原文 |
書き下し (武田祐吉) |
現代語訳 (武田祐吉) |
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是以 八百萬神。 |
ここを以ちて 八百萬の神、 |
こういう次第で 多くの神樣たちが |
於天安之河原。 | 天の安の河原に |
天の世界の 天あめのヤスの河の河原に |
神集集而。 〈訓集云都度比〉 |
神集かむつどひ 集つどひて、 |
お集まりになつて |
高御產巢日神之子 思金神。 |
高御産巣日たかみむすびの神の子 思金おもひがねの神に |
タカミムスビの神の子の オモヒガネの神という神に |
令思〈訓金云加尼〉而。 | 思はしめて、 | 考えさせて |
集常世 長鳴鳥。 |
常世とこよの 長鳴ながなき鳥を集つどへて |
まず海外の國から渡つて來た 長鳴鳥ながなきどりを集めて |
令鳴而。 | 鳴かしめて、 | 鳴かせました。 |
取 天安河之河上之 天堅石。 |
天の安の河の河上の 天の堅石かたしはを取り、 |
次に 天のヤスの河の河上にある 堅い巖いわおを取つて來、 |
取天金山之鐵而。 |
天の金山かなやまの 鐵まがねを取りて、 |
また天の金山かなやまの 鐵を取つて |
求鍛人 天津麻羅而 〈麻羅二字以音〉 |
鍛人かぬち 天津麻羅あまつまらを求まぎて、 |
鍛冶屋かじやの アマツマラという人を尋ね求め、 |
科伊斯許理度賣命。 〈自伊下六字以音〉 |
伊斯許理度賣 いしこりどめの命に科おほせて、 |
イシコリドメの命に命じて |
令作鏡。 | 鏡を作らしめ、 | 鏡を作らしめ、 |
科玉祖命。 | 玉の祖おやの命に科せて | タマノオヤの命に命じて |
令作 八尺勾之 五百津之御須麻流之珠而。 |
八尺の勾まが璁の 五百津いほつの御統みすまるの 珠を作らしめて |
大きな勾玉まがたまが 澤山ついている玉の緒の 珠を作らしめ、 |
召天兒屋命 布刀玉命 〈布刀二字以音下效此〉 而。 |
天の兒屋こやねの 命布刀玉ふとだまの命を 召よびて、 |
アメノコヤネの命と フトダマの命とを 呼んで |
内拔天香山之 眞男鹿之肩拔而。 |
天の香山かぐやまの 眞男鹿さをしかの肩を 内拔うつぬきに拔きて、 |
天のカグ山の 男鹿おじかの肩骨を そつくり拔いて來て、 |
取天香山之 天之波波迦 〈此三字以音木名〉 而。 |
天の香山の 天の波波迦ははかを 取りて、 |
天のカグ山の ハハカの木を 取つて |
令占合麻迦那波而。 〈自麻下四字以音〉 |
占合うらへまかなはしめて、 |
その鹿しかの肩骨を燒やいて 占うらなわしめました。 |
天香山之 五百津眞賢木矣。 |
天の香山の 五百津の眞賢木まさかきを |
次に天のカグ山の 茂しげつた賢木さかきを |
根許士爾許士而。 〈自許下五字以音〉 |
根掘ねこじにこじて、 | 根掘ねこぎにこいで、 |
於上枝。 | 上枝ほつえに | 上うえの枝に |
取著八尺勾璁之 五百津之 御須麻流之玉。 |
八尺の勾璁の 五百津の 御統の玉を取り著つけ、 |
大きな勾玉まがたまの 澤山の 玉の緒を懸け、 |
於中枝 取繋八尺鏡。 〈訓八尺云八阿多〉 |
中つ枝に 八尺やたの鏡を取り繋かけ、 |
中の枝には 大きな鏡を懸け、 |
於下枝。 | 下枝しづえに | 下の枝には |
取垂白丹寸手 青丹寸手而。 〈訓垂云志殿〉 |
白和幣しろにぎて 青和幣あをにぎてを 取り垂しでて、 |
麻だの 楮こうぞの皮の晒さらしたの などをさげて、 |
此種種物者。 | この種種くさぐさの物は、 | |
布刀玉命。 | 布刀玉の命 | フトダマの命が |
布刀御幣登取持而。 | 太御幣ふとみてぐらと取り持ちて、 | これをささげ持ち、 |
天兒屋命。 | 天の兒屋の命 | アメノコヤネの命が |
布刀詔戶 言祷白而。 |
太祝詞ふとのりと 言祷ことほぎ白して、 |
莊重そうちような 祝詞のりとを唱となえ、 |
天手力男神。 | 天の手力男たぢからをの神、 | アメノタヂカラヲの神が |
隱立戶掖而。 |
戸の掖わきに 隱り立ちて、 |
岩戸いわとの陰かげに 隱れて立つており、 |
天宇受賣命。 | 天の宇受賣うずめの命、 | アメノウズメの命が |
手次繋 天香山之 天之日影而。 |
天の香山の 天の日影ひかげを 手次たすきに繋かけて、 |
