源氏物語 3帖 空蝉:あらすじ・目次・原文対訳

帚木 源氏物語
第一部
第3帖
空蝉
夕顔

 
 本ページは、高千穂大名誉教授・渋谷栄一氏の『源氏物語の世界』(目次構成・登場人物・原文・訳文)を参照引用している(全文使用許可あり)。
 ここでは、その原文と現代語訳のページの内容を統合し、レイアウトを整えた。速やかな理解に資すると思うが、詳しい趣旨は上記リンク参照。
 

 空蝉(うつせみ)のあらすじ

 光源氏17歳夏の話。

 空蝉を忘れられない源氏は、彼女のつれないあしらいにも却って思いが募り、再び紀伊守邸へ忍んで行った。そこで継娘(軒端荻)と碁を打ち合う空蝉の姿を覗き見し、決して美女ではないもののたしなみ深い空蝉をやはり魅力的だと改めて心惹かれる。源氏の訪れを察した空蝉は、薄衣一枚を脱ぎ捨てて逃げ去り、心ならずも後に残された軒端荻と契った源氏はその薄衣を代わりに持ち帰った。源氏は女の抜け殻のような衣にことよせて空蝉へ歌を送り、空蝉も源氏の愛を受けられない己の境遇のつたなさを密かに嘆いた。

(以上Wikipedia空蝉(源氏物語)より。色づけは本ページ)

※空蝉は当初、紫自身をモデルにしたキャラクターと思われる。根拠は、後妻であること(紫式部も後妻)、藤壺・葵の次に出てくる女性なのに年増の描写にしていること(手つき痩せ痩せにていたうひき隠しためり。手の描写がポイント)、にもかかわらず帚木・空蝉・夕顔の三巻連続で話題になること(第一部の主要ヒロインで空蝉のみ)、明らかな脇役なのに16巻関谷の逢坂関で源氏と偶然の再会を果たすこと、娘(大弐三位)がいること、碁を打って語ること(紫式部日記では碁を打つ記述がある)、紫上・浮舟同様に出家しようとすること。
 

目次
和歌抜粋内訳#空蝉(2首:別ページ)
主要登場人物
 
第3帖 空蝉(うつせみ)
 光る源氏十七歳 夏の物語
 第一段 空蝉の物語
 第二段 源氏、再度、紀伊守邸へ
 第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ
 第四段 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る
 第五段 源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る
 定家注釈
 校訂付記
 

主要登場人物

 

光る源氏(ひかるげんじ)
十七歳 近衛中将
呼称:君
空蝉(うつせみ)
故中納言兼衛門督の娘、伊予介の後妻
呼称:いもうとの君・女・姉君
軒端荻(のきばのおぎ)
伊予介の娘、紀伊守と兄妹
呼称:西の御方・紀伊守の妹・碁打ちつる君・西の君
小君(こぎみ)
故中納言兼衛門督の子、空蝉の弟
呼称:若君・小さき上人

 
 以上の内容は、全て以下の原文のリンク先参照。文面はそのままで表記を若干整えた。
 
 
 
 

原文対訳

  定家本
(大島本
現代語訳
(渋谷栄一)
  空蝉
 
 

第一段 空蝉の物語

 
1  寝られたまはぬままには、〔源氏〕「我は、かく人に憎まれてもならはぬを、今宵なむ、初めて憂しと世を思ひ知りぬれば、恥づかしくて、ながらふまじうこそ、思ひなりぬれ」などのたまへば、涙をさへこぼして臥したり。
 いとらうたしと思す。
 手さぐりの、細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひのさまかよひたるも、思ひなしにやあはれなり。
 あながちにかかづらひたどり寄らむも、人悪ろかるべく、まめやかにめざましと思し明かしつつ、例のやうにものたまひまつはさず。
 夜深う出でたまへば、この子は、いといとほしく、さうざうしと思ふ。
 
 お眠りになれないままに、〔源氏〕「わたしは、このように人に憎まれたことはないのに、今晩、初めて辛いと男女の仲を知ったので、恥ずかしくて、もう生きては行けないような気持ちになってしまった」などとおっしゃると、小君は涙まで流して傍に臥している。
 とてもかわいいと源氏の君はお思いになる。
 手触りから、ほっそりした小柄な体つきや、髪のたいして長くはなかった感じが似通っているのも、気のせいか愛しい。
 むやみにしつこく探し求めるのも、体裁が悪いだろうし、本当に癪に障るとお思いになりながら、夜を明かしてからは、いつものように側につきまとわせ、用事をおっしゃることもない。
 夜のまだ深いうちにお帰りになるので、この子は、たいそうお気の毒で、つまらないと思う。
 
2  女も、並々ならずかたはらいたしと思ふに、御消息も(校訂01)絶えてなし。
 思し懲りにけると思ふにも、「やがてつれなくて止みたまひなましかば憂からまし。
 しひていとほしき御振る舞ひの絶えざらむもうたてあるべし。
 よきほどに、かくて閉ぢめてむ」と思ふものから、ただならず、ながめがちなり。
 
