古事記 上巻全文~原文対訳

古事記
上巻全文
第一部

上巻目次
(便宜上、部で区切っている)
  
第一部 第二部 第三部 第四部 第五部
天地開闢
三貴子
天照と
須佐之男
大国主と
根の国
堕落反逆
国譲り
ニニギと
ホオリ

 
 

第一部:天地開闢~三貴子

 


目次
 
別天神(ことあまつかみ)
神世七代(かみよななよ)
天地開闢(イザナギとイザナミ)
オノゴロ島:天浮橋 天沼矛
・国生み
 ①廻逢い:天之御柱 八尋殿 水蛭子(ひるこ) 淡島
 ②島と国(アイラうンド):フトマニ
・神生み     
迦具土(カグツチ)
・黄泉の国
 ①後追い ②逃亡 ③対立
・禊祓  
・三貴子:天照大御神 月讀命 建速須佐之男命
 ①誕生:左目 右目 鼻
 ②下命:天 夜 海
 ③須佐之男の第一次神逐

 


原文 書き下し
(武田祐吉)
現代語訳
(武田祐吉)

別天神(ことあまつかみ)

     
天地
初發之時。
 天地あめつちの
初發はじめの時、
 昔、この世界の
一番始めの時に、
於高天原

神名。
高天たかまの原はらに
成りませる
神の名みなは、
天で
御出現になつた
神樣は、お名を
天之
御中主神。
天あめの
御中主
みなかぬしの神。
アメノ
ミナカヌシの神
といいました。
〈訓高下天云
阿麻。
下效此〉
   

高御產巢日神。
次に
高御産巣日
たかみむすびの神。
次の神樣は
タカミムスビの神、

神產巢日神。
次に
神産巣日
かむむすびの神。
次の神樣は
カムムスビの神、
     
此三柱神者。 この三柱みはしらの神は、 この御お三方かたは
並獨神
成坐而。
みな獨神ひとりがみに
成りまして、
皆お獨で
御出現になつて、
隱身也。 身みみを
隱したまひき。
やがて形を
お隱しなさいました。
     
次國稚  次に國稚わかく、 次に國ができたてで
如浮
脂而。
浮うかべる
脂あぶらの如くして
水に浮いた
脂のようであり、
久羅下那州
多陀用幣琉
之時。
水母くらげなす
漂ただよへる
時に、
水母くらげのように
ふわふわ漂つている
時に、
〈琉字以上
十字以音〉
   
如葦牙
因萌騰
之物而。
葦牙あしかびのごと
萠もえ騰あがる
物に因りて
泥の中から
葦あしが
芽めを出して來るような
勢いの物によつて
成神名。 成りませる神の名は、 御出現になつた神樣は、
宇麻志
阿斯訶備
比古遲神。
宇摩志
阿斯訶備
比古遲
うまし
あしかび
ひこぢの神。
ウマシ
アシカビ
ヒコヂの神といい、
〈此神名以音〉    
次。
天之
常立神。
次に
天あめの
常立とこたちの神。
次に
アメノ
トコタチの神といいました。
〈訓常云登許。
 訓立云多知〉
   
此二柱神
亦獨神
成坐而。
この二柱ふたはしらの神も
みな獨神
ひとりがみに成りまして、
この方々かたがたも
皆お獨で御出現になつて
隱身也。 身みみを隱したまひき。 形をお隱しになりました。
     
上件
五柱神者。
上の件くだり、
五柱の神は
 以上の
五神は、
別天神。 別こと
天あまつ神かみ。
特別の
天の神樣です。
     

神世七代

     
次成神名。  次に成りませる
神の名は、
 それから
次々に現われ出た神樣は、
國之常立神。 國の常立とこたちの神。 クニノトコタチの神、
〈訓常立亦如上〉    
次。
豐雲〈上〉野神。
次に
豐雲野
とよくものの神。
トヨクモノの神、
此二柱神亦
獨神成坐而。
この二柱の神も、
獨神に成りまして、
 
隱身也。 身を隱したまひき。  
     
次成
神名。
次に成りませる
神の名は、
 
宇比地邇〈上〉神。 宇比地邇
うひぢにの神。
ウヒヂニの神、
次。
妹須比智邇〈去〉神。
次に
妹須比智邇
いもすひぢにの神。
スヒヂニの女神、
〈此二神名以音〉    

角杙神。
次に
角杙つのぐひの神。
ツノグヒの神、

妹活杙神。
〈二柱〉
次に
妹活杙
いもいくぐひの神
二柱。
イクグヒの女神、

意富斗能地神。
次に
意富斗能地
おほとのぢの神。
オホトノヂの神、


大斗乃辨神。
次に
妹大斗乃辨
いもおほとのべの神。
オホトノベの女神、
〈此二神名亦以音〉    

於母陀琉神。
次に
於母陀琉
おもだるの神。
オモダルの神、


阿夜〈上〉訶志古泥神。
次に
妹いも
阿夜訶志古泥
あやかしこねの神。
アヤカシコネの女神、
〈此二神名皆以音〉    
     

伊邪那岐神。
次に
伊耶那岐
いざなぎの神。
それから
イザナギの神と


伊邪那美神。
次に
妹いも
伊耶那美
いざなみの神。
イザナミの女神とでした。
〈此二神名
亦以音如上〉
   
上件
自國之常立神以下。
上の件、
國の常立の神
より下しも、
この
クニノトコタチの神から
伊邪那美神
以前。
伊耶那美
いざなみの神
より前さきを、
イザナミの神までを
并稱
神世七代。
并はせて
神世かみよ
七代ななよ
とまをす。
神代七代
と申します。
     
〈上二柱。 (上の二柱は、 そのうち始めの
御二方おふたかたは
獨神
各云一代。
獨神
おのもおのも
一代とまをす。
お獨立ひとりだちであり、
次雙十神。 次に雙びます十神は ウヒヂニの神から以下は
各合
二神云一代也〉
おのもおのも
二神を合はせて
一代とまをす。)
御二方で一代でありました。
     

天地開闢:伊邪那岐と伊邪那美

オノゴロ島

     
於是
天神諸命以。
 ここに
天つ神
諸もろもろの命みこと以もちて、
 そこで
天の神樣方の仰せで、

伊邪那岐命
伊邪那美命
二柱神。
伊耶那岐いざなぎの命
伊耶那美いざなみの命
の二柱の神に詔のりたまひて、
イザナギの命みこと・
イザナミの命みこと
御二方
おふたかたに、
修理固成
是多陀用幣流之國。
この漂へる國を
修理をさめ固め成せと、
「この漂つている國を
整えてしつかりと作り固めよ」とて、

天沼矛
而。
天あめの
沼矛ぬぼこを
賜ひて、
りつぱな
矛ほこを
お授けになつて
言依賜也。 言依ことよさしたまひき。 仰せつけられました。
     

二柱神立
かれ
二柱の神、
それで
この御二方
おふたかたの神樣は
天浮橋而。
〈訓立云多多志〉
天あめの
浮橋うきはしに立たして、
天からの
階段にお立ちになつて、
指下
其沼矛以
畫者。
その沼矛ぬぼこを
指さし下おろして
畫きたまひ、
その矛ほこを
さしおろして
下の世界をかき廻され、

許袁呂
許袁呂邇
〈此七字以音〉
畫鳴
〈訓鳴云那志〉而。

こをろこをろに
畫き鳴なして、
海水を
音を立てて
かき廻して
引上時。 引き上げたまひし時に、 引きあげられた時に、
自其矛末
垂落之鹽。
その矛の末さきより
滴したたる鹽の
矛の先から
滴したゝる海水が、
累積成嶋。 積りて成れる島は、 積つて島となりました。

淤能碁呂嶋。
淤能碁呂
おのごろ島なり。
これが
オノゴロ島です。
〈自淤以下
四字以音〉
   
     

国生み①廻逢

     
於其嶋
天降坐而。
その島に
天降あもりまして、
その島に
お降くだりになつて、
見立
天之御柱。
天あめの御柱みはしらを
見立て
大きな柱を立て、
見立
八尋殿。
八尋殿やひろどのを
見立てたまひき。
大きな御殿ごてんを
お建たてになりました。
     
於是
問其妹
伊邪那美命曰。
 ここにその妹
伊耶那美いざなみの命に
問ひたまひしく、
 そこで
イザナギの命が、
イザナミの女神に
汝身者
如何成。
「汝なが身は
いかに成れる」
と問ひたまへば、
「あなたのからだは、
どんなふうにできていますか」と、
答曰 答へたまはく、 お尋ねになりましたので、
吾身者
成成
不成合
處一處在。
「吾わが身は
成り成りて、
成り合はぬところ
一處あり」
とまをしたまひき。
「わたくしのからだは、
できあがつて、
でききらない所が
一か所あります」
とお答えになりました。

伊邪那岐命
詔。
ここに
伊耶那岐いざなぎの命
詔のりたまひしく、
そこで
イザナギの命の
仰せられるには
我身者。 「我が身は 「わたしのからだは、
成成而
成餘處
一處在。
成り成りて、
成り餘れるところ
一處あり。
できあがつて、
でき過ぎた所が
一か所ある。
故以
此吾身
成餘處。
故かれ
この吾が身の
成り餘れる處を、
だから
わたしの
でき過ぎた所を
刺塞汝身
不成合處
而。
汝が身の
成り合はぬ處に
刺し塞ふたぎて、
あなたの
でききらない所にさして
以爲
生成國土生
奈何。
國土くに生み成さむ
と思ほすはいかに」
とのりたまへば、
國を生み出そうと思うが
どうだろう」
と仰せられたので、
〈訓生云宇牟。下效此〉    
伊邪那美命
答曰
然善。
伊耶那美いざなみの命
答へたまはく、
「しか善けむ」とまをしたまひき。
イザナミの命が
「それがいいでしよう」
とお答えになりました。
     

伊邪那岐命。
ここに
伊耶那岐の命
そこで
イザナギの命が
詔りたまひしく、  
然者
吾與汝
行廻逢
是天之御柱
「然らば
吾あと汝なと、
この天の御柱を
行き廻めぐりあひて、
「そんなら
わたしとあなたが、
この太い柱を
廻りあつて、
     
而爲
美斗能
麻具波比。
〈此七字以音〉
美斗みとの
麻具波比まぐはひせむ」
結婚をしよう」
  とのりたまひき。 と仰せられて
如此云期。 かく期ちぎりて、 このように約束して
乃詔 すなはち詔りたまひしく、 仰せられるには
汝者自右廻逢。 「汝は右より廻り逢へ、 「あなたは右からお廻りなさい。
我者自左廻逢。 我あは左より廻り逢はむ」
とのりたまひて、
わたしは左から廻つてあいましよう」
約竟
以廻時。
約ちぎり竟をへて
廻りたまふ時に、
と約束して
お廻りになる時に、
伊邪那美命。 伊耶那美の命 イザナミの命が
先言
阿那邇夜志
愛〈上〉袁登古袁。
まづ
「あなにやし、
えをとこを」
とのりたまひ、
先に
「ほんとうにりつぱな
青年ですね」
といわれ、
〈此十字以音下效此〉    
後伊邪那岐命 後に伊耶那岐の命 その後あとでイザナギの命が

阿那邇夜志
愛〈上〉袁登賣袁。
「あなにやし、
え娘子をとめを」
とのりたまひき。
「ほんとうに
美うつくしいお孃じようさんですね」
といわれました。
各言竟之後。 おのもおのものりたまひ竟をへて後に、 それぞれ言い終つてから、
告其妹曰 その妹に告のりたまひしく、 その女神に
女人
先言不良。
「女人を
みな先立さきだち言へるはふさはず」
とのりたまひき。
「女が
先に言つたのはよくない」
とおつしやいましたが、
雖然
久美度邇
〈此四字以音〉
興而。
然れども
隱處くみどに
興おこして
しかし
結婚をして、
生子
水蛭子。
子みこ
水蛭子ひるこを
生みたまひき。
これによつて御子みこ
水蛭子ひるこを
お生うみになりました。
此子者
入葦船而
流去。
この子は
葦船あしぶねに入れて
流し去やりつ。
この子は
アシの船に乘せて
流してしまいました。
     
次生
淡嶋
次に淡島あはしまを
生みたまひき。
次に淡島あわしまを
お生みになりました。
是亦
不入子之例。
こも
子の數に入らず。
これも
御子みこの數にははいりません。
     

国生み②島国

     
於是
二柱神
議云。
 ここに
二柱の神
議はかりたまひて、
 かくて
御二方で
御相談になつて、
今吾所
生之子不良。
「今、吾が
生める子ふさはず。
「今わたしたちの
生うんだ子こがよくない。
猶宜白
天神之御所。
なほうべ
天つ神の御所みもとに
白まをさな」とのりたまひて、
これは
天の神樣のところへ行つて
申しあげよう」と仰せられて、
即共參上。 すなはち
共に參まゐ上りて、
御一緒ごいつしよに
天に上のぼつて

天神之命。
天つ神の命みことを
請ひたまひき。
天の神樣の
仰せをお受けになりました。

天神之命以。
ここに
天つ神の命みこと以ちて、
そこで
天の神樣の御命令で
布斗麻邇爾
〈上。此五字以音〉
太卜ふとまにに 鹿の肩の骨をやく
占うらない方かたで
ト相而詔之。 卜うらへてのりたまひしく、 占いをして仰せられるには、
因女先言
而不良。
「女をみなの先立ち言ひしに
因りてふさはず、
「それは女の方ほうが
先さきに物を言つたので
良くなかつたのです。
亦還降
改言。
また還り降あもりて
改め言へ」
とのりたまひき。
歸り降くだつて
改めて言い直したがよい」
と仰せられました。
     

爾反降。
 かれ
ここに降りまして、
そういうわけで、
また降つておいでになつて、
更往廻其
天之御柱
如先。
更に
その天の御柱を
往き廻りたまふこと、
先の如くなりき。
またあの柱を
前のように
お廻りになりました。
     
於是
伊邪那岐命。
ここに
伊耶那岐
いざなぎの命、
今度は
イザナギの命みことが
先言
阿那邇夜志
愛袁登賣袁。
まづ
「あなにやし、
えをとめを」
とのりたまひ、
まず
「ほんとうに美うつくしい
お孃さんですね」
とおつしやつて、
後妹
伊邪那美命。
後に妹
伊耶那美
いざなみの命、
後に
イザナミの命が

阿那邇夜志
愛袁登古袁。
「あなにやし、
えをとこを」
とのりたまひき。
「ほんとうに
りつぱな青年ですね」
と仰せられました。
     
如此言
竟而。
かくのりたまひ
竟へて、
かように
言い終つて
御合。 御合みあひまして、 結婚をなさつて
生子。
淡道之
穗之狹別嶋。
子みこ
淡道あはぢの
穗ほの狹別さわけの島
を生みたまひき。
御子の
淡路あわじの
ホノサワケの島を
お生みになりました。
〈訓別云和氣。
下效此〉
   
次生
伊豫之
二名嶋。
次に伊豫いよの
二名ふたなの島を
生みたまひき。
次に伊豫いよの
二名ふたなの島(四國)
をお生うみになりました。
此嶋者
身一而
有面四。
この島は
身一つにして
面おも四つあり。
この島は
身み一つに
顏かおが四つあります。
每面有名。 面ごとに名あり。 その顏ごとに名があります。
故伊豫國謂
愛〈上〉比賣。
〈此三字以音
下效此。(也)〉
かれ伊豫の國を
愛比賣
えひめといひ、
伊豫いよの國を
エ姫ひめ
といい、
讚岐國謂
飯依比古。
讚岐さぬきの國を
飯依比古
いひよりひこといひ、
讚岐さぬきの國を
イヒヨリ彦ひこ
といい、
粟國謂
大宜都比賣。
〈此四字以音〉
粟あはの國を、
大宜都比賣
おほげつひめといひ、
阿波あわの國を
オホケツ姫
といい、
土左國謂
建依別。
土左とさの國を
建依別たけよりわけ
といふ。
土佐とさの國を
タケヨリワケ
といいます。
     
次生
隱伎之
三子嶋。
次に
隱岐おきの
三子みつごの島を
生みたまひき。
次に
隱岐おきの
三子みつごの島を
お生みなさいました。
亦名
天之忍許呂別。
〈許呂二字以音〉
またの名は
天あめの
忍許呂別おしころわけ。
この島は
またの名を
アメノオシコロワケ
といいます。
     
次生
筑紫嶋。
次に
筑紫つくしの島を
生みたまひき。
次に
筑紫つくしの島(九州)
をお生うみになりました。
此嶋亦
身一而
有面四。
この島も
身一つにして
面四つあり。
やはり
身み一つに
顏が四つあります。
每面
有名。
面ごとに
名あり。
顏ごとに
名がついております。
故筑紫國
謂白日別。
かれ筑紫の國を
白日別しらひわけといひ、
それで筑紫つくしの國を
シラヒワケといい、
豐國謂
豐日別。
豐とよの國くにを
豐日別
とよひわけといひ、
豐とよの國を
トヨヒワケといい、
肥國謂
建日向
日豐久士比泥別。
〈自久至泥以音〉
肥ひの國くにを
建日向
日豐久士比泥別
たけひむかひ
とよくじひねわけといひ、
肥ひの國を
タケヒムカヒ
トヨクジヒネワケといい、
熊曾國謂
建日別
〈曾字以音〉
熊曾くまその國を
建日別
たけひわけといふ。
熊曾くまその國を
タケヒワケといいます。
     
次生
伊伎嶋。
次に
伊岐いきの島を
生みたまひき。
次に
壹岐いきの島を
お生みになりました。
亦名謂
天比登都柱。
〈自比至都以音
訓天如天〉
またの名は
天比登都柱
あめひとつはしらといふ。
この島はまたの名を
天一あめひとつ柱はしら
といいます。
次生
津嶋。
次に
津島つしまを
生みたまひき。
次に
對馬つしまを
お生みになりました。
亦名謂
天之
狹手依比賣。
またの名は
天あめの
狹手依比賣さでよりひめといふ。
またの名を
アメノ
サデヨリ姫といいます。
次生
佐度嶋。
次に
佐渡さどの島を生みたまひき。
次に
佐渡さどの島を
お生みになりました。
次生
大倭
豐秋津嶋。
次に
大倭豐秋津
おほやまと
とよあきつ島を生みたまひき。
次に
大倭豐秋津島
おおやまと
とよあきつしま(本州)
をお生みになりました。
亦名謂
天御
虛空
豐秋津根別。
またの名は
天あまつ
御虚空豐秋津根別
みそらとよあきつねわけ
といふ。
またの名を
アマツ
ミソラ
トヨアキツネワケ
といいます。
     
故因此八嶋
先所生
かれこの八島の
まづ生まれしに因りて、
この八つの島が
まず生まれたので

大八嶋國。
大八島おほやしま國
といふ。
大八島國おおやしまぐに
というのです。
     
然後
還坐之時。
 然ありて後
還ります時に、
それから
お還かえりになつた時に

吉備兒嶋。
吉備きびの兒島こじまを
生みたまひき。
吉備きびの兒島こじまを
お生みになりました。
亦名謂
建日方別。
またの名は
建日方別
たけひがたわけといふ。
またの名なを
タケヒガタワケといいます。
次生
小豆嶋。
次に
小豆島あづきしまを
生みたまひき。
次に
小豆島あずきじまを
お生みになりました。
亦名謂
大野手〈上〉比賣。
またの名は
大野手比賣
おほのでひめといふ。
またの名を
オホノデ姫ひめといいます。
次生
大嶋。
次に
大島おほしまを
生みたまひき。
次に
大島を
お生うみになりました。
亦名謂
大多麻〈上〉流別
〈自多至流以音〉
またの名は
大多麻流別
おほたまるわけといふ。
またの名を
オホタマルワケといいます。
次生
女嶋。
次に
女島ひめじまを
生みたまひき。
次に
女島ひめじまを
お生みになりました。
亦名謂
天一根。
〈訓天如天〉
またの名は
天一根
あめひとつねといふ。
またの名を
天あめ一つ根といいます。
次生
知訶嶋。
次に
知訶ちかの島を
生みたまひき。
次に
チカの島を
お生みになりました。
亦名謂
天之忍男。
またの名は
天あめの忍男おしをといふ。
またの名を
アメノオシヲといいます。
次生
兩兒嶋。
次に
兩兒ふたごの島を
生みたまひき。
次に
兩兒ふたごの島を
お生みになりました。
亦名謂
天兩屋。
またの名は
天あめの兩屋ふたやといふ。
またの名を
アメフタヤといいます。
〈自吉備兒嶋
至天兩屋嶋
并六嶋〉
吉備の兒島より
天の兩屋の島まで
并はせて六島。
吉備の兒島から
フタヤの島まで
合わせて六島です。
     

神生み①

     

生國竟。
 既に
國を生み竟をへて、
 このように
國々を生み終つて、

生神。
更に
神を生みたまひき。
更さらに
神々をお生みになりました。
     
故生
神名
かれ生みたまふ
神の名は、
そのお生み遊ばされた
神樣の御おん名はまず
大事忍男神。 大事忍男
おほことおしをの神。
オホコトオシヲの神、
次生
石土毘古神。
〈訓石云伊波。
亦毘古二字
以音下效此也〉
次に石土毘古
いはつちびこの神を
生みたまひ、
次に
イハツチ彦の神、
次生
石巢比賣神。
次に石巣比賣
いはすひめの神を
生みたまひ、
次に
イハス姫の神、
次生
大戶日別神。
次に大戸日別
おほとひわけの神を
生みたまひ、
次に
オホトヒワケの神、
次生
天之
吹〈上〉男神。
次に天吹男
あめのふきをの神を
生みたまひ、
次に
アメノフキヲの神、
次生
大屋毘古神。
次に大屋毘古
おほやびこの神を
生みたまひ、
次に
オホヤ彦の神、
次生
風木津別之
忍男神。
〈訓風云加邪。
訓木以音〉
次に風木津別
かざもつわけの
忍男おしをの神を
生みたまひ、
次に
カザモツワケノ
オシヲの神を
お生みになりました。
次生
海神名
大綿津見神。
次に海わたの神名は
大綿津見
おほわたつみの神を
生みたまひ、
次に海の神の
オホワタツミの神を
お生みになり、
次生
水戶神名
速秋津日子神。
次に水戸みなとの神名は
速秋津日子
はやあきつひこの神、
次に水戸の神の
ハヤアキツ彦の神と


速秋津比賣神。
次に妹速秋津比賣
はやあきつひめの神を
生みたまひき。
ハヤアキツ姫の神とを
お生みになりました。
     
〈自大事忍男神
至秋津比賣神
并十神〉
(大事忍男の神より
秋津比賣の神まで
并はせて十神。)
オホコトオシヲの神から
アキツ姫の神まで
合わせて十神です。
     

速秋津日子
速秋津比賣
二神。
この
速秋津日子
はやあきつひこ、
速秋津比賣
はやあきつひめの
二神ふたはしら、
この
ハヤアキツ彦と
ハヤアキツ姫の
御二方が
因河海
持別而
生神名
河海によりて
持ち別けて
生みたまふ神の名は、
河と海とで
それぞれに分けて
お生みになつた神の名は、
沫那藝神。
〈那藝二字
以音下效此〉
沫那藝
あわなぎの神。
アワナギの神・

沫那美神。
〈那美二字
以音下效此〉
次に
沫那美
あわなみの神。
アワナミの神・

頰那藝神。
次に
頬那藝
つらなぎの神。
ツラナギの神・

頰那美神。
次に
頬那美
つらなみの神。
ツラナミの神・

天之水分神。
〈訓分云
久麻理。
下效此〉
次に
天あめの
水分みくまりの神。
アメノ
ミクマリの神・

國之水分神。
次に
國くにの
水分みくまりの神。
クニノ
ミクマリの神・

天之
久比奢母智神。
〈自久以下
五字以音
下效此〉
次に
天あめの
久比奢母智
くひざもちの神、
アメノ
クヒザモチの神・

國之
久比奢母智神。
次に
國くにの
久比奢母智
くひざもちの神。
クニノ
クヒザモチの神
であります。
     
〈自沫那藝神
至國之
久比奢母智神
并八神〉
(沫那藝の神より
國の
久比奢母智の神まで
并はせて八神。)
アワナギの神から
クニノ
クヒザモチの神まで
合わせて八神です。
     

神生み②

     
次生風神名  次に風の神名は 次に風の神の
志那都比古神。
〈此神名以音〉
志那都比古
しなつひこの神を
生みたまひ、
シナツ彦の神、
次生木神名
久久能智神。
〈此神名以音〉
次に木の神名は
久久能智
くくのちの神を
生みたまひ、
木の神の
ククノチの神、
次生山神。
名大山〈上〉津見神。
次に山の神名は
大山津見
おほやまつみの神を
生みたまひ、
山の神の
オホヤマツミの神、
     
次生
野神。
次に
野の神名は
野の神の

鹿屋野比賣神。
鹿屋野比賣
かやのひめの神を
生みたまひき。
カヤノ姫の神、
亦名謂
野椎神。
またの名は
野椎のづちの神
といふ。
またの名を
ノヅチの神という神を
お生みになりました。
     
〈自
志那都比古神
至野椎
并四神〉
(志那都比古の神より
野椎まで
并はせて四神。)
シナツ彦の神から
ノヅチまで
合わせて四神です。
     

大山津見神
野椎神
二神。
 この
大山津見の神、
野椎の神の
二神ふたはしら、
この
オホヤマツミの神と
ノヅチの神とが
因山野
持別而
生神名
山野によりて
持ち別けて
生みたまふ神の名は、
山と野とに分けて
お生みになつた
神の名は、
天之狹土神。
〈訓土云豆知。
下效此〉
天の狹土さづちの神。 アメノサヅチの神・
次國之狹土神。 次に國の狹土の神。 クニノサヅチの神・
次天之狹霧神。 次に天の狹霧さぎりの神。 アメノサギリの神・
次國之狹霧神。 次に國の狹霧の神。 クニノサギリの神・
次天之闇戶神。 次に天の闇戸くらとの神。 アメノクラドの神・
次國之闇戶神。 次に國の闇戸の神。 クニノクラドの神・

大戶惑子神。
〈訓惑云麻刀比。
下效此〉
次に
大戸或子
おほとまどひこの神。
オホトマドヒコの神・

大戶惑女神。
次に
大戸或女
おほとまどひめの神。
オホトマドヒメの神
であります。
     
〈自天之狹土神
至大戶惑女神
并八神也〉
(天の狹土の神より
大戸或女の神まで
并はせて八神。)
アメノサヅチの神から
オホトマドヒメの神まで
合わせて八神です。
     

神生み③

     
次生
神名
 次に生みたまふ
神の名は、
 次にお生みになつた
神の名は
鳥之
石楠船神
鳥の
石楠船
いはくすぶねの神、
トリノ
イハクスブネの神、
亦名謂
天鳥船神。
またの名は
天の鳥船とりぶね
といふ。
この神はまたの名を
天あめの鳥船とりふね
といいます。
次生
大宜都比賣神。
〈此神名以音〉
次に
大宜都比賣
おほげつひめの神を
生みたまひ、
次に
オホゲツ姫の神を
お生みになり、
次生
火之
夜藝速男神。
〈夜藝二字以音〉
次に
火ほの
夜藝速男
やぎはやをの神を
生みたまひき。
次に
ホノ
ヤギハヤヲの神、
亦名謂
火之
炫毘古神。
またの名は
火ほの
炫毘古
かがびこの神といひ、
またの名を
ホノ
カガ彦の神、
亦名謂
火之
迦具土神。
〈加具二字以音〉
またの名は
火ほの
迦具土かぐつちの神といふ。
またの名を
ホノ
カグツチの神といいます。
     

生此子。
この子を
生みたまひしによりて、
この子こを
お生みになつたために
美蕃登
〈此三字以音〉
見炙而
病臥在。
御陰みほと
やかえて
病やみ臥こやせり。
イザナミの命は
御陰みほとが燒かれて
御病氣になりました。
     
多具理邇
〈此四字以音〉
生神名。
たぐりに
生なりませる
神の名は
その嘔吐へどで
できた神の名は
金山毘古神。
〈訓金云迦那。
下效此〉
金山毘古
かなやまびこの神。
カナヤマ彦の神と
次金山毘賣神。 次に
金山毘賣
かなやまびめの神。
カナヤマ姫の神、
次於
屎成神名
次に
屎くそに成りませる
神の名は、
屎くそでできた
神の名は
波邇夜須毘古神。
〈此神名以音〉
波邇夜須毘古
はにやすびこの神。
ハニヤス彦の神と

波邇夜須毘賣神。
〈此神名亦以音〉
次に
波邇夜須毘賣
はにやすびめの神。
ハニヤス姫の神、
次於
尿成神名
次に
尿ゆまりに成りませる
神の名は
小便でできた
神の名は
彌都波能賣神。 彌都波能賣
みつはのめの神。
ミツハノメの神と

和久產巢日神。
次に
和久産巣日
わくむすびの神。
ワクムスビの神です。
此神之子謂
豐宇氣毘賣神。
〈自宇以下
四字以音〉
この神の子は
豐宇氣毘賣
とようけびめの神といふ。
この神の子は
トヨウケ姫の神
といいます。
     

伊邪那美神者。
かれ
伊耶那美いざなみの神は、
かような次第で
イザナミの命は
因生
火神。
火の神を
生みたまひしに因りて、
火の神を
お生みになつたために

神避坐也。
遂に
神避かむさりたまひき。
遂ついに
お隱かくれになりました。
     
〈自天鳥船
至豐宇氣毘賣神。
并八神〉
(天の鳥船より
豐宇氣毘賣の神まで
并はせて八神。)
天の鳥船から
トヨウケ姫の神まで
合わせて八神です。
     

伊邪那岐
伊邪那美
二神。
およそ
伊耶那岐いざなぎ
伊耶那美の
二神、
 すべて
イザナギ・
イザナミの
お二方の神が、
共所生嶋
壹拾肆嶋。
共に生みたまふ島
壹拾とをまり四島よしま、
共にお生みになつた
島の數は十四、

參拾伍神。

參拾みそぢまり
五神いつはしら。
神は
三十五神であります。
     
〈是伊邪那美神 (こは伊耶那美の神、 これはイザナミの神が
未神避以前
所生。
いまだ神避りまさざりし前に
生みたまひき。
まだお隱れになりませんでした前に
お生みになりました。
唯意能碁呂嶋者。
非所生。
ただ意能碁呂島は
生みたまへるにあらず、
ただオノゴロ島は
お生みになつたのではありません。

姪子與淡嶋
不入子之例也〉
また
蛭子と淡島とは
子の例に入らず。)
また
水蛭子ひること淡島とは
子の中に入れません。
     

カグツチ

     
故爾
伊邪那岐命
詔之。
 かれここに
伊耶那岐の命の
詔のりたまはく、
 そこで
イザナギの命の
仰せられるには、
愛我那邇妹
命乎。
〈那邇二字
以音下效此〉
「愛うつくしき
我あが汝妹なにも
の命を、
「わたしの
最愛の妻を
謂易
子之一木乎。
子の一木ひとつけに
易かへつるかも」
とのりたまひて、
一人の子に
代えたのは殘念だ」
と仰せられて、
乃匍匐
御枕方。
御枕方みまくらべに
匍匐はらばひ
イザナミの命の
枕の方や
匍匐
御足方而。
御足方みあとべに
匍匐ひて、
足の方に
這はい臥ふして
哭時。 哭なきたまふ時に、 お泣なきになつた時に、
於御淚
所成神。
御涙に
成りませる神は、
涙で
出現した神は
坐香山之
畝尾
木本。
香山かぐやまの
畝尾うねをの
木のもとにます、
香具山の
麓の小高い處の
木の下においでになる

泣澤女神。
名は
泣澤女
なきさはめの神。
泣澤女
なきさわめの神です。
     

其所神避之
伊邪那美神者。
かれ
その神避りたまひし
伊耶那美の神は、
この
お隱れになつた
イザナミの命は

出雲國與
伯伎國

比婆之山也。
出雲の國と
伯伎ははきの國との
堺なる
比婆ひばの山に
葬をさめまつりき。
出雲いずもの國と
伯耆ほうきの國との
境にある
比婆ひばの山に
お葬り申し上げました。
     
於是
伊邪那岐命。
ここに
伊耶那岐の命、
 ここに
イザナギの命は、
拔所
御佩之
十拳劔斬
其子
迦具土神之頸。
御佩みはかしの
十拳とつかの劒を拔きて、
その子
迦具土かぐつちの神の
頸くびを斬りたまひき。
お佩はきになつていた
長い劒を拔いて
御子みこの
カグツチの神の
頸くびをお斬りになりました。
     
爾著
其御刀
前之血。
ここに
その御刀みはかしの
前さきに著ける血、
その劒の先に
ついた血が
走就
湯津石村。
湯津石村
ゆついはむらに
走たばしりつきて
清らかな巖いわおに
走りついて
所成神名
石拆神。
成りませる神の名は、
石拆いはさくの神。
出現した神の名は、
イハサクの神、

根拆神。
次に
根拆
ねさくの神。
次に
ネサクの神、

石筒之男神。
次に
石筒
いはづつの男をの神。
次に
イハヅツノヲの神
であります。
〈三神〉    
     
次著
御刀本血亦
走就
湯津石村。
次に
御刀の本に著ける血も、
湯津石村に
走りつきて
次に
その劒のもとの方についた血も、
巖に
走りついて
所成神名。 成りませる神の名は、 出現した神の名は、
甕速日神。 甕速日
みかはやびの神。
ミカハヤビの神、

樋速日神。
次に樋速日
ひはやびの神。
次に
ヒハヤビの神、

建御雷之男神。
次に
建御雷
たけみかづちの男をの神。
次に
タケミカヅチノヲの神、
亦名
建布都神。
〈布都二字
以音下效此〉
またの名は
建布都
たけふつの神、
またの名を
タケフツの神、
亦名
豐布都神。
〈三神〉
またの名は
豐布都
とよふつの神三神。
またの名を
トヨフツの神
という神です。
     

集御刀之
手上血。
次に
御刀の手上たがみに
集まる血、
次に
劒の柄に
集まる血が
自手俣
漏出。
手俣たなまたより
漏くき出でて
手のまたから
こぼれ出して
所成神名。
〈訓漏云久伎〉
成りませる
神の名は、
出現した
神の名は
闇淤加美神。
〈淤以下三字
以音下效此〉
闇淤加美
くらおかみの神。
クラオカミの神、

闇御津羽神。
次に
闇御津羽
くらみつはの神。
次に
クラミツハの神
であります。
     
上件 (上の件、 以上
自石拆神以下。 石拆の神より下、 イハサクの神から
闇御津羽神
以前。
闇御津羽の神
より前、
クラミツハの神まで
并八神者。 并はせて八神は、 合わせて八神は、
因御刀所
生之神者也。
御刀に因りて
生りませる神なり。)
御劒によつて
出現した神です。
     
所殺
迦具土神之於
 殺さえたまひし
迦具土かぐつちの神の
 殺されなさいました
カグツチの神の、
頭所
成神名。
頭に
成りませる神の名は、
頭に
出現した神の名は
正鹿山〈上〉
津見神。
正鹿山津見
まさかやまつみの神。
マサカヤマ
ツミの神、

於胸所
成神名。
次に
胸に
成りませる神の名は、
胸に
出現した神の名は
淤縢山
津見神。
〈淤縢二字
以音〉
淤縢山津見
おとやまつみの神。
オトヤマ
ツミの神、

於腹所
成神名。
次に
腹に
成りませる神の名は、
腹に
出現した神の名は
奧山〈上〉
津見神。
奧山津見
おくやまつみの神。
オクヤマ
ツミの神、

於陰所
成神名。
次に
陰ほとに
成りませる神の名は、
御陰みほとに
出現した神の名は
闇山
津見神。
闇山津見
くらやまつみの神。
クラヤマ
ツミの神、

於左手所
成神名。
次に
左の手に
成りませる神の名は、
左の手に
出現した神の名は
志藝山
津見神。
志藝山津見
しぎやまつみの神。
シギヤマ
ツミの神、
〈志藝二字
以音〉
   

於右手所
成神名。
次に
右の手に
成りませる神の名は、
右の手に
出現した神の名は
羽山
津見神。
羽山津美
はやまつみの神。
ハヤマ
ツミの神、

於左足所
成神名。
次に
左の足に
成りませる神の名は、
左の足に
出現した神の名は
原山
津見神。
原山津見
はらやまつみの神。
ハラヤマ
ツミの神、

於右足所
成神名。
次に
右の足に
成りませる神の名は、
右の足に
出現した神の名は
戶山
津見神。
戸山津見
とやまつみの神。
トヤマ
ツミの神であります。
     
〈自
正鹿山津見神。
(正鹿山津見の神より マサカヤマ
ツミの神から

戶山津見神。
戸山津見の神まで トヤマ
ツミの神まで
并八神〉 并はせて八神。) 合わせて八神です。
     
故所斬之
刀名。
かれ斬りたまへる
刀の名は、
そこでお斬りになつた
劒の名は

天之尾羽張。
天の尾羽張をはばり
といひ、
アメノヲハバリ
といい、
亦名謂。 またの名は またの名は
伊都之尾羽張
〈伊都二字以音〉
伊都いつの尾羽張
といふ。
イツノヲハバリ
ともいいます。
     

黄泉①後追

     
於是
欲相見
其妹
伊邪那美命。
 ここに
その妹
伊耶那美の命を
相見まくおもほして、
 イザナギの命は
お隱れになつた
女神めがみに
もう一度會いたいと思われて、
追往
黃泉國。
黄泉國
よもつくにに
追ひ往いでましき。
後あとを追つて
黄泉よみの國に
行かれました。

自殿騰戶。
ここに
殿とのの縢くみ戸より
そこで女神が
御殿の組んである戸から出て
出向之時。 出で向へたまふ時に、 お出迎えになつた時に、
伊邪那岐命。 伊耶那岐の命 イザナギの命みことは、
語。 語らひて詔りたまひしく、  
詔之
愛我那邇妹命。
「愛うつくしき
我あが汝妹なにもの命、
「最愛の
わたしの妻よ、
吾與汝
所作之國。
吾と汝と
作れる國、
あなたと
共に作つた國は
未作竟。 いまだ作り竟をへずあれば、 まだ作り終らないから
故可還。 還りまさね」
と詔りたまひき。
還つていらつしやい」
と仰せられました。
     

伊邪那美命
答白。
ここに
伊耶那美の命の
答へたまはく、
しかるに
イザナミの命みことが
お答えになるには、
悔哉。 「悔くやしかも、 「それは殘念なことを致しました。
不速來。 速とく來まさず。 早くいらつしやらないので
吾者爲
黃泉戶喫。
吾は
黄泉戸喫
よもつへぐひしつ。
わたくしは
黄泉よみの國の
食物を食たべてしまいました。

愛我那勢命。
〈那勢二字
以音下效此〉
然れども
愛しき我が汝
兄なせの命、
しかし
あなた樣さまが
入來坐之事
恐故。
入り來ませること
恐かしこし。
わざわざ
おいで下さつたのですから、
欲還。 かれ還りなむを。 何なんとかして
還りたいと思います。
且與
黃泉神
相論。
しまらく
黄泉神よもつかみと
論あげつらはむ。
黄泉よみの國の神樣に
相談をして參りましよう。

視我。
我を
な視たまひそ」と、
その間
わたくしを御覽になつては
いけません」
如此白而
還入
其殿内之間。
かく白して、
その殿内とのぬちに
還り入りませるほど、
とお答えになつて、
御殿ごてんのうちに
お入りになりましたが、
甚久
難待。
いと久しくて
待ちかねたまひき。
なかなか
出ておいでになりません。
     

黄泉②逃亡

     

刺左之
御美豆良
〈三字以音
下效此〉
かれ
左の御髻
みみづらに
刺させる
あまり
待ち遠だつたので
左の耳のあたりに
つかねた髮に
插さしていた
湯津津間櫛之
男柱
一箇
取闕而。
湯津爪櫛
ゆつつまぐしの男柱
一箇ひとつ
取り闕かきて、
清らかな櫛の
太い齒を
一本
闕かいて

一火。
一ひとつ火び
燭ともして
一本ぽん火びを
燭とぼして
入見之時。 入り見たまふ時に、 入つて御覽になると
宇士
多加禮
斗呂呂岐弖。
〈此十字以音〉
蛆うじ
たかれ
ころろぎて、
蛆うじが
湧わいて
ごろごろと
鳴つており、
於頭者
大雷居。
頭には
大雷おほいかづち居り、
頭には
大きな雷が居、
於胸者
火雷居。
胸には
火ほの雷居り、
胸には
火の雷が居、
於腹者
黑雷居
腹には
黒雷居り、
腹には
黒い雷が居、
於陰者
拆雷居。
陰ほとには
拆さく雷居り、
陰には
さかんな雷が居、
於左手者
若雷居。
左の手には
若わき雷居り、
左の手には
若い雷が居、
於右手者
土雷居。
右の手には
土つち雷居り、
右の手には
土の雷が居、
於左足者
鳴雷居。
左の足には
鳴なる雷居り、
左の足には
鳴る雷が居、
於右足者
伏雷居。
右の足には
伏ふし雷居り、
右の足には
ねている雷が居て、

八雷神
成居。
并はせて
八くさの雷神
成り居りき。
合わせて
十種(訳文ママ)の雷が
出現していました。
     
於是
伊邪那岐命
見畏而。
 ここに
伊耶那岐の命、
見み畏かしこみて
そこで
イザナギの命が
驚いて
逃還之時。 逃げ還りたまふ時に、 逃げてお還りになる時に
其妹
伊邪那美命。
その妹
伊耶那美の命、
イザナミの命は

令見
辱吾。
「吾に
辱はぢ見せつ」
と言ひて、
「わたしに
辱はじをお見せになつた」
と言つて
即遣
豫母都
志許賣。
〈此六字以音〉
すなはち
黄泉醜女
よもつしこめを
遣して
黄泉よみの國の
魔女を
遣やつて
令追。 追はしめき。 追おわせました。
     

伊邪那岐命。
ここに
伊耶那岐の命、
よつて
イザナギの命が

黑御鬘
投棄。
黒御鬘
くろみかづらを
投げ棄うてたまひしかば、
御髮につけていた
黒い木の蔓つるの輪を
取つてお投げになつたので

生蒲子。
すなはち
蒲子えびかづら生なりき。
野葡萄のぶどうが
生はえてなりました。
是摭
食之間。
こを摭ひりひ
食はむ間に
それを取つて
たべている間に
逃行。 逃げ行いでますを、 逃げておいでになるのを
猶追。 なほ追ひしかば、 また追いかけましたから、
亦刺
其右御美豆良之
湯津津間櫛
引闕而。
また
その右の御髻に刺させる
湯津爪櫛を
引き闕きて
今度は
右の耳の邊につかねた髮に
插しておいでになつた
清らかな櫛の齒はを闕かいて
投棄。 投げ棄うてたまへば、 お投げになると

生笋。
すなはち
笋たかむな生なりき。
筍たけのこが生はえました。
是拔食之間。 こを拔き食はむ間に、 それを拔いてたべている間に
逃行。 逃げ行でましき。 お逃げになりました。
     
且後者。 また後には 後のちには
於其
八雷神。
かの
八くさの雷神に、
あの女神の
身體中からだじゆうに生じた
雷の神たちに

千五百之
黃泉軍。
千五百ちいほの
黄泉軍よもついくさを
副たぐへて
澤山の
黄泉よみの國の魔軍を
副えて
令追。 追はしめき。 追おわしめました。

拔所御佩之
十拳劔而於
後手
布伎都都。
〈此四字以音〉
ここに
御佩みはかしの
十拳とつかの劒を拔きて、
後手しりへでに
振ふきつつ
そこで
さげておいでになる
長い劒を拔いて
後の方に
振りながら
逃來。 逃げ來ませるを、 逃げておいでになるのを、
猶追
到黃泉比良
〈此二字以音〉
坂之坂本時。
なほ追ひて
黄泉比良坂
よもつひらさかの
坂本に到る時に、
なお追つて、
黄泉比良坂
よもつひらさかの
坂本さかもとまで來た時に、
取在
其坂本
桃子三箇。
その坂本なる
桃ももの子み
三つをとりて
その坂本にあつた
桃の實みを
三つとつて
待撃者。 持ち撃ちたまひしかば、 お撃ちになつたから
悉逃返也。 悉に逃げ返りき。 皆逃げて行きました。
     

