むかし、男が「色好みと知る知る女」と近しくしていたが、ある理由で離れた。たまに会っても、なお後ろめたかった。
そうして二日三日ほど会えない折、自分の通った道を、今は誰かが通るかと思う、と疑わしさで思った。そういう内容。
なお「知る知る」とは、知りながらという意味ではない。知っていたけど我慢できなくなった? アホ?
色好みと知られている、男が(近くでよく)知っている女という意味。明らかに多義性を意図した言葉。
そしてこの段だけ見れば何のことか分からない。
このような描写それ自体に文学的意味がある、というのならともかく。
「色好み」とは、この物語で女にかけて言う時、小町(25段・逢はで寝る、37段・下紐等)。
しかし男の「色好み」は、基本軽薄な色情として描かれる(39段・源の至)。
小町は、そういう男達にたかられた話が伝わっている(小町針)。その時の情況のみ残した記録(事実の記載が全くない)。
これを物語の形で残したのが竹取。25段の歌を小町の名で残しているのはその仕込み。証拠づくりの一環。
同様の存在が紀有常。「あてなる男」があてられ(16・38・107段)、セットで色好み女が、37段に配置され、44段で送別会をする。
有常は貴族だが、小町は簡単に名は出せない(累が及ぶ)。これ以上を虫をつけるわけにはいかない。
男女 及び 和歌 |
定家本 |
武田本 (定家系) |
朱雀院塗籠本 (群書類従本) |
---|---|---|---|
第42段 誰が通ひ路 | |||
♂ | むかし、男 | 昔、おとこ、 | 昔男。 |
色好みと知る知る女を | いろごのみとしるしる、女を | 色ごのみとしる〳〵。 | |
あひ言へりけり。 | あひいへりけり。 | 女をあひしけり。 | |
されど憎くはたあらざりけり。 | されどにくゝはたあらざりけり。 | にくゝもあらざり | |
しばしばいきけれど | しばしばいきけれど、 | けれど。 | |
なほいと | 猶いと | なをいとうたがひ | |
後めたく、 | うしろめたく、 | うしろめたなし[き歟]うへに。 | |
さりとて、いかではた得あるまじかりけり。 | さりとて、いかではたえあるまじかりけり。 | いとたゞには。 | |
なほはた得あらざりけるなかなりければ、 | なをはたえあらざりけるなかなりければ | あらざりけり。 | |
二日三日ばかりさはることありて、 | ふつかみか許、さはることありて、 | ふつかばかりいかで。 | |
えいかでかくなむ。 | えいかでかくなむ。 | かくなん。 | |
♪ 79 |
出でて来し あとだに未だ かはらじを |
いでゝこし あとだにいまだ かはらじを |
出て行 あと(みち一本)たにいまた かはかぬに |
誰が通ひ路と 今はなるらむ |
たがゝよひぢと いまはなるらむ |
たか通路と 今はなるらん |
|
もの疑はしさに詠めるなり。 | ものうたがはしさによめるなりけり。 | ものうたがはしさに。よめるなり。 | |
むかし、男
色好みと知る知る女をあひ言へりけり。
されど憎くはたあらざりけり。
しばしばいきけれどなほいと後めたく、さりとて、いかではた得あるまじかりけり。
むかし男
むかし、男が
色好みと知る知る女を
色好みと知られている、(男がよく)知っている女を
色好み:
色恋ごとを好む。
この物語においてこの言葉が女につく場合、小町として用いられる(25段・28段・37段等)。
したがって、ここでは多情という意味はない。言い寄る(きも)男達を断固拒否した小町針のエピソード参照。
ただし、男につけば色情過多の意味をもつ(39段・源の至)。つまり女は恋に生きて、男は硬派たるべきという著者の思想。これがこの段一番の趣旨。
よって、著者は、人目もはばからず女につきまとう業平とは相容れない(65段)。
あひ言へりけり
互いに呼び合い会っていた。
あひ【相】
:ともに。いっしょに。互いに。
あひ言ふ:呼び合う
