原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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天皇。 | 天皇、 | 天皇、 |
深怨 殺其父王之 大長谷天皇。 |
その父王を殺したまひし 大長谷おほはつせの天皇を 深く怨みまつりて、 |
その父君をお殺しになつた オホハツセの天皇を 深くお怨み申し上げて、 |
欲報 其靈。 |
その御靈に 報いむと 思ほしき。 |
天皇の御靈に 仇を報いようと お思いになりました。 |
故欲毀 其大長谷天皇之 御陵而。 |
かれ その大長谷の天皇の 御陵を毀やぶらむと 思ほして、 |
依つて そのオホハツセの天皇の 御陵を毀やぶろうと お思いになつて |
遣人之時。 | 人を遣す時に、 | 人を遣わしました時に、 |
其伊呂兄。 意意祁命 奏言。 |
その同母兄いろせ 意祁おけの命 奏して言まをさく、 |
兄君の オケの命の 申されますには、 |
破壞是御陵。 | 「この御陵を壞らむには、 | 「この御陵を破壞するには |
不可遣他人。 | 他あだし人を遣すべからず。 | 他の人を遣つてはいけません。 |
專僕自行。 | もはら僕みづから行きて、 | わたくしが自分で行つて |
如天皇之御心。 | 大君の御心のごと | 陛下の御心の通りに |
破壞以參出。 |
壞やぶりてまゐ出む」 とまをしたまひき。 |
毀して參りましよう」 と申し上げました。 |
爾天皇詔。 | ここに天皇、 | そこで天皇は、 |
然隨命 宜幸行。 |
「然らば 命のまにまにいでませ」 と詔りたまひき。 |
「それならば、 お言葉通りに行つていらつしやい」 と仰せられました。 |
是以意祁命。 | ここを以ちて意祁おけの命、 | そこでオケの命が |
自下幸而。 | みづから下りいでまして、 | 御自身で下つておいでになつて、 |
少掘 其御陵之傍。 |
その御陵の傍かたへを 少し掘りて |
御陵の傍を 少し掘つて |
還上。 | 還り上らして、 | 還つてお上りになつて、 |
復奏言。 | 復奏かへりごとして言まをさく、 | |
既掘壞也。 |
「既に掘り壞りぬ」 とまをしたまひき。 |
「すつかり掘り壞やぶりました」 と申されました。 |
爾天皇。 | ここに天皇、 | そこで天皇が |
異 其早 還上而。 |
その早く 還り上りませることを 怪みまして、 |
その早く 還つてお上りになつたことを 怪しんで、 |
詔。 如何破壞。 |
「如何いかさまに壞りたまひつる」 と詔りたまへば、 |
「どのようにお壞りなさいましたか」 と仰せられましたから、 |
答白。 | 答へて白さく、 | |
少掘其陵之傍土。 |
「その御陵の傍の土を少し掘りつ」 とまをしたまひき。 |
「御陵の傍の土を少し掘りました」 と申しました。 |
オケの戒め |
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天皇詔之。 | 天皇詔りたまはく、 | 天皇の仰せられますには、 |
欲報 父王之仇。 |
「父王ちちみこの仇を 報いまつらむと思へば、 |
「父上の仇を 報ずるようにと思いますので、 |
必悉破壞 其陵。 |
かならずその御陵を 悉ことごとに壞りなむを。 |
かならずあの御陵を 悉くこわすべきであるのを、 |
何 少掘乎。 |
何とかも 少しく掘りたまひつる」 と詔りたまひしかば、 |
どうして 少しお掘りになつたのですか」 と仰せられましたから、 |
答曰。 | 答へて曰さく、 | 申されますには |
所以爲然者。 | 「然しつる故は、 | 「かようにしましたわけは、 |
父王之怨。 | 父王の仇を、 | 父上の仇を |
欲報 其靈。 |
その御靈に 報いむと思ほすは、 |
その御靈に 報いようとお思いになるのは |
是誠理也。 | 誠に理ことわりなり。 | 誠に道理であります。 |
然其 大長谷天皇者。 |
然れどもその 大長谷の天皇は、 |
しかし オホハツセの天皇は、 |
雖爲父之怨。 | 父の仇にはあれども、 | 父上の仇ではありますけれども、 |
還爲 我之從父。 |
還りては 我が從父をぢにまし、 |
一面は 叔父でもあり、 |
亦治天下之 天皇。 |
また天の下治らしめしし 天皇にますを、 |
また天下をお治めなさつた 天皇でありますのを、 |
是今單取 父仇之志。 |
今單ひとへに 父の仇といふ志を取りて、 |
今もつぱら 父の仇という事ばかりを取つて、 |
悉破治 天下之 天皇陵者。 |
天の下治らしめしし 天皇の御陵を 悉に壞りなば、 |
天下をお治めなさいました 天皇の御陵を 悉く壞しましたなら、 |
後人 必誹謗。 |
後の人 かならず誹そしりまつらむ。 |
後の世の人が きつとお誹り申し上げるでしよう。 |
唯父王之仇。 | ただ、父王の仇は、 | しかし父上の仇は |
不可非報。 | 報いずはあるべからず。 | 報いないではいられません。 |
故少掘 其陵邊。 |
かれその御陵の邊を 少しく掘りつ。 |
それであの御陵の邊を 少し掘りましたから、 |
既以是恥。 | 既にかく恥かしめまつれば、 | |
足 示後世。 |
後の世に示すにも 足りなむ」と、 |
これで後の世に示すにも 足りましよう」 |
如此奏者。 | かくまをしたまひしかば、 | とかように申しましたから、 |
天皇答詔之。 | 天皇、答へ詔りたまはく、 | 天皇は |
是亦大理。 | 「こもいと理なり。 | 「それも道理です。 |
如命可也。 |
命みことの如くて可よし」 と詔りたまひき。 |
お言葉の通りでよろしい」 と仰せられました。 |
故天皇 崩。 |
かれ天皇 崩りまして、 |
かくて天皇が お隱かくれになつてから、 |
即意祁命。 | すなはち意富祁おほけの命、 | オケの命が、 |
知天津日繼。 | 天つ日繼知らしめき。 | 帝位にお即つきになりました。 |