伊邪那岐命
告其
桃子。
ここに
伊耶那岐の命、
桃ももの子みに
告のりたまはく、
そこで
イザナギの命は
その桃の實に、
汝如
助吾。
「汝いまし、
吾を助けしがごと、
「お前が
わたしを助けたように、

葦原中國
所有
宇都志伎
〈此四字以音〉
青人草之。
葦原の中つ國に
あらゆる
現うつしき
青人草の、
この
葦原あしはらの中の國に
生活している
多くの人間たちが
落苦瀨而。 苦うき瀬に落ちて、 苦しい目にあつて
患惚時。 患惚たしなまむ時に 苦しむ時に
可助告。 助けてよ」とのりたまひて、 助けてくれ」と仰せになつて
賜名號
意富加牟豆美命。
〈自意至美以音〉
意富加牟豆美
おほかむづみの命
といふ名を賜ひき。
オホ
カムヅミの命
という名を下さいました。
     

黄泉③対立

     
最後
其妹
伊邪那美命。
最後いやはてに
その妹
伊耶那美の命、
最後には
女神めがみ
イザナミの命が
身自
追來焉。
身みみづから
追ひ來ましき。
御自身で
追つておいでになつたので、
爾千引石。 ここに千引の石いはを 大きな巖石を
引塞
其黃泉比良坂。
その
黄泉比良坂
よもつひらさかに
引き塞さへて、
その
黄泉比良坂
よもつひらさかに
塞ふさいで
其石置中。 その石を中に置きて、 その石を中に置いて
各對立而。 おのもおのも對むき立たして、 兩方で對むかい合つて
度事戶之時。 事戸ことどを
度わたす時に、
離別りべつの言葉を
交かわした時に、
伊邪那美命
言。
伊耶那美の命
のりたまはく、
イザナミの命が
仰せられるには、
愛我那勢命。 「愛うつくしき
我あが汝兄なせの命、
「あなたが
爲如此者。 かくしたまはば、 こんなことをなされるなら、
汝國之人草。 汝いましの國の人草、 わたしはあなたの國の人間を
一日
絞殺
千頭。
一日ひとひに
千頭ちかしら
絞くびり殺さむ」
とのりたまひき。
一日に
千人も殺してしまいます」
といわれました。
爾。 ここに そこで
伊邪那岐命詔。 伊耶那岐の命、
詔りたまはく、
イザナギの命は
愛我那邇妹命。 「愛しき我が汝妹なにもの命、 「あんたが
汝爲然者。 汝みまし然したまはば、 そうなされるなら、
吾一日立
千五百
產屋。
吾あは一日に
千五百ちいほの
産屋うぶやを立てむ」
とのりたまひき。
わたしは一日に
千五百も
産屋うぶやを立てて見せる」
と仰せられました。
     
是以
一日必千人死。
ここを以ちて
一日にかならず千人ちたり死に、
こういう次第で
一日にかならず千人死に、
一日必千五百人
生也。
一日にかならず千五百人
なも生まるる。
一日にかならず千五百人
生まれるのです。
     
故號
其伊邪那美神命。
 かれ
その伊耶那美の命に
號なづけて
かくして
そのイザナミの命を

黃泉津大神。
黄泉津よもつ大神といふ。 黄泉津大神
よもつおおかみと申します。
亦云。 また また
以其追斯伎斯
〈此三字以音〉而。
その追ひ及しきしをもちて、 その追いかけたので、

道敷大神。
道敷ちしきの大神
ともいへり。
道及ちしきの大神
とも申すということです。
     
亦所塞
其黃泉坂之
石者。
また
その黄泉よみの坂に
塞さはれる石は、
その
黄泉の坂に
塞ふさがつている巖石は
號道反大神。 道反ちかへしの大神ともいひ、  
亦謂
塞坐
黃泉戶大神。
塞さへます
黄泉戸よみどの大神
ともいふ。
塞いでおいでになる
黄泉よみの入口の大神
と申します。
故其所謂
黃泉比良坂者。
かれそのいはゆる
黄泉比良坂
よもつひらさかは、
その
黄泉比良坂
よもつひらさかというのは、
今謂出雲國之
伊賦夜坂也。
今、出雲の國の
伊賦夜いぶや坂といふ。
今の出雲いずもの國の
イブヤ坂ざかという坂です。
     

禊祓①

     
是以
伊邪那伎
大神詔。
 ここを以ちて
伊耶那岐の
大神の詔りたまひしく、
 イザナギの命は
黄泉よみの國から
お還りになつて、
吾者到於
伊那志許米〈上〉
志許米岐
〈此九字以音〉
穢國
而在祁理。
〈此二字以音〉
「吾あは
いな醜しこめ
醜めき
穢きたなき國に
到りてありけり。
「わたしは
隨分
厭いやな
穢きたない國
に行つたことだつた。
故吾者

御身之
禊而。
かれ吾は
御身おほみまの
禊はらへせむ」
とのりたまひて、
わたしは
禊みそぎを
しようと思う」
と仰せられて、
到坐
竺紫日向之
橘小門之
阿波岐
〈此三字以音〉
原而。
竺紫つくしの
日向ひむかの
橘の
小門をどの
阿波岐あはぎ原に
到りまして、
筑紫つくしの
日向ひむかの
橘たちばなの
小門おどの
アハギ原はらに
おいでになつて
禊祓也。 禊みそぎ祓はらへ
たまひき。
禊みそぎを
なさいました。
     
故於投棄
御杖所
成神名。
かれ
投げ棄うつる
御杖に成りませる
神の名は、
その
投げ棄てる杖によつて
あらわれた神は
衝立
船戶神。
衝つき立たつ
船戸ふなどの神。
衝つき立たつ
フナドの神、
次於投棄
御帶所
成神名。
次に投げ棄つる
御帶に
成りませる神の名は、
投げ棄てる
帶で
あらわれた神は
道之
長乳齒神。
道みちの
長乳齒ながちはの神。
道の
ナガチハの神、
次於投棄
御裳所
成神名。
次に投げ棄つる
御嚢みふくろに
成りませる神の名は、
投げ棄てる
袋で
あらわれた神は
時置師神。 時量師ときはかしの神。 トキハカシの神、
次於投棄
御衣所
成神名。
次に投げ棄つる
御衣けしに
成りませる神の名は、
投げ棄てる
衣ころもで
あらわれた神は
和豆良比能
宇斯能神。
〈此神名以音〉
煩累わづらひの
大人うしの神。
煩累わずらいの
大人うしの神、
次於投棄
御褌所
成神名。
次に投げ棄つる
御褌はかまに
成りませる神の名は、
投げ棄てる
褌はかまで
あらわれた神は
道俣神。 道俣ちまたの神。 チマタの神、
次於投棄
御冠所
成神名。
次に投げ棄つる
御冠みかがふりに
成りませる神の名は、
投げ棄てる
冠で
あらわれた神は
飽咋之
宇斯能神。
〈自宇以下
三字以音〉
飽咋あきぐひの
大人うしの神。
アキグヒの
大人の神、
     
次於投棄 次に投げ棄つる 投げ棄てる
左御手之
手纒所
成神名。
左の御手の
手纏たまきに
成りませる神の名は、
左の手につけた
腕卷で
あらわれた神は
奧疎神。
〈訓奧云於伎。
下效此。
訓疎云奢加留。
下效此〉
奧疎
おきざかるの神。
オキザカルの神と

奧津
那藝佐毘古神。
〈自那以下五字
以音下效此〉
次に
奧津那藝佐毘古
おきつ
なぎさびこの神。
オキツ
ナギサビコの神と

奧津
甲斐辨羅神。
〈自甲以下四字
以音下效此〉
次に
奧津
甲斐辨羅
かひべらの神。
オキツ
カヒベラの神、
     
次於投棄 次に投げ棄つる 投げ棄てる
右御手之
手纒所
成神名。
右の御手の
手纏に
成りませる神の名は、
右の手につけた
腕卷で
あらわれた神は
邊疎神。 邊疎へざかるの神。 ヘザカルの神と

邊津
那藝佐毘古神。
次に
邊津
那藝佐毘古
へつ
なぎさびこの神。
ヘツ
ナギサビコの神と

邊津
甲斐辨羅神。
次に
邊津
甲斐辨羅
へつ
かひべらの神。
ヘツ
カヒベラの神
とであります。
     
右件 右の件くだり、 以上
自船戶神以下。 船戸ふなどの神より下、 フナドの神から
邊津甲斐辨羅神
以前。
邊津甲斐辨羅の神
より前、
ヘツカヒベラの神
まで
十二神者。 十二神
とをまりふたはしらは、
十二神は、
因脫
著身之物所
生神也。
身に著つけたる物を
脱ぎうてたまひしに因りて、
生なりませる神なり。
おからだにつけてあつた物を
投げ棄てられたので
あらわれた神です。
     

禊祓②

     
於是詔之  ここに詔りたまはく、 そこで、
上瀨者
瀨速。
「上かみつ瀬せは
瀬速し、
「上流の方は
瀬が速い、
下瀨者
瀨弱而。
下しもつ瀬は
弱し」と詔のりたまひて、
下流かりゆうの方は
瀬が弱い」と仰せられて、
初於
中瀨
随迦豆伎而。
初めて
中なかつ瀬に
降おり潛かづきて、
眞中の瀬に
下りて
滌時。 滌ぎたまふ時に、 水中に
身をお洗いになつた時に
所成坐神名 成りませる神の名は、 あらわれた神は、
八十禍津日神。
〈訓禍云摩賀。
下效此〉
八十禍津日
やそまがつびの神。
ヤソマガツヒの神と
次大禍津日神。 次に大禍津日
おほまがつひの神。
オホマガツヒの神とでした。
此二神者。 この二神ふたはしらは、 この二神は、
所到
其穢繁國
之時。
かの穢き
繁しき國に
到りたまひし時の、
あの穢い國に
おいでになつた時の
因汚垢而
所成神之者也。
汚垢けがれによりて
成りませる神なり。
汚垢けがれによつて
あらわれた神です。
     

爲直其禍而
所成神名
次に
その禍まがを直さむとして
成りませる神の名は、
次に
その禍わざわいを直なおそうとして
あらわれた神は、
神直毘神。
〈毘字以音
下效此〉
神直毘
かむなほびの神。
カムナホビの神と

大直毘神。
次に
大直毘
おほなほびの神。
オホナホビの神と

伊豆能賣神
〈并三神也。
伊以下
四字以音〉
次に
伊豆能賣
いづのめ。
イヅノメです。
     
次於
水底
滌時。
所成神名。
次に
水底みなそこに
滌ぎたまふ時に
成りませる神の名は、
次に
水底で
お洗いになつた時に
あらわれた神は
底津綿〈上〉津見神。 底津綿津見
そこつわたつみの神。
ソコツワタツミの神と
次底筒之男命。 次に底筒
そこづつの男をの命。
ソコヅツノヲの命、
     
於中滌時。
所成神名。
中に滌ぎたまふ時に
成りませる神の名は、
海中でお洗いになつた時に
あらわれた神は
中津綿〈上〉津見神。 中津綿津見
なかつわたつみの神。
ナカツワタツミの神と
次中筒之男命。 次に中筒
なかづつの男をの命。
ナカヅツノヲの命、
     
於水上滌時。
所成神名。
水の上に滌ぎたまふ時に
成りませる神の名は、
水面でお洗いになつた時に
あらわれた神は
上津
綿〈上〉津見神。
〈訓上云宇閇〉
上津
綿津見
うはつわたつみの神。
ウハツワタツミの神と
次上筒之男命。 次に上筒
うはづつの男をの命。
ウハヅツノヲの命です。
     
此三柱
綿津見神者。
この三柱の
綿津見の神は、
このうち御三方
おさんかたのワタツミの神は
阿曇連等之
祖神以
伊都久神也。
〈伊以下
三字以音
下效此〉
阿曇あづみの
連むらじ等が
祖神おやがみと
齋いつく神なり。
安曇氏
あずみうじの
祖先神
そせんじんです。

阿曇連等者。
かれ
阿曇の連等は、
よつて
安曇の連むらじたちは、
其綿津見神之子。 その綿津見の神の子 そのワタツミの神の子、
宇都志
日金拆命之
子孫也。
〈宇都志三字以音〉
宇都志日金拆
うつし
ひがなさくの命の
子孫のちなり。
ウツシ
ヒガナサクの命の
子孫です。
     
その また、
底筒之男命 底筒の男の命、 ソコヅツノヲの命・
中筒之男命 中筒の男の命、 ナカヅツノヲの命・
上筒之男命
三柱神者。
上筒の男の命
三柱の神は、
ウハヅツノヲの命
御三方おさんかたは
墨江之
三前大神也。
墨すみの江えの
三前の大神なり。
住吉神社
すみよしじんじやの
三座の神樣であります。
     

三貴子①誕生

     
於是
洗左御目時。
所成神名。
 ここに
左の御目を
洗ひたまふ時に
成りませる神の名は、
かくて
イザナギの命が
左の目を
お洗いになつた時に
御出現ごしゆつげんになつた神は
天照
大御神。
天照あまてらす
大御神おほみかみ。
天照あまてらす
大神おおみかみ、
     

洗右御目時。
所成神名。
次に
右の御目を
洗ひたまふ時に
成りませる神の名は、
右の目を
お洗いになつた時に
御出現になつた神は
月讀命。 月讀つくよみの命。 月讀つくよみの命、
     

洗御鼻時。
所成神名。
次に
御鼻を洗ひたまふ時に
成りませる神の名は、
鼻をお洗いになつた時に
御出現になつた神は
建速
須佐之男命。
〈須佐二字以音〉
建速須佐
たけはや
すさの男をの命。
タケハヤ
スサノヲの命でありました。
     
右件 右の件、  以上
八十禍津日神
以下。
八十禍津日
やそまがつびの神より下、
ヤソマガツヒの神から
速須佐之男命
以前。
速須佐はやすさの男をの命
より前、
ハヤスサノヲの命まで
十四柱神者。 十柱の神は、 十神は、
因滌
御身所
生者也。
御身を
滌ぎたまひしに因りて
生あれませる神なり。
おからだを
お洗いになつたので
あらわれた神樣です。
     

三貴子②下命

     
此時
伊邪那伎命
大歡喜詔。
 この時
伊耶那岐の命
大いたく歡ばして
詔りたまひしく、
 イザナギの命は
たいへんにお喜びになつて、
吾者
生生子而。
「吾は子を
生み生みて、
「わたしは
隨分ずいぶん
澤山たくさんの子こを生うんだが、
於生終。 生みの終はてに、 一番ばんしまいに

三貴子。
三柱の貴子
うづみこを得たり」
と詔りたまひて、
三人の
貴い御子みこを得た」
と仰せられて、
     
すなはち  
其御頸珠之
玉緒母
その御頸珠
みくびたまの
玉の緒も
頸くびに
掛けておいでになつた
玉の緒おを
由良邇
〈此四字以音
下效此〉
取由良迦志而。
もゆらに
取りゆらかして、
ゆらゆらと
搖ゆらがして

天照大御神
而詔之。
天照らす大御神に
賜ひて
詔りたまはく、
天照あまてらす大神に
お授けになつて、
汝命者。
所知高天原矣。
「汝が命は
高天の原を知らせ」と、
「あなたは
天をお治めなさい」
事依(而)賜也。 言依ことよさして賜ひき。 と仰せられました。
     

其御頸珠名
かれ
その御頸珠の名を、
この御頸おくびに掛かけた
珠たまの名を

御倉板擧之神。
〈訓板擧云多那〉
御倉板擧
みくらたなの神
といふ。
ミクラタナの神
と申します。
     
次詔
月讀命。
次に
月讀の命に詔りたまはく、
次に
月讀つくよみの命に、
汝命者。
所知夜之食國矣。
「汝が命は
夜よの食をす國を知らせ」と、
「あなたは
夜の世界をお治めなさい」
事依也。
〈訓食云袁須〉
言依さしたまひき。 と仰せになり、
     
次詔
建速
須佐之男命。
次に
建速須佐
たけはやすさの男をの命に
詔りたまはく、
スサノヲの命には、
汝命者。
所知海原矣。
「汝が命は
海原を知らせ」と、
「海上を
お治めなさい」
事依也。 言依さしたまひき。 と仰せになりました。
     

第一次神逐

     
故。
各隨依
賜之命。
 かれ
おのもおのもよさし
賜へる命のまにま
それで
それぞれ
命ぜられたままに
所知看之中。 知らしめす中に、 治められる中に、
速須佐之男命。 速須佐の男の命、 スサノヲの命だけは
不知所
命之國而。
依さしたまへる國を
知らさずて、
命ぜられた國を
お治めなさらないで、
八拳須
至于心前。
八拳須
やつかひげ
心前むなさきに至るまで、
長い鬚ひげが
胸に垂れさがる
年頃になつても
啼伊佐知伎也。
〈自伊下四字
以音下效此〉
啼きいさちき。 ただ
泣きわめいて
おりました。
     
其泣状者。 その泣く状さまは、 その泣く有樣は
青山
如枯山
泣枯。
青山は
枯山なす
泣き枯らし
青山が
枯山になるまで
泣き枯らし、
河海者
悉泣乾。
河海うみかはは
悉ことごとに
泣き乾ほしき。
海や河は
泣く勢いで
泣きほしてしまいました。
     
是以
惡神之音。
ここを以ちて
惡あらぶる神の音なひ、
そういう次第ですから
亂暴な神の物音は
如狹蠅
皆滿。
狹蠅さばへなす
皆滿みち、
夏の蠅が騷ぐように
いつぱいになり、
萬物之妖
悉發。
萬の物の妖わざはひ
悉に發おこりき。
あらゆる物の妖わざわいが
悉く起りました。
     

伊邪那岐
大御神。
かれ
伊耶那岐の
大御神、
そこで
イザナギの命が

速須佐之男命。
速須佐の男の命に
詔りたまはく、
スサノヲの命に
仰せられるには、
何由以汝。 「何とかも汝いましは 「どういうわけであなたは
不治所
事依之國而。
言依させる國を
治しらさずて、
命ぜられた國を
治めないで
哭伊佐知流。 哭きいさちる」
とのりたまへば、
泣きわめいているのか」
といわれたので、
爾答白。 答へ白さく、 スサノヲの命は、
僕者欲
罷妣國
根之堅洲國
故哭。
「僕あは
妣ははの國
根ねの堅洲かたす國に罷らむ
とおもふがからに哭く」
とまをしたまひき。
「わたくしは
母上のおいでになる
黄泉よみの國に行きたい
と思うので泣いております」
と申されました。
     

伊邪那岐
大御神
ここに
伊耶那岐の
大御神、
そこで
イザナギの命が
大忿怒。 大いたく忿らして 大變お怒りになつて、

然者
汝不可
住此國。
詔りたまはく、
「然らば
汝はこの國には
な住とどまりそ」
と詔りたまひて、
「それなら
あなたはこの國には
住んではならない」
と仰せられて

神夜良比爾
夜良比賜也。
〈自夜以下七字以音〉
すなはち
神逐かむやらひに
逐やらひたまひき。
追いはらつてしまいました。
     
故。
其伊邪那岐
大神者。
かれ
その伊耶那岐の
大神は、
このイザナギの命は、

淡海之
多賀也。
淡路の
多賀たがに
まします。
淡路の
多賀たがの社やしろに
お鎭しずまりになつて
おいでになります。

 
 

第二部:天照と須佐之男

 


目次
天照の受難
天照の武装(守り固める≠攻撃)
 八尺勾璁(やさかのまがたま=永遠の魂)
・誓約
 ①天照 十拳劔
 ②須佐之男 八尺勾璁 取り替えようとする構図
 ③系譜 分霊(分わけ身タマ)
クソまきちらし
天の岩戸
天安河原
・須佐之男の第二次神逐
 オホゲツヒメ
 
須佐之男の物語
・八俣大蛇(やまたのおろち)
 ①クシナダ姫
 ②草薙の大刀:八鹽折の酒 十拳劔
 ③出雲国 ムラがるクモ すがすがしいスガの国
須佐之男の系譜 八島士奴美神、大年神~大國主

天照の受難

天照の武装(守り≠攻撃)

     
故於是
速須佐之男命
言。
 かれここに
速須佐の男の命、
言まをしたまはく、
 そこで
スサノヲの命が
仰せになるには、
然者。 「然らば 「それなら

天照大御神
將罷。
天照らす大御神に
まをして
罷りなむ」と言まをして、
天照らす大神おおみかみに
申しあげて
黄泉よみの國に行きましよう」
乃參上天時。 天にまゐ上りたまふ時に、 と仰せられて
天にお上りになる時に、
山川悉動。 山川悉に動とよみ 山や川が悉く鳴り騷ぎ
國土皆震。 國土皆震ゆりき。 國土が皆振動しました。
     

天照大御神
聞驚而。
ここに
天照らす大御神
聞き驚かして、
それですから
天照らす大神が
驚かれて、
詔りたまはく、  
我那勢命之
上來由者。
「我が汝兄なせの命の
上り來ます由ゆゑは、
「わたしの弟おとうとが
天に上つて來られるわけは
必不善心。 かならず
善うるはしき心ならじ。
立派な心で來るのでは
ありますまい。
欲奪
我國耳。
我が國を奪はむと
おもほさくのみ」
と詔りたまひて、
わたしの國を奪おうと
思つておられるのかも知れない」
と仰せられて、
     
即解御髮。 すなはち
御髮みかみを解きて、
髮をお解きになり、

御美豆羅而。
御髻みみづらに
纏かして、
左右に分けて
耳のところに輪に
お纏まきになり、
乃於左右
御美豆羅亦
左右の御髻にも、 その左右の
髮の輪にも、
於御鬘亦。 御鬘かづらにも、 頭に戴かれる
鬘かずらにも、
於左右御手。 左右の御手にも、 左右の御手にも、
各纒持
八尺
勾璁之
五百津之
美須麻流之珠
而。
みな
八尺やさかの
勾璁まがたまの
五百津いほつの
御統みすまるの珠を
纏き持たして、

大きな
勾玉まがたまの
澤山ついている
玉の緒を
纏まき持たれて、
〈自美至流四字
以音下效此〉
   
曾毘良邇者
負千入之靫。
背そびらには
千入ちのりの
靫ゆきを負ひ、
背せには
矢が千本も入る
靱ゆぎを負われ、
〈訓入云能理。下效此。
自曾至邇者。以音〉
   

五百入之
靫。
平ひらには
五百入いほのりの
靫ゆきを附け、
胸にも
五百本入りの
靱をつけ、
亦臂

伊都
〈此二字以音〉之
竹鞆而。
また臂ただむきには
稜威
いづの
高鞆たかともを
取り佩ばして、
また
威勢のよい
音を立てる鞆ともを
お帶びになり、
弓腹
振立而。
弓腹ゆばら
振り立てて、
弓を
振り立てて力強く
堅庭者。 堅庭は 大庭を
於向股
蹈那豆美。
〈三字以音〉
向股むかももに
蹈みなづみ、
お踏みつけになり、
如沫雪
蹶散而。
沫雪なす
蹶くゑ散はららかして、
泡雪あわゆきのように
大地を蹴散らかして
伊都
〈二字以音〉之
男建
〈訓建云多祁夫〉
稜威の
男建
をたけび、
勢いよく
叫びの
蹈建而。 蹈み建たけびて、 聲をお擧げになつて
待問。 待ち問ひたまひしく、 待ち問われるのには、
何故
上來。
「何とかも
上り來ませる」
と問ひたまひき。
「どういうわけで
上のぼつて來こられたか」
とお尋ねになりました。
     
爾。
速須佐之男命
答白。
ここに
速須佐の男の命
答へ白したまはく、
そこで
スサノヲの命の
申されるには、
僕者
無邪心。
「僕あは
邪きたなき心無し。
「わたくしは
穢きたない心はございません。
唯大御神之命以。 ただ大御神の命もちて、 ただ父上の仰せで
問賜
僕之哭
伊佐知流之事故。
僕が哭き
いさちる事を
問ひたまひければ、
わたくしが哭き
わめいていることを
お尋ねになりましたから、
白都良久。
〈三字以音〉
白しつらく、  
僕欲
往妣國以哭。
僕は
妣ははの國に往いなむとおもひて
哭くとまをししかば、
わたくしは
母上の國に行きたいと思つて
泣いております
と申しましたところ、
爾大御神詔
汝者。
ここに大御神
汝みましは
父上は
不可在
此國
而。
この國に
な住とどまりそ
と詔りたまひて、
それではこの國に
住んではならない
と仰せられて
神夜良比
夜良比
賜故。
神逐かむやらひ
逐ひ賜ふ。
追い拂いましたので
以爲請
將罷往之状。
かれ罷りなむとする状さまを
まをさむとおもひて
お暇乞いに
參上耳。 參ゐ上りつらくのみ。 參りました。
無異心。 異けしき心無し」
とまをしたまひき。
變つた心は
持つておりません」
と申されました。
     

誓約①天照

     

天照大御神
ここに
天照らす大御神
詔りたまはく、
そこで
天照らす大神は、
然者
汝心之
清明。
「然らば
汝みましの心の
清明あかきは
「それなら
あなたの心の
正しいことは
何以知。 いかにして知らむ」
とのりたまひしかば、
どうしたらわかるでしよう」
と仰せになつたので、
於是
速須佐之男命。
ここに
速須佐の男の命
答へたまはく、
スサノヲの命は、
答白

宇氣比而。
生子。
「おのもおのも
誓うけひて
子生まむ」
とまをしたまひき。
「誓約ちかいを立てて
子を生みましよう」
と申されました。
〈自宇以下
三字以音
下效此〉
   
故爾 かれここに よつて
各中置
天安河而。
おのもおのも
天の安の河を
中に置きて
天のヤスの河を
中に置いて
宇氣布時。 誓うけふ時に、 誓約ちかいを立てる時に、
     
天照大御神。 天照らす大御神 天照らす大神は

乞度
建速須佐之男命所
佩十拳劔。
まづ建速須佐の男の命の
佩はかせる
十拳とつかの劒つるぎを
乞ひ度わたして、
まずスサノヲの命の
佩はいている
長い劒を
お取りになつて
打折
三段而。
三段みきだに
打ち折りて、
三段に
打うち折つて、
奴那登母
母由良邇。
ぬなとももゆらに、 音もさらさらと
〈此八字以音
下效此〉
   
振滌
天之眞名井而。
天あめの眞名井まなゐに
振り滌ぎて、
天の眞名井まないの
水で滌そそいで
佐賀美邇
迦美而。
さ齧がみに
齧かみて、
囓かみに
囓かんで
〈自佐下六字
以音下效此〉
   
於吹棄氣吹之 吹き棄つる氣吹いぶきの 吹き棄てる息の
狹霧所
成神御名。
狹霧さぎりに
成りませる神の御名は、
霧の中から
あらわれた神の名は
     
多紀理毘賣命。
〈此神名以音〉
多紀理毘賣
たぎりびめの命、
タギリヒメの命
亦御名謂
奧津嶋比賣命。
またの御名は
奧津島比賣
おきつしまひめの命といふ。
またの名は
オキツシマ姫の命でした。

市寸嶋〈上〉比賣命。
次に
市寸島比賣
いちきしまひめの命、
次に
イチキシマヒメの命
亦御名謂
狹依毘賣命。
またの御名は
狹依毘賣
さよりびめの命といふ。
またの名は
サヨリビメの命、

多岐都比賣命。
〈三柱。
此神名以音〉
次に
多岐都比賣
たぎつひめの命
三柱。
次に
タギツヒメの命の
お三方でした。
     

誓約②須佐之男

     
速須佐之男命。 速須佐の男の命、 次にスサノヲの命が
乞度天照大御神所
纒左御美豆良。
天照らす大御神の
左の御髻みみづらに纏まかせる
天照らす大神の
左の御髮に纏まいておいでになつた
八尺勾璁之
五百津之
美須麻流珠而。
八尺やさかの勾珠まがたまの
五百津いほつの
御統みすまるの珠を乞ひ度して、
大きな勾玉まがたまの
澤山ついている
玉の緒おをお請うけになつて、
奴那登母母由良爾。 ぬなとももゆらに、 音もさらさらと
振滌天之眞名井而。 天あめの眞名井に振り滌ぎて、 天の眞名井の水に滌そそいで
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓かみに囓かんで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の
狹霧に成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の
霧の中からあらわれた神は
     
正勝吾勝勝速日
天之忍穗耳命。
正勝吾勝勝速日
まさかあかつかちはやび
天あめの忍穗耳おしほみみの命。
マサカアカツカチハヤビ
アメノオシホミミの命、
     
亦乞度所纒
右御美豆良之珠而。
また
右の御髻に纏かせる
珠を乞ひ度して、
次に
右の御髮の輪に
纏まかれていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の
狹霧に成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の
霧の中からあらわれた神は
天之菩卑能命。
〈自菩下三字以音〉
天の菩卑ほひの命。 アメノホヒの命、
     
亦乞度所纒
御鬘之珠而。
また
御鬘みかづらに纏かせる
珠を乞ひ度して、
次に
鬘かずらに
纏いておいでになつていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の
狹霧に成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の
霧の中からあらわれた神は
天津日子根命。 天津日子根あまつひこねの命。 アマツヒコネの命、
     
又乞度所纏
左御手之珠而。
また
左の御手に纏まかせる
珠を乞ひ度して、
次に
左の御手に
お纏きになつていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の狹霧に
成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の霧の中から
あらわれた神は
活津日子根命。 活津日子根いくつひこねの命。 イクツヒコネの命、
     
亦乞度所纒
右御手之珠而。
また
右の御手に纏かせる
珠を乞ひ度して、
次に
右の御手に
纏いておいでになつていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の狹霧に
成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の霧の中から
あらわれた神は
熊野久須毘命。 熊野久須毘くまのくすびの命 クマノクスビの命、
     
〈并五柱。
自久下三字以音〉
(并はせて五柱。) 合わせて五方いつかたの
男神が御出現になりました。
     

誓約③系譜

     
於是
天照大御神。
 ここに
天照らす大御神、
ここに
天照らす大神は

速須佐之男命。
速須佐はやすさの男の命に
告のりたまはく、
スサノヲの命に
仰せになつて、
是後所生
五柱男子者。
「この後に生あれませる
五柱の男子ひこみこは、
「この後あとから生まれた
五人の男神は
物實。
因我物所成。
物實ものざね
我が物に因りて成りませり。
わたしの身につけた珠によつて
あらわれた神ですから
故自吾子也。 かれおのづから吾が子なり。 自然わたしの子です。
先所生之
三柱女子者。
先に生れませる
三柱の女子ひめみこは、
先に生まれた
三人の姫御子ひめみこは
物實
因汝物所成。
物實
汝いましの物に因りて成りませり。
あなたの身につけたものによつて
あらわれたのですから、
故乃汝子也。 かれすなはち汝の子なり」と、 やはりあなたの子です」
如此詔別也。 かく詔のり別けたまひき。 と仰せられました。
     
故其先所生之神。  かれその先に生れませる神、 その先にお生まれになつた神のうち
多紀理毘賣命者。 多紀理毘賣
たきりびめの命は、
タギリヒメの命は、
坐胸形之
奧津宮。
胸形むなかたの
奧津おきつ宮にます。
九州の胸形むなかたの
沖つ宮においでになります。

市寸嶋比賣命者。
次に
市寸島比賣
いちきしまひめの命は
次に
イチキシマヒメの命は
坐胸形之
中津宮。
胸形の
中津なかつ宮にます。
胸形の
中つ宮においでになります。
次田寸津比賣命者。 次に
田寸津比賣
たぎつひめの命は、
次に
タギツヒメの命は
坐胸形之
邊津宮。
胸形の
邊津へつ宮にます。
胸形の
邊へつ宮においでになります。
此三柱神者
胸形君等之
以伊都久
三前大神者也。
この三柱の神は、
胸形の君等が
もち齋いつく
三前みまへの大神なり。
この三人の神は、
胸形の君たちが
大切にお祭りする
神樣であります。
     
故此後所生
五柱子之中。
 かれこの後に生あれませる
五柱の子の中に、
そこでこの後でお生まれになつた
五人の子の中に、
天菩比命之子
建比良鳥命。
天の菩比ほひの命の子
建比良鳥
たけひらとりの命、
アメノホヒの命の子の
タケヒラドリの命、
〈此出雲國造。 こは出雲の國の造みやつこ、 これは
出雲の國の造みやつこ・
无邪志國造。 无耶志むざしの國の造、 ムザシの國の造・
上菟上國造。 上かみつ菟上うなかみの國の造、 カミツウナカミの國の造・
下菟上國造。 下しもつ菟上うなかみの國の造、 シモツウナカミの國の造・
伊自牟國造。 伊自牟いじむの國の造、 イジムの國の造・
津嶋縣直。 津島つしまの
縣あがたの直あたへ、
津島の
縣あがたの直あたえ・
遠江國造
等之祖也〉
遠江とほつあふみの國の造
等が祖おやなり。
遠江とおとおみの國の造
たちの祖先です。
     
次天津日子根命者。 次に天津日子根あまつひこねの命は、 次にアマツヒコネの命は、
〈凡川内國造。 凡川内おふしかふちの國の造、 凡川内おおしこうちの國の造・
額田部
湯坐連。
額田部ぬかたべの
湯坐ゆゑの連むらじ、
額田ぬかた部の
湯坐ゆえの連・
茨木國造。 木きの國の造、 木の國の造・
倭田中直。 倭やまとの田中の直あたへ、 倭やまとの田中の直あたえ・
山代國造。 山代やましろの國の造、 山代やましろの國の造・
馬來田國造。 馬來田うまくたの國の造、 ウマクタの國の造・
道尻岐閇國造。 道みちの尻岐閇しりきべの國の造、 道ノシリキベの國の造・
周芳國造。 周芳すはの國の造、 スハの國の造・
倭淹知造。 倭やまとの淹知あむちの造みやつこ、 倭のアムチの造・
高市縣主。 高市たけちの縣主あがたぬし、 高市たけちの縣主・
蒲生稻寸。 蒲生かまふの稻寸いなぎ、 蒲生かもうの稻寸いなき・
三枝部造
等之祖也〉
三枝部さきくさべの造
等が祖なり。
三枝部さきくさべの造
たちの祖先です。
     

クソまき

     
爾速須佐之男命。  ここに速須佐の男の命、  そこでスサノヲの命は、
白于天照大御神。 天照らす大御神に白したまひしく、 天照らす大神に申されるには
我心清明。 「我が心清明あかければ 「わたくしの心が清らかだつたので、
故我所生子。 我が生める子 わたくしの生うんだ子が
得手弱女。 手弱女たわやめを得つ。 女だつたのです。
因此言者。 これに因りて言はば、 これに依よつて言えば
自我勝云而
於勝佐備
〈此二字以音〉
おのづから我勝ちぬ」といひて、
勝さびに
當然わたくしが勝つたのです」といつて、
勝つた勢いに任せて
亂暴を働きました。
離天照大御神之
營田之阿
〈此阿字以音〉埋其溝。
天照らす大御神の
營田みつくたの畔あ離ち、
その溝埋うみ、
天照らす大神が田を作つておられた
その田の畔あぜを毀こわしたり
溝みぞを埋うめたりし、
亦其於聞看
大嘗之殿。
またその
大嘗にへ聞しめす殿に
また
食事をなさる御殿に
屎麻理
〈此二字以音〉散。
屎くそまり
散らしき。
屎くそをし
散らしました。
     
故。雖然爲。 かれ然すれども、 このようなことを
なさいましたけれども
天照大御神者。 天照らす大御神は 天照らす大神は
登賀米受
而告。
咎めずて
告りたまはく、
お咎とがめにならないで、
仰せになるには、
如屎。 「屎くそなすは 「屎くそのようなのは
醉而
吐散登許曾。
〈此三字以音〉
醉ゑひて
吐き散らすとこそ
酒に醉つて
吐はき散ちらすとて
我那勢之命
爲如此。
我が汝兄なせの命
かくしつれ。
こんなになつたのでしよう。

離田之阿埋溝者。
また
田の畔あ離ち溝埋うむは、
それから
田の畔を毀し溝を埋めたのは
地矣阿多良斯登許曾。
〈自阿以下七字以音〉
地ところを惜あたらしとこそ 地面を惜しまれて
我那勢之命爲如此登。
〈此一字以音〉
我が汝兄なせの命かくしつれ」 このようになされたのです」
詔雖直。 と詔り直したまへども、 と善いようにと仰せられましたけれども、
猶其惡態
不止而轉。
なほその惡あらぶる態わざ
止まずてうたてあり。
その亂暴なしわざは
止やみませんでした。
     

天の岩戸

     
天照大御神。 天照らす大御神の 天照らす大神が

忌服屋而。
忌服屋いみはたやに
ましまして
清らかな機織場はたおりばに
おいでになつて
令織
神御衣之時。
神御衣かむみそ
織らしめたまふ時に、
神樣の御衣服おめしものを
織らせておいでになる時に、
穿其服屋之頂。 その服屋はたやの頂むねを穿ちて、 その機織場の屋根に穴をあけて
逆剥
天斑馬剥而。
天の斑馬むちこまを
逆剥さかはぎに剥ぎて
斑駒まだらごまの
皮をむいて
所墮入時。 墮し入るる時に、 墮おとし入れたので、
天衣織女見驚而。 天の衣織女みそおりめ見驚きて 機織女はたおりめが驚いて
於梭衝陰上
而死。
〈訓陰上云富登〉
梭ひに
陰上ほとを衝きて
死にき。
機織りに使う板で
陰ほとをついて
死んでしまいました。
     
故於是
天照大御神見畏。
かれここに
天照らす大御神見み畏かしこみて、
そこで
天照らす大神もこれを嫌つて、
閇天石屋戶而。 天の石屋戸いはやどを開きて 天あめの岩屋戸いわやとをあけて
刺許母理
〈此三字以音〉
坐也。
さし隱こもりましき。 中にお隱れになりました。
     

高天原皆暗。
ここに
高天たかまの原皆暗く、
それですから
天がまつくらになり、
葦原中國悉闇。 葦原あしはらの中つ國
悉に闇し。
下の世界も
ことごとく闇くらくなりました。
因此而常夜往。 これに因りて、常夜とこよ往く。 永久に夜が續いて行つたのです。
於是萬神之聲者。 ここに萬よろづの神の聲おとなひは、 そこで多くの神々の騷ぐ聲は
狹蠅那須
〈此二字以音〉
皆滿。
さ蠅ばへなす
滿ち、
夏の蠅のように
いつぱいになり、
萬妖悉發。 萬の妖わざはひ
悉に發おこりき。
あらゆる妖わざわいが
すべて起りました。
     

天安河原

     
是以
八百萬神。
ここを以ちて
八百萬の神、
 こういう次第で
多くの神樣たちが
於天安之河原。 天の安の河原に 天の世界の
天あめのヤスの河の河原に
神集集而。
〈訓集云都度比〉
神集かむつどひ
集つどひて、
お集まりになつて
高御產巢日神之子
思金神〈訓金云加尼〉。
高御産巣日たかみむすびの神の子
思金おもひがねの神に
タカミムスビの神の子の
オモヒガネの神という神に
令思而。 思はしめて、 考えさせて
集常世
長鳴鳥。
常世とこよの
長鳴ながなき鳥を集つどへて
まず海外の國から渡つて來た
長鳴鳥ながなきどりを集めて
令鳴而。 鳴かしめて、 鳴かせました。
     

天安河之河上之
天堅石。
天の安の河の河上の
天の堅石かたしはを取り、
次に
天のヤスの河の河上にある
堅い巖いわおを取つて來、
取天金山之鐵而。 天の金山かなやまの
鐵まがねを取りて、
また天の金山かなやまの
鐵を取つて
求鍛人
天津麻羅而
〈麻羅二字以音〉
鍛人かぬち
天津麻羅あまつまらを求まぎて、
鍛冶屋かじやの
アマツマラという人を尋ね求め、
科伊斯許理度賣命。
〈自伊下六字以音〉
伊斯許理度賣
いしこりどめの命に科おほせて、
イシコリドメの命に命じて
令作鏡。 鏡を作らしめ、 鏡を作らしめ、
科玉祖命。 玉の祖おやの命に科せて タマノオヤの命に命じて
令作
八尺勾之
五百津之
御須麻流之珠而。
八尺の勾まが璁の
五百津いほつの
御統みすまるの
珠を作らしめて
大きな勾玉まがたまが
澤山ついている
玉の緒の
珠を作らしめ、
召天兒屋命
布刀玉命
〈布刀二字以音下效此〉
而。
天の兒屋こやねの
命布刀玉ふとだまの命を
召よびて、
アメノコヤネの命と
フトダマの命とを
呼んで
内拔天香山之
眞男鹿之肩拔而。
天の香山かぐやまの
眞男鹿さをしかの肩を
内拔うつぬきに拔きて、
天のカグ山の
男鹿おじかの肩骨を
そつくり拔いて來て、
取天香山之
天之波波迦
〈此三字以音木名〉
而。
天の香山の
天の波波迦ははかを
取りて、
天のカグ山の
ハハカの木を
取つて
令占合麻迦那波而。
〈自麻下四字以音〉
占合うらへまかなはしめて、 その鹿しかの肩骨を燒やいて
占うらなわしめました。

天香山之
五百津眞賢木矣。
天の香山の
五百津の眞賢木まさかきを
次に天のカグ山の
茂しげつた賢木さかきを
根許士爾許士而。
〈自許下五字以音〉
根掘ねこじにこじて、 根掘ねこぎにこいで、
於上枝。 上枝ほつえに 上うえの枝に
取著八尺勾璁之
五百津之
御須麻流之玉。
八尺の勾璁の
五百津の
御統の玉を取り著つけ、
大きな勾玉まがたまの
澤山の
玉の緒を懸け、
於中枝
取繋八尺鏡。
〈訓八尺云八阿多〉
中つ枝に
八尺やたの鏡を取り繋かけ、
中の枝には
大きな鏡を懸け、
於下枝。 下枝しづえに 下の枝には
取垂白丹寸手
青丹寸手而。
〈訓垂云志殿〉
白和幣しろにぎて
青和幣あをにぎてを
取り垂しでて、
麻だの
楮こうぞの皮の晒さらしたの
などをさげて、
此種種物者。 この種種くさぐさの物は、  
布刀玉命。 布刀玉の命 フトダマの命が
布刀御幣登取持而。 太御幣ふとみてぐらと取り持ちて、 これをささげ持ち、
天兒屋命。 天の兒屋の命 アメノコヤネの命が
布刀詔戶
言祷白而。
太祝詞ふとのりと
言祷ことほぎ白して、
莊重そうちような
祝詞のりとを唱となえ、
天手力男神。 天の手力男たぢからをの神、 アメノタヂカラヲの神が
隱立戶掖而。 戸の掖わきに
隱り立ちて、
岩戸いわとの陰かげに
隱れて立つており、
天宇受賣命。 天の宇受賣うずめの命、 アメノウズメの命が
手次繋
天香山之
天之日影而。
天の香山の
天の日影ひかげを
手次たすきに繋かけて、
天のカグ山の
日影蔓ひかげかずらを
手襁たすきに懸かけ、
爲鬘
天之眞拆而。
天の眞拆まさきを
鬘かづらとして、
眞拆まさきの蔓かずらを
鬘かずらとして、
手草結
天香山之
小竹葉而。
〈訓小竹云佐佐〉
天の香山の
小竹葉ささばを
手草たぐさに結ひて、
天のカグ山の
小竹ささの葉を
束たばねて
手に持ち、
於天之石屋戶
伏汙氣
〈此二字以音〉而。
天の石屋戸いはやどに
覆槽うけ伏せて
天照らす大神のお隱れになつた
岩戸の前に
桶おけを覆ふせて
蹈登杼呂許志。
〈此五字以音〉
蹈みとどろこし、 踏み鳴らし
爲神懸而。 神懸かむがかりして、 神懸かみがかりして
掛出胸乳。 胸乳むなちを掛き出で、  
裳緒忍
垂於番登也。
裳もの緒ひもを
陰ほとに押し垂りき。
裳の紐を
陰ほとに垂らしましたので、
爾高天原動而。 ここに高天の原動とよみて 天の世界が鳴りひびいて、
八百萬神
共咲。
八百萬の神
共に咲わらひき。
たくさんの神が、
いつしよに笑いました。
     
