建いづもたけるが 解き置ける横刀たちを 取り佩かして、 |
イヅモタケルが 解いておいた大刀を お佩きになつて、 |
詔為易刀。 |
「易刀たちかへせむ」 と詔りたまひき。 |
「大刀を換かえよう」 と仰せられました。 |
故後出雲建。 | かれ後に出雲建 | そこで後からイヅモタケルが |
自河上而。 | 河より上りて、 | 河から上つて、 |
佩倭建命之 詐刀。 |
倭建の命の 詐刀こだちを佩きき。 |
ヤマトタケルの命の 大刀を佩きました。 |
於是倭建命。 | ここに倭建の命 | ここでヤマトタケルの命が、 |
誂云 伊奢合刀。 |
「いざ刀合たちあはせむ」 と誂あとらへたまふ。 |
「さあ大刀を合わせよう」 と挑いどまれましたので、 |
爾各拔 其刀之時。 |
かれおのもおのも その刀を拔く時に、 |
おのおの 大刀を拔く時に、 |
出雲建。 不得拔詐刀。 |
出雲建、 詐刀こだちをえ拔かず、 |
イヅモタケルは 大刀を拔き得ず、 |
即倭建命。 拔其刀而。 |
すなはち倭建の命、 その刀を拔きて、 |
ヤマトタケルの命は 大刀を拔いて |
打殺 出雲建。 |
出雲建を 打ち殺したまひき。 |
イヅモタケルを 打ち殺されました。 |
爾御歌曰。 | ここに御歌よみしたまひしく、 | そこでお詠みになつた歌、 |
夜都米佐須 | やつめさす | 雲くもの叢むらがり立つ |
伊豆毛多祁流賀 | 出雲建いづもたけるが | 出雲いづものタケルが |
波祁流多知 | 佩ける刀たち、 | 腰にした大刀は、 |
都豆良佐波麻岐 | 黒葛つづら多さは纏まき | 蔓つるを澤山卷いて |
佐味那志爾阿波禮 | さ身み無しにあはれ。 | 刀の身が無くて、きのどくだ。 |
故如此撥治。 | かれかく撥はらひ治めて、 | かように平定して、 |
參上 覆奏。 |
まゐ上りて、 覆奏かへりごとまをしたまひき。 |
朝廷に還つて 御返事申し上げました。 |
倭建の東征の理由:最凶 |
||
爾天皇。 | ここに天皇、 | ここに天皇は、 |
亦頻詔 倭建命。 |
また頻しきて 倭建やまとたけるの命に、 |
また續いて ヤマトタケルの命に、 |
言向和平。 東方十二道之 荒夫琉神。 及摩都樓波奴 人等而。 |
「東の方十二道 とをまりふたみちの荒ぶる神、 また伏まつろはぬ人どもを、 言向け和やはせ」と詔りたまひて、 |
「東の方の諸國の 惡い神や 從わない人たちを 平定せよ」と仰せになつて、 |
副吉備臣等之祖。 名御鉏友 耳建日子而。 遣之時。 |
吉備きびの臣おみ等が祖、 名は御鉏友耳建日子 みすきともみみたけひこを 副へて遣す時に、 |
吉備きびの臣等の祖先の ミスキトモ ミミタケ彦という人を副えて お遣わしになつた時に、 |
給 比比羅木之 八尋矛。 |
比比羅木ひひらぎの 八尋矛やひろぼこを 給ひき。 |
柊ひいらぎの 長い矛ほこを 賜わりました。 |
〈比比羅 三字以音〉 |
||
故受命。 | かれ命を受けたまはりて、 | 依つて御命令を受けて |
罷行之時。 | 罷り行いでます時に、 | おいでになつた時に、 |
參入。 伊勢大御神宮。 |
伊勢の大御神の宮に參りて、 | 伊勢の神宮に參拜して、 |
拜神朝廷。 | 神の朝廷みかどを拜みたまひき。 | 其處に奉仕して |
即白 其姨 倭比賣命者。 |
すなはちその姨みをば 倭やまと比賣の命に 白したまひしくは、 |
おいでになつた叔母樣の ヤマト姫の命に 申されるには、 |
天皇。 既所以思 吾死乎。 |
「天皇 既に吾を死ねと 思ほせか、 |
「父上は わたくしを死ねと 思つていらつしやるのでしようか、 |
何撃遣 西方之 惡人等而。 |
何ぞ、西の方の 惡あらぶる人ひとどもを 撃とりに遣して、 |
どうして西の方の 從わない人たちを 征伐にお遣わしになつて、 |
返參上來之間。 | 返りまゐ上り來し間ほど、 | 還つてまいりまして |
未經幾時。 | 幾時いくだもあらねば、 | まだ間も無いのに、 |
不賜軍衆。 | 軍衆いくさびとどもをも賜はずて、 | 軍卒も下さらないで、 |
今更 平遣。 東方十二道之 惡人等。 |
今更に 東の方の十二道の 惡ぶる人どもを 平ことむけに遣す。 |
更に 東方諸國の 惡い人たちを 征伐するために お遣わしになるのでしよう。 |
因此思惟。 | これに因りて思へば | こういうことによつて思えば、 |
猶所思看 吾既死焉。 |
なほ吾を既に死ねと 思ほしめすなり」 とまをして、 |
やはりわたくしを早く死ねと 思つておいでになるのです」 と申して、 |
患泣 罷時。 |
患へ泣きて 罷りたまふ時に、 |
心憂く思つて泣いて お出ましになる時に、 |
倭姫の餞別 |
||
倭比賣命。 | 倭比賣の命、 | ヤマト姫の命が、 |
賜草那藝劍。 〈那藝二字以音〉 |
草薙くさなぎの劒たちを賜ひ、 | 草薙の劒をお授けになり、 |
亦賜御嚢而。 | また御嚢みふくろを賜ひて、 | また嚢ふくろをお授けになつて、 |
詔若有急事。 | 「もし急とみの事あらば、 | 「もし急の事があつたなら、 |
解茲嚢口。 |
この嚢ふくろの口を解きたまへ」 と詔りたまひき。 |
この嚢の口をおあけなさい」 と仰せられました。 |
尾張の美夜受比賣 |
||
故 到尾張國。 |
かれ 尾張の國に到りまして、 |
かくて 尾張の國においでになつて、 |
入坐。 尾張國造之祖。 美夜受比賣之家。 |
尾張の國の造が祖、 美夜受みやず比賣の家に 入りたまひき。 |
尾張の國の造みやつこの祖先の ミヤズ姫の家へ おはいりになりました。 |
乃雖思將婚。 |
すなはち婚あはむと 思ほししかども、 |
そこで結婚なされようと お思いになりましたけれども、 |
亦思還上之時 將婚。 |
また還り上りなむ時に 婚はむと思ほして、 |
また還つて來た時に しようとお思いになつて、 |
期定而。 | 期ちぎり定めて、 | 約束をなさつて |
幸于東國。 | 東の國に幸でまして、 | 東の國においでになつて、 |
悉言向和平。 山河荒神。 及不伏人等。 |
山河の荒ぶる神又は 伏はぬ人どもを、 悉に平ことむけ和やはしたまひき。 |
山や河の亂暴な神たち または從わない人たちを 悉く平定遊ばされました。 |
焼津の由来 |
||
故爾到 相武國之時。 |
かれここに 相武さがむの國に到ります時に、 |
ここに 相摸の國においで遊ばされた時に、 |
其國造 詐白。 |
その國の造、 詐いつはりて白さく、 |
その國の造が 詐いつわつて言いますには、 |
於此野中。 有大沼。 |
「この野の中に大きなる沼あり。 | 「この野の中に大きな沼があります。 |
住是沼中之神。 | この沼の中に住める神、 | その沼の中に住んでいる神は |
甚道速振神也。 | いとちはやぶる神なり」とまをしき。 | ひどく亂暴な神です」と申しました。 |
於是看行其神。 | ここにその神を看そなはしに、 | 依つてその神を御覽になりに、 |
入坐其野。 | その野に入りましき。 | その野においでになりましたら、 |
爾其國造。 | ここにその國の造、 | 國の造が |
火著其野。 | その野に火著けたり。 | 野に火をつけました。 |
故知見欺而。 | かれ欺かえぬと知らしめして、 | そこで欺かれたとお知りになつて、 |
解開 其姨倭比賣命之所給 嚢口 而見者。 |
その姨みをば 倭比賣の命の給へる 嚢ふくろの口を解き開けて 見たまへば、 |
叔母樣の ヤマト姫の命のお授けになつた 嚢の口を解いてあけて 御覽になりましたところ、 |
火打有其嚢。 | その裏うちに火打あり。 | その中に火打ひうちがありました。 |
於是先以 其御刀 苅撥草。 |
ここにまづ その御刀みはかしもちて、 草を苅り撥はらひ、 |
そこでまず 御刀をもつて 草を苅り撥はらい、 |
以其火打而。 | その火打もちて | その火打をもつて |
打出火。 | 火を打ち出で、 | 火を打ち出して、 |
著向火而。 | 向火むかへびを著けて | こちらからも火をつけて |
燒退。 | 燒き退そけて、 | 燒き退けて |
還出。 | 還り出でまして、 | 還つておいでになる時に、 |
皆切滅。 其國造等。 |
その國の造どもを 皆切り滅し、 |
その國の造どもを 皆切り滅し、 |
即著火燒。 | すなはち火著けて、燒きたまひき。 | 火をつけてお燒きなさいました。 |
故其地者。 於今謂 燒津也。 |
かれ今に 燒遣やきづといふ。 |
そこで今でも 燒津やいずといつております。 |
弟橘比賣の命(の行方) |
||
自其入幸。 | そこより入り幸いでまして、 | 其處からおいでになつて、 |
渡 走水海之時。 |
走水はしりみづの海を 渡ります時に、 |
走水はしりみずの海を お渡りになつた時に |
其渡神 興浪。 |
その渡の神、 浪を興たてて、 |
その渡わたりの神が 波を立てて |
廻船。 | 御船を廻もとほして、 | 御船がただよつて |
不得進渡。 | え進み渡りまさざりき。 | 進むことができませんでした。 |
爾其后。 | ここにその后 | その時にお妃の |
名弟橘比賣命 白之。 |
名は弟橘おとたちばな比賣の命の 白したまはく、 |
オトタチバナ姫の命が 申されますには、 |
妾易御子而 入海中。 |
「妾、御子に易かはりて 海に入らむ。 |
「わたくしが御子に代つて 海にはいりましよう。 |
御子者。 所遣之政遂 應復奏。 |
御子は 遣さえし政遂げて、 覆奏かへりごとまをしたまはね」 とまをして、 |
御子は 命ぜられた任務をはたして 御返事を申し上げ遊ばせ」 と申して |
將入海時。 | 海に入らむとする時に、 | 海におはいりになろうとする時に、 |
以菅疊八重。 | 菅疊すがだたみ八重やへ、 | スゲの疊八枚、 |
皮疊八重。 | 皮疊かはだたみ八重やへ、 | 皮の疊八枚、 |
絁疊八重。 | 絁疊きぬだたみ八重やへを | 絹の疊八枚を |
敷于波上而。 | 波の上に敷きて、 | 波の上に敷いて、 |
下坐其上。 | その上に下りましき。 | その上におおり遊ばされました。 |
於是其暴浪 自伏。 |
ここにその暴あらき浪 おのづから伏なぎて、 |
そこでその荒い波が 自然に凪ないで、 |
御船得進。 | 御船え進みき。 | 御船が進むことができました。 |
弟橘の歌の心(逃げ場がない) |
||
爾其后 歌曰。 |
ここにその后の 歌よみしたまひしく、 |
そこでその妃の お歌いになつた歌は、 |
佐泥佐斯 | さねさし | 高い山の立つ |
佐賀牟能袁怒邇 | 相摸さがむの小野をのに | 相摸さがみの國の野原で、 |
毛由流肥能 | 燃ゆる火の | 燃え立つ火の、 |
本那迦邇多知弖 | 火ほ中に立ちて、 | その火の中に立つて |
斗比斯岐美波母 | 問ひし君はも。 | わたくしをお尋ねになつたわが君。 |
故七日之後。 | かれ七日なぬかの後に、 | かくして七日過ぎての後に、 |
其后御櫛 依于海邊。 |
その后の御櫛みぐし 海邊うみべたに依りき。 |
そのお妃のお櫛が 海濱に寄りました。 |
乃取其櫛。 | すなはちその櫛を取りて、 | その櫛を取つて、 |
作御陵而。 治置也。 |
御陵みはかを作りて 治め置きき。 |
御墓を作つて 收めておきました。 |
アヅマの由来(ああ吾が妻) |
||
自其 入幸。 |
そこより 入り幸いでまして、 |
それから はいつておいでになつて、 |
悉言向 荒夫琉 蝦夷等。 |
悉に 荒ぶる 蝦夷えみしどもを言向け、 |
悉く 惡い 蝦夷えぞどもを平らげ、 |
亦平和 山河 荒神等而。 |
また山河の 荒ぶる神どもを 平け和して、 |
また山河の 惡い神たちを 平定して、 |
還上幸時。 | 還り上りいでます時に、 | 還つてお上りになる時に、 |
到足柄之 坂本。 |
足柄あしがらの 坂下もとに到りまして、 |
足柄あしがらの 坂本に到つて |
於食 御粮處。 |
御粮かれひ 聞きこし食めす處に、 |
食物を おあがりになる時に、 |
其坂神化 白鹿而來立。 |
その坂の神、 白き鹿かになりて來立ちき。 |
その坂の神が 白い鹿になつて參りました。 |
爾即 以其咋 遺之蒜片端 待打者。 |
ここにすなはち その咋をし 遺のこりの蒜ひるの片端もちて、 待ち打ちたまへば、 |
そこで 召し上り 殘りのヒルの片端かたはしをもつて お打ちになりましたところ、 |
中其目。 | その目に中あたりて、 | その目にあたつて |
乃打殺也。 | 打ち殺しつ。 | 打ち殺されました。 |
故登立其坂。 | かれその坂に登り立ちて、 | かくてその坂にお登りになつて |
三歎。 | 三たび歎かして | 非常にお歎きになつて、 |
詔云。 | 詔りたまひしく、 | |
阿豆麻波夜。 〈自阿下 五字以音。(也)〉 |
「吾嬬あづまはや」 と詔りたまひき。 |
「わたしの妻はなあ」 と仰せられました。 |
故號其國謂 阿豆麻也。 |
かれその國に名づけて 阿豆麻あづまといふなり。 |
それからこの國を 吾妻あずまとはいうのです。 |
東のみやつこ:月日経る歌 |
||
即自其國越。 | すなはちその國より越えて、 | その國から越えて |
出甲斐 坐 酒折宮之時。 |
甲斐に出でて、 酒折さかをりの宮に まします時に |
甲斐に出て、 酒折さかおりの宮に おいでになつた時に、 |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お歌いなされるには、 |
邇比婆理 | 新治にひばり | 常陸の新治にいはり・ |
都久波袁須疑弖 | 筑波つくはを過ぎて、 | 筑波つくばを過すぎて |
伊久用加泥都流 | 幾夜か宿ねつる。 | 幾夜いくよ寢ねたか。 |
爾其 御火燒之老人。 |
ここにその 御火燒みひたきの老人おきな、 |
ここにその 火ひを燒たいている老人が |
續御歌以歌曰。 | 御歌に續ぎて歌よみして曰ひしく、 | 續いて、 |
迦賀那倍弖 | かがなべて | 日數ひかず重かさねて、 |
用邇波許許能用 | 夜には九夜ここのよ | 夜よは九夜ここのよで |
比邇波登袁加袁 | 日には十日を。 | 日ひは十日とおかでございます。 |
と歌ひき。 | と歌いました。 | |
是以譽其老人。 | ここを以ちてその老人を譽めて、 | そこでその老人を譽めて、 |
即給東國造也。 |
すなはち 東あづまの 國くにの造みやつこを給ひき。 |
吾妻あずまの國の造になさいました。 |
美夜受比賣の歌:月経の歌 |
||
自其國越 科野國 |
その國より 科野しなのの國に越えまして、 |
かくてその國から 信濃の國にお越えになつて、 |
乃言向 科野之坂神而。 |
科野の坂の神を言向けて、 |
そこで 信濃の坂の神を平らげ、 |
還來尾張國。 | 尾張の國に還り來まして、 | 尾張の國に還つておいでになつて、 |
入坐 先日所期 美夜受比賣之許。 |
先の日に期ちぎりおかしし 美夜受みやず比賣のもとに 入りましき。 |
先に約束しておかれた ミヤズ姫のもとに おはいりになりました。 |
於是獻 大御食之時。 |
ここに大御食おほみけ 獻る時に、 |
ここで御馳走を 獻る時に、 |
其美夜受比賣。 | その美夜受みやず比賣、 | ミヤズ姫が |
捧大御酒盞以獻。 | 大御酒盞さかづきを捧げて獻りき。 | お酒盃を捧げて獻りました。 |
爾美夜受比賣。 | ここに美夜受みやず比賣、 | しかるにミヤズ姫の |
於意須比之襴 〈意須比三字以音〉 著月經。 |
その襲おすひの襴すそに 月經さはりのもの著きたり。 |
打掛うちかけの裾に 月の物がついておりました。 |
故見其月經 御歌曰。 |
かれその月經を見そなはして、 御歌よみしたまひしく、 |
それを御覽になつて お詠み遊ばされた歌は、 |
比佐迦多能。 | ひさかたの | 仰あおぎ見る |
阿米能迦具夜麻。 | 天あめの香山かぐやま | 天あめの香具山かぐやま |
斗迦麻邇。 | 利鎌とかまに | 鋭するどい鎌のように |
佐和多流久毘。 | さ渡る鵠くび、 | 横ぎる白鳥はくちよう。 |
比波煩曾。 | 弱細ひはぼそ | そのようなたおやかな |
多和夜賀比那袁。 | 手弱たわや腕かひなを | 弱腕よわうでを |