 女も、大変に気がとがめることと思っていると、源氏の君からのお手紙もまったくない。
 もう懲り懲りなお気持ちになってしまわれたのだと思うにつけても、「このまま冷めて訪れもなくなってしまったら嫌なことであろう。
 かといって、また強引に困ったお振る舞いが絶えないのも嫌なことであろう。
 適当なところで、こうしてきりをつけたい」と思うものの、平静ではなく、物思いがちである。
 
3  君は、心づきなしと思しながら、かくてはえ止むまじう御心にかかり、人悪ろく思ほしわびて、小君に、〔源氏〕「いとつらうも、うれたうもおぼゆるに、しひて思ひ返せど、心にしも従はず苦しきを。
 さりぬべきをり見て、対面(校訂02)すべくたばかれ」とのたまひわたれば、わづらはしけれど、かかる方にても、のたまひまつはすは、うれしうおぼえけり。
 
 源氏の君は、気にくわない女だとお思いになる一方で、このままではやめられそうになくお心にかかり、傍目にも体裁悪いまでにお困りになって、小君に、〔源氏〕「とても辛く、情けなくも思われるので、無理に忘れようと思うが、思いどおりにならず苦しいのだよ。
 適当な機会を見つけて、逢えるように手立てせよ」とおっしゃり続けるので、やっかいに思うが、このような事柄でも、お命じになって使ってくださることは、嬉しく思われるのであった。
 
 
 

第二段 源氏、再度、紀伊守邸へ

 
4  幼き心地に、いかならむ折と待ちわたるに、紀伊守国に下りなどして、女どちのどやかなる夕闇の道たどたどしげなる(付箋①)紛れに、わが車にて率てたてまつる。
 
 小君は子供心に、どのような機会にお連れ申そうかと待ち続けていると、紀伊守が任国へ下ったりなどして、女たちだけがくつろいでいる夕闇頃の、道がはっきりしない薄闇に紛れて、自分の牛車で、お連れ申し上げる。
 
5  この子も幼きを、いかならむと思せど、さのみもえ思しのどむまじければ、さりげなき姿にて、門など鎖さぬ先にと、急ぎおはす。
 
 この子もまだ子供なので、大丈夫だろうかとご心配になるが、そう悠長にも構えていらっしゃれなかったので、目立たない服装で、門などに鍵がかけられる前にと、急いでいらっしゃる。
 
6  人見ぬ方より引き入れて、降ろしたてまつる。
 童なれば、宿直人などもことに見入れ追従せず、心やすし。
 
 人目のない方から牛車を引き入れて、お降ろし申し上げる。
 子供なので、宿直人なども特別に気をつかって機嫌をとらず、安心である。
 
7  東の妻戸に、立てたてまつりて、我は南の隅の間より、格子叩きののしりて入りぬ。
 
 小君は、源氏の君を東の妻戸の側にお待たせ申し上げて、自分は南の隅の間から、格子を叩いて声を上げて入った。
 
8  御達、「あらはなり」と言ふなり。
 
 御達は、「丸見えです」と言っているようだ。
 
9  〔小君〕「なぞ、かう暑きに、この格子は下ろされたる」と問へば、  〔小君〕「どうして、こう暑いのに、この格子を下ろしておられるの」と尋ねると、
10  〔女房〕「昼より、西の御方の渡らせたまひて、碁打たせたまふ」と言ふ。
 
 〔女房〕「昼から、西の御方がお渡りあそばして、碁をお打ちあそばしていらっしゃいます」と言う。
 
11  さて向かひゐたらむを見ばや、と思ひて、やをら歩み出でて、簾のはさまに入りたまひぬ。
 
 源氏の君は、そうして向かい合っているのを見たい、と思って、静かに歩を進めて、簾の隙間にお入りになった。
 
12  この入りつる格子はまだ鎖さねば、隙見ゆるに、寄りて西ざまに見通したまへば、この際に立てたる屏風、端の方おし畳まれたるに、紛るべき几帳なども、暑ければにや、うち掛けて、いとよく見入れらる。
 
 先程入った格子はまだ閉めてないので、隙間が見えるので、近寄って西の方を見通しなさると、こちら側の際に立ててある屏風は、端の方が畳まれているうえに、目隠しのはずの几帳なども、暑いからであろうか、うち掛けてあって、とてもよく覗き見ることができる。
 
 
 

第三段 空蝉と軒端荻、碁を打つ

 
13  火近う灯したり。
 母屋の中柱に側める人やわが心かくると、まづ目とどめたまへば、濃き綾の単衣襲なめり。
 何にかあらむ上に着て、頭つき細やかに小さき人の、ものげなき姿ぞしたる。
 顔などは、差し向かひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。
 手つき痩せ痩せにて、いたうひき隠しためり。
 
