むかし、紀有常の家に行ったが、遅くなってしまったことで歌を詠んだ。
君により 思ひならひぬ 世の中は 人はこれをや 恋問いふらむ
→君よりも 思い通りにならない世の中よ、人はこれを恋というのか。
ならはねば 世の人ごとに なにをかも 恋とはいふと 問ひし我しも
→そんなら、世の人のことは、何もかも 恋なのかと こっちがききたいわ
思い通りにならないとは、16段で有常の家で、別に仲良くもなかった妻が、尼になると言って出て行った話を揶揄している。
つまりそういう人が妻になったこと、妻が出て行ったというオチになってしまった、以上の2点が思い通りにならないこと。
しかるにこのような皮肉は、後家とかけて、家に後れてついたことへの有常へのご挨拶(ボケ・いけず)なのであった。
いや、随分じゃないの。だから「随分なご挨拶だね」(ひどいね)。ごめんね。
男女 及び 和歌 |
定家本 |
武田本 (定家系) |
朱雀院塗籠本 (群書類従本) |
---|---|---|---|
第38段 恋といふ | |||
♂ | むかし、紀有常がり行きたるに、 | むかし、紀の有つねがりいきたるに、 | むかし。きのありつね物にいきて。 |
ありきて遅く来けるに、 | ありきてをそくきけるに、 | ひさしうかへらざりけるに | |
よみてやりける。 | よみてやりける。 | いひやる。 | |
♪ 73 |
君により 思ひならひぬ世の中は |
きみにより おもひならひぬ世中の |
君により 思ひならひぬ世中の |
人はこれをや 恋問いふらむ |
人はこれをや こひといふらむ |
人は是をや 戀といふらん |
|
返し、 | 返し、 | 返し。 | |
♪ 74 |
ならはねば 世の人ごとになにをかも |
ならはねば 世の人ごとになにをかも |
習はねは 世の人ことに何をかも |
恋とはいふと 問ひし我しも |
こひとはいふと ゝひしわれしも |
戀とはいふと とひわふれ共 |
|
むかし、紀有常がり行きたるに、
ありきて遅く来けるに、よみてやりける。
君により 思ひならひぬ 世の中は
人はこれをや 恋問いふらむ
むかし、紀有常がり行きたるに、
むかし、有り常の許に行ったが、
がり:許
が(の)+あたり(所)が一体化したもの。
ありきて遅く来けるに、
歩いてきて、遅く来てしまったので、
ありき:おそきという韻。
よみてやりける。
その遅くなったことで、詠んでやった。
君により
君よりも
がりと対置して「君のとこより」
思ひならひぬ 世の中は
思いどおりにならない 世の中は
16段:紀有常における「世の常」を暗示している。
この話は、有常の妻が(世の常の貴族らしい生活ができんのなら)尼になると言って、無常にもどっかに行ったことを、二人でネタにしあった話だった。
ちなみに、ネタというのは、有常がこの妻とほとんどネタことがないというものであった。これだけ見れば有常が悪いが、そこら辺もひっくるめてネタ。
人はこれをや
人はこれを
恋問いふらむ
恋というのだろうか
らむ:
推測かつ、問いかけ、さらに反語でもある。つまり「んなわけない」。
つまり16段同様のネタ話。
つまり有常にとっては、またその話か~となるわけ。
返し、
ならはねば 世の人ごとに なにをかも
恋とはいふと 問ひし我しも
返し、
ならはねば
そうであるなら
世の人ごとに なにをかも
世の人々の 何をかも
恋とはいふと
全部恋なのかと
問ひし我しも
オレだって聞きたいわ
いやもちろんそうじゃないことくらいは、どちらもわかってる。つまりこれは挨拶なの。二人の。
「いやいや、遅れて来ておいて、ずいぶんなご挨拶だね(皮肉だね)」ということ。
メンゴメンゴ。ちょっと思いもよらぬことがあってさ。