麻迦牟登波 阿禮波須禮杼 | 枕まかむとは 吾あれはすれど | 抱だこうとは わたしはするが、 |
佐泥牟登波 阿禮波意母閇杼 | さ寢ねむとは 吾あれは思おもへど | 寢ねようとは わたしは思うが |
那賀祁勢流。 | 汝なが著けせる | あなたの著きている |
意須比能須蘇爾。 | 襲おすひの襴すそに | 打掛うちかけの裾に |
都紀多知邇祁理。 | 月立ちにけり。 | 月つきが出ているよ。 |
爾美夜受比賣。 | ここに美夜受みやず比賣、 | そこでミヤズ姫が、 |
答御歌曰。 |
御歌に答へて 歌よみして曰ひしく、 |
お歌にお答えして お歌いなさいました。 |
多迦比迦流。 | 高光る | 照り輝く |
比能美古。 | 日の御子 | 日のような御子みこ樣 |
夜須美斯志。 | やすみしし | 御威光すぐれた |
和賀意富岐美。 | 吾わが大君、 | わたしの大君樣。 |
阿良多麻能 登斯賀岐布禮婆 | あら玉の 年が來經きふれば、 | 新しい年が來て過ぎて行けば、 |
阿良多麻能 都紀波岐閇由久 | あら玉の 月は來經往きへゆく。 | 新しい月は來て過ぎて行きます。 |
宇倍那宇倍那。 | うべなうべな | ほんとうにまあ |
岐美麻知賀多爾。 | 君待ちがたに、 | あなた樣をお待ちいたしかねて |
和賀祁勢流。 | 吾わが著けせる | わたくしのきております |
意須比能須蘇爾。 | 襲おすひの裾すそに | 打掛の裾に |
都紀多多那牟余。 | 月立たなむよ。 | 月も出るでございましようよ。 |
故爾御合而。 | かれここに御合ひしたまひて、 | そこで御結婚遊ばされて、 |
以其御刀之 草那藝劔置 其美夜受比賣之許而。 |
その御刀みはかしの 草薙の劒たちを、 その美夜受みやず比賣のもとに置きて、 |
その佩びておいでになつた 草薙の劒を ミヤズ姫のもとに置いて、 |
取伊服岐能山之神 幸行。 |
伊服岐いぶきの山の神を 取りに幸でましき。 |
イブキの山の神を 撃ちにおいでになりました。 |
イサメの猪神 |
||
於是詔。 茲山神者。 徒手直取而。 |
ここに詔りたまひしく、 「この山の神は 徒手むなでに直ただに取りてむ」 とのりたまひて、 |
そこで 「この山の神は 空手からてで取つて見せる」 と仰せになつて、 |
騰其山之時。 | その山に騰のぼりたまふ時に、 | その山にお登りになつた時に、 |
白猪逢于 山邊。 |
山の邊に 白猪逢へり。 |
山のほとりで 白い猪に逢あいました。 |
其大如牛。 | その大きさ牛の如くなり。 | その大きさは牛ほどもありました。 |
爾爲言擧而詔。 | ここに言擧して詔りたまひしく、 | そこで大言して、 |
是化白猪者。 | 「この白猪になれるは、 | 「この白い猪になつたものは |
其神之使者。 | その神の使者つかひにあらむ。 | 神の從者だろう。 |
雖今不殺。 | 今殺とらずとも、 | 今殺さないでも |
還時將殺而。 |
還らむ時に殺とりて還りなむ」 とのりたまひて |
還る時に殺して還ろう」 と仰せられて、 |
騰坐。 | 騰りたまひき。 | お登りになりました。 |
於是 零大氷雨。 |
ここに 大氷雨おほひさめを零ふらして、 |
そこで山の神が 大氷雨だいひよううを降らして |
打惑倭建命。 | 倭建の命を打ち惑はしまつりき。 | ヤマトタケルの命を打ち惑わしました。 |
〈此化白猪者。 | (この白猪に化れるは、 | この白い猪に化けたものは、 |
非其神之使者。 | その神の使者にはあらずて、 | この神の從者ではなくして、 |
當其神之正身。 | その神の正身なりしを、 | 正體であつたのですが、 |
因言擧 | 言擧したまへるによりて、 | 命が大言されたので |
見惑也〉 | 惑はさえつるなり) | 惑わされたのです。 |
故還下坐之。 | かれ還り下りまして、 | かくて還つておいでになつて、 |
到玉倉部之 清泉以息 坐之時。 |
玉倉部たまくらべの 清泉しみづに到りて、 息ひます時に、 |
玉倉部たまくらべの 清水に到つて お休みになつた時に、 |
御心稍寤。 | 御心やや寤さめたまひき。 | 御心がややすこしお寤さめになりました。 |
故號其清泉。 | かれその清泉しみづに名づけて | そこでその清水を |
謂居寤清泉也。 | 居寤ゐさめの清泉しみづといふ。 | 居寤いさめの清水と言うのです。 |
たぎたぎし |
||
自其處發。 | 其處そこより發たたして、 | 其處からお立ちになつて |
到當藝野上之時。 |
當藝たぎの野のの上に 到ります時に、 |
當藝たぎの野の上に おいでになつた時に |
詔者。 | 詔りたまはくは、 | 仰せられますには、 |
吾心 恆念 自虚翔行然。 |
「吾が心、 恆は虚そらよ翔かけり行かむ と念ひつるを、 |
「わたしの心は いつも空を飛んで行くと 思つていたが、 |
今吾足不得歩。 | 今吾が足え歩かず、 | 今は歩くことができなくなつて、 |
成當藝斯玖。 〈自當下六字以音〉 |
たぎたぎしくなりぬ」 とのりたまひき。 |
足がぎくぎくする」 と仰せられました。 |
故號其地。 | かれ其地そこに名づけて | 依つて其處を |
謂當藝也。 | 當藝たぎといふ。 | 當藝たぎといいます。 |
尾津の一つ松の歌 |
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自其地。 |
其地そこより | 其處から |
差少幸行。 | ややすこし幸でますに、 | なお少しおいでになりますのに、 |
因甚疲 衝御杖。 |
いたく疲れませるに因りて、 御杖を衝つかして、 |
非常にお疲れなさいましたので、 杖をおつきになつて |
稍歩。 | ややに歩みたまひき。 | ゆるゆるとお歩きになりました。 |
故號其地。 | かれ其地そこに名づけて | そこでその地を |
謂杖衝坂也。 | 杖衝坂つゑつきざかといふ。 | 杖衝つえつき坂といいます。 |
到坐 尾津前 一松之許。 |
尾津の前さきの 一つ松のもとに 到りまししに、 |
尾津おつの埼の 一本松のもとに おいでになりましたところ、 |
先御食之時。 |
先に、 御食みをしせし時、 |
先に食事をなさつた時に |
所忘其地御刀。 | 其地そこに忘らしたりし御刀みはかし、 | 其處にお忘れになつた大刀が |
不失猶有。 | 失うせずてなほありけり。 | 無くならないでありました。 |
爾御歌曰。 | ここに御歌よみしたまひしく、 | そこでお詠み遊ばされたお歌、 |
袁波理邇 | 尾張に | 尾張の國に |
多陀邇牟迦幣流 | 直ただに向へる | 眞直まつすぐに向かつている |
袁都能佐岐那流 | 尾津の埼なる | 尾津の埼の |
比登都麻都 | 一つ松、 | 一本松よ。 |
阿勢袁 | 吾兄あせを。 | お前。 |
比登都麻都 | 一つ松 | 一本松が |
比登邇阿理勢婆 | 人にありせば、 | 人だつたら |
多知波氣麻斯袁 | 大刀佩はけましを | 大刀を佩はかせようもの、 |
岐奴岐勢麻斯袁 | 衣きぬ着せましを。 | 着物を著せようもの、 |
比登都麻都 | 一つ松、 | 一本松よ。 |
阿勢袁 | 吾兄を。 | お前。 |
三重の由来 |
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自其地幸。 | 其地より幸でまして、 | 其處からおいでになつて、 |
到三重村之時。 | 三重の村に到ります時に、 | 三重みえの村においでになつた時に、 |
亦詔之。 吾足如 三重勾而 甚疲。 |
また詔りたまはく、 「吾が足 三重の勾まがりなして、 いたく疲れたり」とのりたまひき。 |
また 「わたしの足は、 三重に曲つた餅のようになつて 非常に疲れた」と仰せられました。 |
故號其地謂三重。 | かれ其地に名づけて三重といふ。 | そこでその地を三重といいます。 |
思國歌 |
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自其幸行而。 | そこより幸でまして、 | 其處からおいでになつて、 |
到能煩野之時。 | 能煩野のぼのに到ります時に、 | 能煩野のぼのに行かれました時に、 |
思國以歌曰。 | 國思しのはして歌よみしたまひしく、 | 故郷をお思いになつてお歌いになりましたお歌、 |
夜麻登波 | 倭やまとは | 大和は |
久爾能麻本呂婆 | 國のまほろば、 | 國の中の國だ。 |
多多那豆久 | たたなづく | 重かさなり合つている |
阿袁加岐 | 青垣、 | 青い垣、 |
夜麻碁母禮流 | 山隱ごもれる | 山に圍まれている |
夜麻登志宇流波斯 | 倭し 美うるはし。 | 大和は美しいなあ。 |
又歌曰。 | また、歌よみしたまひしく、 | |
伊能知能 | 命の | 命が |
麻多祁牟比登波 | 全またけむ人は、 | 無事だつた人は、 |
多多美許母 | 疊薦たたみこも | 大和の國の |
幣具理能夜麻能 | 平群へぐりの山の | 平群へぐりの山の |
久麻加志賀波袁 | 熊白檮くまかしが葉を | りつぱなカシの木の葉を |
宇受爾佐勢 | 髻華うずに插せ。 | 頭插かんざしにお插しなさい。 |
曾能古 | その子。 | お前たち。 |
とお歌いになりました。 | ||
此歌者。 思國歌也。 |
この歌は 思國歌くにしのひうたなり。 |
この歌は 思國歌くにしのびうたという名の歌です。 |
片歌 |
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又歌曰。 | また歌よみしたまひしく、 | またお歌い遊ばされました。 |
波斯祁夜斯 | はしけやし | なつかしの |
和岐幣能迦多用 | 吾家わぎへの方よ | わが家やの方ほうから |
久毛韋多知久母 | 雲居起ち來も。 | 雲が立ち昇つて來るわい。 |
此者片歌也。 | こは片歌なり。 | これは片歌かたうたでございます。 |
此時御病甚急, | この時御病いと急にはかになりぬ。 | この時に、御病氣が非常に重くなりました。 |
爾御歌曰。 | ここに御歌よみしたまひしく、 | そこで、御歌みうたを、 |
袁登賣能。 | 孃子をとめの | 孃子おとめの |
登許能辨爾。 | 床の邊べに | 床とこのほとりに |
和賀淤岐斯。 | 吾わが置きし | わたしの置いて來た |
都流岐能多知。 | つるぎの大刀、 | 良よく切れる大刀たち、 |
曾能多知波夜。 | その大刀はや。 | あの大刀たちはなあ。 |
歌竟即崩。 |
と歌ひ竟をへて、 すなはち崩かむあがりたまひき。 |
と歌い終つて、 お隱れになりました。 |
爾貢上驛使。 |
ここに驛使はゆまづかひを 上たてまつりき。 |
そこで急使を上せて 朝廷に申し上げました。 |
御葬の歌 |
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於是坐 倭后等。 及御子等。 |
ここに倭やまとにます 后たち、また御子たち |
ここに大和においでになる お妃たちまた御子たちが |
諸。下到而。 | もろもろ下りきまして、 | 皆下つておいでになつて、 |
作御陵。 | 御陵を作りき。 | 御墓を作つて |
即匍匐廻 其地之 那豆岐田 〈自那下 三字以音〉而。 |
すなはち 其地そこの なづき田に 匍匐はらばひ廻もとほりて、 |
そのほとりの田に 這い廻つて |
哭爲 歌曰。 |
哭みねなかしつつ 歌よみしたまひしく、 |
お泣きになつて お歌いになりました。 |
那豆岐能 | なづきの | 周まわりの田の |
多能伊那賀良邇 | 田の稻幹いながらに、 | 稻の莖くきに、 |
伊那賀良爾 | 稻幹いながらに | 稻の莖に、 |
波比母登富呂布 | 蔓はひもとほろふ | 這い繞めぐつている |
登許呂豆良 | ところづら。 | ツルイモの蔓つるです。 |
於是化 八尋白智鳥。 〈智字以音〉 |
ここに 八尋白智鳥しろちどりになりて、 |
しかるに其處から 大きな白鳥になつて |
翔天而 | 天翔あまがけりて、 | 天に飛んで、 |
向濱飛行。 |
濱に向きて 飛びいでます。 |
濱に向いて 飛んでおいでになりましたから、 |
爾其后及御子等。 | ここにその后たち御子たち、 | そのお妃たちや御子たちは、 |
於其小竹之 苅杙。 |
その小竹しのの 苅杙かりばねに、 |
其處の篠竹しのだけの 苅株かりくいに |
雖足䠊破。 | 足切り破るれども、 | 御足が切り破れるけれども、 |
忘其痛以哭追。 |
その痛みをも忘れて、 哭きつつ追ひいでましき。 |
痛いのも忘れて 泣く泣く追つておいでになりました。 |
此時歌曰。 | この時、歌よみしたまひしく、 | その時の御歌は、 |
阿佐士怒波良 | 淺小竹原あさじのはら | 小篠こざさが原を |
許斯那豆牟 | 腰こしなづむ。 | 行き惱なやむ、 |
蘇良波由賀受 | 虚空そらは行かず、 | 空中からは行かずに、 |
阿斯用由久那 | 足よ行くな。 | 歩あるいて行くのです。 |
又入其海鹽而。 | またその海水うしほに入りて、 | また、海水にはいつて、 |
那豆美 〈此三字以音〉 行時歌曰。 |
なづみ 行いでます時、 歌よみしたまひしく、 |
海水の中を 骨を折つておいでになつた時の 御歌、 |
宇美賀由氣婆 | 海が行けば | 海うみの方ほうから行ゆけば |
許斯那豆牟 | 腰なづむ。 | 行き惱なやむ。 |
意富迦波良能 | 大河原の | 大河原おおかはらの |
宇惠具佐 | 植草うゑぐさ、 | 草のように、 |
宇美賀波 | 海がは | 海や河かわを |
伊佐用布 | いさよふ。 | さまよい行く。 |
又飛居其磯之時。 | また飛びてその磯に居たまふ時、 | また飛んで、其處の磯においで遊ばされた時の |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | 御歌、 |
波麻都知登理。 | 濱つ千鳥 | 濱の千鳥、 |
波麻用波由迦受。 | 濱よ行かず | 濱からは行かずに |
伊蘇豆多布。 | 磯傳ふ。 | 磯傳いをする。 |
是四歌者。 | この四歌は、 | この四首の歌は |
皆歌其御葬也。 | みなその御葬みはふりに歌ひき。 | 皆そのお葬式に歌いました。 |
故至今其歌者。 | かれ今に至るまで、 | それで今でも |
歌天皇之 大御葬也。 |
その歌は天皇の 大御葬おほみはふりに歌ふなり。 |
その歌は天皇の 御葬式に歌うのです。 |
故自其國。 | かれその國より | そこでその國から |
飛翔行。 | 飛び翔り行でまして、 | 飛び翔たつておいでになつて、 |
留河内國之志幾。 | 河内の國の志幾しきに留まりたまひき。 | 河内の志幾しきにお留まりなさいました。 |
故於其地作御陵。 | かれ其地そこに御陵を作りて、 | そこで其處に御墓を作つて、 |
鎭坐也。 | 鎭まりまさしめき。 | お鎭まり遊ばされました。 |
即號其御陵。 | すなはちその御陵に名づけて | |
謂白鳥御陵也。 | 白鳥の御陵といふ。 | |
然亦自其地 更翔天以飛行。 |
然れどもまた 其地より更に 天翔りて飛び行でましき。 |
しかしながら、 また其處から更に 空を飛んでおいでになりました。 |
凡此倭建命。 | およそこの倭建の命、 | すべてこのヤマトタケルの命が |
平國廻行之時。 | 國平むけに廻り行いでましし時、 | 諸國を平定するために廻つておいでになつた時に、 |
久米直之祖。 | 久米くめの直あたへが祖、 | 久米の直あたえの祖先の |
名七拳脛。 | 名は七拳脛つかはぎ、 | ナナツカハギという者が |
恆爲膳夫以。 | 恆つねに膳夫かしはでとして | いつもお料理人として |
從仕奉也。 | 御伴仕へまつりき。 | お仕え申しました。 |
倭建の系譜 |
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此倭建命。 | この倭建の命、 | このヤマトタケルの命が、 |
娶 伊玖米天皇之女。 布多遲能伊理毘賣命。 〈自布下八字以音〉 |
伊玖米いくめの天皇が女、 布多遲ふたぢの 伊理毘賣いりびめの命に 娶ひて |