 灯火が近くに灯してある。
 母屋の中柱に横向きになっている人が自分の思いを寄せている人かと、まっさきに目をお留めになると、濃い紫の綾の単重襲のようである。
 何であろうか、その上に着て、頭の恰好は小さく小柄な人で、見栄えのしない姿をしている。
 顔などは、向かい合っている人などにも、特に見えないように気をつかっている。
 手つきも痩せ痩せした感じで、ひどく袖の中に引き込めているようだ。
 
14  いま一人は、東向きにて、残るところなく見ゆ。
 白き羅の単衣襲、二藍の小袿だつもの、ないがしろに着なして、紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり。
 いと白うをかしげに、つぶつぶと肥えて、そぞろかなる人の、頭つき額つきものあざやかに、まみ口つき、いと愛敬づき、はなやかなる容貌なり。
 髪はいとふさやかにて、長くはあらねど、下り端、肩のほどきよげに、すべていとねぢけたるところなく、をかしげなる人と見えたり。
 
 もう一人は、東向きなので、すっかり見える。
 白い羅の単衣襲に、二藍の小袿のようなものを、しどけなく引っ掛けて、紅の袴の腰紐を結んでいる際まで胸を露わにして、嗜みのない恰好である。
 とても色白で美しく、まるまると太って、大柄の背の高い人で、頭の恰好や額の具合は、くっきりとしていて、目もと口もとが、とても愛嬌があり、はなやかな容貌である。
 髪はとてもふさふさとして、長くはないが、垂れ具合や、肩のところがすっきりとして、どこをとっても悪いところなく、美しい女だ、と見えた。
 
15  むべこそ親の世になくは思ふらめと、をかしく見たまふ。
 心地ぞ、なほ静かなる気を添へばやと、ふと見ゆる。
 かどなきにはあるまじ。
 碁打ち果てて、結さすわたり、心とげに見えて、きはぎはとさうどけば、奥の人はいと静かにのどめて、
 道理で親がこの上なくかわいがることだろうと、興味をもって御覧になる。
 心づかいに、もう少し落ち着いた感じを加えたいものだと、ふと思われる。
 才覚がないわけではないらしい。
 碁を打ち終えて、だめを押すあたりは、機敏に見えて、陽気に騷ぎ立てると、奥の人は、とても静かに落ち着いて、
16  〔空蝉〕「待ちたまへや。
 そこは持にこそあらめ。
 このわたりの劫をこそ」など言へど、
 〔空蝉〕「お待ちなさいよ。
 そこは、持でありましょう。
 このあたりの、劫を先に数えましょう」などと言うが、
17  〔軒端荻〕「いで、このたびは負けにけり。
 隅のところ、いでいで」と指をかがめて、「十、二十、三十、四十」など数ふるさま、伊予の湯桁もたどたどしかるまじう見ゆ。
 すこし品おくれたり。
 
 〔軒端荻〕「いやはや、今度は負けてしまいましたわ。
 隅の所は、どれどれ」と指を折って、「十、二十、三十、四十」などと数える様子は、伊予の湯桁もすらすらと数えられそうに見える。
 少し下品な感じがする。
 
18  たとしへなく口おほひて、さやかにも見せねど、目をしつけたまへれば、おのづから側目も見ゆ。
 目すこし腫れたる心地して、鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところも見えず。
 言ひ立つれば、悪ろきによれる容貌をいといたうもてつけて、このまされる人よりは心あらむと、目とどめつべきさましたり。
 
 極端に口を覆って、はっきりとも顔を見せないが、目を凝らして見ていらっしゃると、自然と横顔も見える。
 目が少し腫れぼったい感じがして、鼻筋などもすっきり通ってなく老けた感じで、はなやかなところも見えない。
 言い立てて行くと、悪いことばかりになる容貌をとてもよく取り繕って、傍らの美しさで勝る人よりは嗜みがあろうと、目が引かれるような態度をしている。
 
19  にぎははしう愛敬づきをかしげなるを、いよいよほこりかにうちとけて、笑ひなどそぼるれば、にほひ多く見えて、さる方にいとをかしき人ざまなり。
 あはつけしとは思しながら、まめならぬ御心は、これもえ思し放つまじかりけり。
 
 朗らかで愛嬌があって美しそうなのを、ますます得意満面に気を許して、笑い声などを上げてはしゃいでいるので、はなやかさが多く見えて、そうした方面ではそれなりにとても美しい人である。
 軽率であるとはお思いになるが、お堅くないお心には、この女も捨てておけないのであった。
 
20  見たまふかぎりの人は、うちとけたる世なく、ひきつくろひ側めたるうはべをのみこそ見たまへ、かくうちとけたる人のありさまかいま見などは、まだしたまはざりつることなれば、何心もなうさやかなるはいとほしながら、久しう見たまは(校訂03)まほしきに、小君出で来る心地すれば、やをら出でたまひぬ。
 
 ご存じの範囲の女性は、くつろいでいる時がなく、取り繕って横顔を向けたよそゆきの態度ばかりを御覧になるだけだが、このように気を許した女の様子ののぞき見などは、まだなさらなかったことなので、気づかずにすっかり見られているのは気の毒だが、しばらく御覧になりたいとは思いながらも、小君が出て来る気持ちがするので、そっとお出になった。
 