於是
天照大御神
以爲怪。
 ここに
天照らす大御神
怪あやしとおもほして、
そこで
天照らす大神は
怪しいとお思いになつて、
細開天石屋戶而。 天の石屋戸を細ほそめに開きて 天の岩戸を細目にあけて
内告者。 内より告のりたまはく、 内から仰せになるには、
因吾隱坐而。 「吾あが隱こもりますに因りて、 「わたしが隱れているので
以爲天原自闇。 天の原おのづから闇くらく、 天の世界は自然に闇く、
亦葦原中國
皆闇矣。
葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、 下の世界も
皆みな闇くらいでしようと思うのに、
何由以
天宇受賣者。
爲樂。
何なにとかも
天の宇受賣うずめは
樂あそびし、
どうして
アメノウズメは
舞い遊び、
亦八百萬神諸咲。 また八百萬の神諸もろもろ咲わらふ」
とのりたまひき。
また多くの神は笑つているのですか」
と仰せられました。
爾天宇受賣。 ここに天の宇受賣白さく、 そこでアメノウズメの命が、
白言
益汝命而
貴神坐故
歡喜咲樂。
「汝命いましみことに勝まさりて
貴たふとき神いますが故に、
歡喜よろこび咲わらひ樂あそぶ」
と白しき。
「あなた樣に勝まさつて
尊い神樣がおいでになりますので
樂しく遊んでおります」
と申しました。
     
如此言之間。 かく言ふ間に、 かように申す間に
天兒屋命
布刀玉命。
天の兒屋の命、
布刀玉の命、
アメノコヤネの命と
フトダマの命とが、
指出其鏡。 その鏡をさし出でて、 かの鏡をさし出して
示奉天照大御神之時。 天照らす大御神に見せまつる時に、 天照らす大神にお見せ申し上げる時に
天照大御神
逾思奇而。
天照らす大御神
いよよ奇あやしと思ほして、
天照らす大神は
いよいよ不思議にお思いになつて、
稍自戶出而。臨坐之時。 やや戸より出でて臨みます時に、 少し戸からお出かけになる所を、
其所隱立之
天手力男神。
その隱かくり立てる
手力男の神、
隱れて立つておられた
タヂカラヲの神が
取其御手
引出。
その御手を取りて
引き出だしまつりき。
その御手を取つて
引き出し申し上げました。
     
即布刀玉命。 すなはち布刀玉の命、 そこでフトダマの命が
以尻久米
〈此二字以音〉繩。
尻久米
しりくめ繩を
そのうしろに
標繩しめなわを
控度其御後方。 その御後方みしりへに控ひき度して 引き渡して、
白言。 白さく、  
從此以内
不得還入。
「ここより内にな
還り入りたまひそ」
とまをしき。
「これから内には
お還り入り遊ばしますな」
と申しました。
故天照大御神
出坐之時。
かれ天照らす大御神の
出でます時に、
かくて天照らす大神が
お出ましになつた時に、
高天原及葦原中國。 高天の原と葦原の中つ國と 天も下の世界も
自得照明。 おのづから照り明りき。 自然と照り明るくなりました。
     

第二次神逐

     
於是八百萬神
共議而。
ここに八百萬の神
共に議はかりて、
ここで神樣たちが
相談をして
於速須佐之男命。 速須佐の男の命に スサノヲの命に
負千位置戶。 千座ちくらの置戸おきどを負せ、 澤山の品物を出して
罪を償つぐなわしめ、
亦切鬚。 また鬚ひげと手足の爪とを切り、 また鬚ひげと
及手足爪令拔而。 祓へしめて、 手足てあしの爪とを切つて
神夜良比
夜良比岐。
神逐かむやらひ
逐ひき。
逐いはらいました。
     

オホゲツヒメ

     スサノヲの命は、
かようにして天の世界から逐おわれて、
下界げかいへ下くだつておいでになり、
又食物乞
大氣津比賣神。
 また食物をしものを
大氣都比賣
おほげつひめの神に
乞ひたまひき。
まず食物を
オホゲツ姫の神に
お求めになりました。
爾大氣都比賣。 ここに大氣都比賣、 そこでオホゲツ姫が
自鼻口及尻。 鼻口また尻より、 鼻や口また尻しりから
種種味物取出而。 種種の味物ためつものを取り出でて、 色々の御馳走を出して
種種作具而。 種種作り具へて進たてまつる時に、 色々お料理をしてさし上げました。
     
進時。   この時に
速須佐之男命。 速須佐の男の命、 スサノヲの命は
立伺其態。 その態しわざを立ち伺ひて、 そのしわざをのぞいて見て
以爲
穢汚而奉進。
穢汚きたなくして奉る
とおもほして、
穢きたないことをして食べさせる
とお思いになつて、
乃殺
其大宜津比賣神。
その大宜津比賣
おほげつひめの神を
殺したまひき。
そのオホゲツ姫の神を
殺してしまいました。
     
故所殺神於身
生物者。
かれ殺さえましし神の身に
生なれる物は、
殺された神の身體に
色々の物ができました。
於頭生蠶。 頭に蠶こ生り、 頭あたまに蠶かいこができ、
於二目生稻種。 二つの目に稻種いなだね生り、 二つの目に稻種いねだねができ、
於二耳生粟。 二つの耳に粟生り、 二つの耳にアワができ、
於鼻生小豆。 鼻に小豆あづき生り、 鼻にアズキができ、
於陰生麥。 陰ほとに麥生り、 股またの間あいだにムギができ、
於尻生大豆。 尻に大豆まめ生りき。 尻にマメが出來ました。
故是
神產巢日御祖命。
かれここに
神産巣日かむむすび
御祖みおやの命、
カムムスビの命が、
令取茲。 こを取らしめて、 これをお取りになつて
成種。 種と成したまひき。 種となさいました。
     

須佐之男の物語

八俣大蛇・クシナダ姫

     
故所避追而。  かれ避追やらはえて、  かくてスサノヲの命は
逐い拂われて
降出雲國之
肥〈上〉河上
在鳥髮地。
出雲の國の肥の河上、
名は鳥髮とりかみといふ地ところに
降あもりましき。
出雲の國の肥ひの河上、
トリカミという所に
お下りになりました。
此時
箸從其河流下。
この時に、
箸その河ゆ流れ下りき。
この時に
箸はしがその河から流れて來ました。
於是須佐之男命。 ここに須佐の男の命、  
以爲人有其河上而。 その河上に人ありとおもほして、 それで河上に人が住んでいるとお思いになつて
尋覓上往者。 求まぎ上り往でまししかば、 尋ねて上のぼつておいでになりますと、
老夫與
老女二人在而。
老夫おきなと
老女おみなと二人ありて、
老翁と
老女と二人があつて
童女置中而泣。 童女をとめを中に置きて泣く。 少女を中において泣いております。
     
爾問賜之。
汝等者誰。
ここに「汝たちは誰そ」と
問ひたまひき。
そこで「あなたは誰だれですか」と
お尋ねになつたので、
故其老夫。答言。 かれその老夫、答へて言まをさく その老翁が、
僕者國神。
大山〈上〉津見
神之子焉。
「僕あは國つ神
大山津見おほやまつみの
神の子なり。
「わたくしはこの國の神の
オホヤマツミの
神の子で
僕名謂足〈上〉名椎。 僕が名は足名椎あしなづちといひ アシナヅチといい、
妻名謂手〈上〉名椎。 妻めが名は手名椎てなづちといひ、 妻の名はテナヅチ、
女名謂
櫛名田比賣。
女むすめが名は
櫛名田比賣
くしなだひめといふ」とまをしき。
娘の名は
クシナダ姫といいます」と申しました。
     
亦問
汝哭由者何。
また「汝の哭く故は何ぞ」
と問ひたまひしかば、
また「あなたの泣くわけはどういう次第ですか」と
お尋ねになつたので
答白言。 答へ白さく  
我之女者
自本在八稚女。
「我が女は
もとより八稚女をとめありき。
「わたくしの女むすめは
もとは八人ありました。
是高志之
八俣遠呂智。
〈此三字以音〉
ここに高志こしの
八俣やまたの大蛇をろち、
それをコシの
八俣やまたの大蛇が
每年來喫。 年ごとに來て喫くふ。 毎年來て食たべてしまいます。
今其可來時故泣。 今その來べき時なれば泣く」
とまをしき。
今またそれの來る時期ですから泣いています」
と申しました。
爾問其形如何。 ここに「その形はいかに」
と問ひたまひしかば、
「その八俣の大蛇というのは
どういう形をしているのですか」
とお尋ねになつたところ、
答白。    
彼目如
赤加賀智而。
「そが目は
赤かがちの如くにして
「その目めは
丹波酸漿たんばほおずきのように
眞赤まつかで、
身一有
八頭
八尾。
身一つに
八つの頭かしら
八つの尾あり。
身體一つに
頭が八つ、
尾が八つあります。
亦其身生
蘿及
檜榲。
またその身に
蘿こけまた
檜榲ひすぎ生ひ、
またその身體からだには
蘿こけだの檜ひのき・
杉の類が生え、
其長度
谿八谷
峽八尾而。
その長たけ
谷たに八谷
峽を八尾をを度りて、
その長さは
谷たに八やつ
峰みね八やつをわたつて、
見其腹者。 その腹を見れば、 その腹を見れば
悉常血爛也。 悉に常に血ち垂り
爛ただれたり」
とまをしき。
いつも血ちが垂れて
爛ただれております」
と申しました。
〈此謂赤加賀知者。
今酸醤者也〉
(ここに赤かがちと云へるは、
今の酸醤なり[酸醤なりはママ])
 
     
爾速須佐之男命。 ここに速須佐の男の命、 そこでスサノヲの命が
詔其老夫。 その老夫に詔りたまはく、 その老翁に
是汝之女者。 「これ汝いましが女ならば、 「これがあなたの女むすめさんならば
奉於吾哉。 吾に奉らむや」
と詔りたまひしかば、
わたしにくれませんか」
と仰せになつたところ、
答白恐亦
不覺御名。
「恐けれど御名を知らず」
と答へまをしき。
「恐れ多いことですけれども、
あなたはどなた樣ですか」
と申しましたから、
爾答詔。 ここに答へて詔りたまはく、  
吾者
天照大御神之
伊呂勢者也。
〈自伊下三字以音〉
「吾は
天照らす大御神の
弟いろせなり。
「わたしは
天照らす大神の
弟です。
故。今自天降坐也。 かれ今天より降りましつ」
とのりたまひき。
今天から下つて來た所です」
とお答えになりました。
爾。
足名椎。
手名椎神。
ここに
足名椎あしなづち
手名椎てなづちの神、
それで
アシナヅチ・
テナヅチの神が
白然坐者恐。 「然まさば恐かしこし、 「そうでしたら恐れ多いことです。
立奉。 奉らむ」
とまをしき。
女むすめをさし上げましよう」
と申しました。
     

草薙の大刀

     
爾速須佐之男命。  ここに速須佐の男の命、 依つてスサノヲの命は
乃於湯津爪櫛取成
其童女而。
その童女をとめを
湯津爪櫛ゆつつまぐしに取らして、
その孃子おとめを
櫛くしの形かたちに變えて
刺御美豆良。 御髻みみづらに刺さして、 御髮おぐしにお刺さしになり、
告其
足名椎
手名椎神。
その
足名椎、
手名椎の神に告りたまはく、
その
アシナヅチ・
テナヅチの神に仰せられるには、
汝等。 「汝等いましたち、 「あなたたち、
釀八鹽折之酒。 八鹽折やしほりの酒を釀かみ、 ごく濃い酒を釀かもし、
且作廻垣。 また垣を作り廻もとほし、 また垣を作り廻して
於其垣作八門。 その垣に八つの門を作り、 八つの入口を作り、
每門結八佐受岐。
〈此三字以音〉
門ごとに
八つのさずきを結ゆひ、
入口毎に
八つの物を置く臺を作り、
每其佐受岐
置酒船而。
そのさずきごとに
酒船を置きて、
その臺毎に
酒の槽おけをおいて、
每船盛
其八鹽折酒
而待。
船ごとに
その八鹽折の酒を盛りて
待たさね」とのりたまひき。
その濃い酒をいつぱい入れて
待つていらつしやい」と仰せになりました。
     
故隨告而。 かれ告りたまへるまにまにして、 そこで仰せられたままに
如此設備待之時。 かく設まけ備へて待つ時に、 かように設けて待つている時に、
其八俣遠呂智。 その八俣やまたの大蛇をろち、 かの八俣の大蛇が
信如言來。 信まことに言ひしがごと來つ。 ほんとうに言つた通りに來ました。

每船
垂入己頭。
飮其酒。
すなはち
船ごとに
己おのが頭を乘り入れて
その酒を飮みき。
そこで
酒槽さかおけ毎に
それぞれ首を乘り入れて
酒を飮みました。
於是飮醉。
留伏寢。
ここに飮み醉ひて留まり
伏し寢たり。
そうして醉つぱらつてとどまり
臥して寢てしまいました。
     
爾速須佐之男命。 ここに速須佐の男の命、 そこでスサノヲの命が
拔其所御佩之
十拳劔。
その御佩みはかしの
十拳とつかの劒を拔きて、
お佩きになつていた
長い劒を拔いて
切散其蛇者。 その蛇を切り散はふりたまひしかば、 その大蛇をお斬り散らしになつたので、
肥河
變血而流。
肥ひの河
血に變なりて流れき。
肥の河が
血になつて流れました。
     
故。切其中尾時。 かれその中の尾を
切りたまふ時に、
その大蛇の中の尾を
お割きになる時に
御刀之刄毀。 御刀みはかしの刃毀かけき。 劒の刃がすこし毀かけました。
爾思怪。 ここに怪しと思ほして、 これは怪しいとお思いになつて
以御刀之前。 御刀の前さきもちて 劒の先で割いて
刺割而見者。 刺し割きて見そなはししかば、 御覽になりましたら、
在都牟刈之大刀。 都牟羽つむはの大刀あり。 鋭い大刀がありました。
故。取此大刀。 かれこの大刀を取らして、 この大刀をお取りになつて
思異物而。 異けしき物ぞと思ほして、 不思議のものだとお思いになつて
白上於
天照大御神也。
天照らす大御神に
白し上げたまひき。
天照らす大神に
獻上なさいました。
是者
草那藝之大刀也。
〈那藝二字以音〉
こは
草薙くさなぎの大刀なり。
これが
草薙の劒でございます。
     

出雲国

     
故。是以
其速須佐之男命。
 かれここを以ちて
その速須佐の男の命、
 かくして
スサノヲの命は、
宮可造作之地。 宮造るべき地ところを 宮を造るべき處を
求出雲國。 出雲の國に求まぎたまひき。 出雲の國でお求めになりました。
     
爾。到坐須賀
〈此二字以音下效此〉
ここに
須賀すがの地に到りまして
そうして
スガの處ところにおいでになつて
地而詔之。 詔りたまはく、 仰せられるには、
吾來此地。 「吾此地ここに來て、 「わたしは此處ここに來て
我御心
須賀須賀斯而。
我あが御心
清淨すがすがし」
と詔りたまひて、
心もちが
清々すがすがしい」
と仰せになつて、
其地作宮坐。 其地そこに宮作りてましましき。 其處そこに宮殿をお造りになりました。
故。其地者於
今云須賀也。
かれ其地そこをば
今に須賀といふ。
それで其處をば
今でもスガというのです。
     
茲大神 この大神、 この神が、
初作須賀宮之時。 初め須賀の宮作らしし時に、 はじめスガの宮をお造りになつた時に、
自其地雲立騰。 其地そこより雲立ち騰りき。 其處から雲が立ちのぼりました。
爾作御歌。 ここに御歌よみしたまひき。 依つて歌をお詠みになりましたが、
其歌曰。 その歌、 その歌は、
     
夜久毛多都。
伊豆毛夜幣賀岐。
都麻碁微爾。
夜幣賀岐都久流。
曾能夜幣賀岐袁
や雲立つ
出雲八重垣。
妻隱つまごみに
八重垣作る。
その八重垣を。
雲の叢むらがり起たつ
出雲いずもの國の宮殿。
妻と住むために
宮殿をつくるのだ。
その宮殿よ。
    というのです。
     
於是喚
其足名椎神。
 ここにその
足名椎の神を喚めして
そこでかの
アシナヅチ・
テナヅチの神をお呼よびになつて、
告言
汝者
任我宮之首。
告のりたまはく、
「汝いましをば
我が宮の首おびとに任まけむ」
と告りたまひ、
「あなたは
わたしの宮の長となれ」
と仰せになり、
且負名號
稻田宮主
須賀之八耳神。
また名を
稻田いなだの宮主みやぬし
須賀すがの八耳やつみみの神
と負せたまひき。
名を
イナダの宮主みやぬし
スガノヤツミミの神
とおつけになりました。
     

須佐之男の系譜

     
故。其櫛名田比賣以。  その櫛名田比賣くしなだひめを  そこでそのクシナダ姫と
久美度邇起而。 隱處くみどに起して、 婚姻して
所生神名。 生みませる神の名は、 お生みになつた神樣は、
謂八嶋士奴美神。
〈自士下三字以音
下效此〉
八島士奴美
やしまじぬみの神。
ヤシマジヌミの神です。
     
又娶大山津見神之女。 また大山津見の神の女むすめ またオホヤマツミの神の女の
名神大市比賣。 名は神大市かむおほち比賣に娶あひて カムオホチ姫と結婚をして
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
大年神。 大年おほとしの神、 オホトシの神、
次宇迦之御魂神。
〈二柱。宇迦二字以音〉
次に宇迦うかの御魂みたま二柱。 次にウカノミタマです。
     
兄八嶋士奴美神。 兄みあに
八島士奴美の神、
兄の
ヤシマジヌミの神は
娶大山津見神之女。 大山津見の神の女、 オホヤマツミの神の女の

木花知流
〈此二字以音〉比賣。
名は
木この花はな知流ちる比賣に
娶あひて
木この花散はなちる姫と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
布波能母遲久奴須奴神。 布波能母遲久奴須奴
ふはのもぢくぬすぬの神。
フハノモヂクヌスヌの神です。
此神。 この神 この神が
娶淤迦美神之女。 淤迦美おかみの神の女、 オカミの神の女の
名日河比賣生子。 名は日河ひかは比賣に
娶ひて生みませる子、
ヒカハ姫と
結婚して生んだ子が
深淵之
水夜禮花神。
〈夜禮二字以音〉
深淵ふかふちの
水夜禮花みづやれはなの神。
フカブチノ
ミヅヤレハナの神です。
此神。 この神 この神が
娶天之
都度閇知泥〈上〉神。
〈自都下五字以音〉
天の都度閇知泥
つどへちねの神に
娶ひて
アメノ
ツドヘチネの神と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子が
淤美豆奴神。
〈此神名以音〉
淤美豆奴おみづぬの神。 オミヅヌの神です。
此神。 この神 この神が
娶布怒豆怒神。
〈此神名以音〉之女。
布怒豆怒ふのづのの神の女、 フノヅノの神の女の

布帝耳〈上〉神
〈布帝二字以音〉生子。
名は
布帝耳ふてみみの神に
娶ひて生みませる子、
フテミミの神と
結婚して生んだ子が
天之冬衣神。 天の冬衣ふゆぎぬの神、 アメノフユギヌの神です。
此神。 この神 この神が
娶刺國大〈上〉神之女。 刺國大さしくにおほの神の女、 サシクニオホの神の女の
名刺國若比賣
生子。
名は刺國若比賣に
娶ひて生みませる子、
サシクニワカ姫と
結婚して生んだ子が
大國主神。 大國主の神。 大國主おおくにぬしの神です。
     
亦名謂
大穴牟遲神。
〈牟遲二字以音〉
またの名は
大穴牟遲
おほあなむぢの神といひ、
この大國主の神は
またの名を
オホアナムチの神とも
亦名謂
葦原色許男神。
〈色許二字以音〉
またの名は
葦原色許男
あしはらしこをの神といひ、
アシハラシコヲの神とも
亦名謂
八千矛神。
またの名は
八千矛
やちほこの神といひ、
ヤチホコの神とも
亦名謂
宇都志國玉神。
〈宇都志三字以音〉
またの名は
宇都志國玉
うつしくにたまの神といひ、
ウツシクニダマの神
とも申します。
并有五名。 并はせて
五つの名あり。
合わせてお名前が
五つありました。

 
 

天照の受難

天照の武装(守り≠攻撃)

     
故於是
速須佐之男命
言。
 かれここに
速須佐の男の命、
言まをしたまはく、
 そこで
スサノヲの命が
仰せになるには、
然者。 「然らば 「それなら

天照大御神
將罷。
天照らす大御神に
まをして
罷りなむ」と言まをして、
天照らす大神おおみかみに
申しあげて
黄泉よみの國に行きましよう」
乃參上天時。 天にまゐ上りたまふ時に、 と仰せられて
天にお上りになる時に、
山川悉動。 山川悉に動とよみ 山や川が悉く鳴り騷ぎ
國土皆震。 國土皆震ゆりき。 國土が皆振動しました。
     

天照大御神
聞驚而。
ここに
天照らす大御神
聞き驚かして、
それですから
天照らす大神が
驚かれて、
詔りたまはく、  
我那勢命之
上來由者。
「我が汝兄なせの命の
上り來ます由ゆゑは、
「わたしの弟おとうとが
天に上つて來られるわけは
必不善心。 かならず
善うるはしき心ならじ。
立派な心で來るのでは
ありますまい。
欲奪
我國耳。
我が國を奪はむと
おもほさくのみ」
と詔りたまひて、
わたしの國を奪おうと
思つておられるのかも知れない」
と仰せられて、
     
即解御髮。 すなはち
御髮みかみを解きて、
髮をお解きになり、

御美豆羅而。
御髻みみづらに
纏かして、
左右に分けて
耳のところに輪に
お纏まきになり、
乃於左右
御美豆羅亦
左右の御髻にも、 その左右の
髮の輪にも、
於御鬘亦。 御鬘かづらにも、 頭に戴かれる
鬘かずらにも、
於左右御手。 左右の御手にも、 左右の御手にも、
各纒持
八尺
勾璁之
五百津之
美須麻流之珠
而。
みな
八尺やさかの
勾璁まがたまの
五百津いほつの
御統みすまるの珠を
纏き持たして、

大きな
勾玉まがたまの
澤山ついている
玉の緒を
纏まき持たれて、
〈自美至流四字
以音下效此〉
   
曾毘良邇者
負千入之靫。
背そびらには
千入ちのりの
靫ゆきを負ひ、
背せには
矢が千本も入る
靱ゆぎを負われ、
〈訓入云能理。下效此。
自曾至邇者。以音〉
   

五百入之
靫。
平ひらには
五百入いほのりの
靫ゆきを附け、
胸にも
五百本入りの
靱をつけ、
亦臂

伊都
〈此二字以音〉之
竹鞆而。
また臂ただむきには
稜威
いづの
高鞆たかともを
取り佩ばして、
また
威勢のよい
音を立てる鞆ともを
お帶びになり、
弓腹
振立而。
弓腹ゆばら
振り立てて、
弓を
振り立てて力強く
堅庭者。 堅庭は 大庭を
於向股
蹈那豆美。
〈三字以音〉
向股むかももに
蹈みなづみ、
お踏みつけになり、
如沫雪
蹶散而。
沫雪なす
蹶くゑ散はららかして、
泡雪あわゆきのように
大地を蹴散らかして
伊都
〈二字以音〉之
男建
〈訓建云多祁夫〉
稜威の
男建
をたけび、
勢いよく
叫びの
蹈建而。 蹈み建たけびて、 聲をお擧げになつて
待問。 待ち問ひたまひしく、 待ち問われるのには、
何故
上來。
「何とかも
上り來ませる」
と問ひたまひき。
「どういうわけで
上のぼつて來こられたか」
とお尋ねになりました。
     
爾。
速須佐之男命
答白。
ここに
速須佐の男の命
答へ白したまはく、
そこで
スサノヲの命の
申されるには、
僕者
無邪心。
「僕あは
邪きたなき心無し。
「わたくしは
穢きたない心はございません。
唯大御神之命以。 ただ大御神の命もちて、 ただ父上の仰せで
問賜
僕之哭
伊佐知流之事故。
僕が哭き
いさちる事を
問ひたまひければ、
わたくしが哭き
わめいていることを
お尋ねになりましたから、
白都良久。
〈三字以音〉
白しつらく、  
僕欲
往妣國以哭。
僕は
妣ははの國に往いなむとおもひて
哭くとまをししかば、
わたくしは
母上の國に行きたいと思つて
泣いております
と申しましたところ、
爾大御神詔
汝者。
ここに大御神
汝みましは
父上は
不可在
此國
而。
この國に
な住とどまりそ
と詔りたまひて、
それではこの國に
住んではならない
と仰せられて
神夜良比
夜良比
賜故。
神逐かむやらひ
逐ひ賜ふ。
追い拂いましたので
以爲請
將罷往之状。
かれ罷りなむとする状さまを
まをさむとおもひて
お暇乞いに
參上耳。 參ゐ上りつらくのみ。 參りました。
無異心。 異けしき心無し」
とまをしたまひき。
變つた心は
持つておりません」
と申されました。
     

誓約①天照

     

天照大御神
ここに
天照らす大御神
詔りたまはく、
そこで
天照らす大神は、
然者
汝心之
清明。
「然らば
汝みましの心の
清明あかきは
「それなら
あなたの心の
正しいことは
何以知。 いかにして知らむ」
とのりたまひしかば、
どうしたらわかるでしよう」
と仰せになつたので、
於是
速須佐之男命。
ここに
速須佐の男の命
答へたまはく、
スサノヲの命は、
答白

宇氣比而。
生子。
「おのもおのも
誓うけひて
子生まむ」
とまをしたまひき。
「誓約ちかいを立てて
子を生みましよう」
と申されました。
〈自宇以下
三字以音
下效此〉
   
故爾 かれここに よつて
各中置
天安河而。
おのもおのも
天の安の河を
中に置きて
天のヤスの河を
中に置いて
宇氣布時。 誓うけふ時に、 誓約ちかいを立てる時に、
     
天照大御神。 天照らす大御神 天照らす大神は

乞度
建速須佐之男命所
佩十拳劔。
まづ建速須佐の男の命の
佩はかせる
十拳とつかの劒つるぎを
乞ひ度わたして、
まずスサノヲの命の
佩はいている
長い劒を
お取りになつて
打折
三段而。
三段みきだに
打ち折りて、
三段に
打うち折つて、
奴那登母
母由良邇。
ぬなとももゆらに、 音もさらさらと
〈此八字以音
下效此〉
   
振滌
天之眞名井而。
天あめの眞名井まなゐに
振り滌ぎて、
天の眞名井まないの
水で滌そそいで
佐賀美邇
迦美而。
さ齧がみに
齧かみて、
囓かみに
囓かんで
〈自佐下六字
以音下效此〉
   
於吹棄氣吹之 吹き棄つる氣吹いぶきの 吹き棄てる息の
狹霧所
成神御名。
狹霧さぎりに
成りませる神の御名は、
霧の中から
あらわれた神の名は
     
多紀理毘賣命。
〈此神名以音〉
多紀理毘賣
たぎりびめの命、
タギリヒメの命
亦御名謂
奧津嶋比賣命。
またの御名は
奧津島比賣
おきつしまひめの命といふ。
またの名は
オキツシマ姫の命でした。

市寸嶋〈上〉比賣命。
次に
市寸島比賣
いちきしまひめの命、
次に
イチキシマヒメの命
亦御名謂
狹依毘賣命。
またの御名は
狹依毘賣
さよりびめの命といふ。
またの名は
サヨリビメの命、

多岐都比賣命。
〈三柱。
此神名以音〉
次に
多岐都比賣
たぎつひめの命
三柱。
次に
タギツヒメの命の
お三方でした。
     

誓約②須佐之男

     
速須佐之男命。 速須佐の男の命、 次にスサノヲの命が
乞度天照大御神所
纒左御美豆良。
天照らす大御神の
左の御髻みみづらに纏まかせる
天照らす大神の
左の御髮に纏まいておいでになつた
八尺勾璁之
五百津之
美須麻流珠而。
八尺やさかの勾珠まがたまの
五百津いほつの
御統みすまるの珠を乞ひ度して、
大きな勾玉まがたまの
澤山ついている
玉の緒おをお請うけになつて、
奴那登母母由良爾。 ぬなとももゆらに、 音もさらさらと
振滌天之眞名井而。 天あめの眞名井に振り滌ぎて、 天の眞名井の水に滌そそいで
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓かみに囓かんで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の
狹霧に成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の
霧の中からあらわれた神は
     
正勝吾勝勝速日
天之忍穗耳命。
正勝吾勝勝速日
まさかあかつかちはやび
天あめの忍穗耳おしほみみの命。
マサカアカツカチハヤビ
アメノオシホミミの命、
     
亦乞度所纒
右御美豆良之珠而。
また
右の御髻に纏かせる
珠を乞ひ度して、
次に
右の御髮の輪に
纏まかれていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の
狹霧に成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の
霧の中からあらわれた神は
天之菩卑能命。
〈自菩下三字以音〉
天の菩卑ほひの命。 アメノホヒの命、
     
亦乞度所纒
御鬘之珠而。
また
御鬘みかづらに纏かせる
珠を乞ひ度して、
次に
鬘かずらに
纏いておいでになつていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の
狹霧に成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の
霧の中からあらわれた神は
天津日子根命。 天津日子根あまつひこねの命。 アマツヒコネの命、
     
又乞度所纏
左御手之珠而。
また
左の御手に纏まかせる
珠を乞ひ度して、
次に
左の御手に
お纏きになつていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の狹霧に
成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の霧の中から
あらわれた神は
活津日子根命。 活津日子根いくつひこねの命。 イクツヒコネの命、
     
亦乞度所纒
右御手之珠而。
また
右の御手に纏かせる
珠を乞ひ度して、
次に
右の御手に
纏いておいでになつていた
珠をお請けになつて
佐賀美邇迦美而。 さ齧みに齧みて、 囓みに囓んで
於吹棄氣吹之
狹霧所成神御名。
吹き棄つる氣吹の狹霧に
成りませる神の御名は、
吹き棄てる息の霧の中から
あらわれた神は
熊野久須毘命。 熊野久須毘くまのくすびの命 クマノクスビの命、
     
〈并五柱。
自久下三字以音〉
(并はせて五柱。) 合わせて五方いつかたの
男神が御出現になりました。
     

誓約③系譜

     
於是
天照大御神。
 ここに
天照らす大御神、
ここに
天照らす大神は

速須佐之男命。
速須佐はやすさの男の命に
告のりたまはく、
スサノヲの命に
仰せになつて、
是後所生
五柱男子者。
「この後に生あれませる
五柱の男子ひこみこは、
「この後あとから生まれた
五人の男神は
物實。
因我物所成。
物實ものざね
我が物に因りて成りませり。
わたしの身につけた珠によつて
あらわれた神ですから
故自吾子也。 かれおのづから吾が子なり。 自然わたしの子です。
先所生之
三柱女子者。
先に生れませる
三柱の女子ひめみこは、
先に生まれた
三人の姫御子ひめみこは
物實
因汝物所成。
物實
汝いましの物に因りて成りませり。
あなたの身につけたものによつて
あらわれたのですから、
故乃汝子也。 かれすなはち汝の子なり」と、 やはりあなたの子です」
如此詔別也。 かく詔のり別けたまひき。 と仰せられました。
     
故其先所生之神。  かれその先に生れませる神、 その先にお生まれになつた神のうち
多紀理毘賣命者。 多紀理毘賣
たきりびめの命は、
タギリヒメの命は、
坐胸形之
奧津宮。
胸形むなかたの
奧津おきつ宮にます。
九州の胸形むなかたの
沖つ宮においでになります。

市寸嶋比賣命者。
次に
市寸島比賣
いちきしまひめの命は
次に
イチキシマヒメの命は
坐胸形之
中津宮。
胸形の
中津なかつ宮にます。
胸形の
中つ宮においでになります。
次田寸津比賣命者。 次に
田寸津比賣
たぎつひめの命は、
次に
タギツヒメの命は
坐胸形之
邊津宮。
胸形の
邊津へつ宮にます。
胸形の
邊へつ宮においでになります。
此三柱神者
胸形君等之
以伊都久
三前大神者也。
この三柱の神は、
胸形の君等が
もち齋いつく
三前みまへの大神なり。
この三人の神は、
胸形の君たちが
大切にお祭りする
神樣であります。
     
故此後所生
五柱子之中。
 かれこの後に生あれませる
五柱の子の中に、
そこでこの後でお生まれになつた
五人の子の中に、
天菩比命之子
建比良鳥命。
天の菩比ほひの命の子
建比良鳥
たけひらとりの命、
アメノホヒの命の子の
タケヒラドリの命、
〈此出雲國造。 こは出雲の國の造みやつこ、 これは
出雲の國の造みやつこ・
无邪志國造。 无耶志むざしの國の造、 ムザシの國の造・
上菟上國造。 上かみつ菟上うなかみの國の造、 カミツウナカミの國の造・
下菟上國造。 下しもつ菟上うなかみの國の造、 シモツウナカミの國の造・
伊自牟國造。 伊自牟いじむの國の造、 イジムの國の造・
津嶋縣直。 津島つしまの
縣あがたの直あたへ、
津島の
縣あがたの直あたえ・
遠江國造
等之祖也〉
遠江とほつあふみの國の造
等が祖おやなり。
遠江とおとおみの國の造
たちの祖先です。
     
次天津日子根命者。 次に天津日子根あまつひこねの命は、 次にアマツヒコネの命は、
〈凡川内國造。 凡川内おふしかふちの國の造、 凡川内おおしこうちの國の造・
額田部
湯坐連。
額田部ぬかたべの
湯坐ゆゑの連むらじ、
額田ぬかた部の
湯坐ゆえの連・
茨木國造。 木きの國の造、 木の國の造・
倭田中直。 倭やまとの田中の直あたへ、 倭やまとの田中の直あたえ・
山代國造。 山代やましろの國の造、 山代やましろの國の造・
馬來田國造。 馬來田うまくたの國の造、 ウマクタの國の造・
道尻岐閇國造。 道みちの尻岐閇しりきべの國の造、 道ノシリキベの國の造・
周芳國造。 周芳すはの國の造、 スハの國の造・
倭淹知造。 倭やまとの淹知あむちの造みやつこ、 倭のアムチの造・
高市縣主。 高市たけちの縣主あがたぬし、 高市たけちの縣主・
蒲生稻寸。 蒲生かまふの稻寸いなぎ、 蒲生かもうの稻寸いなき・
三枝部造
等之祖也〉
三枝部さきくさべの造
等が祖なり。
三枝部さきくさべの造
たちの祖先です。
     

クソまき

     
爾速須佐之男命。  ここに速須佐の男の命、  そこでスサノヲの命は、
白于天照大御神。 天照らす大御神に白したまひしく、 天照らす大神に申されるには
我心清明。 「我が心清明あかければ 「わたくしの心が清らかだつたので、
故我所生子。 我が生める子 わたくしの生うんだ子が
得手弱女。 手弱女たわやめを得つ。 女だつたのです。
因此言者。 これに因りて言はば、 これに依よつて言えば
自我勝云而
於勝佐備
〈此二字以音〉
おのづから我勝ちぬ」といひて、
勝さびに
當然わたくしが勝つたのです」といつて、
勝つた勢いに任せて
亂暴を働きました。
離天照大御神之
營田之阿
〈此阿字以音〉埋其溝。
天照らす大御神の
營田みつくたの畔あ離ち、
その溝埋うみ、
天照らす大神が田を作つておられた
その田の畔あぜを毀こわしたり
溝みぞを埋うめたりし、
亦其於聞看
大嘗之殿。
またその
大嘗にへ聞しめす殿に
また
食事をなさる御殿に
屎麻理
〈此二字以音〉散。
屎くそまり
散らしき。
屎くそをし
散らしました。
     
故。雖然爲。 かれ然すれども、 このようなことを
なさいましたけれども
天照大御神者。 天照らす大御神は 天照らす大神は
登賀米受
而告。
咎めずて
告りたまはく、
お咎とがめにならないで、
仰せになるには、
如屎。 「屎くそなすは 「屎くそのようなのは
醉而
吐散登許曾。
〈此三字以音〉
醉ゑひて
吐き散らすとこそ
酒に醉つて
吐はき散ちらすとて
我那勢之命
爲如此。
我が汝兄なせの命
かくしつれ。
こんなになつたのでしよう。

離田之阿埋溝者。
また
田の畔あ離ち溝埋うむは、
それから
田の畔を毀し溝を埋めたのは
地矣阿多良斯登許曾。
〈自阿以下七字以音〉
地ところを惜あたらしとこそ 地面を惜しまれて
我那勢之命爲如此登。
〈此一字以音〉
我が汝兄なせの命かくしつれ」 このようになされたのです」
詔雖直。 と詔り直したまへども、 と善いようにと仰せられましたけれども、
猶其惡態
不止而轉。
なほその惡あらぶる態わざ
止まずてうたてあり。
その亂暴なしわざは
止やみませんでした。
     

天の岩戸

     
天照大御神。 天照らす大御神の 天照らす大神が

忌服屋而。
忌服屋いみはたやに
ましまして
清らかな機織場はたおりばに
おいでになつて
令織
神御衣之時。
神御衣かむみそ
織らしめたまふ時に、
神樣の御衣服おめしものを
織らせておいでになる時に、
穿其服屋之頂。 その服屋はたやの頂むねを穿ちて、 その機織場の屋根に穴をあけて
逆剥
天斑馬剥而。
天の斑馬むちこまを
逆剥さかはぎに剥ぎて
斑駒まだらごまの
皮をむいて
所墮入時。 墮し入るる時に、 墮おとし入れたので、
天衣織女見驚而。 天の衣織女みそおりめ見驚きて 機織女はたおりめが驚いて
於梭衝陰上
而死。
〈訓陰上云富登〉
梭ひに
陰上ほとを衝きて
死にき。
機織りに使う板で
陰ほとをついて
死んでしまいました。
     
故於是
天照大御神見畏。
かれここに
天照らす大御神見み畏かしこみて、
そこで
天照らす大神もこれを嫌つて、
閇天石屋戶而。 天の石屋戸いはやどを開きて 天あめの岩屋戸いわやとをあけて
刺許母理
〈此三字以音〉
坐也。
さし隱こもりましき。 中にお隱れになりました。
     

高天原皆暗。
ここに
高天たかまの原皆暗く、
それですから
天がまつくらになり、
葦原中國悉闇。 葦原あしはらの中つ國
悉に闇し。
下の世界も
ことごとく闇くらくなりました。
因此而常夜往。 これに因りて、常夜とこよ往く。 永久に夜が續いて行つたのです。
於是萬神之聲者。 ここに萬よろづの神の聲おとなひは、 そこで多くの神々の騷ぐ聲は
狹蠅那須
〈此二字以音〉
皆滿。
さ蠅ばへなす
滿ち、
夏の蠅のように
いつぱいになり、
萬妖悉發。 萬の妖わざはひ
悉に發おこりき。
あらゆる妖わざわいが
すべて起りました。
     

天安河原

     
是以
八百萬神。
ここを以ちて
八百萬の神、
 こういう次第で
多くの神樣たちが
於天安之河原。 天の安の河原に 天の世界の
天あめのヤスの河の河原に
神集集而。
〈訓集云都度比〉
神集かむつどひ
集つどひて、
お集まりになつて
高御產巢日神之子
思金神〈訓金云加尼〉。
高御産巣日たかみむすびの神の子
思金おもひがねの神に
タカミムスビの神の子の
オモヒガネの神という神に
令思而。 思はしめて、 考えさせて
集常世
長鳴鳥。
常世とこよの
長鳴ながなき鳥を集つどへて
まず海外の國から渡つて來た
長鳴鳥ながなきどりを集めて
令鳴而。 鳴かしめて、 鳴かせました。
     

天安河之河上之
天堅石。
天の安の河の河上の
天の堅石かたしはを取り、
次に
天のヤスの河の河上にある
堅い巖いわおを取つて來、
取天金山之鐵而。 天の金山かなやまの
鐵まがねを取りて、
また天の金山かなやまの
鐵を取つて
求鍛人
天津麻羅而
〈麻羅二字以音〉
鍛人かぬち
天津麻羅あまつまらを求まぎて、
鍛冶屋かじやの
アマツマラという人を尋ね求め、
科伊斯許理度賣命。
〈自伊下六字以音〉
伊斯許理度賣
いしこりどめの命に科おほせて、
イシコリドメの命に命じて
令作鏡。 鏡を作らしめ、 鏡を作らしめ、
科玉祖命。 玉の祖おやの命に科せて タマノオヤの命に命じて
令作
八尺勾之
五百津之
御須麻流之珠而。
八尺の勾まが璁の
五百津いほつの
御統みすまるの
珠を作らしめて
大きな勾玉まがたまが
澤山ついている
玉の緒の
珠を作らしめ、
召天兒屋命
布刀玉命
〈布刀二字以音下效此〉
而。
天の兒屋こやねの
命布刀玉ふとだまの命を
召よびて、
アメノコヤネの命と
フトダマの命とを
呼んで
内拔天香山之
眞男鹿之肩拔而。
天の香山かぐやまの
眞男鹿さをしかの肩を
内拔うつぬきに拔きて、
天のカグ山の
男鹿おじかの肩骨を
そつくり拔いて來て、
取天香山之
天之波波迦
〈此三字以音木名〉
而。
天の香山の
天の波波迦ははかを
取りて、
天のカグ山の
ハハカの木を
取つて
令占合麻迦那波而。
〈自麻下四字以音〉
占合うらへまかなはしめて、 その鹿しかの肩骨を燒やいて
占うらなわしめました。

天香山之
五百津眞賢木矣。
天の香山の
五百津の眞賢木まさかきを
次に天のカグ山の
茂しげつた賢木さかきを
根許士爾許士而。
〈自許下五字以音〉
根掘ねこじにこじて、 根掘ねこぎにこいで、
於上枝。 上枝ほつえに 上うえの枝に
取著八尺勾璁之
五百津之
御須麻流之玉。
八尺の勾璁の
五百津の
御統の玉を取り著つけ、
大きな勾玉まがたまの
澤山の
玉の緒を懸け、
於中枝
取繋八尺鏡。
〈訓八尺云八阿多〉
中つ枝に
八尺やたの鏡を取り繋かけ、
中の枝には
大きな鏡を懸け、
於下枝。 下枝しづえに 下の枝には
取垂白丹寸手
青丹寸手而。
〈訓垂云志殿〉
白和幣しろにぎて
青和幣あをにぎてを
取り垂しでて、
麻だの
楮こうぞの皮の晒さらしたの
などをさげて、
此種種物者。 この種種くさぐさの物は、  
布刀玉命。 布刀玉の命 フトダマの命が
布刀御幣登取持而。 太御幣ふとみてぐらと取り持ちて、 これをささげ持ち、
天兒屋命。 天の兒屋の命 アメノコヤネの命が
布刀詔戶
言祷白而。
太祝詞ふとのりと
言祷ことほぎ白して、
莊重そうちような
祝詞のりとを唱となえ、
天手力男神。 天の手力男たぢからをの神、 アメノタヂカラヲの神が
隱立戶掖而。 戸の掖わきに
隱り立ちて、
岩戸いわとの陰かげに
隱れて立つており、
天宇受賣命。 天の宇受賣うずめの命、 アメノウズメの命が
手次繋
天香山之
天之日影而。
天の香山の
天の日影ひかげを
手次たすきに繋かけて、
天のカグ山の
日影蔓ひかげかずらを
手襁たすきに懸かけ、
爲鬘
天之眞拆而。
天の眞拆まさきを
鬘かづらとして、
眞拆まさきの蔓かずらを
鬘かずらとして、
手草結
天香山之
小竹葉而。
〈訓小竹云佐佐〉
天の香山の
小竹葉ささばを
手草たぐさに結ひて、
天のカグ山の
小竹ささの葉を
束たばねて
手に持ち、
於天之石屋戶
伏汙氣
〈此二字以音〉而。
天の石屋戸いはやどに
覆槽うけ伏せて
天照らす大神のお隱れになつた
岩戸の前に
桶おけを覆ふせて
蹈登杼呂許志。
〈此五字以音〉
蹈みとどろこし、 踏み鳴らし
爲神懸而。 神懸かむがかりして、 神懸かみがかりして
掛出胸乳。 胸乳むなちを掛き出で、  
裳緒忍
垂於番登也。
裳もの緒ひもを
陰ほとに押し垂りき。
裳の紐を
陰ほとに垂らしましたので、
爾高天原動而。 ここに高天の原動とよみて 天の世界が鳴りひびいて、
八百萬神
共咲。
八百萬の神
共に咲わらひき。
たくさんの神が、
いつしよに笑いました。
     