垂仁天皇の女、 フタヂノイリ姫の命と 結婚して |
生御子。 帶中津日子命。 〈一柱〉 |
生みませる御子みこ 帶中津日子 たらしなかつひこの命一柱。 |
お生みになつた御子は、 タラシナカツ彦の命お一方です。 |
又娶。 其入海 弟橘比賣命。 |
またその海に入りましし 弟橘おとたちばな比賣の命に 娶ひて |
またかの海におはいりになつた オトタチバナ姫の命と 結婚して |
生御子。 若建王。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 若建わかたけるの王 一柱。 |
お生みになつた御子は ワカタケルの王 お一方です。 |
又娶。 近淡海之 安國造之祖。 意富多牟和氣之女。 布多遲比賣。 |
また 近ちかつ淡海あふみの 安やすの國の造の祖、 意富多牟和氣 おほたむわけが女、 布多遲ふたぢ比賣に娶ひて、 |
また近江のヤスの國の造の祖先の オホタムワケの女の フタヂ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
稻依別王。 〈一柱〉 |
稻依別いなよりわけの王 一柱。 |
イナヨリワケの王お一方です。 |
又娶。 吉備臣建日子之妹。 大吉備建比賣。 |
また吉備きびの臣 建日子たけひこが妹、 大吉備おほきびの 建たけ比賣に娶ひて、 |
また吉備の臣 タケ彦の妹の 大吉備のタケ姫と 結婚して |
生御子。 建貝兒王。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 建貝兒たけかひこの王 一柱。 |
お生みになつた御子は、 タケカヒコの王お一方です。 |
又娶。 山代之 玖玖麻毛理比賣。 |
また山代の 玖玖麻毛理 くくまもり比賣に娶ひて |
また山代やましろの ククマモリ姫と結婚して |
生御子。 足鏡別王。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 足鏡別あしかがみわけの王 一柱。 |
お生みになつた御子は アシカガミワケの王 お一方です。 |
又一妻之子。 息長田別王。 |
またある妾みめの子みこ、 息長田別 おきながたわけの王。 |
またある妻の子は、 オキナガタワケの王です。 |
凡是 倭建命之御子等。 并六柱。 |
およそこの 倭建の命の御子たち、 并はせて六柱。 |
すべてこの ヤマトタケルの命の御子たちは 合わせて六人ありました。 |
故帶中津日子命者。 治天下也。 |
かれ帶中津日子 たらしなかつひこの命は、 天の下治らしめしき。 |
それでタラシナカツ彦の命は 天下をお治めなさいました。 |
次稻依別王者。 | 次に稻依別の王は、 | 次にイナヨリワケの王は、 |
〈犬上君。 | 犬上の君、 | 犬上の君・ |
建部君等之祖〉 | 建部の君等が祖なり。 | 建部の君等の祖先です。 |
次建貝兒王者。 | 次に建貝兒の王は、 | 次にタケカヒコの王は、 |
〈讚岐綾君。 | 讚岐の綾の君、 | 讚岐の綾の君・ |
伊勢之別。 | 伊勢の別、 | 伊勢の別・ |
登袁之別。 | 登袁の別、 | 登袁とおの別・ |
麻佐首。 | 麻佐の首、 | 麻佐の首おびと・ |
宮首之別等之祖〉 | 宮の首の別等が祖なり。 | 宮の首の別等の祖先です。 |
足鏡別王者。 | 足鏡別の王は | アシカガミワケの王は、 |
〈鎌倉之別。 | 鎌倉の別、 | 鎌倉の別・ |
小津。石代之別。 | 小津の石代の別、 | 小津の石代いわしろの別・ |
漁田之別之祖也〉 | 漁田すなきだの別が祖なり。 | 漁田すなきだの別の祖先です。 |
次 息長田別王之子。 |
次に息長田別 おきながたわけの王の子みこ、 |
次にオキナガタワケの王の子、 |
杙俣長日子王。 | 杙俣長日子くひまたながひこの王。 | クヒマタナガ彦の王、 |
此王之子。 | この王の子、 | この王の子、 |
飯野眞黒比賣命。 |
飯野いひのの 眞黒まぐろ比賣の命、 |
イヒノノ マクロ姫の命・ |
次息長 眞若中比賣。 |
次に息長眞若中 おきながまわかなかつ比賣、 |
オキナガ マワカナカツ姫・ |
次弟比賣。 | 次に弟比賣おとひめ | 弟姫の |
〈三柱〉 | 三柱。 | お三方です。 |
故上云若建王。 | かれ上にいへる若建の王、 | そこで上に出たワカタケルの王が、 |
娶飯野眞黒比賣。 | 飯野の眞黒比賣に娶ひて | イヒノノマクロ姫と結婚して |
生子。 須賣伊呂大中日子王。 〈自須至呂以音〉 |
生みませる子、 須賣伊呂大中 すめいろおほなかつ日子ひこの王。 |
生んだ子は スメイロオホナカツ彦の王、 |
此王。娶 淡海之柴野入杵之女。 柴野比賣。 |
この王、 淡海あふみの 柴野入杵しばのいりきが女、 柴野比賣に娶ひて |
この王が、 近江の シバノイリキの女の シバノ姫と結婚して |
生子。 迦具漏比賣命。 |
生みませる子、 迦具漏かぐろ比賣の命。 |
生んだ子は カグロ姫の命です。 |
故大帶日子天皇。 娶 此迦具漏比賣命。 |
かれ大帶日子 おほたらしひこの天皇、 この迦具漏比賣の命に 娶ひて |
オホタラシ彦の天皇が このカグロ姫の命と 結婚して |
生子。 大江王。〈一柱〉 |
生みませる子、 大江おほえの王一柱。 |
お生みになつた御子は オホエの王のお一方です。 |
此王。 娶庶妹銀王。 |
この王、 庶妹ままいも 銀しろがねの王に娶ひて |
この王が 庶妹シロガネの王と結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は |
大名方王。 | 大名方おほながたの王、 | オホナガタの王と |
次大中比賣命。 | 次に大中おほなかつ比賣の命二柱。 | オホナカツ姫のお二方です。 |
〈二柱〉 | ||
故此之 大中比賣命者。 |
かれこの 大中おほなかつ比賣の命は、 |
そこでこの オホナカツ姫の命は、 |
香坂王。 | 香坂かごさかの王、 | カゴサカの王・ |
忍熊王之御祖也。 | 忍熊おしくまの王の御祖なり。 | オシクマの王の母君です。 |
最期(景行天皇) |
||
此大帶日子天皇 之御年。 壹佰參拾漆歳。 |
この大帶日子おほたらしひこの 天皇の御年、 一百三十七歳ももちまりみそななつ、 |
このオホタラシ彦の天皇の 御年百三十七歳、 |
御陵在山邊之道上也。 | 御陵は山の邊の道の上にあり。 | 御陵は山の邊の道の上にあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
若帶日子天皇。 |
若帶日子 わかたらしひこの天皇、 |
ワカタラシ彦の天皇 (成務天皇)、 |
坐 近淡海之 志賀 高穴穂宮。 |
近つ淡海あふみの 志賀しがの 高穴穗ほの宮にましまして、 |
近江の國の 志賀しがの 高穴穗の宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 娶 穂積臣等之祖。 建忍山垂根之女。 名弟財郎女。 |
この天皇、 穗積ほづみの臣等の祖、 建忍山垂根 たけおしやまたりねが女、 名は弟財おとたからの 郎女いらつめに 娶ひて、 |
この天皇は 穗積ほづみの臣の祖先、 タケオシヤマタリネの女の オトタカラの 郎女いらつめと 結婚して |
生御子 和訶奴氣王。 〈一柱〉 |
生みませる御子 和訶奴氣 わかぬけの王。 |
お生みになつた御子は ワカヌケの王 お一方です。 |
故建内宿禰 爲大臣。 |
かれ建内の宿禰を 大臣おほおみとして、 |
そこでタケシウチの宿禰を 大臣となされ、 |
定賜大國。 小國之國造。 亦定賜。 |
大國小國の 國の造を 定めたまひ、 |
大小國々の 國の造を お定めになり、 |
國國之堺。 | また國國の堺、 | また國々の堺、 |
及大縣。小縣之 縣主也。 |
また大縣小縣の 縣主を定めたまひき。 |
また大小の縣の 縣主あがたぬしをお定めになりました。 |
天皇。 御年。玖拾伍歳。 |
天皇、 御年九十五歳ここのそぢまりいつつ (乙卯の年三月十五日崩りたまひき) |
天皇は 御年九十五歳、 乙卯の年の三月十五日にお隱れになりました。 |
御陵在 沙紀之多他那美也。 |
御陵は、 沙紀さきの多他那美たたなみにあり。 |
御陵は 沙紀さきの多他那美たたなみにあります。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
后妃と御子 |
||
帶中日子天皇。 |
帶中たらしなかつ 日子ひこの天皇、 |
タラシナカツ彦の天皇 (仲哀天皇)、 |
坐 穴門之 豐浦宮。 |
穴門あなとの 豐浦とよらの宮 |
穴門あなとの 豐浦とよらの宮 |
及 筑紫 訶志比宮。 |
また 筑紫つくしの 訶志比かしひの宮にましまして、 |
また筑紫つくしの 香椎かしいの宮においでになつて |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。 娶大江王之女。 大中津比賣命。 |
この天皇、 大江おほえの王が女、 大中津おほなかつ比賣の命に娶ひて、 |
この天皇、 オホエの王の女の オホナカツ姫の命と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は、 |
香坂王。 | 香坂かごさかの王、 | カゴサカの王と |
忍熊王。 | 忍熊おしくまの王 | オシクマの王 |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又娶 息長帶比賣命。 |
また 息長帶おきながたらし比賣の命に 娶ひたまひき。 |
また オキナガタラシ姫の命と 結婚なさいました。 |
是大后。 生御子。 |
この太后の 生みませる御子、 |
この皇后の お生みになつた御子は |
品夜和氣命。 | 品夜和氣ほむやわけの命、 | ホムヤワケの命・ |
次 大鞆和氣命。 亦名 品陀和氣命。 |
次に 大鞆和氣おほともわけの命、 またの名は 品陀和氣ほむだわけの命 |
オホトモワケの命、 またの名は ホムダワケの命と |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
此太子之御名。 所以負 大鞆和氣命者。 |
この太子ひつぎのみこの御名、 大鞆和氣 おほともわけの命と 負はせる所以ゆゑは、 |
この皇太子の御名を オホトモワケの命と 申しあげるわけは、 |
初所生時。 | 初め生れましし時に、 | 初めお生まれになつた時に |
如鞆宍 生御腕。 |
鞆なす宍しし、 御腕みただむきに生ひき。 |
腕に 鞆ともの形をした肉がありましたから、 |
故著其御名。 | かれその御名に著けまつりき。 | この御名前をおつけ申しました。 |
是以知坐 腹中定國也。 |
ここを以ちて 腹中ぬちにましまして國知らしめしき。 |
そこで腹の中においでになつて 天下をお治めなさいました。 |
此之御世。 | この御世に、 | この御世に |
定淡道之屯家也。 | 淡道あはぢの屯家みやけを定めたまひき。 | 淡路の役所を定めました。 |
神功皇后の神がかり |
||
其大后 息長帶日賣命者。 |
その太后 息長帶日賣の命は、 |
皇后の オキナガタラシ姫の命 (神功皇后)は |
當時歸神。 |
當時そのかみ 神歸よせしたまひき。 |
神懸かみがかりを なさつた方でありました。 |
故天皇坐 筑紫之 訶志比宮。 |
かれ天皇 筑紫の訶志比かしひの宮にましまして |
天皇が 筑紫の香椎の宮においでになつて |
將撃熊曾國之時。 | 熊曾の國を撃たむとしたまふ時に、 | 熊曾の國を撃とうとなさいます時に、 |
天皇。 控御琴而。 |
天皇 御琴を控ひかして、 |
天皇が 琴をお彈ひきになり、 |
建内宿禰大臣。 | 建内の宿禰の大臣 | タケシウチの宿禰が |
居於沙庭。 | 沙庭さにはに居て、 | 祭の庭にいて |
請神之命。 | 神の命を請ひまつりき。 | 神の仰せを伺いました。 |
於是大后 歸神。 |
ここに太后、 神歸よせして、 |
ここに皇后に神懸りして |
言教覺詔者。 | 言教へ覺さとし詔りたまひつらくは、 | 神樣がお教えなさいましたことは、 |
西方有國。 | 「西の方に國あり。 | 「西の方に國があります。 |
金銀爲本。 | 金くがね銀しろがねをはじめて、 | 金銀をはじめ |
目之炎耀。 | 目耀まかがやく | 目の輝く |
種種珍寶。 | 種種くさぐさの珍寶うづたから | 澤山の寶物が |
多在其國。 | その國に多さはなるを、 | その國に多くあるが、 |
吾今歸賜其國。 |
吾あれ今その國を。歸よせたまはむ」 と詔りたまひつ |
わたしが今その國をお授け申そう」 と仰せられました。 |
爾天皇答白。 | ここに天皇、答へ白したまはく、 | しかるに天皇がお答え申されるには、 |
登高地見西方者。 | 「高き地ところに登りて西の方を見れば、 | 「高い處に登つて西の方を見ても、 |
不見國土。 | 國は見えず、 | 國が見えないで、 |
唯有大海。 | ただ大海のみあり」と白して、 | ただ大海のみだ」と言われて、 |
謂爲詐神而。 | 詐いつはりせす神と思ほして、 | 詐いつわりをする神だとお思いになつて、 |
押退御琴。 | 御琴を押し退そけて、 | お琴を押し退けて |
不控。 | 控きたまはず、 | お彈きにならず |
默坐。 | 默もだいましき。 | 默つておいでになりました。 |
神の怒り |
||
爾其神大忿。 |
ここにその神いたく忿りて、 詔りたまはく、 |
そこで神樣がたいへんお怒りになつて |
詔凡茲天下者。 | 「およそこの天の下は、 | 「すべてこの國は |
汝非應知國。 | 汝の知らすべき國にあらず、 | あなたの治むべき國ではないのだ。 |
汝者向一道。 |
汝は一道に向ひたまへ」 と詔りたまひき。 |
あなたは一本道にお進みなさい」 と仰せられました。 |
於是 建内宿禰大臣白。 |
ここに 建内の宿禰の大臣白さく、 |
そこで タケシウチの宿禰が申しますには、 |
恐我天皇。 | 「恐かしこし、我が天皇おほきみ。 | 「おそれ多いことです。陛下、 |
猶阿蘇婆勢 其大御琴。 〈自阿至勢以音〉 |
なほその大御琴 あそばせ」とまをす。 |
やはりそのお琴を お彈き遊ばせ」と申しました。 |
爾稍取依其御琴而。 | ここにややにその御琴を取り依せて、 | そこで少しその琴をお寄せになつて |
那摩那摩邇 〈此五字以音〉 控坐。 |
なまなまに 控きいます。 |
生々なまなまに お彈きになつておいでになつたところ、 |
故未幾久而。 | かれ、幾時いくだもあらずて、 | 間も無く |
不聞御琴之音。 | 御琴の音聞えずなりぬ。 | 琴の音が聞えなくなりました。 |
即擧火見者。 | すなはち火を擧げて見まつれば、 | そこで火を點ともして見ますと、 |
既崩訖。 | 既に崩かむあがりたまひつ。 | 既にお隱かくれになつていました。 |
爾驚懼而。 | ここに驚き懼かしこみて、 | そこで驚き恐懼きようくして |
坐殯宮。 | 殯あらきの宮にませまつりて、 | 御大葬の宮殿にお遷し申し上げて、 |
更取 國之大奴佐而。 〈奴佐二字以音〉 |
更に 國の大幣おほぬさを取りて、 |
更にその國内から 幣帛へいはくを取つて、 |
種種求。 | ||
生剥。 | 生剥いきはぎ、 | 生剥いけはぎ・ |
逆剥。 | 逆剥さかはぎ、 | 逆剥さかはぎ・ |
阿離。 | 阿離あはなち、 | 畦離あはなち・ |
溝埋。 | 溝埋みぞうみ、 | 溝埋みぞうめ・ |
屎戸。 | 屎戸くそへ、 | 屎戸くそへ・ |
上通下通婚。 | 上通下通婚おやこたはけ、 | 不倫の結婚の |
馬婚。 | 馬婚うまたはけ、 | |
牛婚。 | 牛婚うしたはけ、 | |
鷄婚。 | 鷄婚とりたはけ、 | |
犬婚 | 犬婚いぬたはけ | |
之罪類。 |
の罪の類を 種種くさぐさ求ぎて、 |
罪の類を求めて |
爲國之大祓而。 | 國の大祓はらへして、 | 大祓おおばらえしてこれを清め、 |
亦建内宿禰 居於沙庭。 |
また建内の宿禰 沙庭さにはに居て、 |
またタケシウチの宿禰が 祭の庭にいて |