21  渡殿の戸口に寄りゐたまへり。
 いとかたじけなしと思ひて、
 渡殿の戸口に寄り掛かっていらっしゃっる。
 小君はとても恐れ多いと思って、
22  〔小君〕「例ならぬ人はべりて、え近うも寄りはべらず」  〔小君〕「珍しくお客がおりまして、近くにまいることができません」
23  〔源氏〕「さて、今宵もや帰してむとする。
 いとあさましう、からうこそあべけれ」とのたまへば、
 〔源氏〕「それでは、今夜もわたしを帰そうとするのか。
 まったくあきれて、ひどいではないか」とおっしゃると、
24  〔小君〕「などてか。
 あなたに帰りはべりなば、たばかりはべりなむ」と聞こゆ。
 
 〔小君〕「いいえ決して。
 お客があちらに帰りましたら、きっと手立てを致しましょう」と申し上げる。
 
25  〔源氏〕「さもなびかしつべき気色にこそはあらめ。
 童なれど、ものの心ばへ、人の気色見つべくしづまれるを」と、思すなりけり。
 
 〔源氏〕「そのように何とかできそうな様子なのであろう。
 子供ではあるが、物事の事情や、人の気持ちを読み取れるくらい落ち着いているから」と、お思いになるのであった。
 
26  碁打ち果てつるにやあらむ、うちそよめく心地して、人びとあかるるけはひなどすなり。
 
 碁を打ち終えたのであろうか、衣ずれの音のする感じがして、女房たちが各部屋に下がって行く様子である。
 
27  〔女房〕「若君はいづくにおはしますならむ。
 この御格子は鎖してむ」とて、鳴らすなり。
 
 〔女房〕「若君はどこにいらっしゃるのでしょうか。
 この御格子は戸締りしましょう」と言って、物音を立てさせているのが聞こえる。
 
28  〔源氏〕「静まりぬなり。
 入りて、さらば、たばかれ」とのたまふ。
 
 〔源氏〕「静かになったようだ。
 入って行って、それでは、うまく工夫せよ」とおっしゃる。
 
29  この子も、いもうとの御心はたわむところなくまめだちたれば、言ひあはせむ方なくて、人少なならむ折に入れたてまつらむと思ふなりけり。
 
 この子も、姉のお気持ちは変りそうになく堅固なので、女房に話をつけるすべもなくて、人少なになった時にお入れ申し上げようと考えるのであった。
 
30  〔源氏〕「紀伊守の妹もこなたにあるか。
 我にかいま見せさせよ」とのたまへど、
 〔源氏〕「紀伊守の妹も、ここにいるのか。
 わたしにのぞき見させよ」とおっしゃるが、
31  〔小君〕「いかでか、さははべらむ。
 格子には几帳添へてはべり」と聞こゆ。
 
 〔小君〕「どうして、そのようなことができましょうか。
 格子には几帳が添え立ててあります」と申し上げる。
 
32  さかし、されどもをかしく思せど、「見つとは知らせじ、いとほし」と思して、夜更くることの心もとなさをのたまふ。
 
 もっともだ、しかしそれでも興味深くお思いになるが、「見てしまったとは言うまい、気の毒だ」とお思いになって、夜の更けて行くことの遅いことをおっしゃる。
 
33  こたみは妻戸を叩きて入る。
 皆人びと静まり寝にけり。
 
 小君は、今度は妻戸を叩いて母屋の中に入って行く。
 女房たちは皆静かに寝静まっていた。
 
34  〔小君〕「この障子口に、まろは寝たらむ。
 風吹きとほせ」とて、畳広げて臥す。
 御達、東の廂にいとあまた寝たるべし。
 戸放ちつる童(校訂04)もそなたに入りて臥しぬれば、とばかり空寝して、灯明かき方に屏風を広げて、影ほのかなるに、やをら入れたてまつる。
 
 〔小君〕「この障子の入り口に、僕は寝ていよう。
 風よ吹き抜けておくれ」と言って、畳を広げて横になる。
 女房たちは、東廂に大勢寝ているのだろう。
 妻戸を開けた女童もそちらに行って寝てしまったので、しばらく空寝をして、灯火の明るい方に屏風を広げて、うす暗くなったところに、静かに源氏の君をお入れ申し上げる。
 
35  〔源氏〕「いかにぞ、をこがましきこともこそ」と思すに、いとつつましけれど、導くままに、母屋の几帳の帷子引き上げて、いとやをら入りたまふとすれど、皆静まれる夜の、御衣のけはひやはらかなるしも、いとしるかりけり。
 
 源氏の君は、「どうなることか、愚かしいことがあってはならない」とご心配になると、とても気後れするが、手引するのに従って、母屋の几帳の帷子を引き上げて、たいそう静かにお入りになろうとするが、皆寝静まっている夜の、君のお召物の衣ずれの様子は、柔らかではあるが、かえってそれがはっきりとわかるのであった。
 