於是
天照大御神
以爲怪。
 ここに
天照らす大御神
怪あやしとおもほして、
そこで
天照らす大神は
怪しいとお思いになつて、
細開天石屋戶而。 天の石屋戸を細ほそめに開きて 天の岩戸を細目にあけて
内告者。 内より告のりたまはく、 内から仰せになるには、
因吾隱坐而。 「吾あが隱こもりますに因りて、 「わたしが隱れているので
以爲天原自闇。 天の原おのづから闇くらく、 天の世界は自然に闇く、
亦葦原中國
皆闇矣。
葦原の中つ國も皆闇けむと思ふを、 下の世界も
皆みな闇くらいでしようと思うのに、
何由以
天宇受賣者。
爲樂。
何なにとかも
天の宇受賣うずめは
樂あそびし、
どうして
アメノウズメは
舞い遊び、
亦八百萬神諸咲。 また八百萬の神諸もろもろ咲わらふ」
とのりたまひき。
また多くの神は笑つているのですか」
と仰せられました。
爾天宇受賣。 ここに天の宇受賣白さく、 そこでアメノウズメの命が、
白言
益汝命而
貴神坐故
歡喜咲樂。
「汝命いましみことに勝まさりて
貴たふとき神いますが故に、
歡喜よろこび咲わらひ樂あそぶ」
と白しき。
「あなた樣に勝まさつて
尊い神樣がおいでになりますので
樂しく遊んでおります」
と申しました。
     
如此言之間。 かく言ふ間に、 かように申す間に
天兒屋命
布刀玉命。
天の兒屋の命、
布刀玉の命、
アメノコヤネの命と
フトダマの命とが、
指出其鏡。 その鏡をさし出でて、 かの鏡をさし出して
示奉天照大御神之時。 天照らす大御神に見せまつる時に、 天照らす大神にお見せ申し上げる時に
天照大御神
逾思奇而。
天照らす大御神
いよよ奇あやしと思ほして、
天照らす大神は
いよいよ不思議にお思いになつて、
稍自戶出而。臨坐之時。 やや戸より出でて臨みます時に、 少し戸からお出かけになる所を、
其所隱立之
天手力男神。
その隱かくり立てる
手力男の神、
隱れて立つておられた
タヂカラヲの神が
取其御手
引出。
その御手を取りて
引き出だしまつりき。
その御手を取つて
引き出し申し上げました。
     
即布刀玉命。 すなはち布刀玉の命、 そこでフトダマの命が
以尻久米
〈此二字以音〉繩。
尻久米
しりくめ繩を
そのうしろに
標繩しめなわを
控度其御後方。 その御後方みしりへに控ひき度して 引き渡して、
白言。 白さく、  
從此以内
不得還入。
「ここより内にな
還り入りたまひそ」
とまをしき。
「これから内には
お還り入り遊ばしますな」
と申しました。
故天照大御神
出坐之時。
かれ天照らす大御神の
出でます時に、
かくて天照らす大神が
お出ましになつた時に、
高天原及葦原中國。 高天の原と葦原の中つ國と 天も下の世界も
自得照明。 おのづから照り明りき。 自然と照り明るくなりました。
     

第二次神逐

     
於是八百萬神
共議而。
ここに八百萬の神
共に議はかりて、
ここで神樣たちが
相談をして
於速須佐之男命。 速須佐の男の命に スサノヲの命に
負千位置戶。 千座ちくらの置戸おきどを負せ、 澤山の品物を出して
罪を償つぐなわしめ、
亦切鬚。 また鬚ひげと手足の爪とを切り、 また鬚ひげと
及手足爪令拔而。 祓へしめて、 手足てあしの爪とを切つて
神夜良比
夜良比岐。
神逐かむやらひ
逐ひき。
逐いはらいました。
     

オホゲツヒメ

     スサノヲの命は、
かようにして天の世界から逐おわれて、
下界げかいへ下くだつておいでになり、
又食物乞
大氣津比賣神。
 また食物をしものを
大氣都比賣
おほげつひめの神に
乞ひたまひき。
まず食物を
オホゲツ姫の神に
お求めになりました。
爾大氣都比賣。 ここに大氣都比賣、 そこでオホゲツ姫が
自鼻口及尻。 鼻口また尻より、 鼻や口また尻しりから
種種味物取出而。 種種の味物ためつものを取り出でて、 色々の御馳走を出して
種種作具而。 種種作り具へて進たてまつる時に、 色々お料理をしてさし上げました。
     
進時。   この時に
速須佐之男命。 速須佐の男の命、 スサノヲの命は
立伺其態。 その態しわざを立ち伺ひて、 そのしわざをのぞいて見て
以爲
穢汚而奉進。
穢汚きたなくして奉る
とおもほして、
穢きたないことをして食べさせる
とお思いになつて、
乃殺
其大宜津比賣神。
その大宜津比賣
おほげつひめの神を
殺したまひき。
そのオホゲツ姫の神を
殺してしまいました。
     
故所殺神於身
生物者。
かれ殺さえましし神の身に
生なれる物は、
殺された神の身體に
色々の物ができました。
於頭生蠶。 頭に蠶こ生り、 頭あたまに蠶かいこができ、
於二目生稻種。 二つの目に稻種いなだね生り、 二つの目に稻種いねだねができ、
於二耳生粟。 二つの耳に粟生り、 二つの耳にアワができ、
於鼻生小豆。 鼻に小豆あづき生り、 鼻にアズキができ、
於陰生麥。 陰ほとに麥生り、 股またの間あいだにムギができ、
於尻生大豆。 尻に大豆まめ生りき。 尻にマメが出來ました。
故是
神產巢日御祖命。
かれここに
神産巣日かむむすび
御祖みおやの命、
カムムスビの命が、
令取茲。 こを取らしめて、 これをお取りになつて
成種。 種と成したまひき。 種となさいました。
     

須佐之男の物語

八俣大蛇

     
故所避追而。  かれ避追やらはえて、  かくてスサノヲの命は
逐い拂われて
降出雲國之
肥〈上〉河上
在鳥髮地。
出雲の國の肥の河上、
名は鳥髮とりかみといふ地ところに
降あもりましき。
出雲の國の肥ひの河上、
トリカミという所に
お下りになりました。
此時
箸從其河流下。
この時に、
箸その河ゆ流れ下りき。
この時に
箸はしがその河から流れて來ました。
於是須佐之男命。 ここに須佐の男の命、  
以爲人有其河上而。 その河上に人ありとおもほして、 それで河上に人が住んでいるとお思いになつて
尋覓上往者。 求まぎ上り往でまししかば、 尋ねて上のぼつておいでになりますと、
老夫與
老女二人在而。
老夫おきなと
老女おみなと二人ありて、
老翁と
老女と二人があつて
童女置中而泣。 童女をとめを中に置きて泣く。 少女を中において泣いております。
     
爾問賜之。
汝等者誰。
ここに「汝たちは誰そ」と
問ひたまひき。
そこで「あなたは誰だれですか」と
お尋ねになつたので、
故其老夫。答言。 かれその老夫、答へて言まをさく その老翁が、
僕者國神。
大山〈上〉津見
神之子焉。
「僕あは國つ神
大山津見おほやまつみの
神の子なり。
「わたくしはこの國の神の
オホヤマツミの
神の子で
僕名謂足〈上〉名椎。 僕が名は足名椎あしなづちといひ アシナヅチといい、
妻名謂手〈上〉名椎。 妻めが名は手名椎てなづちといひ、 妻の名はテナヅチ、
女名謂
櫛名田比賣。
女むすめが名は
櫛名田比賣
くしなだひめといふ」とまをしき。
娘の名は
クシナダ姫といいます」と申しました。
     
亦問
汝哭由者何。
また「汝の哭く故は何ぞ」
と問ひたまひしかば、
また「あなたの泣くわけはどういう次第ですか」と
お尋ねになつたので
答白言。 答へ白さく  
我之女者
自本在八稚女。
「我が女は
もとより八稚女をとめありき。
「わたくしの女むすめは
もとは八人ありました。
是高志之
八俣遠呂智。
〈此三字以音〉
ここに高志こしの
八俣やまたの大蛇をろち、
それをコシの
八俣やまたの大蛇が
每年來喫。 年ごとに來て喫くふ。 毎年來て食たべてしまいます。
今其可來時故泣。 今その來べき時なれば泣く」
とまをしき。
今またそれの來る時期ですから泣いています」
と申しました。
爾問其形如何。 ここに「その形はいかに」
と問ひたまひしかば、
「その八俣の大蛇というのは
どういう形をしているのですか」
とお尋ねになつたところ、
答白。    
彼目如
赤加賀智而。
「そが目は
赤かがちの如くにして
「その目めは
丹波酸漿たんばほおずきのように
眞赤まつかで、
身一有
八頭
八尾。
身一つに
八つの頭かしら
八つの尾あり。
身體一つに
頭が八つ、
尾が八つあります。
亦其身生
蘿及
檜榲。
またその身に
蘿こけまた
檜榲ひすぎ生ひ、
またその身體からだには
蘿こけだの檜ひのき・
杉の類が生え、
其長度
谿八谷
峽八尾而。
その長たけ
谷たに八谷
峽を八尾をを度りて、
その長さは
谷たに八やつ
峰みね八やつをわたつて、
見其腹者。 その腹を見れば、 その腹を見れば
悉常血爛也。 悉に常に血ち垂り
爛ただれたり」
とまをしき。
いつも血ちが垂れて
爛ただれております」
と申しました。
〈此謂赤加賀知者。
今酸醤者也〉
(ここに赤かがちと云へるは、
今の酸醤なり[酸醤なりはママ])
 
     
爾速須佐之男命。 ここに速須佐の男の命、 そこでスサノヲの命が
詔其老夫。 その老夫に詔りたまはく、 その老翁に
是汝之女者。 「これ汝いましが女ならば、 「これがあなたの女むすめさんならば
奉於吾哉。 吾に奉らむや」
と詔りたまひしかば、
わたしにくれませんか」
と仰せになつたところ、
答白恐亦
不覺御名。
「恐けれど御名を知らず」
と答へまをしき。
「恐れ多いことですけれども、
あなたはどなた樣ですか」
と申しましたから、
爾答詔。 ここに答へて詔りたまはく、  
吾者
天照大御神之
伊呂勢者也。
〈自伊下三字以音〉
「吾は
天照らす大御神の
弟いろせなり。
「わたしは
天照らす大神の
弟です。
故。今自天降坐也。 かれ今天より降りましつ」
とのりたまひき。
今天から下つて來た所です」
とお答えになりました。
爾。
足名椎。
手名椎神。
ここに
足名椎あしなづち
手名椎てなづちの神、
それで
アシナヅチ・
テナヅチの神が
白然坐者恐。 「然まさば恐かしこし、 「そうでしたら恐れ多いことです。
立奉。 奉らむ」
とまをしき。
女むすめをさし上げましよう」
と申しました。
     

草薙の大刀

     
爾速須佐之男命。  ここに速須佐の男の命、 依つてスサノヲの命は
乃於湯津爪櫛取成
其童女而。
その童女をとめを
湯津爪櫛ゆつつまぐしに取らして、
その孃子おとめを
櫛くしの形かたちに變えて
刺御美豆良。 御髻みみづらに刺さして、 御髮おぐしにお刺さしになり、
告其
足名椎
手名椎神。
その
足名椎、
手名椎の神に告りたまはく、
その
アシナヅチ・
テナヅチの神に仰せられるには、
汝等。 「汝等いましたち、 「あなたたち、
釀八鹽折之酒。 八鹽折やしほりの酒を釀かみ、 ごく濃い酒を釀かもし、
且作廻垣。 また垣を作り廻もとほし、 また垣を作り廻して
於其垣作八門。 その垣に八つの門を作り、 八つの入口を作り、
每門結八佐受岐。
〈此三字以音〉
門ごとに
八つのさずきを結ゆひ、
入口毎に
八つの物を置く臺を作り、
每其佐受岐
置酒船而。
そのさずきごとに
酒船を置きて、
その臺毎に
酒の槽おけをおいて、
每船盛
其八鹽折酒
而待。
船ごとに
その八鹽折の酒を盛りて
待たさね」とのりたまひき。
その濃い酒をいつぱい入れて
待つていらつしやい」と仰せになりました。
     
故隨告而。 かれ告りたまへるまにまにして、 そこで仰せられたままに
如此設備待之時。 かく設まけ備へて待つ時に、 かように設けて待つている時に、
其八俣遠呂智。 その八俣やまたの大蛇をろち、 かの八俣の大蛇が
信如言來。 信まことに言ひしがごと來つ。 ほんとうに言つた通りに來ました。

每船
垂入己頭。
飮其酒。
すなはち
船ごとに
己おのが頭を乘り入れて
その酒を飮みき。
そこで
酒槽さかおけ毎に
それぞれ首を乘り入れて
酒を飮みました。
於是飮醉。
留伏寢。
ここに飮み醉ひて留まり
伏し寢たり。
そうして醉つぱらつてとどまり
臥して寢てしまいました。
     
爾速須佐之男命。 ここに速須佐の男の命、 そこでスサノヲの命が
拔其所御佩之
十拳劔。
その御佩みはかしの
十拳とつかの劒を拔きて、
お佩きになつていた
長い劒を拔いて
切散其蛇者。 その蛇を切り散はふりたまひしかば、 その大蛇をお斬り散らしになつたので、
肥河
變血而流。
肥ひの河
血に變なりて流れき。
肥の河が
血になつて流れました。
     
故。切其中尾時。 かれその中の尾を
切りたまふ時に、
その大蛇の中の尾を
お割きになる時に
御刀之刄毀。 御刀みはかしの刃毀かけき。 劒の刃がすこし毀かけました。
爾思怪。 ここに怪しと思ほして、 これは怪しいとお思いになつて
以御刀之前。 御刀の前さきもちて 劒の先で割いて
刺割而見者。 刺し割きて見そなはししかば、 御覽になりましたら、
在都牟刈之大刀。 都牟羽つむはの大刀あり。 鋭い大刀がありました。
故。取此大刀。 かれこの大刀を取らして、 この大刀をお取りになつて
思異物而。 異けしき物ぞと思ほして、 不思議のものだとお思いになつて
白上於
天照大御神也。
天照らす大御神に
白し上げたまひき。
天照らす大神に
獻上なさいました。
是者
草那藝之大刀也。
〈那藝二字以音〉
こは
草薙くさなぎの大刀なり。
これが
草薙の劒でございます。
     

出雲国

     
故。是以
其速須佐之男命。
 かれここを以ちて
その速須佐の男の命、
 かくして
スサノヲの命は、
宮可造作之地。 宮造るべき地ところを 宮を造るべき處を
求出雲國。 出雲の國に求まぎたまひき。 出雲の國でお求めになりました。
     
爾。到坐須賀
〈此二字以音下效此〉
ここに
須賀すがの地に到りまして
そうして
スガの處ところにおいでになつて
地而詔之。 詔りたまはく、 仰せられるには、
吾來此地。 「吾此地ここに來て、 「わたしは此處ここに來て
我御心
須賀須賀斯而。
我あが御心
清淨すがすがし」
と詔りたまひて、
心もちが
清々すがすがしい」
と仰せになつて、
其地作宮坐。 其地そこに宮作りてましましき。 其處そこに宮殿をお造りになりました。
故。其地者於
今云須賀也。
かれ其地そこをば
今に須賀といふ。
それで其處をば
今でもスガというのです。
     
茲大神 この大神、 この神が、
初作須賀宮之時。 初め須賀の宮作らしし時に、 はじめスガの宮をお造りになつた時に、
自其地雲立騰。 其地そこより雲立ち騰りき。 其處から雲が立ちのぼりました。
爾作御歌。 ここに御歌よみしたまひき。 依つて歌をお詠みになりましたが、
其歌曰。 その歌、 その歌は、
     
夜久毛多都。
伊豆毛夜幣賀岐。
都麻碁微爾。
夜幣賀岐都久流。
曾能夜幣賀岐袁
や雲立つ
出雲八重垣。
妻隱つまごみに
八重垣作る。
その八重垣を。
雲の叢むらがり起たつ
出雲いずもの國の宮殿。
妻と住むために
宮殿をつくるのだ。
その宮殿よ。
    というのです。
     
於是喚
其足名椎神。
 ここにその
足名椎の神を喚めして
そこでかの
アシナヅチ・
テナヅチの神をお呼よびになつて、
告言
汝者
任我宮之首。
告のりたまはく、
「汝いましをば
我が宮の首おびとに任まけむ」
と告りたまひ、
「あなたは
わたしの宮の長となれ」
と仰せになり、
且負名號
稻田宮主
須賀之八耳神。
また名を
稻田いなだの宮主みやぬし
須賀すがの八耳やつみみの神
と負せたまひき。
名を
イナダの宮主みやぬし
スガノヤツミミの神
とおつけになりました。
     

スサノオの系譜

     
故。其櫛名田比賣以。  その櫛名田比賣くしなだひめを  そこでそのクシナダ姫と
久美度邇起而。 隱處くみどに起して、 婚姻して
所生神名。 生みませる神の名は、 お生みになつた神樣は、
謂八嶋士奴美神。
〈自士下三字以音
下效此〉
八島士奴美
やしまじぬみの神。
ヤシマジヌミの神です。
     
又娶大山津見神之女。 また大山津見の神の女むすめ またオホヤマツミの神の女の
名神大市比賣。 名は神大市かむおほち比賣に娶あひて カムオホチ姫と結婚をして
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
大年神。 大年おほとしの神、 オホトシの神、
次宇迦之御魂神。
〈二柱。宇迦二字以音〉
次に宇迦うかの御魂みたま二柱。 次にウカノミタマです。
     
兄八嶋士奴美神。 兄みあに
八島士奴美の神、
兄の
ヤシマジヌミの神は
娶大山津見神之女。 大山津見の神の女、 オホヤマツミの神の女の

木花知流
〈此二字以音〉比賣。
名は
木この花はな知流ちる比賣に
娶あひて
木この花散はなちる姫と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
布波能母遲久奴須奴神。 布波能母遲久奴須奴
ふはのもぢくぬすぬの神。
フハノモヂクヌスヌの神です。
此神。 この神 この神が
娶淤迦美神之女。 淤迦美おかみの神の女、 オカミの神の女の
名日河比賣生子。 名は日河ひかは比賣に
娶ひて生みませる子、
ヒカハ姫と
結婚して生んだ子が
深淵之
水夜禮花神。
〈夜禮二字以音〉
深淵ふかふちの
水夜禮花みづやれはなの神。
フカブチノ
ミヅヤレハナの神です。
此神。 この神 この神が
娶天之
都度閇知泥〈上〉神。
〈自都下五字以音〉
天の都度閇知泥
つどへちねの神に
娶ひて
アメノ
ツドヘチネの神と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子が
淤美豆奴神。
〈此神名以音〉
淤美豆奴おみづぬの神。 オミヅヌの神です。
此神。 この神 この神が
娶布怒豆怒神。
〈此神名以音〉之女。
布怒豆怒ふのづのの神の女、 フノヅノの神の女の

布帝耳〈上〉神
〈布帝二字以音〉生子。
名は
布帝耳ふてみみの神に
娶ひて生みませる子、
フテミミの神と
結婚して生んだ子が
天之冬衣神。 天の冬衣ふゆぎぬの神、 アメノフユギヌの神です。
此神。 この神 この神が
娶刺國大〈上〉神之女。 刺國大さしくにおほの神の女、 サシクニオホの神の女の
名刺國若比賣
生子。
名は刺國若比賣に
娶ひて生みませる子、
サシクニワカ姫と
結婚して生んだ子が
大國主神。 大國主の神。 大國主おおくにぬしの神です。
     
亦名謂
大穴牟遲神。
〈牟遲二字以音〉
またの名は
大穴牟遲
おほあなむぢの神といひ、
この大國主の神は
またの名を
オホアナムチの神とも
亦名謂
葦原色許男神。
〈色許二字以音〉
またの名は
葦原色許男
あしはらしこをの神といひ、
アシハラシコヲの神とも
亦名謂
八千矛神。
またの名は
八千矛
やちほこの神といひ、
ヤチホコの神とも
亦名謂
宇都志國玉神。
〈宇都志三字以音〉
またの名は
宇都志國玉
うつしくにたまの神といひ、
ウツシクニダマの神
とも申します。
并有五名。 并はせて
五つの名あり。
合わせてお名前が
五つありました。

 
 

第三部:大国主の物語

 


目次
 
因幡の白兎とヤガミ姫(≒天照)
因幡の白兎
 ヤケドの兎神 ヤガミ姫の化身≒天照
 和邇=渡来人。を経た天神の受肉(天降)
八十神の大国主迫害①
 ヤソ神は渡来の神、迫害=国つ的視点
 転がる火石≒カルマ 低い精神作用
 
スサノオとスセリ姫
八十神の迫害②(木の国)木の俣から逃亡
根の堅州国(見えない根本原因。つまり)
スサノオの歓迎(迫害のこと)
スセリ姫の愛(スサノオの女性性)
逃亡とスサノオの承認(お墨付き)
 
ヤガミ姫の恐れ(別れ)
 
八千矛の歌(神語)かみがたり=神用語
八千矛神(大国主)の歌
ヌナカハ姫の歌
スセリ姫への歌
スセリ姫の歌
大国主の系譜
 
国堅め(≒根の国)
少名毘古那の神
 カミムスビ≒天照の手の俣から落ちた神
 これと伴で、つまり木の俣、根の国の暗示
 手から落ちたとは、手に負えない意
御諸山の神(木の国)
大年神からの系譜
 大年神=スサノオの子。
 つまりスサノオの因縁解消せず承継の意
 

因幡の白兎とヤガミ姫

因幡の白兎

     
故。
此大國主神之兄弟。
 かれ
この大國主の神の兄弟はらから
 この大國主の命の兄弟は、
八十神坐。 八十やそ神ましき。 澤山おいでになりました。
     
然皆國者
避於
大國主神。
然れども
みな國は大國主の神に
避さりまつりき。
しかし
國は皆大國主の命に
お讓り申しました。
所以避者。 避りし所以ゆゑは、 お讓り申し上げたわけは、
其八十神。各。 その八十神おのもおのも その大勢の神が皆みな
有欲婚
稻羽之
八上比賣之心
共行稻羽時。
稻羽いなばの
八上やかみ比賣を
婚よばはむとする心ありて、
共に稻羽に行きし時に、
因幡いなばの
ヤガミ姫ひめと
結婚しようという心があつて、
一緒に因幡いなばに行きました。
     

大穴牟遲神
負帒。
大穴牟遲
おほあなむぢの神に
帒ふくろを負せ、
時に大國主の命に
袋を負わせ
爲從者。 從者ともびととして 從者として
率往。 率ゐて往きき。 連れて行きました。
     
於是到
氣多之前時。
ここに
氣多けたの前さきに到りし時に、
そして
ケタの埼に行きました時に
裸菟伏也。 裸あかはだなる菟うさぎ伏せり。 裸になつた兎が伏しておりました。
     
爾八十神謂
其菟云。
ここに八十神
その菟に謂ひて云はく、
大勢の神が
その兎に言いましたには、
汝將爲者。 「汝いまし爲せまくは、 「お前は
浴此海鹽。 この海鹽うしほを浴み、 この海水を浴びて
當風吹而。 風の吹くに當りて、 風の吹くのに當つて
伏高山尾上。 高山の尾の上に伏せ」
といひき。
高山の尾上おのえに寢ているとよい」
と言いました。
     
故。其菟。 かれその菟、 それでこの兎が
從八十神之
教而伏。
八十神の
教のまにまにして伏しつ。
大勢の神の
教えた通りにして寢ておりました。
爾其鹽隨乾。 ここにその鹽の乾くまにまに、 ところがその海水の乾かわくままに
其身皮
悉風見吹拆。
その身の皮
悉に風に吹き拆さかえき。
身の皮が
悉く風に吹き拆さかれたから
故痛苦泣伏者。 かれ痛みて泣き伏せれば、 痛んで泣き伏しておりますと、
最後之來
大穴牟遲神。
最後いやはてに來ましし
大穴牟遲の神、
最後に來た
大國主の命が
見其菟言 その菟を見て、 その兎を見て、
何由汝泣伏。 「何とかも汝が泣き伏せる」
とのりたまひしに、
「何なんだつて泣き伏しているのですか」
とお尋ねになつたので、
     
菟答言。 菟答へて言さく 兎が申しますよう、
僕在淤岐嶋。 「僕あれ、淤岐おきの島にありて、 「わたくしは隱岐おきの島にいて
雖欲度此地。 この地くにに度らまく
ほりすれども、
この國に渡りたいと
思つていましたけれども
無度因。 度らむ因よしなかりしかば、 渡るすべがございませんでしたから、
故。欺
海和邇
〈此二字以音
下效此〉言。
海の鰐を
欺きて
言はく、
海の鰐わにを
欺あざむいて
言いましたのは、
吾與汝。 吾われと汝いましと わたしはあなたと
競欲計
族之多小。
競ひて
族やからの多き少きを計らむ。
どちらが一族ぞくが多いか
競くらべて見ましよう。
故汝者。 かれ汝は あなたは
隨其族在悉率來。 その族のありの悉ことごと率ゐて來て、 一族を悉く連れて來て
自此嶋至于氣多前。 この島より氣多けたの前さきまで、 この島からケタの埼さきまで
皆列伏度。 みな列なみ伏し度れ。 皆竝んで伏していらつしやい。
爾吾蹈其上。 ここに吾その上を蹈みて わたしはその上を蹈んで
走乍讀度。 走りつつ讀み度らむ。 走りながら勘定をして、
於是知
與吾族孰多。
ここに吾が族といづれか多き
といふことを知らむと、
わたしの一族とどちらが多いか
ということを知りましよう
如此言者。 かく言ひしかば、 と言いましたから、
見欺而。 欺かえて 欺かれて
列伏之時。 列なみ伏せる時に、 竝んで伏している時に、
吾蹈其上。 吾その上を蹈みて わたくしはその上を蹈んで
讀度來。 讀み度り來て、 渡つて來て、
今將下地時。 今地つちに下りむとする時に、 今土におりようとする時に、
吾云汝者
我見欺。
吾、汝いましは
我に欺かえつと
お前はわたしに欺だまされたと
言竟。 言ひ畢をはれば、 言うか言わない時に、
即伏最端和邇。 すなはち最端いやはてに伏せる鰐、 一番端はしに伏していた鰐わにが
捕我。 我あれを捕へて、 わたくしを捕つかまえて
悉剥我衣服。 悉に我が衣服きものを剥ぎき。 すつかり着物きものを剥はいでしまいました。
     
因此泣患者。 これに因りて
泣き患へしかば、
それで困こまつて
泣いて悲しんでおりましたところ、
先行
八十神之命以。
先だちて行でましし
八十神の命もちて
先においでになつた
大勢の神樣が、
誨告。 誨をしへたまはく、  
浴海鹽
當風伏。
海鹽うしほを浴みて、
風に當りて伏せと
のりたまひき。
海水を浴びて
風に當つて寢ておれと
お教えになりましたから
故爲如教者。 かれ教のごとせしかば、 その教えの通りにしましたところ
我身悉傷。 我あが身
悉に傷そこなはえつ」
とまをしき。
すつかり身體からだをこわしました」
と申しました。
     
於是大穴牟遲神。 ここに大穴牟遲の神、 そこで大國主の命は、
教告其菟。 その菟に教へてのりたまはく、 その兎にお教え遊ばされるには、
今急往此水門。 「今急とくこの水門みなとに往きて、 「いそいであの水門に往つて、
以水洗汝身。 水もちて汝が身を洗ひて、 水で身體を洗つて
即取
其水門之蒲黃。
すなはち
その水門の蒲かまの黄はなを取りて、
その
水門の蒲がまの花粉を取つて、
敷散而。 敷き散して、 敷き散らして
輾轉其上者。 その上に輾こい轉まろびなば、 その上に輾ころがり廻まわつたなら、
汝身如本膚
必差。
汝が身本の膚はだのごと、
かならず差いえなむ」
とのりたまひき。
お前の身はもとの膚はだのように
きつと治るだろう」
とお教えになりました。
故爲如教。 かれ教のごとせしかば、 依つて教えた通りにしましたから、
其身如本也。 その身本の如くになりき。 その身はもとの通りになりました。
     

稻羽之素菟
者也。
こは
稻羽いなばの素菟しろうさぎ
といふものなり。
これが
因幡いなばの白兎
というものです。
於今者謂
菟神也。
今には
菟神といふ。
今では
兎神といつております。
     
故其菟白
大穴牟遲神。
かれその菟、
大穴牟遲の神に白さく、
そこで兎が喜んで
大國主の命に申しましたことには、
此八十神者。 「この八十神は、 「あの大勢の神は
必不得八上比賣。 かならず八上やがみ比賣を得じ。 きつとヤガミ姫を得られないでしよう。
雖負帒。 帒ふくろを負ひたまへども、 袋を背負つておられても、
汝命獲之。 汝が命ぞ獲たまはむ」
とまをしき。
きつとあなたが得るでしよう」
と申しました。
     

八十神の迫害①

     
於是八上比賣。  ここに八上やがみ比賣、 兎の言つた通り、ヤガミ姫は
答八十神。 八十神に答へて言はく、 大勢の神に答えて
言吾者不聞
汝等之言。
「吾は汝たちの言を聞かじ、 「わたくしはあなたたちの言う事は聞きません。
將嫁
大穴牟遲神。
大穴牟遲の神に
嫁あはむ」といひき。
大國主の命と
結婚しようと思います」と言いました。
     
故。爾八十神怒。  かれここに八十神忿いかりて、 そこで大勢の神が怒つて、
欲殺大穴牟遲神。 大穴牟遲の神を殺さむと 大國主の命を殺そうと
共議而。 あひ議はかりて、 相談して
至伯岐國之
手間山本云。
伯伎ははきの國の
手間てまの山本に至りて云はく、
伯耆ほうきの國の
テマの山本に行つて言いますには、
赤猪在此山。 「この山に赤猪あかゐあり、 「この山には赤い猪いのししがいる。
故和禮
〈此二字以音〉
共追
下者。
かれ我
どち追ひ
下しなば、
わたしたちが
追い
下くだすから
汝待取。 汝待ち取れ。 お前が待ちうけて捕えろ。
若不待取者。 もし待ち取らずは、 もしそうしないと、
必將殺汝云而。 かならず汝を殺さむ」といひて、 きつとお前を殺してしまう」と言つて、
以火燒似猪大石而。 火もちて猪に似たる大石を燒きて、 猪いのししに似ている大きな石を火で燒いて
轉落。 轉まろばし落しき。 轉ころがし落しました。
     
爾追下取時。 ここに追ひ下し取る時に、 そこで追い下して取ろうとする時に、
即於
其石所燒著
而死。
すなはち
その石に燒き著つかえて
死うせたまひき。
その石に燒きつかれて
死んでしまいました。
     

其御祖命
哭患而。
ここに
その御祖みおやの命
哭き患へて、
そこで
母の神が
泣き悲しんで、
參上于天。 天にまゐ上のぼりて、 天に上つて行つて
請神產巢日之命時。 神産巣日かむむすびの命に
請まをしたまふ時に、
カムムスビの神のもとに
參りましたので、

遣𧏛貝比賣
與蛤貝比賣。
𧏛貝きさがひ比賣と
蛤貝うむがひ比賣とを
遣りて、
赤貝姫あかがいひめと
蛤貝姫はまぐりひめとを
遣やつて
令作活。 作り活かさしめたまひき。 生き還らしめなさいました。
     
爾𧏛貝比賣
岐佐宜〈此三字以音〉
集而。
ここに𧏛貝比賣
きさげ
集めて、
それで赤貝姫が
汁しるを搾しぼり
集あつめ、
蛤貝比賣
持人而。
蛤貝比賣
待ち承うけて、
蛤貝姫が
これを受けて

母乳汁者。
母おもの乳汁ちしると
塗りしかば、
母の乳汁として
塗りましたから、
成麗壯夫
〈訓壯夫。
云袁等古〉而。
麗うるはしき
壯夫
をとこになりて
りつぱな男になつて
出遊行。 出であるきき。 出歩であるくようになりました。
     

八十神の迫害②木の国

     
於是八十神見。  ここに八十神見て  これをまた大勢の神が見て
且欺
率入山而。
また欺きて、
山に率ゐて入りて、
欺あざむいて
山に連れて行つて、
切伏大樹。 大樹を切り伏せ、 大きな樹を切り伏せて
茹矢。 茹矢ひめやを 楔子くさびを
打立其木。 その木に打ち立て、 打つておいて、
令入其中。 その中に入らしめて、 その中に大國主の命をはいらせて、
即打離
其冰目矢而。
すなはちその氷目矢ひめやを
打ち離ちて、
楔子くさびを
打つて放つて
拷殺也。 拷うち殺しき。 打ち殺してしまいました。
     
爾亦
其御祖命
哭乍求者。
ここにまた
その御祖、
哭きつつ求まぎしかば、
そこでまた
母の神が
泣きながら搜したので、
得見。 すなはち見得て、 見つけ出して
即折其木
而取出活。
その木を拆さきて、
取り出で活して、
その木を拆さいて
取り出して生いかして、
告其子言 その子に告りて言はく、 その子に仰せられるには、
汝者有此間者。 「汝ここにあらば、 「お前がここにいると
遂爲八十神
所滅。
遂に八十神に
滅ころさえなむ」といひて、
しまいには大勢の神に
殺ころされるだろう」と仰せられて、
乃速遣於
木國之
大屋毘古神之御所。
木の國の
大屋毘古おほやびこの神の御所みもとに
違へ遣りたまひき。
紀伊の國の
オホヤ彦の神のもとに
逃がしてやりました。
     
爾八十神
覓追臻而。
ここに八十神
覓まぎ追ひ臻いたりて、
そこで大勢の神が
求めて追つて來て、
矢刺乞時。 矢刺して乞ふ時に、 矢をつがえて乞う時に、
自木俣
漏逃而去。
木の俣またより
漏くき逃れて去いにき。
木の俣またから
ぬけて逃げて行きました。
     

根の堅州国

     
御祖命 御祖の命、  そこで母の神が
告子云可參向 子に告りていはく、 「これは、
須佐能男命
所坐之
根堅州國。
「須佐の男の命の
まします
根ねの堅州かたす國にまゐ向きてば、
スサノヲの命の
おいでになる
黄泉の國に行つたなら、
必其大神
議也。
かならずその大神
議はかりたまひなむ」
とのりたまひき。
きつと
よい謀はかりごとをして下さるでしよう」
と仰せられました。
     
故隨詔命而。 かれ詔命みことのまにまにして そこでお言葉のままに、
參到
須佐之男命之
御所者。
須佐の男の命の
御所みもとに
參ゐ到りしかば、
スサノヲの命の
御所おんもとに
參りましたから、
其女
須勢理毘賣出見。
その女須勢理毘賣
すせりびめ出で見て、
その御女おんむすめの
スセリ姫ひめが出て見て
爲目合而。相婚。 目合まぐはひして婚あひまして、 おあいになつて、
還入。
白其父言
還り入りて
その父に白して言さく、
それから還つて
父君に申しますには、
甚麗神來。 「いと麗しき神來ましつ」
とまをしき。
「大變りつぱな神樣がおいでになりました」
と申されました。
     

スサノオの歓迎(迫害)

     
爾其大神出見而。 ここにその大神出で見て、 そこでその大神が出て見て、
告此者謂之
葦原色許男。
「こは葦原色許男
あしはらしこをの命といふぞ」
とのりたまひて、
「これは
アシハラシコヲの命だ」
とおつしやつて、
即喚入而。 すなはち喚び入れて、 呼よび入れて
令寢其蛇室。 その蛇へみの室むろやに寢しめたまひき。 蛇のいる室むろに寢させました。
     
於是其妻
須勢理毘賣命。
ここにその妻みめ
須勢理毘賣すせりびめの命、
そこでスセリ姫の命が
以蛇比禮〈二字以音〉
授其夫云
蛇のひれを
その夫に授けて、
蛇の領巾ひれを
その夫に與えて言われたことは、
其蛇將咋。 「その蛇咋くはむとせば、 「その蛇が食おうとしたなら、
以此比禮
三擧打撥。
このひれを
三たび擧ふりて打ち撥はらひたまへ」
とまをしたまひき。
この領巾ひれを
三度振つて打ち撥はらいなさい」
と言いました。
     
故如教者。 かれ教のごとせしかば、 それで大國主の命は、
教えられた通りにしましたから、
蛇自靜故。 蛇おのづから靜まりぬ。 蛇が自然に靜まつたので
平寢出之。 かれ平やすく寢て出でましき。 安らかに寢てお出になりました。
     
亦來日夜者。 また來る日の夜は、 また次の日の夜は
入呉公與蜂室。 呉公むかでと蜂との
室むろやに入れたまひしを、
呉公むかでと蜂はちとの
室むろにお入れになりましたのを、
且授呉公蜂之比禮。 また呉公むかで蜂のひれを授けて、 また呉公と蜂の領巾を與えて
教如先故。 先のごと教へしかば、 前のようにお教えになりましたから
平出之。 平やすく出でたまひき。 安らかに寢てお出になりました。
     
亦鳴鏑射入
大野之中。
また鳴鏑なりかぶらを
大野の中に射入れて、
次には鏑矢かぶらやを
大野原の中に射て入れて、
令採其矢。 その矢を採らしめたまひき。 その矢を採とらしめ、
故入其野時。 かれその野に入りましし時に、 その野におはいりになつた時に
即以火
廻燒其野。
すなはち火もちて
その野を燒き廻らしつ。
火をもつて
その野を燒き圍みました。
     
於是不知所
出之間。
ここに出づる所を
知らざる間に、
そこで出る所を
知らないで困つている時に、
鼠來云。 鼠來ていはく、 鼠が來て言いますには、
内者富良富良〈此四字以音〉
外者須夫須夫〈此四字以音〉
如此言故。
「内はほらほら、
外とはすぶすぶ」と、
かく言ひければ、
「内うちはほらほら、
外そとはすぶすぶ」と言いました。
こう言いましたから
蹈其處者。 其處そこを踏みしかば、 そこを踏んで
落隱入之間。 落ち隱り入りし間に、 落ちて隱れておりました間に、
火者燒過。 火は燒け過ぎき。 火は燒けて過ぎました。
爾其鼠。 ここにその鼠、 そこでその鼠が
咋持
其鳴鏑。
その鳴鏑なりかぶらを
咋くひて
その鏑矢を
食わえ
出來而奉也。 出で來て奉りき。 出して來て奉りました。
其矢羽者。 その矢の羽は、 その矢の羽はねは
其鼠子等
皆喫也。
その鼠の子ども
みな喫ひたりき。
鼠の子どもが
皆食べてしまいました。
     

スセリ姫の愛

     
於是其妻
須世理毘賣者。
 ここにその妻みめ
須世理毘賣すせりびめは、
 かくてお妃きさきの
スセリ姫ひめは
持喪具而。 喪はふりつ具ものを持ちて 葬式の道具を持つて
哭來。 哭きつつ來まし、 泣きながらおいでになり、
其父大神者。 その父の大神は、 その父の大神は
思已死訖。 すでに死うせぬと思ほして、 もう死んだとお思いになつて
出立其野。 その野に出でたたしき。 その野においでになると、
爾持其矢以
奉之時。
ここにその矢を持ちて
奉りし時に、
大國主の命はその矢を持つて
奉りましたので、
率入家而。 家に率て入りて、 家に連れて行つて
喚入八田間大室而。 八田間やたまの大室に喚び入れて、 大きな室に呼び入れて、
令取
其頭之虱。
その頭かしらの虱しらみを
取らしめたまひき。
頭の虱しらみを
取らせました。
     
故爾見其頭者。 かれその頭を見れば、 そこでその頭を見ると
呉公多在。 呉公むかで多さはにあり。 呉公むかでがいつぱいおります。
於是其妻。 ここにその妻、 この時にお妃が
以牟久木實與
赤土。
椋むくの木の實と
赤土はにとを取りて、
椋むくの木の實と
赤土とを
授其夫。 その夫に授けつ。 夫君に與えましたから、
故咋破其木實。 かれその木の實を咋ひ破り、 その木の實を咋くい破やぶり
含赤土。 赤土はにを含ふくみて 赤土を口に含んで
唾出者。 唾つばき出だしたまへば、 吐き出されると、
其大神。 その大神、 その大神は
以爲咋破呉公。 呉公むかでを咋ひ破りて 呉公を咋くい破つて
唾出而。 唾き出だすとおもほして、 吐き出すとお思いになつて、
於心思愛
而寢。
心に愛はしとおもほして
寢みねしたまひき。
御心に感心にお思いになつて
寢ておしまいになりました。
     

逃亡と承認

     
爾握其大神之髮。 ここにその神の髮を握とりて、 そこでその大神の髮を握とつて
其室每椽
結著而。
その室の椽たりきごとに
結ひ著けて、
その室の屋根のたる木ごとに
結いつけて、
五百引石。 五百引いほびきの石いはを、 大きな巖を
取塞其室戶。 その室の戸に取り塞さへて、 その室の戸口に塞いで、
負其妻
須世理毘賣。
その妻みめ
須世理毘賣を負ひて、
お妃の
スセリ姫を背負せおつて、
即取持其大神之
生大刀與生弓矢。
すなはちその大神の
生大刀いくたちと生弓矢いくゆみや
その大神の寶物の
大刀たち弓矢ゆみや、
及其天詔琴而。 またその天の沼琴ぬごとを取り持ちて、 また美しい琴を持つて
逃出之時。 逃げ出でます時に、 逃げておいでになる時に、
其天沼琴拂樹而。 その天の沼琴樹に拂ふれて その琴が樹にさわつて
地動鳴。 地動鳴なりとよみき。 音を立てました。
     
故。其所
寢大神。
かれその
寢みねしたまへりし大神、
そこで
寢ておいでになつた大神が
聞驚而。 聞き驚かして、 聞いてお驚きになつて
引仆其室。 その室を引き仆たふしたまひき。 その室を引き仆してしまいました。
然解結椽髮
之間。
然れども椽に結へる
髮を解かす間に
しかしたる木に結びつけてある
髮を解いておいでになる間に
遠逃。 遠く逃げたまひき。 遠く逃げてしまいました。
     
故爾
追至
黃泉比良坂。
かれここに
黄泉比良坂
よもつひらさかに
追ひ至りまして、
そこで
黄泉比良坂
よもつひらさかまで
追つておいでになつて、
遙望。 遙はるかに望みさけて、 遠くに見て
呼。謂
大穴牟遲神曰。
大穴牟遲おほあなむぢの神を
呼ばひてのりたまはく、
大國主の命を
呼んで仰せになつたには、
其汝所持之
生大刀。
生弓矢以而。
「その汝が持てる
生大刀
生弓矢もちて
「そのお前の持つている
大刀や
弓矢を以つて、
汝庶兄弟者。 汝が庶兄弟あにおとどもをば、 大勢の神をば
追伏坂之御尾。 坂の御尾に追ひ伏せ、 坂の上に追い伏せ
亦追撥河之瀨而。 また河の瀬に追ひ撥はらひて、 河の瀬せに追い撥はらつて、
意禮〈二字以音〉
爲大國主神。
おれ
大國主の神となり、
自分で
大國主の命となつて
亦爲
宇都志國玉神而。
また宇都志國玉
うつしくにたまの神となりて、
 