請神之命。 | 神の命みことを請ひまつりき。 | 神の仰せを願いました。 |
どこの神か |
||
於是教覺之状。 | ここに教へ覺したまふ状、 | そこで神のお教えになることは |
具如先日。 | つぶさに先さきの日の如くありて、 | 悉く前の通りで、 |
凡此國者。 | 「およそこの國は、 | 「すべてこの國は |
坐汝命 御腹之御子。 |
汝命いましみことの 御腹にます御子の |
皇后樣の お腹においでになる御子の |
所知國者也。 |
知らさむ國なり」 とのりたまひき。 |
治むべき國である」 とお教えになりました。 |
爾建内宿禰。 | ここに建内の宿禰白さく、 | そこでタケシウチの宿禰が、 |
白恐。我大神。 | 「恐し、我が大神、 | 「神樣、おそれ多いことですが、 |
坐其神 腹之御子。 |
その神の御腹にます御子は |
その皇后樣の お腹はらにおいでになる御子は |
何子歟。 |
何の御子ぞも」 とまをせば、 |
何の御子でございますか と申しましたところ、 |
答詔。 | 答へて詔りたまはく、 | |
男子也。 | 「男子をのこなり」と詔りたまひき。 | 「男の御子だ」と仰せられました。 |
爾具請之。 | ここにつぶさに請ひまつらく、 | そこで更にお願い申し上げたことは、 |
今如此言教之 大神者。 |
「今かく言教へたまふ大神は、 | 「今かようにお教えになる神樣は |
欲知其御名。 | その御名を知らまくほし」とまをししかば、 | 何という神樣ですか」と申しましたところ、 |
即答詔。 | 答へ詔りたまはく、 | お答え遊ばされるには |
是天照大神 之御心者。 |
「こは天照らす大神の御心なり。 | 「これは天照らす大神の御心だ。 |
亦 底筒男。 |
また 底筒そこつつの男を、 |
またソコツツノヲ・ |
中筒男。 | 中筒なかつつの男を、 | ナカツツノヲ・ |
上筒男。 | 上筒うはつつの男を | ウハツツノヲ |
三柱大神者也。 | 三柱の大神なり。 | の三神だ。 |
〈此時 其三柱大神之 御名者顯也〉 |
(この時に その三柱の大神の御名は 顯したまへり) |
|
今寔 思求其國者。 |
今まことに その國を求めむと思ほさば、 |
今まことに あの國を求めようと思われるなら、 |
於天神地祇。 | 天あまつ神かみ地くにつ祇かみ、 | 天地の神たち、 |
亦 山神及 河海之諸神。 |
また 山の神 海河の神たちまでに |
また 山の神、 海河の神たちに |
悉奉幣帛。 | 悉に幣帛ぬさ奉り、 | 悉く幣帛へいはくを奉り、 |
我之御魂。 | 我が御魂を | わたしの御魂みたまを |
坐于船上而。 | 御船の上にませて、 | 御船みふねの上にお祭り申し上げ、 |
眞木灰 納瓠。 |
眞木まきの灰を 瓠ひさごに納れ、 |
木の灰を 瓠ひさごに入れ、 |
亦箸及 比羅傳 〈此三字以音〉 多作。 |
また箸と 葉盤ひらでとを 多さはに作りて、 |
また箸はしと 皿とを 澤山に作つて、 |
皆皆散浮大海 以可度。 |
皆皆大海に散らし浮けて、 度わたりますべし」 とのりたまひき。 |
悉く大海に散ちらし浮うかべて お渡わたりなさるがよい」 と仰せなさいました。 |
新羅と百済 |
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故備如教覺。 |
かれつぶさに 教へ覺したまへる如くに、 |
そこで悉く 神の教えた通りにして |
整軍雙船。 | 軍いくさを整へ、船雙なめて、 | 軍隊を整え、多くの船を竝べて |
度幸之時。 | 度りいでます時に、 | 海をお渡りになりました時に、 |
海原之魚。 | 海原の魚ども、 | 海中の魚どもは |
不問大小。 | 大きも小きも、 | 大小となくすべて出て、 |
悉負御船而渡。 | 悉に御船を負ひて渡りき。 | 御船を背負つて渡りました。 |
爾順風大起。 | ここに順風おひかぜいたく起り、 | 順風が盛んに吹いて |
御船從浪。 | 御船浪のまにまにゆきつ。 | 御船は波のまにまに行きました。 |
故其御船之波瀾。 | かれその御船の波、 | その御船の波が |
押騰新羅之國。 | 新羅しらぎの國に押し騰あがりて、 | 新羅しらぎの國に押し上つて |
既到半國。 | 既に國半なからまで到りき。 | 國の半にまで到りました。 |
於是其國王 畏惶奏言。 |
ここにその國主こにきし、 畏おぢ惶かしこみて 奏まをして言まをさく、 |
依つてその國王が 畏おじ恐れて、 |
自今以後。 | 「今よ後、 | 「今から後は |
隨天皇命而。 | 天皇おほきみの命のまにまに、 | 天皇の御命令のままに |
爲御馬甘。 | 御馬甘みまかひとして、 | 馬飼うまかいとして、 |
毎年雙船。 | 年の毎はに船雙なめて | 毎年多くの |
不乾船腹。 | 船腹乾ほさず、 | 船の腹を乾かわかさず、 |
不乾䑨檝。 | さをかぢ乾さず、 | 柁檝かじさおを乾かわかさずに、 |
共與天地。 | 天地のむた、 | 天地のあらんかぎり、 |
無退仕奉。 |
退しぞきなく仕へまつらむ」 とまをしき。 |
止まずにお仕え申し上げましよう」 と申しました。 |
故是以新羅國者。 |
かれここを以ちて、 新羅しらぎの國をば、 |
かような次第で 新羅の國をば |
定御馬甘。 | 御馬甘みまかひと定めたまひ、 | 馬飼うまかいとお定め遊ばされ、 |
百濟國者。 | 百濟くだらの國をば、 | 百濟くだらの國をば |
定渡屯家。 | 渡わたの屯家みやけと定めたまひき。 | 船渡ふなわたりの役所とお定めになりました。 |
爾以其御杖。 | ここにその御杖を | そこで御杖を |
衝立新羅國主之門。 |
新羅しらぎの 國主こにきしの門かなとに 衝き立てたまひ、 |
新羅の 國主の門に おつき立て遊ばされ、 |
即以墨江大神之 荒御魂。 |
すなはち墨江すみのえの大神の 荒御魂あらみたまを、 |
住吉の大神の 荒い御魂を、 |
爲國守神而。祭鎭。 還渡也。 |
國守ります神と祭り鎭めて 還り渡りたまひき。 |
國をお守りになる神として祭つて お還り遊ばされました。 |
ウミのイト |
||
故其政 未竟之間。 |
かれその政 いまだ竟へざる間ほどに、 |
かような事が まだ終りませんうちに、 |
其懷妊臨産。 |
妊はらませるが、 産あれまさむとしつ。 |
お腹の中の御子が お生まれになろうとしました。 |
即爲鎭御腹。 |
すなはち御腹を 鎭いはひたまはむとして、 |
そこでお腹を お鎭めなされるために |
取石以纒 御裳之腰而。 |
石を取らして、 御裳みもの腰に纏かして、 |
石をお取りになつて 裳の腰におつけになり、 |
渡筑紫國。 | 筑紫つくしの國に渡りましてぞ、 | 筑紫の國にお渡りになつてから |
其御子者阿禮坐。 〈阿禮二字以音〉 |
その御子は生あれましつる。 | その御子はお生まれになりました。 |
故號其御子 生地謂 宇美也。 |
かれその御子の 生れましし地に名づけて、 宇美といふ。 |
そこでその御子を お生み遊ばされました處を ウミと名づけました。 |
亦所纒 其御裳之石者。 |
またその御裳に 纏まかしし石は、 |
またその裳に つけておいでになつた石は |
在筑紫國之伊斗村也。 | 筑紫の國の伊斗いとの村にあり。 | 筑紫の國のイトの村にあります。 |
亦到坐筑紫 末羅縣之 玉嶋里而。 |
また筑紫の 末羅縣まつらがたの 玉島の里に到りまして、 |
また筑紫の 松浦縣まつらがたの 玉島の里においでになつて、 |
御食 其河邊之時。 |
その河の邊に 御食をししたまふ時に、 |
その河の邊ほとりで 食物をおあがりになつた時に、 |
當四月之上旬。 | 四月うづきの上旬はじめのころなりしを、 | 四月の上旬の頃でしたから、 |
爾坐其河中之礒。 | ここにその河中の磯にいまして、 | その河中の磯においでになり、 |
拔取御裳之糸。 | 御裳の絲を拔き取り、 | 裳の絲を拔き取つて |
以飯粒爲餌。 | 飯粒いひぼを餌にして、 | 飯粒めしつぶを餌えさにして |
釣其河之年魚。 | その河の年魚あゆを釣りたまひき。 | その河のアユをお釣りになりました。 |
〈其河名謂小河。 | (その河の名を小河といふ。 | その河の名は小河おがわといい、 |
亦其磯名謂 勝門比賣也〉 |
またその磯の名を 勝門比賣といふ) |
その磯の名は カツト姫といいます。 |
故四月上旬之時。 | かれ四月の上旬の時、 | 今でも四月の上旬になると、 |
女人拔裳糸。 | 女ども裳の絲を拔き、 | 女たちが裳の絲を拔いて |
以粒爲餌。 | 飯粒を餌にして、 | 飯粒を餌にして |
釣年魚。 | 年魚あゆ釣ること | アユを釣ることが |
至于今不絶也。 | 今に至るまで絶えず。 | 絶えません。 |
オシクマとフルクマ |
||
於是息長帶日賣命。 | ここに息長帶日賣の命、 | オキナガタラシ姫の命は、 |
於倭還上之時。 | 倭やまとに還り上ります時に | 大和に還りお上りになる時に、 |
因疑人心。 | 人の心疑うたがはしきに因りて、 | 人の心が疑わしいので |
一具喪船。 | 喪船を一つ具へて、 | 喪もの船を一つ作つて、 |
御子載其喪船。 | 御子をその喪船に載せまつりて、 | 御子をその喪の船にお乘せ申し上げて、 |
先令言漏之 御子既崩。 |
まづ「御子は既に崩りましぬ」 と言ひ漏らさしめたまひき。 |
まず御子は既にお隱れになりました と言い觸らさしめました。 |
如此 上幸之時。 |
かくして 上りいでましし時に、 |
かようにして 上つておいでになる時に、 |
香坂王。 | 香坂かごさかの王 | カゴサカの王、 |
忍熊王聞而。 | 忍熊おしくまの王聞きて、 | オシクマの王が聞いて |
思將待取。 | 待ち取らむと思ほして、 | 待ち取ろうと思つて、 |
進出於斗賀野。 | 斗賀野とがのに進み出でて、 | トガ野に進み出て |
爲宇氣比獦也。 | 祈狩うけひがりしたまひき。 | 誓を立てて狩をなさいました。 |
爾香坂王。 | ここに香坂かごさかの王、 | その時にカゴサカの王は |
騰坐歴木而是。 | 歴木くぬぎに騰りいまして見たまふに、 | クヌギに登つて御覽になると、 |
大怒猪出。 | 大きなる怒り猪出でて、 | 大きな怒り猪じしが出て |
堀其歴木。 | その歴木くぬぎを掘りて、 | そのクヌギを掘つて |
即咋食 其香坂王。 |
すなはちその香坂かごさかの王を 咋くひ食はみつ。 |
カゴサカの王を 咋くいました。 |
其弟忍熊王。 | その弟忍熊の王、 | しかるにその弟のオシクマの王は、 |
不畏 其態。 |
その態しわざを 畏かしこまずして、 |
誓の狩にかような惡い事があらわれたのを 畏れつつしまないで、 |
興軍 待向之時。 |
軍を興し、 待ち向ふる時に、 |
軍を起して 皇后の軍を待ち迎えられます時に、 |
赴喪船 將攻空船。 |
喪船に赴むかひて 空むなし船ふねを攻めたまはむとす。 |
喪の船に向かつて からの船をお攻めになろうとしました。 |
爾自其喪船 下軍相戰。 |
ここにその喪船より 軍を下して戰ひき。 |
そこでその喪の船から 軍隊を下して戰いました。 |
此時忍熊王。 | その時忍熊おしくまの王は、 | この時にオシクマの王は、 |
以難波 吉師部之祖。 |
難波なにはの 吉師部きしべが祖、 |
難波なにわの 吉師部きしべの祖先の |
伊佐比宿禰 爲將軍。 |
伊佐比いさひの宿禰を 將軍いくさのきみとし、 |
イサヒの宿禰すくねを 將軍とし、 |
太子御方者。 | 太子ひつぎのみこの御方には、 | 太子の方では |
以丸邇臣之祖。 | 丸邇わにの臣が祖、 | 丸邇わにの臣の祖先の |
難波根子 建振熊命 爲將軍。 |
難波根子建振熊 なにはねこたけふるくまの命を、 將軍としたまひき。 |
難波なにわ ネコタケフルクマの命を 將軍となさいました。 |
故追退。 | かれ追ひ退そけて | かくて追い退けて |
到山代之時。 | 山代に到りし時に、 | 山城に到りました時に、 |
還立。 | 還り立ちて | 還り立つて |
各不退相戰。 | おのもおのも退かずて相戰ひき。 | 雙方退かないで戰いました。 |
爾建振熊命。 | ここに建振熊の命 | そこでタケフルクマの命は |
權而令云。 | 權たばかりて、 | 謀つて、 |
息長帶日賣命者。 既崩 |
「息長帶日賣の命は、 既に崩りましぬ。 |
皇后樣は 既にお隱れになりましたから |
故無可更戰。 | かれ、更に戰ふべくもあらず」といはしめて、 | もはや戰うべきことはないと言わしめて、 |
即絶弓絃。 | すなはち弓絃ゆづらを絶ちて、 | 弓の弦を絶つて |
欺陽歸服。 | 欺いつはりて歸服まつろひぬ。 | 詐いつわつて降服しました。 |
於是其將軍 既信詐。 |
ここにその將軍既に 詐りを信うけて、 |
そこで敵の將軍は その詐りを信じて |
弭弓藏兵。 |
弓を弭はづし、 兵つはものを藏めつ。 |
弓をはずし 兵器を藏しまいました。 |
爾自頂髮中 | ここに頂髮たぎふさの中より | その時に頭髮の中から |
採出設弦。 〈一名云 宇佐由豆留〉 |
設まけの 弦ゆづるを採とり出で |
豫備の 弓弦を取り出して、 |
更張追撃。 | 更に張りて追ひ撃つ。 | 更に張つて追い撃ちました。 |
故逃退逢坂。 | かれ逢坂あふさかに逃げ退きて、 | かくて逢坂おおさかに逃げ退いて、 |
對立亦戰。 | 對むき立ちてまた戰ふ。 | 向かい立つてまた戰いましたが、 |
爾追迫敗。 | ここに追ひ迫せめ敗りて、 | 遂に追い迫せまり敗つて |
沙沙那美。 | 沙沙那美ささなみに出でて、 | 近江のササナミに出て |
悉斬其軍。 | 悉にその軍を斬りつ。 | 悉くその軍を斬りました。 |
於是其忍熊王 | ここにその忍熊の王、 | そこでそのオシクマの王が |
與伊佐比宿禰。 | 伊佐比いさひの宿禰と | イサヒの宿禰と |
共被追迫。 | 共に追ひ迫めらえて、 | 共に追い迫せめられて、 |
乘船浮海 歌曰。 |
船に乘り、海に浮きて、 歌よみして曰ひしく、 |
湖上に浮んで 歌いました歌、 |
伊奢阿藝 | いざ吾君あぎ、 | さあ君きみよ、 |
布流玖麻賀 | 振熊ふるくまが | フルクマのために |
伊多弖淤波受波 | 痛手負はずは | 負傷ふしようするよりは、 |
邇本杼理能 | 鳰鳥にほどりの | カイツブリのいる |
阿布美能宇美邇 | 淡海の海に | 琵琶の湖水に |
迦豆岐勢那和 | 潛かづきせなわ。 | 潛り入ろうものを。 |
即入海 共死也。 |
と歌ひて、 すなはち海に入りて共に死しにき。 |
と歌つて 海にはいつて死にました。 |
氣比大神 |
||
故建内宿禰命。 | かれ建内の宿禰の命、 | かくてタケシウチの宿禰が |
率其太子。 | その太子ひつぎのみこを率ゐまつりて、 | その太子をおつれ申し上げて |
爲將禊而。 | 御禊みそぎせむとして、 | 禊みそぎをしようとして |
經歴 淡海及 若狹國之時。 |
淡海また 若狹の國を 經歴めぐりたまふ時に、 |
近江また 若狹わかさの國を 經た時に、 |
於高志前之 角鹿。 |
高志こしの前みちのくちの 角鹿つぬがに、 |
越前の 敦賀つるがに |
造假宮而坐。 | 假宮を造りてませまつりき。 | 假宮を造つてお住ませ申し上げました。 |
爾坐其地。 | ここに其地そこにます | その時にその土地においでになる |
伊奢沙和氣大神之命。 | 伊奢沙和氣いざさわけの大神の命、 | イザサワケの大神が夜の夢にあらわれて、 |
見於夜夢。 | 夜の夢いめに見えて、 | |
云。 以吾名。 欲易御子之御名。 |
「吾が名を 御子の御名に易へまくほし」 とのりたまひき。 |
「わたしの名を 御子の名と取りかえたいと思う」 と仰せられました。 |
爾言祷。 白之。 |
ここに言祷ことほぎて 白さく、 |
そこで |
恐隨命 易奉。 |
「恐し、命のまにまに、 易へまつらむ」 とまをす。 |
「それは恐れ多いことですから、 仰せの通りおかえ致しましよう」 と申しました。 |
亦其神詔。 | またその神詔りたまはく、 | またその神が仰せられるには |
明日之旦。 | 「明日あすの旦あした | 「明日の朝、 |