 
 

第四段 空蝉逃れ、源氏、軒端荻と契る

 
36  女は、さこそ忘れたまふをうれしきに思ひなせど、あやしく夢のやうなることを、心に離るる折なきころにて、心とけたる寝だに寝られずなむ、昼はながめ、夜は寝覚めがちなれば、春ならぬ木の芽も、いとなく嘆かしきに、碁打ちつる君、〔軒端荻〕「今宵は、こなたに」と、今めかしくうち語らひて、寝にけり。
 
 女は、あれきりお忘れなのを嬉しいと努めて思おうとはするが、不思議な夢のような出来事を、心から忘れられないころなので、ぐっすりと眠ることさえできず、昼間は物思いに耽り、夜は寝覚めがちなので、春ではないが、「木の芽」ならぬ「この目」も、休まる時なく物思いがちなのに、碁を打っていた君は、〔軒端荻〕「今夜は、こちらで」と言って、今の子らしくおしゃべりして、一緒に寝てしまったのだった。
 
37  若き人は、何心なくいとようまどろみたるべし。
 かかるけはひの、いと香ばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、単衣うち掛けたる几帳の隙間に、暗けれど、うち身じろき寄るけはひ、いとしるし。
 あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣を一つ着て、すべり出でにけり。
 
 若い女は、無心にとてもよく眠っているのであろう。
 このような衣ずれの気配がして、とても香り高く匂って来るので、女は顔を上げて見ると、単衣の帷子を打ち掛けてある几帳の隙間に、暗いけれども、にじり寄って来る様子が、はっきりとわかる。
 あきれた気持ちで、何とも分別もつかず、そっと起き出して、生絹の単衣を一枚着て、そっと抜け出したのだった。
 
38  君は入りたまひて、ただひとり臥したるを心やすく思す。
 床の下に二人ばかりぞ臥したる。
 衣を押しやりて寄りたまへるに、ありしけはひよりは、ものものしくおぼゆれど、思ほしうも寄らずかし。
 いぎたなきさまなどぞ、あやしく変はりて、やうやう見あらはしたまひて、あさましく心やましけれど、「人違へとたどりて見えむも、をこがましく、あやしと思ふべし、本意の人を尋ね寄らむも、かばかり逃るる心あめれば、かひなう、をこにこそ思はめ」と思す。
 かのをかしかりつる灯影ならば、いかがはせむに思しなるも、悪ろき御心浅さなめりかし。
 
 源氏の君はお入りになって、ただ一人で寝ているのを安心にお思いになる。
 床の下の方に二人ほど寝ている。
 衣を押しやってお寄り添いになると、先夜の様子よりは、大柄な感じに思われるが、お気づきなさらない。
 目を覚まさない様子などが、妙に違っていて、それがだんだんとおわかりになって、意外なことに癪に思うが、「人違いをしてまごまごしていると見られるのも愚かしく、変だと思うだろう、目当ての女を探し求めるのも、これほど避ける気持ちがあるならば、甲斐もないし、間抜けなと思うだろう」とお思いになる。
 「あの美しかった灯影の女ならば、何ということはない」とお思いになるのも、けしからぬご思慮の浅薄さと言えようよ。
 
39  やうやう目覚めて、いとおぼえずあさましきに、あきれたる気色にて、何の心深くいとほしき用意もなし。
 世の中をまだ思ひ知らぬほどよりは、さればみたる方にて、あえかにも思ひまどはず。
 我とも知らせじと思せど、いかにしてかかることぞと、後に思ひめぐらさむも、わがためには事にもあらねど、あのつらき人の、あながちに名をつつむも、さすがにいとほしければ、たびたびの御方違へにことつけたまひしさまを、いとよう言ひなしたまふ。
 たどらむ人は心得つべけれど、まだいと若き心地に、さこそさし過ぎたるやうなれど、えしも思ひ分かず。
 
 だんだんと目が覚めて、まことに思いもよらぬあまりのことに、茫然とした様子で、特にこれといった思慮があり気の毒に思うような心づかいもない。
 男女の仲をまだ知らないわりには、ませたところがある方で、消え入るばかりに思い乱れるでもない。
 自分だとは知らせまいとお思いになるが、どうしてこういうことになったのかと、後から考えるだろうことも、自分にとってはどうということはないが、あの薄情な女が、強情に世間体を憚っているのも、やはり気の毒なので、度々の方違えにかこつけてお越しになったことを、うまくとりつくろってお話しになる。
 よく気のつく女ならば察しがつくであろうが、まだ経験の浅い分別では、あれほどおませに見えたようでも、そこまでは見抜けない。
 
40  憎しとはなけれど、御心とまるべきゆゑもなき心地して、なほかのうれたき人の心をいみじく思す。
 「いづくにはひ紛れて、かたくなしと思ひゐたらむ。
 かく執念き人はありがたきものを」と思すしも、あやにくに、紛れがたう思ひ出でられたまふ。
 この人の、なま心なく、若やかなるけはひもあはれなれば、さすがに情け情けしく契りおかせたまふ。
 