其我之女
須世理毘賣。
その我が女
須世理毘賣を
そのわたしの女むすめの
スセリ姫を
爲嫡妻而。 嫡妻むかひめとして、 正妻として、
於宇迦能山
〈三字以音〉之山本。
宇迦うかの山の山本に、 ウカの山の山本に
於底津石根。 底津石根そこついはねに 大磐石だいばんじやくの上に
宮柱布刀斯理
〈此四字以音〉
宮柱太しり、 宮柱を太く立て、
於高天原。 高天の原に 大空に高く
冰椽多迦斯理
〈此四字以音〉而居。
氷椽ひぎ高しりて
居れ。
棟木むなぎを上げて
住めよ、
是奴也。 この奴やつこ」とのりたまひき。 この奴やつめ」と仰せられました。
     
故持其大刀。弓。 かれその大刀弓を持ちて、 そこでその大刀弓を持つて
追避其八十神之時。 その八十神を追ひ避さくる時に、 かの大勢の神を追い撥はらう時に、
每坂御尾追伏。 坂の御尾ごとに追ひ伏せ、 坂の上毎に追い伏せ
每河瀨追撥而。 河の瀬ごとに追ひ撥ひて 河の瀬毎に追い撥はらつて
始作國也。 國作り始めたまひき。 國を作り始めなさいました。
     

ヤガミ姫の恐れ

     
故其八上比賣者。  かれその八上比賣は  かのヤガミ姫ひめは
如先期美刀
阿多波志都。
〈此七字以音〉
先の期ちぎりのごとみと
あたはしつ。
前の約束通りに
婚姻なさいました。
     
故其八上比賣者。 かれその八上比賣は、 そのヤガミ姫を
雖率來。 率ゐて來ましつれども、 連つれておいでになりましたけれども、
畏其嫡妻
須世理毘賣而。
その嫡妻むかひめ
須世理毘賣を畏かしこみて、
お妃きさきの
スセリ姫を恐れて
其所生子者。 その生める子をば、 生んだ子を
刺狹木俣而返。 木の俣またに刺し挾みて返りましき。 木の俣またにさし挾んでお歸りになりました。
故。名其子云
木俣神。
かれその子に名づけて
木の俣の神といふ、
ですからその子の名を
木の俣の神と申します。
亦名謂御井神也。 またの名は御井みゐの神といふ。 またの名は御井みいの神とも申します。

八千矛の歌

此八千矛神。  この八千矛やちほこの神、  このヤチホコの神(大國主の命)が、
將婚高志國之
沼河比賣
幸行之時。
高志こしの國の
沼河比賣ぬなかはひめを
婚よばはむとして幸いでます時に、
越の國のヌナカハ姫と
結婚しようとしておいでになりました時に、
到其沼河比賣之家。 その沼河比賣の家に到りて そのヌナカハ姫の家に行いつて
歌曰。 歌よみしたまひしく、 お詠みになりました歌は、
     
夜知富許能 迦微能美許登波  八千矛やちほこの 神の命は ヤチホコの 神樣は
夜斯麻久爾 都麻麻岐迦泥弖 八島國 妻求まぎかねて 方々の國で 妻を求めかねて
登富登富斯 故志能久邇邇 遠遠し 高志こしの國に 遠い遠い 越こしの國に
佐加志賣遠 阿理登岐加志弖 賢さかし女めを ありと聞かして 賢かしこい女がいると聞き
久波志賣遠 阿理登伎許志弖 麗くはし女めを ありと聞きこして 美しい女がいると聞いて
佐用婆比邇 阿理多多斯 さ婚よばひに あり立たし 結婚にお出でましになり
 用婆比邇 阿理迦用婆勢 婚ひに あり通はせ、 結婚にお通かよいになり、
多知賀遠母 伊麻陀登加受弖 大刀が緒も いまだ解かずて、 大刀たちの緒おもまだ解かず
淤須比遠母 伊麻陀登加泥婆 襲おすひをも いまだ解かね、 羽織はおりをもまだ脱ぬがずに、
遠登賣能 那須夜伊多斗遠 孃子をとめの 寢なすや板戸を 娘さんの眠つておられる板戸を
淤曾夫良比 和何多多勢禮婆 押おそぶらひ 吾わが立たせれば、 押しゆすぶり立つていると
比許豆良比 和何多多勢禮婆 引こづらひ 吾わが立たせれば、 引き試みて立つていると、
阿遠夜麻邇 奴延波那伎奴。 青山に ぬえは鳴きぬ。 青い山ではヌエが鳴いている。
佐怒都登理 岐藝斯波登與牟 さ野のつ鳥 雉子きぎしは響とよむ。 野の鳥の雉きじは叫んでいる。
爾波都登理 迦祁波那久 庭つ鳥 鷄かけは鳴く。 庭先でニワトリも鳴いている。
宇禮多久母 那久那留登理加 うれたくも 鳴くなる鳥か。 腹が立つさまに鳴く鳥だな
許能登理母 宇知夜米許世泥 この鳥も うち止やめこせね。 こんな鳥はやつつけてしまえ。
伊斯多布夜 阿麻波勢豆加比 いしたふや 天馳使あまはせづかひ、 下におります走り使をする者の
許登能加多理其登母 許遠婆 事の語りごとも こをば。 事ことの語かたり傳つたえはかようでございます。
     

ヌナカハ姫の歌

     
爾其
沼河日賣。
 ここにその
沼河日賣
ぬなかはひめ、
 そこで、その
ヌナカハ姫が、
未開戶。 いまだ戸を開ひらかずて まだ戸を開あけないで、
自内歌曰。 内より歌よみしたまひしく、 家の内で歌いました歌は、
     
夜知富許能 迦微能美許等 八千矛やちほこの神の命 ヤチホコの神樣、
奴延久佐能 賣邇志阿禮婆 ぬえくさの 女めにしあれば、 萎しおれた草のような女のことですから
和何許許呂 宇良須能登理叙 吾わが心 浦渚うらすの鳥ぞ。 わたくしの心は 漂う水鳥、
伊麻許曾婆 和杼理邇阿良米 今こそは 吾わ鳥にあらめ。 今いまこそわたくし鳥どりでも
能知波 那杼理爾阿良牟遠 後は 汝鳥などりにあらむを、 後のちにはあなたの鳥になりましよう。
伊能知波 那志勢多麻比曾 命は な死しせたまひそ。 命いのち長ながくお生いき遊あそばしませ。
伊斯多布夜 阿麻波世豆迦比 いしたふや 天馳使、 下におります走り使をする者の
     
許登能 加多理碁登母 事の語りごとも 事ことの語かたり傳つたえは
許遠婆 こをば。 かようでございます。
     
阿遠夜麻邇 比賀迦久良婆 青山に 日が隱らば、 青い山やまに日ひが隱かくれたら
奴婆多麻能 用波伊傳那牟 ぬばたまの 夜は出でなむ。 眞暗まつくらな夜よになりましよう。
阿佐比能 恵美佐加延岐弖 朝日の 咲ゑみ榮え來て、 朝のお日樣ひさまのようににこやかに來て
多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 たくづのの 白き腕ただむき コウゾの綱のような白い腕、
阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 沫雪の わかやる胸を 泡雪のような若々しい胸を
曾陀多岐 多多岐麻那賀理 そ叩だたき 叩きまながり そつと叩いて手をとりかわし
麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 眞玉手 玉手差し纏まき 玉のような手をまわして
毛毛那賀爾 伊波那佐牟遠 股もも長に 寢いは宿なさむを。 足を伸のばしてお休みなさいましようもの。
阿夜爾 那古斐支許志 あやに な戀ひきこし。 そんなにわびしい思おもいをなさいますな。
夜知富許能 迦微能美許登 八千矛の 神の命。 ヤチホコの神樣かみさま。
     
許登能 迦多理碁登母 事の語りごとも 事ことの語かたり傳つたえは、
許遠婆 こをば。 かようでございます。
     
故其夜者。
不合而。
 かれその夜は
合はさずて、
 それで、その夜は
お會あいにならないで、
明日夜
爲御合也。
明日くるつひの夜
御合みあひしたまひき。
翌晩
お會あいなさいました。
     

スセリ姫への歌

     
又其神之嫡后
須勢理毘賣命。
 またその神の嫡后おほぎさき
須勢理毘賣すせりびめの命、
 またその神のお妃きさき
スセリ姫の命は、
甚爲嫉妬。 いたく嫉妬うはなり
ねたみしたまひき。
大變たいへん嫉妬深し
つとぶかい方かたでございました。
故其日子遲神
和備弖。〈三字以音〉
かれその日子ひこぢの神
侘わびて、
それを夫おつとの君は
心憂うく思つて、
自出雲。 出雲より 出雲から
將上坐倭國而。 倭やまとの國に上りまさむとして、 大和の國にお上りになろうとして、
束裝立時。 裝束よそひし立たす時に、 お支度遊ばされました時に、
片御手者。繋御馬之鞍。 片御手は御馬みまの鞍に繋かけ、 片手は馬の鞍に懸け、
片御足蹈入其御鐙而。 片御足はその御鐙みあぶみに蹈み入れて、 片足はその鐙あぶみに蹈み入れて、
歌曰。 歌よみしたまひしく、 お歌うたい遊ばされた歌は、
     
奴婆多麻能 久路岐美祁斯遠 ぬばたまの 黒き御衣みけしを カラスオウギ色いろの黒い御衣服おめしものを
麻都夫佐爾 登理與曾比 まつぶさに 取り裝よそひ 十分に身につけて、
淤岐都登理 牟那美流登岐 奧おきつ鳥 胸むな見る時、 水鳥のように胸を見る時、
波多多藝母 許禮婆布佐波受 羽はたたぎも これは宜ふさはず、 羽敲はたたきも似合わしくない、
幣都那美  曾邇奴岐宇弖 邊へつ浪 そに脱き棄うて、 波うち寄せるそこに脱ぎ棄て、
蘇邇杼理能 阿遠岐美祁斯遠 そにどりの 青き御衣みけしを 翡翠色ひすいいろの青い御衣服おめしものを
麻都夫佐邇 登理與曾比 まつぶさに 取り裝ひ 十分に身につけて
於岐都登理 牟那美流登岐 奧つ鳥 胸見る時、 水鳥のように胸を見る時、
波多多藝母 許母布佐波受 羽たたぎも こも宜ふさはず、 羽敲はたたきもこれも似合わしくない、
幣都那美  曾邇奴棄宇弖 邊つ浪 そに脱き棄うて、 波うち寄せるそこに脱ぎ棄て、
夜麻賀多爾 麻岐斯 山縣に 蒔まきし 山畑やまはたに蒔まいた
阿多泥都岐 あたねつき 茜草あかねぐさを舂ついて
曾米紀賀斯流邇 染そめ木が汁しるに 染料の木の汁で
斯米許呂母遠 染衣しめごろもを 染めた衣服を
麻都夫佐邇 登理與曾比 まつぶさに 取り裝ひ 十分に身につけて、
淤岐都登理 牟那美流登岐 奧つ鳥 胸見る時、 水鳥のように胸を見る時、
波多多藝母 許斯與呂志 羽たたぎも 此こしよろし。 羽敲はたたきもこれはよろしい。
伊刀古夜能 伊毛能美許等 いとこやの 妹の命、 睦むつましのわが妻よ、
牟良登理能 和賀牟禮伊那婆 群むら鳥の 吾わが群れ往いなば、 鳥の群むれのようにわたしが群れて行つたら、
比氣登理能 和賀比氣伊那婆 引け鳥の 吾が引け往なば、 引いて行ゆく鳥のようにわたしが引いて行つたら、
那迦士登波 那波伊布登母 泣かじとは 汝なは言ふとも、 泣かないとあなたは云つても、
夜麻登能 比登母登須須岐 山跡やまとの 一本ひともとすすき 山地やまぢに立つ一本薄いつぽんすすきのように、
宇那加夫斯 那賀那加佐麻久 項うな傾かぶし 汝が泣かさまく うなだれてあなたはお泣きになつて、
阿佐阿米能 疑理邇多多牟敍 朝雨の さ霧に立たたむぞ。 朝の雨の霧に立つようだろう。
和加久佐能 都麻能美許登 若草の 嬬つまの命。 若草のようなわが妻よ。
     
許登能 加多理碁登母 事の 語りごとも  事ことの語かたり傳つたえは、
許遠婆 こをば。 かようでございます。
     

スセリ姫の歌

     
爾其后。  ここにその后きささ  そこで、そのお妃きさきが、
取大御酒坏。 大御酒杯さかづきを取らして、 酒盃さかずきをお取りになり、
立依指擧而。 立ち依り指擧ささげて、 立ち寄り捧げて、
歌曰。 歌よみしたまひしく、 お歌いになつた歌、
     
夜知富許能 加微能美許登夜 八千矛の 神の命や、 ヤチホコの神樣かみさま、
阿賀淤富久邇奴斯。 吾あが大國主。 わたくしの大國主樣おおくにぬしさま。
那許曾波 遠邇伊麻世婆 汝なこそは 男をにいませば、 あなたこそ男ですから
宇知微流 斯麻能佐岐耶岐 うち廻みる 島の埼埼 廻つている岬々みさきみさきに
加岐微流 伊蘇能佐岐淤知受 かき廻みる 磯の埼おちず、 廻つている埼さきごとに
和加久佐能 都麻母多勢良米 若草の 嬬つま持たせらめ。 若草のような方をお持ちになりましよう。
阿波母與 賣邇斯阿禮婆 吾あはもよ 女めにしあれば、 わたくしは女おんなのことですから
那遠岐弖 遠波那志 汝なを除きて 男をは無し。 あなた以外に男は無く
那遠岐弖 都麻波那斯 汝なを除て 夫つまは無し。 あなた以外に夫おつとはございません。
阿夜加岐能 布波夜賀斯多爾 文垣あやかきの ふはやが下に、 ふわりと垂たれた織物おりものの下で、
牟斯夫須麻 爾古夜賀斯多爾 蒸被むしぶすま 柔にこやが下に、 暖あたたかい衾ふすまの柔やわらかい下したで、
多久夫須麻 佐夜具賀斯多爾 たくぶすま さやぐが下に、 白しろい衾ふすまのさやさやと鳴なる下したで、
阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 沫雪あわゆきの わかやる胸を 泡雪あわゆきのような若々しい胸を
多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 たくづのの 白き臂ただむき コウゾの綱のような白い腕で、
曾陀多岐 多多岐麻那賀理 そ叩だたき 叩きまながり そつと叩いて手をさしかわし
麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 ま玉手 玉手差し纏まき 玉のような手を廻して
毛毛那賀邇 伊遠斯那世 股長ももながに 寢いをしなせ。 足をのばしてお休み遊ばせ。
登與美岐 多弖麻都良世 豐御酒とよみき たてまつらせ。 おいしいお酒さけをお上あがり遊あそばせ。
     
如此歌。  かく歌ひて、  そこで
即爲
宇伎由比〈四字以音〉而。
すなはち
盞うき結ゆひして、
盃さかずきを取とり交かわして、
宇那賀氣理弖。
〈六字以音〉
項懸うながけりて、 手てを懸かけ合あつて、
至今鎭坐也。 今に至るまで鎭ります。 今日までも鎭しずまつておいでになります。
此謂之
神語也。
こを
神語かむがたりといふ。
これらの歌は
神語かむがたりと申す歌曲かきよくです。

 

 

大国主の系譜

     
故此大國主神。  かれこの大國主の神、  この大國主の神が、
娶、坐胸形
奧津宮神。
むなかたの
奧津宮おきつみやにます神、
むなかたの
沖つ宮においでになる
多紀理毘賣命。 多紀理毘賣の命に タギリ姫の命と
生子。 娶あひて生みませる子、 結婚して生んだ子は
阿遲〈二字以音〉鉏
高日子根神。
阿遲鉏高日子根
あぢすきたかひこねの神。
アヂスキ
タカヒコネの神、
次妹高比賣命。 次に妹高比賣たかひめの命。 次にタカ姫の命、
亦名。 またの名は またの名は
下光比賣命。 下光したてる比賣ひめの命。 シタテル姫の命であります。
此之
阿遲鉏高日子根神者。
この
阿遲鉏高日子根の神は、
この
アヂスキタカヒコネの神は、
今謂
迦毛大御神
者也。

迦毛かもの大御神
といふ神なり。

カモの大御神
と申す神樣であります。
     
大國主神。  大國主の神、  大國主の神が、
亦娶
神屋楯比賣命
生子。
また
神屋楯かむやたて比賣の命に
娶ひて生みませる子、
また
カムヤタテ姫の命と
結婚して生んだ子は、
事代主神。 事代ことしろ主の神。 コトシロヌシの神です。
亦娶
八嶋牟遲能神之女
〈自牟下三字以音〉
鳥耳神。
また
八島牟遲やしまむぢの神の女
鳥取とりとりの神に
娶ひて
また
ヤシマムチの神の女むすめの
トリトリの神と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
鳥鳴海神。
〈訓鳴云那留〉
鳥鳴海とりなるみの神。 トリナルミの神です。
此神。 この神、 この神が
娶、
日名照
額田毘道
男伊許知邇神。
〈田下毘。
又自伊下至邇。
皆以音〉
日名照
額田毘道
男伊許知邇
ひなてり
ぬかたびち
をいこちにの神
に娶ひて
ヒナテリ
ヌカダビチ
ヲイコチニの神と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
國忍富神。 國忍富くにおしとみの神。 クニオシトミの神です。
此神。 この神、 この神が
娶、葦那陀迦神。
〈自那下三字以音〉
葦那陀迦
あしなだかの神
アシナダカの神、
亦名
八河江比賣。
またの名は
八河江比賣
やがはえひめに娶ひて
またの名は
ヤガハエ姫と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
速甕之
多氣佐波夜遲奴美神。
〈自多下八字以音〉
連甕
つらみかの
多氣佐波夜遲奴美
たけさはやぢぬみの神。
ツラミカノ
タケサハヤヂヌミの神です。
此神。 この神、 この神が
娶天之甕主神之女。 天の甕主みかぬしの神の女 アメノミカヌシの神の女の
前玉比賣。 前玉比賣さきたまひめに娶ひて サキタマ姫と結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
甕主日子神。 甕主日子みかぬしひこの神。 ミカヌシ彦の神です。
此神。 この神、 この神が
娶、淤加美神之女。 淤加美おかみの神の女 オカミの神の女の
比那良志毘賣。
〈此神名以音〉
比那良志ひならし毘賣に
娶ひて
ヒナラシ姫と結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
多比理岐志麻流美神。
〈此神名以音〉
多比理岐志麻美
たひりきしまみの神。
タヒリキシマミの神です。
此神。 この神、 この神が
娶、比比羅木之
其花麻豆美神之女。
〈木上三字。
花下三字以音〉
比比羅木
ひひらぎの
その花麻豆美
はなまづみの神の女
ヒヒラギの
ソノハナマヅミの神の
女の
活玉前玉比賣神。 活玉前玉
いくたまさきたま比賣の神に
娶ひて
イクタマサキタマ姫の神と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
美呂浪神。
〈美呂二字以音〉
美呂浪
みろなみの神。
ミロナミの神です。
此神。 この神、 この神が
娶、敷山主神之女。 敷山主しきやまぬしの神の女 シキヤマヌシの神の女の
青沼馬沼押比賣。 青沼馬沼押
あをぬまぬおし比賣に娶ひて
アヲヌマヌオシ姫と結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
布忍富鳥鳴海神。 布忍富鳥鳴海
ぬのおしとみとりなるみの神。
ヌノオシトミトリナルミの神です。
此神。 この神、 この神が
娶、若昼女神。 若晝女
わかひるめの神に娶ひて
ワカヒルメの神と結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
天日腹大科度美神。
〈度美二字以音〉
天の
日腹大科度美
ひばらおほしなどみの神。
アメノ
ヒバラ
オホシナドミの神です。
此神。 この神、 この神が
娶、天狹霧神之女。 天の狹霧さぎりの神の女 アメノサギリの神の女の
遠津待根神。 遠津待根
とほつまちねの神に娶ひて
トホツマチネの神と結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
遠津山岬多良斯神。 遠津山岬多良斯
とほつやまざきたらしの神。
トホツヤマザキタラシの神です。
     
右件 右の件くだり、  以上
自八嶋士奴美神以下。 八島士奴美
やしまじぬみの神より下、
ヤシマジヌミの神から
遠津山岬帶神以前。 遠津山岬帶たらしの神より前、 トホツヤマザキタラシの神までを
稱十七世神。 十七世とをまりななよの神といふ。 十七代の神と申します。
     

国堅め

少名毘古那の神

     
故大國主神。  かれ大國主の神、  そこで大國主の命が
坐、出雲之御大之
御前時。
出雲の御大みほの
御前みさきにいます時に、
出雲いずもの御大みほの
御埼みさきにおいでになつた時に、
自波穗。 波の穗より、 波なみの上うえを

天之羅摩船而。
天の羅摩かがみの船に
乘りて、
蔓芋つるいものさやを割わつて
船にして
内剥
鵝皮剥。
鵝ひむしの皮を
内剥うつはぎに剥ぎて
蛾がの皮を
そつくり剥はいで
爲衣服。 衣服みけしにして、 著物きものにして
有歸來神。 歸より來る神あり。 寄よつて來る神樣があります。
     
爾雖問其名。 ここにその名を問はせども その名を聞きましたけれども
不答。 答へず、 答えません。
且雖問
所從之諸神。
また所從みともの神たちに
問はせども、
また御從者おともの神たちに
お尋ねになつたけれども
皆白不知。 みな知らずと白まをしき。 皆知りませんでした。
     
爾多邇具久白言。
〈自多下四字以音〉
ここに多邇具久
たにぐく白して言まをさく、
ところが
ひきがえるが言いうことには、
此者
久延毘古
必知之。
「こは
久延毘古くえびこぞ
かならず知りたらむ」
と白ししかば、
「これは
クエ彦が
きつと知つているでしよう」
と申しましたから、
即召久延毘古。 すなはち久延毘古を召して そのクエ彦を呼んで
問時。 問ひたまふ時に答へて白さく、 お尋ねになると、
答白此者
神產巢日
神之御子。
「こは
神産巣日かむむすびの
神の御子
「これは
カムムスビの
神の御子みこで
少名毘古那神。
〈自毘下三字以音〉
少名毘古那
すくなびこなの神なり」
と白しき。
スクナビコナの神です」
と申しました。
     
故爾
白上於
神產巢日
御祖命者。
かれここに
神産巣日
御祖みおやの命に
白し上げしかば、
依つて
カムムスビの神に
申し上げたところ、
答告。    
此者實我子也。 「こは實まことに我が子なり。 「ほんとにわたしの子だ。
於子之中。 子の中に、 子どもの中でも
自我手俣
久岐斯子也。
〈自久下三字以音〉
我が手俣たなまたより
漏くきし子なり。
わたしの手の股またから
こぼれて落ちた子どもです。
故與汝
葦原色許男命。
かれ汝いまし
葦原色許男
あしはらしこをの命と
あなた
アシハラシコヲの命と
爲兄弟而。 兄弟はらからとなりて、 兄弟となつて
作堅其國。 その國作り堅めよ」
とのりたまひき。
この國を作り堅めなさい」
と仰せられました。
     
故自爾。 かれそれより、 それでそれから
大穴牟遲。 大穴牟遲と 大國主と
與少名毘古那。 少名毘古那と スクナビコナと
二柱神相並。 二柱の神相並びて、 お二人が竝んで
作堅此國。 この國作り堅めたまひき。 この國を作り堅めたのです。
     
然後者。 然ありて後には、 後には
其少名毘古那神者。 その少名毘古那の神は、 そのスクナビコナの神は、
度于
常世國也。
常世とこよの國に
度りましき。
海のあちらへ
渡つて行つてしまいました。
     
故顯白其
少名毘古那神。
かれその少名毘古那の神を
顯し白しし、
このスクナビコナの神のことを
申し上げた
所謂久延毘古者。 いはゆる久延毘古くえびこは、 クエ彦というのは、
於今者山田之
曾富騰者也。
今には山田の
曾富騰そほどといふものなり。
今いう山田の
案山子かかしのことです。
此神者。 この神は、 この神は
足雖不行。 足はあるかねども、 足は歩あるきませんが、
盡知
天下之事神也。
天の下の事を
盡ことごとに知れる神なり。
天下のことを
すつかり知つている神樣です。
     

御諸山の神

     
於是大國主神
愁而。告
 ここに大國主の神
愁へて告りたまはく、
 そこで大國主の命が
心憂く思つて仰せられたことは、
吾獨
何能
得作此國。
「吾獨して、
如何いかにかもよく
この國をえ作らむ。
「わたしはひとりでは
どのようにして
この國を作り得ましよう。
孰神與
吾能相作此國耶。
いづれの神とともに、
吾あはよくこの國を相作つくらむ」
とのりたまひき。
どの神樣と一緒に
わたしはこの國を作りましようか」
と仰せられました。
     
是時。 この時に この時に
有光海。 海を光てらして 海上を照らして
依來之神。 依り來る神あり。 寄つて來る神樣があります。
     
其神言。 その神の言のりたまはく、 その神の仰せられることには、
能治我前者。 「我あが前みまへをよく治めば、 「わたしに對してよくお祭をしたら、
吾能共與相作成。 吾あれよくともどもに相作り成さむ。 わたしが一緒になつて國を作りましよう。
若不然者。 もし然あらずは、 そうしなければ
國難成。 國成り難がたけむ」
とのりたまひき。
國はできにくいでしよう」
と仰せられました。
     
爾大國主神曰。 ここに大國主の神まをしたまはく、 そこで大國主の命が申されたことには、
然者
治奉之状奈何。
「然らば
治めまつらむ状さまはいかに」
とまをしたまひしかば
「それなら
どのようにしてお祭を致しましよう」
と申されましたら、
答言。 答へてのりたまはく、  
吾者。 「吾あをば 「わたしを
伊都岐奉于
倭之青垣
東山上。
倭やまとの青垣あをかきの
東の山の上へに
齋いつきまつれ」とのりたまひき。
大和の國の青々と取り圍んでいる
東の山の上に
お祭りなさい」と仰せられました。
     
此者
坐御諸山上神也。
こは
御諸みもろの山の上にます神なり。
これは
御諸みもろの山においでになる神樣です。
     

大年神からの系譜

     
故其大年神。  かれその大年の神、  オホトシの神が、
娶神活須毘神之女。 神活須毘かむいくすびの神の女 カムイクスビの神の女の
伊怒比賣。 伊怒いの比賣に イノ姫と
生子。 娶ひて生みませる子、 結婚して生んだ子は、
大國御魂神。 大國御魂おほくにみたまの神。 オホクニミタマの神、
次韓神。 次に韓からの神。 次にカラの神、
次曾富理神。 次に曾富理そほりの神。 次にソホリの神、
次白日神。 次に白日しらひの神。 次にシラヒの神、
次聖神。〈五神〉 次に聖ひじりの神五神。 次にヒジリの神の五神です。
     
又娶
香用比賣。
〈此神名以音〉

香用かぐよ比賣に
娶ひて
また
カグヨ姫と
結婚して
生子。 生みませる子、 生んだ子は、
大香山戶臣神。 大香山戸臣
おほかぐやまとみの神。
オホカグヤマトミの神、
次御年神。
〈二柱〉
次に御年みとしの神
二柱。
次にミトシの神の
二神です。
     
又娶 
天知
迦流美豆比賣。
〈訓天如天。
亦自知下
六字以音〉
また
天知
あめしる
迦流美豆
かるみづ比賣に
また
アメシル
カルミヅ姫と
生子。 娶ひて生みませる子、 結婚して生んだ子は
奧津日子神。 奧津日子おきつひこの神。 オキツ彦の神、
次奧津比賣命。 次に奧津比賣おきつひめの命、 次にオキツ姫の命、
亦名。 またの名は またの名は
大戶比賣神。 大戸比賣おほへひめの神。 オホヘ姫の神です。
此者
諸人以拜
竈神者也。
こは
諸人のもち拜いつく
竈かまどの神なり。
これは
皆樣の祭つている
竈かまどの神であります。
次大山〈上〉咋神。 次に大山咋おほやまくひの神。 次にオホヤマクヒの神、
亦名。 またの名は またの名は
山末之大主神。 末すゑの大主おほぬしの神。 スヱノオホヌシの神です。
此神者。 この神は これは
坐近淡海國之
日枝山。
近つ淡海あふみの國の
日枝ひえの山にます。
近江の國の
比叡山ひえいざんにおいでになり、
亦坐
葛野之松尾。
また
葛野かづのの松の尾にます、
また
カヅノの松の尾においでになる
用鳴鏑神者也。 鳴鏑なりかぶらを
用もちたまふ神なり。
鏑矢かぶらやを
お持ちになつている神樣であります。
     
次庭津日神。 次に庭津日にはつひの神。 次にニハツヒの神、
次阿須波神。
〈此神名以音〉
次に阿須波あすはの神。 次にアスハの神、
次波比岐神。
〈此神名以音〉
次に波比岐はひきの神。 次にハヒキの神、
次香山戶臣神。 次に香山戸臣かぐやまとみの神。 次にカグヤマトミの神、
次羽山戶神。 次に羽山戸はやまとの神。 次にハヤマトの神、
次庭高津日神。 次に庭にはの高津日たかつひの神。 次にニハノタカツヒの神、
次大土神。 次に大土おほつちの神。 次にオホツチの神、
亦名。 またの名は またの名は
土之御祖神。
〈九神〉
土つちの御祖みおやの神
(九神)。
ツチノミオヤの神の
九神です。
     
上件大年神之子。 上の件、大年の神の子、  以上オホトシの神の子の
自大國御魂神以下。 大國御魂の神より下、 オホクニミタマの神から
大土神以前。 大土の神より前、 オホツチの神まで
并十六神。 并せて十六神とをまりむはしら。 合わせて十六神です。
     
羽山戶神。  羽山戸の神、  さてハヤマトの神が、

大氣都比賣神
〈自氣下
四字以音〉生子。
大氣都比賣
おほげつひめの神に
娶ひて
生みませる子、
オホゲツ姫の神と
結婚して
生んだ子は、
若山咋神。 若山咋わかやまくひの神。 ワカヤマクヒの神、
次若年神。 次に若年の神。 次にワカトシの神、
次妹
若沙那賣神。
〈自沙下三字以音〉
次に妹
若沙那賣
わかさなめの神。
次に女神の
ワカサナメの神、
次彌豆麻岐神。
〈自彌下四字音〉
次に彌豆麻岐
みづまきの神。
次に
ミヅマキの神、
次夏高津日神。 次に夏の高津日
たかつひの神。
次に
ナツノタカツヒの神、
亦名。
夏之賣神。
またの名は
夏の賣めの神。
またの名は
ナツノメの神、
次秋毘賣神。 次に秋毘賣
あきびめの神。
次に
アキ姫の神、
次久久年神。
〈久久
二字以音〉
次に久久年
くくとしの神。
次に
ククトシの神、
次久久紀
若室葛根神。
〈久久紀
三字以音〉
次に久久紀
若室葛根
くくきわかむろ
つなねの神。
次に
ククキ
ワカムロ
ツナネの神です。
     
上件 上の件、  以上
羽山戶神之子。 羽山戸の神の子、 ハヤマトの神の子の
自若山咋神以下。 若山咋の神より下、 ワカヤマクヒの神から
若室葛根以前。 若室葛根の神より前、 ワカムロツナネの神まで
并八神。 并はせて八神。 合わせて八神です。

 

第四部:国譲りの物語

 


目次
 
命が害われる話(堕落と反逆)
天忍穗耳命(オシホミミの命)聞かず(できず)
 地を収めるよう天照の天命下降
 しかし地は騒いでいると還って来た
天菩比神(アメノホヒカミ)還らず
 天菩比≒天若日。名前≒前の名
 今度は高御產巢と天照の命。二神合わせ造化三神
 八百万の議も経、天命の絶対権威性を強調
 しかし大國主に媚附き三年たって帰還せず=地縛
 大国主は地上の統治権力者。政治家達。文脈わかりますか
天若日子(アメノワカヒコ)反逆
 次に下されたが、さらに堕ちる存在。
 天菩比が戻らない時点で天若日には難儀だが復活を期した
 天の波波矢:(天照からの)破魔矢のお守り
 しかし大国主の下照姫と一緒になり八年帰らず
雉名鳴女(キジナナキメ→キキシナナキメ)
 天の伝令。天若日子に報告を求めた。
天佐具売(あめのさぐめ。△探女)
 天若日子を補佐して具えている女。雇われソバメ。
 名が後述の商売の泣女と掛かっている。
 雉の黙殺を進言→天若日子が射殺
還矢の本(もと。由来)
 血の矢が高木神=タカムスビに届き、事情を悟る
 矢を返し、それが天若日子の胸中に当たり死亡
 これは中立の神が作動させている法則の比喩
 天御中主≒高木神≒タカムスビ タカム≒アダム イブ≒イセ
哭女(なきめ)
 天若日子の葬儀。雉の泣役女(キジのナキメ)
 ウソ・サギも出し、偽りを強調
 悲シンダと思った直後、八日八夜遊びました
 天の家族も悲しみ地に降った(受肉)直後遊ぶ
 これが地上。物心つけば天など認めない
神度剣(かむどのつるぎ、大量:おおばかり)
 しんどけ(ん) おおばか(り)のかみばかり
タカヒコネの歌
 
国譲り:建御雷神が実力を示す
建御雷神(たけみかづちのかみ)
剣の逆刺立 十掬劔(トツカ剣=長剣)
天の逆手 事代主神(ことしろぬしのかみ)

 天の逆手=中の指立(ファッ!? のサイン)
 根拠1:直前の長い剣の逆刺立の話
 根拠2:直後の手を剣に見立てる話
 かつ拍手でないことは天の眞魚咋の用語で示される

建御名方神(たけみなかたのかみ)
国譲り
天の眞魚咋(まなぐひ)

命が害われる話(堕落と反逆)

天忍穗耳命

     
天照大御神之
命以。
 天照らす大御神の
命もちて、
 天照らす大神の
お言葉で、
豐葦原之
千秋
長五百秋之
水穗國者。
「豐葦原の
千秋ちあきの
長五百秋ながいほあきの
水穗みづほの國は、
「葦原あしはらの

水穗みずほの國くには
我御子。 我が御子 我わが御子みこの
正勝吾勝勝速日
天忍穗耳命之
所知國。
正勝吾勝勝速日
まさかあかつかちはやひ
天の忍穗耳おしほみみの命の
知らさむ國」と、
マサカアカツカチハヤヒ
アメノオシホミミの命の
お治め遊あそばすべき國である」
言因賜而。 言依ことよさしたまひて、 と仰せられて、
天降也。 天降あまくだしたまひき。 天からお降くだしになりました。
     
於是
天忍穗耳命。
ここに
天の忍穗耳の命、
そこで
オシホミミの命が

天浮橋多多志
〈此三字以音〉
而詔之。
天の浮橋に立たして
詔りたまひしく、
天からの階段に
お立ちになつて
御覽ごらんになり、
豐葦原之
千秋長五百秋之
水穗國者。
「豐葦原の
千秋の長五百秋の
水穗の國は、
「葦原の

水穗の國は
伊多久
佐夜藝弖
〈此七字以音〉
有祁理
〈此二字以音
下效此〉
いたく
さやぎて
ありなり」
ひどく
さわいで
いる」
告而。 と告のりたまひて、 と仰せられて、
更還上。 更に還り上りて、 またお還りになつて
請于
天照大神。
天照らす大御神に
まをしたまひき。
天照らす大神に
申されました。
     

天菩比神

     

高御產巢日神。
ここに
高御産巣日
たかみむすびの神、
そこで
タカミムスビの神、
天照大御神之命以。 天照らす大御神の命もちて、 天照らす大神の御命令で
於天安河之河原。 天の安の河の河原に 天のヤスの河の河原に
神集
八百萬神集而。
八百萬の神を
神集かむつどへに集へて、
多くの神を
お集めになつて、
思金神令思而
詔。
思金の神に思はしめて
詔りたまひしく、
オモヒガネの神に思わしめて
仰せになつたことには、
     
此葦原中國者。 「この葦原の中つ國は、 「この葦原の中心の國は
我御子之所知國。 我が御子の知らさむ國と、 わたしの御子みこの治むべき國と
言依所賜之國也。 言依さしたまへる國なり。 定めた國である。
故以爲於此國
道速振
荒振國神等之
多在。
かれこの國に
ちはやぶる
荒ぶる國つ神どもの
多さはなると思ほすは、
それだのにこの國に
暴威を振う
亂暴な土著どちやくの神が
多くあると思われるが、
是使何神而。 いづれの神を使はしてか どの神を遣つかわして
將言趣。 言趣ことむけなむ」
とのりたまひき。
これを平定すべきであろうか」
と仰せになりました。
     
爾思金神。 ここに思金の神 そこでオモヒガネの神
及八百萬神議。 また八百萬の神等たち議りて 及び多くの神たちが相談して、
白之。 白さく、  
天菩比神。 「天の菩比ほひの神、 「ホヒの神を
是可遣。 これ遣はすべし」
とまをしき。
遣やつたらよろしいでございましよう」
と申しました。
     
故遣
天菩比神者。
かれ
天の菩比の神を
遣はししかば、
そこで
ホヒの神を
遣つかわしたところ、
乃媚附
大國主神。
大國主の神に
媚びつきて、
この神は大國主の命に
諂へつらい著ついて
至于三年。 三年に至るまで 三年たつても
不復奏。 復奏かへりごとまをさざりき。 御返事申し上げませんでした。
     

天若日子

     
是以
高御產巢日神。
 ここを以ちて
高御産巣日の神、
このような次第で
タカミムスビの神
天照大御神。 天照らす大御神、 天照らす大神が
亦問諸神等。 また諸の神たちに問ひたまはく、 また多くの神たちにお尋ねになつて、
所遣
葦原中國之
天菩比神。
「葦原の
中つ國に遣はせる
天の菩比の神、
「葦原の中心の國に
遣つかわした
ホヒの神が
久不復奏。 久しく復奏かへりごとまをさず、 久しく返事をしないが、
亦使何神之吉。 またいづれの神を使はしてば吉えけむ」
と告りたまひき。
またどの神を遣つたらよいだろうか」
と仰せられました。
     
爾思金神答白。 ここに思金の神答へて白さく、 そこでオモヒガネの神が申されるには、
可遣
天津國玉神之子。
天若日子。
「天津國玉あまつくにだまの神の子
天若日子あめわかひこを
遣はすべし」とまをしき。
「アマツクニダマの神の子の
天若日子あめわかひこを
遣やりましよう」と申しました。
故爾以
天之麻迦古弓。
〈自麻下三字以音〉
かれここに
天あめの麻迦古弓まかこゆみ
そこで
りつぱな弓矢ゆみやを
天之波波
〈此二字以音〉矢。
天の波波矢ははやを  
賜天若日子
而遣。
天若日子に賜ひて
遣はしき。
天若日子
あめわかひこに賜わつて
遣つかわしました。
     
於是天若日子。 ここに天若日子、 しかるに天若日子は
降到其國。 その國に降り到りて、 その國に降りついて
即娶
大國主神之女。
すなはち
大國主の神の女
大國主の命の女むすめの
下照比賣。 下照したてる比賣ひめに娶あひ、 下照したてる姫ひめを妻とし、
亦慮獲其國。 またその國を獲むと慮おもひて、 またその國を獲ようと思つて、
至于八年
不復奏。
八年に至るまで
復奏かへりごとまをさざりき。
八年たつても
御返事申し上げませんでした。
     

雉名鳴女

     
故爾
天照大御神。
 かれここに
天照らす大御神、
 そこで
天照らす大神、
高御產巢日神。 高御産巣日の神、 タカミムスビの神が
亦問
諸神等。
また
諸の神かみたちに問ひたまはく、
大勢の神に
お尋ねになつたのには、
天若日子。 「天若日子 「天若日子が
久不復奏。 久しく復奏かへりごとまをさず、 久しく返事をしないが、
又遣曷
神以問
天若日子之。
淹留所由。
またいづれの神を遣はして、
天若日子が
久しく留まれる所由よしを問はむ」
とのりたまひき。
どの神を遣して
天若日子の
留まつている仔細を尋ねさせようか」
とお尋ねになりました。
     
於是諸神
及思金神。
ここに諸の神たち
また思金の神答へて
そこで大勢の神たち
またオモヒガネの神が
答白。 白さく、 申しますには、
可遣
雉名鳴女時。
「雉子きぎし名な鳴女なきめを
遣はさむ」とまをす時に、
「キジの名鳴女ななきめを
遣やりましよう」
詔之。 詔りたまはく、 と申しました。
     
    そこでそのキジに、
汝行。 「汝いまし行きて 「お前が行いつて
問天若日子状者。 天若日子に問はむ状は、 天若日子に尋ねるには、
汝所以使
葦原中國者。
汝を葦原の中つ國に遣はせる
所以ゆゑは、
あなたを
葦原の中心の國に遣したわけは
言趣和
其國之
荒振神等之者也。
その國の
荒ぶる神たちを
言趣ことむけ平やはせとなり。
その國の
亂暴な神たちを
平定せよというためです。
何至于八年。 何ぞ八年になるまで、 何故に八年たつても
不復奏。 復奏まをさざると問へ」
とのりたまひき。
御返事申し上げないのかと問え」
と仰せられました。
     

天佐具売(あめのさぐめ。△探女)

     
故爾鳴女。  かれここに鳴女なきめ、 そこでキジの鳴女なきめが
自天降到。 天より降おり到りて、 天から降つて來て、
居天若日子之門
湯津楓上而。
天若日子が門なる
湯津桂ゆつかつらの上に居て、
天若日子の門にある
貴い桂かつらの木の上にいて
言委曲如
天神之詔命。
委曲まつぶさに
天つ神の詔命おほみことのごと言ひき。
詳しく
天の神の仰せの通りに言いました。
     
爾天佐具賣。
〈此三字以音〉
ここに
天あめの佐具賣さぐめ、
ここに
天の探女さぐめという女がいて、
聞此鳥言而。 この鳥の言ふことを聞きて、 このキジの言うことを聞いて
語天若日子言。 天若日子に語りて、 天若日子に
此鳥者。 「この鳥は 「この鳥は
其鳴音甚惡。 その鳴く音こゑいと惡し。 鳴く聲がよくありませんから
故可射殺云進。 かれみづから射たまへ」
といひ進めければ、
射殺しておしまいなさい」
と勸めましたから、
即天若日子。 天若日子、 天若日子は

天神所賜
天之波士弓。
天之加久矢。
天つ神の賜へる
天の波士弓はじゆみ
天の加久矢かくやを
もちて、
天の神の下さつた
りつぱな弓矢を
もつて
射殺
其雉。
その雉子きぎしを
射殺しつ。
そのキジを
射殺しました。
     
爾其矢。 ここにその矢 ところがその矢が
自雉胸通而。 雉子の胸より通りて キジの胸から通りぬけて
逆射上。 逆さかさまに射上げて、 逆樣に射上げられて
逮坐天安河之河原。 天の安の河の河原にまします 天のヤスの河の河原においでになる
天照大御神。 天照らす大御神 天照らす大神
高木神之
御所。
高木たかぎの神の
御所みもとに逮いたりき。
高木たかぎの神の
御許おんもとに到りました。
     
是高木神者。 この高木の神は、 この高木の神というのは
高御產巢日神之
別名。
高御産巣日の神の
別またの名みななり。
タカミムスビの神の
別の名です。
     

還矢の本(もと)

     
故高木神。 かれ高木の神、 その高木の神が
取其矢見者。 その矢を取らして見そなはせば、 弓矢を取つて御覽になると
血著其矢羽。 その矢の羽に血著きたり。 矢の羽に血がついております。
     