あひいへりけり:「よばひてあひにけり」(20段)を言い換えた言葉。著者特有の言葉だろう。このような概念の区別は学者でもまずしない。
一方的な夜這いではなく、意思疎通のある呼ばひに純粋化させた意味。
そうするほど色々近い関係。麗しき友(46段)。友達=男!ではない。アホですか。
されど憎く
しかし(さすがの彼女なので)心憎く
憎し:
現代と同じ。ここではさすが(なれている間柄で、若干からかって、すごいね)という意味。いよっ憎いね。
なぜなら色好みで知られているから。モテているから。ただし変なのばかりに(小町針→竹取)。
「あはじともいはざりける女の、 さすがなりける」(25段。これを「色好みなる女(=小町)」のこととしている)
つまり、「むかし男」は、拒絶されている他の男達とは違う立場にいた。言い寄る文脈ではなく近くにいた。
加えて、そのように彼女が面倒ごとに巻き込まれることで、
38段にあるように、思うにまかせない≒恋というのか(あ、好きかも)という意味。憎からず。)
はたあらざりけり
(そんなこんなで)近くにはいないようになったので、
はた:【端・機・服】
①近く
②機織仕事
これをまとめて、男女が一緒に縫殿で働くこと(だから、二人で六歌仙)。
小町が「そとおりひめ」の流れで機織と結びつくことは、37段・下紐を参照。そして紐は結ぶもの。
この「はた」を塗籠本は省略するが、このような難儀な意味をとれなかったからだろう。
しばしばいきけれど
しばしばこちらから会いには行ったが、
なほいと
なおまだ(とても)
なおだけで強調の意味があるので、非常に。
後めたく
後ろめたく
これはつまり、37段の下紐にある「色好みなりける女に逢へりけり。 うしろめたくや思ひけむ」の内容。
後ろめたいから、「下紐解くな」(おおっぴらにしないで)といっている。そこで小町は、二人で結んだ紐だもの、と言っている。
何が後ろめたいかといえば、
二人でわんさか恋歌をつくって、名出しの小町が色好み(多情)とされ、変なのがわんさか沸いてきたこと(昔のスーパーアイドル&オタク。竹取)。
二つ目には、小町の近くにはいるが、男には24段・梓弓の妻がいたこと。その子は既に果てたが、どちらにも礼儀に欠けると思っている。
でも小町をこのまま放っておくのも礼儀に欠けると思う。そしてやっぱ憎からぬ。
さりとていかで
そうはいうものの、どうして
はた得あるまじかりけり
会ってはいけないことがあるだろうか、いやどうだろうか。
はた:【将】
やはり、いやまてよ。「はたと」 二つのことの並立・対立。
→このはたは、前述のはたと同音異義で用いており著者の特徴。「知る知る」も同じ。
そして、このはたには「さりとて」という意味もある。したがって、前後の連結は確実に意図している。
よって、塗籠がここでも「はた」を無視するのは、明確に誤り。
この物語はバラバラではない。つながっている。作者がバラバラとか言うは、読めていないだけ。
なほはた得あらざりけるなかなりければ、
二日三日ばかりさはることありて、えいかでかくなむ。
出でて来し あとだに未だ かはらじを
誰が通ひ路と 今はなるらむ
もの疑はしさに詠めるなり。
なほはた得あらざりけるなかなりければ
なおエンエンどっちつかずの心境であった所
二日三日ばかりさはることありて
数日ほど差し支えがあって
(仕事の所用があって)
さはり:
差し支え(仕事が入ること。特に判事の用語。→六歌仙の経歴を参照)
えいかでかくなむ
行くことができなかったので
え+いか+で+かくなむ(このように・順接)
出でて来し
出てきた
あとだに未だ
後は未だに
かはらじを
変わらないか
誰が通ひ路と
誰かが通う道に
今はなるらむ
今はなっているか
もの疑はしさに詠めるなり
と、もの疑わしさに詠んだのである。 つまり、あ…好きなのかも。
他の男が小町によりつかないか心配。
いやまてよ、さりとてそういう立場でもないかと、はたと思う。変わらんなあと。