 憎くはないが、お心惹かれるようなところもない気がして、やはりあのいまいましい女の気持ちを恨めしいとお思いになる。
 「どこにはい隠れて、愚か者だと思っているのだろう。
 このように強情な女はめったにいないものを」とお思いになるのも、困ったことに、気持ちを紛らすこともできず思い出さずにはいらっしゃれない。
 この女の、何も気づかず、初々しい感じもいじらしいので、それでも愛情こまやかに将来をお約束させなさる。
 
41  〔源氏〕「人知りたることよりも、かやうなるは、あはれも添ふこととなむ、昔人も言ひける。
 あひ思ひたまへよ。
 つつむことなきにしもあらねば、身ながら心にもえまかすまじくなむありける。
 また、さるべき人びとも許されじかしと、かねて胸いたくなむ。
 忘れで待ちたまへよ」など、なほなほしく語らひたまふ。
 
 〔源氏〕「世間に認められた仲よりも、このような仲こそ、愛情も勝るものと、昔の人も言っていました。
 あなたもわたし同様に愛してくださいよ。
 世間を憚る事情がないわけでもないので、わが身ながらも思うにまかすことができなかったのです。
 また、あなたのご両親も許されないだろうと、今から胸が痛みます。
 忘れないで待っていて下さいよ」などと、いかにもありきたりにお話しなさる。
 
42  〔軒端荻〕「人の思ひはべらむことの恥づかしきになむ、え聞こえさすまじき」とうらもなく言ふ。
 
 〔軒端荻〕「人が何と思いますことかと恥ずかしくて、お手紙を差し上げることもできないでしょう」と無邪気に言う。
 
43  〔源氏〕「なべて、人に知らせばこそあらめ、この小さき上人に伝へて聞こえむ。
 気色なくもてなしたまへ」
 〔源氏〕「誰彼となく、他人に知られては困りますが、この小さい殿上童に託して差し上げましょう。
 何げなく振る舞っていて下さい」
44  など言ひおきて、かの脱ぎすべしたると見ゆる薄衣を取りて出でたまひぬ。
 
 などと言い置いて、あの脱ぎ捨てて行ったと思われる薄衣を手に取ってお出になった。
 
45  小君近う臥したるを起こしたまへば、うしろめたう思ひつつ寝ければ、ふとおどろきぬ。
 戸をやをら押し開くるに、老いたる御達の声にて、
 小君が近くに寝ていたのをお起こしになると、不安に思いながら寝ていたので、すぐに目を覚ました。
 妻戸を静かに押し開けると、年老いた女房の声で、
46  〔老女〕「あれは誰そ」  〔老女〕「そこにいるのは誰ですか」
47  とおどろおどろしく問ふ。
 わづらはしくて、
 と仰々しく尋ねる。
 厄介に思って、
48  〔小君〕「まろぞ」と答ふ。
 
 〔小君〕「僕です」と答える。
 
49  〔老女〕「夜中に、こは、なぞ外歩かせたまふ」  〔老女〕「夜中に、これはまた、どうして外をお歩きなさいますか」
50  とさかしがりて、外ざまへ来。
 いと憎くて、
 と世話焼き顔で、外へ出て来る。
 とても腹立たしく、
51  〔小君〕「あらず。
 ここもとへ出づるぞ」
 〔小君〕「何でもありません。
 ここに出るだけです」
52  とて、君を押し出でたてまつるに、暁近き月、隈なくさし出でて、ふと人の影見えければ、  と言って、源氏の君をお出し申し上げると、暁方に近い月の光が明るく照っているので、ふと人影が見えたので、
53  〔老女〕「またおはするは、誰そ」と問ふ。
 
 〔老女〕「もう一人いらっしゃるのは、誰ですか」と尋ねる。
 
54  〔老女〕「民部のおもとなめり。
 けしうはあらぬおもとの丈だちかな」
 〔老女〕「民部のおもとのようですね。
 けっこうな背丈ですこと」
55  と言ふ。
 丈高き人の常に笑はるるを言ふなりけり。
 老人、これを連ねて歩きけると思ひて、
 と言う。
 背丈の高い人でいつも笑われている人のことを言うのであった。
 老女房は、その人を連れて歩いていたのだと思って、
56  〔老女〕「今、ただ今立ちならびたまひなむ」  〔老女〕「今そのうちに、同じくらいの背丈におなりになるでしょう」
57  と言ふ言ふ、我もこの戸より出でて来。
 わびしければ、えはた押し返さで、渡殿の口にかい添ひて隠れ立ちたまへれば、このおもとさし寄りて、
 と言い言い、自分もこの妻戸から出て来る。
 困ったが、この老女を押し返すこともできず、源氏の君が渡殿の戸口に身を寄せて隠れて立っていらっしゃると、この老女房が近寄って、
58  〔老女〕「おもとは、今宵は、上にやさぶらひたまひつる。
 一昨日より腹を病みて、いとわりなければ、下にはべりつるを、人少ななりとて召ししかば、昨夜参う上りしかど、なほえ堪ふ(校訂05)まじくなむ」
 〔老女〕「お前様は、今夜は、上に詰めていらっしゃったのですか。
 わたしは一昨日からお腹の具合が悪くて、我慢できませんでしたので、下におりていましたが、人少なであると言ってお召しがあったので、昨夜参上しましたが、やはり我慢ができないようなので」
59  と、憂ふ。
 答へも聞かで、
 と苦しがる。
 返事も聞かないで、
60  〔老女〕「あな、腹々。
 今聞こえむ」とて過ぎぬるに、からうして出でたまふ。
 なほかかる歩きは軽々しくあやしかりけりと、いよいよ思し懲りぬべし。
 