於是高木神。 ここに高木の神告りたまはく、 そこで高木の神が
告之
此矢者。
所賜天若日子之矢
即示
諸神等詔者。
「この矢は
天若日子に賜へる矢ぞ」
と告りたまひて、
諸の神たちに示みせて
詔りたまはく、
「この矢は
天若日子に與えた矢である」
と仰せになつて、
多くの神たちに見せて
仰せられるには、

天若日子不誤命。
「もし
天若日子、命みことを誤たがへず、
「もし
天若日子が命令通りに
爲射惡神之矢之
至者。
惡あらぶる神を射つる矢の
到れるならば、
亂暴な神を射た矢が
來たのなら、
不中天若日子。 天若日子にな中あたりそ。 天若日子に當ることなかれ。
或有邪心者。 もし邪きたなき心あらば、 そうでなくて
もし不屆ふとどきな心があるなら
天若日子。 天若日子 天若日子は
於此矢
麻賀禮。
〈此三字以音〉
この矢に
まがれ」
この矢で
死んでしまえ」
云而。 とのりたまひて、 と仰せられて、
取其矢。 その矢を取らして、 その矢をお取りになつて、
自其矢穴
衝返下者。
その矢の穴より
衝き返し下したまひしかば、
その矢の飛んで來た穴から
衝き返してお下しになりましたら、
中天若日子。
寢朝床之
高胸坂。
天若日子が、
朝床に寢たる
高胸坂たかむなさかに中りて
天若日子が
朝床あさどこに寢ている
胸の上に當つて
以死。 死にき。 死にました。
〈此還矢之本也〉 (こは還矢の本なり。)  
     
亦其雉不還。 またその雉子きぎし還らず。 かくしてキジは還つて參りませんから、
故於今諺。
曰雉之頓使
是也。
かれ今に諺に
雉子の頓使ひたづかひといふ本
これなり。
今でも諺ことわざに
「行いつたきりのキジのお使」
というのです。
     

哭女(なきめ)

     

天若日子之妻。
 かれ
天若日子が妻め
それで
天若日子の妻、
下照比賣之哭聲。 下照したてる比賣ひめの哭なく聲、 下照したてる姫のお泣きになる聲が
與風響到天。 風のむた響きて天に到りき。 風のまにまに響いて天に聞えました。
     
於是在天。 ここに天なる そこで天にいた
天若日子之父。 天若日子が父 天若日子の父の
天津國玉神。 天津國玉
あまつくにたまの神、
アマツクニダマの神、
及其
妻子聞而。
またその
妻子めこども聞きて、
また天若日子の
もとの妻子たちが聞いて、
降來哭悲。 降り來て哭き悲みて、 下りて來て泣き悲しんで、
乃於其處作喪屋而。 其處に喪屋もやを作りて、 そこに葬式の家を作つて、
河雁爲
岐佐理持。
〈自岐下三字以音〉
河鴈を
岐佐理持
きさりもちとし、
ガンを
死人の食物を持つ役とし、
鷺爲
掃持。
鷺さぎを
掃持ははきもちとし、
サギを
箒ほうきを持つ役とし、
翠鳥爲
御食人。
翠鳥そにどりを
御食人みけびととし、
カワセミを
御料理人とし、
雀爲
碓女。
雀を
碓女うすめとし、
スズメを
碓うすを舂つく女とし、
雉爲
哭女。
雉子を
哭女なきめとし、
キジを
泣く役の女として、
如此行定而。 かく行ひ定めて、 かように定めて
日八日
夜八夜
遊也。
日八日やか
夜八夜やよを
遊びたりき。
八日
八夜というもの
遊んでさわぎました。
     

神度剣(かむどのつるぎ)

     
此時。  この時  この時
阿遲志貴
高日子根神。
〈自阿下
四字以音〉
阿遲志貴
高日子根
あぢしき
たかひこねの神
アヂシキ
タカヒコネの神が
到而。 到きまして、 おいでになつて、
弔天若日子
之喪時。
天若日子が
喪もを弔ひたまふ時に、
天若日子の亡なくなつたのを
弔問される時に、
自天降到
天若日子之父。
天より降おり到れる
天若日子が父、
天から降つて來た
天若日子の父や
亦其妻。 またその妻 妻が
皆哭云。 みな哭きて、 皆泣いて、
我子者
不死有祁理。
〈此二字以音
下效此〉
「我が子は
死なずてありけり」
「わたしの子は
死ななかつた」
我君者不死
坐祁理云。
「我が君は死なずて
ましけり」といひて、
「わたしの夫おつとは
死ななかつたのだ」と言つて
取懸手足而。 手足に取り懸かりて、 手足に取りすがつて
哭悲也。 哭き悲みき。 泣き悲しみました。
     
其過所以者。 その過あやまてる所以ゆゑは、 かように間違えた次第は
此二柱神之容姿。 この二柱の神の容姿かたち この御二方の神のお姿が
甚能相似。 いと能く似のれり。 非常によく似ていたからです。
故是以過也。 かれここを以ちて過てるなり。 それで間違えたのでした。
     
於是
阿遲志貴
高日子根神。
ここに
阿遲志貴
高日子根の神、
ここに
アヂシキ
タカヒコネの神が
大怒曰。 いたく怒りていはく、 非常に怒つて言われるには、
我者愛友故
弔來耳。
「我は愛うるはしき友なれこそ
弔ひ來つらくのみ。
「わたしは親友だから
弔問に來たのだ。
何吾
比穢死人
云而。
何ぞは吾を、
穢き死しに人に比そふる」
といひて、
何だつてわたしを
穢きたない死人に比くらべるのか」
と言つて、
拔所御佩之
十掬劔。
御佩みはかしの
十掬つかの劒を拔きて、
お佩はきになつている
長い劒を拔いて
切伏其喪屋。 その喪屋もやを切り伏せ、 その葬式の家を切り伏せ、
以足蹶離遣。 足もちて蹶くゑ離ち遣りき。 足で蹴飛とばしてしまいました。
     
此者
在美濃國
藍見河之河上。
喪山之者也。
こは
美濃の國の
藍見あゐみ河の河上なる
喪山もやまといふ山なり。
それは
美濃の國の
アヰミ河の河上の
喪山もやまという山になりました。
     
其持所切
大刀名。
謂大量。
その持ちて切れる
大刀の名は
大量おほばかりといふ。
その持つて切きつた
大刀たちの名は
オホバカリといい、
亦名謂
神度劔。
〈度字以音〉
またの名は
神度かむどの劒といふ。
また
カンドの劒ともいいます。

 

タカヒコネの歌

     

阿治志貴高日子根神者。
かれ
阿治志貴高日子根の神は、
そこで
アヂシキタカヒコネの神が
忿而飛去之時。 忿いかりて飛び去りたまふ時に、 怒つて飛び去つた時に、
其伊呂妹
高比賣命。
その同母妹いろも
高比賣たかひめの命、
その妹の
下照る姫が
思顯其御名。 その御名を顯さむと思ほして 兄君のお名前を顯そうと思つて
故歌曰。 歌ひたまひしく、 歌つた歌は、
     
阿米那流夜 淤登多那婆多能  天なるや 弟棚機おとたなばたの  天の世界の 若わかい織姫おりひめの
宇那賀世流 多麻能美須麻流 うながせる 玉の御統みすまる、 首くびに懸けている 珠たまの飾かざり
美須麻流能 阿那陀麻波夜 御統に あな玉はや。 その珠の飾りの 大きい珠のような方
美多邇 布多和多良須 み谷たに 二ふたわたらす 谷たに 二ふたつ一度にお渡りになる
阿治志貴
多迦比古泥能迦微曾也
阿遲志貴高日子根
あぢしきたかひこねの神ぞ。
アヂシキ
タカヒコネの神でございます。
    と歌いました。
     
此歌者夷振也。  この歌は夷振ひなぶりなり。 この歌は夷振ひなぶりです。

 

建御雷神の実力

建御雷神(たけみかづちのかみ)

     
於是
天照大御神詔之。
 ここに
天照らす大御神の詔りたまはく、
 かように天若日子もだめだつたので、
天照らす大神の仰せになるには、
亦遣曷神者吉。 「またいづれの神を遣はして吉えけむ」
とのりたまひき。
「またどの神を遣したらよかろう」
と仰せになりました。
     
爾思金神。 ここに思金の神 そこでオモヒガネの神
及諸神白之。 また諸の神たち白さく、 また多くの神たちの申されるには、

天安河
河上之
天石屋。
「天の安の河の
河上の
天の石屋いはや
にます、
「天のヤス河の
河上の
天の石屋いわや
においでになる
名伊都之
尾羽張神。
〈伊都二字以音〉
名は
伊都いつの
尾羽張をはばりの神、
アメノ
ヲハバリの神が
是可遣。 これ遣はすべし。 よろしいでしよう。
若亦非此神者。 もしまたこの神ならずは、 もしこの神でなくば、
其神之子。 その神の子 その神の子の
建御雷之男神。 建御雷たけみかづちの男をの神、 タケミカヅチの神を
此應遣。 これ遣はすべし。 遣すべきでしよう。
     
且其
天尾羽張神者。
またその
天の尾羽張の神は、
ヲハバリの神は
逆塞上
天安河之水而。
天の安の河の水を
逆さかさまに塞せきあげて、
ヤスの河の水を
逆樣さかさまに塞せきあげて
塞道居 道を塞き居れば、 道を塞いでおりますから、
故他神不得行。 他あだし神はえ行かじ。 他の神では行かれますまい。
故別遣
天迦久神
可問。
かれ別ことに
天の迦久かくの神を遣はして
問ふべし」
とまをしき。
特にアメノカクの神を遣して
ヲハバリの神に
尋ねさせなければなりますまい」
と申しました。
     
故爾使
天迦久神。
 かれここに
天の迦久の神を使はして、
依つて
カクの神を遣して

天尾羽張神之時。
天の尾羽張の神に
問ひたまふ時に

尋ねた時に、
答白
恐之仕奉。
答へ白さく、
「恐かしこし、仕へまつらむ。

「謹しんでお仕え申しましよう。
然於此道者。 然れどもこの道には、 しかし
僕子
建御雷神
可遣乃貢進。
僕あが子
建御雷の神を
遣はすべし」とまをして、
貢進たてまつりき。
わたくしの子の
タケミカヅチの神を
遣しましよう」と申して
奉りました。
     

天鳥船神
副建御雷神
而遣。
 ここに
天の鳥船の神を
建御雷の神に副へて
遣はす。
そこで
アメノトリフネの神を
タケミカヅチの神に副えて
遣されました。
     

剣の逆刺立

     
是以
此二神。
ここを以ちて
この二神ふたはしらのかみ、
 そこで
このお二方の神が
降到出雲國
伊那佐之小濱而。
〈伊那佐三字以音〉
出雲の國の
伊耶佐いざさの
小濱をはまに降り到りて、
出雲の國の
イザサの
小濱おはまに降りついて、
拔十掬劔。 十掬とつかの劒を拔きて 長い劒を拔いて
逆刺立
于浪穗。
浪の穗に
逆に刺し立てて、
波の上に
逆樣に刺さし立てて、
趺坐
其劔前。
その劒の前さきに
趺あぐみ坐ゐて、
その劒のきつさきに
安座あぐらをかいて

其大國主神言。
その大國主の神に
問ひたまひしく、
大國主の命に
お尋ねになるには、
     
天照大御神。 「天照らす大御神 「天照らす大神、
高木神之命以。 高木の神の命もちて 高木の神の仰せ言で
問使之。 問の使せり。 問の使に來ました。
汝之宇志波祁流
〈此五字以音〉
葦原中國者。
汝なが領うしはける
葦原の中つ國に、
あなたの領している
葦原の中心の國は
我御子之
所知國。
我あが御子の
知らさむ國と
我が御子の
治むべき國であると
言依賜。 言よさしたまへり。 御命令がありました。
故汝心奈何。 かれ汝が心いかに」
と問ひたまひき。
あなたの心はどうですか」
とお尋ねになりましたから、
     
爾答白之。 ここに答へ白さく、 答えて申しますには
僕者不得白。 「僕あはえ白さじ。 「わたくしは何とも申しません。
我子
八重言代主神。
我が子
八重言代主やへことしろぬしの神
わたくしの子の
コトシロヌシの神が
是可白然。
爲鳥遊取魚而。
これ白すべし。然れども
鳥の遊漁あそびすなどりして、
御返事申し上ぐべきですが、
鳥や魚の獵をしに
往御大之前。 御大みほの前さきに往きて、 ミホの埼さきに行いつておつて
未還來。 いまだ還り來ず」
とまをしき。
まだ還つて參りません」
と申しました。
     

天の逆手 事代主神(ことしろぬしのかみ)

     
故爾遣
天鳥船神。
かれここに
天の鳥船の神を遣はして、
依つて
アメノトリフネの神を遣して
徴來八重事代主神而。 八重事代主の神を徴めし來て、 コトシロヌシの神を呼んで來て
問賜之時。 問ひたまふ時に、 お尋ねになつた時に、
     
語其父大神言。 その父の大神に語りて、 その父の神樣に
恐之。 「恐かしこし。 「この國は謹しんで
此國者
立奉
天神之御子。
この國は
天つ神の御子に
獻たてまつりたまへ」といひて、
天の神の御子に
獻上なさいませ」と言つて、
即蹈傾其船而。 その船を蹈み傾けて、 その船を踏み傾けて、
天逆手矣。 天の逆手さかてを 逆樣さかさまに手をうつて
於青柴垣
打成而隱也。
〈訓柴云布斯〉
青柴垣
あをふしがきにうち成して、
隱りたまひき。
青々とした神籬ひもろぎを
作り成して
その中に隱れてお鎭まりになりました。
     

建御名方神(たけみなかたのかみ)

     
故爾問
其大國主神。
 かれここに
その大國主の神に
問ひたまはく、
 そこで
大國主の命に
お尋ねになつたのは、
今汝子。 「今汝が子 「今あなたの子の
事代主神。 事代主の神 コトシロヌシの神は
如此白訖。 かく白しぬ。 かように申しました。
亦有可白子乎。 また白すべき子ありや」
ととひたまひき。
また申すべき子がありますか」
と問われました。
     
於是亦白之。 ここにまた白さく、 そこで大國主の命は
亦我子有
建御名方神。
「また我が子
建御名方たけみなかたの神あり。
「またわたくしの子に
タケミナカタの神があります。
除此者無也。 これを除おきては無し」と、 これ以外にはございません」
如此白之間。 かく白したまふほどに、 と申される時に、
     
其建御名方神。 その建御名方の神、 タケミナカタの神が
千引石
擎手末而來。
千引の石を
手末たなすゑにささげて來て、
大きな石を
手の上にさし上げて來て、
言誰來我國而。 「誰たそ我が國に來て、 「誰だ、わしの國に來て
忍忍如此物言。 忍しのび忍びかく物言ふ。 内緒話をしているのは。
然欲爲力競。 然らば力競べせむ。 さあ、力くらべをしよう。
故我先欲
取其御手。
かれ我あれまづ
その御手を取らむ」といひき。
わしが先に
その手を掴つかむぞ」と言いました。
     
故令取
其御手者。
かれその御手を取らしむれば、 そこでその手を取らせますと、
即取成立氷。 すなはち立氷たちびに取り成し、 立つている氷のようであり、
亦取成劔刄。 また劒刃つるぎはに取り成しつ。 劒の刃のようでありました。
故爾
懼而退居。
かれここに
懼おそりて退そき居り。
そこで
恐れて退いております。
     
爾欲取
其建御名方神之手。
ここに
その建御名方の神の手を取らむと
今度は
タケミナカタの神の手を取ろう
乞歸而取者。 乞ひ歸わたして取れば、 と言つてこれを取ると、
如取若葦。 若葦を取るがごと、 若いアシを掴むように
搤㧗而
投離者。
つかみ批ひしぎて、
投げ離ちたまひしかば、
掴みひしいで、
投げうたれたので
即逃去。 すなはち逃げ去いにき。 逃げて行きました。
     
故追往而。 かれ追ひ往きて、 それを追つて
迫到
科野國之
州羽海。
科野しなのの國の
洲羽すはの海に
迫せめ到りて、
信濃の國の
諏訪すわの湖みずうみに
追い攻めて、
將殺時。 殺さむとしたまふ時に、 殺そうとなさつた時に、
建御名方神白。 建御名方の神白さく、 タケミナカタの神の申されますには、
恐。 「恐かしこし、 「恐れ多いことです。
莫殺我。 我あをな殺したまひそ。 わたくしをお殺しなさいますな。
除此地者。 この地ところを除おきては、 この地以外には
不行他處。 他あだし處ところに行かじ。 他の土地には參りますまい。
亦不違我父
大國主神之命。
また我が父
大國主の神の命に違はじ。
またわたくしの父
大國主の命の言葉に背きますまい。
不違
八重事代主神之言。
八重事代主の神の言みことに
違はじ。
 
此葦原中國者。 この葦原の中つ國は、 この葦原の中心の國は

天神御子之命
獻。
天つ神の御子の命の
まにまに獻らむ」
とまをしき。
天の神の御子みこの
仰せにまかせて獻上致しましよう」
と申しました。
     

国譲り

     
故更且還來。  かれ更にまた還り來て、  そこで更に還つて來て
問其大國主神。 その大國主の神に
問ひたまひしく、
その大國主の命に
問われたことには、
汝子等。 「汝が子ども 「あなたの子ども
事代主神。 事代主の神、 コトシロヌシの神・
建御名方神二神者。 建御名方の神二神ふたはしらは、 タケミナカタの神お二方は、
隨天神御子之命。 天つ神の御子の命のまにまに 天の神の御子の仰せに
勿違白訖。 違はじと白しぬ。 背そむきませんと申しました。
故汝心奈何。 かれ汝なが心いかに」
と問ひたまひき。
あなたの心はどうですか」
と問いました。
     
爾答白之。 ここに答へ白さく、 そこでお答え申しますには、
僕子等
二神隨白。
「僕あが子ども
二神の白せるまにまに、
「わたくしの子ども
二人の申した通りに
僕之不違。 僕あも違はじ。 わたくしも違いません。
此葦原中國者。 この葦原の中つ國は、 この葦原の中心の國は
隨命既獻也。 命のまにまに既に獻りぬ。 仰せの通り獻上致しましよう。
     
唯僕住所者。 ただ僕が住所すみかは、 ただわたくしの住所を
如天神御子之。 天つ神の御子の、 天の御子みこの
天津日繼所知之。 天つ日繼知らしめさむ 帝位に
登陀流
〈此三字以音
下效此〉
富足とだる お登りになる
天之御巢而。 天の御巣みすの如、 壯大な御殿の通りに、
於底津石根。 底つ石根に 大磐石に
宮柱布斗斯理。
〈此四字以音〉
宮柱太しり、 柱を太く立て
於高天原。 高天の原に 大空に
氷木
多迦斯理
〈多迦斯理
四字以音〉而。
氷木ひぎ
高しりて
棟木むなぎを
高くあげて
治賜者。 治めたまはば、 お作り下さるならば、
僕者於
百不足
八十坰手
隱而侍。
僕あは
百もも足らず
八十坰手やそくまでに
隱りて侍さもらはむ。
わたくしは
所々の隅に
隱れておりましよう。
     
亦僕子等
百八十神者。
また僕が子ども
百八十神ももやそがみは
またわたくしの子どもの
多くの神は
即八重事代主神。 八重事代主の神を コトシロヌシの神を
爲神之御尾前而
仕奉者。
御尾前さきとして
仕へまつらば、
導みちびきとして
お仕え申しましたなら、
違神者非也。 違ふ神はあらじ」と、 背そむく神はございますまい」と、
     

天の眞魚咋まなぐひ

     
如此之白而。 かく白して かように申して
乃隠也。    
故随白而。    
     
於出雲國之
多藝志之小濱。
〈多藝志三字以音〉
出雲の國の
多藝志たぎしの
小濱をばまに、
出雲の國の
タギシの
小濱おはまに
造天之御舍而。 天の御舍みあらかを造りて、 りつぱな宮殿を造つて、
水戶神之孫。 水戸みなとの神の孫ひこ 水戸みなとの神の子孫の
櫛八玉神。 櫛八玉くしやたまの神 クシヤタマの神を
爲膳夫。 膳夫かしはでとなりて、 料理役として
獻天御饗之時。 天つ御饗みあへ獻る時に、 御馳走をさし上げた時に、
祷白而。 祷ほぎ白して、 咒言を唱えて
櫛八玉神
化鵜。
櫛八玉の神
鵜に化なりて、
クシヤタマの神が
鵜うになつて
入海底。 海わたの底に入りて、 海底に入つて、
咋出底之波邇。
〈此二字以音〉
底の埴はこを
咋くひあがり出でて、
底の埴土はにつちを
咋くわえ出て
作天八十毘良迦
〈此三字以音〉而。
天の八十平瓮びらかを
作りて、
澤山の神聖なお皿を
作つて、

海布之柄。
海布めの柄からを
鎌かりて
また海草の幹みきを
刈り取つて來て
作燧臼。 燧臼ひきりうすに作り、 燧臼ひうちうすと
以海蓴之柄。 海蓴こもの柄を  
作燧杵而。 燧杵ひきりぎねに作りて、 燧杵ひうちきねを作つて、
鑚出火
云。
火を鑽きり出でて
まをさく、
これを擦すつて火をつくり出して
唱言となえごとを申したことは、
     
是我所燧火者、 「この我が燧きれる火は、 「今わたくしの作る火は
於高天原者、 高天の原には、 大空高く
神產巢日
御祖命之、
神産巣日御祖
かむむすび
みおやの命の
カムムスビの命の
登陀流天之
新巢之凝烟
〈訓凝姻云州須〉之。
富足とだる天の
新巣にひすの
凝烟すすの
富み榮える
新しい宮居の
煤すすの
八拳垂摩弖燒擧。
〈麻弖二字以音〉
八拳やつか垂るまで
燒たき擧げ、
長く垂たれ下さがるように
燒たき上あげ、
地下者。 地つちの下は、 地の下は
於底津石根
燒凝而。
底つ石根に
燒き凝こらして、
底の巖に
堅く燒き固まらして、
栲繩之
千尋繩打延、
栲繩たくなはの
千尋繩うち延はへ、
コウゾの
長い綱を延ばして
爲釣海人之。 釣する海人あまが、 釣をする海人あまの
口大之
尾翼鱸。
〈訓鱸云須受岐〉
口大の
尾翼鱸をはたすずき
釣り上げた大きな
鱸すずきを
佐和佐和邇
〈此五字以音〉
控依騰而。

さわさわに
控ひきよせ騰あげて、
さらさらと
引き寄せあげて、
打竹之
登遠遠
登遠遠邇
〈此七字以音〉
拆さき竹の
とをを
とををに、
机つくえも
たわむまでに

天之眞魚咋也。
天の眞魚咋まなぐひ
獻る」
とまをしき。
りつぱなお料理を
獻上致しましよう」
と申しました。
     
故建御雷神。 かれ建御雷の神 かくしてタケミカヅチの神が
返參上。 返りまゐ上りて、 天に還つて上つて
復奏。    
言向和平
葦原中國
之状。
葦原の中つ國を
言向ことむけ平やはしし
状をまをしき。
葦原の中心の國を
平定した
有樣を申し上げました。

 

第五部:ニニギとホオリの物語

 


目次
 
天孫降臨・ニニギとサクヤの物語
ニニギの命
猿田毘古神
三種の神器
天孫降臨(原語=天降=受肉)
猿女の君(肉体の性質)
天のウズメ(天宇受賣命=天命を受けた女性)
木花之佐久夜毘賣
石長比賣
昨夜の孕み=佐久夜の恨み
 サクヤのことを拒絶され、傷心あまって焼身
 戸無八尋殿の入口を土で塞ぎ火を放って産む 
 だから、産後産屋を焼く風習の説明ではない 
 そんな所で産みようがない海用がない山の姫
 次は海の八尋和邇の姫の話
 しかしワニもウミにいるか(いない)
 
ホデリとホオリの物語(逆上で逆下・さがした)
火照と火遠理
海佐知山佐知
サシカエ(幸カエ)
カエサジ(カエがきかないというが聞かない)
鹽椎神
綿津見神之宮
豊玉毘賣命
三年滞在
大きいな嘆き=大胆
鯛の喉(居タイ。帰りたくない→カエサジ?)
探下逆鉤針(探した鉤=逆下針)
佐比持神(一尋和邇・幸持ち)
兄の下僕化
豊玉毘賣の出産
八尋和邇(ウミの道を塞いで返ったワニ)
あえずの命(波限建葺草葺不合命)
 鵜=海辺りの水鳥 海のものとも山のものとも
玉依毘賣への歌(≒豊玉の妹に放り投げた)
ホオリの葬り
あえずの命の系譜
 

天孫降臨・ニニギのサクヤの物語

ニニギの命

     

天照大御神。
 ここに
天照らす大御神
 そこで
天照らす大神、
高木神之命以。 高木の神の命もちて、 高木の神のお言葉で、
詔太子 太子ひつぎのみこ 太子
正勝吾勝勝速日
天忍穗耳命。
正勝吾勝勝速日まさかあかつかちはやび
天の忍穗耳おしほみみの命に
詔のりたまはく、
オシホミミの命に
仰せになるには、
今平訖
葦原中國之白。
「今葦原の中つ國を
平ことむけ訖をへぬと白す。
「今葦原の中心の國は
平定し終つたと申すことである。
故隨言依賜。 かれ言よさし賜へるまにまに、 それ故、申しつけた通りに
降坐而知看。 降りまして知らしめせ」
とのりたまひき。
降つて行つてお治めなされるがよい」
と仰おおせになりました。
     
爾其太子
正勝吾勝勝速日
天忍穗耳命
答白。
ここにその太子
正勝吾勝勝速日
天の忍穗耳の命
答へ白さく、
そこで太子
オシホミミの命が
仰せになるには、
僕者 「僕あは、 「わたくしは
將降
裝束之間。
降りなむ
裝束よそひせし間ほどに、
降おりようとして
支度したくをしております間あいだに
子生出。 子生あれましつ。 子が生まれました。

天邇岐志
國邇岐志
〈自邇至志以音〉
天津
日高日子番能
邇邇藝命。
名は
天邇岐志
國邇岐志
あめにぎし
くににぎし
天あまつ
日高日子番ひこひこほの
邇邇藝ににぎの命、
名は
アメニギシ
クニニギシ
アマツ
ヒコヒコホノ
ニニギの命と申します。
此子應降也。 この子を降すべし」
とまをしたまひき。
この子を降したいと思います」
と申しました。
     
此御子者。 この御子は、 この御子みこは
御合高木神之女。 高木の神の女 オシホミミの命が
高木の神の女むすめ
萬幡
豐秋津師比賣命。
萬幡豐秋津師比賣
よろづはた
とよあきつしひめの命に
ヨロヅハタ
トヨアキツシ姫の命と
生子。 娶あひて生みませる子、 結婚されてお生うみになつた子が
天火明命。 天の火明ほあかりの命、 アメノホアカリの命・

日子番能
邇邇藝命
〈二柱〉也。
次に
日子番ひこほの
邇邇藝ににぎの命
二柱にます。
ヒコホノ
ニニギの命の
お二方なのでした。
     
是以隨白之。 ここを以ちて
白したまふまにまに、
かようなわけで
申されたままに
科詔
日子番能邇邇藝命。
日子番の邇邇藝の命に
詔みこと科おほせて、
ヒコホノニニギの命に
仰せ言があつて、
此豐葦原水穗國者。 「この豐葦原の水穗の國は、 「この葦原の水穗の國は
汝將知國。 汝いましの知しらさむ國なりと あなたの治むべき國である
と命令するのである。
言依賜。 ことよさしたまふ。 依よつて
故隨命以可天降。 かれ命のまにまに天降あもりますべし」
とのりたまひき。
命令の通りにお降りなさい」
と仰せられました。
     

猿田毘古神

     

日子番能
邇邇藝命。
 ここに
日子番の
邇邇藝の命、
 ここに
ヒコホノ
ニニギの命が
將天降之時。 天降あもりまさむとする時に、 天からお降くだりになろうとする時に、
居天之八衢而。 天の八衢やちまたに居て、 道の眞中まんなかにいて
上光高天原。 上は高天の原を光てらし 上は天を照てらし、
下光葦原中國之神。 下は葦原の中つ國を光らす神 下したは葦原の中心の國を照らす神が
於是有。 ここにあり。 おります。
     
故爾
天照大御神。
かれここに
天照らす大御神
そこで天照らす大神・
高木神之命以。 高木の神の命もちて、 高木の神の御命令で、

天宇受賣神。
天の宇受賣うずめの神に
詔りたまはく、
アメノウズメの神に
仰せられるには、
汝者雖有
手弱女人。
「汝いましは
手弱女人たわやめなれども、
「あなたは
女ではあるが
與伊牟迦布神。
〈自伊至布以音〉
い向むかふ神と 出會つた神に
面勝神。 面勝おもかつ神なり。 向き合つて勝つ神である。
故專汝往將問者。 かれもはら汝往きて問はまくは、 だからあなたが往つて尋ねることは、
吾御子爲
天降之道。
吾あが御子の
天降あもりまさむとする道に、
我が御子みこの
お降くだりなろうとする道を
誰如
此而居。
誰そかくて居ると問へ」
とのりたまひき。
かようにしているのは
誰であるかと問え」と仰せになりました。
     
故問賜之時。 かれ問ひたまふ時に、 そこで問われる時に
答白。 答へ白さく、 答え申されるには、
僕者國神。 「僕は國つ神、 「わたくしは國の神で
名猿田毘古神也。 名は猿田さるだ毘古の神なり。 サルタ彦の神という者です。
所以出居者。 出で居る所以ゆゑは、  
聞天神御子
天降坐
故仕奉御前而。
天つ神の御子
天降りますと聞きしかば、
御前みさきに仕へまつらむとして、
天の神の御子みこが
お降りになると聞きましたので、
御前みまえにお仕え申そうとして
參向之侍。 まゐ向ひ侍さもらふ」とまをしき。 出迎えております」と申しました。
     

三種の神器

     

天兒屋命。
 ここに
天あめの兒屋こやねの命、
 かくて
アメノコヤネの命・
布刀玉命。 布刀玉ふとだまの命、 フトダマの命・
天宇受賣命。 天の宇受賣の命、 アメノウズメの命・
伊斯許理度賣命。 伊斯許理度賣いしこりどめの命、 イシコリドメの命・
玉祖命。 玉たまの祖おやの命、 タマノオヤの命、
并五伴緒矣。 并せて五伴いつともの緒をを 合わせて五部族の神を
支加而。 支あかち加へて、 副えて
天降也。 天降あもらしめたまひき。 天から降らせ申しました。
     
於是副賜
其遠岐斯
〈此三字以音〉
 ここに
その招をぎし
この時に
先さきに天あめの石戸いわとの前で
天照らす大神をお迎えした
八尺勾璁鏡。 八尺やさかの勾璁まがたま、鏡、 大きな勾玉まがたま、鏡
及草那藝劔。 また草薙くさなぎの劒、 また草薙くさなぎの劒、
亦常世思金神。 また常世とこよの思金の神、 及びオモヒガネの神・
手力男神。 手力男たぢからをの神、 タヂカラヲの神・
天石門別神
而詔者。
天の石門別いはとわけの神を
副へ賜ひて詔のりたまはくは、
アメノイハトワケの神を
お副そえになつて仰せになるには、
此之鏡者。 「これの鏡は、 「この鏡こそは
專爲我御魂而。 もはら我あが御魂として、 もつぱらわたしの魂たましいとして、
如拜吾前。 吾が御前を拜いつくがごと、 わたしの前を祭るように
伊都岐奉。 齋いつきまつれ。 お祭り申し上げよ。
次思金神者。 次に思金の神は、 次つぎにオモヒガネの神は
取持前事。 前みまへの事ことを取り持ちて、 わたしの御子みこの治められる
爲政。 政まつりごとまをしたまへ」
とのりたまひき。
種々いろいろのことを取り扱つて
お仕え申せ」と仰せられました。
     
此二柱神者。  この二柱の神は、 この二神は
拜祭
佐久久斯侶。
伊須受能宮。
〈自佐至能以音〉
拆く釧くしろ
五十鈴いすずの宮に
拜いつき祭る。
伊勢神宮に
お祭り申し上げております。
     
次登由宇氣神。
此者坐外宮之
度相神者也。
次に登由宇氣とゆうけの神、
こは外とつ宮の
度相わたらひにます神なり。
なお伊勢神宮の外宮げくうには
トヨウケの神を祭つてあります。
     
次天石戶別神。 次に天の石戸別いはとわけの神、 次にアメノイハトワケの神は
亦名謂櫛石窓神。 またの名はくしいはまどの神といひ、 またの名はクシイハマドの神、
亦名謂豐石窓神。 またの名は豐とよいはまどの神といふ。 またトヨイハマドの神といい、
此神者。 この神は この神は
御門之神也。 御門みかどの神なり。 御門の神です。
     
次手力男神者。 次に手力男の神は、 タヂカラヲの神は
坐佐那那縣也。 佐那さなの縣あがたにませり。 サナの地においでになります。
故其
天兒屋命者。
〈中臣連等之祖〉
 かれその
天の兒屋の命は、
中臣の連等が祖。
このアメノコヤネの命は
中臣なかとみの連等むらじらの祖先、
布刀玉命者。
〈忌部首等之祖〉
布刀玉の命は、
忌部の首等おびとらが祖。
フトダマの命は
忌部いみべの首等おびとらの祖先、
天宇受賣命者。
〈猿女君等之祖〉
天の宇受賣の命は
猿女さるめの君等が祖。
ウズメの命は
猿女さるめの君等きみらの祖先、
伊斯許理度賣命者。
〈作鏡連等之祖〉
伊斯許理度賣の命は、
鏡作の連等が祖。
イシコリドメの命は
鏡作かがみつくりの連等の祖先、
玉祖命者。
〈玉祖連等之祖〉
玉の祖の命は、
玉の祖の連等が祖なり。
タマノオヤの命は
玉祖たまのおやの連等の祖先であります。
     

天孫降臨

     
故爾(詔)
天津日子番能
邇邇藝命(而)。
 かれここに
天の日子番の
邇邇藝の命、
 そこで
アマツヒコホノ
ニニギの命に仰せになつて、
離天之石位。 天の石位いはくらを離れ、 天上の御座を離れ、
押分
天之八重多那
〈此二字以音〉
雲而。
天の八重多那雲
やへたなぐも
を押し分けて、
八重やえ立つ雲を
押し分けて
伊都能知
和岐知
和岐弖。
〈自伊以下
十字以音〉
稜威いつの道ち
別き道
別きて、
勢いよく
道を押し分け、
於天浮橋。 天の浮橋に、 天からの階段によつて、
宇岐士摩理。 浮きじまり、 下の世界に
浮洲うきすがあり、
蘇理
多多斯弖。
〈自宇以下
十一字亦以音〉
そり
たたして、
それに
お立たちになつて、
天降坐于
竺紫日向之。
高千穗之
久士布流多氣。
〈自久以下
六字以音〉
竺紫つくしの
日向ひむかの
高千穗の
靈くじふる峰たけに
天降あもりましき。
遂ついに筑紫つくしの
東方とうほうなる
高千穗たかちほの
尊い峰に
お降くだり申さしめました。
     
故爾天忍日命。  かれここに
天の忍日おしひの命
ここに
アメノオシヒの命と
天津久米命。 天あまつ久米くめの命 アマツクメの命と
二人。 二人ふたり、 二人が
取負
天之石靫。
天の石靫いはゆきを
取り負ひ、
石の靫ゆきを負い、
取佩
頭椎之大刀。
頭椎くぶつちの
大刀を取り佩き、
頭あたまが瘤こぶになつている
大刀たちを佩はいて、
取持
天之波士弓。
天の波士弓はじゆみ
を取り持ち、
強い弓を持ち
手挾
天之眞鹿兒矢。
天の眞鹿兒矢まかごや
を手挾たばさみ、
立派な矢を挾んで、
立御前而
仕奉。
御前みさきに立ちて
仕へまつりき。
御前みまえに立つて
お仕え申しました。
     
故其天忍日命。
〈此者。
大伴連等之祖〉
かれその天の忍日の命、
こは大伴おほともの
連むらじ等が祖。
このアメノオシヒの命は
大伴おおともの
連等むらじらの祖先、
天津久米命。
〈此者
久米直等之祖也〉
天つ久米の命、
こは久米の直等が祖なり。
アマツクメの命は
久米くめの直等あたえらの
祖先であります。
     
於是詔之。  ここに詔りたまはく、  ここに仰せになるには
此地者向韓國。 「此地ここは韓國に向ひ 「この處は海外に向つて、
眞來通
笠紗之御前而。
笠紗かささの御前みさきに
ま來通りて、
カササの御埼みさきに
行ゆき通つて、
朝日之直刺國。 朝日の直ただ刺さす國、 朝日の照り輝かがやく國、
夕日之日照國也。 夕日の日照ひでる國なり。 夕日の輝かがやく國である。
故此地
甚吉地。
かれ此地ここぞ
いと吉き地ところ」
此處こそは
たいへん吉い處ところである」
詔而。 と詔りたまひて、 と仰せられて、
於底津石根。 底つ石根に 地の下したの石根いわねに
宮柱布斗斯理。 宮柱太しり、 宮柱を壯大そうだいに立て、
於高天原。 高天の原に 天上に
氷椽多迦斯理
而坐也。
氷椽ひぎ高しりて
ましましき。
千木ちぎを高く上げて
宮殿を御造營遊ばされました。
     

猿女の君

     
故爾詔
天宇受賣命。
 かれここに
天の宇受賣の命に
詔りたまはく、
 ここに
アメノウズメの命に
仰せられるには、
此立御前所
仕奉。
「この御前に立ちて
仕へまつれる
「この御前に立つて
お仕え申し上げた
猿田毘古大神者。 猿田さるた毘古の大神は、 サルタ彦の大神を、
專所顯申之汝。
送奉。
もはら顯し申せる汝
いまし送りまつれ。
顯し申し上げたあなたが
お送り申せ。
亦其神御名者。 またその神の御名は、 またその神のお名前は
汝負仕奉。 汝いまし負ひて仕へまつれ」
とのりたまひき。
あなたが受けてお仕え申せ」
と仰せられました。
     
是以
猿女君等。
ここを以ちて
猿女さるめの君等、
この故に
猿女さるめの君等は
負其
猿田毘古之
男神名而。
その猿田毘古の
男神の名を
負ひて、
そのサルタ彦の
男神の名を
繼いで
女呼
猿女君之事
是也。
女をみなを
猿女の君と
呼ぶ事これなり。
女を
猿女の君
というのです。
     
故其
猿田毘古神。
かれ
その猿田毘古の神、
そのサルタ彦の神は
坐阿邪訶
〈此三字
以音地名〉時。
阿耶訶
あざかに
坐しし時に、
アザカに
おいでになつた時に、
爲漁而。 漁すなどりして、 漁すなどりをして
於比良夫貝。
〈自比至夫以音〉
比良夫ひらぶ貝に ヒラブ貝に
其手見咋合而。 その手を咋ひ合はさえて 手を咋くい合わされて
沈溺海鹽。 海水うしほに溺れたまひき。 海水に溺れました。
     
故其沈居
底之時名。
かれその底に
沈み居たまふ時の名を、
その海底に
沈んでおられる時の名を
謂底度久御魂。
〈度久
二字以音〉
底そこどく御魂みたまといひ、 底につく御魂みたまと申し、
其海水之
都夫多都時名。
その海水の
つぶたつ時の名を、
海水に
つぶつぶと泡が立つ時の名を

都夫多都
御魂。
〈自都下四字以音〉
つぶ立つ
御魂みたまといひ、
粒立つぶたつ
御魂と申し、
其阿和佐久時名。 その沫あわ咲く時の名を、 水面に出て泡が開く時の名を
謂阿和佐久御魂。
〈自阿至久以音〉
あわ咲く御魂みたまといふ。 泡咲あわさく御魂と申します。
     

天のウズメ(天宇受賣命=天命を受けた女性)

     
於是送
猿田毘古神而。
 ここに
猿田毘古の神を送りて、
 ウズメの命は
サルタ彦の神を送つてから
還到。 還り到りて、 還つて來て、
乃悉追聚
鰭廣物
鰭狹物以。
問言
すなはち悉に
鰭はたの廣物
鰭の狹さ物を
追ひ聚めて問ひて曰はく、
悉く
大小樣々の
魚どもを集めて、
汝者
天神御子
仕奉耶
之時。
「汝いましは
天つ神の御子に
仕へまつらむや」
と問ふ時に、
「お前たちは
天の神の御子に
お仕え申し上げるか、どうですか」
と問う時に、
諸魚。
皆仕奉
白之中。
諸の魚どもみな
「仕へまつらむ」
とまをす中に、
魚どもは皆
「お仕え申しましよう」
と申しました中に、
海鼠
不白。
海鼠こ
白さず。
海鼠なまこだけが
申しませんでした。
     
爾天宇受賣命。 ここに天の宇受賣の命、 そこでウズメの命が
謂海鼠。 海鼠こに謂ひて、 海鼠に言うには、
云此口乎。
不答之口而。
「この口や
答へせぬ口」といひて、
「この口は
返事をしない口か」と言つて
以紐小刀。 紐小刀ひもがたな以ちて 小刀かたなで
拆其口。 その口を拆さきき。 その口を裂さきました。
故於今
海鼠口拆也。
かれ今に
海鼠の口拆さけたり。
それで今でも
海鼠の口は裂けております。
     
是以
御世。
ここを以ちて、
御世みよみよ、
かようの次第で、
御世みよごとに
嶋之
速贄
獻之時。
島の
速贄はやにへ
獻る時に、
志摩しまの國から
魚類の貢物みつぎものを
獻たてまつる時に

猿女君等也。
猿女の君等に
給ふなり。
猿女の君等に
下くだされるのです。
     

木花之佐久夜毘賣

     
於是
天津
日高日子番能
邇邇藝能命。
 ここに
天あまつ
日高日子番ひこひこほの
邇邇藝ににぎの命、
 さて
ヒコホノ
ニニギの命は、
於笠紗御前。 笠紗かささの御前みさきに、 カササの御埼みさきで
遇麗美人。 麗かほよき美人をとめに
遇ひたまひき。
美しい孃子おとめに
お遇いになつて、
爾問誰女。 ここに、
「誰が女ぞ」と問ひたまへば、
「どなたの女子むすめごですか」
とお尋ねになりました。
答白之。 答へ白さく、  
大山津見神之女。 「大山津見
おほやまつみの神の女、
そこで「わたくしは
オホヤマツミの神の女むすめの
名神阿多都比賣。
〈此神名以音〉
名は神阿多都
かむあたつ比賣。
 
亦名謂
木花之
佐久夜毘賣。
〈此五字以音〉
またの名は
木この花はなの
佐久夜さくや毘賣とまをす」
とまをしたまひき。
木この花の
咲さくや姫です」
と申しました。
     
又問
有汝之兄弟乎。
また「汝が兄弟はらからありや」
と問ひたまへば
また「兄弟がありますか」
とお尋ねになつたところ、
答白
我姉
石長比賣在也。
答へ白さく、
「我が姉
石長いはなが比賣あり」
とまをしたまひき。
「姉に
石長姫いわながひめがあります」
と申し上げました。
     
爾詔。 ここに詔りたまはく、 依つて仰せられるには、
吾欲目合汝
奈何。
「吾、汝に目合まぐはひせむ
と思ふはいかに」
とのりたまへば
「あなたと結婚けつこんをしたい
と思うが、どうですか」
と仰せられますと、
答白
僕不得白。
答へ白さく、
「僕あはえ白さじ。
「わたくしは何とも申し上げられません。
僕父
大山津見神
將白。
僕が父
大山津見の神ぞ白さむ」
とまをしたまひき。
父の
オホヤマツミの神が申し上げるでしよう」
と申しました。
     
石長比賣    
     
故乞遣
其父
大山津見神之時。
かれその父
大山津見の神に
乞ひに遣はしし時に、
依つてその父
オホヤマツミの神に
お求めになると、
大歡喜而。 いたく歡喜よろこびて、 非常に喜んで
副其姉
石長比賣。
その姉
石長いはなが比賣を副へて、
姉の
石長姫いわながひめを副えて、
令持百取
机代之物
奉出。
百取ももとりの
机代つくゑしろの物を
持たしめて奉り出だしき。
澤山の
獻上物を持たせて
奉たてまつりました。
     