天のカグ山の 日影蔓ひかげかずらを 手襁たすきに懸かけ、 |
爲鬘 天之眞拆而。 |
天の眞拆まさきを 鬘かづらとして、 |
眞拆まさきの蔓かずらを 鬘かずらとして、 |
手草結 天香山之 小竹葉而。 〈訓小竹云佐佐〉 |
天の香山の 小竹葉ささばを 手草たぐさに結ひて、 |
天のカグ山の 小竹ささの葉を 束たばねて 手に持ち、 |
於天之石屋戶 伏汙氣〈此二字以音〉而。 |
天の石屋戸いはやどに 覆槽うけ伏せて |
天照らす大神のお隱れになつた 岩戸の前に 桶おけを覆ふせて |
蹈登杼呂許志。 〈此五字以音〉 |
蹈みとどろこし、 | 踏み鳴らし |
爲神懸而。 | 神懸かむがかりして、 | 神懸かみがかりして |
掛出胸乳。 | 胸乳むなちを掛き出で、 | |
裳緒忍 垂於番登也。 |
裳もの緒ひもを 陰ほとに押し垂りき。 |
裳の紐を 陰ほとに垂らしましたので、 |
爾高天原動而。 | ここに高天の原動とよみて | 天の世界が鳴りひびいて、 |
八百萬神 共咲。 |
八百萬の神 共に咲わらひき。 |
たくさんの神が、 いつしよに笑いました。 |
於是 天照大御神 以爲怪。 |
ここに 天照らす大御神 怪あやしとおもほして、 |
そこで 天照らす大神は 怪しいとお思いになつて、 |
細開天石屋戶而。 | 天の石屋戸を細ほそめに開きて | 天の岩戸を細目にあけて |
内告者。 | 内より告のりたまはく、 | 内から仰せになるには、 |
因吾隱坐而。 | 「吾あが隱こもりますに因りて、 | 「わたしが隱れているので |
以爲天原自闇。 | 天の原おのづから闇くらく、 | 天の世界は自然に闇く、 |
亦葦原中國 皆闇矣。 |
葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、 |
下の世界も 皆みな闇くらいでしようと思うのに、 |
何由以 天宇受賣者。 爲樂。 |
何なにとかも 天の宇受賣うずめは 樂あそびし、 |
どうして アメノウズメは 舞い遊び、 |
亦八百萬神諸咲。 |
また八百萬の神諸もろもろ咲わらふ」 とのりたまひき。 |
また多くの神は笑つているのですか」 と仰せられました。 |
爾天宇受賣。 | ここに天の宇受賣白さく、 | そこでアメノウズメの命が、 |
白言 益汝命而 貴神坐故 歡喜咲樂。 |
「汝命いましみことに勝まさりて 貴たふとき神いますが故に、 歡喜よろこび咲わらひ樂あそぶ」 と白しき。 |
「あなた樣に勝まさつて 尊い神樣がおいでになりますので 樂しく遊んでおります」 と申しました。 |
如此言之間。 | かく言ふ間に、 | かように申す間に |
天兒屋命 布刀玉命。 |
天の兒屋の命、 布刀玉の命、 |
アメノコヤネの命と フトダマの命とが、 |
指出其鏡。 | その鏡をさし出でて、 | かの鏡をさし出して |
示奉天照大御神之時。 | 天照らす大御神に見せまつる時に、 | 天照らす大神にお見せ申し上げる時に |
天照大御神 逾思奇而。 |
天照らす大御神 いよよ奇あやしと思ほして、 |
天照らす大神は いよいよ不思議にお思いになつて、 |
稍自戶出而。臨坐之時。 | やや戸より出でて臨みます時に、 | 少し戸からお出かけになる所を、 |
其所隱立之 天手力男神。 |
その隱かくり立てる 手力男の神、 |
隱れて立つておられた タヂカラヲの神が |
取其御手 引出。 |
その御手を取りて 引き出だしまつりき。 |
その御手を取つて 引き出し申し上げました。 |
即布刀玉命。 | すなはち布刀玉の命、 | そこでフトダマの命が |
以尻久米 〈此二字以音〉繩。 |
尻久米しりくめ 繩を |
そのうしろに 標繩しめなわを |
控度其御後方。 | その御後方みしりへに控ひき度して | 引き渡して、 |
白言。 | 白さく、 | |
從此以内 不得還入。 |
「ここより内にな 還り入りたまひそ」 とまをしき。 |
「これから内には お還り入り遊ばしますな」 と申しました。 |
故天照大御神 出坐之時。 |
かれ天照らす大御神の 出でます時に、 |
かくて天照らす大神が お出ましになつた時に、 |
高天原及葦原中國。 | 高天の原と葦原の中つ國と | 天も下の世界も |
自得照明。 | おのづから照り明りき。 | 自然と照り明るくなりました。 |