 〔老女〕「ああ、お腹が、お腹が。
 また後で」と言って通り過ぎて行ったので、ようやくのことでお出になる。
 やはりこうした忍び歩きは軽率で良くないものだと、ますますお懲りになられたことであろう。
 
 
 

第五段 源氏、空蝉の脱ぎ捨てた衣を持って帰る

 
61  小君、御車の後にて、二条院におはしましぬ。
 ありさまのたまひて、〔源氏〕「幼かりけり」とあはめたまひて、かの人の心を爪弾きをしつつ恨みたまふ。
 いとほしうて、ものもえ聞こえず。
 
 小君がお車の後ろに乗って、源氏の君は二条院にお帰りになった。
 今回の出来事をおっしゃって、「おまえは幼稚であったよ」と軽蔑なさって、あの女の気持ちを爪弾きをしいしいお恨みなさる。
 小君はお気の毒で、何とも申し上げられない。
 
62  〔源氏〕「いと深う憎みたまふべかめれば、身も憂く思ひ果てぬ。
 などか、よそにても、なつかしき答へばかりはしたまふまじき。
 伊予介に劣りける身こそ」
 〔源氏〕「とてもひどく嫌っておいでのようなので、わが身もすっかり嫌になってしまった。
 どうして、逢って下さらないまでも、親しい返事ぐらいはして下さらないのだろうか。
 伊予介にも及ばないわが身が情けない」
63  など、心づきなしと思ひてのたまふ。
 ありつる小袿を、さすがに、御衣の下に引き入れて、大殿籠もれり。
 小君を御前に臥せて、よろづに恨み、かつは、語らひたまふ。
 
 などと、気にくわないと思っておっしゃる。
 先程の小袿を、そうは言うものの、お召物の下に引き入れて、お寝みになった。
 小君をお側に寝かせて、いろいろと恨み言をいい、かつまた、優しくお話しなさる。
 
64  〔源氏〕「あこは、らうたけれど、つらきゆかりにこそ、え思ひ果つまじけれ」  〔源氏〕「おまえは、かわいいけれど、つれない女の弟だと思うと、いつまでもかわいがってやれるともわからないね」
65  とまめやかにのたまふを、いとわびしと思ひたり。
 
 と真面目におっしゃるのを、とても辛いと思っている。
 
66  しばしうち休みたまへど、寝られたまはず。
 御硯急ぎ召して、さしはへたる御文にはあらで、畳紙に手習のやうに書きすさびたまふ。
 
 しばらくの間、横になっていらっしゃったが、お眠りになれない。
 御硯を急に用意させて、わざわざのお手紙ではなく、畳紙に手習いのように思うままに書き流しなさる。
 
 

24
 〔源氏〕
「空蝉の 身をかへてける 木のもとに
 なほ人がらの なつかしきかな」
 〔源氏〕
「あなたは蝉が殻を脱ぐように、衣を脱ぎ捨てて逃げ去っていったが
 その木の下でやはりあなたの人柄が懐かしく思われますよ」
 
67  と書きたまへるを、懐に引き入れて持たり。
 かの人もいかに思ふらむと、いとほしけれど、かたがた思ほしかへして、御ことづけもなし。
 かの薄衣は、小袿のいとなつかしき人香に染めるを、身近くならして見ゐたまへり。
 
 とお書きになったのを、小君は懐に入れて持っていた。
 あのもう一人の女もどう思っているだろうかと、気の毒に思うが、いろいろとお思い返しなさって、お言伝てもない。
 あの薄衣は、小袿のとても懐かしい人の香が染み込んでいるので、それをいつもお側近くに置いて御覧になっていた。
 
68  小君、かしこに行きたれば、姉君待ちつけて、いみじくのたまふ。  小君が、あちらに行ったところ、姉君が待ち構えていて、厳しくお叱りになる。
 
69  〔空蝉〕「あさましかりしに、とかう紛らはしても、人の思ひけむことさりどころなきに、いとなむわりなき。
 いとかう心幼きを、かつはいかに思ほすらむ」
 〔空蝉〕「とんでもないことであったのに、何とか人目はごまかしても、他人の思惑はどうすることもできないので、ほんとうに困ったこと。
 まことにこのように幼く浅はかな考えを、また一方でどうお思いになっていらっしゃろうか」
70  とて、恥づかしめたまふ。
 左右に苦しう思へど、かの御手習取り出でたり。
 さすがに、取りて見たまふ。
 かのもぬけを、いかに、伊勢をの海人のしほなれてや(奥入01・付箋②)、など思ふもただならず、いとよろづに乱れて。
 