故爾其姉者。 かれここにその姉は、 ところがその姉は
因甚凶醜。 いと醜みにくきに因りて、 大變醜かつたので
見畏而返送。 見畏かしこみて、返し送りたまひて、 恐れて返し送つて、
唯留其弟
木花之
佐久夜毘賣以。
ただその弟おと
木この花はなの
佐久夜さくや賣毘を留めて、
妹の
木の花の
咲くや姫だけを留とめて
一宿爲婚。 一宿ひとよ婚みとあたはしつ。 一夜お寢やすみになりました。
     
爾大山津見神。 ここに大山津見の神、 しかるにオホヤマツミの神は
因返
石長比賣而。
石長いはなが比賣を
返したまへるに因りて、
石長姫を
お返し遊ばされたのによつて、
大恥。 いたく恥ぢて、 非常に恥じて
白送言。 白し送りて言まをさく、 申し送られたことは、
我之女
二並立奉由者。
「我あが女
二人ふたり竝べたてまつれる由ゆゑは、
「わたくしが
二人を竝べて奉つたわけは、
使石長比賣者。 石長比賣を使はしては、 石長姫をお使いになると、
天神御子之命。 天つ神の御子の命みいのちは、 天の神の御子みこの御壽命は
雖雨零風吹。 雪零ふり風吹くとも、 雪が降り風が吹いても
恆如石而。 恆に石いはの如く、 永久に石のように
常堅
不動坐。
常磐ときはに堅磐かきはに
動きなくましまさむ。
堅實に
おいでになるであろう。
亦使
木花之
佐久夜毘賣者。
また
木この花はなの
佐久夜さくや毘賣を使はしては、
また
木の花の
咲くや姫をお使いになれば、
如木花之榮。 木の花の榮ゆるがごと
榮えまさむと、
木の花の榮えるように
榮えるであろうと
榮坐宇氣比弖
〈自宇下
四字以音〉
貢進。
誓うけひて
貢進たてまつりき。
誓言をたてて
奉りました。
     
此令返
石長比賣而。
ここに今
石長いはなが比賣を返さしめて、
しかるに今
石長姫を返して
獨留
木花之佐久夜毘賣故。
木この花はなの佐久夜さくや毘賣を
ひとり留めたまひつれば、
木の花の咲くや姫を
一人お留めなすつたから、
天神御子之御壽者。 天つ神の御子の御壽みいのちは、 天の神の御子の御壽命は、
木花之
阿摩比能微
〈此五字以音〉坐。
木の花の
あまひのみ
ましまさむとす」とまをしき。
木の花のように
もろくおいでなさる
ことでしよう」と申しました。
     
故是以至于今。 かれここを以ちて今に至るまで、 こういう次第で、
天皇命等之御命
不長也。
天皇すめらみことたちの御命
長くまさざるなり。
今日に至るまで天皇の御壽命が
長くないのです。
     

昨夜の孕み=佐久夜の恨み

     
故後
木花之
佐久夜毘賣。
 かれ後に
木この花はなの
佐久夜さくや毘賣、
 かくして後に
木の花の
咲くや姫が參り出て申すには、
參出白。 まゐ出て白さく、  
     
妾妊身。 「妾あは
妊はらみて、
「わたくしは
姙娠にんしんしまして、
今臨產時。 今産こうむ時になりぬ。 今子を産む時になりました。
是天神之御子。 こは天つ神の御子、 これは天の神の御子ですから、
私不可產。 私ひそかに
産みまつるべきにあらず。
勝手にお生み
申し上あぐべきではございません。
故請。 かれ請まをす」
とまをしたまひき。
そこでこの事を申し上げます」
と申されました。
     
爾詔。 ここに詔りたまはく、 そこで命が仰せになつて言うには、
佐久夜毘賣。 「佐久夜毘賣、 「咲くや姫よ、
一宿哉妊。 一宿ひとよにや妊める。 一夜で姙はらんだと言うが、
是非我子。 こは我が子にあらじ。  
必國神之子。 かならず國つ神の子にあらむ」
とのりたまひき。
國の神の子ではないか」
と仰せになつたから、
     
爾答白。 ここに答へ白さく、  
吾妊之子。 「吾が妊める子、 「わたくしの姙んでいる子が
若國神之子者。 もし國つ神の子ならば、 國の神の子ならば、
產不幸。 産こうむ時幸さきくあらじ。 生む時に無事でないでしよう。
若天神之
御子者幸。
もし天つ神の御子にまさば、
幸くあらむ」とまをして、
もし天の神の御子でありましたら、
無事でありましよう」と申して、
即作無戶八尋殿。 すなはち戸無し八尋殿を作りて、 戸口の無い大きな家を作つて
入其殿内。 その殿内とのぬちに入りて、 その家の中におはいりになり、
以土塗塞而。 土はにもちて塗り塞ふたぎて、 粘土ねばつちですつかり塗りふさいで、
方產時。 産む時にあたりて、 お生みになる時に當つて
以火著其殿
而產也。
その殿に火を著けて
産みたまひき。
その家に火をつけて
お生みになりました。
     

ホデリとホオリの物語

火照と火遠理

     
故其火盛燒時 かれその火の盛りに燃もゆる時に、 その火が眞盛まつさかりに燃える時に
所生之子名火照命。
〈此者隼人阿多君之祖〉
生あれませる子の名は、
火照ほでりの命
(こは隼人阿多の君の祖なり)
お生まれになつた御子は
ホデリの命で、
これは隼人等はやとらの祖先です。
     
次生子名火須勢理命。
〈須勢理三字以音〉
次に生れませる子の名は
火須勢理ほすせりの命、
次にお生まれになつた御子は
ホスセリの命、
     
次生子御名
火遠理命。
次に生れませる子の御名は
火遠理ほをりの命、
次にお生まれになつた御子は
ホヲリの命、
亦名
天津日高日子
穗穗手見命。
またの名は
天あまつ日高日子ひこひこ
穗穗出見ほほでみの命
またの名は
アマツヒコヒコ
ホホデミの命でございます。
〈三柱〉 三柱。  
     

海佐知と山佐知

     
故火照命者。  かれ火照ほでりの命は、  ニニギの命の御子のうち、
ホデリの命は
爲海佐知毘古
〈此四字以音
下效此〉而。
海佐知
うみさち毘古として、
海幸彦
うみさちびことして、

鰭廣物。
鰭狹物。
鰭はたの廣物
鰭の狹さ物を取り、
海のさまざまの魚を
お取りになり、
     
火遠理命者。 火遠理ほをりの命は ホヲリの命は
爲山佐知毘古
而。
山佐知
やまさち毘古として、
山幸彦として

毛麁物
毛柔物。
毛の麁あら物
毛の柔にこ物を
取りたまひき。
山に住む
鳥獸の類を
お取りになりました。
     

サシカエ(幸替え)

     
爾火遠理命。 ここに火遠理ほをりの命、 ところでホヲリの命が
謂其兄
火照命。
その兄いろせ
火照ほでりの命に、
兄君
ホデリの命に、
各相易
佐知欲用。
「おのもおのも
幸易かへて用ゐむ」
と謂いひて、
「お互に道具えものを
取り易かえて使つて見よう」
と言つて、
三度雖乞。 三度乞はししかども、 三度乞われたけれども
不許。 許さざりき。 承知しませんでした。
然遂
纔得相易。
然れども遂に
わづかにえ易へたまひき。
しかし最後にようやく
取り易えることを承諾しました。
     
爾火遠理命。 ここに火遠理ほをりの命、 そこでホヲリの命が
以海佐知
釣魚。
海幸をもちて
魚な釣らすに、
釣道具を持つて
魚をお釣りになるのに、
都不得魚。 ふつに一つの魚だに得ず、 遂に一つも得られません。
     
亦其鉤
失海。
またその鉤つりばりをも
海に失ひたまひき。
その鉤はりまでも
海に失つてしまいました。
     

カエサジ

     
於是其兄火照命。 ここにその兄いろせ火照の命 ここにその兄のホデリの命が
乞其鉤曰。 その鉤を乞ひて、 その鉤を乞うて、
山佐知母。己之佐知佐知。 「山幸もおのが幸幸。 「山幸やまさちも自分の幸さちだ。
海佐知母。已之佐知佐知。 海幸もおのが幸幸。 海幸うみさちも自分の幸さちだ。
今各謂返佐知之時。
〈佐知二字以音〉
今はおのもおのも幸返さむ」
といふ時に、
やはりお互に幸さちを返そう」
と言う時に、
     
其弟
火遠理命答曰。
その弟いろと
火遠理の命答へて曰はく、
弟の
ホヲリの命が仰せられるには、
汝鉤者。 「汝みましの鉤は、 「あなたの鉤は
釣魚
不得一魚。
魚釣りしに
一つの魚だに得ずて、
魚を釣りましたが、
一つも得られないで
遂失海。 遂に海に失ひつ」
とまをしたまへども、
遂に海でなくしてしまいました」
と仰せられますけれども、
然其兄
強乞徴。
その兄
強あながちに
乞ひ徴はたりき。
なおしいて
乞い徴はたりました。
     
故其弟 かれその弟、 そこで弟が
破御佩之十拳劔。 御佩しの十拳の劒を破りて、 お佩びになつている長い劒を破つて、
作五百鉤。 五百鉤いほはりを作りて、 五百の鉤を作つて
雖償不取。 償つぐのひたまへども、取らず、 償つぐなわれるけれども取りません。
亦作一千鉤。 また一千鉤ちはりを作りて、 また千の鉤を作つて
雖償不受。 償ひたまへども、受けずして、 償われるけれども受けないで、

「猶欲得其正本鉤」
「なほその本の鉤を得む」
といひき。
「やはりもとの鉤をよこせ」
と言いました。
     

鹽椎神

     
於是其弟。  ここにその弟、  そこでその弟が
泣患居
海邊之時。
泣き患へて
海邊うみべたにいましし時に、
海邊に出て
泣き患うれえておられた時に、
鹽椎神
來問曰。
鹽椎しほつちの神
來て問ひて曰はく、
シホツチの神が
來て尋ねるには、

虛空津日高之
泣患所由。
「何いかにぞ
虚空津日高そらつひこの
泣き患へたまふ所由ゆゑは」
と問へば、
「貴い御子樣みこさまの
御心配なすつていらつしやるのは
どういうわけですか」
と問いますと、
     
答言。 答へたまはく、 答えられるには、
我與兄易鉤而。 「我、兄と鉤つりばりを易へて、 「わたしは兄と鉤を易えて
失其鉤。 その鉤を失ひつ。 鉤をなくしました。
是乞其鉤
故雖償多鉤
不受。
ここにその鉤を乞へば、
多あまたの鉤を償へども、
受けずて、
しかるに鉤を求めますから
多くの鉤を償つぐないましたけれども
受けないで、
云猶欲得
其本鉤。
なほその本の鉤を得むといふ。 もとの鉤をよこせと言います。
故泣患之。 かれ泣き患ふ」
とのりたまひき。
それで泣き悲しむのです」
と仰せられました。
     

綿津見神之宮

     
爾鹽椎神。 ここに鹽椎の神、 そこでシホツチの神が
云我爲汝命。 「我、汝が命のために、 「わたくしが今あなたのために
作善議。 善き議たばかりせむ」
といひて、
謀はかりごとを廻めぐらしましよう」
と言つて、
即造
无間勝間之
小船。
すなはち
間まなし勝間かつまの
小船を造りて、
隙間すきまの無い籠の
小船を造つて、
載其船以
教曰。
その船に載せまつりて、
教へてまをさく、
その船にお乘せ申し上げて
教えて言うには、
我押流
其船者。
「我、この船を
押し流さば、
「わたしがその船を
押し流しますから、
差暫往。 やや暫しましいでまさば、 すこしいらつしやい。
將有味御路。 御路みちあらむ。 道みちがありますから、
乃乘其道
往者。
すなはちその道に
乘りていでましなば、
その道の
通りにおいでになると、
如魚鱗所
造之宮室。
魚鱗いろこのごと
造れる宮室みや、
魚の鱗うろこのように
造つてある宮があります。
其綿津見神之宮
者也。
それ綿津見
わたつみの神の宮なり。
それが
海神の宮です。
     

其神御門者。
その神の御門に
到りたまはば、
その御門ごもんの處に
おいでになると、
傍之井上
有湯津香木。
傍の井の上に
湯津香木ゆつかつらあらむ。
傍そばの井の上に
りつぱな桂の木がありましよう。
故坐其木上者。 かれその木の上にましまさば、 その木の上においでになると、
其海神之女。 その海わたの神の女、 海神の女が
見相議者也。
〈訓香木云加都良〉
見て議はからむものぞ」
と教へまつりき。
見て何とか致しましよう」と、
お教え申し上げました。
     

豐玉毘賣命

     
故隨教少行。  かれ教へしまにまに、
少し行いでましけるに、
 依よつて教えた通り、
すこしおいでになりましたところ、
備如其言。 つぶさにその言の如くなりき。 すべて言つた通りでしたから、
即登其香木
以坐。
すなはちその香木に
登りてまします。
その桂の木に
登つておいでになりました。
     
爾海神之女。 ここに海わたの神の女 ここに海神の女むすめの
豐玉毘賣之
從婢。
豐玉毘賣とよたまびめの
從婢まかだち、
トヨタマ姫の
侍女が
持玉器
將酌水之時。
玉器たまもひを持ちて、
水酌まむとする時に、
玉の器を持つて、
水を汲くもうとする時に、
於井有光。 井に光かげあり。 井に光がさしました。
     
仰見者。 仰ぎ見れば、 仰いで見ると
有麗壯夫。
〈訓壯夫云
遠登古。
下效此〉
麗うるはしき
壯夫
をとこあり。
りつぱな男がおります。
     
以爲甚異奇。 いと奇あやしとおもひき。 不思議に思つていますと、
爾火遠理命。 ここに火遠理の命、 ホヲリの命が、
見其婢。 その婢まかだちを見て、 その侍女に、
乞欲得水。 「水をたまへ」と乞ひたまふ。 「水を下さい」と言われました。
     
婢乃酌水。 婢すなはち水を酌みて、 侍女がそこで水を汲くんで
入玉器
貢進。
玉器たまもひに入れて
貢進たてまつる。
器に入れてあげました。
爾不飮水。 ここに水をば飮まさずして、 しかるに水をお飮みにならないで、
解御頸之璵。 御頸の
璵たまを解かして、
頸くびにお繋けになつていた
珠をお解きになつて
含口。 口に含(ふふ)みて 口に含んで
唾入
其玉器。
その玉器に
唾つばき入いれたまひき。
その器に
お吐き入れなさいました。
     
於是其
璵著器。
ここに
その璵器もひに著きて、
しかるに
その珠が器について、
婢不得離璵。 婢璵を
え離たず、
女が珠を
離すことが出來ませんでしたので、
故璵任著以。 かれ著きながらにして ついたままに
進豐玉毘賣命。 豐玉毘賣の命に進りき。 トヨタマ姫にさし上げました。
     
爾見其璵。 ここにその璵を見て そこでトヨタマ姫が珠を見て、
問婢曰。 婢に問ひて曰く、 女に
若人有
門外哉。
「もし門かどの外とに人ありや」
と問ひしかば、
「門の外に人がいますか」
と尋ねられましたから、
答曰。 答へて曰はく、  
有人坐。
我井上香木之上。
「我が井の上の香木の上に
人います。
「井の上の桂の上に
人がおいでになります。
甚麗壯夫也。 いと麗しき壯夫なり。 それは大變りつぱな男でいらつしやいます。
益我王而甚貴。 我が王にも益りていと貴し。 王樣にも勝まさつて尊いお方です。
故其人。 かれその人 その人が
乞水故。 水を乞はしつ。 水を求めましたので、
奉水者。 かれ水を奉りしかば、 さし上げましたところ、
不飮水。 水を飮まさずて、 水をお飮みにならないで、
唾入此璵。 この璵を唾き入れつ。 この珠を吐き入れましたが、
是不得離故。 これえ離たざれば、 離せませんので
任入
將來而獻。
入れしまにま
將もち來て獻る」
とまをしき。
入れたままに
持つて來てさし上げたのです」
と申しました。
     

三年滞在

     
爾豐玉毘賣命
思奇。
ここに豐玉毘賣の命、
奇しと思ほして、
そこでトヨタマ姫が
不思議にお思いになつて、
出見。 出で見て 出て見て
乃見感。 見感めでて、 感心して、
目合而。 目合まぐはひして、 そこで顏を見合つて、
白其父曰。 その父に、白して曰はく、 父に
吾門有麗人。 「吾が門に麗しき人あり」
とまをしたまひき。
「門の前にりつぱな方がおります」
と申しました。
     
爾海神自出見。 ここに海わたの神みづから出で見て、 そこで海神が自分で出て見て、
云此人者。 「この人は、 「これは
天津日高之御子。 天つ日高の御子、 貴い御子樣だ」と言つて、
虛空津日高矣。 虚空つ日高なり」といひて、  
即於内率入而。 すなはち内に率て入れまつりて、 内にお連れ申し上げて、
美智皮之
疊敷八重。
海驢みちの皮の
疊八重を敷き、
海驢あじかの皮
八枚を敷き、
亦絁疊八重。 また絁きぬ疊八重を その上に絹きぬの敷物を八枚
敷其上。 その上に敷きて、 敷いて、
坐其上而。 その上に坐ませまつりて、 御案内申し上げ、
具百取
机代物。
百取の
机代つくゑしろの物を具へて、
澤山の
獻上物を具えて
爲御饗。 御饗みあへして、 御馳走して、
即令婚
其女豐玉毘賣。
その女豐玉とよたま毘賣に
婚あはせまつりき。
やがてその女トヨタマ姫を
差し上げました。
     
故至三年 かれ三年に至るまで、 そこで三年になるまで、
住其國。 その國に住みたまひき。 その國に留まりました。
     

大きいな嘆き=大胆

     
於是
火遠理命。
 ここに
火遠理の命、
 ここに
ホヲリの命は
思其初事而。 その初めの事を思ほして、 初めの事をお思いになつて
大一歎。 大きなる歎なげき一つしたまひき。 大きな溜息をなさいました。
     
故豐玉毘賣命。 かれ豐玉とよたま毘賣の命、 そこでトヨタマ姫が
聞其歎以。 その歎を聞かして、 これをお聞きになつて
白其父言。 その父に白して言はく、 その父に申しますには、
三年雖住。 「三年住みたまへども、 「あの方は
三年お住みになつていますが、

無歎。
恆は
歎かすことも無かりしに、
いつも
お歎きになることもありませんですのに、
今夜
爲大一歎。
今夜こよひ
大きなる歎一つしたまひつるは、
今夜
大きな溜息を一つなさいましたのは
若有何由故。 けだしいかなる由かあらむ」
とまをしき。
何か仔細がありましようか」
と申しましたから、
     
其父大神。 かれ、その父の大神、 その父の神樣が
問其聟夫曰。 その聟の夫に問ひて曰はく、 聟の君に問われるには、
今旦聞
我女之語。
「今旦けさ
我が女の語るを聞けば、
「今朝
わたくしの女の語るのを聞けば、
云三年雖坐。 三年坐しませども、 三年おいでになるけれども
恆無歎。 恆は歎かすことも無かりしに、 いつもお歎きになることも無かつたのに、
今夜爲大歎。 今夜大きなる歎したまひつ
とまをす。
今夜大きな溜息を一つなさいました
と申しました。
若有由哉。 けだし故ありや。 何かわけがありますか。
亦到
此間之
由奈何。
また此間ここに來ませる
由はいかに」
と問ひまつりき。
また此處においでになつた
仔細はどういう事ですか」
とお尋ね申しました。
     
爾語其大神。 ここにその大神に語りて、 依つてその大神に
備如其兄罰失
鉤之状。
つぶさにその兄の失せにし
鉤を徴はたれる状の如語りたまひき。
詳しく、兄が無くなつた
鉤はりを請求する有樣を語りました。
     

鯛の喉=居タイ(帰りたくない)

     
是以海神。 ここを以ちて海の神、 そこで海の神が
悉召集
海之大小魚。
悉に鰭の廣物鰭の狹物を
召び集へて問ひて曰はく、
海中の魚を
大小となく悉く集めて、
問曰。
若有取此鉤魚乎。
「もしこの鉤を取れる魚ありや」
と問ひき。
「もしこの鉤を取つた魚があるか」
と問いました。
     

諸魚白之。
かれ
諸の魚ども白さく、
ところが
その多くの魚どもが申しますには、
頃者。 「このごろ 「この頃
赤海鯽魚。 赤海鯽魚たひぞ、 鯛たいが
於喉鯁。 喉のみとに鯁のぎありて、 喉のどに骨をたてて
物不得食愁言故。 物え食はずと愁へ言へる。 物が食えないと言つております。
必是取。 かれかならずこれが取りつらむ」
とまをしき。
きつとこれが取つたのでしよう」
と申しました。
     

探下逆鉤針(探した鉤=逆下針)

     
於是探
赤海鯽魚之喉者。
ここに赤海鯽魚の喉を
探りしかば、
そこで鯛の喉を
探りましたところ、
有鉤。 鉤あり。 鉤があります。
     
即取出而。 すなはち取り出でて そこで取り出して
清洗。 清洗すすぎて、 洗つて
奉火遠理命之時。 火遠理の命に奉る時に、 ホヲリの命に獻りました時に、
其綿津見大神。 その綿津見の大神 海神が
誨曰之。 誨をしへて曰さく、 お教え申し上げて言うのに、
以此鉤。 「この鉤を 「この鉤を
給其兄時。 その兄に給ふ時に、 兄樣にあげる時には、
言状者。 のりたまはむ状は、  
此鉤者。 この鉤は、 この鉤は
淤煩鉤。 淤煩鉤おばち、 貧乏鉤
びんぼうばりの
悲しみ鉤ばりだ
須須鉤。 須須鉤すすち、
貧鉤。 貧鉤まぢち、
宇流鉤。 宇流鉤うるち
云而。 といひて、 と言つて、
〈於煩及
須須亦
宇流
六字以音〉
   
於後手賜。 後手しりへでに
賜へ。
うしろ向きに
おあげなさい。
     
然而。 然して そして
其兄
作高田者。
その兄
高田あげだを作らば、
兄樣が
高い所に田を作つたら、
汝命
營下田。
汝が命は
下田くぼだを營つくりたまへ。
あなたは
低い所に田をお作りなさい。
其兄
作下田者。
その兄
下田を作らば、
兄樣が
低い所に田を作つたら、
汝命
營高田。
汝が命は
高田を營りたまへ。
あなたは
高い所に田をお作りなさい。
     
爲然者。 然したまはば、 そうなすつたら

掌水故
三年之間。

水を掌しれば、
三年の間に
わたくしが
水を掌つかさどつておりますから、
三年の間に
必其兄貧窮。 かならずその兄貧しくなりなむ。 きつと兄樣が貧しくなるでしよう。
     
若恨怨
其爲然之事而。
もしそれ
然したまふ事を恨みて
もし
このようなことを恨んで
攻戰者。 攻め戰はば、 攻め戰つたら、
出鹽盈珠
而溺。
鹽しほ盈みつ珠たまを
出して溺らし、
潮しおの滿みちる珠を
出して溺らせ、
若其
愁請者。
もしそれ
愁へまをさば、
もし
大變にあやまつて來たら、
出鹽乾珠
而活。
鹽しほ乾ふる珠たまを
出して活いかし、
潮しおの乾ひる珠を
出して生かし、
如此令
惚苦云。
かく惚苦たしなめたまへ」
とまをして、
こうしてお苦しめなさい」
と申して、
     

鹽盈珠。
鹽盈つ珠 潮の滿ちる珠
鹽乾珠。 鹽乾る珠 潮の乾る珠、
并兩箇。 并せて兩箇ふたつを
授けまつりて、
合わせて二つを
お授け申し上げて、
     
即悉
召集和邇魚
問曰。
すなはち悉に
鰐どもをよび集へて、
問ひて曰はく、
悉く
鰐わにどもを呼び集め
尋ねて言うには、
今天津日高之御子。 「今天つ日高の御子 「今天の神の御子の
虛空津日高。 虚空つ日高、 日ひの御子樣みこさまが
爲將出幸
上國。
上うはつ國くにに
幸いでまさむとす。
上の國に
おいでになろうとするのだが、
誰者。 誰は お前たちは
幾日送奉而。 幾日に送りまつりて、 幾日にお送り申し上げて
覆奏。 覆かへりごと奏まをさむ」と問ひき。 御返事するか」と尋ねました。
     

佐比持神=一尋和邇

     
故各隨己
身之尋長。
かれおのもおのもおのが
身の尋長たけのまにまに、
そこでそれぞれに
自分の身の長さのままに
限日而白之中。 日を限りて白す中に、 日數を限つて申す中に、
一尋和邇。 一尋鰐白さく、 一丈の鰐わにが
白僕者
一日送。
「僕あは
一日に送りまつりて、
「わたくしが
一日にお送り申し上げて
即還來。 やがて還り來なむ」とまをしき。 還つて參りましよう」と申しました。
     
故爾告其
一尋和邇。
かれここにその
一尋鰐に告りたまはく、
依つてその
一丈の鰐に
然者
汝送奉。
「然らば
汝送りまつれ。
「それならば
お前がお送り申し上げよ。
若渡海中時。 もし海わた中を渡る時に、 海中を渡る時に
無令惶畏。 な惶畏かしこませまつりそ」とのりて、 こわがらせ申すな」と言つて、
即載
其和邇之頸。
すなはちその鰐の頸に
載せまつりて、
その鰐の頸に
お乘せ申し上げて
送出。 送り出しまつりき。 送り出しました。
     
故如期。 かれ期ちぎりしがごと はたして約束通り
一日之内
送奉也。
一日の内に
送りまつりき。
一日に
お送り申し上げました。
     
其和邇
將返之時。
その鰐
返りなむとする時に、
その鰐が
還ろうとした時に、
解所
佩之紐小刀。
佩かせる紐小刀を
解かして、
紐の附いている小刀を
お解きになつて、
著其頸
而返。
その頸に著けて
返したまひき。
その鰐の頸につけて
お返しになりました。
     
故其一尋和邇者。 かれその一尋鰐は、 そこでその一丈の鰐をば、
於今謂
佐比持神也。
今に佐比持
さひもちの神といふ。
今でも
サヒモチの神と言つております。
     

兄の下僕化

     
是以備如
海神之
教言。
 ここを以ちてつぶさに
海わたの神の
教へし言の如、
 かくして悉く
海神の
教えた通りにして
與其鉤。 その鉤を與へたまひき。 鉤を返されました。
     
故自爾以後。 かれそれより後、 そこでこれより
稍兪貧。 いよよ貧しくなりて、 いよいよ貧しくなつて
更起荒心
迫來。
更に荒き心を起して
迫め來く。
更に荒い心を起して
攻めて來ます。
     
將攻之時。 攻めむとする時は、 攻めようとする時は
出鹽盈珠而令溺。 鹽盈つ珠を出して溺らし、 潮の盈ちる珠を出して溺らせ、
其愁請者。 それ愁へまをせば、 あやまつてくる時は
出鹽乾珠而救。 鹽乾る珠を出して救ひ、 潮の乾る珠を出して救い、
如此令惚苦之時。 かく惚苦たしなめたまひし時に、 苦しめました時に、
     
稽首白。 稽首のみ白さく、 おじぎをして言うには、
僕者自今以後。 「僕あは今よ以後のち、 「わたくしは今から後、
爲汝命之
晝夜
守護人而
仕奉。
汝が命の
晝夜よるひるの
守護人まもりびととなりて
仕へまつらむ」
とまをしき。
あなた樣の
晝夜の
護衞兵となつて
お仕え申し上げましよう」
と申しました。
     
故至今。 かれ今に至るまで、 そこで今に至るまで
其溺時之。 その溺れし時の 隼人はやとは
その溺れた時の
種種之態不絶。 種種の態わざ、 しわざを演じて
仕奉也。 絶えず仕へまつるなり。 お仕え申し上げるのです。
     

豐玉毘賣の出産

     
於是海神之女。  ここに海わたの神の女  ここに海神の女、
豐玉毘賣命。 豐玉とよたま毘賣の命、 トヨタマ姫の命が
自參出
白之。
みづからまゐ出て
白さく、
御自身で出ておいでになつて
申しますには、
     
妾已
妊身。
「妾あれ
すでに妊めるを、
「わたくしは以前から
姙娠にんしんしておりますが、
今臨產時。 今産こうむ時になりぬ。 今御子を産むべき時になりました。
此念。 こを念ふに、 これを思うに
天神之御子。 天つ神の御子、 天の神の御子を
不可
生海原。
海原に生みまつるべきに
あらず、
海中でお生うみ申し上ぐべきでは
ございませんから
故參出到也。 かれまゐ出きつ」
とまをしき。
出て參りました」
と申し上げました。
     
爾即
於其海邊
波限。
ここにすなはち
その海邊の
波限なぎさに、
そこで
その海邊の
波際なぎさに
以鵜羽
爲葺草。
鵜の羽を
葺草かやにして、
鵜うの羽を
屋根にして
造產殿。 産殿うぶやを造りき。 産室を造りましたが、
於是其產殿。 ここにその産殿うぶや、 その産室が
未葺合。 いまだ葺き合へねば、 まだ葺き終らないのに、
不忍
御腹之急。
御腹の急ときに
忍あへざりければ、
御子が
生まれそうになりましたから、
故入坐產殿。 産殿に入りましき。 産室におはいりになりました。
     
爾將方產之時。 ここに産みます時にあたりて、 その時
白其日子言。 その日子ひこぢに白して言はく、 夫の君に申されて言うには
凡佗國人者。 「およそ他あだし國の人は、 「すべて他國の者は
臨產時。 産こうむ時になりては、 子を産む時になれば、
以本國之形
產生。
本もとつ國の形になりて
生むなり。
その本國の形になつて
産むのです。
故妾
今以本身爲
產。
かれ、妾も
今本もとの身になりて
産まむとす。
それでわたくしも
もとの身になつて
産もうと思いますが、
願勿見妾。 願はくは妾をな見たまひそ」
とまをしたまひき。
わたくしを御覽遊ばしますな」
と申されました。
     
八尋和邇    
     
於是思奇
其言。
ここにその言を
奇しと思ほして、
ところがその言葉を
不思議に思われて、
竊伺
其方產者。
そのまさに産みますを
伺見かきまみたまへば、
今盛んに子をお産みになる
最中さいちゆうに
覗のぞいて御覽になると、
化八尋和邇而。 八尋鰐になりて、 八丈もある長い鰐になつて
匍匐委蛇。 匍匐はひもこよひき。 匐はいのたくつておりました。
     
即見驚畏而。 すなはち見驚き畏みて、 そこで畏れ驚いて
遁退。 遁げ退そきたまひき。 遁げ退きなさいました。
     

豐玉毘賣命。
ここに
豐玉とよたま毘賣の命、
しかるに
トヨタマ姫の命は

其伺見之事。
その伺見かきまみたまひし事を
知りて、
窺見のぞきみなさつた事を
お知りになつて、
以爲心恥。 うら恥やさしとおもほして、 恥かしい事にお思いになつて
乃生置其御子而。 その御子を生み置きて
白さく、
御子を産み置いて
白妾
恆通海道。
「妾あれ、
恆は海道うみつぢを通して、
「わたくしは
常に海の道を通つて
欲往來。 通はむと思ひき。 通かよおうと思つておりましたが、
然。
伺見
吾形。
然れども
吾が形を
伺見かきまみたまひしが、
わたくしの形を
覗のぞいて御覽になつたのは
是甚怍。 いと怍はづかしきこと」とまをして、 恥かしいことです」と申して、
之即塞海坂
而返入。
すなはち海坂うなさかを塞せきて、
返り入りたまひき。
海の道をふさいで
歸つておしまいになりました。
     

あえずの命

     
是以名
其所產之御子。
ここを以ちて
その産うみませる御子に名づけて、
そこで
お産うまれになつた御子の名を

天津
日高日子
波限建
鵜葺草葺不合命。
天あまつ
日高日子ひこひこ
波限建なぎさたけ
鵜葺草葺合
うがやふきあへずの命
とまをす。
アマツ
ヒコヒコ
ナギサタケ
ウガヤフキアヘズの命
と申し上げます。
〈訓波限云那藝佐。
訓葺草云加夜〉
   

 

天孫降臨・ニニギのサクヤの物語

ニニギの命

     

天照大御神。
 ここに
天照らす大御神
 そこで
天照らす大神、
高木神之命以。 高木の神の命もちて、 高木の神のお言葉で、
詔太子 太子ひつぎのみこ 太子
正勝吾勝勝速日
天忍穗耳命。
正勝吾勝勝速日まさかあかつかちはやび
天の忍穗耳おしほみみの命に
詔のりたまはく、
オシホミミの命に
仰せになるには、
今平訖
葦原中國之白。
「今葦原の中つ國を
平ことむけ訖をへぬと白す。
「今葦原の中心の國は
平定し終つたと申すことである。
故隨言依賜。 かれ言よさし賜へるまにまに、 それ故、申しつけた通りに
降坐而知看。 降りまして知らしめせ」
とのりたまひき。
降つて行つてお治めなされるがよい」
と仰おおせになりました。
     
爾其太子
正勝吾勝勝速日
天忍穗耳命
答白。
ここにその太子
正勝吾勝勝速日
天の忍穗耳の命
答へ白さく、
そこで太子
オシホミミの命が
仰せになるには、
僕者 「僕あは、 「わたくしは
將降
裝束之間。
降りなむ
裝束よそひせし間ほどに、
降おりようとして
支度したくをしております間あいだに
子生出。 子生あれましつ。 子が生まれました。

天邇岐志
國邇岐志
〈自邇至志以音〉
天津
日高日子番能
邇邇藝命。
名は
天邇岐志
國邇岐志
あめにぎし
くににぎし
天あまつ
日高日子番ひこひこほの
邇邇藝ににぎの命、
名は
アメニギシ
クニニギシ
アマツ
ヒコヒコホノ
ニニギの命と申します。
此子應降也。 この子を降すべし」
とまをしたまひき。
この子を降したいと思います」
と申しました。
     
此御子者。 この御子は、 この御子みこは
御合高木神之女。 高木の神の女 オシホミミの命が
高木の神の女むすめ
萬幡
豐秋津師比賣命。
萬幡豐秋津師比賣
よろづはた
とよあきつしひめの命に
ヨロヅハタ
トヨアキツシ姫の命と
生子。 娶あひて生みませる子、 結婚されてお生うみになつた子が
天火明命。 天の火明ほあかりの命、 アメノホアカリの命・

日子番能
邇邇藝命
〈二柱〉也。
次に
日子番ひこほの
邇邇藝ににぎの命
二柱にます。
ヒコホノ
ニニギの命の
お二方なのでした。
     
是以隨白之。 ここを以ちて
白したまふまにまに、
かようなわけで
申されたままに
科詔
日子番能邇邇藝命。
日子番の邇邇藝の命に
詔みこと科おほせて、
ヒコホノニニギの命に
仰せ言があつて、
此豐葦原水穗國者。 「この豐葦原の水穗の國は、 「この葦原の水穗の國は
汝將知國。 汝いましの知しらさむ國なりと あなたの治むべき國である
と命令するのである。
言依賜。 ことよさしたまふ。 依よつて
故隨命以可天降。 かれ命のまにまに天降あもりますべし」
とのりたまひき。
命令の通りにお降りなさい」
と仰せられました。
     

猿田毘古神

     

日子番能
邇邇藝命。
 ここに
日子番の
邇邇藝の命、
 ここに
ヒコホノ
ニニギの命が
將天降之時。 天降あもりまさむとする時に、 天からお降くだりになろうとする時に、
居天之八衢而。 天の八衢やちまたに居て、 道の眞中まんなかにいて
上光高天原。 上は高天の原を光てらし 上は天を照てらし、
下光葦原中國之神。 下は葦原の中つ國を光らす神 下したは葦原の中心の國を照らす神が
於是有。 ここにあり。 おります。
     
故爾
天照大御神。
かれここに
天照らす大御神
そこで天照らす大神・
高木神之命以。 高木の神の命もちて、 高木の神の御命令で、

天宇受賣神。
天の宇受賣うずめの神に
詔りたまはく、
アメノウズメの神に
仰せられるには、
汝者雖有
手弱女人。
「汝いましは
手弱女人たわやめなれども、
「あなたは
女ではあるが
與伊牟迦布神。
〈自伊至布以音〉
い向むかふ神と 出會つた神に
面勝神。 面勝おもかつ神なり。 向き合つて勝つ神である。
故專汝往將問者。 かれもはら汝往きて問はまくは、 だからあなたが往つて尋ねることは、
吾御子爲
天降之道。
吾あが御子の
天降あもりまさむとする道に、
我が御子みこの
お降くだりなろうとする道を
誰如
此而居。
誰そかくて居ると問へ」
とのりたまひき。
かようにしているのは
誰であるかと問え」と仰せになりました。
     
故問賜之時。 かれ問ひたまふ時に、 そこで問われる時に
答白。 答へ白さく、 答え申されるには、
僕者國神。 「僕は國つ神、 「わたくしは國の神で
名猿田毘古神也。 名は猿田さるだ毘古の神なり。 サルタ彦の神という者です。
所以出居者。 出で居る所以ゆゑは、  
聞天神御子
天降坐
故仕奉御前而。
天つ神の御子
天降りますと聞きしかば、
御前みさきに仕へまつらむとして、
天の神の御子みこが
お降りになると聞きましたので、
御前みまえにお仕え申そうとして
參向之侍。 まゐ向ひ侍さもらふ」とまをしき。 出迎えております」と申しました。
     

三種の神器

     

天兒屋命。
 ここに
天あめの兒屋こやねの命、
 かくて
アメノコヤネの命・
布刀玉命。 布刀玉ふとだまの命、 フトダマの命・
天宇受賣命。 天の宇受賣の命、 アメノウズメの命・
伊斯許理度賣命。 伊斯許理度賣いしこりどめの命、 イシコリドメの命・
玉祖命。 玉たまの祖おやの命、 タマノオヤの命、
并五伴緒矣。 并せて五伴いつともの緒をを 合わせて五部族の神を
支加而。 支あかち加へて、 副えて
天降也。 天降あもらしめたまひき。 天から降らせ申しました。
     
於是副賜
其遠岐斯
〈此三字以音〉
 ここに
その招をぎし
この時に
先さきに天あめの石戸いわとの前で
天照らす大神をお迎えした
八尺勾璁鏡。 八尺やさかの勾璁まがたま、鏡、 大きな勾玉まがたま、鏡
及草那藝劔。 また草薙くさなぎの劒、 また草薙くさなぎの劒、
亦常世思金神。 また常世とこよの思金の神、 及びオモヒガネの神・
手力男神。 手力男たぢからをの神、 タヂカラヲの神・
天石門別神
而詔者。
天の石門別いはとわけの神を
副へ賜ひて詔のりたまはくは、
アメノイハトワケの神を
お副そえになつて仰せになるには、
此之鏡者。 「これの鏡は、 「この鏡こそは
專爲我御魂而。 もはら我あが御魂として、 もつぱらわたしの魂たましいとして、
如拜吾前。 吾が御前を拜いつくがごと、 わたしの前を祭るように
伊都岐奉。 齋いつきまつれ。 お祭り申し上げよ。
次思金神者。 次に思金の神は、 次つぎにオモヒガネの神は
取持前事。 前みまへの事ことを取り持ちて、 わたしの御子みこの治められる
爲政。 政まつりごとまをしたまへ」
とのりたまひき。
種々いろいろのことを取り扱つて
お仕え申せ」と仰せられました。
     
此二柱神者。  この二柱の神は、 この二神は
拜祭
佐久久斯侶。
伊須受能宮。
〈自佐至能以音〉
拆く釧くしろ
五十鈴いすずの宮に
拜いつき祭る。
伊勢神宮に
お祭り申し上げております。
     
次登由宇氣神。
此者坐外宮之
度相神者也。
次に登由宇氣とゆうけの神、
こは外とつ宮の
度相わたらひにます神なり。
なお伊勢神宮の外宮げくうには
トヨウケの神を祭つてあります。
     
次天石戶別神。 次に天の石戸別いはとわけの神、 次にアメノイハトワケの神は
亦名謂櫛石窓神。 またの名はくしいはまどの神といひ、 またの名はクシイハマドの神、
亦名謂豐石窓神。 またの名は豐とよいはまどの神といふ。 またトヨイハマドの神といい、
此神者。 この神は この神は
御門之神也。 御門みかどの神なり。 御門の神です。
     
次手力男神者。 次に手力男の神は、 タヂカラヲの神は
坐佐那那縣也。 佐那さなの縣あがたにませり。 サナの地においでになります。
故其
天兒屋命者。
〈中臣連等之祖〉
 かれその
天の兒屋の命は、
中臣の連等が祖。
このアメノコヤネの命は
中臣なかとみの連等むらじらの祖先、
布刀玉命者。
〈忌部首等之祖〉
布刀玉の命は、
忌部の首等おびとらが祖。
フトダマの命は
忌部いみべの首等おびとらの祖先、
天宇受賣命者。
〈猿女君等之祖〉
天の宇受賣の命は
猿女さるめの君等が祖。
ウズメの命は
猿女さるめの君等きみらの祖先、
伊斯許理度賣命者。
〈作鏡連等之祖〉
伊斯許理度賣の命は、
鏡作の連等が祖。
イシコリドメの命は
鏡作かがみつくりの連等の祖先、
玉祖命者。
〈玉祖連等之祖〉
玉の祖の命は、
玉の祖の連等が祖なり。
タマノオヤの命は
玉祖たまのおやの連等の祖先であります。
     

天孫降臨

     
故爾(詔)
天津日子番能
邇邇藝命(而)。
 かれここに
天の日子番の
邇邇藝の命、
 そこで
アマツヒコホノ
ニニギの命に仰せになつて、
離天之石位。 天の石位いはくらを離れ、 天上の御座を離れ、
押分
天之八重多那
〈此二字以音〉
雲而。
天の八重多那雲
やへたなぐも
を押し分けて、
八重やえ立つ雲を
押し分けて
伊都能知
和岐知
和岐弖。
〈自伊以下
十字以音〉
稜威いつの道ち
別き道
別きて、
勢いよく
道を押し分け、
於天浮橋。 天の浮橋に、 天からの階段によつて、
宇岐士摩理。 浮きじまり、 下の世界に
浮洲うきすがあり、
蘇理
多多斯弖。
〈自宇以下
十一字亦以音〉
そり
たたして、
それに
お立たちになつて、
天降坐于
竺紫日向之。
高千穗之
久士布流多氣。
〈自久以下
六字以音〉
竺紫つくしの
日向ひむかの
高千穗の
靈くじふる峰たけに
天降あもりましき。
遂ついに筑紫つくしの
東方とうほうなる
高千穗たかちほの
尊い峰に
お降くだり申さしめました。
     
故爾天忍日命。  かれここに
天の忍日おしひの命
ここに
アメノオシヒの命と
天津久米命。 天あまつ久米くめの命 アマツクメの命と
二人。 二人ふたり、 二人が
取負
天之石靫。
天の石靫いはゆきを
取り負ひ、
石の靫ゆきを負い、
取佩
頭椎之大刀。
頭椎くぶつちの
大刀を取り佩き、
頭あたまが瘤こぶになつている
大刀たちを佩はいて、
取持
天之波士弓。
天の波士弓はじゆみ
を取り持ち、
強い弓を持ち
手挾
天之眞鹿兒矢。
天の眞鹿兒矢まかごや
を手挾たばさみ、
立派な矢を挾んで、
立御前而
仕奉。
御前みさきに立ちて
仕へまつりき。
御前みまえに立つて
お仕え申しました。
     
