原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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倭建の東征の理由:最凶 |
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爾天皇。 | ここに天皇、 | ここに天皇は、 |
亦頻詔 倭建命。 |
また頻しきて 倭建やまとたけるの命に、 |
また續いて ヤマトタケルの命に、 |
言向和平。 東方十二道之 荒夫琉神。 及摩都樓波奴 人等而。 |
「東の方十二道 とをまりふたみちの荒ぶる神、 また伏まつろはぬ人どもを、 言向け和やはせ」と詔りたまひて、 |
「東の方の諸國の 惡い神や 從わない人たちを 平定せよ」と仰せになつて、 |
副吉備臣等之祖。 名御鉏友 耳建日子而。 遣之時。 |
吉備きびの臣おみ等が祖、 名は御鉏友耳建日子 みすきともみみたけひこを 副へて遣す時に、 |
吉備きびの臣等の祖先の ミスキトモ ミミタケ彦という人を副えて お遣わしになつた時に、 |
給 比比羅木之 八尋矛。 |
比比羅木ひひらぎの 八尋矛やひろぼこを 給ひき。 |
柊ひいらぎの 長い矛ほこを 賜わりました。 |
〈比比羅 三字以音〉 |