昔男が、伊勢に行くと女(斎宮)に言った時のやりとり。
会うに会えず(69-74段)、女も心穏やかではなく(心はなぎぬ)、男も会いたいのは山々。
女はつれなし、男はつらいよという、その心は。あなたも仕事もどっちも大事。
いや、というより世の人(女の子)を幸せにするために仕事しているの。だからこうして物語を残している。
仕事それ自体は目的ではない。お互いにとって。
それなのに全然報われない(24段梓弓、60段花橘)。
生活に困る子は寂しがらせ、困っていない子には近づけない。
この世では会うことが、こんなに難しいのか?
~
女大淀の 松はつらくもあらなくに 浦見てのみも かへる波かな
(72段)
女大淀の 浜に生ふてふみるからに 心はなぎぬ かたらはねども
男袖ぬれて あまの刈りほすわたつ海の みるを逢ふにて やまんとやする
女岩間より 生ふるみるめしつれなくは 汐干汐満 ちかひもありなむ
男涙にぞ ぬれつゝしぼる世の人の つらき心は 袖のしづくか
ここでは、大淀・松阪の松を待つに、それを津浦の海にかけた海松(みる)で、みるみるうちにあいまして。
会いたい気持ちがあい増して。しょっぱい涙で、ふやかします。
~
なお、冒頭の「率ていきて」は39段「率ていで」と符合し、次の段で、むかし男が二条の后に仕えて氏神(つまり伊勢)に参る話のこと。
したがってどちらにも車が出現する。39段で「女車」に源至に蛍を放り込まれた「車なりける人」は明示されないが、ここに至って二条の后と確定。
だから「むかし男」と二条の后は、熱烈な関係とやらで公然と近くにいる訳ではない。後宮(縫殿=女官担当)に仕えていた。だから仕事。
だから禁断だの夜這いだの、伊勢への子種云々は下賤が伊勢に乗じてまき散らした実にばかげた売名行為。
男女 及び 和歌 |
定家本 |
武田本 (定家系) |
朱雀院塗籠本 (群書類従本) |
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第75段 みるをあふにて 大淀の 海松(みる) ※72段「大淀の松」 | |||
♂ | むかし、男、 | むかし、おとこ、 | むかし男。 |
伊勢の国に | 伊勢のくにゝ | 伊勢の國なりける女に。 | |
率ていきてあらむ | ゐていきてあらむ、 | 又もえあはでうらみければ。 | |
といひければ、女、 | といひければ女、 | 女。 | |
♪ 135 |
大淀の 浜に生ふてふみるからに |
おほよどの はまにおふてふ見るからに |
大淀の 濱におふてふみるからに |
心はなぎぬ かたらはねども |
こゝろはなぎぬ かたらはねども |
心はなきぬ かたらはねとも |
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といひて、ましてつれなかりければ、 | といひて、ましてつれなかりければ、 | といひて。ましてつれなかりければ。 | |
男、 | おとこ、 | ||
♪ 136 |
袖ぬれて あまの刈りほすわたつ海の |
袖ぬれて あまのかりほすわたつうみの |
袖ぬれて 蜑の刈干すわたつ海の |
みるを逢ふにて やまんとやする |
みるをあふにて やまむとやする |
みるめ逢迄 やまんとやする |
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女、 | 女、 | 女。 | |
♪ 137 |
岩間より 生ふるみるめしつれなくは |
いはまより おふるみるめしつれなくは |
岩間より 生るみるめし常ならは |
汐干汐満 ちかひもありなむ |
しほひしほみち かひもありなむ |
汐干汐みち かひもあらなん |
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(しほり〳〵はかひもからなん一本) (ありなし一本) |
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また男、 | 又、おとこ、 | 又。おとこ。 | |
♪ 138 |
涙にぞ ぬれつゝしぼる世の人の |
なみだにぞ ぬれつゝしぼる世の |
淚にそ ぬれつゝしほるあた人の |
つらき心は 袖のしづくか |
人のつらき心は そでのしづくか |
つらき心は 袖のしつくか |
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とのみいひて。 | |||
世にあふことかたき女になむ。 | 世にあふことかたき女になむ。 | 世にあふことかたきことになん。 | |
むかし男、
伊勢の国に率ていきてあらむといひければ、
女
大淀の 浜に生ふてふみるからに
心はなぎぬ かたらはねども
といひて、ましてつれなかりければ
※本段の「みる」は、浜にかける海松(みる)という海草にかけていることは、ここを見る人には当然だから、以下では一々言及しない。
むかし男
むかし男が
伊勢の国に率ていきてあらむ
伊勢の国に人をつれていくよと
「率ていきて」とは、69段・71段同様、使い=仕事で行くということ。
69段の「使実(つかいざね)」=使の長をうけた記述。
(△塗籠:又もえあはでうらみければ→安易な改変)
といひければ女
といえば、女が
女:69段以降の流れ、伊勢とかかり斎宮。
大淀の 浜に生ふてふみるからに
大淀の 浜にはうのを見るからに
海草で回想して、
心はなぎぬ かたらはねども
心はナギの ようかしらん それが何かは言いませんが(つまり荒波)
「大淀」は、あてつけ。
72段「大淀の 松はつらくもあらなくに うらみてのみも かへる波かな」
これは70段で大淀あたり(松阪)の宿までついてきた「斎宮のわらはべ」にヤキモキしたこと。
この童(おそらく妹)がいたこともあいまって、69段で二人は寝れなかった。
「なぎぬ」とは、穏やかか泣いているか、ぼかしている表現。歌の「ぬ」は要注意。決めつけてはいけない。
「かたらはね」というが、大淀だけで松のは辛いということ。本当に「つらくもあらなくに」なら、再度出す意味はない。
といひて
といって、
ましてつれなかりければ
いっそう、思いにまかせることができず、
なのであべこべ。
この物語における「つれなかりけり」は、思うにまかせないという限定的な意味。34段(つれなかりける人)参照。
男
袖ぬれて あまの刈りほす わたつ海の
みるを逢ふにて やまんとやする
男
袖ぬれて あまの刈りほす わたつ海の
袖濡らし 海女が刈り干す 海草と(かけて)
みるを逢ふにて やまんとやする
見て会いたい というのは山々や
女
岩間より 生ふるみるめし つれなくは
汐干汐満 ちかひもありなむ
女
岩間より 生ふるみるめし つれなくは
岩間から 生える海草 釣れないね(じれったい)
汐干汐満(しほひしほみち) ちかひもありなむ
寄せては返し 一向に近くはならず、誓いもない
また男
涙にぞ ぬれつゝしぼる 世の人の
つらき心は 袖のしづくか
世にあふことかたき女になむ
また男
涙にぞ ぬれつゝしぼる世の人の
雫かと 袖しぼる夜の 人心
つらき心は 袖のしづくか
これは辛いと、そういうことね 「松はつらくも あらなくに」
世にあふことかたき女になむ
実に会うことが難しい女であること。
なお、女が素直じゃないからではなく、状況がたやすく許さないからである。
よに 【世に】
:たいそう。非常に。まったく。