故其天忍日命。
〈此者。
大伴連等之祖〉
かれその天の忍日の命、
こは大伴おほともの
連むらじ等が祖。
このアメノオシヒの命は
大伴おおともの
連等むらじらの祖先、
天津久米命。
〈此者
久米直等之祖也〉
天つ久米の命、
こは久米の直等が祖なり。
アマツクメの命は
久米くめの直等あたえらの
祖先であります。
     
於是詔之。  ここに詔りたまはく、  ここに仰せになるには
此地者向韓國。 「此地ここは韓國に向ひ 「この處は海外に向つて、
眞來通
笠紗之御前而。
笠紗かささの御前みさきに
ま來通りて、
カササの御埼みさきに
行ゆき通つて、
朝日之直刺國。 朝日の直ただ刺さす國、 朝日の照り輝かがやく國、
夕日之日照國也。 夕日の日照ひでる國なり。 夕日の輝かがやく國である。
故此地
甚吉地。
かれ此地ここぞ
いと吉き地ところ」
此處こそは
たいへん吉い處ところである」
詔而。 と詔りたまひて、 と仰せられて、
於底津石根。 底つ石根に 地の下したの石根いわねに
宮柱布斗斯理。 宮柱太しり、 宮柱を壯大そうだいに立て、
於高天原。 高天の原に 天上に
氷椽多迦斯理
而坐也。
氷椽ひぎ高しりて
ましましき。
千木ちぎを高く上げて
宮殿を御造營遊ばされました。
     

猿女の君

     
故爾詔
天宇受賣命。
 かれここに
天の宇受賣の命に
詔りたまはく、
 ここに
アメノウズメの命に
仰せられるには、
此立御前所
仕奉。
「この御前に立ちて
仕へまつれる
「この御前に立つて
お仕え申し上げた
猿田毘古大神者。 猿田さるた毘古の大神は、 サルタ彦の大神を、
專所顯申之汝。
送奉。
もはら顯し申せる汝
いまし送りまつれ。
顯し申し上げたあなたが
お送り申せ。
亦其神御名者。 またその神の御名は、 またその神のお名前は
汝負仕奉。 汝いまし負ひて仕へまつれ」
とのりたまひき。
あなたが受けてお仕え申せ」
と仰せられました。
     
是以
猿女君等。
ここを以ちて
猿女さるめの君等、
この故に
猿女さるめの君等は
負其
猿田毘古之
男神名而。
その猿田毘古の
男神の名を
負ひて、
そのサルタ彦の
男神の名を
繼いで
女呼
猿女君之事
是也。
女をみなを
猿女の君と
呼ぶ事これなり。
女を
猿女の君
というのです。
     
故其
猿田毘古神。
かれ
その猿田毘古の神、
そのサルタ彦の神は
坐阿邪訶
〈此三字
以音地名〉時。
阿耶訶
あざかに
坐しし時に、
アザカに
おいでになつた時に、
爲漁而。 漁すなどりして、 漁すなどりをして
於比良夫貝。
〈自比至夫以音〉
比良夫ひらぶ貝に ヒラブ貝に
其手見咋合而。 その手を咋ひ合はさえて 手を咋くい合わされて
沈溺海鹽。 海水うしほに溺れたまひき。 海水に溺れました。
     
故其沈居
底之時名。
かれその底に
沈み居たまふ時の名を、
その海底に
沈んでおられる時の名を
謂底度久御魂。
〈度久
二字以音〉
底そこどく御魂みたまといひ、 底につく御魂みたまと申し、
其海水之
都夫多都時名。
その海水の
つぶたつ時の名を、
海水に
つぶつぶと泡が立つ時の名を

都夫多都
御魂。
〈自都下四字以音〉
つぶ立つ
御魂みたまといひ、
粒立つぶたつ
御魂と申し、
其阿和佐久時名。 その沫あわ咲く時の名を、 水面に出て泡が開く時の名を
謂阿和佐久御魂。
〈自阿至久以音〉
あわ咲く御魂みたまといふ。 泡咲あわさく御魂と申します。
     

天宇受賣命(天のウズメ)

     
於是送
猿田毘古神而。
 ここに
猿田毘古の神を送りて、
 ウズメの命は
サルタ彦の神を送つてから
還到。 還り到りて、 還つて來て、
乃悉追聚
鰭廣物
鰭狹物以。
問言
すなはち悉に
鰭はたの廣物
鰭の狹さ物を
追ひ聚めて問ひて曰はく、
悉く
大小樣々の
魚どもを集めて、
汝者
天神御子
仕奉耶
之時。
「汝いましは
天つ神の御子に
仕へまつらむや」
と問ふ時に、
「お前たちは
天の神の御子に
お仕え申し上げるか、どうですか」
と問う時に、
諸魚。
皆仕奉
白之中。
諸の魚どもみな
「仕へまつらむ」
とまをす中に、
魚どもは皆
「お仕え申しましよう」
と申しました中に、
海鼠
不白。
海鼠こ
白さず。
海鼠なまこだけが
申しませんでした。
     
爾天宇受賣命。 ここに天の宇受賣の命、 そこでウズメの命が
謂海鼠。 海鼠こに謂ひて、 海鼠に言うには、
云此口乎。
不答之口而。
「この口や
答へせぬ口」といひて、
「この口は
返事をしない口か」と言つて
以紐小刀。 紐小刀ひもがたな以ちて 小刀かたなで
拆其口。 その口を拆さきき。 その口を裂さきました。
故於今
海鼠口拆也。
かれ今に
海鼠の口拆さけたり。
それで今でも
海鼠の口は裂けております。
     
是以
御世。
ここを以ちて、
御世みよみよ、
かようの次第で、
御世みよごとに
嶋之
速贄
獻之時。
島の
速贄はやにへ
獻る時に、
志摩しまの國から
魚類の貢物みつぎものを
獻たてまつる時に

猿女君等也。
猿女の君等に
給ふなり。
猿女の君等に
下くだされるのです。
     

木花之佐久夜毘賣

     
於是
天津
日高日子番能
邇邇藝能命。
 ここに
天あまつ
日高日子番ひこひこほの
邇邇藝ににぎの命、
 さて
ヒコホノ
ニニギの命は、
於笠紗御前。 笠紗かささの御前みさきに、 カササの御埼みさきで
遇麗美人。 麗かほよき美人をとめに
遇ひたまひき。
美しい孃子おとめに
お遇いになつて、
爾問誰女。 ここに、
「誰が女ぞ」と問ひたまへば、
「どなたの女子むすめごですか」
とお尋ねになりました。
答白之。 答へ白さく、  
大山津見神之女。 「大山津見
おほやまつみの神の女、
そこで「わたくしは
オホヤマツミの神の女むすめの
名神阿多都比賣。
〈此神名以音〉
名は神阿多都
かむあたつ比賣。
 
亦名謂
木花之
佐久夜毘賣。
〈此五字以音〉
またの名は
木この花はなの
佐久夜さくや毘賣とまをす」
とまをしたまひき。
木この花の
咲さくや姫です」
と申しました。
     
又問
有汝之兄弟乎。
また「汝が兄弟はらからありや」
と問ひたまへば
また「兄弟がありますか」
とお尋ねになつたところ、
答白
我姉
石長比賣在也。
答へ白さく、
「我が姉
石長いはなが比賣あり」
とまをしたまひき。
「姉に
石長姫いわながひめがあります」
と申し上げました。
     
爾詔。 ここに詔りたまはく、 依つて仰せられるには、
吾欲目合汝
奈何。
「吾、汝に目合まぐはひせむ
と思ふはいかに」
とのりたまへば
「あなたと結婚けつこんをしたい
と思うが、どうですか」
と仰せられますと、
答白
僕不得白。
答へ白さく、
「僕あはえ白さじ。
「わたくしは何とも申し上げられません。
僕父
大山津見神
將白。
僕が父
大山津見の神ぞ白さむ」
とまをしたまひき。
父の
オホヤマツミの神が申し上げるでしよう」
と申しました。
     
石長比賣    
     
故乞遣
其父
大山津見神之時。
かれその父
大山津見の神に
乞ひに遣はしし時に、
依つてその父
オホヤマツミの神に
お求めになると、
大歡喜而。 いたく歡喜よろこびて、 非常に喜んで
副其姉
石長比賣。
その姉
石長いはなが比賣を副へて、
姉の
石長姫いわながひめを副えて、
令持百取
机代之物
奉出。
百取ももとりの
机代つくゑしろの物を
持たしめて奉り出だしき。
澤山の
獻上物を持たせて
奉たてまつりました。
     
故爾其姉者。 かれここにその姉は、 ところがその姉は
因甚凶醜。 いと醜みにくきに因りて、 大變醜かつたので
見畏而返送。 見畏かしこみて、返し送りたまひて、 恐れて返し送つて、
唯留其弟
木花之
佐久夜毘賣以。
ただその弟おと
木この花はなの
佐久夜さくや賣毘を留めて、
妹の
木の花の
咲くや姫だけを留とめて
一宿爲婚。 一宿ひとよ婚みとあたはしつ。 一夜お寢やすみになりました。
     
爾大山津見神。 ここに大山津見の神、 しかるにオホヤマツミの神は
因返
石長比賣而。
石長いはなが比賣を
返したまへるに因りて、
石長姫を
お返し遊ばされたのによつて、
大恥。 いたく恥ぢて、 非常に恥じて
白送言。 白し送りて言まをさく、 申し送られたことは、
我之女
二並立奉由者。
「我あが女
二人ふたり竝べたてまつれる由ゆゑは、
「わたくしが
二人を竝べて奉つたわけは、
使石長比賣者。 石長比賣を使はしては、 石長姫をお使いになると、
天神御子之命。 天つ神の御子の命みいのちは、 天の神の御子みこの御壽命は
雖雨零風吹。 雪零ふり風吹くとも、 雪が降り風が吹いても
恆如石而。 恆に石いはの如く、 永久に石のように
常堅
不動坐。
常磐ときはに堅磐かきはに
動きなくましまさむ。
堅實に
おいでになるであろう。
亦使
木花之
佐久夜毘賣者。
また
木この花はなの
佐久夜さくや毘賣を使はしては、
また
木の花の
咲くや姫をお使いになれば、
如木花之榮。 木の花の榮ゆるがごと
榮えまさむと、
木の花の榮えるように
榮えるであろうと
榮坐宇氣比弖
〈自宇下
四字以音〉
貢進。
誓うけひて
貢進たてまつりき。
誓言をたてて
奉りました。
     
此令返
石長比賣而。
ここに今
石長いはなが比賣を返さしめて、
しかるに今
石長姫を返して
獨留
木花之佐久夜毘賣故。
木この花はなの佐久夜さくや毘賣を
ひとり留めたまひつれば、
木の花の咲くや姫を
一人お留めなすつたから、
天神御子之御壽者。 天つ神の御子の御壽みいのちは、 天の神の御子の御壽命は、
木花之
阿摩比能微
〈此五字以音〉坐。
木の花の
あまひのみ
ましまさむとす」とまをしき。
木の花のように
もろくおいでなさる
ことでしよう」と申しました。
     
故是以至于今。 かれここを以ちて今に至るまで、 こういう次第で、
天皇命等之御命
不長也。
天皇すめらみことたちの御命
長くまさざるなり。
今日に至るまで天皇の御壽命が
長くないのです。
     

昨夜の孕み

     
故後
木花之
佐久夜毘賣。
 かれ後に
木この花はなの
佐久夜さくや毘賣、
 かくして後に
木の花の
咲くや姫が參り出て申すには、
參出白。 まゐ出て白さく、  
     
妾妊身。 「妾あは
妊はらみて、
「わたくしは
姙娠にんしんしまして、
今臨產時。 今産こうむ時になりぬ。 今子を産む時になりました。
是天神之御子。 こは天つ神の御子、 これは天の神の御子ですから、
私不可產。 私ひそかに
産みまつるべきにあらず。
勝手にお生み
申し上あぐべきではございません。
故請。 かれ請まをす」
とまをしたまひき。
そこでこの事を申し上げます」
と申されました。
     
爾詔。 ここに詔りたまはく、 そこで命が仰せになつて言うには、
佐久夜毘賣。 「佐久夜毘賣、 「咲くや姫よ、
一宿哉妊。 一宿ひとよにや妊める。 一夜で姙はらんだと言うが、
是非我子。 こは我が子にあらじ。  
必國神之子。 かならず國つ神の子にあらむ」
とのりたまひき。
國の神の子ではないか」
と仰せになつたから、
     
爾答白。 ここに答へ白さく、  
吾妊之子。 「吾が妊める子、 「わたくしの姙んでいる子が
若國神之子者。 もし國つ神の子ならば、 國の神の子ならば、
產不幸。 産こうむ時幸さきくあらじ。 生む時に無事でないでしよう。
若天神之
御子者幸。
もし天つ神の御子にまさば、
幸くあらむ」とまをして、
もし天の神の御子でありましたら、
無事でありましよう」と申して、
即作無戶八尋殿。 すなはち戸無し八尋殿を作りて、 戸口の無い大きな家を作つて
入其殿内。 その殿内とのぬちに入りて、 その家の中におはいりになり、
以土塗塞而。 土はにもちて塗り塞ふたぎて、 粘土ねばつちですつかり塗りふさいで、
方產時。 産む時にあたりて、 お生みになる時に當つて
以火著其殿
而產也。
その殿に火を著けて
産みたまひき。
その家に火をつけて
お生みになりました。
     

ホデリとホオリの物語

火照と火遠理

     
故其火盛燒時 かれその火の盛りに燃もゆる時に、 その火が眞盛まつさかりに燃える時に
所生之子名火照命。
〈此者隼人阿多君之祖〉
生あれませる子の名は、
火照ほでりの命
(こは隼人阿多の君の祖なり)
お生まれになつた御子は
ホデリの命で、
これは隼人等はやとらの祖先です。
     
次生子名火須勢理命。
〈須勢理三字以音〉
次に生れませる子の名は
火須勢理ほすせりの命、
次にお生まれになつた御子は
ホスセリの命、
     
次生子御名
火遠理命。
次に生れませる子の御名は
火遠理ほをりの命、
次にお生まれになつた御子は
ホヲリの命、
亦名
天津日高日子
穗穗手見命。
またの名は
天あまつ日高日子ひこひこ
穗穗出見ほほでみの命
またの名は
アマツヒコヒコ
ホホデミの命でございます。
〈三柱〉 三柱。  
     

海佐知と山佐知

     
故火照命者。  かれ火照ほでりの命は、  ニニギの命の御子のうち、
ホデリの命は
爲海佐知毘古
〈此四字以音
下效此〉而。
海佐知
うみさち毘古として、
海幸彦
うみさちびことして、

鰭廣物。
鰭狹物。
鰭はたの廣物
鰭の狹さ物を取り、
海のさまざまの魚を
お取りになり、
     
火遠理命者。 火遠理ほをりの命は ホヲリの命は
爲山佐知毘古
而。
山佐知
やまさち毘古として、
山幸彦として

毛麁物
毛柔物。
毛の麁あら物
毛の柔にこ物を
取りたまひき。
山に住む
鳥獸の類を
お取りになりました。
     

サシカエ(幸替え)

     
爾火遠理命。 ここに火遠理ほをりの命、 ところでホヲリの命が
謂其兄
火照命。
その兄いろせ
火照ほでりの命に、
兄君
ホデリの命に、
各相易
佐知欲用。
「おのもおのも
幸易かへて用ゐむ」
と謂いひて、
「お互に道具えものを
取り易かえて使つて見よう」
と言つて、
三度雖乞。 三度乞はししかども、 三度乞われたけれども
不許。 許さざりき。 承知しませんでした。
然遂
纔得相易。
然れども遂に
わづかにえ易へたまひき。
しかし最後にようやく
取り易えることを承諾しました。
     
爾火遠理命。 ここに火遠理ほをりの命、 そこでホヲリの命が
以海佐知
釣魚。
海幸をもちて
魚な釣らすに、
釣道具を持つて
魚をお釣りになるのに、
都不得魚。 ふつに一つの魚だに得ず、 遂に一つも得られません。
     
亦其鉤
失海。
またその鉤つりばりをも
海に失ひたまひき。
その鉤はりまでも
海に失つてしまいました。
     

カエサジ

     
於是其兄火照命。 ここにその兄いろせ火照の命 ここにその兄のホデリの命が
乞其鉤曰。 その鉤を乞ひて、 その鉤を乞うて、
山佐知母。己之佐知佐知。 「山幸もおのが幸幸。 「山幸やまさちも自分の幸さちだ。
海佐知母。已之佐知佐知。 海幸もおのが幸幸。 海幸うみさちも自分の幸さちだ。
今各謂返佐知之時。
〈佐知二字以音〉
今はおのもおのも幸返さむ」
といふ時に、
やはりお互に幸さちを返そう」
と言う時に、
     
其弟
火遠理命答曰。
その弟いろと
火遠理の命答へて曰はく、
弟の
ホヲリの命が仰せられるには、
汝鉤者。 「汝みましの鉤は、 「あなたの鉤は
釣魚
不得一魚。
魚釣りしに
一つの魚だに得ずて、
魚を釣りましたが、
一つも得られないで
遂失海。 遂に海に失ひつ」
とまをしたまへども、
遂に海でなくしてしまいました」
と仰せられますけれども、
然其兄
強乞徴。
その兄
強あながちに
乞ひ徴はたりき。
なおしいて
乞い徴はたりました。
     
故其弟 かれその弟、 そこで弟が
破御佩之十拳劔。 御佩しの十拳の劒を破りて、 お佩びになつている長い劒を破つて、
作五百鉤。 五百鉤いほはりを作りて、 五百の鉤を作つて
雖償不取。 償つぐのひたまへども、取らず、 償つぐなわれるけれども取りません。
亦作一千鉤。 また一千鉤ちはりを作りて、 また千の鉤を作つて
雖償不受。 償ひたまへども、受けずして、 償われるけれども受けないで、

「猶欲得其正本鉤」
「なほその本の鉤を得む」
といひき。
「やはりもとの鉤をよこせ」
と言いました。
     

鹽椎神

     
於是其弟。  ここにその弟、  そこでその弟が
泣患居
海邊之時。
泣き患へて
海邊うみべたにいましし時に、
海邊に出て
泣き患うれえておられた時に、
鹽椎神
來問曰。
鹽椎しほつちの神
來て問ひて曰はく、
シホツチの神が
來て尋ねるには、

虛空津日高之
泣患所由。
「何いかにぞ
虚空津日高そらつひこの
泣き患へたまふ所由ゆゑは」
と問へば、
「貴い御子樣みこさまの
御心配なすつていらつしやるのは
どういうわけですか」
と問いますと、
     
答言。 答へたまはく、 答えられるには、
我與兄易鉤而。 「我、兄と鉤つりばりを易へて、 「わたしは兄と鉤を易えて
失其鉤。 その鉤を失ひつ。 鉤をなくしました。
是乞其鉤
故雖償多鉤
不受。
ここにその鉤を乞へば、
多あまたの鉤を償へども、
受けずて、
しかるに鉤を求めますから
多くの鉤を償つぐないましたけれども
受けないで、
云猶欲得
其本鉤。
なほその本の鉤を得むといふ。 もとの鉤をよこせと言います。
故泣患之。 かれ泣き患ふ」
とのりたまひき。
それで泣き悲しむのです」
と仰せられました。
     

綿津見の宮

     
爾鹽椎神。 ここに鹽椎の神、 そこでシホツチの神が
云我爲汝命。 「我、汝が命のために、 「わたくしが今あなたのために
作善議。 善き議たばかりせむ」
といひて、
謀はかりごとを廻めぐらしましよう」
と言つて、
即造
无間勝間之
小船。
すなはち
間まなし勝間かつまの
小船を造りて、
隙間すきまの無い籠の
小船を造つて、
載其船以
教曰。
その船に載せまつりて、
教へてまをさく、
その船にお乘せ申し上げて
教えて言うには、
我押流
其船者。
「我、この船を
押し流さば、
「わたしがその船を
押し流しますから、
差暫往。 やや暫しましいでまさば、 すこしいらつしやい。
將有味御路。 御路みちあらむ。 道みちがありますから、
乃乘其道
往者。
すなはちその道に
乘りていでましなば、
その道の
通りにおいでになると、
如魚鱗所
造之宮室。
魚鱗いろこのごと
造れる宮室みや、
魚の鱗うろこのように
造つてある宮があります。
其綿津見神之宮
者也。
それ綿津見
わたつみの神の宮なり。
それが
海神の宮です。
     

其神御門者。
その神の御門に
到りたまはば、
その御門ごもんの處に
おいでになると、
傍之井上
有湯津香木。
傍の井の上に
湯津香木ゆつかつらあらむ。
傍そばの井の上に
りつぱな桂の木がありましよう。
故坐其木上者。 かれその木の上にましまさば、 その木の上においでになると、
其海神之女。 その海わたの神の女、 海神の女が
見相議者也。
〈訓香木云加都良〉
見て議はからむものぞ」
と教へまつりき。
見て何とか致しましよう」と、
お教え申し上げました。
     

豐玉毘賣命

     
故隨教少行。  かれ教へしまにまに、
少し行いでましけるに、
 依よつて教えた通り、
すこしおいでになりましたところ、
備如其言。 つぶさにその言の如くなりき。 すべて言つた通りでしたから、
即登其香木
以坐。
すなはちその香木に
登りてまします。
その桂の木に
登つておいでになりました。
     
爾海神之女。 ここに海わたの神の女 ここに海神の女むすめの
豐玉毘賣之
從婢。
豐玉毘賣とよたまびめの
從婢まかだち、
トヨタマ姫の
侍女が
持玉器
將酌水之時。
玉器たまもひを持ちて、
水酌まむとする時に、
玉の器を持つて、
水を汲くもうとする時に、
於井有光。 井に光かげあり。 井に光がさしました。
     
仰見者。 仰ぎ見れば、 仰いで見ると
有麗壯夫。
〈訓壯夫云
遠登古。
下效此〉
麗うるはしき
壯夫
をとこあり。
りつぱな男がおります。
     
以爲甚異奇。 いと奇あやしとおもひき。 不思議に思つていますと、
爾火遠理命。 ここに火遠理の命、 ホヲリの命が、
見其婢。 その婢まかだちを見て、 その侍女に、
乞欲得水。 「水をたまへ」と乞ひたまふ。 「水を下さい」と言われました。
     
婢乃酌水。 婢すなはち水を酌みて、 侍女がそこで水を汲くんで
入玉器
貢進。
玉器たまもひに入れて
貢進たてまつる。
器に入れてあげました。
爾不飮水。 ここに水をば飮まさずして、 しかるに水をお飮みにならないで、
解御頸之璵。 御頸の
璵たまを解かして、
頸くびにお繋けになつていた
珠をお解きになつて
含口。 口に含(ふふ)みて 口に含んで
唾入
其玉器。
その玉器に
唾つばき入いれたまひき。
その器に
お吐き入れなさいました。
     
於是其
璵著器。
ここに
その璵器もひに著きて、
しかるに
その珠が器について、
婢不得離璵。 婢璵を
え離たず、
女が珠を
離すことが出來ませんでしたので、
故璵任著以。 かれ著きながらにして ついたままに
進豐玉毘賣命。 豐玉毘賣の命に進りき。 トヨタマ姫にさし上げました。
     
爾見其璵。 ここにその璵を見て そこでトヨタマ姫が珠を見て、
問婢曰。 婢に問ひて曰く、 女に
若人有
門外哉。
「もし門かどの外とに人ありや」
と問ひしかば、
「門の外に人がいますか」
と尋ねられましたから、
答曰。 答へて曰はく、  
有人坐。
我井上香木之上。
「我が井の上の香木の上に
人います。
「井の上の桂の上に
人がおいでになります。
甚麗壯夫也。 いと麗しき壯夫なり。 それは大變りつぱな男でいらつしやいます。
益我王而甚貴。 我が王にも益りていと貴し。 王樣にも勝まさつて尊いお方です。
故其人。 かれその人 その人が
乞水故。 水を乞はしつ。 水を求めましたので、
奉水者。 かれ水を奉りしかば、 さし上げましたところ、
不飮水。 水を飮まさずて、 水をお飮みにならないで、
唾入此璵。 この璵を唾き入れつ。 この珠を吐き入れましたが、
是不得離故。 これえ離たざれば、 離せませんので
任入
將來而獻。
入れしまにま
將もち來て獻る」
とまをしき。
入れたままに
持つて來てさし上げたのです」
と申しました。
     

三年滞在

     
爾豐玉毘賣命
思奇。
ここに豐玉毘賣の命、
奇しと思ほして、
そこでトヨタマ姫が
不思議にお思いになつて、
出見。 出で見て 出て見て
乃見感。 見感めでて、 感心して、
目合而。 目合まぐはひして、 そこで顏を見合つて、
白其父曰。 その父に、白して曰はく、 父に
吾門有麗人。 「吾が門に麗しき人あり」
とまをしたまひき。
「門の前にりつぱな方がおります」
と申しました。
     
爾海神自出見。 ここに海わたの神みづから出で見て、 そこで海神が自分で出て見て、
云此人者。 「この人は、 「これは
天津日高之御子。 天つ日高の御子、 貴い御子樣だ」と言つて、
虛空津日高矣。 虚空つ日高なり」といひて、  
即於内率入而。 すなはち内に率て入れまつりて、 内にお連れ申し上げて、
美智皮之
疊敷八重。
海驢みちの皮の
疊八重を敷き、
海驢あじかの皮
八枚を敷き、
亦絁疊八重。 また絁きぬ疊八重を その上に絹きぬの敷物を八枚
敷其上。 その上に敷きて、 敷いて、
坐其上而。 その上に坐ませまつりて、 御案内申し上げ、
具百取
机代物。
百取の
机代つくゑしろの物を具へて、
澤山の
獻上物を具えて
爲御饗。 御饗みあへして、 御馳走して、
即令婚
其女豐玉毘賣。
その女豐玉とよたま毘賣に
婚あはせまつりき。
やがてその女トヨタマ姫を
差し上げました。
     
故至三年 かれ三年に至るまで、 そこで三年になるまで、
住其國。 その國に住みたまひき。 その國に留まりました。
     

大きいな嘆き=大胆

     
於是
火遠理命。
 ここに
火遠理の命、
 ここに
ホヲリの命は
思其初事而。 その初めの事を思ほして、 初めの事をお思いになつて
大一歎。 大きなる歎なげき一つしたまひき。 大きな溜息をなさいました。
     
故豐玉毘賣命。 かれ豐玉とよたま毘賣の命、 そこでトヨタマ姫が
聞其歎以。 その歎を聞かして、 これをお聞きになつて
白其父言。 その父に白して言はく、 その父に申しますには、
三年雖住。 「三年住みたまへども、 「あの方は
三年お住みになつていますが、

無歎。
恆は
歎かすことも無かりしに、
いつも
お歎きになることもありませんですのに、
今夜
爲大一歎。
今夜こよひ
大きなる歎一つしたまひつるは、
今夜
大きな溜息を一つなさいましたのは
若有何由故。 けだしいかなる由かあらむ」
とまをしき。
何か仔細がありましようか」
と申しましたから、
     
其父大神。 かれ、その父の大神、 その父の神樣が
問其聟夫曰。 その聟の夫に問ひて曰はく、 聟の君に問われるには、
今旦聞
我女之語。
「今旦けさ
我が女の語るを聞けば、
「今朝
わたくしの女の語るのを聞けば、
云三年雖坐。 三年坐しませども、 三年おいでになるけれども
恆無歎。 恆は歎かすことも無かりしに、 いつもお歎きになることも無かつたのに、
今夜爲大歎。 今夜大きなる歎したまひつ
とまをす。
今夜大きな溜息を一つなさいました
と申しました。
若有由哉。 けだし故ありや。 何かわけがありますか。
亦到
此間之
由奈何。
また此間ここに來ませる
由はいかに」
と問ひまつりき。
また此處においでになつた
仔細はどういう事ですか」
とお尋ね申しました。
     
爾語其大神。 ここにその大神に語りて、 依つてその大神に
備如其兄罰失
鉤之状。
つぶさにその兄の失せにし
鉤を徴はたれる状の如語りたまひき。
詳しく、兄が無くなつた
鉤はりを請求する有樣を語りました。
     

鯛の喉=居タイ(帰りたくない)

     
是以海神。 ここを以ちて海の神、 そこで海の神が
悉召集
海之大小魚。
悉に鰭の廣物鰭の狹物を
召び集へて問ひて曰はく、
海中の魚を
大小となく悉く集めて、
問曰。
若有取此鉤魚乎。
「もしこの鉤を取れる魚ありや」
と問ひき。
「もしこの鉤を取つた魚があるか」
と問いました。
     

諸魚白之。
かれ
諸の魚ども白さく、
ところが
その多くの魚どもが申しますには、
頃者。 「このごろ 「この頃
赤海鯽魚。 赤海鯽魚たひぞ、 鯛たいが
於喉鯁。 喉のみとに鯁のぎありて、 喉のどに骨をたてて
物不得食愁言故。 物え食はずと愁へ言へる。 物が食えないと言つております。
必是取。 かれかならずこれが取りつらむ」
とまをしき。
きつとこれが取つたのでしよう」
と申しました。
     

探した鉤=逆下針

     
於是探
赤海鯽魚之喉者。
ここに赤海鯽魚の喉を
探りしかば、
そこで鯛の喉を
探りましたところ、
有鉤。 鉤あり。 鉤があります。
     
即取出而。 すなはち取り出でて そこで取り出して
清洗。 清洗すすぎて、 洗つて
奉火遠理命之時。 火遠理の命に奉る時に、 ホヲリの命に獻りました時に、
其綿津見大神。 その綿津見の大神 海神が
誨曰之。 誨をしへて曰さく、 お教え申し上げて言うのに、
以此鉤。 「この鉤を 「この鉤を
給其兄時。 その兄に給ふ時に、 兄樣にあげる時には、
言状者。 のりたまはむ状は、  
此鉤者。 この鉤は、 この鉤は
淤煩鉤。 淤煩鉤おばち、 貧乏鉤
びんぼうばりの
悲しみ鉤ばりだ
須須鉤。 須須鉤すすち、
貧鉤。 貧鉤まぢち、
宇流鉤。 宇流鉤うるち
云而。 といひて、 と言つて、
〈於煩及
須須亦
宇流
六字以音〉
   
於後手賜。 後手しりへでに
賜へ。
うしろ向きに
おあげなさい。
     
然而。 然して そして
其兄
作高田者。
その兄
高田あげだを作らば、
兄樣が
高い所に田を作つたら、
汝命
營下田。
汝が命は
下田くぼだを營つくりたまへ。
あなたは
低い所に田をお作りなさい。
其兄
作下田者。
その兄
下田を作らば、
兄樣が
低い所に田を作つたら、
汝命
營高田。
汝が命は
高田を營りたまへ。
あなたは
高い所に田をお作りなさい。
     
爲然者。 然したまはば、 そうなすつたら

掌水故
三年之間。

水を掌しれば、
三年の間に
わたくしが
水を掌つかさどつておりますから、
三年の間に
必其兄貧窮。 かならずその兄貧しくなりなむ。 きつと兄樣が貧しくなるでしよう。
     
若恨怨
其爲然之事而。
もしそれ
然したまふ事を恨みて
もし
このようなことを恨んで
攻戰者。 攻め戰はば、 攻め戰つたら、
出鹽盈珠
而溺。
鹽しほ盈みつ珠たまを
出して溺らし、
潮しおの滿みちる珠を
出して溺らせ、
若其
愁請者。
もしそれ
愁へまをさば、
もし
大變にあやまつて來たら、
出鹽乾珠
而活。
鹽しほ乾ふる珠たまを
出して活いかし、
潮しおの乾ひる珠を
出して生かし、
如此令
惚苦云。
かく惚苦たしなめたまへ」
とまをして、
こうしてお苦しめなさい」
と申して、
     

鹽盈珠。
鹽盈つ珠 潮の滿ちる珠
鹽乾珠。 鹽乾る珠 潮の乾る珠、
并兩箇。 并せて兩箇ふたつを
授けまつりて、
合わせて二つを
お授け申し上げて、
     
即悉
召集和邇魚
問曰。
すなはち悉に
鰐どもをよび集へて、
問ひて曰はく、
悉く
鰐わにどもを呼び集め
尋ねて言うには、
今天津日高之御子。 「今天つ日高の御子 「今天の神の御子の
虛空津日高。 虚空つ日高、 日ひの御子樣みこさまが
爲將出幸
上國。
上うはつ國くにに
幸いでまさむとす。
上の國に
おいでになろうとするのだが、
誰者。 誰は お前たちは
幾日送奉而。 幾日に送りまつりて、 幾日にお送り申し上げて
覆奏。 覆かへりごと奏まをさむ」と問ひき。 御返事するか」と尋ねました。
     

佐比持神=一尋和邇

     
故各隨己
身之尋長。
かれおのもおのもおのが
身の尋長たけのまにまに、
そこでそれぞれに
自分の身の長さのままに
限日而白之中。 日を限りて白す中に、 日數を限つて申す中に、
一尋和邇。 一尋鰐白さく、 一丈の鰐わにが
白僕者
一日送。
「僕あは
一日に送りまつりて、
「わたくしが
一日にお送り申し上げて
即還來。 やがて還り來なむ」とまをしき。 還つて參りましよう」と申しました。
     
故爾告其
一尋和邇。
かれここにその
一尋鰐に告りたまはく、
依つてその
一丈の鰐に
然者
汝送奉。
「然らば
汝送りまつれ。
「それならば
お前がお送り申し上げよ。
若渡海中時。 もし海わた中を渡る時に、 海中を渡る時に
無令惶畏。 な惶畏かしこませまつりそ」とのりて、 こわがらせ申すな」と言つて、
即載
其和邇之頸。
すなはちその鰐の頸に
載せまつりて、
その鰐の頸に
お乘せ申し上げて
送出。 送り出しまつりき。 送り出しました。
     
故如期。 かれ期ちぎりしがごと はたして約束通り
一日之内
送奉也。
一日の内に
送りまつりき。
一日に
お送り申し上げました。
     
其和邇
將返之時。
その鰐
返りなむとする時に、
その鰐が
還ろうとした時に、
解所
佩之紐小刀。
佩かせる紐小刀を
解かして、
紐の附いている小刀を
お解きになつて、
著其頸
而返。
その頸に著けて
返したまひき。
その鰐の頸につけて
お返しになりました。
     
故其一尋和邇者。 かれその一尋鰐は、 そこでその一丈の鰐をば、
於今謂
佐比持神也。
今に佐比持
さひもちの神といふ。
今でも
サヒモチの神と言つております。
     

兄の下僕化

     
是以備如
海神之
教言。
 ここを以ちてつぶさに
海わたの神の
教へし言の如、
 かくして悉く
海神の
教えた通りにして
與其鉤。 その鉤を與へたまひき。 鉤を返されました。
     
故自爾以後。 かれそれより後、 そこでこれより
稍兪貧。 いよよ貧しくなりて、 いよいよ貧しくなつて
更起荒心
迫來。
更に荒き心を起して
迫め來く。
更に荒い心を起して
攻めて來ます。
     
將攻之時。 攻めむとする時は、 攻めようとする時は
出鹽盈珠而令溺。 鹽盈つ珠を出して溺らし、 潮の盈ちる珠を出して溺らせ、
其愁請者。 それ愁へまをせば、 あやまつてくる時は
出鹽乾珠而救。 鹽乾る珠を出して救ひ、 潮の乾る珠を出して救い、
如此令惚苦之時。 かく惚苦たしなめたまひし時に、 苦しめました時に、
     
稽首白。 稽首のみ白さく、 おじぎをして言うには、
僕者自今以後。 「僕あは今よ以後のち、 「わたくしは今から後、
爲汝命之
晝夜
守護人而
仕奉。
汝が命の
晝夜よるひるの
守護人まもりびととなりて
仕へまつらむ」
とまをしき。
あなた樣の
晝夜の
護衞兵となつて
お仕え申し上げましよう」
と申しました。
     
故至今。 かれ今に至るまで、 そこで今に至るまで
其溺時之。 その溺れし時の 隼人はやとは
その溺れた時の
種種之態不絶。 種種の態わざ、 しわざを演じて
仕奉也。 絶えず仕へまつるなり。 お仕え申し上げるのです。
     

豐玉毘賣の出産

     
於是海神之女。  ここに海わたの神の女  ここに海神の女、
豐玉毘賣命。 豐玉とよたま毘賣の命、 トヨタマ姫の命が
自參出
白之。
みづからまゐ出て
白さく、
御自身で出ておいでになつて
申しますには、
     
妾已
妊身。
「妾あれ
すでに妊めるを、
「わたくしは以前から
姙娠にんしんしておりますが、
今臨產時。 今産こうむ時になりぬ。 今御子を産むべき時になりました。
此念。 こを念ふに、 これを思うに
天神之御子。 天つ神の御子、 天の神の御子を
不可
生海原。
海原に生みまつるべきに
あらず、
海中でお生うみ申し上ぐべきでは
ございませんから
故參出到也。 かれまゐ出きつ」
とまをしき。
出て參りました」
と申し上げました。
     
爾即
於其海邊
波限。
ここにすなはち
その海邊の
波限なぎさに、
そこで
その海邊の
波際なぎさに
以鵜羽
爲葺草。
鵜の羽を
葺草かやにして、
鵜うの羽を
屋根にして
造產殿。 産殿うぶやを造りき。 産室を造りましたが、
於是其產殿。 ここにその産殿うぶや、 その産室が
未葺合。 いまだ葺き合へねば、 まだ葺き終らないのに、
不忍
御腹之急。
御腹の急ときに
忍あへざりければ、
御子が
生まれそうになりましたから、
故入坐產殿。 産殿に入りましき。 産室におはいりになりました。
     
爾將方產之時。 ここに産みます時にあたりて、 その時
白其日子言。 その日子ひこぢに白して言はく、 夫の君に申されて言うには
凡佗國人者。 「およそ他あだし國の人は、 「すべて他國の者は
臨產時。 産こうむ時になりては、 子を産む時になれば、
以本國之形
產生。
本もとつ國の形になりて
生むなり。
その本國の形になつて
産むのです。
故妾
今以本身爲
產。
かれ、妾も
今本もとの身になりて
産まむとす。
それでわたくしも
もとの身になつて
産もうと思いますが、
願勿見妾。 願はくは妾をな見たまひそ」
とまをしたまひき。
わたくしを御覽遊ばしますな」
と申されました。
     
八尋和邇    
     
於是思奇
其言。
ここにその言を
奇しと思ほして、
ところがその言葉を
不思議に思われて、
竊伺
其方產者。
そのまさに産みますを
伺見かきまみたまへば、
今盛んに子をお産みになる
最中さいちゆうに
覗のぞいて御覽になると、
化八尋和邇而。 八尋鰐になりて、 八丈もある長い鰐になつて
匍匐委蛇。 匍匐はひもこよひき。 匐はいのたくつておりました。
     
即見驚畏而。 すなはち見驚き畏みて、 そこで畏れ驚いて
遁退。 遁げ退そきたまひき。 遁げ退きなさいました。
     

豐玉毘賣命。
ここに
豐玉とよたま毘賣の命、
しかるに
トヨタマ姫の命は

其伺見之事。
その伺見かきまみたまひし事を
知りて、
窺見のぞきみなさつた事を
お知りになつて、
以爲心恥。 うら恥やさしとおもほして、 恥かしい事にお思いになつて
乃生置其御子而。 その御子を生み置きて
白さく、
御子を産み置いて
白妾
恆通海道。
「妾あれ、
恆は海道うみつぢを通して、
「わたくしは
常に海の道を通つて
欲往來。 通はむと思ひき。 通かよおうと思つておりましたが、
然。
伺見
吾形。
然れども
吾が形を
伺見かきまみたまひしが、
わたくしの形を
覗のぞいて御覽になつたのは
是甚怍。 いと怍はづかしきこと」とまをして、 恥かしいことです」と申して、
之即塞海坂
而返入。
すなはち海坂うなさかを塞せきて、
返り入りたまひき。
海の道をふさいで
歸つておしまいになりました。
     

あえずの命

     
是以名
其所產之御子。
ここを以ちて
その産うみませる御子に名づけて、
そこで
お産うまれになつた御子の名を

天津
日高日子
波限建
鵜葺草葺不合命。
天あまつ
日高日子ひこひこ
波限建なぎさたけ
鵜葺草葺合
うがやふきあへずの命
とまをす。
アマツ
ヒコヒコ
ナギサタケ
ウガヤフキアヘズの命
と申し上げます。
〈訓波限云那藝佐。
訓葺草云加夜〉
   

 

 

玉依毘賣への歌

     
然後者。 然れども後には、 しかしながら後には
雖恨
其伺情。
その伺見かきまみたまひし
御心を恨みつつも、
窺見のぞきみなさつた
御心を恨みながらも
不忍
戀心。
戀こふる心に
え忍あへずして、
戀しさに
お堪えなさらないで、
因治養
其御子之縁。
その御子を
養ひたしまつる縁よしに因りて、
その御子を
御養育申し上げるために、

其弟
玉依毘賣而。
その弟いろと
玉依毘賣に
附けて、
その妹の
タマヨリ姫を差しあげ、
それに附けて
獻歌之。 歌獻りたまひき。 歌を差しあげました。
     
其歌曰。 その歌、 その歌は、
     
阿加陀麻波 袁佐閇比迦禮杼  赤玉は 緒さへ光ひかれど、 赤い玉は 緒おまでも光りますが、
斯良多麻能 岐美何余曾比斯 白玉の 君が裝よそひし 白玉のような 君のお姿は
多布斗久阿理祁理 貴くありけり。 貴たつといことです。
     
爾其
比古遲。
〈三字以音〉
 かれその
日子
ひこぢ
 そこでその
夫の君が
答歌曰。 答へ歌よみしたまひしく、 お答えなさいました歌は、
     
意岐都登理 加毛度久斯麻邇 奧おきつ鳥 鴨著どく島に 水鳥みずとりの鴨かもが 降おり著つく島で
和賀韋泥斯 伊毛波和須禮士 我が率寢ゐねし 妹は忘れじ。 契ちぎりを結んだ 私の妻は忘れられない。
余能許登碁登邇 世の盡ことごとに。 世の終りまでも。

 

 

ホオリの葬り

     

日子
穗穗手見命者。
 かれ
日子
穗穗出見の命は、
 この
ヒコ
ホホデミの命は
坐高千穗宮。 高千穗の宮に 高千穗の宮に
伍佰捌拾歳。 五百八拾歳
いほちまりや
そとせましましき。
五百八十年
おいでなさいました。
     
御陵者。 御陵はかは 御陵ごりようは
即在其
高千穗
山之西也。
その高千穗の
山の西にあり。
その高千穗の
山の西にあります。
     

あえずの命の系譜

     
是天津
日高日子
波限建
鵜葺草葺
不合命。
 この天つ
日高日子
波限建
鵜葺草葺
合へずの命、
 アマツ
ヒコヒコ
ナギサタケ
ウガヤフキ
アヘズの命は、
     
娶其姨。
玉依毘賣命。
その姨みをば
玉依毘賣の命に娶ひて、
叔母の
タマヨリ姫と結婚して
生御子名。 生みませる御子の名は、 お生みになつた御子の名は、
五瀨命。 五瀬の命、 イツセの命・

稻氷命。
次に稻氷
いなひの命、
イナヒの命・

御毛沼命。
次に御毛沼
みけぬの命、
ミケヌの命・

若御毛沼命。
次に若御毛沼
わかみけぬの命、
ワカミケヌの命、
亦名
豐御毛沼命。
またの名は
豐御毛沼
とよみけぬの命、
またの名は
トヨミケヌの命、
亦名
神倭
伊波禮毘古命。
またの名は
神倭
伊波禮毘古
かむやまと
いはれびこの命
またの名は
カムヤマト
イハレ彦の命の
〈四柱〉 四柱。 四人です。
     

御毛沼命者。
かれ
御毛沼の命は、
ミケヌの命は
跳波穗。 波の穗を跳ふみて、 波の高みを蹈んで
渡坐于
常世國。
常世の國に
渡りまし、
海外の國へと
お渡りになり、
稻氷命者。 稻氷の命は、 イナヒの命は
爲妣國而。 妣ははの國として、 母の國として
入坐
海原也。
海原に
入りましき。
海原に
おはいりになりました。