應幸於濱。 | 濱にいでますべし。 | 濱においでになるがよい。 |
獻易名之幣。 |
易名なかへの幣みやじり獻らむ」 とのりたまふ。 |
名をかえた贈物を獻上致しましよう」 と仰せられました。 |
故其旦。 | かれその旦 | 依つて翌朝 |
幸行于濱之時。 | 濱にいでます時に、 | 濱においでになつた時に、 |
毀鼻入鹿魚。 | 鼻毀やぶれたる入鹿魚いるか、 | 鼻の毀やぶれたイルカが |
既依一浦。 | 既に一浦に依れり。 | 或る浦に寄つておりました。 |
於是御子。 | ここに御子、 | そこで御子が |
令白于神云。 | 神に白さしめたまはく、 | 神に申されますには、 |
於我給御食之魚。 |
「我に御食みけの魚な給へり」 とまをしたまひき。 |
「わたくしに御食膳の魚を下さいました」 と申さしめました。 |
故亦稱其御名。 | かれまたその御名をたたへて | それでこの神の御名を稱えて |
號御食津大神。 | 御食津みけつ大神とまをす。 | 御食みけつ大神と申し上げます。 |
故於今。 | かれ今に | その神は今でも |
謂氣比大神也。 | 氣比けひの大神とまをす。 | 氣比の大神と申し上げます。 |
亦其入鹿魚之鼻 血臰。 |
またその入鹿魚いるかの鼻の 血臭くさかりき。 |
またそのイルカの鼻の 血が臭うございました。 |
故號其浦謂血浦。 | かれその浦に名づけて血浦といふ。 | それでその浦を血浦ちうらと言いましたが、 |
今謂都奴賀也。 | 今は都奴賀つぬがといふなり。 | 今では敦賀つるがと言います。 |
酒楽の歌 |
||
於是還上坐時。 | ここに還り上ります時に、 | 其處から還つてお上りになる時に、 |
其御祖。 | その御祖みおや | 母君の |
息長帶日賣命。 | 息長帶日賣の命、 | オキナガタラシ姫の命が |
釀待酒以獻。 | 待酒を釀みて獻りき。 |
お待ち申し上げて 酒を造つて獻上しました。 |
爾其御祖御歌曰。 |
ここにその御祖、 御歌よみしたまひしく、 |
その時にその母君の お詠み遊ばされた歌は、 |
許能美岐波 | この御酒みきは | このお酒は |
和賀美岐那良受 | わが御酒ならず。 | わたくしのお酒ではございません。 |
久志能加美 | 酒くしの長かみ | お神酒みきの長官、 |
登許余邇伊麻須 | 常世とこよにいます | 常世とこよの國においでになる |
伊波多多須 | 石いは立たたす | 岩になつて立つていらつしやる |
須久那美迦微能 | 少名すくな御神の、 | スクナビコナ樣が |
加牟菩岐 | 神壽かむほき | 祝つて祝つて |
本岐玖琉本斯 | 壽き狂くるほし | 祝い狂くるわせ |
登余本岐 | 豐壽とよほき | 祝つて祝つて |
本岐母登本斯 | 壽きもとほし | 祝い廻まわつて |
麻都理許斯美岐敍 | 獻まつり來こし 御酒みきぞ | 獻上して來たお酒なのですよ。 |
阿佐受袁勢佐佐 | 乾あさずをせ。ささ。 | 盃をかわかさずに召しあがれ。 |
如此歌而。 | かく歌ひたまひて、 | かようにお歌いになつて |
獻大御酒。 | 大御酒獻りき。 | お酒を獻りました。 |
爾建内宿禰命。 | ここに建内の宿禰の命、 | その時にタケシウチの宿禰が |
爲御子答 歌曰。 |
御子のために答へて 歌ひして曰ひしく、 |
御子のためにお答え申し上げた 歌は、 |
許能美岐袁 | この御酒を | このお酒を |
迦美祁牟比登波 | 釀かみけむ人は、 | 釀造した人は、 |
曾能都豆美 | その鼓つづみ | その太鼓を |
宇須邇多弖弖 | 臼に立てて | 臼うすに使つて、 |
宇多比都都 迦美祁禮迦母 | 歌ひつつ釀かみけれかも、 | 歌いながら作つた故か、 |
麻比都都 迦美祁禮加母 | 舞ひつつ釀かみけれかも、 | 舞いながら作つた故か、 |
許能美岐能 美岐能 | この御酒の 御酒の | このお酒の |
阿夜邇 宇多陀怒斯 | あやに うた樂だのし。 | 不思議に樂しいことでございます。 |
佐佐 | ささ。 | |
此者。 酒樂之歌也。 |
こは 酒樂さかくらの歌なり。 |
これは 酒樂さかくらの歌でございます。 |
最期(仲哀天皇) |
||
凡 帶中津日子 天皇之 御年。伍拾貳歳。 |
およそこの 帶中津日子 たらしなかつひこの天皇の 御年五十二歳いそぢまりふたつ。 |
すべて タラシナカツ彦の天皇の 御年は五十二歳、 |
(壬戌の年 六月十一日崩りたまひき) |
壬戌みずのえいぬの年の 六月十一日にお隱れになりました。 |
|
御陵在 河内惠賀之 長江也。 |
御陵は 河内の惠賀ゑがの 長江ながえにあり。 |
御陵は 河内の惠賀えがの 長江にあります。 |
皇后は 御年一百歳にして崩りましき。 |
皇后樣は 御年百歳でお隱かくれになりました。 |
|
狹城さきの楯列たたなみの陵に 葬めまつりき。 |
狹城さきの楯列たたなみの御陵に お葬り申し上げました。 |
原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
---|---|---|
后妃と御子 |
||
品陀和氣命。 |
品陀和氣 ほむだわけの命、 |
ホムダワケの命 (應神天皇)、 |
坐 輕嶋之 明宮 治天下也。 |
輕島の 明あきらの宮に ましまして、 天の下治らしめしき。 |
大和の輕島かるしまの 明あきらの宮に おいでになつて 天下をお治めなさいました。 |
此天皇。娶 品陀眞若王 〈品陀二字以音〉 之女。三柱女王。 |
この天皇、 品陀の眞若まわかの王が女、 三柱の女王ひめみこに 娶ひたまひき。 |
この天皇は ホムダノマワカの王の女王 お三方と結婚されました。 |
一名。 高木之入日賣命。 |
一柱の御名は、 高木の入日賣の命、 |
お一方は、 タカギノイリ姫の命、 |
次中日賣命。 | 次に中日賣の命、 | 次は中姫の命、 |
次弟日賣命。 | 次に弟日賣の命。 | 次は弟姫の命であります。 |
〈此女王等之父。 | この女王たちの父、 | この女王たちの御父、 |
品陀眞若王者。 | 品陀の眞若の王は、 | ホムダノマワカの王は |
五百木之入日子命。 娶尾張連之祖。 建伊那陀宿禰之女。 志理都紀斗賣。 生子者也〉 |
五百木の入日子の命の、 尾張の連の祖、 建伊那陀の宿禰が女、 志理都紀斗賣に娶ひて、 生める子なり。 |
イホキノイリ彦の命が、 尾張の直の祖先の タケイナダの宿禰の女の シリツキトメと結婚して 生んだ子であります。 |
故高木之入日賣 之子。 |
かれ高木の入日賣の 御子、 |
そこでタカギノイリ姫の 生んだ御子みこは、 |
額田 大中日子命。 |
額田ぬかだの 大中おほなかつ日子ひこの命、 |
ヌカダノ オホナカツヒコの命 |
次大山守命。 | 次に大山守おほやまもりの命、 | オホヤマモリの命 |
次伊奢之眞若命。 〈伊奢二字以音〉 |
次に伊奢いざの眞若の命、 | イザノマワカの命 |
次妹。大原郎女。 | 次に妹いも大原の郎女いらつめ、 | オホハラの郎女いらつめ |
次高目郎女。 | 次に高目たかもくの郎女 | タカモクの郎女いらつめの |
〈五柱〉 | 五柱。 | 御おん五方かたです。 |
中日賣命之御子。 | 中日賣の命の御子、 | 中姫の命の生んだ御子みこは、 |
木之荒田郎女。 | 木きの荒田の郎女、 | キノアラタの郎女いらつめ |
次大雀命。 | 次に大雀おほさざきの命四、 | オホサザキの命 |
次根鳥命。 | 次に根鳥ねとりの命 | ネトリの命の |
〈三柱〉 | 三柱。 | お三方です。 |
弟日賣命之御子。 | 弟日賣の命の御子、 | 弟姫の命の御子は、 |
阿倍郎女。 | 阿部の郎女、 | 阿部あべの郎女 |
次阿具知能 〈此四字以音〉 三腹郎女。 |
次に 阿貝知あはぢの 三腹みはらの郎女、 |
アハヂノ ミハラの郎女 |
次木之菟野郎女。 | 次に木の菟野うのの郎女、 | キノウノの郎女 |
次三野郎女。 | 次に三野みのの郎女 | ミノの郎女の |
〈五柱〉 | 五柱。 | お五方です。 |
又娶。 丸邇之 比布禮能 意富美之女。 〈自比至美以音〉 名宮主矢河枝比賣。 |
また丸邇わにの 比布禮ひふれの 意富美おほみが女、 名は宮主矢河枝 みやぬしやかはえ比賣に娶ひて |
また天皇、 ワニノ ヒフレのオホミの女の ミヤヌシヤガハエ姫と 結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生うみになつた御子みこは、 |
宇遲能 和紀郎子。 |
宇遲うぢの 和紀郎子わきいらつこ、 |
ウヂの若郎子わきいらつこ |
次妹。 八田若郎女。 |
次に妹八田やたの若郎女、 | ヤタの若郎女わきいらつめ |
次女鳥王。 | 次に女鳥めどりの王 | メトリの王の |
〈三柱〉 | 三柱。 | お三方です。 |
又娶其 矢河枝比賣之弟。 袁那辨郎女。 |
またその矢河枝比賣が弟、 袁那辨をなべの郎女に娶ひて |
またそのヤガハエ姫の妹 ヲナベの郎女と結婚して |
生御子。 宇遲之若郎女。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 宇遲うぢの若わき郎女一柱。 |
お生みになつた御子は、 ウヂの若郎女お一方です。 |
又娶 咋俣長日子王之女。 息長眞若中比賣。 |
また咋俣長日子 くひまたながひこの王が女、 息長眞若中 おきながまわかなかつ比賣に娶ひて、 |
またクヒマタナガ彦の王の女の オキナガマワカナカツ姫と 結婚して |
生御子。 若沼毛二俣王。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 若沼毛二俣 わかぬけふたまたの王 一柱。 |
お生みになつた御子は ワカヌケフタマタの王 お一方です。 |
又娶 櫻井田部連之祖。 嶋垂根之女。 糸井比賣。 |
また櫻井さくらゐの 田部たべの連むらじの祖、 島垂根しまたりねが女、 糸井いとゐ比賣に娶ひて、 |
また櫻井の 田部たべの連の祖先そせんの シマタリネの女の イトヰ姫と結婚して |
生御子。 速總別命。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 速總別はやぶさわけの命 一柱。 |
お生みになつた御子は ハヤブサワケの命 お一方です。 |
又娶 日向之泉長比賣。 |
また日向ひむかの 泉いづみの長なが比賣に娶ひて、 |
また日向の イヅミノナガ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
大羽江王。 | 大羽江はえの王みこ、 | オホハエの王 |
次小羽江王。 | 次に小羽江をはえの王、 | ヲハエの王 |
次幡日之若郎女。 | 次に檣日はたびの若わか郎女 | ハタビの若郎女の |
〈三柱〉 | 三柱。 | お三方です。 |
又娶迦具漏比賣。 | また迦具漏かぐろ比賣に娶ひて | またカグロ姫と結婚して |
生御子。 | 生みませる御子、 | お生みになつた御子は |
川原田郎女。 | 川原田かはらだの郎女、 | カハラダの郎女 |
次玉郎女。 | 次に玉の郎女、 | タマの郎女 |
次忍坂大中比賣。 | 次に忍坂おしさかの大中おほなかつ比賣、 | オシサカノオホナカツ姫 |
次登富志郎女。 | 次に登富志とほしの郎女、 | トホシの郎女 |
次迦多遲王。 | 次に迦多遲かたぢの王 | カタヂの王の御 |
〈五柱〉 | 五柱。 | 五方です。 |
又娶。 葛城之野伊呂賣。 〈此三字以音〉 |
また葛城かづらきの野の 伊呂賣いろめに娶ひて、 |
またカヅラキノノ ノイロメと結婚して |
生御子。 伊奢能麻和迦王。 〈一柱〉 |
生みませる御子、 伊奢いざの麻和迦まわかの王 一柱。 |
お生みになつた御子は、 イザノマワカの王 お一方です。 |
此天皇之御子等。 | この天皇の御子たち、 | すべてこの天皇の御子たちは |
并廿六王。 〈男王十一。女王十五〉 |
并はせて二十六王 はたちまりむはしら (男王十一、女王十五) |
合わせて二十六王 おいで遊あそばされました。 男王十一人女王十五人です。 |
此中大雀命者。 治天下也。 |
この中に大雀の命は、 天の下治らしめしき。 |
この中でオホサザキの命は 天下をお治めになりました。 |
大山守と大雀(おほさざき) |
||
於是天皇。 | ここに天皇、 | ここに天皇が |
問 大山守命與 大雀命詔。 |
大山守の命と 大雀の命とに問ひて詔りたまはく、 |
オホヤマモリの命と オホサザキの命とに |
汝等者。 孰愛 兄子與 弟子。 |
「汝等みましたちは、 兄なる子と 弟なる子と、 いづれか愛はしき」 と問はしたまひき。 |
「あなたたちは 兄である子と 弟である子とは、 どちらがかわいいか」 とお尋ねなさいました。 |
〈天皇所以發 是問者。 |
(天皇の この問を發したまへる故は、 |
天皇がかように お尋ねになつたわけは、 |
宇遲能和紀郎子。 有令治 天下之心也〉 |
宇遲の和紀郎子に 天の下治らしめむ御心 ましければなり) |
ウヂの若郎子に 天下をお授けになろうとする御心が おありになつたからであります。 |
爾 大山守命 白愛兄子。 |
ここに 大山守の命白さく、 「兄なる子を愛はしとおもふ」 と白したまひき。 |
しかるに オホヤマモリの命は、 「上の子の方がかわゆく思われます」 と申しました。 |
次 大雀命。 |
次に 大雀の命は、 |
次に オホサザキの命は |
知天皇。 所問賜之大御情 而白。 |
天皇の 問はしたまふ大御心を知らして、 白さく、 |
天皇のお尋ね遊ばされる御心を お知りになつて 申されますには、 |
兄子者。 既成人。 是無悒。 |
「兄なる子は、 既に人となりて、 こは悒いぶせきこと無きを、 |
「大きい方の子は 既に人となつておりますから 案ずることもございませんが、 |
弟子者。 未成人。 是愛。 |
弟なる子は、 いまだ人とならねば、 こを愛しとおもふ」とまをしたまひき。 |
小さい子は まだ若いのですから 愛らしく思われます」と申しました。 |
爾天皇詔。 | ここに天皇詔りたまはく、 | そこで天皇の仰せになりますには、 |
佐邪岐。 阿藝之言。 〈自佐至藝 五字以音〉 |
「雀さざき、 吾君あぎの言ことぞ、 |
「オホサザキよ、 あなたの言うのは |
如我所思。 |
我が思ほすが如くなる」 とのりたまひき。 |
わたしの思う通りです」 と仰せになつて、 |
即詔 別者。 |
すなはち 詔り別けたまひしくは、 |
そこでそれぞれに 詔みことのりを下されて、 |
大山守命。 | 「大山守の命は、 | 「オホヤマモリの命は |
爲山海之政。 | 山海うみやまの政をまをしたまへ。 | 海や山のことを管理なさい。 |
大雀命。 | 大雀の命は、 | オホサザキの命は |
執食國之 政以白賜。 |
食國おすくにの 政執りもちて白したまへ。 |
天下の政治を執つて 天皇に奏上なさい。 |
宇遲能和紀郎子。 | 宇遲うぢの和紀わき郎子は、 | ウヂの若郎子は |
所知天津日繼也。 |
天つ日繼知らせ」 と詔り別けたまひき。 |
帝位におつきなさい」 とお分わけになりました。 |
故大雀命者。 | かれ大雀の命は、 | 依つてオホサザキの命は |
勿違 天皇之命也。 |
大君の命みことに 違たがひまつらざりき。 |
父君の御命令に 背きませんでした。 |
葛野の歌(数の歌) |
||
一時天皇 | 或る時天皇、 | 或る時、 |
越幸 近淡海國之時。 |
近つ淡海あふみの國に 越え幸でましし時、 |
天皇が近江の國へ 越えてお出ましになりました時に、 |
御立宇遲野上。 |
宇遲野うぢのの上に 御立みたちして、 |
宇治野の上にお立ちになつて |
望葛野。 | 葛野かづのを望みさけまして、 | 葛野かずのを御覽になつて |
歌曰。 | 歌よみしたまひしく、 | お詠みになりました御歌、 |
知婆能 | 千葉の | 葉の茂しげつた |
加豆怒袁美禮婆 | 葛野かづのを見れば、 | 葛野かずのを見れば、 |
毛毛知陀流 | 百千足ももちだる | 幾千も富み榮えた |
夜邇波母美由 | 家庭やにはも見ゆ。 | 家居が見える、 |
