原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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赤猪子(あかいこ)=赤子=ベイビー(可愛い子) |
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亦一時。 | またある時 | また或る時、 |
天皇遊行。 | 天皇いでまして、 | |
到於 美和河之時。 |
美和河みわがはに 到ります時に、 |
三輪河に お遊びにおいでになりました時に、 |
河邊。 | 河の邊に | 河のほとりに |
有洗衣童女。 | 衣きぬ洗ふ童女をとめあり。 | 衣を洗う孃子がおりました。 |
其容姿甚麗。 | それ顏いと好かりき。 | 美しい人でしたので、 |
天皇。 問其童女。 汝者誰子。 |
天皇その童女に、 「汝いましは誰が子ぞ」 と問はしければ、 |
天皇がその孃子に 「あなたは誰ですか」と お尋ねになりましたから、 |
答白。 | 答へて白さく | 「わたくしは |
己名。 謂 引田部 赤猪子。 |
「おのが名は 引田部ひけたべの 赤猪子あかゐことまをす」 と白しき。 |
引田部ひけたべの 赤猪子あかいこと申します」 と申しました。 |
爾令詔者。 | ここに詔らしめたまひしくは | そこで仰せられますには、 |
汝不嫁夫。 | 「汝いまし、嫁とつがずてあれ。 | 「あなたは嫁に行かないでおれ。 |
今將喚而。 | 今召さむぞ」とのりたまひて、 | お召しになるぞ」と仰せられて、 |
還坐於宮。 | 宮に還りましつ。 | 宮にお還りになりました。 |
八十年経過=老女 |
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故其赤猪子。 | かれその赤猪子、 | そこでその赤猪子が |
仰待天皇之命。 | 天皇の命を仰ぎ待ちて、 | 天皇の仰せをお待ちして |
既經八十歲。 | 既に八十歳やそとせを經たり。 | 八十年經ました。 |
於是赤猪子以爲。 | ここに赤猪子 | ここに赤猪子が思いますには、 |
望命之間。 | 「命みことを仰ぎ待ちつる間に、 | 「仰せ言を仰ぎ待つていた間に |
已經多年。 | 已に多あまたの年を經て、 | 多くの年月を經て |
姿體痩萎。 |
姿體かほかたち痩やさかみ 萎かじけてあれば、 |
容貌もやせ衰えたから、 |
更無所恃。 | 更に恃むところなし。 | もはや恃むところがありません。 |
然非顯 待情。 |
然れども待ちつる心を 顯はしまをさずては、 |
しかし待つておりました心を 顯しませんでは |
不忍於悒而。 | 悒いぶせきに忍あへじ」と思ひて、 | 心憂くていられない」と思つて、 |
令持 百取之 机代物。 |
百取ももとりの 机代つくゑしろの物を 持たしめて、 |
澤山の 獻上物を 持たせて |
參出貢獻。 | まゐ出で獻りき。 | 參り出て獻りました。 |
然天皇。 | 然れども天皇、 | しかるに天皇は |
既忘。 先所命之事。 |
先に詔りたまひし事をば、 既に忘らして、 |
先に仰せになつたことを とくにお忘れになつて、 |
問其赤猪子曰。 | その赤猪子に問ひてのりたまはく、 | その赤猪子に仰せられますには、 |
汝者誰老女。 | 「汝いましは誰しの老女おみなぞ。 | 「お前は何處のお婆さんか。 |
何由以參來。 |
何とかもまゐ來つる」 と問はしければ、 |
どういうわけで出て參つたか」 とお尋ねになりましたから、 |
爾赤猪子答白。 | ここに赤猪子答へて白さく、 | 赤猪子が申しますには |
其年其月。 | 「それの年のそれの月に、 | 「昔、何年何月に |
被天皇之命。 | 天皇が命を被かがふりて、 | 天皇の仰せを被つて、 |
仰待大命。 | 大命を仰ぎ待ちて、 | 今日まで御命令をお待ちして、 |
至于今日。 | 今日に至るまで | |
經八十歲。 | 八十歳やそとせを經たり。 | 八十年を經ました。 |
今容姿既耆。 | 今は容姿既に老いて、 | 今、もう衰えて |
更無所恃。 | 更に恃むところなし。 | 更に恃むところがございません。 |
然 顯白 己志以。 |
然れども、 おのが志を 顯はし白さむとして、 |
しかし わたくしの志を 顯し申し上げようとして |
參出耳。 |
まゐ出でつらくのみ」 とまをしき。 |
參り出たのでございます」 と申しました。 |