 と言って、小君が恥ずかしく思うようお叱りになる。
 どちらからも叱られて辛く思うが、あの源氏の君の手すさび書きを取り出した。
 お叱りはしたものの、姉君は手に取って御覧になる。
 あの脱ぎ捨てた小袿を、どんなにか「伊勢の海人」のように汗臭くはなかったろうか、と思うのも気が気でなく、いろいろと思い乱れて……。
 
71  西の君も、もの恥づかしき心地してわたりたまひにけり。
 また知る人もなきことなれば、人知れずうちながめてゐたり。
 小君の渡り歩くにつけても、胸のみ塞がれど、御消息もなし。
 あさましと思ひ得る方もなくて、されたる心に、ものあはれなるべし。
 
 西の対の君も、何とはなく恥ずかしい気持ちがして、自分の部屋にお帰りになったのだった。
 他に知っている人もいない事なので、一人物思いに耽っていた。
 小君が行き来するにつけても、胸ばかりが締めつけられるが、何のお手紙もない。
 あまりのことだと気づくすべもなくて、陽気な性格ながら、何となく悲しい思いをしているようである。
 
72  つれなき人も、さこそしづむれ、いとあさはかにもあらぬ御気色を、ありしながらのわが身(奥入02)ならばと、取り返すものならねど(奥入02)、忍びがたければ、この御畳紙の片つ方に、  薄情な女も、そのように落ち着いてはいるが、通り一遍とも思えない君のご様子を、「結婚する前のわが身であったならば」と、「昔に返れるものではない」が、堪えることができないので、この懐紙の片端の方に、
 

25
 〔空蝉〕
「空蝉の 羽に置く露の 木隠れて
 忍び忍びに 濡るる袖かな」
 「空蝉の羽に置く露が木に隠れて見えないように
  わたしもひそかに、涙で袖を濡らしております」
 
 

【定家注釈】

 
   定家の注釈として、巻末の奥入と本文中の付箋を掲載した。
 自筆本奥入については本文中に記した。
 ( )の中に、その出典名と先行指摘の注釈を記した。
 
 
  奥入01 すずか山いせをのあまのぬれ衣しほなれたりと人や見るらん(後撰集718、源氏釈・自筆本奥入)  
  奥入02 とりかへす物にもがなや世中をありしながらのわが身とおもはん(出典未詳、源氏釈・自筆本奥入)  
  注 奥入01と02は明融臨模本「帚木」奥入に竄入、今正しい位置に戻した。  
 
  付箋① 夕やみは道たどたどし月待てかへれわがせこそのまにもみん(古今六帖371、源氏釈・自筆本奥入)  
  付箋② すずか川いせをのあまのすて衣しほなれたりと人やみるらん(後撰集718、源氏釈・自筆本奥入)  
 
  注 「空蝉」の奥入には、「帚木」の注記が竄入しているが、正しい位置に戻した。
 
 
 
 

【校訂付記】

 
   他本との校合はせず、本文書写者自身の訂正及び先人によって指摘された誤写箇所のみを本文校訂の対象とした。
 書写者の訂正は、元の文字を擦り消してその上に書き直した訂正と、主に脱字を細字で補入した訂正と墨筆で元の文字をミセケチにしてその傍らに細字訂正した1例のみの模様である。
 なお、擦り消した上に訂正された箇所については省略した。
 後人による訂正跡が多数存在するが、明らかな誤写については参考にしたが、それは無かった。
 あくまでも原文の形を尊重した。
 
 
  訂正01 御消息も--御消息(息/+も)(墨筆細字で「も」を補訂、書写者の訂正であろう)  
  訂正02 対面--た(た/+い)めむ(墨筆細字で「い」を補訂、書写者の訂正であろう)  
  訂正03 見たまは--みたまふ(ふ/$は)(元の文字「ふ」をミセケチにして、墨筆細字で「は」と訂正。
 書写中に活用形の誤りに気付いた書写者の訂正であろう)
 
  訂正04 童--わら(ら/+は)へ(墨筆細字で「は」を補訂、書写者の訂正であろう)  
  訂正05 え堪ふ--え(え/+た)ふ(墨筆細字で「た」を補訂、書写者の訂正であろう)  
 

 
 ※(以下は当サイトによる)大島本は、定家本の書写。
 書写の信頼度は、大島本<明融(臨模)本<定家自筆本、とされている。
 大島本「空蝉」(「大島本源氏物語」影印版・DVD-ROM版)を底本とし、その本行本文と一筆の本文訂正跡を基に本文整定したとのこと。