久爾能富母美由 | 國の秀ほも見ゆ。 | 國の中での良い處が見える。 |
と歌ひたまひき。 | ||
ワニのカニの歌 |
||
故到坐 木幡村之時。 |
かれ木幡こはたの村に 到ります時に、 |
かくて木幡こばたの村に おいでになつた時に、 |
麗美孃子。 遇其道衢。 |
その道衢ちまたに、 顏美よき孃子遇へり。 |
その道で 美しい孃子にお遇いになりました。 |
爾天皇問 其孃子曰。 |
ここに天皇、 その孃子に問ひたまはく、 |
そこで天皇が その孃子に、 |
汝者誰子。 |
「汝いましは誰が子ぞ」 と問はしければ、 |
「あなたは誰の子か」 とお尋ねになりましたから、 |
答白。 | 答へて白さく、 | お答え申し上げるには、 |
丸邇之 比布禮能 意富美之女。 名 宮主矢河枝比賣。 |
「丸邇わにの 比布禮ひふれの 意富美おほみが女、 名は宮主矢河枝 みやぬしやかはえ比賣」とまをしき。 |
「ワニノ ヒフレの オホミの女の ミヤヌシヤガハエ姫でございます」 と申しました。 |
天皇即詔其孃子。 | 天皇すなはちその孃子に詔りたまはく、 | 天皇がその孃子に |
吾明日還幸之時。 | 「吾明日あすのひ還りまさむ時、 | 「わたしが明日還る時に |
入坐汝家。 |
汝いましの家に入りまさむ」 と詔りたまひき。 |
あなたの家にはいりましよう」 と仰せられました。 |
故矢河枝比賣。 委曲語其父。 |
かれ矢河枝比賣、 委曲つぶさにその父に語りき。 |
そこでヤガハエ姫が その父に詳しくお話しました。 |
於是父答曰。 | ここに父答へて曰はく、 | 依つて父の言いますには、 |
是者 天皇坐那理。 〈此二字以音〉 |
「こは 大君にますなり。 |
「これは 天皇陛下でおいでになります。 |
恐之。 | 恐かしこし、 | 恐れ多いことですから、 |
我子仕奉。 | 我あが子仕へまつれ」 | わが子よ、お仕え申し上げなさい」 |
云而。 | といひて、 | と言つて、 |
嚴餝其家 候待者。 |
その家を嚴飾かざりて、 候さもらひ待ちしかば、 |
その家をりつぱに飾り立て、 待つておりましたところ、 |
明日入坐。 | 明日あすのひ入りましき。 | あくる日においでになりました。 |
故獻大御饗之時。 | かれ大御饗みあへ獻たてまつる時に、 | そこで御馳走を奉る時に、 |
其女 矢河枝比賣。(命) |
その女 矢河枝やかはえ比賣の命に |
そのヤガハエ姫に |
令取大御酒盞 而獻。 |
大御酒盞を取らしめて 獻る。 |
お酒盞さかずきを取らせて 獻りました。 |
於是天皇。 | ここに天皇、 | そこで天皇が |
任令取其大御酒盞而御歌曰。 | その大御酒盞を取らしつつ、 | その酒盞をお取りになりながら |
御歌よみしたまひしく、 | お詠み遊ばされた歌、 | |
許能迦邇夜 伊豆久能迦邇 | この蟹かにや 何處いづくの蟹。 | この蟹かにはどこの蟹だ。 |
毛毛豆多布 都奴賀能迦邇 | 百傳ふ 角鹿つぬがの蟹。 | 遠くの方の敦賀つるがの蟹です。 |
余許佐良布 伊豆久邇伊多流 | 横よこさらふ 何處に到る。 | 横歩よこあるきをして何處へ行くのだ。 |
伊知遲志麻 美志麻邇斗岐 | 伊知遲いちぢ島 美み島に著とき、 | イチヂ島・ミ島について、 |
美本杼理能 迦豆伎伊岐豆岐 | 鳰鳥みほどりの 潛かづき息衝き、 | カイツブリのように水に潛くぐつて息いきをついて、 |
志那陀由布 佐佐那美遲袁 | しなだゆふ 佐佐那美道ささなみぢを | 高低のあるササナミへの道を |
須久須久登 和賀伊麻勢婆夜 | すくすくと 吾わが行いませばや、 | まつすぐにわたしが行ゆきますと、 |
許波多能美知邇 阿波志斯袁登賣 | 木幡こはたの道に 遇はしし孃子をとめ、 | 木幡こばたの道で出逢つた孃子おとめ、 |
宇斯呂傳波 袁陀弖呂迦母 | 後方うしろでは 小楯をだてろかも。 | 後姿うしろすがたは楯のようだ。 |
波那美波志 比斯那須 | 齒並はなみは 椎菱しひひしなす。 | 齒竝びは椎しいの子みや菱ひしの實のようだ。 |
伊知比韋能 和邇佐能邇袁 | 櫟井いちゐの 丸邇坂わにさの土にを、 | 櫟井いちいの丸邇坂わにさかの土つちを |
波都邇波 波陀阿可良氣美 | 初土はつには 膚赤らけみ | 上うえの土つちはお色いろが赤い、 |
志波邇波 邇具漏岐由惠 | 底土しはには に黒き故、 | 底の土は眞黒まつくろゆえ |
美都具理能 曾能那迦都爾袁 | 三栗みつぐりの その中つ土にを | 眞中まんなかのその中の土を |
加夫都久 麻肥邇波阿弖受 | 頭著かぶつく 眞火には當てず | かぶりつく直火じかびには當てずに |
麻用賀岐 許邇加岐多禮 | 眉畫まよがき 濃こに書き垂れ | 畫眉かきまゆを濃く畫いて |
阿波志斯袁美那 | 遇はしし女をみな。 | お逢あいになつた御婦人、 |
迦母賀登 和賀美斯古良 | かもがと 吾わが見し兒ら | このようにもとわたしの見たお孃さん、 |
迦久母賀登 阿賀美斯古邇 | かくもがと 吾あが見し兒に | あのようにもとわたしの見たお孃さんに、 |
宇多多氣陀邇 牟迦比袁流迦母 | うたたけだに 向ひ居をるかも | 思いのほかにも向かつていることです。 |
伊蘇比袁流迦母 | い副そひ居るかも。 | 添つていることです。 |
如此御合 生御子。 |
かくて御合みあひまして、 生みませる御子、 |
かくて御結婚なすつて お生うみになつた子が |
宇遲能和紀 〈自宇下五字以音〉 郎子也。 |
宇遲うぢの 和紀郎子 わきいらつこなり。 |
ウヂの 若郎子 わきいらつこでございました。 |
髮長比賣(かみながひめ) |
||
天皇。 聞看。 日向國諸縣君之女。 名髮長比賣。 其顏容麗美。 |
天皇、 日向の國の 諸縣もらがたの君が女、 名は髮長かみなが比賣 それ顏容麗美かほよしと聞こしめして、 |
また天皇が、 日向の國の 諸縣むらがたの君の女むすめの 髮長姫かみながひめが 美しいとお聞きになつて、 |
將使而。 | 使はむとして、 | お使い遊ばそうとして、 |
喚上之時。 | 喚めし上げたまふ時に、 | お召めし上げなさいます時に、 |
其太子大雀命。 | その太子ひつぎのみこ大雀の命、 | 太子のオホサザキの命が |
見其孃子。 泊于難波津而。 |
その孃子をとめの 難波津に泊はてたるを見て、 |
その孃子の 難波津に船つきしているのを 御覽になつて、 |
感其 姿容之端正。 |
その姿容かたちの端正うつくしきに 感めでたまひて、 |
その容姿のりつぱなのに 感心なさいまして、 |
即誂告。 建内宿禰大臣。 |
すなはち 建内たけしうちの宿禰すくねの大臣に 誂あとらへてのりたまはく、 |
タケシウチの宿禰すくねに お頼みになるには |
是自日向 喚上之 髮長比賣者。 |
「この日向より 喚めし上げたまへる 髮長かみなが比賣は、 |
「この日向から お召し上げになつた 髮長姫を、 |
請白 天皇之大御所而。 |
天皇の大御所みもとに 請ひ白して、 |
陛下の御もとにお願いして |
令賜於吾。 |
吾あれに賜はしめよ」 とのりたまひき。 |
わたしに賜わるようにしてくれ」 と仰せられました。 |
爾建内宿禰大臣。 | ここに建内の宿禰の大臣、 | 依つてタケシウチの宿禰の大臣が |
請大命者。 | 大命おほみことを請ひしかば、 | 天皇の仰せを願いましたから、 |
天皇。即 以髮長比賣。 |
天皇すなはち 髮長かみなが比賣をその御子に賜ひき。 |
天皇が 髮長姫をその御子にお授けになりました。 |
賜于其御子。 所賜状者。 |
賜ふ状は、 | お授けになる樣は、 |
天皇。聞看豐明之日。 | 天皇の豐とよの明あかり聞こしめしける日に、 | 天皇が御酒宴を遊ばされた日に、 |
於髮長比賣令握大御酒柏。 | 髮長比賣に大御酒の柏かしはを取らしめて、 | 髮長姫にお酒を注ぐ柏葉かしわを取らしめて、 |
賜其太子。 | その太子に賜ひき。 | その太子に賜わりました。 |
爾御歌曰。 | ここに御歌よみしたまひしく、 | そこで天皇のお詠み遊ばされた歌は、 |
伊邪古杼母 怒毘流都美邇 | いざ子ども 野蒜のびる摘みに、 | さあお前まえたち、野蒜のびる摘つみに |
比流都美邇 和賀由久美知能 | 蒜ひる摘みに わが行く道の | 蒜ひる摘つみにわたしの行く道の |
迦具波斯 波那多知婆那波 | 香ぐはし 花橘はなたちばなは、 | 香こうばしい花橘はなたちばなの樹、 |
本都延波 登理韋賀良斯 | 上枝ほつえは 鳥居枯がらし、 | 上の枝は鳥がいて枯らし |
志豆延波 比登登理賀良斯 | 下枝しづえは 人取り枯がらし、 | 下の枝は人が取つて枯らし、 |
美都具理能 那迦都延能 | 三栗の 中つ枝の | 三栗みつぐりのような眞中まんなかの枝の |
本都毛理 阿加良袁登賣袁 | ほつもり 赤ら孃子を、 | 目立つて見える紅顏のお孃さんを |
伊邪佐佐婆 余良斯那 | いざささば 好よらしな。 | さあ手に入れたら宜いでしよう。 |
又御歌曰。 | また、御歌よみしたまひしく、 | また、 |
美豆多麻流 | 水渟たまる | 水のたまつている |
余佐美能伊氣能 | 依網よさみの池の | 依網よさみの池の |
韋具比宇知「比斯」賀 | 堰杙ゐぐひ打ちが | 堰杙せきくいを打うつてあつたのを |
「良能」佐斯祁流 斯良邇 | 刺しける知らに、 | 知しらずに |
奴那波久理 | ぬなは繰くり | ジュンサイを手繰たぐつて |
波閇祁久斯良邇 | 延はへけく知らに、 | 手の延びていたのを知しらずに |
和賀許許呂志(叙) | 吾が心しぞ | |
伊夜袁許邇斯弖 | いやをこにして | 氣のつかない事をして |
伊麻叙久夜斯岐 | 今ぞ悔しき。 | 殘念だつた。 |
如此歌而賜也。 | と、かく歌ひて賜ひき。 | かようにお歌いになつて賜わりました。 |
故被賜其孃子之後。 | かれその孃子を賜はりて後に、 | その孃子を賜わつてから後に |
太子歌曰。 |
太子ひつぎのみこの 歌よみしたまひしく、 |
太子の お詠みになつた歌、 |
美知能斯理 | 道の後しり | 遠い國の |
古波陀袁登賣袁 | 古波陀孃子こはだをとめを、 | 古波陀こはだのお孃さんを、 |
迦微能碁登 | 雷かみのごと | 雷鳴かみなりのように |
岐許延斯迦杼母 | 聞えしかども | 音高く聞いていたが、 |
阿比麻久良麻久 | 相枕あひまくら纏まく。 | わたしの妻つまとしたことだつた。 |
又歌曰。 | また、歌よみしたまひしく、 | また、 |
美知能斯理 | 道の後 | 遠い國の |
古波陀袁登賣波 | 古波陀孃子は、 | 古波陀こはだのお孃さんが、 |
阿良蘇波受 | 爭はず | 爭わずに |
泥斯久袁斯叙母 | 寢しくをしぞも、 | わたしの妻となつたのは、 |
宇流波志美意母布 | 愛うるはしみ思おもふ。 | かわいい事さね。 |
と歌ひたまひき。 | ||
吉野のクズの歌 |
||
又吉野之國主等。 | また、吉野えしのの國主くずども、 | また、吉野のクズどもが |
瞻大雀命之 所佩御刀。 |
大雀の命の 佩はかせる御刀を見て、 |
オホサザキの命の 佩おびておいでになるお刀を見て |
歌曰。 | 歌ひて曰ひしく、 | 歌いました歌は、 |
本牟多能 | 品陀ほむだの | 天子樣の |
比能美古 | 日の御子、 | 日の御子である |
意富佐邪岐 | 大雀おほさざき | オホサザキ樣、 |
意富佐邪岐 | 大雀。 | オホサザキ樣の |
波加勢流多知 | 佩かせる大刀、 | お佩はきになつている大刀は、 |
母登都流藝 | 本劍もとつるぎ | 本は鋭く、 |
須惠布由 | 末すゑふゆ。 | 切先きつさきは魂あり、 |
布由紀能 | 冬木の | 冬木の |
須加良賀志多紀能 | すからが下した木の | すがれの下の木のように |
佐夜佐夜 | さやさや。 | さやさやと鳴り渡る。 |
又於 吉野之白檮上。 |
また、 吉野の白檮かしの生ふに |
また吉野のカシの木の |
作横臼而。 | 横臼よくすを作りて、 | ほとりに臼を作つて、 |
於其横臼。 | その横臼に | その臼で |
釀大御酒。 | 大御酒おほみきを釀かみて、 | お酒を造つて、 |
獻其大御酒之時。 | その大御酒を獻る時に、 | その酒を獻つた時に、 |
撃口鼓 爲伎而 歌曰。 |
口鼓くちつづみを撃ち、 伎わざをなして、 歌ひて曰ひしく、 |
口鼓を撃ち 演技をして 歌つた歌、 |
加志能布邇 | 白檮かしの生ふに | カシの木の原に |
余久須袁都久理 | 横臼よくすを作り、 | 横の廣い臼を作り |
余久須邇 | 横臼に | その臼に |
迦美斯意富美岐 | 釀かみし大御酒、 | 釀かもしたお酒、 |
宇麻良爾 | うまらに | おいしそうに |
岐許志母知袁勢 | 聞こしもちをせ。 | 召し上がりませ、 |
麻呂賀知 | まろが父ち。 | わたしの父とうさん。 |
此歌者。 | この歌は、 | この歌は、 |
國主等。 | 國主くずども | クズどもが |
獻大贄之時時。 | 大贄にへ獻る時時、 | 土地の産物を獻る時に、 |
恒至于今。 | 恆に今に至るまで | 常に今でも |
詠之歌者也。 | 歌ふ歌なり。 | 歌う歌であります。 |
文化の渡来 |
||
此之御世。 定賜。 海部。 山部。 山守部。 伊勢部也。 |
この御世に、 海部あまべ、 山部やまべ、 山守部やまもりべ、 伊勢部いせべを 定めたまひき。 |
この御世に、 海部あまべ・ 山部・ 山守部・ 伊勢部を お定めになりました。 |
亦作劍池。 | また劒の池を作りき。 | 劒の池を作りました。 |
亦新羅人 參渡來。 |
また新羅人しらぎひと まゐ渡り來つ。 |
また新羅人しらぎびとが 渡つて來ましたので、 |
是以建内宿禰命。 | ここを以ちて建内の宿禰の命、 | タケシウチの宿禰が |
引率。 | 引き率ゐて、 | これを率ひきいて |
爲役之堤池而。 | 堤の池に渡りて、 | 堤の池に渡つて |
作百濟池。 | 百濟くだらの池を作りき。 | 百濟くだらの池を作りました。 |
亦百濟國主 照古王。 |
また百濟の國主こにきし 照古せうこ王、 |
また百濟くだらの國王 照古王しようこおうが |
以牡馬壹疋。 | 牡馬をま壹疋ひとつ、 | 牡馬おうま一疋・ |
牝馬壹疋。 | 牝馬めま壹疋を、 | 牝馬めうま一疋を |
付阿知吉師 以貢上。 |
阿知吉師あちきしに付けて 貢たてまつりき。 |
アチキシに付けて 貢たてまつりました。 |
〈此阿知吉師者。 阿直史等之祖〉 |
この阿知吉師は 阿直あちの史等が祖なり。 |
このアチキシは 阿直あちの史等ふみひとの祖先です。 |
亦貢上横刀及大鏡。 | また大刀と大鏡とを貢りき。 | また大刀と大鏡とを貢りました。 |
和邇吉師(王仁→応神):論語と千字文 |
||
又科賜。 百濟國。 若有賢人者貢上。 |
また百濟の國に仰せたまひて、 「もし賢さかし人あらば貢れ」 とのりたまひき。 |
また百濟の國に、 もし賢人があれば貢れと 仰せられましたから、 |
故受命以貢上人。 | かれ命を受けて貢れる人、 | 命を受けて貢つた人は |
名和邇吉師。 | 名は和邇吉師わにきし、 | ワニキシといい、 |
即論語十卷。 | すなはち論語十卷とまき、 | 論語十卷・ |
千字文一卷。 | 千字文一卷、 | 千字文じもん一卷、 |
并十一卷。 | 并はせて十一卷とをまりひとまきを、 | 合わせて十一卷を |
付是人即貢進。 | この人に付けて貢りき。 | この人に付けて貢りました。 |
〈此和邇吉師者。 文首等祖〉 |
この和爾吉師は 文の首等が祖なり。 |
|
又貢上。手人 韓鍛。名卓素。 亦呉服西素 二人也。 |
また手人 韓鍛からかぬち名は卓素たくそ、 また呉服くれはとり西素さいそ 二人を貢りき。 |
また工人の 鍛冶屋かじや卓素たくそという者、 また機はたを織る西素さいその 二人をも貢りました。 |
又秦造之祖。 | また秦はたの造みやつこの祖、 | 秦はたの造みやつこ、 |
漢直之祖。 | 漢あやの直あたへの祖、 | 漢あやの直あたえの祖先、 |
及知釀酒人。 名仁番。 亦名須須許理等。 |
また酒みきを釀かむことを知れる人、 名は仁番にほ、 またの名は須須許理すすこり等、 |
