この段は、前段から引き続く内容。
「つれなかりける人」とは、この段のみで独立してある言葉ではなく、前段で女が男を釣ろうとした(誘いをかけた歌)話にかけている。
そして、その話に男は乗らなかった(誘いにのれなかった)、だから「釣れなかった人」。
釣れないを抽象化して、思うままにならなかった人、という一般的な意味も持つ(その根拠が、次段冒頭の「心にもあらで」絶えたる人との符合)。
加えて、この文脈では、双方の目線からの言葉。どちらにとっても「思い通りにいかなかった人」。だからはっきり女としていない。
なお冒頭での男女の別は、ほぼ常に明示される。(次段でも「人」とされ、かかりが明示された後、以降は男女に戻る。)
したがって「冷淡だった女」と専ら(色)男目線で解釈するのは間違い。物語の前後のかかりを全く無視しているし、発想としても軟弱。
こういう微妙なズラしはこの物語の基本。
そこだけ見ると通らない、だからそれを物語全体のかかり(特徴語句)や文脈を見て、よく通るように、よく考えて欲しいということを意図している。
それなのにそのズレに気づかないで悉く釣られていくから、物語の筋が全部ずれていき、チグハグになる。それは表現がまずいからではない。
さて、そういう視点で記述を見て見ると、
むかし男が、つれなかった人(男がその話にのれなかった人)のもとに、
いへばえに いはねば胸に 騒がれて 心ひとつに 嘆くころかな
言うに言えず、言わねば胸が 騒がれる だから伝える 心は一つ(自分の心は決まっている。相手と一つにならんということ)
応えられないのは残念だけど、菟原≒芦屋の人と、田舎人のわたしとじゃ釣り合わないよ(ただし、これは建前)。
→「田舎人のことにては、よしやあしや」(前段)+「むかし、男かた田舎に住みけり。男宮仕へしにとて」(24段梓弓)
おもなくていへるなるべし
→おもんなくて、ごめんなさい。
しかしその心は、全然おもんないこと言わんといて(サオのヌキサシ云々)。
段を分けているのは、直接つなげて書くと、万が一のことがあるからである。
そしてこう言わされたことは、嫌々ながらということが次の段で示される(「心にもあらで」絶えたる人、及び歌の内容)。
つまり、言わんと場面がおさまらなかった。
それがこの段の歌にある「いはねば… 騒がれて」「嘆くころ(心)かな」。
これは、29段(花の賀)と同じ嘆きの用法。暗示。
男女 及び 和歌 |
定家本 |
武田本 (定家系) |
朱雀院塗籠本 (群書類従本) |
---|---|---|---|
第34段 つれなかりける人 | |||
♂ | むかし、男、 | 昔、おとこ、 | むかしおとこ。 |
つれなかりける人のもとに、 | つれなかりける人のもとに | つれなかりける人のもとに。 | |
♪ 68 |
いへばえに いはねば胸に騒がれて |
いへばえに いはねばむねにさはがれて |
いへはえに いはねはむねのさはかれて |
心ひとつに 嘆くころかな |
こゝろひとつに なげくころ哉 |
心一つに なけく比哉 |
|
おもなくていへるなるべし。 | おもなくていへるなるべし。 | おもひ〳〵ていへるなるべし。 | |
むかし、男、
つれなかりける人のもとに、
いへばえに いはねば胸に 騒がれて
心ひとつに 嘆くころかな
おもなくていへるなるべし。
むかし、男、
つれなかりける人のもとに、
つれなかった人のもとに、
(冷淡だった女のもとに→誤り)
つれなし
:(現代のつれないと同旨)
(主体)思うままにならない。
(客体)そしらぬ風の。
しかしここでのつれないは前段の釣れないとかかっている。
つまり、ひっかからない。それが最後の「おもなくて」
そしてここでは「人」とあるから、女とは違うという表現。
(冒頭において、女は通常明示するし、「人」の時はむしろ男を表すことが多い。16・17段)
しかし前段の女とかかっているのだが、これはつまり「女として見れない」という意味。お察し。
だから相手からみてつれないという意味。
ここでは、それを言うのに苦慮している。
「冷淡だった女」という解釈は、こうした前後のかかりを見ていないので、間違い。
いへばえに
:言えば+え(ず)に
→言うこともできずに
ここで「え」に続くのは打消しのみ。
したがって、語調を整えるために調節し省略している。
字余りにするのは、よっぽど心を乱す時のみ。
つまりここでは平静にと(後述の「騒がれて」はその対比。対の配置・対照は基本形)。
いはねば 胸に 騒がれて
しかし言わねば胸が騒がれて
→つまり、
前段の歌を理解してないと思われるのは本意ではないし、
→(こもり江に 思ふ心を いかでかは 舟さす棹の さして知るべき)
もし歌の通り(釣りの話ではなく)、好いてくれているなら
(ぬきさしならない関係=深い関係=一つになることを望んでいるなら)、
ちゃんと答えなければ不誠実だから。
(そして普通、女は一人では釣りをしないという。釣る場合でも、男につきあって釣る。なぜなら竿は男のモノだから)
心ひとつに
ただ、思いは一つ
(ここで「抜き差しならぬ」のフラグ回収)
嘆くころかな
嘆く心よと
「ころ(頃)」というのも、明らかに直前の心を省略させたもの。
おもなくていへるなるべし。
全くおもんないけど、そう言ったのであった。
おもなし 【面無し】:
①面目ない。
②厚かましい。
このような定義がされるが、
それは結局、おもんないから。
(ツマんない・興がない・興味がないことを言うこと)
「面白い」状態から、おもんなく(面無く)して、「白ける」。
だからごめんなさい。どちらにとっても嘆かわしいことだよねと。
そして、非常に言いにくいことだが、この嘆きとは、言いたくないのに言っていることにある。
つまり、ロマンチックな意味ではない。それが「おもなくて」。詳しくは、次の段を参照。