それから酒を造ることを知しつている ニホ、 またの名なをススコリという者等も |
參渡來也。 | まゐ渡り來つ。 | 渡つて參りました。 |
ススコリの歌 |
||
故是須須許理。 | かれこの須須許理、 | このススコリは |
釀大御酒以獻。 | 大御酒を釀かみて獻りき。 | お酒を造つて獻りました。 |
於是天皇。 | ここに天皇、 | 天皇が |
宇羅宜 是所獻之大御酒而。 〈宇羅宜三字以音〉 |
この獻れる大御酒に うらげて、 |
この獻つたお酒に 浮かれて |
御歌曰。 | 御歌よみしたまひしく、 | お詠みになつた歌は、 |
須須許理賀 | 須須許理が | ススコリの |
迦美斯美岐邇 | 釀かみし御酒に | 釀かもしたお酒に |
和禮惠比邇祁理 | われ醉ひにけり。 | わたしは醉いましたよ。 |
許登那具志 | 事無酒咲酒なぐし | 平和へいわなお酒、 |
惠具志爾 | ゑぐしに、 | 樂しいお酒に |
和禮惠比邇祁理 | われ醉ひにけり。 | わたしは醉いましたよ。 |
如此之歌 幸行時。 |
かく歌ひつつ 幸でましし時に、 |
かようにお歌いになつて おいでになつた時に、 |
以御杖 打大坂連中之 大石者。 |
御杖もちて、 大坂の道中なる 大石を打ちたまひしかば、 |
御杖で 大坂の道の中にある 大石をお打ちになつたから、 |
其石走避。 | その石走り避さりき。 | その石が逃げ走りました。 |
故諺曰 堅石 避醉人也。 |
かれ諺に 堅石かたしはも 醉人ゑひびとを避さる といふなり。 |
それで諺ことわざに 「堅い石でも 醉人よつぱらいに遇うと逃げる」 というのです。 |
大山守の乱 |
||
故天皇崩之後。 | かれ天皇崩かむあがりましし後に、 | かくして天皇がお崩かくれになつてから、 |
大雀命者。 | 大雀の命は、 | オホサザキの命は |
從天皇之命。 | 天皇の命のまにまに、 | 天皇の仰せのままに |
以天下。 | 天の下を | 天下を |
讓宇遲能和紀郎子。 | 宇遲の和紀郎子に讓りたまひき。 | ウヂの若郎子に讓りました。 |
於是大山守命者。 | ここに大山守の命は、 | しかるにオホヤマモリの命は |
違天皇之命。 | 天皇の命に違ひて、 | 天皇の命に背いて |
猶欲獲天下。 | なほ天の下を獲むとして、 | やはり天下を獲えようとして、 |
有殺 其弟皇子之情。 |
その弟皇子おとみこを 殺さむとする心ありて、 |
その弟の御子を 殺そうとする心があつて、 |
竊設兵 將攻。 |
竊みそかに兵つはものを設まけて 攻めむとしたまひき。 |
竊に兵士を備えて 攻めようとしました。 |
爾大雀命。 | ここに大雀の命、 | そこでオホサザキの命は |
聞其兄備兵。 | その兄の軍を備へたまふことを聞かして、 | その兄が軍をお備えになることをお聞きになつて、 |
即遣使者。 | すなはち使を遣して、 | 使を遣つて |
令告宇遲能和紀郎子。 | 宇遲の和紀郎子に告げしめたまひき。 | ウヂの若郎子に告げさせました。 |
故聞驚。 | かれ聞き驚かして、 | 依つてお驚きになつて、 |
以兵伏河邊。 | 兵を河の邊べに隱し、 | 兵士を河のほとりに隱し、 |
亦其山之上。 | またその山の上に、 | またその山の上に |
張施垣 立帷幕。 |
きぬがきを張り、 帷幕あげばりを立てて、 |
テントを張り、 幕を立てて、 |
詐以。 | 詐りて、 | 詐つて |
舍人爲王。 | 舍人とねりを王になして、 | 召使を王樣として |
露坐呉床。 | 露あらはに呉床あぐらにませて、 | 椅子にいさせ、 |
百官。 | 百官つかさづかさ、 | 百官が |
恭敬往來之状。 | 敬ゐやまひかよふ状、 | 敬禮し往來する樣は |
既如 王子之坐所而。 |
既に 王子のいまし所の如くして、 |
あたかも 王のおいでになるような有樣にして、 |
更爲其兄王。 | 更にその兄王の | また兄の王の |
渡河之時。 | 河を渡りまさむ時のために、 | 河をお渡りになる時の用意に、 |
具餝船楫。 | 船かぢを具へ飾り、 | 船ふねかじを具え飾り、 |
者舂佐那 〈此二字以音〉 葛之根。 |
また佐那葛さなかづらの根を 臼搗うすづき、 |
さな葛かずらという蔓草の根を 臼でついて、 |
取其汁滑而。 | その汁の滑なめを取りて、 | その汁の滑なめを取り、 |
塗其船中之 簀椅。 |
その船の中の 簀椅すばしに塗りて、 |
その船の中の 竹簀すのこに塗つて、 |
設蹈應仆而。 | 蹈みて仆るべく設まけて、 | 蹈めば滑すべつて仆れるように作り、 |
其王子者。 | その王子は、 | 御子は |
服布衣褌。 | 布たへの衣褌きぬはかまを服きて、 | みずから布の衣裝を著て、 |
既爲賎人之形。 | 既に賤人やつこの形になりて、 | 賤しい者の形になつて |
執楫立船。 | かぢを取りて立ちましき。 | 棹を取つて立ちました。 |
於是其兄王。 | ここにその兄王、 | ここにその兄の王が |
隱伏兵士。 | 兵士いくさびとを隱し伏せ、 | 兵士を隱し、 |
衣中服鎧。 | 鎧を衣の中に服きせて、 | 鎧よろいを衣の中に著せて、 |
到於河邊。 | 河の邊に到りて、 | 河のほとりに到つて |
將乘船時。 | 船に乘らむとする時に、 | 船にお乘りになろうとする時に、 |
望其嚴餝之處。 | その嚴飾かざれる處を望みさけて、 | そのいかめしく飾つた處を見遣つて、 |
以爲弟王。 | 弟王 | 弟の王が |
坐其呉床。 |
その呉床あぐらにいますと 思ほして、 |
その椅子においでになると お思いになつて、 |
都不知。 執楫而 立船。 |
ふつにかぢを取りて 船に立ちませることを 知らず、 |
棹を取つて 船に立つておいでになることを 知らないで、 |
即問 其執楫者曰。 |
すなはちそのかぢ執れる者に 問ひたまはく、 |
その棹を取つている者に お尋ねになるには、 |
傳聞。 茲山有忿怒之大猪。 |
「この山に怒れる大猪ありと 傳つてに聞けり。 |
「この山には怒つた大猪があると 傳え聞いている。 |
吾欲取其猪。 | 吾その猪を取らむと思ふを、 | わしがその猪を取ろうと思うが |
若獲其猪乎。 |
もしその猪を獲むや」 と問ひたまへば、 |
取れるだろうか」 とお尋ねになりましたから、 |
爾執楫者。 | かぢ執れる者答へて曰はく、 | 棹を取つた者は |
答曰不能也。 | 「得たまはじ」といひき。 | 「それは取れますまい」と申しました。 |
亦問曰何由。 |
また問ひたまはく、 「何とかも」と問ひたまへば、 |
また「どうしてか」と お尋ねになつたので、 |
答曰。 | 答へたまはく | |
時時也徃徃也。 | 「時時よりより往往ところどころにして、 | 「たびたび取ろうとする者があつたが |
雖爲取而不得。 | 取らむとすれども得ず。 | 取れませんでした。 |
是以白 不能也。 |
ここを以ちて得たまはじと 白すなり」といひき。 |
それだからお取りになれますまい と申すのです」と申しました。 |
渡到河中之時。 | 渡りて河中に到りし時に、 | さて、渡つて河中に到りました時に、 |
令傾其船。 | その船を傾かたぶけしめて、 | その船を傾けさせて |
墮入水中。 | 水の中に墮し入れき。 | 水の中に落し入れました。 |
爾乃浮出。 | ここに浮き出でて、 | そこで浮き出て |
隨水流下。 | 水のまにまに流れ下りき。 | 水のまにまに流れ下りました。 |
即流歌曰。 | すなはち流れつつ歌よみしたまひしく、 | 流れながら歌いました歌は、 |
知波夜夫流 | ちはやぶる | 流れの早い |
宇遲能和多理邇 | 宇治の渡に、 | 宇治川の渡場に |
佐袁斗理邇 | 棹取りに | 棹を取るに |
波夜祁牟比登斯 | 速はやけむ人し | 早い人は |
和賀毛古邇許牟 | わが伴もこに來こむ。 | わたしのなかまに來てくれ。 |
と歌ひき。 | ||
於是 伏隱河邊之兵。 |
ここに 河の邊に伏し隱れたる兵、 |
そこで 河の邊に隱れた兵士が、 |
彼廂此廂。 | 彼廂此廂あなたこなた、 | あちこちから |
一時共興。 | 一時もろともに興りて、 | 一時に起つて |
矢刺 而流。 |
矢刺して 流しき。 |
矢をつがえて攻めて 川を流れさせました。 |
故到 訶和羅之前而。 沈入。 〈訶和羅三以以音〉 |
かれ訶和羅かわらの前さきに 到りて 沈み入りたまふ。 |
そこでカワラの埼さきに 到つて 沈みました。 |
故以鉤探其沈處者。 |
かれ鉤かぎを以ちて、 その沈みし處を探りしかば、 |
それで鉤かぎをもつて 沈んだ處を探りましたら、 |
繋其衣中甲而。 |
その衣の中なる 甲よろひに繋かかりて、 |
衣の中の 鎧にかかつて |
訶和羅鳴。 | かわらと鳴りき。 | カワラと鳴りました。 |
故號其地謂 訶和羅前也。 |
かれ其所そこに名づけて 訶和羅の前といふなり。 |
依つて其處の名を カワラの埼というのです。 |
梓弓の歌 |
||
爾掛出其骨之時。 | ここにその骨かばねを掛き出だす時に、 | その屍體を掛け出した時に |
弟王歌曰。 | 弟王、御歌よみしたまひしく、 | 歌つた弟の王の御歌、 |
知波夜比登 宇遲能和多理邇 | ちはや人 宇治の渡に、 | 流れの早い 宇治川の渡場に |
和多理是邇 多弖流 | 渡瀬わたりぜに 立てる | 渡場に立つている |
阿豆佐由美 麻由美 | 梓弓あづさゆみ 檀まゆみ。 | 梓弓とマユミの木、 |
伊岐良牟登 許許呂波母閇杼 | いきらむと 心は思もへど、 | 切ろうと心には思うが |
伊斗良牟登 許許呂波母閇杼 | い取らむと 心は思もへど、 | 取ろうと心には思うが、 |
母登幣波 岐美袁淤母比傳 | 本方もとべは 君を思ひ出で、 | 本の方では君を思い出し |
須惠幣波 伊毛袁淤母比傳 | 末方すゑへは 妹を思ひ出で、 | 末の方では妻を思い出し |
伊良那祁久 曾許爾淤母比傳 | いらなけく そこに思ひ出で、 | いらだたしく其處で思い出し |
加那志祁久 許許爾淤母比傳 | 愛かなしけく ここに思ひ出で、 | かわいそうに其處で思い出し、 |
伊岐良受曾久流 | いきらずぞ來くる。 | 切らないで來た |
阿豆佐由美 麻由美 | 梓弓檀。 | 梓弓とマユミの木。 |
故其 大山守命之骨者。 |
かれその 大山守の命の骨は、 |
その オホヤマモリの命の屍體をば |
葬于那良山也。 | 那良なら山に葬をさめき。 | 奈良山に葬りました。 |
是大山守命者。 | この大山守の命は | このオホヤマモリの命は、 |
〈土形君。 弊岐君。 榛原君等之祖〉 |
土形ひぢかたの君、 幣岐へきの君、 榛原はりはらの君等が祖なり。 |
土形ひじかたの君・ 幣岐へきの君・ 榛原はりはらの君等の祖先です。 |
海人の貢物 |
||
於是大雀命。 與宇遲能和紀郎子 二柱。 |
ここに大雀の命と 宇遲の和紀郎子と 二柱、 |
かくてオホサザキの命と ウヂの若郎子と お二方、 |
各讓天下之間。 | おのもおのも天の下を讓りたまふほどに、 | おのおの天下をお讓りになる時に、 |
海人貢大贄。 | 海人あま大贄にへを貢りつ。 | 海人あまが貢物を獻りました。 |
爾兄辭 令貢於弟。 |
ここに 兄は辭いなびて、 弟に貢らしめたまひ、 |
依つて兄の王はこれを拒んで 弟の王に獻らしめ、 |
弟辭令貢於 兄相讓之間。 |
弟はまた 兄に貢らしめて、 相讓りたまふあひだに |
弟の王はまた 兄の王に獻らしめて、 互にお讓りになる間に |
既經多日。 | 既に許多あまたの日を經つ。 | あまたの日を經ました。 |
如此相讓 非一二時 |
かく相讓りたまふこと 一度二度にあらざりければ、 |
かようにお讓り遊ばされることは 一度二度でありませんでしたから、 |
故海人 既疲往還而泣也。 |
海人あまは 既に往還ゆききに疲れて泣けり。 |
海人は 往來に疲れて泣きました。 |
故諺曰。 | かれ諺に、 | それで諺に、 |
海人乎。 | 「海人あまなれや、 | 「海人だから |
因己物而泣也。 | おのが物から音ね泣く」といふ。 | 自分の物ゆえに泣くのだ」というのです。 |
然 宇遲能和紀郎子者 早崩。 |
然れども 宇遲の和紀郎子は 早く崩かむさりましき。 |
しかるに ウヂの若郎子は 早くお隱れになりましたから、 |
故大雀命 | かれ大雀の命、 | オホサザキの命が |
治天下也。 | 天の下治らしめしき。 | 天下をお治めなさいました。 |
天の日矛(あめのひほこ) |
||
又昔。 | また昔 | また |
有新羅國主之子。 | 新羅しらぎの國主こにきしの子、 | 新羅しらぎの國王の子の |
名謂天之日矛。 | 名は天あめの日矛ひぼこといふあり。 | 天あめの日矛ひほこという者がありました。 |
是人參渡來也。 | この人まゐ渡り來つ。 | この人が渡つて參りました。 |
所以參渡來者。 | まゐ渡り來つる故は、 | その渡つて來た故は、 |
新羅國有一沼。 | 新羅の國に一つの沼あり、 | 新羅の國に一つの沼がありまして、 |
名謂 阿具奴摩 〈自阿下四字以音〉 |
名を 阿具沼 あぐぬまといふ。 |
アグ沼といいます。 |
此沼之邊。 | この沼の邊に、 | この沼の邊で |
一賎女晝寢。 | ある賤の女晝寢したり。 | 或る賤の女が晝寢をしました。 |
於是日耀 如虹指 其陰上。 |
ここに日の耀ひかり 虹のじのごと、 その陰上ほとに指したるを、 |
其處に日の光が 虹のように その女にさしましたのを、 |
亦有一賤夫。 | またある賤の男、 | 或る賤の男が |
思異其状。 | その状を異あやしと思ひて、 | その有樣を怪しいと思つて、 |
恒伺其女人之行。 | 恆にその女人をみなの行を伺ひき。 | その女の状を伺いました。 |
故是女人。 | かれこの女人、 | しかるにその女は |
自其晝寢時妊身。 | その晝寢したりし時より、姙みて、 | その晝寢をした時から姙んで、 |
生赤玉。 | 赤玉を生みぬ。 | 赤い玉を生みました。 |
爾其所伺賤夫。 | ここにその伺へる賤の男、 | その伺つていた賤の男が |
乞取其玉。 | その玉を乞ひ取りて、 | その玉を乞い取つて、 |
恒裹着腰。 | 恆に裹つつみて腰に著けたり。 | 常に包つつんで腰につけておりました。 |
此人 營田於山谷之間故。 |
この人、 山谷たにの間に田を作りければ、 |
この人は 山谷の間で田を作つておりましたから、 |
耕人等之飮食。 | 耕人たひとどもの飮食をしものを | 耕作する人たちの飮食物を |
負一牛而。 | 牛に負せて、 | 牛に負わせて |
入山谷之中。 | 山谷たにの中に入るに、 | 山谷の中にはいりましたところ、 |
遇逢。 其國主之子 天之日矛。 |
その國主こにきしの子 天あめの日矛ひぼこに 遇ひき。 |
國王の子の 天の日矛が 遇いました。 |
爾問其人。 | ここにその人に問ひて曰はく、 | そこでその男に言うには、 |
曰何汝 飮食負牛。 |
「何なぞ汝いまし 飮食を牛に負せて |
「お前はなぜ 飮食物を牛に背負わせて |
入山谷。 | 山谷たにの中に入る。 | 山谷にはいるのか。 |
汝必殺 食是牛。 |
汝いましかならず この牛を殺して食ふならむ」といひて、 |
きつと この牛を殺して食うのだろう」と言つて、 |
即捕其人。 | すなはちその人を捕へて、 | その男を捕えて |
將入獄囚。 | 獄内ひとやに入れむとしければ、 | 牢に入れようとしましたから、 |
其人答。 | その人答へて曰はく、 | その男が答えて言うには、 |
曰吾非殺牛。 | 「吾、牛を殺さむとにはあらず、 | 「わたくしは牛を殺そうとは致しません。 |
唯送田人之食耳。 |
ただ田人の食を送りつらくのみ」 といふ。 |
ただ農夫の食物を送るのです」 と言いました。 |
然猶不赦。 |
然れどもなほ 赦さざりければ、 |
それでも 赦しませんでしたから、 |
爾解其腰之玉。 | ここにその腰なる玉を解きて、 | 腰につけていた玉を解いて |
幣其國主之子。 | その國主こにきしの子に幣まひしつ。 | その國王の子に贈りました。 |
故赦其賤夫。 | かれその賤の夫を赦して、 | 依つてその男を赦して、 |
將來其玉。 | その玉を持ち來て、 | 玉を持つて來て |
置於床邊。 | 床の邊べに置きしかば、 | 床の邊に置きましたら、 |
即化美麗孃子。 | すなはち顏美き孃子になりぬ。 | 美しい孃子になり、 |
仍婚 爲嫡妻。 |
仍よりて婚まぐはひして 嫡妻むかひめとす。 |
遂に婚姻して 本妻としました。 |
アカル姫 |
||
爾其孃子。 | ここにその孃子、 | その孃子は、 |
常設種種之 珍味。 |
常に種種の 珍ためつ味ものを設けて、 |
常に種々の 珍味を作つて、 |
恒食其夫。 | 恆にその夫ひこぢに食はしめき。 | いつもその夫に進めました。 |
故其國主之子。 | かれその國主こにきしの子心奢りて、 | しかるにその國王の子が心奢おごりして |
心奢詈妻。 | 妻めを詈のりしかば、 | 妻を詈ののしりましたから、 |
其女人言。 | その女人の言はく、 | その女が |
凡吾者。 | 「およそ吾は、 | 「大體わたくしは |
非應爲汝妻之女。 | 汝いましの妻めになるべき女にあらず。 | あなたの妻になるべき女ではございません。 |
將行吾祖之國。 | 吾が祖みおやの國に行かむ」といひて、 | 母上のいる國に行きましよう」と言つて、 |
即竊乘小船。 | すなはち竊しのびて小を船に乘りて、 | 竊に小船に乘つて |
逃遁渡來。 | 逃れ渡り來て、 | 逃げ渡つて來て |
留于難波。 | 難波に留まりぬ。 | 難波に留まりました。 |
〈此者坐 難波之 比賣碁曾社。 謂阿加流比賣神者也〉 |
(こは難波の 比賣碁曾の社にます 阿加流比賣といふ神なり) |
これは難波の ヒメゴソの社においでになる アカル姫という神です。 |
於是天之日矛。 | ここに天の日矛、 | そこで天の日矛が |
聞其妻遁。 | その妻めの遁れしことを聞きて、 | その妻の逃げたことを聞いて、 |
乃追渡來。 | すなはち追ひ渡り來て、 | 追い渡つて來て |
將到難波之間。 | 難波に到らむとする間ほどに、 | 難波にはいろうとする時に、 |
其渡之神。 | その渡の神 | その海上の神が、 |
塞以不入。 | 塞さへて入れざりき。 | 塞いで入れませんでした。 |
但馬 |
||
故更還泊 多遲摩國。 |
かれ更に還りて、 多遲摩たぢまの國に泊はてつ。 |
依つて更に還つて、 但馬たじまの國に船泊はてをし、 |
即留其國而。 | すなはちその國に留まりて、 | その國に留まつて、 |
娶 多遲摩之 俣尾之女。 名前津見。 |
多遲摩の 俣尾またをが女、 名は前津見まへつみに娶あひて |
但馬の マタヲの女の マヘツミと結婚して |
生子。多遲摩母呂須玖。 | 生める子、多遲摩母呂須玖もろすく。 | 生うんだ子はタヂマモロスクです。 |
此之子。多遲摩斐泥。 | これが子多遲摩斐泥ひね。 | その子がタヂマヒネ、 |
此之子。多遲摩比那良岐。 | これが子多遲摩比那良岐ひならき。 | その子がタヂマヒナラキ、 |
此之子。多遲麻毛理。 | これが子多遲摩毛理もり五、 | その子は、タヂマモリ・ |
次多遲摩比多訶。 | 次に多遲摩比多訶ひたか、 | タヂマヒタカ・ |
次清日子。 | 次に清日子きよひこ | キヨ彦の |
〈三柱〉 | 三柱。 | 三人です。 |
此清日子。 | この清日子、 | このキヨ彦が |
娶當摩之咩斐。 | 當摩たぎまの咩斐めひに娶ひて | タギマノメヒと結婚して |
生子。 | 生める子、 | 生うんだ子が |
酢鹿之諸男。 | 酢鹿すがの諸男もろを、 | スガノモロヲと |
次妹菅竈〈上〉 由良度美。 〈此四字以音〉 |
次に妹 菅竈由良度美 すがかまゆらどみ、 |
スガカマ ユラドミです。 |
故上云 多遲摩比多訶。 |
かれ上にいへる 多遲摩比多訶、 |
上に擧げたタヂマヒタカが |
娶其姪 由良度美。 |
その姪 由良度美に娶ひて |
その姪めいの ユラドミと結婚して |
生子。 | 生める子、 | 生んだ子が |
葛城之 高額比賣命。 |
葛城かづらきの 高額たかぬか比賣の命。 |
葛城の タカヌカ姫の命で、 |
〈此者 息長帶比賣命之 御祖〉 |
(こは 息長帶比賣の命の 御祖なり) |
これがオキナガタラシ姫の命 (神功皇后)の 母君です。 |
玉巾鏡 |
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故 其天之日矛 持渡來物者。 |
かれ その天の日矛の 持ち渡り來つる物は、 |
この 天の日矛の 持つて渡つて來た寶物は、 |
玉津寶云而。 | 玉たまつ寶たからといひて、 | 玉つ寶という |
珠二貫。 | 珠二貫つら、 | 玉の緒に貫いたもの二本、 |
又振浪比禮。 〈比禮二字以音。 下效此〉 |
また浪なみ振ふる 比禮ひれ、 |
また浪振る 領巾ひれ・ |
切浪比禮。 | 浪なみ切きる比禮、 | 浪切る領巾・ |
振風比禮。 | 風振る比禮、 | 風振る領巾・ |
切風比禮。 | 風切る比禮、 | 風切る領巾・ |
又奧津鏡。 | また奧おきつ鏡、 | 奧つ鏡・ |
邊津鏡。 | 邊へつ鏡、 | 邊つ鏡、 |
并八種也。 | 并はせて八種なり。 | 合わせて八種です。 |
〈此者 伊豆志之 八前大神也〉 |
(こは 伊豆志の 八前の大神なり) |
これらは イヅシの社 やしろに祭まつつてある八神です。 |
秋山と春山 |
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故茲 神之女。 |
かれここに 神の女、 |
ここに 神の女むすめ、 |
名 伊豆志 袁登賣神坐也。 |
名は 伊豆志袁登賣 いづしをとめの神います。 |
イヅシ 孃子という神がありました。 |
故八十神。 | かれ八十神、 | 多くの神が |
雖欲得是 伊豆志袁登賣。 |
この伊豆志袁登賣を 得むとすれども、 |
このイヅシ孃子を 得ようとしましたが |
皆不得婚。 | みなえ婚よばはず。 | 得られませんでした。 |
於是有二神。 | ここに二柱の神あり。 | ここに |
兄號 秋山之下氷壯夫。 |
兄の名を 秋山の下氷壯夫したびをとこ、 |
秋山の下氷壯夫したひおとこ・ |
弟名 春山之霞壯夫。 |
弟の名は 春山の霞壯夫かすみをとこなり。 |
春山の霞壯夫かすみおとこという 兄弟の神があります。 |
故其兄謂其弟。 | かれその兄、その弟に謂ひて、 | その兄が弟に言いますには、 |
吾雖乞伊豆志袁登賣。 | 「吾、伊豆志袁登賣を乞へども、 | 「わたしはイヅシ孃子を得ようと思いますけれども |
不得婚。 | え婚はず。 | 得られません。 |
汝得此孃子乎。 |
汝いましこの孃子を得むや」 といひしかば |
お前はこの孃子を得られるか」と言いましたから、 |
答曰易得也。 |
答へて曰はく、 「易く得む」といひき。 |
「たやすいことです」 と言いました。 |
爾其兄曰。 | ここにその兄の曰はく、 | そこでその兄の言いますには、 |
若汝有得此孃子者。 | 「もし汝、この孃子を得ることあらば、 | 「もしお前がこの孃子を得たなら、 |
避上下衣服。 | 上下の衣服きものを避さり、 | 上下の衣服をゆずり、 |
量身高而釀甕酒。 |
身の高たけを量りて 甕みかに酒を釀かみ、 |
身の丈たけほどに 甕かめに酒を造り、 |
亦山河之物。 | また山河の物を | また山河の産物を |
悉備設。 | 悉に備へ設けて、 | 悉く備えて |
爲宇禮豆玖云爾 〈自宇至玖以音。下效此〉 |
うれづくをせむ」 といふ。 |
御馳走をしよう」 と言いました。 |
爾其弟。 | ここにその弟、 | そこでその弟が |
如兄言 具白其母。 |
兄のいへる如、 つぶさにその母に白ししかば、 |
兄の言つた通りに 詳しく母親に申しましたから、 |
即其母。 | すなはちその母、 | その母親が |
取布遲葛而。 〈布遲二字以音〉 |
ふぢ葛かづらを取りて、 | 藤の蔓を取つて、 |
一宿之間。 | 一夜の間ほどに、 | 一夜のほどに |
織縫。 衣褌。 及襪沓。 |
衣きぬ、褌はかま、 また襪したぐつ、 沓くつを織り縫ひ、 |
衣ころも・褌はかま・ 襪くつした・ 沓くつまで織り縫い、 |
亦作弓矢。 | また弓矢を作りて、 | また弓矢を作つて、 |
令服其衣褌等。 | その衣褌等を服しめ、 | 衣裝を著せ |
令取其弓矢。 | その弓矢を取らしめて、 | その弓矢を持たせて、 |
遣其孃子之家者。 | その孃子の家に遣りしかば、 | その孃子の家に遣りましたら、 |
其衣服及弓矢。 | その衣服も弓矢も | その衣裝も弓矢も |
悉成藤花。 | 悉に藤の花になりき。 | 悉く藤の花になりました。 |
於是其春山之霞壯夫。 | ここにその春山の霞壯夫、 | そこでその春山の霞壯夫が |
以其弓矢。 | その弓矢を | 弓矢ゆみやを |
繋孃子之厠。 | 孃子の厠に繋けたるを、 | 孃子の厠に懸けましたのを、 |
爾伊豆志袁登賣。 | ここに伊豆志袁登賣、 | イヅシ孃子が |
思異其花。 | その花を異あやしと思ひて、 | その花を不思議に思つて、 |
將來之時。 | 持ち來る時に、 | 持つて來る時に、 |
立其孃子之後。 | その孃子の後に立ちて、 | その孃子のうしろに立つて、 |
入其屋 即婚。 |
その屋に入りて、 すなはち婚まぐはひしつ九。 |
その部屋にはいつて 結婚をして、 |
故生一子也。 | かれ一人の子を生みき。 | 一人の子を生みました。 |
爾白其兄曰。 | ここにその兄に白して曰はく、 | そこでその兄に |
吾者。 得伊豆志袁登賣。 |
「吾あは 伊豆志袁登賣を得つ」といふ。 |
「わたしは イヅシ孃子を得ました」と言う。 |
於是其兄。 | ここにその兄、 | しかるに兄は |
慷愾弟之婚以。 | 弟の婚ひつることを慨うれたみて、 | 弟の結婚したことを憤つて、 |
不償其宇禮豆玖之物。 | そのうれづくの物を償はざりき。 | その賭けた物を償いませんでした。 |
爾愁白其母之時。 | ここにその母に愁へ白す時に、 | 依つてその母に訴えました。 |
御祖答曰。 | 御祖の答へて曰はく、 | 母親が言うには、 |
我御世之事。 | 「我が御世の事、 | 「わたしたちの世の事は、 |
能許曾 〈此二字以音〉 神習。 |
能くこそ 神習はめ。 |
すべて 神の仕業に習うものです。 |
又宇都志岐青人草習乎。 | またうつしき青人草習へや、 | それだのにこの世の人の仕業に習つてか、 |
不償其物。 | その物償はぬ」といひて、 | その物を償わない」と言つて、 |
恨其兄子。 | その兄なる子を恨みて、 | その兄の子を恨んで、 |
乃取其 伊豆志河之 河嶋節竹而。 |
すなはちその 伊豆志河いづしかはの 河島の一節竹よだけを取りて、 |
イヅシ河の 河島の節のある竹を取つて、 |
作八目之荒籠。 |
八やつ目めの 荒籠あらこを作り、 |
大きな目の 荒い籠を作り、 |
取其河石。 | その河の石を取り、 | その河の石を取つて、 |
合鹽而。 | 鹽に合へて、 | 鹽にまぜて |
裹其竹葉。 | その竹の葉に裹み、 | 竹の葉に包んで、 |
令詛言。 | 詛言とこひいはしめしく、 | 詛言のろいごとを言つて、 |
如此竹葉青。 | 「この竹葉たかばの青むがごと、 | 「この竹の葉の青いように、 |
如此竹葉萎而。 | この竹葉の萎しなゆるがごと、 | この竹の葉の萎しおれるように、 |
青萎。 | 青み萎えよ。 | 青くなつて萎れよ。 |
又如此 鹽之盈乾而。 |
またこの 鹽の盈みち乾ふるがごと、 |
またこの 鹽の盈みちたり乾ひたりするように |
盈乾。 | 盈ち乾ひよ。 | 盈ち乾よ。 |
又如此 石之沈而。沈臥。 |
またこの 石の沈むがごと、沈み臥せ」と |
またこの 石の沈むように沈み伏せ」と、 |
如此令詛 置於烟上。 |
かく詛とこひて、 竈へつひの上に置かしめき。 |
このように詛のろつて、 竈かまどの上に置かしめました。 |
是以其兄。 | ここを以ちてその兄 | それでその兄が |
八年之間。 | 八年の間に | 八年もの間、 |
于萎病枯。 | 干かわき萎え病み枯れき。 | 乾かわき萎しおれ病やみ伏ふしました。 |
故其兄患泣。 | かれその兄患へ泣きて、 | そこでその兄が、 |
請其御祖者。 | その御祖に請ひしかば、 | 泣なき悲しんで願いましたから、 |
即令返其詛戸。 | すなはちその詛戸とこひどを返さしめき。 | その詛のろいの物をもとに返しました。 |
於是其身 如本以安平也。 |
ここにその身 本の如くに安平やすらぎき。 |
そこでその身が もとの通りに安らかになりました。 |
〈此者 神宇禮豆玖 之言本者也〉 |
(こは 神うれづく といふ言の本なり) |
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系譜(應神天皇) |
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又。 此品陀天皇之御子。 |
また この品陀ほむだの天皇の御子、 |
このホムダの天皇の御子の |
若野毛二俣王。 |
若野毛二俣 わかのけふたまたの王、 |
ワカノケフタマタの王が、 |
娶其母弟。 百師木伊呂辨。 亦名 弟日賣眞若比賣命。 |
その母の弟、 百師木伊呂辨ももしきいろべ、 またの名は 弟日賣眞若 おとひめまわか比賣の命に娶ひて |
その母の妹の モモシキイロベ、 またの名は オトヒメマワカ姫の命と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
大郎子。 亦名 意富富杼王。 |
大郎子おほいらつこ、 またの名は 意富富杼おほほどの王、 |
大郎子、 またの名は オホホドの王・ |
次忍坂之大中津比賣命。 | 次に忍坂おさかの大中津おほなかつ比賣の命、 | オサカノオホナカツ姫の命・ |
次田井之中比賣。 | 次に田井たゐの中比賣、 | タヰノナカツ姫・ |
次田宮之中比賣。 | 次に田宮たみやの中比賣、 | タミヤノナカツ姫・ |
次藤原之琴節郎女。 | 次に藤原の琴節ことふしの郎女いらつめ、 | フヂハラノコトフシの郎女・ |
次取〈上〉賣王。 | 次に取賣とりめの王、 | トリメの王・ |
次沙禰王〈七王〉。 | 次に沙禰さねの王七柱。 | サネの王の七人です。 |
故意富富杼王者。 | かれ意富富杼の王は | そこでオホホドの王は、 |
〈三國君。 | 三國の君、 | 三國の君・ |
波多君。 | 波多の君、 | 波多の君・ |
息長君。 | 息長の君、 | 息長おきながの君・ |
酒田酒人君。 | 酒人の君、 | 酒人の君・ |
山道君。 | 山道の君、 | 山道の君・ |
筑紫之末多君。 | 筑紫の米多の君、 | 筑紫の米多の君・ |
長坂の君、 | 長坂の君・ | |
布勢君等之祖也〉 | 布勢の君等が祖なり。 | 布勢の君の祖先です。 |
又根鳥王。 | また根鳥の王、 | またネトリの王が |
娶 庶妹 三腹郎女。 |
庶妹ままいも 三腹みはらの郎女に 娶ひて |
庶妹 ミハラの郎女と 結婚して |
生子。 | 生みませる子、 | 生んだ子は、 |
中日子王。 | 中日子なかひこの王、 | ナカツ彦の王、 |
次伊和嶋王。 | 次に伊和島いわじまの王 | イワシマの王の |
〈二柱〉 | 二柱。 | お二方です。 |
又堅石王之子者。 | また堅石かたしはの王の子は、 | またカタシハの王の子は |
久奴王也。 | 久奴くぬの王なり。 | クヌの王です。 |
最期(應神天皇) |
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凡此品陀天皇。 | およそこの品陀の天皇。 | すべてこのホムダの天皇は |
御年壹佰參拾歳。 | 御年一百三十歳ももぢまりみそぢ。 | 御年百三十歳、 |
甲午の年九月九日に崩りたまひき。 | 甲午の九月九日にお隱れになりました。 | |
御陵 在川内 惠賀之 裳伏岡也。 |
御陵は、 川内かふちの 惠賀ゑがの 裳伏もふしの岡にあり。 |
御陵は 河内の 惠賀えがの 裳伏もふしの岡にあります。 |